第35話「色無き世界に咲く花は」

 コロニー・スプリング。

 それは今は無き華世の故郷。

 家族と友達を含む53万人余りの住人が殺戮機械によって虐殺された。


 故郷を滅ぼした何者かへの復讐を誓い、戦いに臨んだ華世。

 その果てにあったのは、恩師こそが仇であったという残酷な真実。


 ツクモロズ首領であった矢ノ倉寧音を討ち、華世は復讐を遂げた。

 しかしその心は決して満たされることはなく、渦巻く黒い感情にひとしずくの涙を零す。


「こんなの、ひどいよ……」


 少女が流した、枯れたはずの涙。

 しかしその雫は床に跳ねる前に、流し主ごと爆炎の中へと消えた。



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       鉄腕魔法少女マジ・カヨ


     第35話「色無き世界に咲く花は」


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 【1】


 頬を撫でる風の感触に、華世は意識を取り戻す。

 どれほどの時が経ったのだろうか。

 全身が鉛になったような重い感覚。

 開くのを拒むまぶたを無理やり持ち上げ、漆黒の視界に白い光が流れ込む。

 ぼやけた眼に注がれた光は、あまりにも……あまりにも白かった。


「ここは……?」


 きしむ肩を抑えながら、上体を起こす。

 あたりを見回して、華世は自分の目を疑った。


 辺り一面、灰色の世界。

 雲の浮かぶ空も、風に揺れる木や草。

 風化した廃墟のような建物の残骸も、全てがモノクロに染まっていた。


「あたしまで……色が抜けてるわけじゃなさそうね」


 自分の手足を見て、色づいた身体を確認する。

 桃色に輝く魔法少女衣装のまま、華世は倒れていたようだ。

 鮮やかな服とは対象的に、鈍く光る義手を見て気づく。

 これまで感じていなかった義体の重量が、華世の肩に大きな負担を与えていた。


「身体が重い原因は……?」


 冷静に考えるなら、理由は二択。

 何かしらの原因で義手の重量が増加した。

 あるいは、華世の力を補強していた魔法少女としての能力が失われたか。

 どちらかを確認するには、比較実験をすれば良い。

 そう思って斬機刀を手に取り、気がついた。


(……冗談、きついわね)


 変わり果てた愛用品の姿に、思わずため息がこぼれる。

 頼れる相棒だった斬機刀は、刃が根本からポッキリと折れていた。

 これでは武器として使うことはできないだろう。

 腕と同じく重い義足を支えにしながら、華世はゆっくりと立ち上がった。


 見渡す限りの灰色の世界。

 その中にぽつんと一人立ちながら、折れた斬機刀を背中にマウント。

 全身に重くのしかかる重量に軽い舌打ちが出てしまった。


 華世は戦闘用の義手義足だけではなく、それらを動かすための大型バッテリーを含んだバックパックを背負っている。

 本来は魔法少女の力で無理なく持ち上げていたそれらの重量が、容赦なく伸し掛かる。

 こんな野っ原にいてもしょうがない。

 今いる場所がどこかを調べないと……と思った矢先だった。


「……ジャンクルゥゥゥ」

「……ジャンクルゥゥゥゥ」

「ジャンクルゥゥゥゥゥゥ!!」


 地面からせり出すように、無数のジャンクルーが姿を表す。

 ゴミを依り代にしたツクモロズの雑兵ぞうひょう

 しかし華世の眼の前に現れたそれは、まるで影が立体になったように真っ黒だった。


「……この世界に合わせての色違いかしら?」


 つぶやきながら、義手からビーム・セイバーを取り出し構える。

 発振された光の刃が周囲の空気を焼くチリチリという音を鳴らした。


「数が多いから一気に……!」


 ジャンクルーの群れの中へと踏み込み、渾身の力で横へとセイバーで薙ぎ払う。

 切り裂かれた敵は断面を赤熱化されながら崩れ落ち、残骸が地面に吸い込まれるように消える。


 義手義足が重く、いつもよりも動きは鈍い華世。

 だが、短時間であれば根性でなんとか持たせられる。

 けれども、現実はそう甘くはなかった。


「「「ジャンクルゥゥゥ!!」」」


 引っ切り無しに地面から現れる増援。

 本調子ならともかく斬機刀を欠き、魔法少女としての補強もない華世の身ではこの数は捌ききれない。

 突如として投げ込まれた修羅場に、覚悟を決める。


 その時だった。


「レインボー・ディザスター!!」


 聞き覚えのない少女の叫び声とともに、上空から何かが降り注いだ。

 モノクロの世界に似つかわしくない、虹色に輝く無数の光線。

 あるいは光の尾を引くエネルギーの塊。

 形容し難い攻撃が次々とジャンクルーの軍団へと降り注ぎ、飲み込む。


 一瞬の後に訪れる静寂。


 しかしそれも束の間。

 また地面が黒く染まり、ジャンクルーが現れようとしていた。


「こっちです!!」

「あんたは……!?」


 声のする方を見ると、そこには灰色の森林を背にして魔法少女としか言いようのない容姿の少女が浮いていた。

 ももを思わせる桃色の髪。

 華世自身の魔法少女衣装と似たピンク色をした、フリルの付いたスカートが特徴的な服装。

 そして虹色に輝く弓のような武器と、力ある魔法少女の証である光り輝く翼。


「私についてきてください、走って!」

「わ、わかったわ……!」


 今いる場所が何なのか、その答えを知るためにも華世は重い義足を懸命に持ち上げて森へと飛び込んだ。

 木々の間を抜けながら少女へと追いつき、彼女が差し伸べた手を握り、全力で駆ける。

 背後からは、大量のジャンクルーが枝を木をへし折りながら追いかけてくる音が聞こえる。


「ハァハァ……逃げるったって、どこに逃げるのよ!」

「もう少しの辛抱です。……見えてきました、あそこです!」


 少女がそう言うのとほぼ同時に、灰色の木々の間から巨大な建造物が顔を出した。

 まるで、ファンタジックな遊園地にあるお城。

 言うなれば西洋の王族が住まうような、屋根の上に4本の物見塔が伸びる荘厳な建築物。


 そんな様相の灰色の建物へと向かい、そして城門をくぐる。

 少女がステッキのような棒を振ると、粉のような細かい光の大群が巨大な門扉を包み込んだ。

 その光に押し動かされるようにギギィ……と音を立てて閉じる城門。

 追いかけてきていたジャンクルーの群れはすぐ近くまで迫っていた。


「間に合って……!」

「ダメよ、一匹抜ける!」


 城門が閉じるまさにその刹那、隙間を抜けて入り込んできたジャンクルーが一体。

 敵に向けて少女が弓を構えるより早く、華世は義手の甲からビームを発射した。

 心臓部を撃ち抜かれ、崩れ落ちる侵入者。

 どうやらこれで、謎多き逃亡劇チェイスは終わったようだ。


「あなた……すごいんですね」

「あんたもね、助かったわ」

「本当に……よかった。やっと、助けられた……」


 ポロポロと、大粒の涙をこぼし始める少女。

 華世はその涙の訳がわからないまま、彼女が落ち着くまで数分その場で佇んだ。


「あ……ごめんなさい。つい、その……嬉しくって」

「……落ち着いたなら自己紹介しましょ。あたしは華世」

「華世……良い名前ですね。私は……」


 涙を拭い改まるように姿勢を正し、華世へと丁寧なお辞儀をする少女。


「私はマジカル・マイ。強いて言うなら……始まりの魔法少女、といったところでしょうか」

「始まりの、魔法少女……?」


 この時の華世は、彼女が名乗ったその称号の意味するところが皆目検討つかないでいた。



 【2】


 城の中へと案内された華世は、吹き抜けの大階段、その脇に伸びる廊下へと進んでいく。

 外見もそうだったが、この城は入口も、廊下も、全てが外と同じようにモノクロの景色だった。

 そんな無機質な色彩に包まれた一角に、ナチュラルな木の色をした目立つ扉が一つ。

 マイが招き入れるようにドアを開けたその先には、鮮やかな色が輝いていた。


「……ここは、色があるのね」

「この空間だけ、元に戻せたんです。長い時間がかかりましたけど……」

「……長い時間って、あんたはここにどれくらいいたの? それにここはどこ? あなたは何者? 何で辺りがモノクロだらけなの?」


 安全な場所で落ち着いたことで、華世は矢玉のように質問を浴びせてしまった。

 マイと名乗った魔法少女は質問の雨に驚いたように目を丸くしていたが、すぐにニコリと笑顔を浮かべた。


「お話してもいいですが、ひとつお願いがあるのです」

「お願い? でも今のあたしにできることなんて……」

「その、友達になって……くれませんか?」


 予想もしていなかった純朴な願いに、華世は呆気にとられて「別にいいけど」と即答してしまう。

 しかし、その言葉が嬉しかったのか、マイの顔がぱあっと明るくなった。


「じゃ、じゃあ友達ですから! あなたについていっぱい教えて下さい! あなた、不思議がいっぱいですから!」

「あたしが不思議? い、いいけど……後でちゃんとあたしの質問にも答えなさいよね」


 赤い布地が眩しいソファーへと華世が座り込むと、向かいにある白いベッドへとマイが腰掛ける。

 彼女がステッキをちょちょいと振ると、テーブルの上のティーポットが浮かび上がった。

 そしてひとりでにカップに注がれる飲み物。


(魔法少女というかまるで、おとぎ話の魔法使いね……)


 華世は警戒して、カップは受け取りはしたが口はつけなかった。

 カップの中身を飲み干したマイが、にこやかな表情で問いかける。


「ではまず1つ質問です! あなたのその手足……それは甲冑かっちゅうですか?」

「甲冑? 鎧じゃないわよ、これ。あたし腕がないから機械義手をつけてるの。義体とか見たことないの?」

「義手、義足ということですか? 私は棒のようなものしか見たことなかったんですけど……まるでSF映画の世界みたいですね!」


 彼女の発言に、華世は眉をひそめた。

 確かに今の時代は、SF映画の世界みたいだと言えるかもしれない。

 しかしそれは、宇宙時代になる前の文明から見た場合であって、かれこれ170年近くも大きく文明レベルは変わっていない。


「もしかしてあんた、ビームとかも見たことないわけ?」


 ビーム・セイバーを取り出し、少しだけ発振させて見せる華世。

 マイは輝く刀身を興味深そうに見つめ、「初めて見ました!」と返答した。


(……こいつ、よっぽどの箱入りなのか、それとも)


 単なる物知らずなだけなら良いのだが、とてもそうとは思えない。

 疑念を残しつつ、華世はマイから次の質問を受け付ける体勢に入る。


「聞きたいことはそれだけ? まだあるんでしょ?」

「はい。えーと……じゃあ、あなたはどうして戦えるんですか? ここでは、魔法が使えないはずですよ」

「魔法が使えない……やっぱりね」


 薄々勘付いてはいた。

 魔法少女になることで得られる、身体強化が効いていないような義体の重さ。

 華世は魔法に頼らず兵器で戦っていたから良かったのだが、これがももや結衣みたいに魔法主体で戦っていたらジャンクルーにやられていただろう。

 魔法が使えないせいで重い思いをしていると告げると、マイが立ち上がってそっと華世の手に触れた。


「ん…………。これでどうですか? えっ……!?」

「あっ、軽くなったわ。どうしたの?」

「わ、私の魔力をおすそ分けしました!」

「ありがと。……もしかして、助けられなかったのって」

「……はい。ここにはあなた以外にも、何度も何人もの魔法少女がやってきました。けれども、来た魔法少女たちは魔法が使えないまま、先のジャンクルーたちに……」


 恐らく、これまで何度も同じことがあったのだろう。

 華世を見つけたときのマイの顔。

 それは喜びと驚きが入り混じった表情をしていた。

 驚いていた理由は、恐らく華世が魔法の力無しで戦っていたからだろう。


 改めて考えると、この城は脅威から逃れられるセーフハウスに見える。

 ここにいる彼女が何かしらの方法で迷い込んだ魔法少女を察知し、助け出そうとしても間に合わなかったのだろう。


 ……ただの一度も。


「今度はあたしが質問する番よ」

「でしたら、付いてきてください!」


 そう言って、立ち上がり扉を開くマイ。

 先程通ったモノクロの廊下が、扉の向こうに見える。


「百聞は一見にしかず、と言うでしょう? 見ながら話したほうが、わかりやすいと思います」

「……わかったわ」


 百聞は一見にしかず───聞き覚えのある慣用句。

 少なくとも彼女は、華世と同じ言語圏に所属するのだろう。


 この場では彼女が主であり、華世は外様とざまだ。

 華世は決して警戒心を解かないようにして、部屋を出たマイの背中を追いかけた。



 【3】 

 

 華世が案内されたのは、巨大な聖堂。

 いや、確かにステンドグラスが輝き、おごそかな雰囲気に包まれた空間ではある。

 しかし、神秘的な場を台無しにするように、この部屋の中心で巨大な正八面体が回転していた。 

 正確には、縦に3つの正八面体が角を接点として混じり合ったような形状

 やや異質な形をしていても、色のない世界の中でも、正八面体という形状が意味するものは一瞬で理解できる。


「ここ……ツクモロズの……?」

「はい。彼らを生み出し運用する中枢システム。それがこの場所です」


 そう言って、正八面体に向かって虹色の矢を放つマイ。

 その攻撃が爆煙を起こすも、無傷のままの物体が言外に破壊が不可能な事を証明していた。


「中枢システムがあるって……ここはいったいどこなの?」

「この地はかつて、妖精界と呼ばれていました……」


 妖精界、という言葉は聞き覚えがある。

 華世に魔法少女としての力を与えた妖精、ミュウが故郷と言っていた地。

 彼はツクモロズによって滅ぼされたと言っていたが……。


「その妖精界が、どうしてツクモロズの中枢なんかになってるわけ? ツクモロズがやったことなの?」

「いえ、全て悪いのは……私なのです」


 聖堂の長椅子に腰掛け、俯きながら話すマイ。

 彼女は、もともとは地球に暮らす普通の少女だった。

 あるとき妖精族のミュウと出会い、ツクモロズという敵と戦うための力を得たという。


「ミュウって……あたしに力を与えた妖精も同じ名前だったわよ」

「あの子はシステムによって転生を繰り返しているのです。新たな魔法少女を生み出すための使徒として」


 マイは説明を再開した。

 最初は妖精界も今のようなモノクロの世界ではなく、美しい妖精の女王が治める豊かな世界だったという。

 しかし妖精族の前に、モノが自我を持った存在ツクモロズが現れた。

 マイは妖精界を救うため、魔法少女としてツクモロズとして戦い、そして勝利した。


「マイ、あんた……一人で戦ってたの?」

「私は……自分で言うのも何ですがその、魔法の扱いに秀でていたようなんです。だから一人でも戦えましたし、ツクモロズにも何事もなく勝利することができました。しかし……」


 ツクモロズを倒したマイへと、妖精の女王は褒美を与えた。

 それは、望んだ願いを何でも叶える妖精界の秘宝“女神の輝石”。

 その力を使う権利を、マイは与えられた。


「……そんな代物があるんなら、妖精界の連中がツクモロズを倒すように願えばよかったのに」

「輝石の力は非常に強く、繊細です。憎い相手を消す……といった負の感情が籠もった願いを祈れば、対象ごとその周辺の世界ごと消し去りかねないほどに」


 マイに輝石を使わせたのは、彼女が純粋な心を持っている……と女王に認められたから。

 事実、マイは「この素敵な世界が、いつまでも続きますように」と願ったという。

 しかし、それがいけなかった。


 才能に溢れた少女が、圧倒的な力で一方的に敵をねじ伏せる戦い。

 そこには痛みも苦しみもなく、無垢な少女の中に少しずつ愉悦ゆえつという感情を育てていった。

 善意の果ての願いの奥底に眠る、戦いを楽しんでいた記憶。

 女神の輝石は深層心理を読み取り、そして実現させた。


 ────ツクモロズと魔法少女との戦いが永遠に続く、果てのない世界を。


「女神の輝石はこの世界を作り変え、ツクモロズが発生し続けるシステムを作りました。そして、ミュウを幾度となく輪廻の輪の中で転生させつづけ、魔法少女を生み出す存在へと作り変えました」

「……そうやって、今があるということなのね」


 華世の中でふたつの謎が解決する。

 矢ノ倉が名乗ったツクモロズ首領としての代。

 86代目……それはあまりにも、あまりにも代を重ねすぎていた。


 そして、咲良の妹に力を与えた妖精の名がミュウだったことにも合点がいく。

 ミュウ自身は覚えてなくても、彼がシステムによって何度も生と死を繰り返させられていたのだ。


 それも全て、魔法少女とツクモロズの戦いが永遠に続くというシステムの上だったのならば、いつまでもツクモロズが滅ばないことに納得がいく。


「それで、あんたはここで何をしてるのよ」

「私はシステムによって心と身体を2つに分けられました。戦いを楽しんでいた心と、正義を愛していた心。システムは後者の心を、管理者としてこの世界に置きました。それが私です」

「じゃあさしずめ……あんたは善のマイってところね。悪の方はどこへ?」

「私の邪なる心は、ゲームマスターとしての役目を与えられました」

「ゲームマスター?」

「ツクモロズ勢力を裏で操り、魔法少女を生み出すためにミュウを派遣する。システムの手足です」


 華世が生き、戦っていた世界。

 それは戦いを楽しんでいた邪なる心が望んだ世界だった。

 果て無き戦いを天上から観察して楽しむ。


 それが、ゲームマスター。

 2つに別れたマイの、悪の心の成れの果て。


「……なるほどね。おかしいと思ったのよ。あまりにも、その……アニメで見るような魔法少女みたいだったから」


 妖精と出合い、変身し、敵を討つ。

 王道すぎるその仕組みも、そう作られたものだと考えたら納得がいく。


「けれど現実は……魔法少女の勝利だけではありませんでした。今までに何度も、魔法少女側の敗北もありました」


 そう言って、聖殿の上にある木製の箱の元へと歩くマイ。

 彼女の隣に立ち箱を見下ろした華世は、それが何かがすぐにわかった。


「棺桶……?」

「ここが妖精界だった時から、この世界は妖精族が力を与えた少女を助けるための仕組みがありました。致命傷を受けた魔法少女の魂が庇護を求めてここに迷い込む……」

「けど、システム化された今は外にいるバケモノの餌食になるってことね。そして、この中に……」


 棺の蓋を、マイがずらす。

 中には黒髪の少女が一人、眠るような顔で収められていた。

 蓋を閉めたマイが、木でできた棺の表面を優しく撫でる。


「この子は、四年前にここに流れ着きました。よっぽどこの身体を作り出すための魂が弱っていたのでしょう。ツクモロズに襲われる前から、もう……」

「……魂ね。ちょっと待って、魂って……ここにいるあたしは魂だけの存在ってこと?」

「はい。魂が持つ記憶、それが今のあなたを形作っています」


 妙だとは思っていた。

 目覚めた時、矢ノ倉との戦いで受けた傷や爆炎に飲み込まれた火傷が綺麗サッパリ消えており、まるで何もなかったかのような綺麗な体でいたからだ。


「ってことは……あたしの身体は、現実世界にあるってこと?」

「……見てみますか?」


 マイがそう言うと、正八面体が回るその下へと移動する。

 そしてそこにあった石版へと彼女が手をかざすと、立体モニターのような四角が空中に浮かび上がり、ひとつの風景を映し出した。



 【4】


 それは、破壊され荒れ果てた街。

 映像もまたモノクロなため確証は得られないが、廃墟は雪に閉ざされていた。

 それだけじゃなく、ところどころから伸びる氷柱が森のように群生している。

 そしてその一角に佇む、巨大な……竜。

 凍りついた街に支配者の如く鎮座した、氷でできたような体表面を持つ巨大な竜を、マイは指差した。


「これが、あたしの身体……!?」

「神獣化。膨大なストレスが暴走させた魔力が形作る、魔法の怪物です」


 覚えがないわけではない。

 かつて、ももが多大なストレスの果てに、巨大な大蛇に姿を変えたことがあった。

 それと同じ現象が、華世にも起こったということだろう。

 しかし、ひとつ腑に落ちないことがある。


「でも、どうしてこんなに寒そうな環境に……それに、この場所はいったい?」

「おそらく、あなたの“氷”の魔力があの地に氷雪を招いているのでしょう」

「氷……あたしの魔法って、氷だったんだ……」


 魔力制御の不得手ゆえに、未だ練成による属性の発現は確認していなかった。

 ホノカの“風”、ももの“光”、結衣の“炎”、謎の魔法少女の“雷”。

 そして、残る華世は“氷”だった。


 そこまで考えて、自分が得ている知識との矛盾に気がついた


「待って、確か……ミュウは魔力のことを魂の力だと言ってたわ。でもいま、あたしの魂が……ここにある。じゃあ、あたしの身体を神獣化させている魔力はどこから……?」

「ここに来たばかりなのに、すごく理解が早いんですね……華世さん。答えは簡単です、あなたも私と同じく、2つに別れたのでしょう」

「2つにって……善と悪にってこと?」

「いえ……」


 石版からマイが手を離し、モニターが消える。

 そして、神妙な面持ちでマイは言った。


「先程、華世さん……あなたに魔力を与えた時に気が付きました。あなたの魂は、23万人分の魔力容量を持っていました」

「万人って……あたし、が……?」

「そして先程の映像に映るあなたを見た時、システムが私に教えたんです。あの神獣は、30万人分の魔力を宿している」


 なぜ、そんなことがわかるのか?

 ……それよりも、華世には23万と30万、足し合わせると53万という覚えのある数字になることに驚愕していた。

 

 それは、沈黙の春事件の被害者の人数。

 華世を除きすべてのコロニー住人が虐殺された、あの忌むべき事象の死者の数。

 正確には53万と4121人なのだが、端数はあえて言っていないのだろう。


(あたしは……あたしが53万人からできていた?)


 魂、という言葉は様々な意味や考え方がある。

 しかし、ここで問われているのは、本来は人ひとりにつきひとつあるのが当たり前の存在。

 それがなぜ、華世の中に53万人分も眠っていたのか。


 疑問は付きないが、今ここで答えは出ないだろう。

 答えが出るのなら、マイがテキパキと説明しているはずだ。


「……状況は理解できたわ。それで、あたしはどうやったら帰れるのかしら?」

「その前に、この子の埋葬を……手伝ってくれませんか?」

「埋葬を?」


 先程見た棺に手を置き、俯くマイ。

 今は彼女に従っておくのが得策と考え、言われたとおりに手伝うことにした。



 ※ ※ ※



 灰色の空に、灰色の土。

 灰色の墓石の前に掘られた灰色の穴へと、華世は運んできた棺を収めた。

 ザッ、ザッ、と言う音を立てながら、マイがスコップのような道具で棺の上に土を被せていく。


「魔法で土を被せないの?」

「人を弔うときは、魔法を使わないんです。面倒でも、それが礼儀だと思って……」

「礼儀ねぇ……」


 華世は辺りを見回し、ため息をつく。

 城の裏手の、おそらくは庭園か何かだったのだろう場所一面に、無数の墓石が並んでいた。

 この下には恐らく、いま埋めた子のように何人も何人もの魔法少女が眠っているのだろう。

 数えるのも嫌になるくらいの量の墓を見て、マイがこれまで行なってきたことが目に浮かぶ。


 何度も助けられなかったのだろう。

 何度も墓穴を掘ったのだろう。

 そして、何度も弔ったのだろう。


 ここにいるのは魂であり、肉体は現実世界にある。

 だから彼女は、魔法少女たちの魂を……心を葬っているのだ。


 棺を埋め終えたマイは、最後に土へとひとつ小さな粒を植えた。

 その場所へと彼女が杖を一振りすると、小さな赤い花が咲いた。


 モノトーンの景色の中に映える、真っ赤な花弁。

 しかしその色が少しずつ、色を失っていくのが見て取れた。


「……種は寝室に保管してるから大丈夫だけど、すぐにこうなってしまうんです」

「それでも、あなたは花を植えるのね」

「自己満足ですよ。もしもこの世界に色が戻ったら……この辺り一面が色とりどりの花に包まれる。そういう独りよがりな叶わない願望のための」


 マイの顔は、もう完全に諦めている……といった表情だった。

 色のないこの世界で一人ぼっち。

 たまに魔法少女が流れ着いても、助ける前に手遅れ。

 何度も繰り返した果ての諦め、なのだろう。


「……手伝ったから、教えてもらうわよ。あたしはどうすれば元の世界に帰れるの?」

「神獣化したあなたの身体が解き放たれれば、帰れます」

「解き放つ……つまり、倒されればいいのよね」


 過去に起こったももの神獣化。

 それは怪物と化した巨体を打ちのめすことで解除された。

 華世の身体もまた、同じように倒されれば元に戻るのだろう。


「でも、無理ですよ。あの神獣は30万人の魂……いうなれば30万人分の魔力でできています。魔法少女が何人いたとしても、かなうはずが……」

「やってくれるわよ。あたしの仲間たちなら。きっと、ウィルや咲良たちがね」

「その方は……魔法少女なのですか?」

「違うわ。普通の人間よ。ウィルはあたしと同じ歳だけど、咲良は大人」


 大人、といえ言葉を聞いた瞬間、マイの顔がこわばった。

 その顔つきの意味を考えながら、華世はどう話を切り出すかを数秒練る。


 ここまでの会話から推測するに、彼女はアフター・フューチャー以前の、西暦という暦が使われていた時代の人間なのだろう。

 そうなるとおおよそ200年前の人物ということになる。

 であれば、キャリーフレームの存在など知るはずもないだろう。


「あたしが生きてる時代にはね、キャリーフレームって巨大なロボットで人は戦えるようになったの」

「キャリー……フレーム?」

「8とか9メートルくらいのロボット。ビーム・ライフルやセイバーを使ったりして……宇宙で戦うの」


 華世はマイへと話した。

 これまでの戦いのことを。

 魔法少女だけでなく、アーミィと力を合わせてツクモロズと戦ったことを。


「キャリーフレームは魔法少女一人分……いえ、それ以上の働きができるわ。それが束になれば、神獣化したあたしくらいぶっ飛ばせるわよ」

「でも、大人たちなんて信用できませんよ。どうせ……」

「何かあったの?」


 大人という存在に対しての明確な悪意。

 彼女が魔法少女として戦っていたときに何かあったのだろうか。

 その件について深く問いかける前に、マイが質問を返す。


「……どうして、そうまでして帰りたいんですか?」

「え……」

「帰れば、またツクモロズとの戦いになります。さっきの話だと、人間とも戦うんですよね?」

「ええ、まぁ」

「ここに居れば、怖い思いをしなくて済みます。痛い思いをせずにずっと……ずーっといられるんですよ」


 華世は、マイが言いたいことを理解した。

 彼女は……華世に帰ってほしくないのだ。

 ずっと一人ぼっちだった彼女が、ようやく救えた存在。

 それを手放したら、また一人になってしまう。


 だから、必死に華世を止めているのだ。


「確かにね、怖くて痛い思いをするかもしれないわ。でも……」


 華世は真っ直ぐに、マイの目を見る。


「あたしの帰りを待っている人がいる。倒さなくちゃいけない相手がいる。あたしの手は、すでに汚れているわ」


 敬愛する恩師を、その手にかけた。

 相手の正体が正体だったとはいえ、それは決して降ろすことのできない十字架。

 華世が背負った罪なのだ。


「この汚れた手、その責任を果たすためにも……」

「……意思は、硬いんですね」

「ええ。だからあたしは────」


 ゆらり、とマイが動いた。

 強張った顔つきで、彼女は華世へと弓を向ける。

 虹色の矢をつがえた武器で、狙っていた。


「……何のマネ?」

「キャリーフレームだとか、ビームだとか、知らないけど……勝てるわけがないんです。勝ってもまた、新しいツクモロズが生まれるだけなんですよ。あなたの行動は、なにも変えられないに決まってるんですよ……!」

「……だから、全てを諦めて言うことを聞け、ってこと?」

「帰るためには、もうひとつ条件がいるんです。それは、魂が元気であること。あなたが意思を変えないのなら、私は友達として……力づくであなたを止めます!」


 震える声、震える手。

 彼女もかなりの覚悟を持って華世に矢を向けているのだ。

 だが、だからといって帰らない選択肢はない。

 力づくで止めに来るのならば、力づくで突破するまで。


 いつも、そうやって道を切り開いてきた。


「来なさいよ。あたしの覚悟はね……」


 ビーム・セイバーを抜き、刃の切っ先をマイへと向ける。

 そして、華世は心から叫んだ。


「あんたの想像の、上を行ってるのよ!!」



 【5】


 弧を描き次々と飛来する虹色の矢。

 緩やかなカーブを描きながら華世を狙うその弾丸を、ぎりぎりまで引きつけてから後方へステップして回避。

 矢は次々と地面で爆発を起こし、灰色の花びらが一面に舞う。


 自らが植えた花を散らすことをいとわわないほど、彼女は形振なりふりをかまっていない。

 華世としても気分のいい状況ではないので、屋内へと誘い込むように後退した。


「逃げないでっ……くださいっ!」


 矢が空を切る音に合わせて跳躍。

 慣性で移動しながらビーム・シールドを展開。

 虹色の魔法弾を輝く光で受け、弾く。


(火力は強めのビームと同程度……長期戦は不利ね)


 シールドから飛び散るビーム粒子の様子から、威力を計り知る。

 マイの矢は緩くとも追尾性がある。

 彼女が華世を助けたときにつかった、雨あられのように屋が降り注ぐ技。

 それを封じられると思って、城内に誘い込んだのは正解だったが。


「くっ……!」


 合間合間にビーム弾をマイへも打ち込むも、彼女を包む光の翼が直撃を許さない。

 守りの上では、相手は鉄壁。

 正攻法では貫けない。


「せめて斬機刀が折れてなきゃ……!」


 ビームの刃は確かに強力だが、弱点もある。

 それは、いくら踏み込んだところで威力が変わらないこと。

 これは非実体武器の数少ない難点の一つであり、だからこそ実体武器が廃れていない事の理由でもある。

 もしも斬機刀があれば、高所から重力加速度を加えた一撃を放つなどすればあの守りを突破できたかもしれないのだ。


 無い物ねだりをしてはいけない。

 今は知恵を絞りながら、弾幕を凌がなければ。


 ドカン、ドカン、と爆音を打ち鳴らしながら廊下の石壁を虹色の矢が砕き破壊する。

 飛び散る石片、舞う砂埃。

 城の倒壊を危惧したが、えらく頑丈に作られているのか派手さに比べてへこみ程度の傷しか壁や床にはついていない。


 となれば、遮蔽物として利用できるというもの。

 時間稼ぎのために、華世は上階へ続く大階段の裏へと身を隠した。


「隠れても無駄ですよ。セイクリッドォォォ……!」


 地鳴りのような低い音が、マイの方から鳴り始める。

 大気が揺れ、地面が細かく振動する。

 まるでエネルギーの収束音、と華世は考えた瞬間に身を伏せた。

 

「デトネーーーションッ!!」 


 空気を切り裂く音とともに、青白い光の筋が華世の頭上を通り過ぎた。

 階段だけでなく、その向こう……外に繋がる何層もの壁にもポッカリと大穴が空いていた。


「……あれがマイの必殺技ってわけね」


 規模こそ人間大であるが、破壊力はキャリーフレームの大型ビーム砲に匹敵するだろう。

 とても真正面から受けられるものではない。

 だが、これだけの大技を撃てば必ず隙ができる。

 実際いま階段に空いた穴の向こうに見えるマイは、手を震わせて硬直しているように見えた。


(となれば、場所を変える必要があるわね……!)


 華世は穴から飛び出し、反転して大階段を駆け上がる。

 翼を広げて飛翔し、後を追ってくるマイ。

 廊下の先へと逃げる……と見せかけて華世は振り向きながらビームを連射。

 光弾をマイが翼でガードしている隙に、華世は義手の手首を吹き抜けの上階へ向けて発射。

 射出された金属の手が手すりを掴み、巻き取られるワイヤーが華世を上へと持ち上げる。


 一瞬、華世を見失ったふうなマイだったが、すぐに場所を特定したのか垂直に上昇してくる。

 華世は追いつかれる前に窓の一つを蹴り開け、外に飛び出しつつ再び手首を発射。

 巨大な円柱の上に円錐の屋根をもつ4本の物見塔。

 それが四隅に存在する、城の屋上へと上り詰めた。


(ここからは、賭けね……!)


 覚悟を決めながら、物見塔の一つ……その側面に巻き付くように伸びる螺旋階段を登り始める。

 風を叩く音とともに、華世を追ってきたマイが屋上の中心、その上空へと飛翔する。


「疲れさせるつもりかもしれませんが、甘いですよ! レインボー……ディザスター!」


 上方へと打ち上げるように無数の矢を放つマイ。

 華世は彼女の位置との間に物見塔を挟むような位置で、壁にピッタリと体をくっつける。

 振り下ろされる虹色の破壊が、円錐の屋根を削り、階段の一部を破壊しながら華世の周囲に降り落ちていく。

 追尾性の矢も、この位置なら当たらない。


 通常射撃と、範囲攻撃。

 このふたつが通用しないとなれば、彼女が取る手はひとつだ。


「セイクリッドォォォ……!!」

(来たっ……!)


 今、マイは物見塔の華世が隠れた位置に向けて、大技をチャージしているはずだ。

 その隙に、華世は真上に向けて義手の手首を射出。

 屋根の端を掴んだ状態で、タイミングをはかる。


「デトネーーションッ!!」

(今……!)


 マイが叫ぶ技名を合図代わりに、ワイヤーを巻き取り円錐状の屋根へと一気に登り上がる。

 そして華世は間髪入れずに、斜面を蹴りマイへ向けて飛び降りた。


 しかし、華世の目論見は眼前の光景に打ち砕かれることとなった。



 【6】


 マイの直ぐ前で滞留する白いエネルギー弾。

 それはゆっくりと進むスピードを上げながら、徐々にその進行方向を華世の方へと変えていた。


(加速式の追尾弾っ……!?)


 マイの大技、セイクリッド・デトネーションの正体。

 それは直線状に大火力の魔法ビームを放つ技、ではなかった。

 ゼロに等しい初速から、少しずつ加速。

 そして加速中に対象を発見した場合は、進行方向を相手の場所に向けて変える。

 そして最終的には弾丸の如き速度で相手を撃ち貫く。

 それが、マジカル・マイの大技だったのだ。


 正面から迫るエネルギーの奔流に、華世は回避が不可能と悟る。

 マイを確実に戦闘不能にする。

 そのために速度に全力を乗せているのだ。

 さらに迫りくる敵弾の大きさ。

 今から多少、方向を逸らしたところで結果は変わらない。


(使いたくなかったけど……っ!)


 落下速度がスピードに加わる中、華世は白い輝きに向けて生身の左手をつきだした。

 ダメ元で魔力を放出し、少しでも相殺させられればという想い出。


 しかしまたしても、今度は華世によって思いも寄らない方向に予想が外れた。

 頭の中に走る、魔力を氷の力として放出するイメージ。

 それは、これまでの数十万単位という大きすぎる魔力を持っていたが故に浮かばなかった発想。

 あるいは、自身の属性が氷であると自覚したからできるようになったのか。

 今の華世には理由なんてなんでもいい。

 ただ、よぎった可用性へと手を伸ばした。


「はあああぁぁぁぁーーーっ!!!」


 手のひらの中に渦巻く、鮮やかな空色の光。

 青空の色を忘れたこの世界に、その色彩を教えんばかりの輝きが、華世の手から放たれた。


 パキッ……!


 華世を飲み込まんとしていた白いエネルギーが、止まった。

 いや、一瞬にして凍りついた。


「なっ……!?」

「マイィィィィッ!!」


 セイクリッド・デトネーションが凍ったのを見てから、華世は本来のプランへと急いで戻る。

 空中で義足を前に出す姿勢へと変え、その足裏からナイフの刃を付き出す。

 激しい運動によって生まれた義足の放熱を直に受け続け赤熱した刃が、凍ったエネルギーへと突き刺さる。

 華世を飲み込もうとしたエネルギーの塊が、熱と衝撃を受けて空中で四散。

 空中で輝くいくつもの粒子へと変わっていく結晶の中を、華世は通り抜ける。


 屋根を蹴った速度に、重力加速度を加えた高速の飛び蹴り。

 今の華世ができうる、最大の攻撃がマイの光の翼を捉える。


 大技を放った衝撃を受け、脆くなっていた翼が華世の執念によって打ち砕かれた。



 ※ ※ ※



「…………」


 ただ呆然と、砕けた翼とともに白の屋上で仰向けで目を見開くマイ。

 華世は息を整えてから、彼女のもとへと歩み寄った。


「何で負けたか理解できない……って感じね」

「私……今まで魔法で、誰にも負けたことはなかった……なのに」

「門外漢だから適当かもしれないけど、あたしが今動けているのって、あんたが魔力をくれたからよ」


 ハッとしたように、眉が上がるマイ。

 しかし、それだけでは納得はしていないようだった。

 華世はかがみ込み、倒れているマイの鼻先へと顔を近づける。


「あんたと同じ魔力をもって、それに多分……相性が良かったのよ」

「氷の魔法で私の攻撃が凍らされるなんて……」

「でもね、この戦い……あたしは魔法だけで勝ったわけじゃないわ」


 逃げながら相手の動きを観察するために貢献したビーム・シールド。

 活路を見出し、有利な場所に誘い込むための移動に使った義手のワイヤー。

 そして、決着の武器となった義足の隠しナイフ。


 武器だけじゃない。

 強大な相手へと立ち向かうための勇気。

 少ない手札から相手に打ち勝つアイデアを練る戦闘センス。

 そして、なんとしても帰ると思わせてくれる大切な存在。


 すべて、華世の身の回りの大人たち。

 魔法少女の戦いにおいて、マイが無力だと思っている存在がもたらしたものである。


「あんたは、純粋に魔法少女だった。だから……」

「大人なんて……誰も私を助けてくれなかった。私が戦ってるとも知らずに、誰も……」


 魔法少女として悪と戦う。

 そんな非現実的な話に、彼女の周りは理解を示さなかったのだろう。

 更に不幸だったのは、彼女があまりにも強すぎたこと。

 人に頼らず戦い続け、あまつさえ苦労もなしに勝ってしまった。

 故に彼女は、軽い人間不信に陥っているのだろう。


「……本当に一人ぼっちだったのね、マイ」

「痛くても、怖くても耐えて戦ったんです……! でも、誰も褒めてくれなかった。無理をしないでって、言ってくれなかった……」


 ポロポロと、仰向けのまま涙が目からこぼれ落ちるマイ。

 頼れる大人も無く、孤独に押しつぶされそうになりながらも、彼女は弱音を吐かなかった。

 それが自分の運命だと、役割だと割り切って、張り付いた笑顔で戦い続けてきた。

 そして得た勝利の果てが、魂が永遠に灰色の牢獄に囚われるという罰。


「人間ってのは、強がってばかりじゃ駄目なのよ」

「え……」

「みっともなくても、格好つかなくても、弱さを見せなきゃわかってもらえない。弱音を吐かないと、助けが必要だってわからない。あなたは、どっちもしなかったんじゃないの?」

「……そう、かも。でも、だって」

「でも今は違う。あたしに向かって正直に話して、助けを求めてる。あたしなら、あんたを助けられるわ」

「私を……助ける?」


 マイを抱き起こし、ゆっくりと抱きしめる華世。

 おそらく彼女が、初めて得た同じ魔法少女としての友達。

 友達として、華世が当たり前にやっていることを、マイへとするのだ。


「あなたが望んだこの世界に色を取り戻すお手伝い……してあげる。ツクモロズをやっつけて、あんたの悪の心に言ってやるのよ。もうやめろって」

「言っただけで聞いてくれるなんて……」

「戦いに勝った魔法少女には、願いを叶える権利が得られる。その願いを、少し使うだけよ」


 危険な賭けであることはわかっている。

 この世界を灰色にした現況に、それを願うのだから。

 けれども、華世は心からその願いを祈っていた。

 故郷を滅ぼした者への復讐を果たしたことで、華世の中にわずかに変化が生まれていた。


「だからそれまで、頑張って。あたしも頑張るから、さ」

「華世さん……ふぇぇ、ええぇぇぇん!!」


 号泣し、泣きじゃくるマイ。

 彼女の頭を撫でながら、華世は決意を固める。

 この妖精の国で出会った、新たな友人を救うことを。

 その言葉が口先だけにならないように、覚悟を固めていた。



 【7】


「……それで、この状況を現実世界の誰かに伝えられないかしら」


 聖殿へと戻った華世は、マイへと問いかけた。

 現実世界の華世の身体が変異した神獣。

 あの氷の魔竜を討たないことには、華世は帰れない。


「それに関して……気になったことがあります。あなたの背中の剣、貸してくれませんか?」

「斬機刀を? 折れてるけど……はい」


 柄の部分だけになった斬機刀と、マイへと手渡す。

 彼女はそれを額に押し当て、瞑想するように目を閉じた。


「……やはり、この子は半ツクモロズ化してます」

「半ツクモロズ化って……?」

「この世界では、魂の持ち主が記憶する姿を、仮初の身体とするんです。ですが華世、あなたにとってこの剣が折れた記憶がないでしょう?」


 言われて確かに、あの爆発の中で折れたということは予想できるがそれを認識できていたとは言い難い。

 この世界に来て初めて、折れていたことに驚いたくらいだ。


「となると、この剣の魂が折れた姿を形作ったに違いありません。そして、折れた刃の方が現実世界にあるならば……」


 再び、マイが額に柄を当てて目を閉じる。

 そして正八面体の下の石碑に手を伸ばし、映像をひとつ表示した。


「これは……ウィル!」


 映し出されたのは、両腕を包帯に巻かれベッドに横たわるウィルの姿。

 痛々しい見た目ではあるが、助け出されて生きているようだ。


「よかった、知り合いだったんですね。彼は折れた剣の刃を持っています。この子を通じて、彼にメッセージを送ることができるはずです」

「わかったわ、ウィルが起きたくらいに試してみる。きっと……何日かは目覚めそうにもないし」


 マイが柄を華世へと返却し、映像が閉じられる。

 ウィルの無事を知って胸をなでおろす華世を見てか、マイが首を傾げた。


「あの人って……あなたの彼氏さんですか?」

「そうね。あたしを好きでいてくれる人。あたしのために危険なことも平気でやる……良いやつよ」

「いいな、私にもそんな恋人がいたら……」

「いなかったの?」

「憧れの先輩はいました。だけど勇気を持てずそのまま」

「会いたくない?」

「もう200年も前のことですから、彼はもう生きていませんよ」


 困ったような笑顔でそう話すマイ。

 それほど長く一人ぼっちだったのかと、華世は複雑な感情を抱いた。

 けれど、憂う華世の心を悟ったのか、マイが首を横に振る。


「悪く思う必要はありません。私が私ゆえに招いたことですから。そうだ、戦いの役にたつかもしれません。この石板から、何か情報を得てはどうですか?」

「あたしにもできるの?」

「手をかざして、欲しい情報を思い浮かべるだけです。やってみてください」


 促され、華世は石板に手をかざした。

 温かいような感触が、手のひらから伝わってくる。

 試しにと、華世は自分が手をかけた師匠の正体、ノグラスについて思い浮かべてみた。


 頭の中に情報が流れ込むような感覚が、華世を包み込む。

 恩師が変貌したドクロの顔。

 そのイメージとともに文章が脳内で無機質な音声を聞くように入ってくる。


 ──ノグラス

 ──86代目ツクモロズ首領

 ──現在の状態:死亡

 ──関連ツクモロズ:ガーシュ

 ──依代:人間 矢ノ倉寧音


(……ガーシュ? 首領だった時の部下か何かかしら……調べて見る価値はありそうね)


 更に華世は、ガーシュという名を浮かべながら石版に触り直す。

 数秒の後、情報がヒット。


「なっ……!?」


 情報を引き出そうとした華世の眼の前に、ディスプレイのような半透明の四角が浮かび上がる。

 映し出された光景に、華世は言葉を失った。



 ※ ※ ※



「前方に敵ツクモロズ確認。数……8!」

「攻げ……うぐっ!?」


 無機質な廊下で銃を持ったアーミィ兵士が、部下に攻撃命令を出そうとした瞬間。

 彼らが次々と耳をふさぎながら苦しみ始め、バタバタと倒れていく。

 その現象を見た瞬間に倒れた隊員を運びつつ後退する兵士たち。

 そこへ姿を現したのは、アーダルベルトだった。


「ふむ、手こずっておるようだな?」

「大元帥閣下! 敵は何やら音波兵器のようなものを使用している模様です。いかがいたしま──」

「下がっていろ、私が片付ける」

「ですがっ!」

「これ以上の戦力損失は見ておれんからな。倒れた者とともに下がれ」

「はっ……!」


 大元帥の指示通り、迅速に後退するアーミィ兵士たち。

 静かになった廊下へアーダルベルトが一歩前に出ると、彼の眉間にシワが寄った。


「ふん、精神作用のある魔術音波か。小癪な真似をする」


 そう言いながらも意に介さず、ゆっくりと歩みをすすめる。

 彼が向かう扉の前には、8体のジャンクルーが待ち構えていた。

 しかし、彼らが大元帥へと襲いかかろうとした瞬間。

 目にも留まらぬ速さで抜かれたアーダルベルトの斬機刀が、そのすべてを細切れにしていた。


「……ふむ」


 そのまま扉の前で立ち止まり、刀を振ること2,3回。

 十文字に切れた扉が、ガラガラと音を立てて崩れる。


「おやおやぁ? このアラゾニアの部屋にノックもなしに入ってくるとは、礼節を弁えてほしいですね? 大元帥閣下」


 部屋の中にいたのは、ピエロのような外見のツクモロズ。

 態度から察するに、幹部級のツクモロズだろう。


「あいにく、敵に対して礼を尽くすほど暇を持て余してはおらんのでな」

「はて? 私の音色を聞いて立っていられるとは不思議ですね。ではこれならどうでしょう」


 アラゾニアが楽器のようなものを吹き始めると、アーダルベルトの表情が変わった。

 腕が震えだし、握っていた斬機刀が力なく床へと落ちる。


「この音色は、人間の細かい神経を麻痺させるんですよ。特に、指先とかね? 武器の持てない人間は、あまりにも脆弱だ」

「……試してみるか?」


 麻痺しているからか手を握らず、素手で構えを取るアーダルベルト。

 武器を手放されたというのに、焦る様子は全く無い。


「武器もなく、拳も握れないその手で何をしようというのですか? 私の身体はこう見えても頑丈でね、分厚い鉄板よりも硬──」

「喋り好きは、命取りだ」


 アーダルベルトが床を蹴ると同時にアラゾニアへと肉薄。

 その胴体へと腕を押し当てる。


 次の瞬間、アラゾニアの背中から斬機刀の刃が飛び出していた。


「バ……カな……!?」


 よろめきながら、後ろへ下がるアラゾニア。

 貫かれた傷からドス黒い体液を漏らしながら、驚愕の表情でアーダルベルトの腕を凝視する。

 彼が見つめる大元帥の右腕。


 その手の甲からは、生えるように斬機刀の鋭い刃が伸びていた。


「貴様の敗因は2つ。相手の力量を過小評価する……ツクモロズの悪い癖だ」

「……そうか、お前! だから私の音が聞かなかったのか!? お前は人間ではな──」

「2つ目は」


 左手の甲からも斬機刀を伸ばしたアーダルベルトが、アラゾニアへと飛びかかる。

 そのまま、Xの字を描くように二本の刃が敵を切り裂いた。


「この私が───同族であることを見抜けなかったからだ」

「その、刃……見たことが、ある……おまえは、ガー……シュ……!?」


「魔法少女斬りの二つ名を持つツクモロズ幹部……ガーシュ……!!」


 その言葉を発すると同時に、頭部を両断されるアラゾニア。

 崩れ落ちた彼の身体が灰のように散り消え、あとにはひとつの笛だけが残った。


 パキン……と笛を踏み壊し、落とした斬機刀を拾うアーダルベルト。

 静まり返った部屋の中を見渡し、眉をひそめる。


「すでに運び出した後……先手を打たれたか。急がねば」


 踵を返し、部屋を立ち去る大元帥。


「あの最悪の兵器が、使われる前に……!」


 そう、言い残したところで映像が消えた。



 【8】


 ガーシュという名を調べてたどり着いた映像。

 そこに映し出されていたのは、金星コロニー・アーミィ大元帥であり華世の母親の兄……つまりは叔父にあたる人物。

 アーダルベルト・キルンベルガーが、ツクモロズだったという信じられない真実だった。


「か、華世さん大丈夫ですか……?」

(そんなはずはない、だってあの人の妹は────)


 混乱する思考の中で、事実と事実が矛盾を生む。

 認めたくない事象が、混乱を引き起こす。


(あたしの母親、なのに……?)


 華世の母親は紛れもなく人間であり、華世もまた人間である。

 その兄がツクモロズというのは、道理が通らない。


 どこかでツクモロズと入れ替わっていた?

 しかし散ったアラゾニアの言い方だと、もとからツクモロズだったようにも聞こえる。


 華世は、再び石板に手を置き直す。

 今度はガーシュという名を思い浮かべるとともに、アーダルベルトの顔をイメージしながら。


 すると今度は、文章形式で情報が流れ込んできた。


 ──ガーシュ

 ──61代目ツクモロズ幹部

 ──現在の状態:生存

 ──関連ツクモロズ:ノグラス

 ──依代:斬機刀


 紛れもなく、石板はアーダルベルトがツクモロズであると告げていた。

 依代が人間でないということは、途中で入れ替わったという線も無さそうだ。


 だが、そうなると今までどうやって隠し通してきた?

 ツクモロズであれば、心臓が正八面体の核晶コアになっているはず。

 少なからず健康診断なども受けているだろう彼が、バレずにいられるなんて……?


(ドクター、ドクター・マッド……!)


 アーダルベルトと関係の深い彼女が常にレントゲンなどを担当していたのなら、不可能ではない。


 ずっと、騙されていた?

 なんのために?

 なぜツクモロズと敵対している?


 謎は尽きず、答えも出ない。


 ただひとつ、華世ができること……それは。


(この事実を、早くみんなに知らせなきゃ……!)


 早くウィルが目覚めることを、心から祈った。

 



──────────────────────────────────────


登場戦士・マシン紹介No.35


【マジカル・マイ】

身長:1.5メートル

体重:40キログラム


 桃色の長い髪が特徴的な魔法少女。

 始まりの魔法少女と名のり、かつては一人でツクモロズ勢力を全滅させた。

 魔法のステッキと、虹色に輝く光の矢を放つ弓を持っており、物語に出てくる魔法少女そのものな戦い方をする。

 凄腕の魔法少女であるため光の翼による守りも非常に堅牢かつ、自由自在に空を飛ぶことができる。


 魔法のステッキは戦闘用ではなく、手を触れずにティーカップに紅茶を注ぐなど、便利な魔法を使う用。

 弓から放たれる魔法の矢は角度こそ緩いものの追尾性が有り、また着弾すると爆発を起こす。

 この矢を無数に上空に打ち上げ、雨あられのように降り注がせる技「レインボー・ディザスター」。

 ひとつの矢に魔力を集中させ、巨大な白いエネルギー弾として放つ技「セイクリッド・デトネーション」という2つの技を華世へと放った。

 セイクリッド・デトネーションは徐々に速度が上がるタイプの追尾弾であり、初速は止まっていると勘違いするほど遅い。

 しかし速度が乗ると通常射撃以上の弾速となり、威力も相まって回避は不可能となる。


──────────────────────────────────────


 【次回予告】


 華世を救い出すべく、ウィルとともに行動を開始する咲良たち。

 凍てついた街の中に佇む氷竜が、彼らを待ち受ける。

 その場所は皮肉にも華世にとって、すべてが終わり始まった場所だった。


 次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第36話「決戦は始まりの地で」


 ────崩壊した故郷にて、戦いの火蓋が切って落とされる。

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