第11話 一難去ってまた一難
「ああ! 昨日、委員会の関係で矢車くんち訪ねた時に、玄関のとこで会ったね。風祭さん、矢車くんちの隣に引っ越すからってわざわざ菓子折り持って挨拶してて、律儀だなぁって思ってたんだよ。ただ、その時は、服装も違ったし仮装? みたいなことしてたから、気づかなくて。険悪……に、見えちゃったか。ごめんね、誤解されるような態度とっちゃって。あまりにも可愛いくて、どこかのアイドルさんなのかな、って緊張しちゃって。風祭さんの中のわたしの印象変えたいし、こっちでおしゃべりしようよー。実は今日、クッキー作ってきててね。せっかくだから味見もしてってよ」
さらりと、顔色一つ変えずにそう言い切る光里。
とんでもねえな。流れるように自然と大嘘吐きやがった。内容も風祭の発言の印象を一八〇度塗り替えるもので、凍っていた周囲の空気が一瞬で解凍された。風祭爆弾の処理が上手すぎる。俺もそのスキル習得したい。
風祭も光里の鮮やかなねつ造発言に絶句している。その隙を突かれたのか、光里に手を引かれるまま、光里グループへ吸収されていった。
『ナイスゥ!』
『ゆうくんと二人きりでお昼とか許せない』
賞賛を送ったのに返ってきたのは背筋の凍る一撃。
チャットアプリを速攻で閉じる。もういいや。俺の昼休みはこれで守られた。今だけは全てを忘れて飯を食おう。
時間は過ぎ去り、放課後。
「職員室でちょっと書類関係のお話をした後、気になってる部活の見学に行くので、ゆうちゃんは先に帰ってていいですよ!」
と言い残し、スキップしながら去っていった。昼休み終了間際、あんなにやつれてたのに、元気いっぱいだ。
光里から『帰ったらお話があります』と簡素なメッセージが来ていたので、そのメッセージを見なかったことにして、全てを忘れるために部活に急ぐ。
科学部は科学室。料理部は調理室という風に、その部活に対応した教室があてがわれているのは自明の理。故に俺は家庭科室へ向かう。
一応ノックしてから中に入る。
「うぃーっす」
「うっす」
小さくそう返してくれたのは、同じ部員の桐生亜佐美。そのあまりに薄い影から、アサシンの異名で呼ばれる女。呼んでるの俺だけだけど。
「あれ、もう新しいの作ってるんだ」
「うん。春っぽいの作りたくて」
カタカタカタ、とミシンの奏でる音が耳に心地よい。
さて、俺は何を作ろうか。
アサシンと同じく、服を作ってみてもいいけど。
ミシンが収納されている棚に近づき、手に取ろうとするも。
「……やっぱ気分、乗らねえや」
やる気がものすごい勢いで萎み、脱力する。
大人しくビーズで何か作るか。
アサシンのはす向かいのイスに座り、ビーズが多数収納されているアクリルケースを展開。
青系のビーズ沢山余ってるし、クジラでも作ろうか。
作業をはじめるべく、テグスを手に取ったところで。
俺の耳が、僅かにとらえた、控えめなノック音。俺じゃなきゃ聞き逃しちゃうね。
「アサシンよ。訪問者だ」
「知ってる。矢車くん、対応お願い」
間近でミシンの駆動音を浴びながらも、その耳はあまりに控えめなノック音をとらえていたようだ、流石アサシン。耳も抜群に良い。きっと生まれる時代を間違えたんだ。
幽霊部員の先輩方を除けば、活動している部員は俺とアサシンの二人のみ。来訪者は決まって依頼人だ。服を作って欲しい、アクセサリーを作って欲しい等々。今回もその手の依頼人だろう。
「はーい。どちらさまー」
「し、失礼します! 手芸部の見学を、さ、させていただきたくっ!」
開けるなり、見事なお辞儀に迎えられる。
「ごめんなさい現在部員は募集しておりません失礼します」
そっ閉じ。動揺しなかった俺、偉い。
「その声は! ゆうちゃん、なんでこんな意地悪するんですかぁ! 開けてくださいよぅ!」
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