第14話「鉄腕探偵華世」


 華世ちゃんって不思議な子。

 物知りだし、大人っぽいし、すっごく強いし!


 やっぱり本当は大人だったのが、子供になったのかな?

 それともファンタジー小説でよくある、転生だったりして!


 そのどれが真実だったとしても、私は華世ちゃんの親友だよ!



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       鉄腕魔法少女マジ・カヨ


       第14話「鉄腕探偵華世」


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 【1】


 ピポピポピ、とインターホンの呼び鈴がリビングに鳴り響く。

 自宅で夕飯を食べていた華世たちの箸が、その音を聞いて同時に止まった。


「お嬢様、誰かお客様が来る予定でしたか?」

「あっ……私が行きますね」


 音を立てて箸を置き、真っ先に立ち上がったのはホノカだった。


 ミイナに先を越されまいと早足で廊下に出たホノカは、空色の髪を揺らしながら玄関へと急ぐ。

 その背中を、華世は皆に向けて口の前に人差し指を立ててから、気付かれないようにこっそり追いかけた。


「笹山急便でーす。ホノカ様でございますね? サインお願いしまーす」

「はい、はーい!」


 声を弾ませて手渡された端末にサインを書くホノカ。

 彼女はそのまま手渡された大きなダンボール箱を、配達員が立ち去った玄関で抱え続けていた。

 しばらくそのままでいたホノカの肩を、華世は優しくポンと叩く。


「ひぃっ!!?」

「驚きすぎでしょ、ホノカ。何頼んだの? どうせ機械篭手ガントレットの部品とか……マンガ全巻セット?」


 覗き込んで確認した伝票に書かれていた文字に、華世は目を疑った。

 そういったサブカルチャーとは無縁と思われたホノカの、意外な買い物。

 いろいろと衝撃的な事実だが、冷静に考える。

 最近のホノカの行動と、今見た単語を照らし合わせ、箱の中身を推測した。


「その中身、もしかして“未来探偵エドガー”だったりしない?」

「なっ……なんで!?」

「簡単な話よ。この間、昼食の時に結衣があんたを大人じゃないか……って、からかってたじゃない? その時にあの子が影響を受けたと思われるタイトルがそれ。たしか単行本の第100巻発売記念で再放送が大々的に行われていたし、結衣は再放送の度にマイブームを再発してるからね」

「で、でもアニメやマンガだったら他にも……」

「その箱の大きさと、あんたの腕の震えっぷりから、中身は50や60冊ってレベルじゃないはずよ、ホノカ。そんなに長期連載している漫画、いまどきそんなに多くないわ。さっきも言ったけど、エドガーの単行本はいま100巻あるんだったわよね」

「う…………」

「あんたは自分が疑惑を持たせたその作品に、興味が湧いたんじゃない? それで結衣に単行本を借りたんでしょ。あたし、あんたが結衣から本を受け取ってたのを見てたのよ」


 その本自体にはペーパーカバーが掛かっていたが、サイズからして漫画の単行本ではないかと勘ぐっていた。

 友人から借りた一冊が存外に面白く、たまらず全巻セットを購入するという流れは決して珍しいものではない。

 華世が結論に至った過程を説明し終えると、ホノカはぽかんと口を半開きにして唖然としていた。


「……よくもまあ、見たことのように言い当てられるものですね。探偵エドガーそのものって感じ」

「フィクションの名探偵サマには負けるわよ。で、どんな話なの? その未来探偵って」

「えっと……」


「長う続く話やったら、飯戻ってからじゃアカンか?」


 眉をハの字に曲げた内宮に、半開きの扉越しに言われ、華世とホノカは顔を見合わせた。



 ※ ※ ※



「────つまり、そのエドガーっちゅう探偵は謎の組織に殺られてもうて、気がついたら意識そのままで子供時代に戻ってたっちゅうわけやな?」


 リビングの傍らに置かれた大きな箱をチラと見ながら、内宮がホノカから聞いたあらすじを言い返す。

 塩をかけた唐揚げを飲み込んだホノカが、うんと大きく頷いてから言葉をつなげた。


「そうなんです。それで子供の姿になったエドガーは、未来で発明された探偵道具を現代で用意。それらの道具と大人のままの頭脳を駆使して、学生生活を送りながら未来で自分を殺した組織を追っていく……っていうミステリー漫画なんですよ」

「す~っごく、面白そうですね!」


 ホノカが述べたマンガのあらすじを聞いて、ももが色めき立った。

 ももは年相応の無邪気さゆえに、アニメやゲームに目がない。

 この間も黄金戦役をモデルにした、内宮が眉をしかめるドキュメンタリーアニメ「エクスデッカー」をネット配信で一日中見入っていた。

 労せず新しいマンガが読めそうなのを察して、はしゃいでいるのだろう。


「それにしても結衣といいあんたといい、わざわざ紙の本を買うなんて酔狂ねぇ」

「いいじゃないですか! 端末の容量も取らないし、紙の質感は紙の質感からしか得られない良さがあるんですよ!」

「全巻セットを買ったってことは、結衣にマンガ返すんでしょ? 明日、朝から結衣に会う用事があるから預けてくれたら返しておくわよ」

「あっ、じゃあ後で渡します。華世も読んでみたらどう?」

「遠慮しとくわ。100巻なんて読み終わるのに何日かかるんだか……」

「華世、結衣ちゃんと何の用事なんだい?」


 満腹を主張するように腹を擦るウィルが、華世へと訪ねてくる。

 華世はうろ覚えだった記憶を呼び覚ますために、携帯電話のメモアプリを起動。

 画面をチラチラ見ながら、自分で書いた文章を確認する。


「えーと……ああ。週刊晩秋って雑誌に、あたしのことを書きたいって記者がいるから軽く取材を受けるのよ」

「晩秋いうたら、金星でも有数の週刊誌やないか。うちも美容院でよく読んどるで。なんでも、テレビとかでやらへんようなネタを報道するんがウリや言うてたかな」

「有名な雑誌に載るってことは、お嬢様の名声が世に広く出るんですね!」

「まあ取材するのが、結衣の知り合いで新人記者らしいからそこまで大きな記事にはならないでしょ。あたしが受けるの了承したのも、社内で功績が少なくて困ってるその記者の手伝いをしたい……っていう、結衣の気持ちをんでの事だし」

「それにしては嬉しそうやないか」

「まあ、取材されて記事になるっていう事に、憧れがないといえば嘘だからね。……そうだ、ウィルも来る?」

「え、ぼ……僕は良いかな。ほら、僕の出自って、あまり褒められたものじゃないから、さ……」


 言われてみれば確かに、と華世はウィルの言葉に納得した。

 ウィルは自然環境保護コロニーに不法滞在していた、推定脱走兵の少年。

 彼の人格や行動は立派なものであるが、出自に関わる部分を並べると……褒められる部分がひとつも存在しない。


(そういえば、ウィルの過去……まだ教えてもらえないわね)


 今の所、身内で唯一素性が不透明なのがウィル。

 元ツクモロズのももはともかく、ホノカですら修道院出身という素性がわかっている。

 けれどもウィルだけは、彼自身が明かしたくなったらと言った手前、カズに情報を洗ってもらうことすらやっていない。


 いつか、彼の口から素性が明かされる時が来るだろうと、華世は明日の待ち合わせ時間をチェックした。



 【2】


 翌日。

 待ち合わせの場所として指定されたカフェへと、ひとりたどり着いた華世。

 緩やかに車が走る大通りに面したオープンテラスでは、朝からタブレット端末を見ながらコーヒーを飲むビジネスマン。

 他にも談笑する老夫婦や子連れの女性などの平和な話し声で、静かに賑わっていた。

 結衣と待っているはずの記者の姿を探して、辺りを見回しながら席の間を通り抜ける華世。


「えーっと……結衣はどこかしら」

「あ、華世ちゃんこっちこっち!」


 華世から見て奥の方の席で、小刻みにはねながら大きく手をふる結衣の姿が目に映る。

 隣に明るいベージュのスーツを着込んだ女性が座る彼女のもとへと、華世は小走りで近づき軽く頭を下げた。


「おまたせ、結衣。その人が?」

「はい。きょう取材をさせていただきます、書芸出版の浜野香織と申します。よろしくおねがいしますね、葉月華世さん」


 浜野と名乗った女性が立ち上がり、華世へと頭を下げる。

 華世は「こちらこそ」と返してから、浜野の勧めを受けて席に腰掛けた。


「お飲み物、何にしますか? なんでも頼んでいいですよ」

「そうねぇ……」


 カフェのメニューを眺めながら、何を頼むかを考える。

 この流れだと浜野の奢り……すなわち出版社の経費になるだろう。

 特段、高いモノを頼んでも仕方がないので、無難な飲み物を選択することにした。


「リンゴジュースでいいわ」

「はい。すみませーん! リンゴジュースひとつー!」


 片手を上げて元気よく店員へと注文する浜野。

 彼女はそのまま、カバンから手帳を取り出し取材の準備を始めた。

 その間に華世は、隣に座る結衣へとホノカが借りていたマンガ本を返却しつつ、小声で気になっていたことを尋ねる。


「ねえ、結衣。あなたと浜野さんって、どういう関係なの? 歳も離れてるし、親戚ってわけじゃなさそうだけど」

「うーんとね、小学生のときによく面倒を見てくれたお姉さんなの。ほら、私の家って技師やってるから、親が忙しい時は代わりに遊んでくれたんだ」


 嬉しそうに体ごと左右にパニーテールを揺らしながら、ニコニコと話す結衣。

 その顔と話し方だけで、彼女と浜野が良い絆で結ばれていることは察することができる。

 話し声が聞こえていたのか、浜野も微笑みながら華世へと口を開いた。


「私の父は大工さんなんだけど、昔に事故で片腕を失って、義手に換えたんです。だから父がお世話になってる、結衣ちゃんのお家にはよく通ってたんですよ」

「結衣もご両親も技師としての腕はピカイチだものね。……っと、取材を受けるのはあたしだったわ」

「あら、いけない。うふふふ! えー……おほん!」


 咳払いをしてから、浜野はキリッとした顔つきになり、いかにも仕事モードに切り替えたという雰囲気を出した。

 そんな中で開始した華世への取材。


 若くして人間兵器をしていること、学生とアーミィの二足のわらじの苦労、戦いへの気持ち……など。

 浜野は次々とテンポよく質問をし、華世もそれに詰まることなく答えていく。

 何度目かの手帳を捲る音がしたときには、テーブルの上の飲み物は水も含めてすべて空っぽ。

 気がつけば時間も、取材開始から2時間ほど経過していた。


「……うーん」

「浜野さん、どうしたの?」

「あとひとつかふたつくらい質問しようと思ってたのですけど、考えてた質問をど忘れしちゃいまして……」


 そう言いながら、自虐的にアハハと笑う浜野。

 そのまま彼女は目を閉じ、鼻の頭を指でつまみながらうーんと考え込む。

 そのとき、取材の間じっと黙っていた結衣が華世の服を指差した。


「ね、ね! 華世ちゃん今日の洋服すっごく可愛いね!」

「服? ああ、これ?」


 立ち上がり、その場で一回転して洋服を見せる華世。

 今日の服装は上半身を半袖の黒いニットに、下半身は透け素材の白いフレアスカート。

 自分の目では良いかどうかわからないが、結衣が褒めるのだから悪くはないのだろう。


「そうだ! 戦う学生人間兵器でも、中身は女の子。普段のオシャレとか、どうしてますか?」

「普段のオシャレ……ねぇ。あたし、結構そういうの無頓着だからミイナ……えっと、住み込みの家政婦さんに選んでもらってるのよ。この服だって、取材受けるからって張り切って組み合わせてたわ」

「意外な事実、家政婦さんに洋服は一任……と。うんうん、さきほど聞いた料理の件と合わせれば、いい感じの記事になりそうですよ!」

「本当に?」

「はい! こういった共感性の高い情報で、読者はあなたを天上の人ではなく同じ人間だって親近感を抱くんですよ。いわゆる、ギャップ萌えってやつです」

「ギャップねぇ……」


 今回の取材の中心は、華世という学生でありながら人間兵器として戦う、非日常が当たり前な一個人の掘り下げだった。

 その中に日常的な得手不得手の話が出れば、浜野の言うギャップ萌えというのが与えられるのだろう。

 そこをどうまとめるかは彼女の腕次第なので、華世は口を出さないことにした。


「はい、取材は以上となります。ご協力、ありがとうございました」

「こちらこそ楽しかったわ、浜野さん。それから結衣もご苦労さま」

「うん! 浜野さん、いい記事が書けると良いね!」

「結衣ちゃん、任せてちょうだい! それじゃあ、急いで会社でまとめるから今日はこれで!」


 店員を呼び止め、電子マネーで精算を済ませる浜野。

 彼女はそのまま、カフェの駐車場に停めていた車に乗り込み速やかに発進。

 あっというまに、乗用車の姿は建物の影へと消えていった。


「華世ちゃん、浜野さんのためにありがとう! ……華世ちゃん?」

「結衣。浜野さんって、社内で記者としての功績が少ないから苦労しているのよね?」

「私はそう聞いていたけど……」

「あの人、新人とは思えないくらい取材が上手かった。最後の質問の前も、あれは小休止を挟んでリラックスさせつつ話題を切り替えるテクニックよ。とても出版社でお荷物になるほど、記者としての技量が低いとは思えないんだけど……それに」

「それに?」


 華世がもう一つ気になったのは、浜野の顔。

 結衣は気づいていなかったようだが、目の下に浮かぶクマに、薄っすらと充血していた眼球。

 ときおり目頭を押さえていたことから、疲れ目の症状もあるだろう。


「なんというか、その。浜野さん、すごく疲れているように見えたわ」

「ええっ、そうかな? 私の目には、全然そんな感じに見えなかったけど……」

「明るく振る舞ってたから、誤魔化されてたのよ。大丈夫だといいけど……」


 単なる仕事での疲労であればいいのだが、会社の中で困っているという話もある。

 浜野の車が通り過ぎて行った先を、華世はじっと眺め……ふと視線を下ろしたところで気がついた。


「あら? これって……」



 【3】


「──それで、浜野さんは何て?」


 電話を終えた結衣へと、華世は拾ったボールペンを指の間で回しながら問いかけた。

 カフェで彼女が落としていったボールペン。

 明らかに趣味全開といった風なイケメン青年キャラクターの柄が入っていたため、大事なものなのだろうと思い結衣に電話させたのだが。


「夕方に帰るまでは会社から離れられないので、今夜にでも届けてくれたら助かる、だって!」

「手渡し……手渡しよね。そりゃそっか」


 最初は後日にでも渡せばいいのではと思ったが、かなり思い入れの深いグッズらしく今日中に受け取りたいとのことだった。

 とはいえ、彼女の家は別にここからそこまで遠くはない。

 どうせ今日は一日ヒマを持て余す予定だったのでこのままダラダラと夕方まで時間を潰し、浜野が帰宅した頃合いで家に向かうか。と華世は一日の予定を考える。

 ふと見上げ、目についたのはピラミッド型の屋根を持つ巨大な商業施設。

 こういった場所でウィンドウショッピングでもすれば、結衣は喜ぶかもしれない。


「わーい! それじゃあ今日は華世ちゃんとデートだー!」

「デートってあんたねぇ……ん? あの姿は……」


 遠目に見えた、二人並んで歩く人影。

 見覚えのあるシルエットに向けて、華世と結衣は壁から壁へと遮蔽しゃへい物を介しながら接近していく。


(華世ちゃん、あれって……)

(ホノカとカズ? まさか……デート?)


 ソフトクリームを片手に、キャップを被ったスポーティな格好をしたホノカ。

 その横をキョロキョロと挙動不審な様子で歩くカズ。

 並んで歩く男女とはいえ、傍から見ればただの中学生なので微笑ましくもある光景。

 ……その背後に、目を文字通り光らせながら追っている息の荒いメイドロボさえいなければ。


(なんだろ、あれ?)

(映像録画モードのミイナよ。あたしも昔はよくああやって追い回されたわ。でも……)


「お、ね、え、さ、まーーーっ!!」

「ぎゃーっ!?」


 ミイナの態度で気がつくべきだった。

 彼女が欲情する対象は、華世の他にもうひとり存在する。

 目の前にいるのがホノカなのに息を荒げているのなら、どこかにももがいると勘付いて然るべきだった。

 背後をつかれももに背中にしがみつかれた華世は、振り払おうともがいているうちに、ホノカたちが歩く道に飛び出してしまった。


「華世!?」

「姉御!?」

「お嬢様! 奇遇ですね!」


「あは、あははは……」



 ※ ※ ※



「なんだって雁首がんくびそろえて街をぶらついてるのよ」


 公園のベンチに足組みしながら腰掛け、華世は集まった身内を尋問する。

 ホノカにカズ、ももにミイナと、偶然にしては集まりすぎている。


「あの、お嬢様……」

「私が話します。華世、実は私達はおとり捜査をしてたんですよ」

おとり?」


「姉御、このあいだ新しく担任になったテルナ先生を覚えてるっスか?」


 テルナ・フォクシー。

 もともとホノカ達のクラスの副担任だったのだが、もとの担任が長期入院したのを境に担任へと繰り上がった女性。

 赤い髪と目をした、堅苦しい喋り方をする先生で、華世はひと目あったときから言いようの無いプレッシャーを感じていた。


「その先生がどうしたのよ、ホノカ」

「どうもですね、私やももを監視してるみたいなんですよ」

「監視ですって?」

「そうっス。学校終わりとか、夜の散歩をしているときもどこからか見張ってたみたいッス」

「今日、出かけたフリしてミイナさんやウィルさんに先生が本当に見張っているかを遠くから確認してもらったんです」

「ウィルが?」


 そこまで話したところで、ウィルが遠くから息を切らせながら走ってきた。

 前かがみになって肩で息をする彼から携帯電話を受け取ったミイナが、首の後ろから伸ばしたケーブルを接続する。


「見てください、お嬢様。これが私が映した映像です」


 そう言ってミイナが向けた携帯電話の画面を、結衣と一緒に覗き込む華世。

 しばらくは流れ始めた映像に注目していたが、10数秒ほどで華世は眉をしかめた。


「ミイナ。ずーっとももの背中しか映ってないんだけど?」

「あ、あれ? あはは、ももお嬢様が可愛くてついつい……」

「あんたねぇ……ウィルの映像に切り替えなさいよ」

「はいはいっ!」


 自身から伸びたケーブルを引き抜き、手際よく携帯電話を操作して映像を切り替え画面を見せ直すミイナ。

 今度の動画は、建物の屋上から撮影したズーム映像。

 眼下を歩くホノカ達、その後方を歩くミイナ。

 そしてホノカたちを側面から見張るように、建物の陰に身体を隠すテルナ先生の姿が映っていた。


「……確かに、怪しい感じに監視してるわね」

「俺、華世と結衣ちゃんが現れたときも先生を見てたけど、軽い身のこなしで姿を眩ませたよ」


「わかった! きっと、ホノカちゃんとカズくんのカップルを眺めていたんだよ!!」

「「「「はぁ!?」」」」


 両手をあわせ、うっとりと空を眺める結衣。

 恋愛脳モードに入った彼女は、早口で妄想をまくし立て始める。


「華世ちゃんを介して知り合った二人。まだ恋を恋として認識してない不器用な関係。徐々に近づいてくる二人の距離、片時も目を離せない甘酸っぱい雰囲気。うんうん、ずーっと見ていたいもんね! わかる、わかるよー!」

「あのね結衣、先生はももも見張ってたって……」

「それはね、ももちゃんが加わったことで始まる三角関係を察していたんだよ!」

「お姉さま、三角関係ってなんですか?」

「……もも、あんたは黙ってなさい」


 華世は呆れながら、キョロキョロと周囲を見渡す。

 いまは華世がいるからか知らないが、監視はされていないようだ。


(そういえば、アーミィにツクモロズのスパイがいるかもって咲良が話してたわよね……)


 プレッシャーを放つ隙の無い雰囲気。

 颯爽と立ち去る軽い身のこなし。

 そして、ホノカやももを監視していたという事実。

 怪しいにしては怪しすぎるが、迂闊うかつだといえば迂闊うかつすぎる。


「カズ、テルナ先生の素性とかわからないかしら?」

「それがッスね……オイラも独自に調べてたんスけど、金星に来ると同時に副担任になったようなんス。だから、あの人が金星に来る以前の経歴がつかめないんスよ」

「ってことは、少なくとも地球か木星。あるいは火星あたりの出身か……範囲が広すぎるわね」

「さすがにオイラも、金星外の情報を洗うのは骨ッスからね」


 少なくとも、現在とれる策は無い。

 本人に問い詰めても、偶然近くを通りかかっただけ……とかとぼけられたら追求のしようがない。

 今のところ、直接なにかをされたとかいうわけではないのだから。


「とにかく、ホノカ達はできるだけ一人で出歩かないことね。出かけるにしても、人通りの多いところを歩くこと。そして、外で無闇に機密とかを口にしないこと……くらいしか対応策は無いわね」

「わかりました。カズ、付き合わせて悪かったね」

「別にいいッスよ。今日はどうせヒマしてた身ッスから。このあとどうするッスか?」


「せーっかく皆で集まったんだから、あそこで買い物しに行こうよ! ねっ!」


 そう言って、さきほど華世が見上げていた商業センターを指差す結衣。

 彼女が無邪気に挙げた提案に、呆れながらも全員が了承する。

 その中で、結衣の狙いに気づいたのは華世だけだった。


(どうせ、ホノカとカズの仲を進展させよう大作戦とか考えているんでしょ……)



 【4】


ーっ局、ラブな要素ひとつも浮かばなかったねー……」

「浮かぶわけないでしょ。そもそもあの二人、そういう関係じゃないんだし」

「華世ちゃんったら、ニブちんなんだー!」

「あんたが恋愛脳すぎるのよ」


 買い物を終えて解散後。

 すっかり空がオレンジから黒に移り変わる時間帯。

 ボールペンを浜野に返すため、彼女の家へと華世は結衣と共に郊外の住宅地を歩いていた。

 向かって左に車通りの多い大通りを見下ろしながら、並木道に沿って立ち並ぶ無数のアパートメント郡。

 このどこかに、浜野が住んでいる家があるらしいのだが。


「そもそも、浜野さんもう帰ってるのかしら」

「帰ってると思うよ! それにもし居なかったらポストに入れておいてって」

「ハァ……あら? あれは……」


 正面の道路で赤く輝くひとつの回転灯に、華世の視線が吸い寄せられた。

 ルーフの上から光を放つその車両は、黒と白の塗装が施されたコロニー・ポリスの警察車両パトロールカー

 数こそ一台ではあるが、閑静な住宅街にふさわしくない物々しい雰囲気に、目尻がひとりでに上がる。


「結衣、あのパトカーが停まってるところ……まさか浜野さんの家じゃないわよね?」

「えっ、パトカー? あっ……」


 顔を上げた結衣の顔が、さっと青ざめる。

 華世が視線を上に上げると、窓越しに見えるひとつの玄関扉に目立つ黄色いテープが張られていた。


「そのまさかだよ! 浜野さんのお家、あのアパートの2階のあの部屋!」

「……何かあったんだわ!」


 大通りへと飛び出し、アパートの入口へと駆け出す華世。

 そのまま非常用階段を駆け上がり、2階へと昇る。

 そしてアルファベットで「KEEP OUT」と書かれた黄色いテープをくぐり、右手でドアノブを回して扉を開いた。


「あがっ!」

「ビッ!!?」


 飛び込もうとした矢先、華世は玄関で浮いていた何かに額をぶつけた。

 円盤から短い手足が生えたような浮遊物体が、珍妙な電子音を鳴らしながらゆっくりと床へと落ちていく。


「痛った~……」


「おいビット、お前またヘマをやらかし……何者だ、お前は?」


 廊下の奥から姿を表したのは、ヨレヨレのトレンチコートを羽織ったスーツ姿の男。

 白く短い顎ヒゲを生やし、ボサついた髪の毛が電灯の光を反射する。

 そんな彼の鋭い眼光が、華世の顔を睨みつけた。


「嬢ちゃんよ、立入禁止のテープが見えなかったのか? さっさと出ていかないと摘み出すぞ」

「あたしはコロニー・アーミィよ」


 華世は急いでカバンから、アーミィの証である手帳を見せる。

 訝しむ男が顎を少し突き上げると、床に転がっていた円盤ロボットが浮力をとりもどし、華世の眼前に浮かび上がった。


「ビ、ビ……スキャン完了。デッカー警部補、たしかにコロニー・アーミィの手帳のようです。ビッ……」

「ご苦労、ビット。だがなあアーミィの嬢ちゃんよ、ここはポリスの領域だ。アーミィの出る幕じゃねえんだよ」

「別にポリスの邪魔をしに来たわけじゃないわ。この家の家主に届け物があって来たのよ」

「届け物だぁ? ビット、調べろ」


 ビットと呼ばれた浮遊体……捜査ロボットが、華世が取り出したボールペンを短い手で掴み、額から伸びる緑色の光線で照らしだす。

 そのままガリガリと機械音を鳴らした後、ビットの前面についたパトランプのような赤色灯がピカピカと輝いた。


「ビビッ、TVアニメ“ロールス・スター”主人公・瀬戸マサキが描かれたボールペンと断定。去年行われたファンイベントにおいて抽選で配られた限定品のようです」

「柄のことはいい。指紋とかはどうだ?」

「ビッ。表面およびノック部分から、多数の被害者の指紋を検出。しかしそれ以外の指紋は見られません」

「見られねえだと? おい嬢ちゃん、あんたのその手」

「……義手よ」


 華世は一瞬だけ腕を外し、男へと見せつける。

 義手を覆う人工皮膚には、当たり前だが生身の皮膚と違って汗腺かんせんが存在しない。

 指先に滑り止め用の突起こそあるが分泌物が発生しないため、義手で触れたモノには指紋が残らないのだ。


「完全に無関係ってワケじゃあねえってことか。俺はロバート・ヴィン・デッカー、階級は警部補だ。こいつはポンコツ捜査メカのビット」

「ビビッ、ポンコツとは失礼です警部補」

「あたしは葉月華世。今朝この家の家主から取材を受けたんだけど……さっき被害者って言ってたわよね。何があったの?」


「ハァ……ハァ……やっと追いついたぁ。か、華世ちゃん……! そこ、血……!?」


 追いかけてきた結衣が、玄関に入るやいなや震える手で床を指差す。

 その先にあったのは、洗面所への扉の向かいにある壁から飛び出した、収納扉の取っ手に付着した赤黒い血痕。


「ビッ……負傷したのはは浜野香織23歳独身、書芸出版所属の記者をされている女性です。今から1時間ほど前に付近住民から、悲鳴が聞こえたと通報。ポリス隊が駆けつけたところ、玄関にて浜野さんが後頭部から血を流して倒れているのが発見されました」

「後頭部から血ねぇ……」

「その後、浜野さんは救急車で病院へと搬送されましたが、現状は意識不明の重態であると病院から報告がありました」

「浜野さん……」


 声を震わせ涙目で血痕を見つめる結衣。

 浜野は華世にとっては今日初めて会った人物だが、結衣にとっては古い馴染みである。

 そんな人物がいま、生死の境をさまよってると聞けば、こうなるのも無理はない。

 華世は、そんな結衣の隣で腕を組み、現場の状況から流れを推察する。


「ここの取っ手に後頭部を強打ってことは、洗面所の方を向きながら廊下へと後ろ向きに倒れたってことよね?」

「ビビッ。私の推論では、被害者女性は廊下にて宙返りを敢行した模様」

「宙返り……!?」

「そのまま着地を誤って後頭部を強打……ビギャッ!?」

「ポンコツ、お前すこし黙ってろ」


 メチャクチャな推理を展開し始めた捜査ロボに、デッカー警部補から鋭いチョップが飛んだ。

 殴られたことで浮遊バランスを崩したのか、ビットはくるくると回転しながら床へと墜落する。

 捜査メカは証拠をスキャンすることで三次元グラフィックデータとして取り込んだり、現場の状況を細かい部分まで保存することができる。

 それに加えてある程度の推理機能が盛り込まれていると聞いたことはあったが、どうやらこのビットとかいうメカの機能は壊れているようだ。


「こいつのポンコツ推察は置いといて、ポリスはこの出来事を事故で処理しようとしやがってな」

「こうやって捜査してるってことは事件性ありだと思ったのよね。事故じゃないと感じた理由は? やっぱり怪我をしたのが後頭部だから?」

「それもあるが、妙なもんを見ちまったからな」

「妙なモノ?」


 首を傾げる華世を尻目に、デッカー警部補が歩き出した。



 【5】


 デッカー警部補に案内されるまま、廊下を直進。

 突き当りの扉を開けた先を見て、華世はこの家の構造を把握した。

 玄関から短い廊下を進んだ先に、洋室がひとつあるだけのワンルーム。

 廊下には血痕が付着していた収納扉と、その向かいの位置に洗面所。

 扉の隙間からチラ見した感じ、洗面所から浴室に入れるはずだ。

 唯一の洋室にはキッチンが備え付けられており、他にはちゃぶ台とテレビ、それからベッドと最低限の家具が配置されているだけ。

 そのベッドの横に倒れているモノを、デッカーが指差した。


「アレだよ、アレ」

「これは、木製の……何かしら?」


 華世の目に飛び込んだのは、床に倒れていた高さ2メートルほどの縦に細長い木のフレーム。

 例えるならかなり細長い額縁のようなものだったが、中身は空っぽ。

 無理やり何かを剥がしたらしく、フレームの所々がひび割れており、内側には接着剤の跡が張り付いていた。


「何が入ってたにせよ、こんな状態で放置されてるのは不自然だ。だから俺は何者かが侵入した可能性を睨んでいるんだよ。お前さんたちが被害者女性と知り合いだってんなら、こいつが何かわからんもんかと思ったが……どうだ?」

「……あたしからは、なんとも」

「ねえ、華世ちゃん。これ、もしかして……鏡だったんじゃないかな?」

「鏡だと?」


 いつの間にか部屋に入ってきていた結衣の言葉に、デッカーが眉をピクつかせた。

 一方、腕を組みながら納得する華世。

 結衣が言ったのは、オシャレに気を使う女性であれば持っていてもおかしくないモノ。


「なるほど、全身鏡。おそらくこのフレームは、鏡を外した後ってことね」

「でも華世ちゃん、どうして鏡だけが外されちゃってるんだろ?」

「……なるほど、読めてきたぜ。おそらく、被害者は鏡の裏に何かを隠していた。それを盗み取ろうとした犯人がその何かを取り出したまでは良かったが、帰宅した被害者と鉢合わせに。逃走しようとした犯人が被害者を押しのけ、その反動で後頭部を強打した……って具合か」


 デッカー警部補の語った推理は、辻褄だけは合っている。

 しかし、華世の中に引っかかるものがいくつもあった。


 まず、空き巣行為をしてまで入手したい何かを、本当に浜野が持っていたのか。

 彼女は記者としての腕はともかく、社内で冷遇されていたと思われる人物。

 華世の取材記事を書こうとしていた彼女が、盗まれるほどの特ダネを前々から持っていたとは考えにくい。


 もうひとつが、取り外されたであろう鏡の行方。

 2メートル近い大きさの鏡が、部屋のどこにも見当たらないのだ。

 割ったのならば欠片や破片が落ちているだろうが、床は綺麗そのもの。

 もしも犯人が持ち去ったと考えても、そんなに大きな物体を持って移動すればあまりにも不審極まりない。

 ポリスも間抜けな組織ではないから、そのような異常な目撃情報があればデッカー警部補が進言せずとも、事故と断定はしないはずだ。


「このフレームに、指紋は?」

「ビットの話によれば、被害者のものとは別に指の跡があったんだが……妙なことに指紋が検出されなかった。お前さんのように義手であれば、そんな跡すら出るわきゃねえんだが」

「指紋の出ない指跡……消えた鏡……? まさか!?」


 頭の中に電流が走ったように閃いた華世は、廊下へ飛び出し洗面所へと向かう。

 目に入るのは、洗面台の上に鎮座する巨大な鏡。

 その鏡の側面に指を滑らせ、ザラついた接着剤の跡を感じ取る。


「か、華世ちゃん?」


 後を追ってきた結衣たちに目もくれず、華世は辺りを見回し、人が隠れられそうな場所を探す。

 洗濯機の中は洗われてない衣類だけ。

 扉を開き、こぢんまりとした浴室へ入る。

 浴槽の蓋を外し覗き見るも、中にあったのは放置され半端なかさのぬるま湯。

 他に収納や入り込めそうなところは無し。

 一通り水平に動かしていた視線を、最後に天井へと向ける。


(天井のカビ汚れの模様が、点検口の蓋の汚れと繋がっていない……!)


 華世の中で、点と点が線になった。

 真実を確信し口端を上げる華世の後ろで、デッカー警部補が「そうか!」と叫ぶ。


「わかったみたいね、警部補さん」

「ああ。全部ってわけじゃねえが、ひとつ確かなことがある」

「ど、どういうこと? 華世ちゃん?」

「結衣、あんたは下がってなさい。おそらく犯人は、この家の天井裏に……!」


 そう言おうとした瞬間に天井の蓋がずれ、開いた隙間から何者かが降りてきた。


「う、うわぁぁっ!!」


 叫び声を上げながら飛び降りた男は人間と思えぬ青い肌をし、胴体がまるで鏡のように周囲の風景を反射している。

 華世は捕まえようと腕を伸ばしたが振りほどかれ、男……鏡のツクモロズは警部補たちを押しのけて部屋の方へと向かっていった。


「くっ……何だ、あいつは!?」

「おそらく、洗面所の鏡から生まれたツクモロズよ!」

「ツクモロズだぁ!?」


 あっけにとられるデッカーの脇をすりぬけ、ツクモロズを追いかける華世。

 逃げたツクモロズは外へ通じるガラス戸を開け、そのままベランダから飛び降りていた。



 【6】


「逃げられると思うんじゃないわよ! ドリーム・チェェェェンジッ!!」


 華世は走りながら変身し、ベランダを飛び降りる。

 ベランダの下は芝生の傾斜となっており、斜面の先の大通りへと向かうツクモロズを見失わないよう、目を凝らしながら草の上を滑り降りる。

 斜面の終わりと大通りの路面には2メートルほどの高さの差があり、ツクモロズは飛び降りると思いきや、道路を走るトラックの荷台へと飛び移った。

 そのまま軽快に車両の天板を乗り移り、あっという間に大通りの反対側へとツクモロズが到達する。


「ったく、軽業師かっての!」


 華世も負けじと大通りへとジャンプ。

 けれども車両の上へと飛び乗ることなく、通りの中央にそびえ立つ街灯へ向けて義手の手首を発射。

 ワイヤーを巻き取りつつターザンロープの要領で大きく身体をスイング。

 背中のスラスターを吹かせながら距離を稼ぎ、速度を殺すことなく対岸へと着地した。


 一方、ツクモロズは正面のへいをよじ登り、そのまま一軒家の屋根へと飛び移る。

 屋根伝いに右へ左へ、家から家へと渡っていくツクモロズを追い、華世も屋根へと登り走る。

 やがて走る屋根が商業センターのゆるやかなガラス天井へと代わり、登りきったところでビルの屋上へと柵を越えて侵入する。


「来るな、来るなぁっ!」


 叫びながら、置かれている資材を引き倒し妨害しようとするツクモロズ。

 華世は冷静に倒れた鉄パイプを飛び越え、ゆっくり倒れる鉄板の下をスライディングでくぐり突破。

 徐々に詰まる距離だったが、ツクモロズが3メートルはあろう金網をひとっ飛びで乗り越えたため足止めを食ってしまった。


「……それで逃げられると思うんじゃないわよっ!!」


 華世は一旦足を止め、義手の手首からビーム・セイバーを引き抜き光の刃を数回振るう。

 光熱で焼き切られ、赤熱した断面を蹴りつけ開いたフェンスの穴をくぐり、先へと向かう。

 屋上の端から見下ろすと、ツクモロズは配管網を器用に伝って下へと降りていっていた。


「このまま追いかけたんじゃイタチごっこね……だったら!」


 華世はすぐには飛び降りず、冷静に眼下を観察する。

 あのツクモロズが次に通りそうなのは、施設正面に見える広い緑地帯。

 その方向を見ながら後方に下がり、助走に必要な距離を稼ぐ。


「レッグ・ホイール始動! 行っけぇぇぇ!!」


 華世の義足のかかとローラーと、靴裏の車輪が連動して回転。

 ふたつのホイールがコンクリートの床を切りつけ華世の身体を前方へと走らせる。

 猛加速した華世はそのまま建物の角を蹴って跳躍。

 スラスターで姿勢を整えながら、緑地へと向かってダイブ。

 視界の下では狙い通り、緑地へと足を踏み入れるツクモロズの姿。

 細かく位置調整をしながら落下し、ついにその背中を捉えた。


「だりゃああっ!!」

「ぐわあっ!!?」


 勢いよく蹴り飛ばされ、前のめりに吹っ飛び芝生を転がるツクモロズ。

 華世は動きを止めた相手へと歩み寄り、手首のビーム銃口を向けた。


「ったく、手間ぁかけさせんじゃないわよ」

「違うんだ! 僕は……僕はそんなつもりじゃあ!」

「浜野さんのかたき討ちよ。覚悟しなさ────」


「そこまでだ」


 華世の後頭部に押し付けられた、筒状の冷たい感触と同時に聞こえた低い声。

 銃口を押し付けているであろう相手へと、華世は異議を唱える。


「……デッカー警部補。銃口を向ける相手が違うんじゃない?」

「いいや、間違えちゃあいねえ。ポリスとして被疑者をぶっ殺そうとするのを、見ているわけにはいかねえからな」

「被疑者ですって? こいつは犯人でツクモロズ。容赦する必要なんて……」

「事情も聞かずに決めつけるんじゃねえ。見ろよ、そいつの顔」


 デッカーに言われ、ツクモロズの顔を見る。

 その顔は涙のような液体でぐしゃぐしゃになっており、死への恐怖に怯える表情で震えていた。


「……チッ」


 舌打ちをしながら義手の銃口を下げる華世。

 背後を取られ拳銃を突きつけられている格好で、突っぱねることはできない。


「この場は譲ってあげるけど、取り調べはあたしにも立ち会わせなさい。もしもコイツが本気で暴れだしたら、ポリスに止められはしないでしょ」

「疑り深いやつだ。ほら、立てるか?」


 そう言ってデッカーは鏡のツクモロズに対して、優しく手を差し伸べた。



 【7】


「僕は……信じられないかもしれませんが、あの部屋の洗面所にある鏡でした……」


 ポリス署の取調室で、鏡のツクモロズは青い顔に涙を流しながら静かに語った。

 あのアパートは半年前に建築され、新品だった彼にとって浜野は初めて写し出す人物だった。

 朗らかで元気な女性の顔を日々写すことは、鏡である彼にとっては一種の誉れであったらしい。


 しかし、数ヶ月経ったところで浜野の顔に陰が落ち始める。

 理由は休みのない連勤と、頻繁な深夜の帰宅。

 才能を妬んだ彼女の上司に、度々パワハラや根回しをされ、社内で冷遇されていたという。

 連日連夜、鏡の前で愚痴をこぼしながら徐々にやつれていく彼女の姿は、とても見ていられないものだった。

 鏡のツクモロズである彼にとっては、それが多大なストレスになったことだろう。


 そんな彼がツクモロズ化したのは、よりによって仕事帰りで疲弊していた浜野の眼の前だった。

 いきなり鏡が人の姿へと変化したことに驚き、浜野は後方へ転倒。

 血を流して意識を失った彼女を前にした彼は、咄嗟に彼女の携帯電話で救急車を呼んだ。

 しかしその直後、物音を聞いて通報する廊下からの声に恐怖した。


 ツクモロズとなった存在を殺して回る存在を、なぜか知っていたからだ。

 恐ろしい目に合う想像に怯えた彼は、洗面所の鏡がツクモロズ化したのをごまかすために、全身鏡を取り外して洗面所に貼り付けた。

 無論、その工作はなんの意味も持たないのだが、無我夢中だった彼にはそのことが分からなかったようだ。

 そして救急隊員やポリスが到着する前に、風呂場の天井裏に隠れて震えていた。


 ────これが、涙ながらにツクモロズから語られた事件の詳細だった。


「……これ、どこまで本当かしらね」


 華世はマジックミラー越しに取調室を眺めながら、デッカー警部補へと呟く。


「お前さんの推理に沿って、抜けてたところが埋まる形だからある程度は真実だろうよ。それに……奴は嘘なんかついちゃいねぇさ」

「でも、あいつはツクモロズよ?」

何人なにじんだろうが何モンだろうが、大切に想っている人を救いたい心に変わりはねぇさ。ただあいつは、あまりにも巡り合わせが悪かった。それだけだ」


 あくまでも、ツクモロズを一個の人間として扱おうとする言葉遣いのデッカーへと、華世は流し目で睨み見る。

 ももを家族として扱っている華世だが、それはあくまでも彼女が自身にそっくりなこと。

 それから、アーミィからの命令で保護化においているだけ。

 ツクモロズである出自を忘れたことは、ただの一度もない。


「あいつが救急車を呼んだおかげで、ギリギリ手遅れにならずに済んだらしい。情状酌量しゃくりょうもあって、重い罪には問われねえだろうよ」

「情状酌量しゃくりょう? あいつを許すっていうの?」

「……嬢ちゃんよ、お前さんはどうして釈放って決まりがあると思う?」


 釈放、すなわち刑期を終えた犯罪者の解放。

 華世はアーミィの人間兵器として、そして魔法少女として相対する相手を抹殺・確保はすれどその後に関しては関与していない。

 捕まった人間のその後など、考えたこともなかった。


「確かに人間、犯罪者にならずにいられるならそれに越したことはねぇ。けどな、どうしても過ちを犯さないって保証はねえ」


 こんこんと、静かに語るデッカー。

 その顔の奥に秘めているのは、自身の出自かあるいは親しい人間の経歴か。


「仕方なく、つい、やむを得ずやっちまった。そんなときに犯罪者は一律で厳しく罰せられるとしたらどうなる? 一度やっちまったからとヤケになって犯罪を重ねたり、挙げ句は民間人巻き込んで道連れにするやつが出るかもしれねぇ」

「…………」

「誰かが許してやらねぇと、間違いを起こす事を怖がりすぎて何もできなくなっちまう。だから俺たちポリスは真実を突き止め、犯罪をしたやつに罪の分だけの償いをさせるのさ。また、間違いを乗り越えて真人間に戻れるようにな」

「真人間、ねぇ……」


 ツクモロズは人間ではない。

 ストレスを抱えた道具が変異し、人に似た姿をとった存在。

 そんな彼らをあくまでも人格ある人間として扱うデッカーに、華世は眉をしかめ続けていた。



 【8】


「ビビッ、デッカー警部補。被害者の携帯電話から取得した日記データのチェック終わりました」

「ご苦労さんだ、ビット。んで、どうだった?」

「彼女にパワー・ハラスメントを行っていたのは、あのジョス・ダーシーという男のようです」

「ダーシーか……つくづくあの野郎は」


「知ってる人物なの?」


 デッカーが憎々しげにつぶやいた名前に、問いかける華世。

 けれども彼は返事をせず、廊下に出てから取調室の中へと入っていった。


「鏡の、お前さんにふたつ朗報がある」

「僕に……朗報ですか?」


 俯いていた顔を上げ、困惑の表情を警部補へと向けるツクモロズ。

 彼の顔をまっすぐ見つめるデッカーは、ニヤリとした表情で口を開いた。


「被害者……浜野の悩みのタネだった男、ジョス・ダーシーはさっき逮捕されたぜ」

「逮捕? まさか今回の件でですか?」

「違う違う。奴が書芸出版社長の弱みを握って強請ゆすりをやってたという告発が前々からあってな、調べを進めてたんだよ。証拠は十分だから、確実に奴は終わりだ」

「ということは、あの人はもうヒドイ目に会わなくて済むんですね……!」

「そういうことだ。もう一つの朗報は、被害者が意識を取り戻したそうだ。安静にしてれば、いずれ退院できるさ」


 その報告をデッカーから聞いたツクモロズが、机に手を付き大粒の涙をこぼした。

 けれど、その涙は先程まで流していたものとは違う……恐らく嬉し涙だろう。


「よかった……本当に、よかった……!」


 静かな歓喜の声を震わせるツクモロズ。

 すると突然その身体が、少しずつ淡い光を放ち始めた。


「お、おい。お前……」

「これで、安心して僕は鏡に戻れます。みなさん、ご迷惑をおかけしました。あの人に、頑張ってと伝えてください。……さようなら」


 激しい光が一瞬、取調室いっぱいに広がる。

 数秒の後に光が収まり、もとの明るさを取り戻す室内。

 ツクモロズが座っていた椅子の上には、一枚の大きな鏡が立てかけられていた。

 机の上に、鈍く輝く正八面体。ツクモロズのコアを残して……。



 ※ ※ ※



「そうですか、そんなことが……」


 目を覚ました浜野は、デッカーから一部始終を聞き、ベッドに横たわったまま額を抑えた。

 鏡がツクモロズとなり、倒れた自分を助けるために救急車を呼んだ。

 そもそも転倒する原因となったのはそのツクモロズなのだが、彼に悪気があったわけではないし、勝手に驚いて転倒したのは浜野の方だ。


 結果的に浜野は助かり、悩みのタネだった上司は逮捕された。

 複雑な状況に、彼女も感情の整理が追いつかないのだろう。

 じっと沈黙し、病室が静寂に包まれる。


「浜野さん。さきほどツクモロズが、あなたに頑張ってという言葉を残し、もとの鏡へと戻りました。残った鏡……いかがされますか?」


 デッカーが、柔らかい表情で浜野へと問いかける。

 コアが剥がれ落ちたことで、鏡のツクモロズ化は終了したと断定された。

 ポリスもただの鏡へと戻った存在を、これ以上は扱うことはできない。

 事件の全貌が明らかになった今、持ち主に取り扱いを聞くしかないのだ。


 ひとこと「あっ……」と言い、再び沈黙する浜野。

 デッカーの傍らに浮かぶビットのホバリング音が、華世の隣でウィンウィン鳴るだけの静かな空間。

 静寂の中で、浜野がゆっくりと、ゆっくりと口を開いた。


「……よろしければ、彼を……鏡を、私の家に戻してくださいませんか?」

「いいんですか?」

「お話を聞いたところ、私を心配する気持ちが、その……彼をツクモロズにしてしまったようですし」

「浜野さん……」

「もう二度と、彼がツクモロズにならなくても良いように……頑張る姿、見せてあげたいですから」

「……わかりました。では」


 頭を下げ、ビットと共に病室を去るデッカー警部補。

 あとに残った華世は、隅で座っていた結衣と共に浜野の元へと歩み寄る。


「華世さん、結衣ちゃん。いろいろとありがとう」

「浜野さん。華世ちゃんが全部、推理して当てちゃったんだよ!」

「本当? すごいわね、あなた……」


「……別に、すごくなんてないわよ」


 華世は浜野に背を向け、壁に手をついた。

 後ろめたい気持ちを、無意識的に身体であらわしてしまう。

 今日のツクモロズは、ストレスの原因が解消されたことによりコアを排出して元のモノへと戻った。

 その最期に至れたのは、ひとえにデッカー警部補が彼を人間として扱い、色眼鏡なしで丁寧に扱ったことが大きい。


(あたしは……潰すことしか頭になかった……)


 あのときデッカーが止めなければ、鏡のツクモロズはコアを砕かれ、あそこで絶命していただろう。

 暴力以外の方法で解決を図ったポリスに対し、華世は敗北感を感じていた。



 【9】


「……思い出した。華世ちゃん、あのデッカーって人……ポリスで一番強いキャリーフレームパイロットだよ!」


 見舞いの帰りの病室の廊下。

 一緒に歩いていた結衣が、唐突に声を張り上げた。


「声が大きいわよ結衣。……待って、一番強い? でもキャリーフレームを扱う特殊交通機動隊じゃなくて、現場仕事してたわよ?」

「わからないけどあの人……この前のアーミィとポリス合同の大会で、決勝戦まで行った人で間違いないよ」


「ほーう、俺も有名になったもんだな」


 エレベーターホール前のベンチで、缶コーヒーを煽っていたデッカーが、得意げにつぶやく。

 華世は顔をしかめつつ、エレベーターのボタンを押しつつその顔へと視線を向けた。


「俺も思い出したぜ。おまえさん、内宮が預かってるっつう大元帥の子供だろ」

「書類上の、だけどね」

「お前さん……あの内宮って女が何者か、知ってるか?」

「え、秋姉あきねえのこと?」


 投げかけられた質問に、答えが浮かばない華世。

 内宮の経歴など、今の今まで考えたこともなかった。


「保護者やってる奴の素性くらい知っておけよ」

「なんであんたなんかに、そんなこと言われなきゃいけないのよ」

「へっ……世話んなった奴への、心ばかりの手土産だよ」

「手土産……?」


 言葉の意味がわからないまま、エレベーターの扉へと消えるデッカーを見送った華世。

 しばらくその場に突っ立って考え込み……まんまと呼んだエレベーターを横取りされたことに気がついた。


「あんのムッツリポリス親父ぃ……!」

「まあまあ華世ちゃん。次に来たエレベーターに乗ればいいじゃない。でも、千秋さんの素性って、なんの事かな?」

「さあね。適当ほざいて、煙にまいたつもりなんじゃないの?」


 眉間にシワを寄せたまま、華世はもう一度エレベーターの呼び出しボタンに左拳を叩きつけた。



 ※ ※ ※



 数日後、退院した浜野は無事に職場へと復帰。

 華世へと行った取材は予定より二週間ほど遅れて掲載されることとなった。


「華世、すごくいい記事になってるじゃないか」


 リビングの椅子に座り、記事が載っている週刊晩秋を眺めていたウィルが、嬉しそうに微笑んだ。

 決して短くないインタビューではあったが、良いという意見が出るのはやはり浜野の手腕の高さか。


「ま、ざっとこんな」

「えへへ、そうでしょうそうでしょう! いやぁお嬢様、ありがとうございます!」

「え? 何でミイナが照れてんのよ」

「だって……ウィルさん、もう少し先のページ開いてみてください」

「あ、うん……。こ、これは!?」


 ミイナに言われ、ペラペラとページを捲る。

 華世もミイナの言うことが気になり、急いでウィルの後ろから本を覗き見た。


「えーと……戦う女の子のファッションコーディネート。家政婦ミイナの服選び極意!? ちょっとミイナ、これどういうこと!?」

「この前、浜野という方がぜひ私に取材をしたいって言ってくれて、こっそり受けちゃいました!」

「華世、君の取材記事よりページがかなり多いよ、ミイナさんの記事」

「……ったく、なんでミイナに負けなきゃなんないのよー!」


 記事になった喜びは、ページ数でミイナに負けたという屈辱に塗りつぶされたのだった。



 ──────────────────────────────────────


登場戦士・マシン紹介No.14


【鏡のツクモロズ】

身長:1.7メートル

体重:不明


 浜野の家の洗面所で発生した、大きな鏡のツクモロズ。

 青い肌の青年といった風貌だが、胴体が幾多もの鏡が巻き付いたような構造になっている。

 身体能力は高く、華世から逃走する際は軽業師のような軽快な動きを見せた。

 戦う意志を見せなかったため、どのような能力を持っていたかは不明。

 初めて、コアを破壊されることなく消滅したツクモロズとなった。


──────────────────────────────────────


 【次回予告】


 咲良のキャリーフレーム〈ジエル〉の支援AIであるELエル

 パイロット自らが愛機を清掃する日、咲良はELエルの言動に違和感を感じとった。

 華世が裏で調べを進める中、ついに恐れていた事態が起こってしまう。


 次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第15話「少女の夢見る人工知能」


 ────伝えられない想いが、重くのしかかる。

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