第3章「ポリスとアーミィ」

第13話「人間の敵」

 

 綺羅びやかな電飾。

 生演奏のピアノBGM。

 様々な色のドレス・スーツで着飾り、芳醇な香りを放つ高級料理を前にワイングラスを傾けるのは、政財界で名を知られた人物たち。

 ある者はコロニーの領主。

 ある者は財閥の総帥。

 またある者は、巨大企業の経営者。


 ひとりバーカウンターに座り、彼ら彼女らの背中を遠巻きに眺める一人の男。

 オリヴァー・ブラウニンガーもまた、金星クレッセント社を束ねる、支社長ハワーズ・ブラウニンガーの御曹司であった。


(地球産のヴィンテージワイン……さすがはこのパーティの会場となるだけあって、これを揃えているとは恐れ入る。だが……僕にとっては、飲み飽きた味だ)


 この24年余りの人生において、オリヴァーは欲しい物を全て手に入れられていた。

 学院の主席の座も、著名芸術家の描いた絵画も、最高級と言われた食物も全て。

 それはオリヴァー自身の持つ才能と、近世随一の資産家でもある父親によってもたらされたもの。

 あらゆる贅沢を若いその身で経験し尽くしてしまった……と自負するオリヴァー。

 彼にとっては、この華やかな社交界ですらも、退屈な日常の一幕でしかなかった。


 不意に放った「ふぅ」というため息。

 その音が、ひとつ椅子を挟んだ右隣に座っていた、一人の女性のものと重なった。


 まるで作り物のような艷やかな黒髪。

 吸い込まれそうな青色を放つ、サファイアのような瞳。

 均整のとれた美しい顔立ちと、彼女の美貌を引き立てるかのような空色のドレス。


 政財界ではありふれた美。

 けれども、彼女が纏う不可思議な雰囲気に、オリヴァーは興味を抱いた。


「もし……マドモアゼル。パーティは退屈ですか?」

「ええ、私ですか? いいえ……と言えば嘘になりますね。私は待つばかりで、すこしも楽しめていませんから」

「待つ……それは友人ですか? それとも……」

「強いて言うならば、出番ですかね」

「出番……? ではあなたは歌姫でしょうか?」

「それは……」


 彼女の唇が言葉を紡いでいたその時、突如として会場は漆黒の闇に包まれた。


「停電?」

「どうなっているんだ!?」

「誰か明かりを……!」

「お客様、落ち着いて壁を背に、壁を背にしてください!」


 狂騒がホールを包み込んだとき、乱暴に扉が開く音とともに、会場中央から何かが弾ける音がひとつ。

 それが煙を発生させる何かだと気づいたとき、暗闇に慣れた目でも1メートルすらも先が見えないほどに視界が閉ざされていた。

 何が起こったのかとうろたえるオリヴァーは、ふと自身の身体に向けて、一筋の赤い光伸びていることに気がついた。


(これは、レーザー照準器ポインター!?)


「目標、オリヴァー・ブラウニンガーを発見!」

「よし、撃て!」


 男の声とともに放たれる銃撃音。

 自動小銃を連射する、その音を聞いたとき思わず目を瞑ったオリヴァーの脳裏に走馬灯が浮かんだ。 


(ああ……僕は、ここで死ぬのか……)


 音が止み、まぶたの向こうが赤く光る。


(……どういうことだ、痛くない?)


 狙われたはずなのに、ひとつも傷つかない自身の身体。

 銃撃音の代わりに聞こえるのは、ウォンウォンという機会が唸るような低音。

 置かれている状況がわからないまま、恐る恐る目を開き……そして、驚愕した。


 オリヴァーの身体を庇うように立っていたのは、先程まで言葉交わしていた黒髪の美女。

 けれども身代わりになったわけではなく、まっすぐ前に突き出した右の手の平。

 その前方で鉛玉が煙とともに渦巻くような動きで宙を舞っていた。


「……ったく。返すわよ、この無粋な贈り物!」


 次の瞬間、鉛玉が空中を走り、煙のカーテンを切り裂きながら武装した男の肩へと突き刺さった。

 うめき声を上げながら銃を落とすテロリスト。

 そんな敵対者には目もくれず、女性はオリヴァーへと視線を向ける。


「オリヴァー。あんた、無事よね?」

「ぼ、僕は大丈夫だ……! き、君は一体!?」


 オリヴァーが訊くと同時に、左手で黒髪を掴む美女。

 そのまま剥がすように投げ捨てた黒いウィッグの下からは、輝く長い金髪が顕となった。


「ドリーム・チェェェンジ!!」


 右手を振り上げ、叫ぶ金髪少女。

 激しい光が彼女の身にまとう装束を吹き飛ばし、入れ替わるようにして鮮やかな桃色を放つヒラヒラした衣装が現れる。

 そして、彼女の右腕と左脚が光の中で、黒鉄色に輝く装甲を纏う義手義足へと姿を変えた。


「鉄腕魔法少女マジカル・カヨ見参! 逆らう奴は、八つ裂きよ!!」

 

 避難したカウンターの中から、高らかに名乗る華世を覗き見るオリヴァー。

 武装した男達は目標を切り替えたのか、怒声を発しながら彼女へと銃を放つ。

 けれども弾丸は宙を貫き、狙っていた相手は伸ばした手首ワイヤーを巻きつけたシャンデリアを視点に弧を描きながら接近。

 そのまま振り子のような勢いで降下し、テロリスト達の懐へと飛び込んだ。


 一瞬。


 ほんの僅かな時間に華世は高速回転しつつ周囲の男たちをなぎ倒す。

 倒れた者の中には腰のホルスターから抜いた拳銃を放とうとする者もいたが、武装義手の手首から放たれたひとつの光弾がその銃身をグリップだけ残して抉り取った。


「さ、作戦は失敗! 退却する!」


 伸びた仲間たちを見捨て、廊下へと逃げ出そうとする者が数人。

 拳銃を向けた男を殴り倒した華世は、冷静なまま髪を結ぶリボンを指で抑えた。


「……ウェポン・フォール! コード045・MRT-04テーザーネット!」


 彼女の声とともに、ガラス窓を突き破ってホールへと入り込む、先の尖った円柱状の何か。

 壁に突き刺さったその中部の蓋が開き、銃のような形をした武器が放物線を描いて華世の手へと収まる。

 そのまま、犯人たちが逃げた廊下へ向けて発射。

 銃口から放たれた網は逃げる男たちをひとり残らず包み込み、電撃が流れる音を鳴らし静寂を取り戻した。



 ※ ※ ※



 その後は、コロニー・アーミィと思われる連中が乗り込み、パーティを舞台にした捕物とりもの劇は終わりを迎えた。

 狙われたオリヴァーも、事情聴取のために彼らへと快く協力を申し出る。


 けれどもオリヴァーの頭の中には、先程の光景が何度も繰り返されていた。

 サファイアのような青い瞳、可愛らしくも凛々しい表情。

 流れるような動きに追従する美しい金髪ブロンド

 それらを携えた、完璧なる戦姫。


(僕は、あの娘が欲しい……!!)


 それは、オリヴァー・ブラウニンガーが初めて持った“欲望”であった。



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       鉄腕魔法少女マジ・カヨ


        第13話「人間の敵」


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 【1】


「……と、いうわけでテロリストと傭兵たちは残さずお縄。あたしのお手柄ってわけでしたっと」


「「おおー」」


 朝日を模した光差し込むガランとした教室。

 華世が中身のない右袖をプラプラさせながら語った事件の顛末てんまつを聞き終え、拍手を送るのはウィルと結衣。


「ところで華世。君はどうしてカツラ被って変装してたんだい?」

「ウィッグって言いなさいよ。あたしの顔、政財界にもそこそこに割れてるからね。アーミィに所属している身でパーティに潜入したら怪しまれるでしょ?」

「なるほどー! 華世ちゃん大人っぽいからバレないんだー!」

「結衣、あんたが子供っぽすぎるのよ」


 呆れながら背もたれにより掛かる華世。

 いまの華世は義手と義足を両方とも結衣に預け、片腕片足の状態である。

 そのためバランスを崩さないように、椅子の上で小刻みに揺れつつも隣にウィルを待機させているのだ。


「でも最近、アーミィのお仕事が多いよね。華世ちゃん大丈夫?」

「別に。仕事と言っても人間相手ばかりだから、変な姿かたちしてるツクモロズよりはよっぽど……」

「違うよ、勉強のことだよ!」


 取り外された華世の右腕である義手に油を刺す手を止め、結衣が机越しに身を乗り出す。


「先週と今週でもう5回も休んでるんだよ! 勉強ついていけないんじゃ……って先生が心配してた!」

「そうだよ華世。僕なんて数学が最近怪しくって……」

「あんたたちねぇ……人の心配してる場合じゃないでしょ」


 華世は、勉強が得意である。

 得意というよりは、習ったときに“すでに知っていたと感じる”のが正しい。

 そのため話半分に授業を聞いていてもテストはほぼ満点を難なく取れてしまう。

 そういった事情のため、華世は数日ていど学校を休んでも授業についていけるのだ。


「そうですわよ。勉強は学生の本分! 疎かにしてはいけませんわ!」


 バァンと大きな音を立ててスライド式扉を開いたのは、偉そうに胸を反らすリン・クーロン。

 我が物顔で教室に入り込んだ彼女だったが、結衣が弄っている華世の義手に目をやり「ひいっ」と小さな声を漏らし、教室の三秒天下の終わりを告げた。


「あんたねぇ、いちいちビビってんじゃないわよ」

「だ、だ、誰もおののいてはおりませんわっ! それよりもあなた達ふたり、今日は日直ですわよ! 日直!」

「日直? あー……」


 交互に指さされた華世とウィルは、黒板の角に自分たちの名前を確認した。

 本来ならばこの前が担当だったのだが、事件で不在だったために順番が繰り越されていたのだ。

 完全に失念していた華世は、ため息を漏らしつつ結衣の顔を見る。


「華世ちゃん。取りに行って来なよ、学級日誌。脚はもう終わってるし、腕は終わったら引き出しの中に入れておくよ!」

「ありがと、結衣。じゃあ、失礼してっと」


 結衣の足元に置いてあった、人工皮膚に包まれた義足を持ち上げ、スカートの中へと入れ込む。

 そのまま手探りにジョイントの場所まで持っていき、ガチャンという接続音を響かせドッキング。

 膝を曲げ伸ばしして具合を確かめてから、ゆっくりと立ち上がった。


「じゃあウィル、行きましょ」

「う、うん」



 ウィルとともに早足で教室を飛び出す華世。

 そのまま渡り廊下を通り過ぎ、階段を降りて一階を目指す。

 朝礼よりかなり前の時間帯のため、生徒は少なく校舎内は静かなものだった。


「今日、やけに人が少なく感じるわね」

「たしか三年生が社会科見学だって。昨日、先生が言ってたのを聞いたんだ」

「あら、そうだったの」


 会話が一旦止まり、足は踊り場を経て一階に到達。

 職員室に繋がる長い廊下を、黙々と二人で歩き続ける。


「そういえば昨日の事件、傭兵絡みだったんだっけ?」

「ええ。クレッセント社に恨みを持つ男が、傭兵に暗殺を依頼したんですって。でも報酬をケチって三流の傭兵団を使った結果、カズに情報が漏れた上に、あたし一人で難なく制圧されたってわけよ」

「最近、多いよなぁ。傭兵を介しての騒動」

「まあ、そんじょそこらの傭兵レベルならあたしとかアーミィだけでどうにでもなるわよ」


「そう。レッド・ジャケットが相手じゃなければ、ですけどね」


 華世の話に職員室前で横槍を入れてきたのは、腕を組んで壁にもたれかかっていたホノカだった。

 その横には着慣れない制服で佇む、ももの姿。

 空色と桃色という人間離れした鮮やかな髪を持つ二人に、華世は足を止めて向き直った。


「レッド・ジャケットって何よ、ホノカ?」

「真っ赤な防弾コートをトレードマークとした、傭兵グループの中でも最大にして最強規模と言われる傭兵団。厳しい戒律の中、過酷な訓練を繰り返し鍛えられた団員たちは、肉弾戦もキャリーフレーム戦もヘタなアーミィよりも強いのよ」

「ふーん……あたしが知ってる傭兵団っていえば秋姉あきねえが昔、世話になったっていうネメシスくらいだけど。さすがホノカ、詳しいわねえ」

「ネメシス傭兵団も強さだけで言えば強さだけだとレッド・ジャケットクラスだけど。規模だと相手にならないでしょうね」


「や、やけにレッド・ジャケットの肩を持つんだねぇ」


 ドヤ顔で語るホノカに対して、華世の後ろに居たウィルが口を挟んだ。

 レッド・ジャケットの名を出す彼の顔は、なぜか少しだけ引きつっている。


「ソロ傭兵としては憧れでもありますからね。厳しいだけあって給金も高く、生活に不自由はしないだろうから……」

「あたしだって、あんたに相当の額を払ってるつもりだけど?」

「そ、そりゃもちろん助かってますよ。あくまでも今の私にとってはただの憧れなだけ」

「あっそ。……ところで、どうしてももを連れてこんなところに突っ立ってるのよ?」


 ホノカの隣で話に加わりたいという顔をしていたももを指差しつつ指摘する華世。

 当のももはというと、やっと話を振ってもらえたのが嬉しいのかその場でピョンピョンと飛び跳ね始めた。


「今日がこの子の初登校ですからね。案内がてら、朝礼前に紹介の打ち合わせをしに来たんだけど……ちょっと」

「何かあったの?」


「1年4組の担任をしている谷川先生が、昨夜に倒れられて入院したのだ」


 職員室の扉を開き華世たちにそう言ったのは、真紅の髪をした見慣れない女の先生。

 パンツスーツに身を包み、キツめの目つきをした顔から、華世は言いようの無い圧迫感を感じていた。


「……入院?」

「報告によると脳出血らしくてな。命に別条はないが、半年ほどは病院から出られないだろう」

「あなたは?」

「私は4組の副担任だったテルナ・フォクシーだ。と言っても今日からは担任だがな」


 口元をやや緩ませた不器用な笑顔を、ホノカとももへと向ける女教師テルナ。

 けれども華世はその動作一つ一つから、妙な隙の無さを感じていた。



 【2】


 睨み合う2機のキャリーフレーム。

 片方が一歩踏み込めばもう片方が下がり、片方が横に歩くともう片方も真逆に動く。

 ジリジリと巨大な足がすり足し、緊張に包まれる戦いの場。

 しびれを切らした〈ザンドール〉が、〈クロドーベルⅡ〉へと飛びかかった。


『甘いん……だよぉっ!!』


 放たれた巨腕を身軽な動きでかわし、同時に足払いをかける〈クロドーベルⅡ〉。

 そのまま宙に浮いた〈ザンドール〉の腕を引っ掴み、そのまま一瞬で組み伏せた。


「一本! デッカー警部補の勝ち!」



「派手にやられたもんやなぁ、セドリック」

「隊長! ポリスに負けたなんて、アーミィの身として辛すぎますよ!!」


 地面に手を付き悔しがるセドリックの背中を見下ろしながら、内宮はナハハと乾いた笑いを投げかけた。

 今日はコロニー・クーロン内のコロニー・ポリスとコロニー・アーミィによる合同のキャリーフレーム模擬戦会。

 トーナメント式で試合を行い、両陣営の最強パイロットを決める大会である。

 順調に勝ち上がる内宮ではあったが、初戦敗退のトニーと今敗退したセドリックはともにコロニー・ポリスの精鋭に敗北していた。


「まあ気ぃ落とすんなや。対等な状況のキャリーフレーム戦やと勝負の命運分けるんはセンスや」

「センス……」

「所属とか歳とか、そないなもんは飾りや。ま、うちが二人の分まで……」


「じゃあ私たちの分もお願いします~!!」

「い゛っ!?」


 背後で片手を上げてそういったのは、楓真ふうまの腕を掴んている咲良だった。

 楓真ふうまの顔を見る限り、どうもふたりとも敗北したようだ。


「まさか……そっちのコンビも負けるとはなぁ」

「普段、どれだけELエルに頼り切ってたかを思い知らされました~」

「僕も。機体性能に頼ってると思いたくはないけど、模擬戦用のチューニングはどうもね……」

「しゃあないなぁ……」


 これで内宮隊は内宮を残して全滅。

 アーミィの威信にかけても、負けることは許されなくなった。

 今回の模擬戦においてアーミィ陣営は、普段使っている〈ザンドールエース〉ではなく、旧式の〈ザンドール〉を使わされている。

 バリバリの軍用機であるアーミィ機と、作業用機体を相手取るポリスの〈クロドーベルⅡ〉とは、性能の面で大きく開きがあるからだ。


(せやかて、うちは〈クロドーベルⅡ〉の原型も〈ザンドール〉も乗った事はあるからな。よっぽどゴツい奴がおらへん限りは負けへんやろ)


「それにしても隊長。どうして突然こんな大会を始めたんでしょうか? これまでアーミィでこんなことはなかったような」


 考えを巡らせていたところで、急に咲良に問いかけられた内宮。

 彼女の疑問も最もであるが、内宮は隊長として事情を知っている。


「まあ表向きは両勢力の技能向上と連携を高めるためやけど。裏ではキャリーフレームのツクモロズ化防止の狙いがあるんや」

「確か……戦闘用機体が戦いに出られないストレスでツクモロズ化するから、こうやって戦いの場を設けて発散させるんだっけか?」

「ポリスだけやのうて、アーミィも予備機を出して発散させとるんやで。せやから現行機やのうて旧式の〈ザンドール〉なんや」


 一斉にへぇといった感嘆の語を漏らす一同。

 そんな事もわからずに大会に望んでいた連中に内宮は心のなかで呆れていたが、次の試合準備に入れという連絡が入ったので口にはしなかった。



 【3】


 陽の光を模した輝きに照らされる明星みょうじょう中学校の屋上。

 いつの間にか恒例となっていた、魔法少女支援部で集まっての昼食会。

 とはいっても、今日に限っては諸用で男子連中は未参加ではあるが。

 女子だけの食事会の中で、クリームパンを笑顔で頬張るホノカの姿を、華世は横目で見ていた。


「あんた、そのパン食ってる時はいい顔するのね」

「なっ……別に私が何食べててもいいでしょう」


 彼女が食べているパンが、以前にカズから与えられたものと同じだということは把握している。

 貧しい暮らしをしていた彼女が、与えられた菓子パンにほだされる。

 展開としてはベタだが、それでホノカが幸せそうな顔ができるなら良いことだろう。


(……あたしは、幸せなのかな)


 ふと、空を見上げて頭に浮かぶ疑問。

 ウィルから、彼自身やホノカが華世によって幸せを手にしていると言われたことを思い出す。

 故郷を滅ぼし、両親友人諸々を殺した何者かへの復讐を心に誓ってはいる。

 その中で、自身の幸せなど華世は一片たりとも考えたことがなかった。


 ここ最近、戦いが頻発しているから疲れているんだと、一人で首を振る華世。

 自然発生しているツクモロズの増加に加え、先日のような傭兵を使ったテロまがいの事件の対処も増えてきている。

 コロニー・クーロン唯一の人間兵器である華世は、週の出撃回数は一度や二度では済まなくなっていた。


 けれども、弱音を吐くわけにはいかない。

 ホノカは対ツクモロズのみの契約をした傭兵。ももに至っては戦闘を可能にする手続きすらしていない。

 戦える人間が一人であると自覚しているからこそ、華世は自身に対しても休むことを許さないのだ。


 気がつくと、ぼんやりとしてから首を振った様子を見ていたからか、結衣が心配そうな顔でこちらを見つめていた。


「華世ちゃん、どうしたの?」

「別に、前髪にゴミがついてただけ」

「そっか……あっ、ねえねえ。華世ちゃんExG能力検査どうだった?」

「いーえっくす……なんですか?」


 キョトンとした顔で華世に問いかけるもも

 どう説明したものかと頭を悩ませていると、横からリンが身を乗り出した。


「中学2年生になったら受ける、ExG能力の検査ですわ! ExGというのはエクスジェネレーションの略で、宇宙生活をしていると不特定多数に発現する第六感のことですのよ」

「第六感……超能力ということですか?」

「確かにテレパシーみたいなこともできる人もいるようですが、ほとんどは高度な並列思考が可能になる程度のものですわ」


 知識でマウントを取れる絶好の機会と言わんばかりに、早口でまくしたてるリン・クーロン。

 検査の結果、個人の能力の強さは0から9までの十段階で表される。

 統計によると5割の人間が3以下。

 そこから高いレベルになるほど該当者が著しく減っていくという。

 高レベルになると、無意識のうちに能力者同士でテレパシーが行われる能力障害が発生。

 慢性的な耳鳴りや頭痛、重度になると意識の混濁や精神汚染に及ぶ場合もあるという。

 そのようなことが起こらないよう、ExG能力の成長速度が一定化する13、14歳から検査する……と、リンが説明を締めくくった。


「ちなみにわたくしは優秀ですから、レベル4の能力者でしたわ!」

「クーちゃんすごーい! 私なんて1だったよー。華世ちゃんは?」

「6だったわ」

「ロク……ですってぇっ?!」


 両手をワナワナと震わせ、歯ぎしりしながら華世を睨むリン。

 通常、この年齢で能力レベルの限界は5とされている。

 けれども華世はその枠から外れた存在となっていた。


「わたくしに負けたくなくて、適当を言っているのではなくて?」

「失礼ね。間違いかもしれないって3回くらい検査してもかわらなかったから、そうに違いないはずよ。ま……こんな話よりも、あたしはももの初登校が気になるところだけど」

「お姉さま、ももは学校を満喫しています!」


 話を振られて、ぱあっと顔を明るくして片手を挙げるもも

 どうやら彼女はホノカよりも社交性が高かったようで、クラスに馴染むのに1時間もかからなかったらしい。

 といっても、話を聞く限りは学内でそこそこ名の知れた、華世の妹ということで興味を引いた人間が多かったのもあるらしいが。


「あ、ねえねえみんな! ホノカさん、今日テルナ先生に褒められたんですよ!」


 話の腰を折るように、ももが突然声を上げた。

 その話を聞いて首をかしげたのはリン・クーロン。


「ホノカさん。テルナ先生とはどなたですの?」

「今日から私達のクラス担任になった人。軍人かっていうくらい堅苦しい喋り方する変な人よ」

「テルナ先生ねぇ……」


 華世は、今朝の出来事を思い出した。

 職員室前で僅かに言葉をかわしただけではあるが、あの赤髪の先生からは只者ではない気配を感じていた。

 それに教職の事情に詳しそうなリンでさえピンと来ない存在ともなれば、なんとなくで片付けるには危険な存在かもしれない。


「テルナ先生、優しいんですよ! 今日から通うももを気にかけてくれたし、おかげで友達もできたんです! ね、ホノカさん!」

もも、それはあの人の仕事だから。私が褒められたのだって、ちょっと虫食い問題を埋めただけ」

「でもー……」


「ね、ね! ホノカちゃんってさ、本当は大人だったりしない?」

「へ?」


 唐突に結衣から放たれた素っ頓狂な質問に、皆の食事の手が一斉に止まった。

 その問いを投げかけられたホノカに至っては、目を点にして固まっている。


「だってホノカちゃん、一人で傭兵やってて、強くて、クールで、頭もいいんだよ! とても私の一学年下の中学一年生とは思えないもん!」

「わかりますよ結衣さん! もももホノカさんは只者じゃないと思ってたんです!」


 二人でキャッキャと盛り上がる結衣ともも

 ようやく理解が追いついたのか、フリーズしてたホノカが顔の前で手のひらをブンブン振った。


「そんなことありません。私は……自分で言うのも何ですけど、苦労ばかりしてきましたから。大人のようにならないと、生きていけなかっただけ。それより……」


 ビッ、と鋭い動作で華世を指差したホノカが、目を細めて睨みつける。

 その顔つきからは、遠回しに年増呼ばわりされた恨みか不服感。あるいは不公平感がにじみ出ていた。


「それを言うなら、華世のほうが怪しいと思わないんですか? 戦闘力に人心掌握術。度胸に洞察力。知識も料理の腕も年齢サバ読みしてないと納得いきません」

「失礼ねぇ……」

「えー、違うよ! だって私、小学校の時から華世ちゃんとずっと一緒だもん!」


「……どうせ結衣、あんた最近に再放送された未来探偵だかの影響でも受けたんでしょ? あたしもホノカもサバ読みはしてない。これでいい?」

「夢がないなぁ華世ちゃんは」


 呆れつつも、平和そのものな結衣の顔つきに、華世は表情をほころばせた。



 【4】


「暗殺、強盗、スペースジャックに立てこもり。人間の世界も大変なもんだねぇ」


 部屋中にケーブルが張り巡らされ、無数のコンピューターが暗がりに光を放つ研究室。

 フェイクは端末でニュースサイトを眺めながら、熱心にキーボードを叩くバトウへと冷めた声で言った。


「わしらツクモロズにとっては、都合のいいことじゃ。特に今はレスの奴が無茶をしたせいで計画の練り直しを強いられておるしな」

「仲間が一人、散ったというのに呑気なもんだね」

「フン、奴がああなるのは計算の内じゃよ。ザナミ様は鉤爪の女どもを利用する方向に舵を変えたのじゃ」

「利用だって?」


 ふぅ、と一息入れたバトウが椅子ごとフェイクの方へと向き直る。


「我らの目的は、ツクモ獣から放出されたモノエネルギーを集め、ザナミ様の完全覚醒を遂げさせることじゃ」

「完全覚醒? そもそもザナミって何者なのさ?」

「様を付けい! ザナミ様は我々ツクモロズに自由を与えてくださる救世主。魔法少女を打倒することで、我々は解放されるのじゃよ」

「……よくわからないけど、要するに鉤爪どもにはいい感じにツクモ獣を叩いてもらって、なんとかってエネルギーを溜めこみゃあいいってことか」

「そうじゃ」

「そのために、仲間が何人やられても気にしないと……」

「そうじゃ」

「…………」


 繰り返し頷くバトウに対し、舌うちをするフェイク。

 その野望のために捨て石にされるのもいとわないという老人の姿勢に、内心で腸が煮えくり返る思いが湧き上がる。

 ただ、人間としての生活を望むフェイクにとって、ツクモロズとして殉じるのは馬鹿げた行為にほかならない。


(命あっての物種だろうに、このクソジジイは……)


 再びコンピューターに向かったバトウへと、フェイクは心のなかで悪態をついた。


「で、爺さんは何をしてるんだい?」

「アッシュの奴から、わしらの同志となる連中を紹介したいとあってな」

「紹介? まさか採用面接だなんてするんじゃないだろうね」

「フン、実力を見せるための事件を起こすそうじゃ……まったく」


 アッシュ。ツクモロズの幹部クラスでも謎多き存在。

 人間に紛れ込み、スパイ活動を行うキレ者のツクモ獣だという。

 フェイク自身もあまりあった事はないが、彼はツクモロズの活動を裏から支える重鎮。

 その男が紹介するという人物……フェイクは胡散臭さに眉をひそめた。



 ※ ※ ※



 コロニー・アーミィ・クーロン支部の一角。

 清潔な廊下の奥に位置する支部長室の扉を、咲良はコンコンとノックした。


「入りたまえ、葵曹長。……やけに不満そうだな」

「ポリスとアーミィの雌雄をかけた決勝の手前に呼ばれれば、こうもなります」


 窓の外からワッと沸き起こる歓声。

 たった今、デッカー警部補と内宮による戦いが始まったのだろう。

 運命の悪戯かあるいは必然か、決勝はこのふたりによるものとなった。

 そんな騒がしい窓にカーテンをかけたウルク・ラーゼが咲良へと近づき、あまり大きくない声で耳打ちをする。


「まあ聞きたまえ。つい先程、コンビナート帯のキャリーフレーム整備工場にて、ツクモロズの発生および無人キャリーフレームの暴走が報告された」

「本当ですか!? だったら大会を中止して、急いで部隊編成したほうが……」

「聞けと言っている。報告を受け、警戒に当っていたポリスのキャリーフレーム部隊が突入したのだが……」

「したのだが?」

「奇妙なことに、ツクモロズと思われる未確認機のひとつが同士討ちを開始。三つ巴の戦闘となったらしい」

「仲間割れ……ですかね?」

「わからん。建物内部でもツクモロズが発生し現場は混乱しているらしい。曹長には〈ジエル〉にて葉月華世嬢と合流して現場に急行。ポリス部隊と共に民間人の避難を助けてやってほしい」


 咲良の愛機である〈ジエル〉には、他のアーミィ機体にはない推進装置・ビーム・スラスターが搭載されている。

 その機動力を持ってすればコロニーの反対側にあるコンビナートへと、中央シャフト付近を通って迅速に駆けつけることができるだろう。

 けれども、ウルク・ラーゼ支部長の命令には、いくつもの疑問点がある。


「なぜ、私一人を呼びつけての指令なのですか? それと、どうして大会を続けたままなのですか?」

「そのふたつの理由は1つ。どうやら、ツクモロズ側のスパイがアーミィ内にいるようなのだ」

「えっ……」

「私も信じたくないが、これまでの出来事からアーダルベルト大元帥が導き出したのだよ。なにやら、大元帥には引っかかるものがあったらしい」


 説明を続ける支部長。

 大元帥から報告を受けたウルク・ラーゼは、次のツクモロズ事件でスパイを洗い出そうと考えた。

 その方法とは、事件発生時にあえて泳がせ、不穏な動きを見せる者がいるかを確認すること。

 ツクモロズが活動している時に、いつまでもスパイが動かないままなはずはないと踏んでの作戦だった。


「でも、だったら尚更、どうして私にそのことを?」

「複数回に渡りツクモロズと正面から戦っている功績、および葉月華世との関わりの深さからスパイの疑惑は無しと判断した。それに〈ジエル〉で駆けつけて欲しいということもある」

「……わかりました」


 疑われる立場でないことは幸いだが、アーミィの仲間が疑われているのは気分のいい話ではない。

 咲良はモヤモヤとした気持ちを抱えながら、キャリーフレーム格納庫へ向けて支部長室を飛び出した。



 【5】


「あー……はーい、了解」


 食事の片付けをしていた華世は、通信機を兼ねた髪留めから指を離し、ため息をした。

 ウルク・ラーゼから事件のことを知らされた華世は、もうすぐキャリーフレームが飛来してくるであろう空を薄目で見上げる。


「華世ちゃん、どうしたの? 仕事?」

「ええ、そうみたい。もうすぐ咲良が迎えに来るって」

「……私も同行しましょうか?」


 やや目を輝かせながら、ホノカが片手を上げる。

 彼女にとっては貴重な稼ぎどきなので、同行したい気持ちもあるのだろう。


「ダメよ。ホノカ、あんたせっかく学校通ってるんだから、勉強の方に精を出しなさいよ」

「む……でも、私がいないと」

「いいから……あ、リン。あたしの代わりに後の日直仕事、よろしくね」

「まっ! なんでわたくしがあなたの尻拭いなど……!!」


 文句を叫ぼうとするリンの声をかき消すように、華世たちの頭上に現れる〈ジエル〉。

 ホバリングする機体から放たれる風に皆がスカートを抑える中、華世はひとり差し出された巨大な手の平へとよじ登った。


「お姉さま、いってらっしゃいませ!」

「晩飯までには帰れるようにするからね。咲良、中入れて」


 コンコンと拳でノックしたコックピットハッチが、半開きになる。

 その中に滑り込んだ華世は、パイロットシート横の予備座席を倒し、ドスンと腰を下ろした。


『搭乗を確認。ハッチをロックします』

「ありがとう、ELエル。ゴメンね〜華世ちゃん。お友達との談笑を邪魔しちゃって〜」

「しょうがないわよ、仕事だもの。強いて言うなら、日直仕事を押し付けちゃったウィルとリンにゴメンってところかしら」

「日直だったんだ〜。それじゃあ、行くよ!」


 咲良がペダルを踏み込むと同時に、一瞬のうちに眼下で小さくなる学校の屋上。

 そのまま正面にコロニーの中央シャフトが徐々に大きくなっていき、やがて通り過ぎていく。


 スペース・コロニーは様々なタイプが存在するが、華世たちの住むクーロンは、いわゆる円筒形のシリンダー・タイプといわれる部類である。

 長い筒の中心を軸として回転し、発生した遠心力を人工重力装置で調整し、地球上と変わらぬ重力感を作り出している。

 その構造上、上空に向けて飛び続けるとやがて反対側の面へと一気に移動が可能である。

 重力の関係で危険なため、普段は使用禁止な航路であるが、今回は現場に急行するために特別にこのルートが許可されている。


 シャフトのそばを通り過ぎてから数秒。

 グリン、と急旋回して機体が上下を反転させた。

 コックピット内には高性能な慣性制御システムが働いているため、僅かな揺れしか感じることはない。

 けれども、急に周囲の景色がグルグルと回るのは、なんとも言えない不快感を華世の顔に浮かび上がらせた。


『重力反転への対応完了』

「華世ちゃん、大丈夫〜?」

「あたしは平気。だけど咲良は単機で大丈夫なの?」

「現場は整備工場といっても、せいぜい作業用に扱われている旧式機くらいしかないから大丈夫だいじょうぶ〜。問題は、施設内の方かもね」

「なにかあるの?」

「華世ちゃんの学校から、そこそこの人数が社会科見学に訪れているみたいだって〜」


 その言葉を聞き、華世は今朝にウィルと話したことを思い出した。

 三年生のクラスが、社会科見学にでかけたということを。

 咲良から聞いた情報によれば、事件発生は今から一時間ほど前。

 ある程度は避難が完了していると思われるが、逃げ遅れていないとも限らない。

 すんなりと解決しそうにない可能性が浮かんだ直後、華世の頭の中に言いようの無い違和感が現れ始めた。


「何、この音……?」

「どうしたの、華世ちゃん? なにか聞こえる?」

『音声センサーに異音検知なし』

「耳鳴りのような音が……って、咲良には聞こえてない? ……もしかして?」


 駐車場に〈ジエル〉が着地した瞬間に、華世は開いたコックピットハッチから外へと飛び出した。

 そして施設入り口からやや離れたところにある人混みへと駆け込み、責任者らしい人へと詰め寄る。


「ちょっといいかしら?」

「はい? 君は……見学の生徒さんかな?」

「コロニー・アーミィ所属の葉月華世よ。中に逃げ遅れた人はいない?」

「アーミィ……? 先程点呼をしたんだが、職員は皆無事だ。しかし……」


「う、うちの生徒が3人、足りないんです!!」



 【6】


 人混みに飛び込んだ華世を目で追っていた咲良は、警告音とともに感じた地揺れにコックピットハッチを閉じた。

 急ぎレーダーを確認。

 コロニー・ポリスの識別信号を発する方へと視線を向けると、爆発の閃光とともに倒れる〈クロドーベルⅡ〉の姿が目に入る。


『敵対機体を確認。レーダーに表示します』

「あそこで、ツクモロズが暴れてる……!」


 ペダルを踏み込み、一気に加速。

 同時にレバーを倒し、機体の手にビーム・ライフルを握らせた、その瞬間だった。


「あっ……!?」


 持ち手を握った機械の手の甲へと、高速で飛来した対キャリーフレーム用の電磁警棒が直撃した。

 本来であれば暴走するキャリーフレームを鎮圧する武器、それを受けた手からライフルがこぼれ落ちる。

 咄嗟に警棒が飛んできた向きへとメインカメラを向けると、そこに立っていたのは……。


「ザ……〈ザンク〉!?」


 ぐったりした〈クロドーベルⅡ〉を投げ捨て、咲良の方へと赤く光るモノアイで睨むのは、180年以上の長きに渡って人類史に刻まれる名機。

 アフター・フューチャー以前に誕生したキャリーフレーム、ザンクだった。



 ※ ※ ※



 ひと気のない廊下を走り、逃げ遅れた生徒がいないか見渡す華世。

 施設の整備区画は地下にも広がっているようで、一階部分に誰もいないことを確認した彼女は、地下に通じる階段の手すりへと手をかける。


 ズン、と大きく振動する床。

 外の戦いにおける衝撃が、ここまで伝わってきているようだ。


「咲良……しくじるんじゃないわよ」


 共に現場に乗り込んだ相方の無事を危惧しながら、逃げ遅れた生徒を探す華世。

 この施設は地上階は1階のみで、地下1階にオフィス階と地下2階のキャリーフレームハンガーで階層はすべて。

 1階で最後に回った資材倉庫内で、大量に収められたジャンクパーツを尻目に廊下へ出て側の階段を睨む。


「やっぱり地下、か」


 踊り場へと飛び降りるようにして階段を滑り降りる華世。

 薄暗い廊下に華世の靴音だけが響く中、華世は壁から壁へ身を隠しながら警戒して前へと進む。

 

「これは……」


 ふと、床に転がる何かの残骸を手に取り拾い上げた。

 それは崩れたゴミ袋と、砕けた多角形。

 色や形状から推測されるのは破壊されたツクモロズのコア


「警備員が? あるいはポリス? でも、そういう手合いにしては破壊が激しい……。一体誰が?」


「おーい! 誰かそこにいるのか!?」


 張られた声に顔を上げると、座り込んで手を振る人影が視界に入る。

 急ぎ近づくと、靴下を脱いで露出した足を真っ青に腫らす男子生徒と、そばに座り込む涙目の女子生徒がそこにいた。


「……って、助けかと思ったらうちの生徒じゃねえか」

「でもそのリボンの色、二年生じゃない? どうして二年生が?」

「あんたたちねぇ。あたしは葉月華世、こう見えてもアーミィ所属の人間兵器よ。逃げ遅れたって聞いて助けに来たのよ」


 そう言いつつ、華世は周囲を見渡す。

 聞いていた人数は3人、ここにいるのはふたり……数が合わない。

 近くにいるわけでもなさそうなので、視線を男子生徒へと戻す。


「見たところ逃げる過程で足をひねって、そこの彼女は置いていくに行けない間柄ってところね? あと一人はどこ?」

「やだ、彼女なんて……」

「照れてる場合か! もうひとりはそもそも化け物が現る前に、気分悪いって外に行ったから、もう逃げてるんだと……」

「いや、こっちに来たようよ。ほら……」


 華世は、廊下の奥の闇から姿を表した女生徒を指差した。

 緋色を発するセミロングヘアの彼女は、表情に感情一つ浮かべないといった感じでゆっくりと一歩一歩、こちらに歩み寄ってくる。


「ち、違う……」

「え?」


 青い顔で頬に冷や汗を浮かべ、震える二人の生徒。

 華世は同時に、これまで鈍く感じていた脳の奥に響く耳鳴りが急激に強まっていくのを感じた。

 高まる心拍数、無表情の奥から感じるプレッシャー。

 近づいてくる女生徒……の姿をした何かから、華世は言いようの無い危機感を感じ取っていた。


「逃げ遅れた奴は男だ! あ、あいつは誰なんだよ!?」

「少なくとも味方じゃあ……ない!」


 華世は無意識のうちに、手に持ったツクモロズ核の欠片を相手へと投げつける。

 ゆらりとした最小限の動きで回避した緋色髪の少女が、一種で華世へと肉薄。

 鞘から抜いたナイフで素早い斬撃を放った。


「痛っ……!」


 その場で仰け反り回避しようとするも間に合わず、右頬から華世の鮮血が宙へ散る。

 崩した体勢を咄嗟の宙返りで整えつつ、華世は叫んだ。変身の呪文を。


「ドリーム・チェンジッ!」


 光を纏い、一瞬のうちに魔法少女姿へと変身する華世。

 再度接近して放たれた返しの斬撃を、義手の連結部で受け止め、そのまま力任せに刃を折る。

 唯一の武器を折られた少女は、表情ひとつ動かさないままナイフを投げ捨て真上に跳躍。

 天井を蹴りつけ、弾丸のような速度で華世へと飛びかかってきた。


「ぐぅっ……!」


 飛び蹴りを交差した両腕で受け止め、後ずさりしながら払い退けるように押し返す。

 しかし少女の身体はその力を利用してふわりと宙を舞い、空中で回転しつつ後方へ下がり、静かに着地した。


「舐めんじゃ……ないわよ!」


 距離を取られた形になった華世は、勢いよく義足をぶん回し足裏から勢いで赤熱したナイフを発射。

 肩を狙って射出されたナイフが少女を貫く……と思った瞬間。

 少女は緋色の髪を翻しながら身体を回転させ、その中で華世が放ったナイフの柄を握り、奪い取っていた。


(何よ、こいつ……まるで戦闘マシーンだわ)


 内心で未知の敵に焦りながら、華世は静かに歯ぎしりした。



 【7】


 ビーム・セイバーの輝く刃が、空中に幾度も弧を描く。

 けれどもそのどれもが敵を捉えることができず、咲良は気味の悪さを感じていた。


「この〈ザンク〉……全然当たらない!? まさかガワだけで中身は最新の……」

『動作開始からの動作スピードより、作業用アクチュエータと推察されます。ただ、こちらの攻撃動作より2.34秒ほど早く回避動作を行われています』

「2秒も早く……? それじゃあ、まるで先読み……!?」


 回避に徹していた〈ザンク〉からの、突然の警棒投擲。

 咄嗟にペダルを踏み右へと回避するも、直後に被弾アラートが鳴り響く。


『左翼スラスター部に対CF弾を被弾』

「被弾って……どこから銃が? あっ!」


 正面に見えた〈ザンク〉の格好。

 それは左腕こそ警棒を投げつけた後だったが、右手に恐らくポリス機体から奪い取ったであろうリボルバータイプの銃が握られていた。

 しかし、とても狙いをつけたとは思えない体勢。

 その状況下で敵は、回避している〈ジエル〉に対して偏差射撃を行ったことになる。


「このツクモロズ……強いっ!?」

『提言します。生体センサーに反応あり、敵機内に人間1』

「人間!? ツクモロズじゃないの……!?」



 ※ ※ ※



「魔法少女じゃない……?」

『そうだミュ! 華世が戦っているその女の子から、魔法の気配がまったくないミュ!』


 ナイフを構え、こちらの出方を伺い続ける緋色髪の少女。

 その存在に関して華世が一番恐れていた事実をリボンを介してミュウから伝えられ、頬の冷や汗を禁じえなかった。


 少なくとも最初のやり取りで、相手が変身した華世よりも身体能力が優れているのは確かだった。

 それが魔法か、あるいはツクモロズによってゲタがはかされた結果であればよい。

 しかし情報を整理するに、どうやらそのようなインチキ抜きに生身でその動きを実現させているようだ。


(それに、絶えずあの子から発される耳鳴り……)


 この耳鳴りが、何によるものかというのは勘付いている。

 能力によって生まれるテレパシーが干渉し合うことで起こる脳波障害……。

 それ即ち、あの少女が華世と同等かそれ以上のExG能力……エクスジェネレーション能力を持っていることに他ならないのだ。


 戦いにおいてExG能力が驚異となるのは、主に能力が必須の専用兵器ガンドローンが使用可能となるキャリーフレーム戦。

 しかし高レベルの能力者ともなれば、肉弾戦において相手の動きや場の状況から的確に動きを読む超洞察能力も恐るべき武器となる。

 言ってしまえば、相手の動きを先読みした上で、スローモーションで見てるかのように瞬間的に判断を下せるのだ。


(状況は……あたしたちの方が断然不利よね)


 華世の側には、少女とで挟んだ位置の廊下端で倒れ込む生徒が二人。

 彼らの身を案じるなら、跳弾や流れ弾が起こりうる実体弾の射撃戦は厳禁。

 撤退しようにも建物の外には避難した民間人が多数。

 人質にでも取られれば厄介さは更に加速する。


 パラパラ……と、天井から細かい破片のこぼれ落ちる音。

 外の戦闘の揺れで床が脆くなりつつあるのかもしれない。


(こうなりゃ……イチかバチかよね)


 華世は義手の手首から2つ伸びる銃口のひとつを左手で握り、そのまま引き抜く。

 そしてボタンを押し、ビームを発振させ輝く刃を出現させる。

 チリチリと空気中のチリが焼ける音を響かせるビーム・セイバー。

 これを床を這わせるように回転させる方向に投げつければ、少女がどう動くかは簡単に予想できる。


(頼むから、思ったとおりに動いてよね……!)


 頭の中のイメージ通りに、ビーム・セイバーを投擲。

 残光で弧を描きながら回転するその刀身は、光の円盤のような輝きを放ちながら少女へと接近。

 すかさず正面に向け、手首の残った銃口を構える。


「……!」


 緋色の髪の少女が取った行動は、斜め後方へのバックステップ。

 足元を掬う光輪と正面からの直線射撃には、一度距離を置くのがベター。

 そして、これこそが華世の狙いだった。


「そ・こ・だぁぁぁっ!」


 叫びとともに、華世の手首から放たれる一発の光弾。

 空中を走る熱粒子の塊が、回転するビーム刃の上へと接触。

 ビーム同士の反発反応により、散弾のように上方へと光弾が炸裂した。

 光熱を帯びた粒子を受け、線上に赤熱する天井。

 ただでさえ振動で脆くなったコンクリートの面が、熱で亀裂を入れられ限界を超える。


「あんたたち、こっち!」


 倒れていた生徒二人の腕を掴み、崩れ行く天井からむりやり離れる。

 この位置はちょうど、さっき華世が入った資材倉庫の真下。

 ジャンクパーツ混じりの瓦礫の山が廊下を塞ぐ中、華世たちは急ぎ階段を登った。



 ※ ※ ※ 



「……引き際。了解、マスター……」


 瓦礫の向こうでひとり、赤髪の少女がそう呟いたが、華世はその言葉を聞くことはなかった。



 【8】


「ううっ……!」

『左腕部に被弾。このままでは危険です』


 旧式も旧式である〈ザンク〉相手に大苦戦中の咲良。

 被弾がかさみ徐々に不利になっていくなか、未だに相手に一撃も通すことは叶わなかった。


「危険って言われても、このままじゃポリスの人たちが脱出できない……!」


 ウルク・ラーゼから言い渡された咲良の任務は、あくまでもコロニー・ポリスのキャリーフレームを援護すること。

 別に敵機体を制圧する必要はないのであるが、どのみちあの〈ザンク〉を止めないことには、やられたポリスの機体から搭乗員が脱出することはできない。


 ジリジリと間合いを維持しながら、互いに武器を握りにらみ合う2つの機体。

 咲良は攻め手に欠ける中、何か策はないかと思案を巡らせる。


 とその時、華世が入っていった建物から大きな音が発され、入り口から砂煙のようなものが飛び出した。


『敵機の注意が建造物へと向いています』

「……チャンス!」


 華世の安否が気になる中、ELが示した機会へとペダルを踏み込む咲良。

 即座に向き直り回避運動へと移る敵機だったが、先読みのない動きに鈍い機体は応えられない。

 咲良の〈ジエル〉が振るうビーム・セイバーが、遂に敵を捉えた瞬間だった。


 宙を飛ぶ〈ザンク〉の頭部が地面に叩きつけられ、その音が戦いを決するゴング代わりとなった。

 

「や……やったっ!」


 キャリーフレームは基本的に、頭部を失うと活動不能となる。

 それはセンサー類を満載している部分の喪失によって操縦がままならなくなるというのもあるが、操縦者を保護する側面のほうが強い。

 人命を保護するため、キャリーフレームにはコックピットを覆う特殊なフィールド発生装置を搭載することが義務付けられている。

 このフィールドが発生すると一切の操作が効かなくなるため、その発動条件のひとつとして頭部の破壊が設定されているのだ。


『敵機体の沈黙を確認。お見事でした』

「ありがと、EL! さーて……あとはパイロットの確保だけど……」

『……生体反応消失。搭乗者が消失しました』

「え?」


 ELの言葉に、慌てて力任せに〈ザンク〉のコックピットハッチを〈ジエル〉の手でこじ開ける咲良。

 開いた操縦席の中は言われたとおりに空っぽ。しかもツクモロズが動かしていた形跡もなかった。


「……なんで?」


 目の前で起こった摩訶不思議な事象に、咲良は目を点にすることしかできなかった。



 ※ ※ ※



 結局のところ今日の事件は犠牲者こそ出なかったものの、謎だらけという結論となった。

 華世と咲良が戦った、高いExG能力を持つ者たちの素性。

 彼女らが、ツクモロズの出現と合わせて現れた理由。

 そして、その目的。


 その全てが謎のまま、ウルク・ラーゼが探していたスパイも見つからずじまいで一日が終わった。


「……よく、謎の敵を撃退してくれた」


 支部長室にて、ウルク・ラーゼからねぎらいの言葉を受ける華世と咲良。

 思えば、彼がスパイを見つけようとして現場に送る人員を削ったのが今日の苦戦の理由の一つでもあった。

 けれども、そのことについて支部長を叱責する気はふたりともない。

 今回の件、たとえ何人人員を送ったとしても変わらない可能性が高かったからだ。


「高度な先読みをする、人間兵器ばりの動きが可能な少女。および消失したキャリーフレームパイロット……か」

「支部長。戦闘記録によれば、ポリスのキャリーフレーム隊は4機がかりで挑んだにも関わらず、一瞬でやられたそうです」

「彼らは今日の大会に出られないのが惜しいほどに腕の立つ者たちだったという。前哨戦としてツクモロズが暴走させた機体と戦ったとはいえ、呆気なさすぎるな」

「あたしの方も、突入したポリス隊があの娘にボッコボコだったらしいわよ」

「人間兵器級が相手では無理もないことだ。しかしこの戦い、まるで力量を見せつけるようだったな」


 報告書に目を通したウルク・ラーゼが意味深につぶやく。

 確かに、他にも強い機体が数ある中で最も古い〈ザンク〉に搭乗した謎のパイロット。

 銃器も持たずにナイフ一本で華世に勝負を挑んだ謎の少女。

 考えてみればどちらも、意図的にハンデを背負っていたようにも思える。

 しかもその上で、両者とも華世と咲良を圧倒したのだ。


「二人の謎の人物に関しては、我々の方で調べを進めておこう。ご苦労だった」

「あ、あの!」

「何だね? 葵曹長」

「……大会の決勝、どっちが勝ったんですか?」


 咲良の質問に苦笑するウルク・ラーゼ。

 あれだけのことがあったのに、そんなに結果を聞きたかったのか。

 華世は隣で呆れ果てていた。


「……内宮少尉がアーミィの維持を見せてくれたよ」



 【9】


 赤々とした絨毯が美しく輝く屋敷の一室。

 音もなく扉を開き、部屋へと入ってきた二人の少女を見て、オリヴァーは椅子から立ち上がった。


「ご苦労だったな、リウシー・スゥ。リウシー・リゥ」

「「お褒めの言葉、感謝します。マスター」」


 示し合わせたように同時に言葉を返す二人。

 その声も、顔も、体格も、二人は瓜二つ。

 違いといえば、スゥという名の少女は長髪でパイロットスーツを纏い、リゥは少女は短髪で学生服に身を包んでいることくらいだ。


「父さんから君たちを託されたときは半信半疑だったが、さすがといったところだな。二人の働きで、僕はツクモロズにパイプを作ることができた」


 今日、ツクモロズを介して行ったキャリーフレーム整備工場を舞台としたデモンストレーション。

 それはツクモロズ勢力に対してオリヴァーが持つ戦力がお眼鏡にかなうかのテストであった。

 結果は上々。

 ハンディキャップを抱えた状態で、彼女たちはアーミィの機体と人間兵器を手玉にとることに成功。

 これにより、ツクモロズ勢力からオリヴァーは信頼を得られたのだ。


「よく働いてくれた二人には、褒美をやろうと思うのだが……何か要求はあるかね」

「マスター、ええと……」

「……その、頭を撫でていただければ」


 無表情のまま頬を赤らめ、そう要求するふたり。

 この少女たちは、主に対して裏切り行為を行わないように精神制御がかけられているという。

 しかしその制御方法というのが、あるじへと好意を抱くものらしいのだ。

 片手ずつ同時にオリヴァーに撫でられながら、表情を綻ばせるリウシー姉妹。

 彼女たちを見ながら、オリヴァーはニヤリと口端を上げていた。


(せいぜい二人とも使い倒してやるさ。そう……葉月華世を手に入れる、その時までな……!)



 ──────────────────────────────────────


登場戦士・マシン紹介No.13


【リウシー・リゥ】

身長:1.52メートル

体重:不明


 華世が対峙した、緋色の髪を持つ謎めいた少女。

 生身で魔法少女と同等の身体能力を持ち、高レベルのExG能力を持つ。

 戦闘においてはその能力を使い相手の動きを先読みし、高速で飛来するナイフを掴み奪い取るなど人間離れした行為を行う。

 キャリーフレームに乗っていたリウシー・スゥも同じ身体能力を有しているという。



【ザンドール】

全高:8.3メートル

重量:10.6トン


 10年前にリリースされた、JIO社製の軍用キャリーフレーム。

 現在では旧式となる初期型であるが、訓練・模擬戦用としてアーミィが複数機所有している。

 金星コロニー・アーミィにおいて正式採用されているのは、最新に近い部品でカスタマイズされたザンドールエース

 


【ザンク】

全高:8.1メートル

重量:9.3トン


 JIO社製の宇宙用キャリーフレーム。

 歴史の長いキャリーフレームであり、スペースコロニーが建造される以前の米露の第二次宇宙開発競争時代から存在している傑作機。

 180年近く運用されているが、数年ごとにマイナーチェンジを繰り返しており初期型と現在の中身は別モノ。

 とはいえ戦闘用機体としての役割は10年前に登場した後継機ザンドールにバトンタッチ済みであり、現在は専ら汎用作業用キャリーフレームとして用いられている。




──────────────────────────────────────


 【次回予告】


 結衣の親戚である女性と知り合った華世。

 二人で女性の家を訪ねようとした矢先、彼女の家にいたのはコロニー・ポリスだった。

 不可解な事件の舞台となった女性の家で、華世の推理が冴え渡る。


 次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第14話「鉄腕探偵華世」


 ────真実に行き着いた時、華世の頭を銃口が捉える。

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