第24話「愛が為に」

 「華世が……〈エルフィスニルファ〉が未帰還、ですって!?」


 先の見えないキャリーフレーム、〈エルフィスアヴニール〉との戦闘を終えた後。

 集められた艦内の一角で行われる戦況報告会デブリーフィングの中で、リン・クーロンが信じられないといった声を出した。


 これまで数々の戦いにおいて、無類の強さを発揮してきたウィルと〈エルフィスニルファ〉。

 多少のピンチこそあれ、危機的状況までは一度も至ってなかった彼と、同乗していた華世の戦闘中行方MIA不明。

 それは、彼らと長く共にいるホノカ達にとっては、非常に辛い報告だった。

 報告を終えた遠坂艦長が、ホノカたちへと深く頭を下げる。


「エルフィスへと華世さんの同乗を提案したのは私です。……本当に申し訳ありません」

「か、艦長さんは悪くありませんわ! 頭を上げてくださいませ!」

「艦長さん、現代のキャリーフレームは撃墜されてもクロノス・フィールドによってパイロットの無事は担保されているんですよね?」


 平静を失いかけながらも、ホノカは頭の中の情報から言葉をひねり出す。

 時空間を停止する膜により、搭乗者の死を回避するシステム、クロノス・フィールド。

 たとえ機体ごと両断されても、コックピットブロックだけは残り、味方に回収されるまでの間は安全が保証される。

 そのために各機体の中には遭難時用の水や食料が数カ月分用意されている。

 事実、先程の戦場後にはラドクリフやレオン達が撃墜した機体のコックピットが、まだ浮いている。


 そのような仕組みがあるにも関わらず、行方不明になるのは不自然だ。

 ホノカはそう考えていた。

 しかし、その論理は副長カドラの言葉によって否定される。


「確かにクロノス・フィールドはコックピットを守る自動装置だけどね。戦闘不能だがコックピットにダメージを加えられていない……そんな絶妙なダメージを負った際は、機体ごと連れ去られる可能性があるんだ」

「ということは……華世とウィルさんは生きている?」

「連れ去られた先で危害を加えられていなければ、だけどね」


 生存の可能性の大きさに安堵する一方で、敵の手に落ちた華世たちの無事という新たな心配事が生まれる。

 ただでさえホノカは、敵として戦った相手が親類だったという衝撃の後である。

 内に秘めた事実を口に出せないまま、戦いの傷も癒えきらない〈アルテミス〉は、次の目的地コロニー・バーザンの目前まで進んでいた。


 


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       鉄腕魔法少女マジ・カヨ


        第24話「愛が為に」


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 【1】


 コンクリートむき出しの冷たい壁に囲まれた、薄暗い独房の中。

 明かりと呼べるものは格子の向こうの廊下からの光しかない場所で、華世は両手を壁から下がった鎖で繋がれていた。


 いつの間にか着せられていた、真っ白なロングスカートのドレス。

 最初は純白だったそれも、染み込んだ汗や体液で汚れ、原初の美しさは無くなっていた。


 身動きの取れない華世の前にいるのは、ジャヴ・エリンを名乗る青年。

 レッド・ジャケットの制服を着た彼は、もう何度目かもわからない質問を華世へと投げかける。


「さぁ、そろそろ白状したらどうですか? “CAB-ボックス”はどこにあるんですか? その正体は何なんですか?」

「だから……知らないって……、言ってる……でしょ……!」


「やれ!」

「はっ!」


 エリンの指示を受けたレッド・ジャケットの兵士が、華世の正面にある装置のスイッチを入れる。

 ブゥン……という低い駆動音と共に、華世の全身に走り始める激痛。

 外側からではない、例えるなら激しい頭痛の様な痛みが全身から響く。


「うあぁぁぁっ!? がぁぁぁっ!!?」


 そんな痛みに、華世も耐えられずに苦悶の声を上げてしまう。

 外傷を与えない、キレイな拷問。

 そう謳われている装置による苦痛は、痛みを加えられる当事者にとっては綺麗も汚いも関係なかった。


 痛みによって吹き出した汗と、肌という肌から漏れ出した体液が水音と共に床を濡らす。

 今日だけの拷問で、すでに大きな水たまりが出来上がっている。

 これまで気合で保ってきた意識がふっと薄れゆき、視界が真っ黒に染まり上がった。


「気を失いましたか……。次は三時間後に来ます。大元帥の娘で人間兵器がCAB-ボックスを知らないなど有り得ませんからね。それまでによく思い出しておきなさい」


 ガラガラと拷問装置の車輪を転がす音の後に、ガシャンと格子の扉が閉まる音。

 額に浮かんだ汗を拭うこともできず、華世は訪れた僅かな安息にフゥと大きなため息をついた。

 視線を右腕の方へと移し、人工皮膚が剥がされた義手を見て惨状を把握する。


(ご丁寧に義手からは武器と変身ステッキは外されてる……。義足は日常用のは武装なし。けど……)


 生身の方の目を閉じ、義眼のみの視界でシステムチェック。

 風景の中に表示されたログから、すべての機能がオンラインという結果を読み取った。


(目ン玉を引っこ抜くような真似をされなかったのは幸いだったわね。やろうと思えば鎖を切って脱走はできる。けど……問題はタイミングよね)


 脱獄する方法はあっても、今の華世は変身できないことも含めて丸腰である。

 下手に逃げ出しても、勝手のわからない敵施設内では武装した兵士を撒くこともできないだろう。

 万が一にでもステッキを取り返して脱出できたとしても、外が宇宙……つまりここが宇宙要塞か何かだったらアウト。

 キャリーフレームの操縦ができない華世は、機体に乗ってくる追手を振り切ることはできない。


 敵もバカではないから、一度脱走を許したら義眼は使わせてもらえなくなるに違いない。

 ステッキのありか、逃走経路、脱出の足……その全てがはっきりするまでは、身動きはできない。

 一度きりのチャンスを掴むためにも、今の華世にできることは意味不明の質問とともに行われる拷問を耐えることだけ。


(CAB-ボックスって……何なのかしら)


 今までの人生……沈黙の春事件で失った事件以前の記憶を入れなければ一度も聞いたことのない単語。

 口ぶりからするとレッド・ジャケット……あるいはその雇い主かつ同志のV.O.軍が求める何かであろうことは予想ができる。

 そして、それが大元帥であり華世の伯父・アーダルベルトにまつわるものであるという事も。


 しかし、それ以上に得られる情報は、恐らく華世もエリンたちも持っていないのだろう。


(CAB……CAはコロニー・アーミィだとしてBは何……? ボックスと後についているから……Bボックス? バック、ブラック、バスター……何が入っても何にでも捉えられる、わ……ね……ふわぁ……)


 痺れるような痛みの後遺症が取れゆく中、華世の意識は疲れによって招き寄せられた眠気によって、奪われていった。



 【2】


「満足かよ……お前は、これで満足なのかよ!!」


 両手にかせをはめられ、身動きの取れないウィル。

 その独房へと入ってきたフルーレ・フルーラへと、座ったままつばを飛ばさん勢いで食って掛かる。


 この施設に幽閉されてから、はや数日。

 連日のように離れた房から聞こえてくる華世の悲鳴を、何もできない状態で聞き続ける日々。

 無力感で溜め込んでいた悔しい想いを吐き出すように、ウィルは声を張り上げていた。


「やるなら俺をやればいいだろう! 裏切り者の俺を!」

「そんなに、あの娘のことが大切なんだ……」

「父さんがいるから、俺に手が出せないから華世を痛めつけているんだろう! 悲鳴を聞かせて、憔悴しょうすいさせる! それで、お前は満足しているんだろう!」

「満足なんて……してないわよ」


 吐き捨てるように、つぶやいたフルーレの声。

 この期に及んでまだ何かが足りないのか、とウィルは身構える。

 しかし彼女から出てきた言葉は、行動は、想像とはまるで違った。


「……ついてきて」


 手を差し伸べ、ウィルを立ち上がらせるフルーレ。

 そばに銃器を持った兵士をつけたまま、彼女は先導するように廊下へと出た。

 意図はわからないが、黙って従うのが得策だろう。

 鉛玉を喰らわないためにも、ウィルはフルーレの背中を追うように足を動かした。


 無骨な白い廊下を、右へ左へと導かれるままに進む。

 そうしてたどり着いた扉の先は、無数のキャリーフレームが立ち並ぶ格納庫だった。


「これは、俺の……エルフィス?」


 見上げた先に浮かぶ、見覚えのある頭部シルエット。

 そこだけ見れば先の戦いで破壊された〈エルフィスニルファ〉そのものであったが、胴体や腕部の外見は以前からかなり形を変えていた。

 それはまるで、フルーレ・フルーラが乗っていた機体〈ニルヴァーナ〉そのもの。

 状況が理解できないウィルの耳元で、フルーレが兵たちに聞こえないよう囁くように喋る。


(……表向きは私が乗る用として修理させたの。これであのエルフィスは〈ニルヴァーナ〉と同じ性能になったわ)

(何を……企んでいるんだ?)

(私は知らなかったのよ。あなたを連れ戻したつもりだったのに、あの娘が拷問されるなんて思ってなかった)

(罪の意識にかられて、助けてくれる……なんて言うんじゃないよな?)

(私は、あの勝利に満足していない。あなたの機体性能は〈ニルヴァーナ〉に劣っていたし、女連れだった。私の願いは一つだけ。条件を合わせた上で、真正面からあなたに勝ちたい)

(勝負だって……?)


 思いもよらない提案に、疑いの眼を向けるウィル。

 しかし、その視線を受けてもフルーレの目は真っ直ぐだった。

 鼻同士が触れ合いそうなほど互いに顔を近づけたまま、フルーレは小声で話す。


(私が勝ったら、あなたはレッド・ジャケットに戻ってもらう。もちろん、私が口添えしてあげるわ)

(俺が勝ったら……どうするんだ?)

(あなたが勝ったら……そうね、あの娘ともども助けてあげる。どう、いいでしょ?)


 脱走の目処もロクに立っていなかったところで、思わぬ助け舟。

 しかし、フルーレの言っていることの全てが信用できるわけではない。

 あくまでも彼女はレッド・ジャケットという組織のいち幹部にすぎない。

 その滅茶苦茶な提案が組織の意向に沿わなければ、どこかで約束は反故ほごにされるだろう。


 けれども勝負に乗れば、少なくともキャリーフレームに乗って外には出してもらえる。

 隙を見て逃走し、助けを呼べれば華世を救出することにだって繋がるだろう。

 ウィルはこの状況を打開する賭け、その足がかりにするために、フルーレへと了承の意を伝えた。


(一時間後、休憩に入ってここから人が居なくなるわ。そしたら迎えに来るから)

(……わかった)


 約束を終えたウィルは、再びフルーレ先導のもと独房へと戻る。

 白い廊下を歩きながら、ウィルは華世を助けるための決意を心の中で固めていた。



 【3】


 廊下の奥から人が歩いてくる足音。

 ギィ……と鉄格子の扉が開く音に、拷問の時間が早まったのかと華世は身構える。

 けれども、その視界に写った顔は……うっすらと見覚えのある顔だったので、驚いた。


「あんたは、確か……オリヴァー・ブラウニンガー」

「覚えていてくれたのかい、光栄だね!」


 嬉しそうに声を上げるオリヴァー。

 記憶が正しければ彼は、金星クレッセント社の御曹司。

 華世は前に一度、任務でその生命をテロリストの手から助けたことがあった。


 彼の背後では鋭い目つきの双子……赤髪のナンバーズ、リウシー・スゥとリウシー・リウが目を光らせている。

 その状況から、だいたいの事情を察することができた。


「あの二人……あんたがけしかけてたのね」

「父さんから預けられた懐刀だよ。あーあ……肌を傷つけられないようにと着せたドレスがドロドロじゃないか」

「これ、あんたの命令で着させたの?」

「君の美しい肌に傷でもついたら大変だから、物理的に痛めつけたらわかるようにという手配だったんだけどね。エリンのやつ、痛覚刺激波を使うなんて」


 彼の言葉通りなら、拷問はジャヴ・エリンが積極的に行っているもののようだ。

 そして、オリヴァーは華世への拷問を快く思っていない。

 そう情報を整理していた華世へと、オリヴァーが顔を近づけた。


「華世、君は美しい。僕のものにならないかい?」

「は? アンタのもの……ですって?」

「君が僕のものになったら、君がこんな目に合わないようにしてあげられる。そして、めいいっぱい幸せにしてあげるよ。どんな美しい衣装だって、豪邸だって、美術品だって君のために与えてあげるよ」

「おあいにくさま。お金には困ってない身分なのよ、あたしは。それに……あたしは戦わなきゃいけないから」

「かわいそうに……葉月華世という大元帥の娘を演じさせられているせいで、そういう使命感に駆られているんだ」

「……演じさせられている?」


 不意にオリヴァーの口から飛び出た、聞き捨てならない言葉。

 たとえ妄言の類だったとしても、信念を否定されたとあれば一言いい返さなければならない。

 彼の言葉を否定するための質問。

 それに対して、オリヴァーは哀れみの眼差しを華世へと向けていた。


「君と初めて会ったあの日からずっと、君のことを調べていた。そしたら興味深いことがわかったんだ」

「まるでストーカーね。それで、興味深いことって何よ」

「……君は、幼い頃に川で溺れたことを覚えていないんだろう?」

「溺れた……? あたし、沈黙の春事件より以前の記憶、持ってないのよ」

「けどね、君たちがももと呼ぶ桃髪の少女。彼女にはその記憶があったというんだ」

「え……」


 もも……華世そっくりのツクモロズ。

 色々あって家族となり、表向きは華世の生き別れの妹として暮らしている少女。

 彼女に……華世にはない、華世の記憶がある。

 デタラメにしては、妙に口調に真実味があった。


「8年前、君は6歳のときに川に転落し右腕に傷を負った。その記憶も傷も、ももという少女に存在するという記録があったんだ」

ももの腕の傷……確かに、一緒にお風呂に入ったときとかに気になってたけど」

「あの娘は、君の切り落とされた右腕から生まれたツクモロズなんだよ。そして、葉月華世という少女の心も宿している」

「そんな……デタラメを」


 考えないようにしていた疑惑が、解けていくパズルのように合わさっていく。

 事件以前の華世が、まるでもものように無邪気な性格だったこと。

 アーダルベルトがももに対して、心を許しているかのような言動をしていたこと。

 自分という存在を否定する材料が、決して無かったわけではなかった。


「仮に……君の右腕から生まれた彼女が、本当の葉月華世の心を持っているとしたら……君は一体何者なんだい?」

「うう…………」

「その強く、気高く、高潔な心は、精神は、魂は誰なんだろうね?」

「ち、違う…………」

「僕の物になれば、君をその心配事から救ってあげられる。僕の伴侶という人間として、新しい人生を始められるよ」

「あ、あたしは……」


 次々と信じがたい事実を浴びせられ、ぐわんぐわんと揺れる意識。

 その中で、華世は投げかけられる甘い誘いへの拒絶を固める。

 けれどもその決意は言葉として口から吐き出せず、ただただ現実を受け止められないかのようなうめき声としてしか外へと出せなかった。


 知らないはずの記憶……魔法少女やツクモロズに関する知識。

 最初からなぜか上手かった料理の腕。

 そして……周りから大人、大人と褒められた、心。

 華世の中に、自分の存在そのものを疑う暗い感情が、突き刺さった棘のように刻み込まれていく。


 自分はいったい誰なのか。

 この才能は、能力はどこから来たのか。

 そのことを考え始めると思考がループ。

 閉口したまま何十分も経つと、さすがのオリヴァーも華世へと背を向けた。


「あと数時間もすれば、またエリンが拷問をしにくる。僕としても愛しい君の悲鳴を聞くのは心苦しいからね。早く結論を出してくれることを、祈っているよ」


 そう言って、独房を立ち去るオリヴァー。

 彼のあとに付いて出る双子の少女。

 彼女たちが一瞬、華世へと向けた眼差し。

 そこからは、憎悪と嫉妬が入り混じったような殺気が放たれていた。


 一人ぼっちになり、再び静かになる冷たい部屋。

 その静けさが、華世にオリヴァーから与えられた情報を否が応でも理解させてくる。

 自分という存在への疑問。

 葉月華世の記憶と傷を持つ、ももという少女の存在。

 内宮千秋に助けられ、今まで生きてきた自分はいったい何者なのか。

 その答えが出ないまま、時だけがゆっくりと流れていった。



 【4】


「今回は、無事に礼拝が終えられてよかったですね」


 コロニー・バーザンの聖堂で巡礼の手続きを終えた帰り道。

 宇宙港の自動歩道に運ばれながら、ロザリオを眺めるリンへとホノカは言葉をかけた。


「確かに、ウィンターの時のように邪魔は入りませんでしたけれども……」

「華世たちのこと、ですか」

「おふたりの無事が確認できない今、巡礼を続けている場合なのかと考えてしまいますと……」


 巡礼そのものは、コロニー・クーロンを守るための行動である。

 けれどもレッド・ジャケットに身内をさらわれているというのに、彼女たちを救出する行動をせずに何事もなかったかのように旅を続けている。

 そのことがリンとしては耐え難い状況なのだ。

 それは、ホノカにも痛いほどよくわかっている。


「遠坂艦長が言ってましたよね、リン先輩。さらわれた先の場所も、どんな状況かわからなければ行動のしようがないって……」

「わかっていますわよ! わかっていますとも……」


「そんな暗い顔、してるんじゃないぜ」


 気がつくとたどり着いていた〈アルテミス〉のドック前。

 出迎えるように待っていたレオンとユウナにかけられた声に、リンはうつむく。

 

「そう言われましても、この状況では……」

「その状況を打破する時が来た、って言ってもダメか?」

「ふたりとも喜んで! いま、華世さん達が捕まっている場所が判明したのよ!」

「えっ……!?」

「詳しい話はあとだ。さっさと艦に乗れよ! 救出作戦を始めるぞ!」


 経緯がわからないままに、与えられた朗報。

 ホノカとリンは互いに顔を見合わせ、力強く頷いてからタラップへと向けて駆け出した。

 降って湧いたチャンスに、若干の困惑を含めながら。



 ※ ※ ※



「ウィリアム、時間よ。来なさい」


 静かに開けられた格子の扉。

 外から手招きするフルーレに従い、ウィルは独房を出た。


(次に華世が拷問される前に、なんとかできるといいけど……)


 格納庫へ向けてフルーレと共に廊下を進みながら、状況を整理する。

 あれから、華世の悲鳴は聞こえていない。

 すなわち次の拷問の時はまだ来ていないわけでもあるが、それがいつかはわからない。


 これ以上、華世に苦しい思いをさせないためにできること。

 それはフルーレとの決闘に手早く決着をつけ、キャリーフレームで離脱し助けを呼びに行く作戦。

 頭の中で動きをシミュレートし、うまくいくと自分を鼓舞。

 そうやって深い考え事をしていたら、急に立ち止まったフルーレの背中にドンとぶつかってしまった。


「ひゃっ! 何するのよ!」

「ご、ごめん……あ、格納庫」

「手、出して。外してあげるから」

「あ、ああ……」


 差し出した両手を繋ぐかせに、小さな鍵を差し込むフルーラ。

 パキンという音と共に、両腕が自由になる。

 動かせないままに凝った肩を回してほぐしていると、格納庫の一角に立っている一機の白いキャリーフレームが目に入った。


「フルーレ、あれは……?」

「え? ああ、あれはクレッセントが押し付けた欠陥品よ。火器管制FCSが機能してないから戦えないんだって」

「……まるで〈オルタナティブ〉みたいだな」


 まるで生き物の翼のように無数の可動ユニットが積層して形作られた翼。

 腕と一体化した射撃武器のような機構。

 腰から斜め後ろに降りた、レールガンのような兵装。

 強そうな見た目に反して、役に立たない欠陥機。

 それは〈アルテミス〉の中で眠っていた、今はホノカが乗る〈オルタナティブ〉を想起させた。


「早く乗りなさい、ウィリアム。あなた、自分の立場わかってるの?」

「ああ、ゴメン。すぐに乗るよ」


 フルーレに急かされ、すっかり姿の変わった〈エルフィスニルファ〉へと乗り込むウィル。

 パイロットシートに腰を降ろし、システムを起動。

 コンソール上に表示された機体名に、ウィルは眉をひそめた。


「エルフィスニルヴァーナアルファ・リンネ……? 輪廻ってことなのか?」


 勝手につけられた単語を頭に浮かべつつ、生まれ変わった愛機へと思いを馳せる。

 一年前にレッド・ジャケットを出奔しゅっぽんした時から、ずっと世話になっていたエルフィス。

 無人島暮らしをしていたときは、発電機代わりにしていたこともあった。

 華世と出会ってからは、彼女を守るための戦いで何度も乗り込んだ。


 もしもこの機体がツクモロズ化したら、ウィルに何を言うのだろうか。

 一方通行な好意でないことを祈りつつ、フルーレの〈ニルヴァーナ〉が立つエアロックへと足を運ばせる。


『ウィリアム、いい? 1、2の、3で宇宙に出たら……戦闘開始よ』

「わかった」


 後方の扉が閉まり、目の前のシャッターがゆっくりと開く。

 遠くに金星が浮かぶ宇宙の風景。

 今からここで、フルーレと戦うのだ。


『行くわよ、1、2の……!』

「3っ!!」


 合図と同時にペダルを踏み込み、同時に宇宙へ飛び出す〈ニルファ・リンネ〉と〈ニルヴァーナ〉。

 即座に両方とも戦闘機形態へと変形し、互いに距離を取る。

 そして人型へと変形し正面に見据え合い、ビームを放った。



 【5】


「葉月華世、尋問の時間ですよ」


 ギィ、と重い格子の扉が開き、痛覚刺激波装置を転がしながら華世の独房へと足を踏み入れるジャヴ・エリン。

 今回は随伴の兵は居ないようで、一人だった。

 約束の時間よりも一時間ほど早いあたり、彼の独断か。

 人を見下すいやらしい笑みを浮かべる顔へと、華世は睨みを効かせた。


「あれだけやられて、まだ反抗の意志が硬いのですか? アーミィの女はやはり野蛮ですね」

「…………」

「まあその意志も長くは保たないでしょう。僕は早く手柄を上げたいのでね。先ほどまでのような加減は効か……なっ!?」

「でぇぇいっ!!」


 エリンが拷問装置に手をかけた瞬間、華世は床を蹴って飛び膝蹴りを彼の顔面に向けて放った。

 頬を膝で撃ち抜かれたエリンが「ぐえっ!」という声を漏らし宙に浮いたところで、素早く両足で相手の首を挟む。

 そのまま両手を床についてエリンの身体を足で持ち上げ、頭から床へと叩きつける。


「ぐぎゃっ!? お、おのれ……いつの間に鎖を……がっ!」


 まだ意識のあったエリンの股間を雑に蹴りつけ、動かなくなったのを確認する。

 蹴りつける瞬間に、なぜか自分の股がヒュンとなる感覚に見舞われたが、気のせいだと流す華世。


「さて、と……」


 自分のこめかみを指でトントンと叩き、義眼のモードを切り替える。

 送られてきた施設の地図を表示し、描かれた脱出ルートを確認。


(まさか、こんなに早くチャンスが巡って来るなんてね)


 時は10分ほど前に遡る。

 機会を伺っていた華世の義眼へと、ひとつのメッセージが送られてきた。

 そこに記されていたのは、ネメシス傭兵団の皆がココへと向かってきていること。

 外でウィルが、あのフルーラと呼ばれていた女と決闘をしていること。

 そして添付されていた、脱出ルートが描かれた地図データ。


 メッセージの送り主の名前を見て、情報を信頼することにした華世。

 次に拷問のための人員が扉を開けた瞬間に脱走するため、義眼のレーザー機能で鎖を焼き切っていたのだった。

 もちろん、遠目に見てわからないように力を込めれば外せる程度に損傷させる形で。


「うわぁ、もうベッタベタで気持ち悪いったらありゃしない」


 汗まみれのドレスを動かして、房の外を覗き見。

 どうやら好き放題に拷問をやるために、エリンが人払いをしていたようだ。

 気絶している彼だけがいる部屋の中で、おもむろにドレスを脱ぎ捨てる華世。

 そのままベタついて汚れた下着も脱ぎ、一糸まとわぬ姿になってからエリンの着ている服を引っ剥がす。

 脱がせた上着とズボンに手足を通し、ホルスターごと銃を奪い身につける。


「男用だから胸がキツイのは仕方ないわね……」


 半端にファスナーが閉まらなかったので、華世は胸の谷間が見える形で着替えを済ませた。

 最後に倒れたままのパンツ一丁のエリンの腕を鎖で縛る。

 そして拳銃を義手で握り、義眼の照準補正機能をオンにしてから華世は独房を飛び出した。

 

「合流ポイントは……この先ね。むっ?」

「何だあいつは、脱走者か!?」

「殺すと後で面倒だし……これで!」


 偶然にも廊下を歩いていた敵兵に見つかり、突撃銃を向けられる華世。

 けれども冷静に拳銃を構え、義眼と連携した義手が自動的に照準を補正し、引き金を引く。

 放たれた鉛玉は握られた相手の銃に当たり、その衝撃は一瞬の怯みを生む。

 その隙に飛び上がり、体重を載せた浴びせ蹴りで敵兵の胴をなぎ倒した。


「がはぁっ!?」

「これ良いわね。借りるわよ!」


 拳銃をホルスターに仕舞うと共に吹っ飛んだ兵から突撃銃を奪い取り、合流ポイントに向けて曲がり角を曲がる。

 順調に目的地へと向かっていた華世だったが、立ちはだかるように待ち構えていた相手に足を止めた。


「リウシー・スゥ……だっけ、リウだっけ?」

「……マスターの邪魔は、させない」


 無表情で両手にナイフを握った、赤髪の少女。

 その存在の驚異は痛いほどわかっている華世は、彼女の手足を狙って突撃銃を構え、発射する。

 しかし放たれた弾丸は目にも留まらぬナイフさばきで弾かれ、壁や天井に穴をあけるだけだった。


「くっ……! つくづく人間じゃないわね!」

「マスターは……渡さない!」


 肉薄したリウシーの振るった刃が空を切る。

 いや、一閃は華世の持つ突撃銃の銃身を捉え、切り裂かれた金属の塊が中を舞った。

 壊された銃を投げ捨て、即座に拳銃に持ち替え構える華世。

 しかし構えるより早く、華世の前方から槍の鋭い突きが放たれたので、回避に徹さざるを得なくなった。


「もうひとりが来たっ!?」

「……始末する」

「大人しく、消えて」

「やられるわけには……いかないのよっ!」


 華世が握った拳銃から放たれた弾丸が、振るった槍に弾かれる。

 しかしその防御行動の隙に前進し、スライディングで二人の間を抜ける。

 双子が振り返る前に、少しでも距離を取らなければ。

 そう想う華世の耳元を投げられたナイフがかすめ、それに気を取られたことで足がもつれて転んでしまう。


「あぐっ!?」


 受け身を取ろうとして手から離れた拳銃が、床を滑って壁で止まる。

 その瞬間、飛んできたナイフに貫かれ壊れる拳銃。

 丸腰にされた華世へと、新たなナイフを握った少女と槍を握った少女が、一歩ずつ近づいてゆく。


「……あたしを殺したら、あんたのマスターが困るんじゃないの?」

「マスターに色目つかうあなたは……敵」

「いや、あいつが勝手に惚れただけだって!」

「マスターは私たちだけを好きでいればいい……だから」


 そう言って槍を持った方が構え、走り出す。

 立ち上がりはしたものの、逃げるには装備も距離も足りない。

 その時だった。


「葉月華世、こいつを使え!」


 廊下の奥から響いてきた声と共に、宙をまっすぐ飛ぶ赤い宝玉。

 それを受け止めた華世は急いでこめかみを二度たたき、義眼をレーザーモードへ変更。 

 義眼から光を放ち、目くらましをした。


「うっ……目が!」

「お姉ちゃん……!?」


「今のうちに……ドリーム・チェェェェンジッ!!」



 【6】


 乱れ飛ぶ追尾レーザーの嵐。

 ウィルはその隙間を戦闘機形態の〈ニルファ・リンネ〉ですり抜けつつ、ミサイルを発射して反撃をする。


「反応速度が違う……! これが最新機なのか!」

『キャハハッ! 良いわよウィリアム、私はこういうのを望んでいたの!』


 ミサイル群を撃ち落とし、一気に突っ込んできた〈ニルヴァーナ〉。

 人型形態に変形しメタル・クローを振りかぶる敵機へと、ウィルも〈ニルファ・リンネ〉を変形させ爪で攻撃を受け止める。


「フルーレ・フルーラ、なぜ俺に執着をする!」

『知れたこと! 私たちは同じ時に生まれ、同じ訓練を受け、同じ場所で生きてきた! それなのにあなたは私の上を常に行っていた!』

「俺の能力を妬んでいたのか!?」

『負けていても私は、あなたと共に宇宙そらを飛べるなら良かった! だけどウィリアム、あなたは私の前から姿を消した!』

「フルーレ……君は!?」


 爪同士の鍔迫り合いから離れ、チェイス・レーザーを放ちながら後退。

 高速機動で光線を回避する〈ニルヴァーナ〉に対し、射撃戦は不毛と判断。

 戦闘機形態へと変形し、付近の小惑星帯へと逃げ込むウィル。


 浮かぶ無数の岩塊、その隙間を上下左右へと機体を揺らして疾走する。

 追うフルーレの〈ニルヴァーナ〉も負けじと飛び込み、動きをトレースするかの様にピッタリと後方をキープ。


『迷路に逃げ込めば勝てると思った? おバカさんなんだから! ノーズ・ブラスター、シュートぉ!』


 コンソールから響く高エネルギー反応への警告。

 後方カメラに映る敵機の先端。

 機首の砲身に光が収縮していく。


「くっ!」


 咄嗟に変形しつつのベクトル変更。

 直後に走るビームの奔流。

 巻き込まれた岩石が砕け散り、周囲へと拡散する。

 散弾のように浴びせられる小惑星の破片へと、ウィルはミサイルを放った。


 弾頭へと突き刺さる岩片。

 起こる爆発、その衝撃で〈ニルファ・リンネ〉へと襲いかかる破片たちは勢いを外側へと押さえつけられる。

 危機を脱したウィルへと襲い来る、鋭い一閃。

 迫る光沢を放つ爪へと爪を合わせ、宇宙に火花の光が散った。


『キャハハハっ! 楽しいね、楽しいよねぇっ! ウィリアムぅ!』

「俺は……戦いを楽しんでるつもりはないっ!!」



 ※ ※ ※



 斬機刀と槍のが激しく打ち合い、廊下に火花が散る。

 相手の側面から投げナイフが飛んで来るが、義手のVフィールドを発動してキャッチ。

 投げ返すようにベクトルを変更して発射するも、素早いナイフ捌きで弾かれる。


「葉月、下がれっ!」


 テルナの声に後へと飛び退き、同時に彼女が握る機関銃が火を吹く。

 浴びせられる銃弾の嵐であったが、素早く回転させた槍のつかがそのすべてを受け止め、打ち返した。


「……ナンバーズってのは、あんな化け物揃いなわけ? 先生?」

「恐らく更に強化されているのだろう。足止めくらいはと思ったが、これでは埒が明かないな……よし」


 そう言って懐から筒状の物体を取り出したテルナは、ピンを抜いて投擲とうてき

 カン、と床で跳ねる音とともに爆音と閃光が廊下を包み込む。

 その隙に、華世とテルナは双子とは反対方向に駆け出した。


「やるわね、先生」

「潜入工作員検定2級は伊達じゃないぞ」

「検定は置いといて……でも良かったの? 先生はあの双子のためにここに潜り込んでたんでしょ?」

「ああ……」


 テルナ先生、もといナイン・ガエテルネンは元々この金星宙域に攫われたあの姉妹を連れ戻すためにやってきた。

 そして、とある情報筋からこの基地に二人が居ることを突き止めたテルナは、数日前から密かに潜り込んでいたのだという。


「二人のことは大切だが、内宮千秋から頼まれた君たち少女らの護衛も大切だからな。拷問を受けていると聞けば、優先順位を変えることも必要だろう」

「おかげで助かったけど……どうやって逃げるの? キーが放置されたキャリーフレームなんて、そうそうないでしょ」

「いや、欠陥機として放置されているのが一機ある。奴らとしても持て余していたようで、起動キーをくすねるのは簡単だった」

「相手の適当さに感謝ね……待って」


 廊下を曲がろうとしたところで、一度足を止める。

 義眼の音声センサーが、複数人の兵士の移動を前後から検知。

 このままでは挟まれてしまうという状況で、そばにあった扉の中へと華世たちは飛び込んだ。

 扉を締め、ドタドタと大勢が駆ける音を壁越しに聞く。


「いたか?」

「いや。反対側に行ったのかもしれん」

「あの双子は?」

「御曹司の所らしい。肝心なときに役に立たない連中だ」


 会話の後に遠のいていく足音に、ふぅと胸を撫で下ろす。

 出るタイミングをはかろうとして部屋の中を見渡した華世。

 誰かの個室のような室内の机、その上に置かれた写真に目を惹かれた。


「これ……もしかしてホノカ?」


 写真に写っていたのは雪景色の中で撮られた集合写真。

 教会のような建物の前で、一人の大人のシスターを中心に子供が20人ほど。

 その中のひとりの顔が、ホノカそっくり……いや、本人だろう。

 ぎこちない笑顔はまさしく、見慣れたホノカの顔だった。


「確か……クレイアは修道院へと仕送りをしていたと言ったか」

「じゃあここに写っているのが、あいつの家と家族ってことね……でも」


 どうしてレッド・ジャケットの基地、その個室に修道院の写真があるのか。

 その答えは、扉の鍵が解錠される音と共に姿を表した。



 【7】


「敵の中に知り合いがいた、ですの?」

「はい……」


 華世たちの捕まっている宇宙要塞へ向け、航行中の〈アルテミス〉。

 その居住区の自室の中で、ホノカはリンにだけ前の戦いの事を打ち明けていた。


「ラヤっていう……私より3つ下の女の子」

「その子が、あの姿を消すエルフィスに乗っていたですのね……?」

「あの子は優しくて、でも怖がりで、外に出るときはいつもミオスって男の子の背中にくっついてた。そんな子が、キャリーフレームに乗って戦闘なんて……」


 戦いはおろか、虫の一匹すらも殺せないほど心優しい女の子。

 そんな子供がレッド・ジャケットの中で、パイロットとして戦っている。

 そしてその腕前は、未熟とはいえ訓練したホノカを上回っていた。

 彼女に何が起こっているのか、ホノカには全然わからなかった。


「ラヤがいるってことは多分……ミオスもレッド・ジャケットにいる。そうじゃなきゃあの子、わんわん泣いて手がつけられなかったから」

「……もしかすると、何らかの方法で強化されたのかもしれませんわね」

「強化?」

「わたくしも聞きかじっただけの事ですけれど、金星には他人の才能を移植するとかいう技術があるそうですわ」

「才能の移植……!? まさか、ラヤは……」

「経緯はわかりませんがそのラヤという子……レッド・ジャケットに無理やり戦う力を植え付けられたのかも」


「だとしても、その子達まで助け出す……なんて、言っちゃダメだよ」


 扉が開き、そう言いながら部屋へと足を踏み入れるクリスティナ。

 彼女は「ゴメンね、話が聞こえちゃって」と片手で謝るジェスチャーをしながら、ベッドの上に腰掛けた。


「今の私たちは、華世さんとウィルきゅんの救出が最優先。作戦が作戦だけに、他に気を回している余裕はないのよ」

「それは……あんまりではありませんの?」

「今の、って言ってるでしょ」

「え……」

「とにかく今日は二人の救出が最優先! みんなが無事に揃ったら艦長さんに相談! みんなで考えれば、いいアイデアがきっと出るよ!」


 明るく鼓舞するクリスティナの声に、少し救われた気持ちになったホノカ。

 自分一人ではだめでも、仲間と力を合わせればなんとかなる。

 まだ巡礼の旅は半分過ぎただけだし、レッド・ジャケットの妨害も続くはず。

 その中で再び、ラヤと相まみえることもあるはずだ。

 その時に備えるためにも、ホノカは華世とウィルを助け出す作戦への、やる気を高めた。



 ※ ※ ※



「…………」


 無言で拳銃を向ける少年。

 その背中に隠れるように、彼の服の裾を掴んで話さない少女。

 その二人が写真の中のホノカの隣にいた子供と同一人物ということは、すぐに華世は理解した。


「ミオス……」

「ラヤ、怖がらなくていい。俺がやる」


 要塞に似つかわしくない、小学生くらいの少年少女。

 けれどもその二人ともがレッド・ジャケットの服を着ている以上は、華世達にとっては敵……ということである。

 強行突破の為に銃に手をかけるテルナを、華世は腕で制止した。


「あなたたち……ホノカの修道院の子ね?」

「……ホノカ姉さんを知っているのか?」

「ええ。あたしが雇って、学校に通わせてる」

「学校……」


 少し、ミオスと呼ばれた少年の戦意が顔から削がれる。

 兵たちにバレずに格納庫に向かうためにも、この子供たちと荒事はしたくない。

 その一心で、華世は説得を試みていた。


「最近はあいつにも友達ができて、初期の根暗っぷりから比べたら結構明るくなってきたのよ。でも……あんた達がそんなんじゃ、悲しむんじゃない? ホノカのやつ」

「友達に、学校か……姉さん、そんないい思いしてたのか……! 俺たちに黙って!」

「葉月、危ない!」


 ミオスの向けた拳銃から、銃声とともに鉛玉が放たれる。

 華世は備えていたVフィールドを発動させ、腕の払いとともにその弾丸を弾く。

 壁に穴の空く音と同時に、義足の鋭い蹴りで少年の持つ銃を蹴り飛ばした。


「ぐぅっ……!」

「ミオス!」

「ホノカ姉さんは、やっぱり俺たちを裏切ったんだ……! 家族だとか言ってアーミィに下り、俺達よりいい暮らしをしてヌクヌクしてたんだ……!」


 床を殴りつけ、叫ぶ少年。

 彼らを尻目に個室を飛び出し、追手が来る前に廊下へと出る華世とテルナ。

 ミオスが最後に叫んだ言葉、嫉妬と憎悪が渦巻く声を頭に刻み込みながら、華世は走り抜けた。


「交渉失敗ね。いい暮らしを根に持たれるなんて、ホノカも大変ね」

「今を生きるのに必死な子供にとって、狭い世界だけが全てなのだろう。案外、彼らがレッド・ジャケットにいるのは……あの子たちの意志かもしれないな」

「ホノカが聞いたらどう思うかしらね。さあて、やっと着いたわ」


 テルナの投げた閃光手榴弾の爆発と同時に、格納庫へと突入する。

 整備員たちが音と光に苦しんでいるうちに、テルナが言った欠陥機へと乗り込む。

 天使の翼の様に幾重もの小型スラスター・ユニットが重なった白い羽根を持つ神秘的な機体。

 エルフィスタイプ特有の頭部形状をしたキャリーフレームのコックピットへと、テルナが飛び込む。

 パイロットシートに腰掛けた彼女がキーを差し込むと、コンソールに文字が表示された。


「エルフィス……サルバトーレアルファ? 救世主サルバトーレなんて、欠陥機にしては大層な名前ね」

「名称なんて造り手の勝手な願いに過ぎない。少なくとも今の私達には、脱出を手助けしてくれる救い主に違いはないだろう」

「それもそうね。……やれるの?」

「武器がオフラインなこと以外は大丈夫だ。揺れるぞ、捕まってろ!」


 周囲モニターの点灯とともに機体がゆっくりと立ち上がり、エアロックへと移動。

 格納庫へ繋がるシャッターの閉鎖と同時に外壁を殴り壊し、宇宙空間へと飛び出す。

 正面に見えるのは、金星をバックに戦い合う爆発の光。

 2機の戦闘機型キャリーフレームによる格闘戦、そのひとつがウィルのはずだ。


「一緒に逃げるにしたって、あのザマじゃ無理そうね。どうする?」

「葉月、お前がやれるかどうかだ」

「……わかったわよ。要塞で暴れられなかった分、思いっきりやってやろうじゃないの!」



 【8】


 小惑星帯をかいくぐる、激しいドッグファイト。

 互いに損傷を与えられずに拮抗した高速戦闘の中で、ウィルは徐々に疲労が蓄積していた。


(疲れてるのは互い様だと……そう思いたいけどっ!)


『ウィリアァァァムッ!!』


 フルーレの叫びとともに振るわれるメタル・クロー。

 激しく左右から打ち込まれる連撃を、半ば衝動と感覚だけで捌き受け止める。

 鋼鉄の爪同士が交差する火花がしきりに散る中、レーダーにひとつの機影が写り込んだ。


「増援っ……!?」

『邪魔しないでって言ったのに……! あれは!?』


 映像に写ったのは、格納庫で見た翼を持った欠陥機。

 武器のひとつも手に持たずに接近するその姿は、戦場に出るにはあまりにも無防備すぎる。


『聞こえるか、ウィル! 葉月は救出した。まもなく〈アルテミス〉がここに来る!』

「テルナ先生……!? けど、そんな機体で出てきちゃあ……」

『そうよ、おバカさん! 私の邪魔をしにむざむざ殺されに出てきたって言うなら、その想いにこたえてあげるってものよ!』


 ウィルの〈ニルファ・リンネ〉を蹴り飛ばし、テルナが搭乗する〈エルフィスサルファ〉へと突撃する〈ニルヴァーナ〉。

 そのミサイルポッドから無数の弾頭が放出され、弧を描いてテルナ機を包囲する。


「テルナ先生、危ない! その機体には武器が……!」

『武器は無いが、兵器はある。行け、葉月!』

『がってん承知ってねっ!!』


 勢いよく〈エルフィスサルファ〉のコックピットハッチが開き、飛び出す桃色の魔法少女姿。

 変身した華世が義手のVフィールドを全開にし、飛来するミサイルを空間の渦へと引きずり込む。


『自分のミサイルでぇぇぇっ! く・た・ば・れぇぇぇっ!!』


 身体ごと宇宙で一回転しながらの、受け止めたミサイル群の投げ返し。

 思いも寄らない反撃に面食らったのか、そのいくつかが〈ニルヴァーナ〉へと直撃した。


『きゃあああっ!? やられたのっ!?』


『ウィル! あたしを受け止めなさい!』

「あ、ああ!」


 爆発を受け後方へ吹っ飛ぶフルーレ機を尻目に、戦闘機形態へと変形し〈ニルヴァーナ〉とすれ違いつつ華世へと近づく。

 そのままの速度で人型形態へと変形し、開けたハッチに飛び込んだ華世の身体をウィルは全身で受け止める。

 パイロットスーツ越しに感じる華世の柔らかさ。

 ふわりとなびく美しい金髪を横目に見ながら、コンソールを操作してハッチを閉鎖する。


「ありがとう、ウィル。今のあんた、とっても素敵よ」

「嬉しい褒め言葉だ! でも、まだフルーレの奴が!」


『よくも、よくも私とウィリアムの、戦いの邪魔をぉぉっ!!』


 鬼気迫る声とともに、〈ニルヴァーナ〉の機首からビームの槍を生成させるフルーレ。

 そのまま〈ニルファ・リンネ〉を打ち貫かんと突進を仕掛けてくる。

 ウィルは咄嗟にペダルを踏み込み、回避運動……に移る前に、どこかから飛来した赤く光る熱線が〈ニルヴァーナ〉のノーズ・ランサーを弾き機体ごと吹っ飛ばした。


『あひんっ!?』


『華世、ウィル!』

「その声……ホノカ!?」


 通信が送られてきた方へと目を向けると、そこには高速で接近する〈アルテミス〉の艦影。

 その甲板に立つ、盾を構えた〈オルタナティブ〉が、しきりに片手を振っていた。


『葉月、ウィル、乗り込めっ!!』

「よし、行くぞっ!」

「ええ!」


 戦闘機形態へと変形した〈ニルファ・リンネ〉で、テルナの〈エルフィスサルファ〉の元へと接近。

 主翼部分を〈サルファ〉が掴んだのを確認してから、〈アルテミス〉が向かう方向と同じ向きに猛加速。

 相対速度を艦に合わせ、少しずつ距離を詰めていく。

 

『先生、捕まって!』

『もっと右だ、クレイア! よし……そのまま!』


 思いっきり伸ばした〈エルフィスサルファ〉と〈オルタナティブ〉の手が、ガッチリと組み合う。

 その瞬間に引き込まれるように甲板上へと移動。

 ウィルは即座に機体を人型形態へと変形させ、大砲のひとつをマニピュレーターでしっかりと掴んだ。


「の、乗ったぞ!」

『〈アルテミス〉、全速で戦場を離脱!』


 遠坂艦長の声とともに速度を増し、宇宙を飛んでいく戦艦〈アルテミス〉。

 あれだけ色々あったレッド・ジャケットの要塞も、はるか後方で小さく見えなくなる。

 戦いから抜け出し、平穏を取り戻した甲板の上の〈ニルファ・リンネ〉の中。

 ウィルは膝の上に華世をのせたまま、ふぅ……と安堵のため息をついた。


「やったわね、ウィル」

「俺なんて何もできなかったよ。全部、華世とテルナ先生のおかげだ」

「でも、あたしの為を思ってあいつと勝負してたんでしょ?」

「ああ……。フルーレ・フルーラ……」


 もう完全に見えなくなった、フルーレと戦っていた戦場の方を向いて想いを馳せる。

 彼女から向けられた感情は、決して憎しみや殺意ではなかった。

 むしろ喜びや好意、それに近い想いをウィルは感じ取っていた。


「気になるの、あの娘が?」

「フルーレの執念は、俺が原因だったから……いつかは、なんとかしないと」

「できるわよ。あたしたちの旅も戦いも、まだ続くんだから」

「そうだよな……そうしなきゃな」


 遠くに映る金星を見ながら、ウィルは決意する。

 レッド・ジャケットに父親、それにフルーレ・フルーラ。

 それらの因縁を、いつか完全に断ち切ることを。



 ──────────────────────────────────────


登場戦士・マシン紹介No.24


【ニルファ・リンネ】

正式名:エルフィスニルヴァーナアルファ・リンネ

全高:8.2メートル

重量:4.1トン


 ウィルが搭乗していたエルフィスニルファの改修機。

 リンネとは、ニルヴァーナという言葉がインド哲学における輪廻転生に関わる言葉から、修復を超えて発展したという意味を込めて付けられた。


 破損の少なかった頭部・胴体部を残し、ほとんどがニルヴァーナの部品に置き換えられている。

 そのため武装もニルヴァーナ準拠となり、チェイス・レーザーにメタル・クロー、マイクロミサイルポッドを内蔵している。

 また、機首のノーズ・ランサーも新たに取り付けられており、戦闘能力はニルヴァーナと同等となった。

 なおアーミィの改修によって付けられたビーム・ダガー・ブーメランは廃されており、マニピュレーターから武器を掴む機能がオミットされた結果、キャリーフレームとしての汎用性は著しく下がっている。



【エルフィスサルファ】

正式名:エルフィスサルバトーレアルファ

全高:8.5メートル

重量:12.5トン


 レッド・ジャケット宇宙要塞の格納庫で放置されていた欠陥機。

 サルバトーレとは救世主を表す言葉であり、何らかの意図を持って設計・名付けられたと思われる。

 しかし火器管制FCSがすべての武器を認識せず、戦闘行動が不可能となっている。


 咲良が乗る量産機ジエルの発展機体であり、天使の翼にも見える背部飛行ユニットは、無数のビーム・スラスターが積層して構成されたもの。

 両肩部の後ろに2門の高出力ビーム・キャノン、腰部側面に二本のハイパー・レールガン。

 両腕部と一体化した格闘・射撃複合兵装など全身に固定武器がてんこ盛りとなっているが、残念ながらその全てが動かないため飾りとなっている。


──────────────────────────────────────


 【次回予告】

 偶然にも、古い友人に再会する咲良。

 その人物は菜乃羽が「ママ」と呼ぶ女性でもあった。

 彼女の発言をきっかけとして、アーミィに巣食うスパイの正体へと咲良はついに行き着いてしまう。

 それは自身にとって、耐え難い別れへと繋がる……そう理解しながらも。


 次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第25話「決別の日」


 ────古い記憶が今を苦しめるのは、過ぎ去りし日々があまりにも輝いていたからか。

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