第27話「想いの架け橋」

「大元帥閣下。以上のように、金星宙域のV.O.軍が次々とエリア00付近へと集結しつつあります」

「そうか……」


 豪華な装飾の施された執務室。

 真っ赤なカーペットに包まれた室内の机の前で、アーダルベルトは通信越しの報告に大きく頷いた。


「奴ら、ついにCABの位置に感づいたようだな。早かったと見るか、遅かったと考えるか……」

「駐留艦隊からの報告から統合しますと、コロニー05、06、07、08周辺からは完全にV.O.軍はいなくなったと考えてよろしいかと」

「わかった。該当支部へ、有力パイロット達の前線への異動を通達せよ。折を見て04、及び09コロニー支部へも同様の通達を」

了解ラーサ


 コンピューターの画面が消え、静寂が部屋へと戻ってくる。

 換気扇の音だけがカラカラと乾いた音を鳴らす屋内で、アーダルベルトはゆっくりとマグカップへとコーヒーを注いだ。

 縁まで並々になったその入れ物を、来客用椅子に座る老婆へと、そっと差し出す。


「ありがとう、ガーシュ。……いよいよ、その時が近いようだねぇ」

「先生。私の今の名はアーダルベルトだと、何度も言っているではありませんか」

「あらあら、ごめんなさいねぇ。いつまでも昔の名前に引っ張られるのは、悪い癖よね」


 アーダルベルトへと謝りつつもニコニコと微笑む老婆。

 彼女は、華世の義体へのリハビリを行い、宇宙体術を教えた人物。

 そしてアーダルベルトへと武への心を教えた女性、矢ノ倉寧音だった。


「華世たちも、サマーでの巡礼を終えたと聞いています。残るはオータム……そこへたどり着けば、あの娘が動かぬはずはないでしょう」

「その時が、運命の日になるねぇ。あの子はうまくやれるかしら?」

「やれるでしょう。その日こそ……」


 矢ノ倉へと背を向け、指で押し開いたブラインドの隙間から外を眺めるアーダルベルト。

 コロニー特有の人工的な光が、まばゆく太陽の代わりをする。


「ツクモロズとの戦いが、大きな一歩を踏み出すときでしょう」

「そして、私達の役目も……」

「節目を迎えますな……」



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       鉄腕魔法少女マジ・カヨ


       第27話「想いの架け橋」


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 真っ暗な空間に、一人ぼっちで佇むもも

 ここはどこだろう……という気持ちすら沸かず、ただ一人そこにいた。


(ねえ、あなたはだあれ?)

ももは、ももだよ?」


 虚空から投げかけらた問いに、素直な気持ちで答えるもも

 しかし、その返答に対して返ってきたのはクスクスという笑い声。


(嘘つき、ももなんて人間はいないのに)

(あなたは葉月華世だよ。間違えてるよ)

「違う。華世はもものお姉さまなの。ももは……」


(嘘つき、嘘つき、嘘つき)

(君は華世だよ。葉月華世だ)

「どうしてそんなことを言うの? ももは嘘つきじゃない!」

(クスクス、クスクス……)


 あざ笑う声のする方に、ぼうっと人のような輪郭が浮かぶ。

 その姿は徐々に色味を帯びていき、やがて……。


「望月さん……?」

「近寄らないでっ!! 私のミミを殺したくせに!」

「違う、ももじゃな────」

「……人殺し!!」



 ※ ※ ※



 小鳥のさえずりが窓の外から聞こえる部屋の中。

 ベッドの中で目を覚ましたももは、自分の頬に涙で濡れた線が浮かんでいることに気がついた。


「夢……? もも……泣いてた?」


 悪夢の中の出来事を考えながら、パジャマの袖で涙を拭うもも

 身体を起こしてぼんやりしていると、ゆっくりと部屋の扉が開いた。


ももお嬢様、お目覚めでしたか!」

「ミイナお姉ちゃん……」

「どうしました? 怖い夢でも見ましたか?」


 心配そうに顔を覗き込むミイナ。

 不安でいっぱいのももへと向けられた優しい微笑みに、彼女のメイド服の袖をそっと掴んで少し引っ張った。


「ミイナお姉ちゃん。ももは、ももだよね?」

「それはもちろん! 華世お嬢様の妹君いもうとぎみにして可愛らしい葉月家の天使、葉月ももでありますとも!」

「そう、だよね。そうだよね!」

「顔を洗って、リビングに行きましょう! 今日の朝ごはんは……いつものように私がコンビニで買ってきたパンとおにぎりですが」

「お姉さまがいないから、仕方ないよね。でももも、ミイナお姉ちゃんが買ってきたご飯大好きだよ!」

「嬉しいお言葉です! 今日は、ももお嬢様がお好きなチョココロネもありますよ!」

「やったー!」

「朝ごはんを食べたら、アーミィ支部に向かいましょう。魔法少女たちを交えたミーティングがあるんですって」

「わかった! じゃあ、お顔洗ってくるね!」


 大好物が食べられると聞き、暗い感情が吹き飛んだもも

 けれども、その心の奥底には決して抜けないくさびが、不安として突き刺さっていた。


 ある時、気づいたらももはここにいた。

 昔の記憶っぽい思い出はかすかにあれど、ここに来るまでの経緯はわからない。

 それでも幸せだから良いと思っていた。

 今日見たような悪夢を見始めるまでは。


 時々浮かび上がる大きな不安。

 自分は本当にここにいて良いのか。

 自分は本当に生きていて良いのか。

 そう考えると感じる、自分が自分でなくなるような感覚。

 まるで心が張り裂けそうな強い不安を数日前から毎日見る、悪夢を見始めてから覚えるようになっていた。


 プルルルル。


 唐突に鳴る携帯電話の呼び出し音。

 画面に表示される「結衣先輩」の文字に、ももは笑顔で通話に出た。


「もしもし、先輩! どうしまし────」

「大変なの、ドクターが、大変なの!!」


 切羽詰まった口調に、部屋の中に緊張が走った。

 通話を横で聞いていたミイナが内宮を呼び、彼女が「まどっちが何やてぇ!」と叫びながらドタドタと部屋に入ってくる。

 ももは通話をスピーカーモードにして、三人で結衣の言葉を待つ。


 電話の向こうの結衣が語ったのは、今から数分前に起こったことだった。



 【2】


「うーん、ここは……」


 眠気から覚めた結衣の視界に、カラカラという音を鳴らしながら回る、天井のシーリングファンが映る。

 辺りの不気味な置物などが飾られた落ち着かない部屋。

 ここはアーミィ支部の地下に位置する、ドクター・マッドの研究室である。


 そういえば……と、部屋の最奥に位置する固い皮のソファで横になっていた身体を起こしながら、ココで寝た経緯を思い出す結衣。

 前日の夜、独力で解決した小さなツクモロズ事件の報告をしに支部を訪れていた。

 報告自体はすんなり終わり、帰ろうとした矢先。

 ちょうど出会ったドクター・マッドに誘われるまま、結衣は彼女の研究室に遊びに来たのだった。


 招かれた結衣はドクターと、華世の新装備について夜通し語り合った。

 彼女の義手・義足に更に武装は盛れないか。

 重量やジェネレーター出力を考慮して、なかなか決まらないパワーアップの内容。

 武器に関して造詣の深い結衣とドクターの話し合いは、どんどんヒートアップ。

 興奮のままに時間がたち、疲れて眠くなった結衣はそのまま研究室で横になって休んだのだった。


「起きたか」

「ドクター……おはよぉ。今、何時ですか?」

「朝6時だ。結衣くんが寝てからは4時間といったところだ」

「それだけかぁ……。まだ、眠いです」


 普段は健康的な睡眠時間を確保している結衣にとって、夜更かしからの仮眠に近い睡眠は慣れないもの。

 眠気まなこをこすりながら、ドクターが淹れてくれた緑茶を喉へと通す。


「ドクターは、寝てないんですか?」

「私は丸3日程度なら寝なくても平気だ。他の者とは鍛え方が違うからな」

「そうなんだぁ……」

「眠くなくなるまで寝ててもいいし、帰るなら支度をすることだな。結衣くんの親御さんには私から連絡しておいたから、安心すると良い」

「ありがとぉ。ふわぁ~……じゃあもうちょっと寝かせてもらいますぅ」

「10時から魔法少女を交えたミーティングだ。その時には起こしてやろう」


 そう言って、部屋を真ん中から仕切るカーテンの奥へと消えるドクター。

 結衣が今いる場所はカーテンによって隠され、部屋の入り口から見えない場所となっている。

 主にドクターが休憩や食事をする場所らしく、ベッド代わりになるソファや洗面台、冷蔵庫など狭いながらも設備は充実している。

 小さな生活スペースといった場所で再び横になりながら、結衣は大きなあくびをした。


 ───その時だった。



 ドスン、バタンという扉が乱暴に開けられる音とともに、数人の足音がこだまする。

 直後に響き渡る、拳銃の発砲音。

 カーテンの隙間から見えたのは、額から血を吹き出しながら倒れるドクター・マッドの姿。

 突然の出来事に声を失った結衣は恐怖に飲まれながら、恐る恐るカーテンの向こうを覗き見た。


「やっぱり、簡単な仕事ジャーン? これであの妖精は俺たちの物ジャーン?」


 ジャラジャラとした服の飾りを鳴らしながら、煙を吹く拳銃を握る青年。

 その姿に、結衣は見覚えがあった。


(あの人……私が魔法少女になったときのツクモロズ……!)


 結衣がツクモロズの手に落ち魔法少女化し、華世の手によって救われたあの日。

 華世から託された魔力で力いっぱいふっとばした相手。

 それが今、ドクター・マッドの額を撃ち抜いたのだった。


 彼の側には二人、木の枝が幾重にも重なってできた人形のようなツクモロズが随伴。

 先程のセリフからすると、狙いはドクターが預かっているミュウの身柄だろう。


(あの人達……私に気づいてない。でも……)


 拳銃を握るチャラ男ツクモロズと、爪のように鋭い枝先の手を持つ2体のツクモロズ。

 武装した彼らの手によって目の前で知人が撃たれたという事実は、戦い慣れしていない少女をすくませるには十分すぎる恐怖だった。

 震える身体に身動きが取れず、その場でじっとしていることしかできない。

 情けない自分の姿に嫌悪感を感じながら、結衣はカーテンの奥に見えるツクモロズ三人の姿を見続けることしかできなかった。


「うーん? そこに誰かいるジャーン?」

(……気づかれたっ!?)


 明らかに視線をこちらへと向けるチャラ男ツクモロズ。

 逃げ出そうにも部屋の奥。戦おうにも狭い場所。

 絶体絶命のピンチの中、無慈悲な銃声が鳴り響く。


「なっ……!?」


 銃声とともに突然、黒ずみ砂の塊が崩れ落ちるように消滅する2体の木の枝兵。

 直後に倒れていたドクター・マッドの身体が、ゆっくりと起き上がった。


「オレっちのツクモ兵が!? お前、何で生きてるんじゃーン!?」

「無駄口が多いな」


 チャラ男ツクモロズが拳銃を撃つよりも早く、その場から跳躍するドクター。

 銃弾が床に跳ねる音が鳴ると同時に、ドクターがチャラ男の頭を掴み、そのまま押し倒した。


「ぐはっ!? そんな……バカ、じゃーん!?」


 密着させたドクターの拳銃が乾いた音を鳴らす。

 そして先程の木の枝兵同様、全身が黒ずみそのまま崩れるツクモロズ。

 土の山のように床に残った亡骸へと、ドクターが手袋越しに手を突っ込み八面体を拾い上げた。


「なるほど、この核晶コアは無機物か……。結衣くん、大丈夫か?」


 額からポタポタと血を流すドクターへと、声が出ないまま首を縦に何度も振る結衣。

 こうして、ツクモロズによる一連の暗殺未遂事件は、ドクター・マッドの額に切り傷を作っただけで終わったのだった。



 【3】


「────というのが、今朝起こったことの顛末だ。結衣くんが襲撃に怯えて騒がせたようで、心配をかけたな」


 監視カメラで撮影された映像を交えた説明を終え、椅子に座り直すドクター・マッド。

 その話を聞き終わった内宮は、咲良の隣でうんうんと大きく頷いた。


「そうかそうかぁ。小さなケガひとつで済んでよかったなぁ……って、アホかーーっ!!」


 ミーティングルームの中に響く、内宮の叫び……もといツッコミ。

 彼女の発言の意図が掴めないといったふうに、ドクター・マッドは額に絆創膏を貼った頭をかしげる。


「ドタマ拳銃でぶち抜かれて、なんで切り傷と軽い脳震盪のうしんとうで済んどんねん! いや、無事やったのはなによりやけどな!?」

「内宮、では逆に聞くが……なぜ君たちは人体の急所を急所だとわかっていて、何の守りも施さないのだ?」

「ほへ?」

「私はこのような事態に備え、脳を囲む頭蓋骨部分にはチタン合金を埋め込んでいるのだ。無論、内臓器官を守る骨と皮膚には防弾加工を施している」


 ドクター・マッドは続けて、自らに施している人体改造について語りだした。

 筋肉密度を常人の十数倍に盛ることで、細身のシルエットを崩さず百数キロの重さをも持てる怪力を得たこと。

 視覚・聴覚も強化され、視力は10近く、聴力は意識して集中すれば数キロ先の声を聞けるらしい。

 更には顎の噛む力、脚力、握力に加えて頭脳面にも幾多もの人体改造を幼少の頃から施しているという。

 ドクターの話す壮絶な改造経験に、咲良を含めこの場にいる全員が呆気にとられた。


「……つくづく人間辞めとるな。たしかに華世が変身してやっと持てる斬機刀を、片手で運んだりしとったから力持ちやな思う取ったけど」

「まあ改造のしすぎか髪色が変色したが、この銀色の髪もなかなかオシャレではないか?」

「そのFだかHだかあるデカパイも、改造の賜物やったりするんか?」

「いや、胸は天然物だ」

「あっそ……。まあとりあえず、まどっちが無事で良かったんは良かったわ」


「あの……ドクター、どうしてツクモロズはあんな倒れ方をしたんですか?」


 内宮の質疑が終わるのを待っていた咲良は、矢継ぎ早に浮かんだ疑問点への質問を投げかける。

 映像ではドクターに撃たれたツクモロズは消滅することなく、まるでボロくずにでもなったかのように崩れ落ちていた。

 その光景が、コレまでのツクモロズとの戦いとはあまりに違ったのだ。


「ああ。それに関しては話は簡単だ。私の銃に装填されていた弾丸……あれには試作品のアビス・コールを入れていたんだ」

「アビス・コール?」

「コロニーのゴミ分解用バクテリアを遺伝子操作して、私が趣味で作った細菌兵器だ。有機物に触れると凄まじい勢いで増殖し対象を土へと分解。数秒の後に増殖を終え死滅し、後に影響を残さない兵器で……」

「……まどっち、危ないからソレもう作ったり使うんやないで?」

「そうか……。人間を死体も残さず消すことができる画期的な発明だと思ったのだが」

「だからや」

「むぅ……」


 納得がいかないという風に黙るドクター・マッド。

 咲良はこれまでの話を聞いて、心からドクターが理性的でかつ敵ではないことに感謝した。

 並の人間を凌駕する肉体に、とんでもないバイオ兵器を作る頭脳。

 もし敵に回ったら、これほど恐ろしい人物もなかなかいないだろう。


「ところで……私達、何のために集まったんでしたっけ?」


 真っ直ぐに手を上げながら、首を傾げてそう投げかける結衣。

 このミーティング自体は昨日から企画されていたもので、ドクター暗殺未遂の説明は集まったついでである。

 その殺されかけた本人が、コホンとひとつ咳払い。

 咲良の方へとアイコンタクトを向けてから、ドクターは口を開いた。


「常磐楓真ふうま……彼がツクモロズから送られたスパイだったというのは、周知のとおりである」

「せやけど、うちらはよく考えたら楓真はんの人となりを全然知らへんねん」

「そこで……私から皆に楓真くんという人間のことを説明する……でしたよね、隊長」


 咲良の言葉に大きく頷く内宮。

 この説明会自体は咲良の意思のもとに開かれている。

 深い想いを抱いた相手。それが敵になった今こそ、その人生を振り返る必要がある。


「確か……咲良さんと楓真さんって、幼馴染なんでしたよね?」

「そうよ、結衣ちゃん。といっても、昔から大の仲良し〜……ってわけじゃなかったんだけどね」


 咲良は天井を見上げながら、昔のことを語り始める。

 人生の中で決して短くない、10年という年月を。



 【4】


 咲良が楓真と初めて会ったのは、高校に入学してから間もないとき。

 偶然にも同じキャリーフレーム部へと所属したふたりは、部活動という空間の中で出会ったのだった。


「キャリーフレーム部?」

「キャリーフレームに乗って、スポーツとして競い合う部活動やな。といっても試合は実戦形式で激しいもんやけど。うちも昔はキャリーフレーム部のエースやったんやで?」

「へー」

「そこで二人は恋に落ち……?」

「ううん。その時は全然、そういう気持ちはなかったのよね〜」


 異性同士といえど、偶然同じ部活動に所属しただけの男女。

 日頃つきあう知り合いも異なる二人には、接点らしい接点は皆無。

 二人の関係が進んだのは、秋の終わり頃に行われた別学校との模擬戦だった。


 模擬戦の日、咲良たちのチームはエースが欠席していた。

 そこで助っ人として招いたのは、とある女学生パイロット。

 彼女の持つハイスペックな機体によって、5対5の模擬戦は一瞬で5対2となり、咲良側が大幅に有利となった。


「圧勝じゃないですか! それでそれで?」

「私もこれは楽勝だなって思ったの〜。でもね……」


 大勢たいせいは決したと思った矢先。

 光の矢のような動きで次々と僚機を吹き飛ばす、ひとつの敵機があった。

 咲良と楓真も一年生にしてレギュラーに入っている実力者。

 けれどもその敵は咲良たちを一瞬のうちに撃破。

 4機目と相打ちになる形で退場し、戦況は1対1へと持ち直された。


「ひえっ……とんでもないパイロットがいたんですね」

「学生でそないな無茶苦茶やるやつおるもんなんやなぁ。一度でええから手合わせしてみたいわ」

「……内宮隊長ですよ、その無茶苦茶なパイロット」

「ほへ?」


 すっとぼけた声で首を傾げる内宮。

 咲良はその時の瞬殺劇にショックを受け、相手が誰だったのかを調べていた。

 まさかその相手が後に上司になる人物だとは、露とも思わずに。


「……もしかしてその時の助っ人って、ナインの姉貴の」

「そうだったんですか? 世間って狭いですね〜……」

「あん時は初恋が失恋になった日でもあったからなぁ。色々ありすぎて、すっかり忘れとったわ」

「まあ、とにかく……その敗北が元で私と楓真くんは連携のために、チームメイトとして交流を始めたんです」


 その後は、あくまでも同学年の部員同士として仲を深めていった咲良と楓真。

 高校生活最後の大会では、日本大会で好成績をおさめるほどに成長。

 その活動から将来の夢をキャリーフレームの腕前で人々を救いたいという方向性が決まり、それは二人をコロニー・アーミィへの就職へと導いていった。


 しかし、アーミィ養成学校にて咲良と楓真の関係は断たれてしまう。

 訓練過程で別々のコースへと別れた二人はその後も会うことなく、連絡も自然と途絶えてしまった。


「……そして、研究ステーション事件のときに、私と楓真くんは再会したんです」

「なるほどな。あとは、うちらが知る流れの後に今に至ると」

「だから、楓真くんに何かがあったとすれば、養成学校で別れてから今年までの間だと思います」


「……葵少尉、事情はわかった。あとはこちらで地球圏アーミィの情報を洗っておこう」


 無言で咲良の話を聞き続けていたドクターのその言葉で、ミーティングはお開きとなった。

 再会するまでの間に、楓真の身に何が起こったのか。

 いまの咲良は、何でもいいから情報が欲しかった。

 彼を、ツクモロズという呪縛から解き放つために。

 そして、気づかない間に膨らんでいた想いを伝えるために。

 楓真がいなくなってから、咲良の中の彼への感情は、どんどん大きくなっていた。



 【5】


「ランス兄さん、ついにCABボックスの在り処が判明したのですか!」

「ああ、そうだ。我が弟スピアよ、これよりドラクル隊はコロニー外への脱出を行う。そのための陽動……任されてくれるか?」

「わかりました兄さん。僕にお任せください!」

「よし。同志ツクモロズの一人と、私の〈バジ・クアットロ〉を託す。うまくやってくれよ!」


 昨日に行った会話を、街なかを歩きながらスピア・ランサーは思い返していた。

 アーミィとの戦いの趨勢すうせいを左右する物体「CABボックス」。

 金星宙域の様々な場所に潜伏していたV.O.軍の者たちは皆、その情報を得るために活動していた。


 スピアとその兄・ランスもまた、アーミィ大元帥の娘が住むということで情報が存在する有力候補として、ここコロニー・クーロン内にて暗躍。

 けれどもその必要も無くなったため、次の目的はコロニーから脱出し本隊と合流すること。

 そのためにいま陽動作戦の前の視察として、スピアは民間人に成りすましてアーミィの動向を探っている真っ最中だった。

 だというのに平和そのものな町並みを見て、スピアは少なからず驚きを隠せないでいた。


(我々による襲撃が度々起こっているというのに……アーミィは平和ボケしすぎているのではないか?)


 外出禁止令も無く、哨戒にでてるキャリーフレームもいない。

 あるのは休日を謳歌する人々の姿の、平和な生活。

 アーミィという組織の愚かさに呆れていると、スピアは歩道の上で音を鳴らす携帯電話に気がついた。


「見た感じは少女が使うような装飾をしているが……?」


「あっ、すみませーん! それ、私のですー!」


 拾い上げてから間もなく、汗だくの顔をした少女がスピアのもとへと駆けてきた。

 走ったことで息を切らす彼女へと、スピアは拾った携帯電話を手渡す。


「拾ってくれてありがとうございます! よかったー……無くさなくて」

「……む」


 安堵する少女の顔を見て、思わず頬が赤くなるスピア。

 平和という環境下でのみ咲く可憐な野花。

 彼女の存在は、スピアの中でそう感じられた。


(……アーミィが雇い使う人間兵器にも、これくらいの歳の少女がいたな。女子供ですら戦力とするとは、やはりアーミィという組織は許しておけん)


 何度もお礼を言う少女へと背中を向けたスピアは、そう考えながらもと来た道を引き返した。



 ※ ※ ※



「結衣先輩! 携帯、みつかりました?」

「親切な人が拾ってくれてた!」

「携帯電話を落とすなんて不用心ッス。拓馬が心配するわけッスよ」


 駆け寄ってきたももとカズに向けて、結衣はエヘヘと照れ笑いを浮かべた。

 脳裏に浮かぶのは、携帯電話を拾ってくれた名も知らぬ青年の顔。

 彼の端整な顔立ちと、どこか陰のある雰囲気は楓真への恋を諦めた結衣にとっては、魅力的な出会いだった。


(でも……楓真さんもあんな雰囲気だった。あの人も、もしかして私達の敵……じゃないよね?)


 よぎる予感にまさか、そんなと心のなかで首を振る。

 ただ落とし物を拾っただけの人を疑うなんて。

 そもそも通りすがりに等しい人物と関係が築けるわけないじゃないか、と自己完結。

 ふと我に返ると、すぐ目の前にももの顔があったので思わず「ひゃっ」と声が出た。


「なな、なにかなももちゃん!?」

「大丈夫ですか結衣先輩。顔赤くしてボーッとしてましたよ?」

「なんでもない、なんでもない! ささっ、早く菜乃葉ちゃんの所に行こっ!」


 結衣はお花畑だった頭の中をさとられまいと、目的地の喫茶店へ向けて足を早める。

 もはや一種の定番となった、情報屋である菜乃葉とのお茶会。

 彼女に会うために出かけてきたのだが、今日の目的はいつもとは違う。


「ボクに相談事……かい?」


 オープンテラスの席に座り、遅れたことを謝罪した直後に切り出した本題。

 その内容を聞いた菜乃葉は、額を抑えながら目を細めた。


「あのさ……ボクは情報屋であって、子供相談室のお姉さんじゃないんだけど?」

「でも他に相談できそうな人もいなくて……菜乃葉ちゃんなら気持ち、わかってくれるかなって」

「他に頼れそうなあねさんやホノカは例の巡礼真っ最中ッスからねぇ」


 ホノカ、という名前を聞いた瞬間に眉をピクッとさせる菜乃葉。

 直後にピポンとカズの携帯電話から着信音。

 画面を見たカズが顔を赤らめたので、思わず結衣は菜乃葉とともに画面を覗き込んだ。


「あっ、ホノカちゃんの……」

「水着写真……っ!!」


 送られてきたのは「たまにはご褒美」というメッセージに添付された、おそらくコロニー・サマーで撮られたとおぼしきホノカの水着姿。

 送り主は華世となっていたので、こっそり撮影したか何かだろう。


 カズの照れ具合を微笑ましく思いながら、結衣はチラリと菜乃葉の顔を見た。

 露骨にホノカへのライバル心を剥き出しにした表情の菜乃葉は、ドンと腕組みで背もたれにもたれかかった。


「カズの頼みならしょーーがないなーー! この優しくて頼れる菜乃葉さんが、相談に乗ってやろーーじゃないかーーー!」


(やっぱり菜乃葉ちゃん……カズくんのこと好きなんだ)


 やけっぱち半分な菜乃葉の発言にフフッと笑ってしまう結衣。

 初めて会ったときからなんとなく感じてたこと。

 カズと甘酸っぱい関係をしているホノカへと彼女が向けるのは、恋のライバルへと向ける嫉妬の眼差し。


 ともに学校生活を送る彼女と違って、菜乃葉は頼られた時にしか会うことができない。

 付き合いの長さで優位と思っていたところに、明らかに女の子を見る目でホノカを見つめるカズへと危機感を抱いたのか。

 動機がヤケクソでも今の結衣たちにはありがたいので、好意に甘えることにした。



 【6】


「……この子が、自分がわからなくなる時がある?」


 結衣から菜乃葉へと打ち明けられた相談とは、目の前にいるももという少女についてだった。

 彼女は時々、前にショックだった事を思い出しては感情がぐちゃぐちゃになって、我を失ってしまうという。

 取り繕った言葉の裏に潜むのは、大蛇へと変貌する彼女の体質。

 いや、ツクモロズであり魔法少女であるというももの存在が起こす怪現象のことだろう。


(……とはいえ、ボクはこの子らが魔法少女やってることを知らないていだし、ボクが魔法少女やってることも秘密だしなぁ)


 菜乃葉がママと呼び慕う琴音と交わした約束。

 それは、血はつながらずともかけがえのない家族を守るために必要な秘密。

 これまで何度か、魔法少女たちが危ない場面を長距離狙撃でアシストした菜乃葉。

 その最初のアシストこそ、大蛇へと変貌したももを倒すことだった。

 

(……とりあえず、引き受けたからには気の利いた返答を返さないと。じゃなきゃ、カズくんに────)


 菜乃葉の脳裏に浮かび上がるのは、愛しいカズの姿。

 その彼は「友達の悩みも解決できないんッスか?」と蔑むようなまなこで菜乃葉を見下す。

 その隣には、ももの頭をなでて彼女の不安を払拭し、抱きつかれる恋敵ホノカ。

 頭の中のカズは「さすがホノカは母性あふれるッス、素敵ッス!」とホノカを褒め称え、二人は手を繋いで女神聖教の教会へと駆けて────


(────負けられないんだからねっ!!)


 対抗意識を深層に燃やしつつ、頭の中で言葉を整理。

 秘密を遵守じゅんしゅしつつこの悩みを解決できるような語彙ごいを選択。

 短くない情報屋の仕事と、裏方仕事の経験をフル回転させてつなぎ合わせた言葉。

 それを、菜乃葉は自らの口でつづった。


ももくん。君は過去に嫌な思いをして、それを引きずっているんだね?」


 菜乃葉の問いに、黙ったまま頷くもも

 彼女の桃色の前髪の間から覗く、青く輝く瞳。

 サファイアの様な輝きを放つそれを、真っ直ぐに見つめ言葉を続ける。


「君は優しい子だからきっと、悪意をぶつけられたことがショックだったんだろう。でもね、君はその事について気に病む必要はない」

「……そうですか?」

「ほら、カズに結衣さんに。君には君のために動いてくれる素敵な友人がいる。忘れろとまでは言わないけど、悪いことの何倍も良いことに恵まれているんだ。だから、心無い言葉を気にする必要はないんだよ!」


(……完璧だ、ボクって!)


 誇らしい気持ちで心が一杯になる菜乃葉。

 悩める少女への、周りの環境をも考慮したパーフェクト・フォロー。

 次の瞬間にはももは元気よく頷いて、あたりを駆け回るはずだ。

 そうすれば、カズから菜乃葉への評価も上がる。

 ……とまで考えていた菜乃葉の予想は、次の一言で砕かれた。


「菜乃葉さん。どうすればももに酷い事言った人と、仲良くできるかな?」


(できるわけ無いだろっ!)


 心のなかでツッコミをしながら、表情は崩さず微笑みのまま。

 この子は世界の人々がみんな、ラブアンドピースで仲良くなれると思っているのだろうか?

 眉をヒクヒクさせながら、菜乃葉は再度脳内会議。

 ここで投げ出しては、愛しのカズの前で面目が立たない。

 必死に考えて絞り出した言葉を、再度口から吐き出していく。


「もしもその人が言葉を悔いて謝ったら、許してあげればいい。でも、君からは何もしないほうがいい。君に非はないからね」

「謝って、許す……謝って、許してもらう」


 反唱しながら、うんうんと首を動かすもも

 口から出る言葉から(本当にわかったのかなー?)と不安を覚えつつも、とりあえず悩みは解決したようだ。

 ドッと精神が疲弊するが、ひとまずこれで格好はついた。

 けれどもタダ働きになるのはしゃくなので、菜乃葉はタブレット端末の画面をカズ達へと見せる。

 ここからは、本業の売り込みだ。


「君たちに今、新鮮そのものな耳寄り情報があるんだ。それはね────」



 ※ ※ ※



「────アンドロイドの、誤動作……ですか?」


 普段からELエルが使っているボディを扱うレンタル店。

 その店主である女性から聞いた話に、咲良は思わず聞き返した。


「そうなのよォ葵さん。うちの子だけじゃなくて、近所のドロ友さん達の家も大変ですって」


 ドロ友、というのはアンドロ・・イドを受け入れている達という単語である。

 その言葉の範囲には、ミイナを擁する内宮の家やELエルと共に暮らしている咲良も含まれている。


「それはそれは……それで」

「それで、誤動作ってのはどんな現象だ?」


 話に割り込んできたのはコロニー・ポリスの手帳を片手に握る、よれよれのトレンチコートにスーツ姿の男。

 向けられた手帳に書いてあった名前を見て、咲良はその男にピンと来た。


「あなたがデッカー警部補?」

「んあ? そう言うお前さんはウルクの部下の下っ端じゃねえか」

「部下の下っ端……」


「警部補、ポリスといえど咲良を愚弄するのは許せませんよ」


 カウンターの奥で上半身だけの格好でメンテナンス機に繋がれているELエルが低い声を出す。

 デッカーは顔を歪めて「冗談だよ」と不満げに呟いてから、店主へと聞き込みを再開した。


「最近、ポリスにもアンドロイド絡みの通報が多くてな。餅は餅屋と聞き込みに来たってワケだ。奥さん?」

「アラやだ。誤動作ってのはねェ、夜中になると勝手に外に出ようとするのよォ。本人に聞いても、記憶が無いんですってェ。中には行方不明になってるお宅も少なくないんですってよォ」

「アンドロイドの深夜徘徊……そして失踪か。お前さん、そこの上半分ちゃんはどうなんだ?」

ELエルは別にそういうこと無いよね」

「はい。不服ですが寝床はヘレシーの隣ですので、もし徘徊してたら彼女が気づくかと」

「モノによるってことか……厄介だな」


 電子メモ帳にメモを書き終えたデッカーは、店主に一礼してから外に停めてあったパトカーへと乗り込み走り去っていった。


「気になりますか、咲良?」


 メンテナンス装置の上のELエルが、首だけをこちらに向けて尋ねる。

 知り合いアンドロイドはELエルだけじゃなく、内宮の家のミイナや支部の受付のチナミもいる。

 身近な存在に及ぶ危機と聞いて、居ても立っても居られない。

 それが咲良の中の正義感だ。


「できる範囲で調べてみよっか。そうだ、カズくん達なら何か知ってるかもね」



 【7】


「……アラゾニア、これはどういうことだ?」


 目の前でクルクルと、不快なダンスを踊るピエロ・アラゾニア。

 ピタッと止まった醜悪なツクモロズ相手に、スピアは無意識に声を荒げた。


「どういうことだって? キヒヒ、お前の兄さんが望むように、陽動となる騒ぎのセットアップだよ」

「僕が聞きたいのは、なぜそのためにその女の子が必要なのかだ!」


 柱にロープでグルグル巻きにされ、目隠しと猿轡さるぐつわで目と口を塞がれた少女。

 うー、うー、といううめき声を時々漏らす痛々しい姿を晒すその娘の扱いに、スピアは腹を立てていた。


「あれれー? 君は散々、兄さんは甘いとか言ってたのに、そういうこと言うのかな?」

「無関係な女子供を巻き込むようなマネを、僕に黙って実行したのが悪いと言っているんだ!」

「いいじゃなーいか。本来なら君ひとりで決死の陽動を行うはずだったんだ。それを僕がー、手駒を増やしてやったというのにさー」

「手駒だと?」


 パチン、と指を鳴らすアラゾニア。

 その音を合図に、いま二人と少女がいる小屋の一室に、ゾロゾロと無数の人々が入ってくる。

 いや、人間ではない。


 目が光る者。

 顔や腕に継ぎ目のようなラインが浮かんでいる者。

 背中からケーブルが伸びている者。

 そもそも、明らかに機械でできた顔をした者。


 そう足り得る要素はバラバラだったが、ここに入ってきた者たちは皆、うつろな目をしたアンドロイドだった。

 理解が追いつかないスピアをよそに、アラゾニアは縛られた少女の頭を気味の悪い手付きでひと撫でする。


「この小娘の内面には非常に強い憎しみの感情がある。大切なモノを依り代としたツクモロズを失った悲しみと怒りだ。それを電波として発信し、いっちょ前に感情を持っている機械の人形どもに伝播でんぱしてやったのさ」

伝播でんぱだと?」

「キヒヒ、そうすれば人形どもはツクモロズに近い存在になり、そうすれば僕の操り人形に早変わり! 簡単な仕組みだろう?」


 この憎々しいピエロの言っている仕組みとやらは理解できない。

 だが、この数のアンドロイドは戦力としてみれば確かに強力だろう。


「あとはコイツらを街にけしかけ、パニックを起こせばアーミィの連中は釘付けだ。そうすれば、君の目的も叶うのではないかね?」

「……そうかもしれんが」


 間もなく、兄ランス率いるドラクル隊の脱出作戦が開始される。

 このまますんなりとことが運び、成功するならば問題ない。

 問題ないはずなのだが。


(街が騒ぎになれば、僕が出会ったあの可憐な少女も戦いに巻き込まれる……)


 アーミィにくみするような人間はどうなってもいい……と思っていた。

 けれども平和すぎる町並みを見てしまったスピアの中で、民間人が巻き込まれることに痛む心が生まれていた。

 ここで恨みの根源として囚われている女の子もまた、被害者のひとり。

 はたして民を犠牲にして得た勝利は、本当に自分たちのためになるのか。

 揺れるスピアの心。

 けれども状況は、そんなことなどお構いなしとばかりに動き始めていた。


「む……? どうやらネズミが近づいているようだ」


 ここはコロニーの中でも郊外に位置する緑地の中。

 木々の間に張り巡らせたセンサーが、何者かの接近を感知したらしい。

 勘の鋭いアーミィにでも嗅ぎつけられたか。

 スピアが判断を下す前に、アラゾニアはアンドロイド達に命令を下した。



 ※ ※ ※



「ビビッ……警部補、この先から得体の知れない信号のようなものが発信されています」

「よーし、いいぞビット。だが……なんでコイツらが一緒なんだよ?」


 草むらをかき分けながら緑地帯を進むデッカー警部補が後方へと向けた親指に指されるももたち。

 今この場にいるのはももだけではなく、結衣と咲良、それから咲良の携帯電話の中に意識データを移したELエルもいる。

 ついでにヘレシーという少女も、今回の捜査に何故か参加していた。


「アーミィとしてはこれがV.O.軍の仕業で、キャリーフレームと戦うことになれば戦力が必要かなと思って」

「いや、お前さんはいいんだが、ガキンチョ連中は何だってついてきてるんだか……。遠足じゃねぇんだぞ?」


 ももたちがデッカー警部補に同行している理由。

 それは菜乃葉から提供された情報が情報ゆえだった。

 アーミィによって、民間人レベルまで知れ渡ったツクモロズの存在。

 その関係者らしい奇妙な人物が、このアンドロイド誤動作失踪事件へと関与しているという。

 与えられた外見的な特徴は、曰く結衣が一度出会った相手だという。

 ツクモロズが関与しているとなれば出向くのは、魔法少女としての使命感に突き動かされてのものだ。


「……それなら理解はできるが、その子供は何だ? お前たちに比べたら一回り小さいじゃねぇか」

「ヘレシーは咲良お姉さんの手伝いだよー。ELエルと3人で、百人力なんだよ」

「……捜査の邪魔したら帰らせるからな」

「はーい」


(こういう娘の相手、慣れてるんだ。きっとお姉さまと一緒に、たくさん謎を解いたんだ)


 ももは内心でデッカーのあしらい方に感心していた。

 決して邪険にせず、釘を差しつつも同行を拒否はしない。

 大人らしい対応は、なんとも見事だった。

 そういうことを思いつつ、ももの中で暗い感情が膨れ上がっていく。

 悪夢を見ているときのような感覚。それが徐々に徐々にと強まっていく。


(迷惑はかけたくない……私も魔法少女だから)


 そう決意を固めていたときだった。


 ガサッ。


 不意に周囲から聞こえてきた、草むらをかき分ける音。

 自分たち以外に以内であろう空間に響いた、何者かの存在を示す草の音。

 一瞬で警戒モードになるデッカーと咲良が拳銃を構えると同時に、無数の光る眼が木々の奥から顔を出した。



 【8】


「うっ……うっ……」


 目を塞がれ手は縛られ、声の一つも発せない状態で少女、望月は泣いていた。

 何者かに拉致され、見知らぬ場所で何日も監禁されている恐怖もある。

 その恐怖と同じくらい、自分がこんな目に合う原因、そしてそのことを利用して悪事が行われているという悔やみが、彼女に涙を流させていた。


(ミミが死んじゃったこと……乗り越えたつもりだったけど、まだ心のなかに残ってたんだ……)


 華世という魔法少女に、愛するぬいぐるみを殺された望月。

 その悲しみが少し癒えたときに出会った、華世そっくりの少女へと、望月は心無いことを言った。

 言ってしまった。


 それから望月は、ずっと不登校を続けていた。

 望月という少女は元来、善良な心を持つ優しい少女である。

 肉親を奪われたに等しい恨み悲しみをぶつけてしまった相手が、そっくりだったとはいえ似ているだけの別人に吐いてしまったこと。

 それは心の中に強い後悔として確かに残っていた。


(もしもう一回学校に行って、あの子に謝れてたら私……もう少し憎しみを消せてたのかも)


 時折連絡をくれるクラスメイトから、あの時に暴言を吐いてしまった相手であるももという子が、時折り望月の言葉に苦しんでいるらしいということは聞いていた。

 友達になれるかもしれなかった相手への人違いによる恨み節。

 それが罪となって尾を引き、今ここで縛られている。

 望月は深い恐怖と悲しみの中で、自分がここに居る理由をそう結論づけた。


「キヒヒ、見なよ。魔法少女どもに、アーミィの小娘だ」

「……お前も出るのか?」

「冗談! 僕は種を巻き終わったから、あとは君が好きにするといい。チャーラの奴がやられた手前、僕まで魔法少女どもにやられるのはまずいからねぇ!」

「おい待てっ!」

「生きてたら会えるかもね捨て駒くん! キヒヒッ!!」


 甲高い声の男と、少しは良識がありそうな男の会話が終わり、部屋がまたしんと静かになる。

 自分のせいで、また誰かが苦しんでいる。

 その事実が望月に、重くのしかかった。



 ※ ※ ※



 じりじりと近寄ってくる、うつろな顔をしたアンドロイドたち。

 彼らは行方不明になっていた個体であり、持ち主がいる存在。

 どう対処していいか咲良が思考を巡らせていると、アンドロイドの一人が飛びかかってきた。


 すかさず前に出たデッカー警部補が襲い来るアンドロイドへと背負い投げ。

 地面に伏せた格好の相手、その首の中心を拳銃で撃ち抜いた。

 バチバチと首元をスパークさせアンドロイドが機能停止する。

 

「破壊するなら首を狙え! 伝達ケーブルを断てば修理できる範囲で機能を止められる!」

「わ、わかりました!」


 ゾンビのような動きで次々と向かってくるアンドロイドの首へ向けて、拳銃を放つ咲良。

 警部補の連れていたビットという浮遊ロボットも、伸ばした細いアームから放つ電撃で子どもたちを守っている。


「ビビッ……このままでは守りきれません!」

「私達が足手まといになってる……! ドリーム・チェンジ!」


 変身呪文と共に後方から放たれる閃光。

 光の翼を広げた結衣が、ヘレシーの手を握って飛翔する。


ももちゃん、どうしたの? 変身しよ!」

「いや……私は……あ、あ……」


 何かに怯えるように顔を引きつらせ、頭を抱えてへたり込むもも

 そんな彼女へとアンドロイド達が近寄り、彼女を守ろうとしていたビットが殴り飛ばされた。

 咲良は正面から飛びかかってきた女性アンドロイドを蹴り倒しつつ、上空へ退避したヘレシーを見上げる。


「ヘレシー、なんとかできない!?」

「できるかわからないけど……えーい!」


 ヘレシーが空中で念じるように目をつむると、バチバチッというショート音とともに咲良たちを囲むアンドロイドが次々と倒れ込んだ。

 とはいえ遠くの個体へは影響が薄かったのか、依然として問題の解決には至っていない。


「ハッキングしたんですけど、どうですかー!」

「近くのは機能停止したけど……そうだ、ももちゃん!」


 うずくまり震えるももへと駆け寄り、彼女の身体を揺する咲良。

 ただ事ではなさそうなうめき声を上げじっとしている彼女には、咲良の声は聞こえていないようだった。


「違う……私は……ももは……ももは……」

「どうしたの? 大丈夫!? ねえ、ももちゃん!?」

「やだ……また……自分が、自分じゃなくなっちゃう……!」


 ほんのりと、身体を発光させ始めるもも

 その光はまるで、魔法少女たちが変身する時の輝き。

 けれども彼女は、変身の呪文を唱えてはいない。

 普通じゃない状態に思考が停止していると、デッカーに腕を捕まれももから引き剥がされた。


「ちょっと、何を!?」

「オレの勘がヤベェって訴えてんだよ! 巻き込まれるぞ!?」

「巻き込まれるって、何に?」

「ヤベェことだよ!」


 輝くももから離れた瞬間、地響きと共に光が肥大化。

 長く巨大な何かに変異していくももだったものは、緑地の木々をなぎ倒しその高さを超えていく。


 咲良は思い出した。

 ももという少女の身に、過去2回あった現象。

 巨大な白い蛇のような怪物、通称マジカル・ヴァイパーに変身することを。


「キシャァァァ!!」


 天高く咆哮する白き大蛇。

 いま、みたびももは人であることを失った。



 【9】


 ももが変貌した巨大な蛇が、鎌首をもたげ大きな口を開く。

 その口内に浮かび上がった桃色に輝く魔法陣へと、光が収束。

 結衣は危険を感じ、更に高度を上げ口の向いている方向から離脱した。


 直後、極太の光線が緑地を貫く。

 光の帯が直撃した場所からは赤い球体のような爆発が起こり、そこまでの通過点は木々が黒焦げになっていた。


ももちゃん……またなっちゃったの……?」


 頬に冷や汗を垂らしながら、変貌した友人の所業に唖然とする結衣。

 以前にも結衣は二度、ももが大蛇になったところを見ていた。

 一度目は初めて出会った時、二度目は望月という少女の言葉に心を痛めていた時。

 彼女が変貌する直前の様子は、明らかに二度目と同じ。

 傷ついた心が魔法少女を怪物へと掻き立てている……と考えたところで、結衣の視線は半壊し燃えている人がいそうな小屋を捉えた。


「……ねえお姉さん。ヘレシーは、咲良お姉さんと一緒にあの子を抑えるよ」

「抑えるって……キャリーフレームで?」

「うん。でもあの子を助けたいなら、あの小屋に急いだほうがいい」

「どうして?」

「なんとなく。オンナノカンってやつ?」


 とぼけた顔でそう言い放つ腕の中のヘレシーが、結衣を振りほどいて飛び降りる。

 一瞬「あっ!」と言いかけたが、彼女は器用に木の枝へと着地。

 そのまま階段を降りるように木々を渡り継ぎつつ咲良のもとへ向かうヘレシーの姿に、心配は不要だと理解した。

 それよりも気になるのは、ビームの着弾点近くにある崩れかけた小屋。

 ヘレシーから言われなくても、誰かがいるなら助けないと、と結衣の中の正義感が彼女を突き動かしていた。


 程なくして、コロニーの中央シャフトから咲良の機体〈エルフィスサルファ〉が森へと着地する。

 この場は咲良たちに任せ、結衣は光の翼を羽ばたかせて小屋へと向かった。



 ※ ※ ※



『起動確認、及びヘレシーとFCSリンク成功』

「準備オッケーだよ、咲良お姉さん!」

「……よし、〈エルフィスサルファ〉飛翔!」


 咲良が力強く踏み込んだペダルに呼応して、勢いよく飛び立つ〈エルフィスサルファ〉。

 キャリーフレームの三倍以上の体躯を持つ白蛇の眼前へと、咲良たちは躍り出た。

 地上にはももからアンドロイドたちを離すように囮としてデッカー警部補とビットが残っている。

 二人には同乗を求めたのだが、あの軍勢が対象を失い街へ向かったら大事おおごとだと、彼はそう言って囮を買って出た。

 彼らを早く助けるためにも、大蛇へと変貌したももをなんとかしなければ。

 しかし……。


「ヘレシー、どうしてももちゃんはあんな姿になっちゃったの? ツクモロズのあなただったら、なにかわかる?」

「うん。あれはツクモロズが許容異常の強いストレス……それも精神面への深い傷が抉られるような思いをすることで起こる神獣化と呼ばれる現象だよ!」

「神獣化……? あの子、私達が知らないところで傷ついていたってこと?」

「おそらくね。数日前から、電波に乗せられて感情の渦のようなものが絶えず発信されてたの。アンドロイドたちを狂わせた悪意の感情が、偶然あの子を傷つけたんだと思う」

『咲良、正面から高熱源反応。来ます……!』

「これ以上コロニーを攻撃させられない! ビーム・フィールド展開!」


 白き大蛇の開いた口より放たれる、強大なビーム攻撃。

 翅のような翼を閉じてその表面にエネルギーを集中。

 展開したビームの障壁が、ビーム攻撃を受け止める。


「ぐぅぅぅっ……!!」


 ビームを正面から受け止め、激しく振動するコックピット内。

 直径がキャリーフレームに匹敵する光線を相殺することはできず、防ぎきれなかったビームがあふれるように周囲へと拡散する。

 上空へ散った分は射程圏外へと到達し消滅したが、問題は地上に落ちたビーム郡。

 緑地に突き刺さった光のシャワーは次々と爆発を起こし、森を赤い炎で染め上げていく。


『咲良、このままでは危険です。反撃を』

「ダメよELエル……あれはももちゃんなのよ。傷つけることなく、なんとかできないかな……?」

「方法は無いことはないよ。心の傷を癒やすことができれば、元に戻る可能性はあるから」

「ヘレシー、それ本当? でもももちゃんの心の傷なんて、私には……」

「大丈夫。結衣お姉さんがなんとかしてくれるよ、きっと」


 咲良の側で楽観的な表情を浮かべるヘレシー。

 引くも押すもできない状態では、彼女の論拠のない言葉だけが頼りだった。



 ※ ※ ※



「くそっ、あの道化め……。ここまで想定内だと言うのではあるまいな……!」


 眼の前で光に飲み込まれ部屋の半分が消し飛ぶのを見たスピア。

 彼は無責任なツクモロズへと悪態をつきながら、柱に少女を縛りつけるロープにナイフを突き立てていた。

 えぐり取られたように消し飛ばされた小屋の断面から飛び火した火の粉が、徐々に小屋に炎を広げようとしている。


 通信によると、兄ランス達のコロニーからの脱出は無事に成功したらしい。

 その理由が一連の騒動でアーミィの警戒が緑地へと向いているためだと聞けば、もうじきここへとアーミィの部隊がなだれ込んでくる。

 そうでなくとも、このまま巻き込まれた少女を放っておくわけにもいかないためスピアは今、行動していた


 パキン。


 力を込めて突き立てたナイフの刃が、無慈悲にも折れる。

 出所不明の古めかしい物だと思っていたが、まさかこんなに脆いものだとは。

 他にロープを切れる道具はないかと周囲を見渡していたところで、それ・・は眼前に舞い降りた。


「……天使、なのか?」

「あなたは、携帯電話を拾ってくれた……」


 光り輝く翼を羽ばたかせ降り立ったのは、見覚えのある顔をした一人の少女。

 彼女は街中で拾った携帯電話の持ち主であり、しきりにスピアへと感謝の言葉を述べていた可憐な少女。

 そんな女の子が魔法少女のような衣装に身を包み、この危険な状態にある小屋の中へと斧のようにも見える武器を携えて現れたのだった。


「その……僕は」

「わかっています。その子を助けに来てくれたんですよね!」

「え、ああ。まあそうなるな」


 少し天然が入っているのか、都合のいいように解釈をしてくれた魔法少女。

 説明をする義理もないため彼女にロープの切断を頼み、彼女の一撃で綱が切れると同時に少女ごと後方へと飛び退く。

 直後に崩れてきた天井に魔法少女が飲み込まれるが、彼女は光の翼で身を包みながら炎の中からスピアの隣へと移動してきた。


「君は無事なのか?」

「はい、魔法少女ですから。この子、ひどい縛られ方ですね。でも、もう大丈夫ですよ!」


 少女に付けられていた目隠しを外し、猿轡さるぐつわをちぎり取る魔法少女。

 解放され咳き込む眼鏡の少女はお礼を言いかけて、窓の外に見える景色を見たのか言葉を失った。


「なに、あれ……」


 震える手で指さした先には、巨大な白い蛇の怪物。

 その怪物がこの小屋めがけて放つ光線を、1機のキャリーフレームが正面から受け止め防いでいた。


「わからないけど、ももちゃんがああなっちゃって……って、言ってもわかんないか」

もも……? ももってもしかして葉月もものこと!?」

「そうだけど、知ってるの?」


 スピアをよそに話が進む二人の少女。

 いつあのキャリーフレームが防ぎそこねないかという渦中で、のんびり話をしている場合ではない。

 スピアは無理やり二人の腕を引っ張りつつ、小屋の裏口から外へと飛び出した。


「のんきに話している場合か! 小屋が焼け落ちそうというのに!」

「そうでした! それであなた、ももちゃんを知ってるの?」

「私、あの子にひどいこと言っちゃって……あの子が悪い事したわけじゃないのに、八つ当たりしちゃって……」

「……じゃあ、謝りに行こう! 悪いことをしちゃったなら、ゴメンナサイを言うの! 絶対に許してくれるよ!」

「謝る……、謝る……!」


 何をバカなことを、とスピアは呆れていた。

 強大な力を振るう怪物へ向けて、謝罪をする。

 この二人の少女は、それをしようとしていた。

 どう考えても早くココから離れて、アーミィ共が怪物を鎮圧するのを待った方がいい。


 けれども、二人はまっすぐに怪物の方を見ていた。

 本気で謝罪をしに行くというのか?

 そんな童話のような方法で、怪物を鎮めるというのか。


「じゃあ、行こう! あうっ……」


 飛び立とうとしたのか、翼を広げようとした魔法少女が膝をつく。

 見れば光の翼の先端が、崩れたように途切れていた。

 さっき天井が落ちた時に傷を負ったのか。

 それでも健気に歩き出そうとする少女たち。

 ふたりの姿にいても立ってもいられず、スピアは声を張り上げた。


「そんなザマでたどり着けると思うな! 付いて来い、僕がキャリーフレームで運んでやる!」

「えっ、いいんですか?」

「このまま君たちに死なれたんじゃ、寝覚めが悪くなるからな。来い!」


 そう言いながら、スピアは自らの愚かさを脳内で嘲笑した。

 敵地であるアーミィの管理下で、魔法少女を乗せてキャリーフレームでフライト。

 しかもその目的が、怪物への謝罪。


 バカバカしい。

 バカバカしいが、どうせ自分は捨て駒として残った身。

 この後はアーミィに怯えた暮らしを強いられ、見つかれば拷問の果てに殺されるだろう。

 惨めな死に方をするくらいより、可憐な少女たちの無茶に付き合うほうが、命の使い方としては百倍マシだ。

 そう自分を納得させ、スピアはふたりの少女を森の中に隠してある〈バジ・クアットロ〉の元へと誘った。


「ふたりとも乗れ。段差に気をつけてな」

「は、はい! ほら、手握って」

「うん……」


 眼鏡の少女を引っ張り上げ、コックピットに乗せる魔法少女。

 スピアは二人がパイロットシートの両脇に立ち、背もたれ掴んでいることを確認してからハッチを閉じる。

 操縦レバーを握り、指先を通して神経をマシンと接続。

 画面が光を灯すと同時に、ペダルに乗せた両足へと力を込める。

 唸り声を上げながら、〈バジ・クアットロ〉は赤い装甲を纏った藍色の機体を森の上空へと持ち上げた。



 【10】


 ──バケモノ。


 ──人殺し。


 ──バケモノ。


 ──人殺し。


 ももの中に何度も響き渡る、呪いの言葉。

 真っ暗な空間に浮かぶももは、その言葉を否定するが、否定しきれない。


(私は、生きる価値のない人間かもしれない)


 自分を否定する可能性というものは、無限に膨れ上がっていく。

 どれだけ日頃から明るく振る舞っていても、慰めの言葉をもらっても、ずっと消えない呪い。


 声にならない想いが、あふれる魔力として外へと放たれる。

 燃え上がる森が、自分のせいで紅に染まっているとわかっている。

 けれどもその力を止めることはできなかった。

 自分への否定の言葉が、ももを正気から遠ざけていた。


(私は……ももは……)


 何度もぐるぐると渦巻く、負の感情。

 出口の見えない思考が堂々巡りをし、悲しみで心が埋もれていく。


 そんなときだった。


ももさん、ごめんなさい……!!」


 外から聞こえてくる、聞いたことのある声。


ももさん、私……あなたを、あなたのお姉さんと思って、ひどいこと言っちゃった」


 何度も自分を否定した言葉を紡ぐ望月の声が、謝罪の言葉を放っていた。


「あなたは悪くない。悪いのは……いつまでもウジウジしてた私だった……! 許してくれなくてもいい! でも、私は……ももさん、あなたに謝りたいの!」


 一つ一つの言葉が、ももの中の闇を溶かしてゆく。


「ごめんなさい、本当に……ごめんなさい!!」


 

 ──もしもその人が言葉を悔いて謝ったら、許してあげればいい。


 菜乃羽が言った言葉が、ももの中へと響きわたる。

 恨んでいたわけじゃない、憎んでいたわけじゃない。

 できることなら、仲良くなりたい。


 ももは、精一杯叫んだ。

 言葉にならなくても、感情を吐き出した。

 ずっと胸にしまっていた想いを。自分を否定する言葉が覆い隠していた心を。


「いいよ、許してあげる!! だからももと……友達になって────!」



 ぱあっと、ももの視界が明るくなった。

 気がつくと魔法少女の姿で宙に浮かび、目の前にはハッチを開け放たれたキャリーフレームのコックピットから身を乗り出す望月の姿。

 眼下で燃え上がる炎の明かりが、彼女の涙で溢れた顔を照らし出す。

 ももは、そんな彼女へと許しを示す精一杯の笑顔を送った。



 直後、ドォン! という爆発音が森の奥から上り、火柱が上がる。

 同時に空へと飛び立ったのは、8機のキャリーフレーム。

 望月を乗せたものと色は違えど同じ姿の機体が、ビーム・ライフルを発射しながらこちらへと接近してきていた。


「お兄さん……あれってコレと同じ機体……ですよね?」

「無人の〈クアットロ〉だと……くそっ! アラゾニアの奴め……余裕そうな態度の裏はこれか! 僕に黙って、後詰めの仕掛けを用意してやがったか!」


 望月の後ろから聞こえてきた、結衣とパイロットらしき男の声。

 ももを守るように正面を飛んでいた、〈エルフィスサルファ〉から咲良の声がスピーカー越しに聞こえてくる。


ももちゃん、あなたは避難して!」

「咲良おねえさん! でも……」


 咲良の機体は、限界が近い。

 それはももの眼で見ても明らかだった。

 バチバチとスパークする翼。

 ももが大蛇の姿で放った光線を防ぎ続けて、エネルギーが尽きかけているのだ。

 一方で望月と結衣が乗っている機体は、戦闘の意思はあるが手に握るのはビーム・セイバーが一本だけ。

 格闘武器だけでライフル持ちの同型機を8機は、流石に無茶だ。


『咲良、あと数分後に応援が到着します』

「でも、それまでに交戦することになるわ。そうなったら……」

ももさん、だっけ? ヘレシーだよ、聞こえてる?」


 咲良の声が聞こえていた〈エルフィスサルファ〉から、ヘレシーが語りかけてきた。

 ももは彼女の言葉へと、精一杯の肯定の返事をする。


「さっきのももさんって、マイナス感情が膨れ上がったことで魔力が暴走していたんだよ。でももし、精一杯のプラスの感情で心を満たすことができたら、あの力を制御することができるかもだよ」

「精一杯のプラスの感情?」

「嬉しいこと、楽しいこと。未来への希望とか願望とかだね。できるかな?」

「やってみる……!」


 迷惑をかけてしまった罪滅ぼしという気持ちもある。

 でも今、ももの中には一つの希望があった。

 自分を皆から遠ざけていたと思っていた力が、みんなのためになる。

 その希望と一つの願いを、心のなかで一杯にする。


 自分の力で、みんなを助ける。

 そして、望月さんと友達になる。


 強い願いが心の中に溢れていき、心臓がとても強くドキドキする。

 身体が大きくなっていくような感覚が、全身を包み込む。


 ──私はもも! みんなの笑顔を守る、正義の魔法少女!!


 力強い言葉とともに、ももは自分の姿を大蛇へと変えた。

 けれどもさっきまでのように真っ暗な空間に閉じ込められてはおらず、意識の周りはキラキラとした夜空のような綺麗な空間。

 希望に満ちた心のなかで、ももは目の前の敵へと意識を向けた。


 ──えーーーいっ!!!


 大蛇の口に浮かぶ魔法陣から、光線が放たれる。

 けれどもソレは決して無秩序に破壊を振りまく一本の帯ではなかった。

 細い9本の光が渦を巻くように伸びていき、やがて広がる。

 それぞれがライフルを握る〈クアットロ〉、そのコックピット部分を貫き制御していたツクモロズの核晶コアを破壊する。


 残った1本の光線は、緑地の近くにある湖へと注がれる。

 ビームを受けた水の塊は中央から広がるように弾け、とてつもない勢いで蒸気を巻き上げた。

 津波のように溢れ出した水と、巻き上がった蒸気から生まれた雲から降り出す雨。

 上下から挟まれるように水を浴びた緑地帯は、赤々とした炎を徐々に弱らせ、やがて煙だけを残して静寂を取り戻した。


「すごい……これが、魔法の力……!」


 コロニー内に浮かんだ虹を見ながら感嘆する咲良の声に、ももは誇らしい気持ちでいっぱいになった。


 自分が何者だって良い。

 自分を認め、受け入れてくれる人がこんなにいるんだから。


 そして、その人達を助けられる力を自分は持っている。

 それ以上に、幸せなんてあるのだろうか?


 もしそれ以上の幸せが見つかるのなら、それは楽しみだ。

 今よりももっと素晴らしい明日に、なるのだろうから。



 【11】


「結局今回は、出番なしの無駄骨だった……っと」


 喫茶店で自分の端末を叩き、”ママ”へと送る資料を作る菜乃羽。

 ももが大蛇になった時、菜乃羽は緑地の上空、シャフトを挟んで反対側のビルの上からレールガンを構えていた。

 もしもももの暴走が手がつけられないほどになり、他の面々に被害が出ることになったときに始末できるように。


 けれど、その心配は杞憂に終わってくれた。

 経緯は不明だが、どうやらももはあの力のコントロールが可能になったらしい。


 アンドロイド行方不明多発事件の方も、アーミィとポリスの合同でことに当たることによって終息となった。

 暴走した個体そのものは鎮圧せざるを得なくなったが、1機のロストもなくロボット体は修復。

 それぞれの家に無事に帰っていった……というのは、今朝見たニュースから得た情報だ。


「そして、事件の関係者でありながら事件解決に貢献してくれた、謎多きV.O.軍の青年……っと」


 スピア・ランサーと名乗った青年は、アーミィからの逮捕に対し特に抵抗はしなかったという。

 本来であれば厳しい尋問の果てに事件の裏を聞き出すところであろう。

 だが現場にいたひとりの魔法少女と、事件に巻き込まれたひとりの少女の嘆願によって、その身柄は拘束されつつも穏便な流れで取り調べが行われているという。

 菜乃羽の予測では彼は末端のいち兵士。

 それゆえにその口からあまり有益な情報は得られないだろうと考える。

 その後の扱いがどうなるか……までは、流石に予想はできない。


「さあて、次は……大元帥から直々の命令。最前線へのパイロットの異動か」


 事件の翌日、アーミィ支部へと一つの命令書が届いた。

 それは葵咲良、内宮千秋、両名の最前線への異動命令。

 コロニー・クーロンからV.O.軍の部隊が完全に撤退したと判断しての指示なのだろう。

 そしてこの命令の裏には、いよいよアーミィがV.O.軍との戦いにピリオドを打とうとしている意図が感じられる。

 いよいよ始まる決戦は、はたしてどちらに流れが向くのか。


 手に入れた情報を整理して入力した文書をメッセージに添付し、送信。

 椅子の背もたれにもたれかかりながら、菜乃羽はうんと背伸びをした。


「ママも、そろそろ正念場だね。さ・て・と……」


 コーヒーを飲み干し、携帯電話を通じて支払いを済ませた菜乃羽は荷物を持って立ち上がる。

 向かう先はこの喫茶店のある宇宙港の奥、チャーター機の発着場。


「久しぶりに、宇宙航行と行きますか……!」


 

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登場戦士・マシン紹介No.27


【バジ・クアットロ】

全高:7.8メートル

重量:11.8トン


 真っ赤なバリア・ジャケット装甲を纏った、ドラクル隊仕様のクアットロ。

 ランス・ランサーの愛機であったが、殿しんがりを務めるスピア・ランサーへと託された。

 本来であればビーム・ライフルをはじめとした様々な武器を装備しているが、アラゾニアが勝手に用意したツクモロズ核晶コア制御の無人クアットロへと装備を偏らせたため、装備がビーム・セイバー1本となっていた。

 


──────────────────────────────────────


 【次回予告】


 リンの中のレスから情報を引き出そうとする華世たち。

 彼はツクモロズの情報と引き換えに、華世たちの私生活を知ろうと求めた。

 夏休みに入る前の平和な日常の1ページが、今語られる。


 次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第28話「青春の回顧録」


 ────在りし日に思いを馳せるのは、今が苦難に満ちているから。

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