第33話「変わりゆく“いつも”」
「ねえ、アスカってさ……ラドクリフっていうお兄さんのこと、好きなの?」
「や、や、やぶっ、やぶっ、藪からボッ、棒だな……!?」
戦艦級ツクモロズ〈ハーコブネイン〉のもとへと向かう道すがら。
キャリーフレームのコックピット内で唐突にフルーラから投げかけられた質問に、アスカは激しく動揺していた。
返答のための言葉を選びながらも、思わず魔法少女服の襟を持ち上げて口元を隠す。
「好きか、嫌いかだとよ……嫌いじゃ、ねぇよ」
「へー、そうなんだー」
「こんなこと話してねぇで、操縦に集中しろよ! もうすぐ敵の場所だぞ!」
「わかった、わかった! わかりましたー! よーし、行っちゃうよー!」
妙に上機嫌になったフルーラが、フットペダルをグッと押し込む。
急加速する機体の中で、アスカは自分の顔が真っ赤になってないかばかりが気がかりだった。
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鉄腕魔法少女マジ・カヨ
第33話「変わりゆく“いつも”」
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【1】
アスカが戦場に着いたとき、地上は火の海と化していた。
轟々と眼下の街が燃え上がる中、空にそびえるツクモロズ戦艦に向けて、攻撃するキャリーフレームが数機。
獣型の機体や量産機の〈ザンドール〉が並び立つあの中に、ラドクリフが乗っているものがあるのだろう。
そんな彼らは、次々と放たれる無数の〈デ・クアート〉に足止めを喰っていた。
「どうする、アスカ?」
「どうもこうもねぇよ。やべえのはあの〈ハーコブネイン〉だ。あいつを潰す!」
アスカの声に呼応するように、フルーラがぐっと力強くフットペダルを踏み込む。
直後に加速する〈ニルヴァーナ〉は、〈ハーコブネイン〉の放つ対空砲火を掻い潜りながら敵戦艦の上を取る。
続いて、フルーラが操縦レバーを操作すると歪曲した幾多もの光線が〈ハーコブネイン〉に降り注いだ。
しかし、その攻撃は浮かび上がった魔法陣の障壁に食い止められてしまう。
「効かない……!?」
「ヤツの魔力障壁だ。あのデカさな上に元は宇宙戦艦だからな……生半可なビームじゃぶち抜けやしないだろう」
「じゃあ、どうしたら?」
「アタシが行く。外に出してくれ!」
言われるがままにコックピットハッチを開放するフルーラ。
アスカはひとつ深呼吸をし、意を決して身体を投げ出した。
頬を空気が叩きつける感覚を受けつつ、真下に向かって手をのばす。
アスカを迎撃しようとする対空弾幕は、光の翼が盾となって防いでくれる。
徐々に近づいてくる敵艦の甲板。
そしてついに、アスカの手が魔力障壁にぶち当たった。
「……弾けろおっ!!」
手のひらから全力で放ったアスカの魔法力が、敵の魔法陣をこじ開ける。
ガラスが割れるようにヒビが入り、砕け散る魔力障壁。
開いた穴に身体を滑り込ませ、内側へと入り込む。
そして重力に身を任せ、ついにアスカは敵の懐へと降り立った。
「さあて、確かヤツのコアは……」
記憶を頼りに、巨大な人型をしている〈ハーコブネイン〉の頭の方へとアスカは駆け出す。
地球でやりあったときは、ここに至るまでに多大な犠牲と苦労を要した。
けれども、同じことを単身であっさりと成し遂げてしまったフルーラ。
凄いやつと友達になれたことを誇らしく思いつつ、アスカはガトリングメイスを振るい、戦艦の顎を叩き割った。
「へへへ……おでましだ」
壊し剥がした装甲面の下から出てきたのは、ドクンドクンと脈打つ巨大な正八面体。
大きさこそ違うが、いまアスカの体内で胎動しているものと同じ物体。
死した自分がツクモロズとして蘇った事実は、すでに聞いている。
自分が何者になってしまったのか。
どういう経緯で蘇ったのか。
気になることは山ほどあるが、今はこのデカブツを倒すのが最優先だ。
露出した敵の急所に狙いを定め、ガトリングの引き金に力を入れる。
このコロニーを脅かす驚異が、燃え盛る無数の弾丸を受けて悲鳴を上げる。
巨大な戦艦の形をした物体が、鈍い音とともにその巨体を霧散させていく中、アスカは輝く翼を広げて飛び上がった。
眼下で崩壊する〈ハーコブネイン〉。
その崩れゆくさまは、まさに地球でアスカが見たあの場面と変わりがなかった。
(変わんねぇのは、相手だけか……)
あの時と違う場所。
あの時と違う仲間。
そして、あの時と違う自分の姿。
何もかもが変わってしまった現実の中で、崩れ行く敵の姿だけは、あの頃のままだった。
「どうしたの、アスカ?」
〈ニルヴァーナ〉のコックピットへと回収してくれたフルーラが、首を傾げつつアスカを横から覗き込む。
柄にもなく感傷に浸っていることを悟られたくなく、アスカは無意識に視線を逸した。
「なんでもねぇよ。なんでもな……そういや、前々から気になってたんだけどよ」
「何?」
「お前のその、素人がハサミで切ったみてぇな髪。なんとかならねぇかな」
アスカにとっては、話題そらしのための何気ない一言だった。
けれども、フルーラはその指摘に対しなんだか思いつめたような表情を返していた。
【2】
崩壊した建物と瓦礫の山。
戦いが終わった後の戦場……数時間前までは賑やかな街だった場所に降り立ち、咲良はコックピットの中でひとりため息を付いた。
『暗いね、葵隊員。ふぅ』
「ラドクリフさん。あなたこそ……ふぅ」
通信越しに話しかけてきたラドクリフと、同時にため息を吐く。
モニターに映るラドクリフの気分が低そうな理由は、恐らく咲良と同じであろう。
決して少なくない戦力で戦っていた戦艦級ツクモロズ。
以前戦ったときは、戦艦〈アルテミス〉の究極兵器・空間歪曲砲によって撃沈したそれに、咲良たちは苦戦を強いられていた。
場所がコロニー内ゆえ、大火力兵器は使えない。
しかし相手は強固なバリア・フィールドを有し、咲良たちの攻撃は全くと言っていいほど通用しなかった。
もしかすれば、今回乗れなかった〈エルフィスサルファ〉を使えれば多少は通ったかもしれないが。
なんにせよそんな強敵を、魔法少女はいとも簡単に倒してしまった。
魔法世界的な存在同士ゆえの相性というのもあるのかもしれない。
けれども、一瞬で制圧されるのを目の前で見ては、自信喪失もやむを得ない事象だった。
『ま、確かに圧倒的だったのはショックだけどさ』
「他になにかあるんです?」
『あの魔法少女、アスカだろ? 俺はあいつを守るためって飛び出していったのに助けられちゃ、大人としても男としても意気消沈だよ』
「ああ……」
華世そっくりだが、違う人物だった少女アスカ。
彼女は、沈黙の春事件で亡くなった、ラドクリフの昔馴染みだったという。
もう二度と辛い思いをさせないと決めた相手に助けられる。
きっとラドクリフは、咲良が華世に助けられたときと同じような感情を抱いたのだろう。
『まったく、アーミィの隊員が少女に助けられたくらいで女々しいんじゃないか?』
「ド、ドクター……」
横から声をかけてきたのは、夕日の瓦礫の中に白衣で佇むドクター・マッドだった。
彼女は散らばる瓦礫の山から破片を1つ拾い、残念そうに首を振りながら遠くへと放り投げる。
そして、軽い身のこなしで道路に降り立ち、インカムに指を当てた。
『現状、我々の戦力は万全とは言い難い。利用できるモノは子供でも利用する気概でないと、勝てる戦いも勝てんぞ』
「うう……」
通信越しにぶつけられる正論に、返す言葉も浮かばない咲良。
まるで少年少女が主人公の創作世界のように、大人の戦力が不甲斐ないと感じる現在。
戦場に子供を立たせるなど……という人道を説けるほど、今のアーミィに余裕はないのだ。
『それにだ、大人のやることは戦うだけでも守るだけでも無い。そこを見ろ』
ドクターが指差した先に機体のメインカメラを向けると、瓦礫の中に何かがゴソゴソと蠢いていた。
それが隠れていたツクモロズのゴミ山兵士・ジャンクルーだと気づいたときには、すでにドクターが動いていた。
近くに落ちていた、建物に使われていたと思しき細い鉄骨。
細いと言っても人の頭くらいの太さがありそうなそれを、ドクターは掴んで振るった。
高速で払われた金属塊を食らったジャンクルーは、上半身を消し飛ばされるようにちぎれ飛ぶ。
残った下半身は、核を失ったことで緩やかに崩れ落ちた。
『まったく、ツクモロズは倒しても残骸が残らんからつまらん。キャリーフレーム隊、他にも今のように敵が潜んでいる可能性が高いから、掃除を怠るなよ』
「は、はい……」
ドクターの生身の戦闘力に面食らった咲良。
もはや、ドクターが魔法少女になって戦えばいいのではという発想で頭が埋まり、ナーバスになっていたことは頭から外れていた。
※ ※ ※
戦いが終わってから一時間ほど後。
変身後の経過観察が必要だとドクターに呼び出されたアスカと別れてから、ひとりアーミィ支部をウロウロしていたフルーラ。
そこを通りかかった糸目と赤髪の女性二人組。
その二人に髪の悩みを打ち明けたところ、あれよあれよと鏡の前に椅子が並んだ部屋に座らされた。
まだ知り合って間もない赤髪の女────ナインという人物によって、髪にハサミを入れられたフルーラ。
ナインの隣に立つ、まるで自分のように泣き腫らした跡が目に見える糸目の女性が、鏡越しにこちらへと微笑む。
チョキチョキと子気味いい音とともに髪先が切られていき、終わったときには鏡に映る自分の姿が、少し変わっていた。
「……ふむ、終わったぞ」
「流石はナインや。綺麗に仕上がるもんやなぁ」
「フ……伊達に理容師資格を持ってはいない」
「理容師資格って国家モンの資格やなかったっけ?」
「どうしても取りたい事情があったからな。数年がかりで取得したのだ」
「えっと……あの」
話についていけないフルーラは、困惑混じりに声を絞り出す。
確かに、アスカに指摘された自分の髪の不格好さをどうすればいいかを二人に相談した。
けれどもまさか、すぐに髪を整えてもらえるとは思っていなかったので、心の理解が追いついていなかったのだ。
「嫌やったか?」
「ううん、嫌じゃない……。けど、私……自分でしか髪の長さなんて調整したことなかったから。それに、どうしてタダでこんなに良くしてくれるんだろうって」
「髪は自分で切っとったんか。せやからボサボサなっとったんやな……。理由は、せやなぁ……乱れた髪が見ておられんかったのと、助けてくれた礼やな」
「お礼?」
お礼をされるような出来事に心当たりのないフルーラは、口を開いたまま固まってしまう。
理解が追いついていないことを察してくれたのか、糸目の女が大きく頷いた。
「さっき仲間を助けるために戦ってくれたこと。それから、華世……やない、アスカを拾ってくれた礼や」
「でも、敵を倒すことは当たり前じゃないの? それに、アスカは……」
本当は、せめてウィリアムの想い人だけでも助けられたらという思いだった。
けれど結局、ウィリアムも華世という人物も助からなかった。
自分のせいで二人とも帰らなかったことは、フルーラに十字架として重くのしかかっていた。
「それに、どうして私にそんなに良くしてくれるの? 私はあなた達の……」
「敵やった、か」
「私が内部工作の為に潜り込もうとしているとか、疑ったりしないの?」
もちろん、フルーラは潜入なんてするつもりは毛頭ない。
ウィリアムに助けられた恩返し、あるいは犠牲にしてしまった償いのために、彼が生きていた場所を守りたい。
そんな思いでさっきは戦っていた。
フルーラから疑問を投げかけられた大人ふたりは、クスッと軽い笑みを返した。
「そんなん、あんさんがそないに器用やないことはアスカと仲良うしとるの見たらわかるわ。それにな、ここにいるナインとうち、元々は敵同士やったんやで?」
「え……?」
「当人同士で嫌い合ってたわけやないけどな。ただ、所属する派閥同士が敵やったみたいなもんや。せやけど、今はこうして仲良うできとる。敵か味方かなんてその時その時の関係や。立場や所属が変われば、関係も変わる。なぁ、ナイン?」
内宮に言葉をパスされ、大きく頷くナイン。
鉄面皮のような彼女の顔が、少し穏やかな表情を浮かべる。
「こうやっていると思い出すな。お前と初めて敵としてではなく出会ったとき、姉さんは私におめかしをしてくれた」
「せやったなぁ……つまりや。髪が綺麗なったフルーラはもう、うちらの味方ってことや。これからよろしゅうな」
心のなかに、暖かな光が灯る。
ウィリアムがあれだけ力を振り絞って守ろうとした場所。
それがどれだけ守りたいものなのか、フルーラは少しわかったような気がした。
【3】
「……ふむ、特に変身後の異常などはないようだな」
「そうかよ。安心したぜ」
ドクター・マッドのもとでいろんな検査機械にかけられ、戦闘より疲弊したアスカは深いため息をついた。
地球で魔法少女をやっていたときは、大人は理解してくれない一種の敵であった。
いや、事情を解して協力してくれた人がいなかったわけではないが、多くは守る対象であると同時に背後から言葉の棘を飛ばしてくるような存在だった。
それがいま、一丸となってアスカたち魔法少女を助けてくれている。
嬉しいような気恥ずかしいような。
そんな感情がアスカの中に渦巻いていた。
「なぁ博士。アタシの他にも魔法少女、いるんだろ?」
「ああ。現在、協力体制にあるのは君を除いて3人だな」
「協力体制にあるのはって……はぐれ者がいるみてぇな言い方じゃねぇか」
「又聞きでしかないが、謎の魔法少女がひとり我々の預かり知らぬところで動いているらしい。雷の力を扱い、レールガンを装備した者だという」
「……金星の連中はみんな派手に武装してんだな」
現在、アスカはドクターから渡されたガトリングメイスを装備している。
それがなければとても、真正面からキャリーフレーム大のツクモロズと戦うことなどできないだろう。
「このあと、時間があれば君と他の魔法少女たちの顔合わせをしたいと思っているのだが、良いか?」
「ダメだ……なんて言わせてくんねぇだろ。どーせ」
「では、準備が整ったら連絡をするからこれを持っておけ」
そう言って手渡されたのは、ひとつの携帯電話。
画面を指で押す操作タイプの、アスカも扱いなれた形式のものだった。
「私が私的に使っているもののうちの一つだ。無いと何かと不便だろう」
「ありがてぇけどよ、アタシみてぇな得体のしれないガキによくここまでしてくれるよな」
「残念だがその子供の手も借りねばならんほど切羽詰まっている、と言えば納得してくれるかな?」
「充分だ。じゃあ、呼ばれるまで建物の探検でもしとくぜ」
ドクターの研究室を後にしようと、扉を開くアスカ。
彼女の背中へと、ドクターは立ち去り際に言葉を投げた。
「ああ、そうだ。ラドクリフ他キャリーフレーム隊員は、まだ戦場の片付けで戻ってないから探しても無駄だぞ」
「なっ……! べっ、別にラドのことは関係ねぇだろ!!」
※ ※ ※
「アスカ、まだ検査中なのかな……?」
整えてもらった髪を見てもらおうと、辺りを見渡すフルーラ。
色々と忙しいのか、今は受付カウンターの中にすら誰もいない。
窓から差し込む、夕方らしいオレンジ色の光に照らされた待合スペース。
閑散とした広い空間の中に、友人の姿を探して右往左往。
そうこうしているうちに、フルーラはひとつの人影を見つけた。
(女の子……支部にいるってことはアスカの知り合いかも?)
エレベーターを使わずに非常階段を静かに降りる少女を追う。
ひとつ声でもかければよかったのだが、フルーラは彼女を無意識に尾行していた。
レッド・ジャケットで同年代の少女に声をかけるという経験が皆無だったフルーラには、見知らぬ相手にどう声をかけたらいいかがわからなかった。
(暗い……独房なんかに、あの子は何の用が?)
尾行してたどり着いた先。
それは地下に広がる薄暗い独房の列。
しかし格子の中にはひとつの人影も見えない。
そんな中を進んでいく少女は、ひとつの牢獄の前で足を止めた。
「スピアさん、ご飯持ってきましたよ」
「ありがとう、結衣さん」
結衣と呼ばれた少女が、手に持っていた食事トレーを格子の隙間から中へと入れる。
彼女がトレーを持っていたことに今気づいたのも驚いたが、フルーラは結衣が読んだ名前に強く反応した。
「スピア? スピアがここにいるの?」
フルーラが突然発した声に、結衣がビクッと驚き跳ね退いた。
しかしそんなことには一切構わず、フルーラは彼女が語りかけてた相手へと向かう。
「フルーラ……フルーレ・フルーラか?」
「スピア・ランサー……生きていたのね」
レッド・ジャケットの中で、スピアはランス達ドラクル隊の潜入メンバーを逃がすための
まさか、一人敵地に残り仲間を逃がすために体を張った男が生かされていたとは思わなかった。
いや、アーミィの人たちの暖かさを知った今のフルーラは、逆に生きていて当たり前かと勝手に腑に落ちた。
「お前こそ……なぜここにいる?」
「色々あって、本当に色々……」
「フルーレ・フルーラ。お前が格子の外に居るということは……アーミィに
「私は元から、ウィリアムを中心にしか考えてないから。ウィリアムと戦いたいから言う事聞いてたし、今は……死んだウィリアムが住んでいたここを守りたいだけ」
「ウィリアム・エストック……総統の息子が死んだか」
受け入れたはずなのに、改めて口にし言葉にされると哀しみがぐっと心の奥にのしかかる。
それでも、流れそうになる涙をこらえてスピアの顔をまっすぐに見つめる。
「スピアこそ、女の子に食事を運んでもらえるなんていい暮らしをしてるじゃない」
「俺は兄さんほど非情になれなかった。だからこの子を助けちまったし、味方したからそこそこアーミィからは良い扱いをしてもらってる。まぁ、見ての通り自由まではいただけてないがな」
「変わったんだね、お互いに……」
「変わっちまったなぁ……」
お互いに背中を向け合い、同じ格子を挟むように座り合う。
フルーラやスピア達、レッド・ジャケットの若者たちは、組織の中でしか生きたことがなかった。
母船で産まれ、艦の中で学び、訓練し、戦う力を身につける。
そんな中で、フルーラもスピアも戦うための存在として成長してきた。
しかし、二人が思っていた以上に外の世界は複雑だった。
複雑に絡み合い、理解の及ばぬ構造をしており、そして魅力的だった。
だからこそ、中心においていた物事こそ違う二人が、どちらも今ここに居るのだ。
「えっと、フルーラ……さん?」
顔を覗き込むように前かがみになる、結衣と呼ばれていた少女。
彼女の真っ直ぐな瞳に見つめられながら、フルーラはゆっくり立ち上がった。
「なにか?」
「あの、あまり長い時間喋ってると、その……怒られますから。そろそろ上がらないと」
「そう……一応ここ牢獄だものね。……スピア、また来るわ」
「来なくていいよ」
拒否の言葉を背に受けながら、結衣とともに階段の方へと歩き始めるフルーラ。
一歩ずつ階段を登っていると、結衣が後ろから声を発した。
「あの……フルーラさんって、ウィル君のこと好きだったんですか?」
「……そうね。気づいたときには遅かったけど、好き……だったのかな。あなた、ウィリアムと仲良かったの?」
「同じクラスだったし、華世ちゃんとずっと一緒だったから……あっ」
足を止め、口を抑える結衣。
そのまま黙る彼女へと、フルーラは振り返りゆっくりと小さな肩に手を載せた。
「ごめん……変なこと聞いてるかもしれないけど。クラスって、何?」
「へ?」
【4】
「内宮っ! 内宮千秋ぃぃぃ!」
改めて家に帰ろうとエントランスを出たところ、内宮は背後から自分の名を叫ぶ声に面倒ながらも振り返った。
怒り顔でこちらに向かってくるのは、ネメシス傭兵団のバイト通信士をしている少女ユウナ・マリーローズ。
彼女に怒られる事柄が思い当たらない内宮は、すごい剣幕で食って掛かる彼女の頭を手で抑えた。
「なんや、なんや。ストレス発散なら他であたってもらえんか?」
「違ーう! あなた、お兄ちゃんにいったい何したのよーっ!」
「兄って、レオンのことか? 何かあったんか?」
心当たりのない内宮へと、怒り心頭のユウナは早口でまくしたてる。
罵詈雑言が交じる彼女の説明を断片から整理すると、どうも最近レオンの様子がおかしいらしい。
始まりは、内宮とレオンが模擬戦をしたときだったという。
まだツクモロズの襲撃も激しくなかった時だったので、勝手に取り付けた約束を守る形で、クーロンに戻ってきてから応じたのだった。
その結果は、内宮の完勝。
というより原因は不明だがその時のレオンの操縦は精彩を欠いており、内宮が軽く捻ったら勝ってしまったというのが事実だった。
それから、レオンはボンヤリとすることが多くなったらしい。
というのも、柄にもなく窓の外をボーッと見つめて、何かを考え込んでいる時間が長くなったとのこと。
そういった状態だったが故に元いたコロニー・ウィンターに帰る予定も遅らせられ、クリスだけが先に戻っていったという。
「お兄ちゃんがあんなになるなんて初めてよ! 絶対、あんたが何かしたんでしょ!」
「知らんわ! 何でこないな大変なときに味方に細工せなあかんねん。戦いで疲れとるだけかもしれんやろ」
「でも、でも……!」
「あの……内宮さん。通れないんですけど」
不意に名前を呼ぼれて振り返ると、困った表情で佇むホノカの姿があった。
その後ろには暗い表情の
おそらく、魔法少女関連の事で支部に呼び出されたのだろう。
「お、ああ、スマンな。ほら、せやからうちは知らんということで……せや、こんど落ち着いたらレオンを食事に連れてくわ。ほな、ほなな!」
ホノカ達の登場で食い付きが鈍ったユウナから、逃げるようにその場を離れる内宮。
今はこれ以上、余計なことで体力を消耗するわけにはいかない。
内宮はホノカたちに申し訳なく思いつつも、ミイナが待つ家へと小走りで向かい始めた。
※ ※ ※
「まったく、こっちは真剣に悩んでるってのに大人ってヤツは……」
「あの、どうかしたんですか?」
入り口で何が揉めていそうな気配を見た結衣は、思わずプリプリ怒るユウナへと話しかけた。
そして同時に、彼女が向いていた先にホノカたち魔法少女隊の面々がいることに気づく。
背後から話しかけられ、少し驚いたユウナだったが、結衣が話を聞いてくれる存在だと認識したのか、ホノカたちの存在を気にせずに愚痴をまくしたてる。
それは、彼女の兄レオンが内宮に決闘で負けたこと。
その時から兄の様子がおかしいこと。
ボンヤリしたり、ため息をついたりというレオンの行動に、結衣はひとつピンと来た。
「わかった! そのレオンって男の人、内宮さんに恋してるんだ!」
「恋ぃ!? 内宮ってお兄ちゃんにとっては
「でも、お兄さんは内宮さんのこと、女性って知らなかったって言ってなかった?」
「それは……そうなんだけど。でもだからって、そんなラブコメみたいなこと……。はぁ、なんだかバカらしくなってきた。ゴメンね、時間取らせちゃって」
結衣の上げた説に毒気を抜かれたように、ユウナは足早にその場を立ち去っていった。
彼女の反応はあたかも支離滅裂な論説を聞かされたような雰囲気だったが、結衣は自分の中の直感を真実と疑っていなかった。
「これでやっと中に入れますわね」
「結衣先輩、私達を迎えに来てくれたんですよね?」
「迎え……? あっ! そうだったそうだった!」
結衣はなぜ、自分がここにいるのかを思い出した。
ドクター・マッドがアスカという人物と顔合わせをさせるため、魔法少女たちを呼んだのだが、肝心のどこに集まるかを伝え忘れていたという。
そこで、スピアへ面会のため一足先に支部にいた結衣へと、案内役を頼んできたのだ。
入口前で待っていたみんなを支部の中へと招き入れ、結衣はエレベーターの呼び出しボタンを押す。
「えっと、4階の会議室を使うんだって」
「それはよろしいのですけど……」
「クーちゃん、どしたの?」
「リンさんは心配しているんですよ先輩。ほら、数時間前にツクモロズの襲撃があったのに出なくてよかったのかって」
戦艦級ツクモロズが出現し、街をメチャクチャにしたという一大事。
その報は結衣も聞いていた。
そして、それをアスカが解決したことも。
「
「私達が助けた華世が、アスカという人物だった。ということは華世は助からなかった……ということですから。私はサンライトで新しい力を手にしたというのに……」
開いた扉を抜けて、エレベーターに乗り込む結衣たち。
彼女たちは、決して手柄が欲しかったと言いたいわけではない。
華世が抜けた穴を塞ごうと、あるいは華世の代わりを努めようと必死なのだ。
結衣も同じことを思っていたからこそ、ホノカと
「でも……私たちは覚悟を決めなきゃいけないんだよ。華世ちゃんは帰らなかった。そして、華世ちゃんとそっくりだけど別人で、そして私達にとって新しい魔法少女のアスカちゃんが居る」
認めたくはなかった。
あんなに優しかった華世が死んだなどと。
だが、いま結衣たちが身をおいているのは戦いの中なのだ。
当たり前に敵を倒していたということは、逆に言えば当たり前に味方を喪う世界なのだ。
本当は涙を流して悲しみたい、泣き叫びうずくまりたい。
けれども結衣がその衝動を我慢できていたのは、さっきのフルーラとの出合いがあった故だった。
一緒に生まれ育ったウィルを、しかも心から好きだったフルーラは、彼を喪った。
けれども彼女は、その悲しみを乗り越えていた。
そんな姿を見せられては、結衣は泣けなかった。
(私が泣いてたら……華世ちゃんがいつまでも安心できない、けど)
【5】
「えっと、私はホノカ・クレイアです。魔法少女としての能力は風で──」
会議室に集められた少女たちから、順番に自己紹介を受けるアスカ。
名前と魔法少女として与えられた魔法の特性を聞き、個々人の能力を頭に叩き込む。
その間に、壁に寄りかかっているドクター・マッドは黙々とタブレット端末に何かを入力していた。
「最後はわたくしですわ」
「……あんた、魔法少女じゃねぇだろ。魔力を全然感じられないんだが」
「なっ……!」
最後に自己紹介しようとした上品な少女に、アスカは悪態をついた。
ドクターの話では、ここにいるのは共に戦う仲間の顔合わせとして集められた面々のはず。
その中に魔法少女ではない人間がいるのは場違いだ、とその時のアスカは思っていた。
しかめ面をするお嬢様の頭頂部から、目玉がニョキッと生えるまでは。
「言ってくれるじゃん、黒い鉤爪ちゃん」
「な、何だ……? 目玉が喋った!?」
「レス、よしなさい。改めて、わたくしはリン・クーロン。コロニー・クーロンの領主令嬢であり、彼……レスという存在との共生体ですわ」
「共生体……?」
リン・クーロンと名乗ったお嬢様は、丁寧に説明をした。
ツクモロズの幹部として動いていたレスが、本当はツクモロズではないことがバレて追放されたこと。
リンに取り付き華世たちへ復讐しようとするも敗れ、身体の主導権をリンが握っていること。
取りつかれたことで自由に身体を変形させられるようになり、魔法少女と共に戦うことも不可能ではないことを。
「驚いたぜ。そんな奴までいるなんてな。……悪かったな」
「わかってくれれば良いですわ。わたくしも……まだ実戦の経験はありませんから」
「経験が無くたって、心が決まってりゃ大丈夫だ。誰もが最初は……初めてなんだからな」
「優しいですわね……やっぱり、華世ではない優しさですわ」
華世……葉月華世。
自身の肉体のオリジナルとなった少女の名は、目覚めてから何度も何度も聞いた。
魔法少女なのに機械の力を頼り、嘘のような事実を隠さず、大人をも味方につける傑物。
アスカは、その名前を聞くたびに自分が中心でない事を嫌でも意識してしまう。
まるで自分は、長く続いた物語の中に突然投げ込まれた異分子。
すでに主人公によって出来上がった世界に、土足で入り込んでしまった存在。
一言で言えば、疎外感。
目の前の少女たちは、悲しみを堪えている。
アスカを受け入れようとしつつも、悲しみが壁として隔てている。
姿かたちは似通っていても、中身が違う別人を無意識に拒んでいる。
そういう意識が、認識が、アスカの心を蝕んでいた。
「ちょっと、そこのオジョー様は言い方があるんじゃないの!」
「フルーラ!?」
突然、会議室に飛び込んできたフルーラがリンへと近づき、ぐいっと顔を突き出す。
ぶつかるんじゃないかという距離まで近寄ったフルーラへと、面食らったリンが口を開く。
「なっ……! あなた、わたくしを誰と存じ」
「知らないよっ! 知らないけど、いつまでもウジウジしてちゃ、アスカに失礼じゃないの!」
「ウジウジって、華世はわたくしたちの希望でしたのよ! わたくしだけじゃない、みんなが……」
「……もう居ない人には、頼れないのよ」
フルーラの言葉で、ハッとした表情を浮かべるリン・クーロン。
いや、彼女だけではなく魔法少女たちも同じ顔をしていた。
皆が華世を喪ったように、フルーラもウィリアムという想い人を亡くしている。
一時はそのことで自害をしかけるほど彼女は精神を衰弱させていたが、アスカが止めてからかなり前向きになった。
前を向かなければ、いけないのだ。
ツクモロズと戦うために、愛する人を守るために。
まだ生きている人たちのために。
「……そうですね、もう華世は居ません。けれど、私たちは生きています」
「お姉さまを忘れることはできませんが、
「このまま悲しんでばかりだと、華世ちゃんに怒られちゃうよ」
「あなたたち……これではわたくしだけ意気地なしではないですの」
うつむきがちだった皆の顔が、上を向く。
大事な者を失っても、戦いは終わっていない。
戦いが終わる日まで、俯く余裕などありはしないのだ。
「アタシもフルーラも、これから一緒に戦うんだ。……よろしくな」
アスカが伸ばした手に、ホノカが手を重ねる。
最後にフルーラが手を重ねて、みんなで同時に深く頷く。
「よーっし! 新魔法少女隊、ファイトーっ!」
「「「「「「オーッ!!」」」」」」
まだ、心が一つになったわけではない。
これは始まりなのだ。
みんなの心が、これから少しずつ繋がっていくのだ。
その始まりの儀式が、いま確かに執り行われたのだ。
パチパチパチ……と一人の手を叩く音が部屋の角から響く。
壁に持たれかかっていたドクターが、顔は真顔のまま拍手を送っていた。
「今日は面通しだけの予定だったが、一日も経たずにここまでとは。さすがは魔法少女たちだな」
「博士……そのセリフ、まるで悪役だぜ?」
「自分を善人と思うほど
「こいつ?」
「ミュ……ミュ……」
ドクターがポケットから取り出したのは、青い身体のメカハムスター。
その姿と声は、紛れもなく……。
「ミュウ、か……」
【6】
「ミュミュ……みんな顔が怖いミュ……どうしたんだミュ?」
「なるほどな。確かにコイツに聞きたいことはたくさんある」
円状の会議テーブルの真ん中に置かれ、不安そうな声を出すミュウへと、アスカは低い声で呟く。
確かにミュウには色々な恩があるが、それと同じくらい謎がある。
死んだはずのアスカが華世そっくりの身体で生き返ったことといい、ここで情報を聞き出すのは悪くない。
「アスカぁ……助けてミュ……」
「う……、ええい! アタシたちは分からないことだらけでちと機嫌が悪いんだよ。質問に正直に答えてもらうぞ!」
「ミュー……」
カラカラと軽い機械音を鳴らしながらうなだれるミュウ。
まずは何から問いただしてやろうかと考えていると、先陣をドクターが切った。
「魔法少女であることを隠せ、と君はアスカに脅し混じりに言ったらしいな?」
「そ、そうだミュ」
「だが華世やホノカ達は秘密にしなくとも特に問題なく活動できている。その矛盾に対し弁明はあるか?」
「ミュ……それは……」
ほんの数秒の沈黙。
しかし、すぐにミュウは言葉を繋いできた。
「魔法少女であることがバレると、魔法少女を守る魔法が消えてしまうのミュ……」
「守る……とは物理的な話か?」
「違うミュ。秘密にしている限り、変身する前と後の姿が同一人物だってわからなくなるミュ。そして、魔法少女の情報が外に伝わりづらくもなるミュ」
「なるほど……自動的に情報統制を行う魔法のために、秘密にする必要があるんですね」
今の話を聞いて、アスカはひとつ腑に落ちた。
生前、地球で魔法少女をやっていたとき……ツクモロズによってどんなに破壊がされても、その事件が公になることはなかった。
魔法少女の存在も活躍も周囲にしか伝播されず、地元では「謎の少女によって怪物が退治されたらしい」と噂される程度。
ネットワークによって惑星間の情報すら短時間で広がるご時世に、情報が広まらなさ過ぎるのは不思議だった。
だが、その恩恵にあやかっていたからこそ家族や親しい人間……ラドクリフにも正体がバレることなく戦えていたのだ。
「そっか! 華世ちゃんは最初の最初にアーミィに暴露しちゃったから、それで守られなくなったんだ!」
「だからお姉さまを知っていれば、お姉さまがマジカル・カヨだということがわかる!」
「まあ、アー君……いや、アーダルベルト大元帥の計らいでアーミィが情報統制を行っていたから、全くの無防備ではなかったんだがな」
ドクターがそう締めくくり、謎の一つが片付いた。
次の質問をしようかとアスカが口を開こうとしたとき、結衣が素早く手を上げた。
「静くん、言いたまえ」
「えっとえっと、アスカちゃんって炎の魔法を使うんだよね?」
「アタシ? ああ、まぁ。そうだな」
不意打ちで自分に飛んできた質問に、慌てて肯定を返す。
ミュウへの質問じゃないのかと一瞬思ったが、結衣の視線はすぐにミュウへと向けられた。
「でねでね、私の魔法も炎なの。炎と炎で被ることってあるのかなって……思ってたの」
アスカはそんなこと、と思いつつも地球でともに戦った仲間を思い出す。
アスカ以外の魔法少女たちは、氷・雷・光の魔法を扱っていた。
もちろん、属性の被りなど起こっていない。
「ミュ……それは、アスカと結衣は世代が違うからだミュ」
「世代? 確かにアタシは生きてたら今頃は高校生やってたんだろうけどよ……」
「違うミュ。魔法少女は1世代に最大で4人生まれるミュ。ツクモロズとの一つの戦いが終わったら、次の戦いは次の世代の魔法少女が行うミュ……」
「なるほど、年齢分布としての世代ではなく、括りとしての世代ということか」
「あれ? でもそうだとすると数が合いませんよ。アスカさんが別世代だとしても華世、私、
謎の魔法少女、という言葉の意味は後で聞くとして、ひとり多いのは確かにおかしい。
アスカの代は4人までしか魔法少女は誕生しなかったので、規定人数の方は問題ないのだろうが。
「そ、それはミュ……ガビ……ビガガ……」
急に、音声にノイズのような異音がまじりだし、機械でできたミュウの身体がガタガタと震えだした。
直後、ドクターが素早くタブレットを指で叩く。
すると、ミュウの動きが止まり、静かになった。
「ミュウ、ど、どうしちゃったの!?」
「知っている事柄と起こった事実で
冷静にそう言い終えたドクターは、ミュウを再びポケットに詰めて会議室を退出した。
「結局、どういうことですの?」
「アタシ達の戦いはこれからさ……ってことじゃねぇの?」
「なんだか打ち切りみたいですね」
【7】
「……ってことで、これから魔法少女隊はアーミィの命令のもと戦闘参加が許されるってよ」
支部から徒歩でゆく帰り道。
すっかり夜となり暗くなった道中で、アスカは携帯電話に送られてきたドクターからのメッセージを仲間たちへと話していた。
これまでは、人間兵器としてアーミィ所属となっていた華世を経由して、魔法少女たちの戦闘行動は許されていたという。
その中心人物の死亡となったことで、構造が見直されたらしい。
「アタシとしちゃあ嬉しいけどよ、冷静に考えると子供に戦わせる大人ってアレだよな」
「無理もありませんわ。今はアーミィ全体が戦力不足にあえいでいますもの」
「クーちゃんが巡礼してくれたからV.O.軍が来ないから、ここはまだマシな方なんだよ?」
「へーえ?」
そんな話をしながら歩いていると、交差点のひとつでリンと結衣が足を止めた。
「わたくしはここで……。お屋敷が向こうですので」
「あっ私も! みんな、またね~!」
「結衣さん、またねー!」
それぞれ別方向に手を振りながら歩き去っていくふたり。
残されたアスカは、ホノカと
「……本当に、アタシとフルーラはあんたらの家で泊まっていいのか?」
「内宮さんと、それからミイナさんの意見ですからね」
「ミイナ……たしか、華世ってやつを溺愛してたメイドだっけか」
そんな人物が、果たして自分に何を求めているのか、アスカははかりかねていた。
これが華世の代わりを務めてほしいとかであれば、どだい無理な話。
そうでないとしても、なんて言葉をかければいいのか。
帰路に付きつつも、アスカの心は不安と迷いに満ちていた。
「私、ウィリアムが住んでた部屋を使っていいって聞いたけど……」
「はい。彼をよく知るあなたであれば、あの部屋を使っても良いだろうと内宮さんが」
「そっかー。ウィリアム、どんな部屋で寝てたんだろう」
一方で能天気に鼻歌を歌うフルーラ。
最初はその男のために自害しようとしていた事など忘れてるかのように、明るく振る舞う彼女の姿に、アスカは眉をひそめる。
吹っ切れきったのか、それとも呑気なだけなのか。
どちらにせよ、図々しい友の姿は今のアスカにとって少し救いだった。
「あれ、あそこにいるのテルナ先生じゃない?」
まっすぐに
明らかに市街から離れる方向へと歩いていく赤髪の女性の姿があった。
「テルナ? あの人、私の髪を切ってくれたナインって人だと思うけど」
「髪? そういやお前の髪きれいになってるな」
「えへへ」
「んで……テルナ先生って何者だ?」
イマイチ皆が言っている人物について要領を得ないアスカが問いかけると、
「
「テルナっていうのは偽名で、ナインというのが本名らしいですよ。それにしても……どこへ向かっているのでしょう?」
「只者じゃねえってことか……気になるなら、つけてみようぜ」
「アスカ、それって尾行するってこと?」
フルーラからの問いかけに、アスカは頷きを返す。
そう発案した理由の一つは、もしかしたら無意識にメイドに会う時間を先延ばしにしたかったのかもしれない。
けれど、そんな理由があるかどうかなんて知らないであろう三人だったが、安易にアスカへと賛同した。
「信用していないわけではありませんが、あの人は危なっかしい側面がありますからね」
「何かあったら内宮さん悲しむもんね!」
「私も髪を切ってもらった恩があるし……早くしないと見失っちゃいそう」
「よし、行くぞお前ら……!」
テルナに悟られないよう、物陰に隠れながらの尾行を始めるアスカ達。
進むにつれて、徐々に背の高い建物が周囲に見えなくなってくる。
スペース・コロニーにも郊外みたいな地区があるんだなと思いつつ、こっそりこっそりと揺れる赤髪を追いかける。
ある程度進んだところでテルナが足を止め、周囲を見渡し始めた。
「見て、止まったよ……!」
「ここが目的地なのか……? にしては何も無ぇように見えるが……」
「いえ、違うみたいです。見てください」
周囲の警戒を終えたテルナがしゃがみ込み、器具を使って足元のマンホールの蓋を持ち上げた。
彼女はそのまま蓋を外し、できた穴へと身体を滑り込ませる。
そして脇に寄せていた蓋を内側から引っ張り、丁寧に中から穴を塞いだ。
「マンホールの中……? どこかに通じてるってのか?」
「もしかすると、アーマー・スペースに?」
「アーマー……なんだって?」
「えっとね……ドリーム・チェンジ」
説明する前に、変身の呪文を唱えるホノカ。
彼女の身体が閃光に包まれ、一瞬で白い修道服のような魔法少女姿へと変貌する。
両腕につけられた巨大な篭手のような物体で、マンホールに手をかざしながら、彼女はアーマー・スペースについての説明を始めた。
曰く、スペース・コロニー内部を守るために設けられた居住区と宇宙の間にある空間だとか。
そんなことよりも、アスカの興味はホノカが何をしているかの方に移っていた。
「で、マンホールどうすんだよ?」
「今やってます。隙間から風を送り込んで……上に巻き上げるっ!」
ポンッという空気が破裂するような音と共に舞い上がるマンホールの蓋。
ホノカは篭手の先の大きな手で降ってきた蓋を受け止め、そっと道の脇に置く。
一連の行動を見て、アスカは思っていた以上にホノカが魔法を使いこなしていることに感心した。
「ドリーム・エンド……っと。さぁ、テルナ先生を追いかけましょう」
恐らくデカい腕が邪魔になるという理由で返信を解除したホノカが、いの一番にマンホールを降りていった。
【8】
水滴が落ちる音が静寂の中に響き渡る。
その中に交じるのは、自分たちが奏でる靴で石床を踏み鳴らす音。
アーマー・スペースに向かっているとすれば……と歩を進めるホノカを先頭に、アスカたちは地下下水道を進んでいた。
「それにしたってヒデェ匂いだな……みんな大丈夫か?」
「私は平気だけど、桃色ちゃんは辛そうね」
「
定期的にえずく
しばらく進んでいると、ホノカが扉の前で足を止めた。
「鍵が外されてる……やっぱりテルナ先生、このさきに行ったんだ」
そっと扉を押し開けるホノカ。
錆びついた金属のこすれる音がなる中、隙間から奥の景色が見える。
薄暗い無機質な空間、という言葉が似合う風景にアスカはゴクリと息を呑む。
先に進むか……と一歩踏み出した瞬間、何かが風を切る音がした。
「アスカ、危ないっ!!」
そう叫びながら飛び出し、片足を振り上げて何かを蹴ったフルーラ。
回転しながら宙を舞うのは、一振りの槍。
暗闇の向こうから現れた何者かが、素早くその槍を拾い上げる。
「……みんな、先へ行ってください! ドリーム・チェンジ!!」
再び変身し、ナイフを放った何者かのもとへと向かうホノカ。
その姿を見て、アスカの脳裏に傷つき倒れた生前の仲間の姿が浮かぶ。
(でも、信じてやらなきゃだよな……!)
後ろ髪を引かれる思いを抱きながら、アスカは扉の奥へと飛び込んだ。
※ ※ ※
姿を表したのは、いつか見た赤い長髪の少女。
両手で握った槍を構え、無表情な目でこちらを見る姿はあの日の記憶と同じだった。
「やめてください、と言っても聞かないでしょうね……」
人を傷つけたくない、というポリシーは守りたい。
だが、前の戦いでホノカはこの少女相手に激しい手傷を負う羽目になった。
その痛い経験が、自分を臆病にする。
けれど、今は背後に自分を信じる仲間がいる。
そして、自分もあの時から成長をしている。
自分の能力を、信じなければ。
槍を振り上げ飛びかかってくる少女。
着地際の斬撃をかわし、後方へ飛び退きつつ
装甲で刃が止まり、生まれた一瞬の隙。
その瞬間に、ホノカは
「
圧縮した空気の塊が、手のひらから爆風を生む。
突如発生した風圧に、少女の軽い身体は持ち上がり数メートル後方へと勢いよく吹っ飛ぶ。
そのまま彼女の身体が石床に叩きつけられそうになるところへと、風のクッションを精製。
空中でボヨンと横に弾かれた少女は、そのまま流れる下水へと落下した。
「ハァ、ハァ……風の魔法も、少しは扱えるようになってきたみたい……」
コロニー・サンライトで魔法のコツを掴んでから、ホノカは密かに魔法の練習を重ねていた。
可燃ガスを任意の場所に流す以外への技術。
それは、敵を倒すためではなく人を助けられたらと思って身につけたものだった。
「……あの少女のことですから、これで死にはしないでしょう。今は、テルナ先生を追いかけないと!」
【9】
「あっ、テルナ先せ……」
「しっ……! 誰かいるぜ……!」
遠くに見えた人影に声をかけようとした
ようやく見つけたテルナの姿ではあったが、その奥にもうひとつの気配を感じたアスカは警戒心を強める。
しばらくじっとしていると、テルナと謎の人物の会話が聞こえてきた。
「やぁやぁ、僕の誘いを受けてくれて助かるよ。……どうした?」
「オリヴァー、貴様が転移してきた音だったか。なんでもない」
「……まぁいいか、君がここに来てくれたということは、取引に応じるということだよね?」
オリヴァーとテルナに呼ばれた男が、その背後にいた一人の少女を前に出す。
薄暗いので正確にはわからないが、テルナと似たような髪色をした短髪の少女。
その身に纏う雰囲気は、テルナと瓜二つだった。
「君が華世の身柄を僕に預けてくれる代わりに、君が求めている僕のボディーガードを引き渡す。そういう取引を出したつもりだったんだけどね」
「……もうひとりはどうした?」
「近くを見回らせている。君が取引に応じてくれればすぐに呼び戻すよ」
「その必要はない。私は貴様に、ひとつの真実を伝えに来ただけだからな」
「真実だって?」
「……葉月華世は死んだ」
「なんだって……?」
オリヴァーの顔が、その一言で歪み始めた。
余裕の笑みは一瞬で消え失せ、浮かぶのは
「嘘だ……彼女は、そんな簡単に死ぬはずがない!」
「嘘ではない。コロニー・サンライト周辺で起こったステーションの爆発。華世はあの中に居て、助からなかった」
「馬鹿なことを! 僕は知っているんだぞ、アーミィが華世を救い出したって、たしかに僕は……」
「それは別人だったんだ。そこにいるんだろう、アスカ」
テルナに名前を呼ばれ、恐る恐る彼女の前へと姿を表すアスカ。
歩いてきたアスカを見て、オリヴァーが悲鳴をあげる。
「そんな、姿かたちは華世そのものじゃないか……!」
「悪かったな。アタシは華世じゃなくてアスカってんだ。みんな勘違いしてたんだよ」
「か、感じられない……お前からは華世の気品が、理性が、精神が……まさか、本当に……?」
「……失礼なやつだな」
ボロクソに言われて顰め面をするアスカ。
そんな自分を放置して、テルナが一歩前に出た。
「これでわかっただろう。葉月華世は死んだ。だからお前との取引はできない」
「う、う……あうあうあ……お、お、お………!!?」
声にならない声を発し、その場でもがくオリヴァー。
その姿に、これまで無表情だった少女の顔にハッキリと焦りの感情が浮かんでいた。
「マスター、マスターしっかりしてください……!」
「うう……そんな、僕は、何のために……おお……!」
「スゥお姉ちゃん、スゥお姉ちゃん!! マスターが!」
少女がそう叫んだ瞬間に、彼女とそっくり……だが髪の長い少女がどこからともなく姿を表した。
下水の悪臭をプンプンさせる彼女であったが、慌てる妹とは対象的に冷静にオリヴァーを観察し、懐から瓶を取り出した。
「……跳躍」
「待て!」
ヴン、という音とともに一瞬で消滅するオリヴァー一行。
一方でテルナはしゃがみ込み、悔しそうに床に拳を打ち付けていた。
「お、おい……大丈夫か?」
「……私の妹なんだ、あの二人は。脳波越しに洗脳を解こうとしたが、できなかった。あの二人は、心からあの男に……!」
「テルナ先生ーーーっ!!」
テルナの呟きは、肩で息をしながら走ってきたホノカの呼びかけにかき消された。
妹を取り戻したい、という想いがこの女性にはある。
それだけが、この一連の出来事でアスカが察せられたことだった。
──────────────────────────────────────
登場戦士・マシン紹介No.
【ハーコブネイン】
全長:510メートル
重量:不明
宇宙戦艦のような姿をした超巨大ツクモロズ。
アーミィからは戦艦級ツクモロズと呼ばれており、この名称はアスカの口から語られた。
外見は仰向けに倒れた人のような形状をしており、側面に沿ってまっすぐに伸びた腕の先、人で言う指から光線を放って攻撃してくる。
戦艦レベルの大きさを誇っているが、内部はほぼすべてがツクモロズの製造工場のような仕組みになっている。
ここから無数のキャリーフレーム型ツクモロズを発進させ、アーミィの面々を物量で苦しめた。
魔法陣にも見える強固なバリア・フィールドで生半可なビーム兵器ですら遮断する。
アスカが魔法陣を分解し、
生前にアスカが戦ったことあるツクモロズのようで、この敵を倒すために仲間の魔法少女たちに甚大な被害が出たようだ。
──────────────────────────────────────
【次回予告】
束の間の平和を取り戻したコロニー・クーロン。
この機会にと、内宮は咲良を鍛えるため、自身の師匠がいるという場所へと彼女を連れて行く。
その場所は、人に作られし者たちが集う
次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第34話「作られし者の楽園」
作られし者にも、永遠の命などは無い────。
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