第5章「それぞれの別れ道」

第25話「決別の日」

「結局のところ、あなたは何者なんですか?」

「言えないよっ」


 朝食のカップ味噌汁6個にお湯を注ぐ咲良の隣で繰り広げられる少女たちの問答。

 少女、といっても片方はELエルが動かすアンドロイドで、もう片方はツクモロズのヘレシー。

 ヘレシーは、ツクモロズというからには依代になったモノが存在するはずである。

 それが何か、というのが彼女たちの会話の主題だった。


「ヘレシー、あなたが搭乗していた際に使えていた〈アーク・ジエル〉のマルチ・ロックオン・システムが使えなくなっていたんですよ。あなたの正体は、コンピュータに作用する何かであるという推論にはあるんです」

「いくら聞いたってムダだよっ! 核心に触れられるまでは、私だって言いたくても言えないんだもん」

「それは例の、魔法によって施された思考のロック……ですか?」

「そーいうこと。おみそ汁いただきます!」


 味噌汁の器をたぐり寄せ、ジュルルという音を立てて飲むヘレシー。

 不服そうな顔で、その後に続くELエル

 すっかりお馴染みになった朝のやり取りに、咲良はぼんやりしながらドンブリ一杯に白米をよそった。

 つけっぱなしのテレビのニュースは、V.O.軍とアーミィの戦いが膠着状態になって数日という旨を伝えている。


「今日も変わらず、平和だけどV.O.軍の影ありっと。いい日になると、いいな〜」


 そう呟きながら咲良は、かき混ぜた4個分の卵をドンブリの白米にそっと流し入れた。




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       鉄腕魔法少女マジ・カヨ


       第25話「決別の日」


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 【1】


「はぁー……お嬢様欠乏症ですぅー」


 インスタント味噌汁の空袋をゴミ箱に放り込みながら、どんよりとした表情でミイナが呟いた。

 そんな前かがみになった彼女の背中を、ももが優しくさする。


「ミイナお姉ちゃん、私じゃダメなの?」

ももお嬢様も素敵なのですが、やはり華世お嬢様がいないと刺激が足りないんですよ……。あのさげすむような目、的確に心をえぐる言葉選び、それでいて割と寛容かんようで色々許してくれて、時に優しい……そんなギャップ萌えは、華世お嬢様からしか味わえません!」


「……常々思うんやけど、他のSDシリーズもミイナみたいなもんなんか?」


 長年考えていた疑問を、ふとした拍子で投げかける内宮。

 内宮はミイナの両親を知っている。

 両親と言っても設計者とか製造者ではなく、遺伝的アルゴリズムで作られる人格データのベースとなった2つのAIだ。

 生真面目なメイドロボ然とした彼女の母親と比べると、あまりにもはっちゃけているミイナ。

 他の個体もこうなのかと、内宮は問いかけていた。


「えっとですねー? 私には300人の姉と400人の妹がいますが、お父さんの要素が色濃く出たのは私くらいらしいですね!」

「自慢げに言うもんやないで。……にしても数字で言われるとナンバーズもびっくりの姉妹数やな。盆正月は大変やないんか?」

「姉妹でローテーションで帰省してるので大丈夫です! 私はまだ順番が回ってこないので、年賀状や暑中見舞いを送る程度ですね」


 700人近い娘たちからの年賀状一斉受信は大変そうだな、と他人事のように思う内宮。

 そして金星に来て以降、このビィナス・リング宙域から一度も出てないことにふと気づく。

 アーミィとV.O.軍がぶつかり合っている今、そんな帰省は不可能だが……落ち着いたら同窓会くらいは開きたいな。

 そんな呑気なことを考えていた内宮の脳に、ももの上げた悲鳴で緊張が走った。


「ち、千秋お姉さーーん!!」

「どしたんや、もも!? それ……ミュウのケージよな?」


 泣きそうな顔をしてミュウの住んでいるハムスターケージをテーブルに乗せるもも

 彼女に促されるままに中を覗くと、巣穴がわりの小さな壺の中で、ミュウのハムスターの身がぐったりと倒れ込んでいた。


「……寝とる、わけちゃうよな?」

「いつもなら朝におはようって言ったら、起きてご飯食べるんです! なのに何度呼んでも起きないんですよ!」


 蓋を開けて腕を入れ、青いハムスターを手のひらに乗せて取り出すもも

 目の前に差し出された小動物は、激しくヒューヒューと音を出して呼吸し、目は半開きで虚ろだった。


「ミイナ、心当たりは無いんか?」

「いいえ……あっ! そういえばここ数日、ご飯の食べる量が少なくなってました! てっきりオヤツの食べ過ぎかと思って……」

「ね、ね、病院につれていってあげましょ!」

「せやかてなぁ……」


 病院に連れて行くべき状況なのは確かであるが、ミュウはただのハムスターではない。

 妖精族という魔法少女にまつわる人々、その姿が変化した存在である。

 人語も喋れば空も飛ぶハムスターを動物病院になんか連れて行ったら、騒ぎになるのは目に見えている。

 どうしたらいいかをウンウン唸って考える内宮の脳裏に、ひとつピンとくる妙案が浮かんだ。


「せや! 事情に詳しゅうて信頼もできて、それでいて生物分野に強い奴がおったやないか!」

「えっ! 誰ですか!?」

「そりゃあモチロン────」



 【2】


 玉座の裏にそびえ立つ、光の柱。

 集まったモノエナジーの総量を表すその輝きは、みるみる内に高さを増していく。

 誰も座っていない玉座の隣で偉そうにしているバトウを、フェイクは白け顔で段の下から見上げていた。

 柱の光を見たチャーラが、ヒュウと口笛を吹く。


「半年そこらでココまで来るなんて、今回のリーダー様は中々やるジャーン?」

「フォッフォ! ザナミ様のお力があれば、これくらいは!」

「考えたものだね。人間同士を争わせ、その兵器のひとつとして核晶コアを提供するなんて」


 チャーラの隣のピエロ、がザナミを褒め称える度に顔をニンマリさせる老人バトウ。

 けれども、この状況はフェイクにとって何一つ面白くはなかった。

 苦々しい感情を表に出す代わりに、ドンと床を強く踏み鳴らす。


「爺さんにピエロども、こんなので本当にいいのかい?」

「こんなの、ですじゃ?」

「私らと同じツクモロズ達が人間の道具として使い捨てられてるんだよ? しかもあの魔法少女どもともロクに戦わずに、だ!」

「楽ができるのは、いいことジャーン?」

「くっ……!」


 連中との根本的な価値観の違いに、フェイクは歯ぎしりをする。

 フェイクが求めていたのは、憎き鉤爪の女……華世たちとの命を張った戦いだった。

 そのためにこのツクモロズの基地で長い時間を力を高める修行に費やしたし、不和を生み出さぬために言うことを聞き続けてきた。

 けれども、待てど暮らせどその力を発揮する機会は来ない。

 それどころか最近は、リーダーのザナミの姿すら基地内で見かけることが少なくなっていた。


 確かに、ツクモロズという組織としての目標……その達成には近づいているのだろう。

 しかし、それが敵対者たる人間たちによって与えられた恩恵。

 何もせずに燻っているがままに得られているのが、心底腹立たしかった。


「でもさ、そろそろ君ん所のアッシュ君が動くんジャーン?」

「アッシュが? あのスパイ野郎が何をするってんだい?」

「我らと同時にアーカイブツクモロズとして蘇りながら、人間のもとへと下った裏切り者の始末さ」

「裏切り者……たしか、ヘレシーとかいうガキか」


 一度も顔を見たことがないが、そういう名前の少女型ツクモロズが行方をくらませたという話は聞いている。

 それがまさか、人間の味方をしているとは。


「勘違いするんじゃないジャーン? 俺達は今はウラカタ。最終目標のために一つずつ問題を潰すのが仕事ジャーン!」

「そうじゃ。いずれザナミ様より勅命もいただくじゃろう。その時までフェイク、ゆめゆめ変な気など起こさぬようにな」


 老人に釘を差され、拳を握りしめながら頷くフェイク。

 何もできないままの日々は、まだまだ長くなりそうだった。



 ※ ※ ※



「寿命、だな」

「じゅ、じゅみょう!?」


 ミュウの検査を終えたドクター・マッドの口から出た言葉に、ももが驚愕の声を上げた。

 その結論に納得の行かない内宮は、ずいと前に出てドクターへと詰め寄る。


「寿命て……まどっち、ミュウはまだ子供やったやろ? そんなまさか……」

「人間体だった時のことは知らないが、少なくともこのハムスターとしての身体には老衰が表れている。私見だが、ハムスター体になったことで寿命もハムスターレベルになったという線もあるやもしれんな」


 ハムスターの寿命は、おおよそ2〜3年ほどだという。

 少年の姿としての年齢とハムスターとしての年齢がどのように関わったかは不明だ。

 しかし、ドクター・マッドがそう言う以上は、そうなのだろう。


「じゃあこのままミュウは死んじゃうんですか!?」

「いや。これが普通のハムスターであればそう言うだろうが、彼は貴重な魔法界隈に精通した人物。それにその死が何に影響するかわかったものではない」

「これでミュウ死んだ結果、華世たちが変身でけへんくなって戦えんようなったら……それこそ大事おおごとやしな」


 内宮としては妹、あるいは娘同然の華世が危険な戦いに出なくなるならばそれで良いとは考えている。

 しかし、華世本人の気持ちとツクモロズとの戦いでの依存度を考えると、親目線の感情だけでは片付けられないほどにコトは大きくなっていた。


「打てる手はこちらで打っておく。しばらく預かることになるが、いいな?」

「お願いします! えっと、ミュウはおやつの時間にヒマワリの種あげると喜ぶから、忘れないであげてね!」

「覚えておこう」


 ミュウをドクターに預けたまま、研究室を出る内宮ともも

 不安で押しつぶされそうになっていた彼女の顔には、少しの安心感が戻っていた。

 彼女は短い付き合いなれどミイナと一緒に世話を焼いていたのだから、ミュウが心配な気持ちは痛いほどによくわかる。

 しかし、少し俯きかけのももの顔は一階に着いたエレベーターの扉が開くとともにパアッと明るくなった。


ももちゃーん!」

「結衣センパイ! どうしてここに?」

「ミュウくんが危ないって聞いて心配して来ちゃった。それで、どうだった?」

「博士がなんとかしてくれるって!」


 手を繋いでピョンピョン跳ねながら会話する二人。

 魔法少女の力を持つ者同士の微笑ましい風景に和んでいた内宮は、ふと彼女たちの後ろにいる少年に気がついた。


「あんさん、確か華世がよう依頼してる……」

「和樹ッス。ナノ……いや、知り合いから二人を呼んできてって言われたッスから、センパイと一緒にももさんを呼びに来たんスよ」


 子供たちには子供たちなりの忙しさがあるらしい。

 けれども内宮には、今の情勢で魔法少女がいるとはいえ子供たちだけで外に居るのには、少し心配があった。

 前回のツクモロズによるコロニー全域の人間を無力化させる作戦。

 後に「ヒュプノス事件」と名付けられた現象の中に、明らかなV.O.軍の関与が確認されたことで、連中への警戒度はかなり高まっていた。

 魔法少女であるももや結衣の命を狙って、V.O.軍が人道に反した手段を取らないとも限らない。

 いかに人間兵器と認められようとも、ももたちは華世やホノカほどのフィジカルや覚悟はないゆえに、それが心配の種だった。


「……とはいえ、うちは今日は書類仕事が溜まっとるしなぁ」

「それじゃあ、私が行きましょうか〜?」

「おん?」


 背後から聞こえた呑気な声に振り向くと、そこには咲良の姿。

 見慣れたアンドロイド体でお辞儀するELエルの隣で微笑む彼女へと、内宮は顔を近づける。


「……ていよく書類仕事サボろ思うとるんちゃうやろな?」

「まっさか〜? これからパトロールに出るので、その一環で面倒を見てあげようという親切心にひどいですよ隊長! ね、楓真ふうまくん!」

「安心してくださいよ。彼女の分の仕事は、僕とこのアンドロイドちゃんがやっておきますから、さ」


 いつの間にか近くにいた楓真にそこまで言われては、頑固になりきれない。

 心配で困っていたのは確かだし、と内宮は自分を納得させて任せることにした。


「まあ、ELエルが代わりに仕事するならええか」

「はい。咲良よりも優れた速度で作業を完遂してみせましょう」

「も〜! ELエルも隊長も、私のこと信用なくないですか!?」

「そりゃあだって、咲良は咲良だからねぇ」

楓真ふうまくんまで! ひっど〜い!」


 ハハハと笑い合うハガル小隊のメンバー。

 戦争に近い雰囲気で空気がピリついている中、こういった笑い会えるふとした日常の瞬間。

 その幸せを、内宮は確かに仲間と噛み締めていた。



 【3】


 カズの案内で目的地に向かう道すがら。

 横断歩道の前で赤信号に足を止めたタイミングで、咲良はカズへと質問を投げかける。


「カズくん。二人を呼んだ用事って、何なのかな〜?」

「そう大した用事でも無いッス。ナノがお世話になってる人に、二人を紹介したいだけらしいッスから」

「ナノって確か……菜乃葉ちゃんって名前だったっけ? ももちゃんから話は聞いてるよ〜。確か、立派な情報屋をやってるんだってね?」

「ッス。オイラと違ってナノは孤児だったッスけど、今から会わせる人に拾ってもらってまともな生活が出来てるらしいッス」


 孤児になった理由は詮索しないが、子ども一人を引き取って育てるという偉業。

 それを成し遂げている立派な人とあれば、咲良はひと目見てみたいなと興味が湧いた。

 日ごろ内宮からよく聞かされた、華世を引き取ったばかりの苦労話。

 血のつながらない大人と子供が、本当の家族になるまでの大変さは聞きかじりだがよく理解している。


「立派な人なんだね〜。ん? 結衣ちゃん、どうしたの?」


 別方向への青信号が点滅し始めたタイミングで、咲良は結衣が険しい顔で見つめ続けていることに気がついた。

 信号が青に変わり歩き始めた頃合いに、結衣がようやく口を開く。


「咲良さん、ずっと聞きたかったんですけど……楓真ふうまさんとの関係って……どうなったんですか!?」

「えっ? 関係って?」

「とぼけないでください! 今日もふたりで阿吽あうんの呼吸! 私、見てたんですよ!」

「関係って別に……私たちはそんなじゃ」

「……私。楓真ふうまさんのこと、好きだったんですよ」


 ポツリと、歩きながら結衣が呟く。

 うつむく少女の告白に、咲良は「え……?」という間の抜けた声しか出せなかった。


「わかってました、叶わぬ恋だって。私は子どもで、あの人はオトナ」

「結衣ちゃん……」

「私がいくら接点を作ろうと頑張っても、いつも楓真ふうまさんはあなたの隣で微笑んでいた。当たり前ですよね。咲良さんは幼馴染で仕事仲間ですから」

「でも、楓真ふうまくんは別に」

「私だってわかりますよ、女ですから。楓真ふうまさんの心は、あなたに向いてるって! 私が隣に立てないならせめて……咲良さんは楓真ふうまさんと幸せになってくださいよ!」


 語気を荒げる少女の、精一杯の主張。

 咲良の中に、全く楓真への想いが無かったわけではない。

 ただ、長く一緒に居すぎた。

 気を許せすぎる間柄だから、その感情を認められなかったのかもしれない。


「結衣ちゃん」

「何……ですか?」

「物事にはね、タイミングってものがあるの。私もいつか楓真ふうまくんと一緒に暮らせたら……なんて、よく思ってた。だから、きっと結衣ちゃんの期待に、応えてあげられると思うよ」

「……本当ですか?」

「本当。言われてハッと気づいた。こんなご時世だし、いつ会えなくなるかわからないもんね。だから近いうちに絶対、私は楓真ふうまくんに想いを伝えるよ」


 半分は、涙目の彼女を安心させるための口約束。

 もう半分は、踏み込めなかった自分の気持ちへの確かな覚悟。


 今度の休日に、お出かけに誘ってみよう。

 そして、一歩先に進んでみよう。

 咲良は、その背中を押してくれた少女へと、確かな「ありがとう」を伝えた。


「おーい、こっちだよ!」

「ナノちゃん!」


 気がつけば、目的地の近く。

 喫茶店のテラス席で手を振る菜乃葉のもとへと、結衣とももが駆けていく。

 その後を追って、咲良とカズも合流。

 揃った皆へと、菜乃葉がニッコリと笑顔を向けた。


「ボクの呼びかけに来てくれてありがとう!」

「ナノちゃん、この人が?」

「そう、ボクのママだよ!」


 菜乃葉の手に合わせて、パラソルの陰にいた女性が立ち上がる。

 一礼した彼女の顔を見て、目を見開く咲良。


「君……泣いていたのか?」

「えっ……大丈夫だよ。ちょっと、ちょっとね」


 見知らぬ女性に尋ねられ、すこし怯えた表情を浮かべる結衣。

 しかし、立ち上がった女性は結衣の目尻に溜まった涙をそっと指で払い、頬の涙をハンカチで拭った。


 整ったキレイな顔立ち。

 サラリと伸びた美しい茶髪。

 何年も前に見た、知っている表情。


「もしかして、菜乃葉ちゃんのママって……琴奈ことな?」

「おや、そう言う君は……まさか咲良か?」


 思わぬ再会が、そこにあった。



 【4】


 タブレット端末の中にあるデータを一つ開く。

 開かれた白地の書類に記されているのは大きな「損害報告書」の文字と、桁を数えるのがウンザリする金額。

 内宮は眉をピクピクさせながら、タブレットの中に踊る文字を、キーボードで打ち込んでいた。


「んがぁーっ! なんでこの時代に手打ちせなあかんねーーんっ!!」


 髪をかき乱す内宮の隣で、叫びを聞いたELエルが咲良の席からひょっこりと覗き込んできた。

 小学生くらいの少女ボディには椅子が低すぎるためか、彼女の尻の下には咲良の私物らしい箱が上げ底代わりに積まれている。


「仕方ありませんよ、内宮中尉。先日の集団昏睡事件、ヒュプノス事件は範囲がクーロン全域ですから、被害者は全部で57万8941人。その中でも丸一日間も人が動けなかったことで発生した損害は全部で……」

「ああもう、具体的な実数値は言わんでええわ。気が滅入る。わかっとるわ、フォーマットも形式もバラバラやから、データで一括ていかんことくらいわ。……うん、うち中尉やったっけ?」

「昨日の査定で昇格が確定してました。5時間12分31秒後に追って連絡があるそうです」

ELエルぅー……あんさん、もっと人の気持ち考えて物言いや。後で褒められるで、って予め言われたら嬉しさ半減やわ」

「そうですか」


 表情一つ変えずに、再びカタカタとキーボードの音を響かせ始めるELエル

 咲良は「ヒュプノス事件」と名付けられた先日の事件の解決に尽力した功労者ということで、この書類仕事から外れることに関して、一切のお咎めはない。


「せやけどELエル、あんさん咲良んとこらんでええんか? スクランブルかかったら機体動かされへんやろ」

「ご心配なく。基地内にいればローカルネットワーク経由で〈ジエル〉への私のデータ転送はコンマ027秒で可能ですから」

「せや、か」


 冷静を通り越して、少し冷たい口調。

 普段の仲を見る限り、咲良に置いていかれたのが相当に不服なようだ。

 作業再開したELエルに合わせて、再び手を動かし始める内宮。

 ひとつ、また一つと書類の内容を入力し終え、終わった書類の数の末尾がゼロになった頃合いで、内宮は痛み始めた手を止めた。


「一旦休憩や休憩! このままやと指がもげてまうわ!」

「大変そうだな、内宮千秋」

「おっ?」


 背後から呼ばれて振り向くと、そこに立っていたのは赤い長髪のスーツ姿。

 記憶では妹探しに宇宙に飛び出したはずのナインが、休憩スペースのソファに座ってコーヒーを飲んでいた。


「ナイン! 帰ってきとったんか!」

「つい今しがたな。葉月華世の事とか報告したくて顔を出しに来たんだ」

「華世とうたんか! 元気しとったか?」


 内宮は席を離れ、ナインの座る正面のソファに腰掛ける。

 手を休める間に華世の事が聞けるなら、これ以上の休憩は無い。

 ところが、ナインはELエルと同様に人の気持ちに配慮するのが苦手である。

 敵の手に落ち拷問、後の決死の脱出劇の下りを聞き、内宮の精神はドンヨリすることになった。


「結果的に無事やし、巡礼も半分済んでるならええんやけどな。……そこはこう、拷問されたとかはオブラートに包んでくれへんかったんか?」

「報告だから事実を脚色なく伝えるのは大事だろう」

「あー、せやな。あんさんはそないな奴やったな」

「ふーむ……?」


 何で責められているのか理解できてなさそうに首を傾げるナイン。

 とにかく内宮は、華世が特に後遺症なく元気だという事実だけを受け取ることにした。


「それで……最後に言っとった奪ったキャリーフレーム、えっと〈エルフィスサルファ〉やったっけ。それ、どないしたんや?」

「〈アルテミス〉の格納庫には入らないからと、私が預かって小型艇で持って帰ってきた。今はこの基地の格納庫で整備を受けている」

「クレッセント社がV.O.軍に回した欠陥機か……その火器管制と連携できひんっちゅう問題さえ解決できたらエエ戦力になりそうやな」

「どうなるかは整備員次第だろう。私は引き続き、妹達の行方を追う」

「取り戻せるとエエな」


 去っていくナインに気休め程度の言葉をかけ、デスクに戻る内宮。

 華世たちが頑張っている以上、負けてはいられない。

 気合を入れ直した内宮は、再びキーボードを掻き鳴らし始めた。



 【5】


「ということは、咲良さんはママと友達だったんだ?」

「友達というか、憧れのお姉さんって感じかな〜? 私の忘れ物を届けてくれたのが……」

「忘れ物じゃなくて、落とした高校入試の受験票だよ。咲良は妹と一緒に血眼になって探し回ってた」

「そうそう! 懐かしいな〜。その後にお礼ってことで食事して仲良くなってね。いつの間にかお互いに悩みを相談したり、一緒に遊びに行くようになったよね!」


 砂糖多めの甘い紅茶に舌鼓を打ちながら、咲良は懐かしき学生時代の日々を思い出す。

 偶然にも家が近所だったこともあり、カラオケに遊園地、ショッピングに映画鑑賞など。

 大人の女性と学生という垣根を超えた友達……いや、親友と言っても差し支えないほど咲良と琴奈は深い仲だった。


「琴奈はすごいよね。もう十年くらい経つのに全然老けてない!」

「咲良、そう無理に褒めなくてもいい。ここの食事代以外は、何も出さんぞ?」

「ううん、本当にそう思う! 肌もツルツルなままだし、まるで時が止まってるみたい!」

「時が……か」


 照れているのか、視線をそらす琴奈。

 彼女の隣の席で暇そうにしている結衣にふと気づき、咲良は彼女の好きそうな話題を振ることにした。


「そういえば、彼氏さんとはどうなったんですか? 確か、磯凪いそなぎさん! ほら、よく電話で恋愛相談、私にしてましたよね」

「彼氏か……」


 単語を聞いて一瞬色めき立った結衣の表情が、瞬時に陰る。

 なぜなら、話を振られた琴奈が悲しそうな表情でうつむいたからだった。


磯凪いそなぎは……国己くにみは9年前に亡くなったよ。事故……そう、あれは事故だった」


 口をつぐむ琴奈。

 彼女の言った9年前という言葉が、咲良の中に残っていた謎に答えを示した。

 あんなに仲が良かったのに、突然の音信不通。

 同時期に妹、紅葉もみじを喪った咲良はその悲しみを癒やしてもらいたかった。

 しかし、それは叶わなかった。

 その理由が今、彼女もまた最愛の人物を喪ったからだということに、今ようやく咲良は理解した。


「それは……辛かった、よね。うん。でも、琴奈が生きててよかった。あの時、琴奈の家の近くで女性が首を吊ったってニュースでやってたから、もしかしたら琴奈かも……って思ってたから」

「確かに辛い思いをした。けれども今は、菜乃葉がいるから」


 少し、穏やかさを取り戻した表情で菜乃葉を見る琴奈。

 菜乃葉はというとお手拭きペーパーで折り紙をし、出来上がった鶴をももに渡していた。

 無邪気に喜ぶもも、一緒に笑う菜乃葉。

 彼女のこの笑顔はきっと、一度は失われ、けれども琴奈が取り戻すことができた笑顔なのだろう。

 しんみりした空気が流れる中、ずっとおとなしくしてたカズが口を開いた。


「ひとつ聞いていいッスか? 琴奈さんは、なんのお仕事をしているんスか?」

「仕事? フフ、他人の詮索をするには時間が早すぎるんじゃないか、カズくん」

「ッスよね……」


 閉口するカズ。

 情報屋として聞きたかったのだろうが、琴奈の大人の雰囲気で断られ撃沈。

 けれどもその質問は重い空気にメスを入れるという意味では、大活躍だった。

 ゆるくなった雰囲気の中で、琴奈が咲良に視線を向ける。


「咲良は確か……コロニー・アーミィだったよな。時勢的に、ここでのんびりしててもいいのか?」

「大丈夫です。コロニー内ならどこでも出撃できるシステムがありますから。むしろ支部長いわく、戦闘の主力たる私達こそ気を張りすぎてダウンしないように日常に努めよって」

「いい上司だな。そういえば、この間のヒュプノス事件の時、大変だったんじゃないか?」

「ヒュプノス事件……ああ、この前の!」


 琴奈が言っているのは、このクーロン・コロニーに住むほぼ全住人が意識を喪った、ツクモロズが起こした事件だ。

 無事だったももたち魔法少女と、何故か無事だった咲良と支部長の手によって解決した、とても危険な状況だった戦い。


「私もあの時、知り合いに助けをと連絡をしようと思ったが……指の一つも動かせずじまいだったよ」

「みんな大変だったみたいよね〜。……あれ?」


 ふと、思い当たった違和感。

 ヒュプノス事件の中で起こった事柄が、咲良の中でグルグルと渦巻きだす。


(あの時……なんであの人は? どうやって?)


 欠けていたピースがピタリとハマるように、咲良の中で論理が、事実が繋がっていく。

 

(思えばあのときも……あの時も)


 思い返せば返すほど、疑い始めれば輪郭を帯びてくる確かな違和感。


(まさか、でも、だけど……)


 その謎がすべて、一つの結論が答えならば解けてしまう。

 わかってしまう。

 知りたく無かった可能性。

 アーミィに潜む、スパイの正体に。


 咲良はいま、たどり着いてしまった。



 【6】


 すっかり暗くなった夜更けの住宅街。

 外灯に照らされた歩道を、一人の少女がスキップする。


「ふん♪ ふん♪ ふん♪」


 その背後を追う、黒い人影。

 追跡に気づいてないかのように、公園で足を止める少女。

 彼女が立ち止まったのを確認したのか、後を追っていた人物が懐から消音器サプレッサーつきの拳銃を取り出した。

 ピストルから伸びる赤いレーザー・サイトが少女の心臓の位置へと、徐々に動く。

 そして狙いが定まった瞬間に、銃声が響いた。


「くっ!?」


 弾丸に弾かれ、男の手から拳銃が落ちる。

 引き金を引いた張本人の咲良は物陰から飛び出し、両手を上げる人物へと拳銃を向けた。


「両手を上げて!」

「…………」

「前に来て。顔を見せなさい」


 男が一歩、また一歩と暗闇から光の中へと歩み出る。

 陰の中から現れた見知った顔に、咲良は苦い顔をした。


「まさか、君に邪魔をされるとはね。咲良」

「嘘だと思いたかった。けど、これが真実なんでしょう? ツクモロズのスパイ……楓真くん」


 長い間、アーミィを内側から悩ませていたスパイ。

 その正体は、咲良がアーミィ内で最も親しかった人物。

 常磐楓真、その人だった。


「囮だなんて手を使うとはね。狙撃されたらどうするつもりだった?」

「あの子はELエルの変装。本人はいま、安全な場所で保護してもらってる」

「そうか。君に気を許しすぎたのかもしれないね。……どこで僕の正体に気付いた?」

「きっかけは……ヒュプノス事件のとき。あの時、無事だった私達いがいの人間は、連絡したくても何もできない状態だった。けど、あなたはそんな中で私に……欠勤のメールを送っていた」


 咲良に言われ、ハッとした顔の後に呆れた表情をする楓真。

 その感情は恐らく咲良にではなく、詰めの甘かった楓真自身への嘲笑なのだろう。


「マジメを気取りすぎてしくじるとは。我ながら情けないね」

「思い返せばあなたは、ツクモロズが相手の時に積極的に戦闘をしていなかった。……いったい、いつからスパイだったの? クーロンに来てから?」

「最初からさ。研究衛星の木星圏への飛来、灰被りの魔女への基地襲撃。事件の後のクーロンへの移籍。すべて、僕らの計画の内だった」

「そんな……」

「活動は容易だったよ。君という知り合いのおかげで、魔法少女に近づくのも信頼を勝ち取るのも楽だったさ。ま、そんな君にこうやって暴かれたわけだけどね」


 悪びれもせず、涼しい顔で話す楓真。

 その顔は確かに、仕事をする時の彼。

 つまり、こうやって推定ヘレシーだった少女を闇夜の中で暗殺しようとしたことは、彼が与えられた役割だったのだ。



「どうする? その拳銃の弾で僕を討ち取り、亡骸を抱えて凱旋するかい? 親しい人物を撃ち殺し、正義を成したってお涙頂戴の表彰でも受けるのかい?」

「くっ……」

「できないよねえ、君じゃ。君は優しすぎる」

「本当に、撃つわよ……!」

「撃てない。まあ、撃ったとしても効かないけどね。僕は……人間じゃないからな!」


 上げられていた楓真の両手、その指の間にキラリと光るものに咲良は目を気が付いた。

 金色に輝く、いくつもの正八面体。

 ツクモロズを呼び出し、その核となる核晶コア

 それらが楓真の腕の一振りによって辺りにばら撒かれると共に、地響きが咲良をよろめかせる。


 直後、闇の中に現れる巨大な影と真っ赤に光るモノアイ。

 3機もの〈ザンドール〉が、咲良を一瞬で取り囲んでいた。


「まさか、ツクモロズ……!」

「呼びなよ、君のマシンを。キャリーフレーム乗り同士、生身を潰して終わりじゃあ芸がないからね!!」


 黒に染まった空の一角が輝き、楓真を迎えに来たかのように彼の〈ザンドールR〉が地に降り立つ。

 咲良は走ってELエルと合流。

 携帯電話を手に取り、声を張り上げる。


「CFFS、降下位置設定! 来てっ、〈アーク・ジエル!〉」


 数秒もしないうちに巨大な機影が空から舞い降り、咲良を受け入れる為にコックピットハッチが開かれる。

 そのままELエルと一緒に搭乗し、起動シークエンスを開始。

 一連の動作が終わるまで、律儀に楓真と護衛のキャリーフレーム群は、攻撃もせずに待っていた。


(これは舐められている? それとも私のことを思って……? どっちにしても……やるしか!)


 ディスプレイに光が灯り、駆動音を唸らせる〈アーク・ジエル〉。

 戦闘可能を感じ取ったのか、〈ザンドール〉の1機がビーム・アックスを握り飛びかかって来た。

 咲良は即座にビーム・フィールドを展開。

 光の刃を受け止めつつ、ビーム・スラスターを噴射。

 勢いのままに敵機の前面をフィールドで焼き、スラスターを噴射し押し返す。

 ふっ飛ばされた敵機の残骸が公園の噴水をなぎ倒し、吹き上げられた水があたりに撒き散らされていく。


「地上で戦ってたら被害が大きくなっちゃう……上昇しなきゃ!」


 機首を上げ、空に向かって飛び立つ〈アーク・ジエル〉。

 その後を追うように、2機の〈ザンドール〉が大地を蹴ってスラスター炎を燃やしながら飛翔した。


『やるね、咲良。だが、こいつはどうかな!』

楓真ふうまくん……くっ!」


 接近してきた〈ザンドール〉の腕が一瞬輝いたかと思うと、次の瞬間にワイヤーが射出される。

 ビーム・フィールドにぶつかったワイヤーが激しくスパーク。

 バリアーを形成するエネルギーが凄まじい速度で減少した。


「この武器は……〈ガレッティ〉の!?」

『ツクモロズに支持を出せる存在が近くにいれば、部分的な組み換え程度は造作も無いのさ!』

「咲良、エネルギー危険域です! フィールドの出力大幅低下!」

ELエル、フィールドを解除! 出力を超短距離に設定しつつ、前方に向けてビーム・スラスターを一斉射!」


 フィールドの解除で一瞬、前につんのめるようにバランスを崩す2機の敵。

 その隙をついて、巨大な翼を翻すようにビーム・スラスターの銃口が前を向く。

 回避運動に移ろうとする〈ザンドール〉だったが、光弾が発射される方が早かった。

 ビームの雨あられを喰らい、全身に赤熱した被弾跡を浮かばせる敵機。

 一瞬、機体が膨らむように変形し直後に爆散した。


「やったっ……!」

「咲良、レーダーに感! ガンドローンです!」

「楓真くんの……!? ああっ!」


 気付いた頃にはすでに遅かった。

 数機の小型浮遊ビーム砲から放たれる細く輝くレーザー・ビーム。

 その光の交差が巨大な〈アーク・ジエル〉の翼を溶断し、機械の天使から羽を奪う。

 ガクンと、浮力を失い落下を始める機体。

 的確に、飛行に必要なパワーを奪われたようだった。


ELエル、立て直して!」

「推力低下、エネルギー不足で無理です! それに……まずいですね。楓真さんの機体、味方識別になってます」

「ええっ!?」


 敵味方識別は、現代のキャリーフレーム戦において重要な要素の一つである。

 味方への誤射の防止は勿論、パイロットを保護するクロノス・フィールドの発生にも関わるのだ。

 マニュアルの権限部分を広げることで味方を撃つことは可能になるが、クロノス・フィールドの発生の操作は難しい。

 味方から攻撃される事はないという前提で組まれているシステム故に、味方識別のまま襲いかかってくる敵というのは、最大の脅威なのだ。


「アーク・ユニット、解除パージして!」

解除パージ了解! ですが咲良、敵機すでに接近中です!」


 正面からビーム・アックス片手に突っ込んでくる〈ザンドールR〉。

 ユニットのパージで前方向に慣性が乗っていた〈ジエル〉に衝突を避けることはできない。

 咄嗟に機体の右腕をビーム・セイバーに伸ばそうとするが、相手の斬撃のほうが早い。

 腕を溶断されたジエルは空中でバランスを喪失。

 トドメとばかりに斉射されたガンドローンの光線群を、落下しながらモロに喰らうこととなった。



 【7】


 地上に落下し、整えられた公園の石床に大穴を開ける〈ジエル〉。 

 外を映し出すモニターの半分以上にノイズが走り、直後に激しい振動がコックピットを揺らす。


「きゃあああっ!!」


 警告灯で真っ赤に照らされる中、咲良は意識を失いかけた。

 けれども気合で失神を免れ、ぼやけた視界の中で相棒に問いかける。


「え、ELエル……大丈夫?」

「私よりも咲良ですよ! もう〈ジエル〉はダメです、脱出を!」

「う、うん……」


 アンドロイド体に意識を戻したELエルに引っ張られ、彼女が蹴り上げたコックピットハッチから這い出るように脱出する。

 見るも無残な姿になった愛機。

 その場から離れようとしたところで、〈ジエル〉は大きな爆発を起こした。


 発生した爆風に吹き飛ばされ、ELエルともども茂みに突っ込む咲良。

 いつの間にか切れていたのか、血を流す頬の傷を抑えながら上空で佇む〈ザンドールR〉を見上げる。


「楓真くん……本当に、あなたは……!?」

『悪運は強いね、咲良。だが、ここまでだ……うん?』


 不意に遠くの方へとカメラアイを動かす〈ザンドールR〉。

 彼の見た方向へと無意識に視線を動かすと、闇夜の中から2つのスラスター炎が接近してきていた。


『楓真はん、よくも咲良をやりおったなぁぁ!!』


 片方は内宮の乗る隊長機仕様の〈ザンドールA〉。

 もう片方は……誰が乗っているかは不明な、見たことのないエルフィスタイプの機体だった。


 空中で衝突し、激しい金属音とビーム同士がぶつかり合うスパーク音を鳴らす、内宮機と楓真機。

 一方のエルフィスタイプは、咲良たちのもとへと降り立ち、コックピットハッチを開けた。


「生きているようだな、良かった」

「あなたは……たしかテルナ先生?」

「話はあとだ。お前はまだ、戦えるか?」


 メガネをかけた赤髪の女性に尋ねられ、咲良は空を見上げる。

 ガンドローンの攻撃を避けながら楓真に食らいつく内宮だったが、状況は明らかに劣勢。

 どうにかしたい、楓真を止めたい。

 けれども、咲良は自分の能力に対して自信を喪失していた。


「私なんかが……無理だと思う。あんなに華世ちゃんたちに頼らなくても良いようにって頑張っても……結局は頼ってしまってる。今もまた、一人で楓真くんを止めることすらできなかった……」

「それは、そうかもしれない。だが、お前は本当に一人で戦っていたのか?」

「え……?」


 パイロットシートから立ち上がり、機体を降りるテルナ。

 その背もたれの後ろには、避難させていたはずのヘレシーがいた。


「お前にはそこのアンドロイドのように、力を貸してくれる存在がいるじゃないか。一人で一人前になど……ならなくてもいいんだ」

「咲良、もしかしたら私と一緒でも足りないかもしれません。けれども……」

「ねえ! 私が一緒なら、0.3人分くらい増えるよ!」

ELエル、ヘレシー……あなたたち」


 降りてきたヘレシーが、そっと咲良の手を握る。

 柔らかくて温かい手。

 ブゥン、と彼女の背後のエルフィスの目が輝いた。


「エルフィスが……喜んでる?」

「よくわからんが、どうもこのヘレシーという少女が乗ると欠陥機と呼ばれたこいつの調子が上がるらしい。私では武器の1つも使えなかったが……お前たち3人が力を合わせれば、いけるかもしれん」


 エルフィス、英雄と呼ばれた機体の子孫機。

 その名前に恥じない操縦が、果たして自分にできるのだろうか。

 いや、できるに決まっている。


「咲良、行けますか?」

「行こっ、咲良お姉さん! あの人を、止めるんだ!」

「……ええ!」


 意を決してコックピットへと足を踏み入れ、パイロットシートに腰を下ろす。

 その両脇に立つ、二人の少女。

 ELエルが機体のコンピューターへと意識を移し、ヘレシーがコンソールから伸びるケーブルのひとつを握りしめる。


「たしかこの機体……武器が使えなかったって」

『ですが咲良、現在進行系でプログラムが書き換えられています』

「はい! この子が武器を認識できなかった理由は、搭載している武器が新し過ぎてOSが対応できてなかったからなんです!」

『……今わかりました。ヘレシー、あなたはキャリーフレーム、あるいは戦闘艦船のコンピュータだったのではないですか?』

「当たり! やっと分かってくれたね! だから、私がこの子に武器のことがわかるように教えてあげてる! 咲良の力に、なれるように!」

「ヘレシー……」


 画面上のプログレスバーが徐々に進んでいく。

 そんな中、ヘレシーは遠くを見るような顔で咲良に語りかけていた。


「私ね、ずっと奪うために使われてた兵器だった。それが嫌でね、ツクモロズになったんだ。そんな私を、紅葉は友達にしてくれた! 誰かを守るために、戦うことを教えてもらったの!」

『全武装オンライン。〈エルフィス・サルバトーレ・アルファ〉、戦闘行動に移行可能です』

「だから今度は、紅葉のお姉ちゃんの咲良に力を貸してあげるんだ。守りたい誰かを、守れるように!」

「ふたりとも、ありがとう。こんな私だけど……支えていてね」

『もちろん』

「うん!」


 操縦レバーを握りしめ、指先に神経接続の痛みが走る咲良。

 頬の血を拭い、まっすぐと前を見る。

 そして、ペダルを載せた足へと、一気に力を加えた。


「葵咲良、〈エルフィスサルファ〉! 行きます!!」



 【8】


 白く巨大な天使の翼。

 厳密にははねを模した形状のビーム・スラスターの束が一斉に光を放つ。

 軽やかな、そして素早い飛翔。

 ぐんぐんと高度を上げる〈エルフィスサルファ〉が、撃墜されそうになっている内宮機の前に躍り出る。


『エルフィス……! 咲良が乗り換えたというのか!?』

「楓真くんは、私が止める! メシアスカノン、セイバーモードっ!」


 エルフィスの両腕を包み込むやや大型の固定兵装。

 システム上、メシアスカノンと名前のついたその手首直上の空間から、ビームの刃が伸びる。

 そして振り下ろされたビーム・アックスをその刀身で受け止め、ビーム同士の激しいスパークを生み出した。


『ハハッ! 新型に乗り換えれば、僕を仕留められるとでも思ったのか! 笑わせる!』

「仕留めなんかしない! 私は……私は楓真くんを助けるために、このエルフィスに乗っている!」

『助ける……助けるだと?』


 鍔迫り合いの反発の勢いのまま、距離を取る楓真の〈ザンドールR〉。

 彼は搭載されているガンドローンを一斉放出し、咲良の機体を立体的に取り囲む。


『何を言っている! 僕はツクモ獣のアッシュだ! 人間のお前に助けられる覚えも救われることも無い!』

「いいえ……あなたは人間の、常磐楓真よ! 最初、やろうと思えばあなたは私をキャリーフレームで踏み潰せた。なのにしなかった!」

『無粋な真似で、僕の品位を下げたくなかっただけだ!』


 一斉に光線を放射するガンドローンたち。

 けれども咲良は、ELエルの示したとおりに防御機構を作動させる。

 翼のようなビーム・スラスターが機体を包み込むように閉じ、表層から発現するフィールドが、光の凶器を遮った。


「ビーム・フィールド! ……からの、全方位レーザー!」


 翼が開かれるとともに、そのはねを構成する無数のビーム・スラスターが小さな光弾を一斉に放つ。

 嵐のようなレーザー・ビームの雨を受けたガンドローンは、空中で崩壊。

 直後に飛んできた長距離ビームを、咲良は機敏な動きで回避させた。


「あなたは私を優しいと言ったけど、あなたも優しすぎるのよ! 戦いで打ち負かしても命は取ろうとしなかったその行動……その心に、私は賭けるっ!」

『味なマネをっ!』


 何度も〈ザンドールR〉から放たれる、強力なビーム攻撃。

 真っ直ぐすぎるその光線の中に咲良は〈エルフィスサルファ〉を滑り込ませ、最小限の動きで距離を詰めていく。

 あと少しで手が届く。

 そう思った瞬間に、レーダーに光点が増えた。


「咲良お姉さん! ガンドローンが!」

「しまった、これじゃガードが……」


 守りきれない、と感じた瞬間に空中で爆散するガンドローン。

 直後に走るイナヅマの光に、それがどこかから放たれたレールガンの弾丸によるものだとは察せられた。

 すかさず咲良は、メシアスカノンをランチャーモードに切り替え。

 楓真の機体が握る高出力ビーム砲へと、輝く弾丸を叩き込んだ。

 武器の爆発に巻き込まれ、消失する〈ザンドールR〉の右腕。

 残った左腕がビーム・アックスを握り締め、大きく振りかぶる。

 咲良も負けじと、メシアスカノンをセイバーモードへと変更した。


『来るかっ!! 咲良ぁぁぁっ!!』

「楓真ぁぁぁっ!!」


 互いに名前を叫び合いながら、ビームの刃が交差する。

 すれ違い、背を向けて空中で静止する2機。

 居合いの勝負に勝ったのは……咲良だった。


 斬撃を受けた楓真機の左腕が宙を舞い、握る武器もろとも地上へと落ちる。

 すべてのガンドローンを失い、両腕を切り落とされた〈ザンドールR〉。

 打つ手のない敵機へと、咲良は近づこうとして……できなかった。


『ちいっ……!! 咲良……この勝負は預けるぞ。次はお前もろとも、そこの裏切り者……ヘレシーを始末してくれる! 跳躍!』


 楓真の言葉が終わるとともに、大きな爆発を起こす〈ザンドールR〉。

 機体は自爆したが、口ぶりからすると楓真自身は脱出したのだろう。

 咲良はひとまずの危機を乗り越えたことと、楓真を逃してしまったこと。

 安堵と悔しさという相反する感情を、ひとつのため息として放出した。


『咲良、大丈夫ですか?』

ELエル、ありがとう。私は平気、楓真くんが私を狙う限り、またチャンスは来るから……」

「そうだよ、咲良お姉さん! そうしたらまた3人で、頑張って助けるんだ!」

「そうだね、ヘレシー。そう、助けるんだ……!」


 決意を新たに、頷く咲良。

 地上で手を振る内宮とテルナの元へと、機体を降下させる。

 咲良の新たな力となった機体、〈エルフィスサルファ〉。

 その力に、感謝をしながら咲良はコンソールを優しく撫でた。



 ※ ※ ※



「ふぅ、危なっかしいなあ。あの人達」


 使い終わったレールガンを降ろしながら、菜乃羽はつぶやく。

 心配して備えていたのが、無駄にならなくてよかったと安心していた。


「ママも人使いが荒いね。まあ、ボクは言われた通りに仕事をこなすだけさ。ドリーム・エンドっと」


 変身を解き、星代わりの光が浮かぶ真っ暗なコロニーの空を見上げる。

 今はまだ、裏方として琴奈の言われるがままに危険を排除するだけ。

 けれどいつかは、魔法少女として華世や咲良たちと共に華々しく戦いたい。


「だけどボクはまだ影。光が当たるその日まで、頑張り続けるだけさ。ねえ、ママ?」

 


 ──────────────────────────────────────


登場戦士・マシン紹介No.25


【エルフィスサルファ】

正式名:エルフィスサルバトーレアルファ

全高:8.5メートル

重量:12.5トン


 ヘレシーの力を借りることで、完全覚醒を遂げたエルフィスサルファ。

 欠陥機と言われていた原因である火器管制装置FCSによる武装の不認識問題は、武装側のフォーマットが新しすぎることでOS側が対応していなかったのが原因だった。

 宇宙戦艦の制御コンピューターを依り代とするツクモロズ、ヘレシーがこの問題を解決したことで、咲良の新たな力となった。

 しかし、このシステム書き換えは規格外のプログラム改造によるものとなっており、ヘレシーが同乗し常にシステム側へ柔軟な命令の流し込みを必要とするものである。

 それゆえ、ヘレシーはもちろん彼女と心通わせられる咲良、そして制御を手伝えるELエルの3人が揃って乗り込まないと、この機体の真価は決して発揮できない。


 それだけの搭乗員を必要とするだけあって最新の武装は非常に強力。

 両腕に装備された遠近両用複合兵装「メシアスカノン」は射撃と格闘戦ふたつのモードを切り替えることが可能。

 固定兵装として動力部から直接エネルギーを受け取れる関係上、そのビーム出力は他の携行兵器を凌駕しており、一般的なキャリーフレーム相手ではパワー負けは起こらない。

 他にも両腰部のレールガンに、両肩のビーム・キャノンといった兵装が存在している。

 翼のように見えるビーム・スラスターは表面に膜状のビーム・フィールドを展開可能。

 全身を包み込むように羽を閉じ、防御に徹することで一時的に鉄壁となれる。


【ザンドール(ツクモロズ再現体)】

全高:8.3メートル

重量:10.6トン


 楓真が放ったツクモロズ核晶コアから生み出されたザンドール。

 外見、武装こそアーミィで運用されているザンドールと変わらないものの、ツクモロズの能力により部分部分を別の機体のものへと変化させることが可能。

 このタイプは、V.O.軍の量産機ガレッティのものへと右腕を変化させた姿。

 ツクモロズは侵食したことのある機体を再現することが可能であり、近くから幹部級ツクモロズが指示を出すことでこのような芸当が可能となる。

 

──────────────────────────────────────


 【次回予告】

 

 巡礼の三番目の目的地、コロニー・サマーへと降り立つ華世たち。

 華世にとっては複雑な思い出のあるコロニー。

 陽気な雰囲気の街の中で、リン・クーロンへと魔の手が迫るのだった。


 次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第26話「裏返る黒い影」


 澄まし顔で放たれるは、別れの散弾か────。

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