第10話 波乱の昼休み

 授業最高。授業中こそ俺の学校生活で唯一の安寧の時間。

 そう思うようになったのはいつからだろう。答えは今日の一時間目の授業から。

 授業間の短い休み時間は、野次馬属性持ちのやつらが風祭の周りを囲んでくれたため、俺への影響は少なかった。風祭は案の定人見知りを発揮し、キョドりにキョドりまくっていたが、新しい話題に飢えているハイエナどもはそんあ風祭の態度もおかまいなしに突っ込んでいく。光里も表面上は普段通り振る舞っていた。


 授業は良い。だって、人と関わらなくていいもの。風祭の突飛な行動を危惧する必要はないし、光里からの暗殺も恐れなくていい。素晴らしい。

 普段は退屈なだけな授業内容も、今や絶好の現実逃避タイム。歴史の授業なんて特に良い。自らをその年代に落とし込んでどう暮らすかの妄想が捗るから。歴史改変モノの小説とか書いちゃおうかな。

 そんな風に全力で現実逃避しても、もちろん現実ってやつは無慈悲に襲ってくる。


 難所。昼休みの時間だ。

 風祭は間違いなく一緒に昼飯を食べようとしてくる。それくらいは予想できる。

 スタートダッシュだ。授業の終わりの起立、礼の瞬間に弁当持って走り去る。正攻方だ。それしかない。


「きりーつ」


 運命の瞬間。礼だ。頭を下げ、上げたその時がチャンス。もう起立の時点で俺の左手は弁当を捕らえていた。後は走るだけ。


「れい」


 全員で、ありがとうございました、を唱和。

 今だ!


「ゆうちゃん? そんなに力んでどうしたんですか?」


 戦慄。こいつ、頭を下げたタイミングで、俺の足の力みを察し、左手で俺の右腕を捕捉してきやがった。何という観察眼。


「は、はは、いやな、実は後藤先生に雑用頼まれててな。全く、昼休みに仕事押しつけてくるなんて、とんだ不良せんせ」

「嘘ですよね? 雑用だったら、左手に握っている弁当箱、必要ないですよね?」


 見抜かれたことによる衝撃により、言い訳が頭から抜け、言葉が出てこなくなる。


「ゆうちゃん、もしかして、私のこと、避けてます? 転校初日で不安まみれの私を、一人、教室に残そうとしてます?」


 潤んだ瞳、寂しそうに震える声。

 弱い。俺はそういうのに絶望的に弱い。

 それに、風祭の言うことにも一理ある。転校したてで不安なところに、偶然幼なじみがいたら、フォローするのがスジってものだろう。


「……分かった。一緒に昼飯食おう。ただ、何回も言ってるけど、俺との距離感は知り合い程度に留めてくれ」

「やっぱりゆうちゃんは昔と変わってませんね」


 花が咲いたようにパァ、と笑顔になる風祭。俺の要求に対して返事してないよね大丈夫かな分かってるかな。

 風祭とは別の意味で不安まみれになっている俺へ救いの手を差し伸べてくれたのは、何と光里だった。


「風祭さん。良かったらわたしたちとお昼ご飯、食べない?」


 既に机四つをくっつけ、いつメンフィールドを展開している光里が、風祭を昼飯に誘ってくれたのだ。

 これは渡りに船。風祭もまず女子グループと仲良くなった方が今後教室内で過ごしやすくなるはず。しかも光里が属するクラス内トップカーストグループ。これ以上ない好条件だ。

 心の中で光里に感謝を述べ、風祭に返事を促す。ほら、とっとと行った行った。


「なんですかその他人行儀な態度。昨日、ゆうちゃんの家で会ったじゃないですか。まさか忘れたわけじゃないですよね? あんなに険悪になったのにご飯に誘うなんてどういう風の吹き回しですか?」


 俺たちの周囲の音が消える。

 こいつ、どれだけ爆弾投下すれば気が済むんだ!? 光里と俺はクラス内じゃほぼ関わりがない他人同士なんだぞ!? 

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