第21話「白銀の野に立つ巨影」

 隕石群をかき分けて、〈オルタナティブ〉のバーニアを吹かせるホノカ。

 周囲に浮かぶ天然の遮蔽物が、敵の位置を目視できなくしている中、慎重にライフルを構えて宇宙空間を突き進む。


「いったい、どこに……あっ!」


 突如、鳴り響くレーダー音に気を取られ目を離した瞬間、隕石の1つから姿を表した〈ザンドール〉が向けた銃口に光を宿した。

 とっさにシールドを構えるも間に合わず、閃光の中に飲まれ視界がブラックアウト。




 ……画面に映し出された「YOU LOSE」の文字にため息をつき、ホノカはコックピットから戦艦〈アルテミス〉の格納庫に降りる。

 キャリーフレームのコックピットで行うことのできる操縦シミュレーターによる模擬戦。

 初搭乗で味方を助けるという戦果に得意げになっていたホノカの鼻っ柱は、既にベキベキに折れまくっていた。


「よーし、10連勝だ。まだまだ実戦は程遠いな、お嬢さん」


 向かい側の〈ザンドール〉から降りてきた壮年の男性は、ネメシス傭兵団のパイロットの一人ラドクリフ。

 模擬戦で完膚なきまでに叩きのめされた彼の軽口に、ホノカはムッと頬を膨らませる。


「少しくらい手加減しても良いんじゃありません?」

「じゃあ君は敵に出会ったら初心者だから手加減しろって言うのか? 聞き入れないと思うがな」

「それは、そうですね……」


 正論をぶつけられ閉口するホノカ。

 初出撃から約一日。

 キャリーフレームの新米パイロットとなったホノカは、それからずっとシミュレーターで操縦訓練をしていた。


 大好きなドキュメンタリーアニメの中で、素人だったヒロインが初めての操縦で活躍するシーンがあった。

 自分も彼女のようにビギナーズラックと眠りし才能が相乗効果を生み、八面六臂の大活躍ができると信じていた。……最初は。

 けれども現実はアニメのように甘くはなく、初心者に突きつけられたのは20戦19敗という惨めな戦績。

 素人の大活躍は夢のまた夢と思い知らされ、八面六臂どころか七転八倒の目にあったのだ。


「また負けちゃってる。だらしないわねぇ」

「華世、そう言うならあなたが挑めばいいじゃないですか! 難しいんですよ、これ!」

「無理よ、あたし片腕が義手だから。神経接続に両腕使わないとイメージ・トレースが甘くなるから乗れないの」


 これみよがしに右腕を外し、袖をプラプラさせてから戻す華世。

 なんとも腹立たしい態度ではあるが、もし華世が操縦できたとしても勝てるビジョンが浮かばないので、ホノカは彼女に対して「ぐぬぬ」と言い返すしかできなかった。


「ああ、ここに居ましたのね。探しましたわよ」


 肩で息をしながら格納庫に走ってきたリン・クーロンが、ゼエゼエと息を切らしながらホノカたちの前へとやってくる。

 どうやら探して走り回ってたようだが、それまで見たこともないリンの格好にホノカはハテナ? と首を傾げた。


「どうしたんですか、そんなに着込んで」

「着込んで、じゃありませんわよ! あなたたち、もうすぐ着くコロニーが何か忘れましたの?」


 言われてハッと気づくホノカ。

 これから入港し訪れるコロニー。

 それは、ビィナス・リング第2コロニー・ウィンター。

 雪と氷に閉ざされた、年中を極寒の冬に包まれたコロニーである。




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       鉄腕魔法少女マジ・カヨ


      第21話「白銀の野に立つ巨影」


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 視界を真っ白に染める雪の激流。

 装甲とモニターを通して聞こえてくる暴風の音。

 そして両側面から漂ってくる、女の子の香り。


「……どうしてまた5人乗りしてんのかしら、あたしたち」

「さあ……?」


 防寒着に身を包んだ華世のフカフカの袖を左頬に受けながら、操縦レバーを握りしめるウィル。

 彼は狭い〈エルフィスニルファ〉のコックピットで再び、女の子四人を載せた操縦を強いられていた。


「だいたい、どうしてユウナが来る必要あるわけ?」

「〈アルテミス〉との連絡要員よっ。それに、会いたい人がウィンターには居るからね」

「会いたい人……誰ですの?」

「んふふ、ひみつ~!」


 ホノカの頭頂部に顎を乗せたユウナが、とてもにこやかに声をうわずらせる。

 一方のホノカは、なんだか浮かない顔をしていた。


「ホノカちゃん、どうしたんだい?」

「別に……なんだか、ちょっとムカつくだけ」

「え~? ホノカってばホームシック?」

「そういうわけじゃありませんけど……はぁ」


 今日だけで何度目かわからないため息をつくホノカ。

 テンションが低めなのはシミュレーターでの模擬戦に負けたこともあるのだろう、とひとりウィルは考えていた。

 しかし、彼女に最も近い位置にいるユウナが、目を輝かせながら違う結果を推察した。


「ずばり、ホノカ。あなたを悩ませているのは恋の病でしょ!」

「へ、恋の?」

「慣れ親しんだ地を離れ、当たり前だった隣は空っぽ……。ああ、愛しのあの人の声を聞きたい、会いたい、抱きしめたい! でしょ!」

「そんなことは……ありま、せん」


 断言しつつも言葉に詰まるホノカ。

 それが図星を突かれた狼狽えなのか、それとも氷点下を示す室温計が示す現状がもたらしたものかは、本人以外にはわからない。


「だいいち、私は恋などする相手はいませんから」

「えー? ホノカ、絶対に恋しちゃってるんだって! おねえさんに教えてごらん? 相手は誰なの?」


 狭いコックピットで年上に詰め寄られ、苦い顔。

 恋バナに花を咲かせる右側の熱を冷ますように、リンが「ぶえっくし!!」とひときわ大きいクシャミをした。


「ズビ……それにしてもなんだってこのコロニーは、こんなに寒いんですの……?」

「うわ汚っ! あたしの方を向いてぶち撒けるんじゃないわよ」

「えーと、たしかこの悪天候は支部にあるマザーコンピューターの冷却と、防衛を兼ねてじゃないっけか」


 コロニーに乗り込む前に読んだ資料の内容を、うろ覚えながら暗唱するウィル。

 現代のコロニー占領戦は、外部から機体を持ち込む関係上、宇宙と重力帯兼用の汎用キャリーフレームが必要となる。

 そこで雪原という不整地と、吹雪という悪天候によって汎用キャリーフレームの足を奪い、防衛側は局地特化機体を運用することで優位を取る。

 ウィンターの支部に金星アーミィ全体の情報を統括している巨大コンピューターが存在しているのも、防衛力を強化する最もな理由なのである。


「でもこのコロニー、わたくし以前に旅行で来ましたけれど……こんなに天気は荒れてはいませんでしたわ」

「まあ平時なら雪というコロニーじゃ珍しい気候を売りにしたリゾート地だろうけど、今はV.O.軍の脅威が近いからね。キャリーフレーム無しじゃ宇宙港から出ることもままならないのも、安全と引き換えでしょ」

「むむ……許すまじですわね、V.O.軍!」


 ひとり闘志を燃やすリンに乾いた笑いを向けるウィル。

 しかしその笑い顔は、レーダーに映った反応にすぐさま真顔に変えさせられた。


「な、何ですの?」

「近くに大きな動体反応だ……雪でレーダーが乱されて、方向と相手が何かまではわからない」


 冷静に〈エルフィスニルファ〉の足を止め、周囲の風景に目を凝らす。

 無数の白い激流の中、数メートル先が見えない極寒の霧。

 その向こうでうごめいた影に、ウィルはペダルを踏み込んだ。


 直後、高速で飛ぶ飛翔体がすぐ脇を掠め、背後の雪を衝撃とともに巻き上げる。

 ──実体弾による射撃。

 攻撃を受けたウィルはビーム・シールドを始動。

 腕を振り回させることで周囲の吹雪を払い、一瞬だけ敵の輪郭を顕にした。


「4足の……巨大な犬? ライオン?」


 幾何学的なラインで構成された4メートルはあろうかという巨大な獅子。

 それが、雪中でウィルへと襲いかかった敵の正体だった。



 【2】


 妖しい双眸そうぼうの瞬きと共に、光のたてがみを顕にする巨大な雄獅子。

 雪原という不整地を物ともしない勢いの飛びかかりを、ウィルは〈エルフィスニルファ〉に握らせたビーム・セイバーでいなす。

 直線が目立つシルエットが弾かれ、側面に着地するも、矢継ぎ早に次の突進。

 ウィルは後方へ飛び退き攻撃を回避しながら、手に持つビーム・ライフルのトリガーを引いた。


 軽快な動きでかわされ敵の側を通り抜けた光弾。

 膨大な熱量の塊たるその弾丸が雪面をかすめた瞬間、弾けるように氷雪が舞い周囲の視界をホワイト・アウトさせる。


「……しまった!」


 敵の初弾が実体弾だった理由に遅くも気がつく。

 寒気の中で固形化しているとはいえ、雪の主成分は水。

 大熱量を受ければ気化し、すぐさま冷やされることで巻き上げられた水蒸気はたちまち白銀を纏った霧のカーテンと化す。


「水蒸気爆発……! 雪にビーム兵器は禁物、か!」


 視覚を失い地上戦では敵に利が有りと悟ったウィルは、吹雪に敵影が見えなくなることを承知で一時上空へと自機をホバリングさせた。


「なんですの、あれは!?」

「キャリーフレーム? それともツクモロズ?」

「敵の姿を見失ったわよ。大丈夫なの?」


 口々に戦いへの茶々を入れる両翼の少女たち。

 彼女らを守るためにも、ウィルはコンソールを操作。

 外部の集音機能を鋭敏にさせ、身につけたインカムから発される風音に意識を集中させる。


「吹雪でレーダーは当てにならないけど、相手がビーム状の武器で攻めてくるならやりようはある……!」


 純白の闇の中に光るビームの輝き。

 雪をかき分け地を蹴る運動音。

 機械の目が当てにならない以上、頼れるものは己の五感。

 視覚と聴覚に意識を集中し、敵の位置を探る。

 

(この技は、見せるべきじゃあないとわかっているけど……!)


 背後の下方に見えた光の線に敵の位置を読み取り、雪の崩れる僅かな音に攻撃のタイミングを知る。

 まさに視界にはっきりと敵の巨影が映った瞬間に、両手のレバーを倒しペダルを踏み抜く。

 ガクンと一瞬の振動とともに僅かな時間で戦闘機形態へと変形する〈エルフィスニルファ〉。

 その両脚が空気抵抗に配慮した位置へと収まるまでの一瞬の間に、セーフティを解除し脚部バーニアを噴射する。


(今は……四の五の言ってられないっ……!)


 空中の静止状態からの、変形を交えた目にも留まらぬ浮遊運動。

 叩きつける強風すらも味方にした位置ズラし。

 敵の狙いの位置から退避し、空振りをした相手の頭上を取った。

 位置取りを確認してから再びの変形。

 増した空気抵抗にブレーキのかかった機体が一秒にも満たない間に上昇をやめ、背後スラスターの炎と共に落下を伴った一撃を放つ。


「こ・こ・だ・ーっ!!」


 下から付き上がった敵のタテガミへと、重量を載せたビーム・セイバーの一撃が走る。

 けれどもその一閃は致命傷に非ず。


(……ズラされたっ!?)


 敵もまた空中で体勢を変え、致命の一撃をタテガミの端を切り裂かれるに留める。

 宙を舞う敵の破片。

 それが雪原に突き刺さると同時に、相手はビームのタテガミを雪面へと押し付ける。

 水蒸気爆発で再度巻き上がる蒸気の霧。

 視界が晴れる頃には、敵の動きを表す異音も攻撃の意思を示す光も無くなっていた。


「逃した……?」

「いや、逃げてくれた……が正しいかもしれない。なるほど、ウィンターの防衛機構……肌で感じるとこういうことか」


 僅かでも情報を得ようと周囲を見渡し、敵の破片を探すも既に新たな雪の層が降り積もり見つけることはかなわない。

 ウィルはこの状況でとどまるのも危険と判断し、支部のある方角を確認してから再び〈エルフィスニルファ〉を歩かせはじめた。


「う、動いて大丈夫ですの?」

「機体の具合は問題ない。ただ……敵の正体が掴めなかったのが残念だった」

「あんなのが居るんならアーミィも把握してるでしょ。向こうにつけば情報くらい得られるわよ」

「そうだね……ん? クーロンさん、どうかしたかい?」


 ふと、リン・クーロンの視線が自分の顔に向いていることに気づく。

 今の戦いの過程で何か察されたのかと内心で冷や汗を垂らすウィル。


「いえ、初めて間近で見ましたけど……あなた、戦いになると男前になりますわね」

「それって……」

「なに? なに、リンお嬢様ったらウィル君に惚れちゃった?」

「ダメよリン。ウィルはあたしを予約済みらしいから」

「そ、そういう意味で言ったのではありませんわ!」


 戦いの緊張を忘れ、再び恋バナに花を咲かせる少女たち。

 ウィルはその話題の渦中にありながらも、手足に入れた力を緩めずにただ乾いた笑いを返すことしかできなかった。



 【3】


 雪の中にそびえ立つ、無限に続くとも思える頑強に反り立つ高い壁。

 門の前で見張りに身分を明かして潜ったゲートの先。

 堅牢を形で表すかのような飾り気のない施設が顔を出した。


 コロニー・ウィンターのアーミィ支部。

 その格納庫へと運び入れてくれるという隊員に〈エルフィスニルファ〉を任せ、華世たちは分厚い3重の自動ドアをくぐり施設内に足を踏み入れる。


「暖かいですわ〜!!」

「ほんとにね! 中まで極寒だったらどうしようかと思っちゃったわ!」

「……思ったけど、私と華世は変身してたら寒くなかったんじゃ?」

「ホノカ、あんた……あの狭い中に斬機刀と機械篭手ガントレット持ち込む気だったの?」

「コックピットが傷つくから、二人がそれをしなくてよかったよ」


 効いた暖房に思い思いの言葉を発しつつ、防寒着についた雪を払い落としつつ受付へと向かう。

 しかし、カウンターの奥はひっそりと静まり返っており、人の気配はまるで無かった。


「おかしいわね……取り込み中かしら」

「あら華世。そこに本を読んでる女の子がいますわ! 尋ねてみましょう!」


 返事も聞かず、待ち合いスペースの椅子に座って絵本を読んでいる女の子の元へと駆け出すリン。

 仕方なく、見た目ホノカより年下に見えるイヤーマフをつけた女の子の所へ、5人ゾロゾロと歩み寄ることになった。


「ねえあなた、受付の人はどこですの?」

「…………」


 何も言わず、廊下の一つを指差す女の子。

 突然の来訪者に緊張しているのか、あるいは無口な子なのか。

 リンから礼の言葉を受けた彼女は、不機嫌そうな顔を再び読んでいた絵本へと向けた。




「なんだか、無愛想な子でしたわね」


 薄暗い廊下を進みながら、リンが先程の女の子の話題を振る。

 ホノカが「私もあんな感じだし」と返すと、ユウナが「ホノカって根暗なの?」と一切のオブラートもない言葉を浴びせた。


「……強く否定はできませんね」

「やだ、もー! 冗談だってば! ……ウィル君、どうしたの?」


 廊下に入ってから、ずっと俯いているウィルへと心配の声をかけるユウナ。

 華世はてっきり戦闘の疲れでも出たのかと思ったが、彼の顔は疲れというよりも怯えに近い表情をしていた。


「何かあったの?」

「い、いや……さっきの女の子、変じゃないか?」

「変……と言いますと?」

「外と隔てられたこの施設に幼い女の子が一人だなんて。それに、なんだかあの子の目……すごく俺を見ていた気がする」

「まさか……オバケだったり!? この基地で死んだ女の子の霊が夜な夜な……!!」

「いや、無いでしょ……いま昼前だし。言われてみれば妙といえば妙だけどね」


 考えられる安易な答えとしては、何らかの理由で人里の子を預かっているか、あるいは関係者の連れ子だろう。

 どちらにせよ今は巡礼の場所と、先程の敵の情報を尋ねるのが目的の華世たちには関係のない存在。

 いったん少女のことは忘れ、華世はようやく人影を見つけた休憩室の扉を押し開いた。


「あの……」

「あら、あなた達はだぁれ?」


 携帯端末を片手にコーヒーを飲んでいた女性。

 リンに声をかけられた彼女は、立ち上がって華世たちの方へと歩いてきた。


「えっと……俺の顔になにか?」


 じっ……とウィルの顔を覗き見るように顔を近づける女性。

 数秒間ながめたあと、彼女の顔がニンマリと緩む。


「久しぶりの、可愛い男の子だぁ……」

「えっ……?」

「あっ、ゴメンねついつい。それで君たち、お姉さんに何の用かな?」

「受付の人はどこですか? 支部長でもいいんですけど……」


「支部長ーーっ! 支部長ーーっ!!」


 リンが訪ねようとした矢先、ドタドタと騒がしい足音を鳴らし、絶叫した男がひとり休憩室へとなだれ込んできた。

 扉の縁に手をかけ、乱れた息を整える男。

 ただならぬ様子にドン引くホノカとリンをよそに、彼の顔を見たユウナがパアッと顔を明るくした。


「お兄ちゃん!」

「おん? 誰かと思えば、ユウナじゃねえか! 久しぶりだなー!」


 さっきまでの慌てぶりが嘘だったかのように、フカフカな服装同士で抱き合う男とユウナ。

 状況についていけてない華世たちを尻目に、女性がポンと手のひらに拳を当てる。


「レオン少尉、もしかしてその子が妹さん!」

「おうよ! クリス少尉にも何度か話したら自慢の妹だ! ユウナ、どうしてここに?」

「バイト先のふねがここに寄ったから。お兄ちゃん、全然家に帰ってこないし……」

「わざわざ会いに来てくれたってことか? 見ろよ、この良くできた妹を……!」

「ユウナちゃん、レオン少尉ったら毎日あなたのこと気にかけてたんだよ」

「えー! 嬉しい! お兄ちゃん大好き!」


「……ちょっといいかしら?」


 客人そっちのけで盛り上がる三人へと、低い声で圧をかける華世。

 目を細め睨みつけながら華世が人間兵器である印を見せると、途端にふたりのアーミィ隊員は真顔になった。


「感動の兄妹ドラマを見に来たわけじゃないのよ、あたしたち」

「そうですわ。受付の方か支部長の居場所、お二人はご存知ありませんか?」


「あっ、そうだ忘れてた! 俺も支部長に報告しねえと!」


 ユウナの兄・レオン少尉が思い出したかのように慌て始める。

 なんでも基地の周辺で新しい敵が現れたというらしい。


「キャリーフレームくらいのサイズのバケモンだよ。きっとあいつの仲間に違いねえ!」

「それが本当なら早く支部長に伝えないと……!」

「あたしたちも支部長探してるんだけど……」


「私が、どうかしたか?」


 背後から聞こえてきた、迫力を感じる低い女性の声に休憩室にいた全員が一斉に入り口を見る。

 そこには閉じた扉の隙間から、さっき待ち合いスペースに座っていた女の子が鋭い目つきで覗き見ていた。


「あなた、さっきの……」

「やけにやかましいから様子を見に来てみれば。なんの騒ぎだ、レオン少尉」

「あっ……! そうです、支部長! 報告が!」


「「「支部長!?」」」


 扉を開き低姿勢で少女を休憩室に入れるレオン。

 彼が支部長と呼んだ先、それは紛れもなくその女の子だった。



 【4】


 吹雪が窓を叩きつける音がしきりにこだまする、少し豪華な装飾の部屋。

 レトロな外見のカマドが見せかけだけの炎を揺らす中、ウィル達が座る黒いソファの向かいに少女、いや……コロニー・ウィンターのアーミィ支部長、キリシャ・カーマンが小さな腰を下ろした。


「さて……何の話だったかな?」

「…………」


 年下に見える少女の威厳ある振る舞いに、言葉をつまらせる華世たち。

 大人びた少年少女は立場柄少なからず見てきた一行だったが、ここまでの存在は居なかった。


「……そう奇異な目で見るな。宇宙放射線による奇病で、かれこれ24年もこんな姿だ」

「24年!? それじゃあ……」

「私の年齢は35だ。すっきりしたか?」


 外見不相応すぎる立ち振る舞いに、理解はできずとも納得せざるを得ない。

 キリシャの説明を聞き呆気に取られ終わったリンが、身体を前に乗り出して口を開いた。


「わたくしは、第9番コロニー・クーロンの領主が娘、リン・クーロンと申します」

「コロニーをV.O.軍から守るために、巡礼の旅に出た……だろう?」

「え……? ご存知でしたの?」

「あらかたの事情はウルク・ラーゼから聞いている。……令嬢が身一つでこの時勢に旅とは、よくご両親は反対しなかったものだな」


 言われて、ウィルはハッとした。

 トントン拍子にコトが進みすぎて失念していたが、たとえ平和のためとはいえ巡礼の旅など、マトモな親が了承するはずがない。

 ましてや、実力者揃いとはいえ中学生だけのグループで。


「……父も母も、V.O.軍のサンライト占領の際、その場を訪れていました。あれから一度として、お目がかなったことはありません」

「なるほど、頼れる者がいない中の決行か。いや、君たちが頼れる者たちかな?」


 華世たちの顔を見渡し、小さな顔で納得の意を示すキリシャ。

 ウルク・ラーゼから事情を聞いているということは、華世とホノカが只者ではないことも知っているのだろう。


「たが……聖堂への来訪は許可できない」

「なっ……なぜですか!? まさかわたくしに、クーロンへ帰れなどと……」

「慌てるんじゃない。行かせたくても行かせられないワケがあるんだ。こいつを見な」


 そう言いながら、キリシャ・カーマンは手元に置いていた端末を軽く操作し、テーブルの上に置いてウィル達へとその画面を見せる。


 映し出されていたのは、一枚の望遠写真だった。

 背の低いビルが立ち並ぶ街の一角にそびえ立つ、巨大な何かを写した写真。

 流線型の装甲を皮膚代わりに身にまとった、ゲームなどに出てきそうな飛竜ワイバーンのような大型構造物。

 その翼からは無数の針にも見える筒が乱立しており、先端が槍のような形状をした細長い尾を持つ巨獣。

 龍の頭を模した頭部の口内には、あからさまな大型ビーム砲が内蔵されている。


「こいつが、お前さんの行きたがっている聖堂のある区画を陣取っている」

「これは……一体?」

「〈ミョルニール〉。火星で運用された過去のある、拠点防衛用のオーバーフレームさね」

「なぜ、そのような物が?」

「V.O.軍の蜂起と同じ頃に、突然現れた。関係性は不明だが、中に生体反応は無い。そしてやつの周囲に出現した、奇妙な存在……お前たちならば心当たりがあるだろう」


 画面上を指でスライドさせ、写真を切り替えるキリシャ。

 写っているのは、〈ミョルニール〉の周囲を飛ぶ翼竜人型ツクモロズ〈プテラード〉と、足元にキャリーフレーム大の巨大ゴミ人形〈メガジャンクルー〉。

 大型兵器の随伴をしているようなその存在は、このオーバーフレームが何由来の存在かを如実に示していた。


「……なるほど、ツクモロズね」

「奴の排除の為に何度か攻撃を仕掛けたが、さすがは拠点防衛用。翼の高射砲による対空と、頭のGRビーム砲による対地攻撃で近づくことすらままならん。接近しようとすればゴミ人形どもが妨害をする……そもそもココは防衛の観点から陸戦兵器が主体だしな」


「……あーっ! そうだったそうだった、支部長コレを!!」


 キリシャの背後に立っていたレオンが、思い出したかのように細長い記録端末を取り出した。

 話の腰を折られ、キリシャの顔が険しくなる。


「レオン・マリーローズ少尉。後ではいかんのか?」

「ぐっ……その女々しい苗字で呼ぶのは勘弁してください。それよりもコイツん中の映像! きっと〈ミョルニール〉の随伴機か何かですよ!」

「どれどれ……?」


 言われるがままに記録端末を接続し、中の映像データを再生するキリシャ支部長。

 それまで黙って立っていたクリス少尉も覗き込む中、この場にいる全員が端末の画面に注目する。


 映像はブレブレであったが、確かに吹雪の中飛び回る影が一つ。

 大きさ的にキャリーフレームくらいのサイズがあるかもしれない。

 映っているシチュエーションに、ウィルは先程の戦いを思い出した。


「あっ……これ、俺がここに来る途中に交戦したやつかもしれません」

「少年、お前も戦ったか! いやぁ、なかなかすばしっこくて手強い相手だった」

「はい。獣みたいに地を駆けて飛び掛かって、何とか退けられたけど……」

「うんうん、鳥みたいに飛んだ上で空中で……え、獣?」

「四つ脚の敵じゃなくて?」

「俺が出会ったのは空飛ぶ変形野郎だが……」


「ねえレオン少尉、どこで交戦したの?」


 噛み合わない話に、クリスが助け舟を出す。

 

「どこで……って、もちろんパトロールに出た都市方向だぜ? 少年が戦ったっていう宇宙港の方向とは真逆……」

「そういえばレオン少尉の機体ってこの間の改修の際に、コンパスが壊れたって言ってなかった?」

「あ、ぐ……」


 途端に言葉に詰まるレオン。

 ウィルはなんとなく、あの戦いの全貌が読めてしまった。


「ということは何か。少尉は方角を誤った上でこの少年と交戦、あまつさえ機体を損壊させた……というわけだな?」

「……め、面目ありません!!」

「貴様の処分は後だ。話を戻すがウィル、君の機体と魔法少女を使った作戦を、ウルク・ラーゼから君たちがここに来ることを聞いてから考えていた」

「作戦……ですか?」

「受け取った情報と先の、映像から見た操縦技能があれば可能だと計算では出ている。頼めるか?」


 突然提案され、華世の顔を見る。

 この旅の目的は、リン・クーロンの巡礼をサポートすること。

 いまその障害となっているのが〈ミョルニール〉なら言うことを聞いておけ、と言わんばかりに華世は無言で顎をクイッと動かした。


「……わかりました。やらせてください」

「よろしい。では一時間後に作戦説明ブリーフィングを行う。レオン少尉とクリス少尉はキャリーフレーム隊を集めておけ」

「「了解ラーサ!」」

「子供たちは二人の手伝いを。それから……ウィル、君には話がある。残ってくれ」

「え、俺……ですか?」


 名指しされ、固まるウィル。

 こちらを見つめるキリシャの眼差しは、なぜだかすごく鋭かった。



 【5】


「ちぇっ。支部長にウィルきゅん取られちゃった。せっかくギューッて抱きしめて癒やされたかったのに。まさか支部長、今ごろウィルきゅんとホッコリしてるんじゃ……」

「少なくとも支部長はお前のようにショタコンの趣味はねぇよ」

「ショタコンじゃないです〜! カワイイものが好きなだけです〜〜!」

「どっちも変わんねぇだろうが!」

「あーあ、V.O.軍のせいで毎年来ていた見学の子たちも来ないし。欲求ふまん〜〜!!」


 支部長室の外。

 華世の前でプンプンと不満を訴えるクリスと、ツッコミを入れるレオンの漫才。

 ウィンターのアーミィには変な連中が多いな……と思っていた矢先に、二人の会話に聞き捨てならない単語が聞こえた。


「しかしよぉ……あの少年には悪いことしちまったな」

「本当にマヌケ。そんなことじゃ、レオン少尉の永遠のライバルの“ウチミヤ”に永遠に勝てないわよーだ」

「そ、そりゃあ言いっこ無しだぜ……お前もあの糸目の悪魔はトラウマになってるくせに」


「ウチミヤ?」


 突然飛び出た、家族同然の育ての親の名前。

 その苗字自体は珍しくもないだろうが、アーミィ関連でかつ、糸目ともなれば特定個人を指す言葉になる。


「もしかしてウチミヤって……クーロンの内宮千秋のこと?」

「知ってるのか嬢ちゃん。俺ぁ学生ん時、負け知らずで無敗の獅子王とも呼ばれてたんだ。だが……太陽系大会の準決勝で、俺は奴に瞬殺された」

「それからレオンったら負け猫って呼ばれるようになっちゃったんだって。カワイソ〜」

「お前だって何年か前の模擬戦大会でギタギタにされてトラウマなってるって言ってただろ」

「ひどいんだよ内宮ってば! 私達は必死で戦ってるってのに、向こうは連れ子の運動会見に行きたいからって理由で全戦秒殺! 大会が午前で終わったのってあれが最初で最後よね?」

「……秋姉あきねえってそんなに強かったんだ」


 華世の記憶に思い起こされる、小学校最後の運動会。

 日付がアーミィの模擬戦大会と被って見に来れないかもと言っておきながら、内宮は午後に弁当持参でミイナに合流した。

 その裏でアーミィの猛者たちを全員叩きのめしていたとは、その時の華世はつゆ知らず。

 二人の話す身内の戦績に、華世はなぜだか自分のことのように少し嬉しくなった。


「俺はリベンジするために徹底的に奴の情報を集め、奴を追ってアーミィに入り、奴と同じ金星赴任まで勝ち取った。だが……未だに内宮との再戦は叶わねぇ」

「そこまで来ますと、もはやストーカーですわね……」

「お兄ちゃん、熱心だなって思ってたけどそんな裏が……」

「まあレオン少尉、〈ミョルニール〉攻略戦を超えないことにはリベンジも何も無いよ?」

「おうよ! そのためにも、さっさとベロス隊の連中を集めねぇとな!」


 支部長に言い渡された命令のために、二人のアーミィ隊員は廊下を駆け出した。



 ※ ※ ※



「……俺だけを残して、作戦の説明ですか?」


 支部長と二人きりになった部屋の中で、正面に座るキリシャは黙って端末を操作する。

 再び見せられたのは、レオンがウィルと交戦したときの映像。

 空中に逃れた〈エルフィスニルファ〉が、レオン機の攻撃を回避し反撃したその瞬間で、彼女は映像を止めた。


「私が聞きたいのはこの戦闘機動のことだ。変形しながらの加速と急制動……こいつはそんじょそこらの若者が思いつきでできるような代物じゃない」 


 危惧していた事が現実となり、頬に冷や汗を垂らす。


「お前さん、この技術テクニックを誰に習った?」

「……言わなくては、なりませんか?」

「いい。その態度で確信したよ。お前さん……レッド・ジャケットだな?」


 確信をついた一言に、両拳を力いっぱい握りしめるウィル。

 今まで隠していた事実。

 華世にすら知られていない、ウィルの生まれ。


「お前の父親には心当たりがある。奴からこの技能を叩き込まれたな?」

「…………」

「お前の母親は?」

「……いません」

「なるほど、な」


 立ち上がり、ウィルに背を向け窓の方へと歩くキリシャ。

 彼女は踏み台に登り、じっと雪の叩きつける外を眺める。


「あのっ……!!」

「安心しろ、他言はしない。作戦の中核を担うお前さんを、これ以上動揺させる意味はないからな」

「じゃあ、どうして……」


 ウィルの言葉に、帰ってきたのは沈黙だった。

 時計の秒針が時を刻む音と、電子カマドの燃える音だけが部屋に響き渡る数十秒。

 永遠にも思える静寂の時間は、振り返ったキリシャの、あまりにも優しすぎる微笑みに破られた。


「17年前の約束の果て。その答え合わせがしたかっただけだよ」

「約束……?」

「これ以上は、お前のダンマリと引き換えだ……ウィリアム・エストック」

「……!!」

「秘密同士のおあいこだ。行け、ブリーフィングは一時間後だ」

「……はい」


 言われるがままに、キリシャへと一礼し支部長室のドアノブに手をかける。

 扉が閉まったあとに、キリシャ・カーマンという女がつぶやいた言葉は、ウィルの耳には届かなかった。


「バカ野郎が、ハルバート。知らぬ間に私を母親にすんじゃないよ……!」



 【6】


『ブリザード・ミスト解除! 吹雪があけるぞ、総員……心せよ!』


 通信越しに聞こえてくるキリシャ支部長の声に、ウィルは操縦レバーを握る手に力が入る。

 パイロットシート脇に座る華世も、魔法少女姿でじっと正面を見据えている。

 うるさいくらいに雪を叩きつけていた強風が次第に止み、灰色の空が徐々に青みがかっていく。

 

 視界が晴れ、周囲に布陣した味方機の陣容が見えてきた。

 ズラリと雪原に並んだ、狗型キャリーフレーム〈ベロスⅡ〉。

 その先陣にはクリス搭乗の〈ベロセルフィス〉と、レオン搭乗のベロセルフィスカスタム機〈レオベロス〉。


 そして後方には控えとして、ホノカの〈オルタナティブ〉とネメシス傭兵団から出張してきた〈ザンドール〉軍団。

 ウィンター中の戦力が一機のオーバーフレームと周囲を守るツクモロズ群を倒すために集まり、布陣していた。


『ベロス隊、しっかり坊やの為に道を開きな! オペレーション・ヨルムンガンド。開始っ!!』

『よっしゃぁ、いくぜ野郎どもぉぉぉっ!!』

『ウィルきゅんの翼は、私達がまもーーる!!』


 一斉に駆動音を唸らせ、クリス機とレオン機を先頭に前進する〈ベロスⅡ〉軍団。

 吹雪が完全に止んだことで敵側がこちらを視認したのか、雪煙を巻き上げながらメガジャンクルーも進攻を始める。

 同時に〈ミョルニール〉が鎌首をもたげ、口を開いて内部のビーム砲に光を収束し始める。


『敵のビームが来るぞ! 総員回避運動! 同時にウィル機は飛翔開始!』

「了解!」


《キシャァァァッ!!》


 耳をつんざく咆哮とともに放たれる光の激流。

 狙われた〈ベロスⅡ〉たちは巧みに射角から安全位置へと移動し回避。

 雪原を薙ぎ払う大熱量に発生する水蒸気爆発、舞い散り広がる純白のカーテン。

 ウィルはその中へと〈エルフィスニルファ〉を飛び立たせ、戦闘機形態で一気に高度を確保。

 正面に見える〈ミョルニール〉の頭上を目指し、スラスターを全開で噴射した。


『対空砲火が来るぞ! ベロス隊、翼を狙って砲撃をかけろ! 一つでも高射砲の意識を対地に向けさせるんだ!』


 キリシャの号令で一斉に火砲を放つベロスたち。

 ウィルの眼科で無数の砲弾が反射した光で軌道を描きながら次々と空を走り、着弾。

 金属音を唸らせながら下ろした〈ミョルニール〉の左翼、その高射砲が雪原へと向けられる。

 しかし、右翼は動かずそのまま。

 次の瞬間、ニルファを狙って弾丸が宙へと放たれた。


「揺れるぞ、掴まって!」

「わかってるっての!」


 ペダルに乗せた足の力を抜きつつ操縦レバーを押し倒す。

 急降下からの急上昇、機体の回転をはさみつつ左右へ振らせ対空砲を回避する。

 やがて弾丸の嵐が止む、と同時に眼前に爪を広げた〈プテラード〉が視界に入る。


「やらせるかぁっ!!」


 変形を解除し空気圧のブレーキ。

 落ちた速度で敵の格闘攻撃を空振らせるとともにビーム・セイバーを抜き、落下を伴った袈裟斬りをお見舞いする。

 溶断面を顕にしながら落下する〈プテラード〉の奥から、口内を光らせた翼竜が三匹。


(……もう迷ってはいられない!)


 再び戦闘機に変形しつつの脚部スラスター噴射。

 空中でホップした真下に熱線の通過を見届けながら、2機のビーム・ブーメラン・ダガーを発射。

 それぞれが一匹ずつ翼竜の背中を切り裂くと同時に、ウィルは変形を再解除しつつビーム・ライフルで残りの一匹を撃ち抜いた。



 ※ ※ ※



 地上では、純白の戦場の上で大軍団同士の衝突が起こっていた。

 後方からジャンク品の発射を行う敵の隙間から飛び出した〈メガジャンクルー〉が、ビーム溶断器をおもむろに振り上げる。


「野郎ッ! 俺の〈レオベロス〉を舐めんじゃねぇっ!」


 格闘戦に不向きな狗型形態から機体を変形させ、エルフィスのような人型の姿を現す〈レオベロス〉。

 胸部に移った獅子の意匠、そのタテガミからビーム・ランサーを二本引き抜き両の手に握る。

 発振した光の刃で敵の攻撃を受け止めつつ、もう一本で無防備な胴体を横薙ぎに切り裂く。


 そのままタテガミにランサーを戻しつつ変形。

 敵の間を加速して通り抜け、後方から砲撃を行う〈メガジャンクルー〉へと肉薄。


「獅子王の魂が、伊達じゃねえってところを見せてやる!」


 頭部のタテガミを構成するビーム・ランサーが一斉に火を吹き、発生したビーム・フィールドが機体前面を大きく包み込む。

 形成された光の大牙。

 獅子の魂を化現させた巨大なビーム・ランサーが跳躍とともに敵を打ち貫き、噛み砕く。

 着地して反転、飛びかかり。

 次々と牙に飲み込まれていくメガジャンクルー。

 しかし次の獲物を、と突進したところで敵が溶断器で防御。

 突進を受け止められたところで側面からもう一体の格闘タイプがビームの刃を振りかぶった。


 直後、土手っ腹に弾頭をめり込ませ吹っ飛ぶ側面の敵。

 そのまま受け止めていた正面の敵から後方へ飛び退くことで距離を置く。

 レバーとペダルを全開に押し込み、ドリルのように高速回転しながらの突進を〈レオベロス〉が放つ。


わりぃ、クリス。助かった!」


 敵を突き抜けた先で滑腔砲かっこうほうを構える〈ベロセルフィス〉へと礼を言うレオン。

 通信コンソールに、クリスのにやけた顔が浮かび上がった。


『妹さんの前で張り切るのはいいけど、心配させちゃ元も子もないって!』

「違いねえ!」



 【7】


 対空砲火を掻い潜り、数多の〈プテラード〉を迎撃し、ついにウィルが〈ミョルニール〉の頭上へと到達した。

 すべての作戦は、華世を乗せた〈エルフィスニルファ〉をここまで運ぶためのもの。

 次のフェーズへと移行するため、コックピットハッチが勢いよく口を開ける。


「華世、頼んだよ!」

「ご苦労さま、ウィル。こっからは……あたしの仕事だぁぁっ!!」


 コックピットから勢いよく飛び出し、オーバーフレーム向けて降下する華世の身体。

 空中で義手の手首からビーム・セイバーを抜き、飛びかかってくる〈プテラード〉の腕をその首ごと切り落とす。


「邪魔すんじゃないわよ! あたしの獲物は、あいつだけだから!」


 飛んでくる高射砲の弾丸をVフィールドで逸しつつ背部バーニアで減速。

 斬機刀へと左手を持ち替え、落下を伴いながら〈ミョルニール〉の後頭部を切り裂いた。


《ギュリィィィィ!!》


 傷口から液体を噴射しながら悲鳴を上げ暴れる機械飛竜。

 華世は義手の鉤爪と突き刺した斬機刀で振り落とされないように踏ん張り、動きがゆるくなるのを待つ。

 そんな華世の眼前で、切り裂かれた頭部の破片が集まり、ジャンクルーを形成する。


「邪魔……すんなっての!」


 支えにしている両腕はそのままに、義足を振り上げ足裏からナイフを発射。

 的確に核晶コアを貫かれ、ジャンクルーが倒れる。

 そうこうしている内におとなしくなる〈ミョルニール〉の背中の上で、華世は体勢を立て直した。


「さて……核晶コアはどこかしらね」


 今回の作戦で唯一の懸念点、それは弱点の位置だった。

 これまでの傾向からすれば、その場所はコックピット……だが、オーバーフレームは巨体ゆえにどこにあるかは外見からわからない。

 内部資料なども出回っていないため、この場で急所を見つける必要があった。


「クサイのは胴体中央部だけど、どうだか……いいっ!?」


 ふと自分にかかった影に視線を上げ、振り下ろされるブレード状の何かにその場を飛び退く華世。

 機体背部に突き刺さり、体液を噴出させた刃の根本……それは細長く伸びる蛇腹状の尻尾だった。


「わっ! たっ! たっ! たっ!!」


 矢継ぎ早に何度も差し込まれるテール・スピア。

 的確に華世を狙う兇器の尽くを回避するものの、無理な姿勢での回避を余儀なくされる。


「わっ……! しまった!」


 不安定な背中の上で、無理な姿勢をしての転倒。

 受け身を取りそこね、起き上がろうとする華世へと輝く刃が振り下ろされる。


「くっ……!! …………あら?」


 刃が華世の胴を貫くその間際、ギシ……という音とともに止まるテール・スピア。

 導線となる尻尾の長さに余裕があるにも関わらず、ひとりでに止まる攻撃。


「よく見たら、この周辺を避けるようにして穴が開いてる……ってことは!」


 華世はその場を動かないように起き上がり、斬機刀で足元を切り裂く。

 幾重にも連なった装甲を彫り裂いた先。

 最後の一枚を突き抜けた先に、脈動する巨大な正八面体が顔を出した。

 華世は斬機刀を背中に戻し、義足の対機ミサイルを核晶コアへと向ける。


「こいつで、終いよっ!!」


 ミサイルの発射とともに跳躍。

 コックピットへと続く穴から吹き出すように、爆炎が空へと登った。

 金切り声と共に膝を付き、崩れ落ちる機械の飛竜。

 空中でウィルに回収してもらい、その場を離れる〈エルフィスニルファ〉の中で、華世は〈ミョルニール〉の最期を見届けた。



 【8】


「これが、巡礼の証のロザリオ……ですの?」


 聖堂で礼拝を済ませたリンが、車を待たせている場所に向かうまでの道中で不思議そうに十字架を眺める。

 十字架、とはいうが女神聖教の証は十字の上に丸の付いた、性別を表す「♀」記号のような形状をしている。

 このマークはそもそもが金星そのものを表すものであり、それが金星を進攻する女神聖教の印となるのはごく自然なことだった。


「でもどうやってこの小さなロザリオで、女神聖教の方たちは信者かどうか判別するのですか?」

「そのロザリオの中にはICチップが埋め込まれていて、参詣の際に聖堂の機械から信号を受け取るんです。一つ巡るごとに丸の中のLEDの色が変化し、最終的に白になれば巡礼を終えた証となります」

「……ずいぶんと、システマチックな宗教ですのね」

「アフター・フューチャーにできた宗教ですから」


 ホノカからの説明を受け、なんとも納得し難い顔をしながらロザリオを首にかけるリン・クーロン。

 お嬢様らしい気品にピッタリのアクセサリを身に付けた彼女が、フフンと胸を張る。


「これで一歩、前進ですわ!」

「でもリン、最初でこんだけ苦労するってことは……」

「大丈夫ですよ、華世。次の巡礼地は4番コロニー・バーザン。商業が豊かな平和な場所ですから、次はスムーズにいくはずですわ」

「そうだと良いけどね」


 そんな会話をしながら、ネメシス傭兵団の副艦長カドラが運転席に座る自動車へと乗り込む華世たち。

 扉を閉めてシートベルトをすると、エンジン音とともに車が通りを走り始める。


「無事に済んだようで良かった」

「車、ありがとうございますわ。でも、副艦長さんが出てきて良いんですの?」

「艦長から君たちの警護も兼ねて行くようにと言われてね。まあ聖堂に言っている間に土産の買い出しを終えてきたわけだが」

「あはは……あっ」


 遠目に見える〈ミョルニール〉の残骸を、窓に顔をくっつけて眺めるリン。

 先ほど華世たちが討ち倒した巨体の周りには、アーミィのキャリーフレームと隊員が大勢たむろしている。


「……あのオーバーフレーム、どうなるんでしょう?」

「さあねぇ。バラして調査とかするんじゃない? ね、ウィル」

「そうだね。でも……あの巨獣をよく倒せたね、華世」

「まあ、ツクモロズ退治の専門家だからね」

「私、何もできてない……」


 もうひとりの魔法少女、ホノカが頬を膨らませて不貞腐れる。

 今回の戦いで、ホノカは戦場にキャリーフレームを持ち込みこそすれ、後方待機している間に戦いが終わってしまった。

 結果、出向いたにも関わらずに活躍がゼロであることが、不服なようだ。


「何もなくて結構よ。あたし、危うく死にかけたわ」

「だから華世のためにも、私だって……」

「いいのよ、無理しなくても。そのうち、役に立ってもらうんだから」


 そんな話をしている内に、〈ミョルニール〉の残骸はすっかり建物の影に隠れて見えなくなっていた。



 ※ ※ ※



「支部長、私たちが……傭兵団に出向ですか?」

「ああ。二人にとっても、悪い話じゃないだろう」


 戦いが終わった後、支部長室に呼び出されたレオンとクリス。

 二人の少尉に言い渡された命令は、ネメシス傭兵団への出向だった。

 身体に見合わない大きな机に座ったキリシャが、二人へ書類をと手渡す。


「機体を卸しているZAF社から、〈ベロセルフィス〉による宇宙戦の戦闘データを前々から要求されていてな。いい機会だと思ったわけだ」

「まあ、話に聞く限りネメシス傭兵団……あのレッド・ジャケットに目ぇつけられてるらしいっすけど」

「レオン少尉、行きたくないわけではあるまい?」


 その言い方で、キリシャ支部長が戦闘データのためだけに送ろうとしているのではない、とレオンは感じ取った。

 傭兵団でバイトをしている妹、その側にいたいという意を汲んでくれているのだろう。


「じゃ、じゃあ私はウィルきゅんと一緒に居られるんですね! やったー!」

「……まあ、そうだな。あいつの操縦は危なっかしい。可能ならば守ってやれ、クリス少尉」

了解ラーサっ! 必ずや私はおねショタを完遂してきます!」

「レオン少尉、クリス少尉が未成年に淫行を働かないよう警戒を」

了解ラーサ

「あっ! なんですか! 私、信用されてないんですかー!!」


 プンスカ怒るクリスの隣で、レオンは見たことのない支部長の顔つきに脳内でハテナを浮かべていた。

 ウィルという少年の名前を口にするその表情。

 それは子供の身体なれどまるで、子を想い託す母親のような顔だった────。




 ──────────────────────────────────────


登場戦士・マシン紹介No.21


【ベロスⅡ】

全高:3.8メートル

重量:7.1トン


 JIO社の中の局地戦用CF開発部署が独立し、誕生したZAF社が開発した量産型軍用キャリーフレーム。

 金星コロニー・アーミィではウィンター支部にのみ配備されている。

 過去にJIO社が出していた四脚キャリーフレーム・ベロスの後継機。

 キャリーフレームでは有るが4足の狗型マシンであり、設地箇所を増やすことで脚1本にかかる圧力を低減しているため、雪原・砂漠などの足場が不安定な不整地において高い運動性を誇る。

 足回りはホバーと無限軌道を両搭載しており、状況によって使い分けが利くようになっている。


 武装としては背部に装備されている単装ソリッド・カノン、両前足側面に搭載したレールガン。

 構造上、格闘戦は不向きでキャリーフレームというよりは跳躍が可能であることを除けば戦車に近い運用となる。



【ベロセルフィス】

正式名:クリス専用先行試作型ベロセルフィスカスタムA号

全高:8.2メートル

重量:7.7トン


 ZAF社がクレッセント社から盗用した、エルフィスシリーズの技術を加えて作られた可変試作キャリーフレーム。

 開発中はベロスⅢというコードネームだったが、人型変形搭載型は亜流となるため試作機をアーミィに譲渡する際に名前を改められた。

 名前にエルフィスが入っているが、ベロスの最後の綴りと合わせることで権利関係を有耶無耶にしている。


 開発経緯としてはウィンター支部の主力機ベロスⅡが地上のみの運用となるため宇宙戦に対応できないことから、宇宙でも戦えるベロスを作って欲しいという声が上がったのがきっかけである。

 人型形態と狗型形態の2つの形態に変形することができ、狗型では苦手な宇宙空間や格闘戦を人型に変形することで対応することができる。


 武装としてはベロスⅡ同様、四肢に固定装備されたレールガンを持つ。

 背部のガトリング砲は変形時に携行兵器として扱うことが可能。

 人型形態時専用の武器として、ビーム・ダガーが内蔵されている。


 開発は途上であり、現在ウィンター支部では試作機が2機だけ運用されている。

 クリス専用機は要所の装甲がエメラルドブルーとなっている他、搭乗者の趣味として60mm滑腔砲かっこうほうを携帯している。



【レオベロス】

正式名:レオン専用先行試作型ベロセルフィスカスタムB号

全高:8.2メートル

重量:8.9トン


 レオンが私財を投入して改造したベロセルフィスのカスタム機。

 狗型形態時にライオンに見えるように装甲の追加やセンサーの増設を行っており、改造箇所は多岐にわたりもはやベロセルフィスとは別物になっている。

 要所の装甲をオレンジにし、首周りに獅子のたてがみをイメージしたビーム・ランサーを装備している。

 このビーム・ランサーは取り外して格闘武器にできるだけでなく、全てのランサーを発振させることでビーム・フィールドを展開。

 突進によってフィールドを押し付けることで相手を打ち貫く事ができる。

 また、レオンの操縦技能によって機体ごと前後を軸に回転し、ドリルのような突進攻撃で貫通力を高めることが可能。



【ミョルニール】

全高:38.4メートル

重量:88.2トン


 コロニー・ウィンターに出現したアーカイヴツクモロズが依り代としたオーバーフレーム。

 流線型の装甲を表皮とした翼竜ワイバーンに似た姿をしている。

 同系統のオーバーフレームがもう一つ存在しており、そちらの名は「グングニール」となっている。


 翼のように見えるユニットは飛行用ではなく、計128本も乱立している対空用高射砲を支える土台。

 頭部ユニットの口内にはGRビーム・ブラスターが内蔵されており、高射砲と合わせてあらゆる航空戦力を迎撃する。

 他にも爪を地面に食い込ませて機体を固定するクロー・レッグや、先端が槍状になっており自在に動くテール・スピアも武器として活用することができ、敵に接近を許しても自衛することができるようになっている。


 巨体を支える装甲は軽量なれど頑強であり、要所要所には斬機刀やコロニー外壁の材料として知られるカイザ鋼が用いられている。

 駆動系はバイオテクノロジーによって作り出された人工筋肉が用いられており、それ故に損傷を受けると血に似た体液を噴出する。


 本来は火星クレッセント社が開発した拠点防衛用オーバーフレーム。

 アーカイヴツクモロズとして現れたということは、過去に地球における魔法少女とツクモロズの戦いの中で、一度だけ使われたということを示している。

 キャリーフレームすら凌駕するオーバーフレームを相手取った当時の魔法少女が苦戦したのは想像に難くない。




──────────────────────────────────────


 【次回予告】

 

 ツクモロズの魔の手によって、窮地に陥るコロニー・クーロン。

 難を逃れた咲良と魔法少女たちは、ウルク・ラーゼとともにレッド・ジャケットの攻撃へと応戦に出る。

 その戦いの先に待っていたのは、支部長とツクモロズによる思いもよらぬ因縁だった。


 次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第22話「仮面に眠る過去」


 ────思いもよらぬ再会が、苦い記憶を呼び起こす。


 

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