第21話 光里の過去

 ぎゃああああああああ! いるぅ! 幽鬼がいるぅ! 

 心臓が飛び出しそうとはこのこと。恐怖によってマジで一瞬心臓が止まった。

 二人分の食事が用意された食卓。食事には時間経過を知らせるラップがかけられていた。

 能面のような、張り付いた笑顔を浮かべた光里が、テーブルについて待っていた。


「ひひひひ光里、なんで」

「スマホを見る暇がないほど、お楽しみだったみたいだね」


 即座にスマホを確認。一〇件以上の未読メッセージがたまっていて眩暈がした。全て光里からのものだ。

 そうだ。光里はうちの合い鍵を持っていたんだ。

 音速でメッセージ確認。内容は、ご飯作って待ってるよねえ待ってるよもうできたい何してるのなんで返事くれないのねえねえねえ…… 

 そっ閉じ。さて、光里と話をしようか。こうなったら腹くくって洗いざらい話そう。また光里の、風祭に対するヘイトが溜まりそうだが仕方ない、下手な嘘をつこうものなら最悪消される。俺が。


「まあ、楽しんでたのは事実だ。無論、健全な遊びだぞ」

「またあの女? 今日も一緒に登校してたし」


 だからその言い方怖いって! 


「だってあいつ、諦めないんだ。どれだけ拒んでもついてくる。正直、根負けした」

「いいの? もっとあの子との噂、流れちゃうよ?」

「よくはない。だけど、無理に拒絶するとそっちの方がより悪化する。だから一緒に登校するくらいなら目をつむろうと思う」

「でもさ、本気でゆうくんが嫌がったら、流石の風祭さんも退くよね? そうしないってことは」


 心の奥底まで見られてるような、目。そこには、俺の知らない俺が映っているのかもしれない。


「そう、だな。あくまでも幼なじみとして、だが。俺は無難な生活よりも、もしかしたら、無意識に風祭との日常の方を、選んだのかも、しれない」


 今日、風祭とアサシンと過ごした時間は、とても充実していた。一年ぶりくらいに『生きてる』って感じがした。

 もっと、こんな時間を過ごしたい。そう思ってしまった。


「ならさ、なら、もし、仮にだよ? わたしが、風祭さんと同じような行動をとったとして、ゆうくんは受け入れてくれる?」


 光里は切実な声でそう尋ねた。怒っているのか悲しんでいるのか、俺には分からない。

 光里が風祭と同じ行動をした場合、反響は風祭の比ではないだろう。

 学年越えて人気のある光里と一緒に登校しようものなら、光里に告白して玉砕していった兵どもや、光里ファンクラブの面々、光里を色んな意味で慕うテニス部女子後輩たちから刺されてもおかしくはないだろう。学校中から針のむしろにされること間違いなし。

 でも。


「受け入れるさ」


 なんだかんだ、光里とだけ過ごす学園生活も、悪くない気がした。

 しかし、そんな生活、光里自身が望んでいないだろう。

 こっちに引っ越してきたばかりの頃を思い出す。

 常に見せていた、怯えるような表情、態度。 

 誰とも話さず、笑わず、欠席を繰り返していて出席日数が足りなくなりそうだった。そんな光里にしつこく話しかけにいってた俺だ。その時に比べれば受け入れることなんて簡単。

 俺とだけ仲良くすればいい、と思っていただろう光里を変えたのは、男子からのからかいだった。

 内容はあまり覚えていないが、よくある、恋人いじり、みたいなやつだったと思う。黒板にハートマークと名前書かれたりだとか、そういうやつ。確か、小学六年くらいのことだったか。


 それから光里は変わった。人間関係がリセットされる中学入学時に。

 学校での俺との接触を最低限に抑え、部活に精を出し、グループを作り、瞬く間に人気者になった。

 かつて俺に、変わった理由を話してくれたことがある。

 転校前に、調子に乗ってるといじめられたこと、そのせいで引っ越したこと。もう人と関わりたくないと思ったこと。

 俺と出会ってからは、俺とだけ仲良くすればそれ以外いらないと思ったこと。からかわれた時、またいじめが起こるんじゃないかと恐怖したこと。いじめの手が自分だけじゃなく、俺にも向くかもしれない、それがたまらなく怖かったこと。

 光里は、自らがクラス内の『強者』になることで、いじめから逃れた。『強者』になったからこそ、学校内で俺と距離を置いた。

 だから、今更光里が、風祭と同じように周りの目を気にしない行動をとるとは、到底思えない。


「そっか。ゆうくんなら、そう言ってくれるって思ってた」

「しないだろ? 光里は。そういうこと」

「そうだね。分かってるじゃん、わたしのこと」

「当たり前だろ。付き合い長いし、光里が、頑張って、努力して努力して努力して、今の生活を手に入れたの、見てきたからな」


 そう言うと、光里はうつむき、無言で俺の口に作った料理を突っ込んできた。


「そーんなに頑張って素敵になったわたしに惚れないって、常識的に考えておかしいよね? ね? ゆうくん?」

「やめほ、むひにたべさせほうとすふな」

「うっさい。メッセージ確認しなかったことと、帰りが遅くなったことに対する罰だよ」

「なんだそへ」


 ともあれ、難所は過ぎたようだ。光里から怒りのオーラが消えている。


「あと風祭さんの隣の席になったこととか、同じ部活になったこととか、羨ましすぎてわたしが発狂しそうなので、わたしの気を鎮めるためにも今度デートすること。いい?」

「え?」

「いいよね?」

「……ふぁい」


 鬼気迫る表情で、フォークを俺の口に突っ込んでいる状態でそんなこと言われたら、首を縦に振るしかないじゃないか。

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