第12話「結成! 魔法少女隊 後編」


 家族に何かあったら、頭どうかなるんは必然や。

 それが、仲ええ家族やったらなおさらな。


 そういうときに、落ち着いた相棒おったら、選択を間違わへんで済むんやけど……。


 華世にも、そないな仲間できたんやろか……。




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      鉄腕魔法少女マジ・カヨ


    第12話「結成! 魔法少女隊 後編」


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 【1】


「それでは皆さん、気をつけて帰ってくださいね」


 先生の号令で学校の一日が終わる。

 ここにいるクラスメイトにとっては当たり前の1幕だろう。

 けれど、今日が初登校だったホノカにとってはようやく訪れた安息だった。


 ──集団行動も、学校教育の一環よ。


 昼休みに華世から言われたことが、何度も想い起こされる。


 修道院時代、ホノカは子どもたちの中では一番年上でひとりだった。

 ホノカを慕う年下は多かったが、頼れる同年代は居ない。

 だからこそ、修道院を守っていたせんせいの側が居心地良かったのかもしれない。


 長らく孤独を味わっていたホノカにとっては、どの科目よりも集団行動は難しく感じた。

 幸いだったのは、差し金とはいえ理解者がいることだ。



「ホノカ、一緒に帰らないッスか?」


 読書用のメガネをケースに戻すホノカへと誘ったのは和樹だった。

 その後ろには、ニヤニヤした表情の拓馬。


「ええ、いいわ。帰りましょ」

「その調子ッス。すごく普通の生徒っぽいやり取りッス」

「私も少しずつ、変わらないといけないから。それよりも……しずかくん」

「え、僕?」


 不意に声をかけられた事にギョッとする拓馬。

 ホノカは僅かな不快感を表情で表しながら、目を細めて彼を睨みつける。


「さっきから私と秋山くんを見て変な顔するのやめて。不快よ」

「えっと……ごめん。いやぁ、親友が女の子に声をかけてるって構図があまりにも面白くって」

「拓馬、お前ちょっと勘違いしてないスか? おいらはあくまで、姐さんの手伝いのためにホノカに声かけてるだけッスよ?」

「別にそれ以上の感情はないから。片付け終わるまで少し待ってて」


 机の中の教材を取り出しては、カバンに戻すホノカ。

 すると突然、和樹がホノカのスカートへと手を伸ばし、裾をビッと引っ張った。


「な……何?」

「えと、スカートが椅子に引っかかってて……その、この角度からだと下着が見えてたッス」

「え……やだ、本当に?」


 赤らめた顔をそらしながら、恐る恐るといった口調で小声を出す和樹。

 いつからその状態になっていたのか、などとは考えたくもない。

 着慣れない衣服とはいえ、あられもない姿になっていた事にホノカは顔が熱くなった。


「おおお、おいらは見てないッスよ! 白いものは何も見てないッスよ!」

「やっぱり見てるじゃないの! 忘れなさい、忘れなさい!!」


 怒りに任せて拳を振り上げたところで、パシャリというカメラのシャッター音が鳴った。

 とっさに拓馬の方を振り向くが、彼は両手を上げて必死に首を振っている。

 その奥に揺れる金色の髪を見て、ホノカは怒りの矛先を見定めた。


「華世、あなた……!!」

「様子を見に来たら面白い状態だったからね。悪いけどこの写真、確保させてもらうわよ」

「ばら撒く気!?」

「保険よ保険。あんたが契約不履行ふりこうを働かない限りは、悪いようにはしないわ」


 そう言って颯爽さっそうと立ち去る華世。

 追いかけようと思ったが、どうせ帰れば会える場所に住んでいる。

 ホノカは行き場を失った持ち上げた足を、ダンと床に打ち付けた。



 ※ ※ ※



 真っ赤な顔をしたカズとホノカ。

 ふたりが写った画像を浮かべる携帯電話をカバンに仕舞い、華世は校門を通り過ぎた。

 ブルルンと低く唸るエンジン音に顔を向けると、そこにはヘルメットを抱えて待っていたバイクに跨ったウィルの姿。


「ホノカちゃん、どうだった?」

「心配いらないみたい。カズ達と仲良くやってたわ」


 投げ渡されたヘルメットを掴み、そのまま被る華世。

 そのままバイクの後部座席タンデムシートに跨り、ウィルの肩を掴む。


「このあと、支部だっけ?」

「ええ。ちょっと用事あるからよろしく」

「しっかり掴まっててね」

「わかってるわよ」


 駆動音を唸らせながら走り始めるバイク。

 そのまま車道に飛び出し、車の流れに乗る。


「さっき、何を見て笑ってたんだい?」

「撮れたての、ホノカの青臭いワンシーン」

「恥ずかしい写真ってことかい!? まさか、脅しにでも使うつもりじゃ……?」

「違うわよ。あたしはね、自分の人を見る目には自信あるつもりよ。これは、あいつの成長記録みたいなもの」


 交差点を曲がり、法定速度を守った緩やかな速度で住宅地を抜けるバイク。

 その後、緩やかに赤信号で停止。アイドリングで震える座席の上で、華世はそばのアイスクリーム屋を横目で眺める。

 カウンターに並ぶ親子。窓際の席で甘味に舌鼓をうつ学生たち。


「アイス、食べたいのかい?」

「別に? ああいった場所に、ホノカたちが笑顔で行く日が来るのかなって思っただけ」


 信号が変わり、再び走り始めるバイク。

 支部に近づくにつれ、減っていく車たち。

 ここから先はアーミィ支部と、その隣にある病院にしか繋がらない道。

 そのどちらにも用がない人間には、この道路を通る必要はない。

 車通りが少なくなった道路を、軽快なスピードでバイクが道を走る。


「華世ってさ、いい人だよね」

「はぁ?」


 頬を撫でる風に心地よさを感じていたところで、唐突なウィルからの褒め言葉に華世は素っ頓狂な声を返した。


「突然どうしたのよ。褒めても何も出ないわよ」

「いやいや。俺さ、華世にであってから……本当に幸せなんだ。ホノカちゃんも、華世の出会いから幸せになってくれたら……なーんて」

「はぁ……?」


 よくわからないことを口走るウィルに、呆れ顔を返す華世。

 けれど、少しのぞかせたウィルの横顔は、心から幸せそうな笑顔だった。




 【2】


「うーーん、大丈夫やったかなぁ」

「何がですか~?」


 伸びをしながらこぼれた独り言を聞かれたのか、咲良がパーティションから身を乗り出してきた。

 尋ねられた以上は黙る理由もなく、内宮は「へぇ」とひとつため息をついた後で椅子の背もたれに寄りかかった。


「こないだ華世が雇った例の灰かぶりの魔女、あの娘の初登校が今日やったんやけど……うまく学校に馴染めたやろか思うてな」

「ウィル君の時も思ったんですが……手続きとかどうしてるんですか~?」

「手続き?」

「ほら、学校に通うには住民票とか戸籍とか要るんじゃないですか? アーミィが根回しすればそういったものってどうにかなるものなんですか?」


 その言葉を聞いて、内宮は咲良が留意してることが何となくわかった。

 住民が教育を受ける年齢かどうかを記す学齢簿は、基本的に戸籍・住民票をもとに作成される。

 無論、そこに記載のない住人……表立った転居・異動手続きのできない素性不明の人間なんかはその名簿に記名されることはない。


「そもそもや、金星のコロニー法やと日本みたいに中学までの義務教育は年齢さえ適正なら、住民票なんか無くても通うこと自体は可能や。それにな、手続きには異星人保護プログラムがある」

「異星人保護プログラム?」

「それはな……」


「地球へ移り住む、地球以外の人類を受け入れる制度だよ。知らないのかい?」


 咲良の奥の席からパーティションに肘を置いた楓真ふうまが、すかし顔で会話に入ってきた。

 彼の言うことに首を傾げる咲良へと、内宮は説明を重ねる。


「30年前に起こった異星文明との接触から、大勢の……昔風に言えば宇宙人が地球圏に移り住んだんや。そのときに混乱を避けるために出来た制度やな」

「ま、そのきっかけとなった異星種族は30年の時の中で地球人とほぼ完全に融和。今じゃ地球人かそれ以外かなんて誰も気にしなくなったけどね」

「へぇ~! それじゃあ、知らないだけで友達がその宇宙人かもしれないんですね~!」


 無邪気に笑う咲良の奥で、すこし俯いた楓真ふうま

 一瞬のことであったが、その表情の変化は内宮の目にやけに印象深く映った。


 プルルルル。


 不意に鳴る内宮の内線電話。

 手で咲良たちに仕事に戻るように支持しつつ、受話器を握って耳に当てる。


「はい、内宮やけど?」

『内宮少尉、華世ちゃんが見えてます』

「おおチナミはん、うちが呼んだんや。10分くらいしたら向かうから、5分後くらいに応接室に通してもろてくれや」

『かしこまりました』



 ※ ※ ※



「華世ちゃん、5分くらい待ってから内宮さんが応接室で待っててって」

「ありがと、チナミさん」


 受付で手続きを済ませた華世は、携帯電話の表示で時間を確認した。

 微妙な空き時間のため、ドクター・マッドに顔を見せる事もできない。

 どうやって暇をつぶすか、困り顔のウィルと顔を見合わせていると、チナミが腕を伸ばし華世の肩をチョンと突付いた。


「何? 時間つぶしに付き合ってくれるの?」

「そういうわけじゃないけど……ミイナさんのことで少し」

「ミイナ? あいつがどうかした?」

「それが……ゴニョゴニョ」

「連絡が途絶えた……ですって?」


 こっそりと耳打ちされたチナミの言葉に、華世は目を見開いた。

 家族の身に起こったかもしれない何かに少し、語気を荒げてしまった。


「あ、別に絶対に何か起こったわけじゃなくて……急に通信が止まっちゃっただけだから」

「通信? 電話でもしてたの?」

「えっと、ちょっとSNSでやり取りをね……」

「ふーん……」


 顎に手を当て、考え込む。

 ミイナとチナミが繋がっているというSNSのことも気になるが、何よりも通信が途切れたという話が気になった。

 スペースコロニー内は通常、全域に渡って無線LANが張り巡らされ電波も通るため、携帯電話が圏外になる場所はない。


 そう考えると、通信が途絶したのは通信機器の故障か、あるいは……。


「か、華世……」

「ウィル。あたしが秋姉あきねえと会っている間に、家に電話して」

「え?」

「家にいればいいけど、ミイナが居なけりゃミュウかももが出るはず。出かけたのなら行き先から居場所を特定できるわ。よろしくね」

「あ、ちょっと……」


 ウィルが納得するより早く、華世はエレベーターホールへと駆け出した。

 内宮にも、早くこの話をする必要がある。



 【3】


「ちぇっ……何度やってもツクモ獣になりやしねえ。この状況でストレス無しって……どうなってんだよ、お前」


 ミイナの前で正八面体の何かを投げ捨て、悪態をつく少年。

 両手両足を縛られたミイナは、言動から彼がツクモロズ勢力のものだと勘付いていた。

 自身のパラメーターチェックをし、ストレス値がゼロを維持していることを確認する。

 確かに誘拐され監禁されている状態に多少どころではないストレスを感じてはいるが、華世やももの顔を思い浮かべれば相殺に足る幸福値を得ることはできる。


 今いる場所は真っ暗……というよりは真っ黒な空間に座らされているミイナ。

 柱のようなものは薄っすらと見えるが、窓や扉にあたる物は見当たらない。

 けれども少年の周囲には機種は分からないがキャリーフレームが数機待機しており、不気味なカメラアイの光をしきりにこちらへと向けてくる。


 通信は完全に圏外というわけではないが、こう微かな電波しか通っていないと音声や画像はおろか、短い文章ですらマトモに送れそうにない。

 けれども冷静に、脳内メモリーで現在の状況を伝えるメッセージを送れるように準備を進めていた。

 何かの拍子で一瞬でも電波強度が強くなれば、華世の携帯電話に送信することができる。

 ここまで周到に用意しているのは、ひとえに華世が必ず助けに来てくれると信じているから。

 彼女への信頼が、ミイナを正気でいさせ続けていた。


「暗闇に、拳震わせ、夕焼けぬ……」

「セキバク、茶化しに来たのか?」


 音もなくり足で歩いてきたのは、三度笠さんどがさを被った大男。

 セキバクと呼ばれたその男の目つきは刃物のように鋭く、不気味な和風の外套がいとうを身にまとっている。


「レス、お前が珍しく苦戦しているようだからな。手を貸してやれとバトウが」

「爺さんめ……余計なことを。ザナミの奴も知っているのか?」

「さあな。それよりもこの機械の娘、我らの軍門に降らぬのか」

「ああ。コアをいくら突っ込もうとも反応なしだ。この機械人形をけしかけりゃあ、鉤爪の女とその周りの連中もタダじゃすまないと思ったんだが」

「始末するか?」

「いや、まだ使いみちはある。せいぜい役に立ってもらうぜ? 機械のメイドさんよぉ……」


(お嬢様……)


 影のある表情でジロリと振り向いた少年の顔を見て、ミイナは額に冷却液を浮かべた。



 ※ ※ ※



「それで、ホノカの方はどやった?」

「そっちは順調よ。ほら」


 机の対面に座る内宮へと、華世は携帯電話の画面に表示した写真を見せた。

 それは成長記録と評して撮影した、青春の1ページ。

 顔を赤くしてカズと言い争いをする、年相応の表情を見せたホノカの姿。


「見張りを頼んだカズと仲良くやってるみたい。昼も様子見たけど、問題といえばクラスに馴染めてないくらいね」

「安心したわぁー……。学校行かせた子が問題起こしたら、うちが責任負わされるからな~」


 そういいながらホッとした表情で、調書にペンを走らせる内宮。

 ウィルの時もだが、経過観察としてしばらくは報告書を提出する必要があるのだ。


「このぶんやったら、ももも通わせられそうやな」

「えっ!? あの娘も通わせるつもりなの?」

「当たり前や! 出自がああでも、子供は子供。ちゃんと教育受けなアカンて」

「勘弁してよ……あたし、ただでさえウィルとホノカに手を焼いてるのに。これ以上増やされたら流石に手が回らないわよ?」

「それも、そか。せやなぁ……」


 そう言って内宮は、ペンの頭を額にコンコンと当てながら考え込んだ。

 誰か知り合いに応援でも頼もうと考えているかのような表情。

 内宮の交友関係をすべては把握していないが、学校関係者にツテでもあるのだろうか。


「それよりも秋姉あきねえ。チナミさんからミイナのこと何か聞いてない?」

「ミイナが? どないしたんや?」

「聞いてないのね……。チナミさんが、ミイナからの連絡が急に途絶えたんだって」

「何やて? どういうことや?」


 華世は内宮に、かいつまんで説明した。

 SNSでやり取りしていたのに、連絡が途絶えたらしいということ。

 コロニー内には圏外の場所はなく、通信機器の突然の故障くらいしか途絶した理由が思い当たらないこと。


「……妙やな。電話が故障したとしても、通信が途切れるなんてありえへんで?」

「そうなの?」

「ミイナの身体には、緊急用の通信機能とGPS発信機能が付いてるはずや」

「じゃあ、そのGPSの反応を追えば場所がわかるってこと?」

「ちょい待ち……」


 懐から取り出した携帯電話を、しかめ面で操作する内宮。

 画面を指で押すタップ音と、換気扇の音だけが応接室に響き渡る時間が数秒ほど。

 そして内宮の表情が変化した……悪い方に。


「アカン、特丸デパートのあたりで反応が消えとる。最後のログは……1時間前か」

「1時間前……GPS反応がなく、通信機能が使えない理由として考えられるのは……!」

「通信が使えない隔絶された場所か、あるいは……まさか!」

「物理的に機能を潰されたか……こうしちゃいられないわ!」


 座っていた椅子を蹴っ飛ばしながら立ち上がり、応接室の扉へと走る華世。

 心配そうな表情を浮かべる内宮の腕が、その動きを掴み止めた。


「待てや華世、どこ行くんや!」

「特丸デパートの近くで反応が消えたんでしょ!? 付近で目撃証言がないか探すのよ!」

「待て言うとるの聞けや! あんさんが一人で聞き込みなんてできるわけやないやろ! 通報はうちがするから、捜査はコロニー・ポリスに任せとき!」

「くっ……!」


 歯を食いしばり、扉に拳を打ち付ける。

 確かに内宮の言うことが正しいのはわかる。

 一人で情報を得ようとしても、諜報のノウハウがない華世には無理がある。

 それに華世が人間兵器でアーミィの人間だと主張しても、アーミィは戦闘が専門であり人探しや事件の調査は関連組織であるポリスの管轄。

 子供の身である華世が聞き込みをしたところで、まともに取り合ってはくれないだろう。


「後のことはうちにまかせて、華世は家に帰りぃや。帰るの遅れたら、ももやホノカがあんさんを心配するで」

「え、ええ……わかったわ」


 震える拳を降ろし、華世は静かに応接室を後にした。



 【4】


「ねえ、ミイナお姉ちゃんはどこに行ったの?」


 夕食の席でももが投げかけた素朴な疑問に、食卓を囲んでいた華世たちの箸が一斉に止まった。

 現状、ホノカには事情を話してはいるがももには伝えていない。

 決して信用していないということではなく、巻き込みたくないという思いがあるからだ。


 一応、ももが変身するためのステッキは華世が預かっている。

 ステッキがなくても、彼女の身が危険にさらされたときに防衛反応であの大蛇に変身しないとも限らない。

 どちらにせよ無論むりやり変身しようとすれば、彼女の首につけられているチョーカーから麻酔針が飛び出て気絶させる。

 そうならないためにも、ももを今回の騒動に巻き込みたくないのが華世たちの考えだった。


「お昼に出かけたっきり、帰ってこないんだよ! おかしくないの?」

「あ……ああ、ミイナはな急に用事ができて……」

「でももものために服を買ってくれるって言ってたのに……」


 うつむき悲しそうな顔をするもも

 その小さな頭をひと撫ででもして慰めようと華世が立ち上がろうとすると、それより早くホノカが椅子を引いた。


「みんな、いろいろな事情があるものだよ。……あとで私のテントに来る?」

「テント? 行く行く! もも、テントって見たことないの!」


「じゃあホノカもももも早く食べ終わりなさいよ。片付けをするのはあたしなんだからね」

「「はーい」」


 華世の言葉を受けて、再び野菜炒めに腕を伸ばすホノカともも

 その様子を見ながら、華世はフカヒレスープに手を付けた。


(……今日のは会心の出来ね。ミイナ、フカヒレスープ好きだったから食べてもらいたかったけど。無事に帰ってきたらまた作るか……あら?)


 ふと顔を上げるといつの間にか内宮が席を離れており、ちょうど自室から出てくるところだった。

 その手には、柔らかい輪っか状の何かが握られていた。


秋姉あきねえ、それ何?」

「こないだな、ももと一緒に買い物いったら華世と勘違いされたんや。この子は背格好もほとんど華世とそっくりやからな。せやから、判別つくように外出るならちょっと髪でも結ってやろ思うたんや」


 そう言って、ももの名前の由来となった桃色の髪に手を伸ばした内宮。

 そのまま手際よく耳元の髪を束ね、持ってきたヘアゴムでその根本をキュっとまとめた。

 ポカンとするももの眼前に内宮が手鏡を添えると、ヘアゴムについた丸い飾りを指で突付いた。


「わぁ、サイドテールだ!」

「似合うとるで。そのヘアゴム、昔うちが使うてたもんなんや。大切にしぃや」

「ありがとう、千秋お姉ちゃん!」

「うんうん、君みたいな子は素直がいちばんや。うちのはチィと捻くれとるからな。なかなか今のような感謝の言葉は聞けへんで?」


「……悪かったわねー、素直じゃなくて」


 内宮を睨みながら、華世はスープの入ったお椀を強めに机に置いた。

 食べ終わった食器を重ねながら、考えるのは今後のこと。

 今夜いっぱいはコロニー・ポリスに捜索を任せるが、翌朝までに見つからなかった場合はそのままにするつもりはない。

 そうなった時にどうミイナを探すか、そのことで頭がいっぱいになっていた。



 ※ ※ ※



「おじゃま……しまーす。わぁ~!」


 ホノカの後を追うように、恐る恐るテントの入口をくぐるもも

 年相応……いや、それよりも少し幼い内面のももが、テントの中を感嘆の声を上げて見て回る。

 その様子を見ながらホノカは、自分の感覚を研ぎ澄ました。


(……やっぱり、気配はないか)


 ツクモロズを前にすると、脳裏に走るズキリとした痛み。

 ホノカはそれを“匂い”と呼び、ツクモロズを見つけるセンサーとしていた。

 華世の話を聞く限り、これはどうやら自分しか感じられないもののようだった。


 初めて敵として退治したときは、たしかにももから感じられたツクモロズの匂い。

 これだけ近くに彼女を置いたのに、全然あのズキズキした感覚は得られなかった。


「ねぇ、これなあに?」

「それは飯盒はんごう。焚き火でお米を炊く道具」

「炊飯器いらないんだ~ふしぎ!」

「まあ、私は仕組みまでは知らないんだけど……え?」


 ふと目をやった外の景色。

 暗がりの中に薄っすらと、見覚えのあるメイド服が浮かんでいた。


「あっ! ミイナお姉ちゃんだ! 帰ってきたんだよ!」


 ぱあっと明るい顔でテントの外に飛び出すもも

 けれどもミイナのものと思われる人影は、闇の奥へと消えていった。


「ミイナお姉ちゃんが行っちゃう……! もも、追っかける!」


 慌てて後を追おうとテントを飛び出すもも

 ホノカはこのことを華世たちに連絡しようと思ったが、そんな時間は無さそうだった。

 携帯電話は持っておらず、伝える相手は遥か上の最上階。


「待って、もも!!」


 夜の帳に消えゆくももを見失わないことが先決だと、ホノカもテントを飛び出した。



 【5】


 突然鳴った携帯電話を取る内宮。

 真顔で「もしもし」と言った彼女の顔から、一瞬にして血の気が引いた。


「なんやてウィル、ホノカとももが夜ん中に飛び出していきよったやて!? あんさん今どこおんねん!」

『華世の言いつけで2階の廊下から見張ってたんだ! 飛び降りて追いかけたけど、もうふたりとも見えなくなって……』

「見張り……? 華世、ホンマか?」


「ええそうよ。まったく……」


 椅子から立ち上がりながら、華世は頭を抱えた。

 ウィルに見張らせていたのは、どちらかといえば外敵の襲撃を危惧してのことだった。


 華世が聞いたところ、ホノカは二度ツクモロズに襲われたという。

 一度目は華世と交戦した後。二度目は華世が入院していたときにスラム街で。

 正確にはスラム街の襲撃はホノカを狙ったものとは限らないかもしれないが、一度目は確実にホノカの命を狙ったものだった。


 そのとき襲撃をかけたのは、黒い影を操る少年と三度笠の大男。

 大男の方は知らないが、少年は前に学校で交戦したレスというツクモロズだろう。


 このマンション自体は屈強な警備員たちが24時間体制で守っている。

 更に建物側面には狙撃による暗殺防止用の自動迎撃ビーム砲。

 少なくとも敷地内にいる間は、外部からの攻撃はないと思って良い。


 そう考えれば敵がホノカを狙う場合、考えられるのは正面からの襲撃。

 ミイナが居なくなった今、敵が来る恐れがあったので念のためにウィルに見張らせていたのだ。


「ったく……あの二人が迂闊なことはしないと踏んで、遠目に見晴らせてたのが仇になったわね。あら?」

「どないしたんや? 警察から連絡でもあったか?」

「……ミイナからのメッセージよ! ええと……真っ暗・キャリーフレーム有り・身動き不可……?」


 ミイナの携帯電話ではなく、電子頭脳から直接送られた文面。

 それは誘拐犯が代筆したものではないことは確かだ。

 だが書いてあることから察するに、さすがに場所はわからないようだ。


「書いてある言葉は監禁場所のヒントよね? 少なくともキャリーフレームが入れるような密室……?」

「そないなもんあるんかいな? キャリーフレームは少なくとも8メートル前後。屋内やとしたら数階分はぶち抜かな立たれへんで」

「とにかくまだ無事なのだけは知れたわね。秋姉あきねえ、電話貸して!」

「あ、ああ……」


 ひったくるように内宮から携帯電話を奪い取り、耳に当てる。

 場所は置いておいて、まずは目下の問題に当たるのが先だ。


「ウィル、後からあたしも追いかけるからバイクでホノカを追って!」

『わかった!』

「ったくももめ……何考えてるのよ、あいつ!」

 


 ※ ※ ※



 闇の中を駆けるメイド姿、追いかけるもも

 その背中を走り追いかけて、ホノカは夜の道を走っていた。


(おかしい……誰ともすれ違わないなんて)


 夜とはいえ、不思議と人がいない路地を駆け抜けていることにホノカは気がついた。

 かれこれもう20分ほど、走り続けているはずだ。

 そういう道へと誘導されているのか、それともただの偶然か。

 若干息を切れさせつつ走り続けていくと、車ひとつ居ない交差点の前でももの足が急に止まった。


「ハァ……ハァ……。ど、どうしたの?」

「このあたりで止まったように見えたんだけど……ミイナお姉ちゃん居なくなっちゃった」

「……なるほどね。居なくなったんじゃない、降りたのよ」


 ホノカは、すぐ前に見えたマンホールを指差した。

 蓋が若干ズレており、細い三日月のような形の隙間が口を開いている。

 何者かがこの下に急いで入り、蓋を閉めそこねたのだろう。


「……ドリーム・チェンジ」


 静かに呪文を唱え、ホノカは魔法少女姿へと変身する。

 耐火構造のシスター服に身を包み、両腕の巨大な機械篭手でマンホールの蓋を持ち上げる。

 と同時に聞こえてきたバイクの駆動音。

 ホノカは反射的に、ももを庇いながら音のする方へと手のひらを向けた。


「誰っ!?」

「わーっ! 俺だよ、俺!」


 アスファルトにタイヤを滑らせ停止したバイクから、両手を上げたウィルが降りてきた。


「あなた……ここまで追ってきたの?」

「華世に言われてね。踏み込むなら華世を待ったほうが……」

「でも早く行かないと……あら、あの子は?」


 周りを見て、ホノカはいつの間にかももが居ないことに気がついた。

 少なくとも近くの道を歩いていった様子はない。

 となれば、行き先はひとつ。


「まったく……世話の焼ける!」

「ホノカちゃん、待って!」


 ウィルの制止を振り切り、ホノカはマンホールへ飛び込んだ。



 【6】


「ホノカと一緒にマンホールに入った!? あたしを待ちなさいよ!」


 ウィルから入ってきた電話に、声を荒げる華世。

 華世は今ウィルのバイクについている盗難防止用のGPSを頼りに、足跡を追って夜の街を駆け回っている。


『ごめん、ももちゃんが降りて行っちゃって……その後を追ってホノカちゃんも』

「あんたが居たのに、なんてていたらくよ! 今どこ!?」

『どこって……どこだろう。後を追うのに夢中で……』

「このマヌケッ! ……待って、いま下水道にいるのよね?」

『ああ。だけど本当に、ここにミイナさんがいるのかな? 確か電波が通らない場所にいるんだろ? でもここは電話が通じる……』

「そうね。未だにミイナのGPSからの信号は無し……まって、下水道……地下……!? そうか、そうだったのね!!」


 華世の中に電流が走った。

 真っ暗で、かつキャリーフレームが入れる密室。

 ミイナがいるであろう、奇妙な場所に該当するところがこのコロニーに一つだけある。


『華世? 何かわかったのかい?』

「いい、ウィル。ミイナはたしかにその近くにいるわ。ミイナからの情報だと、真っ暗でキャリーフレームが立てる密室に居るらしいの!」

『ええっ、でもここは電波が……それに屈んでもキャリーフレームなんて入れないぞ?』

「コロニーの地下に一層だけ、電波が通らない場所があるわ。それは……対衝撃用のアーマー・スペースよ!」

『アーマー・スペース?』

「外部からコロニーへの攻撃の威力を低減させるための空間よ。スペースド・アーマー……空間装甲とか中空装甲って聞いたこと無い?」

『ああ。中に空間を開けて二重構造にすることで、装甲の内側に伝わる衝撃を軽減する構造だよね』

「あれと同じ要領でコロニーの外装部には頑丈な外壁と、居住区の地底部分との間に大きな空間があるの! そこは有害な宇宙線から居住区を守るための特殊金属装甲に覆われてるわ。だから電波が通りにくいのよ!」

『なるほど……そこならめったに人が訪れないから、監禁場所としては最適だ。……そこに空気はあるのかい?』

「ええ。ビーム攻撃を減衰させるために、かなり気圧が高いけれど空気がちゃんとあるわ。地下道から人が入ってメンテナンスできるから! ……あたしが来るまで突入するんじゃないわよ」

『ごめん……もうホノカちゃんがハッチを開けて入り込んじゃった』

「……あのバカッ!」



 ※ ※ ※



 金網と鉄板で組まれた作業員用のキャットウォーク。

 ホノカは金属の手で後ろ手にももの腕を握り、カンカンと金属の床を足で鳴らしながら、長い螺旋階段を一段ずつ降りていた。


(この先に……いる)


 下れば下るほど強くなる、頭の奥に響く鈍痛。

 間違いなく、この奥にツクモロズがいる。


「ホノカちゃん、待ってよ!」


 数段飛ばしで追いかけてきたウィルが、ゼェゼェと息を切らせながらホノカの肩を掴んだ。

 階段を降りる足を止め、振り返ってウィルへとももの腕を押し付ける。


「……この下にツクモロズがいます」

「ツクモロズが? ってことはミイナさんもそこか。いったん華世と合流してから……」

「あいつらはそう悠長に待ってくれませんよ。ももを頼みます!」

「あ、ちょっと!」


 手すりを乗り越えて、飛び降りるホノカ。

 感覚が導く方向へ、背後でガスを爆発させて一気に前進する。

 床に着地してすぐに跳躍、再び爆発の勢いで大きく前方へと加速した。


「居たっ!」


 前方に座り込んだ人影を捉え、着地位置をコントロールしてブレーキを掛ける。

 速やかに可燃ガスを放ち、点火。

 ミイナの周囲を警戒していたツクモロズ兵ジャンクルーを吹き飛ばした。


「ああっ……うっ! ほ、ホノカ様!」

「ミイナさん、無事ですか!」


 ミイナに駆け寄ったホノカは、彼女の両手両足を縛るロープを軽くあぶって焼き切り解放。

 肩を貸しながら彼女に目立った外傷がないのを確認した。


「ミイナさん、乱暴はされなかったんですか?」

「え、ええ……。男の子に何度か、変な立体物を押し付けられたくらいです」

「男の子? それって……くっ!」


 突如、足元から伸びてきた影のような鋭いトゲ。

 ホノカは咄嗟に飛び退こうとしたがミイナと一緒ではかわしきれず、機械篭手ガントレットの表面装甲に小さなキズが入った。


「この攻撃……」

「勇敢だねぇ、マジカル・ホノカ。ひとりで助けに来るなんてさ」

「やっぱり、あなたね……!」


 地面から生えるように姿を表したのは、すまし顔の少年。

 それは、前に下水道でホノカを襲ったツクモロズ。

 華世から聞いた話によると、その名はレスというらしい。


「その機械人形を模した影を見せたら、まんまと誘き寄せられるなんて。ちょっと単純じゃないかな?」

「あれはあなたの仕業だったの? でも、万全の状態ならツクモロズひとりくらい……」

「おやおやぁ? まさか僕一人だと思ってる? 甘いよ、甘すぎるね!」


 そう言って、片腕を上げるレス。

 同時に闇の中に赤い光が次々と点灯。

 ホノカは咄嗟に機械篭手ガントレットの手のひらから炎の障壁フレイムシールドを展開。

 直後に雨……いや、あられのような銃弾の嵐が、上方から叩きつけるように降り注いだ。


「大口径ライフル弾……そしてこの連射。まさか!」


 闇に浮かぶ巨大な影が、輪郭を帯びてその姿を現す。

 それは3機のキャリーフレーム〈ビーライン〉だった。



 【7】


 遠くで見える爆発の光。

 あれがホノカの放った攻撃であることは、遠目からでも確認できる。


「とりあえずももちゃん。俺たちだけでも華世の合流を優先しよう」

「う、うん!」


 ただでさえ、戦えないももがいるので身動きが取りづらい状況。

 手持ちの武器が少ない今、加勢に向かうのは無茶がある。

 半ばホノカを見捨てることになるが、全員で行って全滅するのだけは避けたい。


「宵闇に 招かるるまま 待ち惚け……斬ッ!」

「何っ!?」


 鋭い斬撃が、ウィルの眼前を掠めた。

 手すりの金属パイプに幾重もの切り込みが入り、輪切りになった部分がいくつか眼下へ落ちていく。


 ゆらりと、ウィルたちの前に現れる三度笠の大男。

 その両腕から輝きを放つのは、刀身のような黒光りする刃。


 ウィルはコートの裏から短機関銃を取り出し、トリガーを目一杯引いた。

 放たれた無数の鉛玉が大男に迫るも、素早い腕の動きがその尽くを弾き返す。

 男は口元にニヤリとした笑みを浮かべ、こちらへと飛びかかった。


「このっ!!」


 ももをかばいつつ、ウィルは手榴弾のピンを抜いて投げつけた。

 けれども投げつけた緑の球体は一閃のもとに切り捨てられ、信管を失った爆弾が奈落の外へと落ちていく。


「このような玩具で我を止めようとは笑止……!」

「オモチャかどうか……これならどうだ!」


 ウィルが投げつけたボトル状の手投げ弾を、先程と同じように両断する男。

 しかし刃がボトルを捉えた瞬間、赤い閃光が男を包み込んだ。


 ももを背負いながら、階段を駆け下りるウィル。

 下水道に戻る道はあの大男に抑えられてしまったため、今は降りるしか逃げ道がない。


「いまの、何を投げたの?」

「閃光手榴弾だよ。構造上、破壊されても作動するんだ。……あっ!」


 上から降ってくるように逃げ道を塞ぐ、両腕に刃のついた大男。

 至近距離で閃光弾を受けたにもかかわらず、男の目は鋭い眼光を放っていた。


「銃も効かない……爆弾もダメとは、化け物か!」

「我らは、人の作りしものなり。常人ごときの力で我は……」


「じゃあ、バケモノだったら対抗できるわけよねッ!」


 頭上から、赤く輝く刀身のナイフがふたつ。

 ひとつは男の片腕を弾き、ひとつは三度笠の端を切り裂いた。

 その一撃が一瞬の隙を貫く、落下を伴った鋭い金属脚の蹴り。

 よろめいた男が、階下へと無言で転落する。


「ウィルともも。ふたりとも無事ね!」


 ヒラヒラとした桃色の衣装を身にまとった華世が、ウィルたちの前に降り立った。

 頼れる救世主の登場に、ウィルは思わず感嘆の声を上げた。


「華世!」

「華世お姉さま!」


「うう……お姉さま呼ばわり、全然慣れないわねえ。それよりウィル、ホノカは?」

「向こうで戦ってるみたいだけど……キャリーフレームが何機かいるみたいだ」

「なるほどね。ウィル、あんたは急いでこの子を連れて外に逃げて」


「……ももも戦う!」

「何言ってんのよ、あんたは……」

「なんとなくだけど、わかるの! もも、お姉さまの持ってるそれ・・を使えば、戦えるって!」


 聞き入れられるはずがない、要求。

 けれども声を張ったももの顔つきは、真剣そのもの。

 彼女と華世の顔を交互に見比べたウィルは、華世がどういう判断を下すかを固唾を呑んで待つしか出来なかった。


「……わかったわ。ウィル、こいつをももに!」


 華世が投げ渡した何かを、受け取るウィル。

 それは先端に赤い宝玉が輝く、いかにも魔法少女といったデザインのステッキだった。


「でも、ももちゃんには首輪があるんじゃ」

「麻酔機能なら今は一時的に解除してあるわ。さっきの奴が、これでくたばったとは思えないし……できるわよね、もも

「う、うん! お姉さまのためならもも、がんばれる!」

「それじゃあウィル、頼んだわよ!」


 そう言って階段から飛び降り、ホノカが戦っているであろう方向へと向かう華世。

 彼女が放った「頼んだ」に含まれている意味。それは「ももが不穏な動きを見せたら撃て」ということ。

 そうやって保険をかけながらも変身アイテムを託したのは、ももが信用たる存在かを見極める目的もあるのだろう。

 ウィルはももを背中から降ろし、譲り受けたステッキを彼女へと手渡した。


「僕じゃ力になれそうにないけど、君なら……」

「ウィルさんはももを守ってくれた! 今度はももの番!」


 ももがステッキを握り、スゥと軽く息を吸う。

 そして片腕を高く上げ、叫んだ。


「ドリーム・チェェェェンジッ!!」



 ※ ※ ※



 空中をガス溜まりへ向けて走る炎の導線。

 そびえ立つ〈ビーライン〉の胸部で爆発が起こるが、装甲表面をススで汚す程度で効いている気がしない。


「く……」


 ホノカの攻撃は、あくまでも対人・対建築物に特化したものである。

 装甲にある程度の耐爆性能を備えたキャリーフレームには、表面からのガス爆発は通用しづらい。

 退こうにもミイナを連れて爆風移動はできないし、背後を見せればレスが刺してくるだろう。


 一歩、一歩と近づいてくる3機の〈ビーライン〉。

 そのうちの一機が巨大なアサルトライフルの銃口を、ホノカ達へと向けた。


 その時だった。


『だらっしゃぁぁぁっ!!』


 スピーカー越しの叫び声と共に〈ビーライン〉の1機が、突然前のめりになって床へとその巨体を突っ伏した。

 その衝撃と振動にこらえたホノカが見たのは、倒れた背中に突き刺さっていたのは弧状の刃先が光り輝いた一振りのビーム・アックス。

 直後に背部スラスターを前回に吹かせ、立っている〈ビーライン〉の後頭部を掴む〈ザンドールAエース〉。


『こいつで、しまいやぁっ!!』


 特徴的な関西弁を叫ぶ〈ザンドールAエース〉は、そのまま回転足払いをかけて敵機を転倒させ、倒れ込んだところに胴体へとビーム・ピストルを一撃放った。

 一瞬のうちに2機を撃破した鬼神の如き味方を見ながら、ホノカは空いた口が塞がらなかった。


「その声紋は……千秋さん!」

『無事やな、ミイナ! うちが来たからには、もう大丈夫やで!』

「千秋さんって……内宮さんですか? どうやってここに?」

『コロニー外壁からここに入れる、キャリーフレーム用のエアロックがあるんや。ミイナ、これに乗りぃ』


 差し出された巨大な手のひらに、ためらいなく乗るミイナ。

 そのまま〈ザンドールAエース〉の半開けしたコクピットハッチへと運び入れ、彼女を中に収容する。


「内宮さん、残った1機が!」

『大丈夫や。あいつがおる』


 内宮の言葉に答えるように、青い光の尾を引いて飛来したひとつの飛翔体。

 それは残った〈ビーライン〉の胴体に突き刺さり、炸裂。

 よろめいた巨体へと、矢のように飛んできた華世が追い打ちのようにゼロ距離で義腕のビーム・マシンガンを叩き込んだ。


「たかがキャリーフレームごときに手こずり過ぎなのよ、ホノカ」


 爆発する〈ビーライン〉の残骸を背に、呆れ顔でこちらを見る華世。


「たかが……って、普通の人間は生身でキャリーフレームなんてっ。それに待ち構えてたかどうかもわからなかったし」

「ミイナからあたし宛てに、キャリーフレームが居るっていうメッセージが来てたのよ。まったく……言ったでしょ、集団行動は大事だって」

「ぐぅっ……」


 言い返せなかった。

 長らく一人で戦ってきたホノカに、協力するとか合流するとかそういった発想は浮かんでこなかった。

 ただ周りにいる者を巻き込まないがための独断先行。

 それが自身を危険に晒す行為になっていた。


「鉤爪ぇぇぇっ!!」


 キャリーフレームの残骸を突き破って立ち上がるレス。

 その顔は先程までの余裕の表情からうってかわって、怨嗟に満ちていた。


『華世、こいつはうちに……』

秋姉あきねえ、あたしたちに任せて向こうに! ウィルとももがもうひとりのツクモロズと戦っているはずよ!」

『わかった!』


 スラスターを全開にして飛び去っていく内宮の〈ザンドールAエース〉。

 ホノカは華世の隣に立ち、レスと戦う構えをとった。



 【8】


 男が跳躍し、暗がりの電灯の光を反射した刃が残光を放ちながら一閃する。

 その切っ先が喉元を捉える前に、ももが光の翼をはためかせながら空中で翻り攻撃を回避。

 斬撃を回避され空中に留まる男へと、ももはステッキを構える。

 つぼみのような杖の先端部が展開し、その中心に光が収束した。


「イオン・ブラスタァァッ!」


 少女の叫びとともに放たれるビームにも似た無数の光弾。

 けれども男はまるで空中を蹴るかのように軌道を変え、V字を描くように床を経由してももを下から急襲する。


牴牾もどきよ。貴様には覚悟が足りぬ」

「悪い人に悪く言われるいわれはありません!」

「愚かなり……斬ッ!」


 放たれる攻撃に対し、ももは輝く翼で前面をガード。

 男の腕の刃によるアッパーカットを、正面から受け止めた。

 しかし受け止め来れなかったのか、彼女の身体は空中でよろめき体勢を崩し落下してしまう。


「ああっ!!」

黄泉よみへと送ってやろう……む?」

「俺がいることを忘れるなよ!」


 空中で軌道修正しようとする大男へと、キャットウォークからサブマシンガンを放つウィル。

 けれども男は弾幕の中をジグザグに動いて掻い潜り肉薄。

 振るわれた鋭い斬撃を、ウィルは咄嗟に抜いたサバイバルナイフでギリギリ防御する。


「力なき人間、命惜しくば手出ししないことだ」

「非力かどうか……試してみればいいだろ!」


 ウィルは鍔迫り合いをしながら、足を持ち上げ男の胴を蹴り飛ばす。

 衝撃でのけぞった隙に手早くリロードを済ませ、再び短機関銃を掃射。

 跳弾の音を響かせながら吹っ飛ぶ大男へと、間髪入れずに焼夷しょうい手榴弾を投げつける。


 空中で爆発し、男の身体が炎に包まれる。

 しかし、燃え尽きた外套がいとうの下から現れたその身体は、金属光沢に包まれていた。

 空中で飛び上がった男が、再びウィルの眼前に降り立つ。


「それが……お前の本体か!」

「我が名はセキバク。脆弱ぜいじゃくな人間よ、我が手の中で朽ち果てるが良い……む?」

『ウィル、そこ伏せぇやぁっ!』


 内宮の声とともに遠方から矢のように飛んできた〈ザンドールAエース〉から叩き込まれた、キャリーフレームの巨大な拳。

 そのパンチはウィルの頭上のキャットウォークを、セキバクと名乗った大男ごと粉砕した。


「や……やったんか!?」


 静寂を感じ取ったからか、〈ザンドールAエース〉のコックピットハッチが開き、中から内宮とミイナが顔を出す。


「内宮さん、足元に気をつけて! ももちゃんが……」

「ちゃーんと捉えとるから心配いらへんで! それにしても……」


 すくい取るように、倒れたももを〈ザンドールAエース〉の手に乗せる内宮。

 魔法少女姿のももを見て、彼女の表情が渋くなる。


「華世……ステッキでも取られたんかいな。迂闊やなぁ……」

「あ、いや……華世が自分から手渡したんだ。大丈夫だろうって」

「ホンマか? 華世……何考えとんねんアイツ」


 内宮が眠りながら胸を上下させるももを見てから、華世が戦っているであろう方向へと顔を向けた。



 ※  ※  ※



 床から伸びた黒く鋭いトゲを、後方へ飛び退き回避する。

 しかし影の針は途中で直角に伸びる方向を変え、華世の頬を掠めた。


 カウンター気味に手首のビーム・マシンガンを発射する。

 けれども放たれた光弾はいくつかレスの身体に当たりはしても、余裕の表情を崩すには行かなかった。


「無駄だよ、鉤爪! 僕の弱点を捉えることは不可能だ!」

「だったら当たるまでぶちかますだけよ!」


 斬機刀を抜き、一気に詰め寄り一閃。

 レスの首をね飛ばすが、切り離された頭部は闇の中に消え新しい頭が再生するように生えてきた。


 間髪入れずに華世の後方から空中をホノカの炎が走り、爆炎が少年を包む。

 けれどもレスは上半身の大半を失った格好から再生しつつ飛びかかり、華世の首へと黒い腕を伸ばしてくる。


「汚い手で、触るんじゃない……わよッ!!」


 義足の足裏から赤熱したナイフを飛び出させてのハイキック。

 レスの腕を切り裂くと共に後方へ飛び退いた華世は、回し蹴りと共にナイフを射出した。


「てめェら……何度も何度も僕の邪魔をしやがってェ!」

「ここまで攻撃を叩き込んでもケロッとしてるなんて……つくづく人間じゃないわね」

「人間なんかに人間呼ばわりされたくねぇよ!」


 胴体の、人間で言えば心臓があるであろう場所にナイフが刺さったまま声を張り上げ近づいてくるレス。

 明らかにレスは冷静さを欠いていた。

 かつて学校で戦った時は、一撃を与えるまでにあれほど苦労していた相手。

 それが今や放つ攻撃全てを浴びながらも、向かってくることをやめない羅刹となっていた。


「華世、普通の攻撃じゃこいつは……!」

「そのようね。やるならあいつの身体を均等に、周辺ごと吹き飛ばすくらいじゃないと……」

「さっきの様子じゃ爆発程度じゃダメ。もっと威力のある武器といえば……!」


 ホノカが視線を上げた先、そこにあったのは赤赤としたビームの光を放ち続けるビーム・アックス。

 人の身ではありあまりすぎるその巨大な武器。

 それを奴に叩き込むことができれば……。


「なにをコソコソと話してるんだぁっ!!」

「くっ!」


 ムチのように伸び、しなるレスの腕が横薙ぎに払ってくる。

 華世とホノカはほぼ同時に攻撃を飛び越え、やや後ろへと着地した。


「ホノカ、あんたのガスの残量は!」

「あと大きな爆発を2~3回出せるかってとこ。キャリーフレームの攻撃を凌ぐのに結構使っちゃって……」

「それだけあれば上等。あんたの頭なら、アレを奴にぶちかます方法くらい思いつくでしょ?」

「……無茶させるつもり満々かぁ。これが本当にあなたの思っている方法かはわからないけど」

「要はやれればいいのよ! 時間はあたしが稼ぐ!」


 足元から伸びた棘を宙返りでかわし、着地と同時にビーム・マシンガンを連射しつつ突進。

 ビームの嵐を受けながら両腕を刃物状に変形させたレスが、迎え撃とうと構えを取る。

 その動きを見てから、華世は両足を床につけかかとのローラーを逆回転させ急ブレーキ。

 そのまま斬機刀を鞘に収めたまま抜き、地面をかすめるようにして切り上げた。


 稲妻をまとった鞘が削り上げた床の破片と散らばっていたキャリーフレームの残骸へと電撃を移送。

 スイングの勢いで弾き飛ばし、雷を纏った弾幕がレスへと襲いかかった。


「ぐううっ!!?」


 以前の戦いから、この攻撃だけはレスに通用することは確認済み。

 華世は急いで斬機刀を背中に戻し、義手の手首を射出。

 電撃を受け動きの止まったレスをワイヤーでグルグル巻きにする。


「む、無駄だよ! 痺れさえ取れればこの程度の紐切れなんて数秒で……!」

「その数秒が欲しかったのよ! ホノカッ!!」


 華世の声に答えるように、レスをひきつけているうちにビーム・アックスの柄の下へと移動したホノカの足元が爆発した。

 爆風を受け跳躍したホノカの身体は、数倍もある大きさの斧を持ち上げ宙へと浮き上がる。

 立て続けにビーム・アックスの刃の反対柄、斧頭と呼ばれる部分が爆発。

 ホノカが掴んでいる部分を支点として、空中で斧が縦回転を始めた。


「まさか……その斧で僕をっ!?」

「く・た・ば・れぇぇぇっ!!」


 ホノカの手から放たれ回転しながらレスへと飛ぶビーム・アックス。

 電撃で痺れワイヤーで身動きを封じられた少年にその一撃をかわすすべはなく、声にならない悲鳴とともにその身体はビームの光に消えた。

 かろうじて残った上半分だけの頭が、床で数度バウンドし……やがて鼻の部分を下にして止まった。


「まさか……ここから再生を?」

「……いや、それは無さそうよ。見て」


 レスの見開いた目が、白目をむき動かなくなる。

 同時にまるでかき消えるように髪と皮膚が消滅し、跡には鼻から上だけの頭蓋骨が残った。


「いま、向こうの方も決着がついたって秋姉あきねえから連絡があったわ」

「魔法少女隊の初陣、初勝利ってところ?」

「魔法少女隊?」

「だって、あの妖精くんがそう言って……」

「ぷっ……あはは! あいつの言うこと、真に受けなくていいのに!」

「なっ! 私はただ……そういうのも悪くはないって思ってたのに!」


 静寂を取り戻したアーマー・スペースで、華世の笑い声だけが空気を震わせていた。



 【9】


「セキバク、お前が仕損じるとは。よっぽど手強いようだな、力を結集した奴らは」


 ザナミ不在のツクモロズ拠点・玉座の間。

 外套がいとうを失い金属質の身体をむき出しにして帰ってきたセキバクを見て、黒いマントに身を包んだアッシュが鼻で笑う。


「……今宵の戦いで得たものは多い。損失も最小限ゆえに恐るることはない」

「その言葉が強がりじゃないことを願うよ」


 そう言って立ち去るアッシュ。

 仲間内でも最も素性の知れぬ幹部にして、鉤爪の女・華世の周辺を観察する偵察員。

 その底知れぬオーラに、セキバクはひとつ鼻を鳴らした。



 ※ ※ ※



「ツクモロズが運用してたキャリーフレームの出どころがわからなかった?」


 ミイナ救出戦から一夜明け、またやってきた夜。

 点検を終えて無事が確認されたミイナの帰還祝いの席で、華世は内宮から聞いた話に耳を疑った。


「キャリーフレームはその運用性質上、とくに軍用に関しては細かく管理する規則があるはずよね?」

「せや。これまでは現場近くの持ち主がおる機体が暴走させられとったわけやけども、今回のあの〈ビーライン〉は残骸から使用記録が全く出なかったんや」

「ってことは……あれはまっさらな新品? ツクモロズが購入したとは思えないし……」

「そこに関しては今後、アーミィの方で製造会社と合同で調べを進めるようや。けどな……」


「もう! せっかくのミイナお姉ちゃんおかえりパーティなんだから、華世お姉さまも千秋お姉ちゃんもお仕事の話やめてよ!」


 フカヒレスープの入ったマグカップに口をつけながら、ももがプンスカと怒る。

 怒られた内宮は眉をハの字にして「悪かったなぁ」と言いながら、華世が作ったチンジャオロースへと箸を伸ばした。

 いっぽう、華世の正面に座るホノカは一口料理を口に運ぶ度に目を見開いていた。


「……何よ。口に合わないなら食べなくていいわよ」

「い、いや……ちょっと今まで食べたことないくらい美味しくて。人って、見かけによらないなって……」

「失礼しちゃうわね」

「せやでぇホノカ。華世の料理はナァ、天下一品なんや。なぁ、ウィル」

「え、うん。俺も華世の料理すごい好きだよ」

「お嬢様の料理が食べられるだけで、毎日三ツ星レストランで食事をするみたいですよ!」

ももは三ツ星さんを食べたことないからわかりませんが、お姉さまのご飯は最高です!」

「褒めても何も出ないわよ。……そうだ、気になってたんだけど」


 華世に突然目線を向けられ、キョトンとした顔で首を傾げるもも


「ミイナも秋姉あきねえもお姉ちゃん呼びなのに、なんであたしだけお姉さまなの?」

「それは……ももにとって、お姉さまがお姉さまだからです!」

「……聞いたあたしが馬鹿だったわ」


 ももの意味不明な回答に呆れ果て、黙って料理に箸をつける華世。

 けれども、増えた家族みんなで和やかに食事ができる平和に、華世はほくそ笑んでいた。



 ──────────────────────────────────────


登場戦士・マシン紹介No.12


【セキバク】

身長:2.0メートル

体重:不明


 三度笠を被り外套がいとうで身体を覆い隠した、ツクモロズの刺客。

 そのコートの下には金属質の身体を隠し、両腕には前腕から伸びるように付いた鋭い刃を持つ。

 戦闘においては空中でも軌道が変えられる身体能力を生かして、腕の刃物による斬撃を放つことで攻撃をする。

 また人間を超えた動体視力や反射神経を持っているのか、至近距離から放たれた弾丸を刃で弾き防ぐことが可能。


──────────────────────────────────────


 【次回予告】


 クレッセント社のの要人警護へと駆り出された華世。

 暗殺を狙う集団からの凶弾に、魔法少女の力が炸裂する。

 しかしこの時の出会いが新たな戦いの火蓋になるとは、華世は思ってもみなかった。


 次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第13話「人間の敵」


 ────人の欲望に、果ては無いのか。

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