第29話「向かい合う者たち」
「……ジャヴ・エリン。お前の数々の失態は私の耳にも届いている」
「はっ……」
重苦しい空気のよどむ一人きりの通信室の中。
ジャヴ・エリンへとモニター越しに厳しい言葉を浴びせるのは、無精ヒゲが目立つ強面の男。
傭兵団レッド・ジャケットの中で、権力・実力ともに最も力を持つ男である。
失態というのはコロニー・クーロンより発進し、四季を司るコロニーを巡るネメシス傭兵団の旗艦・戦艦〈アルテミス〉を取り逃がし続けていることだ。
太陽系内でも僅かな数しか運用されていないネメシス級戦艦。
その兵装に使われているテクノロジーの中には、公になっていない秘匿技術が多数あるとされている。
1隻の戦艦という、軍団という単位で見れば小規模のネメシス傭兵団。
それがレッド・ジャケットと並ぶ存在に語られるのも、希少戦艦による戦力が大きいのも理由の一つだろう。
それ故に、艦船を拿捕することはレッド・ジャケットのこれからの為にも大きなウェイトを占める作戦だった。
だが……。
「優秀な隊員を派遣し、クレッセント社から秘密裏に譲渡された最新機も複数あたえてやった。それなのにお前は、捕らえた捕虜を活かせず貴重な機体を奪われ、挙句の果てに未だに何の成果も上がっていないではないか」
「あれは……フルーレ・フルーラの奴めが勝手な行動を起こしたばかりに……!」
「言い訳は無用だ。オペレーション・ブラックヒストリーの実行までもはや猶予は無い。その地位が惜しくば、結果をもって我々に誠意を示すことだ。よいな?」
低い威圧感のある声が、二重、三重にも圧をかける。
それに対してジャヴ・エリンが言える言葉は1つだけであった。
「仰せのままに……、ハルバート・エストック総帥閣下……!」
◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■
鉄腕魔法少女マジ・カヨ
第29話「向かい合う者たち」
◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■
【1】
「何よ、エリンのくせに気難しい顔しちゃってさ」
「フルーレ・フルーラ……!」
艦内の格納庫に足を踏み入れた途端に投げかけられた言葉に、ジャヴ・エリンは思わず拳を震わせた。
目の前で顔の右に垂れる、若草色で片側だけのおさげを揺らすこの女。
彼女の勝手な行動がひいてはエリンの地位の危機につながる現状を引き起こしたとして、怒りを顕にしかけていた。
しかし、その背後にスポンサーであり協力者であるオリヴァーがいれば、怒りに身を任せて拳を振り上げることはできない。
(どうせ喧嘩を売っても、この女には勝てっこないんだ……!)
そう言い聞かせつつ大きく深呼吸をする。
そういった感情の起伏に反応したのか、オリヴァーが連れる瓜二つである二人の少女が険しい顔をした。
表情が変わったのはその二人だけではない。
怯えるような表情で後ろに下がる少女ラヤと、その子を守るように前に出る少年ミオス。
ここに集合した少年少女たちが、今エリンが動かせる戦力は全てだった。
(たかが少数傭兵団と侮っていたが……)
エリンの脳内で始まるのは、自分への言い訳会議。
ネメシス傭兵団は黄金戦役で目覚ましい活躍をしたという歴史はあれど、主要メンバーの多くがその後に脱退したと聞いていた。
その穴埋めをするような
しかし、結果を鑑みれば不甲斐なかったのは自分の勢力。
よりによってアーミィを牽制するために戦力が別れている今に……大幅に1部隊あたりの戦力が削られている状況に、片手間でこのような作戦をさせるとは。
補充といっても動かせない欠陥機に、言うことを聞かないじゃじゃ馬娘。
それから年端もない女、子どもだと?
馬鹿げている。
実に馬鹿げている。
これは上層部による陰謀なのだ。
エリンという有能な若者が台頭しないよう、わざと失敗するような作戦を命じているのだ。
だが、それを跳ね除けて成功すれば?
心の裏にひた隠した嫉妬や恐れは表面上には現れない。
しかし、過酷な作戦の成功という確かな事実は表に出ざるを得ない。
(こんなことで、僕の出世街道を絶たれてなるものか……!)
必死になって知恵を絞るエリン。
強く握り震える手をポケットに隠し、作戦を考える。
ジャリ……と手が触れた何かがこすれる音を出す。
その瞬間、この戦艦のいる位置と動かせる戦力、そこから導き出される完璧な作戦が脳内へと展開される。
「……どうしたの? ニヤけながら黙ってるのなんて気持ち悪ーい」
「ハハ、いや、ねぇフフフ。今、最高の作戦を君たちに聞かせたくてウズウズしてたんだよ……!」
ドラクル隊二番隊の隊長としての座を守るための作戦を、エリンは意気揚々と語った。
(見てろよ、ハルバート・エストック総帥……!)
※ ※ ※
「……なぁ? レッド・ジャケット総帥ハルバート・エストックの息子。ウィリアム・エストック」
「え……!?」
不意に放たれたレスの言葉に絶句するウィル。
凍りついたのは秘密を暴露された本人だけではない。
華世の話す思い出語りを聞きに来ていた、戦艦〈アルテミス〉の大半のクルーが、とつぜん明かされたウィルの秘密に言葉を失っていた。
「……あれ? もしかしてまだ秘密だった? てっきりバレてるかと思ってたよ」
「レ、レス……どうしてそれを」
「どうしてって、そりゃあ……」
「……わたくしが、知っていたから。ですわね」
こわばるウィルの視線が、リンの頭頂部の目玉からリン本人の顔へと動く。
彼に怯えた瞳を向けられた彼女は、勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさい……! わたくし、どうしてもあなたの出自が気になってしまって、身辺調査を勝手にしてましたの……」
「僕がまだこの身体の主導権を持ってたときにその記憶に触れてね。……いやぁ、悪いことしちゃったね」
反省しているのかしてないのか、微妙な態度で謝罪するレス。
一方で、涙ぐんだ目で必死に頭を下げるリン。
いたたまれない状況に、華世はリンの頭を掴んで無理やり上げさせた。
「……あたしも、あんたがレッド・ジャケットの人間だって薄々感じてたからね。まあ組織のトップの御曹司サマとまでは思ってなかったけど」
「華世、俺……その……」
「……今更あんたが内通者だとか疑ってないわよ。この前、基地であたしを助けるためにあんたがレッド・ジャケットを敵に回してたこと、忘れてないから。ただ……」
明らかになってしまった以上は、説明責任が生じる。
総帥の息子ともなれば、事情の深さが段違いだ。
「あたしと出会うまでに何があったか、話してもらうわよ。ウィル」
「…………うん」
ウィルが神妙な面持ちのまま顔を上げ、覚悟を決める。
周りもそれに合わせて沈黙し、食堂全体がしんと静まり返る。
「俺は……うっ!?」
しかし、その言葉は突然起こった振動によって切られてしまった。
警報が鳴り証明が緊急事態を告げる赤色を灯す中、冷静に遠坂艦長が端末を耳に当てる。
「どうした、何があった? ……なに? 要塞砲だと?」
「艦長、いったい何が……?」
「副長によれば現在、当艦は要塞兵器級の攻撃を受けている。総員、第二種戦闘配備につけ!」
【2】
戦闘配備命令に従い、パイロットスーツを着込んだウィルがコックピットに腰を下ろす。
その横の狭い空間へと体を滑り込ませた華世は、通信越しに聞こえる艦長の声に耳を傾けた。
『現在、前方5キロ先の地点から当艦は砲撃を受けている。その砲撃の発射地点と見られる位置の望遠画像がこれだ』
ブォン、という音とともにコンソールへと表示される一枚の写真。
そこに写っていたのは、端に金星の曲面が映る黒い宇宙の中に浮かんだ、ひとつの建造物だった。
立方体を集めて重ねたような、ゴツゴツとした輪郭。
その表面から伸びるのは大小さまざまな幾多もの砲身。
その中でもひときわ大きいものは、まるで腕にも見える細長いユニットの先から伸びていた。
腕だけではない。
注視すれば輪郭を帯びてくる全体の形状。
巨大な要塞のはずであるそれは、まるで巨大なロボット……いや、人型をしていた。
『ここ数日間の情報に、あの施設に該当する情報は無かった。つまりあの要塞は、突然あらわれ人型をとったものとみられる。そのような現象が起きる理由は、1つしか考えられない』
「……ツクモロズね」
ツクモロズは、魔法の力だかなんだか知らないが、周囲の物体を吸収し人型を取ろうとする傾向がある。
元から人型のキャリーフレームがツクモロズ化した場合はコックピット部にコアが形成されるのみだが、他の物体が依代になった場合は違う。
『あの要塞のツクモロズ化が自然か人為的かは不明だ。しかし、航路の安全と当艦の目標達成のために、無視することは不可能と判断した。そこで────』
表示される部隊表。
ラドクリフを隊長に、ウィル、ホノカ、レオン、クリスを入れた高性能機による精鋭部隊。
これまでの戦いで何度も実績を出した者たちが、リストに並んでいた。
『当艦と
要するに、少数精鋭で内部に入り込んでの急所の破壊。
それによる速やかな要塞の無力化が、ウィル達に課せられた任務だった。
どんなに大きなツクモロズだとしても、心臓たる
相手がツクモロズということで、華世もウィル機に同乗する形で作戦に参加することになった。
ウィルが操縦する〈ニルファ・リンネ〉が発進カタパルトへと足を乗せる。
すでに次々と
格納庫ハッチの外では、既に無数の光線が交差し、要塞の攻撃を引きつけている。
「怖い……わけないよね、華世は」
「当たり前でしょ。足役、しっかりやんなさいよ」
「もちろんさ……」
『ようし、いいか嬢ちゃん坊っちゃんたち。決して油断はするなよ……! ラドクリフ隊、発進!』
ラドクリフの声とともにカタパルトが火を吹き、ウィルの機体が前方へと投げ出される。
目標は、要塞級ツクモロズ。
その方向へ向けて、〈ニルファ・リンネ〉はバーニアを全開に噴射した。
モニター越しに見える宇宙の風景。
向かって右手に金星の曲面が映る中、放たれた光線のいくつかがそばを通り過ぎていく。
けれども数秒もすればその数は減り、やがて散発的な細かいビーム程度しか放たれなくなってきた。
「艦長たちの陽動、うまくいってるみたいだ」
「要塞級といってもツクモロズなら、驚異の大小で優先順位つけるでしょうね」
周囲で速度を合わせて進んでいる、ホノカたちの機体を横目に華世は呟く。
ツクモロズには知能の差異はあれど、総じて生き物としての習性は表れていた。
そこで、要塞から見て小さくとも戦艦が激しい攻撃を仕掛けていれば、注意は自然とそちらへ向く。
砲撃も敵を近づけさせないというよりは、威嚇や追い払いの意味合いが強いだろう。
だから攻撃せずに近づいているラドクリフ隊に、要塞級ツクモロズは攻撃をあまりしないのだ。
「……ウィル、操縦しながらで良いから、続きを聞かせなさいよ」
「続き?」
「あんたがレッド・ジャケットの総統の息子って話。後でみんなに話すときに、あたしがフォローしてあげるからさ」
「うん……」
遠くの要塞が徐々に大きく見えてくる中、ウィルが暗い声色で返事をする。
孤立無援より、信頼できる仲間に先に事情を知ってもらいたい。
秘密を抱える者としては、ひとつ肩の荷を降ろすためにも欲しいアプローチだ。
決して狙ったわけではないが、ウィルはおとなしく口を開いた。
「俺は……俺の本当の名はウィリアム・エストック。聞いたように、父さんはレッド・ジャケットを統べる総統だ」
「……そうね」
「物心がついた時から俺は、傭兵として戦うための技術を教え込まれていた。といっても戦い一辺倒じゃなくて、最低限の社会勉強とかもさせられてたけど」
「……そうよね。じゃなきゃ、他人を見れば敵か味方かって騒ぐようなやつになりかねないわ。それで?」
華世の相槌に、少しずつウィルの語りが軽やかになっていく。
ウィル本人の気持ちが固まったのは一年前。
能力強化のためにグラフト手術を行ったときだった。
「……
「脳に別の人間の脳細胞を埋め込むことで、脳細胞から経験を得る手術……らしいよ」
「それって……まるで人間の改造じゃない」
「経験の薄い子供でも、高い能力を発揮できるようにする技術……俺はそう教えられてた。けど、その手術には副作用があったんだ」
副作用、それは埋め込まれた脳細胞が持つ記憶が脳へと流れ込むこと。
手術後のウィルの中へと、激しい戦いの記憶が流れ込んだのだった。
キャリーフレームで生身の人間を殺す感触。
焼け焦げる人間の匂い、響く悲鳴、耳をふさぎたくなる無数の断末魔。
リアルな戦場の記憶は少年を恐怖に駆り立てるのに十分すぎた。
戦いの道具として使われることを恐れたウィルは、半ば衝動的に機体を奪って脱走。
コロニー・ネイチャーの無人島へと流れ着き、そこでひとり生活を始めた……。
「なるほどね。それから1年くらい経って、あたしが漂着したと。でもあのとき、ツクモロズ相手に戦えてたじゃない」
「一人でいる間に、色々考えてたんだ。自分には戦う力がある……その力をどうしたらいいんだろうって。そして、君が現れた。あの島でツクモロズが現れたとき、俺は君を守るためにその力を使おうって思ったんだ」
「そう……だったのね」
ウィルの話を聞きながら、華世はウィルが言っていたグラフト手術について考えていた。
他者の経験を吸収し、記憶が引き継がれることがあるという人体改造。
それはまるで知らないはずのことを知り、子供の身で並の人以上の能力を持つ自分に対する辻褄の合う説明ではないか。
ウィル本人が人為的な手段で高い能力を与えられていたのも驚いた。
けれどもそれ以上に、自分の謎の一つにつながる情報に、華世は思考を割かされていた。
「……とにかく、事情はわかったわ。これであんたがその事で不利になりそうになったら、フォローしてあげられる」
「ありがとう、華世……むっ? 高熱源反応!?」
唐突にウィルが叫んだと同時に、正面から巨大なビームが接近する。
とっさの変形とキリモミ回転により回避に成功したものの、そのビームの一撃は部隊の陣形をバラバラに引き裂いた。
【3】
陣形を切り裂くように放たれた巨大ビーム。
間一髪で回避した部隊の面々であったが、直後に合流を阻むかのように激しい対空砲火が飛び始める。
これによって突撃隊の全員が光弾の飛び交う状態を脱するために、無理やり要塞に張り付くことを余儀なくされた。
要塞表面のハッチのような空間に飛び込んだ〈ニルファ・リンネ〉の中で、一息つくウィル。
そして数秒の後、味方機から通信が入った。
『こちらラドクリフ! 各機、現状報告!』
『ホノカ機、要塞内に突入しました! えっと……レーダーによると隊長と近い場所です!』
『こちらレオン機、近くにいるのは……〈ニルファ・リンネ〉か』
『えーん、こちらクリス機……周りに誰もいませーん! 一人ぼっちですー!!』
「こちらウィル機、レオンさんと合流すれば良さそうですね」
散り散りにはなったものの、クリス以外はペアを組める形で味方機の近くに到着したようだ。
外は激しい対空砲火の嵐ゆえ、外を通って全員合流……という手は使えそうもない。
『全員無事なら話が早い。これからそれぞれのチームで要塞内を探索。目標であるコアの破壊に務めろ!』
『ちょっと、私一人なんですけどー! ウィルきゅんと一緒に居たーい!』
『屋内で機敏に動けるその機体なら、逃げるくらいはできるだろ。接敵しても戦闘を避けて味方機との合流を目指せ。敵に聞かれる恐れがあるから、目標達成まで遠距離通信は控えろよ、以上!』
『はーい……!』
不服そうなクリスの声で閉じられる回線。
レーダーのレオン機を表す光点がこちらに向けて動き出したのを見て、要塞内部へと目を向ける。
無機質なタイル張りの白い通路。
その先には、キャリーフレームが激しく動いても問題なさそうな広大な空間。
ツクモロズによって人型に変異したとはいえ、要塞としては妙な構造に思わず華世は首を傾げた。
「華世、どうしたんだい?」
「このツクモロズ要塞……元となった建造物は何なのかしら。何かしらの宇宙施設があったとしたら、艦長が攻撃を受けるまでなんの注意も払ってなかったのはおかしいわ」
「確かに……それに、要塞にしては綺麗すぎるというか、何だろう。違和感があるよね」
綺麗すぎる、というウィルの言葉で少し腑に落ちる華世。
ここには、あまりにも中に何もなさすぎるのだ。
通常であれば要塞を動かす人の為の設備、例えば人間用の通用口や空調のためのダクトなどがあるはずだ。
けれどもこの要塞内にはそれらしいものは一切なく、言うなれば利用することが考えられていないハコ。
外面だけを作って中身のない空箱のような印象を受けた。
「中身のないハコ……確かに。華世の言葉を聞くと、ここって最低限の構造を維持するための通路と柱だけで構成されてるって感じるね」
『なんでそうかまではわからんがな。ウィルの坊っちゃんよ』
「レオンさん!」
無機質な廊下のわかれ道から姿を表すレオンの〈レオベロス〉。
胸にライオンの頭にも見える意匠をもつキャリーフレームが、手招きをしながら先導するように〈ニルファ・リンネ〉へと背を見せる。
レオン機と共に、巨大な空洞を通り抜け別の通路へと入るウィル機。
その通路の先にも、先程のような縦にも横にも広いだけの空間が広がっていた。
『不気味だな……要塞の中って感じが全然しないぜ』
「華世……何かピンときたりはしてないかい?」
「あたし? 別に……ただ突入地点から考えると、目的のコアを目指すには上に行けばいいと思うわ」
『そりゃあ、どうしてだ? 魔法少女の勘ってやつか?』
「これまでのツクモロズって、キャリーフレーム以外は人間で言う心臓の位置にコアがあったから。あたしたちが突入したのが右脚の付け根あたりだから上じゃないかって」
「回避に夢中でどこから入ったかなんて覚えてなかったよ」
『同じく。とにかく上を目指すか……うん!? かわせっ!』
上方を向いたレオン機の声に従い、咄嗟に回避運動をとるウィル。
直後に元いた場所を通り過ぎるビームの弾丸。
同時に、レーダーに敵機体を表す光点が3つ灯った。
『ふふっ、流石はウィリアムね。不意打ちくらいじゃ落ちてくれないわよねぇ……!』
「フルーレ・フルーラか!?」
『私だけじゃなくてよ? 行きなさい、双子ちゃんたち!』
フルーラが放った掛け声の直後、華世の中で耳鳴りが生じる。
同時に、左右から挟み撃ちをするように2機のキャリーフレームが飛びかかってきた。
片方は空色で実体の槍を握っており、もう片方は橙色で短剣状の武器を振りかぶる。
不意打ちに近い攻撃に、ウィル機は変形を交えた不規則な回避運動で離脱したが、レオン機は回避が遅れた。
獅子のタテガミを模したユニットのいくつかが先端を刈り取られ、反撃にと放ったビーム・セイバーの斬撃は素早い離脱に空を切らされる。
『お見事、〈ボルクス〉と〈カストール〉の攻撃をかわせるなんて。それでこそウィリアムね……!』
「ウィル、この耳鳴り……どうやらあの2機に乗ってるのはテルナ先生の妹たちみたいよ……!」
「ということは……!」
体勢を立て直しつつビーム・ライフルを威嚇気味に放つウィルの〈ニルファ・リンネ〉。
けれどその攻撃を巧みな左右運動で回避しながら、フルーラの〈ニルヴァーナ〉が戦闘機形態で突っ込んでくる。
その攻撃を支援するように、素早い動きでヒット・アンド・アウェイの容量で〈ボルクス〉〈カストール〉が斬撃と刺突を打ち込む。
三位一体の動きを体現するように攻め立てる敵機体に、ウィルとレオンはすでに劣勢だった。
【4】
まるで遠くで爆発があったかのような振動が、接地した脚部越しにホノカを乗せたパイロットシートを震わせる。
それは別の隊が何者かとの交戦を開始したことに他ならないが、広い空間でラドクリフと合流したてのホノカにとって今はそのことを気にかける余裕はなかった。
「ラヤ……と、ミオスなのよね」
以前の戦いで戦艦〈アルテミス〉を苦しめたステルスタイプのエルフィス。
前方で立ちふさがるその機体と、ラヤ機を守るように構えるもうひとつの機体を見て、ホノカには嫌な予感がよぎっていた。
修道院で妹・弟のように仲が良かった子どもたち。
その二人がいま、ホノカの前に敵として現れていた。
コンソールに映るのは、見慣れた……けれども見たことのない真顔をしたラヤの顔。
『ホノカお姉ちゃん……私たちに協力して……! 一緒にアーミィを倒そう……!』
「く……」
華世に出会う前のホノカであれば、即答していたであろう問いかけ。
しかし、アーミィは決して悪辣なだけの集団ではなく、その温もりを体感してしまった今では答えようがなかった。
沈黙を否定と捉えたのか、ラヤ機を守るようにして立っていたエルフィスが、無骨で巨大な鈍器を振り上げながら襲いかかってくる。
『ラヤ、ホノカは敵だよ。もう姉さんは姉さんじゃない』
「ミオス……! 違う、私はそんなつもりじゃ……」
『ラヤには触らせないよ』
感情のない声と共に、手にした棒状のハンマーで鋭いスイングを放つミオス機。
精神の動揺もあり、徐々に追いつかなくなる回避運動。
ホノカをめがけて鉄塊の一撃がついに捉えた……という瞬間に、ラドクリフの〈ブレイド・ザンドール〉のショルダータックルがミオス機を弾き飛ばした。
『ホノカの嬢ちゃんよ。知り合い相手でもやれるのか?』
「はい……とは言えませんけど、ここで立ち止まるつもりはありません」
『だったらあの殺意高いハンマー野郎は引き受ける。保たせてる間に一人くらい説き伏せるかなんとかしな! うおおおっ!!』
心強い声と共に斬機刀を抜きながらミオス機へと向かうラドクリフ。
ホノカは言われたとおりに、改めてラヤの機体を正面へと捉える。
「聞いて、ラヤ。私はあなた達と戦いたいわけじゃないの……!」
『じゃあなんでお姉ちゃんは言うことを聞いてくれないの? 嫌だよ、お姉ちゃん……私、お姉ちゃんを殺したくない。けどね……!!』
画面から消えるラヤの機体。
高度なステルス機能だが、危険なれど対応策は前に編み出している。
咄嗟にコックピットハッチを開き、ヘルメットのガラス越しに肉眼で相手を確認。
すぐにハッチを閉じて盾から放射状の熱線を発射した。
『うっ……くっ!』
「ラヤ、お願い聞いて!」
『お姉ちゃんは私にこんなことしない……お姉ちゃんじゃない……!!』
通信越しに興奮状態に陥っていくラヤの声。
戦いの中では話が通じないと思ったホノカは、まず戦う力を削ぐのが先だと判断した。
※ ※ ※
ハンマーの重い一撃が斬機刀に触れるたびに、眩い火花が空中に散っては消える。
勿論、斬機刀はプレート状ゆえに真っ向から受け止めているわけではない。
ましてや明らかにパワーに勝る敵機と、まともに勝負などできようがない。
間一髪で攻撃をいなし続けながら、ラドクリフは通信チャンネルを開けた。
「その機体……前にクレッセント社の流出情報で見たことがある。〈エルフィスバッサード〉だったか? どこで手に入れた、ボウズ?」
『…………』
通信の先の少年は、まるで戦闘マシーンのように真顔、無言を貫きながら攻撃を続ける。
多少でも精神を揺らせればと思ったが空振りに終わり、大きく後方へと退きながらラドクリフは思案する。
(こんな年齢だってのに、まるで熟練パイロットだ。V.O.軍の連中、子供にいったい何しやがった?)
考える時間を稼ぐために、ラドクリフは腕部のガトリング砲を発射して接近を拒もうと試みる。
しかし、〈エルフィスバッサード〉は弾幕の中の薄い部分を掻い潜るように回避し接近。
振り下ろされたハンマーの一撃がかわしそこねた〈ブレイド・ザンドール〉の片腕をえぐり取った。
(……まずいね、こりゃあ)
ラドクリフの頬に、冷たい汗が一滴だけ通り過ぎていった。
※ ※ ※
戦闘機形態の〈ニルヴァーナ〉が、キリモミ回転をしながら無数の追尾レーザーを放つ。
ウィルは巧みな操作で迫りくる光の線を掻い潜るように回避するものの、一息つく間もなく空色の〈ボルクス〉が槍による薙ぎ払い攻撃。
〈ニルファ・リンネ〉を瞬時に人型へ戻しながらバーニア噴射をかけるが、先を読まれたかのようにスイングが追従。
けれども別方向から〈レオベロス〉が放ったビームによって、相手の
(流石にキツいか……!)
ただでさえ数で負けているのに、更に相手はパイロットも常人離れしている。
テルナ先生の話によれば、あの一対の機体に乗る双子はどちらも高レベルのExG能力者。
高度な並列思考と未来予知にも見える瞬間的な判断能力は、厄介という言葉では片付けられない。
「ウィル、あたしを降ろしなさい!」
「華世!? それは無茶だよ!」
「あたしは人間兵器よ。少なくとも数だけでも五分五分にできるわ」
「でも……、くっ。死なないでよ……!」
「あったりまえ! ドリーム・チェェエンジッ!!」
このままジリ貧を続けるよりも華世を信じたい。
危険を承知で魔法少女へと変身した華世を、開いたコックピットハッチから解き放つ。
彼女はすぐさま義手から細かいビーム弾幕を展開。
敵機体のうち双子の片方、橙色の〈カストール〉を引きつけることに成功した。
『ウィリアァァァムッ!!』
直後に人型へ変形しながら飛びかかるフルーラの〈ニルヴァーナ〉。
彼女が振り下ろしたビーム・セイバーを同じ武器で受け止め、干渉しあう光の刃がバチバチとスパークしながら弾き合う。
『堕ちたものね、ウィリアム! 生身の人間を囮なんてねぇ!』
「フルーレ・フルーラ! 俺は華世を信じてるだけだっ!」
『信じる……? あんたが言えるセリフじゃあないわっ!!』
ほぼ同時に両機が変形し、戦闘機形態同士で始まるドッグファイト。
逃げつつ避けつつ、時折レオンの助けになればとミサイルを放出。
フルーラが自分に執着してくれれば、彼女に対してだけ勝てる見込みがある。
なんとかしてこの状況を打開するために、ウィルは全神経を研ぎ澄ませた。
【5】
「こんっ……のおっ!!」
キャリーフレームサイズのナイフを斬機刀で受け止めつつ、受け流す容量で威力を殺す。
返しに義足からヒートナイフを発射するものの、装甲の斜めになっている部分で受けられ無情にも刃は空へと放られる。
凄腕パイロット操る高性能キャリーフレーム相手に、普通であれば華世であっても勝負にはならない。
この状況で一見でも対等に渡り合えているのは、相手のクライアントがあのオリヴァーだからだろう。
経緯はわからないが華世へと執着心、あるいは独占欲をもつオリヴァー。
あの御曹司が華世の生け捕りを双子に命じている故に、体格を生かして一気に潰すというキャリーフレーム側の有効戦術が潰れている。
アーミィの凄腕とはいえ常識の範疇であるレオンの無事は気になるところだが、今はなんとか目の前の〈カストール〉へのヘイトを高めるのか先決だった。
要塞内の人間用通路か。
華世は高さ2メートルほどの通路へと逃げ込み、義手のビーム銃で牽制射撃をする。
いくら人間サイズといえどビームの弾幕は装甲を徐々に蝕んでいく。
痺れを切らした〈カストール〉が、手に握るナイフの一本を通路へと投げつけてきた。
(……ビンゴッ!)
華世は通路から飛び出し、飛来するナイフへと空中で義手の手のひらからVフィールドを発生させる。
対キャリーフレーム戦で何度もやってきたフィールドによる投げ返し。
華世を軸としてUターンさせる要領で、巨大ナイフを相手へと放った。
けれども流石はExG能力者。
投げ返されたナイフを最小限の動きで回避する。
しかし、華世にとってはそれこそが狙いだった。
投げ返す瞬間、華世は義手でナイフの柄を掴んでいた。
そして放つと同時に手首のワイヤーを伸ばし、一瞬だけ相手に「手を離した」と誤認させる。
遠くの細いワイヤーが、キャリーフレームのモニター越しに映るはずもない。
いくらExG能力であっても視認できない情報から判断を下すことはできない。
ゆえに、ワイヤーを巻き取ることで起こる華世の急接近には、反応が遅れるのだ。
ナイフを掴んでいた手を離し、背中のスラスターで位置を調整。
そのまま、〈カストール〉のコックピットハッチへと華世は取り付くことに成功した。
斬機刀を握り、突き刺すようにハッチに向けて刃を装入。
ガチンと止まる感触を確認してから引き抜いた。
「これでクロノス・フィールドが展開したはず……」
キャリーフレームに搭載されている搭乗者保護フィールド。
外部からの影響を完全にカットする球状の膜は、同時にコックピットからのすべての信号を機体からカットしてしまう。
その隙に頭部へと駆け上がり、確実にフィールドが発生し続けるよう〈カストール〉の頭部へと斬機刀で一閃。
なんとか相手の1機を無力化することに成功した。
「待ってなさいよ、ウィル。くたばってたらタダじゃおかないから……!」
機能停止した敵機を尻目に、華世はウィル達のもとへと急────ごうとして、背後から聞こえた音に振り向かざるを得なかった。
「……嘘でしょ?」
開いた〈カストール〉のコックピットハッチから飛び出すのは、パイロットスーツ姿の少女。
その両手に握ったナイフの刃を光らせながら、彼女は華世へと飛びかかる。
鋭い突きを義手で受け止め、もう片腕を生身の腕で抑える。
壁を背にして組み合った状態で、ヘルメットのバイザー越しに見える少女の顔は、以前に顔を合わせた相手。
髪の長さと得物から双子の妹の方、リウシー・リゥだということがわかった。
「マスターを
「
言って通じる相手ではないのはわかってる。
けれどもリゥの背後で動き始めた無人のはずの〈カストール〉を見て、それどころではなくなっていた。
華世は相手の腹部を蹴りつける形でリゥを引き剥がし、直後に伸びてきたキャリーフレームの巨大な腕を背部スラスターを吹かせた移動でかわす。
その瞬間に開きっぱなしのコックピットを覗き見るが、やはり中は無人。
キャリーフレームの動きに合わせてひとりでに動く操縦レバーやフットペダルが、やたらと不気味だった。
(双子はどちらも高レベルのExG能力者……。そして二人が深く通じ合ってるなら……)
一人の少女とキャリーフレームの猛攻をかわしながら、華世の中に一つの仮説が浮かぶ。
もしもこのキャリーフレームが双子のために作られた専用機であるならば、いま無人で駆動している〈カストール〉は現在、もうひとりの双子リゥシー・スゥによって動かされているのではないか。
詳しいシステムや仕組みは分からないが、頭部はさっき華世が破壊したので機体側は視覚を失っているはず。
なので、おそらく
その情報をもとに無人誘導兵器ガンドローンを動かすシステムの応用で、
高度なExG能力者であれば、複雑な並列思考も軽々と行えてしまうからこそできる芸当。
それが今、目の前で起こっている手品のタネなのでは。
つまり今、
しかし、いくら双子の能力が高くても同時にふたつの場所の別々の機体を動かそうとすれば、多少なりとも無理が生じるはず。
華世は一人と一機の攻撃をかいくぐりながら、ウィルとレオンが戦う向こうの好転を願った。
【6】
先を読まれているような激しい攻撃に、機体をボロボロにされながら持ちこたえていたレオン。
すでに〈レオベロス〉は満身創痍であり、獣形態から人型への変形は損傷で不可能。
メイン武器のひとつであるタテガミ状のビーム発振器も半分以上が欠損していた。
一方で相手のキャリーフレーム〈ボルクス〉は今だ無傷。
とはいえExG能力を持たないレオンがここまで粘れているのも、ひとえにウィルのおかげだった。
同じ空間の別の場所で、変形機同士で激しいドッグファイトを行っている2機。
その戦いの合間にマイクロミサイルによる支援攻撃をレオンに向けてしてくれていた。
(子供の身でよくやるぜ、あのウィルって野郎はよ……!)
〈ボルクス〉による光の刃を持つ槍、ビーム・ランサーを構えた突撃。
その攻撃にタイミングよくウィルの放ったミサイルが重なった。
とっさに攻撃を中断し、回避運動に入る〈ボルクス〉。
「何……?」
これまで完璧な回避と迎撃によって無傷を貫いてきた相手。
しかし今回のミサイルに関してだけ、目に見えて動きが緩慢だった。
回避しきれず、腕部に数発の被弾をする〈ボルクス〉。
これをチャンスと捉え、レオンは〈レオベロス〉の残ったタテガミ状のビーム発振器から光線を発射。
回避こそされたがこれまでの理不尽すぎる避け方とは異なる、常識の範囲内の回避タイミング。
理由はわからないが、相手の動きは明らかに鈍っている。
確実ではないにしろ訪れた勝機に、レオンは奮起した。
※ ※ ※
『舐められたものねウィリアムっ! 私の相手は片手間でいいっての?』
「そんなんじゃ……ないっ!」
人型への変形と同時に振り下ろされたビーム・セイバーを同じ武器で受け止め、ウィルは機体ごと押し返す。
フルーラも負けじと2度3度と光の刃を振るい、交差する2つのビーム剣がぶつかるたびに激しい光を放つ。
『ウィリアム、あなたはいつもそうよね! いつも私の上を行って、いつも私を見ていなかった!』
「俺が、フルーラを見ていない……?」
『一緒の時に生まれて一緒に訓練してたのに! そうして、私に黙って出て行っちゃってさ! 裏切り者のウィリアム!』
「フルーラ……君はあの時、
『あなたを超えられる力……! あなたに勝てるという自信よ!』
「そんなだから……俺は君を連れていけなかったんだ!」
ビーム・セイバーの弾かれあう斥力への抵抗をやめ、後方へと退く。
その離れた瞬間にウィルは〈ニルファ・リンネ〉を戦闘機形態へと変形。
直上へ向けてスラスターを吹かせた。
間髪入れずに変形し追ってくるフルーラの〈ニルヴァーナ〉。
要塞ツクモロズ内の広大な空間で、高速で追いかけっこの形を取る。
「フルーラ……戦いは恐いことなんだ!」
『は!? 今さら弱音に命乞い!?』
「違う! 戦いは傷つけ合うことだ、どちらかが傷つくまで終わらないんだ! 俺はそういう戦いをしたくなかった!」
『でも今はこうやって殺し合ってるのよ! おかしくなったのね、ウィリアム!』
「華世に出会って、俺は知ったんだ! 俺は守るための戦いをするって……! 誰も傷つかないまま、戦いを終わらせるって!」
『わけのわからない理屈! ウィリアムなんて……ウィリアムなんて、華世って女と一緒に、あの世にいくといいのよ!』
「俺も華世も、ここで終わる気は無いっ!!」
キャリーフレームサイズの通路へと突入するウィル機、後を追うフルーラ機。
少しでも操縦方向を誤れば翼が壁に激突する狭さの中、ウィルはキリモミ回転と同時にミサイルを放った。
狭い空間の中放たれた弾頭は即座に壁に当たり爆発。
その際に発生した黒煙が、一瞬で通路を埋め尽くす。
『ウィリアム、何をっ……!?』
「フルーレ・フルーラぁぁぁっ!!」
黒い煙の中で一瞬のうちに人型へと変形した〈ニルファ・リンネ〉の手に、ビームセイバーを握らせる。
ウィル機が変形したことにフルーラが気づいたとき、既に発振されたビームの刃が〈ニルヴァーナ〉の片翼を切り裂いていた。
狭い通路でバランスを失ったフルーラ機は間もなく壁へと激突。
ウィルの背後遠くで、キャリーフレームがメチャクチャに転がる音と振動だけが煙の中に響き渡った。
「フルーラ……。俺の言うことが少しでも分かってくれたら、君も……」
あえて背後を振り返らず、その場で変形しもと来た道を戻る〈ニルファ・リンネ〉。
キャリーフレームの搭乗者保護機能で、フルーラは死にはしないだろう。
今は守るべきもののため、ウィルは元の場所へと急いだ。
【7】
「はぁっ……はぁっ……」
「参ったね……こりゃあさ……」
ラヤの操るステルス機体〈エルフィスフトゥーロ〉の攻撃に、ホノカの〈オルタナティブ〉もラドクリフの〈ブレイド・ザンドール〉も傷だらけになっていた。
ラヤだけではない、彼女の兄貴分ミオスの冷酷な攻撃も合わさり、ろくな反撃もできないまま機体だけが消耗していた。
戦いの最中に何度も声をかけたが聞く耳持たず。
相手側が身内ではホノカも派手な攻撃ができず、完全にジリ貧の状況。
そんななか、ホノカのもとへラヤの通信が入る。
『ホノカお姉さん、最後です。私たちに協力をしてください……!』
『無駄だよラヤ。もうこいつは俺たちの知ってるホノカ姉さんじゃない。……トドメだ』
振り上げられる〈エルフィスバッサード〉のハンマー。
回避しようにもスラスターは噴射剤切れ。
機体の状態は限界。
もうダメだ、と半ば諦めかけた……その瞬間だった。
『おっけー、ロックオン完了だよ!』
『発射準備完了です、咲良!』
『いっけー! フェザー・レイザー!!』
聞き覚えのある声と共に後方から放たれたのは、無数の細いビームの列。
それらはラヤとミオスの機体、その武器を握る手の部分だけを的確に貫いた。
直後にホノカ達の前へと舞い降りる、まるで巨大な天使を思わせるひとつのキャリーフレーム。
それは華世が捕まった施設から脱出するときに見た、翼を持つエルフィスだった。
「ラヤ、ミオス……!」
『く……これじゃあ戦闘は続行できない。退くぞ、ラヤ』
『うん……』
機体から煙幕を吹き出し、姿を消す二人の機体。
ホノカは助かった安堵感と二人を止められなかった悔しさ、そして咲良がここにいる理由がわからない混乱が折り混ざって、頭が真っ白になっていた。
※ ※ ※
「うううっ……!? ぐぅぅっ!!?」
華世をしつこく追っていたリゥシー・リウとリゥシー・スゥ操る〈カストール〉。
そのふたつが同時に動きを止め、頭を抱えて苦しみだしたことに華世は困惑した。
「いったい、何が……?」
『私が少し刺激の強いイメージを送ったのだ、葉月華世』
華世の背後にいつの間にか現れた一機の〈ザンドール〉。
その開いたコックピットハッチの奥に座っていたのは、テルナ先生だった。
イメージを送った……というのは具体的な方法は分からないが、双子と同じ人造人間ナンバーズの一人である彼女ならできる芸当なのだろう。
「私も昔、姉に同じ手で動きを止められたことがあってな」
「それはどうも。それよりもどうしてここに先生が? クーロンに帰ったんじゃなかったの?」
「いろいろあって、お前たちと合流することになったんだ。内宮も別の場所にいるぞ。それより……」
テルナ先生がコンソールをなにやら操作したかと思うと、華世の義眼にひとつのイメージデータが送られてきた。
それは、この要塞型ツクモロズのコアへと向かう、最短経路の地図。
「これは?」
「ある協力者から送られたものだ……が、生身でしか通れない通路が多々あるみたいでな」
「つまり、あたしの出番ってことね」
「ふたりは私が面倒を見る。葉月華世はコアの破壊へ急げ」
「……ええ」
おそらく
それに内宮も応援に駆けつけたとなれば、ウィルたちは大丈夫だろう。
華世はテルナ先生から送られた地図を頼りに、人間サイズの通路へと向かった。
上へと登り、広い空間を通り抜ける。
キャリーフレーム大の通路から人間サイズの通路へと入り、抜けた先でまた広い空間を通る。
大きさの違う様々な回廊を駆け抜け、華世はコアのある場所へとつづく広い通路へと出た。
「この先にあるコアを壊せば、ミッション完了ね」
『そうは、させねぇぞ……女ぁっ!!』
通信越しの低い声。
キャリーフレームが床を踏みしめる振動に振り向くと、立っていたのはレッド・ジャケットの指揮官機〈ペンネ・リガーテ〉。
そして華世の視線は、その機体が持つ一振りの武器に吸い寄せられていた。
火花をちらしながら、回転する円盤状の刃。
華世の中に眠る恐怖を呼び起こす、殺人兵器に酷似した武器。
「ひ……」
途端に華世は声を失い、全身から力が抜ける。
脳内に溢れ出す無数の死のイメージ。
人間が肉塊へと変わる感覚が、全身を駆け巡る。
『このまま失敗じゃ……
一歩ずつ近づいてくる〈ペンネ・リガーテ〉。
しかし恐怖に呑まれた華世は未動き1つ取ることができない。
華世の命を刈り取ろうとする機体が、目の前で足を止める。
『せめてお前だけでも……僕の手柄になれぇっ!!』
甲高い駆動音を唸らせながら振り上げられるビームソー・ブレード。
目の前に迫る回転する光の刃を、華世は見ることしかできなかった。
その瞬間だった。
轟音とともに、空間に電撃が走った。
同時に〈ペンネ・リガーテ〉の手から離れるビームソー・ブレード。
また音が鳴り雷が走り、回転ノコギリの刃がバラバラに砕け散っていく。
それが対キャリーフレーム用レールガンが発射した弾頭によるものだと華世がわかったのは、華世の背後に立つ人物がその武器を構えていたからだった。
『お前ぇっ!! じゃ、邪魔をするなんて、なん……何なんだよ!!』
「人のトラウマ掘り起こすような武器使う卑怯者に、名乗る名前なんて無いね。そらっ!」
レールガンを構える人物……獣の耳のような飾りの付いたフードをかぶった少女が、手に持つレールガンを再び唸らせる。
高速で発射された弾頭がキャリーフレームの肩、その付け根を的確に貫いて腕の機能を奪う。
伝達ケーブルを射抜かれた腕はだらんと力なく下がり、巨大なはずのキャリーフレームが一人の少女を畏怖するように後ろへあとずさる。
「次はコクピットハッチの緊急開閉装置を撃とうか? その後はキミ自身が的になるよ?」
『うっ……ぐぬぬぬぬぬぅっ……!』
遠回しな「諦めて撤退しろ」という勧告。
〈ペンネ・リガーテ〉のパイロットは任務遂行より命を優先する小物だったのか。
少女の放った脅しに屈するように、機体ごと何処かへと去っていった。
静かになった通路で、華世は立ち上がる。
命の恩人とはいえ、華世にとっては素性のわからぬ存在。
その人物が自分と同じように、空気のないこの空間で生身でいると気づけば、警戒をせざるを得なかった。
「助けてくれてありがとう……だけど。あなた、何者よ?」
「そういえば初めましてだったね、マジカル・カヨ。ボクの名前だったら、キミの魔法少女的な力で読み取れるんじゃないかい?」
言われて、少女から感じ取った名称が脳裏に浮かび上がる。
その名は────マジカル・ナノハ。
「ナノハ……? あなたも魔法少女ってことよね?」
「そうだよ。ツクモロズを敵とする魔法少女、その一人ってとこだね」
「ツクモロズを……そうだ、早くコアを破壊しないと」
ナノハに背を向け、駆け出そうとする華世。
そのとき、先程テルナ先生がしたのと同じ要領で、義眼にデータが送られてきた。
「このデータは、何……?」
「キミが探し求めていた情報さ。信じるか信じないかはキミ次第……だけどね」
「ちょっとまって、それって……!」
華世が振り返ったとき、すでにマジカル・ナノハの姿は無かった。
データのことは気になるが、今はコアの破壊が先決だ。
そう考えを切り替えてから、華世は地図の示すゴールへと駆け出した。
【8】
「それじゃあ、内宮さん達はアーミィによる大反攻作戦のために宇宙に出てきたんですね?」
ツクモロズ要塞攻略戦が終わり、ホノカたちは内宮らが乗ってきた宇宙駆逐艦〈コリデール〉へと一時的に回収された。
ボロボロになった機体をある程度まで修復してから、傭兵団の戦艦〈アルテミス〉へと戻る予定だ。
修理を待つ間、援軍として駆けつけてくれた内宮たちと、ホノカたちは情報を交換していたのだった。
「いよいよ12番コロニー・サンライトを奪還するんやて。これで戦いも一段落すればええんやけど……」
「そう、ですよね……」
コロニー・サンライトはホノカにとっては生まれ育った修道院のある故郷。
そこを取り戻すために激しい戦いが起こると想像すれば、決して明るい気分では居られなかった。
「きっと大丈夫よ~。戦いの大部分は宇宙空間で決して、コロニー内の戦闘はほとんど起こらないはずだって。ね、
『咲良、それは希望的観測が過ぎますよ。とはいえ、コロニー内での戦闘はV.O.軍側も望まないはずですし、88.7%の確率で咲良の言う通りになるかと』
「そうだといいですけど……そういえば、どうして私達が要塞を攻略しているってわかったんですか?」
「それはな、ホノカ。なんや知らへんけど匿名でメッセージが送られてきたんや」
「匿名……?」
内宮いわく、差出人不明のそのメッセージはアーミィの機密通信チャンネルを通じて送られてきたという。
本来であれば関係者だけが使えるその回線を伝って送られてきた情報。
それが、華世およびホノカたちがツクモロズ要塞の攻略に苦戦しているといったものだった。
「不思議なんが、誰がどこから入ったとかどこで戦闘しているとか細かい情報まで網羅されとったんや。せやからかなり
「へぇ……」
謎は深まるばかりであるが、そのメッセージのおかげで助かったのも事実。
ホノカは謎を解き明かすのはアーミィに任せ、ふと今気づいた違和感にあたりを見回した。
「ホノカ、どしたんや?」
「さっきから華世の姿が見えませんが……」
「華世やったら、一人になりたい言うてたで。なんでもトラウマほじくられてナーバスなんやと」
「トラウマ……そうですか」
おそらく戦いの中で、再び回転ノコギリを持った敵と遭遇したのだろう。
無事に救出されたらしいので無事ではあるだろうが、ホノカは彼女が心の傷を引きずらないかが少し心配だった。
「おうおうおう! お前らがクーロンのアーミィ隊員か!」
彼は今こそ傭兵団の手伝いをしているが、もともと2番コロニー・ウィンターのアーミィ隊員。
内宮たち9番コロニー・クーロンの隊員に対して、なにか話でもあるのだろうか。
そう思いながらレオンを流し目で見ていたホノカであったが、キョロキョロとあたりを見回す彼の様子はどこか変だった。
「なんやなんや。あんさんもアーミィ隊員か?」
「そうだ。俺はなく子も驚く無敗の獅子王レオン少尉! クーロンの連中が来たと聞いたんだが……どうやら内宮のヤツは居ねえみたいだな」
「は? 内宮やったら、うちやけど……」
自分を指さしながらキョトンとする内宮。
一方のレオンは、驚いた表情のまま内宮の身体を上から下に何度も首ごと眺めていた。
「う、内宮って……」
「な、なんや?」
「内宮千秋って、女だったのかぁぁぁっ!!?」
「はぁぁぁぁぁっ!!?」
格納庫の中で、レオンと内宮の放った大声が何度も反響し響き渡った。
※ ※ ※
「そんな、まさか……」
格納庫から少し離れた、誰もいない廊下の奥。
華世はひとりで、ナノハから送られてきたデータを見て驚愕していた。
その内容は、華世の復讐相手の居場所。
すなわち、故郷のコロニー・スプリングを滅ぼした殺人兵器を動かした犯人の居所である。
「冗談にしては、たちが悪いわよ……」
確かに、その情報は喉から手が出るほど求めていた。
華世が魔法少女として戦いに身を置く最大の目的……それが、あの事件を起こした元凶への復讐だったから。
からかうための偽情報とも、最初は考えた。
しかし、送ってきた相手は華世を助けた魔法少女。
あの場所に姿を表したということは、コアへと向かうための地図も彼女がテルナ先生に渡したのだろう。
それらが示すのは、情報の信憑性。
思わぬタイミングで輪郭を帯びてくる、華世の復讐の達成。
こみ上げてくる抑えられない衝動に、思わず握った拳が震えてくる。
「12番コロニー・サンライト……その中に、あたしの仇が……!!」
静かに怨敵のいる場所をつぶやきながら、華世は無意識に歯ぎしりをした。
──────────────────────────────────────
登場戦士・マシン紹介No.29
【要塞級ツクモロズ】
全高:375メートル
重量:不明
使われないまま廃棄されていた宇宙要塞が、ジャヴ・エリンが与えたツクモロズ
もともとは17年前のベスパー事変の折、当時のV.O.軍が敵をおびき寄せる作戦のために作ったハリボテの要塞だった。
それ故に外観にそれらしい要塞兵器を搭載こそすれ、内部は運用することを考えておらず空っぽ。
要塞自体は建設途中でベスパー事変が終結したことで放棄され、そのまま巨大なデブリとして金星圏内に放置されていた。
【ボルクス】
全高:7.8メートル
重量:8.2トン
双子座を形成する一等星のひとつ、ポルックスを語源とするリゥシー・スゥ専用機。
空色のカラーリングをした装甲色と手に持っている武器が槍系のビーム・ランサーであることを除けば対となるカストールと全く同じ形状をしている。
双子のナンバーズ専用機として設計されただけあり、それぞれのパイロットが対となる機体をガンドローン操作の要領で動かすことができるジェミニ・トレース・システムを搭載している。
本来このシステムは二人が同じ場所で戦っている際に、片方が気づいてもう片方が気づいていない攻撃が来た際に回避させることを目的としている。
【カストール】
全高:7.8メートル
重量:8.2トン
双子座を形成する一等星のひとつ、カストルを語源とするリゥシー・リウ専用機。
橙色のカラーリングをした装甲色と手に持っている武器が二本の実体剣であることを除けば対となるボルクスと全く同じ形状をしている。
【マジカル・ナノハ】
身長:1.52メートル
体重:44.1キログラム
カヨ、ホノカ、モモ、ユイに続く5人目の魔法少女。
司る魔法の特性は「電撃」であり、その魔力を動力とした対キャリーフレームレールガンを武器としている。
レールガンは自身の身長を超える巨大さであり、本来は地面に固定して使用するものである。
しかし、魔法少女に変身することで得られる怪力によって、手持ちの重火器として運用されている。
獣の耳のような飾りの付いた、緑色の特徴的なフードを被っている。
履いているブーツも魔法の電気を動力源として脚力を強化できる優れもの。
これによって、ジャンプすることで高所へ登ったり、素早く移動したりできる。
──────────────────────────────────────
【次回予告】
ついに巡礼の終着点、コロニー・オータムへと到着する華世たち。
けれども華世、ホノカ、リンの三人は隣のコロニー・サンライトが近いことで落ち着きを失う。
レスの導きでサンライトへ向かうことにした一行は、その地でそれぞれの運命と対峙することとなった。
次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第30話「運命の地、サンライト」
────若者たちに課せられた試練は、あまりにも重い。
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