第24話 2歩進んで1歩下がる

「すごいです! モール内の一角をコスプレしたまま歩く! 新鮮です!」


 興奮した様子でそこかしこを眺める風祭。気持ちは分かる。こういうイベント中々ないからな。

 大剣背負って鎧着込んでるレイヤーがカフェでパフェ食ってたり、獣人とアメリカンヒーローがゲーセンで遊んでたり、ロボとアニメヒロインがウインドウショッピングしてたり。

 奥の方はドーム状になっており撮影会ができるようになっているそうだ。


「で、俺はカメラマンをすればいいのか?」

「やってくれるんですか!?」

「スマホで、しかも数枚でいいなら」

「では、奥の撮影場ついたらお願いします。とりあえずご飯食べましょう!」


 元気一杯気力充実な風祭に引っ張られてパスタの店へ。

 口元や衣装が汚れないようスパゲティ類は頼まず、細かく切り分けられるピザを選択。


「はい先輩、イウがあ〜んしてあげますよっ! あ〜! またイウのおっぱい見てましたね、先輩のえっち!」


 仕草、台詞とも原作完全再現。身を乗り出した時に見える谷間なんかも原作そのもので、動揺するより先に感動してしまった。

 努めて胸元に視線がいなかいよう、渋々差し出されたフォークに口をつける。

 その他にも、主人公とイウで水着を買いに行くシーンも再現。風祭は心の底から楽しんでいますとばかりに終始輝かんばかりの笑顔で、少し、懐かしい気分になる。


「一通り回ったし、撮影行くか」

「はいっ。……あの、ゆうちゃん、少し顔色が悪いように見えますが、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。ちょっと寝不足なだけ。んじゃ行くか」


 寝不足というのは嘘。原因は別にある。でもそれを風祭に話すわけにはいかない。

 撮影会場は多くの人間でごった返しており、小さなスペースを確保するだけで精一杯だった。


「狭いが仕方ない。一〇枚くらい撮るぞ。やり直しはしないから渾身のポーズ決めていけ」

「分かりました!」


 できるだけこの場にいたくない。から一〇枚だけ撮って離脱する。

 俺の心象とは逆に、風祭はノリにノっていた。

 表情の作り方、ポーズの取り方は甘い部分があるにしろ、とにかく楽しそうで、写真越しにもそれが伝わってくる。

 そんな風祭が、人気にならないはずがなく。

 ちょうど一〇枚撮り終わり、撮った写真を確認しはじめたところで、撮影いいですか? が次々に風祭に降りかかる。

 囲まれる風祭を置いていくのは心配だったが、俺も限界が近い。このままだと吐きかねない。

 脇目もふらず走り、入場口へ。

 一般人しかいないモール内に戻り、俺は大きく深呼吸した。


 間に合った。

 安堵のあまり、その場にしゃがみこんでしまった。奇異の目で見られるがこの際仕方ない。

 数秒そうした後、よろめきながら近くのベンチへ腰掛ける。

 まだ、ああいう場にいるのは辛い。色々と思い出してしまう。

 一〇分ほどスマホを眺めて気を紛らわせていると。


「ゆ、ゆうちゃん、大丈夫ですか?」


 息を切らせた風祭が、目の前にいた。


「おま、撮影はどうしたんだよ」

「まだまだ撮りたいっていう人、沢山いらっしゃいましたが、抜けてきました。ゆうちゃんの顔色があまりにも悪くて、心配で」

「いいんだよ、俺のことは。ほれ、もうこの通り元気だ」

「あれ、ほんとですね。でもさっきまであんなに……。どうしたんですか?」


 座っている俺に対し、わざわざ身を屈めて顔をのぞき込んでくる。眉間に皺を寄せながら、心配そうに瞳を揺らしている。

 ごめんな。今はまだ、話せそうにないんだ。


「大丈夫大丈夫。さっきも言っただろ、寝不足のせいだって。ちょっと休めばよくなるから」

「でも」

「あの〜、すみません、ちょっといいですか?」


 困り顔で声をかけてきたのは、コスプレイベントのスタッフさん。


「一応、コスプレエリア外でのコスプレは禁止となっておりまして。違反者は再入場不可とさせていただいておりますので、ご了承いただきますようお願いいたします」

「「すみませんでした!」」


 こうして気合いを入れて臨んだコスプレイベント参戦はあっけない幕切れを迎えた。



 帰りの電車の中。


「それにしてももったいなかったな。あのまま会場内にいれば、有名になれたかもしれないのに」


 あの勢いだったら十分あり得た。SNSの宣伝なんかもして拡散されて。


「いいんです。私にはもったいないくらい、楽しい時間を過ごせましたから」


 その言葉に嘘はなさそうで、俺の肩に頭を乗せようとしてきている風祭は満足げに微笑みを浮かべていた。

 風祭の頭を押し返しつつ、今日撮った写真を眺める。

 改めて見ても、良い写真だ。コスプレが楽しい! という気持ちが溢れている。

 風祭がコスプレについて熱く語っていた時のように、またも、心の中の燃えカスが火花を散らし、元の姿に戻ろうとする気配を見せる。

 頭を振り、一度気持ちをリセット。とりあえずこの写真、風祭に送ってやらないとな。


「ま、風祭が楽しかったのなら、それでいいか」

「ゆ、ゆうちゃんがデレた! 私の幸せをそんなにも願ってくれていただなんて! これはもう告白ってことでいいですよね!」

「デレてねえよ! 告白じゃないわ!」

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