第28話「青春の回顧録」
『敵部隊、前進を開始! まもなく交戦距離へと入ります!』
通信越しに聞こえるのは、艦橋にいるユウナの声。
レーダーに映る光点の動きに、ホノカは注視した。
『ようし、砲撃隊は射程範囲に入った連中へと火器を浴びせてやれ!』
『砲撃、開始します! ……弾幕を抜けて急接近する機影あり! 数8!』
『いろいよ俺たちの出番ってわけだ。遊撃隊、高機動機の迎撃開始!』
「りょ、了解です!」
周辺の味方機体に足並みを合わせるように、ホノカはペダルに載せた足へと力を込める。
すぐに聞いていた高機動機体との交戦を始めるラドクリフ機。
そのそばでは獣形態と人型形態をくるくると行き来しながら戦うクリス&レオン機。
そしてホノカの所には戦闘機型のエルフィスタイプが近づいてきていた。
『キャハハッ! 黒子ちゃんは私が頂いてあげるわ!』
『ホノカちゃん、こいつは俺に任せて!』
側面から通信を入れながらフルーレ機へと攻撃を仕掛けるウィルの〈ニルファ・リンネ〉。
そのまま2機とも、ホノカの〈オルタナティブ〉から離れるように戦闘機形態で飛んでいき、遠くで球場の爆炎を撒き合う景色の一部となった。
ビービー、とコックピット内の警報が鳴る。
コンソールへと近づいてきた機体を映しながら、機体AIのフェアリィが抑揚のない声で報告を聴覚に送ってきた。
『敵機体、射撃体制』
「シールドにエネルギーを回しながらガトリング・ウォッチ発射用意……!」
接近する〈バジ・ガレッティ〉が放ってきたビームの弾丸。
それを熱によるエネルギー・フィールドを形成した盾で受け止め、衝撃をカット。
反撃にとガトリングを斉射するが、敵は運動性を生かして左右に機体をブレさせる。
(……射撃戦は不利と感じて接近戦に切り替えた? だったら!)
敵機がビーム・セイバーを抜くよりも早く、熱大剣フレイムエッジをマニピュレータに握らせるホノカ。
剣にエネルギーを伝達させ、その刀身が赤熱して輝き出す。
同時にペダルを踏み込み、相手が反応するよりも前にスラスターを大きく吹かせた。
刹那、ビーム・セイバーを握り振り上げた〈バジ・ガレッティ〉の腕がデブリと化す。
返す刃でそのまま敵の両脚を横薙ぎに溶断し、帰れと言わんばかりに胴体を蹴りつける。
周辺でもそれぞれ味方の優勢という形で決着がついたのか、気がつけば敵は撤退ムード。
『戦闘評価Bマイナス。味方機の支援がなければ甚大な被害を受けていたでしょう』
辛辣なフェアリィの評価を聞き流し、ホノカはふぅ、とため息をつく。
最後の巡礼地、コロニー・オータムへと向かう道中。
かれこれ3日連続で、ネメシス傭兵団はレッド・ジャケットからの襲撃を受けていた。
だが、いかに精鋭レッド・ジャケットといえど、数には劣るが精鋭ぶりでは負けないネメシス傭兵団。
艦長の指揮による砲撃戦主体の布陣に、エルフィスタイプを多数擁するラドクリフ率いる遊撃隊による迎撃。
この2つが噛み合うことで、さしたる大きな被害も受けずに3日連続の襲撃を無事に退けることができた。
これまでの敵方の被害状況では、少なくとも数日間は攻撃できないはず。
その間に最大船速で航路を進み、距離を離す予定だ。
ようやく訪れた安息。
そして脳裏に浮かぶのは、その安息のなかでしなければならない課題。
先の見えない問題が待ち受けているという事実に、ホノカは機体を帰艦させながらもう一度ため息をついた。
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鉄腕魔法少女マジ・カヨ
第28話「青春の回顧録」
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【1】
「うーーーん……」
メガネを掛けたまま額に手をあて、唸り声を上げるホノカ。
斜め右の席に座るウィルも、同様の唸り声を漏らしていた。
もしかして、という思いからペンをタブレットの上へと滑らせ、思い違いに手が止まる。
いったん読書用メガネを外して目頭を抑え、再びメガネをかけて問題とにらめっこ。
「ほらほら、5分考えてわからなかったら聞けって言ってるでしょ」
ホノカたちのいる艦内食堂のキッチンから、三角巾とエプロンを身につけた華世が呆れ顔で歩いてきた。
彼女は食堂で勉強するホノカたちを見張りつつ、趣味と手伝いを兼ねた夕飯の仕込みをしているらしい。
芳醇なトマトソースの香りからすると、ミネストローネでも作っているのだろうか。
「では、華世はわかるんですか? この問題……」
「えーっと……分数の割り算なんて簡単でしょ。割る数の分子・分母を上下入れ替えた数を、割られる数の方に掛ければいいのよ」
「ということは……上が4かける3になって、下が5かける2になるから……12分の10」
「約分しなさいよ。まだどっちも偶数でしょ」
「あっ、本当だ……ってことは、6分の5?」
イコールの右に書いた分数を、華世が持つタブレットに表示された「中学一年数学ドリル解答」というデータの記述と見比べる。
そして、彼女はホノカのペンを指から引き抜き、赤ペンモードに切り替えてから回答へとマルをした。
「正解よ」
「やった!」
「でもこれと同じような問題があと19問あるわよ。基本はさっきのでわかっただろうからテキパキ解きなさい」
「華世ぉー……第一次宇宙大戦って何年だっけ?」
やっと一息といった表情だった華世の顔が、ウィルの方へと向きながら引きつられる。
彼が今取り掛かってる教科は、近代宇宙史。
とにかく暗記が必要なタイプの、ホノカにとっても苦手な科目だ。
「第一次が0021年、
「ありがとー!」
二人のやり取りを耳に挟みながら、より難度を増していく分数問題へと取り掛かるホノカ。
負の数が絡み、桁が増え、やがて交じるのは整数と小数。
頭がこんがらがりながらもさっきの要領を思い出し、ひとつ、またひとつと問題をクリアしていく。
(夏休みの宿題……こんなに大変だったなんて)
華世の伝手を借りて、学校らしい学校に初めて通い始めたのが数ヶ月前。
勉強して立派な人間になろうという志は、その学問という壁の厚さに折れかけていた。
そもそもホノカは育った修道院で基本的な算数や読み書きこそ習っていたが、それはあくまでも基礎の基礎。
生活の中の複雑な計算はコンピューター頼みで済んでいても、学習のなかではそうはいかない。
暗算、暗記、予習、復習……。
それらに慣れていなかったホノカは、つい数週間前の期末テストで赤点ギリギリを取りまくったばかりだった。
(このままではいけない……!)
両頬を軽く叩き気合い入れ。
周りの声が聞こえないくらい問題に集中し、一つ一つを丁寧に解く。
そうやって十数分後。
ホノカはついに数学ドリルの最後、分数の割り算を解ききったのだ。
「華世、華世! 解けましたよ!」
「はいはいどれどれ……うん。間違いもないし完璧ね。ひとつくらいケアレスミスするかと思ってたわ」
「同じ失敗は繰り返さないんですよ、私は!」
ホノカは安堵しながらタブレットを操作し、数学ドリルデータを学習済みフォルダへと移動させた。
と、ここで自分の喉が存外に乾いていることに気がついた。
壁際にあるウォーターサーバーに向かおうと、椅子から立ち上がり一歩。
ぐにゃり。
気味の悪い感覚が、足の裏から伝わってきた。
【2】
「ひっ、ひぃぃっ!?」
急に飛び上がり、そのまま足を滑らせて派手に転んだホノカ。
華世は彼女が飛び上がった場所の床に、黒い影のようなものが円形に広がっていることに気がついた。
「……リン」
「踏むなんて、ひどいですわぁぁ」
影がニョキニョキ上へと伸び、人型の輪郭を形成。
そのまま顔から色が浮かび上がり、あっという間にリン・クーロンの姿となった。
「あんたねぇ、悪ふざけするからでしょ」
「こっそり近づく練習でしたのよ! わたくしもいつか、そのような技能が必要になるときが……」
「来ないようにあたしたちがいるってのに。ホノカ、ウィルに見られる前にさっさとその縞パン隠したほうがいいわよ」
「へっ? あっっ!!」
スカートのまま大股開きでひっくり返っていたホノカが、顔を真っ赤にして急いで起き上がりスカートの裾を抑える。
彼女の丸見えになっていた淡い水色の縞模様の下着が隠れた瞬間に、ウィルが少し残念そうな顔をしているのを華世は見落とさなかった。
「仲いいよなぁ、お前らニンゲンはさぁ」
リンの頭頂部から黒い球体が浮かび上がり、表面に浮かんだひとつ目玉がジトッとした目をしながらボヤく。
前回、コロニー・サマーでリンに取り付いたツクモロズ……のフリをしていた擬態生物、レスである。
身体の主導権がリンにあり、彼女自身がレスを許しているため、かつての敵でありながら今はこうやって二人は共生関係にある。
「そりゃどうも。リン、あんたたち訓練とか実験は終わったの?」
「もちろんですわ。思ったとおり、今のわたくしならば宇宙でも水中でも活動できますわ。エアロック内だけですが、実際に試してみましたもの」
「……それで死なれたら困るんだけど」
「僕の擬態能力を舐めちゃいけないよ。外見を維持しながら多種多様な環境への適用なんてチョロい仕事だからね」
得意げな口をきくレス。
とはいえ、彼の言ったことが本当かどうかを確認しろと言ったのは華世である。
護衛対象が頑強になれば、余計な心配を考えずに済むからだ。
そして、その実験にはどれだけレスが従順かというのをチェックする意味もある。
「まあ、とにかくですわ。お二人は宿題、進みましたの?」
「はい。私は今、数学を終わらせました。あと2教科ですね」
「俺は……近代宇宙史があと少しと理科かなぁ」
「まあ宇宙に出てから戦闘続きだったから、仕方ないわよね」
「むしろ俺としては、華世とリンさんが終わってるのが謎なんだけどね」
ウィルの発言に、ホノカが「そうだそうだ」と目で訴える。
別に特別なことをしているわけでもない。
宿題の内容なんて基礎的な上に華世にとっては
その知識自体はいつ知ったのかという謎はあれど、中学生の勉強なんて課題にもならないのが華世だった。
「簡単な問題でしたから、わたくしはササッと解いただけですわ」
「あたしも。あ、話変わるけどホノカ。あんたの水着姿、カズに送っておいたから」
「なっ!!? いいいいつの間に撮ってたのですか!?」
「あんたがビーチで
「華世〜〜〜!!!」
顔を赤くして怒るホノカ。
その姿を横目で見ていたレスの目玉が、ふぅとため息っぽい音を出した。
「わっかんないんだよなぁ」
「何がですの?」
「ニンゲンの色恋っての? 性別が違うだけで怒ったり笑ったりの感じが全然違う。僕にはそういう概念ないからさ」
「でもあんた、男だったじゃない」
「前の肉体はね。器に意識とか引っ張られるんだけど、本質的というか。そういうの訳分かんないんだよね……」
またひとつ、ため息をつくレス。
リンという人間と一緒に生きる中で、彼なりに人間という生き物を知ろうとしているのだろうか。
「あたしとしては、あんたにさっさとツクモロズのことを話してもらいたいんだけどね」
「気が向いたら言うって言ってるだろ。……そうだ、お前たち宿題ってのをやってるってことは学校に通ってるんだよな」
「そうですけれど……」
「じゃあさ、学校で起こったお前たちの色恋的な話を聞かせてくれよ! そしたらツクモロズのこと話してやるから、な!」
「な! って言われてもねぇ……」
立場を考えずに取り引きを持ちかける目玉野郎。
減るものでもないし話すのは構わないのだが、華世はハイと聞き入れるのが少し
「そうですわ! ホノカさんとカズさんの色恋話、聞きたいですわ!」
「ええっ!? 私ですか……?」
「同じクラスにいたのは知ってましたけど、いつの間にか意識しあう仲になってましたもの! わたくしが知らないところで、互いが好きになるキッカケが何かあったのではなくって?」
「別に、その……彼からクリームパン貰ったときにドキッとしましたけど……」
「うわ、チョロっ」
華世の発言にギンッと鋭い睨みを向けるホノカだったが、事実は事実である。
このままでは人間の女は食べ物を貰うと恋に落ちる生き物だと思われかねない。
華世がどうしようかと悩んでいると、ウィルが立ち上がり口を開いた。
「じゃあさ、俺と華世のこと教えてあげようよ」
「あたしたちの? 何かあったっけ?」
「夏休みに入る前のあの出来事。あれから華世、俺に少し優しくなったんだ……!」
優しくしているつもりはないが、その出来事なら覚えている。
やけに自分の感情がコントロールできなくなった、不可思議なあの数日間のことを。
ウィルに話させては変に脚色されそうだったので、華世は自分から話すことに決めた。
初夏に起こった、青春の回顧録を。
【3】
人の手と環境管理システムによって、天気や気候すらも自由にコントロールできるスペース・コロニー。
その中における季節とは、人々が現在という日が一年のどの位置にあるかを忘れないためにあるという。
また、季節の変化による様々な商品の需要の変化。
行楽や行事など、経済面においても季節という存在は大きい。
そういった変化が煩わしい人々のために、様々な社会実験を兼ねた季節固定型コロニーも存在はする。
けれども、やはり人間という生き物は地球の再現環境に喜ぶものであり、30℃を超えた気温に汗を掻く学生たちも幸福なのだろう。たぶん。
「あづいですわ〜〜〜……!!」
暦の上では7月の半ばとなる日。
本格的な夏気候がスタートし始めた頃。
放課後になりクラスメイトが次々と教室を出る中、リンが机の上に倒れ込むようにしつつ文句を吐いた。
「暑い暑いと言っても涼しくなるわけじゃないでしょ、リン」
「そうは言いましても暑いのは暑いんですの! お父様に頼み込んで今年だけ気温を下げてもらいますわ!」
様々な統計と計算の果てに適切な気温が設定されているのに、聞き入られるわけないだろう。
そう思いながら、華世は結衣から投げかけられた話題に耳を傾ける。
「ねーねー、華世ちゃん。どうしてアニメとかの魔法少女って、正体を隠してるんだろうね?」
「そりゃあ……身バレによって身内を人質にされるとか、リスクはいくらでも浮かぶでしょ」
「でも、華世ちゃんたちは堂々と魔法少女できてるよね?」
「バックにアーミィがついてるからね。あんたが知らないところでしっかり彼らがバックアップしてて、あんたたちに危険が降り掛からないようになってるの。感謝しなさいよ?」
「そうだったんだー」
生身で時にツクモロズと戦い、時にキャリーフレームを倒している人間兵器こと魔法少女たち。
ファンタジックな世界から飛び出したかのような存在は、異星人や宇宙生物が
前に雑誌のインタビューを受けたことがある華世であるが、そんな立場にあっても日常を謳歌できるのは理解あるアーミィの人たちのおかげなのだ。
「────ところでですわ」
「何よ、汗かきお嬢様」
「わたくしのことより! 華世、あなたのカレ、いませんけどよろしいですの?」
「カレって。ウィルとはまだそんな関係じゃ……いない?」
半分くらいのクラスメイトがいなくなった教室を見渡す華世。
確かに、その中にいつも居るはずのウィルの姿が見当たらない。
いつもなら一緒に下校し、途中で買った夕食の材料を荷物持ちさせるところなのだが。
「ウィルくんだったら、校門の前にいるよ?」
「本当に? あいつ……何のつも、り?」
開きっぱなしの窓から身を乗り出して、結衣が指し示した方向を見る。
こめかみを軽く叩き、義眼を望遠モードへ移行。
生身の目を手で塞ぎながら、校門の前に立つ夏服の男子へと視界をズームさせていく。
確かにそれは、ウィルその人。
ただ、その彼が手を振った方向は、決して華世の方ではなかった。
「誰よ、あの女……?」
下駄箱の方から駆けてきた少女がひとり、ウィルと合流して頭を下げる。
そのまま何か一言二言と話してから、歩き始める二人。
その様子を見て、華世はなぜかわからないが強い不快感を覚えた。
「おや、おや、おやぁ?」
「あら、あら、あらですわ?」
「何よ二人して気持ち悪い」
ニヤニヤする結衣とリンへと、睨みを利かせる華世。
二人はその視線を意にも介さず、好き勝手なことを言い続ける。
「ウィルくん、モテるからねぇ」
「華世は彼に対して少々どころではなく冷たい態度ですから。そろそろ愛想が尽きたのかもしれませんわよ?」
「でもウィルくん、華世ちゃんに一途じゃなかったっけ?」
「わかりませんわよ? この学校はわたくしを始めレベルの高い女子生徒が多いですもの。目移りが過ぎることも不思議ではありませんわ」
「あーっ、もう!」
華世は不可思議な苛立ちのままに椅子から立ち上がり、義眼で映した映像を携帯電話へと送信。
ウィルの隣にいた女の顔を切り抜き拡大したものを、メッセージアプリでカズへと送信する。
「何してるの?」
「あの女の情報を集めるわよ。何もわからず苛ついてるのもバカバカしいし……!」
※ ※ ※
「……それって、どう聞いてもヤキモチにしか思えないがねぇ?」
「ラドクリフ隊長……!?」
食堂にいつの間にか現れていたラドクリフに、オーバー気味にホノカが驚く。
華世は話を遮られたのと彼が手に持つ皿を見て、無意識に睨みつけた。
「それ、あたしが仕込んだミネストローネでしょ。つまみ食いしないでくれるかしら」
「料理長は良いって言ってくれたぜ? ……この味、昔に知り合いの子が作ってくれた料理と同じだ」
「昔の知り合い?」
ラドクリフの発言に首を突っ込むホノカ。
話の続きはまだかという視線をむけるレスの目玉をよそに、ラドクリフは語りだした。
「何年前だったかね……地球にいた頃に隣にいたアスカって女の子が───」
「あのさぁ。今あたしが昔話してるんだから、回想を被せないでもらえる?」
「っとと……悪いね。それじゃあ、続けて続けて。ジェラシーに駆られた君は、その後どうしたんだい?」
ミネストローネを啜りながら催促をするラドクリフに、華世は呆れのため息をつく。
少しギャラリーが増えたが、とりあえず続きを話すことにした。
「それで、あたしはカズにウィルと一緒にいた女生徒の情報を洗ってもらったのよ。そしたらね────」
【4】
「3年1組の田村蘭子……ねぇ」
カズから電話越しに聞いた名前を、復唱する華世。
上級生だったことには少し驚いたが、口に出して発音してみてもその名前には聞き覚えはない。
『家族構成は両親の他に成人済みの兄がいるッス。他の情報としては成績は並、部活も帰宅部……言い方は悪くなるッスけど、これといって特徴のない女生徒ッスね』
「よく訊いて数分ですらすら情報が出るものね」
『情報屋たるもの身近な人間、特に学校の生徒の情報を持ってるのは当り前ッスよ。なんなら電話番号やメッセージアプリのアカウントでも教えようッスか?』
「結構よ。……ウィルに繋がりそうな情報は無いの?」
『家族関係を洗えば出てくるかもッスが、いわゆる普通の中流家庭って感じッスからねぇ。無駄骨になる可能性のほうが高いかもッスよ?』
「じゃあいいわ。あとはコッチで調べてみるから。ありがとね」
『はいッス〜』
通話を切りながら、携帯電話の画面を切り替える。
画面に表示されるのは、コロニー内の地図。
監視も兼ねてウィルの携帯電話には、華世の端末へと位置情報を送るプログラムを仕込んでいる。
学校でノンビリとカズの情報を待っていたのも、これで後からでも行き先を特定できるからだ。
「それで、後をつけますの?」
「リン……。結衣はともかく、あんたも首つっこむ気?」
「もちろんですわ。予定もなく暇……ゲフンゲフン、このコロニーの防衛の一端を担うコンビにヒビが入るかの瀬戸際ですもの!」
「いいけど……邪魔しないでよね。えっと、あいつの居場所は……」
地図を頼りに学校を出て、街の中を3人で歩く。
たどり着いたのは大通りに面したゲームセンター。
かれこれ一時間ほど、ウィルはその中から移動はしてないようだ。
「ね、ね! 華世ちゃん、フルダイブ型のVRゲームだって!」
「結衣、あんた目的忘れるんじゃないわよ。確かアイツはこの辺に……」
「あそこじゃありませんの?」
リンが指差した先には、確かにゲーム筐体の座席に座ったウィルがいた。
そしてその隣の筐体には、例の女生徒・田村の姿も。
「ゲームセンターデートかな……?」
「ウィルのやつ、そういう趣味だったのかしら?」
「華世、あのゲームはキャリーフレームの操縦シミュレーションも兼ねた対戦ゲームですのよ。パイロットの彼ならやってもおかしくありませんわ」
「なるほどね……」
義眼でズームし、ウィルと田村の二人を交互に見る。
ゲームセンター特有の騒がしさのせいで会話は聞き取れないが、ウィルの表情はいつものおとなしい感じではなく真剣な顔をしていた。
(あんな顔……戦闘中くらいしか見たことないけど)
余裕がないほどよっぽど手強い相手なのだろうか。
真剣そのものな二人はその後も数十分間も筐体から動かず、何度も携帯電話からクレジットを支払いつつ何度もゲームに挑んでいた。
「……ふたりとも、帰りましょ」
「えっ、いいの華世ちゃん? これから映画館とかカフェとか行くかもしれないよ?」
「どのみちデートコースは地図から確認できるし、もう夕暮れ時。帰って夕食の支度もしなくちゃいけないから」
「華世の家はあなたが料理担当でしたわね……。家で彼に直接聞きますの?」
「……まあ、そういうとこ」
とは言ったものの、結局のところ華世は帰宅したウィルに対してこの事については聞けずじまいだった。
帰りが遅くなった理由についても「ちょっと用事がね」とはぐらかし。
食事を終えて夜になっても、最後までウィルに尋ねることすらてきなかった。
いや、尋ねることをためらっていた。
(あいつが他の女になびいて、あたしに何の損があるのかしら。別にあたしはあいつのことなんて何も……)
そう考えてみても、言葉は出ない。
聞くことによって結論が出てしまう。
そのことを、恐れている?
どうして?
なぜ?
華世は自分の中に渦巻く、これまで抱いたこともない感情にただただ困惑していたのだった。
※ ※ ※
「うっわー! めっちゃ若いねー! いかにもなラヴ感情! ねぇお兄ちゃん!」
「ユウナ、俺に聞かれても困るぞ。俺そういう色恋沙汰とか縁がなかったんだから」
「…………またギャラリーが増えてる」
気がつくと、食堂には新たにレオンとユウナの兄妹が現れていた。
結衣みたいに恋バナに目を輝かせる妹と、目を逸らし呆れる兄。
話すのを止めたい感情が浮き上がるも、この話はレスから情報を得るための取引材料。
彼が満足するまでは、話しきらないといけない。
「ふたりとも、しー……ですわ。しー……」
「ゴメンゴメン! 私にもあったなぁ、淡い恋に渦巻く複雑な乙女心……!」
「なに、ユウナ誰に恋い焦がれたことがあるんだ!?」
「言いませんー! いまカレシいないことから察してくださーい!」
「……続きを話していいかしら?」
華世が睨むと、無言で椅子に座るふたり。
このままギャラリーが増え続けるんじゃないかという懸念を抱きながら、華世は再び言葉を
「それから数日間。ウィルの奴ったら田村って子と何度も一緒に下校してたのよ。でも、ふたりが行く場所はいつもゲームセンターだった……」
【5】
来る日も来る日もゲームセンター通いするウィルと田村。
2日目以降は後をつけていなかった華世も、さすがに妙だなと感じ始めた。
けれどもウィルから直接聞くことは叶わないまま、気がつくと終業式が目前になっていた。
「華世ちゃん、あれからどうなったの? ウィルくんの浮気……」
「浮気って、別にあたしとあいつはそんな仲じゃ……」
「ウソ。華世ちゃんあれからため息増えたよ?
「う……」
やや主観や妄想が入る結衣の色恋関係の野次とはいえ、正論を突きつけられた華世は言葉に詰まった。
確かにあの日を境にして、気分がやや落ち込み気味な毎日。
2度ほど料理の手順を間違えかけたり、教材を忘れ物したり。
平常ではありえないミスをここ数日で華世は連発していた。
「いいの? このまま、ウィルくんが華世ちゃんの側からいなくなっても!」
「あいつの家はあたしの家だし、居なくなりゃしない……」
「違うよ、気持ちの問題! 好き……まで行かなくても、華世ちゃんはウィルくんのことが気になるんでしょ!」
「…………」
ちらり、と携帯電話に表示された地図に目をやる。
今日もウィルは放課後すぐにゲームセンターへ直行。
いつものように、田村とふたりであのゲームに興じているのだろう。
気持ちの問題……結衣はそう言った。
ウィルは、あの無人島の一件から華世に対して好意を抱いている。
それはわかっていた。
最初こそ、アーミィに属しない頼れるパイロットが雇えるなら……という理由。
もちろん、命を救ってくれた恩返しの意味も混じってはいる。
素性のしれないウィルについて詮索せず、学校に通わせ、ともに戦ってきた。
いつからか、向けられ続ける好意に「悪くない」と思うようになった。
異性から好意を向けられたことは何度もある。
同級生から、年上から、あるときは後輩から。
ナンパだったり、告白だったり、ラブレターだったり。
方法は様々だったが、そのすべてを華世は断っていた。
余計な人間関係を増やしたくないから。
男女の付き合いが、面倒くさかったから。
ウィルもその有象無象のひとつである……はずだった。
だけども彼は、いつも華世の側にいた。
側にいて、声をかけてくれ、心配してくれ、危機に陥れば助けてくれた。
────華世のおかげで俺、すっごい幸せなんだ。
屈託のない笑顔で言った、嘘偽りのない心からの感謝の意。
自分の幸せなんて……と自己犠牲に走り続けてきた華世にとって、その言葉は一種の救いだったかもしれない。
そんな彼の心がいま、華世から離れつつある。
素直に嫌、とは表現できない。
あえて言葉で表すなら、居心地の悪さ。
ウィルが他の異性といることに、その心が別の人間へと向けられていることに。
なんとも言えない居心地の悪さを感じていた。
「華世ちゃん、ウィルくん達……移動してるよ!」
「あ……」
結衣に言われて確認すると、まだいつもの帰り時間じゃないのにウィルの位置を示す光点が移動を始めていた。
その方向は、結衣がやたらとデートスポットだと連呼していた川沿いの公園。
「華世ちゃん……行こう!」
「え、ええ……」
結衣に促されるままに、学校を飛び出す華世。
全速力で走り、向かうはウィルのいる公園。
幸いにも学校とゲームセンターを挟む位置にあるその場所へ、華世は十分もかからずに到着した。
そして空が夕焼け色になる中に、ウィルの姿を見つけた。
平日だからか、人のいない静まり返った空間。
近くの屋台で買ったのか、透明なパックに入ったタコ焼きを手に持つふたり。
ベンチに座った男女の会話が、耳を澄ますと聞こえてくる。
「ウィルくん、今日の私……どうだった?」
「いいスジしてると思うよ。こんな短期間でここまで来るなんて、なかなかないと思うよ」
彼らの近くの木の裏から、盗み聞きをする華世。
遅れてやってきた息を切らす結衣の口を手で塞ぎつつ、その会話の続きに耳を傾ける。
「あのゲームで〈ザニック〉が操縦できたなら、本物の〈ザンク〉も操縦できるはずだよ。君が操縦を学ぶのって、兄さんのために……だったっけ」
「そう……兄さんはアーミィに入って、頑張ってる。だから私も、兄さんと一緒に戦えるように、キャリーフレームに乗れるようになりたかった。知られたら絶対に止められるから、コッソリしなきゃいけなかったけどね」
(ウィルは、あの子にキャリーフレームの操縦を教えていた……?)
思ってもいなかった理由に、無意識に目を見開く華世。
とはいえまだ、二人の関係が全て明らかになったわけではない。
引き続き隠れたまま、華世は盗み聞きを続行する。
「……ウィルくんって、すごくカッコいいよね」
「え、俺が……?」
「私の後輩の子も何人か、君の噂してたのよ。ミステリアスだけど優しくて、誰かがピンチになると助けてくれるヒーローのような転校生がいるって」
「俺って、そんな目で見られてたのか……」
「一緒にいて、後輩たちの言ってることわかった。同級生の誰よりも、君ってカッコいい」
ベタ褒めされ、照れ顔のウィル。
そんな彼へと頬を赤らめた顔を向ける田村。
発言とその仕草から、田村がウィルへと好意を向けているのは、火を見るより明らかだ。
「君がよかったらだけど……その。教えるのが終わっても、私と……」
「それって……もしかして告……白ってやつ?」
ウィルの問いかけに、意を決した顔で深く頷く田村。
一方のウィルはポリポリと、バツの悪い顔で頭を掻いていた。
「一緒にいて、楽しかったの! 今までで一番充実してた……! この日々がずっと続くなら、私……」
「……ゴメン。それは、受けられないんだ」
真面目な顔で答えるウィル。
その言葉に、華世の中のモヤみたいな感情が、すっと少しだけ晴れていく。
「俺、裏切れない
「もしかしてその子って……例の、葉月さん?」
「うん。あの子は俺のこと、歯牙にもかけてないかもしれない。けど……守るって決めたんだ。そしていつか、振り向いて貰えたらって……」
ウィルの言葉。
その一言一句が華世の心に染み渡っていく。
脆そうな、という形容には引っかかりを覚えはする。
しかしウィルはまっすぐに、華世を想っていた。
「やっぱりかぁ、そうだよねー……。カノジョ、いないはずないよねぇ……あはは」
川の方へと顔を向けながら、伸びをしつつ諦めたような声を出す田村。
彼女の声色からは、フラれるとわかっていたけど、ワンチャンスを求めた行動が空振りに終わった……という気持ちが感じ取れる。
「失恋は苦い味……って後輩から聞いてたけど。たしかにこれは、効くなぁ……」
「その……ゴメン……」
「いいのいいの。私らまだ中学生だし、人生まだまだ長いから。でも、羨ましいな葉月さん」
「華世が?」
「君のような男の子に、ここまで想ってもらえるなんて。それほど魅力的なのね、彼女」
「魅力的……そうだね。すごく魅力的なんだ。涙を見せない強さに、友達や家族を思う優しさ。それに……」
「それに?」
聞いててこっ恥ずかしくなる褒め言葉の数々に顔が熱くなっている華世は、まだ来るのかと身構えた。
本人に聞かれていると知らずに、ウィルは笑顔で田村へと言葉を続ける。
「たまに向けてくれる笑顔が、すごく心に来るんだよ。この子のために頑張ってよかったと、心から思えるくらいに!」
「たはーっ! のろけるねーー! もうお姉さん完敗! 悪かったね、お熱いカップルに水を差しちゃって……」
「いや、華世だったらきっと……俺を信じてくれてるはずだよ。俺は絶対に、華世を裏切ったりしない、って」
その言葉が、華世に突き刺さった。
いま華世がここにいる理由、それはウィルへの不信が極致に至ったため。
彼自身も、華世にこのことを秘密にしてはいた。
けれどもやり取りを聞く限りは、口外したくない田村の事情があり、ウィルもそれを守ったに過ぎない。
(あたしって……嫌な女)
一途で一筋な人間だとわかっていたはずなのに。
まっすぐ過ぎるウィルの輝きに、後ろめたさを感じる華世。
いつもの冷静さを欠いた華世は、ただただ暗い気持ちのまま帰路についた。
家に戻ればウィルが帰ってくると、わかりながら。
どんな顔をして彼に会えばいいのか、それだけを考えていた。
【6】
「それで、どうなったのだ? そこから二人の仲が進展する流れが来るのだろう?」
「……艦長まで来るなんてね」
回想が一息ついたときに増えていたギャラリー、その中についに遠坂艦長まで入ってきた。
優秀な人材を束ねる敏腕艦長も、人間としては若い女。
いわゆる恋バナというものに、興味が惹かれるのだろうか。
「艦長席を離れてもいいの? まだもうちょっとかかるわよ?」
「夕食を食べる時間くらい席を外していても問題はない。緊急があればその時は到着まで副長が保たせる」
「すごい信頼関係ね」
「カドラとは長い付き合いだからな」
照れることもなく言ってのける艦長。
遠坂艦長と副艦長カドラが男女の仲である、というのは艦内クルーには公然の事実だ。
聞いた話だと十年前の黄金戦役のときから既に親交があったらしいふたり。
それが本当なら遠坂艦長が11歳……つまりは小学生のときから付き合いがあることになる。
もちろんカドラ本人も若かったのだろうが、それでも外見だけで10ほど歳の開きがある。
そんなカドラが陰口で「ロリコン」と呼ばれても堂々としているのは、かえって清々しい。
「それで、君たちはそれからどうなった?」
「えっと。俺が夕食を食べ終わったあとに、華世の様子が変だったから部屋を訪ねたんだ」
「ウィル、あんたが喋ると何いいだすかわからないからあたしが。それで、その日の夜────」
※ ※ ※
「ねえ、華世……少しいいかい?」
コンコンとノックをしてから扉越しに響く、ウィルの声。
明らかに心配するような声色の問いかけに、華世は「いいわよ」と言いながら自己嫌悪した。
「華世……大丈夫かい? ずっと元気がなさそうだけど……」
「……あんたって、優しいのよね」
「え?」
「今日……見ちゃったの。あんたと田村が一緒にいるところ」
華世の言葉にウィルは慌てるわけでも言い訳を並べるわけでもなく、ちょっと顔を赤らめて視線をそらした。
その仕草が示すのは、他の女生徒と一緒にいたのがバレたという焦りではなく、彼女にした惚気話を聞かれたかもという羞恥心。
「その……あの会話を聞いちゃってたり?」
「ええ……一通り聞いたわ。あんたがどれほど、あたしを信頼しているかって」
「華世……」
「あたしは、あんたのことを信じきれなかった。他の女に
「華世は悪くないよ。俺だって、黙って田村さんの練習に付き合ってたのは事実だ」
「……そういうとこ。本当に優しいのよねぇ、あんたって」
はぁ、とため息がこぼれる華世。
華世に落ち度があるのに、あくまでも責任は自分だと言って聞かない。
そういう自己犠牲の精神は、ウィルが他の女子たちからモテる理由のひとつだ。
「でも……嬉しいな」
「何がよ? あたしはあんたを疑ったってのに」
「いや、華世が俺をそこまで気にかけてくれるのが嬉しいなって。何でもないような男相手だったら、君はここまで落ち込まないだろう?」
「……そうね。そうよね」
何でもない相手、というのからはとうに離れている。
けれども華世には恋愛感情というものが理解ができない。
異性間の好きだ嫌いだがどういう感覚で、どのような心の働きかけをするのか。
それがわからないため、華世にはウィルに対してどういった対応をすればいいのかわからなかった。
「正直……本当に俺が華世を惚れさせられるかって、不安だったんだ。ほら、いつも華世に助けられてばかりだしさ……」
「これが惚れなのかはわからないわよ。でも、そうね……今日のことで少しあんたへの認識が改まった。これを惚れだというのなら、少し進歩したのかもしれないわね」
「俺、頑張るよ。いつかきっと、君から『好き』の言葉を言わせてみせる! だから、それまで……俺を信じて待っていてくれ」
「……わかったわ、待ってる。あんたがもっとあたしの中の認識を何度も改めたら……その時は応えてあげるわよ。……その前にっ!」
華世は机の上にあるチョコレートの空き箱を、扉の隙間へとまっすぐに投げ込んだ。
直後にスコーンという子気味いい衝突音とともに響くのは、「あひんっ!?」というミイナの声。
「ひどいですお嬢様ー……」
「除き見してるやつの言うことじゃないわよ。……まあ盗み聞きっていうことに関してはあたしも偉いこと言える立場じゃないけどね」
「私だって、私だってお嬢様に好きって言ってもらいたいですー! ウィルさん、その場面になったら録音しててくださいね! 私、何度もリピートで聞き続けますから!」
「えっ? ろ……録音!?」
「ウィル、こいつのアホ話に付きあわなくていいわよ。ほら、解散解散!」
半ば強引に追い出すようにして、二人を部屋から退出させる華世。
けれども、その心の中は澄み切った水のように晴れやかになっていた。
(期待してるわよ、ウィル。あんたが……どれだけあたしの感情をかき乱してくれるのか)
【7】
「……というわけで、その時からあたしはウィルへの認識を少し改めたの。おしまい」
「すごく感動的ないいお話ですわ〜〜〜!!」
落ち着き払っている傭兵団クルーたちを尻目に、ややオーバーに感嘆の声をあげるリン。
その反応に面食らっているのか、話を聞きたがっていたレスの目玉が、少し呆れているようにも見えた。
「リン、あんた半分までは関係者だったじゃない」
「最後の日のとき、わたくし暑さにやられて早退していましたもの! だから結果は今はじめて聞きましたの!」
「気づかなかった……。それで目玉野郎、これで満足かしら?」
そもそも今回の話をするきっかけは、レスが人間の色恋について聞きたい……というのが始まりだった。
今は擬態能力をリンに取られ、彼女の身体に間借りしている形の人造生命体。
かれはアホ毛みたいに頭頂部から飛び出した目玉姿を、頷くように縦に動かした。
「やっぱ面白いな、ニンゲンってやつは。相手の性別が違うだけで、鉄面皮だと思ってた女のこうも感情が揺れ動きまくるものなんてさ」
「誰が鉄面皮よ。それで、あたしは取引材料を出したわ。話してもらうわよ、ツクモロズのこと」
「……わかったよ」
観念したかのように目を閉じるレス。
これまで謎のベールに包まれていた、組織としてのツクモロズ。
その謎がようやく、少しだけでも明らかになる。
「鉤爪たちは、ツクモロズという集団について……どこまで知ってるんだい?」
「どこまで……ねえ。モノに意思を宿らせ暴れさせることで、人間社会に混乱を招こうとする連中……って認識よ。あんたとか爺さんとか三度笠とか、ボスキャラみたいに強いのか何人かいるのはわかってるけど」
これまで華世が経験してきたツクモロズとの戦い。
その中で明確に「仕留めそこねた」と認識しているのがその3人である。
「バトウにセキバクのことだね。確かにアイツらは
「女?」
「僕自身はそいつの能力だとか強さは見たことないんだけど、他のツクモロズ全部がその言葉に言い従うくらいの存在さ。恐ろしい何かでも持ってるのか知らないけど、あいつ以上に偉いツクモロズはいなかった。君たちの言葉を借りるなら、ラスボスって言葉が似合うかもね」
ここに来て初めて出てくる名称、ツクモロズ首領ザナミ。
レスの言うことが本当ならば、ツクモロズとの戦いで最後に相対する存在になるだろう。
「レス、つまりですわね。ツクモロズというのは一人のリーダーが支配する、トップダウン式の組織ということですの?」
「リンは賢いね。ザナミの命令を聞いて、僕とかセキバクとかがいろんな作戦を考えて実行する。そういう構造だったよ」
トップがひとり、というのはある意味では救いである。
司令塔となる絶対的なリーダーは、イコール組織のアキレス腱となる。
何も正面から彼らの流儀に乗らずとも、居場所のわかったトップを暗殺さえできれば、一気に人類側は優位に立てるだろう。
暗殺が通用するような存在なのか、という問題は置いておいて。
「質問いいかしら、レス?」
「何だい鉤爪」
「単刀直入に聞くけど、ツクモロズの本拠地……言い換えればそのザナミの居城がどこにあるか、教えてくれない?」
「それは……無理だね。恥ずかしながら僕、その場所を知らないんだ」
「知らない? あんたザナミって女に何度も会ってるんでしょう?」
「確かに会ってるし、基地の中に何度も出入りもしてた」
「じゃあ……」
「実は言うと僕、いやツクモロズたちはドアトゥ粒子という物質の力を借りて基地と目的地を行き来してたんだ」
「ドアトゥ粒子……?」
「……その名がツクモロズから聞けるとは思わなかったな」
単語に驚き、反応したのは意外な人物。
遠坂艦長が神妙な面持ちで立ち上がり、その粒子についての説明を始めた。
「ドアトゥ粒子とは、散布領域内の物質を任意の場所へと転移。平たく言えばワープさせることのできる……地球外物質だ」
「地球外物質? 艦長さん、そんな便利なものがあるなら、どうして移動手段として普及してないのかしら」
「私も又聞きなので真偽は保証できないが……転移に使う亜空間、これが整備をし続けないと縮小していくものらしい」
「なるほど、わかりましたわ。つまりはそのトンネルのようなものを誰も整備していなかったというわけですわね」
「そうだ。昔はキャリーフレーム数機くらいは余裕で転移させれたんだが、空間の整備技術が地球には存在しない故に……今は」
「……人間大の存在くらいしかワープできないということね」
失伝による技術の消失、というのは珍しい話ではない。
後継者の不在、唯一の知識人が
それが地球外物質によるテクノロジーなら、なおさらあり得る話だ。
「ドアトゥ粒子による移動は、転移する者ひとりが思い浮かべた行き先の風景のイメージによって行うことができるんだけど……」
「連れてこられた基地の内装はわかるけど、その施設を外から見たことはないというわけね」
一言一句、レスの発言に注意はしている華世。
リンと一体化したとはいえ、かつて敵だった存在を信用し切るには時間が足りない。
「僕は身体構造を作り変えれば粒子の生成自体はできる。だからもっぱらツクモロズからは移動手段みたいな扱いをされてたよ」
「今もできるの?」
「鉤爪……まさか、ツクモロズの本拠地に殴り込むつもりじゃないだろうね?」
「違うわよ。数人程度だとしても、知った場所に移動できるなら行動の幅が広がるからね」
華世の返答を聞いて、少し黙るレス。
数秒の重い空気を生み出した黒目玉は、ため息のような音を漏らした。
「僕の記憶を一部、リンに渡せば不可能ではないよ」
「その口調……嫌そうね」
「記憶を他人に渡すのは、抵抗があるからね。自分の言えない秘密……それを他人に知られるのは嫌だろう?」
彼の言うことは、筋が通っている。
誰だって秘密を他人に暴露するのは抵抗があるし、暴露されるのも困るだろう。
「……なぁ? レッド・ジャケット総帥ハルバート・エストックの息子。ウィリアム・エストック」
「え……!?」
今まさに、レスがウィルに行ったことのように。
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登場戦士・マシン紹介No.28
【ザニック】
全高:不明
重量:不明
キャリーフレーム同士の戦いを体感できる対戦ゲーム「フレームファイターⅩ8」に登場する架空キャリーフレーム。
ゲームそのものは操縦シミュレーターの代わりになるほど出来がよく、実際に操縦資格を取る前にプレイを推奨されているほど。
この機体はJIO社製キャリーフレーム・ザンクと同じ操縦感となっているが、デザインは大きく異なっている。
これは、ザンクの開発元であるJIO社がゲームなどにおける実在機体の登場に高額のライセンス料を取っているためである。
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【次回予告】
暴露されるウィルの出生。
コロニー・オータムを前に決戦の構えを取るドラクル隊。
困惑を抱えながらも、見知った相手との戦いに少年少女は向かってゆく。
次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第29話「向かい合う者たち」
────皮肉な運命は、若者たちを闇へ誘う。
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