第19話 創作の楽しさ

「っし、決まりだな。設定目標に向けて動いてくぞ。今日は早速、服作りの基礎から。針と糸を使った縫い方を一通りおさらいしてからミシンだ。初日だから様子見、なんてことはせず厳しくいくから覚悟しろよ」

「はい、ししょ、じゃなかったゆうちゃん!」


 風祭の元気な声が聞けたのはここまでだった。


 

「矢車くん。トばしすぎ」

「俺も正直、やり過ぎたと思ってる」


 場所は変わってアサシン邸。

 アサシンはそこそこお金持ちで、アサシンの個人部屋は優に二〇畳はある。その空間を思う存分に活かし、服作りの作業場になっているのだ。

 大きなクローゼット、マネキン、各種生地、裁縫道具。これ以上ない環境だ。俺も昔はよく利用させてもらった。

 部活で学校にいられる時間は一八時まで。それでは全然足りない。鉄は熱いうちに叩け。そう思って、さらに練習すべくアサシン邸に転がり込んだのだが。


 風祭はアサシンのベッドで寝息を立てていた。

 イチから徹底的に教えようと、反復練習を何回もさせた結果だ。ミシンにさえ触らせていない。どうやら風祭は体力がない方らしく、集中して手元を見続

ける作業に疲れてしまい、仮眠をとりたいと申し出てきたのだった。


「基礎も大事だけどさ。まずは、作る喜びを教えてあげるべきなんじゃないの? 矢車くんレベルを要求したら、いつまでたっても完成まで漕ぎ着けないよ」

「いやだって、神は細部に宿るって言うし、ちょっとした歪みが目についちゃうっていうか」

「矢車くん。創作の楽しさって何? 思い出してみて」


 針を操りながら、アサシンが優しい声音でそう問うてくる。

 どうだったかな。俺が創作の楽しみを知ったのは、中学一年の頃だったか。

 それをやりたくて仕方がなくて。自分で作ってみたくて。ネットで情報をあさって、なけなしのお小遣いはたいて。見よう見まねで作った。今思うとひどい出来のものだったけど。

 はじめての作品を作り上げた時、感動して涙が出た。自分の手で作ったのだという実感。積み上げてきた時間。

 技術は後から着いてくる。大事なのは、それをやりたい、作りたいという気持ち。


「そっか。そうだな。そうだった。ありがとうアサシン。俺、指導方針変えるわ。最低限だけ教えて、後は風祭の『作りたい』って気持ちに任せる。聞かれた時だけアドバイスする」

「それがいいよ。まずは完成させることを目標に。既にある型紙を改造して使う技術、仮止め、ミシンの使い方、布の裁断法、寸法の取り方、この辺りでいいんじゃないかな」

「そう、だな。それだけ教えればとりあえず完成はするか。細かい作り込みはその後にしよう」


 アサシンのおかげで風祭を潰さずに済んだ。そうだよな、創作には『楽しさ』が必須だよな。もちろん基礎を徹底的に習得させ、長い時間修行した後、ようやく作る、ってやり方もあるだろうけど。

 己を顧みてみると、とにかく作ってた。作っていく中で成長していった。最初から完璧を求めていなかった。

 風祭はバベルさんが目標と言っていたが、二ヶ月でやれることには限界がある。俺の目標は、夏マケで、二ヶ月という時間制限の中でできる最大のパフォーマンスを引き出してやることだ。


「あたしもやる気のある部員ができて嬉しい。できるだけ協力する」

「さんきゅアサシン。恩に着る」

「どういたしまして」


 何かしらお礼しないとな。アサシンともなると欲しいものは大体自分で買っちゃうだろうし、今度アクセサリーでも作ってプレゼントしようか。


「んう、うう、今何時ですか?」


 風祭が目を覚ました。


「二二時だ。もう帰らないとな」

「ええ〜、私、まだやれますよぅ」


 明らかにもうできなさそうなふにゃふにゃ声。こりゃダメだ。


「帰るぞ。アサシンちにも迷惑かけちまう」

「それもそうですねぇ。亜佐美さん、今日はありがとうございました」

「いえいえ。これからも手芸部員同士、仲良くしよう。帰りは車出す?」


 さらりとブルジョワを見せつけてくる。高校生が普通軽々しく車出す、なんて言えねえよ。いいなぁお嬢様属性持ち。アサシンもコスプレすればいいのに。板に付いたお嬢様キャラを演じることができるだろう。


「そこまで世話になれん。俺と風祭、家隣同士だし、一緒に歩いて帰れば大丈夫だろ。人通りの良い道選んで歩くよ」

「そう。気を付けて」

「ゆうちゃ〜ん、寝ぼけて力入りませぇん。おんぶしてくださ〜い」


 ベッドから転がり落ちてきた風祭が足にしがみついてくる。シンプルにうっとおしい。


「するか。アホなこと言ってる暇あるなら帰り支度しろ」

「冷たいですぅ。でもそこがイイ」


 緩慢な動きの風祭を焚きつけて帰る準備をさせ、アサシン邸を後にする。

 風祭はまだ眠そうで、フラついていた。小石につまづいただけで倒れてしまいそうだ。

 こんなに疲れ切ってしまったのは間違いなく俺のせいだ。罪悪感が胸に湧き起こる。

 おんぶ、は流石にできない。風祭がぶら下げている胸部の爆弾が危険過ぎる。


「え!? ゆ、ゆうちゃん!? い、いきなり何を!」

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