第31話「復讐の結末」


「……じゃあ、結衣ちゃんとももちゃんはお留守番なのね」

「そうなんですよー!」


 久しぶりに美月との訓練をこなし、公園の椅子でひと休憩する結衣ともも

 水分補給で喉を潤しながら、結衣はコロニー・クーロンに置いていかれた愚痴を美月にこぼしていた。


「それって、あなた達を危険な目に合わせたくないってことでもあるんじゃないかしら」

「でも、私たちも魔法少女なんですよ?」

「お姉さまとホノカさんは良くて、ももたちがダメなのって……ちょっと悔しいです!」

「お姉さまっていうのは……前に言ってた華世って子のことよね?」


 美月が振ってきた話に、ももの顔がぱあっと明るくなる。

 厳密には違うといえど、彼女は華世のことを姉としてかなり尊敬しているのだ。


「お姉さまは強いんですよ! でっかい斬機刀で、バザバザバサーって悪いツクモロズを懲らしめちゃうんです!」

「斬機刀? その娘も斬機刀を使うのね。誰から習ったのかしら……」

「斬機刀を使える人って少ないんですか?」


 美月の妙に勘繰ろうとするような、重々しい口調に結衣は違和感を覚えた。

 思わず出てしまった問いかけに対し、困ったような顔で美月は口を開く。


「斬機刀って、硬い装甲を切るためには他の刀剣とは違う振り方をしなくちゃいけないの。そうしないとすぐに刃こぼれしちゃうから……でも、その剣術って私の実家の道場くらいでしか教えてないと思ってたから……。ほら、使ってる私が言うのも何だけど……人が生身で大きな機械に立ち向かうのって、普通じゃしないことじゃない?」


 言われてみれば確かにと、結衣は納得した。

 華世が魔法少女で人間兵器だから感覚が麻痺していたが、そういう概念の無い時代から斬機刀という文化が広く伝わっているとは考えにくい。

 その華世であれば、そこから何かしら推論の1つでも出せるだろう。

 しかし、彼女ほどの鋭敏な頭脳を持ち合わせていない結衣には、そこまで考えるのが精一杯だった。


「華世ちゃん、確か矢ノ倉やのくら寧音しずねってお婆さんから習ったって言ってましたけど」

矢ノ倉やのくら……!?」


 その名を聞いた途端、口をあんぐりと開け驚愕する美月。

 気持ち顔が青くなった彼女が、結衣の両肩をギュッと強く握り揺さぶりながら問いかける。


「それって、何年前のこと!?」

「えっと、華世ちゃんがリハビリしてた頃ですから……2年前くらい……」

「美月さん、お姉さまの師匠さんがどうかしましたか?」

「その人、私の祖母……お婆ちゃんなの。でも、あの人は……」



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       鉄腕魔法少女マジ・カヨ


       第31話「復讐の結末」


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 【1】


「なん、で……」


 ボタボタと落ちる血が、真っ白に降り積もった雪を赤く染める。

 ホノカへと向けて放たれた氷柱つららは、横から庇うように飛び出したリンの胴体を貫いていた。


「なぜって……あなたに、死んでほしくない……から、です……わ……」


 傷口から血を吹き出しながら、その場に崩れ落ちるリン。

 直後に飛びかかってきた氷の狼を、ホノカはゼロ距離爆発で吹き飛ばしつつ、倒れたリンへと駆け寄った。


「リンさん、しっかりしてください!」

「ホノカさん……あなたは、弱くありませんわ……。ひたむきで……頑張り屋で、いつも……周りから愛されて……ゲホッ」

「リンさん……」

「まだ、死んではいけませんわ……。あなたには、助けなきゃいけない人が……謝らなければ、いけない人がいる……。それを成すまで、あなたは……」


 リンの言葉は、そこで止まってしまった。

 けれども、ホノカにとっては十分すぎるメッセージだった。

 唸り声を上げながら、低く身構えるツクモロズ。

 目の前の敵に向けて、ホノカは真っすぐに視線を向けた。


「まだ、ラヤもミオスも助けてない……」


 身体全体に、力がみなぎってくる。

 怒りで一度熱くなっていた思考が、リンの言葉を受けて透き通ったようにクリアになる。


「マザー・クレイアに事情を聞いてもないし、謝ってもない……!」


 ホノカの機械篭手ガントレットが纏う炎、その色が赤から透き通ったような青へと変わる。

 より高い熱を生み出したい……というホノカの想いが形となるように。


「私は……生きるっ!!」


 そして少女の背から、光の翼が広がってゆく。

 これまでは結衣とももの魔法少女姿でしか現れなかった、輝くはね

 ネオンのような光の線で形成された翼が今、ホノカの背中に宿っていた。


 力の覚醒に呼応するように、身に纏う衣服にも変化が表れる。

 内側に着ているボロボロの魔法少女服と、その上に羽織る防火構造のシスター服が混じり合い、雪のように輝く白を基調としたシスター服へと合一ごういつ化。

 背中の羽と合わせ、天の世界から舞い降りた使者もかくやという姿へと変わった。


 倒すためではなく、守るために。

 仇への復讐ではなく、自らの使命を果たすために。

 未熟だった少女はいま、真の魔法少女となった。


「あえて名乗りましょう! 私は魔法少女、マジカル・ホノカ! 勇気を持って絆のため、哀しみの元は焼き尽くします!!」


 言ってて、深みのないセリフにホノカは恥ずかしくて顔から火を吹きそうだった。



 【2】


 モニターに映る、小型輸送艇の発進映像。

 2機のキャリーフレームを搭載したその船を動かしているのは、さきほど内宮たちが見送ったウィル。

 彼は華世たちの脱出を手助けするため、単身コロニー・サンライトへと向かっていった。

 元レッド・ジャケット隊員であるため安全に潜り込める……という触れ込みだったが、内宮の頭から心配は尽きなかった。


「はぁー……大丈夫やろうか」


 パイロットシートに腰掛けた状態でコンソールを操作しつつ、ついついため息がこぼれてしまう。

 その声は、いつの間にか通信が繋がっていた咲良の機体へと垂れ流しになっていたようで、間髪入れずに彼女から励ましの声がかけられた。


『華世ちゃんもウィルくんも大丈夫ですよ〜。あの二人は、今まで何度も苦難を乗り越えた黄金コンビですから!』

「これまでやったらええけど、今回ばかりは敵地やしなぁ……」

『あの子たちの後顧の憂いを断つためにも、調査を頑張らないと!』


 調査というのは今、内宮たちクーロン出身アーミィ隊員とネメシス傭兵団が合同であたっている作戦である。

 事の起こりは数時間前、華世たちをサンライトへ送り出してからそこまで時間の空いていないタイミングだった。


 正体不明の宇宙艦が、サンライトからオータムに向けたルートで航行している。

 その知らせを受けた内宮たちは、作戦のための準備に追われるアーミィ部隊の中で唯一動ける人員として、当該船舶の調査へと駆り出された。

 その場所に向かうついでにウィルの輸送艇を発進させ、今は調査のために〈戦艦アルテミス〉は移動中。

 万が一にでもV.O.軍の刺客であれば、通すわけにはいかない故に、いつでも発進できる状態で内宮たちは待機していた。


『そういえば、内宮隊長。レオンさんとの話、どうなったんですか?』

「レオン? ああ、あの獅子だか虎だか言うてた奴か。失礼なやっちゃで、うちのこと男だ思うてたなんて」

『学生時代に大会で隊長に負けて、それからリベンジのためだけに金星のアーミィ隊員の座にまで来たって言ってましたね』

「一歩間違えたらタチの悪いストーカーやで、まったく。こん作戦が落ち着いたら決闘しようやとか言いよって」

『まるで死亡フラグですね〜』

「戦い行く前に洒落にならんこと言わんでや。それに死亡フラグは恋人とか嫁はんとかに結婚だの子供だのでどーのこーのやろ。ライバルに言うことやないわ」


 ライバル、といっても勝手にレオンが内宮のことをライバル視してるだけなのだが。

 まあ、無事に終わって決闘になっても、内宮は負けるつもりなどない。

 いま内宮が乗っているのは、以前の型落ち〈ザンドール〉ではなく、咲良からお下がりという形で受け継いだ〈ジエル〉なのだから。


『そういえば、〈ジエル〉の乗り心地はどうでしたか〜? ビーム・スラスターによる機動は独特だと思いますけど……』

「懐かしい感触やったし、何の問題もあらへんわ」

『懐かしい……? その〈ジエル〉って私が地球圏にいた頃に制式配備されたものですよ?』

「うちが高校生ん時、黄金戦役で戦っとったって話はしてたやろ? そん時に開発されたてのビーム・スラスター付きのマシンに乗っとったんや。初期型やけど〈ジエル〉も僚機におったな」

『やっぱ、隊長ってすごいですね……私なんて』


 トーンの下がる咲良の声。

 出撃を前にして暗くなる相棒へと、内宮は心配の声を投げかける。


「どしたんや? えらい元気ないやんか」

『隊長は子供の時からすごい戦いを経験して生き残って、今はアーミィの中でもトップクラスのパイロット。私はいい機体に乗ってるのに、活躍があんまり……』

「……楓真ふうまん事を考えとるんか」


 常磐楓真。

 咲良とは高校時代からの幼馴染だったが、その実はツクモロズの送り込んだスパイだった。

 咲良と離れていた時期に何があったのかはわからない。

 一度は取り戻してみせると宣言したのだが、大きな戦いを前にして不安になっているようだった。


『初めてこの〈エルフィスサルファ〉に乗ったあの日。私は〈ジエル〉でろくに戦えませんでした。楓真くんは強い……強い上に隊長のように高いレベルのExG能力を持ってる』

「気休めかもしれんけど、パイロットの価値はExG能力だけやあらへんで。うちの初恋の相手なんて、能力なんかうても……うちやもっと強い猛者をボコしたったで? しかも旧式機でや」

『それって、あのドキュメンタリーアニメの主人公のモデルの?』

「うんや……せやな。これこそ死亡フラグみたいやけど、クーロンに帰ったら師匠を紹介したるわ」

『師匠?』

「初恋の人のオカンが世話んなった凄腕のキャリーフレーム乗りや。うちもそん人に鍛えてもろて今がある。せやから元気出しぃや? そのコックピットに乗っとるの、あんさんだけちゃうやろ?」

『あ……』


 咲良の機体には、戦闘能力を最大限に発揮させるために二人の同乗者がいる。

 一度はツクモロズ化しながらも、強い絆で咲良のもとへと帰ってきた支援AIのELエル

 そして、亡き咲良の妹と仲良しだった、火器管制のツクモロズであるヘレシー。

 咲良はひとりじゃない。

 種族が違う3人の力を合わせることで、初めて〈エルフィスサルファ〉のパワーが発揮できるのだ。


「二人も頑張っとるさかい、咲良もしっかりせなアカン! せやろ……ELエル、ヘレシー?」

『はい。私達が咲良を最大限サポートいたします』

『ヘレシーも頑張っちゃうよ!』

『ふたりとも……ありがとう』

「さ、しんみりタイムはここまでや。そろそろ調査対象がスキャンできる距離に入るみたいやで?」


 内宮の声に応えるようなタイミングで、コックピットに映像が映し出された。

 超望遠で撮られた映像、漆黒の宇宙が映し出されるその中心に、確かに何かがあった。


 それは、一見すると宇宙船のようにも見える。

 しかし……送られてきた情報は、あまりにも不可思議だった。


「ブリッジみたいな所に生体反応なしやて? それにあの船、よう見たら……」

『なんだか、横たわっている人にも見える……あっ!!』

『咲良! あれ、ツクモロズ! 戦艦級のツクモロズだよ!』



 【3】


 吹きすさぶ吹雪の音が周囲の音をかき消す中で、華世の振るった斬機刀が鋭く空気を引き裂いた。

 一振り目をのけぞって回避した女神像ツクモロズ────自らをフェイクと名乗った存在が、二振り目を岩のように硬質化した手で受け止めた。


「へぇ……斬機刀を受け止めるなんてやるわね!」

「舐めるんじゃないよ、鉤爪! あんたとの勝負のため、私は自分の能力を鍛え続けてきたんだ!」


 キャリーフレームの装甲すら切り裂く斬機刀の一撃を受け止められる。

 それはフェイクの手は並の金属塊よりも遥かに頑丈になっているということである。

 ならばビームを……と義手の手首に手をかける華世だったが、嫌な予感にいちど単発の小さいビームを発射。

 しかし幾重にも叩きつける雪が空中へと放たれた光弾から熱を奪い、一瞬にして消滅させる。

 機動兵器サイズのビーム兵器ならまだしも、エネルギー量の絞られた小型ビームはこの天候では使えない。


「そらあっ!!」

「くっ!!」


 フェイクの肘から先を硬質化させ、爪のように先端の鋭い手による素早い掌底。

 その攻撃を首の動きだけで回避した華世は、反撃とばかりに回し蹴りから刃を赤熱させたナイフを義手の足裏から発射する。

 けれどもその攻撃も、突風にあおられ雪に熱を奪われたことで、勢いのないタダのナイフ投げにしかならなかった。


「どうやら、吹雪は私の味方をしてくれてるみたいだねぇ。流石はアーカイブツクモロズのレイビーズだよ」

「アーカイブ……レイビーズ?」

「よくは知らないが過去の魔法少女との戦いで、功績を残したツクモロズだそうだがね?」


 過去の魔法少女との戦い、という言葉に華世は亡き咲良の妹を思い出した。

 十年近く前に魔法少女として戦い、敗れた少女の存在。

 そしてアーカイブツクモロズという言葉が妙に脳裏へと引っかかった。


「このコロニーに、そのレイビーズとあんた以外にもいんじゃないの? ツクモロズって」

「……何だって?」

「なんとなく思ったのよ。このコロニーに居るらしい、あたしの故郷の仇。それってもしかすると……ツクモロズなんじゃないかって」


 これは一種のハッタリではあるが、一部に確証も含んでいた。

 華世が現世代の魔法少女第一号ということは、沈黙の春時点にも魔法少女がいた可能性は大いにある。

 もしもあの虐殺がツクモロズの手によるものだとしたら、殺害数としての功績はあまりにも大きい。

 そして、華世たちがサンライトを訪れたタイミングで姿を表したフェイクたちツクモロズ。

 その戦力としてアーカイブツクモロズが使われているなら、それが複数でもおかしくはない。


「……あれがあんたの仇かは知らないけどね、ナンタラ研究所にひとり行ったとか聞いてたねぇ」

「そいつと面識は?」

「あるわけ無いだろう。アーカイブツクモロズったって何人いるか知れたもんじゃない。それに、昔から生きてるようなツクモロズだっているらしいじゃないか。さあて、冥土への土産話はこれくらいで……」

「……その土産を持つのはあんただけどね!!」


 華世は義眼から閃光を放ち、フェイクの目を眩ませた。

 それは一瞬の隙を生み出し、華世はその一瞬でフェイクへと肉薄。

 そのまま彼女の胴体を蹴りつけ、硬化していない左の二の腕を斬機刀で切り落とした。

 片腕を失いバランスを崩したフェイクはそのまま後方へと転倒。

 華世はその鼻先へと斬機刀の先端を向けた。


「勝負、あったんじゃない?」

「舐めんじゃ……ないよおっ!!」


 残った右腕で床石を叩くフェイク。

 同時に隆起するように地面が盛り上がり、鋭い岩のトゲが華世へと襲いかかる。

 後方へ飛び退いてトゲをかわすものの、距離を取った頃には床から石材を吸ったことで、フェイクの切り落とされた腕は元通りに復活していた。


「私はなあ……負けるわけにはいかないんだよ! 私の幸せのために……!」

「あんたに幸せを願う権利は無いわよ……!」


「ストーーップ!」


 突然聞こえた制止の声に、華世とフェイクは同時に動きを止める。

 吹雪のカーテンの中から姿を表したのは……このあいだ華世を助けた謎の魔法少女だった。


「あんたは……たしかナノハとかっていう」

「華世、早く行かないと君の仇が逃げちゃうよ。この人はボクが相手をするから、君は……」

「え、ええ……」


 ナノハに言われるがままに、華世は義眼を赤外線モードにして駆け出した。



 ※ ※ ※



「あんた……邪魔するのなら容赦はしないよ!」


 両腕を硬質化した状態で、突然現れたナノハとかいう魔法少女へと睨みを利かせるフェイク。

 ようやく憎い相手と交戦する機会を得たのに、このチャンスを潰されてはたまらない。

 しかし、ナノハから向けられた眼差しは、あきらかに敵へと向けられるものではなかった。


「逃げた方がいいよ」


 哀れみ、いや……親しい人間を心配するような顔つきでナノハは言った。


「逃げろ……だって? 私はツクモロズだよ、お前たちの敵だ!」

「これはボクの意志じゃない。君を想う人の願いだよ」

「私を想う人……? そんなの、一体誰が……」


 思い当たる人物は浮かばない。

 しかし、この吹雪の中に消えた鉤爪の女を追うのも、今となっては不可能に近いだろう。

 目の前の魔法少女が何を企んでいるかは知らないが、フェイクは不服ながらもナノハの言葉に従うことにした。


「……貸しを作ったなんて思うんじゃないよ」


 フェイクは呟くように言ってから、その場を離れた。

 この吹雪は、恐らくレイビーズが起こしたものだろう。

 ともなれば、鉤爪とは別の魔法少女と戦っているかもしれない。

 勝ったならばそれはそれで連れて帰らなくてはならないが、負けたなら一人で帰れば良い。

 どちらにせよ戦いが終わり吹雪が止むまで身動きのとりようがない。

 ……と走りながらそう考え、懐を探ったときに気がついた。


「粒子の瓶が、無い……!?」


 ツクモロズの本拠地へと帰るための道具、ドアトゥ粒子の入った瓶。

 それが無ければ帰れないどころか、この極寒のコロニーに閉じ込められるも同然。

 戦いの拍子に落としてしまったのか、あの場から遠く離れてしまった今、吹雪の中では戻ることもできない。


「……クソっ! こんなところで野垂れ死んでやるものか……!」


 本拠地に帰れなければ、ツクモロズがツクモロズで居続けるために必要な生体エネルギーが維持できない。

 だからこそ、コロニー・サマーにいた頃は人攫いをしていたのだ。


「私は……まだ、ぜんぜん幸せになっちゃいないんだよ……!」



 【4】


 氷の狼が連続で放つ氷柱つららの嵐。

 それを機械篭手ガントレットの薙ぎ払いと同時に生じた蒼い爆炎が飲み込み、かき消していく。

 直後にホノカの喉元目掛けて噛みつこうと飛び込んでくる敵。

 それを軽いステップで後方へと回避しつつ、カウンター気味に金属の拳で真っすぐにパンチ。

 そして機械篭手ガントレットから巻き起こる爆発が、相手を大きく吹き飛ばした。


(この吹雪の中でも、ガスを動かせる……!)


 先程までは吹雪の勢いに負けてロクにできなかった、魔法の風による可燃ガスの操作。

 服が白くなり身体に力がみなぎってから、それを難なく……いや、前よりも感覚的にこなせるようになっていた。

 それだけではなく、赤から蒼へと変わった炎の色。

 炎色の変化が表すのは、可燃ガスの燃焼効率が上がったことにほかならない。


(気体の組成が理想的な時にだけ見られる完全燃焼……ガスの構造が魔法で変わってる?)


 ホノカ自身が意識しているわけではない。

 より強い炎を、爆発を起こそうという気持ちが、自然に周りの気体を変異させているようだ。

 これが、使いこなした魔法の力なのかと少し畏怖しながらも、ホノカは構える。

 この場を生き残り、やらなければならないことを成すために。


 狼の遠吠えと共に雪面から伸びる氷のトゲ。

 ホノカは光の翼を羽ばたかせ、飛び退くことでその攻撃を回避。

 追うように放たれる対空砲のような氷柱つららの連射を、そのまま空中で身体を翻しながらかわしつつ、吹雪の中に敵の姿を確認する。


(二度と立ち上がれないくらいの、大きな一撃を……!)

 

 そう心の中で決意したホノカは、自分の背後へとガスを固め点火。

 爆風の勢いにのって、氷の狼へと急降下した。


「はあああぁぁぁっ!!」


 空中で何度も爆発を重ね、更に加速。

 流石に接近に気づいた敵が、その場を飛び退いた。

 ホノカはそれに合わせるように、地表スレスレで落下速度を殺すように爆発を起こし静止。

 直後に自分を敵へと押し出すように、特大の爆発を背後で生み出した。


「イグナイト・ブレイカァァァッ!!」


 爆風を背に受けた速度から放たれる、蒼い炎を纏った機械篭手ガントレットによるパンチ。

 速度と重量に熱エネルギーが乗った渾身の一撃は、まるでガラス細工を破壊するように氷の狼を粉々に吹き飛ばした。


 雪の上に着地し、機械篭手ガントレットが放熱のために蒸気を吹き出す。

 同時に起こし主を失った吹雪が止み、晴れ渡った人工の空。

 その青々とした輝きは、まるでホノカの勝利を祝っているようだった。


「……そうだ、リンさん!」


 勝利の余韻に浸りたい気持ちを抑え、リンの亡きがらへと駆け寄るホノカ。

 胴体を氷柱で貫かれ、血を流している彼女をどうしたらよいか考えていると……不意にリンの目が見開かれた。


「痛っっったいですわぁぁぁっ!!」

「リンさん!? 大丈夫だったんですか!?」

「レス、レス! どうしたらいいかわかりませんので、部分的に任せますわぁぁっ!!」


 血で染まった雪の上をのたうち回り叫ぶリン。

 彼女の頭頂部から生えた目玉が「しょうがねぇなー」とやる気のない声を出してから数秒。

 刺さっていた氷柱が排出され、胴体の穴がふさがったところでリンがゆっくりと起き上がった。


「ぜぇ、ぜぇ……人間を辞めてませんでしたら……死んでましたわ」

「そういえば、レスと一体化してたんでしたね……」


 リンがホノカを庇ってから意識を失うまで、あまりにも劇的すぎて意識から外れていた。

 彼女はコロニー・サマーでレスに乗っ取られたときから、人間に擬態した液体生物となっていたのだ。


「とにかく、これで敵は倒せましたわね。吹雪も晴れましたし、修道院へと戻り……」

「戻るにはまだ早いよリン。あの狼ヤローの気配、まだ消えてねえぜ……!」

「え……!?」


 レスに言われて振り向くと、雪の中からツクモロズの核晶コアが浮かび上がっていた。

 それは周囲に積もった雪を次々と取り込んでいき、徐々に巨大化していく。

 ホノカは咄嗟にガスで導火線を引き、特大の爆発をあびせるが雪の巨大化は止まらない。


「キシャァァァオオォォォッッ!!」


 空気ごと震わせるような甲高い咆哮をあげる巨体。

 それはまるで、二本足で立ったキャリーフレームサイズの巨大な氷の狼。

 狼男のような前傾姿勢で鋭い氷の爪を光らせた巨大ツクモロズが、上からホノカを見下ろしていた。


「ホノカさん……どうしますの? 逃げますか?」

「いえ、ここで迎え撃ちます」

「冗談きついぜ、さっきの攻撃だって全っ然きかなかったってのによ!」

「勝つ算段なら……ありますから!」



 【5】


「吹雪が晴れた……? 今なら!」


 ナノハにフェイクを任せ、生命科学研究所へと走っていた華世。

 流石にコロニーの半分近くを移動するのは大変なので、ウィルへと通信を回せるタイミングをはかっていたのだ。


「ウィル、ウィル! 時間通りならもう着いてるわよね!」

「華世! すごい吹雪で出られなかったんだけど……大変なんだ!」

「大変?」

「さっきホノカちゃんの機体が勝手に出て行っちゃってさ……俺どうしたらいいか」


 確かに彼の言っていることは大問題だ。

 けれど、華世はいまそれに気を配る余裕はなく、「放っておきなさい!」と食い気味に返答した。


「でも……」

「でももしかしもない! ウィル、あたしの位置を送るから迎えに来て! あんたのエルフィスならすぐでしょ!」

「脱出するのかい!?」

「逆よ、攻めに行くの……!」



 ※ ※ ※



「勝つ算段なんて……あの巨大なツクモロズにどうやって対抗するつもりですの?」

「なんとなくわかるんです……フェアリィが来てるって!」

「フェアリィ? あっ……!」


 リンが震える手で上空を指差す。

 その指差した先では、巨大化した狼ツクモロズが真っすぐにこちらを見つめていた。

 標的を見つけたと言わんばかりに、氷でできた牙をむき出しにしながら巨大な腕を振り上げる。

 その時だった。


「来てくれた……私の〈オルタナティヴ〉!」


 黒い装甲に包まれたキャリーフレームの足が、巨大な狼の横っ面を蹴り飛ばす。

 バランスを崩した敵が公園の木々をなぎ倒しながら倒れる中、巻き上がった雪煙を背景に〈オルタナティヴ〉がホノカの目の前に降り立った。


『お迎えに上がりました、マスター』

「ありがとう、フェアリィ。よく私の望んでいることが分かったね?」

『増大したあなたの魔力が、私をここへと呼び寄せましたから』


 やっぱり、とホノカはほくそ笑んだ。

 この〈オルタナティヴ〉というキャリーフレームが、ホノカしか動かせなかったわけ。

 それはこの機体が、経緯はどうあれ搭乗者の魔力を介して動いているということだった。

 これまでの操縦の中で、神経接続を超えたマシンとの妙な一体感を感じていたホノカ。

 魔法少女としての覚醒を経て、それは確信へと変わっていた。


 強い想いで呼べば応えてくれる。

 それが特別なキャリーフレーム〈オルタナティヴ〉の真の力だったのだ。

 ホノカは階段のようになったコックピットハッチを登りつつ、リンへと手を伸ばした。


「一緒に乗ってください、リンさん!」

「わ、わかりましたわ……!」


 二人で乗り込み、ホノカはパイロットシートへと腰を下ろす。

 機械篭手ガントレットを外して座席の左右に引っ掛けてから、魔法少女姿のまま操縦レバーを力強く握りしめる。


『搭乗者の魔力接続を確認。回路へのバイパスを開始します』

「フェアリィ、ハッチ閉じて! 〈オルタナティヴ〉、フルパワーッ!」


 フットペダルを踏み込むと同時に、正面で起き上がる敵への意識を固める。

 自分の力をもって倒すという確かな意思が、機体へ流れる魔力となってキャリーフレームの力となる。


「装甲の色が……!」


 この〈オルタナティヴ〉を包み込む真っ黒だった装甲。

 それは今、ホノカの魔力からエネルギーを得て燃えるような赤色へと変異していた。


『〈オルタナティヴ〉、出力90%』

「それだけあればいけるはず……! 行くよ!」


 ホノカのイメージを受け取ったキャリーフレームの腕が、腰部にマウントされていた実体剣を握りしめる。

 直後、燃え上がるように炎を纏う刀身。

 キャリーフレームに乗ることでサイズが互角となったツクモロズへと、飛び込みながらの斬撃を放った。


「ギャオォォォォン!」


 相手もむざむざ切られてはくれない。

 巨大な氷の腕で剣を受けとめ、冷気と炎がぶつかることで尋常ではない水蒸気がジュウウという音とともに発生する。


「私は、華世ほど戦えるわけでも……内宮さんほど操縦が上手くもない……けど!」


 剣を押さえつけようとする氷の狼、その土手っ腹を〈オルタナティヴ〉が蹴り上げる。

 怯んだ相手であったが、倒れると見せかけ腹部から無数の氷柱ツララを発射してくる。

 ホノカはすぐさま盾を構え、その表面から発した熱線で氷の攻撃を一瞬にして蒸発させた。


「私には、魔法少女としての力と……ラドクリフ隊長たちに鍛えてもらった操縦技能があるっ!!」


 なりふり構わなくなったのか、氷のツクモロズが身体の側面から無数の腕を伸ばしてきた。

 反応が遅れ、〈オルタナティヴ〉の四肢が掴まれ身動きを封じられる。

 けれども、ホノカはほんの少しも動じてはいなかった。


『ツクモロズのコア確認』

「その2つを合わせることが……私だけの、強さだァァァっ!」


 叫びながら、先程外した機械篭手ガントレットを再装着。

 勢いよくコックピットハッチを開け、飛び出すホノカ。

 空中で幾度も背中へと自らの爆風を受けて加速。

 フェアリィが示した位置に見える核晶コアへ向けて、一気に突撃する。


「今度こそ逃さない! イグナイト・ブレイカァァァ!!」


 勢いの乗ったホノカの拳が、分厚いツクモロズの身体を打ち貫く。

 そして核晶コアを粉砕し、そのまま反対側へと貫通。

 人間ひとり分の空洞が開いたツクモロズから飛び出し、着地するホノカ。

 同時に核を中心に大爆発が起こり、巨大なツクモロズの身体は粉々に砕け散った。


「やりましたよ、せんせい……!」


 師を倒した相手を倒す。

 復讐ではなく、恩師を超えることによって悪を砕いた。

 それは、ホノカにとって誇らしい事実だった。

 達成感を噛み締めながら、ホノカは宙を飛び〈オルタナティヴ〉のコックピットへと帰還する。


「か、勝ったんですのね……!」

「はい! これもリンさんのおかげです」

「そんな、わたくしは何も……」

「リンさんが居なければ、私は諦めてしまってました。あなたの言葉が、私の力を呼び覚ましてくれたんです」

「そう、ですわね……! ホノカさん、このままここへ居ては目立つのではありませんか?」

「そうですね……あっ!」


 リンに言われて、V.O.軍の識別を出した無数の反応がレーダーに写っていることに気がついた。

 このままでは街が戦場になってしまう。

 それを避けるためにも、ホノカは機体の移動履歴を参照。

 ウィルが密かに運び入れた輸送艇があるだろう場所へと、一目散に逃げ出した。



 【6】


 もうどれくらい戦っただろうか。

 無尽蔵にツクモロズによって生み出されたキャリーフレームを吐き出す〈戦艦級ツクモロズ〉。

 ビーム・ライフルで貫き、セイバーで切り裂く。

 〈エルフィスサルファ〉の翼から放つ光線の嵐を浴びせても、敵は次々と湧いて出てくる。

 共に戦う仲間たちも、無数に現れる敵機に押しつぶされそうになっていた。


『くっ……! このままやと終いやで!』

『おい内宮、さっさと戦艦を落とせないのか!?』

『隙間をぬって攻撃はしとるけど……!』


 そんな通信を聞きながら、咲良もまたビーム・スラスターの収束ビームを戦艦へと放つ。

 しかし巨大な魔法陣にも見える障壁がビームを妨げ、かき消してしまう。

 けれども、攻撃が完全に防がれているわけではなく、僅かに貫いた光線が光の尾を宇宙空間に伸ばしていた。

 そして、この問題に対する解決法も裏で動いている。


『キャリーフレーム隊、直ちに本艦の射線上より退避せよ!』

「遠坂艦長、わかりました!」


 通信に応じて戦闘を中断する咲良。

 母艦である〈アルテミス〉への帰艦ルートに乗りながら、追ってくるキャリーフレームをビームで牽制する。


『空間歪曲砲、発射!』


 直後に〈アルテミス〉の艦首から放たれる、半透明のエネルギー砲。

 宇宙空間に走る歪みそのものであるそれは、先程まで咲良たちが戦っていたキャリーフレームを次々と飲み込んでいく。


「すごい……!」


 特殊なビームに飲み込まれた敵機体は、その中で空間ごとグニャリと曲がっていき、やがて崩壊。

 直後にエネルギー機関が暴発したのか、赤い閃光を放つ花火へと変貌していった。

 キャリーフレームを飲み込みながら進む空間歪曲砲はそのまま〈戦艦級ツクモロズ〉へと到達。

 一瞬こそ魔法陣によって防がれたかに見えたが、そのまま戦艦まるごと空間の歪みに飲み込まれていった。


 そして、キャリーフレームのものとは比較にならない大きさの爆発が敵戦艦から発生。

 眩い光が収まった後には、もはや細かい残骸以外何も残っていなかった。


「艦長も人が悪いですね〜。こんなにすごい武器があるなら最初から使ってくれれば……」

『葵少尉。この兵器は本来、地球人類が対処できない驚異へのものなのだ。相手がツクモロズゆえに許された発射だと覚えておいてほしい』

「はい……」


 シリアスな低い声でそう話す艦長の言葉に、咲良は思わず二つ返事。

 とにかく、この場はようやく収まった……と次の通信が入るまでは思っていた。


『艦長! オータム周辺宙域にて所属不明艦が多数出現! 集結中のアーミィ部隊が攻撃を受けています!』

『なに……! 艦種の照合は!』

『……先程のツクモロズ戦艦に酷似しています!!』



 ※ ※ ※



『ウィィィリァァム!!』

「くっ、フルーレ・フルーラか!!」

「毎度毎度……しつこい女ねぇ」


 現れるやいなやビーム・セイバーを振り下ろしてきた〈ニルヴァーナ〉の攻撃を、とっさの変形から同じくセイバーで受け止めるウィルの〈ニルファ・リンネ〉。

 連絡を受けて華世を拾い、機体に乗せた矢先の襲撃だった。


「ウィル、このまま街の上で戦うのはマズイわよ」

「わかってる! このまま研究所に突っ込むしかない……!」


 ウィルの素早い手付きで再度〈ニルファ・リンネ〉が戦闘機形態へと変形し、バーニアを全開に加速する。

 その後をすぐに追ってくるフルーラ機と共に、ものすごい勢いで街の上空をかっ飛んでいく。


「研究所に突っ込むって……窓から機体ごと突入なんて言わないわよね?」

「あの施設には資材搬入路から繋がる、コロニーのアーマー・スペースのような空間がある! そこでなら充分に戦えるはずだ!」

「あるはずって、その情報はどこから?」

「わからないけど……この機体にインプットしてあった。もちろん華世、君の送り届けも忘れちゃいないさ!」


 ピピピという警告音がすると同時に機体を捻りつつ人型へと変形させるウィル。

 そのまま、コロニー内だというのに放ってきたフルーラのミサイルをビーム機銃で速やかに撃墜。

 迎撃で速度の鈍った〈ニルファ・リンネ〉へと追尾レーザーが放たれるが、目にも留まらぬビーム・セイバーの太刀筋がそのすべてを弾き消す。

 そのまま〈ニルヴァーナ〉へと牽制のビームをお見舞いしてから、再び戦闘機形態へと変形し加速した。


「つくづく、あんたも大したものねぇ」

「お褒めの言葉どうも! そろそろ下ろすよ!」

「……この速度で射出なんて、あんたじゃなきゃ許さないわよ」


 ついに目の前に見えたコロニーの端。

 そしてコロニー内壁から道路で通じる大きな四角い入り口へと、〈ニルファ・リンネ〉が戦闘機形態のまま突入する。


「絶対に……絶対に君を迎えに来るからね!」

「当たり前でしょ!」


 駐車場のような空間に入ったウィル機は、そのまま少しだけハッチを開放。

 華世はその隙間から身体を乗り出し、機体から飛び降りた。


「こんっのぉぉぉ……っ!!」


 体制を整えつつ、義足足裏から伸ばしたナイフと斬機刀をアスファルトの床面へと突き刺し、ブレーキをかける。

 そのさなか華世の側を、ウィルを追うフルーラの機体が通過。

 風圧でバラバラになりそうな感覚を無理やりこらえ、華世は十数メートルほどの距離をかけてやっと停止した。


「……ふぅ、我ながら無茶やるわ。さぁて」


 この空間に足を踏み入れたときから膨らんでいた違和感が、しっかりと輪郭を帯びる。

 こんなに広大な駐車場なのに、使われているはずの施設だというのにひっそりと静まり返っている。

 情報によれば、ここに華世の両親、そして故郷の仇がいるはず。

 なのにまるで誰もいないかのように静かな空間は、やけに片付けられた綺麗さがあるのも含めて不気味だった。


「……このクソ広い施設のどこにいるのかしら。うっ…!?」


 突然、全身を逆撫でるような不快感が華世を襲った。

 まるで特定の場所へと導くように、妙な気配が一方向から感じ取れる。

 

「呼んでる……? このあたしを……!」


 感覚の赴くまま。

 導かれるままに、華世は正面に見えた階段へと駆け出した。



 【7】


「ここは……!?」


 天井の低い駐車場を抜けた先。

 白い壁面に囲まれた、だだっ広い空間にウィルは入り込んでいた。

 キャリーフレームが小さく見えるほどの、広大なドーナツ状の通路。

 そしてその中心には、まるで宇宙戦艦のエンジンのような物々しい巨大な装置が唸り声を上げていた。


『あっははは!! 足を止めるなんて、死にたいのぉっ!?』


 異質な光景を前に呆気にとられていた一瞬。

 距離を詰めたフルーラの〈ニルヴァーナ〉が人型への変形と同時に光の刃を振り上げていた。

 ウィルも〈ニルファ・リンネ〉を変形させビーム・セイバーで受け止める。

 しかし、ウィルの注意はどんどん唸り声を大きくする中央の機械へと向いていた。


「フルーラ、まずい! ここは……!」

『弱気なるなんてらしくないわねぇ! ウィリアム! 私の本気を、そんなに見たくないの?』

「本気だって……!?」

『いくわよ……リミッター解除!』


 そうフルーラが発言した直後、彼女の機体が視界から消えた。

 咄嗟に戦闘機形態への変形と、それに伴うスラスター位置の変化課程への全力ブースト。

 あまりにも鋭すぎる、〈ニルヴァーナ〉の放った一閃はギリギリの所で空を切っていた。

 距離を取ろうとバーニアを噴射させるウィルだが、〈ニルファ・リンネ〉の速度以上にフルーラ機は加速。

 正面に回り込まれてからの急速反転、流れるような変形からの斬撃がウィルを襲う。


「この速さ……フルーラ、君はクロノス・フィールドを切ったのか!?」

『さすがウィリアムね! 命を懸けた差し合いに安全装置なんて無粋でしょう!?』


 コックピットごとパイロットを保護するシステム、クロノス・フィールド。

 それをオフにすることにより、完成制御システムでも防げないほどの肉体への負担を無視した運動性を実現できる。

 そして、ウィルとフルーラは……。


『あなたも切りなさいよ! ウィリアムも私も、これくらいのGに押しつぶされるほど、ヤワに作られてないでしょう!!』

「そう……そうだけどっ!!」


 ウィルに迷う権利はなかった。

 このままクロノス・フィールドを解除しなければ、運動性に勝るフルーラへの勝ち目はない。

 そしてウィルには、生きて帰らなきゃいけない理由があった。


「俺は、華世を迎えに行くまで……!」


 素早い手付きでコンソールを操作するウィル。

 多重に出てくる警告文全てにイエスを押し、ついに〈ニルファ・リンネ〉のフィールドを無効化する。


「迎えに行くまで、負けるわけにはいかないんだぁぁっ!!」


 修羅と化した〈ニルファ・リンネ〉のカメラアイは、ウィルの気迫に呼応するように真っ赤な輝きを放った。



 ※ ※ ※



 静まり返った無人の廊下を、華世は歩く。

 時折まるで建物全体が揺れるような振動を感じるのは、別のところでウィルが戦っているからだろうか。

 そんなことを考えながら、華世は展望室と書かれた扉の前で足を止めた。


「この先に、あたしの仇が……」


 そう確信しているのは、これまで得た情報もある。

 しかし何より建物全体から感じられる妙な気配が、華世のその考えを肯定していたのだ。

 その感覚に、どれだけの信憑性があるだろうか。

 などとは考えられないくらい、華世は仇討ちという人生をかけた目的に突き動かされていた。


 斬機刀を片手で握ったまま、ゆっくりと扉を押し開ける。

 隙間から見えた展望室の中に見えるのは、背を向けたひとつの人影。

 華世は一気に部屋へと踏み込み、両手で斬機刀を構えた。


「……あんたが、あたしの故郷を滅ぼしたツクモロズね」

「よく来たね。葉月華世……」


 故郷、友達、そして両親の仇であろう人物が放った声に、華世は思わず目を見開く。

 聞き間違えるはずがない、しゃがれた声。

 

「そうとも、私が、私こそが……あなたの仇であるツクモロズですよ」


 ゆっくりと振り向くツクモロズ。


 優しくも威厳のある眼差し。

 歳の割にはシャキッとした立ち姿。

 そして……。


「そんな、どうしてあんたが……。いえ、あなたが……!?」


 思わず飛び出た言葉を、華世が敬語に直す唯一の存在。


「私は86代目ツクモロズ首領、ノグラス。そして人間としての名は……」

矢ノ倉やのくら……寧音しずね、先生……!」


 華世が義体へ慣れるためのリハビリで、面倒を見てくれていた人物。

 そして、斬機刀を始めとした刀剣術の学び手にして、宇宙体術を叩き込んでくれた師。

 矢ノ倉やのくら寧音しずねが、そこに立っていた。


「そんな……デタラメです、よね……!? 矢ノ倉やのくら先生が……あたしの故郷を……。それとも、誰かが先生に化けて……?」

「私が本物であるかは、あなたが一番わかっているでしょう。華世」


 認めたくない現実が真実であることを、矢ノ倉やのくらの言葉が突きつけてくる。

 発される声も、言葉も、そして体運びに気配。

 彼女の一挙手一投足すべてが、決して紛い物による真似事ではないことを語っている。


「ど、どうして……。それなら、どうして先生はあたしを鍛え……? いえ、なぜスプリングを滅ぼしたんです!?」

「華世、それを言うことはできないのよ。私はツクモロズで、あなたは魔法少女。その間に生まれるのは、逃れられぬ戦いだけ」

「嫌です……。あたし、先生と戦うなんて……」


(殺れ、奴は仇だぞ!)


 華世の心の中で、誰かが叫ぶ。

 思考の中がドス黒く染まり、闘争本能が掻き立てられる。


「ダメ……そんな言葉に従っちゃ……あたしは……!」


 自分の内から湧き出る衝動を抑えようとするが、絞り出されたか細い声は空へとかき消える。


「いい目を、するようになったじゃないか」


 パキパキ……と古枝の折れるような音とともに、矢ノ倉やのくらの皮膚が剥がれ落ちる。

 その下から現れたのは、邪悪を色にしたかのごとく紫色を光らせる、人間の骸骨。

 そして背中を包むケープが持ち上がり、第3、第4の骨の腕が顕となった。

 そして、4つとなった腕全てに握られるのは、4振りの斬機刀。


「そうだ、殺せッ! 故郷の敵である私をっ! それが華世、お前の使命のはずだっ!」


 骸骨に変貌し、もはや別人かのように声質が変化した矢ノ倉の声が、華世を突き動かした。


「逆らう……奴は……」


 降ろしていた斬機刀を握り直し、構える華世。

 溢れ出る憎悪で真っ赤に染まった視界に映るのは、倒すべき敵。


「八つ裂き、よ……!」


 自分の言葉を追い越すように、華世は矢ノ倉やのくらへと……いや、ツクモロズ・ノグラスへと飛び掛かった。



 【8】


 変形を伴ったビーム・セイバーの一閃。

 上下左右へと激しい揺さぶりを利かせたフルーラの猛攻を、ウィルは的確に捌いていく。

 飛び退くように距離を離したら、ミサイルの放射。

 流れ弾が中央の装置へと当たらないよう、ウィルは戦闘機形態のスピードを活用して弾頭を引き付けながらそのすべてをビーム・ライフルで迎撃。

 爆煙の向こうから再び迫りくる〈ニルヴァーナ〉の格闘戦に、再び人型へと変形。

 ビーム・セイバー同士がぶつかり合う閃光が、何度も戦場となった白い空間に瞬いた。


 完全に受け身となっているウィルだったが、それは狙っている勝ち筋のためであった。

 リミッター解除を伴った激しい攻防戦だが、決して無限に続けられるわけではない。

 加減速はもちろんだが、特に移動方向ベクトルの変更には多量の推進剤を消費してしまう。

 その推進剤切れを、ウィルは狙っていた。


(やっぱり……移動しているよな)


 フルーラの激しい攻撃をいなしながら考え込むウィル。

 思考を巡らせる要因は、レーダーに映る自機の座標のうち、コロニーからの相対座標の変化。

 戦闘機動によるものだけではない、例えるなら今戦っている空間ごと移動していると感じるのは、決して気のせいなどではなかった。


(施設全体が、コロニーから離れている……?)


 その理由までは思考を割く余裕がない。

 鬼神の如く攻めたてるフルーラの攻撃が、捌ききれなくなっていた。

 そうして訪れる、一瞬の判断ミスが招いた最悪の事態。

 フルーラが放ち、ウィルが迎撃しそこねたミサイル。

 その弾頭が、流れ弾が、ついに中央の大型装置へと突き刺さった。


 ──突き刺さってしまった。



 ※ ※ ※



 華世が振り下ろした渾身の一撃が、ノグラスの交差した2本の斬機刀で受け止められる。

 刃同士がぶつかり合う箇所から火花が散り、動きが止まった華世へと残り2本の斬機刀が挟み込むように両サイドから迫る。

 華世は受け止められている斬機刀に力を入れ、自身の体を持ち上げる支柱として飛び上がり攻撃を回避。

 空中で相手の刀身を蹴りつけ後方へと飛び退きつつ、義手から放ったビーム・マシンガンを浴びせる。

 けれどもノグラスは4本の斬機刀を巧みに振り回し、その光弾すべてを切り捨てた。


「甘いよ、葉月華世! それではこの私の核晶コアに触れることなどできぬ!」


 骸骨と化した上半身、その肋骨の中で脈動する正八面体を、ノグラスが指し示す。

 相手が恩師であることも忘れ、放たれた言葉も耳に入らない華世は、言葉を一つも返すことなく再び斬機刀を構え突進する。


 幾度となく金属同士が触れ合う音が、展望室へとこだまする。

 華世の放つ斬撃は、決して速度で劣るものではない。

 しかしノグラスの4つの腕、4つの斬機刀がそれぞれ意思を持っているかのように攻撃をいなし、ただ華世の体力だけを消耗させていく。


「どうした、華世! 私はお前の仇だぞ!」

「はあぁぁぁ……!!」


 もはや吐息か咆哮か。

 人の話す言葉にもならない声を上げながら、華世は攻撃を止めない。

 そこにあるのは作戦も勝ち筋もない、ただ我武者羅がむしゃらなだけの前進だった。


「お前でも私は殺せないか! 私の見込み違いだというのかね!?」

「…………」

「理性の欠片もない攻撃では、私は倒せんぞぉぉっ!!」


 全身を回転させつつの、竜巻のようなノグラスの反撃。

 咄嗟にバックステップで回避するが、華世の頬に横向きの傷が2つ入り、鮮血が宙を飛ぶ。

 けれども、ボタボタと流れ落ちる自らの血を顧みず、華世は斬機刀を構え直す。


「うあぁぁぁっ!!!」


 叫びとともに行うは、床を踏み抜きながらの跳躍。

 両手で柄を握り、斬るではなく突く構えのまま、人工重力に身体を載せる。


「華世……悪いがここま────っ!?」


 その瞬間、爆音とともに発生した振動がノグラスを襲った。

 よろめき、体勢が崩れたノグラスは3つの斬機刀を床へと突き刺し転倒をふせぐ。

 しかしそれは、華世の一撃を防ぐための刃を減らすことと同義。

 空中ゆえに振動を受けなかった華世は、そのまま無防備となったノグラスへと斬機刀を押し込む。


 パキィン……!


 渾身の一撃を側面に受けたノグラスの斬機刀、その刀身が跳ねた。

 同時に障害を失った華世の斬機刀が、ノグラスの核晶コアを貫いた。

 時が止まったように、静寂を取り戻す展望室。

 いま、少女の復讐は達成されたのだった。



 【9】


 ドクン、ドクン……と刀身越しに伝わった脈動の振動が、華世を正気へと引き戻す。

 戦っていた相手が誰なのかを改めて認識した華世は、思わず声を震わせた


「あ……あ……! 先生……!」

「ふふ……格好のつかない最後だったけれど……見事でしたね、華世」


 もとの声とはかけ離れながらも、優しさを伴った恩師の声に、華世は柄を握る手を震わせた。

 今、華世は初めて人間へと致命傷をあたえた。

 それも華世が唯一、敬語を話すほど尊敬している人物を。


「どうして……先生が……」

「あなたには……知る権利が、ありますね……」


 低くも柔らかな声で、ノグラスが語り始めた。

 何度も振動する展望室の中で。

 その最中にも、朽ちていく身体を崩していきながら。


「あの日、私達ツクモロズには……多くの魂が必要だった……」

「たま……しい……?」

「予定より遅いモノエナジーの溜まり……に業を煮やした、部下の凶行を……私は、止められなかった、のです……」


 ボロボロと朽ちてゆくノグラスの腕。

 背中から生えた腕がボロリと落ち、床の上で灰へと変わった。


「魔法少女の住まうコロニーの滅亡により……ツクモロズは勝利、しました……。けれども、私は……自由と引き換えに……重すぎる罪を背負った……」

「だから、あたしを……育てたの?」

「唯一の生き残りであるあなたに……生きる目的を与え、望む復讐を遂げられる力を教え、討たれる……それが、私ができる……精一杯の償いだった」


 勝手だ。

 勝手すぎる。

 華世は魔法少女ではなかった。

 ただ平和に生きる無辜むこの民、そのひとりの幼子に過ぎなかった。


 それが、ツクモロズの勝手な理由で親を殺され故郷を失った。

 誓った復讐も、鍛錬も、魔法少女になったことさえ、レールの上を進まされていたのか。

 これが、運命という言葉で片付けられてしまうのか。


「華世、あなたは……勝者、です。生きる資格があります……」

「ば、バカ言うんじゃないわよ……! あたしは、あたしは……!」

「どうか、あなたは……幸せ、を……」


 ついに、ノグラスの頭骨が崩れ落ちた。

 物言わぬ遺灰の塊となった恩師を前に、華世は内側から溢れる不快感に身を引き裂かれそうになっていた。


 初めての殺人への拒否感なのか。

 それとも恩師を自らの手で葬った悲しみなのか。

 はたまた、復讐を遂げたことで訪れた虚無感か。


 ぐるぐると激しく心の中を渦巻く無数の感情。

 賛美、否定、称賛、罵倒。

 いくつもの褒め称える声と、罵る声が耳鳴りのように脳の中をかき乱していく。

 心がバラバラになりそうな感覚に全身が支配され、頭を抱えて地に伏せる。


「ひどい、ひどいよ……」


 少女が復讐を誓ってから初めて流されたひとつぶの涙。

 それは床で跳ねることを許されず、流し主たる華世と共に爆炎の中へと消えた。



 ※ ※ ※



 連鎖的に起こった大爆発が、先程までいた白い戦場を真紅に染め上げる。

 鬼気迫るウィルの「爆発する、逃げろ!!」の声に、フルーラは入ってきた駐車場の狭い空間を〈ニルヴァーナ〉で飛行していた。

 後方から追うように共に逃げるウィルへと、フルーラは声を震わせる。


「知らなかったの……! 私、なにも……!」

『俺だって、まさか研究所そのものがコロニーから分離できる宇宙船だったなんて知らなかったさ……!』


 フルーラとウィルが戦っていたあの場所は、宇宙船のエンジン部だった。

 何の理由で飛び立ったかは定かではないが、稼働する動力炉へとミサイルが突き刺さってしまった。

 それはエンジンを駆動させる機関へのダメージにほかならず、それが引き起こすのはエネルギーの暴走。


 自分で引き起こしてしまった爆発から必死に逃げている間抜け。

 それが、いまのフルーレ・フルーラだった。


 背後を追ってくるように迫る爆発の炎。

 それに飲み込まれれば、キャリーフレームなどひとたまりもないだろう。

 迫る死の恐怖にさらされ、自分がいかに愚かだったかが痛いほど身に染みる。


「ウィリアム……私、バカだった……!」

『ああ、フルーラ。君も俺も馬鹿すぎた……でも、君がそれを認められたのは偉いことだよ』


 こんな状況を生み出した張本人を、決してウィルは一方的に叱責しなかった。

 それどころか互いが悪いということにしようとする上に、褒め言葉までくれる。

 ウィルからの褒め言葉……それは、フルーラの心を暖かくさせた。

 暖かくなった心に満ちる充足感。

 今まで穴が空いていたような気分が、すこしずつ埋まってゆく。

 そして、フルーラは自分が何を求めていたかを悟った。


「私……ウィリアムに褒めて欲しかったんだ……。上手だねって、凄いねって……だから、ずっと対抗してたんだ……」

『フルーラ……』

「今なら、ウィリアムの言ってたこと……わかるかもしれない。戦いが怖いってことが……」


 これまでクロノス・フィールドというゆりかごの中で戦っていたフルーラには、ウィルの言葉が理解できなかった。

 けれどもリミッターを解除し、初めて感じる隣合わせの死の予感が、フルーラを変えていた。 


「今だったら、私……ウィリアムの隣に、いれるよね……?」

『……そうだね、今の君だったら────』


 ウィルの言葉が止まる。

 いや、止まりつつあるのはフルーラの乗る〈ニルヴァーナ〉だった。

 同じ速度で後方を飛んでいたはずの〈ニルファ・リンネ〉が横並びになり、そして抜き去っていく。

 それが表すのは、機体の速度が落ちつつあるということ。


「推進剤がっ……!」


 激しい戦いで消耗していたリソース。

 ミサイルは尽き、ビームはエネルギーが切れかかり、そして推進剤はなくなりかけていた。

 何も考えずに動いていたツケが、フルーラへと突き刺さる。


 徐々に失速する機体。

 迫りくる爆炎の濁流。

 鳴り響くブザーが、フルーラの心を恐怖へと突き落とす。


「嫌、だ……! 死にたくない、死にたくないよぉ……ウィリアムゥゥゥ!」

『フルーレ・フルーラ……くっ!!』


 助けを呼ぶ声に、機体を人型へと変形させるウィル。

 自分を助けてくれるという一瞬の喜びが、瞬間的にその行為の果てに起こることを想起させ絶望へと変わる。


「ウィリアム……!?」

『俺って本当に……お人好しだな』


 フルーラの〈ニルヴァーナ〉の後方へと回り込んだ〈ニルファ・リンネ〉が、目いっぱいのミサイルを壁へと放った。

 一箇所で起こった爆発、その爆風と衝撃波が〈ニルヴァーナ〉を勢いよく押し上げる。

 崩壊しながらも瞬間的に急加速する機体、遠ざかっていく爆炎の嵐。

 けれども、いてほしいはずの存在は後方にすでにない。


『華世、ごめん……。迎えに行けそうにな────』


 ノイズと共に聞こえなくなる、ウィルの声。


 やっとわかりあえたのに。

 やっと褒めてもらえたのに。

 やっと気づいたのに。


「ウィリアムゥゥゥゥッ!!!」


 けれどももう、隣にいてほしい人はいなくなった。

 破裂するように爆発する研究所を後方に見据えながら、フルーラは大粒のナミダをこぼし続けていた。


「ううっ……ウィリアム……ウィリアム……!」


 何度呼んでも、返事は帰ってこない。

 爆発から投げ出された機体が慣性のままに宇宙を漂うのを防ぐためのブレーキが、消えていく爆炎をフルーラの視界から離してくれない。

 はるか遠くに見えるコロニー・サンライトの外壁が、太陽の光を反射する。

 鬱陶しいくらいに眩しいその輝きだったが、それはフルーラにひとつの気づきを与えてくれた。


「女の、子……?」


 フルーラが見たのは、ノイズだらけのモニターのひとつに映し出された宇宙に漂う一人の女の子。

 それは一糸まとわぬ姿なれども、淡い光の球体に包まれ、神秘的な輝きを放っていた。

 彼女を包む半透明の殻のような不思議なオーラ。

 流れるような金髪と、目を閉じながらも感じられる凛々しい顔立ち。

 それは、時々ウィルとの通信越しに顔を見ていたあの少女そのものだった。


 フルーラはコックピットハッチを開け、少女を機体の中へと機体の腕でそっと引き込む。

 気づけば、脱出劇の衝撃で機体はすでに片腕がもげ、頭部をひどく損傷し、両足に至ってはスクラップも同然の有様になっていた。

 裸のまま眠る少女を膝に載せたフルーラは、涙を拭ってコンソールを操作。

 受信相手を問わない、広域へのSOS信号を発信する。


「ウィリアムの代わりに……私が、この娘……を……」


 ふっと、フルーラの意識が遠くなる。

 ウィリアムとの激しい戦い、彼を失う脱出劇、そして神秘的な少女の救出。

 立て続けに起こった激しい感情の渦は、フルーラの体力を使い果たしていた。


 助けた少女と共に眠りについたフルーラ。

 彼女が機体とともにコロニー・アーミィへと回収されたのは、それから1時間後のことだった。


──────────────────────────────────────


登場戦士・マシン紹介No.


【マジカル・ホノカ・イグニッション】

身長:1.49メートル

体重:63キログラム


 魔法少女としての真の力が覚醒したホノカ。

 微弱な風を操るだけだった「風」の魔法は、気流だけでなく周辺の大気の組成をも変化させるものへと進化。

 燃焼効率の良い気体成分へと周囲の空気を変化させることで、青白く輝く高温の炎を発生させられるようになった。

 得意のピンポイント爆破も精度・威力ともに大きく増しており、これまた青い爆炎を伴う小さくも強力な爆発を起こして戦うことができる。

 爆発を自らの背、または足裏で起こしその爆風で加速する突撃技「イグナイト・ブレイカー」も習得。

 この技名は、サブカルチャー文化に染まったがためにホノカの中に生じた「技名を叫びたい衝動」が形になったものである。


 覚醒したことによって普通であれば最初から飛行に使うことのできる「天使の翼」も使えるようになった。

 また、魔法少女衣装もこれまでインナーとして着ていた魔法少女服と上着のシスター服が融合することで、雪のように白いシスター服へと変わった。

 後の研究で魔法少女の衣装が変化するこの現象は、魔法少女が属する文化や風土を魔法側が吸収したために起こったことだということがわかった。



【レイビーズ(神獣化)】

全高:9.1メートル

重量:不明


 氷で出来た狼型ツクモロズ、レイビーズが敗北のストレスによって神獣化した形態。

 四つ脚で歩行する狼そのものだった通常形態から一転し、狼男のように2本脚で立つようになった。

 もともとレイビーズそのものがツクモロズの中でもイレギュラーな存在であったが、神獣化によって人に近づくのもまたレイビーズのみに起こり得る事象である。

 その身体がどれだけ破壊されようとも周囲の氷雪を吸収して修復が可能。

 それどころか必要に応じて狼の姿すらも捨て無数の氷の腕を生やすなど、戦闘に関してなりふり構わない姿が見られた。

 透き通った氷の身体をしているがゆえに、弱点である核晶コアは外から丸見えとなっている。



【オルタナティヴ・イグニッション】

全高:8.2メートル

重量:16.4トン


 魔法少女として覚醒したホノカが乗り込んだことで、真のパワーを発揮したオルタナティヴ。

 真の性能が引き出されたことで、表面装甲に備え付けられていた電磁バリアーが駆動。

 それに伴い、装甲の色が漆黒から鮮やかな朱色を伴ったものへと変化した。


 もともと、この機体の動力炉は過去に来訪した異界人によってもたらされたいわば魔力炉と呼んで差し支えのない代物であった。

 しかし開発の途中で異界人の協力が得られなくなったことで、完成した魔力炉を起動できる人間がいなくなり、それが原因で「失敗作」として扱われていた。

 ホノカのみが操縦できたのも、魔法少女としての力をわずかに持つゆえであった。


 真のパワーが発揮されたとはいえ、元から装備していた武装は火力が向上した程度に留まっている。

 これは、装備している武装が元々、失敗作扱いされていたオルタナティヴの付属品として装備されていたもの故。

 


【ノグラス】

身長:1.6メートル

体重:不明


 華世の恩師、矢ノ倉寧音が86代目ツクモロズ首領としての正体を表した姿。

 両肩の後ろから二本の腕の生えた、四ツ腕の骸骨といった姿をしている。

 手に握る4本の斬機刀は華世が持つものと同じ物ではあるが、年季が入っているため華世のものよりやや脆い。

 4本の斬機刀を自在に操る刀剣術は、義手のサブアームを利用した四刀流剣術をそのまま取り入れている。

 


──────────────────────────────────────


 【次回予告】


 かくして、少女は復讐を遂げたが、失ったものは大きかった。

 皆が喪失感に打ちひしがれる中に起こる襲撃へと、ひとりの少女が立ち上がる。

 それは黒い衣装に身を包んだ、6人目の魔法少女だった。


 次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第32話「黒衣の魔法少女」


 ────新たな出会いと絆が、人々を奮い立たせる。

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