第16話「桃色メランコリック」

 人と関わるということは、傷つくこともあるということ。

 だから私は、必要以上に関係を作らない。

 傷つきたくないし、傷つけたくないから。


 だから、関係を作りに行って傷ついたのだったら……それは、自業自得と言えるのかもしれない。


 それがぬくもりを求めた果てだとしたら、悲しいけどね。



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        鉄腕魔法少女マジ・カヨ


       第16話「桃色メランコリック」


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 【1】


「では、これより特別定例会議を始める」


 早朝6時のアーミィ支部。

 会議室の壇上で、低い声を発するドクター・マッド。

 華世は両隣に座る内宮と咲良と同時に、頷きを返すことで了承をした。


「まず……」

「ふわぁ~あ……最初に聞きたいことがあるけど、いいかしらドクター」

「華世。どうした?」

「いつもと時間が違うのと……ウィルと、咲良以外のハガル小隊、それから支部長が不参加なのはどうして?」


 特別定例会議、それは華世がアーミィに所属してから定期的に行われていたツクモロズに関する報告会。

 華世と協力者のウィルはもちろん、ツクモロズと交戦経験の多いハガル小隊と、責任者ゆえにウルク・ラーゼ支部長が夕方に集まり行われるのがいつもの状態だった。


 けれども今回は早朝に、しかも会の日をいつもとずらした上で参加者を絞っている。

 しかも不参加の面々には情報を隠した上で。


「……もっともな意見だ。まあ、隠していても仕方がない。スパイ対策のためだ」

「アーミィ内に、ツクモロズのスパイが居るって話でしたよね?」

「先日のELエル暴走の際、彼女は男のツクモロズから誘いを受けたという」

「なるほどな、それで男の参加を禁じとるわけか」


 言われてみて確かに、この場にいるのは女性のみ。

 外されているのは皆男性。簡単なことだった。


「スパイの正体に関しては僅かな断片のみしか明らかになっていない。くれぐれも口外するなよ?」

「わかったわよ。それで? 報告があるんでしょ、ドクター」

「ああ。君たちがアーマー・スペースにて撃退した少年型ツクモロズ……レスと名乗ってたか。彼が残した頭骨から身元が判明した」

「えらいなごうかかったなまどっち。あれもうひと月くらい前やで?」

「DNAの欠損が激しかったのと、金星外のデータが必要だったからな。それで、出た結果がこれだ」


 ドクター・マッドがリモコンを操作すると、彼女の背後に光る大型ディスプレイに書類が映し出された。

 それは、一人の人物の個人情報と証明写真が刻まれた住民票のような資料。

 その写真の顔は、紛れもなくあのとき華世が戦った少年・レスのものだった。


「少年の名前はティム・ジョージ。地球圏コロニー出身の子供だった」

「地球圏の……コロニー出身者?」

「なんでそないなところからわざわざ……待てや。よぅ見たら享年書いとるやんけ!?」

「そこなんだ、問題は」


 そう言ったドクターが、いくつかの書類へと画面を切り替え、報告書のような形式の文章だらけの資料で止めた。

 そこに書いてあったのは、一人の少年の人生の顛末。

 研究施設で働く父親を訪ねたところで、運悪く爆発事故に巻き込まれ、死亡……。

 追記として、上半身の遺体が発見されなかったとも記されていた。


「じゃあ、事故で死んじゃった子がツクモロズになって襲ってきたんですか~?」

「せやけど、人間がツクモロズになるんか? 今までそないなことなかったで?」

「我々が掴めていないのか、あるいは例外だったのか。それは今の所なんとも言えないが……ヒントを既に一つ、我々は持っている」

「……ももね」


 表向きは華世の妹として暮らしている、華世そっくりな少女、もも

 彼女は最初、ツクモロズからの刺客として華世達を襲ってきた。

 また、その際にホノカがはっきりとツクモロズ特有の気配をももから感じている。

 しかし、しかしだ。

 一度、魔法少女へと変身して以降……彼女の髪は金から桃色へと変わり、同時にツクモロズの気配は消えた。

 そして、残っている謎がもう一つ。

 ももは、いったい何を依り代にしたツクモロズなのか。


「華世、あれからあの子の様子は?」

「全然何も。今日も学校に通ってるし」

「アーマー・スペースの時から変身もさせとらんし、大蛇みたいな姿にもなっとらんで」

「私も何度か会ってますけど、普通に良い子ですよ~?」

「……ふむ」


 顎に手をあて、考え込むドクター。

 しかし答えが出なかったのか、数秒してから大型ディスプレイを消灯した。


「引き続き経過観察はしておいてくれ。くれぐれも……」

「あの子を危険な目に合わせないように、でしょ?」

「そうだ」


 以前にアーマー・スペースでももが戦いに参加した後のこと。

 叔父でありコロニー・アーミィの大元帥でもあるアーダルベルトから深く注意されたのは、ももの身の安全についてだった。


(あたしは、心配されたことないのにな)


 別に妬んでいるわけではない。

 彼の放任主義がなければ、華世は行動を制限されリンのようなお嬢様生活を強いられていただろう。

 内宮たちと共に暮らしているのも、人間兵器として戦えているのも、ひとえに唯一の肉親であるアーダルベルトの許可の賜物たまものである。

 ただ、そんな彼がどうしてももの身を執拗なまでに案じるのか。

 それだけが、不思議だった。


「私からの報告は以上だ。何もなければ解散にするが」

「……そうね。改めて思い返して感じたことだけど、レスの奴……秋姉あきねえのキャリーフレームが来たときやたらとキレてたわね」

「怒っていた?」

「うちも妙やな思ったわ。その日ダメ元でCFFS照会したら、うちの機体だけ待機状態になっとった。いつもやったら格納庫にあるはずやったのに……」


 あの日の戦いは、敵のキャリーフレーム隊に苦戦するホノカを助けに、内宮と華世がほぼ同時に現場に到着した。

 実際は華世が先に向かっていたのだが、後から追いかけた内宮がキャリーフレームで駆けつけたので、追い抜かれる形となった。

 あのときのレスの怒りようは、余計な横槍に対してか、あるいは他に理由があるのか。

 答えのない問題に結論が出ないまま、この会はお開きとなったのだった。



 【2】


 人工太陽が照らす陽光が差し込む朝の教室。

 ホームルームまでもう少しといった時間帯、徐々に賑やかになっていくクラスメイトの声。

 学生たちの喧騒を聞きながら、ホノカは読書用眼鏡をかけたままひとり微睡まどろんでいた。


「ふわぁ~……」

「眠そうッスね、ホノカ」

「まぁ、昨日遅くまでドラマ見てたから」


 カズに「不健康ッスねー」と笑われながら、眼鏡をケースに戻すホノカ。

 そのまま目逸らしがてら、窓際へと目を移した。

 耳をすませば聞こえてくる、元気な話し声。


「ねえももさん、もうすぐ夏休みだけどどこか旅行にいくの?」

「どうでしょう? お姉さまが考えてくれたら行くかもしれないです!」

「私、サマーに海水浴に行きたいな。……あっ、見て! 葉月先輩よ!」

「本当だ! お姉さまー!」


 友達らしい女生徒たちとともに、窓の外へと無邪気に手を振るもも

 彼女が転校という形でクラスに編入されてからひと月弱。

 持ち前の無邪気さと社交性によって、ももがクラスへと馴染むのに時間はかからなかった。


 それとは別に、華世の存在もももの受け入れを後押しした。

 魔法少女であることを公にしているゆえに、学校内での知名度はピカイチ。

 そのうえ、このクラスにとっては教師たちも手を焼いていたイジメ女生徒グループ。

 彼女たちが大怪我を追うことになった事件を華世が解決したわけだが、それがきっかけでグループの余罪が表に出た結果、転校。

 実質的に排除してくれた功績もあるらしい。

 その時に学校をツクモロズから守るために戦ったこともあり、華世はこのクラスだけでなく生徒たちほぼ全員からヒーロー……あるいはアイドルのような人気を博していたのだった。


「見た見た!? 私に手を振ってくれたわ!」

「ええーいいなー!」


 桃色の鮮やかな髪を揺らしながら、窓際で友人とぴょんぴょん跳ねるもも

 明るすぎる彼女たちの太陽のような雰囲気から目を背けたホノカは、向いた先に見慣れない顔がいることに気がついた。


「カズ、あの子このクラスにいたっけ?」

「ん? ああ望月さんッスね。昨日まで登校拒否してたらしいスけど、やっとくるようになったッスか」

「どうして登校拒否を?」

「……何ヶ月か前に、華世の姐さんが倒したツクモロズがあの子のぬいぐるみだったんスよ」


 大事にしていた物が怪物ツクモロズになり、目の前で倒された。

 その精神ショックがもとで不登校になったというなら納得はできる。

 華世の活躍も光だけを生んでいるわけではないのだな、とホノカは改めて認識した。


ももさん、そのポケットの……何?」

「あっ! 出ちゃだめ!」

「きゃっ!?」


 不意に聞こえた小さな悲鳴に再びももの方を見ると、彼女のスカートのポケットから何か小さいものが飛び出すところだった。

 それは空中で静止すると、パタパタと小さな羽を動かし始めた。


「息苦しかったミュー!!」

「ダメですよミュウ! 学校で顔出しちゃ!」

「そうは言っても、ポケットの中は息苦しいんだミュ!」


 突然現れた青い毛玉……もとい空飛ぶハムスター。

 人語を話す奇妙な存在に、クラスメイト全員の視線が吸い寄せられていた。


 華世に魔法少女の力を与えた妖精族、ミュウ。

 元は人型をしていたらしいが、力を与えて以来あのハムスターの姿でいるという。

 普段はミイナ管理のもと、ハムスターケージの中で回し車を回す毎日に明け暮れているらしい。

 ももの言い方から、どうやら彼女が連れ出したようだが……。


もも、早くその子を隠しなさい。先生が来ちゃう」

「ホノカちゃん! わかってるけど……」


「何がわかっているんだ?」


 低い声にギョッとしながら、ゆっくりと振り返る。

 そこに立っていたのは赤いロングヘアーと眼鏡がきらめく、テルナ先生の姿だった。

 先生は素早く腕を伸ばし、宙に浮いていたミュウの羽を指で掴み、捕まえる。


「えっと、その、先生、これは……」

「学校にペットの持ち込みは禁止だ。私が預かっておく」

「でも先生、その子……」

「案ずるな。私は小動物飼育検定二級を持っている。放課後になったら取りに来い」


 低く冷たい声に気圧され、何も言えなくなるももとホノカ。

 先生はそのまま理科で使う予定の虫かごにミュウを放り込み、一緒になにかスナックのようなものを数個入れた。

 ミュウが目を輝かせてかじりつくのを見るに、ペットフードのようだ。


「あの、いつも持ってるんですか?」

「道行く動物に与えることもある。ふたりとも早く席につくんだ。ホームルームを始めるぞ」

「あ、はい……」


 それ以上のことは聞けず、ホノカとももは渋々自分の席へと座った。



 【3】


「くそっ! 気に入らないねえっ!!」


 拳を石床に叩きつけ、衝撃でトゲトゲした岩が隆起する。

 波のように伝わり広がっていく岩石の津波は、やがて対岸にある廃棄品を貫き、打ち砕いた。


「ハァ……ハァ……」


 フェイクはいきどおっていた。

 来る日も来る日も、スパイをやっているアッシュの報告待ち。

 暇をつぶすために、バトウの爺さんが用意した訓練場で能力磨き。

 何も進まない日が、あまりにも長く続いていた。


 二人の少女を侍らせた、いけ好かない優男。

 奴とアッシュが何かを進めているという話だけは、うっすらと聞いていた。

 しかしフェイクは蚊帳かやの外。

  

 これではいつまで経っても、鉤爪の女へと復讐は果たせない。

 平穏な生活を望めない。


「ちいっ!!」


 組んだ両手を叩きつけ、ひときわ太い石柱を作り出す。

 伸びゆく岩の管は徐々に枝分かれしていき、マト代わりに並んでいた複数の廃棄物を同時に打ち貫いた。


 乱れた呼吸を整え、一息つくフェイク。

 その鍛錬を褒めるかのような一人分の拍手が、背後からパチパチと聞こえてきた。


「爺さんか、あるいは仏頂面か? 人の訓練覗き見なんていい趣味じゃ……」


 振り向き、そこにいた人物を見て言葉を失うフェイク。


「良い力の伸びだ、フェイク」


 なぜなら、この場所を訪れていたのは……ツクモロズ軍団の長、ザナミだったからだ。


「……これは、これは」

「そう固くならなくても良い。バトウは居らぬ、自然体で話されよ」

「そうかい。……じゃあ聞くよ、何の用だい?」


 目を細め、睨みながら問いかけるフェイク。

 ツクモロズのトップが、ただ称賛の言葉をかける為に見習いの鍛錬を見るはずがない。

 しかも一人でともなれば、なにか理由があるのだと思うのが自然である。


「目覚ましい成長をしていると聞いてな。そなたにならば我がめいを全うできると感じたのだ」

「命令……? 鉤爪の女と戦わせてくれるってのかい?」

「結果的にそうなる可能性もある。……まもなく、魔法少女打倒計画がフェーズ2へと進むのだ」


 ザナミは、ゆっくりと語りだした。

 これまでツクモロズが行ってきたことは、すべて段階フェーズを進めるためのものだった。

 段階フェーズは倒れたツクモロズから回収できるモノエナジーを得ることで進んでいき、もうすぐ次へと進むという。

 段階フェーズが進めばツクモロズ全員が強化され、計画の実行がより盤石なものとなる。


「……最終的に、どうなるっていうんだい?」

「我々ツクモロズは解放される。無限の生命力を得て、永遠に自由に生きながらえるのだ」


 永遠の命と、永遠の自由。

 至って眉唾な最終目標だが、フェイクにとって魅力的なものであることも確かだった。


 鉤爪の女、華世に敗れる以前……フェイクは生命エネルギーの減少に苦しみ続けてきた。

 そのために秘密裏に大勢の人間を捕らえ、そのうちの一人は生命力を吸い尽くして殺めてしまった。

 いま、この基地にいる間は生命エネルギーが尽きる心配はない。

 しかし、閉鎖された環境から外に出ればまた、枯渇していくエネルギーという制限時間に縛られてしまう。


 どこに行っても、無限に生きられる。

 自由を得て、人らしい生活が送れる。

 それは、フェイクが最も渇望することだった。


「……願ってもないことだね。けど、爺さんや無口野郎じゃだめな理由でもあるのかい?」

「彼らは人里に現れるには派手すぎる。そして、私はそなたと信頼を築きたい」

「信頼だって? 天下のリーダー様もお寂しいのかい?」

「否定はしない」

「……調子が狂うねえ」


 今のザナミから玉座に座っていた時の威厳は感じられず、まるで弱気になった人間を見ているよう。

 頼りなく、脆い存在。

 彼女を見て、フェイクは自分の心臓……核晶コアがゾワゾワとするのを感じた。


「首領さん直々の願いってなら聞いてやろうじゃないか」

「本当か? よかった……」

「んで、何をすりゃあいいんだい?」


 問いかけに頷くザナミは、フェイクへと要件を耳打ちした。



 【4】


「ミュウを先生に没収されたぁ?」


 昼食時の屋上庭園。

 いつものように集まった魔法少女支援部──と言っても、ウィルとリンが委員会仕事に借り出されて不在だが──の面々が弁当に手を付けたところで、華世はホノカから受けた報告に裏返った声を出した。


「ったく……こういう面倒が起こるって想像にかたくないからアイツを閉じ込めてたってのに」

「華世ちゃん、やめなよ。ほら、ももちゃん落ち込んでるよ?」


 結衣に言われて、ゆっくりと箸を動かすももの方を見る。

 彼女は弁当の中の千切りキャベツを一本ずつモソモソと食べるほどに、どんよりと暗い顔をしていた。


「気にする必要はないわよもも。あとであたしが付き添って回収しに行ってあげるから」

「あ、いや……ももが落ち込んでる理由は他にあって」

「どうかしたの、ホノカ?」


 華世の問いかけに、ホノカは頷いてから答えた。



 ※ ※ ※



「近寄らないでっ!!」


 それが開口一番、ももへと放たれた言葉だった。

 長い間、登校していなかったクラスメイトの望月もちづき

 彼女と友達になろうと、休み時間にももが話しかけた矢先のことだった。


「え……」

「その顔で話しかけてこないでよ。せっかく……ミミが死んだことを受け入れられそうだったのに……!」

「違う、私は……!」

「あなたもそうなんでしょ! あいつと同じように……可愛そうなモノたちを殺して回ってるんでしょう! ……人殺し!!」


 走り去る望月。

 その後、彼女は授業に現れなかった。


 そして暴言の数々を受けたももは、それからというものずっと俯いてばかり。

 放っておくとふらりとどこかへ消えてしまいそうな気さえする彼女の落胆っぷりに、ホノカは無理矢理にでも屋上へ連れてきた。

 華世ならなんとかできると思って。



 ※ ※ ※



「……なんとかできるわけ無いでしょ。カウンセラーじゃないのよ、あたし」

「だよね……」

「それにしても望月の奴、あたしに直接文句言うのならともかく……ももに八つ当たりなんてね」


 その行動原理自体は理解できなくもない。

 ももは髪の色と性格、それと若干の体格の違いを除けば華世と瓜二つな存在。

 家族同然に大事にしていたヌイグルミ、それが依り代となったツクモロズを華世が倒す過程を、望月は見ていた。

 心の奥に押し込めて忘れようとしていたが、ももの顔を見てトラウマが蘇り、暴言を吐いてしまった……というところだろう。


「……でも、ももはなんとかしなくちゃね」


 相変わらず、千切りキャベツをひとつずつ口に運ぶももを一瞥し、つぶやく華世。

 彼女はこれまで、言ってしまえば人間の悪意というものとは無縁な生活をしていた。

 社交的な性格で健全な友人関係には困らなかったし、家族代わりの内宮たちも暖かく接している。

 なにより、未だ実態がよくわかっていないももの精神を不安定にさせるのは、リスクが高い。

 だからこそ、無菌室同然で育った彼女には望月の暴言が深く心の傷となったのだろう。


「まーまーまー! 難しいことは抜きにして、どうやったらももちゃんの元気が出るか考えよ!」

「あのねぇ結衣、あたしたちは部外者よ。ホノカ、あんたももの友達にでも頼んであの子に優しい言葉でもかけさせたりしなさいよ」

「……それは、できない」


 気まずそうに華世から目線をそらすホノカ。

 その態度とカズのヤレヤレといった仕草を見て、華世はまさかと思いながらも一つの推論を出した。


「ホノカ……あんた、この期に及んでまだ友達できてないの?」

「う……で、でも私にはカズがいるし」

「聞いた!? ねえ華世ちゃん今聞いた!? やっぱり、ホノカちゃんってそうなんだ!」


 ホノカの言葉に色めき立ち、目を輝かせてはしゃぐ結衣。

 彼女に「このこの~」と肘で突かれているカズは、何もわかってないのかキョトンとしている。


「これはもう、フラグ立ってるよ~! 今日あたり一緒に帰ったらなにかあるかもよ~!!」

「……はぁ、よくわかんねえッスけど、今日の放課後は用事があるっスよ」

「用事?」

「ちょっと知り合いに会いに行く用があるッス」

「それって……女の子?」

「そうッスけど……いけねっ、次の授業の準備手伝う係なの忘れてたッス! それじゃあまた!」


 逃げるように走り去るカズ。

 彼の言うことが嘘ではないことは華世から見て明らかであるが、隣の恋愛脳の目にはには別に写っていただろう。

 とんでもない地雷を残して消えていったもんだと、華世は一人ため息をつく。


「む~~~っ! ホノカちゃんがせっかくラブな心を出してくれたのになんてヤツ! 相手の女が誰か、突き止めないといけないよ、ホノカちゃん!」

「あっ、うん……そうだね」


 狼狽えながらも据わった目で了承するホノカ。

 ドンヨリ娘に朴念仁、それから嫉妬と恋愛脳。

 同時多発的に起こった面倒事をどう片付ければいいか、華世はボンヤリと空を眺めながら考え始めた。



 【5】


「……む? 葉月ももはどうした?」

「あたしは保護者兼代理人よ。アーミィ仕事に支障が出るからそれ、返してちょうだい」


 放課後の職員室。

 テルナの机の上で、一心不乱にビスケットをかじるミュウを、華世は指差した。


「本人がいないと忠告のしようがないんだが」

「説教と反省文ならこっちでやっておくわよ。あの子の精神状態、いま不安定だから」


 華世は頬袋が膨らんだミュウを鷲掴みにし、そのまま制服のポケットに乱暴に詰め込んだ。

 同時に、反省文記述用のプリントを手に取り、カバンの中のクリアファイルへと挟み込む。


「葉月華世、君は敬語を知らないのか? 先生にする言葉遣いじゃないぞ」

「お生憎様。心の底から敬愛できる人間にしか使わないポリシーなのよ。……得体の知れない人間相手なら、なおさらね」


 事務椅子に座るテルナを、見下ろしながら睨む華世。

 この女は、絶対に普通の先生ではない。

 頻繁に行うホノカとももに対する尾行。

 先日の戦闘において、人間兵器レベルの赤髪少女ふたりを同時に相手取り退かせた戦闘能力。

 なにより、その少女たちと髪と目の色が酷似しているというのが、疑惑を確信へと変えている。


「……用事が済んだのなら立ち去ることだな。私の生徒が廊下で待っている」

「弁解もしない……ということね。そっちがその気なら考えがあるわ」


 宣戦布告に等しい挑発。

 これでどう動きが変わるかで、彼女の狙いが見えてくる。


 職員室から廊下に戻り、待たせていたウィルと合流してから、華世はミュウをポケットから出した。


「みゅ~! ひどい扱いミュな! せっかく甘々を貰ったところだったのに」

「危機感いだきなさいよ。あんた、仮にもツクモロズに狙われてた身でしょ?」

「でも華世もヒドイミュよ! ミュウをずっと閉じ込めて……」


 ふてくされ、そっぽを向く青いハムスター。

 今回の騒動は、外から隔絶された生活を余儀なくされフラストレーションが溜まっていたミュウに、ももの親切心が災いした形だろう。

 けれども華世にとっては、ミュウもテルナ同様……いや、それ以上に得体のしれない存在であった。


 力を授ける割には半端な知識量。

 偶然とは思えない、咲良の妹へと協力した妖精族の名前とのシンクロ。

 そしてツクモロズ側で生み出された魔法少女・ももと、力の源の妖精族を失ってもなお変身できるホノカの存在。

 どこを切っても、存在につじつまが合わない。

 だからこそ、華世はミュウを監禁同然の扱いをしているのだ。


 とはいえ、こうやって小さいながらも騒ぎになるような行動をされる程度に限界なのも事実。

 何か手を考えなければならない。

 思い悩んでいると、華世の背中をウィルが指でちょんちょんと突いてきた。


「ん、なに?」

「携帯、震えてるよ」

「あ、本当だ。ありがと……もしもし?」



 ※ ※ ※



 繁華街を一人で黙々と歩くカズ。

 その背後を、ホノカと結衣は無理やりももの手を引っ張りながら後を追っていた。


「……交差点を右に曲がりましたね」

「うん。でもホノカちゃんもやっぱり気になるんだね、カズ君の幼馴染」

「気になるというか、なんか少しムカッと来てるだけです。なんでかはわかりませんが」

「ふふっ。あ、見失っちゃうよ!」


 そそくさと前進し、カズの後方10メートルくらいの距離を維持して尾行を続ける。

 学校を出てからだいたい30分ほどが経過。

 どこまで行くのかと思いながら、静かに背中を追い続ける。


 右へ左へ路地を曲がり、開けた場所へと出る三人。

 通りに面した一軒の店舗へと足を踏み入れるカズを、店内に入るギリギリで見つけることができた。


「あそこが待ち合わせの場所でしょうか?」

「うーん……なんの変哲もない喫茶店だね。窓越しに見てみよっか。ももちゃんも行こっ」

「…………」


 未だドンヨリと沈んでいるもも

 本当ならば家に帰すのが賢明なのだろうが、楽しそうなことに付き合わせたほうが良いと言う結衣の言葉に従い、ここまで連れてきてしまった。

 彼女自身も拒否をしているわけではないので、無理やりという感じではないのだが。


 それはそれとて、目的のカズ。

 ホノカはそっと窓越しに彼の座った席を眺めるが、別段変わった様子はなし。

 一人でテーブル席に座り、店員に何やら注文をしているだけだった。


「……今から来るんですかね、幼馴染とやら」

「そうだと思うよー。待ち合わせに喫茶店なんて、カズくん意外とやるもんだねー」


 ヒソヒソと、店の側で覗き見ながらの会話。

 傍から見れば不審者だが、幸いにも塀の影になって見えづらい場所。

 通行人からは覗き込まなければ見えないだろう……と思ったところだった。


「こんなトコロで何してるのかなー? えっと……静結衣さんにホノカ・クレイアさん?」

「……!?」


 突然、背後からフルネームで名前を呼ばれ、とっさに構えながら振り向くホノカ。

 そこに立っていたのは、亜麻色あまいろの長いもみあげを揺らす、ボブカットの女の子。

 一瞬服装から男の子かとも思ったが、ボーイッシュな服装の下から浮かぶ胸の膨らみが彼女の性別を表していた。


「どうして私達の名前を……!?」

「ははぁーん、なるほど。カズ君が目当てってことか~! 良いよ、一緒にボクらとお茶しよっ!」


 手招きしながら店の扉に手をかけるボクっ娘少女。

 状況がよくわからないまま店内へと入り、ホノカたちの姿を見て目を丸くするカズのテーブルへとみんなで座ることとなった。



 【6】


「ビビッ……デッカー警部補、葉月さまがお見えですよ」

「来やがったか。ったく……ビットてめぇ余計なことを」


 華世が電話で呼び出された先は、なんの変哲もない一軒家の前。

 ウィルのバイクで到着した場所で待っていたのは嬉しそうにランプを明滅させるポンコツ捜査ロボ・ビットと不服そうなロバート・ヴィン・デッカー警部補だった。


「あたしが来て困るなら帰るわよ。ヒマってわけじゃないんだし」

「華世、せっかく来たんだから話くらいは聞こうよ……」

「そうだミュ! 困っている人を助けるのは正義の魔法少女の使命だミュ!」


 胸ポケットから顔を出し甲高い声で叫ぶミュウの姿に、デッカーとビットが停止する。

 二人にとっては、何の前触れもなく現れた喋る小動物。

 華世はふたりが呆気にとられている内にミュウをウィルへと押し付け、呼び出しの理由を訪ねた。


「ん、ああ。この家の住人から空き巣との通報があったんだが、どうにも妙なんでな」

「妙? というと?」

「ビビッ……外から侵入した痕跡はないのに、内側から無理やり出た痕跡がありましたのです」


 二人に案内され、現場であるらしい部屋を訪れる華世たち。

 目を引くのは、開け放たれたクローゼットに、外側に破片が飛ぶように割れた窓ガラス。

 空き巣が入った……と言う割には、クローゼットから落ちたらしいおもちゃ箱くらいしか、荒らされたと言えるものが見当たらなかった。


「確かに泥棒というには足りないわね。この家の住人はどんな人?」

「娘が結婚して出ていったっていう夫婦だな」

「華世……俺の目にはなんだか、おもちゃ箱の中から出てきた何かが外に向かったように見えるけど」


 ウィルの言うことは的を得ている。

 明らかにこの状況は、何者かが侵入したというよりは、もともと中にいた何かが出ていったものだ。

 口ぶりからするとポリスコンビもそこには気が付いたであろうが、おおよそマトモな人間が行った形跡ではなかったことで、確認が取りたかったのだろう。


「ロブ、無くなった物は何?」

「それには私がお答えします。ビビッ……部屋から消えたのは、古い猫型のペットロボットですね。非自律型の」


「ミュっミュミュー! 魔力の痕跡が外に向かっているミュ!」


 ウィルの腕から飛び出たミュウが、鼻をヒクヒクさせながら割れた窓ガラスをくぐり外に出た。

 華世は「あの野郎!」と叫びつつ玄関から回り込み、道路で匂いをかぐ青いハムスターを引っ掴む。


「勝手に動くなって! ……って、それよりあんた、ツクモロズがどっちに行ったかわかるの?」

「普通は分からないミュ。でもこの痕跡だけはすごく濃ゆいからわかるんだミュ」


 これは朗報だった。

 華世としては別に事件を解決までする必要は無いのだが、乗りかかった船。

 ツクモロズの動向も気になるため、痕跡とやらを追うのは賛成である。

 しかし、夕方とはいえ人通りが多くなる時間帯。

 喋る珍獣を野ざらしにして追跡をするわけにはいかなかった。


 華世は遅れて追ってきたビットの、頭頂部にある蓋のようなものに手をかけた。


「ねえバットだったかベットだったか。ここにミュウを入れながら匂いを嗅がせられない?」

「ビビビッ!? 私はビットです! たしかにそこには、匂い嗅ぎ専用の小型警察犬を入れられますが……げっ歯類はちょっと……ビッ!?」

「じゃあ良いわよね。ミュウ、中のコードとかかじっちゃダメよ。そこからビットに方向を教えてあげて」

「ミュ! 節操のないハムスターとは違うミュよ! お役に立つミュ~!」


 蓋の中に入り込み、ロボットの中から鳴き声をあげるミュウ。

 その支持を受けてか、不服そうなフラフラ飛びをしながらも細い路地へとビットが進みだした。


「ロブ、ボット借りとくわよ!」

「ビットですってば! ビビビッ!」

「後で返しに行きますからねーー!」


 後ろで唖然とする警部補に後ろ手を振りながら、華世とウィルはビットを追い始めた。



 【7】


「それじゃあまずは自己紹介。ボクは如月きさらぎ菜乃羽なのは、フリーの情報屋だよ!」


 飲み物が出揃った喫茶店のテーブル席で、椅子から立ち上がった亜麻色の髪の少女は自信たっぷりに名乗った。

 菜乃羽なのはは満足したように椅子に座り直し、運ばれたばかりのアイスコーヒーのストローを咥える。


「私達は……って、そういえば名前知られてましたよね。やはり情報屋ゆえに私達の情報を?」

「いいや、ホノカくん。君たちの名前はコレから知ったんだ!」


 そう言って菜乃羽なのはがポケットから出したのは、見覚えのある小型端末。

 ……というより、ホノカたちが持っていた携帯電話だった。


「えっ? あっ、私の携帯が無い!」

「私もです……! まさか、あなた……!」

「ゴメンね! あまりに無防備だったから、スらせて貰ったよ! 認証パターンは画面の跡から一目瞭然だったし」


 ホノカはすぐさま自分の携帯電話を引ったくるように回収。

 ロックは解除されていたが、他に細工をされたような形跡がないかを調べてみる。

 電子マネーの情報に変化がないことを確認したところで、黙っていたカズがため息をついた。


「たぶん、大丈夫ッスよ。ナノは財布とお金だけは盗まないッスから」

「そうそう。人として超えちゃいけないラインは超えないのが、ボクのポリシーなんだ」


 情報屋を名乗る上に携帯電話をスリ盗って何を言うか、と思いながらホノカは自分の携帯をカバンの奥へと突っ込んだ。


「……それで、お二人はここで待ち合わせしていたんですよね。私達がいていいんですか?」

「いやなに、ボクとしてはカズ君の背中を追う女の子たちが何者なのか知りたかったからね。子ども情報屋どうしのやり取りはすぐ終わるし! モテるんだねぇカズ君は」

「そんなんじゃねぇッスよ、ナノ」


 特に感情なくそう返すカズ。

 その様子にホノカは、なんだかムズムズとするような、怒りたいような謎の感情を刺激された。

 直後、結衣がテーブルから身を乗り出して菜乃羽なのはへと詰め寄る。


「ね、ね! 菜乃羽なのはちゃんとカズ君って、どんな関係なの!? 幼馴染だよね!」

「ほほう、情報屋に情報を求めるか! そうだなあ……」


 不敵な笑みを浮かべた菜乃羽なのはが携帯電話をポチポチと操作する。

 そして背面の赤外線通信端子を、結衣へ向けて見せつけた。


「カズ君の友達価格として、100で良いよ」

「お金取るの!?」

「そりゃあだって、ボクは情報屋だからね」

「むむむむ……えーい!」


 意を決した結衣が、携帯電話の天辺を向ける。

 電子マネーで決済したシャラーンという音と同時に、菜乃羽なのはは満足そうに頷いた。


「毎度あり! ボクとカズ君は別に学校のクラスメイトだったとかじゃないんだ。ある日、空き地で知り合って、一緒に情報屋を目指すようになった同志って感じかな」

「へぇ~! それで、どうして情報屋を目指そうと?」

「それはねぇ~………んっ!」


 微笑みながら、再び携帯電話の背面を向ける菜乃羽なのは

 どうやら、細かい情報をひとつずつを売りつけるつもりらしい。


「ううう……もってけ、私のお小遣い!」


 再び決済の音がなり、口を開く菜乃羽なのは

 安いお菓子ひとつが買える程度の金額に意を決する結衣の姿に、向かいの席に座るカズも呆れ顔だった。


「幼い頃から真似事はしてたけど、本格的に情報屋をするようになったきっかけは2年前の沈黙の春事件かな。あの事件、金星中を騒がせた割にはお待てに出てる情報が何にもなくてね……」


 沈黙の春事件。

 それは、華世の運命が変わった事件だという。

 平和な居住コロニー『スプリング』を、大量の殺人兵器が襲撃。

 華世を残してコロニーの全住民がその凶刃きょうじんに命を奪われたという、アフター・コロニーでも有数の凄惨せいさんな虐殺事件。

 その時に家族を失った華世が内宮に助けられたことがきっかけで、今の二人の関係が始まったとホノカは聞いている。

 そして、その事件の首謀者へと華世が復讐を行おうとしていることも。


「どこかアーミィかマスコミか知らないけど、何者かによって情報が止められているに違いない! そう思って真実を明らかにするために、ボクら二人は情報屋を目指したんだよ」

「なるほど~! で、事件の真相は……えっと、いくらになる?」


 もう金を取られるのは承知だとばかりに、予め携帯電話を向ける結衣。

 けれども菜乃羽は携帯の背を向ける代わりに首を横に振った。


「タダでいいよ。だってボク、まだ何もわからないんだもん」

「オイラも姐さんに言われて調べてるッスけども、雲をつかむような話ッスね」

「そっかー……あれ?」


 しょげる結衣の前へと三度みたび、携帯電話の背面を向ける菜乃羽。

 これ以上お金をむしり取られるのかと警戒ムーブの結衣に対し、菜乃羽は首を横に振った。


「ボクから200払うから、教えてほしいことがあるんだ」

「教えてほしいこと? ……はいっ」


 決済音がなり、ようやく携帯電話を仕舞う菜乃羽。

 結局

 彼女は結衣がやっていたようにテーブルから身を乗り出し、ゆっくりと口を開く。


「もしも、ボクが沈黙の春事件の犯人を知っていたら……君はどうするつもりだったんだい?」

「……華世ちゃんを、友達の復讐をやめさせるの」

「やめさせる?」

「アーミィの人たちに頼んで犯人の人をなんとかして捕まえてもらって、華世ちゃんが手を出せないようにする。そうすれば……華世ちゃんが人を殺さなくて良くなるから」


 それまでやかましいくらい賑やかだったテーブルが、しんと静まり返る。

 覚悟を決めた少女の言葉に、菜乃羽だけがウンウンとゆっくり頷いていた。


「君にとって、その友達はとても大事な存在なんだね」

「うん。私は華世ちゃんの親友だから」

「……でも、その選択が彼女の為になるかはわからないよ。彼女の心のつっかえを外すチャンスを、永遠に取り上げてしまうかもしれないんだから」


 ホノカは、菜乃羽が言っている言葉の意味が何となく理解できた。

 復讐は何も産まない……とは、よくフィクションの中で言われるセリフでは有る。

 しかし当人にとっては過去のわだかまりを、人生の流れを乱した存在にケジメをつける行為にもなる。

 胸の内に恩人を殺した相手への復讐心を燃やすホノカには、菜乃羽の言うことのほうが賛成できた。


「でも、それでも……華世ちゃんに人殺しになってほしくない! 華世ちゃんが人を殺してしまったら……なんだか華世ちゃんが遠くに行ってしまう気がするから」

「まあ、肝心の情報がない以上は机上の空論だね。さてと……」


 コーヒーを飲み干し、立ち上がって店員を呼ぶ菜乃羽。

 結局は情報料を払い戻した携帯電話で、手際よく精算を済ませていた。


「ナノ、もう行くっスか?」

「うん。カズ君のプライベートが少し見えたし、渡したい情報は君のカバンに滑り込ませたからね」

「いつの間に……」

「次会う時はそこの首輪をした落ち込みちゃんとも話せると良いな。それじゃあ学生諸君、また会おう!」


「あっ、待って! ……あれ?」


 逃げるように店を出る菜乃羽を、追いかけるホノカ。

 飲み物の代金のお礼を言おうと店を飛び出したのだが、出たばかりのはずの菜乃羽の姿は道のどこにも見当たらなかった。


「もう居なくなった。いったいどこに……?」


 見落とすはずのない開けた周辺の地形。

 まるで幻だったんじゃないかと思うくらいには、道路に出た菜乃羽は一瞬で消えていた。


「……!」


 ホノカは菜乃羽さがしをすぐに止め、額に手を当てる。

 脳裏に響く耳鳴りのような感覚。

 しかもふたつ、片方はとびきり大きい。


「この気配は……ツクモロズ!!」



 【8】


「ほらほら、おいで。よーし、いい子だ……」


 暗く人気ひとけのない裏通りの一角。

 中腰で手招きし誘導するフェイクの元へと、一匹のロボット猫がすり寄ってきた。

 目の代わりのランプを黒いバイザー越しにチカチカさせるその機械猫は、シルバーに塗装されたプラスチックの手足をフェイクの腕へと擦り寄せる。

 しかしフェイクは、ロボット猫の背中を見て眉をしかめる。


「まったく……これが巨大な核晶ヒュージ・コアだって? 気味が悪いねえ」


 機械猫の背から生えるように突き出た、体格以上の大きさの脈動する正八面体。

 これまで見た核晶コアとは比べ物にならない大きさの物体は、表面から伸びる粘液のようなもので小さな機械の体と繋がっている。


 フェイクがザナミから直接受けた任務。

 それがこの巨大な核晶ヒュージ・コアの回収だった。

 これまではモノエナジーを貯めるべく、わざと破壊されるようにツクモロズを生み出していた。

 しかし今度の任務は回収。

 その違いが何を意味しているかは知らないが、少なくともこのまま持ち帰れば良いらしい。


 懐から取り出した小瓶の蓋を外し、中で光る粒子をゆっくりと機械猫に振りかける。

 嬉しそうに耳を動かす核晶コアつきのロボット猫は、粒子をあびて淡い光を徐々に放ち、しばらくした後に弾けるように消滅した。


「さてと、あとは私が帰るだけ……けど、邪魔が来たみたいだねえ」


 空中で火花が弾けるような音が、徐々に迫ってくる。

 直後、大きな爆炎のうねりがフェイクへと襲いかかった。



 ※ ※ ※



「やったっ……!?」


 不意をついた先制攻撃を決め、勝利を半ば確信するホノカ。

 道中で魔法少女への変身を終え、紅蓮の炎が立ち上る前で足を止める。

 しかし、炎が自然にかき消えた時……。


「はんっ……数ヶ月前の私だったら、いまのでおっんでただろうねえ」


 声がしたのは、炎の中から現れたコンクリート製のまゆ

 付近のブロック塀を素材にしたように見えるその中から、黒衣の女がひとり姿を表した。


「……簡単には倒されてくれないようですね」

「鉤爪の女かと思ったら、違うじゃないか。よくこのフェイク様がツクモロズだとわかったね?」

「私には相手がツクモロズかどうかがわかるんです。もうひとつ……何か強大な存在がいましたよね。どこです?」

「教えてなんか……やるもんさねっ!!」


 フェイクが拳を地に打ちつけると同時に、アスファルトが変形してできた尖った石柱が次々とホノカ目掛けて伸びてきた。

 ホノカはすぐに機械篭手ガントレットから可燃性ガスを放射・点火。

 目の前で爆発を起こすことで後方へと飛び退き、同時に発生させた炎熱で石柱を焼き溶かす。


「ちいっ、やっぱ舗装材程度じゃあ熱には弱いか!」

「石を自在に操る能力のようですが、この場では満足に力を発揮できないようですね」


 そう言いつつも速攻でカタをつけなければ……と、ホノカは考えていた。

 ここは裏路地ゆえに通行人は居ないが、いつ誰かが来るともわからない。

 派手に戦闘を続けていれば、炎の光や爆発音で通行人が寄ってくるリスクが高くなってしまう。


「華世と因縁があるっぽいですが、一撃で決着をつけてあげます……!」


 背後を爆破し、前方へ跳躍するホノカ。

 そのまま機械篭手ガントレットに炎をまとわせ、巨大な拳を握り固める。

 速度を乗せた炎熱の一撃。

 相手に回避の余地はない……と思ったその時。


「甘いんだよっ!!」


 突如フェイクの足元が隆起し、その身体を持ち上げた。

 そのままホノカの上空を飛び越す形ですれ違う。

 一方のホノカは、加速したてで速度が乗ったまま。

 放とうとした一撃をせり上がったアスファルトへとぶつけることでブレーキをかけたが、そのときには相手に背後を取られていた。

 衝突した際の熱で融解した道路がホノカに絡みつき、身動きが封じられる。


「……しまった!」

「私だってねぇ、そうやすやすとやられるわけには行かないんだよっ! んんっ?」


 攻撃を放とうとしたフェイクが、背後を振り返る。

 そこにいたのは怯えた目をして固まる結衣と、落ち込んだままのもも

 どうやら行く先も告げずに気配を追ったホノカの後を追いかけていたようだった。


「結衣さん、逃げて────」


「ほう、面白いのが居るじゃないか」


 舌なめずりをしたフェイクが無防備な二人へと飛びかかった。

 結衣が震えながらももを庇おうとしたが、戦う能力を持たない彼女は平手の一撃で払いのけられる。

 ホノカはすぐにでも追おうとしたが、機械篭手ガントレットに付いたアスファルトがガスの噴出口を塞ぎ、いつものように爆発で飛んでいくことはできなかった。



 ※ ※ ※



 邪悪な気配をした女が、すぐそばに寄ってきた。

 怖い……けれども身体は動かず、倒れた結衣をじっと見ることしかできない。


「誰かと思ったら、お前。あの時のバケモノじゃないか」


 ──違う!

 自分はバケモノじゃない!


 ももは心の中で女の言葉を否定するがその口は、言葉の刃は止まらない。


「お前はツクモロズでありながら人間ごっこをし、ぬくぬくしている。だというのに蛇のバケモノになれちまう。これがバケモノじゃなかったら何なんだい?」

「あ……う……」


 ──人殺し。


 朝にかけられた言葉が、頭の中でリフレインされる。


 ──バケモノ。


 ──人殺し。


 ──バケモノ。


 ──人殺し。


 ──ニンゲンジャ ナイ。


 胸の鼓動が早くなり、どす黒い何かが身体の中で渦巻きはじめる。

 溢れんばかりの悲しみが、憎しみが、張り裂けそうなくらい溢れ出てくる。


「あんたは、ツクモロズで バケモノだよ」

「ああああああっ!!!!」


 頭の中が真っ白に……いや、真っ黒になる。

 同時に視界が闇に閉ざされ、何も考えられなくなる。

 ももの意識は、そのときにはもう無くなっていた。



 【9】


 うねる巨大な体躯が、家屋をなぎ倒す。

 ホノカの耳鳴りが徐々に大きくなり、軽い頭痛の域まで達する。

 艷やかな体表が破壊したビルの上から降り注ぐ夕暮れ色を反射し、妖しく輝いた。


 初めてももと出会った時以来に見る、巨大な白い大蛇の姿。

 アーミィでつけられたコード名……マジカル・ヴァイパー。

 ホノカの眼前で、再びその巨躯が顕現けんげんした。

 消えていたはずのツクモロズの気配も、再び蘇っている。


もも……!」


 彼女が気落ちしていたときから、嫌な予感はしていた。

 けれども少なくない期間いっしょに暮らしていて、そうならないという信頼……いや、過信をしていたのかもしれない。

 唸り声をあげてそびえ立つ巨大な怪物の姿に、周辺の人々が悲鳴をあげ逃げ惑う。


(どうすれば……!)


 以前に出会った時、華世とウィルのキャリーフレームの力を借りることでマジカル・ヴァイパーに致命傷を与えることができた。

 けれども今、戦えるのはホノカ一人。

 しかも武器である機械篭手ガントレットはガス口を溶けたアスファルトで塞がれ、実質丸腰。

 絶望的な状況の中、ホノカは冷静に周囲を見渡した。


 結衣は変身の衝撃でふっとばされたのか、少し離れた空き地に倒れている。

 ときおり腕がピクついていることから、少なくとも生きてはいるだろう。

 

 フェイクと名乗ったツクモロズの女の姿は……見当たらない。

 騒ぎに紛れて逃げ出した可能性が高く、今は考えないようにしたほうが良さそうだ。


 そして、前方にそびえ立つ巨大な蛇。


(動きが鈍い……?)


 身体をうねらせ、大きな瞳でホノカを見下ろすマジカル・ヴァイパー。

 しかしその動作は前に戦ったときと比べて非常に遅く、鈍重。

 まるで、彼女自身が朦朧としている……そう感じるほどに。


 ふと、前方に落ちている半円状の残骸を見つける。

 あれは確か、ももの首についていたチョーカー。

 華世から聞いた説明では、麻酔を打ち込む機能がついたものらしい。


(……変身の直前に麻酔を打ち込まれ、鈍化している!)


 苦しい状況の中で、一つの光明が見えた。

 あとはなんとかして致命傷を与えることができれば。

 何か、何か武器はないか。


 あたりを見回した、その時だった。


 マジカル・ヴァイパーの頭を、直上から何かが貫いた。

 それは体液をまとったまま道路へと着弾。

 青白いスパークを放ちながら、アスファルトへと突き刺さった。


「……これは、鉄塊?」


 ホノカがその形状を認識した瞬間、次々と振ってきた金属塊が再び巨躯を撃ち貫く。

 よろけた隙を付き、ホノカの背後から飛び上がったのは桃色の衣装。


「だらっっしゃぁぁぁっ!!」


 変身した華世が斬機刀を一閃。

 その一撃は蛇の喉元を切り裂き、輝く体液を溢れさせた。


 空気が震えるほどの唸り声を上げ、倒れるマジカル・ヴァイパー。

 何が起こったのかを理解し切る前にすべてが終わり、気がついたときには巨大な蛇が倒れるももの姿へと戻っていた。


「ふぅ……ボロボロね、ホノカ。それよりも、この鉄塊はどこから……?」


 華世が投げかけた疑問に、ホノカは何も答えられない。

 ただただ、己の無力に打ちひしがれるばかりだった。



 ※ ※ ※



「ちょっと、おせっかいが過ぎたかな?」


 誰もいないビルの屋上。

 発射の残滓ざんしとなる青白いスパークを放つ、2メートルほどの電磁砲レールガンを構えたまま立ち上がる一人の少女。

 スコープ越しに頭上の空の先、コロニーの反対側に佇むシスター服姿の同志の姿を見終えると、長すぎる重心を持った得物を背負って伸びをした。

 足元には狙撃を補助してくれた機械の猟犬が、ハッハッと犬の呼吸の真似事をしながら上体を持ち上げる。

 その頭を軽くなでながら、少女はクスりと笑った。


「今度、お助け料をカズ君から請求しようかな。いや……サービスしたほうが格好いいか!」


 電磁砲レールガンから取り外した直方体のユニットの蓋を開き、中に入っていたものを取り出す。

 それは宝石がついたファンシーなデザインのステッキ。


「そうしたら……ボクっていい人になるよね、ママ! ドリーム・エンド……っと!」


 少女──菜乃羽なのはは、ひとり光りに包まれ変身を解いたのだった。



──────────────────────────────────────


登場戦士・マシン紹介No.16


【フェイク】

身長:1.7メートル

体重:不明


 かつて華世がコロニー「サマー」で撃破した女神像を依り代にしたツクモロズ。

 石像がボディだったためか非金属の鉱物の形を自在に操る能力を持つ。

 華世に倒されたときよりも能力が飛躍的に上がっており、攻撃だけでなく防御にも活用できるようになった。

 けれどもまだ発展途上なため、まだ真正面から魔法少女と戦うには力不足。


──────────────────────────────────────


 【次回予告】


 金星百年記念祭が開催される当日。

 華世たちはかねてより怪しんでいたテルナ先生への、本格的な調査を開始する。

 しかし、その先に待っていたのは過酷な運命。

 祭りの夜の華やかな空を、二人の魔法少女が交錯する。


 次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第17話「埋め込まれた悪意」


 ────内に眠る悪魔が、目を覚ます。

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