第2章「魔法少女」

第7話「灰被りの魔女」

 世の中に、同じ顔の人が3人はいる言うやないか。


 せやったら同じ境遇・同じ発想の人くらい、この広い宇宙にぎょーさんおるんやないか?


 たとえそれが、魔法少女だという立場でも。


 ま、うちは知らんけどな……。


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     鉄腕魔法少女マジ・カヨ


     第7話「灰被りの魔女」


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 【1】


「おかしいミュ……おかしいミュ……」


 華世の部屋のハムスターケージの中で、ミュウは唸っていた。

 困り事の原因はミイナがタブレット端末ごしに見せてくれる、この間の戦いで華世の魔法がステーションを破壊した映像。

 作戦に同行した宇宙艦が外から撮影したものであるのだが、その光景はあまりにも信じられないものだった。


「もう一回見せてミュ」

「はーい。でも、これでもう20回目だよ? ミュウくん飽きないねー」

「飽きないんじゃなくて、納得ができないんだミュ……。華世が使った魔法は、ステッキの水晶から未錬成の魔力を放つ……言うなれば一番基礎の、一番弱い魔法だミュ」

「華世お嬢様が、魔法の才能に溢れていたんですよ! ほら、アニメとかだとよくあるじゃない!」

「だとしたら……華世は普通の少女よりも数万倍の才能があることになるミュ。おかしいミュ、おかしいミュ……」



 ※ ※ ※



『……ということらしいですが。華世お嬢様、どうなんですか?』

『あのハム助の動向をいちいち報告しないでよ。いま授業中よ』


 退屈な近代宇宙史の解説を小耳に挟みながら、髪留め型念波通信機でミイナの応対をする華世。

 もうすぐ一時間目が終わるなと思った矢先に通信が入ったので、何かと思ったのだが。


『でも……』

『あ、授業終わったわ。これ以上話すと怪しまれるから、切るわよ』

『お嬢さ……』


 半ば強引に華世は通信を断ち切った。

 そして周りに合わせて立ち上がり、リンの号令のもと授業終了の掛け声を出す。

 椅子に座りため息を付いたところで、隣の席の結衣が指で肩を突いてきた。


「華世ちゃん、難しい顔してたけど……お仕事の通信?」

「いいえ、家から野暮用よ」

「でも、ノート取ってなかったみたいだけど大丈夫? テスト来週だよ?」

「問題ないわよ。半年戦争から黄金戦役にかけての歴史なら、家で秋姉あきねえから飽きるほど教わったし」

「私だって、黄金戦役なら知ってるもん!」

「あんたが知ってるのはドキュメンタリーアニメ経由の歪んだ情報でしょうが!」


 黄金戦役とは、今から10年前に起こった地球圏の存亡をかけた戦いである。

 戦いの際に宇宙が黄金こがね色に輝いたことから黄金おうごん戦役と名がついたという。

 その戦いの中心となった少年少女の道筋を描いたドキュメンタリーアニメは、この10年間の間で最もブームメントを巻き起こしたコンテンツとなった。

 だが内宮いわく、脚色や削りが多くてとても見られたものではないらしいが。

 華世も一度見たことはあるが、あまりにもヒーロー然とした外見のキャリーフレームが登場したのを見て、内宮の見せた難色に納得したことがある。


 そんな話をしていると、遠くの席からゆっくりと歩み寄ってくる一人の影。


「華世、君はすごいなぁ」


 離れた席から歩いてやってきたのは、男子制服に身を包んだウィル。

 彼の姿を見て、結衣の目が輝き出す。


「ほら華世ちゃん、彼氏さん来たよ!」

「だぁれが彼氏だか」

「でも、無人島で一緒に暮らしてたし……おっぱい揉ませてあげたんでしょ?」

「……ウィル、あんたいつの間に話したのよ」


 華世に睨まれ、目をそらしながら萎縮するウィル。

 彼は今朝、転校生という扱いでこの明星みょうじょう中学校へと編入された。

 といっても保護観察中の彼を、学生である華世が監視するためというのが表立った理由であるのだが。


「いやあ……ホームルーム前に職員室の廊下でこの子に追求されて」

「……まあ良いけど。結衣、監視のために今もこいつと同じ屋根の下で暮らしているけど、関係を勘違いしたらダメよ」

「えっ、同棲どうせいしてるの!? 華世ちゃん大人おっとなー!」

「監視のためって言ったでしょうが。部屋は別だし、秋姉あきねえとミイナもいるから二人暮らしでもないわよ」

「いいなぁ、想い人とラブラブ暮らし……」

「聞いちゃいねぇわね」


 呆れつつ、流し目で結衣を睨む華世。

 今夜の夕食は何をしようか、ウィルに荷物持ちさせれば数日分の買い物ができるな、と考えていると結衣が唐突に机を叩いた。


「そうだ、聞いてよ華世ちゃん! 昨日のお昼、近所のホムセンにきんダコ食べに行ったらね」

「休日の昼飯に一人たこ焼きって……あんた寂しい暮らししてるわね」

「私の事はいいの! そしたら家具売り場で……咲良さんが楓真ふうまさんと一緒に家具を見てたの!」

「引っ越してきたばっかりだし、家具くらい買うでしょ」


 先日のステーション作戦の後に、勤務していた基地が襲撃で壊滅した楓真ふうま

 機関先が潰れたことで、なし崩し的に彼はここクーロンのコロニー・アーミィに転属となった。

 その流れでアーミィが管理している寮代わりのアパートへと入居したという経緯を、華世は内宮から聞いている。

 その流れを知っていれば、土地勘があり彼と旧知の仲である咲良が買い物に付き合うのはいたって自然だと思われる。


「でもでも、その後に、楓真ふうまさんの家に仲良さそうに二人で入って……一晩中明かりが消えなかったの!! しかも今朝、昨日と同じ格好で二人仲良く出勤してたし、衣服も乱れてた!! コレ絶対、大人の男女でアレしてるよね!?」

「どーせ徹夜でゲームでもしてたんでしょ。あたしとしては、何であんたが他人の動向をそこまで知ってるかが気になるところだけど」

「だって、だぁーって! 大人の異性同士が一晩中やることだよ!? 絶対に怪しいよぉ!」


 そうは言われても、華世は咲良という女性がそういう行為に及ぶ姿が全く想像できなかった。

 女としての色気を100%食い気に回しているような生態を、日頃からたっぷり見飽きているからだ。

 そして何より、20代後半だというのにどことなく精神面から幼さが抜けきっていない咲良が、関係を全否定する楓真ふうまとそういうことに及ぶとは到底考えられなかった。

 むしろ、華世の中での咲良の謎は、毎日1食を数キロ単位で食べているのにも関わらず、スレンダーな体型が一切崩れず太らないことである。

 その謎に比べれば、結衣の深読みの男女関係などワイドショーにも劣る程度のゴシップニュースにしか感じられなかった。


「結衣の恋愛脳には困ったものね。ウィル、気にする必要ないからね」

「う、うん……」


 頭の中桃色な結衣と冷静な華世に挟まれてか、ウィルは口元を引きつらせながら困惑しているように見えた。




 【2】


「ふわぁ~……」

「眠そうやな、葵はん」


 隣のデスクであくびをする咲良へと、セパレーターの脇から覗き込む内宮。

 咲良の更に奥隣に座る楓真ふうまも、眠そうな目をしながらパソコンに向かっている。


「昨日、楓真ふうまくんの引っ越し手伝いが落ち着いたあと一晩中、寝落ちするまで『エルフィスVSエルフィス』やってたんですよ~」

「あの歴戦のキャリーフレーム乗り同士でバトり合うゲームか。うちあのアケゲーベースの操作法が苦手なんよなあ。同時押しとかが誤爆しまくってな……それはともかく、業務に支障をきたす夜ふかしはアカンで」

「ふぁぁい」


 あくびをする咲良を尻目に、内宮はパソコンへと向き直る。

 コロニー・アーミィのデータベースで探しているのは、楓真ふうまが所属していた基地を潰したという傭兵“灰被りの魔女”。

 と言っても目立った活動として情報が残っているのはここ3ヶ月程度。

 それ以前は該当無しなのを見るに、最近活動を始めたのか、それともやり口を変えたのか。


「えーと、単身で爆発物を使った無駄のない巧みな拠点破壊が特徴。死人を出さないことに定評があり、派手な破壊活動にも関わらず死者はゼロ……か」

「そうですね~。爆発で灰が舞うことと、いちおう傭兵の登録で女性であることがわかるから“灰被りの魔女”と呼ばれてるんですって~」

「まいったねぇ隊長。キャリーフレーム戦を仕掛けてくるとかだったら僕らに一日いちじつちょうがあるけど、潜入タイプはお手上げだ」

「けどなぁ、どうもこの傭兵は義賊っぽい感じでな。防衛の名目であくどいことやってたトコばっかり、潰しとるみたいなんや。見てみ」


 内宮の招き寄せに応じ、パソコンの画面を見に来る咲良と楓真ふうま

 二人が揃ったのを見てから、内宮は画面に写っているウィンドウを変えた。


「最初に潰されたんは金星の第11コロニー・オータムのアーミィ支部。ここの支部長が資金横領してたんが事後調査で明らかになっとる」

「へ~、そんなことあったんですね~」

他人事ひとごとやないで。次は地球圏のコロニーで宙賊と癒着ゆちゃくしてた領主の屋敷を爆破。そして先日のコロニーで……」

「僕の勤め先がやられた、と。まあ、あそこの偉いさんの誰かが過剰に防衛税を課していたから、それが潰された理由ってところか」

楓真ふうまくん、悪事を見逃してたの~!?」

「よしてくれ、僕は階級こそ少尉だが末端の構成員だよ? 正義感まかせで上層部に楯突けるほど、度胸もなければ権威もない」


 彼が言う気持ちもわかる。

 アーミィに所属しているからといって、クビになる覚悟を持って上司の悪事に立ち向かえる人間は少ないだろう。

 給料をもらわないと生活できないのが、人間というイキモノなのだから。


「……まあ、うちらのトコは支部長こそ変な人やけど、後ろめたいモンは無いやろうし」


「ブーーッ!!」


 ちょうどピンポイントなタイミングで、飲みかけたコーヒーを吹き出すウルク・ラーゼ支部長。

 一斉に部屋中の視線を集めた仮面の男は、周囲を睨み──といっても仮面の目に当たる部分のレンズ越しだが──ながらコーヒーを布で拭きまわっていた。


「……支部長?」

「フン……恐らくはどこかの反社会テロリスト辺りが私の噂でもしたのだろうよ」


(……怪し~よね、楓真ふうまくん)

(……まあ、人間は権力を得ると狂うと言うしね)


 背後のヒソヒソ話を聞きながら、内宮は先行きの不安をため息で主張した。




 【3】


「じゃあ華世ちゃん。その傭兵ポータルからは辿れないんだね」

「情報開示をさせようにも、地球の国家のいくつかが元締めだからねぇ。宇宙メインのコロニー・アーミィじゃ権限が届かないってわけよ」


 体操服に身を包み、校庭に体育座りしながら結衣と小声で会話する華世。

 今日の体育の授業は体力測定であり、列の先ではクラスメイトが歯を食いしばりながら50メートル走に励んでいる。


 不意に、離れたところで同様の測定をしている男子グループから、歓声があがった。


「ウィル、5.98秒!」


「……へぇ、あいつやるじゃない」

「あれってすごいの?」

「この年齢で6秒切れるのはなかなかよ。それじゃ、あたしも……!」


 順番が回ってきた華世は立ち上がり、スタートラインに立った。

 そして前かがみになりクラウチングスタートの体勢へ移行、開始の合図を待つ。

 甲高いホイッスルの音とともに土を蹴り、前へと疾走。

 風を切ったままゴールラインを突っ切り、滑るようにブレーキをかけ停止した。


「葉月華世、……ご、5.13秒!?」


 ストップウォッチを持った体育教師が、声を震わせながら記録を読み上げた。

 手動計測のため正確性には欠ける記録ではあるが、大幅にウィルを追い抜き小さくガッツポーズをする。


「華世ちゃん、すごーい!」

「でしょ? ……と言っても、義足込みの記録だからインチキみたいなものだけどね」


 義体というものは、マシンパワーによって元の肉体よりも強くすることが可能である。

 そのため、義手義足を用いてスポーツを行うパラリンピックでは、義体メーカーが作り上げた高性能機の性能勝負になっている一面があるほど。

 華世が身につけている義手義足もその例にもれず、腕力・脚力はかなり強めに設定してあるのだ。

 もちろん普段の生活ではパワーを落とし、生身の手足に合わせるようになっているのだが。


「ふんぎぎぎぃぃぃ……ですわっ!」

「リン・クーロン、9.02秒!」


 至って平凡な記録を出したリンが、ゼェハァと肩で息をしながら華世の後ろに座り込んだ。

 結われた黒髪は汗が染み付いて乱れ、疲労で歪んだその顔は良家のお嬢様がしていい表情ではなくなっている。


「おつかれ、リン」

「わたくしは……ゼェ……あなたたちと……違って……ゲフッ……人間を……辞めては……いまぜんがらっ」

「たかだか体力測定で、ムキになり過ぎなのよ。容姿端麗、文武両道、才色兼備なあたしに生身で勝てるわけ無いでしょ」

「んまっ、なんて自意識過剰でしょう。運動能力で劣ってはいても、容姿で負けるつもりはありませんわ! げぼっ」


「まーまー、ふたりとも体育の授業で外見を競わなくてもいいじゃない」


 一見するとバカバカしいようなやり取りが飛び交う中、午前の時間はゆったりと過ぎていった。

 そんな中、不意にブルルと華世の髪飾りが振動する。


「ああ、もうそんな時間か」

「どしたの?」

「アーミィのツクモロズの説明会に呼ばれてるのよ。と言っても通信越しだし、必要がなければ黙ってていいけど」


 周囲を見渡し、まだまだ体力測定の列が長いことを確認する。

 これならば、会の最初くらいは集中して聞けるだろう。


「結衣、何かあったら指でつついて」

「わかったー」


 結衣にこの場の反応を任せて、華世は髪飾りに指を載せた。



 【4】


 アーミィ支部の中で最も広い作戦会議室ブリーフィングルーム

 そこには大勢のコロニー・アーミィ隊員が集まり、椅子という椅子を埋め尽くしていた。

 華世と繋いだ通信機を片手に、最前列に座る内宮。

 両隣に咲良と楓真が座る中、壇上に登っているウルク・ラーゼ支部長がマイクを握るのを待った。


「では諸君────うごっ!?」


 支部長が声を発した途端に部屋中にキーンと響き渡るハウリング音。

 隊員たちが一斉に耳輪を塞ぎ、後ろにつんのめる。

 ウルク・ラーゼが仮面越しに部屋の隅の音響担当へとにらみを飛ばし、音量の調整を行わせた。


「あーあー、アー……ふむ。私の成功をねたむ者による、悪辣あくらつな陰謀かと思ったぞ。それでは、これよりツクモロズに対する説明会を行う」


 壇上のウルク・ラーゼが、スクリーンに写真を幾つか映し出す。

 ひとつは華世が最初に戦ったというハサミ男のツクモロズ、ひとつは先日リンの屋敷で華世が交戦した鎧甲冑。

 他にはいくつかのキャリーフレームと、怪獣の姿。


「これは、ここ1ヶ月ほどの期間にコロニーに出現した敵性存在である。一見すると無秩序な群体に見えるが、実は共通点が存在するのだ」

「それが、先ほど言ったツクモロズだと?」


 中腹の席に座る隊員の発言に、ウルク・ラーゼは深く頷いた。


「現在まで、内宮少尉率いるハガル小隊が数度交戦しており、戦果を上げている。しかし、性質上この敵に打撃を与えるとは言い難い。……ミイナと言ったか、例の者をここへ」

「はいはいっ!」


 会議室の扉を開け、待ってましたとばかりに現れるミイナ。

 流石に公的な場に出るためメイド服姿ではなく私服を着込み、その手にはハムスターケージの取っ手が握られていた。

 そのケージを壇上の机に起いたミイナが、格子の側へとマイクを配置する。


「これで良しです、ウルクさん!」

「ご苦労。ここに連れてきてもらったのは、ツクモロズなる勢力に侵略を受けた世界からの逃亡者、ミュウという人物だ。姿は小動物だが」

「お呼びに預かりました、ミュウだミュ」


 格子の奥の青いハムスターから発せられた甲高い人語に、ざわざわと隊員たちがざわめき出した。

 これまでの常識を覆しかねない存在ゆえ、無理のない話だろう。

 けれどもウルク・ラーゼが足で床を鳴らすと、すぐに静まり返るのは訓練された者たちでこの場が埋まっていることの証明でもある。


「ツクモロズは、僕らの故郷を滅茶苦茶にしたんだミュ。この世界を、僕らの世界の二の舞にしないためにも協力をお願いするミュ!」

「彼の話によれば、ツクモロズとは我々が普段使っている道具を依り代に現れる存在らしい。例として先の写真に写っていたこの怪人は、枝切りハサミから誕生したらしい」

「普通は意思疎通ができないだけで、モノには魂と意思があるんだミュ。それらが耐えられないほどの……人でいうとストレスのようなものを感じたとき、ツクモロズとなって人を襲うんだミュ」


「と、いうことは先の暴走キャリーフレームも?」

「左様、ツクモロズ化したキャリーフレームということになる」

「ですが、それならアーミィで運用されている軍用機も次々と暴走する可能性が?」

「それに関しては大丈夫だミュ」


 マイク越しに発されるミュウの声に、隊員たちは耳を傾ける。

 下手をすれば大惨事になるような敵の情報に、緊張感が走っていた。


「モノによるストレスの大半は荒い扱いとか、意図されない使い方によるものだミュ」

「事実、キャリーフレームを例に取ると暴走した機体はどれも戦闘能力を持ちながら警備用にとホコリを被っていたものばかりなのだよ。つまりは、戦うためのものでありながら戦いに使われなかった、それがストレスになったものだと考えられる」


「……ということは、万全の整備をし、適度に出撃・交戦を行っているアーミィの機体は、その……ツクモロズにはなり得ないと?」

「仮設ではあるが、その確率は高い」


 ひとまず安心だと、安堵の声が内宮の後方から漏れ聞こえる。

 軍用機の暴走などあれば、惨事は免れないし民衆から反感を買うのは必至だ。

 そうなっては防衛どころではない。


「では、次にツクモロズ出現の傾向と、対応法となるが────」



 ※ ※ ※



「華世ちゃん、華世ちゃん。整列だよ」

「……ああ、ありがと」


 ちょうど聞かなくても良い場面に映ったところで結衣に背中をつつかれ、華世は髪飾りから指を離し立ち上がった。

 ここから解散、着替えと来て自由時間のちに次の授業。

 急がなくてもいいだろうが、気にはなるので早めに戻りたい。


 退屈な学校の授業を適当にこなしながら、周りに合わせて華世は静かに行動した。



 【5】


「────だが、課題は山積みである。ミュウ少年いわく、ツクモロズには首領と呼ばれるトップがいるという。しかしそれが何者か、そして組織規模がいか程かなど、一切情報がない……だったかな?」

「そうだミュ……僕も実はそこまでは知らないんだミュ。でも、諦めずに戦っていれば、必ず向こうから行動してくるミュ! それまで……どうか、負けないでミュ!」


 ミュウの言葉を持って、説明会は解散となった。

 結局、華世が口を挟まなくても滞りなく終わったので、内宮はホッとしていた。

 本人がそこまで乗り気でなくても、学生生活というものは若い時の指針になりやすい。

 娘同然の存在が仕事のために若さの特権を失うことは、やはり耐え難いものなのだ。


 ふと壁の掛け時計を見て、時刻が昼休憩に差し掛かっていることに気がつく。

 内宮は今日は何を食べようかと考えつつ、会議室の端で伸びをしているミイナに声をかけた。


「ミイナはん、せっかく来たんやし今日は昼一緒にどうや?」

「えっ、いいんですか? でも……ミュウ君を家に連れて帰らないと」


 ちら、とハムスターケージの方を見るミイナ。

 中の小動物はヒマワリの種をカリカリと貪っていたが、確かに彼を支部に置いて出かけるわけにもいかないだろう。


「あ、隊長。よかったら私が面倒見てあげましょうか〜?」

「おお、葵はん。そんなら嬉しいんやけど、ええんか?」

「私、今日お弁当なので大丈夫です〜!」


「せやったらお言葉に甘えて。ミイナはん、美味い定食屋を紹介したるわ」

「わーい! じゃあ葵さんを待たせてもいけませんし、早く行きましょう!」


 ミイナに腕を引っ張られるかたちで会議室を後にする内宮。

 しかし、咲良が唇の隙間から食いしばった歯を見せていたことは、内宮を含めこのとき誰も気づいていなかった。



 ※ ※ ※



「ミュ……ミュミュ……?」


 ミュウは困惑していた。

 内宮からケージを託された咲良に運ばれ、行き着いた先は誰もいない取調室。

 明かりもつけず薄暗い部屋の中で、格子越しにミュウを睨むのは、いつもにこやかな顔をしていた葵咲良。


 しかしその目は今まで見たこともないほど釣り上がり、威圧的な目線でミュウの小さな体躯を睨みつけていた。


「さ、咲良さん……どうしたんだミュ? なんだか恐いミュ……」

「ちょっと、あなたに聞きたいことがあってね」


 低い声でそう言った咲良は、懐から取り出した手帳から一枚の写真を取り出し、ミュウへと見せた。

 そこに写っていたのは、制服姿の若い咲良と思しき人物と、彼女の隣で笑顔を見せる咲良に似た少女。


「葵紅葉もみじって女の子のこと……知ってる?」

「う、ううん。知らないミュ……誰なんだミュ……?」

「……9年前に死んだ私の妹」

「死ん……だ……?」

「ええ。……魔法少女として戦って、死んだのよ。私の妹は」

「え……!?」


 驚愕するミュウの前で、咲良はカバンから一冊のノートを取り出した。

 その表紙には、葵紅葉という持ち主の名前と、日記帳という大きな題字が綴られている。


「妹は……紅葉もみじは全部日記に残していた。ミュウという妖精に導かれて魔法少女になったこと。ツクモロズという敵と戦っていたこと。そして、もうすぐツクモロズの首領を倒せそうだ、ということもね。なんで……」

「ミュ……」

「どうして、妹の日記にあなたの名前が書かれてるの? あなたは何なの? 私の妹を……本当に知らないの?」


 上から向けられる咲良の眼差し。

 その瞳に宿っていたのは、紛れもなく憎悪だった。

 けれども、その視線を受けてもなお、ミュウの記憶にはそのような少女の存在は思い当たらなかった。


「本当に、本当にわからないんだミュ! 僕じゃないんだミュ……信じて……」

「……そう」


 日記を仕舞い、ケージを持ち上げる咲良。

 そのまま出口へと向かい、取調室の扉に手をかけたところで、彼女は足を止めた。


「今回は信じてあげるけど、もしもさっきの発言が嘘だったら……私、許さないから」



 【6】


 空が夕焼け色から夜の闇へと変わる頃。

 両手に食料品いっぱいの買い物袋を持ったウィルの横で、華世は二人のカバンを持ちながら帰路についていた。


「いやあ、あんたが荷物持ちしてくれるから助かるわー」

居候いそうろうみたいな立場だから仕方ないけど……君のほうが義手の分、力あるんじゃないかい?」

「ほらほら、男らしいとこ見せてあたしを惚れさせるんでしょ。今日の夕飯はカレー作ってあげるから」

「いいように使われてるだけだと思うんだけどなあ。カレーは嬉しいけど」


 文句を言いながらも、少し嬉しそうな表情のウィル。

 なんだかんだ、役に立てるのが嬉しいのだろう。


 自動車が行き交う大通りを横目に歩道を歩く二人。


「それにしても……本当に俺が一緒に住んでよかったのかい?」

「個室なら余ってたし、料理なんて三人分も四人分も同じよ」

「違う違う。ほら、僕一人だけ男だし……」

「あんたが誠実な人間ってことはあたしが一番わかってるし、こうでもしなきゃ監視付きになっちゃうからね」


 表向きには複数の犯罪を犯した扱いのウィルが、ここまで大手を振って出歩けているのも、ひとえに華世が監視についているからというのが大きい。

 そのために同じ家に住まわせ、同じ学校に通い、通学帰宅を共にしているのだ。

 彼にここまでの自由を与えているのは、命の恩人に対する華世なりの恩返しである。


「さーて……」


 スキップしながら少し足を早める華世。

 ウィルが慌てて「待ってよ!」と言いながら、後を追おうと小走りを始めた。

 しばらくカツカツと軽快な足音を立て、家であるマンションから離れるような道のりを進む。

 ジグザグと細い路地を何度か通り、たどり着いたのは雑木林がフェンスの向こうに茂り、人通りの少ない緑地帯。


「華世、どうしたんだい? こんなところに来て……」

「ウィル、気づかなかった? あたしたち、後をつけられていたの。……そうよね、ストーカーさん?」


「あーあ。気づかれちゃってましたか」


 振り向くと、そこに立っていたのは青いボブカットヘアーにすまし顔の少女がひとり。

 首からかけられたロザリオの十字架にはめ込まれた大きな赤い球体が、やけに印象的だった。


「あたしのファン……ってわけじゃないわよね? 気配を殺して後を追う奴が、ロクなやつとは思えないわ」

「印象サイアクって感じですね。単刀直入に言いましょう、あなた……魔法少女を辞めてくれませんか?」

「……嫌だ、と言ったら?」

「実力行使に出ます」


 そう言って一歩身を引き、ロザリオを握りしめる少女。

 華世は何かを仕掛けてくると予感し、とっさに右腕へと手を当てる。


「「ドリーム・チェェェェンジッ!」」


 二人の少女の声が、夜の闇に交差した。

 


 【7】


 即座に抜いた残機刀を、飛びかかりざまに振り下ろす華世。

 しかし、先手を取ったはずの一撃は、少女の手から放たれるオレンジ色に輝く障壁に受け止められ、その刃が抑え込まれた。


「……炎?」


 揺らめく赤黄色の模様と放たれる熱気。

 とっさに後方へと飛び上がり、空中でひるがえりながらビーム・マシンガンを発射。

 放たれた光弾は炎の壁に吸い込まれ、弾けるように消えていった。

 地面に着地し、相手の姿を確認する華世。


 一見すると、修道女シスターのような黒装束。

 けれども両腕には、不釣り合いという言葉では収まらないような、極太の機械籠手ガントレットがはめられていた。

 その機械籠手ガントレットは手の部分こそ、金属の手袋で覆っている程度ではある。

 けれども前腕を覆う部分は小さな円柱が無数に飛び出した機械を携えており、何らかの駆動音らしい音を絶えず鳴らしている。


 華世は、この少女が自分と同じ方向性の魔法少女だと感づいた。

 それは変身の掛け声から読み取ったのもあるが、相手の修道女シスター服のスカート部に刻まれたスリット。

 その隙間から自身の魔法少女衣装のものによく似た、青色のひらひらしたスカートが見え隠れしていたからだ。

 同時に相手の変身名か、“マジカル・ホノカ”という名が脳裏へと浮かび上がる。


「……片腕片足が武装義体なんだ、マジカル・カヨ」

「あんたこそ、ゴツい機械籠手ガントレットしてるじゃないの、マジカル・ホノカ。いや……灰被りの魔女って言ったほうが良いかしら?」


 その名を出した途端、ホノカの顔がこわばった。

 ハッタリを込めた問いかけだったが、反応を見るに図星のようだ。


 ホノカが、おもむろに金属に包まれた拳を地面に打ち付けた。

 同時にパンと弾けるような音とともに、華世の周囲の地面から火柱が昇る。


「あっつ!」


 魔法少女に変身したことで、周辺環境への適応能力は高くなっている。

 そのため真空の宇宙にも生身で繰り出せるが、さすがに炎を直接浴びるような瞬間的な温度変化には対応できないらしい。

 派手な爆発をかいくぐり、一旦おおきく距離を取る。


 離れて冷静になってみると、あれだけ景気よく炎を放っているのにも関わらず、周囲の木々に引火はしていない。

 偶然にしては出来すぎているため、おそらく意図的にそうしているのだろう。


『華世、華世! どうしたんだミュ、変身なんかして!』


 髪を結っているリボンから、突如響き渡るミュウの声。

 そう言えばあのハム助との通信機能があったなと思いながら、リボンに指をあてて応答する。


「今、あたしとは別の魔法少女に襲われてるの」

『魔法少女!? 君以外のミュか!?』

「その口ぶりだと、あんたの預かり知らない事象っぽいわね。リボン越しに見える?」

『……わからないミュ。けど、炎の攻撃を放ってくるなら炎魔法の使い手かもしれないミュね』

「魔法少女ひとりひとりに得意な傾向があるんだっけ?」


 魔法少女、というからには魔法を使って戦うことができる。

 華世は自身の魔力をコントロールできないため使用を控えているが、他の魔法少女であれば話は別であろう。

 相手の炎が魔力依存だとすると、途端に状況が苦しくなる。


『華世の得意属性はわからないミュよ。魔力錬成をしたことがないミュから』

「わかってるわよ。相手の魔法に何か対抗するすべは無いの?」

『気合と根性ミュ!』

「この役立たず!」



 【8】


「そんな独り言を、言ってる場合ですか?」


 ミュウとやり取りをしている内に、いつの間にか距離を詰められ飛びかかられていた。

 炎をまとったこぶしによるパンチを、後方にのけぞるように回避。

 そのままバク転しつつ少し距離を取り、近場に立っている程よい木の幹へと義手の手首を射出する華世。

 掴んだ木へとワイヤーを巻き取ることで上昇し、最小限の動きで太い枝の上へと着地した。


「とにかく、相手の攻撃のパターンが掴めないことには……」

「そんなところに登っても、無駄です」


 そう言いながら、両拳を空中でガツンとぶつけるホノカ。

 同時に華世が乗っている木の根元から爆炎が球状に発生し、幹の下部がごっそり蒸発した。


「わたたたっ!?」


 傾き、倒れる枝の上から別の木へと急いで飛び移ろうとする華世。

 しかし、その木も一瞬にして火柱に包まれ、炎の中に消えていった。

 とっさのことで着地体勢をミスり、右腕の義手から地面に落ちてしまう。

 高所からの落下から華世の身体を支えたことで、義手がベキリと嫌な音を出す。

 見れば、手頃な木々はすべて炎に包まれ、そのゆらめきが明かりのように中心に立つホノカを妖しく照らし出していた。


 これだけ燃え上がっているにも関わらず、華世の周囲だけしか延焼していないのも、敵のなせる技か。


「私の力はわかったでしょう? 降参すれば命までは奪いません」

「命を奪わない……ね。甘い考えじゃない? あんた」

「甘い?」

「戦いなんて、殺すか殺されるかよ。相手を生かすために手を抜いて、それで返り討ちにあったら間抜けじゃない」

「では、本気を出しましょうか?」


 ホノカが、おもむろに両腕を前へと突き出す。

 その瞬間、機械籠手ガントレットを覆う円柱状の突起が発射されるように宙へと放たれた。

 煙の尾を引きミサイルのように飛来した円柱群は、華世を囲むように地面に突き刺さる。

 同時にホノカが右手を上げ、地面へと振り下ろした。


「これで、終わりです──!」



 ※ ※ ※



 凄まじい閃光と爆炎が緑地帯に炸裂した。

 自らの手で引き起こした目の前の爆発を、冷めた目で見つめるホノカ。


「これでわかったでしょう、私との力の差が。さあ、降伏を────!?」


 揺らめいていた炎が消え、そこに見えた光景にホノカは目を見開いた。

 地面に横たわる焦げ付き砕け散った機械義手の残骸と、魔法少女衣装の燃え残った切れ端。

 それ以外は、地面にこびりついた円状の焼け跡以外なにも残ってはいなかった。


(──もしかして、間違えた?)


 嫌な汗が額から流れ、頬を伝う。

 思ってみれば、やけに爆発が派手すぎた。

 もしかして、調整をミスしてしまった?

 そのために相手を……殺めてしまった?


「誰も死なせない、殺さないって。約束した……のに!」


 確かに、相手は敵だったかもしれない。

 けれども、まだ若く未来ある少女だったのだ。

 その未来を、一方的に奪ってしまった。

 その事実にホノカは震え、顔をひきつらせていた。


 ────その時だった。


 背後に突然現れる気配。

 とっさに振り向き、視界に入る赤熱した切っ先。


「だりゃぁぁぁっ!!」


 さきほど殺めてしまったと思った少女が、そう唸りながら飛び蹴りを放っていた。

 義足の足の裏から飛び出したナイフの赤熱した刃を、半ば反射的に左腕の機械籠手ガントレットで受け止めてしまう。


「しまっ……!?」


 光熱のナイフが突き刺さった部位から、機械籠手ガントレットが爆発をした。

 その衝撃で後方へとふっとばされ、空中で一回転しながらもなんとか着地。地面を滑るようにして勢いを殺した。

 内側から炸裂した爆炎で、いびつに歪んだ左の機械籠手ガントレットから、火花を上げる部位を強引に剥ぎ捨てる。

 その間に正面を見据えると、華世は千切れた義手を物ともせず、生身の左手で太刀を握り構えていた。


「ど、どうやって後ろに……!?」

「タネさえわかれば、簡単な手品だったわ。あんたが引き起こしていた爆発と炎、あれらは可燃性ガスに火を着けていただけでしょ?」

「…………」

「魔法の力で風でも起こして、任意の場所にガスを散布。その籠手の先の火打ち石か何かで導線に火を放てば、目当ての場所がドカンってわけよ」


 図星だった。

 ホノカの魔法能力、それは風を操ること。

 けれども相手を吹き飛ばすほどの旋風を巻き起こすことはできず、そのための可燃性ガスと機械籠手ガントレットだった。

 ガスの爆発を完全にコントロールできるホノカにとって、これほど扱いやすく手加減しやすい武器も無い。

 けれども、その不殺の信念が仇となってしまったのか。


「あんたがあたしを直接爆破しようとした時、壊れかけていた義手でわざとビームを発射したのよ。それも全力でね」

「ビームによるガスへの引火と、ビーム発振器の爆発。それによって発生した爆風に乗って、飛び上がった……っていうの」

「あんたが狼狽えている隙に姿勢を整えて、そこの木を蹴ったってワケ。そして……チェックメイトよ」


 華世がそう言って太刀を握った左腕を振り上げると同時に、ホノカの身体を周囲から放たれたまばゆい光が照らし出す。

 気がつけば、周囲を囲むように銃を構えた無数の軍人。それといくつかのキャリーフレームがホノカへと銃口を向けていた。


「仲間を……集めていたのですか?」

「卑怯とは言わないでよね。あんたのような危険分子、あたし一人じゃ手に負えないもの。さあ、おとなしく降伏しなさい」


 自分がさっきまで相手に言っていた言葉を返され、うつむくホノカ。

 けれども、ここで捕まるわけにはいかない。任務を失敗するわけには……いかないのだ。

 まだ健在な右腕の機械籠手ガントレットから足元へ、気づかれぬようガスを放射。

 そして、一瞬の隙をついて左手を地面に突き立てた。



 【9】


 華世の目の前で、ホノカを包み込むようにして爆発が起こった。

 爆風とともに飛び散る土塊から守るように、目をとっさに左腕でガードする。

 数秒の後に爆発地点に残っていたのは、地下の下水道をむき出しにするように空いた大穴だけだった。


がした、か……」


 他者を殺めることに心を痛めるような少女が、追い詰められて自決はしないだろう。

 そう思っている間に大穴の近くへとアーミィの隊員が集まってき、そのうちの一人が下水道へと足を踏み入れようとしていた。


「待って、追わないほうがいいわ」

「なぜです?」

「相手はガス爆発のプロよ。ガスを使い切ったとも思えないし、迂闊に突っ込めば閉所でいいようされるだけ」


 華世は人間兵器ゆえ、一応アーミィないで少尉相当の権限がある。

 それを知っているからか、素直に忠告を聞き兵士たちが撤収していく。


「……ふう、もう大丈夫よね。ドリーム・エンドっと」


 緊張感から開放され、変身を解いてその場に腰を下ろす。

 そんな華世へと、ひとつの影が駆け寄って手を差し伸べた。


「……ウィル、あんたがアーミィを呼んでくれたの?」

「俺、どうしていいかわからなくて。邪魔にならないように離れてから電話で内宮さんに応援を頼んだんだ」

「おかげで助かったわ。さすがに片腕が壊れてちゃ、長くは持たなかったから……」


 初めての、自分と同じ魔法少女との戦い。

 これまで戦ったツクモロズよりも、遥かに手強い相手だった。

 今回、取り逃したことで再び相まみえるかもしれない。

 そうなったときに、今度は勝てるだろうか。


「おおーい、華世、大丈夫か~!」


 遠くから咲良と共に駆けてきた内宮が、手を振りながら声をかけてきた。

 方向から察するに、どうやらキャリーフレームに乗っていたらしい。


秋姉あきねえ、帰るの遅れてごめん。すぐ帰って夕食作るからね」

「戦ったあとやし、かまへんかまへん! 無事やっただけで十分や」


 内宮とウィルの手を借り、フラつきながらも立ち上がる。


「ほら、フラフラやないか。今日は出前でも取ろか!」

「……じゃあ、そうしましょうか。でもちゃんと食材は買ったから、明日はカレー作るわよ」


「いいな~華世ちゃんのカレー。私も食べたいなあ」

「葵はんが来たら、一人で鍋を空っぽにしてまうやろ!」

「別にいいわよ、量増やすくらい。せっかくだし、あの常磐ときわってヤツも呼んでカレーパーティする?」

「嬉しいけど、どうして楓真ふうまくんが出てくるのかな~?」

「結衣も呼んであげようと思ってね。あの子、あいつに会いたがってたから」

「あ、そういうこと! オッケ~オッケ~!」


 上機嫌でスキップする咲良に癒やされながら、華世は夜空へと目を向ける。

 コロニーの中心部分で輝く人工的な星っぽい輝きが、今日はやたらと綺麗に見えた。



 ※ ※ ※



「ハァ……ハァ……追っ手は、居ないみたいですね……」


 指先から放つライターのような小さな炎を明かり代わりに、無機質なコンクリート壁に手を当てつつ下水道を進むホノカ。

 左腕の機械籠手ガントレットは大破、右側のは無事だがガスは僅か。

 これ以上戦うことになれば、さすがに持たなかった。

 ひとまず身の安全を確信し、ふぅと一つため息をつく。


「葉月華世……。あんなに、手強い子がいるなんて」


 想像を絶する強さだった。

 これまで幾多ものアーミィ基地に対して一方的に勝利を収めてきたホノカにとって、初めての苦戦にして敗走。

 けれども、完全に負けたわけではない。

 傷を癒やし機械籠手ガントレットを修復してからもう一度、勝負をかける。

 そうして任務を達成しなければ、傭兵としての経歴に傷がつく。


「今度は、負けない……!」


「ところが、その今度はもう来ないんだよねえ」


 閉鎖的な下水道に突如響いた少年の声。

 とっさに振り向き、声のする方へと明かりを向けると、暗闇の中からふたつの人影が姿を表した。

 一人は三度笠をかぶった大男。もうひとりは、さきほど声を出したであろう少年。


宵闇よいやみに 彷徨さまよい歩きし 幼子おさなごの、向かう先へは 闇が広がれり……」

「鉤爪の女とは別に、魔法少女が誕生したっていうから戦わせてみたら……君にはガッカリだよ」

「その言い草……あの依頼はあなたが?」

「御名答。正解の褒美に、一発で楽にしてあげるよ!」


 そう言った少年の影が、ものすごい勢いで足元から伸びるようにホノカへと近づいていく。

 その間にも影からは無数の黒く鋭い針が伸び、明確な殺意をこちらへと向けてくる。


「私を仕留めるにはちょっとお話、しすぎです……!」


 残り少ないガスを放出し、ホノカは壁に機械籠手ガントレットを打ち付けた。



 【10】


《昨日夜遅くに発生した、マンホールの蓋が飛び付近の自動車に落下する事故について。捜査にあたっていたコロニー・ポリスは下水道で何か爆発のようなものが発生したことで、マンホールの蓋が飛んだという見解を明らかにしました。これについては────》


 つけっぱなしの大型テレビから流れるニュース映像。

 画面には繰り返し、防犯カメラに映ったマンホールの蓋が飛び出す映像が流れ続けている。

 その光景をシステムキッチンのカウンター越しに眺めながら、巨大な鍋からすくい上げたカレーを皿に注いでいく。


「これって、昨日のあの子なのかな。華世ちゃん」

「だと思うけど……はい、これ咲良の分だから奥のテーブルによろしく結衣」

「はーい!」


 山盛りに盛られたカレーの皿を、ミイナと共にパタパタと運ぶ結衣。

 昨日の戦いのあとの約束通り、今夜は華世たちが暮らす家でカレーパーティだ。

 普段はウィルも入れて四人で住んでいる家であるが、タワーマンションのワンフロアを専有してるだけあってスペースは余り気味である。

 そのため、こうやって結衣に咲良に楓真ふうまと三人を加えても、テーブルさえ拡張すれば余裕で卓を囲むことができるのだ。


楓真ふうまくん、すごいね華世ちゃんの家」

「本当にな。僕らなんてアーミィ管理のアパートだからねえ。豪華な家で女性に囲まれ男一人とは、幸せものだねウィル君」

「そうでもないですよ。男一人だと……洗濯物とか、風呂の時とか肩身が狭いし……」


 ゲストと話に花を咲かせる一角に、結衣が割り込むようにして咲良の前に皿をゴッと置く。

 突然に鳴った皿を置く音に、会話が一時ストップした。


「結衣ちゃん、どうしたの?」

「ちょっと大盛りのお皿が重かっただけですよ。ええと、今度は楓真ふうまさんの分……」


 カウンターに乗せられた皿を手に取り、今度は優しくランチョンマットの上に軟着陸させる結衣。

 彼女の内に秘められた感情が見え見えすぎて、華世は呆れ顔にならざるを得なかった。


「華世お嬢様、私もちょい大盛りでお願いしますー!」

「ミイナ、あんた大食らいだったっけ?」

「お嬢様が作った料理なら、私の有機変換炉は無限に摂取できますよ!」

「はいはい、自分で持っていきなさい」


 リクエスト通りに気持ち多めによそったカレーライスを、ミイナへと手渡す。

 見た感じからしてルンルン気分が飛び出している彼女の背中を見送ってから、華世はエプロンを外して席についた。

 各々の皿から香ばしい香りと湯気がのぼる中、テーブルを見渡した内宮が、パンと手を叩く。


「ほな、全員分そろったし……飲み物の準備はええか?」

「はいはい。大人はビールで、子供はジュースと」

「では、何についてかわからんけど、乾杯!」

「「「「乾杯!」」」」


 全員でグラスを持ち上げ、軽くぶつけ合ってカチンと小気味いい音を響かせる。

 華世が作ったカレーの評判は上々で、皿が空になると我先にとおかわりを取りに行った。

 ひとつ予想外だったのは、咲良の食欲である。

 数日間食べる前提で15人前の量を作ったのにも関わらず、一晩で平らげてしまったのだ。


「……ほんと、咲良って食べた質量がどこにいってるのか不思議よねえ」

「ほら、言うじゃな~い。美味しいものは別腹って」

「あんたの別腹って異空間に繋がってるんじゃないの?」

「ひどいな~。あ、そうだ……ミュウくんが私のこと何か言ってなかった?」


 急に真顔になって尋ねてくる咲良。

 実のところ、華世は咲良がミュウと妹について話していることを知っていた。

 ミュウから聞いたわけではなく、ハムスターケージに取り付けてある無線機越しにではあるが。


 確かに、咲良が抱く疑問も理解はできる。

 妖精族が何者なのか、これまでどのような歴史をたどったか。

 けれども華世はいずれ答えが出るだろうと、一旦この問題を放置することにした。

 それは、ミュウと咲良との関係を現状のまま維持したいという感情もある。


 けれども、最も大きいのはその真相は自分で確かめたいという思いだった。

 誰が正しいのか、何が起こったのか。

 それを自分の目で確かめ、判断するまで、華世はこの話題には触れないようにした。


「……なんにも言ってなかったわよ。オヤツでも盗られたの?」

「そっか~、ならいいの。ねえねえ、楓真ふうまく~ん」


 華世から離れ、楓真ふうまの元へと絡みに行く咲良。

 彼女の姿を横目に眺めながら、華世はつけっぱなしのニュース映像をぼんやりと見つめていた。



 ──────────────────────────────────────


登場戦士・マシン紹介No.7

【マジカル・ホノカ】

身長:1.49メートル

体重:63キログラム


 華世の前に現れた、二人目の魔法少女。

 動きやすいように改造した修道服の下に、実はインナーのように青色の魔法少女衣装を着込んでいる。

 修道服は表面に耐火処理を施しており、激しい爆発や炎を至近距離で受けても決して燃えることはない。


 両腕に装備した機械籠手は「フレイム・ガントレット」と呼ばれる火炎兵器。

 内部には可燃性ガスを内包した無数のガス管が内蔵されており、周辺散布からミサイルのようにガス管を発射しての包囲まで幅広い散布方法を持つ。

 自身の周囲に散布した可燃性ガスは、ホノカ自身の風魔法によって都合のいい場所まで流し、導線がわりの細いガス流に籠手先端の火打ち石で着火することで爆破することができる。

 この戦法には、風魔法の風力が攻撃に使えるほど強くはなかったことと、魔法少女同士で戦う際に能力を勘違いさせる狙いという2つの理由が存在する。


 手のひらには華世が使っているものと同様のV・フィールド発生装置が装備されており、コレにより可燃ガスを滞留させることで炎の障壁「フレイムシールド」を生み出すことが可能。

 また、この障壁には外側へ向けた強い力場が発生しているため非実体ながら物理攻撃を受け止められる効果もある。

 実弾を正面から撃たれた場合は、熱量によって実弾が溶解。エネルギー弾は炎の熱エネルギーとぶつかり合って消滅するため、射撃に対して高い防御性能を持つ。


 魔法少女としての能力は低いが、可能なことを外部装置によって補強し攻撃能力としているという点では、マジカル・カヨとベクトルは似通っていると言える。



──────────────────────────────────────


 【次回予告】


 不慣れな学校生活に邁進するウィル。

 トラブルや騒動を乗り越えつつも、年相応の少年としての幸せを彼は噛み締めていた。

 だが平和な学びも、時として一瞬で戦場と化してしまう。


 次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第8話「スクール・ラプソディ」


 ────平和と狂騒は、表裏一体。



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