第6章「取り戻すための戦い」

第32話「黒衣の魔法少女」

「……というわけで、サンライトへと集結していたアーミィ部隊は尽くが壊滅。大幅に戦力を低下させる結果に終わったよ、ママ」


 喫茶店の席に座り、端末を前に通信をする菜乃葉。

 サンライト周辺で謎の大爆発が起こった、という報道があってから一週間。

 その僅かな間に、金星の事情は大きく変わった。


「クーロン及びウィンター以外の有力なアーミィ戦力を喪失したことで、パワーバランスが変わった。V.O.軍が懐柔策に出たことで、いくつかのコロニーが彼らになびいたんだ。……もちろん、V.O.軍はあの秘密兵器を裏に持ちながらね」


 ツクモロズ勢力と手を組み、戦力を大幅に増強したV.O.軍。

 近しい物質さえあればキャリーフレームを無から生み出せるに等しいツクモロズの力を得たことで、アーミィを圧倒できるほどとなった。

 とはいえ制御しきれているとは言えず、様々なコロニーでキャリーフレーム型のツクモロズが発生する事件が散発的に発生している。

 中には戦艦級のものまで現れ、住民は避難したものの市街地に大きな傷跡を残した例もある。


「……あの時、研究所にいた者たちかい? そうだね、あの時にノグラスを除いて人間は3人いた。そして、内ひとりが戦闘中行方不明MIAだ。いや……」


 端末を操作し、最新の資料へと切り替える。

 先程まで帰還・回収と書かれていた箇所が、白紙になっていた。


「もうひとり、帰ってこなかった者がいたみたいだ。そいつは────」



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       鉄腕魔法少女マジ・カヨ


      第32話「黒衣の魔法少女」


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 【1】


「んあ……」


 まどろみの中から目を覚ます内宮。

 全身が僅かに痛むのは、寝床が硬いソファの上だったからだろう。

 起き上がり、アーミィのオフィスで寝ていたことに気がついて、細い目を指でこする。


「そっか……うち、寝落ちしてたんか」


 家に帰る暇もない激務の日々を思い出し、その地獄の日々の始まりを思い返す。


 戦艦級ツクモロズを伴ったV.O.軍の奇襲によって、オータムに集結しようとしていたアーミィの精鋭たちは大打撃を受けた。

 その報せのあと、内宮たちを回収したネメシス傭兵団は一路コロニー・サンライトへ。

 そこでホノカ達が乗る輸送艇と、SOS信号を発していたボロボロなレッド・ジャケットの機体を回収。

 その機体の中にいたのはパイロットの少女と、気を失ったままの裸の華世。

 原因不明の昏睡状態が続く華世の身を案じ、戦艦〈アルテミス〉で一行はコロニー・クーロンへと帰還した。

 行方不明となったウィルを回収できないまま……。


「……起きたか、千秋」

「まどっち……あんさんはいつも早起きやなぁ」


 身体を起こし、ドクター・マッドが手渡したコーヒーカップを受け取る内宮。

 喉を通る苦味で意識を覚醒させていると、向かいのソファにドクターが腰を下ろした。


「私は短い睡眠でパフォーマンスが出せるように脳を改造しているからな。千秋もどうだ、3時間の仮眠で30時間は動けるようになるぞ」

「……遠慮しとくわ。人間は辞めたないし」

「だが、この一週間のような激務が続けば身も持つまい」

「そうは言うても……うちは、街を守らなあかんからな」


 領主の娘、リン・クーロンが巡礼を終えたことでV.O.軍はこのコロニーに手は出せなくなった。

 しかしここクーロンに限らないが、偶然か意図的か自然発生し暴れるツクモロズが増加。

 激しいときは1日に3件も発生するツクモロズの襲撃に、内宮はかかりっきりだった。


「そうやって君の身体が壊れては、手痛い戦力低下になる。今日くらいは休め、と支部長からの伝言だ」

「支部長……あん人も毎日のように出撃しとるってのに」


 今、アーミィは総動員体制で動いている。

 セドリックたち内宮の部隊員ですら、他コロニーの応援として駆り出されている中、キャリーフレームで戦える人数は限りなく少ない。

 普段は事務仕事ばかりの支部長でさえ、いち戦闘員として出撃しているくらいだ。


「なんにせよ、今日は帰ることだな。理由がほしければ、あのハムスターを持ち帰るという理由をやるが?」

「ハムスター……? ミュウ、治ったんか?」

「ああ、彼は病魔から解放された。それどころか肉体の寿命すらもな」

「……つかぬことを聞くんやが、ミュウに何したんや?」

「見たければ見るといい」

「どれどれ……いいっ!?」


 ドクターが指差したハムスターケージの中を見て、思わず顔が引きつる内宮。

 その中にいたのは、スヤスヤと眠る青いハムスター……の形をしたロボットだった。


「まどっち……あんさんまさか」

「死にゆく肉体から脳を摘出し、電脳化して新しいボディに搭載しただけだが?」

「だけだがって……まぁ、あんさんに任せた時点でマトモに治るわけ無いやろとは思うとったけど」

「まあそう褒めるな。それに、電脳化する過程で面白いこともわかったしな」

「おもろいこと?」


 首をかしげる内宮に、ドクターはタブレット端末の画面を見せる。

 そこには無数の数字・アルファベットの羅列がびっしりと描かれていた。

 それが何を意味しているのかは全く読み取れない。

 しかし、背景が赤く染まっている部分がやたら広い範囲に存在していることにだけは勘付いた。


「これは……」

「電脳化の際にバイナリ化……機械語に直した脳の構造だ。赤い部分はその中の記憶部分であり、構造上アクセス不能になっていた部分だ」

「つまり、どゆことや?」

「あのハムスターは、かなり膨大な記憶を人為的に封じられていた。わかりやすく言えば、脳は記憶しているが思い出せなくさせられていたんだ」


 わかりやすく、と言われても内宮にはピンとこなかった。

 ただひとつわかったのは、ミュウは脳に細工を施されていたということ。

 更に込み入った話を聞こうと思ったところで、内宮の携帯電話が震え始めた。


「まどっち、スマンな。もしもし、内宮やけど……チナミはん?」

『内宮さん、華世さんが目を覚ましたみたいですよ』

「ホンマか!?」


 少しだけぼんやりとしていた思考が、パッと覚醒する。

 何の話をしようか、ミュウのことを相談しようかと考えたところで、ウィルが行方不明になったことを伝えなければいけないということを思い出す。

 作戦中行方不明MIAとは、それ即ち死亡を意味する。

 回収した少女が乗っていた機体、その戦闘記録からウィルがクロノス・フィールドを解除した状態で戦っていた。

 そして、そのまま施設の爆発に巻き込まれたことが判明したのが、ウィルの捜索を諦める決定打だった。

 家族をひとり失ったに等しい悲しみを、華世に伝えなければいけない。

 そう意気消沈している内宮に、チナミは思いも寄らない言葉を伝える。


『それが、あの……目を覚ました華世さんの様子がおかしくて』

「様子が?」

『とにかく、会ってみてください! 病室の場所、わかりますよね……?』


 通話の切れた携帯電話を握りながら、しばし固まる内宮。

 そんな彼女へと、ドクターが「君には話してなかったな」と不穏な言葉を切り出した。


「なんや、まどっち……人が悪いで?」

「落ち着いて聞いてくれ、回収された華世の肉体はな──」


 ドクターが放つ一つ一つの言葉に、内宮は神経を研ぎ澄ます。

 そして、放たれた言葉に頭が真っ白になった。


「──五体満足……無いはずの手足が、ついていたんだ」 



 【2】


 急いで華世の病室へと向かう内宮。

 エレベーターの扉が開くと同時に、急いで廊下を駆け抜ける。

 ふたつほど曲がり角を曲がったところで、目的地の前で狼狽する結衣たちの姿が見えた。


「う、内宮さん!」

「お姉さまが、お姉さまが……!」

「結衣、ホノカ、もも! ……どうしたんや!?」

「華世が、華世が私たちのことを知らないって……それに」


「だからアタシは、カヨなんて名前じゃねえって言ってんだろが!!」


 ベッドの上から鼻息荒く悪態をつき、枕を投げつけてくる華世。

 内宮はその枕を受け止めてから、恐る恐る華世へと近づき、言葉をかける。


「なあ華世、うちや。内宮や、本当に覚えてへんのか……?」

「だから知らねえって言ってるだろ! さっきから誰なんだよ! 次から次へと、アタシは……!!」


「どうかしましたか?」


 そう言いながら病室に到着したのは、遠坂艦長とラドクリフ。

 内宮がここに来る前に一報を入れたのを聞き、駆けつけてくれたのだった。


「内宮さん、一体何が……?」

「深雪はん、それが華世のやつが」


「ラド……?」


 それまで荒ぶっていた華世が、突然そう呟いておとなしくなった。

 その視線の先にいるのは、傭兵団のキャリーフレーム部隊隊長のラドクリフ。

 彼も、華世に呼ばれたあだ名のような響きを聞いてか、目を見開いて固まっていた。


「ラドって……俺をそう呼ぶのは一人だけのはず」

「なあラド、助けてくれよ! こいつら一体何なんだよ、ラド!!」


 目に涙をいっぱい浮かべて、ラドクリフへと抱きつく華世。

 いや、口調から態度からもしかして思っていた可能性が、いまはっきりと輪郭を帯びた。


 彼女は、華世ではない。

 見た目こそ華世そのものであるが、華世ではない誰かだった。

 そしてそれが誰かというのは、ラドクリフの口から語られた。


「もしかして……アスカ、なのか……?」



 ※ ※ ※



凪沙なぎさアスカ……確かに沈黙の春事件の犠牲者名簿にある名前だった」


 病室から出た廊下を歩きながら、ドクター・マッドがタブレット端末を見せる。

 そこに並ぶ名前の中には、しっかりとアスカという人物の名前が彼女の家族らしき同じ名字の人物と並んでいた。


「つまり……沈黙の春事件で亡くなったアスカさんが、生き返ったということですの?」

「生き返った、というのは少し違うかもしれんな。あのアスカという少女の身体をレントゲン撮影したところ……ももくん」


 急に呼ばれてキョトンとするもも

 しかし、次にドクターが画面に映した画像を見て、内宮は納得した。


「君と同じく心臓の代わりにツクモロズのコアが動いていた。あのアスカという少女は、ツクモロズとして再び生を受けたのだろう」

「ツクモロズとして……か」


 ふと、楓真の存在を思い出す内宮。

 ツクモロズの幹部として敵対している彼がもともと人間だったということは、咲良の口から語られている。


「まどっち、うちが気になるんはアスカっちゅう子の姿が華世と瓜二つっちゅうことや。もももやけど、ツクモロズになった人間はみんな華世になるんやないやろな?」

「その件に関しては調査中だ。いくつか仮説は浮かんでいるが、検証に時間が足りていない」

「……まあ、せやろなぁ」


 今、突然動き出した事象に時間も暇も足りていないのはわかりきっている。

 なのに結論を急いでしまったことを、内宮は自らの中で恥じた。


「あの……アスカという方が華世ではないなら、華世は……」


 沈黙のままエレベーターホールでボタンを押したところで、ホノカがポツリと呟く。

 助け出されたのが華世ではなかったということは、華世は助けられなかったことに等しい。

 考えたくなかった重い事実に改めて直面し、内宮は額を抑える。


「……そういえば、アスカって子はあのままで良かったんか?」


 無意識に内宮がそう口走ったのは、現実を忘れたい思いが少しあったのかもしれない。

 あるいは話題をずらすことで、華世を失ったという事実から目を逸らしたかった可能性もある。

 理由はどうあれ、内宮の感情など意に介さずにドクターは答える。


「ラドクリフという男が付き添っているから、大丈夫だろう。なんでも地球にいた頃の馴染みだったそうでな。あっ」


 何かうっかりしていたかのように、額に手をあて俯くドクター。

 めったに見れない仕草に、内宮は少し心配になった。


「ど、どしたんや……まどっち?」

「ミュウの入ったケージをアスカの病室に置いてきてしまっていた。私としたことがうっかりだ。……内宮、何を笑っている?」

「ぷ、くく……いやな、まどっちも人間なんやなって思うて」

「失礼な。私だって30%くらいは人間だぞ?」

「のこり70%は何や?」

「改造人間、かな」



 【3】


 さっきまで取り乱し、布団をかぶっていたアスカがようやく顔を見せた。

 気持ちの整理がついたのかはわからないが、ラドクリフはベッドに腰掛け、そっと彼女へと寄り添う。

 たとえその姿が、過去に見知った外見とは別人のものだとしても。


「ラド……アタシは……誰も助けられなかったんだ。親父も母も……ううっ」

「思い出すもんじゃない。忘れられるわけはないだろうけど、考えたらダメだ」

「でも……」


 気弱な声を発するアスカ。

 顔も声も、〈アルテミス〉の中で共に戦った華世のものであるが、喋り方と記憶。

 それから、気恥ずかしさから片目を前髪で隠そうとする仕草は間違いなくアスカのものだった。


 アスカとは、ラドクリフが地球の日本という国で学校に通っていた時に知り合った。

 下宿先のアパートの隣に建つ一軒家。

 彼女はそこに住むごく普通の少女だった。


「あのさ、ラド……覚えてるか? 冬の夜に、アタシが家の鍵を忘れて……困ってたこと」

「そうだな……あの時に俺の部屋に入れて、晩飯の残りのミネストローネを食わせてやったっけか」


 アスカの両親は多忙で、よく家をあけていた。

 親の目がなく自由に出歩くアスカだったが、その時はとんでもないウッカリをしていたのだ。

 携帯電話のバッテリーは切れ、近くに助けてくれる知り合いもいない。

 開かない玄関の扉の前で涙を流しながら震えていたアスカを、ラドクリフは見過ごせずに助けた。

 それが、二人の出会いだった。


「一人で自炊してるのにさ、ラドのミネストローネは美味しくなかったよな」

「ほっとけ。男の料理なんて、そんなもんだよ」

「でもさ、だからアタシ……ミネストローネの作り方勉強したんだよ」


 その話は初耳だった。

 確かに、自発的にラドクリフの家に遊びに来るようになってから、やたらとミネストローネを作りたがっていた。

 それが、まさかそういう経緯だとは全然思っていなかった。


「アタシが作ったミネストローネ、観念して食べたとき目ぇ見開いてたよな」

「まあな、俺が今まで食ってたのは泥水だったのかと思うくらい美味かったからな」


 そこまで会話をして、ラドクリフは華世がアスカのものと同じ味のミネストローネを作っていたことを思い出す。

 華世とアスカは同一の存在だったのか、それとも二人には別のつながりがあったのか。

 華世が居なくなった以上は、確かめるすべはない。


「やっぱり、大人になってたけどお前はちゃんとラドなんだな」

「そう言うお前も、アスカに間違いないよ」


 ようやく落ち着き、微笑むアスカ。

 ひとまずこれで安心か……とラドクリフが胸をなでおろそうとしたその瞬間だった。


 ガタガタガタッ。


 部屋の中に響く、何かが動くような音。

 ラドクリフが音のした方へとゆっくり近づくと、そこにはひとつのハムスターケージがあった。


「なんだこりゃあ? ……機械のハムスター?」


 青いフレームに包まれた小さい身体が、横倒しにされた瓶のようなものからノソノソと這い出てきた。

 それはクルクルと短い手で顔を磨いたかと思うと、ラドクリフへと向けて口を開く。


「なぁんだか、懐かしい魔力を感じるミュ……」

「ラド、その中に何が……?」

「わかったぁ、アスカだミュね。この魔力の感じは……」


「え……知り合い?」


 青いハムスターロボが口にしたアスカの名に、ラドクリフは思考が真っ白になった。



 ※ ※ ※



『魔法少女マジカル・アスカ参上! よくも好き勝手やりやがったな、ツクモロズども……!』


 ディスプレイに映し出されたのは、赤色の衣装を身にまとう黒髪の魔法少女が夜の街で戦う姿。

 その周囲には炎の灯ったランタンのような物体が浮かんでおり、周囲に群がる敵……ジャンクルーとして認知されているゴミ山ツクモロズへと炎を放ち応戦する。

 そして怯んだ相手を、マジカル・アスカは手に持つ鈍器状のステッキで叩き潰し、なぎ倒す。


『グオオォォォ!』


 ジャンクルーが全滅したところで現れたのは、3メートルはあろうかという異形のツクモロズ。

 けれどもその巨体を前にして、アスカは一歩も下がらない。


『ようやくボスの登場か……喰らえ! ソウル・プロージョン!!』


 魔法少女が叫ぶと、彼女の周りに浮かぶランタンが一斉に火球を連射。

 爆発の雨あられに圧倒され、体勢を崩すツクモロズ。

 その隙を見逃すものかと、アスカが跳躍しながらステッキへと手を添える。

 すると、ステッキが激しく輝き始め炎のような光りに包まれた。


『お前にゃこいつがお似合いだ! エンチャント・フレイム! ヒィィト……スマーッシュ!!』


 炎を纏った一撃を受け、炎上しながら倒れるツクモロズ。

 ……といったところで、映像はノイズが入りプツリと消えてしまった。


「……今のが、ミュウの記憶データからアスカという人物の情報で掘り起こした視覚データだ」


 映像を停止したドクター・マッドが淡々と語る。

 一方、生前の……それも魔法少女をしていたときの映像を流されたアスカは、いろいろな感情が渦巻いて顔が熱くなっていた。

 魔法少女姿をラドクリフに見られた恥ずかしさ、それから秘密がバレたという居心地の悪さ。

 アスカは助け舟を乞う思いで、隣から心配の眼差しを向けるラドクリフの方を横目でチラチラとアイコンタクトを送る。

 しかし、その仕草に反応したのはドクターだった。


「どうした、アスカ?」

「どうしたじゃねぇだろ! 何でアタシの映像をみんなに見せて……っていうか残ってんだよ!」

「恥ずかしがることはないだろう。それに先程も言ったが、この映像はミュウの記憶データ……それも思い出せない細工が施された領域に存在していたものだ」

「でもよ……アタシが魔法少女だなんて、似合わねえよな? なぁ、ラド……!」


 いっそのこと否定してくれた方が救われる……とアスカは感じていた。

 自分の性格や言動が魔法少女らしくないというのは、重々承知だったから。

 けれど、ラドクリフの口からは望んだ言葉は引き出せなかった。

 

「えっとさ。俺はその……魔法少女と一緒に戦ったから言えるんだが、恥ずかしがることじゃないと思うぞ?」

「それがわかんねぇんだよ! 何で今の魔法少女は公然と魔法少女やってんだ!? 秘密にしておかなきゃいけないもんじゃないのかよ!?」


「秘密いうてもなぁ、華世はのっけからアーミィと連携とったもんやから」


 頬を掻きながらそう言ったのは、内宮という糸目の女。

 曰く、華世という娘は初めて魔法少女として戦ったその日にアーミィへと話をつけたという。

 しかも金星アーミィの大元帥アーダルベルトへと直接かけあい、アーミィの対ツクモロズ体制を早期に実現させたとか。


 アスカは魔法少女になったとき、魔法少女であることを秘密にしないと大変なことになるとミュウに脅されていた。

 けれど現実として華世たち魔法少女がアーミィや傭兵団と連携して戦って問題がなかったらしいので、ただの脅しだったのかもしれない。


 だが、そんな華世という人物は今ここに居ない。

 アスカが見つかった場所の戦いで、行方不明になったと聞く。

 行方不明……といっても、重い空気がその生存を絶望視しているのは想像に難くない。

 なぜか姿を借りた形になった人物であっても、アスカにとっては知らない他人である。

 居もしない他人を振り返るより、アスカは前向きな行動を取りたかった。


「なぁ、博士。アタシを助けてくれた女の子がいるって聞いたんだが……」

「ああ。彼女なら今、支部の特別室に幽閉している」

「幽閉……? それじゃあまるで敵じゃ……」

「あの子は、敵組織の人間だぞ」



 【4】


 食事の乗ったトレーを持ちながら、アーミィ支部の廊下を歩くアスカ。

 自分を助けてくれた女の子は、どうやらレッド・ジャケットというアーミィと敵対している組織の人間らしい。

 それがどのような経緯でアスカを助けアーミィに回収されたかはわからない。

 けれど、助けられた身としては礼のひとつでも言わなきゃ気が済まない。

 アスカがそういう人間だったからこそ、恩人へと昼食を運ぶ役割を引き受けたのだ。


「それにしたって……独房みてぇな場所かと思ったけど、ホテルみてーだな」


 開いた扉の隙間から見える内装に、特別室の特別たる所以を感じる。

 赤いカーペットにシックな調度品。

 大画面テレビやエアコンの様な装置も備わっている豪華な部屋が並んでいた。

 何のための部屋なんだと思っていると、隣を歩くラドクリフが口を開いた。


「特別室の主な用途は、アーミィの協力者とか、出張で来た隊員の臨時宿泊施設とか、そういう使い方が主なんだとさ」

「なんだよラド、まるで体験したみたいな言い方じゃねーか」

「……まぁ、階は違うけど今まさに一室に泊めてもらってるからね。俺も戦力の一人として数えられている以上、いちいち艦まで戻ってられないからな」


 アスカは、今のラドクリフの状況もいくつか聞いていた。

 このコロニーの偉いさん……見舞いに来ていた高飛車なお嬢様の護衛に駆り出されたのが、ラドクリフ所属する傭兵団だったとか。

 それからいろいろと大変な目に会い、今はアーミィから直接雇われる形でこのコロニーの防衛に協力しているらしい。


「……みんな、戦ってるんだよな」


 生前、地球で魔法少女をやってた頃、戦っていたのはアスカ達だけだった。

 アスカの他に3人いた魔法少女たちは、みんな激しい戦いの中で命を落とさないまでも重症を負って戦線離脱。

 親の転勤にかこつけて金星へと戦いの場を移したツクモロズを追った結果、今では沈黙の春事件と呼ばれる虐殺に巻き込まれてアスカは命を落とすこととなった。


 もし自分たちが軍とかそういう防衛組織と協力を取り付けてたら、違う未来があったのかもしれない。

 前向きに……と考えていても後悔ばかりが並ぶのは、重い空気に触れ続けているからだろう。

 自分を助けてくれた少女、フルーラがいるという部屋の前で足を止めながら、アスカは雑念を振り払った。

 食事トレーをラドクリフへと預け、拳で軽く2回ノック。


「おーい、いないのかー?」


 返事が帰ってこないのでもう一度ノックをするも、返答はなし。

 ドアノブを握ると、鍵がかかっていないのか扉が簡単に開いた。

 そっと部屋の中を覗き見るアスカだったが、視界に映った光景に血の気が一瞬で引いた。


「お前っ……! なにやってんだ!?」


「ううっ……止めないで……!」


 そこにいたのは、今にも自分の喉元へと万年筆を突き刺さんとしているフルーラの姿。

 自害しようとしている人間を前に居ても立ってもいられず、アスカは突入した。


「止めないでよ……! 私がウィリアムにできる償いなんて、これくらいしか……!」

「こんの……バカ野郎ッッ!!」


 アスカは殴った。

 渾身の右ストレートで万年筆を握るフルーラの手を殴り抜けた。

 手から離れた万年筆が床を転がる中、アスカはフルーラを押し倒してカーペットの上で馬乗りになる。

 若草色のボサボサ髪を振り乱しながら仰向けでもがくフルーラの両腕を掴み、彼女の反撃を封じた。


「止めないでって言ったでしょ!? どうして邪魔するの……!」

「言え! 何で死のうとした!?」

「うう……ウィリアムが助けてくれたのに、わかりあえたのに……! ウィリアムが私のせいで死んで……ウィリアムのいない世界なんて、私……!」


 号泣しながらそう言うフルーラの目は、真っ赤に腫れ上がっていた。

 きっとアスカが来る前からもずっと、一人で泣いていたんだろう。

 けれども自ら命を断とうとしていた相手へと、アスカは手を上げずにいられなかった。


 パァン……という音が、静かな部屋へと響き渡る。

 叩かれたことすらも理解していないような表情のフルーラの顔……頬に赤い手の跡が浮かぶ肌へと、アスカが流した涙がポタリと落ちた。


「お前な……死ぬってことがどういうことがわかってんのか!? 死ぬってのはな……真っ暗になることなんだよ! なんにも無くなっちまうことなんだよ!!」

「なんに……も……?」

「天国なんてねぇんだよ! アタシは死んだんだ! 一回死んで……よく分からねえで生き返ったけど……それまでは真っ暗だったんだぞ!! 寒いしよ、何も感じられなくて、怖くて声を出しても声が出なくて……死ぬってのは、そういうことなんだよ!!!」


 自分でも何言ってるのかわからないくらい、浮かんだ言葉を吐き出すアスカ。

 暗くて怖い、動けない空間。

 その中に閉じ込められることが、アスカにとっての死の体験だった。

 それも知らずに死のうとするのは、どうやっても止めたかった。


「だからよ……うう……! アタシの前で死ぬなんて、死のうとなんてするんじゃねぇよ……! 頼むからよぉ……うう……」


 溢れ出てくる涙。

 頬からアスカが流した雫がこぼれ落ちたフルーラは、一言「ごめん……」とだけつぶやいて大人しくなった。


「うぁぁん! ゴメンで、済むかよぉ……! グスッ……えぇぇん! うあぁん!!」

 

 それでも悲しみが止まらないアスカ。

 涙がフルーラから移ったように号泣し続けてしまう。

 その涙が止まったのは暫くラドクリフに抱き寄せられ、背中を何度も擦られてからようやくだった。 



 【5】


「内宮隊長、お家に帰るんですか〜?」

「ん? ああ……まどっちが帰れ帰れうるさいしな」


 泊まり込みに使っていた日用品をデスクから片付けていたところで、咲良に声をかけられた内宮。

 お互いにそうなのだが、咲良も顔がやつれており疲れが表情からにじみ出ている。

 交代で休まなければ働き続けて総倒れになってしまいかねない、そんな状況なのだ。


「その……華世の話は聞きました。私もショックですけど……ミイナさん、悲しむでしょうね」

「ああ、華世への入れ込みはうちら以上やったからなぁ……。先に帰ったホノカが予め説明してくれてるようやけど……気分が重いわ」


 助けられた華世が華世ではなかったという事実。

 あれだけ華世を慕い愛情を持っていたミイナがそれを知ったときの反応は、想像したくない。

 けれど、隠し通すことも彼女のためにはならないので、いつかは伝えなければならない。

 それが早いか遅いかに、大した意味などないのだ。


「ウィルだけやのうて、華世も帰ってこんやったから……家、寂しなるな」


 初めは華世と内宮だけだった家に、ミイナが加わって、ウィルがやってきて、ホノカが住み着いた。

 にぎやかになる一方だったあの広い家から、2人が居なくなった。

 その事実を改めて、内宮は痛感する。


「あの……隊長、下まで送りますね」

「咲良は待機せんでもええんか?」

「私の機体、連続稼働がそろそろ限界らしくて分解修理オーバーホールしなくちゃいけないそうですから」

「あんさんもよう頑張っとるからなぁ」


 今、アーミィにいる人間はみんなこうである。

 平穏が訪れる様子は、まだまだ見えてこない。

 内宮が休めるのも、レオン達ウィンターのメンバーとネメシス傭兵団がバックアップしてくれているからだ。



 ※ ※ ※



「悪かったな……その、みっともねぇところ見せちまって」

「ううん……。私も、死のうとしてゴメンね……」


 カーペットに涙で濡れ染まった一角が見える中。

 部屋にあったソファーに隣通しで座りながら、ようやく落ち着いたアスカはフルーラと一緒にお茶を飲んでいた。


「その……ウィリアムって奴、お前の大事な人だったのか?」

「うん。今思えば大事ってより、大好き……だったのかな。私、自分の感情がよくわからなくて」

「……そうか。辛かったんだな……でも、もう自殺は無しだぞ?」

「わかってるわよ……わかって……いるもの」


 アスカの号泣が効いたのかわからないが、フルーラは素直になっていた。

 まるで前から友達だったかのように、すらすらと会話ができる。

 今の姿が、フルーラの自然体なのかもしれない。


「アスカ、だっけ。なんだか、嬉しくなったんだ……私」

「嬉しく? 何がだよ」

「私のために泣いてくれる人がいるって。今まで……そういうのって無かったから……」

「……苦労してるんだな、お前も」


 死を悲しんでくれる人間がいない。

 いや、話に出ていたウィリアムという男が唯一の存在だったのだろう。

 彼を失い、孤独に押し潰されたフルーラは自害をはかった。

 もし、自分がラドクリフを喪ったらと考えると、アスカはその気持ちも少しは理解できた。


「……よし、今からアタシがお前の友達になってやる。その、ウィリアムって奴の代わりにはなれねぇけど……寂しさは少しくらい紛れるだろ?」

「とも……だち?」

「何だよ、友達つくったことないのか? アタシも友達が何かって言葉にはできねぇけど……。困ったら助け合って、嬉しかったら一緒に笑って……まぁ、温かいもんだぜ。友達って」


 不器用ながら、柔らかい微笑みを浮かべるフルーラ。

 命の恩人に感謝を伝えに来たつもりが、命を救って友達ができた。

 そう思うと、一悶着あったがフルーラとの出合いは悪くないなと、アスカははにかんだ。

 部屋の隅で見守ってくれてるラドクリフも、アスカに笑顔を向けていた。


「さ、て……。これからどうすっかな……フルーラ、一緒に飯でも────」


 そう言いかけた時だった。

 ズズン、と建物全体が揺れるような感覚。

 地震かと一瞬おもったが、ここがコロニーであることを思い出すアスカ。

 直後に鳴った警報が、さっきの揺れが一大事によるものだということを懸命に主張した。


「ラド、何があったんだ!?」

「今確認している……! なんだって!?」


 携帯電話ごしに何かを聞いたラドクリフが、ベランダへ飛び出し手すりから前へと身を乗り出す。

 彼に続いて外の光景を見たアスカの目に映ったのは……。


「ハーコブネイン……! ツクモロズの野郎、またあれを使うのか!」

「ハコブ……なんだって?」

「ハーコブネイン、宇宙戦艦を依り代に生まれたツクモロズの船だ! アタシは前に一度戦ったことがある……!」


 忘れもしない地球での出来事。

 あのとき、ハーコブネインとの戦いでアスカの仲間である魔法少女が2人も再起不能の重症を負った。

 数少ない友人をふたりも傷つけたあの船が今、このコロニーを焼こうとしている。

 その事実にいても立ってもいられなかったが、アスカは今の自分の立場を思い出した。


「……変身さえ、できればよ」

「アスカ、お前はもう戦わなくていいんだ。俺たち大人に任せて、フルーラさんと一緒に避難しろ!」

「ラド、でもよ……!」

「……行ってくる!」


 アスカの伸ばした手を振り払うように、廊下へと駆けていくラドクリフ。

 己の無力感に唇をキュッと噛みながら、拳を震わせる。

 魔法少女の敵が迫っているのに何もできない。

 大人に任せきりで、何が魔法少女だ。


『総員に次ぐ! 戦艦級ツクモロズの出現を確認! 現在、キャリーフレーム発進準備に人手足らずゆえ手空きの者は格納庫へ集合! 繰り返す、戦艦級ツクモロズの出現を────』


 何度も天井のスピーカーから発される命令。

 物を運ぶとか、簡単な手伝いくらいはできるかもしれない。

 そう感じたアスカは、もう止められない足を前へと踏み出した。


「アスカ、待ってよ! どうしてあなたも行くの……?」


 袖を掴んで制止するフルーラ。

 彼女の潤んだ瞳を見てから、アスカは廊下へと視線を戻した。


「このまま何もしないまんまじゃ……アタシは気がすまねえんだ」

「どうして、そこまで……?」

「なんでだろうな……強いて言うなら」

「強いて言うなら?」


「あいつの……ラドの助けになりてぇから、かな……!!」



 【6】


「まどっち、止めんでくれや! うちも出撃する……!」

「駄目だ、そんな身体では死ににいくようなものだぞ」


 警報を受けて内宮と共に格納庫へと駆けつけた咲良。

 しかしそこで待っていたドクター・マッドが、内宮がキャリーフレームに乗るのを許さなかった。


「せやから、うちは平気やて……」

「平気だと? ろくな睡眠も取らず三日三晩戦い続け、足元がフラついてるお前が平気だと?」


 不意にトン、とドクターに肩を押される内宮。

 ほんの少しの力で内宮の身体は宙に浮き、尻餅をついた。


「いでっ……! まどっち……そこまでするんか……」


「あの……ドクター、そこまでしなくても」

「葵少尉は黙っていろ。これは私なりのドクターストップだ。内宮は戦える状態ではない」


 それは、ふたりが友人同士だからなのだろう。

 気が知れあっているから、ここまでしないと内宮が止まらないと分かっている。

 そんなことを考えていたので、咲良は内宮が落としたハムスターケージの扉が空いていることを、些細な違和感としか感じられなかった。


「ど、どうしましたかっ!?」


 騒ぎを聞いて駆けつけてきた受付アンドロイド・チナミ。

 おそらく搬入の手伝いをしていた彼女へと、ドクターは片腕で持ち上げた内宮の身体を投げ渡す。


「チナミ、この馬鹿を地下に避難させろ。出撃しようとしても全力でとめるんだ、いいな?」

「は、はい……!」

「葵少尉は〈ザンドールA〉で出撃だ。既に傭兵団がツクモロズどもの迎撃に出ている。手伝ってやれ」

「ら……ラーサ!」


 この場をドクターとチナミに任せ、言われた機体のもとへと駆ける咲良。

 ELエルはいま、分解修理オーバーホール中の〈エルフィスサルファ〉の中にいる。

 ヘレシーも、戦いに疲れて眠っているまま。

 一人で、戦わなければ。


 タラップを登り、パイロットシートへ腰を下ろす。

 起動キーを差し込み、操縦レバーを握って神経接続。

 慣れない機体の感覚にじんわりと指が痺れるような感覚を懐きながら、機体を前へと進める。

 そして、外へとつながるシャッターが開いた。


「エルフィ……じゃなかった。〈ザンドールA〉、葵咲良……出ます!」



 ※ ※ ※



 アスカとフルーラが格納庫に足を踏み入れた時、中は走り回る大勢の作業員たちで騒然としていた。

 手伝いに来た意図を伝えようと辺りを見回していたアスカだったが、不意に背後から誰かにぶつかられてしまう。


「痛っ!?」

「あ……ゴメンよ! おや、君は華世さんじゃないか。もう身体はいいのかい?」


 ぶつかった作業員に華世扱いされ、「アタシは……」と訂正しようとするアスカ。

 たが、今はそれどころじゃない……と絞り出す言葉を咄嗟に切り替える。


「えと……よ。何か手伝えることがあればと思って来たんだが……」

「手伝いかい? そうだなぁ……じゃあ、あの機体のバッテリーを外す手伝いをやってくれ!」


 あの機体、と指さされたキャリーフレームを見て「あっ!」と言葉をこぼしたのはフルーラ。

 駆け出した彼女を追いかけるアスカは、機体の足元で止まったフルーラの肩を掴む。


「おい、この機体が何だって……」

「これ、私の機体……。でも、顔が変わってる」


 顔と言われて、キャリーフレームの頭部を見上げるアスカ。

 確かになんとなくヒロイックというか、昔に見たエルフィスとかいう機体の頭に似ているようにも思える。


「とにかく、手伝わねぇとな。おーい、バッテリーの作業に来てやったぞ!」


 そう叫ぶと、キャリーフレームの背中あたりにいた人が顔を出してアスカたちへと手招きした。

 その人がいる場所へと、階段を駆け上がり登るふたり。

 到着した場所では、ひとりの作業員がせっせとブロック状の物体をいくつも機体から取り外していた。


「おお、来たか華世ちゃん。バッテリーを別の機体に付けなきゃならんから、外すのを手伝ってくれ」

「ど、どうしてこの機体じゃだめなの……?」


 戸惑うような瞳で問いかけるフルーラ。

 自分の機体からバッテリーが外されているのを見れば、そう言いたくなるものなのだろう。


「何でって……この機体、レッド・ジャケットから鹵獲したものなんで修復したはいいけど、操縦が複雑で動かせるパイロットがいないんだ。今はひとつでも多くザンドールを出さなきゃならないからな」

「だったら、私が……!」


「うわぁっ! あの〈デ・クアート〉……こっちに降って来るぞっ!!」


 遠くで作業員の叫びが聞こえたと思ったら、爆発と衝撃が格納庫を襲った。

 手すりに捕まり転けないようにしながら、アスカは爆発のあった方へと視線を向ける。

 そこには巨大な穴が開いた壁と、仰向けに倒れるキャリーフレーム……のような何かがあった。

 装甲すべてが銅色のような鈍い輝きを放つ謎の機体〈デ・クアート〉。

 それが味方ではないのは、異様な雰囲気からして明らかだった。


「わわわわっ……!?」

「おじさん、バッテリーを刺し直して! 私が操縦する!」

「フルーラ、お前……相手はお前の仲間の仲間じゃねえのか?」

「ウィリアムが暮らしてたこのコロニー、私も守りたい! 私はウィリアムの為に戦いたいから……!」


「でも操縦って言っても、君が……?」


 フルーラが何者なのかわかっていないような対応をする作業員。

 どうやら、彼女が敵組織の人間だとは思ってもないのだろう。

 フルーラがやる気になってる以上、なんとか言うことを聞かせて乗せてやりたい。

 この場で他に戦えるキャリーフレームは、これ1機しかないのだから。


「でも、君が操縦なんてできるはずが……」

「ゴタゴタうるせぇんだよ、タコが! このアタシの……華世の言うことでも聞けねえってのか!」

「な……華世ちゃんがそう言うんだったら……」


 ここにいる大人は皆、アスカを華世だと思っている。

 そして、華世はこの基地の中でもかなり発言力を持っていたらしい。

 それらの情報から導き出されるのは、華世の名を騙りゴリ押すこと。

 アスカは初めて、自分の姿が華世そっくりになっていることに感謝した。


「でも、バッテリーは半分くらい外してしまっている! 差し直すのに少し時間がかかるぞ!」

「アタシも手伝う! フルーラ、お前は乗り込め!」

「うん……!」


 フルーラが階段を駆け下りるのを尻目に、籠に入ったバッテリーを作業員と共に刺し直すアスカ。

 旧世紀にあったゲームのカセットを差し込むような要領でバッテリーを差せばいいのだが、いかんせんかなり力を入れないとハマらない。

 しかもざっと数えて20くらいは差し込み口が残っている。

 あの倒れているキャリーフレームが起き上がるまでに、間に合うか……。


「〈デ・クアート〉が動いたぞぉっ!」

「逃げろーっ!」


 メキメキメキといえ音ともに、逃げ惑う作業員たちで騒がしくなる階下。

 倒れていた〈デ・クアート〉は既に立ち上がりかけており、不気味な唸り声を響かせていた。


「変身できりゃ……時間稼ぎのひとつくらいはやれるのによ……!!」


 倒せる、などと思うほどアスカは自惚れていなかった。

 今、この場をおさめられるのはフルーラだけ。

 彼女のが発進できるまでの時間稼ぎができれば、それが今のアスカの願いだった。


(くそ……走り回ったからか心臓がバクバクいってやがる……! ツクモロズの心臓になったんだから、そこまで人間らしい必要あるかよ……!?)


「変身、できるミュよ……!」


「え……?」


 声のした方へと目線を移すと、病室で見たハムスターロボット……ミュウが床の上から語りかけていた。


「ミュウ、でもアタシ……ステッキ持ってないんだぜ……?」

「もってるミュ。ココロの中に、今のアスカは……持っているんだミュ」

「……くっ、適当こいてたら承知しねえぞ!」


 魔法少女時代に自分に戦う力を与えてくれ、共にツクモロズと戦った仲間・ミュウ。

 身体こそ変われど変わらぬ話し方に希望を託し、アスカは駆け出した。


「イチかバチかだ……! ドリーム・チェェェンジッ!!!」



 【7】


 呪文を唱えたアスカの身体が、空中で激しい輝きに包まれる。

 身に付けていた衣服が光の中で霧散。

 瞬時に顕になった肌へと、白いインナースーツが覆いかぶさった。

 そのまま光の粒子が腕と足を包み込むようにまとわり、その形を漆黒の長手袋・ニーソックスへと変えていく。

 そして長い髪がぐぐっと持ち上がり、黒く大きいリボンによって結われ、大きなツインテールを形成。

 最後に、黒を基調としたフリフリの魔法少女衣装がアスカの身体を覆い、炎を灯したカンテラがその周囲に浮かび上がった。


「魔法少女、マジカル・アスカ! てめぇらまとめて……黒焦げにしてやらあっ!!」


 変身を終えたアスカは、懐かしいような身体の感覚に身を鳴らしながら、手すりを乗り越え階下へと飛び降りる。

 そのままフルーラの乗った機体を守るように前に出て、正面で立ち上がろうとする〈デ・クアート〉を真っ直ぐに見据える。


「フルーラにゃ指一本触れさせねぇ……!」


 己の魔力を錬成し、発生した熱量を両手のひらへと集結させる。

 そして浮かび上がった2つの火球を、思いっきり敵に向けて投げつけた。


「ソウル・プロージョン!!」


 次々と敵機の胴体にぶつかり、爆発を起こす火球。

 投げるはしからアスカは再度、火球を作り出してはマシンガンのように投げ続ける。

 側に浮かぶカンテラからも火球を連射。

 しかし……。


「ちっ、効いてねぇか……!」


 ありったけの攻撃を叩き込んだにもかかわらず、装甲表面を赤熱させるだけで〈デ・クアート〉は立ち上がる。

 そのまま肘から先のブレード状の部位を変形させ、まるでビーム砲のような形をとった。

 アスカの存在など位にも介さないように、その銃口が徐々に光を収束していく。


「さ・せ・る・かーーっ!!」


 アスカは天使の翼を広げて跳躍。

 自らの体を包むように翅を閉じて防御態勢に入った。

 直後に、〈デ・クアート〉の腕から発射される極太の光線。

 破壊の輝きが、アスカを包み込むように直撃した。


「うああぁぁぁーーっ!! 負けるかよぉぉぉっ!!」


 翼の防御に全神経を集中させ、ビームを耐える。

 背後で起動を待つフルーラを守るために。

 アスカの翼へ直撃した光線は、いくつもの細いビームへと分かれ拡散。

 フルーラ機の周囲で爆発を起こしているが、直撃だけは避けられていた。


「まだかっ……! フルーラ……!」


 アスカが倒れるか、フルーラが動き出すか。

 根比べになった状態で流れる、永遠のような数秒間。

 しかしそのどちらでもない結果で、事態は動き出した。

 金属を打ち貫くような破壊音とともに、ビームが止む。

 ギリギリ破壊を免れた翼で宙に浮きながら状況を確認したアスカは、さきほど火球を当てて赤熱させた〈デ・クアート〉の装甲に一本の金棒が刺さっていることに気がついた。


「なんだ、ありゃあ……? あれを食らってよろめいたのか……!?」

「アスカ、あのガトリングメイスを使え!!」

「誰だかしらねぇが……わかった!!」


 体勢を立て直そうとする敵機体へと接近し、言われた通りに武器を引き抜く。

 それは、アスカの身長よりも長いハンマー部を持つ、人間が扱うには巨大なメイスだった。

 殴る部分から幾多も伸びる刃のような突起の表面が、ニヤつくアスカの表情を映し出す。


「この質量がありゃあ……アタシだって!!」


 ガトリングメイスを握ったまま、翼を翻し高度を上げる。

 そのまま、立ち直ろうとしている敵機の頭まで飛び上がり、渾身のフルスイングをお見舞いした。


「こんちく、しょぉぉっ!!!」


 スイッチが入ったのか、それともアスカの気合に呼応したのか。

 突起が伸びる部分が嵐のように高速で回転し、敵の頭部を削り取る。

 凄まじい火花と轟音が飛び散る中、アスカは全力でメイスを押し付けた。


「だらっしゃあぁぁっ!!」


 回転するハンマーは完全に敵の頭部を削り飛ばし、頭を失った機体からスンと静かになる。

 これで倒せた……とアスカが思ったその瞬間、敵が再び動き出した。


「なにいっ!? まだ生きてんのかよぉっ!?」

『アスカ、上に飛んで!』

「上ぇっ!?」


 反射的に聞こえたフルーラの声に従い、天井近くまで飛び上がるアスカ。

 直後、眼下を通り過ぎる眩い緑色のビーム。

 胴体の中心を貫かれた〈デ・クアート〉は、その場で立ったままボロボロと崩れ始めた。


『間に……あった!』

「フルーラ! サンキューな!」


「ツクモロズが成ったキャリーフレームの急所はコックピット部、つまり胴体だ。覚えておけ」


 床へと降り立ったアスカに歩み寄ってきたのは、ドクター・マッド。

 さっきの声のタイミングと言い方から、アスカの中にもしかしてが浮かぶ。


「助かったぜ、博士。でも……これ、まさか博士が投げたのか?」

「ガトリングメイスだろう? ああ、私が投げた。狙いはバッチリだったろう」

「マジかよ……このハンマーっていうかメイスっていうか、変身してもめっちゃ重く感じるんだが。……力持ちだな、博士」

「褒めても何も出んぞ? それよりも、だ。今すぐふたりは出撃しろ」


 冷たい声で言い放つドクター。

 その言葉が伝えたいことはわかっている。


「ああ、ハーコブネインをなんとかしなきゃ、だろ?」

『でも、私……いいのかな』

「フルーレ・フルーラ。我々はまだお前を信用してはいない。だが、アスカの味方であるということだけは確信している。……頼めるか?」

『……うん。アスカ、乗って!』


 キャリーフレームのコックピットハッチを開け、パイロットシートの上から手招きをするフルーラ。

 アスカはその言葉に微塵も疑いを持たず、壊れかかった天使の翼を広げてコックピットへと飛び込んだ。


「ありがとよ、フルーラ。おかげで助かった」

「私とこの子も助けられたからおあいこ。ハッチ閉鎖、飛ばすわよ……!」


 壁に空いた大穴から、キャリーフレームを跳躍させるアスカ。

 機体の手足がグルンと回転し、まるで戦闘機のような形へと変形する。


 死から蘇った魔法少女と、レッド・ジャケットから転向したパイロット。

 新しいコンビの戦いは、まだ始まったばかりだった。



──────────────────────────────────────


登場戦士・マシン紹介No.32


【マジカル・アスカ】

身長:1.56メートル

体重:53キログラム


 華世そっくりの少女・アスカが魔法少女に変身した姿。

 炎の魔法を操る能力を持っており、魔力を蓄えたカンテラ状のビットを周囲に浮遊させている。

 生前の魔法少女衣装は赤色を基調としていたが、現在はなぜか黒が基調となっている。

 華世と違い魔法少女としての経験は豊富であり、天使の翼を最初から行使可能。

 また、魔力のコントロールにも長けているため、媒介する武器が無くとも手から火球を放って攻撃することができる。


 生前は変身ステッキが変化した鈍器状の武器を活用していたが、現在はステッキが消失。

 代わりにドクター・マッドから与えられたガトリング・メイスを握ることとなった。


 ガトリング・メイスはその名の通り、鈍器として殴打することもできるガトリング砲である。

 銃身の冷却サイクルを生み出すための回転はメイスとして活用する際にも活躍。

 側面から幾多も伸びる刃のような突起が、殴った相手の表面をえぐり取ることで破壊力を上げている。

 もちろん射撃攻撃も可能であり、キャリーフレームの装甲にもダメージを与えられる大型弾を高速連射する。



【デ・クアート】

全高:8.5メートル

重量:不明


 ツクモロズが擬態したクアットロが、その姿を変質させたツクモロズキャリーフレーム。

 元のクアットロの姿が溶けたように滑らかな外見をしており、全身の装甲が鈍い銅色をしている。

 腕からは手のような部分が完全に廃され、状況に応じてブレード状、あるいはビーム砲へと変化させ攻撃を切り替える。

 形状は元のキャリーフレームからかけ離れた外見になっており、コックピットハッチに当たる部分も消失している。

 しかし内部にコックピットに当たる空洞があり、そこに核晶コアも存在するため弱点であることは変わっていない。



──────────────────────────────────────


 【次回予告】


 戦艦型ツクモロズ、ハーコブネインに立ち向かうアスカ。

 彼女の存在によって、周りにいる人間の毎日が少しずつ変化していく。

 そんな中、華世の身を狙うオリヴァーが行動を起こす。


 次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第33話「変わりゆく“いつも”」


 ────続くと思った当たり前は、いともたやすく崩れ去る。

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