第36話 『好き』
「なんでも何も、言った通りの意味ですが。はっきり言って、目障りだったんです。あなたがいなければ、わたしはもっと有名になっていた」
「目障り、ですか」
「そう。調子に乗っているあなたをウザいと思っていたのは、わたしだけではなかったと言いませんでしたか? 望まれてもないのに、なぜ戻ってきたんです。一年活動していなくてクオリティもかなり落ちてますよ。そんなのでよく戻ってこようと思いましたね」
淡々と、まるで機械作業のように話している。それがかえって、心にクる。
本当に、そうなのか。バベルさんは、俺のことを、邪魔だと思っていたのか。
「色々言いたいことありますけど! そういうあなただって、なぜ一年も活動を休止してたんですか!? ゆうちゃ、ツインターボさんを追いだした直後に! 人気を取る上で邪魔だったから、という理由なら、むしろツインターボさんがいなくなってから精力的に活動するはずですよね?」
「あなたは黙ってて!」
俺の時とは違う、激しく、あからさまな敵意。初対面のはずなのに。
「嫌です! 質問に答えてください!」
風祭の声は若干震えている。脚も小刻みに。バベルさんの威圧感に押されつつも、果敢に立ち向かっている。
対して俺はどうだ。言われっぱなしでいいのか。
風祭の勇気を前に徐々に気力が湧いてくる。
「急に活動休止したのには事情があったんです。理由は言えません」
落ち着きを取り戻したバベルさんがばっさり斬り捨てる。
「そーですか! じゃあその点はもう突っ込まないです! けど! まだまだ言いたいことはたーくさんあるんですから!」
「部外者は黙ってて」
「部外者? なら、なんで私を撮影に誘ったり、この場に連れてきたりしたんですか?」
「あなたも、ツインターボ同様、目障りだったから。わたしとの差を見せつけようと思って。撮影してた時、感じたでしょ。誰が一番撮られて、誰が最も撮られなかったか。そこそこ知名度のあるツインターボに取り入って、人気を集めようだなんて、なんて浅ましい。恥ずかしくないの? そんな初心者丸出しの拙いコスプレで」
「わ、私はっ、そんなつもりっ、ただ、コスプレが、ゆうちゃんが、好きで……」
容赦のないバベルさんの言葉に、風祭が、明確に傷つけられたのが伝わってくる。風祭も流石に堪えたのか、涙声になっていた。
俺の中で、何かが弾けた。
一年前のバベルさんの言葉。コスプレを純粋に楽しんでいた時期。風祭と過ごした日々。
俺にとって大事なものって、なんだっけ。
「バベルさん。コスプレ、楽しい?」
「別に」
「俺、コスプレ、好きだ。楽しいよ。服を作るのが好きだ。小道具を作るのが好きだ。メイクも好きだ。キャラクターの仕草や表情を真似てなりきるのが好きだ。別人になった自分を見るのが好きだ。撮ってもらうのが好きだ。可愛い、カッコいいと言われるのが好きだ。コスプレに関すること、全部、全部、好きだ。他人は関係なかったんだ。疎まれてるとか、劣ってるとか、気になるにはなるけど、でも、『好き』って気持ちには敵わなかったんだ」
無理矢理抑えつけてきたものが、洪水のように溢れ出てくる。溢れ出たものが、乾いた心を温かく満たしてくれる。
バベルさんから目を外し、風祭だけを見つめる。
風祭は、目をまん丸にして、俺を見上げていた。
そりゃ驚くか。急にこんなこと言い出したら。コスプレに対する想いなんて、全然話してこなかったし。
目元の涙を拭ってやる。
「そんな想いを再確認できたのは、風祭のおかげだ。眩しかったよ。自分の『好き』に正直で、真っ直ぐな姿勢が。バベルさんに言われたこと、気にする必要なんかない。だって、楽しかっただろ? 何のコスプレするか決める時。衣装作りやメイクの練習。そして、コスプレする当日。撮影。そういうの全部」
「は、はい。どれもこれも、コスプレに関することなら、何でも、たまらなく、楽しかったです」
「俺も、そうだ。同じ気持ちだ。こうやって、同じ気持ちを共有できる仲間と、これからも、コスプレを楽しんでいこうな」
「はいっ!」
ようやく、笑顔になった。
今日は最高に楽しい一日のはずなんだ。踏みにじられてたまるもんか。
「そういうことだから、バベルさん。俺たちは、あんたの言ったことなんて気にせずコスプレを楽しむことにするよ。お互い嫌な思いをするだろうから、こっちからは金輪際近づかないことにする」
たどり着いたのは、どこまでもシンプルな答えだった。実は物事って、そんなに複雑じゃないのかもしれない。自分たちでこねくりまわして、複雑にしてしまっているだけで。ほどいてやれば、元は一本の線だったことに気づく。
風祭の手を引き、バベルさんに背を向ける。
心の澱が消えてゆく。もう、バベルさんと話すことは、何もない。
さようなら、俺の、初恋。
「……ってよ」
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