第34話「作られし者の楽園」
目を覚まし、ベッドから起き上がるアスカ。
両手をうんと挙げて伸びをし、溜まった目やにを擦り落とす。
「お目覚めですか、お嬢……アスカさま!」
すっかり見慣れたメイドロボが、何度目かわからない呼び間違いをしつつ部屋に入ってくる。
彼女はアスカが立ち上がると同時に掛け布団へと手を伸ばし、手際よくベッドメイキングを行う。
「朝メシ……アタシが作らなきゃだよな」
「はい。アスカ様以外に料理ができる者が居ませんから……」
「ミイナ、お前メイドロボだよな? なんで料理できねぇんだよ」
「苦手な遺伝を受けましたので」
「……はぁ」
この家に住み始めてから一週間ほど。
アスカは、すっかりこの家に馴染んでいた。
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鉄腕魔法少女マジ・カヨ
第34話「作られし者の楽園」
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【1】
「「「「「「いただきまーす」」」」」」
手を合わせ、一斉に箸を握る6人。
アスカとミイナ、それから内宮とホノカと
白米に味噌汁に目玉焼きという、絵に書いたような日本人の朝食。
皆が舌鼓を打つなか、内宮が申し訳無さそうに口を開いた。
「いやぁ、毎日毎日スマンなぁアスカ」
「
「
箸を止め、俯くフルーラ。
家の中で役割のない彼女の存在を失念していたアスカは、慌てて言葉を取り繕う。
「ほ、ほらさ。フルーラは買い物ん時とか荷物持ってくれるしな!」
「そう……だよね! 私は
「
「
「わーい! ミイナお姉ちゃんありがとう!」
漫才のようなやり取りをしながら、食事を進める。
すっかり当たり前になった光景だが、こんな生活が送れるようになるとは、アーミィ支部で寝泊まりしていた頃は想像もしていなかった。
戦艦級ツクモロズ〈ハーコブネイン〉を撃墜してから、コロニー・クーロンに対するツクモロズの襲撃はピタリと止まった。
アーミィはあの戦艦級が発生源だったと考え、一昨日には警戒宣言を解除。
泊りがけで働いていた内宮も激務から解放され、ひとときの平和を謳歌している。
平和ということは、魔法少女たちの出番も無くなったということ。
社会不安から犯罪者が事件を起こすことは多々あれど、それの相手はアーミィ及びポリスの仕事。
人間兵器たる魔法少女が出張らなければならない事態は、もう何日も起こっていない。
穀潰し、という言葉はそんな日々があったがゆえについ口から出てしまった言葉である。
「せや、アスカとフルーラ。体調悪いとか無いやろな?」
「アタシは平気だ。そうか、前に言ってたやつは今日だったか」
「えっとアスカ……今日、何があるんだったっけ?」
「忘れたんか……咲良を鍛えるための修行にあんさんらも連れて行く言うてたやないか」
修行、というのはキャリーフレームの戦闘訓練のことである。
その同行者としてアスカも選ばれているのは、曰く宇宙戦闘のテストが含まれているから。
アスカは一度も行ったことがないが、魔法少女は変身していれば宇宙空間を生身で活動することができるらしい。
それが可能なのは魔法の力だから、という説明で納得せざるをえないのだが、問題は宇宙が真空で無重力だということ。
存在して当たり前の空気と重力がない空間では、光の翼で飛ぶのにも感覚がだいぶ変わるらしい。
ぶっつけ本番で戦闘に駆り出される前に、一度くらいは慣らしができるように、というのが今回の同行の理由である。
フルーラが同行するのは、アスカ抜きで置いていくのが不安だからとか。
……もちろん、本人にはその理由を明かしてはおらず、護衛のパイロットとして扱われている。
「ねえアスカ、着替えとかタオルとか持っていった方がいいかな?」
「フルーラ、そこらへんは内宮さんが用意してくれてるってさ。携帯電話とか財布とかの貴重品は持ってけよ」
「ホノカ達は留守番、頼んだで」
「……わかりました」
平和が戻った、とはいえ油断できない情勢。
いつまたツクモロズの襲撃が再開するかわからないため、今回の修行は必要最低限の人数で向かうという。
そのため、今回はホノカや
「それで、その修行の地ってどこなんだ?」
「せやなぁ、特に地名があるわけやないけど……こう呼ばれとる」
一呼吸おいて、場所の呼び名を話す内宮。
「作られし者の楽園、や」
「つくられ……?」
その名称の意味は、アスカには全くわからなかった。
※ ※ ※
「今日は気合入ってますね、咲良」
早めに起床して荷物の確認をしていた咲良は、パジャマ姿の
「そう見えたかな〜?」
「いつもの咲良ならもっと余裕こいて、直前になって慌ててましたからね。あっ、ヘレシーは起きたらまず顔を洗えと何度も行ったでしょう」
「でもお腹空いたからー!」
インスタント味噌汁の保管場所に手を伸ばしていたヘレシーを、小走りで捕まえ洗面所に連行していく
咲良は微笑ましい少女ふたりの背中を見ながら、気合が入っているという指摘を改めて考える。
(そりゃ、気合が入るよ。私のために内宮さんが時間作ってくれるんだから)
幼馴染の楓真の裏切りに端を発する咲良の力量不足の露呈。
機体スペックの高さで圧倒できることはあれど、咲良は基本的に技量で押されることが多かった。
最新機種であり、現状アーミィが保有する最大戦力である愛機〈エルフィスサルファ〉。
その起動にヘレシーが、火器管制装置のサポートに
ふたりのサポートは完璧、ともなれば問題は咲良。
長い間鬱屈としていた劣等感と、今日で決別する……そのための修行だ。
2つ用意したドンブリのひとつに味噌汁を、もうひとつに白米をよそった咲良は気合い入れも兼ねて大量のふりかけをドンブリへと注いだ。
【2】
視界に映るのは、動かない一面の星々。
正確にはミリかミクロン単位で動いてはいるのだろうが、あれらは光年単位で遠く離れた恒星の輝き。
メートル単位でしか動いていない宇宙艦の航行速度から見れば、星の光は宇宙というキャンバスに打ち込まれた点描と変わりなかった。
(これが、宇宙空間ってやつか……)
呟こうと口をパク付かせて、あらためて真空中に自分が立っていることを認知するアスカ。
魔法少女の姿で甲板に立ち、ボンヤリとしながら無意識下で呼吸。
吸う空気がない空間でも息ができるのは、魔法の力の賜物。
それが無ければ有害な宇宙線と生の太陽光、そして真空と過酷な温度環境で生身の人間なんて十数秒であの世行きである。
背中から伸びる光の翼を動かし、フワリと甲板から身体を浮かせる。
蹴る空気がなくとも翼は何物かを掴み、アスカの身体を持ち上げる。
これだけ思い通りに動ければ、重力下と同じように戦闘機動もできそうだ。
ピピピッ、ピピピッ。
耳につけたインカムが骨伝導で直接伝える通知音に、アスカは通信のボタンを押す。
眼前に浮かび上がる半透明のウィンドウ。
その中で微笑むフルーラの顔に、アスカは再び口をパク付かせた。
『アスカ、何か言ってる? そのインカムは心で思ったことを音にできるんだって』
『そうだったか。まったく、死ぬ前はこんなハイテクに触れることなんて無かったから、どうも慣れんぜ。フルーラは今何してんだよ?』
『私は〈ニルヴァーナ〉の中で待機ちゅー。もうすぐ咲良って人のエルフィスがそっちに出るってさ』
『エルフィスか……』
見た事はなくても知っている機体名。
この世界の宇宙的危機で毎回活躍した英雄のようなキャリーフレーム。
決して近代宇宙史に明るくないアスカでも、その存在は認知している。
そんな機体とそれに乗る者が味方として居る。
生前から魔法少女としての戦いしかしていなかったアスカには、新鮮とも違和感とも感じられる事実だった。
※ ※ ※
『操作の心地はいかがですか、咲良?』
「あ……うん。問題なしよ、
「調整には私も協力したから、変わりなしはいいことだねっ」
パイロットシートの後ろで無邪気に喜ぶヘレシーの声を聞きながら、咲良はメインカメラが映した一部を拡大する。
輝く翼を広げて甲板に立つ、華世のような姿をした別の人間。
(本当……衣装が黒いだけの華世ちゃんに見えるんだけどな……)
まだ少ししか言葉を交わした事が無いが、アスカと言う名である彼女については少なからずドクターから聞いている。
沈黙の春事件で命を奪われながらも、蘇った魔法少女。
同じ魔法少女であった咲良の妹、紅葉も蘇られる可能性があるのではないか。
そんな雑念が頭をよぎってしまう。
(私は何がしたいんだろう。紅葉の仇討ち? それとも……)
そう考えていた矢先だった。
突如ビービーと
レーダーに映る敵性反応を示す光点。
コロニーからかなり離れたこの場所で、襲撃を受けている。
「内宮隊長! 敵が……!」
『こっちも確認しとる! うちらも後から出るさかい、アスカと二人で迎撃せぇ!』
コクリと頷き、フットペダルに力を込める咲良。
加速する〈エルフィスサルファ〉を追従するように後ろを追ってくるアスカを尻目に、レーダーが映し出した敵の居場所へと向かう。
「
『所属不明、機種〈ウィングネオ〉3機。生体反応がありませんゆえツクモロズの可能性があります』
たしか十年ほど前にロールアウトされた可変キャリーフレームだったか。
かつてウィルが搭乗していた〈エルフィスニルファ〉やフルーラの〈ニルヴァーナ〉同様に、戦闘機への変形が可能な機体だったはずだ。
バーニア光の尾で弧を描きながら向かってくる灰色の装甲を輝かせる敵機体。
オレンジ色のアクセントが目立つ相手へと、咲良は機体の腕部に固定された武器メシアスカノンを構えさせる。
遠近両用の特殊兵装メシアスカノンを
しかし瞬時に変形した〈ウィングネオ〉が跳ね退くように光弾を回避し、ビーム・セイバーを発振させながら迫ってくる。
『あぶねえっ!』
横から放たれた赤く輝く弾幕が、咲良に近寄ってきていた敵機を引き剥がす。
その弾の出どころへと視線を移すと、真紅の光を放つガトリング・メイスを構えるアスカの姿があった。
「あ、ありがと……」
『ボケッとしてると
『咲良、別の敵が接近中です』
「えっ、あっ……うん!」
しかし前世代の機体とは思えないほど機敏な動きで、咲良の放つ攻撃が回避されていく。
『咲良、斜め下前方から敵機接近……!』
「も、もう1機!?」
正面の相手に注意を向けすぎていた。
対応しにくい角度から、高速で接近する戦闘機のシルエット。
それが人型へ変形し、ビーム・セイバーを抜いた瞬間にそれは響き渡った。
『そこまでだっ! 各機停止!!』
聞いたことのないしゃがれ声が通信越しに聞こえたかと思うと、敵対行動を取っていた〈ウィングネオ〉が動きを止めた。
それだけでなく、統率の取れた動きで咲良の前に並び、3機同時に一礼する始末。
状況がまるで呑み込めずにうろたえていると、不意に目の前の星空が歪んだ。
そして徐々に浮かび上がる巨大な影。
それは、巨大な……乗ってきた戦艦と比べてもあまりにも巨大すぎる構造物だった。
『咲良はん、あれがうちらの目的地や』
「目的地って……隊長、もしかして今の戦いって仕組んでました!?」
『正直スマンと思っとる。せやけどな、あんさんの修行のため言うて、師匠の提案なんや』
「お師匠さん……?」
『せや、うちらがこれから向かう超巨大居住船────』
『“
【3】
作られし者の楽園、正式にはラウターズ・ヘヴン号。
それは宇宙船というにはあまりにも巨大だった。
案内に沿って咲良が機体を着陸させた格納庫の広大さは、船の異常な大きさを痛感させる。
ふさわしい言葉を探すならば、宇宙要塞のハンガーかスペースコロニーの宇宙港。
あまりの広さに圧倒されながら咲良はヘレシーと、それからアンドロイド体に意識を移した
「おう、お疲れさん!」
膨れ面をするアスカの隣で笑顔で手をふるのは今回の仕掛け人、内宮。
あの〈ウィングネオ〉との戦いは彼女が仕組んだ狂言。
あるいは試験だったのかもしれない。
どっちにしろ、弄ばれた側としては快い感情なんて微塵も沸かない。
「ひどいですよ、隊長」
「そうだぜ。アタシもマジな襲撃かと思ってガチ対応しちまった」
「悪い悪い、師匠がどーしても言うもんやから逆らえんくて」
「でも内宮さん、なんだかおかしくない? この船……」
アスカの後ろに立っていたフルーラが、怯えたような表情であちこちを指差す。
彼女が指し示しているのは、キャリーフレームを整備するために動いている人間サイズのロボットやドローンの群れ。
「おかしいてフルーラ、何がや?」
「人の気配……全然ないの。全くって言うわけじゃないけど……船の大きさにしては少ないというか」
言われてみれば確かに、表立って動いているのは機械ばかり。
あって当然である指示や操作をする人間の姿が、全く見られない。
咲良がフルーラの言った気味の悪さを言語化していると、内宮が顎に手を当てる。
「んー……そりゃあまあ、ここは……そういうところやし」
「そういう所って、隊長どういう────」
「はんっ! 来やがったなてめえら!」
遠くから響いてきた掠れ声の方へと、その場にいた全員が一斉に振り向く。
奥が見えない暗い通路から迫ってくるのは、人間とは言い難い丸い構造物。
「来たのは誰だ、銀川のボウズか? それとも笠本の小娘か? それとも……」
「うちや、うち。内宮や!」
「あーそうだったな、内宮。お前とんでもなく不細工になりやがったなぁ! コノヤロウ!」
暴言を吐きながら咲良たちの前で停止したのは、酷く古めかしい球体型ドローン。
球体の真上ではブーンという駆動音を鳴らして高速回転するプロペラが機体を浮かせ、レトロなブリキロボットみたいな先端がCの字をした細い腕が左右から伸びて腕組みしていた。
そして顔と呼ぶべき部分には、ドアップになった人間の片眼が映し出されたモニターがついている。
「ぶ、ブサイク……?」
「そうだ! 妙ちくりんなエルフィスこしらえてきたと思えば……なんだあの惨めな操縦は! まるで俺様が教える前に戻っちまったみてえじゃねぇか!」
「師匠、ちゃうちゃう。あれ操縦してたんうちやないですて」
「違うだと? じゃあ誰が……!」
咲良はそこまで聞いて、内宮の師匠の“ブサイク”という言葉が顔の出来のことを言っているのではないと感づいた。
そして同時に、暴言の矛先が自分に対してのものであると理解してしまった。
「ちっ……どーりで教えが1つも活きてねぇわけだ。こんな乳臭え小娘の操縦だったとはよ」
「予め言うたはずですやろ。うちの部下を鍛えさせてって」
「部下、の下りがノイズで聞こえなかったんでい。これだから金星宙域は……ちきしょうめ」
ぶつくさと文句を言う内宮の師匠……らしきロボット。
内宮以外は状況をつかめず、ふたりの言い合いを聞きながら立ち尽くすことしかできない。
数分くらいして、ようやく人の形をした助け舟が格納庫に駆け込んできた。
「ムロレ先生、人間のお客さんを立たせっぱなしでは可愛そうですよ」
「あん?」
「おお、ヒロコやないか! 久しぶりやな!」
内宮が嬉しそうに手を振った相手は、水色の髪をしたメイド服姿の女性。
見覚えのありすぎるその容姿を見た咲良は、思わず「ミイナさん……?」と呟いた。
「ミイナ……ああ! 妹がお世話になっております」
「いも……妹?」
アンドロイドの姉妹という概念に、呆気にとられるアスカ。
その様子を見ながら、咲良は無意識にクスッと笑みがこぼれた。
「立ち話もなんやし後にしよやないか。案内してくれるんやろ、ヒロコはん」
「はい。皆さん、こちらへどうぞ。良いですよね、ムロレ先生?」
「ふんっ、好きにしろい!」
不満げな声を発するムロレをよそに、にこりと微笑むヒロコ。
背を向けて歩き始めた彼女の後を追うように、咲良たちは足を踏み出した。
【4】
格納庫から続く通路を進んだ先。
乗り込んだエレベーターの窓から見える景色に、アスカは息を呑んだ。
眼科に広がるのは、町と呼べる風景。
空に投影される映像こそ無く、昼間だというのに夜のような暗さをしているが、そこには確かに人々が生きる集落があった。
(ここ……船っつうか、小さなコロニーみてぇなもんじゃねえのか?)
エレベーターを降り、ヒロコと呼ばれたメイド服姿の女性の先導で廊下を進む。
歩いている間、数回ムロレに会釈しながら通り過ぎる人とすれ違ったが、彼らの顔はどうも無機質に見えた。
通されたのは、簡素な応接間。
飾り気のない広いテーブル、その周りに並ぶ硬い椅子の上にアスカは促されるままに腰掛けた。
「今、食べれる物を出しますね」
一礼して給湯室のようなところへ立ち去るヒロコ。
待つ間に、アスカは内宮へと耳打ちした。
「内宮さん。ヒロコって奴がミイナの姉って言ってたよな……? ミイナはロボットだろ、その姉ってどういうことだ?」
「ヒロコって名は型番から取った名前でな、ホントはSDー165っていうんや。ミイナはSDー317、型番が若いっちゅうのは早う生まれたいうわけ。せやから姉ってことなんや」
「165だからヒロコってわけか。……ロボットにもいろいろあんだなぁ」
「ロボット、という言葉は聞き捨てならんぞ」
今のこそこそ話が聞こえていたのか、地球儀の台座のような場所に止まっている球体ドローン────内宮の師匠であるムロレが低い声を出した。
よく見ればモニターに表示されている目が眉をひそめており、不快感を顕にしている。
「ロボット、という言葉には労働という意味がある。働くための道具ということだ。私は、この船に住む連中をそうは思っておらん。アンドロイド、と呼びたまえ」
「わ、悪かったよ」
そのアンドロイドという言葉には「人間に似たもの」という意味があり、明らかにムロレの身体はそれに該当していない形状をしている。
だが、アスカはツッコみたい衝動を喉で抑えて無理やり飲み込んだ。
どうせ何を言っても威圧されて有耶無耶にされそうだから。
「……ん? この船に住む連中って……ここにはロボ、じゃねぇアンドロイドしかいねぇのか?」
「お前さん、口の聞き方を習わんかったのか。まあいい、全くというと嘘になるが、ここにいるのは殆が肉の身体を持ってはおらんよ」
肉の身体、というのは人間を指すのだろう。
どうやらこの船、そして町の住人は殆がロボット的な存在のようだ。
チープな機械のムロレ、ミイナの姉妹機のヒロコ。
先ほど廊下ですれ違った何人かも、この分だとアンドロイドだろう。
ようやくアスカは、ここがなぜ『作られし者の楽園』と呼ばれていたことを理解した。
人の手によって作られた存在が、人の手に頼らず生きる場所……なのだろう、きっと。
「────ところで、その……私の修行はどうすれば」
テーブルの上にケーキと飲み物のグラスが並べられた頃合いに、咲良が沈黙を破った。
今回ここに来訪した理由は彼女のキャリーフレーム操縦技能を上げるための修行。
機械だらけの空間に投げ込まれて本題を忘れかけていた。
「断る」
「えっ」
「断ると言った。いくら弟子の頼みとはいえ、こんなに伸びしろの無い奴に付き合う気はない!」
ギロリ、と睨むような目をモニターに浮かべながらムロレが言い放つ。
伸びしろが無い、と断言されて俯く咲良。
アスカは彼女とそこまで親しくはないが、一方的に暴言を吐くムロレに憤っていた。
「おいオッサン! そこまで言うことはねぇだろが!」
「何だと口の悪い小娘め! この私を誰だと思っている!」
「知らねぇよ! だがな、アタシたちゃ住んでる場所を危険に晒してまでここに来てんだよ! その覚悟をあんたは無視するってのか!!」
覚悟、という言葉にムロレのモニターに映った眉がピクリと跳ねた。
カラカラとプロペラを回す音を鳴らすムロレの丸い体が、咲良の眼前で停止する。
「覚悟か……お前には、覚悟があるのか?」
「覚悟、ですか……?」
恐る恐るといったように顔を上げる咲良。
言われた言葉の意味を測りかねている間に、ムロレは次の言葉を発し始めた。
「強さってのはな、持ってて嬉しい
全否定モードからシリアスに移行したムロレの言葉に、部屋はしんと静まり返った。
空調の音だけがブゥンと鳴り続ける、飾り気の少ない部屋。
数秒か十数秒か、沈黙の後に咲良が顔を強張らせる。
「私は……大切な人を取り戻すために強くなりたいんです。その人は敵として立ちはだかり、私よりも遥かに……強い。でも、彼は迷っていました。その迷いを晴らすためにも、私は強くならなければならないんです」
「大切な人、か。お前さんの、これか?」
そう言ってムロレは自分の細いマニピュレータをピンと伸ばした。
小指を立てているつもりかもしれない。
その下世話な言い方と仕草は、世間知らずなアスカにもわかる。
彼が言いたいのは、その相手が恋人かどうかなのだろう。
少し頬を赤らめながら、無言で頷く咲良。
すると、それまで沈黙を保っていた
「私からもお願いします。咲良のため……ご教授してください」
「お前さんは?」
「私は
「ヘレシーも一緒だよ! 私は火器管制担当なんだー!」
空気を読まずに声を弾ませるヘレシー。
二人の少女に挟まれる形で座る咲良をじっと見つめるムロレは、「しょーがねぇなぁ」とついに陥落を示す声を漏らした。
「あ、ありがとうございます!」
「俺の師事はメチャクチャきついぞ? 本来は1か月かかるところを3日で済ませるスペシャルハードコースでしごいてやる」
「わ……わかりました」
スペシャルハードコースというのの実態はわからないが、相当にキツイ修行になるのだろう。
アスカは他人事なれど無事に目的が達成されそうで、ほっと胸を撫で下ろす。
せっかく面白そうな場所に来たのに、門前払いで帰るのはつまらないからだ。
渋ってた割には咲良の修行を受け入れてくれたムロレは、気に入らない人物だが少しは見直した。
「だが、1つだけ条件がある」
「じょ、条件ですか?」
「お前にではない。君……
「え……私ですか?」
「修行の間、お前さんのそのボディ、貸してくれんか?」
「貸す……?」
ぐへぐへ、とイヤらしい声を漏らすムロレ。
その態度と願いを聞いて、アスカは見直しを更に見直した。
このムロレという男は、やっぱり気に入らない奴だ、と。
【5】
「ロボリコン?」
「機械のロリコンというか、ロリな機械のコンというか、そういうやつですハイ」
「わー、なんかヤラシー」
咲良の修行が承諾されてから2時間後。
アスカとフルーラは宿泊場所へと荷物とともに向かう内宮と別れ、ヒロコと共に食料の買い出しにでかけていた。
見あげても空の映らない天井と、建物間を無秩序に繋ぐ無粋な電線ばかりが見える街の中。
時刻的には昼前だというのに夜の寂れた歓楽街のような雰囲気を醸し出す町並みは、不気味な圧迫感を与えてくる。
そんな妖しげな古めかしいネオンがバチバチと音を鳴らして頭上で点滅する道を歩きながら、アスカはムロレという人物の人となりをヒロコから聞いていた。
「と言ってもムロレ先生は嫌がらせをするのではなく、そのボディを動かすことに喜びを見出すタイプなので無害ですけどね」
「身体の持ち主にとっては無害とは言えねぇんじゃねえか、それ?」
「まあ
「だといいがよ。それにしても……本当にメカばっかりだな」
応接間に向かう廊下を歩いていたときもそうだったが、この船の中には本当に人間らしい人間が皆無だった。
ムロレみたいにプロペラで飛ぶドローンみたいな者や、骨組みみたいな身体にコートを羽織ってるような者。
ヒロコみたいに人間みたいな外見の者も時々見るが、腕とか首とかに機械っぽい部分が見え隠れしている。
この街の中では自分のような人間が異質なんだなと、ひしひしと感じずにはいられなかった。
「あ、ここです。ここ」
そう言って立ち止まったのは、カウンターに座るアンドロイドが受付のように待っている屋台。
店員らしいアンドロイドは口周りこそ人間っぽいつくりだが、それ以外が機械剥き出しである。
しかも、アスカたちは食料品を買いに来たはずなのだが、その店先にはそれらしいものは1つも並んでいない。
客が来たと認識したのか、店員の顔に浮かぶむき出しのカメラアイが、ギョロリとアスカたちへと向けられる。
「おふたりとも、少々待ってくださいね」
そう言ってカウンターに近づいたヒロコは、擬音語にすると「グギャミ」と表せそうな急に謎の声を発しだした。
人の音声が濁ったような、あるいはグチャグチャに編集したような声とも音とも言えぬ異音。
すると、カウンターのアンドロイドも似たような音を発し、互いが何度も音を交わし合う。
十秒にも満たない謎の音の応酬が終わると、屋台の奥のコンテナから、ひとりでに動くカートに乗せられた野菜が運ばれてきた。
「え……これ、買ったのか?」
「はい。この袋に入れて持ち帰りましょう……あら?」
ヒロコがカートに乗っていたメロンを指差し、また店員アンドロイドと異音を飛ばし合う。
音の出し合いが一往復すると、ヒロコはにこやかに微笑んで頭を下げた。
「なあヒロコさんよ。さっきの音は何だったんだ?」
「音ですか?」
「ほら、さっき店でギュイギュイ鳴らしあってただろ。あれだよ」
「ああ、あれは圧縮言語ですよ」
「圧縮言語?」
聞き慣れない言葉に首を傾げるアスカ。
フルーラも要領を得ないようで、「それってなんですか?」とアスカが言いたかったことを代弁してくれた。
「基本的に私達のようなアンドロイドは、あなた達と同じ言語で会話をするんです。けれど、アンドロイド同士の場合はアンドロイド用の言葉で放す方が楽なんです。どんな要件も1秒以内に伝えられますから」
「ふーん。で、さっきメロンについて最後聞いてたのは?」
「あのオバちゃん、フルーラちゃんがカワイイからオマケだって。タダでくれたんです」
「私が? カワイイだってアスカ! やった!」
急に話題に挙げられた上に容姿を褒められ、照れながらも無邪気に喜ぶフルーラ。
アスカとしてはアンドロイドの審美眼で褒められて良いものかという疑問と、自分に対しては何もなかった悔しさが渦巻いてほんの少しだけ歯を噛み締める。
華世という人物そっくりの姿になり、生前よりもかなり顔は美人になっていると自負していたのだが。
それと同時に、あの機械丸出しの顔面をしたアンドロイドが「オバちゃん」に属する存在らしいということにも、そこはかとない謎と恐怖を感じていた。
【6】
発射音とともに光弾が放たれ、漆黒の空間に光の線を描く。
けれどもその弾丸は決して正面を飛び回る対象を捉えること無く、ただただ虚無へと消えていくのみ。
接近してくる敵の影。
レーダーがしきりに警告音を鳴らす中、咲良はメシアスカノンを近接格闘モードへ変更。
光の刃を伸ばし迎撃しようとしたところで、背後が爆発をした。
大きな孤を描き飛来してきたミサイルの直撃。
そのダメージ箇所をチェックようとしたときには、正面から敵機が放ったビームが画面いっぱいに広がっていた。
………
……
…
モニターから光が消え、敗北を示す「YouLose」の文字が浮かび上がる。
そしてシミュレーター訓練プログラムが終了し、コックピットハッチがゆっくりと開いた。
「ハァ……ハァ……ど、どうですか……?」
肩で息をしながら、〈エルフィスサルファ〉のコックピットから降りる咲良。
修行の手始めに、とムロレから課せられたのはシミュレーターによる連戦。
しかも対戦相手は過去に実在した名だたる凄腕パイロットの操縦データ。
息つく間もなく、時には瞬殺されながら30連敗を喫した咲良は、心身ともに疲弊していた。
時刻はすでに夕暮れ時……といっても夕日が刺すことはこの船の中ではないのだが。
ムロレは疲れ果てた咲良の様子を見ても、心配の声ひとつかけず「ダメだな」と咲良の腕をけなした。
……
「ダメって……」
「おじさん、ひどくないかなー! 咲良だって、そりゃあ1秒でやられたりもしてたけど頑張ったんだよ!」
「ヘレシー、それあんまりフォローになってないからね」
自分の代わりにぷりぷり怒るヘレシーを抑える咲良。
そんな彼女に、ムロレはタブレット端末に映ったグラフを見せた。
「お前さん、よほどスタンダードなコンバットパターンが好きと見えるな」
「スタンダードなコンバットパターン……?」
「こいつはな、お前さんがさっきのシミュレーターで使った武装の比率だ。両腕の固定兵装メシアスカノンの使用率が射撃・格闘ともにブッちぎりだ」
ムロレは、噛み砕いて咲良の欠点を指摘する。
曰く、相手が強いと感じた時に咲良は無意識にビーム・ライフルとビーム・セイバーを使った基本戦術を取ってしまっているらしい。
〈エルフィスサルファ〉の基本兵装にあたる遠近両用のビーム兵器、メシアスカノンの使用率が抜きん出て高いのが、その事実を裏付けている。
そこまで言われて、咲良は確かに危機的状態で思考が追いつかなくなり、手癖で戦っていることがあると自覚した。
過ちに気づいた咲良が顔に手を当てていると、隣のヘレシーがまた抗議の声を上げる。
「基本ができているならいいんじゃないの? 何事も基本が大事ってみんなよく言ってるよ」
「その言葉については真だが、それはあくまでも素人が素人でなくなるために必要なことだ。お前の横のは素人じゃあねえだろ?」
「む……」
「素人が体に刻み込むような基本戦術ってのは、言ってしまえば1とか2を5に仕立て上げる技術だ。5までなれば、戦闘要員として数に数えられるレベルにはなる。だが、5を超えるには殻を破らなきゃならねえ」
「殻を……ですか?」
「お前さんが越えようっていうやつは、お前さんよりよっぽど腕が立つんだろ?」
きっと、ムロレは自分に足りないものを気づかせようとしているんだ。
そうわかっても、具体的にどうすればよいのかの見当がつかない。
ぐるぐる考え込んでいると、ムロレが立ち上がり背を向けた。
「続きは明日だ。せいぜい相棒と話し込むこったな。時間に遅れるんじゃねぇぞ」
そう言って、
居なくなってから身体を返してもらってないことに気がついた。
急いでコックピットに戻り、
『このまま置いていったら拗ねるところでしたよ、咲良』
「ごめ〜〜ん。
『相棒と話し込め、としか言われてませんでしたね。宿に戻って3人で反省会でもしましょうか』
「はんせいかーい、はんせいかーい!」
「ヘレシー、反省会の意味わかってるのかな……?」
無邪気にはしゃぐヘレシーの横でため息をつく咲良。
疲れた身体をいたわりながら携帯電話を操作し、内宮からのメッセージを確認する。
添付されていたのは宿泊する建物の位置を示す地図。
目的地までここから結構距離があることを察し、咲良もう一度ため息をついた。
【7】
「むー……」
ややオンボロな灰色の壁を背に、夕食のミネストローネにスプーンをつきたてる咲良。
その様子を見てか、アスカが
「なんだよ、アタシが作った料理に文句あんのか?」
「あ、別にそういうのじゃないの。おいしい、おいしいよ!」
華世を思わせる料理の腕で今日の夕食を振る舞ったアスカ。
と言っても彼女が用意したのはミネストローネだけで、他のステーキやサラダはヒロコが用意したらしい。
機械だらけの町に食料があるのは驚いたが、少なからず生活する人間たちのためと、ヒロコみたいに食事ができるアンドロイドのためにこの船の中で生産されているらしい。
『咲良、もしかして食べられない私に遠慮しているのではありませんか?』
「あ、それもあるけどね〜……」
結局、ムロレにボディを返してもらえなかった
携帯電話の対話データとして存在する今の状態では、流石に食事はできない。
「あとで私のボディ使いますか?」
『ヒロコさん……お構いなく。私は気にしていないので』
「身体を借りて食事してもいいんだ……アンドロイドって不思議ね」
そう言ってアスカ作のミネストローネを流し込むように食べるフルーラ。
アンドロイド達の不思議な価値観には興味があるが、いま咲良を悩ませているのはそういう問題ではない。
「内宮隊長。ムロレ先生に相棒と話し合え……って言われたんです。ここに来るまでの間に
「ほーん。うちも前に咲良と同じこと言われとったなぁ。あん時は言葉の意味を理解するのに時間かかったわ」
「え、内宮さんが修行していた時にもAIがあったんですか?」
「いや、そういうわけやないねん。……ってこれ答え教えたらアカンやつやな。師匠はきっと、咲良自身で気づいてほしいんと思うで」
「私自身で……」
再び思考の沼に落ちる咲良。
こう言うからにはきっと、「相棒と話し合え」という言葉には反省会とは違う意味があるはず。
けれども、考えても考えても答えは出なかった。
「そういやヒロコさんよ、あんたはあのオッサンの世話をするためにここに来たのか?」
「えっ、どうしてですか?」
「いや……ミイナが前、SDシリーズは特別なアンドロイドって言ってたのを思い出してな。受け入れるのに凄い審査がいるとかなんとか」
「私がここへ来た理由は……最初に仕えていたご主人様が亡くなったからです」
「亡くなった……」
途端に、食堂が静まり返る。
その静寂に気付いたヒロコが、慌てて「違いますよ!」と訂正した。
「大往生なさったんです! 2年前くらいに!」
「良かった……てっきり事故か事件で命を落としたかと」
「ご主人様はとてもいい人でしたが、彼の親類は私を受け入れる経済力が無くて、引き取り手がいなかったんです。本来であればこの場合、次のご主人様が決まるまで里帰りするのですが」
ヒロコが食器を置き、懐かしい思い出を振り返るような穏やかな表情を浮かべる。
咲良はすっかり、彼女の思い出話に聞き入っていた。
「それで、あのオッサンが出てきたのか?」
「ムロレ先生はご主人様の古い知り合いで、わざわざ遠くから献花をしに来てくれたんです」
「ああ見えて師匠は義理堅いからなぁ……」
「まさかあのオッサン、アタシたちが最初に見たあのオンボロボディで来たのか?」
「いや、さすがにフォーマルな格好をしたボディでしたよ! それで、その時に私を見て言ってくれたんです。“お前の魂は何を求めている?”って」
「……なんじゃそりゃ」
聞いただけでは意味がわからないキザなセリフ。
しかし、ヒロコの口調からするとただの言葉ではなかったようだ。
「ムロレ先生はいつも、私達のような人間ではない者の魂と会話していると仰っています」
「魂……まるでツクモロズみたいだな」
「ああ、ツクモロズに関しても先生は言っておりました。彼らはモノが持つ魂の行き場の無い想いを吐き出すために、人の形をとっているんじゃないか……って」
魂。
ムロレが言うその言葉は、きっと咲良が抱く謎を解く鍵になるだろう。
そう考えていると、ヘレシーがピンと真っ直ぐに手を上げた。
「その気持ち、わかるよー。喋る口も言葉を作る回路もないと、言いたいことも言えないから辛いんだよ」
「ヘレシー、それってあなたがツクモロズになる前の話?」
「うん。私だけじゃないよ。誰だってみんな、扉も、家具も、本も、機械もみんな、魂の中にある心で色々考えてるんだー」
ヘレシーの抽象的な言葉に、咲良は頭が混乱する。
いま知りたいのはツクモロズのことではなく、ムロレの考えていることだ。
そんな咲良の様子から察してくれたのか、ヒロコが「話をもとに戻すけど」と脱線した話題を直してくれた。
「それで私、ご主人様の知人てあるムロレ先生のもとで働くことにしたんです。私の魂がそう告げたから、ってね」
「なるほどなー。あのオッサンもいいとこあるんだな」
「この家だって、ムロレ先生が私のために空き家を回してくださったんですよ。不自由な暮らしをしないようにって」
不自由な、という割にこの建物は一人で住むのには広すぎる。
実際、一部屋に2人泊める事で咲良たちが全員寝泊まりできる部屋の数がある。
恐らくは、メイドロボとしての仕事が無くならないようにするための配慮も「不自由ない」に含まれているのだろう。
いったいここまで考えが周り、内宮たちの高い操縦技能の源となっているムロレという人物は何者なのだろうか。
咲良は食後に調べようと急いで夕食を口に運んだ。
【8】
「もう、信じられない!」
「そのセリフ、あと何回言うつもりだよ」
食事を終え、携帯電話でムロレについて調べようとして咲良は気がついた。
この船の中にネットワーク回線が通ってないことに。
きっとムロレのことだ、何か考えがあってそうしているのだろうが、今は迷惑甚だしい。
「だからってよ、何でアタシたちゃ格納庫に向かってんだ?」
隣を歩くアスカが、肩をゴキゴキと鳴らしながらボヤく。
本当なら、お腹いっぱいで眠ってしまったヘレシーと酷使された
しかし、付いてくると言って聞かなかったのはアスカである。
「アスカさん、キャリーフレームのOSにもインターネットへの接続機能があるのよ。シミュレーターやってたときに繋がっていたからわかるの。それにしても、文句言うくらいなら来なくてもいいのに……」
「そういうわけにはいかんだろ。これでお前になにかあったらアタシは内宮たちにどんな顔をすればいい。この船の住人全員が善人……善マシンとも限らないんだぜ?」
そんな会話をしつつネオンがギラつく町を通り抜け、ムロレの施設へ。
なぜか「夜中に入りたきゃ来りゃええさ」と言い来客用のIDカードまで渡してもらっていたので、格納庫まで特に問題なく来ることができた。
「あれ、明かりがついてる……」
格納庫の扉を開いて、中が明るいことに気がつく。
ムロレがいるのかと思い覗き込んだ咲良は、思わず息を呑んだ。
「どうした?」
「静かに……誰かいる」
その人影は明らかに
両腕に包帯を巻いた、目元を隠すようなヘルメットをかぶった何者か。
彼は、〈エルフィスサルファ〉の開け放たれたコックピットハッチの奥で、操縦席に座っていた。
「少なくとも人間みたいね……」
「包帯をしてるからか? コードがちぎれかかってるアンドロイドかもしれんぜ。地球にいた頃、充電器のコードをよくテープでグルグル巻きにしてたっけ」
「アンドロイドがそれするかな? とにかく……」
拳銃を取り出し、一気に駆け出す。
そして怪しい人物を狙える位置で立ち止まり、銃口を向けた。
「動かないで! 私の機体に何してるの!」
「わっわわっ!?」
謎の人物は素っ頓狂な声を上げ、両手をまっすぐ上に伸ばした。
少なくとも敵対の意思はないらしい。
両手を上げたまま降りてきたその人物は、膝をついて降伏の意思を顕にする。
「俺は怪しい者じゃありません! ムロレ先生に言われて整備してただけです!」
「整備……こんな夜に?」
「いや、整備ってのは変でしたね。機体が寂しがっているから世話してやれって、ムロレ先生に言われたんですよ」
「寂しがっているって、本当に先生が?」
妙な言い回しだな、と思いつつも咲良はなぜかその言葉に嘘がないと感じた。
初対面の、しかも顔も隠した男に対して。
声が若かったからか、それとも無意識に働きかける何かがあるのか。
その声に聞き覚えがあるような無いような。
いずれにせよ、気がつくと咲良は無意識的にそっと拳銃を下ろしていた。
「咲良さんよぉ、ボディガード放って突っ込まれたら守れるもんも守れんぞ」
呆れるような顔で追いついてきたアスカ。
彼女の顔を見て、男が口をあんぐりと開けた。
「君は……!?」
「あん?」
目元は見えずとも驚くような表情を浮かべる謎の男。
しかし彼はすぐに「そんなはずはないか……」と小声で呟き、咲良たちに背を向けた。
「持ち主が来たのなら、俺の出る幕は無いですね。良い夜を」
そう言いながら立ち去る男。
彼の姿が完全に見えなくなってから、咲良はアスカとともに急いで〈エルフィスサルファ〉のコックピットに乗り込んだ。
「どうした、細工でもされてたか?」
「ううん。起動だけして放置してたみたい……。でも、どうして?」
あの男の行動をよく考えてみる。
コックピットに乗り込んで、起動だけして座っていた。
曰く、寂しがっているから世話をしておけと指示されたと。
まるで、生き物を相手にするかのような言い回し。
モノ言わぬキャリーフレームに対して妙な……。
(いや、変じゃない)
咲良の脳裏に夕食の席での会話が想起される。
────人間ではないモノにも魂がある。
────喋る口も言葉を作る回路もないと、言いたいことも言えないから辛い。
────扉も、家具も、本も、機械もみんな、魂の中にある心で色々考えてる。
(どうして気づかなかったんだろう)
淡く光るコンソールを、そっと優しく撫でる咲良。
命を預けているのに、力を貸してくれているのに、仲間の一人に違いはずなのに。
(私は、〈エルフィスサルファ〉を
彼女は前の機体、〈ジエル〉のAI。
つまり今ここにある機体とは別人なのだ。
言うなれば仲介者、あるいは通訳者か。
だというのに、咲良は〈エルフィスサルファ〉とわかり合っていた気になっていた。
「ごめんね……寂しかったんだよね」
「え?」
「この子、〈エルフィスサルファ〉のこと。私、この機体のこと何も知らなかった……わかっていた気になってたんだ」
目を丸くするアスカの横で、コンソールを操作してマニュアルを表示する。
スペック情報、搭載火器、その他いろいろな情報がところ狭しとデータの中で踊っている。
「知らなきゃ……この子のこと」
極限状態に陥るときに手癖で戦ってしまう。
恐らくこれはどうしようもないことなのだろう。
逆に言えば、手癖の方を動かしてしまえば良い。
まずはこの機体に搭載されている武装について全てを、頭に叩き込む。
無意識下で参照されるのは、身体に刻み込まれた知識だろう。
身体に覚えさせるために、まずは脳に刻み込む。
明日の修行できっと、またシミュレーターで連戦をさせるはずだ。
その中で脳に叩き込んだ知識を、身体に刻み込む。
恐らく、ムロレが狙っていたのはこれに違いない。
「……ごめんね、アスカちゃん。時間、かかるかも」
「別に……寝る時間さえ確保してもらえれば文句はねえよ。好きにしな」
「ありがとう。できるだけ急ぐからね……!」
何度も、何度もマニュアルを読み直す。
一字一句暗記するほどに、隅から隅まで目を通す。
目を閉じて、頭の中で暗唱。
目を開け、正誤を確認。
時間を忘れるほどに、咲良はマニュアルを読みふけった。
「……そろそろ、戻ろうぜ」
アスカに声をかけられ、閉じていた目を開く咲良。
気がつけば、時刻はすでに日付を跨いでいた。
「あ、そうだね。そうだ、最後に……そもそもここに来た目的を果たさなくちゃ」
咲良はマニュアルを閉じ、機体がネットワークに接続されていることを確認する。
そしてネットブラウザを開くための操作を行う。
心なしか、前よりもスムーズに画面が切り替わっているように感じた。
(きっと、私に気づいてもらえたから喜んでるんだ)
素直になった〈エルフィスサルファ〉の中で、咲良は「ムロレ」という名前を検索した。
【9】
眼前を機敏に動く敵機が、向けられるライフルが光を収束させる。
メシアスカノンの照準をあわせる時間が無いことを察した咲良は、〈エルフィスサルファ〉の腰部レールガンを発射。
放たれた弾丸が敵のライフルをかすめ、武器がその手から弾かれる。
その隙をついてメシアスカノンを格闘モードにして加速。
武器が弾かれた衝撃で体制を崩された敵は一閃を回避することはかなわず両断された。
直後に表示された「YouWin」の文字を見て、ふぅ……と大きく安堵の息を吐く咲良。
『おめでとうございます、咲良。これで7連勝です』
「その前に13連敗がなかったら良かったのにねー」
「あはは、ヘレシーは手厳しいね~」
休憩がてら機体の電源を落とし、コックピットから降りる。
すると、シミュレーターへとデータを転送する機械を操作していたムロレ──まだ
「昨日の今日でたいした違いじゃないか」
「言われた通り、“相棒”と話し込みましたからね」
ムロレが言った相棒というのは、
きっと内宮も修行の際に自分の“相棒”と語り合ったのだろう。
コミュニケーションの基本は、相手を知ることだから。
「先生も百年前に、自分の機体と語り合ったんですか?」
「……ほう、俺のことまで調べたか」
深夜に咲良が調べたムロレの情報。
彼はA.F.55年……約120年前に起こった第二次宇宙大戦時のキャリーフレームパイロットだった。
戦場で八面六臂の大戦果を挙げた彼は、戦後に建造途中で廃棄された移民船を買い取って消息を絶ったと調べた情報サイトには載っていた。
おそらくその移民船が、いま咲良たちが立っているこの船なのだろう。
「どうして百年以上前の人間が生きているんだ、とか聞かねえのか?」
「まあ、生物の脳を電脳化してアンドロイドに移植した前例を見ましたからね」
それは人間ではなく、妖精族であったのだが。
ミュウというロボ化を果たした存在を見ているからすんなり納得できた。
その技術がいつ生まれ、ムロレがどの時期に機械化したのかは不明だが、そうやって生きながらえているのだろう。
「……お前さん。機械の身体は長生きできて良いな、なんて思ってないか?」
「そりゃあ……まあ。少なくともあなたは人間の寿命は超越してますし」
「機械の身体は不老不死とは程遠い。メンテナンス無しに生きられるのは、長くて3年が限界だ」
ムロレは語る。
旧世紀、犬や猫などペットを寿命で喪う悲しさから逃れるために、ペットロボットが作られたという。
今の技術から比べればあまりにも原始的、だが振りまく愛嬌は本物に近かった。
しかし、ペットロボットは寿命の問題をクリアできなかった。
メーカーによる部品の製造終了。
経年劣化によるパーツの摩耗。
皮肉にも、生身のペットと変わらない寿命しか機械のペットは持てなかったという。
「機械の身体って……無限の命だと思ってました」
「生き物には新陳代謝っていう、言うなれば自動メンテナンス機能が備わっている。細胞単位で古い部品を排出し、新しいものに入れ替えるようなもんだ。その機能が終わるときが寿命なんだが……機械の身体には新陳代謝が無え」
アンドロイドという存在が、人々の新しい友になったのはここ十年ほど。
太陽系内を旅し、自分が生き続けるための資材を集める生活をしていたムロレのもとには、いつしか行き場を失ったアンドロイド達が集まっていたという。
「ここには俺が不自由しないためのアレコレ用意してっからな。それがここに来た連中にとっても居心地が良かったんだと」
「それで町が出来上がったんですね……。でも、それじゃあアンドロイドが普及する前は……お一人でこの船を?」
「その答えが知りたきゃ、最終試練だ。これ以上お前さんが居ても、何も得られやしねぇだろ」
修行らしいことは何一つできていない気がするが、彼が言うのならきっと咲良にこれ以上の伸び代は本当にないのだろう。
彼が片手をひょいと上げると、待っていたかのように一人の人物が姿を表した。
「あなたは……」
「最終試練の到達、おめでとうございます」
丁寧に礼をしたのは、昨晩この格納庫で出会った腕に包帯を巻いた男。
彼は相変わらず目元を隠したヘルメットを被ったまま、聞き覚えのあるような無いような声で咲良に説明をする。
「先生から、最後の相手を任されました。よろしくお願いします」
「最終試練の課題が……あなたなんですね」
ムロレがそう言うということは、かなりの手練れなのだろう。
しかし、負けるわけにはいかない。
強くなったことを、実証するために。
「ルールは簡単だ。今から船外の宇宙空間で、ふたりには自分の機体で戦ってもらう。もちろん、実戦用の武器でな」
「実戦用の……!?」
「お前さんが昨日今日やったのはシミュレーターに過ぎねえ。やっぱ、現実でガチバトルしねぇとな。出撃準備は全部こっちでやっから、お前さんは内宮たちに連絡をしてくれ」
そう言ってムロレが指を鳴らすと、〈エルフィスサルファ〉の周りに多数の整備ロボットが集まってきた。
これから彼らによって戦闘の前準備が行われるのだろう。
咲良は、コックピットから慌てて降りてきたへレシーの手を握り、格納庫から立ち去った。
【10】
「最後の相手……師匠やないんか?」
最終試練を言い渡されてから数時間後。
機体の前で咲良が話した内容に、内宮は驚いていた。
「うちの場合は、師匠自ら操る機体との戦いやった。しかも勝つんは無理やから一本取れるかの試合形式やったんやけど」
「ということは……相手になる人はムロレ先生と同じくらいの腕前……?」
「そう考えたほうがええな。長期戦は不利そうや。素早く決めへんと危ないで」
内宮のアドバイスを背中に受けつつ、咲良はコックピットに飛び込み、パイロットシートに腰掛ける。
そしてハッチを閉めようとしたところで、立ち去ろうとした内宮が振り返って叫んだ。
「師匠はあんさんを伸び代ない言うてたけど、あれ良い方かも知れへんで!」
「良い方?」
「これ以上ないほど完成しとったってことや! 自信持ちや!」
手を振って今度こそ立ち去った内宮を見送ってから、咲良はコックピットハッチを閉じる。
機体の電源を入れるとともに、後ろのへレシーが両肩に手を載せた。
「お姉ちゃん、頑張れ!」
『私もお供いたします。咲良』
「うん。私と
機体を立ち上がらせ、その巨大な脚をカタパルトへと乗せる。
ガチャン、とリフトが足を固定すると音が聞こえてから、ムロレが通信を入れてきた。
「この船にはバケモン級のビームバリアを積んである。流れ弾は気にすんなよ」
「はい。わかりました!」
「では、カウントダウンだ。3、2、1……!」
「葵咲良、出撃しますっ!!」
猛スピードで前進するカタパルトのリフトによって、宇宙空間へと投げ出される〈エルフィスサルファ〉。
直後にレーダーが警報を鳴らし、相手の位置を光点で示しだす。
『敵機確認、機種〈ウイングネオ〉……そのカスタム機です!』
「速い……!」
「お姉ちゃん、ミサイルいっぱい来てる!」
ビービーという警告音と共に前方に広がる無数の小型追尾ミサイル。
咲良は冷静に武器を切り替え、操縦レバーのトリガーを引く。
てんしの羽を思わせる〈エルフィスサルファ〉の翼ユニット。
その各部から放射される無数の小型ビーム弾が弾幕を形成。
接近していたミサイル群を次々と爆炎に変えていく。
『敵、加速して接近!』
「格闘戦……!?」
爆発で起こった白煙を突っ切るように、戦闘機形態の〈ウイングネオ〉が機首を突き刺さん勢いで接近してくる。
咄嗟にメシアスカノンへと武装を切り替え、格闘モードでビーム刃を発振。
迎え撃とうと振りかぶったとき、戦闘機から脚が伸びた。
「くっ……!?」
反射的に防御姿勢を取りシールドを展開すると同時に、跳ねるように後方へと飛び 退いた敵機がビーム機銃を斉射。
間に合ったビーム・シールドが光弾を弾き、事なきを得る。
読み誤っていたら片腕を持っていかれていた、危ない場面だった。
(間違いない、この相手……強い! それに……)
※ ※ ※
「相手の動きに見覚えがある?」
咲良の最終試練を見るため、ムロレが用意した観戦席。
その椅子に腰掛けながらアスカが復唱するように訪ねた言葉に、フルーラがコクリと頷いた。
「なんだろう……アスカ。あの動きを見てると、懐かしいような腹立たしいような……」
「いったい何者なんだ、相手のパイロットは……?」
アスカは友人とはいえ、フルーレとの付き合いは限りなく短い。
彼女が頭に浮かべている予感には、全くピンとくるものはない。
「……誰だっていいか。あいつに勝ってもらわなきゃいつまでも帰れないからな」
「そう、だよね。咲良さん、頑張れーーっ!!」
立ち上がり、応援の声をモニターに叫ぶフルーラ。
その隣でアスカは、咲良の戦いを固唾を呑んで見守っていた。
※ ※ ※
射撃によるビームの応酬。
ミサイルと弾幕のぶつかり合い。
そして時折差し込まれる格闘戦。
スペックや火力では咲良に分があるが、運動性では圧倒的とはいかなくても負けている。
咲良は内宮が言った、長期戦は不利という言葉を痛いくらいに噛みしめる。
(相手の回避は正確無比、隙をつく暇もないか……!)
既に細かい被弾を繰り返し受けている〈エルフィスサルファ〉。
一方、敵の〈ウイングネオ〉には有効打をまだ1つも与えられないでいた。
いつ致命傷を受けるか、という状況であった。
『咲良、このままでは……』
「わかってるけど、どうすれば……!」
咲良は暗記するほど読んだマニュアルを思い出す。
この期待の強みは、圧倒的なまでの火器の物量。
それを活かせば、道は開けるはず。
(道を……道……? そうだ……!!)
咲良は機体を後方へと引かせ、相手を誘った。
こうすれば有効射程外からの狙撃を恐れて、相手は接近をしてくるはずだ。
読みどおり、敵機は戦闘機形態へと変形し、接近を試みる。
「
『ですが、これまで相手は全回避を……』
「いいから!」
敵のいる空間へと、翼から放たれるビーム弾幕が怒涛の如く放たれる。
しかし、相手はその中をスイスイと掻い潜り、着実に距離を詰めてくる。
その時、咲良には見えた。
相手が弾幕を掻い潜るために進む、弾幕の薄い箇所をつなぐ道が。
「フル……バーストォォォッ!!」
敵が通ろうとする道を塞ぐように、両肩、腰部左右の砲門を連射する。
時間差で放たれた第二撃へ、敵機は軌道修正をしようとするも、ついに右翼先端に被弾を許す。
その衝撃で動きが鈍った、そのタイミングで咲良はペダルを踏み抜く勢いで押し込んだ。
加速する〈エルフィスサルファ〉。
瞬時に変形して迎え撃とうとする〈ウイングネオ〉。
コンマ数秒の時間で生死を分かつ刃の差し合い。
────勝利したのは、咲良だった。
ビーム・セイバーを握ろうとした腕がメシアス・カノンのビーム刃が溶断。
行動を潰された〈ウイングネオ〉の頭部を、腰部レールガンが撃ち抜くことで、勝負は決した。
「勝ったッ!!!」
勝ちを決めた瞬間、咲良は叫んだ。
音の伝わらない宇宙空間に、響きそうなほどの声量で。
【11】
格納庫へと戻った咲良たちを待っていたのは、ボディを取り戻した
痛いくらいに強く抱きしめられ、顔を歪めながらも笑みを返す咲良。
「い、痛いよ
「あっごめんなさい。咲良の成長が嬉しくてつい……」
そんなに伸びたかなと思いつつ、笑顔で駆け寄ってきた内宮たちへと笑顔を向ける咲良。
後から歩いてきたヒロコが、ペコリと丁寧に礼をした。
「勝利おめでとうございます。これにて修行も終わりでございますね」
「ありがとうございます。ムロレ先生は何と?」
「それが、彼の話を聞いてやれって」
「彼って……?」
咲良が首を傾げていると、ヒロコの後ろから先程戦った相手である男が姿を表した。
彼は包帯でぐるぐる巻きのままの腕で、咲良に握手を求める。
「いい勝負でした、咲良さん。間違いなく、あなたは強くなりましたよ」
「そうかな……それで、話って?」
「あーーーっ!!」
急に男を指さして叫ぶフルーラ。
腕と声を震わせる彼女の様子は、明らかにただ事ではなかった。
「どうしたんや、フルーラ!?」
「こ、こ、この人……もしかしてって思ってたけど……やっぱり!」
「……やっぱ、わかるよね。フルーラなら」
おもむろに、ゆっくりと目元を隠していたヘルメットを脱ぐ男。
その下からは、咲良にとっても見覚えのある顔が現れた。
「えっ……!?」
「やっぱり、ウィ……ウィリアムだったのね!」
さっき
ウィルは彼女の頭を包帯が巻かれた腕で優しく撫でながら抱き寄せる。
「ウィル……生きとったんか!」
「ええ。あのステーションの爆発でかなり遠くまでふっとばされたところを、ムロレ先生に拾ってもらったんです」
「だったら連絡してくれればよかったのに!」
「ゴメン、フルーラ。つい最近まで怪我が酷くて動けなかったんだ。今回の最終試練は、俺のリハビリも兼ねていたんです」
「リハビリであの強さだったんだ……」
ある意味手負いの相手に苦戦していたのかと、少し落ち込む咲良。
しかし次に話したウィルの言葉で、その意気消沈は完全に吹き飛んだ。
「それに……俺は調べていたんです。華世の行方を」
「華世のて……もしかして、華世も生きとるんか!?」
「はい。詳しい話は後でしますが────」
そう言って、背負っていた箱から何かを取り出すウィル。
それは折れていながらも力強く銀色に輝く、大きな鋭い刃だった。
「────華世は間違いなく、今も生きています」
──────────────────────────────────────
登場戦士・マシン紹介No.34
【ウィングネオ】
全高:8.8メートル
重量:7.1トン
10年前に開発された、可変キャリーフレーム。
元々は青緑色の装甲をしていたが、ムロレの部隊が運用しているものはグレーの装甲にオレンジ色のアクセントが加えられている。
更に、外観は色以外に変わりはないものの駆動系は最新のものに置き換えられており、最新機と比較しても見劣りしない性能となっている。
戦闘機形態への変形が可能であり、セイバー、ライフル以外にも小型ミサイルの発射機能がある。
──────────────────────────────────────
【次回予告】
師匠であり仇であった米倉を打ち倒した直後、爆発に消えた華世。
気がつくと彼女は色を失い灰色に染まった世界に横たわっていた。
そこで華世は、桃色の髪をした未知の魔法少女と出会うのだった。
次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第35話「色無き世界に咲く花は」
────たとえ世界が終わろうとも、花は咲き続ける。
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