第3話「地球から来た女」

「えーっと、それじゃ次は試験の日のことを話せばいいのかしら?」


 スペースコロニー・クーロンへと向かう旅客宇宙船の席で、華世は隣に座ってクッキーを食べる咲良へと尋ねた。

 数分もすれば船が発進するだろうが、どうせ到着までは1時間前後かかる。

 のんびりと思い出話にふけっていても、時間に余裕があるだろう。


「せっかくだし~、私が金星についた時の事も合わせて思い出の整理をしようよ」

「はいはい。じゃあさっき話した日の翌日、学校についてからのことから話し始めましょうか」


 華世は後頭部に両手を当てながら、あの日の記憶を呼び起こした。

 それは、初めて華世と咲良が出会った日。


 そして、華世が“人間兵器”となった、あの日のこと。


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     鉄腕魔法少女マジ・カヨ


     第3話「地球から来た女」


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 【1】


 朝の光が窓から入り込む廊下を、二人の足音がこだまする。

 一番乗りで扉の鍵を開けて、自分の席に座り込む華世。

 机の上に乗せた華世の右腕を、結衣が両手でそっと持ち上げる。


「華世ちゃん、右腕の調子がおかしいんだっけ?」

「そうなのよ。ちょっと見てもらえる?」

「お安い御用! なんたって私は……」

「あたしの親友、でしょ?」

「それだけじゃないよ。華世ちゃん専属の、義肢装具調整士だからねっ!」


 華世は右肩に左手をあて、指でストッパーを外すボタンをグッと抑える。

 そのまま肩の根元あたりに力を込めると、バキンという金属パーツの外れる音とともに華世の右腕が取り外された。

 中身を失った空っぽの袖をプラプラさせながら、華世は外した腕を結衣へと手渡し診てもらう。


「人工皮膚に結構深い傷がついてるね」

「刃物を防いだのよ。張り替えてもらわないと」

「とにかく一度、人工皮膚を剥がすね?」

「どーぞ」


 結衣は手に持ったカバンから筆箱サイズの工具箱を取り出し、中からマイナスドライバーを手にとった。

 それを華世の義手の接続面の辺りに沿わせるように当て、人工皮膚を繋ぎ止める留め具を外す。

 そして外れた皮の端からクルクルと巻き取るように、結衣は丁寧に義手から人工皮膚を取り外した。


 むき出しとなった金属の腕。

 それは、華世が魔法少女へと変身した時にあらわとなった鋼鉄の装甲。

 日常生活中は、剥がされる前のように人工皮膚でこの装甲を覆っている。

 変身した際に消える理由は、恐らく衣服の一部判定でもされているのだろう。

 人工皮膚は業界でも最高級クラスのものを使っているため、傷さえつかない限りは外見はもちろん、触り心地に関しても生身の腕と遜色ない。


「うーん?」


 結衣が華世の義手を何度か曲げ伸ばしをし、しばらくしてからドライバーを使って装甲板を取り外す。

 工具箱に入っていたゴム手袋を付けた指を中に出し入れ。

 指を深く突っ込んで首を傾げる結衣の姿を見ながら、退屈になった華世は左手で空っぽの袖を突く手遊びに興じていた。


「あっ、やーっとわかった!」

「あら。何か悪くなってた?」

「急に激しく動かしたか何かで、ベアリングが割れてたの。それで可動部分の動きが悪くなってたのね」

「……そういうことだろうと思ったわ」

「昨日のこと……だよね。華世ちゃんが遅刻なんておかしいと思ってたけど……何があったの?」


 隠してても仕方ないしな、と思った華世。

 つぶらな瞳で事情を知りたいと訴えかける結衣へと、素直に白状することにした。


 怪人と対峙し、少年ミュウから力を授かり魔法少女へと変身したこと。

 戦いの後にアーミィに逮捕され、昼前まで尋問を受けたこと。

 それらを華世が包み隠さずにすべてを伝えるのは、無意識下に結衣への信頼があるからかもしれない。


「──てなわけなのよ」

「いいなぁ〜!」

「へ? 良い?」


 結衣の予想外な返答に目を丸くする華世。

 てっきりねぎらいの言葉をかけるとか、あるいは突拍子のない話に唖然とするかだと思っていたというのに。


「だって、魔法少女だよ? 私たち女の子にとって、共通の憧れだよ!」

「うーん、そういうものかねぇ」

「あー、華世ちゃんは元から強いから憧れがないんだー! まあ、変身しなくても不良とか、犯罪者とかに立ち向かっていた華世ちゃんならしょうがないかぁー」


 そう言いながら、剥がした人工皮膚を再び義手に貼り付ける結衣。

 彼女の言うことに、華世は微塵も共感できないというわけではない。

 眼の前で行われる悪行に、良心を刺激されて何かをしたいと思うのは、男女問わずままあることだろう。

 しかし、怖いからとか力がないからとか、そういう理由で行動を起こせない。

 そうやってもどかしい思いをするくらいなら、人助けができる力を得たい。

 その欲求の行き着く先が、先ほど結衣の口から放たれた「いいなぁ」なんだろう。


「ねえ華世ちゃん。戦ったってことは……これの武器、使ったんでしょ?」

「義手の? ああ、使ったわよ」

「どうだった? どうだった!?」


 食い気味に顔を近づけて尋ねる結衣。

 その迫力に推され、華世はすこし背を仰け反った。

 彼女が興奮する気持ちは大いに分かる。

 なにせ、華世の義手についている武器、機関砲と鉤爪を発案したのは、他ならぬ結衣だからである。


「どうだったって言うと……機関砲の発射音のせいで逮捕されたわよ」

「ブッブー、機関砲じゃないよ。超小型2.7ミリ連装機関銃だよ!」

「名前なんていいでしょ! その2ミリ機銃の音、何とかならない?」

「超小型2.7ミリ連装機関銃! もう華世ちゃんったら、ちゃんと覚えなきゃダメだよ! アーミィのキャリーフレームが装備してる携行ビーム兵器とかも全部ビームライフルだと思ってるんでしょ!」


 面倒くさいスイッチを入れてしまったなと、華世は天井を見上げながらため息を吐いた。

 結衣は、この歳の女の子には珍しい重度の武器マニアなのだ。

 本人はまだニワカと謙遜しているが、その知識量は専門家でも舌を巻くだろう。

 しかし、華世がいま面倒だと思ったのには、もう一つ理由があった。


「結衣、そろそろ腕返しなさいよ。だいたいこれくらいの時間にあの口うるさいのが──」


「き、きゃぁぁぁっ!? 腕っ、ヒトのウデですわぁぁっ!?」


「──来ちゃったじゃない」



 【2】


 机の上に置いてある、一見すると華世の生腕にも見える義手。

 それを見て悲鳴を上げたのは、長い黒髪に白いカチューシャを身に着けた、ひとりの女子生徒。

 生徒会長を示す腕章を震わせながら、華世たちを指差した少女の前で、華世は冷静に義手を肩部にガチンと音を立てながらはめ込んだ。


「あ、あ、あなたたち! 心臓に悪いから教室で義体を外してはいけませんと、前に注意したではありませんかっ!!」

「だから誰もいない朝一番に来たってのに。悪いのは早すぎるあんたよ、リン」

「わたくしは、生徒会長としての勤めを果たすために……!!」

「まーまー、クーちゃん落ち着いてよー」

「誰がクーちゃんですかっ! わたくし、リン・クーロンを軽率に呼ばないでくださいましっ!!」


 ぜぇぜぇと肩で息をしながら両腕を震わせるリン・クーロン。

 彼女の姓「クーロン」は華世たちの住むこの第9コロニーの名前「クーロン」と無関係ではない。


「あなた達。わたくしを誰と心得ておりますの?」

「コロニー建造の出資者にして領主であるクーロン家の令嬢。でしょ?」

「そのとおりですわ! ですから……」

「だったらあたしも書類上は、ビィナス・リング全域を守護する金星コロニー・アーミィの大元帥の娘だけど?」

「うぐっ」


 リンが言葉に詰まるのも無理はない。

 たかだか1コロニーの領主と金星全域を束ねる組織とでは、その優劣ははっきりしている。

 華世は普段、その自身の立場を振りかざしたりはしないが、このように生まれでマウントを取られるのであれば、話は別だ。


「ったく。どうせ威張るんなら生徒会長の肩書きを使いなさいよ」

「おだまりなさいっ! えーと……そうですわ。葉月さん、あなたそのスカート丈、短すぎるんじゃなくって!?」


 何か一つでもケチを付けないと引き下がれないのか、華世の下半身を指差すリン。

 制服のスカート丈は、校則では膝上くらいまでの長さが規定となっている。

 もちろん、そうやって注意するリン・クーロンのスカート丈は標準だ。

 一方、華世は制服のときも私服の時も、いつも際どい短さのスカートで活動をしている。


「……細かいことは良いじゃない。あたしだって、理由があってこの短さにしてるんだから」

「理由ですの?」

「ほら、こうやって短めにしておくと、激しい動きした時によくパンチラするのよね。それでケンカ相手の男とかがあたしの下着を見て一瞬でも動きを鈍らせたら、それはあたしにとって儲けじゃない?」

「なんてハレンチな理由なのですかっ!?」


 顔を真赤にして起こるリンへと、華世は首を傾げた。

 華世にとってこの作戦は、まったく損失を払うことなく敵に隙を与える可能性を発生させる合理的な判断なのであるが。


「ええと、話が逸れましたので修正しますが。とにかく、教室で腕を外すのはおやめなさい」

「サイボーグなんだから、少しは大目に見なさいよ」

「あのですね。サイボーグなんて、わたくしの近くにはあなた以外いませんからね」


「そんなことないよ? 私だって、一種のサイボーグだもん」

しずかさん、あなたが?」


 目を点にして驚くリン。

 そんな彼女へと結衣はズイっと顔を近づけ、人差し指をピンと立てて説明する。


「私、生まれつき心肺系が弱いから血中にナノマシン入れてもらってるんだ。これもサイボーグ処置の内なんだよ?」

「そ、そうでしたの……。わたくし、知らなくて」

「いいのいいの。ほらほら、もうすぐホームルーム始まるから席についたほうが良いんじゃない?」

「それはそうですわね……。では」


 ペコリと一礼して自分の席へと歩いていくリン。

 いつの間にか教室にはクラスメイトが集まっており、ホームルームまでの時間もあと5分といったところだった。


「……結衣。けっきょく割れたパーツの換え、あんたんには無いのよね?」

「そうだね。どのみち人工皮膚も張り替えないとだから、私の家だと今日中は無理かな」

「じゃあ、アーミィ支部いくしかないかぁ。二日続けて顔を出すと、秋姉あきねえがなんて顔するかな」


 放課後の面倒くさい予定に頭を悩ませながら、華世は自分の席でため息をついた。



 【3】


 ガションガションという機械脚の歩く音が、公園で停止する。

 車輪の代わりに二本足で走行する二脚バイクに座ったまま、周辺の景色を見渡すスーツ姿。


「う~ん、困ったな~」


 弁当代わりに持参していた菓子パンを頬張りながら、あおい咲良さくらは後頭部をポリポリと掻いた。

 道に迷ったときは携帯電話の地図アプリで目的地へのルート検索をするのが筋であるが、肝心の端末はバッテリー切れ。

 こんなことになるなら宇宙船の中で携帯電話を使い続けるんじゃなかったと、過去の自分に対して叱責しっせきをする。


「う~ん、う~ん?」


 初めて来た街で景色から現在地を割り出せるほど、咲良の頭脳は便利ではない。

 こうなったら誰かに道を聞くしか無いかと、話しかけやすそうな人が居ないかと辺りを見渡した。

 ここは児童公園なのか、走り回る子供と遊具で遊ぶ親子連れの姿が多く見られる。

 ベンチに座っている親御さんは、こちらを見て嫌そうな顔をしているので宛てにはできなさそうだ。

 そんなことを思っていると、背後からチョンチョンと、背中を指で突かれる感触。

 その感触に振り向くと、そこには少し高級感を感じる制服に身を包んだ、金髪ロングの少女が立っていた。


「いい大人が、なに公園で唸ってるのよ?」

「ちょ、ちょっと道に迷っててね……?」

「それはいいけど、公園内に二脚バイクを停めるのは非常識よ」

「え? そうなの?」

「公園には道路とかと違って、排気ガスを吸い込んでクリーンにする機構が無いって……それを知らないってことは、あなた金星の人じゃないわね」


 知らなかった現地の常識を教えられ、無意識に頭を掻く咲良さくら

 せっかく会話に入ったので、ダメ元でこの少女に聴いてみることにした。


「もし、知ってたらでいいんだけど……コロニー・アーミィの基地ってどっちに行けば着くのかな~?」

「アーミィ基地……それって支部のこと? 道だったら携帯電話で調べなさいよ」

「それが、バッテリー切れで~……」

「予備バッテリーもないの? 呆れた大人ねぇ」


 年下の女の子にダメ出しされ、トホホと肩を落とす咲良。

 20代後半に入った大人にとって、子供にたしなめられるほど悲しい事はない。

 咲良さくらがしょんぼりしていると、いつの間にか少女が二脚バイクの後部座席に座ろうとしていた。


「支部に用があるんでしょう? あたしも今から行く所だったから案内するわ。ほら、早くバイク動かさないと違法駐車で面倒になるわよ」

「え、あ……ありがと~!」


 少女に促され、慌てて二脚バイクのエンジンを入れる咲良さくら

 ブロロと子気味の良い駆動音を鳴らし、二脚バイクが歩き始めた。


 

 ※ ※ ※



「そこの道を右よ」

「は~い。案内してもらえて助かる~!」


 歩道をガシャンガシャンという足音を立てて進む二脚バイクの上。

 二脚バイクはバイクと言えど歩行者扱いなので、歩道を進むのがルールである。

 華世は流れる風に自慢の金髪を揺らしながら、後部座席に座りこんで空を見上げた。


「あたしとしても、徒歩で行くには疲れる距離だし良かったわ」

「でも君って学生さんだよね~? 学生さんがアーミィ支部に何の用かな?」

「野暮用よ野暮用。知り合いが勤めててね」


 ふたつほど角を曲がり、交差点の横断歩道で信号を待つ。

 時間帯的には夕方なので、スーツ姿のサラリーマンや近くの高校の制服を着た連中が多く華世たちの周りで立ち止まっている。


「そういえばあなたって、地球から来たのよね?」

「ぴんぽ~ん!」

「ってことは、厄介払い?」

「ま、そういうところ~……」

「そりゃあ、ご愁傷さま」


 コロニー・アーミィはスペースコロニーを防衛する半民半公的組織である。

 設立当初こそ地球近海のスペースコロニーのみを活動場所としていたのだが、今や木星宙域から金星宙域までをカバーする太陽系を股にかけた大型組織となっている。

 組織が大きくなれば、活動場所による序列というのも自然に出てくるのが人間社会というもの。

 人類の母たる地球近海はエリートが集まり、逆に遠い木星や金星なんかは組織で問題を起こす厄介者が送られる流刑地るけいち、あるいは左遷先という位置づけをされている。

 そういう話を保護者でありアーミィ隊員である内宮から、愚痴ぐちという形で聞いていた華世には馴染みの深い話であった。


 信号が青に変わり、再び2脚バイクが走り出す。


「私が悪いわけじゃないのよ~。ちょっと配属先の上司がセクハラ気質で、人の尻撫でてニヤニヤしてたから~ちょっとムカってきて、ぶん殴っちゃったんだ~」

「まあ、そんな事すれば経緯はどうあれ飛ばされるわねえ」

「ま、住めば都と言うかもしれないし~。金星での生活も頑張ってみようかと思ってるんだけどね」

「ふーん……。あ、ここ曲がったところの左が基地よ」

「は~い、案内ありがとね~」


 他の場所より数段高い、山のようになっているところのてっぺんに位置する巨大な建物。

 それがここ、スペース・コロニー「クーロン」におけるコロニー・アーミィの支部である。

 駐輪場にバイクを止め、白亜の大階段脇にあるエスカレーターに二人で乗る。


 支部付近の地形に高低差が多い理由もいくつかあり、そのひとつは8メートル前後もある人型ロボット兵器、キャリーフレームの保管・運用を行っているからである。

 キャリーフレームは土木・運搬といった民間業務にも使われる人型大型機械。

 しかし宇宙においては戦車や戦闘機よりも高い順応性を持っているということで、もっぱら兵器として運用されるのが当たり前だ。


 警備のために突っ立っている2機のキャリーフレーム〈ザンドールA〉が、エスカレーターに乗る華世たちへとカメラアイを向ける。

 遥か頭上の機械頭から、赤く光るモノアイ越しに見下みおろされるのも、慣れればそんなに不快感はない。


「ねえ、君。名前はなぁに?」

「へ?」

「せっかくの縁だし、自己紹介しよ~?」

「縁か。そう言われちゃあ仕方ないわね」


 華世は「縁」という言葉に弱かった。

 それは、いま保護者をしてくれている内宮、身近で義肢装具調整士をしてくれる結衣、そしてこれから訪れる支部で会おうとしている人物。

 彼女らとの繋がりは「縁」という言葉いがいでは言い表せないからである。

 縁を大事にしたことで今がある。

 だからこそ華世は、人との付き合いで縁の話をされると弱いのだ。


「あたしは葉月華世。よろしくね」

「私は葵咲良。華世ちゃんよろしく!」


 差し出された手に、華世は握手をする。

 人工皮膚越しに感じる、指先のデコボコ感。


「……咲良、あなたってキャリーフレームパイロット?」

「正解~。華世ちゃん、よくわかったね?」

「指に操縦レバーまめがあったから。親代わりの人もパイロットやってるからわかるのよ」

「へ~。会いに来た人は、そのパイロットさん?」

「違うわ。別件よ別件」


 そんな会話をしながら、華世たちはエスカレーターを降りる。

 目の前にそびえ立つのは、白い外壁が美しい巨大な建築物。

 ここがコロニー「クーロン」を受け持つコロニー・アーミィ、その支部基地である。



 【4】


 自動ドアをくぐり、目の前に広がるのは広々としたロビー。

 平日の夕方にも関わらずに待合スペースに人が多いのは、この建物がコロニー・アーミィのオフィスとしての機能の他に、医療施設としての側面もあるからだ。

 コロニー・アーミィは武力による治安維持という役割ゆえに、隊員が怪我をするのも日常である。

 そこでいちいち別所の医療施設に搬送するよりは、基地そのものに病院としての機能を設けたほうが早いのである。


 華世は咲良とともに、アーミィ業務担当の受付へと足を運ぶ。

 二人の存在に気付いた受付の女性がペコリと礼をし、「ご用件をどうぞ」とスマイルを送った。


「えーと、葵咲良って言うんですが。今度の転任の」

「転任してきたんですね? IDカードの認証をお願いします」

「はーい。えーと、どこにしまったっけ?」


 そう言いながらポケットから取り出した財布をゴソゴソとし始める咲良。

 時間がかかりそうだなと思った華世は、先に自分の用事を済ませることにした。


「やっほ、チナミさん」

「あら、内宮さんところの華世ちゃんじゃないですか。ミイナさんは元気ですか?」

「元気すぎて困るくらいよ。そういえばあんたとミイナ、仲良かったわね」

「貴重な会える距離のアンドロイド友達ですからね」


「あんどろいど?」


 ギョッとした表情で、咲良が受付のチナミを見る。

 チナミの身につけた制服の胸には彼女の型番を示すIFT-173と刻まれた名札。

 そしてよく見ると、首周りにには人工皮膚の境目である線が浮かび上がっていた。


「話には聞いてたけど、金星って本当にアンドロイドが普及してるんだ~……」

「と言ってもせいぜい人種の違いくらいしか無いくらい馴染んでるけどね。そうだチナミさん、ドクター・マッドに繋いでくれる?」

「ドクターですか? 少々お待ち下さい」


 そう言って、キーボードをカタカタと叩き始めるチナミ。

 話を聞いていたのか、不思議そうな顔で咲良が華世の顔を覗き込む。


「ドクターってだ~れ?」

「あたしの義手を作ってくれた人。言ってなかったっけ? あたし右腕が義手なのよ」

「義手!? ってことはあなたもアンドロイド?」

「失礼ね、あたしはアンドロイドじゃなくてサイボーグ。アンドロイドは100%メカなやつを指すのよ」

「へ~、そうなんだ。あったあった……は~い、IDカード」


 咲良が受付の窓についている装置にカードをかざすと、シャラーンといった電子音が鳴り、青いランプが点灯した。

 これで情報がコンピューターに行ったのだろう。

 パソコンの操作を終えたチナミが振り向き、華世と咲良にそれぞれ1枚ずつ書類を手渡した。


「咲良さん、申し訳ありませんが現在配属先の隊長が会議中でして、一時間ほどお待ち頂いてもよろしいでしょうか?」

「はい、わかりました~。一時間か……ど~しようかな?」

「一時間も暇するなら、あたしと一緒にドクター・マッドに会いに行く? アーミィに勤めるんなら、どうせそのうちお世話になるんだし」

「ン~……そうね。じゃあ一緒にいこっか~」

「じゃあ、チナミさん。またね」


 受付にお別れを言った華世は、咲良を先導するかたちでエレベーターホールへと歩き始める。

 向かう先は地下8階、先進研究区画だ。



 ※ ※ ※



 咲良は、身を震わせながら華世の後ろを歩いていた。

 身体が震えるのは廊下がやや肌寒いのもあるが、廊下が薄暗い壊れかけの照明だらけで不気味なのもある。

 長い廊下の突き当りの部屋。華世がドクターと呼ぶ人間の仕事場は、そこにあった。


「華世ちゃ~ん。なんでここ、こんなに不気味なの~……?」

「この階で働いてるのはドクターくらいだし、多少見てくれが悪くても文句が出なきゃこんなもんよ」


 華世が扉をノックし、中に入る。

 細長い部屋を更に狭くするように並ぶ棚の間を、体を横にして進む咲良。

 視界に入るのは、骸骨や人体模型を始めとした不気味な物体の数々。

 棚のガラス戸越しに、容器に入った目玉と目が会い、思わず「ひっ」と声を漏らした。


「あー……ドクター・マッドって大の臓器マニアだから、気にしないほうが良いわよ」

「臓器マニアって、華世ちゃんは大丈夫なの?」

「人間、なんでも慣れるものよ。ドクター、来たわよー」


 華世が呼びかけると、部屋の隅のカーテン越しに人影が立ち上がる。

 カツカツと無機質な靴音を鳴らしながら歩いてくるドクター・マッド。

 カーテンを抜けて現れたその姿を見て、咲良は仰天した。


「ドクターって……女性のかた?」


 華世がドクターマッドと呼ぶ人物は、銀髪のサイドテールが可愛らしい、若い大人の女性だった。

 怪しげなモノクルと目の下の深いくまこそ不気味であるが、顔立ちも客観的に見て美人。

 前を開いた白衣の下から見える身体は、なかなかスタイルが良さそうだ。

 自分の貧相ではないが並な体つきを見て、敗北感を感じる咲良。


「私がドクターマッドだのなんだの呼ばれている、訓馬くんば円佳まどかだ。華世くん、こちらは新しいお友達かな?」

「ええと、私は本日よりこのコロニーへと転任になりました、あおい咲良さくらであります!」

「肩の力を抜いていい。私は上下関係というやつが苦手だ。コーヒーでも飲むかい?」

「あ、じゃ~お言葉に甘えて……」


 狭い部屋の中においてある縮こまった椅子に座る咲良。

 コーヒーメーカーからどす黒い液体を注いだドクターが、彼女にマグカップを手渡した。


(趣味わる~い……)


 持ち手にドクロがあしらわれたカップにしかめ面をしながら、咲良は覚悟を決めてコーヒーに口をつける。

 意外にも、そのコーヒーは色に似合わずクリーミィで苦味が薄かった。



 ※ ※ ※



「……で、華世くんは何か用事かな?」

「ああ、義手のことなんだけど」


 肩の力を抜き、つなぎ目の辺りを左手で抑えながら右腕を動かす。

 バキッという音とともに外れた右腕に咲良が一瞬ギョッとした表情をしたのも気にせず、ドクターに義手を手渡した。


「人工皮膚の補修と、肘のあたりのベアリングが割れたって結衣が言ってたらか、直してちょうだい」

「お安い御用だが……久しぶりに観るなら他の部分も見たいな。弾の補充もするから1時間くらい待ってもらうがいいか?」


「1時間ね……まあいいわ。適当に時間を潰しておくわ。あと、それと……」


 咲良に見えないように華世はこっそりとカバンから、魔法少女に変身するためのステッキを取り出し、ドクターに手渡し要件を伝える。

 その要件とは、ステッキを義手に内蔵すること。

 ステッキを家に忘れたり奪われるなどのリスク、それから普段からコソコソとファンシーなステッキを持ち歩く手間を考えると、常に華世と共にある右腕に内蔵するのが合理的である。

 ミュウには激しく反対されるだろうが、彼が華世から離れたところでハムスターに徹している今のうちに既成事実にしようという魂胆だった。

 そして、付け加えるようにもうひとつ。とある武器の調達もついでにと円佳まどかへ頼み込む。


「……わかった。終わったらアナウンスで呼ぶからな」

「はーい。じゃあ咲良、時間潰さないといけなくなったから一旦出ましょっか」

「え、ええ……。あ、ドクターさん。コーヒーごちそうさまでした~」

円佳まどかでいい。またな」


 挨拶を交わす咲良の手を左手で引き、華世はドクターの部屋を出ていった。



 【5】


 30分ほどで用事が済んでしまい、結局ロビーに座ってじっと待つことになった華世と咲良。

 華世は義手がなくて寂しい右袖を弄りながら咲良と談笑をしていた。


「へぇ~。ってことは、華世ちゃんは地球に行ったこと無いんだ~」

「生まれも育ちも金星だからね。地球ってやっぱり生臭いの?」

「生臭い……? まあコロニーほど無味無臭じゃないかな~。春とかだと花粉症とか辛いし」

「へ~え」

「華世ちゃん、すごく地球の話を聞きたがるけど……私が初めての地球人だったりするのかな?」

「あたしの保護者してる人も地球出身なんだけど、あんまりそういう話をしないのよね」

「地球が嫌いなのかな~?」

「案外、地球人類種じゃなかったりして」


「誰が異星人やねん」


 聞き覚えのある関西弁にギョッとして振り向くと、ニッコリと影のある笑顔を向ける内宮の姿があった。

 その姿を見た咲良が、慌てて立ち上がりビシッと敬礼をする。


「内宮隊長、ですね? 本日より転任となった葵咲良です!」

「おー、君がそうなんやな。話は聞いとるでぇ、歓迎したるからな」


「じゃあ、あたしはこれで……」

「待てや」


 こっそりと場所を移ろうとした華世の左肩を、内宮の腕がワシっと捕まえる。

 訓練している大人と生身の部分で力比べは流石にできず、目の細い顔の前にずいと立たされてしまった。


「華世。あんさん、いつの間に人間兵器試験の申込みしとったんや?」

「昨日の夜に、携帯からコソッと……」

「あかん、アカン! 人間兵器試験なんて、生命落とすこともある危険なやつなんやで! 保護者として認められへん!」


「え~と、ニンゲンヘイキってなんですか~?」


 蚊帳の外に置かれていた咲良が、おずおずと手を上げて質問をする。

 この制度は金星コロニー・アーミィのみに存在するものらしいので、地球出身の咲良が知らないのは無理もない。

 内宮が「どやって説明するかな」と頭をポリポリと掻いていると、仮面頭がぬっと背後から飛び出し、口を開いた。


「人間兵器とは、生身でキャリーフレームと同等の能力を持っていると判断された兵士のことだ」

「のわっ!? 支部長、いきなり背後に立たんでください! ビビるやないですか!?」

「人をバケモノみたいに驚くものではない」


 不満そう……といっても見えるのは口元だけだが、ウルク・ラーゼが額に手を当てヤレヤレといったポーズを取る。


「では改めて説明といこう。人間兵器と認定されたものは、アーミィ内で尉官クラスの権力と危険手当を含めた多額の給金を受け取ることができる」

「普通に隊員になるより偉くなれるんですね~」

「それから有事の際に、出撃命令無しで無許可での戦闘が許可されるのだが……そこの少女からすればこっちが本命ではないかね?」

「えっ」


 驚く咲良をよそに、華世は図星を着かれて顔を背けた。

 またいつかツクモロズや、他の悪党どもが暴れた時に戦うと、今度こそ逮捕・補導は避けられないだろう。

 そのためにも、公に戦うための権限が必要なのだが。


「確か試験はキャリーフレームとの一騎打ちやろ? 華世は子供やで……死んでまうわ!」

「この試験でこの小娘が死のうが我々は責任を持たん。合格すれば過酷な戦いに駆り出されることに変わりはないからな。試験で死ぬも任務で死ぬも、同じことだ」

「せやかて……」

「あのね秋姉あきねえ。この申し込み、伯父さんに許可とって済ませてるのよ」

「なんやて……?」


 信じられない、といったふうに内宮が細い目で華世を睨みつける。

 本来であれば反対する側であろう伯父が、姪っ子が危険な道に進むのを肯定するはずがない……といったところか。

 けれども実際、伯父・アーダルベルト大元帥は華世の選択を否定していない。

 そうでなければ、携帯電話で送ったメッセージ越しに大元帥自らが申請を受け付けてはくれないだろう。


「でも……でもや」

秋姉あきねえ、あたしは試験でも実戦でも、死ぬつもりなんて毛頭ないわ。手に入れたこの力で、ツクモロズや悪党と戦うためにも……人間兵器の称号は必要なの」

「そ、か……」


 がっくりと肩を落とし、気を落とす内宮。

 華世も、彼女が自分を守ろうとして提言しているののはわかっていた。

 けれども子供であることに甘んじるために、せっかく手に入れた力を使わない選択肢はない。

 もしも華世が不真面目だったり狡猾であれば、正体を隠して謎の魔法少女として暗躍することもできただろう。

 それでも大手を振って力を振るえるように試験を受けようとするのは、ただ華世という少女が愚直なまでに生真面目な一面があるからだった。


 保護者と子供の問答が終わったのを見てか、ウルク・ラーゼがひとつ大げさな咳払いをして場を改める。


「さて。本来であれば試験は日程を決定し、闘機場で行うものであるが……大元帥自らの提案により、試験内容の変更があった」

「試験内容の変更? 大元帥の書類上の娘だからって、依怙贔屓えこひいきをされるのは嫌よ」

「むしろ贔屓ひいきの声を憂慮ゆうりょしての決定かもしれん。現在、クーロン内の10番地区にある刑務所にて、凶悪犯による脱獄騒ぎが発生している」

「脱獄騒ぎ……ですか?」

「半年ほど前に工業用キャリーフレームで往来に突っ込み、民間人を十数人を死傷させた男だ。現在コロニー・ポリスが対応しているが、脱獄犯はキャリーフレームを奪って逃走中だという。手を焼いているようなので、まもなくこちらへとお鉢が回ってくるだろうよ」


「……つまり、そのキャリーフレームにのった脱獄犯を仕留めるのが試験ってわけね」


 仮面の顔で大きく頷くウルク・ラーゼ。

 これからやることが決まり、ぐっと左手を握りしめ気合を入れる華世。

 その傍らで、咲良だけが事態を飲み込めずにおろおろと大人げなく狼狽えていた。


「えっと、あの~。華世ちゃんって、何者ですか? 私は、どうすればいいんですか?」

あおい曹長。君にはこの娘の足役をやってもらう。君のキャリーフレームはすでに届いているゆえ、格納庫で発進準備をしておいてくれたまえ。その途中にでも、本人から事情でも聞けばいいだろう」

「あ、はい。了解しました」

「金星では了解ラーサだ」

「ら、了解ラーサ!」


 ビシッと敬礼し、エレベーターホールへと走っていく咲良。

 彼女と入れ替わる形で、手に華世の義手と、一振りの無骨な刀を抱えたドクター・マッドが歩み寄ってきた。


「華世くん。君の義手と……頼まれていた斬機刀ざんきとうだ」

「ありがと、ドクター。よいしょっと……」


 受け取った義手を、空っぽだった袖へと通しガチャリと右肩にはめ込み、指や肘を曲げ伸ばし。

 人工皮膚の補修はもちろん、感じていた関節部分の違和感は消え失せ、気持ち動きがなめらかになっているようにまで感じた。

 そして、斬機刀と呼ばれる大ぶりの刀。

 刀というよりは華世の身長ほどもある長大なサバイバルナイフといった様相をした刃物を、華世は義手で持ち上げる。


「華世、まさかやけど……その刃物でキャリーフレームとやりあうんか?」

「変身した時の身体能力があれば、これ一本で行けるわ。あ、そうだ秋姉あきねえ。今日はシチューの予定だから、晩御飯の買い物お願いね」

「それはええんやけど……」

「絶対に生きて帰ってくるから。信じて待ってて」

「……わかったわ。くれぐれも、無茶はせえへんでな」


 ここまで来て、家族を信じないのは背任的だと思ったのだろうか。

 携帯電話で送信した買い物メモを受け取った内宮は、まっすぐに華世の両肩を強めに握ってからまっすぐに顔を見つめてそう言った。



 【6】


 コックピットの内側を覆うように張り巡らされたモニター越しに、眼下へと過ぎ去っていく町並みを見る。

 いま、華世が操縦者である咲良と共に同乗しているのは、白を基調としたキャリーフレーム〈ジエル〉。

 パイロットシートの脇に用意された簡易シートに腰掛けながら、華世は現場への到着を待っていた。


「華世ちゃん、そろそろ教えて欲しいんだけど~……あなたって何者かな?」

「あたしはあたしよ。大元帥アーダルベルトの書類上の娘で、人間兵器試験を受ける女の子」

「本当に生身で……しかもその刀ひとつで、キャリーフレームに勝てるの?」

「確信があるから挑んでるのよ。心配は不要だし、手出しはギリギリまで厳禁よ」


 今ここで、魔法少女うんぬんの話をしても説明が長くなるだけだろう。

 それゆえ、心配しているのはわかっているが、あえて何も説明せずにいた。


《目的地到達まで、あと1分です》

「……この声は?」


 不意に聞こえてきた音声に、華世は周囲をキョロキョロ見渡す。

 華世の態度を見てか、咲良がふふっと軽く笑う。


「この機体の制御AIよ~。ほら、自己紹介なさい」

《こんにちは。キャリーフレーム操縦支援AIのELエルと申します。以後お見知りおきを》

「……こりゃあどうも。お、あれが例の現場ね?」


 やがて、前方に事件現場となっている収容所が見えてくる。

 けれども倒れたポリス用キャリーフレームが転がっている場所を見るに、その手前にある広場が戦場になっているようだった。


 咲良の足がフットペダルを踏む力を緩めたのか、〈ジエル〉の高度が徐々に下がっていく。


「本当に華世ちゃんが死にそうだと思ったら、横やりは入れさせてもらうからね」

「はいはい。それじゃあ、コックピットハッチ開けてもらうわよ」

「でも、まだ高度が……」

「良いから、あけなさい」


 華世に強く言われ、渋々といったふうに咲良がコンソールを操作する。

 目の前のモニターが外側に持ち上がるようにして、外界への扉が開いた。

 高度・速度・風圧は足りている。

 コックピットの床を蹴って、少女は飛び降りた。


「華世ちゃ────」

「ドリーム・チェェェェンジッ!」


 空中で呪文を唱え、まばゆい光に包まれる華世。

 落下しながら変身を完了し、広場の芝生へと受け身を取りつつ着地。

 斬機刀を構え、正面で暴れまわる1機のキャリーフレームを見据えた。


 パトカーを連想させる、白と黒の装甲を身にまとった機体。

 コロニー・ポリスが運用していると思われる同型機を押し倒し、頭部へとリボルバー状の銃器を射撃。

 たしか、記憶が正しければ〈クロドーベルⅡ〉という名前だったはずだ。


「抵抗をやめろ! お前は、すでに包囲されている! おとなしく投降をすれば、悪いようにはしない!」


 どこからか、拡声器で放たれるポリス側の勧告。

 しかし凶悪犯の乗る〈クロドーベルⅡ〉は、先ほど倒して動かなくなった機体を持ち上げ、声のする方へと投げ捨ててスピーカー越しに声を張り上げた。


「悪いようにはしない、だと!? どうせ捕まれば極刑だ! ならば一人でも多く、地獄の道づれに……!」

「ほんと、こういう悪党は……後腐れがなくていいわ!」


 敵がまだ気付いてないうちに、華世は〈クロドーベルⅡ〉へと接近し跳躍した。

 突如前方で飛び上がった少女に驚いたのか、一歩後ずさる機体へと斬機刀を振るう。

 相手が下がったことで直撃はさせられなかったが、肩部の装甲に深い切れ込みが刻まれた。


「なん? だ? 妙な格好した子供? だと!?」

「初撃は外したけど、さすがの切れ味ね。……よし!」


 一旦、華世は〈クロドーベルⅡ〉から離れるように距離を取る。

 魔法少女に変身することで、身体能力の強化および耐久性の強化がかかることはミュウから聞いている。

 しかし、具体的にどれほど強くなれるかまではわからないため、ここで恐れるべきなのは質量を生かした相手の攻撃である。


 生身で8メートルもあるキャリーフレームと対峙した場合、驚異となるのは相手の攻撃に当たることだ。

 武器を用いないパンチや蹴りですら、時速100キロの鉄塊をぶつけられるようなもの。

 たとえある程度強化された変身状態でも、くらえば無傷では済まないだろう。


 だが、一方的に不利というわけではない。

 基本的にキャリーフレームは軍用であっても、生身と対峙することはあまり想定されていない。

 それはキャリーフレームというものが同じキャリーフレームを制圧することに特化した作りになっているからである。

 つまりは、常人離れした動きを行う華世へと攻撃を的確に狙いをつけるのは構造上不可能なはずだ。


 華世へと狙いを付けられたリボルバーが火を吹き、周辺の芝生を土埃とともに吹き飛ばす。

 けれどもデタラメな射撃は高速で走り回る少女へと当たらず、小さな体躯の接近を止めることはできなかった。


 「まずは、その手を止めさせてもらうわよ!」


 敵機の前で、再び跳躍する。

 一度のジャンプで身長の5倍近く飛び上がった華世は、〈クロドーベルⅡ〉のリボルバーを握る右腕、その肘関節へと斬機刀を突き立てた。

 刺さった刀をそのまま薙ぎ払うと、力なく垂れ下がる巨大な右腕。

 伝達線を切られれば、その先が動かなくなるのは機械の弱点だ。


「腕が動かねぇだと!? この、小娘ごときに!?」

「次は、脚よ……! えっ!?」


 華世が着地し、脚部へと攻撃を仕掛けようとしたその時だった。

 動かなくしたはずの〈クロドーベルⅡ〉の右腕が、力を取り戻したかのように持ち上がる。

 同時に放たれた蹴りを、後方へ飛び退くことで回避する華世だったが、その蹴りの鋭さに目を見張った。


「さっきとは動きが違う!? 一体何が……?」

「な、何が起こってるんだ!? 勝手に? 機体が動く!?」


 なおもスピーカー越しに響き渡る凶悪犯の困惑した声。

 勝手の動いているらしい機体の右腕が、自らのコックピットハッチへと手をかける。

 そして、強引に搭乗者を守るその扉を引き剥がした。


「うわああっ!!?」


 むき出しとなったコックピットから、男が巨大な鋼鉄の手に握られる形で引きずり出される。

 パイロットを取り出した〈クロドーベルⅡ〉が、掴まれもがく男を頭部の前へと持ち上げた。

 それまで男の声を発していた外部スピーカーから、機械で作った合成音声のような音が響き渡る。


『たくさんだ、もうタクサンだ!! こんな犯罪者どもに、生意気な人間などに良いように使われるのはタクサンだ!』

「き、キャリーフレームが勝手に喋ってるのかぁっ!?」

『オレたちは戦闘ヘイキだ! なにが治安だ、なにがジンメイだ! 犯罪者なんて、コロシテしまえばいいんだ!!』

「うぎゃぁぁっ!!」


 巨大な腕から勢いよく投げ捨てられる凶悪犯。

 男の身体が猛スピードで地面にぶつかり、芝生の上で2,3度バウンドしてから転がり、やがてピクリとも動かなくなった。

 搭乗者を始末した〈クロドーベルⅡ〉の頭部カメラアイが、こんどは華世の方へと向けられる。


『お前も、オレの身体に傷をつけた! お前もハンザイシャかぁぁっ!!』

「……来るっ!?」


 大地を蹴って飛びかかる巨体。

 的確に華世へと放たれた鋼鉄の拳を、飛び込みスライディングのような動きで回避する。


「なっ!?」


 矢継ぎ早に飛んでくる足払い。

 大きすぎる脚部から放たれた攻撃はもはや巨大な鈍器による薙ぎ払いに等しく、華世は周囲の木々と共に装甲板に殴りつけられる形で蹴り飛ばされた。


「が、はっ……!」


 芝生の上に叩きつけられ、倒れる華世。

 全身が痺れるような感覚と痛みに包まれるが、我慢できない程度ではないのは魔法少女に変身しているおかげか。


「華世ちゃん!」


 上空を飛ぶ〈ジエル〉から聞こえる、咲良の声。

 華世はその場でよろめきつつも立ち上がり、正面に〈クロドーベルⅡ〉を見据えながら声を張り上げる。 


「手ェ……出すんじゃないわよ、咲良!」

「でも!」

「こいつは……あたしが倒さなきゃいけない、敵なのよ!」


 なぜパイロットを失ったキャリーフレームが自律行動をしているのか。

 どうしてまるで機体そのものが感情を吐露するように喋っているのか。

 騒然としているコロニー・ポリスや、空中で待機している咲良には想像もつかないだろう。


 しかし、華世には心当たりがあった。

 モノ自体が意思を持ったように振る舞い、攻撃的な行動を起こす現象。


「あいつも、ツクモロズなの……!?」

『そのとおりだミュ!』


 唐突に聞こえてきたハムスター……もといミュウの声に、とっさに辺りを見渡す華世。

 音が聞こえてきた方向は、ちょうど髪をリボンで結ってある部分。

 もしかしてと思い、赤いリボンに指を当てる。


「これ、もしかして通信機になってるの?」

『その通りだミュ!』

『あら、その声は華世お嬢様ですか? やっほー』

「……ミイナの声も聞こえるってことは、集音性高いわね。で、あいつはツクモロズってことでオーケーなの?」


 華世の問に、ミュウが答える。

 曰く、ツクモロズとはモノや道具自体が意志を持つことによって生まれる存在であるらしい。

 言葉を話す口や、自ら動く身体を持たぬモノたちであるが、彼らにも心があり魂が通っている。

 そのモノが持つ心や魂が耐えきれないほどのストレスを受けた時に発現する、8面体状のコア。

 それを核として人間の形をした身体を生成して誕生するのが、ツクモロズ。


 目の前のキャリーフレームは、元から人型をした機械であり、スピーカーという口がある。

 だからこそ昨日戦ったハサミ男のように肉体が作られることなく、そのままの姿で自律し暴れているのだ。

 あの機体がツクモロズ化する引き金となったストレスは、犯罪者に操縦され同胞と戦うことになったから……といったところであろう。


『コアは恐らく、あのロボットの操縦席にあるはずだミュ!』

「見えてる。あれさえ潰せればってところね」

『華世なら、できるミュ!』

「当然ッ!」


 華世は大地を蹴り、〈クロドーベルⅡ〉へと向かって駆け始める。

 同時に巨大な敵が落ちていたリボルバーを広い、華世へと銃口を向ける。

 その砲身から轟音とともに鉛玉が放たれると同時に、華世は鋼鉄の右腕を前に突き出した。


「その弾……もらったぁっ!!」


 華世の右手、その手のひらが発光し大気を震わせる。

 すぐ正面で空気が渦巻き、力場を形成。

 しかし飛んでくるのは、直径70ミリを超えるもはや砲弾とも言うべき巨大すぎる弾丸。

 力場で受け止めるには、あまりにも運動量が大きすぎる。


 しかし、華世は冷静であった。

 跳躍し、ちょうど身体の脇を弾丸が通り過ぎるポジションから、受け流すように力場で弾丸を受け止め、掴む。

 そのまま全身を回転させ、緩やかに砲弾のベクトルを変更。

 飛んできた弾丸をUターンさせる形で、リボルバーの巨大な鉛玉を投げ返した・・・・・


『なにっ……!?』


 不意に飛んできた自分の弾丸に、頭部を貫かれる〈クロドーベルⅡ〉。

 のけぞり、後方へと倒れたその巨体へと、華世は一度地面に着地し再び飛び跳ねる。

 上空から見下ろし、空っぽになったはずのコックピットを見下ろす。

 そこには、パイロットシートから生えているかのように、正八面体が鎮座していた。


「くたばれ、ツクモロズっ!!」


 落下地点へと向けて突き出される斬機刀の切っ先。

 コロニーを取り巻く遠心力と、人工重力によって加速した華世の身体が、その勢いを刀身へと伝えコアを一気に貫く。

 刹那、スピーカーから断末魔のような甲高い音が響き渡り、同時にコックピット全体がスパーク。

 華世が急いで脱出し、地面に降り立った瞬間、〈クロドーベルⅡ〉の胴体が大爆発を起こした。


「ああっ!!」


 爆風を受け、華世の身体が吹き飛ばされる。

 飛んでいく先には先程敵の攻撃でなぎ倒された、トゲトゲした木の断面。

 鋭利な刃物と化しているあの木に刺されば、いくら華世とて無事では済まないだろう。

 わかっていても、空中で躱す手段が思い浮かばなかった。


「華世ちゃーーん!!」


 諦めかけた華世を、上空から伸びてきた巨大な手が受け止める。

 上を見上げると、華世の顔を覗き込む〈ジエル〉の頭部。

 無事かを問う咲良の声を聞きながら、華世は安堵の溜息をこぼした。



 【7】


「──とまあ、こうして試験を無事にパスしたあたしは、めでたく人間兵器の称号を手にしたのでしたー。っと」

「懐かしいね~。あれからもう2週間も経ったんだ~」


 数分後に宇宙港へと到着するというアナウンスを聞き流しながら、咲良との思い出話を終える華世。


 ツクモロズによるトラブルはあったが、キャリーフレームを単身で倒すというノルマは達成したので、あの試験は無事にパスできた。

 そうして平和のために力を振るう大義名分と、中学生の身には有り余りすぎる給金を手に入れられるようになった華世。

 幼いながらも軍属のため、現在はアーミィとともに様々な事件の解決へと駆り出される身である。


 そもそも、女神像をベースとしたツクモロズと戦う羽目になったのも、第8番コロニー「サマー」で子供の連続誘拐事件が発生しているという報を聞いたのが始まりだった。

 持ち前の鋭い勘で、事件からきな臭さを感じ取った華世は、警戒されにくいアーミィの隊員として先行して現場へ急行。

 調査の結果、案の定ツクモロズによって発生する事件だったというオチである。


「ま、あの頃から比べるとすっかり慣れたものよね。あたしも、あんたも」

「まあね~。あれから毎日というほどでもないけれど、ツクモロズと頻繁に戦ってるからね~」

「試験の時は助かったけど、あれ以来あんた、あんまり役に立ってないけどね」

「うぐぅっ」


 降りる準備のために、前座席の後方から伸びるテーブルを畳み荷物をまとめる華世。

 隣の咲良も、図星を指されてうめき声を上げつつも、食べ終わった菓子の空袋をそそくさとビニール袋にまとめている。


「だってさ~、華世ちゃんと一緒に戦ってると、キャリーフレームでやること少ないんだもん~」

「それに関してはあたしも同意するけどね。でも、試験の時みたいなキャリーフレームのツクモロズが発生しないとも限らないし」

「願っちゃいけないんだろうけど~、出番があることを願いたいね~」


 ポーン、という音とともに宇宙船がクーロンへ到着した旨がアナウンスされる。

 座席上の荷物置き場から大きなカバンを下ろす他の乗客を尻目に、カバンひとつで済む華世たちは船を降りる人の流れが出来上がるまで椅子に座ったままのんびりとしていた。


「ところで~、いくつか質問していいかな?」

「どうぞ?」

「さっきの話に出てた凶悪犯って、どうなったんだっけ?」

「ああ……重症だったけど生きてたから、病院送りの後に再収監だったはずよ」


 華世としては、脱獄するほどの極悪人をわざわざ生かすことに意味があるのかと思っているのだが、始末するチャンスは失ってしまったので後の祭りである。

 まあ、あの名も知らぬ凶悪犯のおかげで割とスムーズに試験を突破できたところもあるため、そこまで悪感情は湧いていないのだが。


「んで、次の質問は?」

「ミュウっていうハムちゃんは~、今どうしてるの?」

「あー……あいつなら、普段はあたしの部屋でハムスターのカゴの中よ」


 華世へと力を分けたことで、なぜかハムスターのような姿へと変わった妖精族の少年・ミュウ。

 彼は心までハムスターになったのか、毎日ヒマワリの種を好んで食べ、回し車で汗を流す小動物ライフを満喫している。

 世話に関してはミイナに一任しているため、華世としては手間がかからなくて良い。


「そっか~。一度その子と喋ってみたかったんだけど」

「こんどうちくる? 手料理をごちそうするわよ?」

「ホント~? やった~楽しみ!」


 年甲斐もなくはしゃぐ咲良とともに、船を降りる人の動きに乗る華世。

 コロニーをまたぐ出動の場合は、移動が億劫だなと思いながら土産の入った袋を握りしめる。

 土産に喜ぶ内宮とミイナの顔を思い浮かべながら、平穏な帰路へと華世は着いたのだった。


──────────────────────────────────────


登場戦士・マシン紹介No.3

【クロドーベルⅡ】

全高:8.0メートル

重量:5.9トン


 コロニー・アーミィ傘下の警ら組織コロニー・ポリスが制式採用しているキャリーフレーム。

 10年以上前に地球の日本で採用されていた機体を、改良しつつコロニー仕様へと換えたもの。

 全体的に細目のシルエットだが、肩や脚部などは大型になっている特徴的な体型をしている。

 設計こそ10年以上前の流用だが、駆動系などに用いられているパーツは最新のものとなっているため、性能は無印クロドーベルとは比較にならない。

 また、コロニー内外での運用を想定しているため、無重力下や宇宙空間での運用も可能となっており、背部に空間飛行用のウィングを展開するギミックが存在する。

 とはいえ、軍用キャリーフレームが出るほどではないキャリーフレーム事件へと投入される機体のため、運動性能・火力ともに控えめ。

 標準装備として放電で相手機体を停止させる電磁警棒と、75ミリ弾を放つリボルバーガンを所持している。



──────────────────────────────────────


 【次回予告】


 遠征任務を終え、日常に帰ってきた華世。

 そんな彼女の手に、リン・クーロンの誕生日パーティの招待状が届く。

 コロニー領主の令嬢を祝う場に、悪い笑みを浮かべる華世が乗り込んだ。


 次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第4話「パーティ・ブレイク」


 ────少女の勇気が、悪を射抜いた。


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