第22話 鎖を断ち切る風

 緩和された空気の中、光里が温めなおしてくれた料理を二人でゆっくり食べる。

 相変わらず、美味い。出汁のきかせかたがプロレベルだ。俺が出汁のきいた料理がすきだってことを知ってるからこその味付けだろうな。

 食べ終わった後、食器洗いをする。自分がやると光里は主張したが、料理作ってもらった上に後片づけまでさせられない。

 光里はソファから身を乗り出し、スポンジに洗剤を染み込ませている俺を眺

めながら、うっとりとこう言う。


「こうしてるとわたしたち、まるで夫婦みたいだね」

「やめろ。違う」

「分かってるってばぁ。ねえねえ、本当にわたしと結婚する気ない?」

「無いよ」

「でも、将来そうなる可能性くらいはあるよね」

「未来のことは誰にも分からん」

「だよねーだよねー。わたしのも可能性は残されてるよねー。……風祭さんにも、ね」


 唐突に空気を氷点下にさせるのやめてください。急な温度変化は身体によくありません。


「そ、そうだな」

「今日さー亜佐美さんや風祭さんとどんなことして遊んだのーねーねーねー」

「こだわるなぁ。あいつ、コスプレ初心者でさ。アサシンのやつが俺が服作れること、風祭に教えやがってさ。それで、仕方なくコスプレ用の服作り教えることになって。それでアサシンちでみっちり練習してた」


 俺がそう言うと、またしても光里は態度を反転させた。今度は何か、今までとは雰囲気が違う。


「ゆうくん、まだ、コスプレに、興味、あるの?」


 無表情だ。怒った表情よりよっぽど怖い。


「無い。無いはずだ。俺は案外、人に教えるのが好きだったってだけで。きっとそうだ」

「ふーん。自分に言い聞かせてるように聞こえるけど」

「違う」

「今日のところは納得しといたげる。じゃあわたし帰るね。親に嘘ついて出てきちゃってるし」

「おう。夕食、ありがとな」

「ん。またデートの予定、すり合わせようねー」


 微妙な空気のまま、俺たちは別れた。

 コスプレ関連の話題に、光里は過敏だ。いつ頃からそうなったか覚えてない。光里とコスプレは無関係のはずなんだけど。

 風祭とのコスプレイベント、光里とのデート。次々と降ってくる。

 まだまだ俺の平穏な日々は戻ってきそうにない。



 それから一ヶ月間、アサシンの協力を得つつ風祭を、創作を楽しむ方向で鍛えた。

 風祭は時に目の下にクマを作りながら登校した。指にはいつも絆創膏が巻かれていた。 


「これでどうでしょう?」


 家庭科室。相変わらずマイペースに自分の縫い物をしているアサシンを尻目に、俺は、緊張でガチガチに固まった風祭が差し出した、白いワンピースを手にとった。

 何度も試作したことを俺は知っている。指導しながら作ったもの以外に、家で自主的に作っていたものも。

 風祭に特別才能が合ったわけではない。なのにたった一ヶ月でここまでの完成度までもってこれたのは、ひとえに風祭の努力の賜物。


「ここはまつり縫いの方がいい。やりづらい場所で、縫い目が見えてても問題ない箇所ってのは分かるが、動いた時に目に入るかもしれない。どうせなら細部までこだわろう。あとサイズ感。イウと風祭の身長は近いとはいえ、違うことは確か。足の長さとかスタイルとかな。胸元はもう少し締めて、裾はあと二・五センチくらいあげた方がいい。貸してみろ」

「あ……」


 自然に身体が動いていた。この服をもっと完璧にしたい。風祭に似合うように。もっともっとコスプレの楽しさを知ってもらうために。


「できた。これでよし」


 糸を切り、風祭に渡す。


「何という手際の良さ! 見違えるように変わりました! 近くで作業を見させてもらいましたが、早すぎて参考になりませんでした」

「観察することも大事だ。着て見ろ。胸元をやや締めたから若干窮屈に感じるかもしれないが、原作のシルエットにかなり近づいてるはずだ。裾上げでちょうど原作通りに脛の半分くらいまで見えるようになってるはず」

「はい! 着てみます!」


 って何この場で脱ぎはじめてるんだこいつはぁ!


「ばっかお前そっちの準備室で着替えろ!」


 一瞬、上半身の純白の何かが見えかけた。サイズがすごかった。じゃない、

風祭に対してそういうことは考えるな考えるな考えるな。


「へ、あ、はい、すみません!」


 風祭は大げさに足音をたてながら家庭科室内にある別部屋え駆け込んでいった。あのマヌケ声を聞くにうっかりやらかしたな。危険極まりない。

 暴れる心臓を落ち着けるために深呼吸。邪念よ去れ。


「矢車くん。一年ぶりに服、作ったね」


 アサシンの呟きが耳に入る。


「作ってない。直しただけだ」


 動揺を悟られないよう、ゆっくりしゃべる。

 アサシンに指摘されてはじめて気づいた。糸、針、ミシン、それらを使ったのに、手の震えや、不快感が無かった。


「風祭さんが、きっと、矢車くんを前に進ませてくれるね」

「どうしたアサシン。今日はやけに饒舌だな」

「話を逸らそうとした矢車くんにこれ以上何言っても無駄か。あ、あたし、矢車くんが風祭さんのブラ、凝視してたの見てましたんで」

「ついに俺の首元にナイフ突きつけてきやがった! やっぱりアサシンだ!」

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