第11話「結成! 魔法少女隊 前編」

 昨日の敵は今日の友なんて言葉があるやん?


 けど、敵が味方なるなんて、大変なことを乗り越えた先にしかあらへんのやで?

 うちかて、そういうのを見たことがないっちゅう訳やないけどな?


 ま、苦労するのは若いもんやから、うちが手を出せるもんちゃうんやけどな……。


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      鉄腕魔法少女マジ・カヨ


    第11話「結成! 魔法少女隊 前編」


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 【1】


 怪しげな装飾が光る、薄暗いドクター・マッドの研究室。

 華世は魔法少女姿のまま横になり、壊された義手義足を新しいものに差し替えてもらっていた。


「……伯父さん、悪かったわね」


 華世はベッドに横たわったまま、正面に座るアーダルベルトへと呟くように謝罪する。

 謝罪の理由は、半日前の戦場での出来事。

 妙な気分に乗せられたまま、華世は伯父でありコロニー・アーミィの大元帥であるアーダルベルトへと刃を向けてしまった。

 これは、アーミィという組織そのものへの反逆行為にほかならない。

 そのため、厳罰を覚悟で華世は謝罪の言葉を絞り出したのだった。


「よい。先の行為は“敵の妙術によって操られていた”ことによって発生したものだろう?」

「え、ええ……そうよね」


 これは、アーダルベルトなりの優しさだろう。

 敵の策略で心神喪失状態にあった、という“辻褄合わせカバーストーリー”で華世の過失をなくそうとしてくれているのだ。

 願っても無い提案なのでありがたく受け入れるのだが、本当にそれでいいのかと思う部分もある。

 表情から華世の感情を読み取ったのか、アーダルベルトがうんと頷いた。


「……良い。ツクモロズとの戦いにはお前が不可欠だからな」

「アー君は素直じゃないな。姪っ子がかわいいからとでも言えば喜ぶだろうに」

「そんな言葉でほだされるほど、あたしは甘くないわよ」

「だ、そうだ」


 血の繋がりの薄い親子のやり取りに、ドクター・マッドが華世の義足を留め具に差し込みながらほくそ笑む。

 装着された人工皮膚のない黒鉄色の足を、華世は横になったまま上げ下げして動作を確認する。


「……うん、問題ないわ。ドクター、次よろしく」

「ああ。……そうだ、アー君。件のツクモロズ魔法少女の検査結果はでたのか?」

「うむ」


 頷き、脇に挟んでいたタブレットを取り出す大元帥。

 戦いの後、華世そっくりの少女は気を失ったままアーミィに確保された。

 その後の経緯は不明だが、話を聞く限りだと色々な身体検査を受けていたようだ。


 あの少女についてはわからないことがたくさんある。

 なぜ華世に瓜二つの姿をしているのか。

 なぜ魔法少女に変身できるのか。

 なぜ、ツクモロズなのか。


 その数々の謎を解く鍵を聞き逃さないためにも、華世は集中して話に耳を傾けた。


「隣の病院で、あの娘の身体をくまなく検査したそうだ。と言っても機械検査が主だがな。見たまえ」


 アーダルベルトから手渡されたタブレットを、ドクターが華世に見えるように傾ける。


「これは……」

「体内構造は人間と同じ……心臓以外はな」


 大元帥の言う通り、画面に映されたレントゲン写真には、左胸の部分にツクモロズのコアたる特徴的な正八面体が映っていた。

 けれどもその部分以外は血管も内臓も人間と変わらず、だからこそ心臓の代わりに存在する核が異質だった。


「これが、くだんのツクモロズと呼ばれる存在の構造だ。とはいえ、あくまで人間型のな」


 ひとつツクモロズと言っても、その姿は千差万別である。

 人間のような姿を取るもの、まるで特撮の怪人めいた姿を取るもの。

 あるいは、人のような四肢を持つ別生物、そもそも肉体を持たない鎧甲冑そのもの。


 それらをツクモロズたらしめるのは、正八面体のコア

 その発生を止められない限りは、ツクモロズは出現し続けるであろう。


 だが華世が知りたかったのは、そんな些細な情報ではない。

 とくに利のある情報は得られそうにないと察した華世は、手足が付き、四肢が揃った華世は体を跳ね起きさせた。


「ドクター、ありがと。それじゃ……」

 

 今日中に、つけておきたい話がある。

 そのためにも早くここを出なくては。


「なあ、華世よ」


 部屋を立ち去ろうとする華世を、アーダルベルトが呼び止めた。

 彼の低い声が耳に入り、華世は静かに顔だけ振り返る。


「……伯父さん?」

「お前は、まだ水が怖いか?」


 唐突な問いに、ぽかんとする華世。

 一方のアーダルベルトは真剣な眼差しで、ただまっすぐに目線を華世から逸らさずにいた。


 実は華世は、カナヅチである。

 コロニーにおいては泳げないことは特に苦でもなく、街には川も少ないため生活に支障はないのだが。


「ええ……。プールの授業は、あたしだけ見逃してもらってるくらい」

「どうしてお前が泳げなくなったか、覚えているか?」

「ううん、忘れちゃったわ。どうして?」


 華世の問い返しに、アーダルベルトは口を閉ざした。

 数秒か、あるいは数十秒かの沈黙。

 時が止まったような感覚が、部屋の中を満たしていた。


「……お前のことを、少し知りたかっただけだ。気をつけて帰れよ」

「言われなくても、じゃあね」


 血の繋がらない家族の会話で、時間が再び動き出す。

 そのまま華世は、薄暗い廊下へと飛び出した。


 

 【2】


 華世が離れ、静かになったドクターの部屋。

 円佳はマグカップにコーヒーを注ぎ、アーダルベルトに差し出しながら訊いた。


「アー君、さっきの問いの意味はなんだい?」

「……検査の過程で、ツクモロズの娘の右腕に傷跡があった。そのことを訪ねたら、川に落ちた時の傷だと話したそうだ」

「川に落ちた時の傷だって? でもあの娘は……」

「ツクモロズだ。しかし、8年前に華世に起こったことが……あの娘に残っているのだよ」

「8年前?」


 アーダルベルトは円佳に向けてゆっくりと語った。

 8年前……それは華世がまだ5歳だった頃。

 久しぶりに休暇が取れたアーダルベルトのもとへ、華世とその両親が遊びに来たのだという。

 その日の夕方、買い物帰りの道を歩いていた華世が、風で飛んだ帽子を取ろうとして、壊れた柵を超え川へと転落。

 すぐさまアーダルベルトが飛び込んで助けに行ったことで大事には至らなかった。

 しかし華世は落下の時に右腕を怪我し、傷が少し残ってしまったと……。


「それから華世は水がトラウマになったのか、泳げなくなってしまったのだが」

「そのことって、さっきアー君が華世に尋ねたことじゃないか」


 おそらくアーダルベルトとは、確認のためにわざと忘れたふりをしたのだろう。

 かたや起こったことを覚えていない華世。

 かたや起こってないはずのことを覚えている華世の偽者。


「あの件を華世以外で知っているのは私と……華世の両親くらいだ。誰かが吹き込んだとは考えにくい」

「……アー君、私もひとつ気になることがあった」


 ドクター・マッドは素早く机の脇をすり抜け、タブレットを手に取る。

 表示されてる資料を2,3個ほど切り替え、表示された文面をアーダルベルトへと見せた。


「彼女の体細胞を調べた結果だ。外見年齢に比べ、僅かにテロメアが長いらしい。まるで、生まれたての子供のようにな」

「テロメア……たしか、短くなるにつれて老化に繋がるという、細胞のいち構造だったか?」

「ああ、そうだ……だが、右腕の細胞内のテロメアだけが唯一、外見にそった年齢を示していた」


 その瞬間、アーダルベルトの目がほんの少しだけ見開かれた。

 はたから見ればわからないほどの、僅かな動揺。

 彼の変化を読み取れるのは、ドクター以外に居ないだろう。

 アーダルベルトはしばしの沈黙の後、すっと椅子から立ち上がった。


「円佳、この件は口外を禁ずる。華世を、いまだ不明瞭な情報で混乱させるわけにはいかん」

「……そうだね」


 ドクターはそう口にしながら、顎に手を当て考え込む。

 無意識に資料を閉じたタブレットの画面には、たしかに腕に傷を持つ少女の写真が浮かび上がっていた。



 【3】


「……ここでいっか。ドリーム・エンド」


 エレベーターホール脇の小さな空間に身を潜め、変身解除の呪文を唱える華世。

 激しい光とともに魔法少女衣装が消え、もとの制服姿へと戻る。

 同時に新しくつけ直した武装義体も、人工皮膚の貼り付けられた日常用の義手義足へと換装された。


「あ……」


 呼んでいたエレベータの扉が開き、出てきた結衣がこちらへと視線を向ける。

 少し怯えたような表情をしてから、すぐに作り笑いを浮かべた友人の顔が、華世を見つめていた。


「結衣、迎えに来てくれたの? ありがと」

「う、うん……。華世ちゃん、元気そうだね」


 瞳の奥の複雑な感情を声色からこぼれさせる友人に、華世は戦いの中でのことを思い出した。

 華世そっくりな少女を庇い体を震わせながら華世へと立ちはだかった結衣。


 怖かったに違いない。

 けれども、こうやって来てくれたということは、ありがたいことにあの件で信頼を失ったわけではなさそうだ。

 降りたばかりの結衣と共にエレベーターに乗った華世は、ボタンを押して扉を締めた。


「……結衣は大丈夫? その、怖い思いしたでしょ?」

「私は平気! ……華世ちゃんこそ大丈夫なの?」

「うーん、今は普通。あたし、あの時に何があったか……よくわかってないのよね」


 あの時というのは、敵にとどめを刺そうとする華世をアーダルベルトが阻んだ時である。

 真っ暗な感情に支配されたときのことは、なぜかおぼろげにしか思い出せない。


「私も……はっと気がついたら、華世ちゃんの伯父さんが向こうに行ってて、華世ちゃんの剣が伯父の手に渡ってて。本当に、一瞬だった」

「傍から見てもやっぱそうなのね」


 ぼんやりとした記憶だから見間違いか勘違いがあったのかと思っていたが、やはり思ったとおりだった。

 一瞬で華世の正面から背後に移動する瞬発力。

 その移動の過程で華世の手から斬機刀を奪い、的確に義体のみを破壊する動きの精密さ。

 思えば思うほど人間業ではない。


「……人間兵器、か」


 思えば、自身が持つその称号について深く考えたことがなかった。

 魔法少女という、いうなれば借り物の力でその地位にいる華世。

 けれども、制度として成立している以上は少なからず他の人間兵器も存在するのだ。


 エレベーターが目的階への到着をアナウンスし、扉を開く。

 頭を掻きながら結衣とともに待合スペースへと足を踏み出した華世は、時刻確認のために携帯電話を取り出した。


「あ」

「何? 華世ちゃん」

「メッセージ来てる。えーと……チナミさんから?」


 90度顔を左に向け、受付カウンターを見る。

 ガランとした待合スペースを眺めていたチナミが、華世の視線に気づいて手招きをした。



 ※ ※ ※



「……ホンマに、華世そっくりやなぁ」


 ベッドに腰掛ける桃髪の少女をモニター越しに見て、内宮はポツリとこぼした。


 映像に写っている部屋は、病室というよりは清潔な収容室。

 本来であれば怪我や病気で倒れた犯罪者を治療するための部屋である。

 華世と敵対した魔法少女、しかもツクモロズといえど、軟禁されているのは家族そっくりな少女。

 そんな彼女が軟禁されているのは内宮にとって決して愉快な風景ではなかった。


「んで支部長、うちに話ってなんです?」

「この娘。捕らえたはいいが……記憶を失っているようなのだよ」

「記憶喪失やて?」

「記憶喪失といっても断片的なものだ。一般常識は失われていない。ただツクモロズに関することや自身の名前、どこから来たのかなど……我々の欲しい情報に関することだけが抜け落ちているようだ」

「……なんや恣意的やないですか?」

「ツクモロズ側による、情報流出を恐れての保険。あるいは先の戦いのショックか」


 足を組み替える支部長。

 仮面の奥の瞳は見えず、その表情から感情は察せられない。


「本題は?」

「前者であればお手上げなら、後者であれば希望がある。君にはこの娘を引き取ってもらえないか?」

「このて……華世のそっくりさんを?」


 彼女の境遇について憂いていた内宮にとっては、穏便な方法である。

 が、実際のところ二つ返事をするわけにはいかなかった。


「いうても、完全に安全を保証できひんやったらお断りや。うちかて家族、抱えてますからな?」

「問題ない。保険としてドクター・マッド謹製の首輪をつけさせる。もしも不穏な動きがあったら……」

「まさか……首をねた上で爆発するとか!?」

「麻酔針が飛び出し速やかに無力化する。……君は少々、エゲツないSF映画かアニメでも見すぎているのではないかね? みため十代前半の少女にそのような器具をつけたら、アーミィのバッシングどころでは済まんよ」

「そりゃ……ごもっともで。はぁー……」


 勢いで立ち上がった腰を再び椅子に戻し、ひとつ大きなため息で安心する内宮。

 次の懸念点は、引き取ったとして家の中でどう扱うかだった。



 【4】


 格子越しに床を照らし、縞模様を映し出す薄暗い明かり。

 カビ臭い香りが、金属パイプで組まれた寝床から漂って鼻につく。


「最悪……」


 身ぐるみ剥がされ、ほぼ下着だけの姿でホノカは虚空に悪態をついた。

 変身をするのためのアイテムも没収され、脱出の手だては無し。


 この状況を生み出したのは自らの甘さだと、自分で気づいてはいる。

 今回の戦いは傭兵仕事ではなく、ホノカが独断で行った戦い。

 そのため傭兵不問法は適用されず、私的戦闘行為を咎められる形で牢獄の中。


 同じ教えのもとに同志であるウルク・ラーゼ。

 その彼が率いるアーミィ・・・・・・・・・であれば敵にならない。

 それと土壇場での華世との共闘、および連携が油断を増しさせていた。

 同じ魔法少女ならば、同じ敵が相手ならば味方になってくれるという希望的観測が、このカビ臭い独房へホノカをいざなったのだ。


 無骨な石床を静かに鳴らす、足音が一人分。

 ほんの少しの不規則なリズムと、音量の違いから、片足は義足。

 この状況、この場でそんな脚を持っているのは一人しか心当たりがなかった。


「はぁい、ホノカ。チナミさんの言うとおり、ここにブチ込まれてたのね」

「……どのツラを下げて、私の前に出てきたのやら」

「このツラよ。どう、かわいいでしょ?」


 そうやって自らの親指で、今となっては憎い顔を指すのは華世。

 その不敵で自身に満ちたような目は、どう考えてもろくなことは考えてなさそうではある。


「……何の用? こっちはあなたのおかげでこの有様」

「単刀直入に言うわ。ホノカ、あたしに雇われない?」

「雇う?」


 華世の発言に、ホノカは目を細めた。

 確かに自分は傭兵の身、金で雇われれば様々な勢力につく。

 だが……。


「アーミィの手先になるなら断る」

「よっぽど嫌ってるのね、アーミィを。でも雇用するのはアーミィじゃない、あたしよ」

「屁理屈……。あなただってアーミィの犬でしょ?」

「あくまでもカネの出どころと、戦う背中を保証してもらってるだけよ。魂までは売ってない」


 華世はそう言うと、携帯電話を取り出して画面を見せた。

 そこに書いてあったのは、縦に長く羅列された金額表。


「1戦闘ごとにあたしが戦うと、だいたい200万。あんたが協力してくれたらそこから80出す……破格でしょ? なんなら住む場所の提供に食費も担保するわ。もちろん、ここから出る保釈金も込み込みで」

「……何が狙い?」

「ツクモロズ、憎いんでしょ? 共同戦線を貼ったほうが効率的。そう思わない?」


 ツクモロズへの憎しみ、それは確かにホノカが戦う原動力の1つである。

 けれど、それを指摘されたことは誘いに乗る理由には弱い。


 口をつぐみ、しばしの沈黙をもって、ホノカは華世を値踏みした。


「……だんまりか。このままブタ箱暮らししてもあたしはかまわないけど……このままじゃ仕送り先が凍えちゃうんじゃないの?」

「な……! どうしてそれを!?」

「単純な推理と、アーミィに頼らない自前の情報網よ。あんたみたいな歳の子が、傭兵やってまで金を稼ぐ理由の大半は家族……あるいは、それに値するコミュニティのため。ツクモロズと戦うだけならツクモロズ関連の依頼だけこなせばいいしね」

「……………………」

「そして受ける依頼が執拗なまでにアーミィ対象の案件とくれば、アーミィにひどい目にあわされた人物であるという背景は見える。そこまでの材料が揃えば、あんたが支援してるところの場所が第12番コロニーのサンライトにあるって透けて見えるわけよ。あそこは金星でいちばん、反アーミィ思想が満ちているところだから。そこまでくれば、そこで立ち行き不安定なコミュニティを探すだけ。そうよね、クレイア修道院のホノカ・クレイア?」


 すべてが図星だった。

 クレイアという姓は、修道院出の子供に与えられるファミリー・ネーム。

 つまりは血によらない家族の絆そのものである。

 無意識にキッと華世をにらみつけるホノカであったが、彼女は眉一つ動かさず、一歩前に出てホノカの眼前で立てた指を横に振った。


「勘違いしないで。さっきも言ったけどこの情報を掴んでいるのはあたしと協力者だけ。あたしは、アーミィに頼らない戦力を欲しているの」

「アーミィに頼らない……?」

「万一にでも、アーミィがツクモロズに迎合したりでもして敵に回ったら……。そうなれば最悪、孤立して軍力を前に討ち死によ」

「あなたはアーミィを、信用をしていないの?」

「保険よ保険。アーミィが敵に回らなかったとしても、現実的に考えて対ツクモロズに戦力を割けないほどに時勢が切羽詰まる可能性もあるでしょ? 10年前の黄金戦役みたいなのとか、17年前のベスパー事変とか」


 華世の言っていることには一本筋が通っている。

 いや、通り過ぎている。

 自身とほぼ変わらない年齢とは思えないくらいに、考えが周到すぎる。

 この華世という女の背後に、どれほど底知れない想いがあるのか。

 決して貧しいとはいえなさそうな身なりの彼女を、何がそこまで駆り立てるのか。


 ──いつの間にかホノカの心中には、華世そのものへの興味が浮かんでいた。


「……わかった。でもひとつだけ付け加えて条件を重ねさせて」

「条件を? 修道院の連中全員を住まわせるのは無理よ」

「そうじゃない。私の望みは────」

 


 【5】


「さ、ここよ。このマンションに、あたしの家があるわ」


 日も完全に落ち、日付が変わろうかという時間帯。

 ほとんどの窓から明かりが漏れていない高層マンションを指差し、華世は後方のホノカへと振り向いた。


 そのホノカといえば、信じられないといった風にポカンと首が痛くなりそうなほど上を見上げている。


「……何よ、文句あるの?」

「う、ううん。思った以上にいい暮らししてるんだって思っただけ」

「金払いの良さから察してほしかったわね」


 マンションの入り口となる自動ドアをくぐると、保安灯が照らす薄暗いエントランスが明るくなった。

 華世はカバンの中の財布からカードを取り出し、二層目の自動ドアの隣にあるインターホンへとかざす。

 ピッという電子音とともに内側の自動ドアが開き、ふたりの少女を招き入れた。


「ウィル、早く来なさい。閉まるわよ」

「そう言ったって……ゼェ……。ホノカさんの荷物、重いんだよ……」


 後から遅れて自動ドアをくぐったウィルが、大きなトラベルバッグをズシンと床を震わせながら起き、一息ついた。

 このバッグはホノカが明かした隠し場所から回収した、彼女の生活道具一式だという。

 ウィルが呼吸を整えているうちに、華世がカードキーをかざしたことで呼ばれたエレベーターが、静かに右方向へとスライドドアを開いた。


「生活道具とは聞いたけど……改めて見るとデカ過ぎるんじゃない?」

「野宿用のキャンプセットと日用品。それから機械篭手ガントレットのメンテナンス道具に水と食料。この荷物だけで2週間は無補給でも生きられるようにしてるから」

「宇宙傭兵って大変なのねぇ」

「他の人に比べて、私はまだ新米だから報酬が安いの。傭兵は信用とコネクションのビジネスだから。殆どのお金を仕送りにしても、修道院も私も全然足りなかった……」


 エレベーターの中で、愚痴を吐くホノカ。

 華世の掲示金額に不満を言わないところから、普段の報酬はそれ以下なのだろう。

 ひとえに華世がここまで派手に稼いでいるのも、バックにいるのがコロニー・アーミィだからである。


 アーミィの運用資金は、防衛対象のコロニー政府から予算が出ている。

 通称「防衛税」と呼ばれる基金は太陽系に存在する無数のスペース・コロニーから徴収。

 その莫大な金額がアーミィで働く隊員たちの給料や施設・装備の維持運営などにあてられ、この宇宙を股にかけた超巨大組織は成り立っているのだ。


 一方、宇宙傭兵はポータルサイトなどを運営する傭兵派遣組織が元締めとなっている。

 依頼者と傭兵を仲介するこの組織は、傭兵に仕事を斡旋する代わりに報酬から仲介金を中抜き。

 金額の割合はホノカの言った信用とコネで変動するが、何にせよ手元に来る金額は依頼者の提示した額面どおりとはいかないだろう。


 今回、華世によるホノカへの依頼は、本人との直接交渉のため仲介業者の仲抜きはなし。

 しかも生活費用を丸々保証しているため、ホノカは報酬満額を自由に使えることになる。

 華世としては確実に引き込みたい人材だったため、依頼を飲んでくれたのは奮発した甲斐があったというものだ。


「お嬢様、お帰りなさいませー!」


 エレベーターを降り、カードキーで鍵を開けた華世たちを、ミイナが無邪気に出迎えた。


「ただいま。秋姉あきねえは?」

「いまお風呂に入ってますが……あれ? その方は?」

「説明はあと。今日からこの子、客間に住まわせるから。ウィルの持ってる荷物よろしく」

「あ、あの……お嬢様ちょっと!」


 ウィルから押し付けられるように渡されたトラベルバッグに慌てふためくミイナを尻目に、華世は廊下の端にある部屋の扉を開けた。


「ここが、あんたが住んでも良い……あら?」


 電灯のスイッチを入れた華世は、明らかに誰かが寝ているベッドを見て首を傾げた。

 内宮はいま浴室の中のはず。

 ミイナは玄関で、ミュウはハムスターケージの中。

 目の前で寝息を立てている存在に思い当たる人物が、まるで浮かばない。

 華世は寝ている何者かを起こさないようにそっと近づき……そして勢いよく掛け布団を引っがした。


「……なっ!?」


 そこに寝ていたのは、華世そっくりな姿をした、けれども髪が桃色の女の子。

 紛れもなく、夕方に戦ったばかりの偽華世だった。

 寝間着姿に妙に機械的な首輪をつけた彼女が、ゆっくりと身体を起こす。


「寒む……むにゃ。あ、おかえりなさい! お姉さま!」

「お、お姉さま!?」 


 普段は冷静さを崩さない華世が、珍しくおののいた瞬間であった。



 【6】


「いやぁ〜スマンかったわ。 もものこと伝えるのすっかり忘れててな、ナハハ……」


 申し訳無さそうに笑う内宮の前で、華世はフライパンに蓋をしながら眉をヒクつかせた。

 空腹のホノカに食べさせるため、冷凍餃子を焼く。

 けれども突然降って湧いたもうひとりのために、華世は電子レンジに冷凍チャーハンを入れた。


もも? あいつそんな名前だったの?」

「ちゃうよ。記憶無いなって名前もわからへんみたいやから、うちが名付けた。髪があんずの花みたいな桃色やからな」

「安直ねぇ……あいつ、安全なの?」


 レンジのタイマーをセットした華世は、壁をもたれかかりながら目を細める。

 万が一にでもまた巨大化され、家が吹き飛ばされてはかなわない。


「完全な保証はあらへんけど、一応まどっち製の首輪つけさせとる。なんでもなんかあったら麻酔で眠らすんやて」

「その麻酔があいつに効けばいいけどね。でも……何であたしが“お姉さま”なのよ」

ももの姿が華世とそっくりなん、あの子にどう説明するんや? とりあえず 華世はももの生き別れの姉貴っちゅうことにしとる。よく見たら華世よりも少し小柄やしな」

「イトコとかもっと言いようあったでしょ。はぁー……」


 華世のため息の理由は、 ももと名付けられた自身の偽物の存在だけではない。

 確かに敵勢力から来たであろう ももを、家においておくことは不安の種だ。

 けれどもそれ以上に、住居つきで雇用したホノカの寝床をどうするかがいま最大の懸案事項けんあんじこうだった。


「相部屋は……みんな嫌よね?」

「そらなぁ。うちん部屋は見せたらあかん資料あるし、異性のウィルと同じ部屋は道徳的にアカン」

「あたしの部屋も保管資料の関係でアウト。ミイナはなぜか強く嫌がってるし、どうしたものかしら……よっと!」


 華世は頭を悩ませながらも蓋を取ったフライパンをひっくり返し、見事な茶色いヒレつきの餃子が大皿に着陸する。

 ほぼ同時にレンチンの終わったチャーハンも、別の深皿に注ぎいれた。


 リビングテーブルで行儀よく待つホノカと ももの元へと、料理を運ぶ華世。

 静かにいただきますを言うホノカとは対象的に、無邪気な声で喜びながらチャーハンにスプーンを入れる もも

 彼女もちゃんと「いただきます」を言えるくらいには、最低限の育ちは持っているようだ。


「ホノカ、泊まる部屋のことだけど……」

「駐車場でいい。バイク置いてたところあるでしょう?」


 さらっと、そう言い放つホノカ。

 華世は数秒だけ、その言葉の意味をはかりかねた。


「たしかに、ウィルのバイクを停めてる駐車スペースはあるけど」

「今までもずっとテント暮らしだったから大丈夫。むしろ豪華なこの家は、少し居心地が悪いし」

「いいの?」

「金額であなたの気概は見せてもらったから。信用ないならテントにカメラを置いてもいい」

「そこまではしないわよ」


 あっさりと、ホノカの一言で問題は解決した。

 顔から不満さは読み取れないため、渋々ということでもないのだろう。


「その代わり、例の……」

「はいはい、学校への転入手続きは、あたしがやっとくわよ」

「ありがとう」


 そう言って、餃子に箸をつけるホノカ。

 隣に座る内宮が何のことやと耳打ちしてきたので、二人で一旦廊下に出て華世は説明をする。


「学校ってなんのことや?」

「あいつ、あたしに雇われる条件として学校に通いたいんですって」

「学校やて? そらまあ偉く真面目やなぁ」

「ろくな教育も受けられずに育ったことが気になる、とかでしょ。ウィルと同じように根回しすれば手続きはいいとして……あの子あたしのひとつ下の年齢だから、去年のおさがりで制服は間に合わせられるかしら」

「なんや、華世がオカンになったみたいやな」

「冗談。そこまで老けてるつもりはないわよ」



 ※ ※ ※



「おいしー! ……食べないの、ホノカお姉ちゃん?」

「……いいわ、あげる。私は自分の、持ってるから」

「ほんと! わーい!」


 無邪気にチャーハンと餃子を口に掻き込む ももの横で、ホノカは眉をしかめていた。

 戦いのときにはあれほど激しかったツクモロズ臭が、いまは微塵も感じられない。

 これはツクモロズが潜伏しているときの特性なのか、それともこの娘がツクモロズから解き放たれたのか。

 そもそもなぜ、敵として現れた得体のしれない存在に対して華世たちが親切にするのか。

 今のホノカにらわからないことだらけだった。

 

 

 【7】


「……これで終わり?」

「これで終わり」


 ホノカから出たオッケーサインを受けて、華世はその場にしゃがみこんだ。

 改めて、駐車場の一角に出来上がったテントを見上げる。

 華世は二人がかりでよく、人が寝泊まりできるものを組み上げることができたなと自分で感心していた。


「あとは内装。明日やるつもりだから」

「ちょっと中を見せてみなさいよ。おおー」


 カーテンのような入り口をくぐり、思わず感嘆の声を漏らす華世。

 中は広々……と言うには及ばないものの、しっかり人間ひとりが暮らせそうなくらいの空間が出来上がっていた。

 ここにカーペットを敷き、イスやテーブルを並べてベッドを組み立てれば、はれてホノカの城の完成である。


「……勝手に入らないで」

「ケチケチするんじゃないわよ。これから同じ釜の飯を食う仲間なんだから」

「仲間……」


「そう、仲間ミュよ! これでようやく魔法少女隊が結成だミュぴぎゃ!」


 甲高い小動物の声に一斉に振り返るふたり。

 華世は半ば反射的に手元にあった丸められたテーブルクロスを掴み、虫を叩くようにミュウを撃墜した。


「ひ、ひどいミュよ!」

「あんたねぇ、勝手に出てくるなって言ったでしょ。近所で噂になったらどうすんのよ」

「今は夜だから大丈夫ミュ!」

「そういう問題じゃないっての」


「華世……それは?」


 華世に両羽を掴まれ空中でもがく青いハムスターを指差し、ホノカは不思議そうな表情をしていた。

 魔法少女の身である彼女なら、妖精族は見た経験がありそうなものなのだが。


「これ、ミュウっていう妖精族らしいわよ。あたしを魔法少女なんかにしたヤツ」

「妖精族……こういうタイプのもいるんだ」

「あんたが出会ったのってどんなの?」

「最初は男の子の姿をしてて、私に力を与えたあとに白い小動物みたいな姿になった。そして、死んだ」

「死んだ?」


 華世に詰め寄られ、顔をそらし言葉に詰まるホノカ。

 辛うじて絞り出したように、彼女は言葉をつづる。


「妖精族を追ってたツクモロズに、殺された。私は……あの子の名前すら知れなかった」


 この言葉を聞いて、一番落胆していたのはミュウだった。

 同族と会えるかもと期待をしていたのかもしれない。

 彼も、華世の助けが遅ければ命を失っていた立場でもあるのだ。


「ま、落ち込んでてもしょうがないわよ。前向き前向き」

「金持ちは心が広いって本当なんだ」

「金だけの女だと思うとケガするわよ」

「もうした」

「……それもそうね」

「「ぷっ……あはは」」


 ふたりの小さな笑い声が、テントの中に響く。

笑いながら、華世はふと懸案事項を思い出して表情を真顔に戻した。


「そういやミュウ、あの…… ももだったわね。あの子もホノカと同じように妖精族から力をもらったのかしら」

「その可能性は少ないミュ。ミュたち妖精族にとってツクモロズは相容れない敵だミュ」

「でも、命惜しさにツクモロズの言いなりになってるやつがいる可能性もあるんじゃない?」

「それは……完全否定は難しいミュね……」


 華世の中の推論としては、ツクモロズに捕らえられた妖精族が ももに力を与えた。

 そう考えるのが自然であるが、論に穴がないわけではない。

 それが可能であるなら、すでに妖精族の世界を支配しているツクモロズ勢力が、ツクモロズ魔法少女軍団でもを作っているはずだ。

 人ひとりをキャリーフレーム1機分に相当する戦力にできる魔法少女というシステムは、敵にとっても魅力的なはず。

 できない理由があるのか、それとも……。


「ミュウくん、だっけ」

「ホノカちゃん、何ミュ?」

「今更かもしれないけど……魔法って何なの? この力はどこから来て、何によって強さが決まるの?」


 ホノカの投げかけた疑問。

 それは、人間には有り余るエネルギーの出どころを問うものだった。

 その質問に対し、少し意気消沈していたミュウが急に生き生きとしだした。

 

「魔法とは、魂の力だミュ!」

「魂……」

「魂の力はそれイコール魔法の力だミュ。華世はすごく強い魔力持ってるから、魂がすごく尊大なんだミュな痛たたたミューー!!」


 失言をした青ハム野郎の両頬を引っ張り、びろーんと伸ばす華世。

 一方ミュウの解説を聞いたホノカは、少し悲しそうな顔をしていた。


「どうしたの?」

「いや、私の魂って弱いんだって思って……。魔法、あまり強くないから機械篭手ガントレットに頼ってて」

「強すぎても仕方ないわよ。あたしなんて魔法使った瞬間に宇宙ステーションが吹き飛ぶもの」

「ええっ」

「それに比べりゃ応用できるだけあんたのほうがマシよ。あたしなんて、負け戦も少なくないから」


 華世はそう言いながら、見せつけるように義手を外し、ぐったりした腕を見せる。

 手足を喪い義体に代えている。

 その事実の裏に潜むものを、華世は見せていた。


(あいつにも、魂あるのよね……)


 ホノカに義体を見せながら、華世の脳裏には ももの顔が浮かんでいた。



 【8】


 シャッと音を立てて開かれるカーテン。

 眩しい陽光……に見立てた人工太陽光の光が、ミイナの足元を明るく照らし出した。


「んふ、んふふ、んふふふふ〜」


 振り返った先にいるのは、昼前にもなったのにまだ寝息を立てている、華世のそっくりさん。

 愛するお嬢様に瓜二つの少女・ ももの存在は、ひとりでにミイナの冷却ファンを高速回転させていた。


(一週間、毎日起こしてるけど……何度見てもかわいいっ………!!)


 華世はクールだ。クールビューティーだ。

 年齢こそ成人と比べれば低いが、その華奢な身体を思わせない大人びた性格は、時として少女という存在を辛くしすぎてしまうスパイスとなる。

 そこに登場したのが、ここにいる天使だ。


 この一週間のやり取りでわかったこと。

 それは彼女が華世そっくりでありながら、まるで穢れを知らない無垢な少女であることだ。

 もしも華世が、悲惨な事件を体験せずにいたら。

 もしも年相応の少女に、平穏無事になれていたら。


 不謹慎な考えとはわかりつつも、そのIFもしもが体現された存在に興奮を禁じ得なかった。


「おはようございます、 ももお嬢様っ!」

「むにゃぁ……うーん。おはよー、えと……ミイナお姉ちゃん」

「オーーーウ……イエッ!」


 ミイナお姉ちゃん。

 華世に似た声で発せられたその言葉に、ミイナはこの世に製造された幸福を、少しばかりのストレス値がかき消えマイナスに行かんばかりの衝撃で感じ取った。

 ミイナの返答に首を傾げ、つぶらな瞳でこちらを見つめるまなこ

 そのかわいらしい顔をミイナは毎秒144回の頻度で脳内メモリーに焼き付ける。

 無骨な首輪さえなければもっと記録する価値が高まるのであるが、首輪は彼女がここにいる保証。甘んじて受け入れることにする。


「はぁ、はぁ……ふぅ……!」

「ミイナお姉ちゃん、どうしたんですか?」

「くふっ……何度でもお姉ちゃんと呼んでもらえる……これが役得……ぎひひ!」


 短時間に高頻度のアクセスで熱くなった額から冷却液を拭い、ミイナは部屋に入るときに押してきた衣装掛けを指差した。


「服です! お嬢様の服のどれが合うかわからないので、着せ替え撮影会……じゃなくてファッションショー……でもなく、お試ししましょう!」

「洋服? へぇこんなに! わかりました、やりますやりますー!」



 ※ ※ ※



「気に食わないね。ああ、気に食わない」

「……何がだ?」


 ザナミの玉座を前にして、レスは不満を吐露した。

 不満の根っこは、昨今の作戦の杜撰さ。

 魔法少女と呼ばれる敵対存在を不用意に増やしたくない。

 その題目のために、ホノカとカヨというふたりの魔法少女を潰し合わせた。

 カヨそっくりのツクモ獣をけしかけた。


 しかしその結果、この一週間のあいだにその三人が結託しかかっていることが、アッシュからの定期報告で明らかになっている。


「もう我慢の限界だ、僕に任せてくれ。そうすれば、全部の後始末をつけてあげるよ?」

「こりゃ! ザナミ様になんと失礼を!」

「爺さんは黙ってなよ……!」


 苛立ち紛れに床を踏み鳴らしながら、レスは一歩詰め寄った。

 眉間にシワを寄せるバトウ老人を、ザナミが手で制す。


「何か策があるのか?」

「任せてくれ……って言っただろ?」

「では好きにしろ」

「お言葉に甘えて」



 【9】


「ホノカ・クレイアです。よろしく」


 藍色の髪の少女が、そう名乗ったのは午前9時。

 中学生にして情報屋を営む秋山和樹のクラスへと今日、季節外れの転校生がやってきた。


 彼女の正体を、和樹は知っている。

 お得意様の華世から、数日前に聞いていたからだ。

 それにホノカという人物自体が、ここ数週間もの間、和樹が情報を集めていたターゲットそのものでもある。


「クレイアさんって、何か趣味ある?」

「別に……」

「ホノカさん、どこに住んでるの?」

「教えられません」


 クラスに入った新顔に、周りの皆が質問攻めにしてたのは、それから僅か数刻分の授業の後まで。

 彼女の寄せ付けないオーラというか、近寄りがたいクールさを崩せたものはおらず、来訪前の平穏さを取り戻すのはそう時間はかからなかった。


 そんな中でも、ホノカは静かにひとりで佇む。

 読書用のメガネを掛け、風景の一つのように教科書をめくり続ける彼女。 

 和樹は、華世の「変なことしないか、見張ってなさいよ」の言葉どおり、ずっとホノカを観察し続けていた。


「カズ、お前ずっとクレイアさんのこと見てるよな」


 昼休みに入り、ガヤガヤと騒がしくなった教室で、親友の拓馬が冷ややかに言った。


「別に、そうでもねぇっス」

「ははぁーん、お前……さてはあの娘に惚れたな?」

「違うッスよ! オイラはただ、姐さんの言いつけで妙な動きしないか見張ってるだけッス!」

「言いつけ……? あの子、悪者なのか?」

「えと、味方になったらしいスけど……」


 和樹は拓馬に、前に調べていたホノカの調査資料をチラ見せした。

 炎使いの魔法少女、ホノカ・クレイア。

 傭兵ポータルサイトに登録されている女傭兵・通称……灰被りの魔女。

 的確な可燃ガスの散布と、点火による爆破を使った人を傷つけない施設破壊が得意技。

 コロニー・アーミィに対しての攻撃依頼を優先的に受け、これまでに地球圏で8のコロニーにて基地襲撃を遂行済み。

 その正体は、クレイア修道院という施設に仕送りするけなげな少女。

 華世とどういうやり取りがあって、どういう経緯で転校にこぎつけたかはわからない。

 が、華世から見張りを頼まれている以上、目を離すわけには行かない。

 この見張りも仕事として受けており、すでに前金はもらっているからだ。


「待てよカズ。もし、彼女が味方になったフリをしているとしたら……なにかの合図を送ったりするんじゃないか?」

「いや、裏切ろうとしていると決まったわけじゃ……それに何かって何スか」

「えっと……狼煙のろしとか」

「のろしって……この時代にスか?」

「炎使いだから無いとは……あっ!」


 気がつくと和樹が談笑しているうちに、ホノカが教室を出ようとしていた。

 慌ててカバンを握って後を追い、気付かれないように距離を保ちながら尾行する和樹と拓馬。


「屋上庭園に上がるつもりだ」

「ほんとに狼煙のろしあげるつもりじゃないッスか……!?」

「まさか!?」


 屋上庭園。

 それは学校の屋上のいちスペースに設けられた憩いの場。

 もともと屋上は危険防止のために立入禁止だったが、学園モノのフィクションなどで屋上に上がりたがる生徒は少なくなかった。

 それを受け、花壇などを設け限定的に屋上を開放したのが屋上庭園である。


 とはいえ、開放されると階段を登る面倒さが勝ったのか、利用する生徒はごくわずか。

 そんな場所に上がったのは、明らかに怪しい。


「お前、何やってるッス……何スかそれ?」


 庭園へ繋がる扉を開いた和樹は、目にした光景に張った声を押し戻した。



 【10】


 同年代の無邪気な喧騒。

 不自由ない平和しか体験したことがない、憩いの空間。

 ホノカは照りつける光を嫌うように教室を離れ、ひと気のない屋上へと自然に足を運んでいた。


「まだ……私には明るすぎる」 


 コロニーを吹く風、空気の流れを肌に感じながら青く輝く空を見上げる。

 青みの中に薄ぼんやりと見えるシャフトを見つめながら、懐から小箱を取り出す。


「お前、何やってるッス……何スかそれ?」


 静寂を破って聞こえてきたのは、一人の男子の声。

 一人の時間を邪魔されたことに眉をひそめながら、一つ小さなため息をつく。


「何って……食事。ブロックフード」

「ブロックフード?」


「拓馬、知らないんスか? 乾燥圧縮した食べ物ッス。胃の中で水を吸って膨らむから、一粒でそこそこ満腹になるっていう究極の簡易飯ッス。……けども」


 ずいずいとホノカの前に出てきた和樹は、カバンから取り出したビニル袋をひとつ、押し付けるように差し出してきた。

 クリームパンと書かれた袋の表面を、面食らったホノカは視線を左右に巡らせ、再び正面の少年を見据える。


「これ、何……?」

「そうやって味気ない食事しちゃダメっすよ。コレでも食えッス」

「どうして? 安くて時間もかからない。合理的な食事じゃ……」

「違うッス。そんな食事をしてたら……」

「してたら?」

「只者じゃ無いってバレバレッスよ!!」

「…………え?」


 和樹の叫びに、後方でずっこける拓馬とポカンとするホノカ。

 意外な反応をされたかのように、当の和樹は頭をポリポリと掻いていた。


「姐さんが見張れって言ってたのはこういうことだったんスね……。確かに誰か見張ってないと大変なことになるッス……!」

「カズ、僕はてっきり健康とか美容とかに結びつけるものかと」

「何言ってるッスか拓馬! この娘は魔法少女スよ、姐さんの同業者すよ! エージェントとして潜伏先の集団に紛れ込むのは基本中の基本ッス! それがこんな一人でブロック飯なんて浮いてるッス!」

「……ま、まあ、一理はあるわね」


 もらった食べ物を突き返すのも何なので、袋を開けて一口ぱくり。

 ふわふわのパンと、その中のクリームの甘さが口いっぱいに広がる。

 食べ慣れない甘味に、思わず頬が緩んでしまう。


「良い顔するじゃない、ホノカ」

「あ……あなたは!?」

「姐さん!」


 扉に寄りかかった格好で、風に金髪をなびかせ姿を表したのは華世だった。

 大物ぶった登場のしかたと、油断したところを見られた不満でホノカはじっと彼女の青い目を睨みつけた。


「私を見張らせてたの?」

「見張るなんて失礼ね。あんたがボロ出さないように見守らせてたのよ。どうせ、にぎやかな教室に追い立てられて上がってきたんでしょ?」

「う……」


 言い当てられ、言葉を失うホノカ。

 二人続けて自分の失態を予測され、フォローに回られていたのはかなり恥ずかしい。


「ま、これに懲りたらひとり勝手な行動は慎みなさい。集団行動も学校教育の一貫よ?」

「…………わかった」


 華世の言葉に、ホノカは何も言い返せなかった。

 学校教育を受けたいと華世に申し出たのは自分である。

 真正面から正論をぶつけられては、返す言葉もない。


「じゃ、そういうことで。あたしたちもランチタイムに相席させてもらうわね」

「たち?」

「たっくん! 姉弟でたまにはお昼ごはん食べよ!」

「ゆ、結衣ねえちゃん!?」

「良いじゃないっスか、にぎやかに食べればご飯も美味いっす!」


 目の前で盛り上がる一同を見ながら、ホノカはもうひと口クリームパンをかじっていた。



 【11】


 日が傾く時間帯となり、空から投影されるオレンジ色が街を覆いかぶさる頃。

 両腕に人間ではとても持てない量のズッシリとした紙袋を10個ほど下げながら、メイド服姿でミイナは歩道を歩いていた。


「グヒッ……帰ったら ももお嬢様を着せかえ人形に、好きなだけファッションショーができる……!」


 妄想をメモリの中に浮かび上がらせ、変な笑いをこらえきれないミイナ。

 普段着・よそ行き・ドレス・学制服・きぐるみパジャマ…… ももという秀逸なモデルを着飾らせるための衣装を一日がかりで買い漁っていたのだった。


 家にある華世の服は、体格が一致する ももにもぴったりである。

 けれどその服はあくまで、華世の人間性に合わせたもの……つまりは、性格は無垢で無邪気な ももには合わないものだった。

 家でファッションショーを行っていたミイナには、そのズレが気になってしょうがない。

 そういった経緯の後に、ミイナは彼女の人柄に合った服を見繕ってきたのだ。


 とは言え完全に私利私欲の買い物ではなく、華世や内宮の分の衣服も買い揃えている。

 そのため、このような量の買い物になってしまったわけなのだが。


「うう……ジョイントが軋んでる音がする。やっぱりウィル様に荷物持ち頼めば良かったかな?」

「お姉さん、ずいぶん重い荷物持ってるね」

「え?」


 背後から聞こえてきた少年の声。

 つられて振り返ったミイナのカメラアイが捉えたのは、声を発した少年の足元から黒い影が伸びる光景。


「僕が荷物運び、手伝ってあげるよ。だけど……」


 足元からまるで床がなくなるように、一瞬の浮遊感。

 声を発する暇もなく、ミイナの視界はブラックアウトした。


「行き先は、鉤爪の女の家じゃないけどね……!!」


──────────────────────────────────────


登場戦士・マシン紹介No.11


【マジカル・モモ】

身長:1.52メートル

体重:42キログラム


 華世そっくりの姿をした少女・ ももが魔法少女へと変身した姿。

 衣装は華世のものに似ているが細部のデザインが異なっており、またメインとなるカラーリングもピンクではなく赤となっている。


 手に握るステッキは先端部に幾何学的な形状をしたパーツで構成された、花のツボミを思わせる部位が存在する。

 この部分が展開することでビームに近い性質の光の球体を発射する事が可能。


 熟練した魔法少女が使えるという「天使の翼」を背中に持ち、空を飛ぶことができる。

 この翼はネオンで作られた翼のような見た目をしており、強力な防御ユニットとしての働きもある。

 けれども激しい攻撃を受け続けると魔力を消耗し、飛行能力を低下させてしまう。


──────────────────────────────────────


 【次回予告】


 捕らえられた家族、誘い出される少女たち。

 漆黒の闇を背負うレスの魔の手が、彼女たちを嘲り笑う。

 だがしかし……凶行に怒る華世の、クロガネの腕が軋み吠えた。

 

 次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第12話「結成! 魔法少女隊 後編」


 ────光と闇が、ぶつかり合う。





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