第36話「決戦は始まりの地で」
「……つまり、そのドラゴンを倒せば華世を救い出せるっちゅうことやな?」
「はい。この斬機刀の刃を通じて……華世が教えてくれました」
作られし者の楽園、もといラウターズ・ヘヴン号を離れる宇宙船。
そのラウンジで、内宮はウィルから華世が生きているという情報……そしてその根拠を聞いていた。
いま華世は身体と魂で別れており、その魂が折れた斬機刀を通してウィルに情報を与えていたという。
信じられないような話だが、魔法少女のやることだ。
いかに不可思議な現象であっても、起こっているなら信じるのが筋だろう。
「その、華世って奴の身体から溢れた魔力が神獣化したのが氷のドラゴンっていうのか」
「そういうことになる、華……じゃなくて、えっと」
「アスカだ。いい加減覚えてくれよ……優男」
「ハハハ……ごめん」
なかなかウィルに名前を呼ばれないアスカが、ムスッとした顔でそっぽを向く。
ウィルからしてみれば、華世と同じ顔をもつ二人目の人物。
しかも天真爛漫な
「それで、そのドラゴンはどこにおるんや? そないな怪物が出たんならどこかで騒ぎになっとるやろうけど……金星宙域やないとか言わへんよな?」
「いえ、たしかに金星宙域に存在しています。誰も居なくなり、そして巨大な竜が佇めるほど広大な場所────」
一呼吸置いて、ウィルが言った。
「────コロニー・スプリングに、華世はいます」
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鉄腕魔法少女マジ・カヨ
第36話「決戦は始まりの地で」
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【1】
「それにしたって、ウィル君が無事で本当に良かった」
「咲良さん、それに皆に心配かけてすみませんでした」
「でも、よう助けて貰えたもんやな。師匠はあの性格やし、生身の人間助けるなんてなかなか無いで?」
「内宮さん、それならウィリアムと私って……」
「そりぁあ、その小僧は普通の人間じゃねぇからな」
フルーラの声に被せるように放たれるしゃがれ声。
その声がした方へと咲良が振り向くと、メイドロボのヒロコに抱えられたレトロなロボットがいた。
「ムロレ先生!?」
「おいオッサン! 何であんたたちがこの船に乗ってんだ? 密航じゃねえよな……?」
「失礼なことを言いやがって小娘が。俺ぁちゃんと許可もらって乗ってらぁ。ま、アフターサービスってところだ」
「アフターサービス……?」
曰く、咲良を鍛えたとは言っても自身の力で成長した部分が大きいから不完全燃焼とのこと。
それに、3日鍛えると言いつつ2日で終えてしまったのでその埋め合わせもあるという。
「と口では言っても先生、珍しい相手と戦えるのが嬉しいと仰ってらしたじゃないですか」
「おまっ、ヒロコ! それ言ったら格好がつかねぇだろうが」
「あのー、ムロレ先生? さっきの発言について聞いてもええですか?」
横道にそれそうになっていた話題を、内宮が無理矢理気味に戻す。
さっきの発言、というのはウィルが普通の人間ではないというくだりだろう。
「んああ、そうだったな。小僧の機体が流れてきた方向、損傷具合から速度を導き出すと……常人なら全身複雑骨折でお陀仏な速さですっ飛んできたことがわかってな」
「先生はウィルをどこで?」
「地球圏だ」
金星宙域のステーションで戦っていたウィルが、地球圏まで流れていた。
それだけの距離を短期間で移動してくるほどの速度なら、常人が耐えられないというのも理解できる。
「だがこいつは全身どころか両腕がぶっ壊れる程度で済んでいた。だから確信した、こいつぁ
「
初めて聞いた言葉に首を傾げる咲良へと、ムロレが説明する。
「昔々の技術さ。胎児に遺伝子操作や臓器改造を施すことで、優れた身体を持つ人間を生み出す……な」
「そんな技術が……ん? でも今ムロレ先生は古い技術って」
「俺が現役張ってた時のテクノロジーだぜ? 廃れた理由は簡単。子供の才能が開花するかが運次第だったからな。今じゃその手のはクローンをベースに才能を安定させるか、能ある人間をあとから改造するほうが主流だな」
淡々と、当たり前のように人体改造の話をするムロレ。
咲良は人道とかの理由で一瞬ひとつでも文句を言いたい思ったが、そのおかげでウィルが死なずに生きていることを考えて、口をつぐんだ。
「ま、俺も似たようなもんだし改造された人間は放っておけなくてね。助けてやったってわけよ」
「せやけど先生……ええんですか? ほら、ウィルの気持ちとか」
「いいんですよ、内宮さん。いつかは俺の口から話したいと思っていたことです」
真っ直ぐな瞳でそう言うウィルに、内宮はそれ以上何も言わなかった。
むしろ彼の姿はどこか、肩の荷が降りたようにも見えるくらいだ。
「なるほど、だからフルーラはあの時……」
「?」
アスカの呟きに、首をかしげる咲良。
彼女が言うには買い物のとき、フルーラが店員に気に入られておまけを貰ったという。
それも、フルーラがウィル同様に改造された人間だったから……なのかもしれない。
「さて、坊主についての長話は終わりだ。これからどういうルートで化け物退治に向かうんだい?」
「ひとまず……クーロンに戻るつもりですわ。なにせ相手は魔法のドラゴン……魔法少女も何人か居ったほうがええやろ思いましてな」
【2】
「あ……う……」
フェイクの、たち消えていた意識にぼんやりと火が灯る。
全身を縛り付けるような寒気の感覚が、嫌がらせのように身体中を這い回る。
最後に覚えているのは、コロニー・サンライトの中でふらついた記憶。
憎い鉤爪の女との戦いを謎の魔法少女に止められ、いや……救われた。
しかしツクモロズの本拠地に帰る方法を失ったフェイク。
見知らぬ地でひとり生き残るために、必死に隠れ逃げ回っていた。
だが、限界が来た。
ツクモロズは生命エネルギーなしに活動を維持できない。
少なくともフェイクはそうだった。
今思えばツクモロズの本拠地には生命エネルギーを与える何かがあったのだろう。
補給線を断たれたフェイクは、2日と持たずに路地裏で倒れることとなった。
(でも……じゃあ何で、私は動けるんだい……?)
徐々に輪郭がハッキリしていく視界。
ぼやけた風景が鮮明に見えた時、フェイクの目の前で手を握る少女の姿があった。
「ん!」
少女は、屈託のない笑顔をフェイクの顔へと近づける。
彼女の手からフェイクの腕を通して、生命エネルギーが注がれる感覚。
この少女が何者か、それを考えようとして……すぐにそれができなくなった。
「あっ、こんなところにいた! 勝手に離れるなって言っただ────」
どこかずる賢そうな、小物の顔をした男。
その顔はフェイクにとって見覚えのある顔だった。
彼がこちらの顔を見て固まっている一瞬の隙をついて接近。
側の石壁の表面から鋭利なナイフを生成し、男の首元に突きつける。
「ひぃっ……」
「大きな声を出すんじゃないよ。お前……たしかジャヴ・エリンとかいうレッド・ジャケットの男だね?」
「な、なぜ僕のことを……?」
そのセリフは肯定を意味していると同義。
フェイクはツクモロズがレッド・ジャケットと連携すると決まった時に、ザナミから主に関わるであろう人物の顔と名前を教えられていた。
記憶が正しければこのコロニーは傭兵団レッド・ジャケットの占領下にあったはず。
だというのにその所属であるはずのエリンの服は、みすぼらしいまでにボロボロだった。
「まあいい。この少女はどこで?」
「な、何でお前にそんなことを……」
「答えたくなければいい。ココがお前の墓場になるだけだ」
「ひっ……!」
情けない声を漏らし震え上がるエリン。
こんな男よりも、まだ魔法少女たちのほうが何万倍も勇敢だった。
「そっ、その……か、金に変えられないかと一人だったのを
「……そうかい」
フェイクがエリンを脅しつけている状況だというのに、謎の少女はキョトンとした表情で首を傾げているだけ。
その小さな身体から流れ出る気配で、フェイクは彼女がツクモ獣だということをなんとなく感じ取った。
ただのツクモ獣ではない。
無限の如き生命エネルギーをその身に宿した、不可思議なツクモ獣だ。
「ジャヴ・エリン。お前は……脱走でもしようとしていたのか?」
「べ、別にそんな」
「答えろ」
ナイフの刃をエリンの肌へと近づけ、更に脅しをかけるフェイク。
わずかに触れた刃先から、じわりと一滴の血液が浮かび上がる。
「ぼっ……僕はもうレッド・ジャケットに居場所がないんだ……折檻されるくらいなら、出ていってやろうと」
「出ていく、ということは宇宙に出るあてがあるのかい?」
「廃棄処分予定の古い輸送艇のキーをちょろまかしたんだ……古いって言ってもまだ使えるやつなのは確認している……」
このことは、フェイクにとって文字通り渡りに船だった。
今、フェイクは生き残るためにも、そして目的のためにもこのコロニーを発つ手段が必要だった。
そのための乗り物をこの男が持っていて、フェイクが生きるためのエネルギーはこの少女が持っている。
二度と来ないであろう、この機を逃す手はない。
「エリン、それから……あんた。今から私の言うことを聞くんだね」
「そ、そんななんで僕が……」
「私としちゃあ、あんたをここでバラバラにして鍵だけ貰っても良いんだけど?」
「ひいっ……! し、死にたくはないです!!」
「じゃあ選択肢は無いよ。いいね?」
言うことを聞かせるために、少女ツクモ獣に向かって睨みを飛ばす。
しかし、少女はそんなフェイクに向かって屈託のない笑顔を向けながら首を縦に振った。
(……どうも、やりにくいねぇ)
フェイクの脳裏によぎるのは、人間のフリをして過ごしていた頃。
成り代わっていた女の、娘に慕われていた自分の姿。
忘れていたと思っていたあの光景が、少女の存在に呼び起こされていた。
【3】
「ここが……コロニー・スプリング。華世ちゃんの故郷……」
コックピット内のモニター越しに想像を絶する光景を見て、思わず呟く咲良。
まるでコロニー・ウィンターやサンライトのように雪が降り続ける街並み……いや、かつては街だった廃墟。
数年単位で放置された建物はいくつもが崩れ去っており、露出した内装には真っ白なベール覆いかぶさっている。
そんな中、目を見張るのが無数に存在する円錐状の氷柱。
壁面という壁面、道路という道路から無秩序に生える冷たい突起は、この状況が常軌を逸していることが見て取れる。
「ミュウくん、どう思う?」
「ミュミュ……間違いなくこれは、暴走する華世の魔力から発生したものだミュ……」
いま、斥候用の機体〈ザンドール・スカウト〉に搭乗して偵察に出ている咲良の横には、ハムスターロボットの姿となったミュウがカラカラという玩具のような音を出しながらプロペラで浮遊している。
魔法関係の専門家としての同行であり、この状況から華世を救い出す作戦を建てるために必須の存在。
しかし、彼が必要となる偵察に咲良が立候補したのは、別の目的があった。
周囲の地形をスキャンしきった通知がコンソールへと表示される。
次の偵察ポイントへと移動する傍ら、咲良はミュウへと声をかけた。
「記憶……戻ったんでしょ。だったら紅葉の……私の妹についても、覚えているわよね」
「ミュ……ごめんだミュ。嘘をつくつもりはなかったミュ……」
「あなたを責めたいわけじゃない。魔法少女として戦うことが命がけだって、華世ちゃんやアスカちゃんを見たらわかるから……。でも」
怒鳴りたい欲求を抑え、大人として言葉を選ぶ咲良。
最愛の妹を失った悔しさはあるが、そのことで怒りを振りまくには咲良は大人になりすぎていた。
「紅葉の最期は……どうなったのか教えてほしい。私が見たときには、もう紅葉は亡くなっていたから」
「ミュ……確かに紅葉はとても強かったミュ。そして、優しかったミュ。だからこそ、ツクモロズの首領を倒したんだミュ」
「……勝ったの?」
今まで思っても見なかった言葉に、思わず声が出てしまう。
てっきり、戦いに敗れたことで紅葉は命を落としたと、そう思っていたから。
「ツクモロズ首領イザナを、あの時たしかに紅葉は倒したミュ」
「じゃあ、どうして紅葉は……命を落としたの?」
「ミュ……」
言葉に詰まるミュウ。
話し辛いことか、あるいは話しにくいことなのか。
少しの沈黙の後、口を開いた彼が発したのは咲良が求めていた回答ではなかった。
「ミュ……! あれ、見るミュ!!」
ミュウが示した方向へと、視線を向ける咲良。
そこにあったのは、凍てついた都市のど真ん中を覆うように広がるドーム状の屋根。
半透明に透けているそれは、まるで氷でできたバリアーのようにも見える。
そして、透けて見えるドームの中に佇むのは巨大な竜の姿。
二足で立ち、巨体を守るように氷の結晶を思わせる翼が身体を包んでいる。
「あれが……華世だミュ」
「華世ちゃん……あれが!?」
「神獣化……。有り余る華世の魔力が、あれだけの巨大な怪物になってるんだミュ……」
機体の計測機能を活用して、距離から逆算してサイズを計測。
目算で30メートルを超える巨大さは、人知を超えた存在だった。
「周辺地形のスキャンは終わってる……なら、突いてみるか」
咲良は操縦レバーを倒し〈ザンドール・スカウト〉が自衛用に装備しているビーム・ピストルを構えさせる。
そして氷のドームに向かって数発の発射。
放たれた光弾は半透明の氷の表面に命中……したとたん、霧散するように消えてしまった。
高熱の塊であるビームを打ち込めば、何かしら反応があるものだと考えていたのだが。
「弾かれた? いや、効かない……?」
耐ビーム装甲に無効化されたときとも、バリアーに弾かれた時とも違う挙動。
咲良は、この現象がクロノス・フィールドにビームを撃ったときの現象に近いことを思い出した。
「クロノス・フィールドって……何ミュ?」
「キャリーフレームが搭乗者を守るために展開する、時空間を停止させて作る防御壁。止まっている時間はどうすることもできないから、完璧な防御手段なんだけど……」
「じゃあこの氷は……華世の魔力で表面の空間の時が止まってるんだミュね」
そんなことができるのか、とミュウに尋ねる咲良。
彼が言うには、華世の司る魔法属性である氷の力がこのコロニーの状態を作り出しているらしい。
そして、その氷の能力の局地が時間を停止させる魔法なのだという。
「でもこれほど広い空間に張られたバリアを、中からずっと貼り続けるのはいくらなんでも無理ミュ」
「ということは……外に何かカラクリがあるってこと?」
「ドームの端っこに何かあるかもだミュ」
促されるままにペダルを踏み込む咲良。
ミュウの誘導に従って進んだ先には、明らかに異様な形状をした氷の柱があった。
まるで咲く直前の薔薇、その姿が何層にも積み重なり巨大な氷のタワーを形成したかのごとき建造物。
キャリーフレームの二倍はありそうなその物体に、咲良は機体を寄せた。
「間違いないミュ、ここからドームに魔力が供給されてるミュ」
「この形の柱なら……たしか他のところにも」
これまでスキャンした地形情報を呼び出し、目の前の塔の外見をもとに検索。
するとコロニー内に目の前のものを含めて三箇所、地図上できれいな正三角形を描くような配置で同じような物体が存在していた。
「これは……全部壊さないと華世の場所には行けそうにないミュね」
「この塔は壊せるの?」
「ドームと違って時間が止まってはないみたいだミュ」
「じゃあ、試しにビームでも」
先程ドームへ行ったように、ビーム・ピストルを構え発射。
すると氷柱の表面に穴が空き、熱で昇華した水蒸気が辺りに広がった。
それと同時に、その塔の中心部が赤く光り始めた。
「な……これは!?」
「危険ミュ! はやくここを離れたほうが……!」
警報とともにレーダーに現れる無数の敵対反応。
周囲の氷の塊から、まるで卵から孵化したかのように次々と何かが飛び出した。
それは例えるなら、氷でできた翼竜人。
いや、華世が左脚を失うときに宇宙で戦ったツクモロズの氷バージョンのような存在だった。
「数は10、20……まだ増える!?」
「このマシンじゃ無理ミュ!」
「言われなくてもっ!!」
力いっぱいペダルを踏み込み、後方へと機体を飛び退かせる咲良。
出口に向かって一目散に飛行するも、その間にもレーダーの反応は増え続けていた。
「下からくるミュ!」
「くっ!!」
操縦レバーを左に倒し、間一髪で青白い光線を避ける咲良。
外れたそのビームが倒壊しかかったビルに当たり、その表面に巨大な氷の結晶を形作る。
「冷凍光線……!」
「どんどんくるミュ!」
「こうなったら……!」
後方から飛んでくる攻撃を回避しながら、さっき冷凍光線があたったビルに近づく咲良。
そしてそのビルの下層をビーム・ピストルで攻撃。
土台部分が焼き切られたビルが傾き始めたところで上昇し、屋上付近を機体で蹴りつける。
轟音を上げながら倒壊するビル。
巻き上げられた雪と氷が霧のように広がり、あたり一面の視界がホワイトアウトする。
すかさず、機体のカメラを光学モードから赤外線モードへと切り替え。
霧の中でツクモロズたちが視覚を失っている中、咲良は地図にそって進みなんとか脱出に成功した。
【4】
「──以上が、葵少尉が持ち帰ったスプリングの状況だ」
ネメシス傭兵団の母艦〈アルテミス〉のブリーフィングルーム。
その壇上で声を張り上げるドクター・マッドの声に、部屋中の者が真剣な表情で一斉に頷いた。
(まさか、華世が生きていたなんて……嬉しいけど、心の整理がまだつかない)
席の一つに腰掛けたまま、ホノカは頬を指で擦る。
咲良たちがコロニー・クーロンへと帰還して、生存していたウィルとともに持ち帰ってきた情報。
それは、生存が絶望視されていた華世が生きていることだった。
それから間もなく、華世を救い出すためのメンバーが編成。
ネメシス傭兵団の戦艦に搭乗し、一日も立たずに出発した。
そのメンバーは、咲良とウィルとフルーラ。
それからテルナを除くネメシス傭兵団のメンバー。
そしてホノカを始めとした魔法少女たちと、最後にムロレ。
内宮も娘同然の華世を助けるための作戦への参加を強く希望していたが、大元帥から各コロニーへ防衛力を強めるよう達しが出ていた為に不参加となった。
テルナ先生が残ったのも、傭兵団が抜けて減る防衛力を少しでも補うため。
咲良に向かって「華世が帰ってくる家はうちが守ったる!」と内宮が空元気で言っていたのは、ほんの数時間前のことだった。
ホノカは、華世の生存を信じていなかったわけではない。
ただ、報せを聞いてからの展開の早さに目を回しているだけだった。
「今回の作戦は、4部隊に分けて行う運びとなった。地図を見ろ」
ドクターがリモコンを操作すると、大型モニターに立体地図が映し出された。
その中心には目標を示す赤いマーカーがひとつ。
そしてそれを取り囲むように円が描かれ、外縁上に地図上で見て赤いマーカーの左上・右上・そして真下に黄色いマーカーが配置されている。
「目標・氷魔竜ティルフィングはクロノス・フィールドに似た性質の障壁に守られている。そのバリアーを支えるのが黄色いポイントに示された氷のタワーだ」
「ティル……なんだって?」
「ティルフィング。神獣化した華世は神話の剣から取った名前で以後呼称する」
ドクターは、淡々と作戦の説明を行った。
4部隊のうち3つは、タワーを破壊するために各ポイントへ赴き攻撃を仕掛ける。
バリアーが消失し次第、艦内に残った1部隊が戦艦とともに目標──神獣化した華世へと攻撃。
3箇所のポイント破壊に勤しんでいた部隊も、余力があれば中央チームへと加勢。
神獣化した魔法少女は神獣の中におり、神獣は致命傷を負うことで変身が解ける。
ティルフィング討伐に成功するか、あるいは体内に潜り込んで直接華世を救い出せれば、目標達成だ。
「んで、チーム分けはどうすんだよ。博士」
すっかり魔法少女隊のリーダー面をしたアスカが、肩肘をついた不遜な態度で問いかける。
メンバー編成については、黙ってブリーフィングを聞いていたホノカとしても気になるところではある。
この救出作戦に赴くのは、魔法少女とキャリーフレームの混成部隊。
空を飛べるとはいえ、さすがに魔法少女の機動力はキャリーフレームにはかなわない。
そんな心配をしているホノカをよそに、ドクター・マッドは画面に映る資料を切り替えた。
「氷のタワーを破壊する3部隊については、キャリーフレームのみの少数部隊とする。ひとつは、ラドクリフを隊長としたネメシス傭兵団のザンドール部隊」
「まあ、妥当なとこだな。変に混ぜられるよりは仲間内で固めてもらったほうが都合がいい」
ウンウンと頷きながら納得するラドクリフ。
彼の部隊に入りたかったのか、どこかアスカが残念そうにしてるように見えた。
「次はウィル、フルーラ2名によるニルヴァーナ隊だ。この部隊は両機とも可変機体ゆえ、タワー破壊後の加勢にも期待したい」
「ね、聞いたウィリアム! 私達チームだって!」
「フルーラ……ピクニックに行くんじゃないからね?」
嬉しそうにはしゃぐフルーラと、彼女に袖を掴まれて困り顔のウィル。
ウィルは華世が想い人で、フルーラはウィルの事が好き。
その三角関係が、今の二人の複雑な表情の根底にある。
「最後のタワー攻撃部隊は、葵少尉とムロレ氏の2名で編成してもらう」
「先生と……ですか」
「ちょうどいいや、教え損ねてたことを叩き込むいい機会にならぁ」
苦笑交じりのやり取りを小耳に挟みつつ、ホノカは自分の所属する部隊のことを考える。
残ったのは自分を含めた魔法少女4人。
それが、ティルフィングへと姿を変えた華世へと攻撃するチームとなる。
「ティルフィング攻撃隊は先も話したとおり艦内で待機。バリア消失後に出撃となる。いいな」
ドクター・マッドの言葉に、ホノカ含む4人の魔法少女は「はい!」と返事した。
※ ※ ※
「な、なあっ……ラド!」
ブリーフィングが終わり、出撃前の慌ただしさに包まれる格納庫。
自身が乗り込む〈エルフィス・オルタナティヴ〉の足元で整備員たちの動きを見ていたホノカは、不意に聞こえたアスカの声に視線を動かされる。
いつも強気なアスカらしくない、もじもじとした立ち方。
いつの間にか隣りにいた結衣が「くふふ、見てみて。ラブだよ、ラブ……!」と意地悪そうに指を差す。
「あのよ……ラドは怖く、ねえのか?」
「怖い?」
「だってよ。相手はその……得体の知れねぇツクモロズだぞ! 死んじゃったり……しないかとか、その……」
「心配してくれてんのか。嬉しいねぇ」
「バッ……!べつに、そんなんじゃねえって!」
照れ隠しに視線を背けるアスカ。
その姿は、まるでラブコメ漫画で意中の相手の前にいるヒロインのようだ。
「全く怖くない、といえば嘘になるな。命の取り合いしにいくわけだから。クロノス・フィールドに守られてるとしても、今日が命日になるかもしれない……と考えない時はない」
「そう……なんだ」
「でもな、俺達がやらなきゃいけないことが目の前にある。それをしなきゃ、誰かが傷つく。そう思えば、使命感が怖さを少し誤魔化してくれるんだ」
「使命感が……」
いま、この艦にいる人間は一丸となって、華世という一人の少女を助け出すために動いている。
かわいそうな境遇の果てに怪物と化した、女の子を救うために。
その先にあるであろう幸福のため、笑顔のため。
未来のために、ここにいる人々は頑張っているのだ。
「……アスカ、君の望む答えにはなったか?」
「ありがとう、ラド。絶対に……みんなで無事に帰ろうな」
「そんな死亡フラグっぽい言い回ししなくてもいいだろ」
「なっ……バカ! 心配してやってんのに!!」
怒るアスカと笑うラドクリフ。
二人のやり取りを見ていたホノカは、いつの間にか重い気分が無くなっていた。
【5】
氷雪に包まれた廃墟を眼科に、空中を駆け抜けていく2機の戦闘機。
いや、戦闘機形態のキャリーフレームが風を切りさいて飛んでいく。
『ウィリアム、腕は鈍ってないでしょうね!』
「この戦いで証明して見せるさ……フルーレ・フルーラ!」
正面から乱れ飛ぶ、青白いビーム。
ウィルは冷静にその発射光を見極め、操縦レバーを右へ左へと素早く押し倒す。
冷凍光線が描く光の帯、その隙間を縫うように機体が回転。
竜人型ツクモロズ・プテラードCの一体へと肉薄した。
瞬時にウィルは機体を人型形態へと変形、同時に取り出したビーム・セイバーで一閃。
プテラードの細い胴体を縦一文字に斬り裂いた。
一方のフルーラの方も、チェイス・レーザーを乱れ撃ち。
周囲を囲む無数のプテラードが光に飲まれ消滅していく。
『数だけは多いわね……!』
「タワーを破壊するために、まずは周囲を片付けないと……」
目標であるティルフィングを護る障壁。
それを突破するために発生源となっている氷の塔を破壊するのが目的である。
しかしタワーへの攻撃を防ぐように、守護者たるプテラードたちが苛烈な攻撃を向けてくる。
一気に塔を打ち崩すためにも、まずは雑魚掃除をするのが先決だった。
「くっ……!」
雑魚、といっても相手はキャリーフレーム大のツクモロズ軍団。
数が数だけに、そのすべての攻撃を回避し切るのは不可能に近い。
冷凍光線をかすめた右翼が凍結したのか、左右のバランスが崩れる。
ウィルは咄嗟に人型へと機体を変形、ビーム・セイバーで攻撃を受けた箇所を軽く撫でて張り付いた氷を溶かす。
「キシャァァ!」
「このっ……!」
その隙をついて飛びかかってきたプテラードの一体を返す刀で横薙ぎに溶断。
敵だった残骸が落下するのを尻目に再度戦闘機形態へと変形。
周囲を囲む相手を手あたり次第にロックオンし、ミサイルを放った。
煙の尾を引き乱れ飛ぶ無数の弾頭。
ひとつひとつが敵へと当たり、空中で丸い爆炎を次々と浮かべていく。
『ちょっと、ウィリアム! 私もいるの忘れてない?』
「フルーラは、こんなミサイルに当たるようなパイロットじゃないだろ?」
『ふふっ、わかってるじゃない!』
モニターに映るフルーラと、同時に頷きあうウィル。
レッド・ジャケットで一緒にいた頃に編み出したコンバット・パターン、それを今使うときだった。
急旋回し、氷の塔の真上で同時に人型形態へと機体を変形させるふたり。
空中で背中合わせになるように滞空し、そのまま同時に横方向へとレバーを倒す。
機体左側面のスラスターが2機同時に火を吹き、ふたりが丸を描くように円運動。
高速で回転しながら、ビーム・カービンガンをフルバースト。
360度全方位に放たれる光弾の嵐。
乱れ飛ぶ無数のビームが大量のプテラードを飲み込み、その胴体を、翼を、頭を滅茶苦茶に貫き掻き回す。
銃身の熱が危険域になると同時に回転を停止。
そのときには、すでに辺りの敵は一体も残っていなかった。
「今だっ……!」
『行くわよ!』
その場で戦闘機形態へと変形させ、垂直に上昇。
2機は左右対称の軌道で一度大きく外側へと広がり、同時に機首の先端をタワーへと向ける。
「「いっけぇぇぇ!!」」
2機の機首で光が収縮し、放出。
放たれた極太のビームが氷のタワーを貫いた。
※ ※ ※
『こちらウィル隊、目標の破壊に成功した!』
『ラドクリフ隊、こっちもオーケーだ』
『ってことだ、あとは俺たちが終わらせるだけだぜ?』
「は、はいっ!」
次々と襲い来るプテラードをビームで迎撃する咲良。
光線の雨の中を抜けてくる敵。
その鋭い爪が〈エルフィスサルファ〉を捉える前に、近接戦モードのメシアス・キャノンが巨体を切り捨てる。
『咲良、もう一体います!』
「クッ……!」
真っ二つになったプテラードの、その向こうからもう一体が接近をしていた。
しかし敵が肉薄する前に、横から飛んできた脚部が放った蹴りが危険を跳ね飛ばす。
『シミュレーターでやっただろ! 波状攻撃に注意しろぃ!』
「は、はいっ!」
ムロレの活躍は凄まじかった。
防御性能が低い軽量化されたフレームに、細い逆関節の脚部を持つ独特な機体。
名を〈オルトリーチ〉と呼ぶ、明らかに現代から見れば型落ちレベルのマシンでムロレは攻撃の嵐を掻い潜っていた。
バーニアが火を吹くたびに跳ねるように機体が宙を舞い、猛烈なキックで相手の体勢を崩させる。
バランスを欠いて怯んだところに、これまた小口径の散弾銃を至近距離で連射。
遠距離から放たれる冷凍光線には瞬時に回避し、高速で接近。
ビーム・ナイフの乱れ切りで敵を圧倒する。
『いいかぁ、なぜキャリーフレームが人間の形をしているかを考えろ! 大砲を直につけず手足があるのか! 器用さを活かせ!!』
講義するかのように、通信越しに叫びながら次々と襲い来る敵をなぎ倒す。
蹴りに殴り、それは時に敵ではなく壁同然の廃ビルを足場にするために使われ、〈オルトリーチ〉は縦横無尽に戦場を駆け巡る。
まるで、咲良にあまり戦わせないように。
『へっ! あらかた片付いたぜ、咲良!』
「先生……もしかして私を温存するために無茶な戦い方を?」
『こんなもん、無茶には入らねぇよ! だがなぁ、確かにお前をセーブさせてるのは確かだ!』
「それは、私が頼りないから……?」
『バカ言え! 中央のバケモンをてめぇに押し付けるためだよ! 大切なやつがいるんだろ、あそこにはさ!』
ムロレの機体が指差す方向へ、視線を向ける。
ここからは冷気で白く染まる空気の層で見えないが、あの向こうに華世がいることはわかっている。
「……ありがとうございます」
『礼を言ってる暇があるか? さっさと行っちまえ、お前の戦いによ!』
機体越しの頷きを返し、フットペダルに力を込める咲良。
無数のビーム・スラスターから光の尾を流し、〈エルフィスサルファ〉が空を駆けた。
【6】
『3箇所のピラーすべての破壊を確認!』
『障壁、消失します!』
通信越しの報告を聞きながら、操縦レバーを握るホノカの手に力が入る。
両脇の空間には
『目標確認! ティルフィング、動き出しました!』
『ホノカ、聞いたな。あとはあなた達の手にかかっている。頼んだぞ!』
「はい……艦長!」
機体正面のゲートが開き、雪と氷に閉ざされた町並みが視界に入る。
その向こうに見えるのは、うっすらとしているが明らかに巨大な陰。
あれが、あの中に華世がいる。
『〈オルタナティヴ〉、発進せよ!』
「ホノカ、〈エルフィスオルタナティヴ〉行きます!!」
機体が足を載せていたカタパルトが後方へ火を吹きながら急発進。
押し出されるようにしてレールの上を走った機体が、宙へと投げ出された。
「っと……すげぇスピードだな」
「ホノカちゃん、私達……勝てるかな」
「勝てるかじゃない、勝つんですよ。華世を救い出すためにも!」
「来たぞっ!」
アスカの声に反応して、操縦レバーを力いっぱい横に倒す。
横回転しながら飛来した冷凍光線を回避する〈エルフィスサルファ〉は、手はず通りにコックピットハッチを開放した。
ホノカの両脇に座る3人の少女が、顔を見合わせて同時に頷く。
そして変身の呪文を叫びながら、外へと飛び出した。
「「「ドリーム・チェェェンジッ!!」」」
眩く輝く変身の光を見届けてから、ホノカはハッチを閉じて再び操縦に意識を向ける。
鋭い爪を向けて飛びかかってくる竜人型ツクモロズを、すれ違いざまに赤熱する大剣・フレイムエッジで溶断。
すぐさま武器を持ち替え、正面に銃口を向けたガトリングウォッチを斉射する。
高熱の弾丸を浴び、霧散するツクモロズたち。
しかしその攻撃をかいくぐってホノカに向けて光線を吐こうとする敵がひとつ。
だが、その攻撃が放たれる前に横から飛んできた魔法のミサイルが直撃。
爆炎の中へとその巨体が消えていった。
『ホノカちゃん、油断は禁物だよ!』
「結衣先輩、フォロー感謝します!」
周囲で、魔法少女たちも戦っていた。
『うらららららーっ!!』
高速回転する銃身を叩きつけ、近寄る敵を文字通り叩き落としていくアスカ。
砕け散ったツクモロズの破片が、次々と眼下へと散らばり落ちる。
彼女らの奮闘ぶりを見て、自らを奮い立たせるホノカ。
その直後、けたたましいアラートが鳴り響いた。
『質量体接近』
「攻撃っ……!?」
反射的にペダルを踏み込み操縦レバーを引き、その場から機体を飛び退かせるホノカ。
直後、キャリーフレームの体格に近い巨大な氷塊が飛来。
轟音とともに地上へと突き刺さり、破壊された建物の破片が巻き上がった。
「あれが……ティルフィング!」
冷たい霧の向こうから姿を表す、圧倒的な巨体。
全身が氷でできた、二足歩行する怪獣映画の化け物のような姿をした神獣。
先程突き刺さった氷塊と同じ形状の、浮遊する翼のような氷を含めて見ると、その姿は巨大なドラゴンにも感じられる。
この巨大なツクモロズの中に、華世がいる。
「相手が氷なら……熱線で!!」
コンソールを操作し、武装を切り替え。
機体左腕に装備されたシールド、その表面装甲がスライドし武装を展開。
ホノカの魔力を源に送り込まれたエネルギーが、顕となった放熱板を赤熱化。
貯まりきった熱が、真っ赤な光線となって放射された。
巨体らしからぬ俊敏さで、ビルのような巨大な腕を前へと突き出すティルフィング。
その手のひらから展開された障壁が、〈エルフィスオルタナティヴ〉の放った熱光線を受け止めた。
矢継ぎ早に、
しかしその攻撃もまとめて、浮かび上がった魔法陣の盾によって阻まれかき消されていった。
『だったら……アタシだっ!!』
いつの間にか上空にいたアスカが、落下を伴ったガトリングメイスの一撃を叩き込む。
けれども、以前に戦艦級ツクモロズの障壁を破壊した彼女の攻撃でさえ、ティルフィングの守りを突破することは叶わなかった。
弾かれるようにふっとばされ、ホノカ機の側で体勢を立て直すアスカ。
「魔力障壁……なんて硬さなの!?」
『これまでの連中とは格が違うってことかよ……!』
「グギャアアオオオ!!」
大気を震わせる咆哮が辺りに響く。
ティルフィングが巨大な口を開き、その中に光が収縮していく。
「みんな、避けてっ!!!」
前方へと突き出された頭部から、青白い巨大な光線が吐き出される。
それは空中で幾重にも枝分かれし、予測不可能な形状に変化しながら辺りを乱れ飛ぶ。
巻き込まれたツクモロズが次々と氷付き、砕け散る。
間一髪で回避するアスカたちを尻目に回避運動を取るホノカだったが、避けきれずに機体の左肩へと被弾。
ダメージを示すアラートが鳴る中、冷静にフレイム・エッジで凍りついた装甲を切り落とす。
「長期戦は厳しいか……でも」
まずはあの魔力障壁をどうにかしないと、近づくこともままならない。
そう考えていると、ホノカの目の前に
「
『私だって……クーロンで何もしてなかったわけじゃない! この力を使うなら……今しかない!』
杖を宙に浮かべ、祈るように手を合わせる
すると、彼女の身体が空中で激しい光に包まれた。
その光はまるで、魔法少女が変身するときの光。
だが、既に変身済みの
「
巨大に膨れ上がっていく輝き。
光の膜を突き破るようにして、太く長い体躯が姿を表す。
その姿はまさしく、ホノカが想像した姿。
かつて
しかし暴走していたあの時と違い、その蛇の目には
(私がいないところで、その変身……使いこなしたんだ)
鎌首をもたげ開いた白蛇の口へと魔法陣が発現し、その中心へと光が収束する。
一方、ティルフィングの方もこちらの攻撃態勢に応じるかのように翼のひとつをこちらに向けた。
「間に合わないっ……!!」
無防備にエネルギーをチャージする白蛇へ突き刺さらんと、巨大な冷たい刃が空を切る。
ホノカは考えるより早く、ペダルを踏み込んだ。
そして機体のシールドを展開、フルパワーで熱線を照射する。
「止まれぇぇぇぇ……!!」
熱量を受けて先端が融解し始める氷塊。
しかしエネルギーが足りないのか、氷の勢いは止まらない。
『手ェ……貸すぜっ!!』
そう叫びながら〈オルタナティヴ〉の肩を踏みつけ、跳躍するアスカ。
空中でガトリングメイスの機構を高速回転させた彼女が、落下の勢いを載せた一撃を氷塊へと叩き込む。
バキンッ……!
破砕音を響かせ、粉砕される氷の刃。
そして驚異を失った
魔法陣を浮かび上がらせ、防御を試みるティルフィング。
エネルギーを受けた魔法障壁が震え、大気が揺れる。
しかしその中でも、ティルフィングは反撃とばかりに光線を吐き出していた。
「エネルギー消費が激しくて……動きが鈍い!?」
咄嗟にかばおうとし、バーニアのパワーの弱さに絶句するホノカ。
光線はもう、
【7】
「あ……!!」
攻撃を放つ、白蛇と化した
横合いから飛び出した戦闘機、いや戦闘機形態をしたキャリーフレームが庇うようにして光線を機体で受け止めた。
瞬時に氷つき、墜落するキャリーフレーム。
同時に、ティルフィングを守っていた強固な魔力障壁が音を立てて四散した。
(あの機体は、フルーラさんの……でも今は!)
命懸けで彼女が切り開いてくれた活路。
そのチャンスを無下にしては、彼女に合わせる顔がない。
「結衣先輩! フルーラさんを頼みます!」
『ホノカちゃん、わかったけど……何を!?』
「私は……今の私にできることを! ドリーム………チェェェンジッ!!」
コックピットの中で変身し、開け放たれたハッチから弾丸のように飛び出すホノカ。
ティルフィングと対峙したときからずっと感じていた華世の気配。
(今の戦力だと倒すのは困難……だったら華世を直接!)
感覚を頼りに巨大な敵の右胸部めがけ、自身の後方を連続爆破して僅かな時間に目一杯加速していく。
「華世ーーーーっ!!」
その熱気をまとったまま、ホノカはティルフィングの胴体へと突き刺さり、勢いのままに中へと潜り込んでいく。
全身を包み込む冷気の中で、正面に感じる華世の気配だけを頼りに氷の壁を砕き溶かし進むホノカ。
「いた……!!」
そしてついに、魔法少女姿のまま眠るように目を閉じた華世の姿を確認した。
ホノカは
奥に見える外の光。
ついにティルフィングの背中を突き破り、まばゆい光の中へと飛び込んだ。
「あっ……!?」
突き抜けた先、そこには無数のツクモロズがホノカへと狙いを定めていた。
────待ち伏せ。
そのことに気づいたときには、ホノカは軌道を変える時間は残っていなかった。
華世を守るように抱き寄せ、死すらも覚悟をするホノカ。
ただ、華世だけは守らねばという想いが、彼女を突き動かしていた。
光線の放たれる音が空を裂く。
そして無数の氷が砕け散る振動が空気越しに響いた。
目を開いたホノカの視線に映るのは、咲良の乗る〈エルフィスサルファ〉の機影。
前方に向けた翼、その先端から伸びる無数のビーム砲が敵を尽く撃ち貫いたのだ。
そして、そのことを脳が理解する前にホノカと華世の身体は戦闘機型の機体のコックピットへと吸いこまれていた。
「っと……大丈夫かい、ホノカちゃん!」
「ウィル……さん? そうだ、華世……!」
シートに座るウィルの膝の上で、抱きしめていた華世の無事を確認するホノカ。
痛みか暑さか苦悶の表情を浮かべる華世の顔を見て一安心して、ホノカはウィルの膝から降りた。
「あ、ウィルさん……フルーラさんが!」
「結衣ちゃんが助け出してくれたって聞いたよ! あとは……あいつだ!」
人型形態へと変形させた〈エルフィスニルファ〉の正面に、こちらへ振り向いたティルフィングの姿が映る。
胸部にホノカが貫いた穴が空きながらも、未だあの怪獣にはこちらへ殺意を向ける余裕が残っているようだ。
「あいつは……あたしがやる」
そう発言したのは、いつの間にか目を覚ました華世。
青白い顔に苦痛を浮かび上がらせながら、彼女は立ち上がった。
「華世!? 無茶だ、助け出されたばかりで……!」
「あたしがやらなきゃ、いけないのよ……! あいつはあたしの中から出てきた魂、そして……あたしの罪そのものだから。ホノカ、手を出して……!」
ウィルの隣からコンソールを操作し、コックピットを開放する華世。
彼女の言っていることが理解できないまま、それでもホノカは華世を信じて彼女の手を握った。
「ホノカ……魔力、借りるわよ。ウィル、味方に退避指示を……!」
「わ、わかった!」
「でも華世、あなたは魔法が……!」
「あたしだって、ただ寝てたわけじゃない。夢の世界で、妖精の世界で……交わした約束と、得た力がある!」
華世の手を通じて、気力……あるいは元気のようなものが吸い取られる感覚が全身に流れ込む。
そしてホノカの手を離し、ハッチから身を乗り出し生身の左腕を外へと向けた華世は、力いっぱい叫んだ。
「────マジカル・インパクト!!」
手刀サイズの光の矢。
そう形容しかできないものが華世の手から放たれ、そしてティルフィングへと突き刺さった。
瞬間、その光は溢れるように膨れ上がりティルフィングの巨体を飲み込んでゆく。
その輝きは周囲にも拡散していき、まるで敵味方をわかっているようにツクモロズだけを貫き包み込む。
それは、数秒の出来事。
そして全てが終わったとき、残っていたのはティルフィングがいた場所を中心に空間が球状にえぐり取られたかのような、巨大なクレーターだけだった。
「ちょっと……力のセーブが聞かなかった……わね」
「華世、今のは……?」
「これであたしも、胸を張って魔法少……女……って」
ふっと、糸が切れたように意識を失う華世。
ホノカは慌てて前に出て、倒れた彼女の身体を抱き支える。
すぐに彼女の胸に手を当てたが、幸いにも鼓動が感じられた。
「気を……失っただけみたいです」
「良かった……でも」
言葉に詰まるウィルと共に、クレーターへと視線を戻すホノカ。
夢の世界、妖精の国、交わした約束。
ティルフィングを魂、そして罪と意味深な形容をした華世の言葉。
その意味を聞き出さなければ。
華世の無事を喜ぶ暇もなく、ホノカは思考を巡らせる。
そしてウィルは機体を戦闘機形態へと変形させ、艦へ帰投すべく全速でその場を離れた。
※ ※ ※
「どうして、〈アルテミス〉が宇宙に……?」
母艦との合流地点にたどり着いたホノカたちだったが、そこに艦の姿はなかった。
どうやら、ウィルが慌てて一番大げさな退避命令を出したがゆえに、他の機体ともどもコロニーの外まで退避してしまったようだった。
ホノカは隣で眠る華世の顔を少しだけ見てから、申し訳無さそうな表情のウィルへと視線を映す。
「ごめん。俺のミスだよ……」
「良いですよ。一刻を争う状況ではありませんし」
遠くに見える母艦に向けて、そこそこのスピードで進んでいく〈エルフィスニルファ〉。
その後方ではホノカが乗り捨てた〈オルタナティヴ〉が、自動操縦でゆっくりとついて来ている。
二機ともさんざん無茶をやった後なので、推進剤もエネルギーも底が見えており、節約しながらの移動だった。
無重力空間の慣性に乗って宇宙を進んでいたその最中、ホノカはレーダーの光点に気がついた。
「ウィルさん。何か……宇宙に漂ってるみたいです」
「救難信号だ。誰かがキャリーフレームで遭難しているのか?」
コンソールを手際よく操作し、機体データを参照するウィル。
画面に表示された文字を見て、彼の表情がこわばった。
「何か……あったんですか?」
「この漂流している機体……」
ウィルが指さした画面の箇所を、横から覗き見るホノカ。
そこに映し出されていた文字列は────
「カストール……前にツクモロズ化した宇宙要塞で戦った、双子の機体のひとつだ……」
──────────────────────────────────────
登場戦士・マシン紹介No.
【スカウト・ザンドール】
全高:8.5メートル
重量:12.5トン
偵察専用の装備が施されたザンドール。
周囲の地形をスキャンし、データを持ち帰ることで作戦を立てやすくする役割を持つ。
そのため、レーダーに引っかかりにくい特殊なステルス装甲や多種多様なセンサーが全身に用いられており、他のザンドールとは外観が結構異なっている。
武装は自衛用の最低限度のものしか無く、低燃費のビーム・ピストルが2丁だけとなっている。
【オルトリーチ】
全高:7.4メートル
重量:6.1トン
ムロレが操縦するカスタムメイド・キャリーフレーム。
逆関節構造の脚部が特徴的な機体であり、ところどころがフレーム丸出しなほど耐久性を犠牲に運動性能を引き上げている。
両手の散弾銃とビーム・ダガーがメインウェポンであり、高機動で敵に肉薄し素早く仕留める戦法を取る。
【氷魔竜ティルフィング】
全高:32.4メートル
重量:不明
華世の魔力が房総市、神獣化して生まれた巨大な氷の竜。
宿した氷の魔力によって全身が構成されており、発する冷気によってコロニー1つを寒冷化するほどの力を持つ。
ひとつひとつがキャリーフレームサイズという巨大な刃状の氷塊が、翼のように背中の近くに浮遊しており、武器として射出することもできる。
幾重にも分裂しながら飛ぶ冷凍光線による攻撃は、わずかに触れるだけで物体が凍りついてしまう。
他のツクモロズよりも遥かに強固な魔力障壁を持ち、並大抵の攻撃は通りすらしない。
【プテラード
全高:7.7メートル
重量:不明
ティルフィングの周囲を守るように飛行するツクモ獣。
かつて華世たちが第10番コロニー・ネイチャーにて交戦した翼竜人型のツクモロズ、プテラードの氷版のような外見をしている。
武装としては鋭い爪のほか、原種が放っていた熱線の代わりに冷凍光線を口から吐き出す。
──────────────────────────────────────
【次回予告】
次なるツクモロズ勢力の目的、それはコロニー・クーロンへの大攻勢だった。
その情報を得た華世たちは、クーロンへと急ぎ戻る。
そして戦いを前に、華世はドクターへと自らの「強化」を提案する。
次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第37話「乗り越えるべき過去」
────自分を捨て去ることは、並外れた覚悟の表れ。
鉄腕魔法少女マジ・カヨ コーキー @koki_shexe
★で称える
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