第18話「冷たい力 熱い感情」

 何度倒れても、何度喪っても。

 それでも華世は立ち上がる、戦う、大事なモノを守るために。


 傷ついた身体を機械に代えて、科学の力で相手を倒す。


 けれども決して魔法を頼らないのは、人の身に余る力を……使いたくないからだろうか。


 俺は……華世を守りたい。

 惚れた弱みもあるけれど、強く生きる彼女の力になってあげたいから。


 でも、俺よりもよっぽど強いんだよね、華世は。

 男として、悩ましい限りだよ……。



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        鉄腕魔法少女マジ・カヨ


      第18話「冷たい力 熱い感情」


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 【1】


「うーん、華世はこれで喜びますかね?」

「どうだろう……それ以前に落ち込んでいるかもしれないし」

「華世が落ち込んでいる姿って、ちょっと想像できませんけど」


 見舞いの品が入った箱を運びながら、ウィルはリンとホノカを伴いつつ病院の廊下を歩いていた。

 百年祭の終わり際、別行動をとった華世が何者かによって攻撃を受けたのが昨晩。

 その時に負った傷により、華世は右目を失明したという。


 右腕、左脚に続いて3度目となる華世の身体喪失。

 そして、行方不明になった結衣の存在。

 それが華世の心に影を落としている……と考えるのが妥当であろう。


 しかし、華世という人物が常識で測れないのも事実。

 今までただの一度も弱音を吐いたところも、涙を流したところも見せていない華世。

 少女の身には強すぎる精神を持つ彼女が、扉の先で特に落ち込んでいる素振りもしていなかったことは、半分予想はできたことだ。


「うーん……あ、おはよう」

「おはよう、華世。その……」

「ああ、これのこと?」


 右目を塞ぐように身につけられた眼帯。

 その下がどうなっているかは、気にはなるけど見たくはない。

 ウィルは見舞いの品を棚に置いてから、華世ひとりだけの広い病室から来客用の椅子を探して並べた。


「思ったより元気そうですわね」

「やられたのは目だけだったからね」

「目だけ……って、華世は失明したのに」

「それよりも華世、さっきから何を見ているんだい?」


 ウィル達が部屋に入る前から、華世は携帯電話の画面を顔に近づけたり離したりを繰り返していた。

 その疑問に答える代わりに、華世は「ん」と一言だけ発しながらその画面をこちらに向ける。


「えーと……最新型の軍用義眼カタログ?」

「やっぱ片眼だけだと焦点が合わせづらいし、いい機会だからね」

「いい機会って……」

「済んだことは仕方ないでしょ。見てみて、先週から売り出されたこの最新機種……ネットから動画を脳内に送信する機能に、プロジェクター機能もあるんですって」


 眼帯をした顔で、楽しそうにカタログを眺める華世。

 その姿は、とても昨晩に片目を失った少女のそれではない。


「……何よ。あんたたち、あたしが悄気しょげてたほうが良かったっての?」

「そういうわけじゃ……」

「……あんたたちには言うけどね、あの時あたしを攻撃したのは結衣だったの」

「……うん」


 なんとなくそんな気がしていたウィルは、後ろの二人と違い華世の言葉に驚き一つ見せなかった。

 華世が並大抵の相手に遅れを取るはずはない。

 それなのに直撃を受けたのは、相手が友達だった……くらいしか思いつかないのだ。


「ウィルだけ、わかってたみたいね」

「華世と付き合いは長いから……長いかな?」

「まだ3ヶ月未満よ。ただ、わかってもらえるのは嬉しいわね」


 今まで華世とひとつ屋根の下で共に暮らし、彼女の戦いをいつも見ていたウィル。

 日数や時間は少なくても、戦友としての理解は深まっていた。


「あの時……とつぜん結衣が苦しみだしたと思ったら、魔法少女みたいな格好に変身したのよ」

「あのしずかさんが……どうしてですの?」

「知らないわよ。そしてあたしは結衣を……全力で殺そうとした。というか、させられそうになったわ」

「もしかしてそれって、ももの時みたいに?」

「ええ……まるで結衣がすごく憎い敵みたいに思えてね。けど、結衣から助ける声が……あれは思念波だったのかしら。とにかく声が聞こえてハッとしたら、撃たれてた」


「……そうかい、そんなことがあったんだねぇ」


 突然、背後から聞こえた声にウィル達は一斉に振り向いた。

 病室の扉を開けて立っていたのは、一人の老婆。


矢ノ倉やのくら先生……」


 華世に武術を教えたという、矢ノ倉やのくら寧音しずねだった。


「近くを通りかかったから挨拶でもと思ったけど……私が来るたびに入院してるねぇ」

「恐縮です……」

「良いよ良いよ。話は一通り聞かせてもらったけれども……どうするんだい?」

「どうするって」

「居なくなった、あなたのお友達。このまま放っておくのかい?」


 華世にとっては愚問な問いかけ。

 このまま引き下がるなど、あり得ない。

 事実、華世は大きく首を振り、片方だけとなった真っ直ぐな瞳で矢ノ倉やのくら女史へと眼差しを向けた。


「もちろん取り戻します。あたしには、その責任がありますから」

「責任ねぇ……あなたは若いんだから、もっとフランクでいいんじゃないの?」

「フランクって……」

「友達だから助け出す、って言っほしいんじゃありません? お婆様?」


 リンの言葉にキョトンとする華世。

 一方の矢ノ倉やのくらはうんうんと深い頷きを返していた。


「大人が言ったら青臭いけれども、あなた達はまだ子供ですからね。義務とか責任じゃなくて、感情に従うのは若者の特権ですよ」

「……肝に銘じておきます」

「よろしい。それじゃあ若人たちの邪魔をしちゃ悪いし、老骨はここで御暇おいとまさせていただきますよっと」


 花々が咲き乱れるバスケットを棚の上に置いてから、病室を立ち去る矢ノ倉やのくら

 華世はひとつため息をついてから、再び枕に頭を乗せ、携帯電話の画面を見始める。


「そういえば気になったんですけど」


 ホノカが発した言葉に、華世が目線だけこちらに向けた。

 

「結衣さん、しきりに華世のことを親友って言いますよね」

「そういえばそうだね」

「わたくしは今年に入ってから華世たちと出会いましたから、それ以前のことは知りませんわ。よろしければ話していただけません?」


「しょうがないわねぇ。まあ……これから助けに行く相手のこと、少しは知っても損はないか」


 そう言って華世は、ゆっくりと昔話を始めた。



 【2】


 華世が結衣と出会ったのは2年前の秋頃。

 沈黙の春事件で故郷を失った華世が義手のリハビリを終え、小学校へと編入されたときだった。


 小学六年生も半分を終えた頃合いに入ってきた転入生。

 しかもその時は品薄だったこともあり、華世の義手には人工皮膚は張られていなかった。

 右袖から金属の腕を出した少女を見た同級生たちの反応は、得体のしれないものを見る嫌悪と畏怖。

 生徒だけではなく、教師たちも書類上は大元帥の娘である華世に対し、腫れ物に触るような扱いばかりだった。

 そんな扱いをされ続ければ、自然と心に壁を作り出す。

 家に帰っても内宮やミイナと言葉をかわさず、食事の時以外は部屋に引きこもるのが常だった。


 そんな中、隣のクラスにも関わらず声をかけてきた人物が居た。


「わぁ! 本当に機械のお手々だ! かっこいい!」


 休み時間に窓から外を眺めていた華世に声をかけてきた少女。

 それが静結衣だった。

 両親が義肢装具調整士であり、自身もその後継者を目指して勉強していた彼女にとって、義手は見慣れた生活の一部。

 彼女曰く、大人の男の人がつけるものだという認識だった義手を、同じ歳の女の子がつけているのが珍しかったらしい。

 もしかしたら、ナノマシンを入れている一種のサイボーグである結衣にとって、華世は仲間と思われたのかもしれない。


「ね、ね! 帰り道一緒だよね! 一緒に帰ろっ!」


 最初は好奇心からだったようだが、徐々に結衣の興味は義手から華世自身へと移っていった。

 しかし決して悲しい生まれに同情したりとか、義手をつける経緯を聞き出そうとしたわけではない。

 もっぱら結衣の出す話題は、テレビのこと、ネット上の流行り廃り、発売したてのゲームの話。

 他の誰にでも振れるような一般的な話題を、結衣は繰り返し繰り返し華世にし続けた。


「私は、華世ちゃんの一番の親友だよ!」


 半年経ち小学校の卒業が間近に迫った頃から、結衣はよくそう言うようになった。

 それは他に友達の居ない華世を励まそうとしたのか、それとも義手をつけた友達が誇らしかったのか。

 理由はわからないが、少なくとも華世にとっては救いの言葉であった。


 復讐と憎しみという闇に溢れた心に、差し込んだ光。

 結衣の優しさは華世の中に徐々に広がっていき、ろくに話もできていなかった内宮、ミイナとも言葉をかわす機会が増えていった。

 そうして一年たち、中学校にあがった頃……華世は今のような性格になった。

 それは結衣の期待に応えようとしたのかもしれない。

 違うクラスに配属されてなかなか会えなくなった状態でも、強く生きようと思ったのかもしれない。


 リハビリの過程で教え込まれた武道の心得も自信につながった。

 街なかで不良にちょっかいを掛けられれば殴りつけ、蹴り倒す。

 いじめの現場を見れば、首謀者を締め上げる。

 目の前でひったくりを見れば、追いかけて取り戻す。

 そうやって強い生き方ができるようになったのも全て、小学生の時に結衣が話しかけてくれたからだった。


 今の華世があるのは、結衣のおかげといっても過言ではない。

 魔法少女の力を得て人間兵器となり、ウィルと出会いホノカを雇いももを受け入れ今に至る。

 もしあのとき結衣が居なかったら、おそらく今の生活も関係も無かっただろう。

 それほどには、華世の人生の中で結衣の存在は大きかった。



 ※ ※ ※



「いい話ですわ~~~!!」

「うわっ、こんな話で泣くんじゃないわよ気持ち悪い」

「ひどい言い草ですわっ! でも華世にとってそれほどまでに大事な人物に手を出すなんて、ツクモロズは許せませんわね!」


 涙でグチャグチャになり鼻水が垂れた顔のままハンカチを握る拳を震わせ、怒りに燃えるリン。

 彼女の両隣に座るウィルとホノカも、涙こそ見せていなかったが感動しているようだった。


「華世、俺たちも静さんを助けるのに協力は惜しまないからね!」

「大切な友達……必ず助け出さないといけませんね」

「そんなことは百も承知だし当たり前よ。ただ……」


 華世の懸念はいくつもある。


 まず、行方をくらませた結衣が無事かどうか。

 彼女は明らかに、ツクモロズによって精神を支配された状態にあった。

 その状態で敵に捨て駒同然でアーミィへの攻撃に使われれば、助ける以前に始末される恐れがある。


 二つ目に、華世の中のどす黒い謎の感情が暴走しないか。

 もものときと言い結衣のときと言い、華世が親しみを感じる存在が敵となった時、明らかに自分ではない何かに意識が乗っ取られる間隔に苛まれてしまっていた。

 そうなったら理性を無くし、身内だろうが手にかけかねない危険な状態となってしまう。

 助け出すために発見した挙げ句、自分の手で息の根を止めてしまっては救うに救えない。


 三つ目は、どうやって彼女を見つけるか。

 百年祭の場に居た咲良たちの証言によれば、華世が一撃受けた直後にはもう結衣の姿は無かったという。

 ツクモロズはワープのようなことができるようだが、それにより敵の本拠地に行ったのか。

 それともまだクーロンの中に居るのか。

 皆目見当がつかない。


 そして最後に、どうやって助け出すか。

 それに関してだけ、ある程度の予測は立っている。


 華世が話した懸念点に、三人が一斉にウーンと唸り始めた。


「確かにそのどれも難しい問題ですわね……」

「相手が相手なだけに、アーミィの人たちの力は借りにくいしな……」

「華世が暴走した時の対応が一番むずかしいと思います」


「そんなことはないぞ」


 また病室の入り口から聞こえてきた声に、再び一斉に振り向く三人組。

 今度この部屋を訪れたのは、白衣を着たドクター・マッドとハムスターケージを抱えたパジャマ姿のもも

 そのケージの中では見慣れた青いハムスターが格子にしがみついていた。


「ドクター。その口ぶりからすると解決法があるみたいだけど」

「まあくな。まず一番の懸念点である華世の暴走に関しての対策なら、これが一番だろう」


 そう言ってドクター・マッドが取り出したのは、ももの首に巻かれているものと同じチョーカー。

 何らかの条件が満たされると強力な麻酔針が飛び出し、着用者の意識を奪う安全装置である。


「同行するだれかに首輪の起動スイッチをもたせ、華世が暴走し始めたら押させればいい」

「確かに……怪物になったももにも充分効いてたから、眠らないまでも動きは鈍るから抑えやすくはなりますね」

「その後に結衣をどうこうできるかは別問題でしょうけどね」


 受け取ったチョーカーを首に巻き、パチンと留め具をはめる華世。

 奇しくもそっくりなももとお揃いになってしまったが、別に嫌な気分はない。


「それで、あたしの件はいいとして……結衣はどうやって見つけるのよ」

「フッフッフ……その回答こそ彼女とハムスター、そして華世にこれから施す手術のことなのだよ」

「はぁ……?」


 首をかしげる華世の前で、ドクター・マッドはモノクルのレンズを妖しく煌めかせた。



 【3】


 華世の義眼装着手術が始まったのは、3時間ほど前。

 機能を失った眼球を摘出し、機械の眼と視神経を繋げ、拒否反応が出ないように調整する。

 言葉で書けばそれだけだが、実行するために必要な技術・経験の高さは想像にかたくない。


 しかし、これまで幾度も華世の治療に立ち会ってきたドクター・マッドの執刀。

 アーミィ支部の食堂で昼食を済ませたウィル達がドクターに集められた理由が、彼女の手術が無事に終わった事にほかならないと誰も疑わなかった。


「ドクター、華世は……」

「手術は成功した。あとは麻酔が切れて目を覚ましたら義眼の調整と視覚のリハビリといったところだな」


 無事という言葉を聞き、応接間でホッと胸をなでおろすウィル。

 その隣で座っていたホノカが、ずいっと机に身を乗り出してドクターへと問いかけた。


「それでは、結衣さんの救出に華世の参加は?」

「リハビリと言ってもそこまで時間はかからないから、早ければ明日の昼には出歩けるようになるだろう」

「明日の昼……」


 聞いた話によれば、結衣の捜索はポリスの懸命な捜査によって進んではいるらしい。

 百年祭の会場から飛び去る光を、複数の住人が目撃していたという。

 現在はそれらの証言をつなぎ合わせ、コロニーのどこに行ったかを絞り込んでいる最中。

 華世が動けるようになる頃には、大方の目星はついているだろう。


「では訓馬先生、わたくしたちを集めた理由は一体何ですの?」

「魔法少女として敵対した結衣くんを、アーミィが戦力を割いて鎮圧するわけにはいかん。最近はただでさえクーロン以外のコロニーでアーミィへの風当たりが強いからな」


 先の〈ジエル〉暴走事件映像によるアーミィバッシング。

 事情を知るクーロン住人は冷静だったが、他のコロニー住人からのアーミィ批判が日に日に増していっていることをニュースで知ってはいる。

 そんな中、魔法少女化したとはいえ生身の少女に対し軍が動いたとあっては非難の加速は避けられないだろう。


「つまりは、君たち魔法少女隊……といったかな。ともかく子どもたちの手で解決させる必要があるのだ」

「なるほど……それで事前に作戦の説明を、といったところですね?」

「そうだ。ももくん、来たまえ」


 ドクターの声で、少し離れたところに座っていたももがハムスターケージをドクターの前に置いた。

 そのまま中から青いハムスター……ミュウを手のひらに乗せる形で取り出すもも


「先日の、彼女が怪物化した事件の際にこの小動物……」

「ミュウだミュ!」

「ハムスターが匂いで敵を追ったと言う話を聞いて、調べを進めていたのだ」


 そう言いながら壁の大型ディスプレイに資料を映し出し説明を始めるドクター・マッド。

 嗅覚というのはそもそも、鼻に吸引された化学物質が粘膜に溶け込み、検知されることで知覚することができる。

 つまり、ミュウが匂いで魔法的な痕跡を追えたということは、すなわちツクモロズや魔法少女からは何かしらの物質が放出されているということ。

 実際、ミュウの鼻の中の粘膜からは未知の化学物質が検出されたという。

 ドクターは、この物質をマナリウムと命名し、ももの協力のもと数日前から性質の調査を試みていた。


 ところが、マナリウム検出プログラムを作ろうとしたところで問題が起こった。

 マナリウムはミュウや変身したももなど、魔法を活用する存在の周囲でしか活性化しない。

 休眠状態のマナリウムは空気中の微細な塵や埃に似た形質を取り、検出が困難になった。

 結衣の移動経路をマナリウムを追うことでたどるには、どうしても魔法少女の力が必要となる。


「……そのために、私達が呼ばれたと」

「華世に入れた義眼には、すでに検出プログラムをインプットしてある。これは視界内に対象となる物質が確認されると視界に映し出す機能だ。しかし、複数人の魔法少女を集めてマナリウムの活性化範囲を広げないことには至近距離の物しか検出ができない」

「つまり、私とももが華世と共に変身すれば良いということですね?」

「えっと、俺はどうしたら?」

「ウィル、君の役割は〈エルフィスニルファ〉で彼女たちの輸送だ。飛行できるももはともかく、華世とホノカは飛ぶことができない。戦闘機形態に変形できるニルファの操縦は、君が一番慣れているだろう。既に整備班の方に、ニルファの武装を外すよう指示は出されている」


 かなりの用意周到さに、呆気にとられる一同。

 背後にはウルク・ラーゼ支部長の思惑が渦巻いているのだろうが、何にせよ今のウィル達にはありがたい。

 結衣救出作戦の概要を一通り聞き終え、今日のところは解散……と思ったところで、部屋の扉が音を立てて開け放たれた。


「まどっち、まどっち! 大変や!!」

「なんだ内宮。騒がしい……何事だ?」

「華世が、華世が……病室から居らんなってもうたぁ!!」



 【4】


「例の花開いたツクモ獣が、救援を要請しているだと?」


 玉座に座る座並みのところへ、アッシュから届いた報告。

 それを聞いたバトウ老人が、クククと不敵な笑い声を漏らした。


「ザナミさま、これはチャンスですぞ。かのツクモ獣は彼奴きゃつらどもにとって戦いづらい存在が依り代。うまく我々のもとへ引き入れられれば、必ずや強い味方となりますぞ!」

「ちっ、しょうがないねぇ。私がまた行ってやろうか?」


「お前たちみたいな役立たずより、俺たちを頼って欲しいんじゃーん!」


 突如後方から響いた緊張感のない声に、フェイクはとっさに臨戦態勢をとる。

 そこに立っていたのは声を発したと思われる、ジャラジャラとした飾りを無数に身に着けた軽薄そうな若い男。

 その隣にはピエロのマスクで顔を隠した、横笛を携えた男。

 そして、身体から常に白い煙を放出し続ける、氷の塊のような大型犬が座っていた。


「何者だい? あんたたちは……?」


「ちょっと首領サマ、教育行き届いてないんジャーン?」

「ホホホ……我らアーカイブツクモロズの存在、明かしていなかったのですかなぁ?」

「グルルル……」


 口々に見下したような発言をする二人と一匹。

 その口ぶりからするに、彼らもまたツクモ獣なのだろう。

 しかし、アッシュやバトウ、セキバクらとは違う嫌な気をフェイクは目の前の連中から感じていた。


「聞け、フェイク。アーカイブツクモロズとは、フェーズ2になったことで蘇った、過去の戦いで功績を上げたツクモロズのことだ」

「そーゆーコト! つまり、お前たちと違って実績があるってことジャン? このチャーラ様に任せれば、その有望ツクモ獣の回収くらい簡単ジャン!」

「……わかった。そこまで言うならばこの任、貴様に任せてみよう」

「ありがたいお言葉ジャン! それじゃあお先に手柄を頂いて来るジャーン! ギャハハハ」


 下品な笑いをしながら、玉座の間を立ち去るチャラ。

 目通しは終わりとばかりに、あとに続くように消えるピエロと氷の犬。

 バトウは「こりゃ、勝手に歩き回るでない!」と叫びながら消えたピエロを追いかけていった。


 静かになった空間の中で、フェイクは以前にザナミが言ったことを思い出した。


「なるほど……私達が必要としているかどうかに関わらず、アイツラが湧いてくるからあんたは……」

「そうだ。信頼の置ける者を一人でも増やしておきたかったのだ」

「でもいいのかい? これであのチャラ男がツクモ獣を連れてきちまったら増長されちまうよ」

「フ……奴らは知らぬのだ。この代の戦いが、これまでと違うイレギュラーに満ちていることをな」


 不敵に微笑むザナミの言葉に、フェイクは憎い鉤爪の女の顔を思い出した。



※ ※ ※



 手足のしびれ、激しい頭痛。

 ぼやける視界にふらつく足取り。

 額を押さえ足を引きずりながら、魔法少女姿で華世は歩いていた。


「ハァ……ハァ……結衣……」


 目の前に開ける、広い公園。

 百年祭の後始末を終えた広場を前にして、こめかみを指で押して義眼のモードを切り替える。

 モノクロになった景色の中に、わずかに浮かぶ青い煙。

 その色が濃くなったと同時に、キャリーフレームが降り立つ風圧が華世のスカートをはためかせた。


「華世、何やってるんだよ!」


 コックピットハッチを開いた〈エルフィスニルファ〉から飛び降りたウィルが、倒れかけた華世の身体を腕で受け止める。

 赤い瞳の奥に機械的なラインを浮かべる右目を爛々らんらんと光らせながら、華世が大きく息を吐いた。


「結衣を、助けに行かなきゃ……」

「ドクターが明日まで安静にしなきゃダメだって言っているのに……」

「嫌な……予感がするのよ……。それじゃあ……間に合わないって……」


 ──予感。

 理由としては説得力などまるでない言葉であるが、華世の言葉で発せられたのなら意味合いが違ってくる。

 華世は決して、希望や絶望で意見を変えたりはしない。

 常に真っ直ぐ、自分の正しいと思う事を貫き、実現させてきた。

 華世が言葉で表したということは、ExG的な能力で危険を感じ取ったということに他ならない。


「でも、その身体じゃとても……」

「フゥ……フゥ……。あたしだって、何も考えずに出てきたわけじゃないわよ……。麻酔が切れてくれば、痛みを我慢するだけでいい。……乗せて、くれるんでしょう?」


 開いたままのニルファのコックピットを指差す華世。

 あくまでも進もうとする彼女を前に、ウィルは迷っていた。

 このまま身を案じて病院に連れ戻すか。

 それとも華世の意見を汲んで結衣救出に乗り出すか。


(……俺の、やることは決まってる)


 考えるまでもなかった。

 華世を信じる、華世を助ける。

 それが今、このコロニーに立っているウィルの存在意義。

 常に冷静で的確な判断を下す華世を、極限状態にあっても友を救うことを優先する華世を。

 彼女の考えを肯定し、手助けする。


 決して思考停止のイエスマンではない。

 徐々にその瞳の奥に輝きを取り戻す華世の、色が不釣り合いな両目を見て肯定する。

 武装を外された愛機で、彼女を運ぶ。

 それが、ウィルが下した決断だった。


「本当に、大丈夫なんだね……?」

「ええ。それに……結衣は今苦しんでるはずよ。それに比べれば、このくらい……!」


 肩を借りつつ立ち上がり、一歩一歩ゆっくりと……けれども力強く地を踏みしめる華世。

 そのままタラップとなったコックピットハッチを登り、パイロットシートの横スペースに入り込む。

 すでに乗っていたリン・クーロンが華世の身体を支え、優しく頬を擦った。

 反対側に乗るホノカとももからの怪訝な視線を受けながら、ウィルはコックピットへと乗り込んだ。


「……ウィル」

「なんだい?」

「めちゃくちゃ狭い……」

「我慢してよ。二人でも窮屈なのに5人乗ってるんだから……」


 華世の文句に反論しながら、ウィルは〈エルフィスニルファ〉を浮上させた。

 コロニー・ポリスが調べたという、結衣の行き先へ向けて。



 【5】


「──ところでさ」

「何よ」


 だいぶ麻酔が切れてきたのか、元の元気さを少しずつ取り戻す華世。

 コンディションに余裕ができた彼女へと、ウィルは素朴な疑問をぶつける。


「華世の目って青色だったよね。どうして義眼の瞳は赤なんだい?」

「そうですわよ。普通は色を合わせるものではなくって?」

「あー……ドクターが、今日中につけるなら在庫があるのこれだけだって。あたしは気に入ってるけどね、オッドアイみたいで」


 オッドアイというのは、右目と左目が違う状態のことである。

 フィクションでは生まれつきだったり、目に特別な能力を宿したりすることでなったりするものである。

 しかし、在庫がないという理由でなる人はなかなかいないんじゃないか。

 ウィルはそう思いながら、目的のポイントへと到着した。


 再開発が進む工業地帯。

 ビィナス・リングの輪が欠けている間は資材などの生産のためにフル稼働していた工場たち。

 今ではその役目を終えた廃工場が立ち並ぶ、人気ひとけの少ない地域である。

 そんな場所で結衣の目撃情報が得られたのは、ひとえに百年祭の当日も夜中まで作業していた再開発を請け負った業者がいたからである。


「この辺りが得られた目撃情報の最後だね」

「ということは……えーと、モードチェンジさせてと」


 こめかみの辺りを指でトントンとさせながら、開けたコックピットハッチの外を華世が覗き見る。

 右だ左だという指示を受け、空中で横に機体を回すウィル。

 しばらくグルグルと回転させていると、華世が外の一点を指差した。


「青い痕跡が、あっちにつながっているわ」

「ミュミュ! じゃあ結衣ちゃんはそこに居るミュな!」

「ちょっと青ハム野郎、あんた付いてきてたの?」

「当然ミュ! 魔法少女の助けをするのは妖精族の義務でミュから!」


 華世が伸ばした手を掻い潜り、ももの肩へと降り立つミュウ。

 場所的に置いていくわけには行かないと諦めたのか、華世はひとたため息を吐いてからミュウへの興味を無くした。


「でもどうして結衣さん、ツクモロズになっちゃったんだろう……」

「人間を直接ツクモロズにはできないはずミュ。あの子、華世みたいに機械とか入ってないミュか?」

「生まれつき心肺機能が弱いから、それを助けるナノマシンを血液に入れてたわね」

「それミュ! そのナントカマシンがツクモロズ化してあの子を乗っ取ってるんだミュ!」

「では、ツクモロズ化したナノマシンを無力化するということですの?」

「血液に入ってるなら、ナノマシンはあくまでも媒体だミュ。あの子そのものをなんとかすれば良いんだミュが……」

「……それなら、やりようはあるわ」


 華世が指差した場所の近くへと、キャリーフレームを着陸させるウィル。

 もしも戦闘が起こっても、非武装かつ難しい情勢のなか、戦いには参加できない。


「華世。静さんを元に戻す算段はありますの?」

「……前に一度だけ、ツクモロズを成仏っていうのかしら。満足させて逝かせたことがあるわ。ツクモロズがツクモロズになった原因のストレス、それが解消されれば開放されるはずよ」

「お姉さま、ストレスが何かわかるんですか?」

「おおかたの予想はついてる。あとはぶっつけ本番ね」


 少しふらつきつつも、元の調子を取り戻した華世。

 彼女の両隣で、ももとホノカが変身の呪文を唱えた。


「華世。ここまで来て、帰れなんて言わないですよね」

「お姉さま。私もお手伝いします!」

「勝手にしなさい。……ありがとう」


 戦いの場へと向かう、3人の魔法少女。

 その背中を、ウィルはリンと一緒に見えなくなるまで見送った。



 ※ ※ ※



 開けた広場の至るところに、積み上げられた廃材が山を成す廃棄場。

 油と混じった化学物質の匂いが充満するその空間。

 ひときわ大きなゴミ山の前に、結衣が座り込んでいた。

 その格好は華世が最後に見た、肌が黒ずんだスキンで覆い隠された魔法少女姿で。


 華世たちの存在に気づいたのか、結衣は黒い天使の翼を広げ飛翔。

 赤い宝石が鈍く輝くステッキを、上空で振るった。

 周囲の廃棄物の山が大きく揺れだし、中から次々と飛び出すジャンクルー。

 あっという間に、華世たちはゴミ人形の群れに囲まれてしまっていた。


「ザコを召喚なんて……芸のないマネを」

「華世! こいつらは私達がやります!」

「お姉さまは結衣先輩を頼みますね!」

「ええ、上等よ!」


 周囲を囲むジャンクルーへと飛び出すホノカともも

 ザコ掃除は二人に任せ、華世は空から見下ろす結衣を見る。

 結衣は無言でステッキの先端を向け、火球を放ってきた。

 華世はその場から飛び退き攻撃を回避、同時に廃棄物の山を駆け上がり高度を稼ぐ。


(……戦闘となると、やっぱり辛いわね)


 地を蹴るたびに響く頭痛。

 義眼の周囲に特に集中した痛みを、気合で堪えて跳躍する。

 斬機刀を抜き、大振りな動きで縦斬り。

 飛び掛かられた結衣が、黒い翼を前方に曲げて重ね、その斬撃をガードした。


(そうよ、そのまま防御に力を使いなさい……!)


 ももと戦ったときの経験を思い返しながら一度着地する華世。

 あの光でできた翼は飛行だけでなく防御にも使うことができる障壁としての能力もある。

 しかし受け止めたエネルギーを打ち消すために魔力を消費するのか、立て続けに攻撃を受けると翼の飛行力が落ちていく。

 華世が狙う状況にするためにも、まずは飛行能力を奪うのが先決だった。



 【6】


 炎を纏わせた機械篭手ガントレットの拳で、ジャンクルーを一体ずつ殴り飛ばすホノカ。

 不意に感じた背後の気配に、大地に拳を叩きつけることで導火線となったガスに点火。

 ホノカを回り込むように仕掛けたガスを辿って火花が飛び、背後のジャンクルーが爆煙に散った。

 周囲が片付いて一段落……と思ったところで、前方のゴミ山から次々とジャンクルーが這い出してくる。


「……このままではらちが明かない、か」


 魔法の風を操ることに神経を集中するとともに、両腕から可燃ガスを放射。

 滞留する気体を放射状に広げていき、視界内の敵すべてを範囲内に捉えこむ。


「こいつでっ……!」


 機械篭手ガントレットに包まれた両手を組み、勢いよく振り下ろす。

 大地に叩きつけることで火打ち石の働きをする拳から放たれた火花が、ガス塊へと引火。

 燃え上がった炎は高さ数メートルはあろう熱の壁となり、敵の大群を飲み込まんばかりに走り始めた。


「「「ジャンク〜〜ル〜〜〜……」」」


 熱量に飲み込まれたジャンクルーたちが、高温に耐えられなくなり次々と自壊。

 構成する廃棄物に爆発性の物が混じっていたのか、派手な爆炎を巻き上げながらジャンクの破片を散らせながら吹っ飛んでいった。


「華世、はやく結衣先輩を助け出して……!」



 ※ ※ ※



「えい、えい! えーーいっ!」


 つぼみを模したステッキの先端から光球を打ち出し、襲い来るジャンクルーを次々と打ち倒すもも

 久々に華世から戦う許可を貰ったため、数日前の失態を取り戻す勢いで張り切っていた。


「ジャンクーールーーー!!」


 続々と仲間が倒されたことに焦ったのか、目の前で複数体のジャンクルーが一箇所に集まり、融合。

 立ち上がったその姿は4メートル近い巨体。

 巨体なジャンクルーが、廃棄自動車でできた腕をももへと振り下ろした。


 とっさに天使の翼を広げ、後方へと飛び退くもも

 車のシャーシが潰れる鈍い音を聞きながら、ステッキの先端を花開かせる。


「そう来るならこうです! マジカル・セイヴァーーっ!」


 花の中心から伸びた白い光が輝く刃となって、もものスイングとともに弧を描く。

 自身の身長を遥かに超えるビームの刃が、巨大ツクモロズの胴体を一閃。

 溶断された部分から、ゴミ山の巨人は崩れ落ちた。


「お姉さま……結衣先輩を頼みますよ!」



 ※ ※ ※


(華世ちゃん……お願い。助けて……華世ちゃん……!)


 しきりに結衣から聞こえてくる、彼女の助けを求める声。

 脳内に直接響くその思念が、華世の正気を保たせ続けていた。

 気を抜けば手術後の痛みに意識を持っていかれるか、結衣を殺そうとするドス黒い殺意の塊に精神を支配される。

 ふたつの危険に挟まれながらも、結衣を助けるという真っ直ぐな感情が、華世の精神に芯を通し続けていた。


 火球の雨をかわし、反撃に足裏のナイフを射出。

 横を掠める攻撃であっても、自動防御の黒い翼が結衣を攻撃から守っていた。


(いつ翼が弱るか分からない以上、加減の効く斬機刀で攻めていかなきゃ……!)


 少しずつ、結衣の飛ぶ高さは下がってきていた。

 ゴミ山に登らずともスラスター併用の跳躍で届く高度。

 華世はここぞとばかりに、結衣へと斬撃の連打を畳み掛ける。


「あと少し……! もうちょっと!」


 斬機刀を握る手に痺れを覚えながらも、ラッシュをかける。

 これ以上長引けば、華世の体力が持たない。


「届け……届けーーっ!!」


 思いを込めた渾身のスイング。

 放たれた横薙ぎが、ついに結衣の黒い翼を叩き割った。


「結衣ーーーーっ!!」


 空中でバランスを崩し、落下しようとする身体へと跳躍。

 そのまま華世は自分が下になるように、結衣とともに大地へと飛び込んだ。


(結衣……あなた、私にこうして欲しかったのよね……?)


 横になりながらの、優しい抱擁。

 これが、結衣を元に戻すために出した華世の結論だった。




 ここに向かうまでの道中で、交わしたやり取りを思い出す。

 結衣を戻すため、彼女がツクモロズになるほどに抱いた不満が何かという議論。


『結衣さんは、華世……あなたの温もりを求めているのですわ!』

『温もり?』

『あの子の言ったという、華世が好きという言葉。あの子の事ですから、それが友達としてではないのは明白です!』


 リンが感じたという、結衣から華世への好意。

 側にいるだけでは我慢できなくなった、乙女の欲求。

 頭を撫でてほしい、優しく抱きしめてほしい。

 女同士だからと、言い出せなかった素直な想い。

 それが常日頃から恋愛に心を委ねていた結衣が、心から求めていることだと。


 正直、すこし可能性としては考えていた。

 楓真ふうまに対する憧れとは違い、同年代の相手に抱く淡い想い。

 ウィルが華世へと向けている感情を、結衣が発しているのは勘付いていた。

 彼女がいまツクモロズの手に落ちたのは、華世がその想いに触れなかったから。

 まさか、という感情で流してしまっていたから。




「う……う……!!」


 しかし、結衣は応えてくれなかった。

 華世の抱擁から抜け出そうと、もがき始める彼女の手足。

 目の前で苦悶の表情を浮かべ、涙を流す結衣の顔。


(しょうがないわね……特別サービスよ)


 華世は目を瞑り、結衣の口へと自らの唇を優しく合わせた。

 女同士の、柔らかな口づけ。

 それが真に結衣が求めていたものかはわからない。

 けれども、愛しい相手からのキスで目を覚ますお姫様。

 ファンシーな物語にありがちな物に、結衣が憧れないはずがない。


 もがくのをやめ、大人しくなる結衣の身体。

 そのまま彼女の身体が、淡い光に包まれる。

 華世が唇を離したとき、目の前に浮かんでいたのは大粒の涙を流す、元の姿を取り戻した結衣の姿だった。


「華世ちゃん……私……!」

「いいのよ、結衣。あんたは……悪くないわ」

「でも華世ちゃん、その目……!!」


 結衣の瞳に反射して映る、華世の真っ赤な義眼の右目。

 魔法少女化した中にあっても、彼女の意識はあったのだろう。

 それはすなわち、自分の手で華世の目を焼いたことを知っていることに他ならない。

 けれども華世は、再度の優しい抱擁の中で……ゆっくりと言葉を綴った。


「いいのよ、結衣。あんたが無事なら」

「でも、でも……!」

「あんたが無事なら、あたしの片目くらい。安いものよ……!」



 【7】


「ハッピーエンドで終わりなんて、そんなの許さないジャーン!」


 廃棄場へと響く聞き慣れない声に、結衣を抱いたまま起き上がる華世。

 見れば、ホノカとももはすでに倒れ、その身体がジャンクルーの腕に持ち上げられていた。

 眼の前に立つチャラそうな男から発せられる、禍々しい気配。

 その周囲にツクモロズが並んでいるのを見なくとも、華世はその男がツクモロズであることがわかった。


「極上のツクモロ獣を持って帰ろうと来てみれば、もう戻されてるんジャーン。このままじゃオレっちの手柄が無い無いナッシングなのは、ちょっとヤバいジャーン!」

「あんた……ホノカとももをどうするつもり?」

「代わりに持って変えれば少しは手柄になるジャーン? とくにあのゴツ腕の方は、始末すると偉いんジャーン!」


 華世は戦闘態勢を取ろうと、斬機刀に手をかける。

 しかし握る指に力が入らず、大きな刃が華世の手から離れてしまう。


「うっ……こんな、時に……!」


 無理して動いてきたツケが回ってきていた。

 本来ならば丸一日安静にしなくてはならない手術後。

 部屋を飛び出し、気力だけで動くことの限界がついに来てしまった。

 遠くで見ているであろうウィルの機体は、非武装なため未知の相手へは出られない。

 そのうえホノカとももまで敵の手に落ちては、戦える者は残っていない。


「ギャハハハ! もう限界みたいジャーン! 弱り目の女を倒すだけで大手柄なんて、他の連中に悪いんジャーン!!」


 下品な笑い声を上げるチャラ男を、片膝をついた状態でにらみつける華世。

 けれども全身が悲鳴を上げ、激しい頭痛に思考もままならない状態では、打つすべが無かった。


「それじゃとっとと、仕事を終わらせるジャーン! あーん?」


 華世の前に、結衣が立った。

 かつて、華世からももを守るように立ちはだかったときと同じように、両腕を広げて立っていた。

 ────その手に、赤い宝石が輝くステッキを握りながら。


「オレっちに歯向かおうってんジャーン? 逃げたら許してやろうって思ってたのに、バカな人間ジャーン?」

「逃げないよ! 華世ちゃんを置いてなんて、絶対にできない!」

「でも結衣……あなた、戦うことなんて……」

「戦えるよ! だって……」


 ステッキを握った手を、天高く上げる結衣。

 彼女はニッコリと、華世へと笑顔を送った。


「戦う勇気と守るための力は、さっき華世ちゃんに貰ったから!!」


 結衣がステッキをバトンのようにクルクルと回し、チャラ男へと真っ直ぐに向ける。

 そして彼女は叫んだ。魔法の言葉を。

 無力な少女を戦士に変える、希望の呪文を。


「ドリーム・チェェェェンジっ!!」



 【8】


 激しい光に包まれる結衣の身体。

 一度は戻った服装が、光の中で再び分解。

 むき出しになった細い身体が、集まった光が変わった黒いインナーに包まれる。

 足先は頑丈そうな軍靴が履かされ、胴体にはひとつなぎの衣装。

 そして丈の長いコート状の衣装に袖が通され、胸に大きなリボンがひとつ。

 長い髪を縛るように、髪留めがおおきなポニーテールを形成。

 握ったステッキは先端が膨らみ、いくつもの筒を内包した、斧の刃を思わせる形状へと変化した。


「魔法少女マジカル・ユイ! 愛と正義を守るために、ただいま参上!!」


 結衣が長く求めていたシチュエーション。

 魔法少女となって、華世と共に戦う。

 いつかその時が来たときの為にと、考えていた名乗り口上。

 それを今、華世を守るために言い放った。


「び、びびらせんじゃ無いジャーン! なりたての子供になにができるジャン? ジャンクルー、やっちまうジャーン!!」


 チャラ男を囲んでいたジャンクルーの群れが、一斉に腕先の粗大ごみを放ってくる。

 結衣はすかさず華世の手を握り、白い光の羽を広げて跳躍。

 砂埃の立つ場所をあとに飛び上がり、空中へと浮かび上がった。


 すかさず握ったステッキの先端を敵群へと向け、高らかに叫ぶ。


「マジカル・ミサーーイルッ!!」


 斧のような先端ユニット、その側面に埋まるように付いている筒状のユニットから、ズドドドと轟音を立てながら無数の火球が放射される。

 いや、火球ではない。

 純白の筒に炎の力を込めた灰色の煙の尾を引くミサイルが、敵一体一体へとまんべんなく降り注ぐ。

 地上で次々と起こる球状の爆炎。

 その赤い閃光が晴れた頃には、ジャンクルーの姿はひとつも残っていなかった。


「結衣、あんた……!」

「えへへっ! 華世ちゃん、手離しても大丈夫?」

「少しくらいは滞空できるけど……」

「ありがとう! チュッ!」


 高揚した気持ちそのままに華世の頬へとキスをし、両手でステッキに握りしめる。

 そのまま空中で横回転を始め、ハンマー投げの要領でステッキを振り回す速度を徐々に上げていく。


「そんなっ、ウソじゃん? 冗談キツイジャーン!?」

「これでトドメっ! マジカルゥゥゥ!」


 回転を続けながらチャラ男へと接近。

 ステッキが届く瞬間に大地に足をつけ、回転を加えた全力のスイングを相手へと解き放った。


「ホォォォムランッッ!!!」

「ぐっぎゃぁぁぁ!!!」


 胴へとステッキのフルスイングを喰らい、叫び声とともに彼方へとふっとばされるチャラ男。

 雲の向こうで起こった爆発を見届け、結衣は降りてきた華世の手を握った。


「すごいでしょ、華世ちゃん!」

「ええ……上出来よ。すごい、上出来……」

「えへへ、えへへへ……あっ……」


 急に身体から力が抜け、眠くなる。

 重いまぶたに視界が暗くなりながら、倒れかけた身体を華世の腕が受け止める感覚に心が穏やかになる。


「つかれちゃった……頑張ったよね、私……」

「ええ、結衣。ゆっくりお休み……」


 穏やかな感情で心が一杯になりながら、結衣は華世に身体を預け……睡魔に従った。



【9】


「ふぁ……あっ!」

「やっと起きたわね、結衣」


 帰り道の〈エルフィスニルファ〉のコックピット内。

 眠っていた結衣が目を覚まし、魔法少女姿のまま辺りを見回す。


「ここは……」

「ウィルの機体のコックピットよ。ちょっと狭いけど我慢しなさい」


「狭いって言いますけれどもぉぉぉ……!」


 パイロットシートを挟んで反対側の空間。

 一人でも狭い空間に三人詰め込まれたぎゅうぎゅう詰めの中から、リンが抗議の声を上げた。


「このままあと何分いればいいんですのぉぉ!」

「さすがに狭い……狭すぎる」

「お姉さまぁぁぁ痛いですぅぅぅ!」

「ちょっと、どこ触っていますの!?」

「私じゃないですよぉぉぉ!」

「しかもうるさい……」


 阿鼻叫喚のホノカ達を見て、思わずププっと笑ってしまう華世と結衣。

 そんな中、ももの服のポケットからミュウが飛び出し、結衣の目の前で静止した。


「あ、戦いについてきたくせに何もしなかった役立たず」

「ひどいミュよ、華世! えっと、変身解除の呪文……わかるミュか?」

「うん! ドリーム・エンド!」


 魔法の言葉を唱え、元の姿に戻る結衣。

 その手には、短く小さくなったステッキが赤い宝石を輝かせながら握られている。


「さすがミュね~! どうなるかと思ったけど、強い味方がまた増えたミュ!」

「強い味方ねぇ……」


 華世は依然として続く激しい頭痛に頭を押さえながら、結衣の戦いを思い出す。

 炎の魔法をパッケージングしたミサイルを放ち、斧状のステッキで相手を殴り飛ばす。

 白い羽根による飛行といい、結衣は最初から全力全開だった。

 それまでの操られた状態での戦いが、無かったように。


「ミュウ。どうして結衣は翼が壊れるほど魔力を失ってたはずなのに、変身してすぐに戦えたのかしら?」

「ミュ! それは華世がキスをしたからだミュ!」

「キスぅ!?」


 操縦レバーを握りながら、うろたえ始めるウィル。

 自分でもまだなのに……といった羨む視線が、ウィルから横目で華世に注がれる。


「いざというときは口を通して、魔法少女どうしで魔力が贈りあえるんだミュ!」

「なによその、特定の層に刺さりそうなシステムは……」

「じゃ、じゃあ……また私がピンチになったら華世ちゃんにまたチュってしてもらえ……!」

「それは……たぶん無理だミュね」

「どうして?」

「華世は魔力が膨大すぎるんだミュ。さっきみたいに、倒れかけくらいの状態だったらちょうどいいんだミュけど……」

「普通の時にそんなことをすれば、大きすぎて破裂しちゃうとか?」

「そうだミュね。だから、これっきりだと思うんだミュ」


 ミュウの説明にホッとするような顔をして、正面に視線を戻すウィル。

 一方向かい側のホノカ達が、まさか自分たちがと言った感じに顔を歪ませていた。


「あっ、誰でもいいというわけじゃなくて……愛の心が通じ合ってなきゃいけないんだミュ」

「そっか。じゃあ安心かな……」

「お姉さまとだったら、私はやってみたいかなぁ~」

「ふざけたこと言わないの、もも。あたしの唇は安くないのよ」

「あははっ! でも良かった~」


 華世の隣で、笑いながら胸をなでおろす結衣。

 彼女の言葉の意味がわからず首を傾げていると、結衣が笑顔で説明をした。


「私の華世ちゃんへの想いは、たぶん今だけな気がするから。それに華世ちゃんとウィルくんのカップルって、私の推しだもん!」

「推しって……」

「ねえ、聞いた華世! 俺たちカップルって!」

「あんたはまだ魅力が足りてないわよ。好感度もっと稼ぎなさい」

「ひどい~……」


 泣きそうな顔でペダルを踏むウィル。

 その横顔を見てから、結衣の方へと視線を戻す。


「でも……嬉しかった。華世ちゃんが、助けに来てくれて」

「あたしは、あんたに助けられたからね……それに」

「それに?」

「親友でしょ、あたしたち。助け合うくらい、当たり前よ」


 華世の言葉にすこし驚いたような表情をして、固まる結衣。

 数秒してから、その顔が満面の笑顔へと変わって、大きく頷いた。


「うんっ! 私達は親友! ずっと、ずぅ~っと……親友でいようね、華世ちゃん!」


 太陽のような明るい笑みの向こうで、ディスプレイ越しの空が優しく青い光を放っていた。



──────────────────────────────────────


登場戦士・マシン紹介No.18


【マジカル・カヨ 第三形態】

身長:1.56メートル

体重:86キログラム


 右目を失った華世が、最新型の軍用義眼を身に付けた姿。

 華世の本来の瞳は青色であるが、華世が望んだ型の同色義眼がすぐに手に入らなかったため、在庫のあった赤い瞳の義眼を入れることになった。

 そのためオッドアイになっており、義眼である右目が赤、肉眼の左目が青色の組み合わせとなっている。


 軍用義眼は脳神経だけでなく義手・義足ともリンクしている。

 そのため義手および握った銃器と連携し、精密狙撃を可能にするほどの照準補佐機能を使うことが可能。

 また、視界補強の機能としてズーム・サーモグラフィー・赤外線暗視・光量増幅暗視・視覚録画・ネットワークアクセス・生体センサー・動体探知機能などがプログラムのインストールによって追加可能。

 これらの機能は脳内に使いたいシステムを思い浮かべながら、こめかみを数回指で叩くと切り替えられる。


 動力は生体電流を蓄電するバッテリー経由で賄っており、これらは最新技術の塊で超小型ながらもかなりの高効率となっている。

 また、低出力ながらレーザー照射機能もあるため細い鎖や鉄柵程度なら長時間の照射で焼き切ることも可能。

 長時間の照射が必要という点でこの機能は戦闘ではせいぜい目くらましにしか使えないのが難点。


 義眼の機能のひとつとして脳内に直接映像を送信することでのインターネットを介した動画の視聴、映像データを壁に映し出すプロジェクター機能が存在している。

 これは長時間の任務で義眼を使用する兵士とその仲間が娯楽に困らないためにつけられた機能であり、人間動画再生機として装備者はチヤホヤされる。



【マジカル・ユイ】

身長:1.48メートル

体重:39キログラム


 結衣が自らの意思で魔法少女へと変身した姿。

 手に持つステッキの先端が大きく肥大化し、ミサイル射出口を側面に備えた両刃の斧のような形状をしている。


 魔法の能力として発現したのは「炎」。

 ステッキ内で生成した魔法の火炎をパッケージングし、ミサイルとして発射することができる。

 火炎放射のように炎を噴射しないのは、あくまでも広範囲に被害を広げず、敵だけを倒したいという結衣の想いから。

 ステッキは鈍器としての運用も可能であり、回転しながら溜まった勢いで相手を殴り飛ばす「マジカル・ホームラン」を初変身にして編み出した。


 とはいえ、初陣の活躍は華世からうけとった魔力頼みであり、独力での魔法力はこれからの成長しだいとなっている。

 しかし、高い魔法適性がないと発現できない「天使の翼」を使うことができるため、将来は極めて有望と言える。



──────────────────────────────────────


 【次回予告】


 レッド・ジャケット率いるヴィーナス・オリジニティ、通称V.O.ブイオー軍の蜂起によって混沌とする金星圏。

 一族が統治するコロニー・クーロンを守りたい一心で、リン・クーロンは一つの決断をする。

 それは、金星中を股にかけた大冒険の始まりでもあった。


 次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第19話「決意と旅立ち」


 ────無垢な想いは、神をも動かす。

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