第23話「交錯する宇宙」
『ホノカの嬢ちゃん、敵を一匹も通すんじゃないぜ!』
「は、はい!」
警報が鳴ってスクランブル発進したのが5分前。
次のコロニーへと向かう巡礼の移動工程、その途中でホノカ達の乗る戦艦〈アルテミス〉はレッド・ジャケットの部隊による攻撃を受けていた。
仕掛けてくるのは、暗い藍色の装甲に真っ赤なバリア・ジャケットを羽織った量産機〈バジ・ガレッティ〉。
傭兵団レッド・ジャケットの象徴ともいえるカラーリングの機体に照準を合わせ、ホノカはパイロットスーツに通した手に力を込めた。
「当たってっ!」
黒い〈オルタナティブ〉の右腕、その甲に装備されたガトリング・ウォッチが火を吹く。
発射される弾丸に混じった
装甲に弾が突き刺さる火花が敵から放たれるとともに、小さい爆発が起こった。
『敵機へと命中を確認。損傷機は撤退行動を開始しました』
「よ、よしっ……!」
AI・フェアリィの報告を聞き、シミュレーター訓練の成果を実感するホノカ。
機体性能の高さと支援AIの支援というゲタを履いてはいるものの、一人で敵一機を対処できるくらいには操縦技能が成長をしていた。
ホノカが加えられた部隊の隊長機〈ブレイド・ザンドール〉
「ラッド隊長、敵が撤退していきます!」
『ようし、ザンドール隊は追撃を程々に引き上げだ。帰艦するぞ!』
「了解……あっ!」
振り返った先に浮かぶ母艦〈アルテミス〉。
その船尾にある巨大なメイン・ブースターが大きな爆発を起こした。
けれどもその周囲に敵の姿はなく、レーダーにも反応は無し。
見た目にはひとりでに起こった爆発に、ホノカの心拍数が一気に上がった。
「どうして……何でこんなにドキドキするの……!?」
目の前で起こった状況に、なぜか激しくなる動悸へとホノカはうろたえる。
理解できない感情に混乱の中、モニターに映ったノイズだけがやけに印象に残った。
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鉄腕魔法少女マジ・カヨ
第23話「交錯する宇宙」
◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■
【1】
「艦底の固定確認!」
「艦長! 〈アルテミス〉のスペース・オアシスへの停泊、完了しました!」
「よし、直ちにメイン・ブースターの修理を開始! 戦闘に出ていたパイロット達には休憩を命じさせろ!」
「はっ!」
コロニー・ウィンターを出発し、次の目的地へと向かう航路。
アーミィが封鎖している最短経路に引っかからないように取った、金星からかなり離れた大回りのルートを進む途中で、〈アルテミス〉は再びレッド・ジャケットの襲撃を受けた。
その襲撃そのものは小規模だったため、特に問題はない。
しかし敵が撤退行動に移った頃合いに、突如として船尾のメイン・ブースターが損傷。
推進装置にダメージを負ったまま旅を続けることもできず、最寄りの無人ドック──スペース・オアシスへと修理のために停泊したのだった。
「でも、ラッキーでしたね艦長ぉ。偶然近くにオアシスがあって」
「宇宙艦の不慮のトラブルに備えて作られた、くり抜いた小惑星の中に作られた無人停泊地。……けれどもユウナ、本当に偶然かしらね」
「どういうことですか?」
「艦長は敵の作戦ではないかと疑っているんだよ」
この〈アルテミス〉を擁するネメシス級戦艦、その全てには歪曲フィールドという防御機構が設けられている。
艦を包み読むように張られた透明なバリア・フィールド。
その実は膜にも見える境界線上を無限長へと引き伸ばし、飛来する射撃の有効射程を空間内で使い切らせる……という形で軽減・無力化する時空間制御技術によって生み出された特殊な防御壁である。
「先の敵の襲撃……こちらを攻めるにしては、やや戦力が過小でした。ですがメイン・ブースターの損傷は、外部からの攻撃によるものだったと報告が来ているの」
「歪曲フィールドを抜けて攻撃されたってことですか?」
「キャリーフレーム大の大きさは止められないから……気が付かないうちに内側へと入り込まれていたのかもしれない。何にせよ推進機の修理が済むまで、敵に体勢を整える時間を与えてしまうわね」
半日かあるいは数日になるかもしれない。
修理が終わるまでにブースター損傷の謎を解かなくては、今度は敵に
少なくとも中立の存在であるスペース・オアシスの中は攻撃される心配は無い。
発進後の再びの襲撃に備えるためにも、パイロット達の疲れは取っておくに越したことはないのだ。
※ ※ ※
ガヤガヤとメカニック達が、騒がしく走り回る格納庫。
乗っていた〈エルフィスオルタナティブ〉のシャットダウン処理を済ませたホノカは、リフトに乗って華世たちが待つ床へと降り立った。
「見てたわよ。なかなか操縦もサマになってきたんじゃない?」
「そうかな……? そういえば、さっきの戦いのとき華世はどこにいたんです?」
「艦内待機。また丸ノコ野郎が出て迷惑かけるわけにもいかないからね」
華世の言葉に、ホノカは巡礼の旅に出た初日のことを思い出す。
敵の指揮官機が持っていた丸い回転ノコギリのような武器。
その形状に故郷を奪われた際のトラウマを思い出した華世は怯え苦しみ、身動きが取れなくなった。
あのときはホノカの出撃で事なきを得たが、再び同じ問題を再発させるわけにはいかない。
そのための待機と聞けば、ホノカも
そんなことを考えていると、華世の後ろで彼女の袖を掴んでいたリン・クーロンが一歩前に出て口を開く。
「聞きました? 最低でも半日はここから動かないんですって」
「修理に時間がかかるんでしょ?」
「ですからわたくし……少しこの施設を見学したいなと思っておりますの」
「ここって……スペース・オアシスのことですか?」
「オアシスは宇宙を旅する人々の休憩所。けれどもわたくしは一度も見たことがありませんでした。せっかくですから、見聞を広めようと思っておりますの」
リン・クーロンはコロニーを統べる領主の令嬢である。
即ち、いずれは親のあとを継ぎ民のための指導者となる。
そのためにも知見を広げよう……という彼女の考えは、とても立派だった。
「……いけませんか?」
「んなわけないでしょ。護衛サマとしては、ついて行かせてもらうだけよ。ねっ、ホノカ」
「えっ? そう、そうですね!」
急に話を振られて狼狽えながらも、ホノカはリンへの同行に了承をした。
【2】
「オリヴァー兄さん、あれはあなたの差し金ではありませんかっ!?」
『差し金とは心外だよ、ジャヴ・エリン。君の
レッド・ジャケット艦艇ペスカトーレ級3番艦〈シューリンプ〉の通信室で、マイクに向かって声を上げるエリン。
けれども画面の向こうにいるオリヴァー・ブラウニンガーは涼しい顔で言い返した。
『我がクレッセント社との繋がり深いレッド・ジャケット。そのドラクル隊の
「ですが、なぜよりによってあの女を……!」
「ほーんと、手柄ばっかり意識しちゃってさ。あんたっておバカさんよねぇ」
背後の扉が開くとともに発される
ドラクル隊のユニフォームを着た少女が、カールを巻いた若葉色のくせっ毛を指で回しながら小馬鹿にしたような目でエリンを見下していた。
「フルーレ・フルーラ……!」
「そんな怖い顔で睨むことないじゃない? あっ、オリヴァーお兄様だ!」
「のわっ!?」
スキップ混じりの歩みでエリンを押しのけ、通信機を専有するフルーレ。
彼女はニッコリと明るい笑顔をカメラに向け、画面の向こうの兄貴分へと愛嬌を振りまきつつ、片側だけ結ったおさげをフリフリと揺らす。
『フルーレ・フルーラ、僕が与えた戦力は役に立ったかい?』
「はい、それはもうマシンもパイロットも最高って感じ! 特にあの子は、さすがグラフトシステムって感じですぅ!」
「あの子? 何の話だ?」
「そこの扉の陰に隠れてるヤツよ。ほら、ラヤ……スポンサー様に挨拶くらいしなさい」
フルーレが指差した先には、いかにも気の弱そうな、おとなしいという言葉が形になったような女の子が立っていた。
10代前半のフルーレよりも、更に一回り幼い外見。
「ラヤです、どうもです……」
画面に向けて一礼し、そそくさとフルーレの背中に隠れた彼女。
エリンは、このオドオドとした少女がとてもキャリーフレームを操縦できるようには見えなかった。
『作戦が難航するようなら追加の派遣も準備している。たが、ターゲットの艦には僕の愛しい娘も乗っているからね、はしゃぎすぎて沈めないようにしてくれたまえよ』
「わかってますって! それじゃあお兄様、吉報を期待しておいてくださいませっ!」
猫なで声での通信を終え、スッと笑顔から真顔に戻るフルーレ。
勝手にオリヴァーとの通信を切られたのもそうだが、なぜか主導権を握っている彼女の態度にエリンの苛立ちは高まっていくばかりだった。
「調子に乗るんじゃないよ、小娘どもが。僕の獲物を横取りしようと企てたところで……」
「獲物、獲物って、そんなに手柄が欲しいならくれてあげるわよ」
「んん? ではお前は何を企んでいるんだ?」
「私のターゲットはただ一つ……フフッ」
不敵な笑みを浮かべながら、録画された映像データを再生するフルーレ。
それに映るのは、コロニー・ウィンターにいる間者が撮影した、ツクモロズと空中戦をする一機のキャリーフレーム。
その機体が行う妙な動きに彼女の口元が緩みながらも、その目尻はつり上がっていく。
「ウィリアム、あなただけは私の手で……アハハッ………!」
※ ※ ※
「ウィルきゅん、どうしたの?」
「な、なんか寒気が……」
艦から降りるタラップを離れスペース・オアシスへと足を踏み入れながら、ウィルは急に感じた背筋の緊張感に思わず身を震わせた。
誰かが噂をしている……という予感なのかもしれない。
しかし、そんなマンガのような感覚を気にしても仕方がないと、タラップを降りてきた華世の姿を見ながら忘れることにした。
「華世も来るんだ?」
「お嬢様の護衛ついでよ、ウィル。それよりも……こんなにゾロゾロと降りて大丈夫なの?」
華世とリンとホノカの護衛トリオ、それからウィルとクリスティナ。
他にもレオンとユウナの兄妹と、ザンドール隊からも何人か。
かなりの大所帯が、すでにオアシスの奥へと向かっていったという。
残ったのが艦長副長と、それから修理をする整備班だけと聞けば、華世が少し心配をするのも理解ができる。
「だいじょぶ、だいじょぶー! オート・ドックにいる限りは、V.O.軍もレッド・ジャケットも攻撃なんてできないから!」
「クリスティナさん、なぜですの?」
「こういう無人の補給施設って、全ての宇宙艦のためにあるの。それを攻撃して壊した日には、その勢力は太陽系の敵と言っても過言じゃなくなるってこと!」
「なるほどね。確かに見境なく公共施設を壊すようなやつがいたら、宇宙艦の運用なんてできないってわけか」
宇宙という真空の空間は、空気とともにある生き物にとってはあまりにも過酷すぎる環境である。
その危険な空間の中で、事故や戦闘で危機に陥ることだって少なくない。
そういった状況でも安心して休める、どの勢力にも属さない人類共通の財産。
それが、ここを始めとして宇宙各地に建てられたスペース・オアシスなのである。
「修理が終わって外に出たら、また戦闘かもしれないからね! それまでパイロットはゆっくりするんだ」
「……だ、そうで」
「そう。……そらにしてもクリスティナだっけ? いい加減ウィルから離れなさいよ」
「なぁに、妬いてるの?」
「そういうわけじゃないけど」
「否定しないでよ……」
華世から真顔で無碍に扱われたウィルは、がっくりと肩を落とした。
【3】
「わぁ……!」
施設奥の休憩スペースに入るなり、感嘆の声を漏らすリン。
目の前には商業施設のフード・コートのような光景が広がっており、先に艦を降りたクルー達が広々とした席で食事を取っていた。
「おーい、嬢ちゃんたち! こっちに来なよ!」
フォークを握った手を振り上げ、席に呼び込む声を上げたのはラドクリフ。
華世はその声に従い、彼の席へとウィルたちを引き連れて向かう。
ハンバーグのような料理の横に食器を置いたラドクリフが、手のひらにコインを乗せて華世たちへと差し出した。
「君らはオアシス初めてだろ? ほら、コイツで好きなモンを食いな!」
「なにこれ……オアシス・コイン?」
「この中でだけ使える通貨みたいなもんさ。バーガー屋にラーメン、和食に中華、クレープやイタリアンまで何でもあるぞ!」
言われて見渡すと、確かに壁際の店は様々な看板とメニューが掲げられている。
しかしそのどれもに受付のようなスペースが見当たらなく、壁に埋まったように鎮座する機械だけが営業中と書かれたランプを点滅させているだけだった。
「……本当に営業してますの?」
「まあ、このテのオアシスなんてフルオートメーションが当たり前だからな。まあ百聞よりなんとかだ。試してみろよ」
一人一枚渡された銀色のコインを手に、試しに和食の店へと足を運んでみる。
すると壁の機械がブン……と低い音を立て、縦長のディスプレイに店員のような姿の3Dグラフィックが浮かび上がった。
『定食屋・
「へぇー……
コインが機械の中に落ちるガコンという音の後に、メニューが描かれたボタンを押す。
すると『注文の商品が出来上がるまで、しばらくお待ち下さい』と音声が発され、数分の後に機械横からトレーが滑り出てきた。
白く輝く皿の上に、湯気を立てて揚げたて特有のジュワッという音を鳴らすトンカツ。
青い文様の茶碗に載せられた真っ白なご飯に、器に入った味噌汁。
そして千切りのキャベツが乗った、見れば自然にヨダレの出る見事なトンカツ定食だった。
「わ、私も!」
「わたくしは、スパゲティにしますわ!」
「ウィルきゅんはどうする?」
「えっと……俺はラーメンでいいかな」
「じゃあ私もー!」
華世のトンカツ定食を見て、自分も早くあり付きたいとばかりに散り散りになるホノカ達。
華世がセルフサービスの水を人数分汲んでラドクリフの席に戻る頃には、それぞれが美味しそうな料理を手に戻ってきていた。
「「「「いただきまーす」」」」
みんなで手を合わせた後に、華世はソースをかけたトンカツを頬張る。
カリッカリの衣の中にホクホクの豚肉。
シャキシャキのキャベツと艷やかな白米が食欲をさらに加速させる。
「……かなりおいしいわね?」
「驚いただろ? これ全部、注文機の奥で機械が作ってるんだぜ」
説明によれば、ステーションと提携している食品会社や外食店が、持ち帰り用食品の製造機械をベースに調理マシンを設計。
企業秘密の様々なシステムを用いて、短時間で高クオリティの出来たて料理を出してくれる……という仕組みらしい。
「でも……ムグムグ、材料はどうするのよ? フルオートメーションといっても、仕入れは必要でしょ?」
「そこはそれ、オアシスの機械たちが不足した食材を自動で発注。注文された品物は輸送専門の船乗りたちの手によって、補給ついでに届けられるってわけさ。そして、さっきのコイン」
「あれはタダ……というわけじゃないでしょう?」
「買ったりもするんだが、施設の保守点検なんかの手伝いをすると、報酬代わりにもらえるのさ。立ち寄る艦のクルーたち全員が、このステーションを動かしていっってわけだ」
もちろん、専用の保守点検業者も居るのであろう。
しかし、ラドクリフの言うようにルールを守ることで互いに
の関係となる。
利用者がその道の熟練者ばかりとなる宇宙という環境を考えれば、これほど効率的な仕組みはないだろう。
女神聖教の相互幇助という言葉を思い出しながら、華世は味噌汁をすすった。
「あー美味しー。ところで隊長さん、ホノカの調子はどうなの?」
「調子?」
「キャリーフレームの操縦。腕は上がってるって見てて感じてはいるんだけど、隊長目線だとどうなのかなって」
「そうだなぁ、少なくとも酔っ払い運転は卒業したな」
「酔っ払い運転……」
未熟だった頃を酷い一言で言い表されて、チャーハンを食べる手を止め落ち込むホノカ。
けれどもラドクリフは気にせず、彼女についての知見を言い連ねていく。
「乗り始めて一週間足らずでここまで来れたのは大したもんだ。やっぱり生身で戦っている経験が厚いのが功を奏しているんだろう」
「キャリーフレームの操縦ですのに、生身の戦いが大切なのですか?」
「指先の神経を通して流し込んだイメージを元にキャリーフレームは動くからな。敵の動きに対して咄嗟に的確な動きを返せるのは、やっぱり身体に染み込ませた経験の為せる技ってわけだ」
存外に褒められたからか、照れながらスプーンを動かし直すホノカ。
華世は少なくとも彼女が役に立てていることを当事者から聞けて、ひとつ
「あとはそうだな、基礎はできているから……ここからは持ち味を出せると伸びるな」
「ラッド隊長、持ち味とは……?」
「ホノカ、お前なりの戦い方というものがあるだろう。体運びとか、攻撃に対しての反射的な行動だな。それがキャリーフレームで活かせられるようになれば、一人前だ」
「自分なりの戦い方……」
新たな宿題を与えられたホノカ。
彼女の手に握られ止まったスプーンは、その答えの難解さを言葉なく主張していた。
【4】
「……やった! フルハウス!」
「ああっ! わたくしはスリーカードでしたのに!」
「俺はツーペアだったよ。華世は?」
「またまたまたまた、
艦の修理が終わるまでの待ち時間。
食事を終え雑務作業を済ませた華世たちは、空いた時間にホノカの部屋でポーカー勝負に明け暮れていた。
しかし……。
「強い役の狙い過ぎではありませんの?」
「あたしは堅実派よ。他がワンペア止まりのときに勝てるようにツーペア狙いをずっとしてるの」
「だけど……さっきからワンペアすらできてないじゃないか」
「そうなのよウィル……もう何戦したかわからないけど、手元で揃った試しすらないわ」
不思議と華世に配られるカードは、数字が揃わず記号もバラバラ。
挙げ句捨てて引き直しても、ペアの1つすら出来やしない。
ずっと一人で最下位にい続け、華世の心は完全にシラけきっていた。
「……そういえば、秋姉たちとババ抜きとかスゴロクとかしても、必ずあたしが負けてたのよね」
「もしかして、勝負事に対して逆の天賦の才があるのでは?」
「ギャンブルしたら人生終わりそう……」
「ホノカ、あたしはそんなのしないから安心しなさい……あら?」
プルルと呼び出しの電子音を鳴らすモニターのボタンを押し、通信を繋げる華世。
画面に映ったレオンの顔に、華世はしかめ面をした。
「何よ?」
『無愛想だな、お前。もうすぐ発進するから、戦闘要員は格納庫集合だとよ!』
「了解。みんな、行くわよ」
華世の呼びかけで片付けを始め、部屋を退出する準備を始める面々。
私物の入ったカバンを廊下から自室のベッドへと投げ入れた華世の肩を、ウィルがトントンとつついた。
「華世も出るのかい?」
「艦内待機しても、出るタイミングが無かったからね。あんたのエルフィスに同乗するわよ」
「それは、嬉しいけど……」
「何よ。あたし一人守れる自信もないわけ?」
「守ってやるともさ。俺は華世を惚れさせるんだから……!」
「期待してるわよ!」
※ ※ ※
「艦長ぉ! キャリーフレーム以下、戦闘要員の準備、整いましたって!」
「よし。メインエンジン、始動!」
「メインエンジン、始動します!」
艦長・深雪が飛ばした指示の通りに動力が息を吹き返し、微細な振動が艦全体を震わせる。
戦艦〈アルテミス〉の発進シークエンスが進む中、副長カドラがサングラス越しに眼差しを向けた。
「敵の攻撃の正体については不明なままだけど……大丈夫なのかい?」
「フィールドと損傷の具合から、相手は補足されずに接近したとみえる。対空砲火を密にしキャリーフレーム隊で敵を足止めしていれば、取り付かれるのだけは防げるはず……」
「根本的な解決にはならないように聞こえるけどね」
「敵に対しての情報が少なすぎるからな。あとは出たとこ勝負で対策を講じるしかない。優秀なクルーたちならば、それが出来ると信じている……発進させろ!」
「わかった、これ以上は言わないよ。ブリッジ・シールド降ろせ、〈アルテミス〉発進!」
艦橋の窓の外側が防護シャッターで塞がれ、同時に窓代わりのディスプレイに正面の風景が映し出される。
スペース・オアシスのドックを外界から遮断する巨大な扉が横へとスライド。
遠くに金星が見える宇宙へと向けて、〈アルテミス〉が前進を始めた。
「エンジンの出力良好! 艦長、まもなくオアシス周辺の戦闘禁止領域を抜けます!」
「レーダーに感! 識別……レッド・ジャケット!」
「キャリーフレーム隊を出撃させろ! 対空砲撃開始! 味方に当てるなよ!」
「対空砲、オート識別をオンにし稼働開始! キャリーフレーム隊、発進してください!」
『了解、〈ブレイド・ザンドール〉ラドクリフ! 行くぜっ!』
『〈エルフィスオルタナティブ〉ホノカ・クレイア! 行きます!』
『〈エルフィスニルファ〉ウィル! 出ます!』
ユウナの指示を受け、次々とパイロット達の発進確認が聞こえてくる。
ラドクリフ率いる〈ザンドール〉隊が艦のやや前方に展開し、直掩へ。
性能に優れるエルフィス隊は、敵エース機が接近次第、個別に迎撃。
用兵の基本体制は整えられた。しかし……。
(目に見えぬ敵……。そのカラクリを見抜けなければ、危ないが……!)
【5】
レーダーに目をやり、敵がこちらと同様に母艦を守るような布陣をしていることを確認するラドクリフ。
敵に道の策がある以上は、持久戦は避けねばならない。
そう判断したラドクリフは、隊長として味方への通信回線を開き声を張り上げた。
「ザンドール隊は、艦から離れず距離を維持! 俺とホノカで連中の陣形に穴をあける! アーミィのゲスト連中も暇と自信があるならついてこい!」
『ラッド隊長、りょ……了解です!』
『よっしゃ、突撃だぜ!』
『ウィルきゅん、撃墜数は負けないからねっ!』
『は、はぁ……行きます!』
単機の性能に優れる、自機を含めた5機が敵からのビーム攻撃を掻い潜りつつ前進する。
母艦への直接攻撃を嫌った敵機の一部が、迎撃へとこちらへ接近する。
ライフルを構える前方の〈バジ・ガレッティ〉を対象に定めながら、ラドクリフはペダルを踏み込んだ。
「来やがったな、前掛け野郎! 俺の光学
機体の腰部の鞘から、黒光りするキャリーフレーム用の刀を抜き、正面に向けて構えながら敵へと接近。
発射された敵のビーム弾を刀側面のコーティング部分で弾き肉薄。
操縦レバーを力いっぱい握り倒した。
「チェストォォォッ!!」
一瞬の袈裟斬りが〈バジ・ガレッティ〉の耐ビームジャケットをバターの様に切り裂く。
そのまますれ違いざまに刃を返し、背部のスラスター部分をまとめて薙ぎ払う。
刃の表面に付着したオイルを一振りで払い、鞘へと納刀。
同時に、前と後ろから2度の斬撃を受けた敵機が爆発。
敵が
※ ※ ※
向かってくる〈バジ・ガレッティ〉へと照準を合わせ、〈ベロセルフィス〉の滑腔砲を発射するクリスティナ。
耐ビームに特化している敵機のジャケット装甲が、苦手な実弾の直撃を受けては後方へと下がる。
しかし、また後ろから無傷の敵が入れ代わり攻撃を仕掛けてくる。
「ちょっと、これじゃキリがないって! レオン、なんとかしてよ!」
『妹の見ている前だ。張り切らせてもらうぜ!』
隣の〈レオベロス〉がそう言うやいなや、宇宙空間だというのに4脚の獣形態へと変形。
頭部周りのビームタテガミを全開に唸らせ、吠えるように首をもたげた。
『雪ん中じゃ使えなかった必殺技だ! くらいやがれ、ハウリング・バースト!』
輝くタテガミ、それを発生させるビーム・ランサーの矛先が一斉に前方へと展開。
扇状に高出力で発射されたビームの波が固まっている敵機を包み込み、次々と爆発させる。
「やるぅ!」
『だろ! ……だがこいつは、エネルギーの消耗が激しいんだ。リチャージまで戦線維持はまかせたぜ!』
「待って、無責任ーーっ!!」
爆発の向こうから抜けてきた無傷の〈バジ・ガレッティ〉へと向けて、クリスティナは弱音とともに砲弾を発射した。
※ ※ ※
正面から接近しつつビーム・ライフルを放つ〈バジ・ガレッティ〉。
〈エルフィスニルファ〉を戦闘機形態へと変形させたウィルは、右へ左へと機体を揺さぶり、回避しつつ射撃を敵へと浴びせる。
放たれた光弾を耐ビーム性能の高いバリア・ジャケット装甲で受け止めた敵機は接近するウィル機を迎撃すべく、ビーム・セイバーを発振させる。
「格闘戦……! ならば、これでっ!」
振りかぶられたビーム・セイバーが〈エルフィスニルファ〉を捉える寸前に、変形命令を入力しつつペダルを踏み込むウィル。
戦闘機から人型へと移行する過程の脚部の動き。
的確なタイミングで噴射されたバーニア炎が敵の眼前で上へと機体をホップ。
そのまま頭上から背後へと回り込み、握ったビーム・セイバーが背中からバリア・ジャケットの間を走り〈バジ・ガレッティ〉を斬り抜ける。
続けざまに襲いかかってくる別の敵機。
発射されるビームを、ウィルは再度の変形からのキリモミ回転で回避。
その
そのうち片方が敵の手に持つビーム・ライフルの銃身を溶断。
被弾により暴発したライフルの爆発に〈バジ・ガレッティ〉が怯んでいる内に、もう一つのブーメランが機体頭部へと突き刺さる。
「とどめっ!!」
相手が仰け反った瞬間に反転し、戦闘機形態で一気に肉薄。
すれ違いざまに人型へと再変形し敵機の両腕をビーム・セイバーで切り裂き、〈バジ・ガレッティ〉をまた一機無力化する。
「やるわね、ウィル!」
「君が乗っているから、張り切ることだってできるよ!」
「ふふっ……ん? 次の敵が来るわ!」
「見たことのない戦闘機……? 新型キャリーフレームか!?」
モニターにアップで映された接近中の敵機体。
それはまるで、戦闘機形態に変形した〈エルフィスニルファ〉を思わせる姿をした可変キャリーフレームだった。
戦闘機ではない、と見抜けたのはひとえに明らかに腕部分になるであろう部位が確認されたためである。
けれどもその手に当たる部分には指の代わりに猛禽類のような鋭い爪が伸びており、手のひらに当たる部分も砲身の先にもみえる穴が空いていた。
『キャハハハっ!!』
「オープン回線で通信!? 誰だ!」
『ひどいじゃない、ウィリアム。私のことを忘れるなんてさっ!』
「その声……フルーレ・フルーラか!?」
『そう! この〈ニルヴァーナ〉であんたを狩り取ってやる者よ!』
高速で接近しながら、手の銃身から細長いレーザーを放つ〈ニルヴァーナ〉。
ウィルは戦闘機形態へと変形させ、その攻撃を回避しようとするもグニャリと曲がった光線が追いかけるように迫る。
「うああっ!?」
被弾の手応えにコンソールを確認。
右の翼に当たるプレート装甲の先端が、レーザーで焼き切られていた。
「当たったの!?」
「宇宙だから戦闘機動には問題ない……! けど〈ニルヴァーナ〉という名称といい、あれは……!!」
『そうよ、この子はそのニルヴァーナ・アルファの完成品! ウィリアム……今日こそ私の手で下してやるわっ!』
【6】
「このっ! ヒート・ウェイブ!!」
搭乗する〈オルタナティブ〉の盾を正面に構え、表面が展開され顕になった放熱ユニットを敵に向けるホノカ。
赤い輝きを放つ盾表面から、大熱量が光となって宇宙を走る。
けれども甘い狙いは直撃へと繋がらず、接近しようとする敵を追い払うにとどまった。
「はぁ……はぁ……! フェアリィ、状況は!」
『敵軍損耗率2%。現在ウィル機が高速機と交戦中』
「ウィルさんと華世が危ない……!?」
『警告、高熱源接近。方向、不明』
「熱源? きゃあっ!?」
警報の鳴り止まぬ前に、ホノカは機体全体の振動に思わず悲鳴を上げる。
急いでダメージのチェック。
咄嗟にペダルを踏んだのが幸いしたのか、機体肩部の表面装甲に傷が入った程度だった。
『うおっ! 何かに攻撃されてる!?』
『レオン少尉、何かって何!?』
『ホノカ、気をつけろ! 恐らく〈アルテミス〉のエンジンをやった奴だ!』
次々と入る仲間の報告に、冷たい汗が頬を伝う。
目に見えない敵。
殺意を持って近づくその存在に、恐怖が体を縛るように固めてしまっていた。
「ど、どうすれば……!」
『熱源接近』
「とにかく、かわさなきゃっ!」
シミュレーションで訓練した回避運動。
目に見えない敵へとデタラメに、その場を上下左右に機体を動かす。
ガクガクと揺れる外の光景。
一端に映る星々の光。
そこ輝きが不規則に動いた一瞬に、ホノカは気がついた。
「そこっ!?」
反射的に抜いた実体剣「フレイム・エッジ」の赤熱した刃が、何かを切り裂く。
黒い四角からはみ出るように飛び出した、装甲片。
外を映すモニターの一部がノイズを発し、その奥から白い機体が姿を表した。
『機体識別成功。機体名〈エルフィスアヴニール〉』
「〈エルフィスアヴニール〉!? あっ!」
名前の意味を考えようとした一瞬の内に、再び姿を消す〈エルフィスアヴニール〉。
ホノカは再び回避運動をしながら、母艦〈アルテミス〉へと回線を繋いだ。
「艦長さん! フェアリィが見えない敵の名前を特定しました! 〈エルフィスアヴニール〉って、何かわかりますか!」
『アヴニール……副長、覚えはあるか?』
『そうか、なるほどね。クレッセント社の資料で見たことがあるよ。開発中の電子戦機のコードネームが、アヴニールだった』
「電子戦機……?」
『キャリーフレームのコンピュータへ直接働きかけることで妨害を行う機体だ。なるほど……目に見えないわけだ』
副長の話をまとめると、どうやら敵機体はレーダーに映らない構造をした上で、キャリーフレームや戦艦のモニターに偽の映像を送り込んでいるようだった。
戦闘中は耐久に難がある窓越しに外を見ることなどまず無い。
すなわち外はモニター越しにしか見ないのだが、その仕組みをついて映像にハッキングをかけて視認できなくしているのだという。
『各機へ通達! 敵機体は電子戦機だ! レーダーと視覚を当てにするな! 注意せよ!』
『視覚を当てにするなって言ってもよお!』
『感覚で撃ちまくるしかないのぉ!?』
(映像が当てにできない……? もしかして!)
ピンと来たひらめきに、ホノカは自分の着ているパイロットスーツがちゃんと密閉されていることを確認する。
ひとつ、ふたつ深呼吸し、ロックを操作してコックピットハッチを開放。
すぐ正面を盾でガードさせながら、身を乗り出して左右を見渡す。
暗黒空間の〈アルテミス〉の放つ対空弾幕が流れる中に、たしかに〈エルフィスアヴニール〉の白い機影が見えた。
『ハッチが開放されています。危険です』
「間違いない、肉眼なら見える……! だったら!」
シートの背もたれに背中をぶつける勢いで腰を降ろし直し、ハッチを開けたままペダルを踏み込むホノカ。
加速のGで体が後ろに引っ張られる感覚に苛まれながら、正面に敵機を捕捉。
震える手で握るレバーを、思いっきり押し捻る。
(一発でも打たれたら死んじゃう……だけど、こんなことできるのは私くらいだから……!)
ラドクリフ隊長に言われた「自分らしさを出す」という言葉を思い出す。
経験でも技量でも劣るホノカが、他のパイロットより秀でていること。
それは、魔法少女に変身できるという能力そのものだった。
「覚悟ォーーっ!!」
右腕のガトリング・ウォッチの銃口を前へと突き出し、発射。
レオン機へと組み付こうとしていた〈エルフィスアヴニール〉が、回避のために後方へと飛び退く。
「速い……! けど格闘戦に持ち込めば!」
肉眼で見える機影を見失わないように正面に捉えつつ、コンソールを操作し使用火器を変更。
背部の砲身ユニット〈フレア・ランチャー〉が持ち上がり、トリガーの押し込みとともに炎を放ち唸り声を上げる。
飛び出した無数の火球が、敵の進行方向を塞ぐように拡散。
回避方向を変えようとスピードを落とした一瞬の隙に、ホノカはペダルを全力で踏みつける。
「走って、〈エルフィスオルタナティブ〉!!」
ぐんぐんと加速し、近づいてくる〈エルフィスアヴニール〉。
その左手が構えたビーム・セイバーを受け止めるように、右腕で敵の腕を掴む。
反撃にと振りかぶられた右腕も掴み止め、互いに機体の両腕をつかみ合う形で膠着。
けれどもホノカにだけ、その状態でも打てる手があった。
「ドリーム・チェェェェンジッ!!」
コックピットの中で変身し、パイロットシートを蹴って宇宙へと飛び出す。
身体全体が機体を離れたところで、背後を爆破して加速。
魔法少女パワーで敵のコックピットハッチへと突っ込み、熱した
「いっけぇぇぇっ!!」
密着して送り込まれる熱量に、コックピットハッチが歪み始める。
このまま攻撃を続ければ、パイロット保護のための「クロノス・フィールド」が発動するはず。
フィールドが展開されると、コックピットは外界との関わりの一切を断つ。
それすなわち、外へと操縦の信号を送ることもできなくなり、戦闘不能に陥るのだ。
ホノカは、それを狙っていた。
狙っていたのだが。
『ホノカ……お姉ちゃん……!?』
密着させた
聞き覚えがありすぎる声に、ハッと無意識に攻撃を止めてしまい、後方へと退く。
ホノカの目の前で開く〈エルフィスアヴニール〉のコックピットハッチ。
その奥に座っていた少女の姿に、ホノカは目を見開いた。
(そんな、どうしてラヤが……!?)
ラヤ・クレイア。
彼女はホノカが仕送りしている生まれ育ったクレイア修道院で暮らしていた、孤児の一人。
いつもホノカに懐き、子どもたちの中でもホノカに近い年齢だったため共に年少の子たちの世話をしていた女の子。
幼い子達に優しい微笑みを送っていた彼女が今、目の前にいる。
キャリーフレームのコックピットに座って、ホノカたちへと攻撃していた。
その事実に言葉を失うホノカへと、ラヤはヘルメットのバイザー越しに涙目を見せる。
『ホノカお姉ちゃんが、どうしてアーミィに……!』
その言葉に、反論をしたかった。
けれども魔法少女の身一つのホノカには、宇宙空間で音を伝える術はなかった。
無慈悲に閉じられる、コックピットハッチ。
ホノカが〈オルタナティブ〉のパイロットシートへと戻る頃には、拘束を逃れたラヤの機体は敵母艦の方向へと飛び去ったあとだった。
「……ドリーム・エンド」
変身を解除し、元のパイロットスーツ姿へと戻る。
一息ついてからコンソールを操作しハッチを閉じ、通信を繋ぐ。
「こちらホノカ……電子戦機の撤退を確認……」
『よくやった。これで敵は攻め手を失ったはずだ。直ちに帰投し本艦の護衛に当たれ』
「了……解」
通信を切ってから、コンソールに拳を叩きつけるホノカ。
無意識のうちに、敵……という言葉に歯ぎしりを立てていた。
「ラヤは敵じゃない……ラヤは……私の……」
敵として表れた家族の姿。
その光景を現実だと認めたくないと、思いながら。
【7】
追尾してくる光線の間をくぐり、機体を回転させながら回避に徹する。
そうしているうちにも後方から同じ速度で追ってくる〈ニルヴァーナ〉に、ウィルは完全に後ろを取られていた。
危険を承知で変形しつつのブーストをかけ、変則的な機動でブレーキをかける。
そのまま上方へ飛び退けば敵が勝手に追い越す形で背後を取れる、そう踏んでいた。
「引き剥がせないっ!?」
追い越した瞬間に同様の変形で速度を落とし、同時に反転して鋭い鉤爪を向ける〈ニルヴァーナ〉。
ウィルは咄嗟にビーム・セイバーを抜き斬撃を受け止め、爪と剣で鍔迫り合いの格好になった。
バチバチと、ビームの刃とビームコーティングされた鉤爪が反発しあい、激しいスパーク。
そんな中でも、通信越しにフルーラの声がコックピットへと響き渡る。
『ほんとあんたって、おバカさんよね! あんたが居ない一年の間にねぇっ! 私はあんたのマニューバ・テクニックを全部マスターしたのよっ!』
「フルーレ・フルーラ……その執念を俺に向ける理由は何だっ!」
『レッド・ジャケットを裏切って、女連れで飛ぶようなあんたに……負けられないのよぉっ!!』
もう片方の鉤爪が振りかぶられると同時に上方へと跳ね、同時に変形しつつ〈ニルヴァーナ〉へとビームを数発。
その全てを鉤爪で切り払った敵機は、再び戦闘機に変形し元のドッグファイトの構図へと戻される。
「ウィル……あんた、レッド・ジャケットだったんだ」
「ああ……軽蔑するかい?」
「あんたの心は知ってるつもりだから責めはしないわ。けど、あのフルーラって娘の執着心、ただ事じゃないわよ」
「……わかっているよ。だけど!」
華世との言葉を交わしつつ、後方から放たれるレーザー光線を回避。
敵に性能で上回られ、腕が同等な以上はウィルの勝ち目は薄い。
長期戦は不利を少しずつ拡大させ、やがて敗北へとつながる。
(華世に手伝ってもらえば、打開できるだろうけど……!)
可能ならば、接敵する前に華世を出しておくべきだった。
そうしなかった、できなかったのは突然の遭遇戦だったのもある。
それ以上に〈エルフィスニルファ〉に匹敵する運動性と、ウィルに等しい技量のパイロットとの対峙を想定していなかった。
そのどちらかが欠けてさえいれば、隙を見てコックピットハッチを一瞬開けるくらいはできる。
それをさせないことがフルーラの強さであり、ウィルにとっては危機だった。
「くっ……!」
なんとか不意を付こうと、ビーム・ダガー・ブーメランを放つ。
射出され、回転するビームの短刀が円を描き後方へと走り〈ニルヴァーナ〉を捉える。
けれども不意打ち気味に出した攻撃でさえも、変形マニューバーからの射撃で迎撃。
弾かれたナイフは帰還システムに則り、ニルファの腰へと舞い戻る。
通信を聞く限り、他の仲間は見えない敵との交戦中。
援軍は望めず、頼れるものは己の腕のみ。
激しい攻撃と追跡をするフルーラを、兎にも角にも引き剥がさなければ、活路は開けそうにない。
「ぐぅっ!?」
「また当たった!? 早くあたしを出しなさいよ!」
「左ウィング破損……! 駄目だ、こんな高速機動中に出したら、君の無事を保証できない!」
「でも、やらなきゃこのまま……!」
「守ると言った手前……危険には晒せないんだっ!」
『お熱いやり取りだこと! けどねっ!』
ビービーという警告音にレーダーを見ると、ミサイルと思しき熱源反応多数。
素早いレーザーとやや遅めのミサイル。
速度差のある2つの攻撃の重ね合わせは、まともに回避するのは不可能に近い。
レバーを倒し、ペダルを踏む足に力を込める。
進行方向の直上へとベクトルを急転換しながらの変形。
追尾のために大きく弧を描くミサイル群へと、頭部バルカンを掃射する。
「一つでも多く……落ちてくれっ!」
乱れ打たれた弾丸の雨に、次々と爆炎に消える弾頭の数々。
その中を掻い潜ってきたミサイルが、ウィル目掛けて煙の尾を引く。
変形、再変形、からのビーム・セイバー。
不規則極まりない直角運動を連続させながら、喰らいつかんとするミサイルをなんとか切り裂き、爆散させる。
「よし……! 処理しきった今なら、華世を……なっ!?」
ミサイルを処理しきり、ひと安心した一瞬の油断。
ウィルの目に映ったのは、機首部分から太い槍状のビームを伸ばし加速する〈ニルヴァーナ〉の姿。
キャリーフレームの全重量を載せた一撃は、受け止めようがない。
それでも変形も回避も間に合わない〈エルフィスニルファ〉には、ビーム・セイバーで受け止める以外の手立てはなかった。
「ぐぅっ……ああっ!!」
突進力が加わった鋭い突き。
出力でも速度でもパワーでも負けているウィルには防げるはずもなく、無慈悲に弾かれマニピュレータを離れる光の剣。
眼前で変形し、両手のレーザー砲の銃口を見せつけるように見せる〈ニルヴァーナ〉。
『
歓喜に溢れるフルーラの声を聞きながら、ウィルの視界はホワイト・アウトした。
自身の乗る〈エルフィスニルファ〉が爆発する音とともに。
──────────────────────────────────────
登場戦士・マシン紹介No.23
【ザンドール(ネメシス傭兵団仕様)】
全高:8.4メートル
重量:10.4トン
ネメシス傭兵団が運用するザンドール。
コロニー・アーミィが運用する緑色の装甲色とは違い、水色の塗装が施されている。
装備に関しては民間でも補給が容易い一般的なビーム・ライフルとビーム・セイバーを用いられている。
【ブレイド・ザンドール】
全高:8.4メートル
重量:11.2トン
ネメシス傭兵団のザンドール部隊長・ラドクリフが搭乗する指揮官機ザンドール。
腕や脚部などが格闘戦向きの頑強な部品で構成されており、ラドクリフの技量もあり文字通り敵の戦列を切り崩す役割を担えるようにカスタマイズされている。
ブレイドという名前は刀による格闘戦の他、額から斜め後ろに向けてまっすぐ突き出した隊長機特有の大型ブレードアンテナの2つが由来となっている。
カラーリングがネメシス傭兵団のチームカラーであるライトブルーに塗装されている。
武器としては手甲部分に着けられた固定兵装、三連装マシンガン。
両肩の内側に備え付けられたビーム・ショート・ガン。
他には名前の由来にもなっている、ビーム兵器を弾くコーティング加工がされた、光学斥層斬機刀を腰部に装備している。
この刀にはビームを弾くコーティングが施されており、ビーム・セイバーとの鍔迫り合いや、敵の放ったビーム弾を弾くことができる。
【バジ・ガレッティ】
全高:7.8メートル
重量:9.3トン
ドラクル隊仕様のガレッティ。
暗い藍色の機体色に真っ赤なバリア・ジャケット装甲は他のドラクル隊機体と共通している。
エリート部隊であるドラクル隊仕様には格闘戦用のビーム・セイバーも搭載されている。
【ニルヴァーナ】
全高:8.1メートル
重量:4.0トン
クレッセント社がエルフィスニルファの運用データを元に完成させた、エース向けの高性能可変量産機。
エースパイロットレベルの操縦の中では、武器の持ち替えという隙が生まれる行動が無駄と判断された。
そのため手の部分に追尾光線銃チェイス・レーザーと鉤爪メタル・クローを一体化させることで、手の役割を廃する代わりに戦闘に特化した作りへと変えられた。
また、変形時の機体後方にはオプション兵装としてマイクロミサイルポッド。
機首にあたる部分には高出力ビーム砲とも巨大ビーム・セイバーとも使い分けできるノーズ・ランサーが装備されている。
可変機特有の突進力が乗せられたノーズ・ランサー突撃は、並以上のキャリーフレームであっても防御・回避は困難である。
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【次回予告】
フルーレ・フルーラによってレッド・ジャケットの手に堕ちた華世とウィル。
度重なる拷問に苦しみの声を上げる華世の前に、オリヴァーが甘い誘いをかける。
その同じ時、フルーレもまたウィルへと取引を持ちかけるのだった。
次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第24話「愛が為に」
────愛の裏の憎しみが、人を狂気へ駆り立てる。
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