第10話「向かい合わせの影」
もしも初恋が実っていたら、とか。
もしも、助けてくれる人がおらへんかったら、とか。
人生の節々の「もしも」っちゅうんは、誰でも生きとったら沢山あると思うんや。
その「もしも」の先が見えたとしたら、人間どないなってまうんやろうなあ。
ま、うちは今が幸せやから、考えんでおいとるけどな。
◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■
鉄腕魔法少女マジ・カヨ
第10話「向かい合わせの影」
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【1】
パンッ!
夕暮れをバックにした華世が、扉を開けたと同時に炸裂する破裂音。
同時にキラキラと煌く紙吹雪が舞い、玄関の床へとひらひら落ちていく。
「退院、おめでとや~~! イェー!」
「い、いぇー……」
ハイテンションな満面の笑顔を輝かせる内宮と、顔がやや引きつり気味のウィル。
その顔つきを見れば、どういう経緯でこの祝いをするに至ったかが目に浮かぶ。
「
「ええか? こういう時に盛り上げとかんと、いざもっとめでたいことが起こったときに祝いのハードルが低なるねん。……せや、ミイナはんは一緒ちゃうんか?」
「ミイナ? 別に、あたしはひとりで帰ってきたけど……」
「たっだいまー! ミイナ、復活でーす!」
噂をしてから影がさすまでわずか数秒。
そのミイナが片手を振り上げてハイテンションで玄関の戸をくぐった。
キョトンとする華世たちの顔を見渡し、首をかしげるメイドロボ。
「
「いや、別にそないなことはあらへん。無事みたいで何よりや」
「はいっ! ちゃんと精神プログラム診断も正常! 工場でバッテリーを新品に変えてもらいました! ほら!」
そう言って着ているメイド服の上着をめくりあげ、ヘソのあたりにあるパネルを開いて見せるミイナ。
そこにあるのはバッテリーの残量パネルだったが、めくり上げすぎて胸の膨らみの下半分がわずかに見えてしまったので、ウィルだけが恥ずかしそうに目を背けていた。
「はいはい、わかったから閉めなさい。でも……」
「なんでしょうか、お嬢様?」
「あんたのプログラムが正常っていうのが
華世の脳裏によぎるのは、脱いだ衣服に飛びつき
あれを正常というのならば、世のアンドロイドはほとんどが異常ではないのか?
そう考える華世を、ミイナの言葉がバッサリと切る。
「私達アンドロイドの精神診断は、
「納得いかないわねぇ……でも、見ようによってはツクモロズ化する可能性ゼロなのはいいことか。あら?」
目線を下げた華世の視界に映ったのは、ミイナが手に持ったビニール袋。
いっぱいに詰まった立方体のシルエットと、角から飛び出す木目の内容物に、この場にいる者たちの視線が集中する。
「これですか? 帰りに通りすがりのお婆さんから受け取りました」
言いながらミイナが半透明のビニール袋から取り出した箱を、華世は手に取った。
上等な
「お婆さんって、誰?」
「確か、近くの老人ホームのお婆さんだったかと。なんでも、この間のお礼だそうです。一応、私がスキャンしましたが中身は100%メロンでした」
ミイナがそう言う以上、盗聴器や爆弾が仕掛けられた怪しい贈り物というわけではなさそうだ。
しかし、送り主の老婆に関して華世には思い当たる節が何もなかった。
あるかもしれないだろうが、名指しで高級メロンを贈呈されるほどではないはず。
「……なんだか気味が悪いけど、あたし宛てならあたしのものよね。ミイナ、せっかくだしみんなで今から食べちゃいましょ」
「わかりました、お嬢様!!」
そそくさと箱から取り出したメロンを手にキッチンへ向かうミイナ。
華世は念のため送り主の名前をよく見てみたが、何度見てもやっぱり記憶にない名前だった。
※ ※ ※
扉を押し開け、カランと入店を知らせる乾いた音が響く。
右へ左へと視線を動かし、片手を上げる姿を確認。
喫茶店の奥へと足を運び、彼の向かいの席へとドクター・マッドは腰を下ろした。
「アー君。君もコスプレとやらを始めたのか?」
ひときわ目を引くアーダルベルトの格好に、そういいながらも
オレンジ色を基調にした、ヤシの木と海をあしらった派手派手なアロハシャツ。
季節外れの麦わら帽子に、黒いレンズが大きいサングラス。
オシャレを履き違えたような、愉快な格好の大元帥を前にして、常に冷静さを崩さないドクター・マッドもさすがに無反応では居られなかった。
「
「そうか。久しぶりの
アーダルベルトの前にあるコップを手に取り、アイスコーヒーを喉に通す。
自分の飲み物を取られても、アーダルベルトは微笑みを崩さなかった。
「それよりもアー君。こうやって隠れてきたという事は、私だけが目的ではあるまい?」
「見抜かれておったか。なに、気になる情報をひとつ手に入れたものでな」
「気になる情報?」
「ああ。それは────」
※ ※ ※
「華世の偽者やて?」
ブロック状に切り分けられた高級メロンを口に放り込みながら、内宮が眉をひそめた。
「そうとしか思えないわよ。じゃなきゃ瓜二つの見た目であたしの名を騙るなんて」
議題の中心は、まさに目の前で鮮やかに輝くメロン。
その送り主である老婆を助けたという何者かである。
きっかけは、メロンを切り分けている最中に届いたカズからのメール。
それには華世が入院していた日付に人助けをしていた少女が映る、監視カメラの映像が添付されていた。
人助けと言っても、道に迷った人を案内するとか、重い荷物を代わりに持つとか、その程度の親切。
しかし映像に映るの少女はやはり、制服姿の華世そのものとしかいえない外見をしていたのだった。
「でもお嬢様、偽者といっても……人に親切をして回ってますよね?」
「問題はそこなのよね……」
もしも善行を詰むのが目的ならば、別に華世の姿と名前を借りる必要はない。
偽者を名乗るのならば、まだ評判を下げるために悪行をするのならば理解ができる。
けれども、わざわざ他人の姿と名前を使い、善行を詰む。
その目的の見えなさに、華世は頭を抱えていた。
「とりあえずウィル、明日学校で聞き込みするわよ。誰かがその親切にあやかってるかもしれないし」
「う、うん。だったら……」
「だったら……?」
そう言ってウィルが耳打ちした内容に、華世はハァとひとつ呆れのため息を吐かざるを得なかった。
【2】
昼休みの開始を告げる鐘の音が鳴り、華世達が集まる教室へと明かりが灯された。
壇上に上がったリン・クーロンが、「あー」と声を出しマイクの調子を確かめる。
「それでは第一回、魔法少女支援部の総会を始めますわ〜〜〜〜っ!!」
「いぇーーーい!」
「ドンドンパフパフーーー!」
以前に盗撮の疑いでカズを裁いた教室で、口から発された擬音語がにぎやかに響き渡る。
この馬鹿騒ぎの主犯は、黒髪をたなびかせてドヤ顔をしている、そこのお嬢様にほかならないのは明らかだ。
「あたしが病院で寝てる間に何を企んでいたかと思えば……魔法少女支援部?」
「企みだなんてひどいよー! みんな華世ちゃんの力になりたいって言ってくれたんだよ!」
そうはしゃぐ結衣の背後には、肩身が狭そうな弟の拓馬。
一方ノリノリなのは、アホお嬢様ことリン・クーロンと情報屋のカズ。
そして申し訳無さそうに苦笑いをするウィルで、この場にいるのは全員のようだ。
「
「協力の姿勢は嬉しいけど……。この魔法少女支援部とかいうこっ恥ずかしい名前と大仰な会議、要る?」
「いるよー! だって、魔法少女だよ? 女の子の憧れだよ! その石橋の上の……」
「……姉さん、それを言うなら
「そうそれ!
夢見る乙女全開の結衣は置いといて、バックアップをしてくれるのは華世にとってもありがたいことだった。
なにせ今現在あがっている問題が、人手がいる作業を要しているからだ。
「というわけですので、話を始めますわよ。
「はいッス」
リンに促され、携帯電話を操作するカズ。
数秒の後に、教室のディスプレイに学校周辺の地図が映し出された。
その地図の至るところには、赤いバツマークが記されている。
「この印がついているところが、“良い”華世が目撃された場所ですわ」
「……その言い方だとまるで、本物であるあたしが悪い奴みたいじゃないの」
「でも華世。あなたの場合……喧嘩している不良は両方叩きのめし、泣いている子供を威圧して泣き止ませるんでしょう?」
「リン、あんたあたしのことを何だと思ってるのよ」
「外道ではありませんの?」
「おいこらてめえ、覚えてなさいよ……!」
「くーちゃん、話がズレてるよ」
結衣に指摘され、コホンと咳払いをして場を改めるリン。
華世は眉をヒクつかせながらも、黙って続きに耳を傾ける。
あのお嬢様をしばき倒すのは、その後でも遅くない。
「それでですね、“良い”華世の目撃情報は学校を中心に半径2キロメートル以内の円範囲の中に集中していますわ」
「ちなみに情報ソースは、オイラがハッキングして得た監視カメラの映像ッス」
「ほんの数日で、こんなに目撃情報があるのね」
地図に描かれた印の数は、ざっと数えても30個以上。
華世が入院していたのは3日ほどなので、1日あたり10件は親切が発生していることになる。
よくもまあこの短い期間に、これだけ面倒を解決しているものだ。
「見たところ傾向としては、近い地点には現れないようになってるように見えるね」
「ということは、次は印がついていないところに現れるってことかな?」
結衣の言葉にリンが頷き、同時にカズの操作で地図に4個の丸が表示された。
その丸の位置は、ちょうど目撃情報が空白となっている場所を中心としている。
「今日、ターゲットが現れるとしたらこのどこかだと推測されるッス」
「じゃあ放課後に手分けして、ここらへんのポイントを見張りましょう!」
「でも、見つけたらどうするのよ?」
「え?」「あっ」「あら」「うん?」
ここにきて、誰もが意識していなかった根本的な問題へとメスを入れる華世。
よしんばその偽の華世と出会ったとして、どう対処するのか。
人に親切をする人物とはいえ、下手に刺激すれば何をしでかすかはわからない。
目的は華世自身による接触と、事情を聞くことなので……。
「……とにかく、見つけたら見失わないようにしつつあたしの携帯電話に連絡して。危ないから接触は厳禁よ」
「「「「はーい」」」」
会議参加者の素直な返答をもって、この集会はひとまず終了となった。
【3】
「おいおい、ザナミさんよぉ。あの鉤爪コピー、とても何かをしでかすようには見えないんだけど?」
ツクモロズの本拠地、謁見の間。
アッシュから報告を聞いていたザナミに対して、レスは不満を顕にした。
鳴り物入りで投入した秘密兵器。
だというのにも関わらず、入ってくる報告は人間へと親切を働いたことばかり。
派手に暴れまわったとかの華のある報告を期待していたレスにとっては、肩透かしもいいところだった。
「こりゃ、レスよ! ザナミ様になんという無礼を!」
「爺さんは思考停止でイエスマンしてれば良いから楽だろうがね。僕は道楽に付き合うためにここにいるんじゃないんだよ。なあセキバク」
「…………」
いつもは流暢に歌を読む三度笠の沈黙。
それは彼なりの訴えには他ならない。
けれども、レスたちの不満の声を聞いたザナミから返ってきた声は、不敵な笑い声だった。
「レスよ、
「切り札に……布石だって?」
「アッシュからの報告で、かの鉤爪の女の内には“魔”が住んでいることがわかった。その魔の目覚めは、必ずや我々の利となるのだ」
「じゃあ、あのコピー女が鉤爪ん中の魔ってやつを呼び覚ますってことかい? どこまで信じたらいいのやら……」
半信半疑なまま、レスの話題は打ち切られた。
※ ※ ※
「見つけたら、見つからないようにして、華世ちゃんに連絡。見つけたら、見つからないようにして、華世ちゃんに連絡……っと」
偽の華世を見つけたときの対応を何度も復唱しながら、自分の担当するエリアへと足を踏み入れる結衣。
すでに時刻は夕方に差し掛かり、太陽代わりにコロニーを照らす光もにわかにオレンジがかってきていた。
時刻的に、帰宅途中の高校生や買い物に出かける主婦たちの姿が街の中にチラホラ。
「……この中から人を探すのって、大変だなぁ」
右へ左へと顔を動かし人混みを眺めながら、ポツリと呟いて途方に暮れる。
どんな姿をしているかは判明しているが、いかんせん容姿くらいしか情報がない。
しかもこの場所にいるか否かすら不明なので、探すにしても限界がある。
一応、日が暮れたり疲れたら帰っていいとは言われているが、結衣は華世の役に立ちたい一心でできるだけ長く探し続けようと思っていた。
思っていたのだが。
「このあたりをずっとグルグルしてたら怪しまれるよね……。どうしたら良いんだろう……」
横断歩道の前で立ち止まり、ふぅ……とひとつため息を吐く。
やる気はあるが方法が思いつかない。
なんともいえないもどかしさに、自然と表情が暗くなっていくのを自分でも感じていた。
信号の赤と青が切り替わり、自分の後方を流れていた人の列が動きを止める。
そして前の人混みが動き出し、前からくる人の列と交差していく。
その時だった。
「あのぅ。あなた、誰かを探しているんですかっ?」
「わっ!? えっ!!?」
突然背後から尋ねられた結衣は、声をかけられた瞬間と振り返った瞬間、短い間に二度も驚きの声を漏らした。
なぜなら、言葉をかけてくれた少女の容姿が、まさに華世そのものだったからだ。
けれども彼女は華世とは違い、朗らかな笑顔を結衣へと向け、歳相応の仕草で結衣の手を両手で包み込んでいた。
(もしかして、この子が華世ちゃんの偽者……!)
危険だから接触は厳禁、と言われていたが話しかけられてしまった。
けれども結衣は内心で自分を落ち着かせ、話を合わせることに決める。
「えっと……友達とはぐれちゃって、探してるの。あの、電話もつながらなくて」
「そうですか。それは大変ですね! 私が一緒に探してあげましょうか!」
「あ……お願い、します」
「じゃあ行きましょう! レッツゴーです!」
元気よくハキハキと、それでいて優しく手を握り引っ張る偽の華世。
本物の華世が絶対に見せないであろう彼女の表情に、結衣は内心ドキドキしていた。
※ ※ ※
「あら? ウィル、どこ行くのよ?」
指定のポイントに向かう途中。
一緒にいたウィルが目的地と違う方向に歩き始めたので、思わず華世は彼の肩を掴んだ。
「えっと……今日、バイクの納品日で」
「バイク? あんた免許持ってたっけ?」
「華世の役に立とうと頑張って取ったんだよ! それで、お金貯めて中古のバイクを買ったんだ」
ウィルは、特別隊員とはいえ一応はアーミィに所属している。
即ち、小額ながら給料が出るわけで、それを元手にバイクを買ったのだろう。
「あたしの役に?」
「遠方で事件が起こった時、走るの大変だろう? そこで俺が颯爽とバイクで駆けつけて、乗れ! って」
「……ありがと」
「え?」
華世が述べた礼の言葉に、目を点にして固まるウィル。
その反応に睨みを効かせると、ウィルはあわあわとし始めた。
「何よその顔」
「い、いや。君が素直にお礼を言うなんて、って思って……」
「言うわよ。まったく、あのクソお嬢様といい、あたしのイメージって悪いのかしら」
ぼやきながら、華世はウィルが向かう先へと一緒に歩いていった。
【4】
手を引かれ誘導された先は、とあるビルの隣にある路地。
その場所にあった階段をテンポよく上り、やがてたどり着いたのは建物の屋上。
「わぁ……!」
促されるままにフェンスに手をかけ、景色を見下ろした結衣は思わず声をこぼした。
眼前には夕焼け色に染まる街の風景が、鮮やかな絵画のように輝いている。
普段暮らしていた街の、見たことのない姿に結衣は感動をしていた。
隣に立った偽者の華世が、同じように身を乗り出してエヘヘと無邪気に笑う。
「景色、綺麗でしょう! それにこの高さから見下ろせば、きっと友達も見つかりますよ!」
「う、うん……そうだね」
景色を見ながら、後ろ手に携帯電話を操作する結衣。
けれども、華世へとメッセージを送る最後のひと押しで、思わず指を止めてしまった。
(この子……すっごくいい子。そんな子を、突き出すようなマネをして良いのかな……)
まるで華世が素直な少女として育ったら。
そのもしもが現実になったような存在が、いま隣にいる。
別に彼女が悪さをしているわけではない。
困っている人へと積極的に声をかけ、手を差し伸べ、一緒に問題ごとを解決しようとしてくれる。
そんな善意の塊のような彼女を、はたして華世本人に会わせて良いのだろうか。
結衣が、短時間しか言葉をかわしていないこの少女に心動かされているのにはもう一つ理由があった。
それは華世そっくりな容姿。
親愛なる存在とうり二つな姿をした彼女へと、どうなるかわからなくなる行為を行うのにためらいが生まれていた。
(どうしよう……)
結衣は、迷いの渦中に居た。
この場で自分が行うべき行動は、もちろん華世への連絡。
けれども、この優しい笑みを浮かべて景色を眺める少女に、結衣は完全に心奪われていた。
「ねっ。友達……見つかりました?」
「えっと……ええっと……」
「見つけた。ここに居たんだ」
背後から聞こえてきた、聞き覚えのある、けれども聞き慣れない声。
結衣が偽華世と同時に振り向くと、そこに立っていたのはホノカ。
かつて華世へと襲いかかり、けれどもスラム街で結衣たちを助けてくれた魔法少女。
「あなた、この子が探していた友達?」
「違う。私が探していたのはあなた……そう、ツクモロズであるあなたよ」
「ツクモロズ!?」
ホノカの言葉を聞き、結衣は無意識に一歩引いた。
この、華世と同じ姿をした……けれども優しい少女が、ツクモロズ。
信じたくはないが、ホノカの言うこともデタラメだとは思えなかった。
「どうやったかは知らないけど、あの華世という子と同じ姿をするなんて。偽者、あなたの目的は何?」
「私は……私は葉月華世です! 偽者なんかじゃありません!」
「嘘言わないで。感じるのよ、あなたのその体の奥から……ツクモロズの気配がね。ドリーム・チェンジ……!」
静かに呪文をつぶやいたホノカが、激しい光とともに魔法少女姿へと変身した。
黒いシスター服のベールの下から鋭い眼差しで睨みを効かせ、プレッシャーを放つホノカ。
彼女は巨大な
「そこの民間人。離れて、巻き込まれますよ」
「でも……」
偽者の華世か、それともホノカか。
どちらの味方をすれば良いのか、結衣にはわからなかった。
生身の自分にできることなど、たかが知れている。
けれども、何かできることがあるんじゃないかとその場を動けずに居た。
揺れ動く心に震える肩を、偽華世の手が優しく掴む。
「心配しないでください。私を信じて」
「え……」
「人質のつもり? だったらピンポイント爆破で……!」
素早い動作で、ホノカが巨大な金属の拳を床へと打ち付ける。
その打ち付けた点から、空中を道があるかのように走る火花。
迫りくる炎の驚異を前にしながら、偽の華世は腕を振り上げ、そして叫んだ。
「ドリーム・チェェェェンジッ!」
【5】
「何の光!?」
遠くの建物の屋上で輝く光に、華世は額に手を当てながら目を凝らした。
直後にその光のもとから立ち上る火柱。
あの炎には見覚えがあった。
「ホノカのヤロー、あんなところで何やってんのよ!」
「華世、早速こいつの出番だな! 乗って!」
歩道の横につけたウィルの黒いバイクへと、飛び乗るように跨る華世。
そしてウィルから投げ渡されたヘルメットを被り、
「飛ばすよ、捕まって!」
「わかってるから、さっさと行きなさい!」
「そこは素直にわかったとでも言ってよー!」
ウィルの嘆きの言葉と同時に、バイクのエンジンが勢いよく吠える。
唸り声を挙げながら道路を突き進むバイクの上で、華世は一つの心配事を胸に秘めていた。
(あの場所……結衣がいるところよね……!)
※ ※ ※
輝く偽華世を包み込むように発された爆炎。
けれどもその炎は、まるでネオンで作られたような、宙に浮かぶ光の翼の羽ばたきによって、かき消されるように払われた。
「そ、その姿は……!?」
結衣の眼前で光の中から現れた偽の華世の姿。
それは、本物の華世に近いが赤色が強い魔法少女服に身を包んだ少女。
手に携えたステッキには、先端に花のツボミのような形容をした意匠。
しかし、華世と決定的に違うもの。
それは人間離れした桃色に輝く、美しい長髪だった。
「あなた、悪い人ですね!」
そう言って光の翼を広げ、ステッキの先端をホノカへと向ける偽華世。
対するホノカも、負けじと両腕の
「ツクモロズが魔法少女に……? そんな紛い物の力なんかに!」
「紛い物じゃありません! 私のこの力は、みんなを守るための魔法の力!」
「デタラメを言うッ!」
ホノカの叫びとともに、
煙の尾を引き向かってくるその弾頭群へと、偽の華世はステッキを持っていない左手を広げて前に突き出した。
その瞬間に大気がうずまき、発生した空気の螺旋へとガス缶が巻き込まれその奔流へと飲み込まれる。
それはまるで、華世が実体弾へと行う防御行動と同じ現象。
「Vフィールド……生身で……!?」
そのまま弾かれるようにホノカへと投げ返されるガス缶の束。
地面に叩きつけられたいくつかの管が、漏れ出した内容物へと衝突の火花が引火し大爆発。
屋上で燃え上がる炎に包まれるホノカの姿に絶句する結衣の手を、偽華世の手が優しく握った。
「ここは危険ですから、一緒に飛びましょう!」
「飛ぶ……? ひゃあっ!?」
言葉の意味を結衣が理解する前に、光の翼が羽ばたき偽華世の体を持ち上げた。
引かれる手で共に浮かび上がる結衣。
そのまま二人の身体はぐんぐんと高度を上げ、周辺にあるどの建物よりも高い位置へとたどり着く。
繋いだ手だけで支えられているにも関わらず、結衣はまるで水の中にいるかのような浮遊感に包まれ、力を入れなくても宙に浮かんでいた。
「た、高いよ!? 降ろして!」
「さっきの人は、まだ倒れていません。あなただけでも、安全な場所に……」
辺りを見回し、屋上にヘリポートの見えるビルへと高度を落とす偽華世。
そのまま結衣をそっと、硬い屋上の床へと降り立たせる。
「戦いが終わるまで、ここにいてください!」
「終わるまでって……待ってよ!」
結衣が呼び止める声を聞かず、光の翼を翻し先ほど戦っていた場所へと向かう偽華世。
輝く光の粒子を散らしながら飛んでいく彼女の姿は、まさに物語の世界に出てくる魔法少女の姿そのものにしか見えなかった。
【6】
戦いが起こっているであろう場所の近くへと、ウィルのバイクで到着した華世。
進行方向に向かって垂直になるように向きを変えながら、格好をつけたブレーキを掛けるバイクから飛び降り、華世は屋上へとつながる路地の階段を駆け上がる。
「ドリーム・チェンジ!」
登りながら変身し、カンカンと鉄板を踏み鳴らす音を響かせ上を目指す華世。
不意に、リボンから甲高い声が聞こえてくる。
『華世、すごいミュ!』
「青ハム、いきなり何よ」
『ハムって言わないでミュ! それより、ついに華世にも天使の翼が発現したみたいミュね!』
「……は?」
たったいま変身したばかりで、特にこれまでと変わった点はない。
強いて言うなら新しい義手に新機能が追加されてはいるが、ミュウが喜ぶ内容とは方向性がぜんぜん違う。
「ついに脳までハムスター並になった上に、ボケたんじゃないでしょうね」
『えっ、光でできた翼みたいなの生えてないミュか? 華世の魔法反応から確かに天使の翼を感じたんミュけど……』
「……なるほど、読めたわ」
先ほどバイクの上で見た光景を思い出す華世。
屋上で激しい爆発が起こった後、その中から抜け出すように飛び上がった光。
遠目で結衣のような人物の手を引きながら羽ばたいた何かが、おそらくはミュウが言った天使の翼だろう。
『天使の翼は魔法の力を使いこなした魔法少女が使える魔法ミュ! 誰か他に魔法少女がいるミュか?』
「ほぼ確実に、いまから戦う相手ね……!」
『ええっ!?』
通信を切り、屋上の床を踏みしめる華世。
そこにいたのは、全身から黒い煙を立ち昇らせ膝をつくホノカの姿だった。
「あらホノカ、随分と派手にやられたようね」
「……この修道服は耐火構造だから割と平気。あのツクモロズ、あなたよりもよっぽど手強いから」
「ご忠告どうも。……来たわね」
上空で光の尾を引きこちらへ向かってくる人影。
結衣の姿がないのを見るに、どこかで降ろされたか捨てられたか。
彼女の無事を確認するすべは今無いため、とりあえずは目の前の状況への対処を始める。
「……ウェポン・フォール! コード017・AAM-21エアレイダー!」
華世が義手である右腕を振り上げ叫ぶと、空の一点がピカリと輝く。
数秒の後、華世の直ぐ側へと筒状のコンテナが落下し、コンクリートの床へと突き刺さった。
「な、なにそれ……?」
「アーミィのキャリーフレーム投下システムを流用したあたし用の武器供給システム。でもってこれが……」
自動的に展開したコンテナから発射され、宙に投げ出された筒状の武器をキャッチし、構える華世。
エアレイダーとは、コロニー・アーミィで採用されている携行可能な誘導対機ミサイル投射兵器である。
本来の用途は対キャリーフレーム用ではあるが、設定を弄ればこの状況でも使い物にはなるだろう。
照準器越しに、空を飛ぶ魔法少女へと狙いを定め、ロックオンする華世。
「待って、あの子はVフィールドのような物が使えるみたい……!」
「あんたの惨状みればなんとなく察せられるっての、喰らいなさい!」
バシュウ、と白い煙を噴射しながら放たれるエアレイダーミサイル。
大きく弧を描きながら対象物へと向かっていく飛翔体だったが、あと一歩で当たる……というところで止められた。
「いわんこっちゃ……」
「起爆!」
「えっ?」
華世が抱えた発射装置のボタンを押すと、同時に空中で球体の爆炎が発生した。
あのミサイルには、いざというときのための手動信管が内蔵されており、遠隔操作で爆破することが可能である。
いかにVフィールドのように弾頭の動きを止める機構があったとしても、爆発までは無効化することは出来ないのだ。
爆炎からこぼれ落ちるように、人影が頭を下にして落下する。
けれどもその影はすぐに体勢を立て直し、輝く光の翼を羽ばたかせて華世の前へと降り立った。
【7】
「問答無用で襲ってくるなんて、やっぱりあなたたちは悪い人ですね!」
そうやって膨れ面で憤る少女の姿には、服が黒い
顔は華世と瓜二つで、衣装も似通っている桃髪の魔法少女。
彼女の姿を見たときから、華世は脳裏にチリチリとする妙な感覚を覚えていた。
まるでイライラが募っていくような、そんな不快感。
苛立ちをぶつけるように華世は武器を投げ捨て、自分そっくりな顔の少女へと義手の銃口を向けた。
「あたしに化けて勝手なことをして、問答無用も無いでしょ? あんた、何者よ」
「私ですか? 私は葉月華世です!」
「それはあたしの名前よ! あんたが誰かって聞いてんのよ!」
「だから、葉月華世です!」
話は平行線。
主張も足も互いに一歩も引かず、数秒の間。
その間にも、華世の中に暗い感情が少しずつ増していく。
苛立ち、嫌悪、焦り、殺意。
徐々に顕になっていく不快感が、華世の攻撃衝動を突き動かし静寂を破った。
義手の手首から放たれる光弾の嵐。
弾丸が到達する僅かな時間で、光の翼が偽華世の盾になるように正面でクロス。
けれどもビームを防ぎ切るには無理があったらしく、わずかに縮小する翼。
しかし偽華世の方も黙っているだけではなかった。
カウンター気味にステッキの先端のツボミ型ユニットが展開し、内部から輝く球体を発射。
だが、華世は素早く義手を身体の前方へと動かし、新搭載されたビーム・シールドを展開。
薄い空色の輝きを放つ光の盾が、ビームを弾き一片たりとも通さず華世を守りきった。
「……火力はほぼ互角、だけど守備がイマイチみたいね?」
この状況は華世にとって
考えられる最悪は、相手が周囲の被害を考えずに魔法力を解き放つこと。
けれども相手の攻撃はステッキからのビーム攻撃。
ビームと言ってもキャリーフレームレベルの出力ではなかったため、華世の対キャリーフレーム戦用のビーム・シールドにはそよ風だった。
このことは相手には誤算だったようで、偽華世の顔つきが険しいものになっていく。
「きょ、今日はここまでです! さよならっ!」
光の翼を羽ばたかせ、飛び上がる偽華世。
けれども度重なるガードで消耗したのか、先ほどまでに比べて高度が低い。
これならば、追いつくすべがある。
「ホノカ! 今からあたしが飛び出すから、少し後ろを爆破しなさい!」
「なっ、どうして私があなたを……!?」
「向こうのビルまで爆風に乗って飛び移るの! 早くしないと逃げられるわよ!」
「……わかった。でも、どうなっても知らないから」
ホノカの了承を受けた華世は、屋上と外を隔てるフェンスへと飛び乗り、アイコンタクトを取る。
互いに頷き合ったあとに、ためらいなく前方へジャンプ。
同時に背後で爆発が起こり、風圧を受けて空中で加速。
宙を舞った華世は、背部ユニットのスラスターを吹かせながら大通りを飛び越す。
そのまま道路を挟んだ反対側の建物の屋上へと着地し、足裏から火花を散らせながらブレーキ。
隣の背の高い建物へと義手の手を発射し、ワイヤーを巻き取って登り、偽の華世を追いかける。
「し、しつこいですよ!」
こちらの追跡に気づいた偽華世が、ステッキをこちらに向けて光弾を連射する。
しかし威力のほどが知れている攻撃では、華世のビーム・シールドを貫くことは出来ない。
華世は足裏のローラーダッシュで加速しながら全速前進。
柵を乗り越え隙間を飛び越え、建物の屋上を飛び移り渡り、徐々に距離を詰めていく。
「ああっ!?」
「追いついたわよ! 落ちろやぁっ!!」
速度が合ったところで華世は斬機刀を抜き、振りかぶって飛びかかった。
意識的か無意識かは知らないが、狙い通り光の翼で防ごうとする偽華世。
けれども実体剣の一撃といえど、至近距離の爆発とビーム・マシンガンの斉射を防いだ後では耐えられなかったらしく、パリンとガラスが割れるような音とともに天使の翼は砕け散った。
浮力を失い、慣性にしたがって落下する少女ふたり。
華世はスラスターを吹かせることで落下速度を落とすが、相手はそうはいかない。
6階のビルから落下したに等しい速度で歩道に叩きつけられた偽華世は、地上で2,3回のバウンド。
そのまま歩道の上をゴロゴロと転がりながら減速していく、やがて停止した。
急に上空から降ってきた女の子に、周囲の通行人がざわつき距離を取る。
その人混みをかき分けて、華世は倒れて動かなくなった偽華世へと近づいた。
「野次馬ども散った散った! さあて、さっさとふん縛って……」
身柄を確保しようと手を伸ばした時、華世の中のドス黒い感情がひときわ大きくなった。
同時に脳裏に直接囁かれるような、悪魔の声が響き渡る。
(ここで仕留めておけよ。こいつは敵なんだぞ?)
「う……くっ……」
思わず右手で額を抑える華世。
自身の中に起こっていることの理解が追いつかず、意識が闇へと書き換えられていく。
(ツクモロズなんて存在する価値のない存在だ。生かす意味なんて無い)
「そう……ね」
(敵はすべて消すんだ。後顧の憂いを断っておけ)
「ええ……」
ささやき声に従い、斬機刀を振り上げる華世。
その瞬間、視界が激しい閃光に包まれた。
光を発しているのが偽の華世だとわかったときには、彼女の輝く身体が徐々に巨大化していき、そのシルエットを変容させていた。
「はっ……巨大化!?」
深い闇に落ちかけていた華世の意識がパッと正気に帰り、目の前の状況を認識する。
劣勢に陥ったツクモロズが巨大化した例は、咲良から一度聞いている。
そもそも最初から大きかったツクモロズも学校で戦った。
先ほどまで戦う相手であった自分そっくりな少女が、ツクモロズだと改めて確証する。
逃げ惑う通行人の悲鳴をBGMに、白く輝きながら肥大化していく少女だった何か。
周囲から逃げる人々が離れきり完全に消えた頃、静寂に包まれた街の中で発光を終えた“それ”は巨大な体躯を顕にした。
空から降り注ぐ夕暮れをもした光を反射させる艷やかな体表。
巨木ほどの太さを持つ、柔らかいカーブを描く長い胴体。
所々から羽のような器官が伸びているが、変貌したその姿を言葉で表すなら「巨大な白い大蛇」としか言いようがなかった。
【8】
大蛇は宝石のような真っ赤な眼球で華世を捉え、自動車程度なら丸呑みできそうな大きな口を開く。
その口内には複雑な模様をした魔法陣が浮かび上がり、環の中心に光が収束していく。
「ビーム……!? しまった、間に合……!」
「華世、両手を上げろ!」
聞こえてきた声へと反射的に従い、両腕をまっすぐに挙げる華世。
直後、後方から飛んできた戦闘機形態の〈エルフィスニルファ〉が頭上を通過。
逆さまで開け放たれたコックピットから伸びる両腕が華世を掴み、地から連れ去る。
同時に機体の主翼が殴りつけるように大蛇の腹部へと突き刺さり、衝撃で持ち上げられた蛇頭から上空へ向けて極太のビームが飛んでいった。
機体が180度回転しつつ変形し、巨大な両足がアスファルトの道路を削りながら着地。
コックピットの中で天地逆さまになった華世は、気がつくとホノカに覆いかぶさるように乗っかっていた。
「……早く降りて、重い」
「重いじゃないわよ、失礼ね。ウィル、助かったわ」
「礼ならホノカちゃんにも言ってあげてよ。あの無茶な飛行の提案と、君を回収したのも彼女だ」
「全部終わったら検討するわ。それよりも、前のやつどうする?」
ホノカの上から降りてシート脇のコックピットの内面に映し出されたモニター越しに、白蛇を見据える。
キャリーフレームと相まみえても見劣りしない巨体。
とぐろを巻いた設地部を含めれば、かなりの体長がありそうだ。
「とにかく、被害が広がらないうちにおとなしくさせないと!」
ウィルがそう言いながら操縦レバーをひねると、〈エルフィスニルファ〉の右腕にビーム・ダガー・ブーメランが握られる。
勢いよく投げられ、回転しながら飛んでいく光の刃。
機械誘導によって宙を舞い敵へと襲いかかる閃風。
けれどもその刃は、白い鱗を切り裂く前に輝く魔法陣の障壁に受け止められた。
弾かれたビーム・ダガー・ブーメランが、ゆっくりと〈エルフィスニルファ〉の手へと帰ってくる。
「魔力障壁……厄介ですね」
「1機で相手するには骨が折れそうね、ウィル。応援は来ないの?」
「レーダーを見ると、周辺に複数の巨大なツクモロズが発生したみたいだ。望みは薄いかもしれない」
ツクモロズ群の出現は目の前の大蛇の巨大化に呼応したものか、それとも偶然の発生か。
どちらにせよ、助けが期待できないのなら手持ちの戦力でなんとかするしか無い。
ホノカが魔力障壁と言ったそれの耐久力は、少なくともビーム刃を弾くほどの硬度がある。
華世の斬機刀を受けて砕け散った光の翼とは、比べ物にならない耐久力だ。
ピピピ、と機内の装置から警報が鳴り、白蛇が鎌首をもたげつつ口を開いた。
口内に再び現れた魔法陣に光が収束。
「またあのビームが来るわよ!」
「この機体の防御機構は? ビームシールドくらいは搭載……」
「してないから、避けるしか無いんだよねぇ!」
ガクンとコックピットが一瞬揺れ、瞬時に戦闘機形態へと変形する〈エルフィスニルファ〉。
そのまま直上へと上昇、同時に先ほどまで居た場所に光の帯が通り過ぎる。
弧を描くように大蛇の頭上を通り後方へと移動する機体を追うように、見上げるように首を動かす白蛇のビームが薙ぎ払われる。
ビーム自体の有効射程は短いのか、周辺に被害は出てないのは幸いだった。
落下軌道に入ると同時に人型へと変形、背部バーニアで落下スピードを低減させながらビーム・ライフルを放つ。
放たれた光弾は勢いよく白い鱗へと突き刺さる……前に、またしても魔法陣に受け止められてしまった。
「背後をついてもダメか……!」
「自動防御? でもさっきは翼で殴れたわよね?」
「あの時は不意打ちに近い攻撃だったから……って前! 回避しないと!」
ホノカの警告と同時に、白蛇の太い尾が持ち上がりムチのようにしなりながら襲いかかった。
ウィルの操縦でバックステップしつつ回避する〈エルフィスニルファ〉。
次々と放たれる打撃は、その一撃一撃でアスファルトをえぐり吹き飛ばしていく。
「不意打ちが効いたんだったら、意識外からの攻撃には反応できないんじゃないかしら?」
「多分、華世の言うとおりだと思う。けど、応援が見込めない以上どうやって……」
「そこの君、私達が誰か忘れてる?」
ウィルがキョトンとしながら華世とホノカの顔を交互に見、そして頷いた。
今ここにいるのは、一人のパイロットとふたりの魔法少女もとい人間兵器。
はたから見れば人間三人だが、戦力ではキャリーフレーム3機分だ。
「……合図と同時にハッチを開放する。チャンスは一度だけだ」
「ホノカ、ヘマすんじゃないわよ」
「軽口を叩いてないで集中して」
白蛇がうねりながら向きを変え、頭をこちらへと向ける。
そして再び大きく口を開き、ビームのチャージを開始。
今まさに放たれる、というタイミングで〈エルフィスニルファ〉が跳躍しつつ上昇。
「い・ま・だぁぁっ!!」
ウィルの咆哮とともにコックピットハッチが開け放たれ、機内に激しい風が流れ込む。
同時に華世とホノカが内壁を蹴り、それぞれ斜め前方へと別方向に飛び出した。
広い大通りの脇へと着地するホノカを尻目に、華世は体制を変えながら付近のビルの壁面へと足をつける。
そのまま壁を蹴っ飛ばし、勢いを載せながら飛び蹴りを放った。
華世の攻撃に合わせ、ホノカの方もアクションを取った。
勢いよくアスファルトへと打ち付けられた両腕の
義足の足裏から飛び出したヒートナイフによる熱を伴った刺突、迫りくる炎の壁から放たれる炎熱。
そのふたつを同時に防ぐ魔力障壁であったが、防御能力を分散しているためか、義足越しに手応えを華世が感じるほどに勢いが薄い。
二人の魔法少女の攻撃を皮一枚で耐える大蛇へと、〈エルフィスニルファ〉が落下を伴ったビーム・セイバーの一撃で追い打ちをかけた。
3方向からの猛攻撃を受け、ついに鉄壁と思われた魔法障壁が砕け散る。
大蛇の喉元へと光の刃が突き立てられ、断末魔の咆哮をあげる巨躯。
そのまま巨体は激しい光に包まれ、今度は逆に収縮していく。
数秒も立つ頃には白蛇の姿は消え、魔法少女の姿ですら無くなった偽華世の倒れた姿へと戻っていた。
その無防備な姿を見た瞬間、再び華世の中にドス黒い感情の渦が現れる。
「う……トドメ、刺さなきゃ……!!」
斬機刀を抜き、一歩一歩倒れた偽者へと歩み寄る華世。
けれどもその歩みは、突如飛び出したひとつの影によって止められた。
【9】
「結衣、邪魔を……しないで」
偽の華世をかばうために、結衣は両腕を広げて華世の前に立ちはだかった。
殺意をむき出しにした華世の前に立つのは怖い。
今にも涙が溢れそうになっているし、両手両足はガタガタ震えている。
けれども、絶対に華世を止めなきゃという思いが、結衣の小さな身体を突き動かしていた。
「ダメだよ、華世ちゃん。この子を殺しちゃ……ダメだよ!」
「そいつはツクモロズよ、あたしたちの敵。ここで殺さなきゃ、また何が起こるか」
「この子は悪い子じゃない……! 心から、いろんな人に親切にしてた! 話せばきっと……わかってくれるよ!」
「甘いわね。敵を助ければ、助けた敵に裏をかかれる。あんたが殺される可能性だってあるのよ」
「でも……ダメだよ! 私には、華世ちゃんに人殺しをしてほしくない!!」
「そうだな、君は……いいことを言うじゃあないか」
コツリ、コツリと靴音を鳴らしながら、どこからか現れた影。
オレンジ色のアロハシャツと麦わら帽子を身にまとった男が、結衣の前に立ちサングラスを外した。
その男の存在に、華世が目を見開く。
「アーダルベルト……おじ、さん?」
「華世。お前の言うことも一理あるが、話のわかるツクモロズを生かす意味はあると思うぞ?」
「伯父さんまで、何を甘いことを」
「彼女は我々にとって、ツクモロズに繋がる貴重な情報源になりうる。冷静になれ、華世」
「今すぐに……殺すべきよ。邪魔をするなら、伯父さんであっても……!」
華世がゆらりと、斬機刀の切っ先をアーダルベルトへと向ける。
その目には光がなく、まるで心ここにあらずと言った感じだった。
「私に刃を向けるか、華世よ」
「邪魔をする奴は、誰であっても……」
「時に華世よ。なぜ、私が人間兵器制度などというものを作ったかわかるかね?」
「何を……」
「なぜ、私のような老いぼれが大元帥などという階級を持っているか、その理由は知っておるかね?」
彼の言葉とともに、一陣の風が吹いた。
────いや、一瞬でアーダルベルトの身体が空を走ったのだ。
目にも留まらぬ速さで華世の横をすり抜け、背後で立ち止まるアーダルベルト。
一瞬で通り過ぎた大元帥の手には、華世が持っていたはずの斬機刀とその鞘が握られていた。
アーダルベルトは背中を向けたまま、斬機刀を鞘へと収める。
「ああ、
カチン、と斬機刀の柄が鞘とぶつかった音を出す。
その瞬間だった。
鈍い黒鉄色を放つ華世の義手義足が、一瞬でバラバラになり爆ぜる。
何度も鋭い刃物を入れられ、輪切りにされたかのようにアスファルトへと崩れる、手足だった残骸。
身体を支える足の一つを失った華世が、その場にパタリと静かに倒れた。
「……確保しろ」
アーダルベルトの令で現れ、華世とホノカ、そして偽華世を取り押さえるアーミィ隊員たち。
あまりに一瞬のことに呆然とする結衣の頬に、雨粒がひとつ。
静寂を取り戻した町並みの中を、降り始めたにわか雨がかき鳴らす。
それは、この戦いの終わりを告げるフィナーレの音楽となっていた。
──────────────────────────────────────
登場戦士・マシン紹介No.10
【マジカルヴァイパー】
全長:28メートル
体重:不明
華世そっくりの少女が変身した魔法少女が、更に変化した姿。
巨木の幹ほどもある太さの身体を持つ、白色の大蛇の姿をしている。
頭部付近には羽のような部位があり、これが魔力を司る器官の働きを持つ。
この器官によって発生する魔力障壁は、ビーム・シールドに匹敵する防御能力を持つが、意識外からの攻撃は防げず、また分散した方向からの同時攻撃に対しては耐久性が著しく低下する。
口の中に生成された魔法陣より、強力なビームを吐いて攻撃する。
このビームは短射程ながらかなりの威力を持ち、直撃させれば軍用キャリーフレームを大破させるほど。
この姿の肉体はほぼ全てが実体化した魔力で構成されており、致命傷を負うことで崩壊する。
──────────────────────────────────────
【次回予告】
華世の偽者がアーミィへと捕縛されたことで、明らかになるツクモロズの生態。
同時に投獄されたホノカへと、誘いをかける華世。
新しい生活が、始まろうとする。
次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第11話「結成! 魔法少女隊 前編」
────昨日の敵を友とするには、相応の試練が必要となる。
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