第22話「仮面に眠る過去」
輝く閃光。
球状に広がり弾ける爆炎。
背後には戦火に燃ゆるベスパー・コロニーの街が、赤々と火柱を巻き上げていた。
「ちくしょう……V.O.軍の野郎! ぐあっ!?」
「フラム・ガウ、やられたのか! ええいっ……!」
眼前でビームを受け、衝撃で〈ザンク〉のコックピットから投げ出される友。
反射的に武器を投げ捨て、空いた機体の手でその身体を掴み受け止める。
同時に正面に見える敵へと引き金を引き、その機体を炎熱の中へと滅する。
「助かったぜ……ウルク!」
「フラム、無茶をするなと言っただろう! ここで貴様が死んでは、美月へ想いを伝える悲願を達成はできんぞ!」
「ああ……昨日テレビで見たあいつの姿、また美人になってたからな! ウルク、後ろだ!!」
「なにっ……!?」
振り返ろうとペダルを押した瞬間、光がウルク・ラーゼの視界を焼いた。
視界がホワイト・アウトすると同時に、レバー越しに指先へと伝わる、人間の肉と骨が砕け潰れる感触。
それが被弾の誤作動で友、フラム・ガウを握りつぶしてしまったものだと気がついたのは……。
※ ※ ※
「ううっ!? ぐっ……夢、か……」
暗闇が支配する部屋の中でベッドから跳ね起き、頬を垂れる汗を拭うウルク・ラーゼ。
最近は見ることのなかった過去の映像、それを映した悪夢の再来に、自らの額を殴りつける。
「あれから17年……フラムよ、私は……」
虚空へとつぶやくウルク。
けれどもその声を聞く者は、誰も居なかった。
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鉄腕魔法少女マジ・カヨ
第22話「仮面に眠る過去」
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【1】
「そろそろ、休憩にしましょうか!」
「「はーい!」」
美月の手を叩く音とともに素振りをやめ、
精神の鍛錬と体力づくりをメインにした訓練も、ふたりは数日でこなせるようになっていた。
これは女優業が本業とはいえ師範代の称号を持つ美月の指導が優れているためだろう。
魔法少女として戦えるようにと始めた修行は、ふたりに少しずつ自信をつけていっていた。
「お疲れさま。はい、運動の後のドリンクよ」
「ありがとう、美月さん!」
「うふふ、私としても二人とも飲み込みが早いから成長を見るの楽しませてもらってるから」
差し出された飲み物を一気に喉へと通し、疲れた体に浸透させる結衣。
そんな二人の元へと見知った顔が二人、こちらへと歩いてきた。
「おっ、頑張ってるみたいっすね」
「あっ、カズくん! ……と拓馬」
「姉さん……僕の顔見てなんで嫌そうなんですか」
「べつにー」
「聞いたッスよ。アーミィから表彰されたって」
「えへへー、そうなんです!」
にこやかに返す
以前、ツクモロズ操るキャリーフレーム〈クアットロ〉と戦った後。
危険を顧みずに市民を守ったということで、結衣と
それすなわち、戦いが評価されたわけでもあり、これから同様のことが起こった際に期待されている。
そう感じた結衣は、あの時の自分の不甲斐なさもあって、よりいっそう訓練に力を入れていた。
「またツクモロズが現れたときのために、頑張らないとね
「はいです!」
「でも、V.O.軍が攻めてきた場合はダメよ。アーミィの人たちに任せないと」
「どうしてですか?」
「人同士が戦う戦争に、あなた達は巻き込まれるべきじゃない……そう思うから」
美月の言うことも、結衣は少しだけ理解はできる。
子供が戦争をするのは良くないこと。
その程度の認識でしかないけれども。
「それにしても美月先生、V.O.軍って言っても金星の人なんでしょう? どうして、ぶそーほーき? をしたんでしょう? 同じ金星の人なら、仲良くすればいいのに」
「えーと……」
結衣としても、実はいま現状金星がなぜ戦火に揺れているのか、よくわかっていない。
ただ、ニュースで遠くのコロニーで戦いが起こっている。
行ってしまえば、対岸の火事ていどの認識しかできていなかった。
「まあ、説明するとなると難しいッスよ。なにせ金星開拓の歴史から話さなきゃッスから」
「金星の歴史……カズくん、教えて?」
「いいッスけどうまく説明できるッスかね……えーっと、まず金星の開拓が始まったのは」
「それを言うなら、アフター・フューチャーの始まりから追ったほうが良いよ!」
「わっ!?」
突然、上から降ってきた少女の姿に、驚きのけ反る。
髪の毛に葉っぱと細い枝がくっついた姿の彼女は、前に一度だけ会った情報屋。
カズの幼馴染だという、如月菜乃羽だった。
「ナ、ナノ! どっから降って来たっすか!」
「どこって、木の上だよ!」
「なんでまたそんなところに……」
「情報屋として、色んな場所に潜伏して情報を集めないとだからね! それよりも金星の歴史、ボクなら詳しいからうまく語れるよ!」
ニコニコとした顔を向ける菜乃羽。
結衣はその笑顔の裏に潜むものを、静かに察していた。
「……その説明、いくらになる?」
「おっ、理解が早くて助かるなぁ! そうだね、特別価格で500くらいかな?」
「お金取るんですか!」
「情報は商品! 商品には対価! これが資本主義の鉄則だよ!」
「……そうですね、私も聞きたいし、私が払うわ」
そう言い、携帯電話を取り出す美月。
結衣としては申し訳無さ半分、お小遣いの大半が持っていかれなくて安心半分、という心境だった。
美月から菜乃羽へと電子マネーの決済が終わる音がなる。
その音色に満足そうな顔を浮かべた美月は、背中のリュックサックから白いボードを取り出し、側面についていたペンを握った。
「ではでは、こらからボクによる金星の歴史講座、はじまりはじまり~!」
【2】
アフター・フューチャー。
それは171年前に人類が宇宙にその居住活動を広げたことから始まった、宇宙年号である。
地球という大地を離れた人類は、軌道エレベーターの建設とスペース・コロニーの建造により、宇宙進出の地盤を整えた。
その際、同時に行われたのが月面および火星を人が住める星にする
そして、外宇宙へ向かう拠点としての木星圏開拓だった。
「外宇宙って?」
「太陽系の外のことだね。当時はイケイケな時代だったこともあって、銀河全体を地球人類が開拓するんだー! って気概があったんだってさ」
「でも、木星の一つ先の土星にコロニーが作られたなんて聞いたこと無いっすよ?」
「まあ……結論から言うと人類にとって、地球から離れるのは木星が限界だったんだ」
それは当時の宇宙航行技術の限界もあったかもしれない。
あるいは、母なる星から離れすぎることへの精神的ストレスか。
なんの理由にせよ、人々は木星圏から外側へと生存圏を広げることは無かった。
太陽系を股にかけた、二度の宇宙大戦を経た人類が出した結論は、外宇宙への開拓は木星までとすること。
ここまでが、アフター・フューチャーが始まってから約60年ほどまでの話である。
外側への進出を諦めた人類が次に目をつけたのは地球公転軌道の内側。
すなわち金星の開拓だった。
けれども金星宙域は太陽に近づく都合上、放射熱や電磁波などの脅威にさらされる危険な空間。
コロニーを建造するにしても、その影響を考えた設計が必要だった。
様々な課題を乗り越え、金星開拓がスタートしたのが今からちょうど100年前。
アフター・フューチャー0071年のことである。
「百年前……そっか、百年祭あったもんね」
「金星の地表は、マグマが煮えたぎり溶岩の河であふれる灼熱の大地。開拓をするにも、まずは拠点となるコロニーの建造が必要だったのさ」
金星の開拓というのは、生半可な大変さではなかった。
太陽風、電磁波、太陽フレアの影響は備えがあったためにある程度は大丈夫。
けれども問題となったのは、持ち込まれた人工物質との予想外の反応だった。
その中でもひときわ影響が大きかったのは、太陽から放たれたエネルギー粒子が宇宙船の構成素材と反応した結果放射された有害な宇宙線。
被爆した開拓民の中に、未知の疾患を発症する者が多発。
そのまま命が絶たれる人間も、決して少なくなかった。
けれども、開拓民達が金星に住まうのを諦めなかったのは、彼らの多くが既存のコミュニティから居場所を無くした人々だったから。
新天地を新たな故郷とし、自分たちの居場所とする。
その一念のもとに多くの犠牲を出しながらも開拓民たちは金星への適応を続け、やがてひとつのコロニーと金星地表に採掘基地を築くことに成功した。
「ちなみに、女神聖教の始まりはこの初期開拓の頃だと言われているんだ。過酷な開拓生活の中で、金星そのものを試練を与える女神として信仰する考えが広まったんだって」
「へぇ~」
「こうして、いまは1番コロニーとして認知されているセントラルが出来上がった。問題は、この後だ」
一度地盤が整うと、あとはスムーズだった。
金星・地球間の宇宙航路の確立。
それにともなう人・モノ・ノウハウのやり取り。
結局、金星地表のテラフォーミングは白紙になったが、代わりに惑星から取れる鉱物を使い、次々とコロニーが作られた。
そうして金星開拓開始から80年ほど……アフターフューチャー0130年頃には、金星を囲むように配置されたコロニー郡、ビィナス・リングが出来上がっていたという。
しかし、その流れの中で発展した金星へあとから移住してきた人々。
その人口が初期開拓民を上回り始めると、徐々に雲行きが怪しくなってくる。
多数決による民主主義の政治。
それが行き着いたものは、人数で上回る新規移住民への優遇だった。
「要するに、開拓民たちがコロニーの運営から外され始めたんだね」
「どうして仲間はずれにしちゃうんでしょう? 一緒に歩んでいけばいいのに……」
「いつの世も、支持者のための政策を行うのが政治家だ。数で劣る人々の声が民主主義の中では封殺されがちになってしまうのは、旧世紀から変わらないんだ」
意識のすれ違いは、人々の間に溝を作る。
新規移民者たちが豊かになる一方で、初期開拓民はその役目を終えてしまった。
コロニー建造やその資材の生産に従事していた者たちが、仕事にあぶれた結果、路頭に迷う者が増え始める。
貧困は差別を生み、怨嗟を育て、憎しみを募る。
そうやって不満が溜まった初期開拓民たちによって、武力による金星の支配を目的とした武装勢力……後にV.O.軍と呼ばれるビーナス・オリジニティが組織された。
「彼らは17年前に第5コロニー・ベスパーで武装蜂起。けれども、地球からの派遣されたコロニー・アーミィによって鎮圧され、今に至るわけだ。おしまい」
「おしまい?」
「なんだか最後が適当ッスよ」
「ぶーぶー!」
「ぷんすか!」
唐突に切り上げられた解説に、結衣は
お金を払ったというのにこれでは納得がいかない。
けれども菜乃羽は、目線をそらして嫌そうな表情をする。
「君たちにベスパー事変の詳細を話しても仕方ないだろ? ボクだって武装勢力が民間人に手を上げたなんて、酷いくだりは話したくないし」
「民間人に?」
「見せしめとかいうやつさ。止めさせに行った自警団も結構な数、犠牲が出たんだ。アーミィが来るのが遅かったら、沈黙の春事件の比じゃなかった……なんて言う識者もいるくらいに。やっぱりこの話は止め止め。これ以上は追加料金取るからね」
強引に打ち切り、その場を離れようとする菜乃羽。
追加料金という言葉に、結衣は引き止める気を削がれてしまう。
そんな折に、携帯電話を見ていた美月が「あーっ!」と大声を出した。
「どうしたんです?」
「いけない、このあと撮影のミーティングあるって忘れてた!」
「休暇中なのに?」
「その休暇があけたあとの予定を詰めなきゃいけないの! ゴメンねみんな、またね!」
パタパタと公園から走り去っていく美月。
その背中が見えなくなったとき、いつの間にか菜乃羽も姿を消していた。
【3】
「ランス兄さん、どうして攻めに行かないんです!」
クーロン・コロニーに潜入しているレッド・ジャケットのアジト。
そう扱われている廃屋の一室で、スピア・ランサーは兄ランスへと声を張り上げていた。
「この間に〈クアットロ〉をけしかけて、相手の戦力は割れているんですよ! 旧式のキャリーフレームがいくつかと、一機だけのオーバーフレーム! 数でも質でもまさる我々が、今攻め込まなくて何故ここで
「スピアよ落ち着け。私はその戦いの中で出てきた可憐な少女たちの身を案じているのだ。あれが音に聞くアーミィの人間兵器だとしても子供。生身の少女にマシンで襲いかかったとあれば、ランサーの名に傷がつく」
威力偵察の時に、空中で〈クアットロ〉を撃退した二人の少女。
綺羅びやかな衣装を纏い空を飛び、人間離れした戦闘力でキャリーフレームと戦う。
その姿を見ていながら、むしろその姿がためにランスはためらっている。
正面から攻めることに尻込みする兄へと、スピアは食って掛かるしかなかった。
「じゃあ……どうするって!」
「アーミィの首脳に決闘を申し込む! 正々堂々と一対一で戦うのならば、敵も味方も無用な血を流さずに済む!」
「決闘だって……!? そんな古代の騎士じゃあるまいし!」
「騎士道精神というものはいつの世にも不可欠だと断じている。私はドラクルの騎士として恥じぬようこのコロニーを制圧してみせるのだ!」
「兄さんはアーミィの連中に夢を見過ぎですよ!」
「私とて最初は武力による制圧も良しと思った。だからこそ
話は平行線。
ランス・ランサーは敬愛できる兄ではあるし強き戦士ではある。
しかし、非道に対しロマンチストが夢想を描くのは弟としてもどうしようもなかった。
この宇宙時代に、あの卑劣なアーミィが決闘など呑むはずもない。
わかっていても、現場指揮権のあるランスにこれ以上の物言いはできない。
スピアは兄の甘さを苦々しく思いながらも、納得した……という
「おやおや、なんとも回りくどい騎士様だねぇ」
「お前は……」
苛つきながら曲がった廊下の先。
ピエロのような風貌をした男に、バッタリと出くわした。
「たしかお前は……ツクモロズのアラゾニアと言ったか。あんたが供給してくれた
「それはどうも。我々としても君たちには頑張ってもらいたいからね。それでどうだい、とっておきの秘策があるんだ」
「秘策だと?」
「君のようなやる気に満ち溢れた者が協力してくれると助かるんだけど、どうかな?」
ニヤついた不気味なピエロの誘い。
先の兄ランスとのやり取りで、スピアは先のことを憂いていた。
「だが……兄さんの前で勝手はできない」
「では、君の兄さんにはわからないようにしてあげるよ。気がつけば彼は、このコロニーが手に入ってる。君のおかげで、それでいいだろう?」
「……できるのか?」
「我々は人間ではできないことができるからねぇ。期待は裏切らないよ」
「では……」
スピアは、すがる思いでアラゾニアの誘いを受け入れた。
兄に花を持たせたい、その一心で。
※ ※ ※
「これ、美月さんの忘れ物じゃない?」
カズたちとも別れ、公園を立ち去る前に荷物の確認をしていた結衣。
休憩に使っていたベンチの隣に、立て掛けてある鞘に入った刀を発見した。
「本当ですね。これ……なんでしょう?」
「ちょっと出してみよっか……わっ!」
鞘の隙間から見えた、鏡のように美しい刀身。
銀色に光るその刃は華世が握っている斬機刀と同じ輝きを放っていた。
けれども改めて見ると、彼女の握るものと美月の刀はかなり異なる。
無骨な一振りの大きなサバイバルナイフのような形状をした華世の斬機刀と比べると、今目の前にあるのはサムライ映画なんかで見る日本刀そのものといった姿をしていた。
「少し重いけど……持ち上げられないほどじゃない」
「お姉さまの……これの3倍くらい重かったですから、きっと軽量タイプなんだと思います」
「こらぁガキども! 何をやっている!」
遠くからこちらに向けられた叫び声に、ビクッと無意識に背筋が伸びる。
ゆっくりと振り返った先には、自転車にまたがった格好のポリス、デッカー警部補が睨みをきかせていた。
その側を浮いていた浮遊ロボットが、ビビッという電子音を鳴らしながらこちらへと空中を滑ってくる。
「警部補、どうやら刀剣の類のようです」
「まったく……V.O.軍のテロ紛いの行動に警戒せにゃならんのだ。ビット、軽くそいつらに事情を聞け!」
「了解です。おや、あなたは……?」
まじまじと、
キョトンとする彼女としばらくのにらめっこが続いたあと、痺れを切らしたのか苛ついたデッカーがロボットの頭を軽く小突いた。
「現場の聴取もできなくなったか、このポンコツめ」
「酷いです、警部補。私はただ……ビビッ、この女の子の顔が華世嬢に似ていると思い人相検索をかけていただけなのに」
「あん? お前さんがあいつの妹だという奴か? 公園で危険物を扱ってたら、あの女にどやされても知らんぞ」
「違います、忘れ物なんです!」
冷静に、これまでの流れを結衣は説明した。
持ち主が修行のコーチから帰ったあとに、刀を見つけたこと。
持ち主はわかっているが、家の場所がわからないこと。
それと、多分無いと困るものであること。
「落とし物ってんなら預かりにしてやるが、そうなると中々返せないかもしれんぜ?」
「それは困りますね……」
「ただ預かるにしても手続きに時間かかるからな。今夜は外せない予定があるからあんまり時間を取られるのは困るんだが」
「ビビッ……警部補、今夜はウルク・ラーゼ様との食事の約束でしたよね」
「確認しなくてもいいだろ、そんなことは」
「警部補さん、支部長さんと知り合いなんです?」
臆せず会話に割って入る
突然切り出されつんのめるデッカー警部補だったが、コホンと咳払いしてから落ち着いた対応を返す。
「古い付き合いなだけだ。それがどうした?」
「美月さん、支部長さんの知り合いなんですよ。支部長さんなら、この刀を渡してくれるんじゃないでしょうか?」
「本当にか? あいつに女の知り合いが……じゃねえや。そういう事だったら奴に渡してやってはやるがよ、いいのか?」
「はい! お姉さまから警部補さんの活躍は聞いていますから、信頼できます!」
女の子にまっすぐ褒められたからか、少し照れくさそうに目線をそらすデッカー。
自転車の横に紐で刀の鞘を固定した彼は、鼻歌交じりにビットを連れて公園を立ち去っていった。
【4】
「……ってなことがあってな」
「だからといって預けられても、困ると言っているのだが」
天井のスピーカー越しに、聞き慣れたクラシックの曲が優しく奏でられる落ちついた洋食店。
押し付けられた斬機刀に口を歪ませながら、ウルク・ラーゼはミートソースに入っていたソーセージを口の中に放り込む。
刀を押し付けた張本人たるデッカーが、ニヤついた視線を向けているのが、ウルクの感情を刺激していた。
「お前も隅に置けねえ奴だな。モテない自慢してた癖に、美人女優をキープったあいいご身分だぜ」
「彼女とは……そういう関係ではない」
「ガキンチョども言ってたぜ、その女優さんはお前にホの字だとさ」
「…………そう、なのか」
まさか、という思いとやっぱり、という感情がウルクを渦巻く。
脳裏に浮かぶのは、今は亡き友の影。
美月に想いを寄せていた、親友の姿。
「マジになるんじゃねぇよ。ハッタリを真に受けやがって」
「は、ハッタリだと? 貴様……」
「俺としては防衛隊時代からのツレが身持ち固めるんならめでたいなと思いたいだけだ。ガキどもは何も言ってねえよ」
「……デッカー、フラムの事は覚えているか?」
「ああ。
「そして、ペスパー事変で命を落とした」
思い起こされる苦い記憶。
あの時、被弾の衝撃でコックピットから投げ出された友を、ウルク・ラーゼは機体のマニピュレータで受け止めた。
しかし、直後に放たれたビームがウルク機を直撃。
その際の電気信号の誤送信か、友を握った機械の手は力いっぱいに握りしめてしまった。
操縦を助けるために、キャリーフレームの指先の感覚をパイロットに伝えるフィードバック。
それが、意識を失う直前のウルクの手に、友の砕ける感触を余すことなく伝えていた。
「あれは……仕方がなかった。お前も死にかけたし、そうなるのは俺だったかもしれなかった」
「私が受け止めねば……木や草をクッションにフラムは助かったかもしれん。そう思うと、美月に合わせる顔がないのだよ」
「そうか。あの女優さん、あいつの……」
想い人、だった。
ウルクと美月、フラムの3人は幼い頃からの長い付き合いだった。
子供とはいえ男女が長く付き合えば、いつしか生まれる淡い思い。
フラムが美月に感情を抱くのは自然だったし、ウルクもそれがお似合いだと思った。
十代後半の時、オーディションに受かった美月は夢を叶えるために女優として地球へと旅立った。
彼女がまた故郷に帰ってきたら、想いを伝える。
そう息巻いている矢先の、ペスパー事変だった。
「フラムは私が殺したようなものだ。そんな私がどんな顔をして、あいつが想っていた美月に会えばいいのだ?」
「……俺にはわからんよ。だが、その女が再会と同時にお前に抱きついた……その意味を考えたほうがいいんじゃねぇか?」
「意味……か……」
「答えがほしいから、お前は俺を誘ったんだろ? その刀を会う理由にして、会いに行けよ」
「……もう夜も遅い。それをするなら明日だな」
「臆病者になったな」
「歳を取れば慎重にもなるさ」
「……ちげえねえ」
※ ※ ※
「ウルク君……本当に来るのかな」
ビジネスホテルのベッドに横になりながら、天井へと美月は呟いた。
電話で斬機刀が預かられていると聞いたときは、ホッとした。
けれども、それを届けに来てくれるのがウルク・ラーゼともなれば、心は平静でいられなくなる。
ずっと、ずっと好きだった相手。
時が経ち、彼が奇妙な仮面を着けていてもその思いは変わらぬことはなかった。
けれども、ずっと知らないふりを続けるウルク・ラーゼ。
彼が同名の人違いではないことは、彼自身の遠くでの態度からわかっている。
わかってはいるのだが。
(どうして……他人のふりをするの?)
真正面から顔を見てくれない。
真っ直ぐな視線を、向けてくれない。
白く不気味な仮面で目を隠す彼が、何を考えているのかはわからなかった。
その仮面の下に、どんな感情を抱いているのか、それを知りたいのに、知るすべが無かった。
(どうして……フラム君のことを話さないの?)
今でも目を閉じればハッキリと思い出せる、幼き頃の3人の姿。
いつ片時も離れず、十年以上もずっと一緒だった。
最初に離れたのは、美月だった。
ドラマで見た女優の美しさに惹かれ、憧れが夢になって、いつしか仕事になった。
しかし、その代償として金星から離れなければならなかった。
(きっと……怒ってるんだ。離れたこと)
そんなわけはない、とわかっている。
けれども自分に落ち度があった、とでも考えなければとても納得して落ち着くことはできなかった。
いつでも、金星に帰るチャンスはあった。
けれども帰れなかったのは、次の撮影までを考えるとスケジュールがカツカツになるから。
……そういうのは、言い訳だろう。
2年に一度でも、一日だけでも顔を出すべきだった。
ひとり離れた後ろめたさが、再会を恐れていた。
宇宙港にて笑顔で送り出してくれた二人の幼馴染の姿。
その後ろにあるかもしれない感情が、美月は怖かったのかもしれない。
(会ったら、勇気を出そう。そうよ美月、あなたは何度も難しい撮影を乗り切った女優なのよ)
自分を鼓舞し、覚悟を決める。
明日に来るであろう彼へと、想いを告げる……そのつもりだった。
(なんだろ……すっごく、頭が痛い……)
急に、耳の奥がジンジンと痛む感覚。
いや、まるで脳そのものを揺さぶられるような不快感が、美月を襲っていた。
(苦しい……これは……ひとの、こえ……?)
視界が真っ白になり、意識が薄れていく。
苦痛の中に、身体が堕ちていく。
(誰か……助けて……ウル、ク……)
一人暗い部屋の中で、美月の意識は闇へと没した。
【5】
「いっけな~い! 遅刻しちゃう~~!」
時計の針を気にしながらスーツに袖を通しつつ、皿に盛られたイチゴの粒を口に放り込む咲良。
昨日の夜に〈アークジエル〉でとれる戦術を
「だから咲良、早く寝たらと私はAM2時37分に言ってたのですが」
「起こしてって言ったじゃ~ん!」
「起こしましたよ5度。5分17秒241ミリ秒毎に。それと常磐少尉から1分4秒前にメッセージ来ていました。今日は体調不良にて休むと」
「
ドタバタと出勤の準備を整えながらも、この状況で呑気に鼻歌を歌うヘレシーに目を向ける。
彼女は〈アークジエル〉起動以降、咲良の家でずっと預かっている。
家の中で騒いだり、ワガママを言うなどの子供じみた迷惑は一切かけず、平たく言えば良い子でいるヘレシー。
亡き咲良の妹、紅葉との関係だけが咲良とヘレシーの繋がりだけだったが、同居人として数日過ごすと、少しばかり情と信頼もわいてくる。
「ヘレシー、留守番お願いね~!」
「わかったよっ♪ 何かあったら電話、かけたらいいんだよね?」
昨晩渡した、買い換える前の咲良の携帯電話。
お古の端末に番号を宛てがい、使えるようにしたのも信頼関係の現れでもあった。
ニッコリと鋭い歯を見せる笑顔を向けながら、携帯電話をフリフリするヘレシーに、咲良は手を振りつつ
パタパタとスーツに似合わないスニーカーを鳴らして、横断歩道の前で足を止める。
走って乱れた息を整えながら、咲良は気づいた違和感に首を傾げた。
「ねえ、
右を見ても左を見ても、広い道路に自動車はなし。
遠くまで続くのが見える歩道の先にも、人っ子一人歩く姿は見えず。
町中も一切の騒音が感じられず、そよ風で少しだけ木が揺れる音と小鳥の羽ばたき音だけが、咲良の耳に入っていた。
「確かに。例日であればこの通りは平均36デシベルの音でしたが、今は21デシベルしか感じられません」
「んー……なんでだろ?」
青になった信号に、早足で空っぽの横断歩道を渡る咲良。
休日出勤の朝の風景に似ていると思ったが、それでも散歩する老人や早朝から働きに出る人々の姿はあった。
道行く途中のコンビニも無人。
24時間営業の定食屋の中にも誰も居らず。
まるで、この町……いや、このコロニーから人が消えてしまったようだった。
※ ※ ※
支部入り口の自動ドアをくぐり、いつものように受付カウンターへと向かう咲良。
しかし、いつもなら少なからず人がたむろしている待合スペースはやはり空っぽ。
とはいっても完全無人ではなく、カウンターの中にチナミさんはいたし、その前に支部長が張り付いているのだけは幸いだった。
「葵曹長、このご時世に遅刻とは肝が座ってるな」
「1分オーバーくらい大目に見てくださいよ~! それより支部長、何してるんです?」
「遅刻したのが君だけではないものだからな。正確には、私以外全員がまだ来ていない」
「全員……ですか?」
ひとりふたりの遅刻ていどなら、褒められはしないがまあ有り得ることだろう。
しかし全員ともなれば、事情が異なる。
よく見ればチナミのいるカウンター以外、アーミィ部署ではないカウンターはすべてシャッターが降りたままだった。
ピロロロロ。
異変に戸惑っているところで、鳴り響く電話の音。
慌ててチナミが電話を取ったところで、ウルク・ラーゼ支部長が腕を伸ばし電話機のスピーカーホンボタンを押した。
「もしもし、内宮の家のミイナと申しますけど……チナミさん?」
「えっと……ミイナさんどうしました?」
「内宮が寝たまま目を覚まさないので、今日は恐らくお休みをいただくかと思い……」
「内宮少尉が、どのような状態になっているのかね?」
横から口を挟んだ支部長の声に「ひゃっ」と驚く声を出してから一秒ほどの沈黙。
予想外すぎる出来事にアンドロイドがあたったときに、こういった停止はよくあるものだ。
「えっと、その……目を覚まさないというよりは、頭を抱えて動けないみたいな感じです」
「君の家には魔法少女がいただろう。彼女もそうなのかね?」
「いえ、
ゴソゴソという音の後にくぐもった様な声で
受話器を手で覆いながら話しているのだろうが、静かなロビーだったのでその会話も聞き取ることができた。
「……えっ、結衣さんの家は結衣さん以外みんな起きられない?」
「そうみたいです……だから不安になって電話をかけてきてたんですって」
「それ、言ったほうがいいかな?」
「心配ない、聞こえている」
「ひゃっ」
またもフリーズするミイナ。
声を出すたびに驚かれてはらちが明かないので、支部長はチナミに追い出されてしまった。
「……ということで、どこもみんな寝床で唸りっぱなしみたいですね。あっ、ミュウくんダメって」
「ミュッミュミューッ!! やっぱりこれは、ツクモロズの仕業だミュ! きっとそうミュ、違いないミュ!」
「みゅ、みゅって何ですか?」
電話の前で目を丸くするチナミ。
咲良は面倒くさい状況に、思わずため息をこぼした。
【6】
咲良とウルク・ラーゼ支部長、それから
魔法少女ふたりの保護者としてミイナと、彼女が連れてきた青いハムスター・ミュウ。
格納庫の片隅でテーブルを囲む6人と、側で機体の発進準備に努める
それからこの場には居ないが、管制室でレーダー監視をしているチナミも含めれば8人。
それがこの支部にいる、異常事態の中で動ける全員だった。
「つまり……ハムスター君。君はこの状況はツクモロズの手によるものだというのかね?」
「きっとそうミュ! 朝からずっと……魔法的な波動が頭に響いてるんだミュ」
「魔法的な波動と言われてもな……具体的には言い表せられないものか」
「もしかすると、ExG的な感能力に働きかける念波って奴じゃないかな?」
手を上げて発言したのは、結衣。
ExGとは宇宙に住む人間が年月とともに獲得する、脳の活性に伴う能力である。
念波とは? と支部長が尋ねると、結衣は携帯電話で手早く検索し、その結果の一つをみんなに見せた。
「えっと……ExG能力を持つ人は、一人ひとりが例えるなら電波の受信周波数みたいなのを持ってて、広域に意思を語りかけることでみんなの頭の中にメッセージを送ることができる、らしいんです」
「なるほど、そのメッセージの部分を例えばとても強いノイズのような不快な音に換えて放射すれば、広範囲の人間に嫌がらせをすることができる……と。ミイナ嬢、なにか言いたげだな」
「はい。内宮さんが十年前にそういった念波兵器を受けたことがあると言ってました。その時もみんな頭を抱えて動けなくなったとか」
念波兵器。
対象があくまでも一定以上のExG能力を持っていること前提の兵器。
一見不確実に見えるが、宇宙ぐらしが長く能力を否が応でも発動しているコロニー市民相手であれば、これほど効果的なものはない。
「それにしても、我々は早急にこの事態を収拾せねばならん。V.O.軍がこの状況で攻め込んでこられたら終わりだ」
「といっても、どうやって解決するんですか?」
「ハムスター君、どこから念波が来ているか、わかるかね?」
「ミュミュ……なんだかコロニーの中心線? のあたりから強い魔力を感じるミュ」
「念波という特性とその位置ならば、中央シャフト内の念波放送室サイキャスト。そこに敵が侵入している可能性が非常に高いな」
念波放送室、と聞いて咲良はうっすらと思い出した。
住民の大半がExG能力持ちであること前提のコロニー内で、すべての通信設備が断絶したとき用に特殊な施設が用意されていると。
それが念波によって避難勧告や誘導をするための特殊施設サイキャスト。
現在おそらくツクモロズに占拠されているそこを奪還すれば、コロニー中の人間が動けないという危機的状況を解決できる。
それが支部長の出した結論だった。
『緊急連絡、緊急連絡! レーダーに感、コロニー6丁目より軍用キャリーフレームを6機確認! 支部に向かって接近中! 繰り返します、軍用キャリーフレーム6機接近中です!』
放送スピーカーより響き渡るチナミの声。
危惧していたことが起こったようで、支部長は遠くに居る
「君、発進の準備はできているか!」
「はい。〈前略ガルルグ以下略〉と〈アークジエル〉へのエス・アールバッテリーの交換は済んでいます。あとは私が〈アークジエル〉へと意識データを転送するだけです」
「……私の機体名を盛大に略したことは状況が状況故に大目に見よう。いいか葵曹長、君は〈アークジエル〉で敵を掃討したまえ!」
「ええっ、私ひとりでですか~っ!?」
「オーバーフレームならばできる! それにひとり……そうだな、桃色の魔法少女を
「
「彼女にはキャリーフレームで中央シャフトを目指す私の護衛をさせる。サイキャストはその都合上、コロニーの管理者かアーミィの支部長クラスの権限がないと入ることはできんからな。出撃!」
遠くの〈前略ガルルグ以下略〉に向かい走り始める支部長。
咲良はデータ転送を終え虚ろな顔をした
上からたらされたワイヤーリフトへと足をかけ、すでに火が灯っているコックピットへと乗り込んだ。
『咲良および
『発進プロセスに従いゲート・オープンします。ウルク・ラーゼ支部長から発進を』
『了解した。〈ウルク・ラーゼ専用・先行量産試作型ガルルグMk-Ⅱ・δタイプ3号機・遠隔操作兵器試験装備ハイマニューバーカスタム・リペアード改・改改・高出力拡散ビーム・ブラスター装備〉発進する!』
噛まずに長い名前を言い終えた支部長の乗る黒い機体が、バーニア炎の尾を引きながら開いたハッチを抜けて外へと飛び出す。
咲良も天井に〈アークジエル〉の翼をぶつけないように前進し、入り口へと待機させる。
『葵曹長、発進してください!』
「わかった! 葵咲良、〈アークジエル〉行っきま~すッ!!」
慣性制御システムでもカバーしきれない加速のGに、シートへと背中をぶつけながら格納庫を飛び出す〈アークジエル〉。
中央シャフト目指して上昇する支部長機を尻目に、レーダーに映った敵の位置めがけて一直線に飛行する。
「すっごーい、早い! はやーい!」
「
はしゃぐ
念波の受信が人間由来のものであるならば、アンドロイドであるミイナ達が無事なのは自然だ。
ミュウや
(どうして私は……もしかして、紅葉が守ってくれたのかな)
常に持ち歩いている、妹の形見。
赤い宝玉、魔晶石が咲良を魔の手から守ってくれた。
そう考えると、心が少し暖かくなるとともに1つの疑問が浮かぶ。
(支部長は、どうして……?)
ビービーと、コックピット内に響く警報。
気がつけば敵群を目視できる距離まで、〈アークジエル〉が近づいている。
そのことを
ぐんぐんと迫る敵の編隊の中央へと、ビーム・フィールドを全開に突進する。
「
『こちらの接近に備え散開。機体照合……V.O.軍使用のキャリーフレーム〈ガレッティ〉です』
「やっぱりV.O.軍かぁ……マルチ・ロックオン! 一気に片付ける!」
『あ、エラーです。マルチロックオン機能、オフラインどころかOS内に未実装です』
「……なんで!?」
【7】
下方に見える戦闘の光に、咲良の会敵を察するウルク・ラーゼ。
彼女ひとりに戦線を任せることに罪悪感を覚えつつ、コロニー中央シャフトのレールに沿って機体を滑らせた。
「あれ、こんなところに美月さんの斬機刀が……」
コックピットシート脇に立つ結衣が、足元から鞘に入った刀を拾い上げる。
それを見て、昨晩にデッカーから預かった斬機刀を紛失しないよう機体の中に隠したことを思い出した。
「あー……気にするな。返しそびれただけだ」
「美月さん、きっと支部長さんが持ってきてくれるの待ってますよ! そのためにも早く解決しないと!」
「私としては彼女にその刀を手放してほしいのだがね。大元帥と同じ武器を持たれるのは甚だ遺憾ゆえにな」
「大元帥さん、嫌いなんですか?」
少女から投げかけられた素朴な疑問。
好き、嫌いという二元論では片付けられない複雑な感情が、つい適切な言葉に乗って口から出てしまう。
「これは、口外しない約束で聞いてもらいたい上、あくまでも私個人の見解だと予防線を張らせていただく」
そう前置きをして、目的地にたどり着くまでの僅かな時間を、ウルク・ラーゼは結衣とのおしゃべりに費やすことにした。
「ベスパー事変の際、私は防衛隊の一員としてパイロットをやっていた。防衛隊といってもだいそれたものではなく、戦闘艦を運用できない程度の志願者によって形成された自警団レベルのものだ」
「そうだったんですか! でも……」
言葉を濁す結衣。
彼女のだんまりは、何かしらで防衛隊が壊滅したことを知っていることを表している。
自らを嘲笑するような気持ちで鼻で笑い、ウルク・ラーゼは言葉を続けた。
「ベスパー事変の解決を以て、コロニー・アーミィは金星を勢力下に置いた……その結果、最も得をしたのはアーダルベルト大元帥だった」
「大元帥……華世ちゃんの伯父さん……」
「大元帥に関しては他にも気になる点はある。魔法少女とツクモロズの存在……前情報皆無の状態から大元帥は二つ返事でその存在を認めた」
「そうなんですか?」
「今となってはその結論は正しかったし、そのおかげで柔軟な対応が可能になった側面はある。しかし、与太話で切り捨てかねん存在を即座に認めたのだ。いかにあの華世という少女が信用に足りたとはいえ、だ。まるで、ツクモロズに関して予め知っていたようではないかね?」
確証に至る証拠が少ないゆえに、言い掛かりにも近い論説。
けれどもそう思えるほどに、大元帥の判断は不可思議だった。
「確かに地球ではその存在が噂されこそすれ、魔法少女の存在はあくまでも都市伝説レベルなのだ。……私には、大元帥が招き入れたようにも思えるのだ。あくまでも個人的な予想の上で……だが」
いつの間にか到着していたシャフトの中心部。
シャフトを走るCFFS用ユニットが通り抜けれられるように作られたトンネル状の空間に、機体を着地させコックピットハッチを開く。
シート下からライフルを取り出し、降りようとするウルク・ラーゼへと、結衣が斬機刀を手渡すかのように差し出した。
「……何のマネかね?」
「お守り、です! 持ってたら……きっと美月さんが守ってくれますよ!」
「私は刀剣の類いは趣味ではないのだがな。まあいい、問答をする時間もないから従ってやろう」
受け取った刀、その鞘から伸びる紐を腰に巻きつけて帯刀する。
妙な重心バランスに歩きづらさを感じながら、重厚な扉の前へと足を進めた。
「恐らくはこの中にツクモロズが居るだろう。その、魔法少女とやらに変身して備えたまえ」
「わかりました。ドリーム・チェンジ!」
激しい閃光に包まれ、一瞬のうちに綺羅びやかな衣装へと変身する結衣。
その手に握る斧上の武器の大きさに少し驚いてから、ウルク・ラーゼは扉横の認証パネルへと手をかざした。
『生体認証確認。ウルク・ラーゼ様、どうぞお入りください』
古めかしいシステムボイスに銃を握る手に力を込めつつ、ゆっくりと動く分厚いトビラが口を開けるのを待つ。
人が入れる隙間になった途端に、閃光手榴弾を投擲。
爆発の音とともに一気に突入した。
そこに待っていたのは、閃光を物ともせずに立っているピエロ顔の男。
「おやおや、無粋な来客だなぁ? ボクの奏でるノクターンを、邪魔しにくるなんて」
「無粋で結構、無断コンサートは中断させる!」
ウルクがピエロに向けて引き金に力を込めようとした瞬間、頭上に気配を感じ一歩しりぞく。
同時にキラリと光る刃の一線が眼前を走り、ライフルの銃身が宙を舞った。
「くっ!!」
破壊されたライフルを手放し、すぐさまホルスターから拳銃を抜く。
が、構えるより早くウルクの身体は衝撃とともに、後方へと殴り飛ばされた。
「がっ、はっ!?」
「支部長さん!!」
「現し世に 静寂降ろさん 夜想曲。……人間ごときには邪魔立てはさせぬよ」
背中を激しく壁に打ち付けたウルク・ラーゼの正面に現れた大男。
俳句を読む癖と腕から伸びる刃に、それが華世の報告にあったセキバクと呼ばれたツクモロズであることを思い出す。
「支部長さん、今助けに……」
「君の相手は僕がしてあげるよ、魔法少女ちゃん!」
結衣が、もうひとりのツクモロズに攻撃される中、立ち上がろうとするウルクへと一歩一歩近づくセキバク。
壁にぶつかった衝撃に手から離れた拳銃を横目で見つつ、早くも使う羽目になりそうなた
「人の身で我を相手取るのは無謀。……おや、何者かと思えば懐かしき顔。我が元本体殿も近くに居るとはな」
「なん、だ……何の話をしている?」
「我の生まれいでる契機となった、事変の時より砕けた人間、あの感触は甘美だった。感謝を言いたかったぞ、ウルク・ラーゼ隊長どのよ」
「事変、隊長だと……? 貴様、まさか……」
ククク、と笑いながら腕を隠す長い袖を捲るセキバク。
そこに刻まれた刻印は、ウルク・ラーゼの愛機、その在りし日の姿に刻まれていた型式番号。
ウルク・ラーゼの愛機と同じ番号を持ち、人の身を砕くことに快感を得たという敵。
それらの情報がつなぎ合わされて出てきた結論に、ウルクは声を張り上げた。
「……貴様は、フラムを握りつぶしたマニピュレーターだというのかっ!!」
【8】
放たれるビームの隙間を縫うようにバレルロールする咲良。
避けきれないいくつかの光弾が〈アークジエル〉の巨大な翼、その表面を包み込むビーム・フィールドに当たり、ビシャウと弾けるような音を出す。
『被弾回数に注意してください。ビーム・フィールドのエネルギー消費は大きいんですから』
「そうは言っても、こうもキャリーフレームよりも大きくっちゃ……!」
「咲良お姉さん、私も戦います!」
「
そう言いながらも、咲良の内心では
自分の手の届く範囲でくらい、子供の手を借りずに戦い抜く。
それが大人でありアーミィの一員たる者の義務だと、そう思ったから。
けれども、その志をあざ笑うかのように事態は変化する。
『敵フォーメーションが変わりました。立体的に囲まれています』
「囲まれた……!」
一機でも速やかに落とさなければ、と思いつつも市街地の上空で爆散をさせることはできない。
民間人への被害を意識したその少しの間が、敵のアクションを許してしまう。
咲良機の周囲を取り囲んだ〈ガレッティ〉から、細いワイヤーが放たれ〈アークジエル〉へと伸びる。
先端に重りのついたような細い紐が触れた瞬間、ビーム・フィールドが激しくバチバチと音を立てて暴れだした。
「何が……何をされているのっ!」
『エネルギー残量大幅低下。フィールド生成エネルギーを漏電させられています。危険域突入』
「フィールドをオフに! でもそうすると被弾したら……
判断を迷っている隙に、パイロットシートの底に付いているスイッチに潜り込んで勝手に操作をする
緊急用開放レバーによって開かれたハッチの隙間から、何も言わずに
「ドリーム・チェンジ! マジカル・ビィィィムッ!!」
空中でまばゆい光に包まれたかと思うと、輝く翼をはためかせながら光の繭から白く輝くビームが飛び出した。
その光線は〈アークジエル〉を囲む敵の一機、その左肩を貫きワイヤーのフォーメーションを乱す。
コックピットハッチを閉め直す間に、画面でやかましかった警告音が静かになっていく。
『エネルギー漏電停止、フィールド再生成に成功しました』
「残り時間は僅か……一気に決めるしかないっ!」
咲良はコンソールを操作し、ミサイルコンテナの安全装置を解除する。
そして前方への加速、からの急制動による百八十度回転。
頭上に街の上部を見上げながら、思いっきりトリガーを引く。
「いっけぇぇっ!!」
コアユニットとなっている〈ジエル〉の両肩。
その後方に位置する場所から機械的なアームで持ち上げられる白く細長い巨大コンテナ。
その尾にバーニア炎を揺らめかせながら、〈アークジエル〉を離れたコンテナ。
巨大なミサイルにも見えるそれを見据えつつ、ビーム・フィールドの光がより一層激しく輝く。
「と・つ・げ・きだぁぁぁっ!!」
自分が放った攻撃を追いかけるようにスラスターを全開にする咲良。
人は巨大な物体が接近すると、思わず目が離せないものである。
突撃する〈アークジエル〉に注目する、それは離脱方向に向かって背を向けることに他ならない。
コンテナに満載されたミサイル。
その弾頭と火薬を飲み込むように〈アークジエル〉のビーム・フィールドがエネルギーを溢れんばかりに放出した。
輝く巨体を中心として起こる大爆発。
その爆風や爆炎から逃れそこねた〈ガレッティ〉は、受けた衝撃と熱量に空中で形状を大きく崩れさせ、致命傷に足りない程度の大打撃を受けていった。
バリア・フィールドで衝撃を吸収した無傷の〈アークジエル〉から、咲良は敵に向かって叫ぶ。
「そこまで傷を受ければ戦えないでしょう! あなた達の居場所に、帰って!!」
広域通信で放った言葉が、届いたかどうかはわからない。
けれども戦闘不能となった敵キャリーフレームたちは従うように個々がバラバラの場所へと降下。
大破したボディが空中からは見えないような場所へと入り込み、レーダーからも反応を消していった。
「すっごーいです! きれいな花火でしたよ、咲良お姉さん!」
「そ、そうだった……? 無事なら、よかったけど……」
空中で手を降る
それに含まれているのは、勝利への歓喜、無事に済んだことへの安堵、そして後悔と焦燥。
(また、魔法少女に頼ってしまった……)
借りまいと思った力なしには成し得なかった勝利。
己の力量不足が招いたことに、咲良はギュッと拳を握りしめる。
(もっと足りない……私にも、守るための力が……!!)
【9】
カラン。
と、斬機刀が床に落ちる音を立てたときには、全てが終わっていた。
既に二人のツクモロズは撤退し、サイキャスト内には結衣と支部長だけが残っていた。
「がはっ……」
口から血を吐いたウルク・ラーゼが、床に落ちた仮面を拾い上げ、バチバチと火花を上げる目元へとあてがう。
目元、というのはあくまでもその場所という意味。
本来ならば鼻頭があり、2つの目が位置するその部位は、彼の顔面に縫い付けられるようにして存在していた。
むき出しになったコンピューター基盤と、それに乗ったカメラ状のユニットという形で。
「支部長さん、その顔って……」
「ぐ……ハァハァ……。重ね重ね、他言は無用でお願いしたい。ベスパー事変で受けた、傷がもたらしたものだからな」
あの時。
セキバクというツクモロズに向けて支部長が刀を抜いた瞬間、仮面越しに彼の目は赤い光を放った。
同時にまるで早回し映像のような動きで斬機刀が唸り、無数の火花を散らす激しい剣戟が始まった。
戦いの過程の中で、セキバクの振るう刃が吹き飛ばす仮面。
その下から顕になったのは、機械化したという言葉でしか形容できない、支部長の壮絶な素顔だった。
よろめき、立ち上がろうとする彼のもとへと結衣は走り寄り、斬機刀を彼の腰につけた鞘に収めてから肩を貸した。
「ごめんなさい、私……その、知らなくて」
「怖がるのも仕方がない。私とておぞましい姿だと自覚している。しかし、17年前の未熟なサイボーグ技術では、これが限界だったのだ」
「その傷、もしかしてビームで……」
「後から医者に聞いた話だが、私の頭は上半分の前……全体の四分の一をビームでえぐられていた。それを生きながらえさせる過程で、脳の一部も含めての機械化。拙い時代によってもたらされたこの顔は、現代の技術でもマシにすることはできんのだ。笑えるだろう、親友を殺した男……その
義肢装具調整士の娘である結衣には、彼の言うことは完全でないにしろ理解ができた。
大きな傷、それが脳に達したとしても人間は稀に生きていることがある。
そういうときのために、失った脳の部分を肩代わりする機械、それそのものの存在は認知していた。
けれどもウルク・ラーゼが身につけているものは恐らく、機械側から脳の働きを強化することができる、安全性を度外視した違法品。
肉体の限界を超えた動きすら可能にし、その筋肉を破壊しながら動くことも可能にする。
本来ならば兵士を使い捨てにするような非人道的な機関が使うであろう、危険な技術。
それを背負った罪の重さとして、彼は身につけているのだろう。
現在、ウルク・ラーゼは確実に全身が悲鳴を上げるほどの痛みに苛まれているだろう。
それでも気丈に振る舞い、結衣の肩を借りながらもサイキャストの端末へと向かうのは、彼のアーミィとしての志が少女の前で戦士とあろうとするためだろうか。
いたたまれない姿に、自然と結衣の心は涙腺を緩くする。
「……よし、これで念波の送信は停止された。コロニー中を包む眠りの災厄も、じきに収まることだろう。……どうした?」
「支部長さん、幸せになってくださいよ」
涙がポロポロとこぼれる結衣の発言に、首をかしげるウルク・ラーゼ。
溢れ出る感情を整理しながら、結衣は言いたいことを彼へと真っ直ぐにぶつける。
「美月さんがあんなに支部長さんのことを想うの、わかった気がします。変な人だけど、いい人ですもん……! それでいて、放っておけないような……絶対に、美月さんと幸せになるべきです!」
「……私はまだ、彼女の気持ちに応えるわけにはいかんよ」
「どうして……!」
「フッ……私はどこか、この対ツクモロズ戦に疎外感を感じていた。自分という人間の存在とは縁のない、どこか遠いおとぎ話だとすら思っていた。けれどもどうだ、連中でも名うての一人は、私の愚かさが生み出したも同然ではないか」
支部長が言っているのは、恐らくセキバクというツクモロズのことだろう。
彼の発言をまとめるならば、あのツクモロズの依代はキャリーフレームの手。
ここまで乗ってきたあの長い名前の機体が昔、支部長の親友を握りつぶしたことでツクモロズになったのだろう。
「奴をこの手で始末するまでは、私は美月と顔を合わすことができんよ。それがフラムの、我が友の弔いとなるからな……」
苦しそうによろめく、ウルク・ラーゼ。
決してその目は表情として読み取ることはできないが、恐らく彼の顔は苦しみの中でも、目標を見つけた歓喜に溢れている。
結衣は、彼とともにサイキャストを後にしながら、静かにそう感じていた。
──────────────────────────────────────
登場戦士・マシン紹介No.22
【ガレッティ】
全高:7.8メートル
重量:7.3トン
V.O.軍が運用するコロニー内外で活用できる汎用型戦闘キャリーフレーム。
両肩装甲が飛行機の翼のように薄く張り出しており、重力が比較的ゆるいコロニー中心近くまで上昇すれば揚力でグライダー飛行することができる。
飛行速度は侮れないものがあるが、その都合上接近戦用の装備は廃しており中・遠距離戦を想定した武装をしている。
ビーム・ライフルの他には腕部の内蔵武器としてショック・ワイヤーを装備している。
これは先に重りのついた金属製のワイヤーを射出し、敵に電撃を浴びせる機構である。
副次的効果としてビーム・フィールドに対しては電撃がビーム・エネルギーを過剰に反応させることで、フィールド搭載機のエネルギーを急激に低下させることが可能。
しかしこの手段を用いるには複数機で同時に仕掛ける必要があるため、連携が乱れると妨害効果が失われてしまう。
──────────────────────────────────────
【次回予告】
次なる目的地コロニーを目指し、宇宙を征く華世たち。
その進路を妨害せんと、レッド・ジャケットの新戦力が戦艦アルテミスへと襲撃をかける。
しかし攻撃を仕掛けてきた者たちは、ホノカにとって思いも寄らない人物たちだった。
次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第23話「交錯する宇宙」
────卑劣な作戦の果てにあるのは、悲しみと怒りと、そしてすれ違い。
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