第17話「埋め込まれた悪意」

 わたくしが短い付き合いの中で疑問に思い続けていること。

 華世の強さの源はどこにあるのでしょう?


 戦い的な強さではなく、心の強さのことですわ。

 どんなにつらい状況でも挫けず、決して涙を流さない……。

 

 わたくしも、そのように強く有りたいものですわね……。



◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


        鉄腕魔法少女マジ・カヨ


       第17話「埋め込まれた悪意」


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 【1】


「ウルク・ラーゼ9番支部長……! この始末はどうつけるのかね?」


 通信越しに低く威圧的な声を発するのは、金星の中枢を担う第1番コロニー「セントラル」のアーミィ支部長・ユギデ・エラーズ。

 この……というのは無論、クーロンコロニー内でアーミィのキャリーフレームが民間人に襲いかかった事件のことである。


 原因はツクモロズによるものだったのだが、何者かがその映像を加工し、ネットワークに投稿。

 まるでアーミィの内乱に民間人が巻き込まれたかのような編集がされていたため、事情を知るクーロン以外のコロニーでは非難轟々。

 金星中でアーミィに対する不満が膨れ上がっているのは、ウルク・ラーゼが最もわかっていた。

 武闘派な壮年支部長の言葉に何と返すか迷っていると、画面上の2と書かれたアイコンから発声を示すマークが浮かび上がる。


「始末も何も既に12番11番コロニーでは連日、反アーミィを掲げた激しいデモ活動が行われていると聞くぞ」


 第2番コロニー「ウィンター」を統べる女支部長、キリシャ・カーマンの言うことは公然の事実だった。

 金星のすべてのコロニーで、アーミィによる治安維持が快く受け入れられているわけではない。

 特にキリシャの言った二つのコロニーは、自主的に結成された民兵団の方が民衆からの支持が大きいほど。

 今回の事件によりアーミィ排斥運動が起こるのは、当然と言えば当然である。


「しかしだ。何も連中の反アーミィ活動は今に始まったことではない」

「そうですわねぇ、ルイゼ・フェルント11番支部長。特に私の所は女神聖教の信徒がほとんどですから、部外者たる私達は常に針のむしろですわぁ」


 緊張感のない声を放つのは、12番コロニー「サンライト」の女支部長、モニア・センフォー。 

 彼女が統べるコロニーで広く信仰される女神聖教は、金星を開拓した原初の開拓民を重んじる教義がある。

 アーダルベルト大元帥の命令で、欠陥コロニーたるサンライトに押し込められた彼らには、アーミィは憎んでも憎みきれないだろう。


「しかしだね君たち。甘くみた結果に第二のベスパー事変が起こっては困るんじゃないかな」


 ズァルマ・リーク6番支部長の放った単語に、ウルク・ラーゼは仮面の下がズキリと痛む。

 彼の統治する第6コロニー「ベスパー」こそ、その事件の舞台だった。


「金星圏を我が物にせんと、初期開拓民たちが武装蜂起したあの17年前の惨劇……」

「ヴィーナス・オリジニティ、通称V.O.ブイオー軍と名乗った彼らは比較的遅く金星へと移住してきた者たちを低級民として弾圧」

「抵抗するコロニーには、武力による虐殺も辞さなかったというね」

「沈黙の春事件とは比べられんが、決して犠牲になった民間人・自警団員は少なくない」

「発足したてのアーミィが介入して鎮圧することができたが、V.O.のシンパは女神聖教の信徒に多いと聞くのう」

「当時、先陣を切った部隊長アーダルベルト閣下はその功績で大元帥へと就任」

「コロニー政治にアーミィを介入させることで、これまで再び過ちが繰り返されぬように平和を保ってきたのだが……」

「それもひとえに、アーミィが民衆の味方であり、民衆もアーミィを支持すればこその平和」

「反アーミィ思想が膨れ上がり、再び蜂起を許すことになれば、各支部に分散している戦力では抑えきれるかどうか……」


 コロニー・アーミィは確かに巨大組織である。

 しかし支部ごとの戦力で見れば、多少の大小はあれど中規模の傭兵団と並ぶレベル。

 1つのコロニーで民たちが一斉に蜂起すれば、いち支部の戦力では容易に押し返されてしまうだろう。

 針のむしろとなり、黙っている事しかできないウルク・ラーゼ。

 マイクに入らないくらいの歯ぎしりをしながらも、手元に用意している書類に記した打開策を目で読み返す。

 何度も反復し、ようやく口を開く覚悟を決めた。


「ひとつ妙案がある。ツクモロズの存在を、民衆に広く明かすとしましょう」


 ザワッと、支部長たちからどよめく声があがる。

 アーミィ内ではツクモロズの情報は共有しているのだが、頻出するクーロン以外のコロニーでは民衆レベルではまだあまり知られていない。

 発生した事件も、辻褄合わせカバーストーリーを交えてメディアから隠蔽しているくらいである。


「しかしだなウルク・ラーゼ9番支部長。道具が怪物化するなどと言えば、民衆の不安を煽りかねんのでは?」

「いいや。そもそも、くだんのキャリーフレーム暴走事件もツクモロズによって引き起こされたもの。ことは金星全域で起こりうる重大な事象なのだよ」

「とはいえ、例の魔法少女とかいう人間兵器の存在も、おおやけの発表にするにはあまりにも……」

「数ヶ月前にはツクモロズの関与によって、金星圏がブラックホールに飲まれかねない事件が起こったのだ! 我々の生活圏を脅かす敵が今も散発的に攻撃を仕掛けている! そして、アーミィの活躍によって食い止めてきたのは事実である!」

「……なるほど? 人類の敵をおおやけにすることで、アーミィの活躍および必要性をアピールするということだな?」

「左様。黄金戦役以来の、人外種族による侵攻が起こっている今。アーミィと民が連携して事に当たる必要性を訴えていかねばならんのだよ」


「……よかろう。その案を承認する」


 突如、スピーカーから聞こえてきたのはアーダルベルト大元帥の声。

 これまで沈黙をしていたトップの突然の発言に、支部長たちがざわめき出す。


「しかし大元帥閣下! 得体のしれない存在を敵と断定し公表するのは……!」

「9番コロニーでは度重なるツクモロズの襲撃を退け、民衆に理解をさせている実例がある。ウルク・ラーゼ支部長が主導して公布資料の作成に当たり、コロニー政府と連携して各メディアへの発布を行いたまえ」

「しかし……!」

「これは大元帥たる私が発する勅令である。決定に口答えをすることは許されん!」


 アーダルベルトの声に、一斉に押し黙る支部長たち。

 貧乏くじを引く結果にはなったが、なんとか自案を通すことに成功し、ウルク・ラーゼはホッと胸をなでおろす。


 しかし、これはあくまでも時間稼ぎに過ぎない。

 一度火のついた反アーミィ感情は決して止まることはないだろう。

 傭兵団をも交えた大きな戦乱。

 それが起こる前に……稼いだ時間で、アーミィという組織そのものを強化するしかない。

 そのための一手も、すでに水面下では進んでいた。



 【2】


 換気扇の音がブーンと静かに唸る病室。

 純白のシーツの上で寝息を立てるももの隣で、華世はドクター・マッドの報告に思わず額を抑えた。


「仮説とはいえ、強いストレスがこの子を再びツクモロズにしちゃうなんてねぇ……」

「華世ちゃん、ごめんね……。私が無理にでも連れ出したから」

「結衣は悪くないわよ。家で一人でいて、そこで巨大化させられるよりはマシだったし。それにしても……」


 振り返り、眠るももの顔を見る。

 首元で光るチョーカーは、先程ドクターがつけ直した新品だ。


「麻酔が効いてなかったらと思うと、ゾッとするわね。それから、謎の狙撃手の援護も無かったら……」


 ホノカからの報告で聞いた、怪物化したももの鎮圧の大部分を担った鉄塊の弾頭。

 調査の結果、それが対キャリーフレーム用の歩兵用大型レールガンから発射されたものであることがわかった。

 空から降るように飛来したということは、狙撃ポイントは中心軸を挟んでコロニーの反対側。

 しかし、そのような大型武器を振り回していたにも関わらず、ポリスの捜査でも付近から目撃情報は何一つとして得られなかった。


「少なくとも味方……とは思いたいけど、偶然や気まぐれでの利害の一致かもしれないわね」

「ああ。アーミィの監視下でなくそのような武器を使う人物を野放しにはできん」

「問題はツクモロズの行動ね。逃げ際の抵抗でももに手を出したらしいけど……」


 ツクモロズの目的に関しては、今も何一つとして具体的な情報は得られていない。

 目的なく怪物を振りまいている……と考えることもできるが、そうなると昨日の出来事に説明がつかない。

 ミュウ曰く、この世界というより金星圏を脅かそうとしている事だけは確かなのだが。


(いよいよ……行動を開始するっきゃないわね)



 ※ ※ ※



 脈動する玉座後方にそびえ立つ、モノエナジー貯蔵クリスタル。

 その輝きが青からオレンジ色へと徐々に変化する様子を、ザナミはひとり見上げていた。


「それが、私が取ってきた巨大な核晶ヒュージ・コアの効果かい?」


 背後から聞こえたフェイクの声に、ゆっくりと振り向き頷くザナミ。

 彼女の活躍で、ようやく長い停滞から脱する事ができる。


「フェーズ2への到達は間もなくだ」

「その言い方……フェーズとやらが上がった瞬間に、なにかが起こるって口ぶりだね」

「そうだな。既にアッシュが埋め込んだタネが開花するだろう」

「もったいぶった言い方だね」


 不満そうな顔をするフェイク。

 けれどもその表情は前よりはずっと穏やかだった。


「我々が鉤爪の女と呼ぶ少女。彼女の内に眠る悪魔の力を強めるために必要なことだ」

「それって前にあの鉤爪モドキをけしかけたときにも言ってたね。悪魔って何なんだい?」

「ひとつ言えるのは、強大な力を持つツクモ獣であること。それこそあの鉤爪の女を遥かに超える力を持った、な」

「ふーん。でも、あの女の歪んだ顔が見れるなら……フェーズが進む瞬間ってのも楽しみに思えてきたねえ」


 不敵な笑みを浮かべる彼女の態度は、鉤爪の女……華世という名の少女への憎悪を感じさせる。

 多くの憎しみ、多くの犠牲、多くの屍の上に成り立つ自由。

 それを得るための大いなる一歩を、ザナミは今か今かと待ち焦がれていた。


(イザナ……お前の仇を討つその時まで、私は強く生きるから。どうか見守っていて……)


 ひとり心のなかで、ザナミは決意を固め直す。

 最愛の人物の名を思い浮かべながら。



 【3】


「結衣、少しは元気出しなさいよ。もももホノカも無事だったんだし」


 アーミィ支部と併設されている病院からの帰り道。

 午前中だというのにドンドンカンカンと騒がしい街中で、俯き続けている結衣へと華世は優しく背中を叩く。

 病院から出てからというもの、ずっと彼女はこの調子だった。


「私が……持ってたら……」

「え?」

「私が、戦う力を持っていたら……。華世ちゃんみたいに変身できたり、ウィル君みたいにキャリーフレームに乗れたら……」

「今回のようなことは防げたって?」


 黙って頷く結衣。

 彼女が責任感に潰されそうになっている理由は分からなくもない。

 足手まとい感──というのだろうか。


 今回の騒動は、結衣がももに元気を出させるため、ホノカとカズの色恋沙汰へと巻き込んだのが原因とも言える。

 しかし、結局の所はもものメンタルが最悪なタイミングでツクモロズと遭遇。

 ホノカがドジを踏んで身動きがとれないところを付け込まれたのが、ももの怪物化を招いた……。

 言ってしまえば運がない、最悪に最悪が重なった偶発的な悲劇であり、良かれと思ってやった結衣に非は無い。


 けれども彼女は、そう思っていないようだった。

 ももを無理やり連れ出し、現場に居合わせさせてしまった。

 そして、無力ゆえにツクモロズに抵抗できず、目の前でももを……。


「結衣、あんたはよくやってるわよ。あたしの義手や義足は、あんた無しじゃ維持できないのよ」

「でも! でも……その場にいたのに何もできなかった……。ももちゃんに手をのばすあの人を止められなかった……! 悔しい、悔しいんだよ、私は……」


 完全にマイナス思考全開モード。

 どんな慰めの言葉をかけても、彼女を納得させることはできないだろう。

 ドンヨリ娘を先導するように前を歩きながら、華世はどうしたものかと頭を悩ませる。


 ──ボーッとしながら歩いたためか、気がつくと二人は芝生が一面に広がる、広い公園へと足を踏み入れていた。

 金属音を響かせながら、パイプ組みのテントを組み立てる作業用キャリーフレーム。

 その横をヘルメットを被った人たちが、あたらこちらを走り回る。

 なんとも見慣れない光景に、華世は結衣を慰めようとしていたことを忘れ、ポカンと賑やかな現場を眺めていた。


「あっ! 華世ちゃんだ〜!」


 緊張感のない聞き覚えのある声に、ゆっくりと視線を向ける。

 そこにはオシャレな格好で手を振り、駆ける咲良の姿。

 その後ろからは、ゆっくりとした足取りで楓真ふうまと、ELエルと思しき少女型アンドロイドが歩いて来ていた。


「三人揃って、何やってるのよ? この騒ぎの警備……には見えないわね、その格好」

「今日は非番だから私達はお休みだよ〜。って、華世ちゃんはお祭りのこと知らないの?」

「お祭り?」

「おやおや、知らないみたいだね。今日はちょうど、地球人類による金星入植が始まって百年目なんだよ」


 楓真ふうまが得意げに語る事に、華世は少しだけ聞き覚えがあった。

 ここ数日間、テレビでやたらと特集されていた金星入植の歴史。

 ビィナス・リングを形成する最初のコロニー・セントラルが安定軌道に乗るまでのドキュメンタリー。

 思えば、そのときに出てた年号がちょうど百年前だったかもしれない。


「なるほど、それで記念祭ってわけね」

「はい。例年であれば各コロニーが自由に祝う日なのですが、今年は百年祭ということで12のコロニー全てで大きなお祭りがあるようです」


 すっかりアンドロイド姿が板についたELエルが、少し得意げに語る。

 聞いたところによればツクモロズ化して暴走した事件の後、咲良の非番に合わせて自由行動が認められたとか。

 そのおかげか、咲良とELエルは公私ともに過ごせるパートナーへとなれたようだ。


「フィナーレには、花火代わりのドローンショーもあるんだって〜!」

「ハナビって?」

「おやおや、金星生まれには無縁だったか」

「花火とは、お祭りのときに打ち上げる、炎色反応の芸術を楽しむ爆弾エンターテイメントですよ」

「へぇー、地球にはそんなもんがあるのね。だってよ、結衣」


 ショボくれたままの結衣を、肘でトントンとつつく華世。

 けれども結衣はあまり気乗りしない感じに、「そうだね」と中身のない返事をした。


「結衣ちゃん、どうしたのかな〜?」

「色々あって気落ちしてるのよ。放っておいて……ってか、アンタちょっとなんか言ってやってよ」

「え、僕がかい?」


 結衣がホの字である楓真ふうまに催促する華世。

 なぜ自分が……という風な楓真ふうまは一瞬首を傾げながらも、結衣と目線を合わせるように彼女の前で屈んだ。


「結衣ちゃん、だっけ」

「あっ……楓真ふうまさん」

「今夜のお祭り、来るといいよ。絶対に、元気になれるから……さ」

「はっ……はい!」


 突然、意中の相手からかけられた言葉に裏返った声で返事する結衣。

 これからELエルの服を買いに行くという3人を見送る頃には、すっかり元通り……とまでは行かないが、結衣はなかなか元気を取り戻していた。


「やっぱり楓真ふうまさん、素敵だなー……」

「良かったわね。さ、元気が出たところで……ちょうどもうすぐ待ち合わせの時間ね」

「待ち合わせ? 誰と?」

「ふふふ……ようやく、あの女の尻尾を掴んでやる日が来たのよ!」


 声高々に宣言する華世の隣で、結衣はハテナマークを浮かべたままだった。




 【4】


 客で溢れかえる、ハンバーガーショップ。

 その中で行列に混じっていた姿を見て、華世はウィルと合流した。


「お待たせウィル、リンは?」

「席を取ってるよ。華世は何食べる?」

「そうねぇ……」


 ウィルに渡されたメニューの中から、ひときわ目立って見えるハンバーガーを選択する華世。

 隣に立っていた結衣も「同じのを」と言ったので、列にウィルを残したままリンが確保していたボックス席へと腰を下ろした。


「遅いですわよ! わたくしを待たせるなんて……」

「時間が時間だからか、すごい込みようね」

「フン。もっと静かなところでわたくしは食べたかったですのに」

「しょうがないでしょ。今回の作戦の鍵は目立たない事だし」

「作戦? 華世ちゃん、これから何を……」


「はい、お待ちどうさまっと」


 片手でひとつずつトレーを持ったウィルが、華世の席へと料理を運んできた。

 そして各々の注文通りに、華世と結衣にダブルオニオンバーガー、リンにミートソースバーガー、ウィルの手元にトリプルバーガーが配られる。

 そして同じサイズのフライドポテトをそれぞれに分配。

 ジュースを配り終えたところで、四人で合わせていただきます。

 壁の時計を見ると、時刻はすっかり午後を回っていた。


「リン、あんたにジャンクフードは似つかわしくないわねぇ」

「ほんと、意外だね。てっきり、ハンバーガーなんて家畜の餌ですわーとか言うと思ってた」

「失礼ですわね! わたくしだってハンバーガーくらい……なんかこのやり取り、前もやりましたわね?」


 ハハハと笑い合いながら、空いた腹へと脂っこい食事を流し入れる。

 ちょうどウィルのポテトがなくなるあたりで、結衣が「ちょっと」と声をかけた。


「ねえねえ、どうして四人で集まったの? ホノカちゃんやカズ君は一緒じゃないの?」

「ああ、そういや結衣には言ってなかったっけ。これからあたしたちは、テルナの化けの皮を剥ぎにいくのよ」

「テルナって……ホノカちゃんたちの担任のテルナ先生のこと?」


 キョトンとする結衣に、大きな頷きで返す華世。

 ことの発端は数日前、カズが毎週土曜日にテルナが決まった店に行くことを発見したことから始まる。


「今まで泳がしていたけれど、昨日のこともあるし。そろそろあの先生がツクモロズのスパイである証拠を握ってやろうってわけよ」

「スパイ? テルナ先生ってスパイなの?」

「わたくしも半信半疑ですけどね。何しろアーミィ側はスパイを男だと断定しているときいてますし」

「その判断が早計なのよ。声とか体格なんて当てにならないわ。誰かがスパイの裸とか染色体とか見たってなら納得だけど……」

「染色体はどうやっても見れないんじゃないかなぁ」

「でしょ?」


 相手はツクモロズのスパイなのだ。

 男が女になったり声を変えたりするのも不可能とは言い切れないだろう。

 アーミィの情報を信じきれない華世はこれまでの経緯から、スパイはテルナだと断定していたのだった。


「でも華世、先生はホノカちゃんを助けたことがあったよね?」

「そこが疑惑の根底でもあるのよ。鉄パイプ検定だか知らないけど、生半可な人間があの人間兵器モドキとやりあえるはずがないわ」


 あのときホノカを襲ったのは、華世も一度交戦し苦戦させられた赤髪の少女。

 それが二人がかりで襲ってきたのをいなせるのは、並の人間じゃないか……あるいは。


「芝居だった……っということですの?」

「そうに決まってるでしょ。じゃなきゃあの先生、変身したあたしの二倍は強いってことになるわよ?」

「うーん、でもホノカちゃんはヤラセには見えなかったって言ってたけど……」

「恩をきさせて疑いから外れる……外部の人間をコミュニティに溶け込ませる定番の手よ。そのためだったら高度な芝居のひとつくらい打てるわよ、ツクモロズだったら」


 華世の立てた作戦はこうである。

 食事の後に必ずテルナが現れるという店で待ち伏せ。

 気付かれないように尾行し、スパイ活動をしている決定的瞬間を抑える。

 そうすればアーミィは堂々とテルナを拘束。

 後はドクター・マッドが非人道的な尋問と拷問を行うことで、ツクモロズへの情報を聞き出せるだろう。


「ホノカ達は受け持ちの生徒だから怪しまれるわ。だから外したの」

「うまく、行くかなぁ?」

「うまくやるのよ。これ以上、ツクモロズ相手に後手は取られないわ」


 携帯電話の画面を見て、時刻確認。

 そろそろテルナが現れる頃合いだ。

 華世たちは食べ終わった後のゴミをダストボックスに流し入れ、例のポイントへと歩みだした。

 



 【5】


「ターゲット確認……ビルに入ったよ」


 テルナが必ず立ち寄るという店。

 その店舗が入っているビルの階段に身を潜め、華世は外で待機しているウィルから電話越しに連絡を受けた。

 十数秒後、階段横のエレベーターから出てきた目立つ赤髪が、店の中へと入っていく。


「こっちも確認したわ。ポスターを眺めるふりをして窓越しに見張るわよ」

「「らじゃー」」


 小声で両脇のリンと結衣に指示を出しつつ、三人で店の中が見えるガラス張りの壁に寄る。

 そして美少女キャラクターが描かれたポスターの前で談笑するフリをしながら、テルナの行動を観察した。


「入ってからまっすぐに奥の本棚に向かったわね」

「でも華世ちゃん、なんでテルナ先生……その、同人ショップなんかに来るんだろ?」


 テルナが入っていった店は、ビルの中にある小さな同人ショップ。

 いわゆるアマチュア作家が委託する本やゲーム、音楽ソフトなどを販売するオタク向けの店である。


「マニアックな店に立ち寄る人間の層は偏ってるからね。ここならアーミィもポリスも監視の目が届かない……」

「なるほど、なにかメッセージを残してやり取りしているということですわね?」

「本当にそうかなぁ?」


 結衣が半信半疑な声を上げるが観察を続行。

 数分経って手にとったひとつの本をレジに持っていくテルナ。

 華世はその表紙とタイトルを覚え、店から出てくるターゲットに見られないように結衣たちと再び階段へと身を隠す。


「ウィル、今からターゲットはエレベーターで降りるわ。あたしたちは店をチェックするから尾行お願いね」


 テルナがエレベーターの閉じる扉の奥に消えていったのを確認してから、結衣とリンを連れて入店する華世。

 記憶を頼りにテルナが立ち止まっていた本棚から、ターゲットが手にとったと思しき本を発見する。


「えーと、これね。作者・七夜月、タイトルは……友情の果てに?」


 見た目麗しい青年二人が描かれた表紙。

 サンプルと書いてある一冊を手に取り中を開くと、そこには……。


「ちょ、ちょっと華世! お、男同士でキスしてますわよ!」

「うわっ、結構ガッツリしたBL本だね……けっこう攻めてるけど、ギリギリ18禁じゃないのかな?」 

「ビーエルって、よくわかんないけど男同士が恋愛するやつだっけ? きっとこの本の中に奴らのメッセージが隠されているのよ!」


 華世は確信を持って包装されている新品の本を掴み、レジへと持っていく。

 怪訝な顔で精算する店員の目線を気にせず、華世は買った本を早速店の外で確認した。


「えっ、この展開からそうなるんですの!?」

「絵が綺麗だから、すっごくドキドキするね……」

「あんたたちねぇ、真面目に見なさいよ。どこかに暗号になるような何かが書いて、書いて……ないわね」


 一通り何度か薄い本を隅から隅まで読み込んだが、怪しいところは見当たらない。

 むしろ男同士の恋愛というアブノーマルなものを見続けたからか、リンが目を回していた。


「……やっぱり華世ちゃん、先生はただこの本が欲しかっただけじゃないかな?」

「おかしいわねぇ。毎週通ってるってことは定例報告に繋がる行為だと思ったんだけど」

「それよりも早く仕舞ってくださらない……? 目に、目に毒ですわ!」


 嫌がるリンがうるさいので興味津々だった結衣に本を押し付けつつ、華世たちはエレベーターで一階に降りる。

 既にウィルから、近くの商業施設の中にテルナが入っていった知らせを受けている。

 今度こそ、何か尻尾を出すはずだ。



 ※ ※ ※



「なーんにも、わかりませんでしたわね……」


 すっかり時刻は夕暮れ時。

 空の色がオレンジがかったあたりで、疲れ切ったリンがベンチに座り込んだ。

 結衣も自販機で買ったお茶を飲みながら、はぁ……と大きなため息をつく。


「なかなかやるわねアイツ。ここまで巧みに証拠を握らせないなんて」

「華世ちゃん、たぶん勘違いだったんだよ。先生スパイじゃないんだよ」

「何言ってるの。これまでの説明がつかないアイツの色々が、ツクモロズのスパイだったら辻褄が合うのよ」

「では今日はスパイをする日……ではなかったのではありませんの?」

「うーん……一理あるかもねぇ」


 もうかれこれ6時間近く、尾行と空振りを繰り返している。


 商業施設に入ったテルナはゲームセンターへと向かっていったが、お菓子が取れるクレーンゲームを2,3回遊んだだけで終了。

 そのお菓子のラインナップからメッセージ性は見られなかった。


 次に訪れたのは小物屋。

 いろいろと物色していたが結局なにも買わずに出ていった。

 見ていた品物からは何も関連性が見当たらない。


 商業施設を出た後に訪れたのはクレープ屋の屋台。

 そこでテルナが買ったチョコバナナクレープは美味しかったが、なんの変哲もないクレープだった。


 そんなこんなで空振りをし続け、今に至る。

 華世はまだまだ元気だったが、付き合っている二人がこれではこれ以上の尾行は困難だろう。

 次に訪れた店を最後に今日の調査は打ち切ることにして、華世たちはウィルが突き止めた店の前で立ち止まった。


「焼き鳥屋とり蔵……ここに入っていったのね、ウィル?」

「うん。特に迷う様子もなくまっすぐに」

「華世ちゃん、たぶん晩ごはんを食べに来たんじゃないかなぁ」

「そうですわよ。わたくしたちも空腹でクタクタですわ」

「もしかしたら飲み屋という立地を生かして大胆にも連絡を取り合っているのかも。ちょっと覗き見るわよ」


 店の扉を少しだけ開き、隙間から中を覗き見る。

 視線を右へ左へと動かし、広い畳の座敷に座る人の陰を見渡す。

 そしてようやくテルナの背中が見え……その向かいに座っている人物の顔を見て、華世は驚愕した。


「なんで、なんで……」

「どうしたの、華世ちゃん?」

「どうして、あいつが……秋姉あきねえと一緒に座ってるのよっ!?」



 【6】


「アッハッハッハッハ!! 華世たちはコイツがスパイやと思うて張り付いとったんかいな!」


 意を決して店の中に突入し、テルナの元へと向かった華世たちを待っていたのは内宮の爆笑だった。

 テルナに「まあ座れ」と促され、渋々四人で掘りごたつに足を入れる。


「せっかくやし何か注文せえや。うちが奢ったるで」

「じゃあリンゴ100%ジュースを……じゃなくて。秋姉あきねえ、説明してよ!」

「まあまあ、店員さんに注文してからでも遅くないやろ。オバチャーン、注文取りにきてーな!」


 内宮が、呼んだ店員にテキパキと注文をする。

 そして数分の後に全員分の飲み物が来てから、再び華世は話を打ち出した。


「それで秋姉あきねえ、この人は……テルナはいったい何者なのよ?」

「うちの古い知り合いや。ネメシス海賊団……今は傭兵団やったか。そこで働いとる、な」

「ネメシス傭兵団といいますと、黄金戦役でも活躍したあの少数精鋭で有名な一団ですわよね?」


 10年前に起こったという地球人類の危機・黄金戦役。

 いまやドキュメンタリーアニメの史実として有名な、宇宙生物の攻撃から地球を守りきったという戦い。

 その戦いで鍵を握る少年少女たちを支えたのがネメシス傭兵団……とされている。


「ホノカとかももが華世の一学年下で通うことになったやろ? それやと二年の華世だけじゃ見守るの難しい思うてな。うちが呼んで、ナインに先生として来てもろたんや」

「ナイン? テルナ・フォクシーじゃないの?」

「それは潜入のための偽名だ。私の名前はナイン・ガエテルネン……他所で漏らしては駄目だからな?」

「うちが考えたんやで? ナインだけに九尾の狐ってことで、狐の尻尾って意味の言葉でテルナ・フォクシーてな」


 話を聞きながら、一気に脱力する華世。

 スパイだと疑っていた人物は内宮の知人で、挙げ句に華世の負担を減らすために来た助け舟。

 だというのに空振りだらけの尾行をし、丸一日を潰してしまった。

 その無力感に苛まれながら、華世はテルナ……いや、ナインと内宮の話に耳を傾けた。


「それじゃあナインさん。ひとつ聞きますが華世が疑っていた理由のひとつである戦闘能力は一体?」

「それ話すと長うなるけど……ナイン、ええか?」


 ビールをぐいっと飲みながら尋ねる内宮に、コーラが入ったジョッキを握るナインが頷く。

 ふたりは運ばれてきた串に刺さった豚バラ肉を頬張りながら、遠くを見つめるような目で語り始めた。


「私は人為的に高い戦闘能力を持った人間を作り出す……とあるクローン兵士計画によって生み出された人間なのだ」

「クローン兵士計画……? まるでSF映画の世界ですわね」

「じゃあテルナ先生って、クローン人間ってこと!?」

「せやな。ナインっちゅう名前も9番目に作られたのが由来や」


 重い出生の話……と思われる過去を、内宮と時折笑いながら語るナイン。

 今から12年前にクローン兵の一人として培養カプセルから誕生した彼女は、それから2年後に内宮と出会ったらしい。


「12年前に生まれたって……てことはナインさん、もしかして」

「今年で12歳になる」

「と、歳下……!?」

「だから、お酒を飲んでいないんですのね……」

「まあ12歳の身体で生まれてくるもんらしいから、12足す12で肉体年齢は24歳やけどな」

「それで、ナインさんと内宮さんが出会って、どうなったんですか?」


 興味津々なウィルからの質問を受け、続きを語り始めるナイン。

 最初は敵同士だった二人だったが、紆余曲折を経てナインがクローンとしての責務から解放されたことで和解。

 その後は内宮の弟と同じ学校へと通い始め、平和な生活を始めたという。


「弟……秋姉あきねえに弟が居るって、いま初めて聞いたわよ」

「あれ、言うてへんかったっけ。春人はるとっちゅう、これがまた不器用な弟がおってなあ……そうや、ナインと恋仲になったっちゅう話聞いとったけど、どないなったん?」

「恋仲! 内宮さんの弟さんとナインさんの間にラブロマンス!?」


 恋愛話とみるや、急に元気になって色めき立つ結衣。

 けれども一方のナインは特に熱くもなく冷めていない感じに言葉を綴る。


「春人とのことだったら、あいつは急に私に釣り合う男になりたいから……などと言って、木星圏に行ってしまったよ」

「あちゃー……あいつ妙に律儀すぎるとこがあったからなぁ。ナインが有能やからって、気にする必要あらへんのに」

「まあ彼も一緒にいて色々と思うところがあったらしい。私は待っているよ、春人が戻ってくるのを」

「高嶺の花に釣り合う男を目指すカレシと、信じて彼を待ち続けるカノジョ! う~ん、すっごくロマンスですね!!」


 うっとりした顔で虚空を見上げる結衣。

 彼女を無視して笑いあう内宮とナインの姿を見て、華世はひとつ腑に落ちないことがあった。


秋姉あきねえ。よく二人の監視のためだけに、わざわざ傭兵を先生として潜入させるなんてできたわね」

「そのことやけどな……実はもう一つナインには目的があるねん」

「ああ。金星圏で、生き別れた妹を発見したという知らせを聞いていてな」

「生き別れた妹?」


 ナインが真剣な顔で語り始めた。

 クローン兵士は全部で百人つくられ、10年前にそのうちの半分が生まれ兵士として戦ったという。

 残りの五十人は遺伝子上の両親の意向により安全な場所に培養カプセルを移し、年月を開けながらすこしずつ生まれさせるようにする……予定だった。


「カプセルの運搬中、輸送船のひとつが宙賊によって襲われ……二人の妹がカプセルごと奪われてしまった」

「なんでも64番目と66番目の妹や言うてな。それが最近になって、二人と思しき少女の目撃証言があったんや」

「64と66……? もしかして、その二人って」

「せや。華世もホノカも戦ったことある、赤髪の女の子のことや」


 ホノカからの情報で、その二人がリウシー・スゥ、リウシー・リウと名乗っていたという。

 妙な名前の響きだと思ったが、それぞれを中国語読みの数字だとすると、六十リゥシースゥ六十リゥシーリウ

 つまりは64番目と66番目のクローン兵士であることを名前が表していた。


「つまり、ナインさんは妹探しも兼ねてここクーロンにやってきた……ということですのね」

「ああ。必ずや二人を連れ戻す……それまでは先生業を続けるつもりだ」

「なんか、すごく壮大な話だなぁ」

「でもすっごく、素敵!」


「でも結局……誰がスパイなのかしら」


 ナインの身の上話を一通り聞き終え、改めて華世は考える。

 一番怪しかったテルナが潔白だとわかった今、思い当たる人物がいなくなった。

 繰り上がって怪しいのはウルク・ラーゼ支部長だが、一番スパイ狩りに躍起になっているのも彼という事実がある。


「まあスパイの話は置いとこうや。今日は何年かぶりにうちとナインでゆっくり飲む席やし」

「そうだな、積もる話はいくらでもある。私が8人の姉と共に火星圏を巡った話とかな……」


 

 【7】


 ナインと内宮による飲みの席は2時間ほどで解散となった。

 疲れて眠ったリンをウィルと内宮に預け、結衣と二人で夜道を歩く。

 人気ひとけのない道を往きながら、夜空を見上げた。


「華世ちゃん、ありがとう」

「何が?」

「私に元気を出させるために今日、いろいろ気を使ってくれたでしょ?」

「別に……見ていて痛ましかったからどうにかしただけよ」

「やっぱり華世ちゃんって、優しいね」


 小高い展望台へと続く上り坂を、結衣が駆け上がる。

 その先の空に見えるのは、黒い夜空のキャンバスに浮かぶ、色とりどりの光を放つドローン群の芸術。

 百年祭のフィナーレであるショーが、まさに今盛り上がっているところだった。


「私、華世ちゃんのこと……大好きだよ」

「結衣……」

「変な意味じゃないよ? 華世ちゃんって、厳しいところもあるけど、心の奥が温かいもん」


 くるりと振り返り、満面の笑顔を見せる結衣。

 けれどもその眉は外側に下がり、彼女の複雑な心境を表している。


「内宮さんとナインさんみたいに、ずっと友達で……親友で居ようね、華世ちゃん」

「……そうね」


 手の一つでも握ってやろうか、と華世は結衣へと歩み寄る。

 祭りで盛り上がっている公園を見下ろせる高台から景色を眺めたら、結衣の不安も飛んでいくだろう。

 一日ムダなことに突き合わせてしまった償いとお礼。

 それを華世は、返そうとした。


 しかし、できなかった。



「あ、う……」

「結衣……!?」


 急に頭を抑え、苦しみ始める結衣。

 華世はとっさに手をのばすが、結衣は華世の手を振り払い、離れるように後ろへと下がる。


「やだ……なに、これ……!」

「結衣、しっかりして! 結衣!!」

「だ、め……来ないで……華世ちゃ……」


 結衣の肌に浮かぶ、幾何学的な線の光。

 幾重にも伸びる直線が、彼女の顔を、腕を、体全体を少しずつ蝕んでいた。


「わた、し……が……無くな……っちゃう……!」

「結衣!! うっ!?」


 結衣を包み込む、激しい光。

 華世が何度も見た光と、同じ輝き。

 少女が変身する、魔法の閃光。

 起こるはずのない光が、結衣を包み込んでいた。


「結衣ーーーっ!!」


 華世の叫びが、展望台に響く。

 しかし、その声を聞くものは……いなかった。



 ※ ※ ※



「……始まったか」

「おめでとうございます、ザナミ様。無事フェーズ2へと移行しましたよ」


 ザナミ前で拍手をする、黒衣に身を包んだアッシュ。

 その隣では、しかめ面をするフェイクと目を輝かせるバトウ。

 そして、少し離れた位置で無言で口をにやけさせるセキバク。 


 フェーズが進むことは、彼らにとって必ずしも得であるとは限らない。

 これから、生き残りを賭けた生存競争が始まるからだ。


「アッシュ、お前が仕込んだ種とやらは……どうなった?」

「フェーズの進行により、開花したようだよ。今まさに、鉤爪ちゃんの前で花開いているだろうさ」

「……そうか」


 笑いもせず、喜びもせず、ザナミは表情を変えずに目を閉じた。

 野望のために犠牲になる少女、その身を案じながら……。



 ※ ※ ※



 夜空に浮かび上がる結衣の姿。

 鮮やかな色の衣装に身を包んだその格好は、魔法少女そのもの。

 けれども、袖の先から見える腕、スカートの中から伸びる脚。

 そして、笑顔が眩しかったあの顔を支える首が、漆黒の膜に包まれ不気味な青緑色の線を発光させていた。


「結衣……うっ……くっ…………!」


 変わり果てた友の姿を見た瞬間から、華世の中に浮かぶドス黒い感情。

 初めてももと戦ったときにも現れた、自分じゃないような存在に思考を奪われる感覚。


(あいつは、敵だ。裏切り者だ)


「違う……」


(ツクモロズは敵だ。殺せ、殺せ……!!)


「あたしは……!」


(奴は、敵だ。殺せ!)


「うああああっ!!!」


 華世の意思を無視するように、呪文もなく変身が始まる。

 血走った目が、敵をうつす。

 全身をめぐる不快感が、斬機刀を握らせる。

 思考全体を覆い尽くす殺意が、大地を蹴った。


「くたばれぇぇぇっ!!」


 華世の放つ斬撃が、空を切る。

 魔法少女化した結衣の身体は、その背中から伸びる光の羽により、空へと逃れていた。

 彼女の手に握られた長いステッキ、その先から真っ赤な火の玉が放たれる。


 爆発し、えぐられる大地。

 展望台のベンチが燃え上がり、一瞬のうちに焼失。

 熱気を受けた金属のフェンスが歪み、崩れて消えていく。

 そんな中にあっても華世は、足を踏みしめ全身に力を込めていた。


「くだらない攻撃……! 逃がす……もんですか!」


 地を蹴り、跳躍する華世。

 宙を飛ぶ結衣の姿へ、刃を思いっきり振り下ろす。


「逃げるなっ!! 大人しく……始末されなさい!」


 回避しながら火球で反撃する結衣。

 その攻撃を斬機刀で切り捨てながら、背中のスラスターを全開にして肉薄する華世。


「捉えたっ!! 死ねぇっ!!」


(助けて……華世ちゃん!!)


 結衣へと刀を振り下ろそうとしたその時。

 華世の脳の奥へと直接響くように聞こえた結衣の声。

 助けを求める友の声。

 真っ黒だった思考が真っ白になり、空中で身体が動かなくなる。


「うっ……!?」

(怖いよ、苦しいよ。嫌だよ、華世ちゃん……!)

「結……衣……!?」

(お願い……助けて……華世ちゃん!!)


 クリアになる思考。

 正気を取り戻し、自分がしようとしていることに衝撃を受ける。


「あたしは……何を……ああっ!!」


 そんな華世へと無慈悲に向けられる、結衣のステッキ。

 その先端が輝くと同時に、華世の視界が真っ赤に燃え上がった。



 【8】


「まどっち、華世はどうなったんや!?」


 手術中の文字が消灯した扉から出てきたドクター・マッドへ、内宮は詰め寄った。


 あの時……帰り道の途中で百年祭の会場へ立ち寄った瞬間、空で爆発が起こった。

 その爆炎の中からこぼれ落ちた影、その姿は魔法少女姿の華世。

 まるで爆弾が爆発した後のような壮絶な状況の展望台で倒れていた華世を、内宮が救急車を呼んで病院に担ぎ入れたのが一時間前。


 ホノカとミイナが心配そうに後ろに立つなか、ドクター・マッドは重々しく口を開いた。


「先に言うと、命に別条はない。しかし……」

「はぁー……よかったぁ……しかし?」

「しかしだ。直撃を受けたのか顔の右半分が大きく焼けただれている」

「焼け……大丈夫なんか!?」

「髪や肌は再生医療できれいに戻すことはできる。しかし、戻せないものがひとつだけある……眼球だ」


 ドクターはゆっくりと綴った。

 華世の身に起きたことを。


「恐らく至近距離で高熱のエネルギーを受けたのだろう。とっさに回避しようとしたのか、当たったのが顔の右側だけだったのが不幸中の幸いだったが……」

「まさか、目が……」

「ああ。華世の右目は熱傷により眼球が変容……完全に失明した」


 内宮の目の前が真っ白になる。

 華世の可愛らしい顔で輝いていた、サファイアのような青い瞳。

 そのひとつが……光を失った。


「そんな……華世。右腕、左脚に続いて右目まで……なんであの子ばかり、こんな目に遭うんや……!!」

「私が言えるのはここまでだ。あとは……本人次第だな」

「本人次第て……?」

「手術の最中、ずっと華世は結衣という名を呟き続けていた。おそらくはあの場にいた友人なのだろうが、姿はない。恐らく何者かの手に落ちたと見て間違いないだろう」

「結衣……あんないい子まで」

「私もお前も華世の性格は知っているだろう。たとえどれだけ身体を喪ったとしても、必ず立ち上がる。そして……」

「目的を、果たすっちゅうことか」

「ああ」


 その言葉を最後に、ドクターはその場を立ち去った。

 これ以上ここにいても、華世と顔を合わせられるわけではない。

 わかっていても、しばらく内宮はその場から動けなかった。


 保護者としての責任が果たせない情けなさを呪って。

 肝心な時に何もできなかった無力さに呆れて。


 そして再び立ち上がるであろう、華世の強い心を信じて……。



──────────────────────────────────────


登場戦士・マシン紹介No.17


【マジカル・ユイ(支配下状態)】

身長:1.5メートル

体重:40キログラム


 ツクモロズの手によって強制的に魔法少女化させられた結衣。

 血管を伝って体内を巡るナノマシンがツクモロズ化した結果、脳を含め全身がツクモロズに支配されている。

 発現した炎の魔法能力を使ってステッキから火球を放つ攻撃を行う。

 もも同様に高い魔法適性を持ち、輝く翼で飛行する「天使の翼」が発動している。

 しかしツクモロズに身体が支配されている影響か、その光は黒ずみ堕天使の翼のようになっている。


──────────────────────────────────────


 【次回予告】


 ツクモロズの手に堕ちた結衣に敗れ、敗北の代償として右目を失った華世。

 けれどもその内に秘めた闘志は折れず、戦いへの強い意欲を示す。

 自分を友達と呼んでくれる存在を助ける……その目的の為に。


 次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第18話「冷たい力 熱い感情」


 ────引き裂かれた絆は、また繋ぎ止めればいい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る