第40話 隣の家に住んでる幼なじみが美少女コスプレイヤーになってた
夏マケが終わり、夏休みが明け、新学期がやってきた。
夏マケ直後はぎこちないやりとりとしていた俺と光里だったが、夏休みの間、一緒に過ごす時間を増やした(光里の部活の大会へ応援に言ったり、旅行に行ったり。無論、風祭、伊吹のやつもついてきた)ことで、新学期がはじまる前までには元通りくらいにはなった。
で、だ。新学期がはじまって一週間が過ぎ、二週間目の月曜日をむかえた。宿題提出ウィークが過ぎ去り、教室内が落ち着いてくる頃だ。
「おっはよー、ゆうくん」
登校しようと玄関のドアを開けたら、制服を着こなした光里がニコニコ笑顔で立っていた。
「……どうした?」
「おっはよー、ゆうくん」
「挨拶返せってことか。おはよう、光里。で、どうした? 何か用でもあるのか? こんな朝っぱらから」
「ん。一緒に登校しよかと思って」
んっ、と手を差し伸べてくる。満面の笑みで。手をつなげと要求してきてるなこれは。
「いいのか? そんなことしても」
特定の相手を作らない。目立ちすぎる行動はしない。隙を見せない。その信念のもと学校生活を送ってきた光里が、こんなことを言うなんて。
「この一週間で土壌は固めたから多分大丈夫だよ」
その発言で得心がいった。
新学期がはじまって一週間。光里は、俺と幼なじみで今でも仲が良いことをクラスの皆に明かした。
急にそんなこと言い出したものだからクラスの皆は戸惑っていたが、そんなことはおかまいなしに光里は俺に接触してきた。
休み時間に雑談しにきたり、ペアを組むときに俺を指名してきたり。そのたびに伊吹と角を付き合わせて大変だった。
「これ以上クラスの男子から恨まれたりからかわれたくないんだが」
「今更でしょ。風祭さんが来た時点で手遅れだよ。さ、行こうよ」
「それもそうだけど」
差し出された手はスルーしつつ、光里と肩を並べて家を出る。
「遅れましたぁああああって、光里さん!? なぜゆうちゃんの隣に!?」
「将来の伴侶だから」
「事実無根な上、聞きたいのはそういうことじゃないですぅ!」
「これからわたしも朝練無いときはゆうくんと一緒に登校することに決めたんだ〜」
決めたって。俺は承認した覚えないぞ。それは伊吹も同じだけど。
「きょ、強力過ぎるライバルが出現しました……でも大丈夫です! 朝練あるときはいないってことは、毎日一緒に登校できる私にアドバンテージがあるということ!」
「いやいや過ごす時間の質が大事だから。わたしの方がよりゆうくんの印象に残るから」
「はん! やってみろってんです!」
「いいよ」
っちゅっ。
「は? ……え、あ」
光里のやつ、不意打ちでキスしてきやがった! 唇を狙ってたっぽいけど、俺の反射神経によって顔を逸らすことに成功して、なんとか頬に着弾させることができたけど!
「ぬぁ〜にやってるんですかあなたはこんな朝っぱらから〜!」
「だって風祭さんがやってみろって言うから」
「そうですけどぉ!」
俺を置いて逃げる光里。追いかける伊吹。
ねぇ、俺はどうすればいいの!? この複雑な気持ちはどこで発散させればいいの!
光里は有言実行、見事、俺に強い印象を与えていった。
校門前くらいで、走り疲れた様子の伊吹と、余裕そうな顔をしている光里と合流した。
「お前らお疲れさん」
「ゆうくん、追いかけてくれてよかったのに」
「んなことするか」
「はぁはぁ、ぜぇぜぇ、ゆうちゃん、もう私、歩けないんで、教室までおんぶしてください」
「しねぇよ」
と、そんなしょうもないやりとりをしていたら。
「矢車くん。おはよう。朝からモテモテだね」
珍しい。アサシンと朝から出会うなんて。
「アサシンじゃん。おっす。朝一緒になるの珍しいな」
「これ見てて家出るの少し遅れた」
そう言って、胸元のネックレスを持ち上げ、掲げてみせた。
「早速つけてきてくれたんだ。気に入ったようで何より」
「矢車くん、プレゼントのセンスだけは良いんだよね」
「まるでそれ以外はダメみたいな言い方だなおい。つかそれ没収されないか?」
「うん。だからもう外す」
ネックレスを外そうとするも、付け慣れてないせいかもたついている。
「しょうがないな、後ろ向け」
後ろを向かせ、外してやる。
「くるしゅうない」
「偉そうだな」
「ありがとね、これ。じゃああたしはそろそろ行く。矢車くんの後ろにいる鬼さんたちに食べられちゃわないうちに」
アサシンは表情の起伏を見せないまま、早足で去っていった。鬼? なんのこっちゃ。
「ゆゆゆゆうちゃん、プレゼント? なんですさっきのは」
「なるほどね。そうきたか。わたし、亜佐美さんに対する認識を改めなきゃいけない気がしてきた」
アサシン、そういうことか。確かに二人の顔に青筋走りまくってて、これぞまさに鬼の形相と言っても差し支えない程度にヤバい表情してるな。
「や、衣装作りとかでアサシンち貸してもらってたし、そのお礼だって。それ以上でも以下でもないって」
「ほんとーですかねー」
「んー、ちょっと信じられないかなぁ。距離感が友達のそれじゃないし」
「失礼します」
こういう時は退散してクールダウンを待つほかない。この一週間で学んだ。
昼休み。
「ごめんね〜みんな、今日はちょっと席外すね。もしかしてこれから週に二、三回はこういうことあるかも」
「もしかしてカレシぃ?」
「ちがうって〜」
光里グループから聞こえてくる不穏な会話。まさか、な。
「ゆうくん、お昼ご飯たーべよっ」
そのまさかだった。そこまでする? 伊吹レベルの積極性発揮されると単純に負担が二倍だから!
「光里さん。あなた、本気なんですね。認めてあげますよ。強敵と書いてライバルと呼ぶ存在だと」
「当て馬ヒロインが何か言ってるな〜」
「言うに事欠いて当て馬ヒロインですと!? ふふふ、怒らせましたね、私のことを」
どっかの強キャラみたいになってんぞ。
「おい、矢車、他クラスのやつがお前呼んでんぞ」
「おー」
誰だろう。俺を呼びにくるやつなんて一人も思いつかないぞ。
教室入り口に佇む女子が一人。
「矢車くん。今日予定できちゃって放課後すぐ帰らなくちゃいけなくなったから、部長会、代わりに出てくれない?」
「部長会今日だったか。いいよ」
「流石副部長。頼りにしてる」
「いつも名ばかり副部長ってバカにしてくるくせにこういう時だけ調子いいな」
「代わりに出席してくれるお礼に今度うちに来たとき何か振る舞うよ」
「じゃあアサシンの作ったカレーで。高級な食材使ってるからか知らんけど、たまにアサシンが作ってくれるカレー、舌がトロけそうなくらい美味いんだよなぁ」
「愛情というスパイスが入っているのさ。なんて」
「言いたかっただけだろ、それ」
二人で軽く笑ったあと、アサシンから資料を受け取って別れる。こういう何気ないやりとりで癒されるんだよな。流石我がオアシス。
振り返ったら鬼がいた。パートツー。
「ゆうちゃん、私たちを放っておいて他の女子と楽しげに談笑ですかそうですか」
「ゆうくん。わたしの方が器量良しだから。お金もあるから」
「ここぞとばかりにアピールするのは下品ですよ光里さん」
「風祭さんがお胸にぶら下げているものの方がよっぽど下品なんだけど」
アサシンによって争いの火種が投下される。ここにきて急に存在感出してきやがったあいつ! 今度遊びに行ったとき文句言ってやる。
部長会が終わり、帰路につく。校門で、二人の影を発見。
「お前ら待ってたんだな」
「当然です」
「今日はどこも部活お休みだしね〜」
光里と伊吹と並んで通学路を歩く。
なんか視線を感じるな。
チラッと横目で確認すると、伊吹が今にも俺に飛びかからんと膝を曲げていた。
ジャンプの瞬間、おでこを押さえて襲撃を阻止する。
「何するんですかっ!」
「それはこっちのセリフだ。何しようとしてた?」
「ほっぺにちゅーです。無論」
「無論じゃねえよ。光里、お前のせいだぞ。朝、あ、あんなことするから。どういうつもりだったんだよ、あれ」
「ん? ただ好意を行動であらわしただけだけど?」
余裕を感じさせるたたずまい。なんてこった。これからもあんなことされ続けたらたまったもんじゃないぞ。今までの光里だったらこんな大胆な行動はしなかったはずだ。
「私もゆうちゃんにちゅーしたいですぅ」
「させん。光里にもこれ以降絶対にさせないからな」
「えー」
警戒を怠らないようにしよう。この勢いだと既成事実を作られそうだ。
やりとり、雑談が一段落し、全員無言の時間が訪れる。
あの一件以降、俺たちの関係性は絡み合って変わりつつある。どういう方向に行くかは検討がつかないけれど。
そろそろ。頃合いかな。あの話、光里にしてみよう。
「光里、俺たち冬マケもコスプレイヤーとして参加するんだけど、お前も参加しないか?」
光里は、遠くを眺めるような目で前を見ながら、軽く微笑んだ。
「んー、わたしはなぁ。どうだろ。もうバベルとしての自分はいないしなぁ」
「コスプレ、嫌いなのか?」
「分かんない。バベルを演じるのに必死で、楽しむ余裕無かったし」
光里は、『俺』を原動力にコスプレの腕を磨いてきた。原動力が、楽しむことじゃなかったんだ。
「なら、分かるまで、俺たちとイベント参加しよう。な、お前も俺と風祭を二人きりにする時間、減らしたいだろ?」
「ゆうちゃん!? 私をダシにするのやめてもらえません!?」
俺もズルい手だというのは自覚してる。でもそういう手を使ってでも光里にコスプレを続けてほしかった。あんな魅力的なコスプレができる人物を放っておけないっていうのと、まあ、なんだ、あれだ、楽しい思い出作れそうだな、と。
俺も、自分の気持ちに素直になることにした。自分が楽しいと思ったことを、したい。
「そーだなー。考えとく」
困り顔の光里を見て、俺はある種確信めいた予感にかられた。
あんなクオリティの高いコスプレを、俺への気持ちだけでできるだろうか。コスプレを好きな部分も、光里の中にあるのではないだろうか。
「おう。光里が首を縦に振るまでしつこく誘うからそのつもりでよろしく」
「婚姻届に署名と判子くれれば即決なんだけどね」
「それはまた話が違ってくる」
いつもの結婚話に持って行こうとする光里に、伊吹が先ほどの話題に戻す。
「光里さん。これ言うのは癪なんですけど、私がコスプレはじめたキッカケになったレイヤーさんが、バベルさんとツインターボさんなんです。誰か一人、いや、きっと、もっと多くの人間に、自分もコスプレしたい! と思わせるほど、あなたのコスプレは魅力的なんです。そんな人がやめていいはずありません。本人が許しても私が許しませんよ!」
「……キモッ」
「なんですかそのストレートな悪口は!」
光里は不快そうに顔を歪め……ようとして失敗していて、唇の端から少しだけ笑みがこぼれていた。
その光景を見て、胸が温かくなる。光里は基本、他人に心を開かない。でも、伊吹には開き始めているように見える。伊吹が単に扉をこじ開けようとするタイプってだけかも。ともかく、光里が外面を取り繕うことをしないのは、ものすごく珍しいことで。
そういえば、俺も色々こじ開けられたっけ。昔の伊吹を知っている身としては、信じられないくらい、強く、魅力的になった。
「すげえな、伊吹は」
「えっ!!! 今、風祭じゃなく、伊吹って呼びました?」
「文句あるか?」
「ないですないですぜひこれからもそう呼んでくださいお願いしますっ」
「ゆうくん? どんな心境の変化があったのかな? ん?」
「心境の変化も何も、昔の呼び方に戻しただけだよ。大体、光里だって下の名前で呼んでるだろうが」
「それは関係ないよ。問題は、なぜいきなり呼び方を変えたか、なんだから」
「さあな」
「さあなって何? 怪しいな〜」
「私も気になりますっ!」
面倒臭い空気になったのを感じ取り、駆け出す。
二人が何やら叫びながら追いかけてくるが、耳を傾けず、ただただ走る。なんだか走るのが楽しくなってきてしまった。
失恋してしまった俺には、今、好きな人はいない。と思う。
というのも、困ったことに、二人の少女からのアプローチに、心が揺さぶられつつあるのだ。
これから続いていく日々がどうなっていくのか。俺は誰を好きになるのか。今は検討もつかないけれど。
少なくとも、退屈だけはしなさそうだ。俺たちの間には、コスプレという、共通の趣味がある。
伊吹と再会し、光里がバベルさんであったことを振り返る、驚きの連続だった。一言でまとめると。
隣の家に住んでる幼なじみが美少女コスプレイヤーになってた。
ーおわりー
隣の家に住んでる幼なじみが美少女コスプレイヤーになってた 深田風介 @Fusuke
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