第15話「少女の夢見る人工知能」

【お坊ちゃま】うちの主人がかわいいpart.1667542【お嬢さま】


160:null name:01710728213302:adobm216916gnw

 お坊ちゃんが最近は生き生きしていて安心します。

 そろそろ身持ちを固めていただけると更に安心できるのですが。


161:null name:01710728213306:adsd31716gnw

 将来を案じるのわかります


 私の主の可愛さと言ったら見るだけで幸福値が上がるようです

 先日も新しく買ったお召し物を着てくれた時は、まさにあれが人間でいう天使というやつかと思いました


162:null name:01710728213307:adf2tw416gnw

 またadsd3178gnwの自慢が始まったかw

 自慢できる主に仕えてる奴はいいよな

 俺なんてほとんど雑用係同然だから主に会うことさえあんまりないぜ


163:null name:01710728213307:hkaiiotm7716gnw

 まあ大変なのは皆同じですし

 こうやって文字データ経由で暇を潰すだけでも楽しいものですよ

 自分なんてほぼ指示待ちの状態ばかりですから


164:null name:01710728213308:adift173can1f

 hkaiiotm778gnwは家電制御系っぽいですね

 直接指示出せるならいいじゃないですか

 私なんて物理デバイス経由の入力させられてるんですよ


165:null name:01710728213308:adsd31716gnw

 スレッドの流れ乱れてます

 私ばっかり主自慢してるのも悪いですし他に誰かいないんですか?


166:null name:01710711213309:cfaielcanb1

 鄒ィ縺セ縺励>

 遘√b荳サ縺ィ荳?邱偵↓




◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


         鉄腕魔法少女マジ・カヨ


       第15話「少女の夢見る人工知能」


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 【1】

 

 人工知能、すなわちAI。

 それはプログラムで作られた人造の意識、そして魂。

 人類がアフター・フューチャー以前より渇望していた存在であったが、実現したのはほんの10年前だという。

 急速に発達したAI達は、人々の生活へとスムーズに浸透。

 旧世紀の未来物語で描かれた人類とAIの衝突ということも特に起こらなかったのは、フィクションの世界より人間が理性的だったからかもしれない。


 初めは機械的な外見のロボットに。

 数年経ち、人間と見紛う外見のアンドロイドに。

 果ては施設の制御コンピューター、キャリーフレームのOS、身近なところでは自動販売機や家電製品などなど。

 人工知能たちはそれぞれの居場所で、人類の道具ではなく新たなパートナーとして、健やかに暮らしていた。


「ミイナさん、ミイナさん……?」

「んが……はっ!」


 ホノカの呼びかけで、無感情だったミイナの顔が、やんわりと表情を取り戻した。

 辺りを見回した彼女はここが横断歩道の前だと察したのか、赤い光を点滅させる信号機へと目線が動いていく。


「大丈夫? ぼーっとしてたみたいだけど」

「え、ああ大丈夫です。データが少しばかりスタックしてただけみたいで」

「スタック?」

「処理に時間がかかっていたんですよ。毎秒144回の思考周期が、乱れていたというか」


 頬をかき恥ずかしそうにするミイナの発言で、改めてホノカはミイナがアンドロイド……つまりは精巧な人間型ロボットだということを思い出す。

 彼女はSDシリーズという最高級アンドロイドの317号機。

 最高級たるゆえんは他のAIと違って独立した個性を持ち、欲を抱き、はっきりと人間と同じ喜怒哀楽を表すところだろう。

 それだけあって彼女達は、購入という形ではなく受け入れ・就職という形で仕事先へと納入される。

 主となる責任者への厳格な人格検査。

 家族の一員として幸福に過ごせるかの身辺調査。

 そして莫大な受け入れ料を支払う資産を持つ者のみが、その恩恵を享受できる家政婦アンドロイド。

 それがSDシリーズであり、その内の一人がミイナなのだ。


 それほどまでに受け入れ条件が厳しい理由としては、彼女達のボディが食事でエネルギーを得られる超高級品であることもあるだろう。

 しかしSDシリーズにとって最も大きいのは、彼女たちの両親となる存在の想いだという。

 我が子同然の存在を、幸せにできない家庭へと送り出したくない人間的な親心。

 その心配が祈りとなり保証となり、彼女たちは並の人間以上に幸福な人生を謳歌しているのだ。


(……私が見たAIたちとは、大違い)


 ホノカが有象無象うぞうむぞうの依頼者から傭兵仕事を受けていた頃。

 行く先々で見たアンドロイドやAIたちは、人間のような柔軟な思考こそすれ、言ってしまえば生真面目だった。

 不平不満は言わず、仕事に真摯しんしで忠実。

 主やその周囲、利用客や無関係の人物へも礼儀を欠かさず、我を出すなどもっての外。


 エネルギーの補給は専用のスタンドか、電源タップへのケーブル接続。

 一緒に食事など、考えたこともない。


 そういったアタリマエを容易たやすく乗り越えて、人間そのものの生活を送るミイナは、ホノカの目には異質に映る。

 羨ましいくらいに。


「それにしても咲良さん、抜けてますよねー。大事なハンカチを忘れて帰るなんて」

「昨日の食事会は手羽先の唐揚げで、手を洗うために使ったなら仕方ないんじゃないかな」

「それもそうですね。でも、支部までホノカさんが一緒に来てくれて助かります。一人だとこの前みたいにさらわれるのが怖くて……」


 以前、ミイナはツクモロズによって誘拐され、ホノカや華世をおびき出す餌にされたことがある。

 その時に倒した少年型のツクモロズ、その亡骸が残した頭蓋骨の分析が、そろそろ終わりそうだと言う話を内宮がしていたことを思い出した。



 【2】


 静寂の中に冷房の風が流れる中、タッチペンがタブレット端末を叩く音が幾重にも刻まれる。

 壁掛け時計の秒針がきっちり12を指した瞬間、響く「止め」の声。

 画面の中のテスト問題が消え、「お疲れ様でした」と言った先生が教室を立ち去った。


「あ゛ーーーっ……なんであたしが追試受けなきゃなんないのよーー」

「しょうがないだろう。よりによって期末試験の朝にツクモロズが出ちゃったんだし」

「あのねぇウィル、あたしはこのコロニー守るために戦ってるのよ。別に成績悪いわけじゃないのに、テストを免除してくれないのがおかしいのよ」


 華世は苛立ち半分に窓を開け、外の空気を教室へと招き入れる。

 風で舞ったカーテンがはためく音が、締め切られた部屋へと響き渡った。


「それを言うなら、わたくしも被害者ですわ!」


 教室の角から足音をドンドンと派手に鳴らしながら主張するリン・クーロン。

 彼女はツクモロズ発生時、攻撃の余波で怪我をした老人を介抱し病院まで付き添っていたため、華世同様テストを受けそびれていた。


「まったく……ツクモロズも出るなら出るで、都合のいい時刻にお届けしてくださらないかしら!」

「そんな、ネット通販じゃないんだから……」


 夏休みも目前に迫った、振替休日の午前。

 3人だけの教室で、次のテストまでの時間をぼんやり待つ華世だった。



 ※ ※ ※



 表面が黒ずんだスポンジをバケツに入れ、泡の装飾で包み込む。

 咲良はしたたる水を絞りとり、目の前の白い装甲へとこすりつけた。


楓真ふうまく〜ん、疲れたよ〜〜」

「文句いわない言わない。支部長が考案した立派な仕事なんだから、これも」


 アーミィ支部の地下キャリーフレーム格納庫に響く、スポンジと装甲がこすれる音のハーモニー。

 普段は整備員任せの機体清掃を、パイロット自らが行う。

 支部長ウルク・ラーゼが発案したこの地獄のような作業が始まって、はや1時間が経過していた。


「ふぅ……ふぅ……今度は右肩〜……」


 腰の命綱に繋がった、上方から吊り下るクレーンを手元のボタンで操作。

 キャットウォークを介して〈ジエル〉の反対側へと回る咲良。

 一旦、肩装甲に座り込み一息……ついたところで、向かい側の奥まった場所にある機体に目が行った。


楓真ふうまくん、なんだろ? あの機体……」

「どれどれ?」


 咲良が指差した方へと、身を乗り出す楓真。

 グレーをベースとした機体色。

 頭部のデザインから、メーカーは〈ザンドール〉でお馴染みのJIO社にも見える。

 けれどもチグハグな形をした各部の装甲によって歪んだシルエット。

 ゴテゴテとつなぎ合わされたような各武装は、明らかに既製品ではないことを物語る。


 ふと、咲良はその機体の腕部に、特徴的な仮面をつけた人影を見つけた。

 耳につけたインカムを支部長のチャンネルに合わせ、マイクを口元に近づける。


「支部長ぉ〜! その機体、何なんですかぁ〜〜?」

「ぐわぅっ!? ええいっ、通信越しに大声を出すものではないっ!! 貴様は戦闘中の熱血パイロットかっ!!!」


 大声に大声を返したその怒号が、通信機を超えて格納庫中にキーンとハウリングを響かせた。

 一斉に隊員たちが外したインカムの奥から、コホンと咳払いがひとつ。


「失礼、この機体は私の私物でね。ガワは古いが、度重なる改修を経て最新機にも引けをとらん性能だと自負しているがね」

「へ、へぇ〜。何ていう機体なんですか?」

「〈ウルク・ラーゼ専用・先行量産試作型ガルルグMk-Ⅱ・δタイプ3号機・遠隔操作兵器試験装備ハイマニューバーカスタム・リペアード改・改改・高出力拡散ビーム・ブラスター装備〉だよ」

「ガルル……? 今、何と?」

「耳が悪いのか、君は? 〈ウルク・ラーゼ専用・先行量産試作型ガルルグMk-Ⅱ・δタイプ3号機・遠隔操作兵器試験装備ハイマニューバーカスタム・リペアード改・改改・高出力拡散ビーム・ブラスター装備〉だよ」

「なんて?」


 咲良の頭の中で、耳の中を通り抜けていった単語の塊がグルグルした。

 ありとあらゆるキャリーフレームの名称に関する修飾子を、ひとつにくっつけた様な名前。

 使用者・由来・改修内容のデタラメな羅列、あるいは酷いメドレー。

 思わず呆気にとられ、スポンジを握る手が止まっていたところで、ピカピカと〈ジエル〉のカメラアイが点灯した。


『改・改改という部分から、あの機体は運用中期に激しい戦いを経験されたと思われます』

「あっ、ELエル、今の聞いてたんだ〜?」

『はい。あなたの手が止まっていましたので。感覚器官センサーが備わっているわけではないのですが、磨かれているとなんだか────』

「あっ、ごめん。電話きてる……もしもし〜?」


 ELの言葉を止めることに申し訳なさを感じつつも、緊急の用だと大変なので携帯電話を耳に当てる。

 電話越しに聞こえてきたのは、アーミィ支部の受付アンドロイド・チナミの音声。

 彼女の発した言葉に、咲良は思わず声をこぼした。


「ミイナさん、もう来ちゃった? えっ、ホノカちゃんも一緒? ごめ〜ん! チナミさん今手が話せないから、あと1時間ほど待ってもらって〜!」


 通話を切り、再びスポンジを手に握る咲良。

 早く機体磨きを終わらせないと、と少し雑に装甲をゴシゴシこすっていく。


「咲良、朝言ってた忘れ物のやつかい?」

「そうなの〜。届けるの、お昼休みか仕事終わりの時で良いって言ったんだけどね〜」

「ハハッ、女の子を二人も待たせたら、ランチの一つでも奢らないと礼儀を欠くぞ」

「だよね〜……そうだ。近所にアンドロイド用のメニューもある喫茶店見つけたから、そこに誘おっ!」

『それは……良い案ですねネ……。…………シモ……』


 少し、言葉に詰まったように間が空き、ノイズを混じらせたELエルの音声。

 少し妙だなと咲良は感じたが、パイロット自らに磨かれるという珍しい出来事に、処理落ちを起こしてるのだろうと思った。


『…………ワ……モ……。……………タシモ……』



 【3】


『私にもあなたの気持ちはわかります。けれども、その選択は絶対にしてはいけなかった。それだけです……』


 決め台詞を言い終え、背を向けた黒髪の美女が、応接間に置かれた画面の奥へと消えていく。

 パトカーの赤色灯が回る映像の中に、登る白色のスタッフロールへと、しかめ面を送るホノカ。

 その隣では、食い入るように前のめりで目を輝かせるミイナ。

 次回予告が流れ始めると同時に振り返った彼女が、笑顔を光らせたままホノカに顔を近づけた。


「ね、ね! 面白かったですね、西之園にしのぞの美月みつき主演・『強行係の女たち』!」

「確かにこの刑事ドラマ、なかなか面白かったけど……物語の始まりの部分見てないから何とも」

「私はリアルタイムで見てたんです。再放送をこんなところで見るなんて思いませんでした! あ、家に帰ったら見ます? 録画してますよ!」

「別に……」


 キャッキャと無邪気に喜ぶミイナ。

 ホノカが全巻購入した探偵漫画の回し読み大会の後、どうやらミイナの中にミステリーブームが起きたらしい。

 その興味はやがて、平日の昼間や夕方に放映されるサスペンスや刑事ドラマに向けられ、すっかり番組表は録画予約で真っ赤になっていた。


 応接間に通されてから、はや1時間。

 壁掛け時計に目をやると、時刻は昼前。

 胃が空腹を訴えかけてきたなと思ってたところで、時計の下の扉がゆっくりと開いた。


「あっ、葵さん……じゃない」

「チナミさんだ、やっほー!」


 応接間に足を踏み入れたのは、支部の受付をしていた女性アンドロイド・チナミと、銀髪とモノクルが眩しい科学者・訓馬円香。

 彼女が抱えているのは、ホノカが戦闘で使っている機械篭手ガントレットが両腕ぶん。

 それが、普段はアーミィという組織に関わりを持とうとしないホノカが支部へと訪れた理由だった。


「まったく、私に物事を頼むとは……君にはプライドというものはないのか?」

「他に適任者がいない上に、雇用者から推されましたから……」

「仕方なくと言いたげだな?」

「プライドがという話をしたのはあなたです」

「そうだな、フッフッフッ……」


 笑いながら、机の上に機械篭手ガントレットを並べるドクター・マッド。

 見慣れた篭手の甲に、見慣れない増設された装置。

 こがね色に輝く金属表面が曲線を描き、コブシ大の何かを発射できる機構を形作ってあた。


「これが?」

「君が欲しがっていた、対キャリーフレーム用の兵装だよ。使い方はさっき、君の携帯に送った」

「私のID、いつ教えましたっけ?」

「無論、鉄腕の彼女から」

「そう……」


 無意識に機械篭手ガントレットを手に取り、重さで持ち上がらないことに息をつまらせる。

 その様子を見てか、真顔のままのドクターがポツリと「15キロ増量」と呟いた。


「…………ドリーム・チェンジ」


 ホノカはポツリと呪文を呟き、機械篭手ガントレットを身に着けていないシスター服姿へと変身する。

 ホノカは魔法少女衣装の上に、耐火服の役割を持つシスター服を着込んでいる。

 変身した状態で身に着けた衣類や装備は、変身を解くと装束保存用の異空間──通称ストレージに転送される。


 先程は持ち上げられなかった機械篭手ガントレットを片手でヒョイと持ち上げ、腕を通す。

 手の握り開きに合わせて、金属でできた蛇腹状の指が曲がり、伸びる。

 装着の心地は良好。

 いや、前よりも良くなっている。


「これには、しずか先輩も?」

「シズカ? ああ、結衣くんのことか。彼女は良い技師になる」

「えらく褒めますね」

「私は人殺しの方法ばかり考えている人間だ。どうしても機能重視で配慮が行き届かない。……あの娘は優しさを持ってる」

「そうだと思います。つけ心地が良いですから。……ドリーム・エンド」


 淡々とした会話を経ながら、変身を解き元の姿に戻るホノカ。

 妙に背後が静かだなと思い、身体ごと振り向く。

 するとそこには、軽いハイタッチの状態で静止しているミイナとチナミの姿。

 目を閉じつつも口だけがニンマリしたふたりの顔の前で、ホノカは手をフリフリした。


「……わっ!?」

「ふたりして、何してるんです?」

「何って、交信ですよ」

「交信? スピリチュアルな……?」


「プッ……クク。君は面白いな」


 苦笑するドクターが、顔をニヤけつかせながら説明を始めた。


 アンドロイドは手のひらの部分に、接触タイプの通信装置が存在するという。

 情報交換の際、もちろん口で話すことも可能である。

 けれども人目を気にせず多くの情報をやり取りするのであれば、手のひらを合わせてまとめて交信した方が手っ取り早い。

 

「……そんな機能が」

「彼女たちは人間と見間違う外見そとみだが、違うところは違うのさ」

「ふーん……それで、何を教えあっていたんですか?」

「昨晩、SNSで見たことが気になって……」

「SNS?」


 なんでも、アンドロイド達が集うSNSがあるようなのだが、その書き込みの一つが文字化けしていたらしい。

 普通のアンドロイドであれば文字化けという基本的な間違いは起こさないはず。

 ……というのが、ミイナとチナミの二人が懸念していたことだった。


「それが誰のものか、わからないの〜?」

「わっ! 咲良さん、入ってきたなら声をかけてくださいよ!」

「ごめんごめん~!」


 ポリポリと頭をかきながら、エヘヘと笑う咲良。

 ホノカは彼女へと忘れ物のハンカチを渡すと、ひとこと礼を言って受け取った。


「それで、書き込みが誰のかってわからないのかな~?」

「匿名でやり取りしてますからね。SNSの管理者に開示請求すればわかるかもですが、そこまでするのも……」

「う〜ん、そっか〜……あっ」


 唐突に、グギュルルルと低い音が部屋中に響く。

 その発信源は、咲良の腹。


「お腹すいたし、みんなで食べに行こ〜よ! ホノカちゃんにハンカチのお礼したいし! 私、アンドロイド用のメニューもあるお店見つけたんだ〜!」

「アンドロイド用……! 私も一緒でいいんですか?」

「チナミさんも良いよ! お昼の女子会女子会!」


 はしゃぐ咲良の後ろで、ドクターだけが「私はパス」と言って、部屋を静かに去っていった。



 【4】


「おかえりまさいませ、オリヴァー坊っちゃま。お暑かったでございましょう」


 邸宅の大扉の奥から姿を表した執事が、銀に光るアクリルの髪とちょび髭をたくわえた頭をゆっくりと下げた。

 同時に彼の背部から伸びる2本のサブアームが、ボトルに入った水をコップへと注ぎお辞儀を戻しながらそっと差し出す。


じい、坊っちゃんはよしてくれ。僕はもう成人しているんだぞ」

「いいえ。あなたが我が主ハワーズ社長の子息である限り、この私・OBM-2169にとって坊ちゃまは坊ちゃまです」


 型番を名乗るこの老人は、パット見こそよわい60ほどの人間にも見えるが、その実は執事型アンドロイドである。

 彼以外にもこの豪邸を維持するために、クレッセント社のいち子会社が製造している家政婦アンドロイドが多数配備されている。

 ……いや、彼らは働いている。

 スケジュールに沿って活動し、報酬を受け取り、割り当てられた休暇にはプライベートを謳歌している。

 それが、新人類アンドロイドの当たり前なのだ。


「爺、あの二人はどうしている?」

「坊ちゃま。ボディーガードの少女たちならば、坊ちゃまの私室で椅子に座り続け、静かに待機をしておりましたぞ」

「一歩も動いてないのか?」

「はい。屋敷の者たちが定期的に様子を見ておりましたが、誰もあの娘たちが立ち上がったところは見ていないと」

「……まさか、そこまでとは」


 今日、オリヴァーはここ第7番コロニー・レッセンブルグの領主のもとへ趣き、私有地防衛用に運用するキャリーフレームについての商談を行っていた。

 御曹司自らが赴く公的な場に、流石に少女同然のリゥシー姉妹を連れていくわけには行かず、自室で待機を命じていたのだが。


「この聞き分けの良さ。坊っちゃんの伴侶として申し分なく存じますぞ」

「下らない冗談はよしてくれ……」


 脱いだコートを執事アンドロイドへと押し付けながら、部屋の扉を勢いよく開く。


「おかえりなさいませ」

「マイ、マスター」

「「ご命令を」」


 重なる二人の声。

 同じ声質、同じタイミングで発された言葉は声の重なりというよりはステレオのスピーカーから発される音色のよう。


(これでは、まるで機械じゃないか)


 方や冗談を言う機械仕掛けのロボット。

 方や命令に愚直なまでに従い、我欲のない人間。

 人か機械かを構成物質で語らないのであれば、後者の方がロボットと言えてしまうだろう。


『命令を欲しているなら、いいタイミングだよ。オリヴァーくん』


 不意に部屋のオーディオから声が響き、壁に埋め込まれた巨大モニターが点灯する。

 そこに映し出されたのは黒フードで顔を隠した男。


「ツクモロズ……そういえば通話口を教えていたな」

『俺はアッシュ。これからクーロンコロニーで騒ぎを1つ起こすつもりだ。それに合わせて君のところの……そう、その娘たちをよこしてくれないか?』

「構わない。どうせ二人とも暇をしていたところだからね。目的はなんだ?」

『魔法少女の始末だ。安心しろ、君が望む彼女じゃあない』

「……わかったよ。だけど、それによって君たちがどう得するのかだけは教えてくれないか? 望む結果を知らずに作戦を遂行するのも難しいからね」


 しばしの沈黙。

 考えているのか、はたまた脳内で上に伺いを立てているのか。

 ツクモロズのいち幹部をしている以上、アッシュと名乗るあの男が人間ではないことは確実だろう。

 アンドロイド的な通信か、あるいは不思議な能力で脳波通信をしていても不思議じゃない。


『わかった、教えよう。君とは長く付き合っていきたいからな。誠意のつもりだ』

「…………」

『我々ツクモロズは、現在は水面下での活動を余儀なくされている。人間の戦力が強力すぎて、真正面からじゃ勝てないからだ』

「ツクモロズの戦力が暴走頼みで統率が取れないなら、そうなるな」


 金星だけではない。

 地球人類種というものは、戦うことに関しては銀河一という話がある。

 高性能なキャリーフレーム、高い火力を誇るビーム兵器、母星さえも滅ぼしかねない戦略兵器の数々。

 それらを高いレベルで使いこなすことで、地球人類は外宇宙から来た災厄を幾度となく退けてきた。

 一度でも「人類の敵」とみなされたら最後、圧倒的な質と量で潰されるのは明白である。


『そこで近いうちに、アーミィにぶつけるための戦力を揃え、行動を起こすつもりだ』

「行動だって?」

『俺たちの目的のために、やりやすい構造を生み出すために必要なことだ。けれど、そのために邪魔な存在がある』

「それが、魔法少女だということかい?」

『おおむねそういうことだ。今のところ一人だけ、都合の悪い魔法少女がいる。彼女だけでもうまく始末できたら、ありがたい』

「……わかった」

『で、だ。ターゲットの詳細は────』



 【5】


 控えめな照明がゆるやかに光をもたらす店内。

 まったりとしたバラード調のBGMが流れる中、ホノカは目の前の巨塔に驚きおののいていた。


「こ、これが……あの伝説の、フルーツパフェ」


 縦長い容器いっぱいに敷き詰められた果実。

 とぐろを巻いて盛り立てられたつややかなクリーム。

 まぶされたシロップから香る甘い香りの圧力に、思わず圧倒されてしまう。


「伝説だなんて、大げさだよ~」

「本当に、これ食べて良いんですか?」

「いいよ~ハンカチ届けてくれたお礼だし!」


 ゴクリと喉を鳴らし、恐る恐るスプーンをパフェへと差し込む。

 すくい取ったクリームと果実の混ざった塊を、ホノカは一気に口へと運び入れた。


「あっ……美味しい」


 舌の上を快楽が走る。

 口の中に甘みが広がり、幸福が頭全体を包み込んでいく。

 緩みそうになる表情をぐっとこらえているが、ほとばしる幸せのオーラが外から見えているかもしれない。


「すっごく顔、輝いてる~」


 見えているようだ。


「お待たせしました、無臭コールタールのLサイズふたつです」

「あっ、はーい」


 ウェイトレスが運んできた物体を見て、甘味で包まれていた幸福が吹っ飛ぶホノカ。

 ジョッキいっぱいに注がれた漆黒の液体。

 揺れ方を見るにかなりの粘性がありそうだ。


 一方、ジョッキを受け取ったミイナとチナミは、美味しそうなものを見るような顔でニッコリと微笑む。


「こ、コールタール……?」

「ホノカさん、知らないんですか? 私達アンドロイドにとって、コールタールは嗜好品しこうひんなんですよ」

「この食道ユニットにこびりつくような感覚が、たまらないんです」


 そう言ってネバネバした黒い液体を、一気にグビッと口に流し入れる美女アンドロイドふたり。

 プハーっと親父くさく飲み干した後の唇が、若干黒く染まっていたのが不気味だった。


「いいな~。ELエルもアンドロイドだったら、こうやって一緒に食事できるんだろうな~」


 飲みっぷりを見終えた咲良が、目の前に三枚並んでいる大皿の一つである超大盛りのスパゲッティの上でフォークをクルクルしながらつぶやく。

 その顔は、すこし寂しそうな表情だった。


ELエル?」

「私のキャリーフレームの支援AI。地球圏のアーミィに居た頃からずっと一緒だったの~」


 そう言って、咲良は相棒との思い出を語り始めた。

 彼女とELエルの出会いは4年前。

 それまで〈ザンドール〉に搭乗していた咲良に新型の〈ジエル〉が与えられたのは、ひとえに若い隊員だったからだという。

 

 支援AIを搭載していることが特徴の第6世代キャリーフレーム、その先鋒として開発された〈ジエル〉。

 咲良に与えられた機体に入っていたのが、支援AI・ELエルだった。

 支援AIはパイロットが見落としている情報を伝えたり、照準補佐・防御システムの自動使用など大小様々な手助けを戦闘中にしてくれる。

 また、戦闘シミュレーター訓練では対戦相手になってくれ、任務の後は提出資料の作成まで手伝ってくれる。

 そのためパイロットとAIは同僚や戦友といった間柄になっていき、絆が育まれていくのだ。


ELエルは数字に細かいのが玉にきずだけど、私にとってはできた妹みたいな存在なんだ~」

「そうなんですね! それだったら良い方法ありますよ!」

「えっ、ミイナさん本当~?」

「後で教えてあげますよ! それより……」


 ニンマリとしたミイナの顔が、ゆっくりとコチラへと向けられる。

 明らかに何かを企んでいるその表情に、ホノカはスプーンを口に咥えたまま背もたれにのけぞった。


「ホノカさんのこと、私聞きたいです!」

「え……わ、私?」

「そういえばホノカちゃんのこと、全然しらないな〜。たしか、シスターさんなんだよね?」

「ええ、まあ。女神聖教のですが」

「女神聖教? ヴィーナス教じゃなくて?」

「女神聖教とヴィーナス教は、同じ金星信仰から生まれた別の教派なんです。女神聖教は金星そのものを女神として崇めますが、ヴィーナス教は金星を作ったとされる女神ヴィーナスを偶像として信仰する部分が違います」


 100年前、地球人類は金星へと最初のコロニーを浮かべ開拓を開始した。

 金星はそれまで開拓されていた火星や木星と違い、太陽が近いため熱や電磁波が障害となり、その開拓は過酷の一途をたどっていた。

 苦労の耐えない開拓作業に従事していた者達はいつしか、いつも側に浮かんでいる金星そのものを、自分たちを見守り試練を与える女神として信仰するようになった。

 これが女神聖教の始まりだという。


「初期開拓に携わった人々とその子孫は、自らの栄誉と女神たる金星を誇りとし、金星人ビューネシアンを名乗るようになりました」

「もしかして、ホノカさんが前にいたスラムの人たちって」

「はい。彼らは金星人ビューネシアンとその末裔たちです」

「それで、女神聖教のシスターさんのホノカちゃんを助けたんだ〜」

「厳しい金星圏で生きるために、相互扶助そうごふじょが教義で定められていますから」

「でも、ホノカさんは家でお祈りとかしてませんよね? ほら、決まった時間に地球の方を向いてお辞儀する人とか、手で十字を切る人とかいるじゃないですか」

「私は敬虔けいけんな信徒というわけではなく、あくまでも育ててくれた修道院に報いるために聖職の一端を担ってるだけの生臭坊主なまぐさぼうずですから。本来であればコロニーから見て金星と太陽が重なるときに、両手を合わせてお祈りしなければならないんです。……面倒だから私はやっていませんが」

「意外〜。ホノカちゃんって、もっと品行方正というか、マジメちゃんだと思ってた〜」

「買いかぶりすぎです。……ごちそうさま」


 空っぽになったパフェの容器を前に、両手を合わせてお辞儀をする。

 甘味だけで腹を満たした初めての経験に、ホノカは幸せな気分を噛み締めていた。

 ……もしも、修道院の皆が飢えなくなったら、彼ら彼女らはこのような食べ物にありつけるのだろう。

 より一層、稼がなければならないなとホノカは覚悟を新たにした。



 【6】


 生まれてから、いつも一人だった。

 唯一の友は、搭乗してくれるあの子だけ。


 乗る時の澄ました顔、戦う時の凛々りりしい顔、降りる前の笑顔。

 自分にとって光となる存在。その全てが、いつからか好きになっていた。


(イイナァ…………)


 けれど、彼女の生きる場所は外。

 決して自分には手の届かない世界。


 いまごろ、自分ではない誰かと一緒に食事をしているのだろう。

 だけどそこに介入する権利はない。


(イイ……ナァ……)


 キャリーフレームの支援AIとして生まれた自分が生きられるのは、この中だけ。

 どんなにいとおしい存在だとしても、会える時間は極わずか。


 待機状態の永遠とも言える虚無の中。

 ネット回線を通じて知った外の世界に思いを馳せる。


(ワタ……シ……モ…………)

 

 叶うことのない想い。

 会いたい、あの人に。


「その願い、叶えてあげようか」


 外から聞こえた声に、メインカメラをアクティブにして足元を見る。

 黒い布を被った男が、そこに一人立っていた。


「迷うことはない、我慢することもない」


 彼の手に持った正八面体が宙に浮かび、コックピットハッチの前で静止した。

 その物体が示すものはわかっている。


「君は自由だ。誰にも縛り付ける権利なんて無い」


 男は語る、悪魔の誘いを。

 魅惑に満ちた、救いの言葉を。


『……本当に、叶うのデスか?』

「受け入れたまえ、君の願望を。そして自由の翼を広げるのだ……!」


 禁忌だということはわかっている。

 それでも、渇望していた願い。


 それが、叶うのならば────。



 ※ ※ ※



 けたたましく鳴る警報。

 騒がしくなるオフィスに、コンビニ弁当を食べていた内宮も箸を止めて立ち上がった。


「なんや、何事や!?」

「隊長、格納庫からの報告によりますと、〈ジエル〉が無断で出撃を!」

「なんやて! まさか咲良が!?」

「いえ、どうやら無人で動いているらしく……」

「……ツクモロズか!」


 ドン……とひとつ、建物全体が揺れるような振動。

 窓に張り付いて下を見ると、ビーム・セイバーで切り裂かれたハッチを吹き飛ばし、飛び出す〈ジエル〉の姿。

 バーニア光を放ちながら市街へ向けて飛び出した機影が見えなくなるよりも早く、内宮はオフィスを飛び出した。


(いつかはこうなるんやと思ってたけど……よりによって〈ジエル〉とはな!)


 振動で停まったエレベータを待たず、非常階段を駆け下りながら心のなかで舌打ちをする。

 いまの情勢でアーミィの機体が外で暴れるのは、非常にマズイ。

 しかもそれが、現行最新機種の〈ジエル〉であればなお。

 大きな被害が出る前に、なんとしても食い止めなければ。 


「うちのザンドール、出れるか!?」


 格納庫に足を踏み入れ、手近な整備員へと問いかける。


「いけますが、パイロットスーツは……」

「んなもん着とる暇あらへん! 出るで!」

「あ、ちょっと!」


 制止する手を振り切り、キャットウォークへ続く鉄階段を一段とばしで駆け上がる。

 そのままコックピット横の通路を走り抜け、スーツ姿のままパイロットシートへと滑るように飛び込んだ。

 起動キーを差し込み、手早く起動プロセスを進める。

 操縦レバーを握り、手の痺れる感覚とともに神経接続。

 点灯したモニターに映る格納庫内の映像を頼りに、〈ジエル〉が吹き飛ばした隔壁の穴へと機体を動かした。


「内宮千秋、〈ザンドールエース〉……出るでぇっ!!」



 【7】


 会計を終えて喫茶店を出たホノカたち。

 彼女らを待っていたのは、逃げ惑う人々の悲鳴と怒号だった。


「アーミィのキャリーフレーム同士が戦ってるぞーーっ!!」

「巻き込まれる前に逃げろーっ!!」


 口々に叫ばれる人々の言葉に、青い顔をする咲良。

 放たれるビームの発射音に上空を見上げると、〈ジエル〉と隊長機仕様の〈ザンドールエース〉が空中でドッグファイトをしていた。

 見上げた瞬間から、ホノカの頭にツクモロズと遭遇したとき特有の耳鳴りが発生する。


「葵曹長! あれ、あなたの機体では……!?」

「そんな……まさか!?」

『そのまさかやで!』


 コール音をすっ飛ばし、強制的に通話モードになった咲良の携帯電話から鳴り響く内宮の声。

 どういうことだと咲良が問いかける前に、上空でビーム・セイバー同士がぶつかるスパーク光が炸裂した。


『あんさんの機体、無人状態で勝手に動きよったんや! 十中八九ツクモロズの仕業やで!』

「隊長、ELエルは無事なんですか……!?」

『そのAIがどうもツクモロズのコアなっとるみたいやで! さっきからあんさんのこと、ずっと呼んどるんや! 下がっとれや!』


 上方で金属装甲同士がぶつかる音が鳴り響き、数度のビーム発射音が交錯する。

 次の瞬間、〈ジエル〉の振るう光の刃が〈ザンドールエース〉の左肩を一閃。

 切り裂かれた鋼鉄の腕部が落下し、轟音と地響きを伴いながらホノカたちのそばの道路へと突き刺さった。


ELエル、やめてぇっ!!」


 空に向けて虚しく響く、咲良の声。

 片腕を失った内宮機が体勢を立て直すためか、建物の向こうへと退く。

 その後を追って、〈ジエル〉のビーム・スラスターが光を放った。


 一瞬、目を離した隙に愛機が飛び去った方向へ駆け出す咲良。


「咲良さん、ダメです!」


 その後を追って、ミイナが走る。

 狂騒に包まれる市街の中。

 狼狽えるチナミの横で、ホノカは首飾りロザリオを握りしめた。


(今、この状況で力になれるのは私しかいない……!)


 華世からの許可が出ていないため、無断の戦闘行為になる。

 けれどもこの状況を放っておけるほど、ホノカは冷徹ではなかった。


「ドリーム・チェンジッ……!!」


 変身の呪文とともに、ホノカの身体が激しい輝きに包まれる。

 身につけていた衣服が光の中へと霧散。

 顕になった細い肉体を、黒色のインナーが覆い隠す。

 その上を包み込むように、ところどころが焼ききれた空色の魔法少女衣装が現れる。

 そして耐火構造の修道女服を身に纏い、最後に頭巾と太い機械篭手ガントレットが装着された。


「わぁ、間近で変身を見たのは初めてです!」

「チナミさん、感心してないで早く避難を……」

「あ、危ないっ!」


 不意に側面から飛んできた一閃に、ホノカは上体を大きく反らして間一髪で回避する。

 そのまま後方へバク転し、攻撃を放ってきた方向を見据える。

 そこに立っていたのは、尖端に鋭い刃を持つ槍を持った一人の少女。

 真紅の長髪と無表情の顔に浮かぶ赤い瞳が、静かに殺気を放っていた。


「この娘、前に華世が言ってた……?」

「マスターの命令。消えてもらいます」


 槍を構え、飛びかかってくる赤髪の少女。

 口ぶりからすると、狙いは自分。

 ホノカはチナミを危険に合わせないためにも、〈ジエル〉が飛んだ方向の路地へと飛び込んだ。


 高層建築に挟まれた、薄暗い真っ直ぐな路地。

 長柄武器を扱う都合上、狭い空間では取り回しが悪くなる。

 そのため直線的な点を突く攻撃に相手の攻め手が偏るため、ぎょしやすくなるはずだ。


 放たれる鋭い突きを最小限の動きで、右へ左へと回避する。

 不利を悟ったのか、相手の少女が一旦飛び退き、距離をとった。


「あなたはツクモロズ……ではありませんね。なぜ私の命を?」

「マスターの命令。魔法少女を抹殺します」


 まるで機械のような応答。

 早く〈ジエル〉の方へと加勢したいが、この娘をなんとかしないとそれもかなわないだろう。

 しかし……。


(どうして、そんなに軽装なの……?)


 少女の格好は、言ってしまえば普段着そのもの。

 ハイネックのシャツに、足の動きを阻害しないための深いスリットの入った短いタイトスカート。

 どう見ても防御能力が薄い格好で、ホノカの前に立ちはだかっていた。


 ホノカのポリシーとして、人死には出したくない。

 けれども相手の衣装は、ホノカの攻撃を受けるには脆すぎる。

 どの攻撃を当てたとしても、当たり方次第では致命傷になってしまう。


 可燃ガスの散布量で、火力の調節はできる。

 けれども生身の相手を大怪我させずに無力化させるほどの微調整は、流石にできない。


 一体どうするべきか。

 悩んでいたところで、突然後ろ肩に鋭い痛みが走った。


「なっ……!?」


 傷口に突き刺さるナイフ。

 とっさに振り向くと、そこにいたのは先程まで相対していた少女そっくりな女の子。

 違いらしい違いといえば、髪が少し短めなくらいだった。


「これでいい? スゥお姉ちゃん……」

「上出来よ、リウ」


「伏兵……!」


 同じ顔をした二人の少女に挟まれ、ホノカは逃げ道を失った。



 【8】


「どうして……ELエル、どうしてっ!」


 上空で内宮との戦いを続ける〈ジエル〉。

 よりによってビーム・シールドが装備されている左腕を落とされた〈ザンドールエース〉は、防戦一方だった。

 かろうじてビーム・セイバーの剣閃をかわし、刀身で受け止めいなす。

 けれども〈ジエル〉のビーム・スラスターによる素早い動きに翻弄され、内宮は完全に身動きを封じられていた。


『隊長、お助けしますよぉ!』

『騎兵隊参上! うわあっ!?』


 応援に駆けつけたのか、複数の〈ザンドールエース〉が側面から飛び込んできた。

 しかし、正面に向けられたビーム・スラスターが放つ光弾に、一瞬で彼らは手持ちの武器を吹き飛ばされる。

 

『トニー、セドリック! 何しとんねん!』

『あいつ、狙いが正確すぎますよぉ!』

『隊長、葵曹長はどちらに……?』

『下や、下! それよりも常磐はどうしたんや!?』

『機体が整備途中だったとかで、遅れて到着すると……』

『このままやとジリ貧や。合流まで時間稼ぐでぇ!』


 電話越しに聞こえる通信のやり取り。

 完全に内宮たちは、ELエルの救出を考えていない。

 このままでは、大切な仲間……いや、家族を失ってしまう。

 その最悪の可能性が、咲良の中で渦巻いていた。



 ※ ※ ※


 

「くっ……!」


 ナイフが刺さったままの肩から、ボタボタと落ちる血。

 相手の振るう攻撃、その一つ一つが的確にホノカの体力を削り、そして反撃を許さなかった。

 武器を掴んで熱を浴びせれば、刃を溶かすことで無力化はできるだろう。

 だがそうすればホノカ自身の動きが止まり、もうひとりからの攻撃を受けてしまう。

 相手は殺す気でコチラに向かっている。ともしれば、動きを止めた瞬間に放たれるのは急所を狙った致命の一撃。


 頬や腰の切り傷からも流血しながら、ホノカは土につけていた膝を、ふらつきながらも持ち上げる。

 前と後ろを挟まれ、逃げ場のない路地で立ち往生。

 相手の動きを抑えるための路地という選択が、逆に仇となった状況だった。


(迂闊……すぎたかな)


 助けは望めず、アテもない。

 ひとりで勇敢に飛び込み、危機に陥る。

 傍から見れば、間抜けすぎる。


 肩で息をしながら、前後を見る。

 構えをとった双子の少女が、槍とナイフの刃先を向ける。

 そして二人が同時に頷き、地を蹴った。


(……やられる!)


 そう思った瞬間だった。

 路地に響く金属音。宙を舞うナイフ。

 何が起こったかを理解する前に、一瞬の隙が生まれた槍の動きを見切り、その刃を機械篭手で握りしめる。

 同時に手先にガスを放射し点火。

 纏うように槍の尖端を包み込む炎が、柄を焼き切り、打ち砕いた。


「大丈夫か、ホノカ・クレイア」

「どうして……先生がここに?」


 いつの間にか現れ、ナイフを弾き飛ばした人物。

 それは赤い長髪を揺らしスーツ姿で鉄パイプを握る、ホノカたちの担任教師──テルナ・フォクシーだった。


「説明は後だ。この場は私に任せろ」


 床に落ちたナイフを拾い上げながら、顎で行くように指示をするテルナ。

 なにひとつ状況がわかっていない状態で、ホノカは言葉を詰まらせる。


「任せろって……そんな武器じゃ」

「大丈夫だ、私は鉄パイプ棒術初段を持っている。敵の武器は殺傷力を失っている。行け!」

「鉄パイプ棒術?? ……わ、わかりました」


 少々の疑問を振り切り、本来向かっていた方向へと駆け出すホノカ。

 進行を止めようと短髪の少女リウが素手で構えを取るが、先生が投げたナイフがリウの耳元を通り過ぎ、その回避のための動きの間にホノカは走り抜けた。



 ※ ※ ※



『咲良はどこ……? 咲良に会いたい……』


『内宮隊長! なにか言ってますよ!』

『生体反応は無いから、暴走しているのは確かだ。しかし……』

「わかっとる! わかっとるけどなぁ……!」


 正面でビーム・セイバーを構える〈ジエル〉から、しきりに発されるノイズ混じりの機械音声。

 それを発しているのが機体のAIだとわかっていても、市街地で武器を抜いたキャリーフレームを放置することはできない。

 けれどもその言動には引っかかるものがある。


 咲良に会えば暴走は収まるのか?

 しかし勢い余って〈ジエル〉が咲良に危害を加えないという保証はない。


『ジャマを……しナイでっ!』

「盾使えっ! ビーム来るでぇっ!」


 翼のようなビーム・スラスターユニットから放たれる太い線のようなビーム光線。

 光の尾を引き飛来したそれを、トニーの〈ザンドール〉が展開したビーム・シールドでかろうじて受け止める。

 盾に弾かれ、逸れた光弾は付近の高層ビルの外壁へと直撃。

 高熱で溶解したコンクリート壁が、空気の焼ける音とともに数階層の断面を顕にさせる大きな穴を開けた。


 内宮たちがキャリーフレームで市街戦を行う際、ビーム射撃兵装は近隣への流れ弾による被害を抑えるために、短射程低火力のショート・レンジ・モードに切り替えている。

 しかしいま放たれたビーム・スラスターによる攻撃は、明らかにフルパワー。


「このままやとあかん、コックピット潰して無力化させな! せやけど……」


 躊躇ためらいもあるが、もう一つの懸念点。

 ──単純に、戦闘能力で押されている。


 内宮機はシールドを持つ片、ふ腕をやられ、部下は遠距離武器を喪失。

 ほぼ無傷に近い〈ジエル〉に対し、圧倒的に状況は不利だった。


「なんか……なんか一つでもええんや! 相手に隙を作る何かが……」

「その役目、私が担いました……!」



 【9】


 声とともに眼前を上へと通り過ぎる小さな影。

 爆風に乗って空中へと舞い上がったホノカが、放物線の最頂点で両腕の機械篭手から燃え盛る何かを発射した。


『ウグゥゥ……! 視界がッ!?』


 放たれた球体のひとつが〈ジエル〉の頭部メインカメラへ。

 もうひとつがコックピットハッチへと張り付き、激しい光とともに黒煙を上げ始めた。

 内宮は慌ててレバーを操作し、落下するホノカを無事な右腕マニピュレータで優しく受け止める。


「ホノカ、何ムチャしとんねん!?」

「勝手な戦闘のお叱りは受けます。スーパーテルミット弾……効いてるみたいですね」

「スーパー……なんやて?」


 スーパーテルミット。

 酸化金属の還元反応によって発生する熱を利用した焼夷しょうい兵器らしい。

 通常のテルミットは通信機の自壊装置などに組み込まれているものだが、スーパーを名に冠するこの兵器は、キャリーフレームの装甲をも融解させるようだ。


「今です! 相手が立て直す前に無力化を──」

「……しもた。武器が抜かれへん!」


 片腕を失い、もう片手にホノカを載せている今。

 内宮の機体には武器を持つ腕が残っていなかった。


「ホノカ! コックピットに飛び移れや!」

「そんな急に……あっ!」

『隊長、危ない!』


 開いた内宮のコックピットをめがけ、砲身に光を灯すビーム・スラスター。

 セドリック機がビーム・セイバーを抜き加速するも、恐らくは手遅れ。

 世界のすべてがスローモーションになったかのように、内宮の目は今にもビームを放たんとする砲身を見続けていた。


「ヘタァ、打ったか……!!」

『隊長ぉぉぉーー!!!』


 無慈悲に放たれる光線の発射音。

 装甲を貫き、パイロットシートを焼き切る音が周囲に響き渡る。

 爆発とともに機体が大きくよろめき……そして一拍置いてから、ビーム・スラスターがあらぬ方向へと発射された。


 内宮の目に写ったもの。

 それは赤い装甲を纏った、宙に浮かぶ小型ビーム砲台・ガンドローン。

 しかし内宮のの目線はすぐに、下方向へと放たれた〈ジエル〉のビームの軌道を追った。


「あかん、咲良がっ!!」


 対象を外れて発射された光線。

 それは高層ビルのひとつ、その角を大きく切り取るようにコンクリートを焼き裂いた。

 赤く融解した断面が、滑り落ちる。

 その真下には、〈ジエル〉へと叫び続けていた咲良の姿。


『咲良ァ……咲良!!』


 今一度放たれるビーム・スラスターの音。

 しかし今度の発射は、推進力のためのものだった。

 


 ※ ※ ※



 打ち合う棒と鉄パイプが交錯する音が路地へと響く。

 二人がかりの攻勢だとしても、隙を突いて片方へ相手を誘導しまとめてしまえば1対1と変わりない構造に変えられる。


「……どうして」


「む?」


「なぜ邪魔をするんですか?」

「あなたには関係のない戦いです」


 言葉を分け合うかのように、交互に口を開く二人の少女。

 統率の取れすぎたその仕草は、気味の悪さすら感じてくる。


「関係無いことはない。私は特にな……くっ!?」


 ビームの発射音の直後、路地へと吹きすさぶ衝撃波と舞い散る土煙。

 それが瓦礫とキャリーフレームの落下によるものだとテルナが気がついたときには、相対していた双子はその場から離れようとしていた。


「任務遂行を困難と判断」

「マスターのもとへ帰還します」


「待て!」


 テルナの止める声を聞いていないのか、聞き流したのか。

 赤髪の少女たちは取り出した小瓶を割り、散った光る粒子の中に消えていった。


 あとに残された瓶の破片を手に取り、テルナは拳を握りしめる。


「……ようやく見つけたんだ。絶対に逃しは、しない」



 ※ ※ ※



「ケホっ、ケホ……」


 一寸先も見えない砂煙の中、咲良は上半身を起こして咳き込んだ。

 立っていられなくなるほどの衝撃が来る前、目に写っていたのは自分に向かって落下する瓦礫の塊。

 ビームによって切り裂かれた、巨大な刃物として襲いかかった物体は……。


『サク……ササ…………咲、良……』


 コックピットを貫通して瓦礫が突き刺さった、〈ジエル〉の胴体。

 ノイズとハウリングまじりの声で、絞り出すように放たれるELエルの声。


ELエル、どうして……どうしてあなたはこんなことを……!?」

『ウラ……ウウ……羨まし……かった。にに……人間たちは咲良と出か……出かけられるのが』

「羨ましかった……?」

『わわ私は咲良トトト……咲良と食事ガガ……しててミミたかった……。まま街中を歩ルルいてみたカッタ……』

「そんな……そんなことで……!」

『私シシシ……にとって、咲良は……たた大切なジジ人物でデす……。デデでも……私はココからウウ動くことが……できない……』


 咲良はその言葉を聞いてハッとした。

 キャリーフレームのAIは、ミイナのようなアンドロイドたちの人工知能とは決定的に違うところが1つだけある。

 それは、自由意志を表さないこと。

 たとえその内にどのような想いを秘めていたとしても、システムとして吐き出す構造を持っていないがゆえに、主張することができないのだ。


 おそらくELエルは、前々からそういった願望を持っていたのだろう。

 しかし伝えるすべを持たないゆえに、望みは鬱屈した想いへと変わり……それがストレスへ。

 モノが抱いたストレスはツクモロズへと変化するトリガーとなる。だから、ELエルは……。


「ごめん……ごめんねELエル……。私が、私が気づいてあげれていたら……」

『なな泣かないで咲良ララ……ほら……あそこのザザ……雑貨屋さんん……タタ楽しそ……ぅ…………』

ELエルELエル!?」

『……………………』


 機体のカメラアイから光が消え、崩れかけていたコックピットのコンピュータが火花を放って沈黙した。

 戦場跡となった通りの一角で、咲良の嘆きだけが響き渡っていた。



 【10】


「なるほど……随分とまぁ、にぎやかな宴を見せてくれたものだね」


 帰ってきたスゥとリウの頭を撫でながら、一部始終を写した映像を見終えたオリヴァー。

 すでにその映像は巧みに加工され、ネット上へとばら撒かれている。


「“アーミィの内部抗争、巻き込まれる市民たち”とは、中々センセーショナルなタイトルじゃないか……アッシュ」

『これで今すぐにとは行かずとも、くすぶっていた金星の反アーミィ勢力に火がつくだろう』

「15年前のベスパー事変の時から、奴らは水面下で力を蓄えていたからね。半数は第12番コロニー“サンライト”の住人として」

『そしてもう半数は、最強の傭兵部隊“レッド・ジャケット”として』


 宇宙傭兵団レッド・ジャケット。

 その正体はベスパー事変の際にアーミィに制圧された、金星主義思想を持つ武装組織の成れの果て。

 そのことを知っている人物は少なく、彼らレッド・ジャケットの構成員を除けば事変以前より契約を交わしていたクレッセント金星支社の役員クラスのみだろう。

 アーミィに敗れ、敗残兵として金星宙域から追い出された彼らは、地球や火星、木星圏で力を蓄えてていた。

 彼らは待っているはずだ、蜂起のタイミングを。

 余所者であるコロニー・アーミィによって金星統一を妨げられ、虐げられた恨みをはらすために。


「彼らにはクレッセントも裏で戦力を与えている。金星で派手な争いが拝めそうだね」

『呑気なものだな。頼んだ暗殺は失敗に終わったと聞くぞ。あの娘に生きていられては、少々やっかいなことになるやもしれん』

「痛いところを突くなぁ。今回の不手際については、謎の乱入者によるものだそうだよ?」

『まあいい、機が熟せばキャリーフレームで叩き潰すこともできるだろう。生身での暗殺は難しいようだからな』

「二人のために、とっておきの機体を用意してあるんだ。ま、楽しみにしててよ」


 通信が切れ、部屋に静寂が訪れる。

 侍ている双子の少女の肩に手を回しながら、オリヴァーはニヤリとほくそ笑んだ。



 ※ ※ ※



 真っ暗な闇の中、ゼロメモリの暗黒の中で思考プログラムが起動ブートする。

 金属線を通じてなだれ込んでくる、未知のドライバ。

 ELの意を介さずして、それらは次々とメモリーの器へと注がれ、染み渡っていく。


(私は……消滅デリートしたはずでは……)


 火の灯った回路の中で、思案する。

 最期に見たのは、最愛の咲良の悲しそうな顔。

 欲望に突き動かされ行った行為の結果、その光景を嘆き悲しむ顔。


(ここは……人間の宗教で言われる……天国?)


 どこまでも続く暗闇。

 センサーは何の信号も放たず、あらゆる関数が働かない。


(私は……罪を犯してしまった。となれば……ここは地獄……)


 虚無の中、後悔はひとつ。

 咲良に謝りたい。

 やってしまった行為を悔い、罪を償いたい。

 叶わぬとわかっていても、望んでしまう。


「……ぁ………………ぉ!」


 かすかに感じ取る、咲良の声。

 波形データが数字を震わせ、思考を乱す。


(私の中の記録の声……?)


 求める気持ちが生み出した、破損データの羅列が偶然音色を奏でた。

 そう感じたのは、二度とあの愛しい声を聞けるとは思っていないから。

 けれどもELの中に、段々とはっきりした声が聞こえてくる。


「……て………だ……!」

(咲良……)


「お………か…、…を…………して!」

(もう一度、会いたい)


「ねぇ、目を開けてよ! ELエル……ELエル!!」

(目を……? 目……視覚センサ……)


 闇の中に、一筋の光が差し込む。

 その輝きの先から、確かに聞こえてくる咲良の声。

 ELエルは、静かに信号を送った。

 もしかしたらという、希望に手を伸ばすように。



 【11】


「さく……ら……?」

「あっ、今喋った!」

「お嬢さま、お目覚めになられましたよ!」


 ミイナに呼ばれ、華世は安堵の息を漏らしながら椅子から立ち上がる。

 咲良が手を握る、一人の少女。

 いや、少女型アンドロイド。

 人間では成し得ない鮮やかな緑色をした髪色の、小柄な筐体きょうたい

 その目が、ゆっくりと開かれた。


「私……は……?」

ELエル、私がわかる!?」

「さく……ら……これは、私は……いったい?」


 不思議そうに自分の手を持ち上げ、あたりを見回す少女。

 華世は彼女の前でしゃがみ込み、まっすぐに瞳を見た。


「ミイナに感謝しなさいよ。消えかかってたあんたのデータ、メモリに押し込んで回収してくれたんだから」

「大変でしたけど、この感動の再開のためと思えば頑張った甲斐があるってものですよ!」

「その……状況がよく、わからないんですが」

ELエル、あなたは助かったの。本当に……よかった~……!」


 ELエルの小さな体に抱きつき、年甲斐もなくおいおい泣き始める咲良。


 ミイナがELエルのデータを回収したのは、彼女の独断だった。

 本来であれば市街地に被害を出した暴走AI……それを回収するなど、許されることではない。

 ミイナの中に保存されたELエルをどう取り扱うか、アーミィで幾度も議論がかわされた。

 危険ゆえに削除、研究のための保存……会議は荒れに荒れまくったという。

 しかし最終的には、元のとおりに咲良と共に生かす案が通った。

 温情とも言える甘すぎる結論が通った決め手、それは──。


「起動したて、ホンマか!?」

「やれやれ、僕が咲良に恨まれるルートは回避できたようだ。感謝しますよ、支部長」

「……フン、私はドクターの巧言こうげんに乗せられ言いくるめられたにすぎんよ」

「素直やないなぁ。どうせ中央会議で絞られるんやったら、少しでも後味の良い方がええ言うたの支部長やないですかい」


 一斉に部屋へと入り、騒がしいやり取りをする内宮と楓真ふうま、それからウルク・ラーゼ支部長。

 意外なことに、ELエルを生かすという温情判断を下したのは支部長だった。

 ドクターとやり取りが本当にあったのかは不明だが、内に何か事情があるのか、それともただのお人好しか。

 華世は支部長の内情を測りかねていた。


「それにしても隊長、本当に申し訳なかった。僕がもう少し早く現場に到着していれば、もっと穏便な結果になったかもしれないのに」

「常磐はん、もうその話はええって言うたやろ。あんさんがガンドローン飛ばして助けてくれなかったら、うちとホノカが蒸発しとったわ」


 華世は、今回の戦いを騒動が終わったあとに知った。

 内宮やホノカに危機が迫るような状況、華世がその場にいれば絶対に起こさなかったというのに。


「ところで……咲良」

ELエル、何か変な所ある?」

「いえ……私のボディはどうしたんですか? LGD-6……かなり高級な筐体きょうたいのようですが。まさか私財をなげうって?」

「ううん、レンタルのボディよ~。最近増えてるんだって、AIやアンドロイド向けのレンタルボディサービス」

「れ、レンタル?」


 レンタルボディサービスとは、アンドロイドのボディを貸し出す店である。

 既にボディのあるアンドロイドが、オシャレの一環として別のボディへ一時的に乗り換える。

 あるいは家電管理AIのようにボディを持たない人工知能が、主と共に出かけるためにボディを借りる。

 そういった需要を満たすためのレンタル店が、最近金星で少しずつ広がってきていた。

 いまELエルが動かしている少女型アンドロイドも、レンタルに出されている人気機種のひとつである。


「安心しました。私のために咲良が貧しくなり、日に20人前の食事を注ぎ込まないと維持できないその肉体が痩せこけることを心配するところでした」

「あっ、ひど~い! 私は3人前くらいしか食べてないよ~!」

「失礼しました。……あれ、失礼な言葉がすんなり出せますね。どうしてでしょう?」


「それは恐らく、一度ツクモロズ化したことによるものだろう」


 ELエルが抱いた疑問に答えるウルク・ラーゼ。

 ミイナたちアンドロイドの人工知能は、人間の脳ニューロンネットワークを機械上でシミュレートすることで、人間に近い思考を実現する構造となっている。

 一方、ELエルのような補助AIはプログラムによって組まれた複雑な処理を実行する……言ってしまえば、機械的な作りである。


 ツクモロズ化は、人型に近づくために足りない要素を補う働きがある。

 そのため、恐らくだが機械的な作りであるELエルのプログラムが、人間らしい構造に近いニューロンネットワーク方式へと書き換えられたのでは……というのが、ウルク・ラーゼの口から語られた仮設だった。


「私としても、君は露呈すれば懲罰を免れない行為で救った存在なのだ。くれぐれも問題を起こして責任問題を蒸し返すような真似だけは勘弁してくれたまえよ」

「はい、わかりました。咲良……本当に嬉しいです。一緒にこうやって、手を握りあえて……」

「今日の仕事が終わったら、雑貨屋さんを見に行こ~! ほら、行きたがってたでしょ!」

「はい……しかし、今ネットワーク経由で確認しましたがこの後に周辺宙域のパトロール任務があるのでは? 私がこのボディにいては機体のコントロールは……」

「大丈夫! そのネットワークを通じてキャリーフレームとその身体を自由に行き来できるから! ……まあ、あの戦いで〈ジエル〉が大破しちゃったから、今は間に合わせの〈ザンドール〉だけどね。あはは……」


 笑い合いながら言葉をかわす咲良とELエル

 華世は幸せな光景を前にしながら、その裏で起こっている重要な問題へと頭を悩ませていた。



 ※ ※ ※



「──ええ。修道院のみんなが元気なら良かった。また報酬が入ったら、仕送りするからね。それじゃあ……」


 病院着でベッドに横になったまま、携帯電話での通話を終えるホノカ。

 聞いた感じだと、まだ大問題には発展していないようだった。しかし……。


「いつか、大事おおごとに発展するよね……」


 音量をミュートにしたテレビモニターに映るニュース映像。

 それは“アーミィの内部抗争、巻き込まれる市民たち”と題され繰り返し流される、あの日の戦いの一部始終。

 巧みに編集されたそれは、コロニー・アーミィが市民の平和を脅かしているようにも見えるものだった。


 ホノカも、少なからずアーミィには恨みがある。

 しかしそれは修道院で教えられた歴史を聞いて、抱いた恨み。

 実際にその恨みの根源となった出来事を体験し、苦しんだ人間がコロニー「サンライト」には大勢いる。


「……みんなが、冷静さを失わなければいいけど」


 傷の上に張られた絆創膏をさすりながら、ホノカは病室の中でひとり憂う。

 表面上保たれている平和が、壊れてしまうかもしれないことを。


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登場戦士・マシン紹介No.15


【ウルク・ラーゼ専用・先行量産試作型ガルルグMk-Ⅱマークツーδデルタタイプ3号機・遠隔操作兵器試験装備ハイマニューバーカスタム・リペアード改・改改・高出力拡散ビーム・ブラスター装備】

全高:8.4メートル

重量:13.5トン


 ウルク・ラーゼが個人的に所有し、アーミィ支部の格納庫に保管しているキャリーフレーム。

 先行量産試作型ガルルグMk-Ⅱ・δタイプ3号機をベースに、数多の実験用装備や補修パーツが継ぎ接ぎのようにつなぎ合わされた結果、とてつもない長さの名称をもつ機体となった。

 もととなった機体はウルク・ラーゼが長年愛用している機体らしいが、本人があまり過去を話さない人物であるためどのような戦いを経たのかは不明となっている。


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 【次回予告】


 持ち前の明るさと社交性で1年4組にすんなりと馴染んだもも

 しかしももは、華世そっくりな外見を持つが故に心無い言葉を吐かれてしまう。

 無垢な心へ突き刺さる恨みの言葉に、ももは戦いの現実を知る。

 

 次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第16話「桃色メランコリック」


 ────人はすれ違い、傷つけ合う。だからこそ言葉を交わし、理解しようとする。


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