第2話「誕生、鉄腕魔法少女」
「そうだ、せっかく時間が有るし……華世ちゃんが魔法少女になったきっかけとか聞きたいな~」
帰り道の電車の中で、駅弁を食べていた咲良がそう言った。
正午辺りに5キロ近くもパスタを食べたのに、まだ食べるのかと華世は呆れ顔をする。
別に華世は過去の
それに思い出さなければならないのも、ここ二週間ほどのことである。
「しょうがないわねぇ……」
華世は窓の外を流れ行く風景を見ながらゆっくりと、少しずつ思い出しながら語り始めた。
それは、始まりの物語。
ひとりの少女が、力を得るまでのストーリー。
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鉄腕魔法少女マジ・カヨ
第2話「誕生、鉄腕魔法少女」
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【1】
「ふぁぁ~っ」
ベッドからゆっくりと降りた華世は、眠気まなこを指でこすりながら、寝間着を脱ぎ捨てた。
そして衣装棚の引き出しから取り出した白いブラジャーを、同級生の中では比較的大きめな胸へとかぶせ、身につける。
ハンガーに掛かっている濃い藍色の上着、その下にあるワイシャツを取り出して腕を通し、学校指定の黄色いラインの入った純白のスカートを腰に回した。
部屋の中の鏡を見ながら、
「さて、と」
制服の上着の代わりにエプロンを身に着け、リビングに足を踏み入れる。
そこで華世が出てくるのを待っていたように立っていたのは、メイド服姿の一人の女性。
彼女は物欲しそうな表情で、空色の長いストレートなおさげ髪を揺らしながら、華世に向かって両腕を広げた。
「華世お嬢様、脱いだお召し物をこちらにどうぞ」
「あ、ええ。……ミイナ、それ吸うんじゃないわよ?」
「そりゃあもちろん、スゥーーーッ。ぷはぁー! やっぱり朝の寝間着は格別ですね!」
「言ってるそばから吸ってんじゃないわよ! 鼻からコールタール漏れてるし!」
「おっと、つい忠誠心が鼻から出てしまいました……失敬失敬!」
唇までたれてきていた赤褐色の液体を、メイド服のポケットから取り出したハンカチで素早く拭き取るミイナ。
飽きるほど繰り返したやり取りではあるが、寝汗でこびりついた体臭を目の前で嗅がれるのは、いつも不快感を感じてしまう。
そう思いながらも華世はキッチンに向かい、フライパンを乗せたコンロに火を入れつつ、冷蔵庫から卵を3つ取り出す。
それらを手際よくひとつずつボウルへと割り入れ、熱されたフライパンへとバターをひとつ。
ボウルの中の黄身を菜箸で潰し、加え入れるのはマヨネーズとコーヒーミルク。
それから牛乳とマヨネーズを混ぜ合わせ、塩コショウで味付けを整えてから、最後に柔らかい袋チーズを加えてかき混ぜる。
今日の朝食のおかずは、スクランブルエッグだ。
「ったく……変態気質だし、料理作れないし。あんた、本当にメイドロボなの?」
「はい。私がコズミック・ドロイド社の誇るサービス・ドロイド317号で有ることは、型番やインプットされたプリセットからも確かでありますとも! スゥーーーッ。ぷはぁー!」
「人が目を離した隙に、もう一服かましてんじゃないわよ!」
繰り返し華世の寝間着を顔に押し付けるミイナへと、フライパンに溶き卵を入れながら再びツッコミを入れる華世。
彼女────ミイナは人間ではない。
10年ほど前から驚くべき速度で発達した人工知能分野、及び
家事手伝いアンドロイド「SD-317」である。
発達以前までは機械的な受け答えしかできなかったAIという存在が生活に浸透したのは、こと人類史においても驚くべき進化である。
しかし、ことこのメイドロボ・ミイナに至ってはどうも特殊な性癖というのだろうか。
メイドロボという存在は、古今東西さまざまなフィクションで描かれた夢の存在らしい。
けれども、主人の体臭を嗅ぎ悦に浸るなんて個体は、恐らくはこの変態以外には存在しないだろう。
「最後にゆっくりかき混ぜて……できたっと」
皿に盛り付けて完成したのは、チーズのとろりとした食感も楽しめる、ふわふわスクランブルエッグ。
同時に予めミイナがセットしていたであろう炊飯器が、タイミングよくご飯が炊けたことを主張した。
華世は手際よく茶碗に白米を盛り、木製のダイニングテーブルへと3人分の朝食を並べてゆく。
その間にミイナも、ケチャップなどの調味料やふりかけを取り出し、テーブル中央に配置。
箸を並べようとしたところで、奥の部屋からゆっくりとボサボサの明るい茶髪が顔を出した。
「むにゃ……おはよーさん、華世。とミイナはん」
「おはようございます、内宮千秋さま」
「
「おほーっ、今日はツイとるなぁ! うち華世の炒り卵めっちゃ好きやねん!」
ドタドタと騒がしい音を立てて席につく内宮。
華世も調理に使った道具を洗ってから、音を立てずに椅子へと座った。
「じゃあみんな揃ったし……」
「「「いただきます」」」
華世とミイナ、それから内宮の三人で声を合わせてから箸を手に取り、一斉に朝食を食べ始めた。
【2】
卓上のふりかけや
そんなさなか、華世の正面に座っている内宮が箸を止めた。
「……なあ、華世」
「何?」
「昨日、あんさんどこぞの高校男子をボコったらしいやないか」
眉間にシワを寄せたしかめっ面。
これは間違いなく、叱責の前フリである。
「あれはね……あいつらが女の子を路地裏に無理やり連れ込もうとしたから、ちょっと強めにぶん殴っただけよ」
無駄だとはわかりつつも、華世は弁解の言葉を述べる。
華世は悪行を見過ごせない性格である。
目の前の問題ごとに首を突っ込み、面倒な状況になろうとも、我が身を省みずに悪を叩く。
決して正義感によるものではなく、弱者を虐げるという行為そのものへの嫌悪感からくる成敗。
けれども、その私刑にあたる行為が問題だということは、わかっていても
華世の弁明を聞いた内宮は、腕組みして困った表情をする。
「まあ確かにその行為で女の子は救われたから良しや。けどな、あんさんが問題行動を起こす度に保護者として学校に呼び出されるうちの身にもなってほしいんやわ」
「それは、その……ごめんなさい」
うつむき、素直に謝る華世。
傍若無人とまでは行かないが、唯我独尊を地で行くような生き方をしている華世でも、内宮には頭が上がらない。
華世と内宮は決して、血が繋がっているとか親戚だというわけではない。
華世がすべてを失った『沈黙の春事件』の際に、瀕死の彼女を発見し救出したのが内宮だった。
その縁からか、内宮は華世の保護者として名乗りを上げ、いまこうしてタワーマンションのワンフロアを専有する5LDKの家で暮らしている。
こうやって華世が日常を謳歌できるのも、内宮あってのもの。
そういった内宮への感謝と敬意が入り混じった感情の先に、華世の申し訳ない気持ちがあった。
「……わかればエエねん。飯マズぅして悪かったな」
「別に。今度からもっとマイルドなシバき方を考えるから」
「そういうのがアカン言うてるねんで? ごっそさん」
席を立ち、自室へと戻る内宮。
その背中を見送ってから華世は部屋に戻り、エプロンを脱ぎ捨てて制服の上着を羽織る。
そして予め必要なものを入れておいた学校カバンを手に取り、玄関へと足を運んだ。
「それじゃ、行ってくるから」
「いってらっしゃいませ、お嬢様」
「いってらー」
共に暮らすふたりの見送り言葉を背に受けて、華世は外の世界へと飛び出した。
マンションのエレベーターを降り、入り口でにこやかな顔で手をふる待ち人と合流し、挨拶を交わす。
「華世ちゃん、おっはよー!」
「
「むー、親友の私が出迎えたんだからもうちょっと喜んでよー!」
茶髪のポニーテールを揺らしながら、華世の周りで跳ねる
華世ははしゃぐ彼女を放置して、冷静に通学路を進んでいく。
相手にされてないのに気がついたのか、
「華世ちゃん、どーしたのよー?」
「この間のことで
「でも、あれは華世ちゃん悪くないよ! 女の子助かったんだし!」
「……ありがとね、結衣」
友人からのフォローの言葉を受けて、少し元気が湧く華世。
華世の表情に元気が戻ったのが嬉しかったのか、得意げに結衣が胸を張る。
「親友の笑顔を守るのは、親友の努めだから!」
「あー、はいはい」
「むー! どうして急に顔がしらけちゃうのかなー!」
「いや、ね。ふと……あたしのことなんかよりも、あんたは今日の小テストのことを考えておくべきじゃないかな、と思って」
「うっ、痛いところをつくなぁ……。確かに前のテストはズタボロだったけど」
「あの先生ねちっこいから次、悲惨な点取ると面倒くさいわよ」
「うう〜華世ちゃんはテストの点いいから余裕でいいなぁ……」
涙目になる結衣の頭を、ポンポンと手で撫でる。
自分で泣かせかけた友人を慰めながら、華世は目を鋭く尖らせていた。
(今の音、そこの路地からよね……?)
結衣は気づいていないようだったが、華世には確かに聞こえていた。
微かではあるけれど、人が殴られ倒れる音。
人よりも
華世たちの住む場所は、比較的治安のいい場所ではある。
子供だけで安心して登下校ができる程度の治安。
しかし、だからといってその場所で揉め事が起こらないわけではない。
華世という少女を突き動かすのは、好奇心といった無責任な衝動でも、正義感のようなヒーローチックな気持ちでもない。
ただひとつ、暴力を振るうような不届き者がいるならば、その顔を覚えて置かなければという使命感だった。
「結衣、カバン頼むわ。野暮用が……できた」
「え……? うん……」
一段、二段低くなった華世の声に、頷いてカバンを受け取り、ひとりで通学路を走ってゆく結衣。
これくらい物分りが良くなくては、自称でも華世の親友は務まらないだろう。
なぜならば、このようなことはこれが初めてではないからだ。
以前には、同様の方法で街に侵入していた凶悪犯を捕えることに貢献した。
世の中にのさばる悪を、それが不貞行為をしているとわかっていて見逃すような行為は、華世のポリシーに反している。
建物の陰で結衣の姿が見えなくなってから、華世はひとつ深呼吸をした後に、暗い裏路地へと足を踏み入れた。
【3】
老紳士のそばに立つ男が、幼い少年を殴りつける。
その一撃を受けた男の子はよろめき後ずさり、塀にもたれるように倒れ込む。
華世が駆けつけたときに眼前に広がっていたのは、そんな光景だった。
「ちょっとあんた達! 何やってるのよ!」
「ほっほっほ……? おやおや?」
老紳士が華世の声に振り向き、ギョロリとした不気味な眼球を向ける。
人ならぬプレッシャーを放つ老人から少年を守るように、華世は飛び出した。
「過剰なしつけ、あるいは育児ストレス? ……なわけないか」
「いけませんねぇ、お嬢さん? 大人の事情に首を突っ込んでは」
クックッ、と気味の悪い笑いを浮かべる老紳士の動向に気を配りながら、自分の右腕に目をやる。
いざとなれば自分の“武器”を使うことも考えながら、一歩も退かずに老人と、その隣に立つ奇妙な男を睨みつける。
奇妙な、というのは男の外見がおおよそ人間ではない様相をしていたからである。
例えるならば、特撮番組で主人公に立ちはだかる怪人といったところか。
ゴツゴツとした奇妙な赤茶色の格好に全身を包み込み、顔面に至ってはギザギザの口をむき出しにし、目は簡略化された怒り目といった突飛な風貌。
その両拳の甲からは鋭い刃物が飛び出していて、路地に差し込む光を妖しく反射させている。
その刃物をしきりに交差させ、シャキンシャキンと音を鳴らすものだから、おっかない。
背後の少年はというと、倒れたまま動かなかった。
全身は傷だらけであるが、細かくゼェゼェと息を吐く音が聞こえているから、死んではいないだろう。
「見られては仕方がない。ブッタギリー、その小娘から先にやってしまいなさい」
「
甲高い声を放ちながら、ブッタギリーと呼ばれた刃物男が華世へと飛びかかる。
交差した2枚の鋭い刃物が、まるで
「その腕、もらったぁ!!」
「くっ!」
華世はとっさに右腕を顔の前に出し、攻撃をガード。
肌へと刃物が痛々しく食い込み、突き刺さる。
けれども、金属音とともに刃物が止まり、華世の腕にそれ以上の傷をつけさせなかった。
「ゲッヘッヘッヘ! ……ゲヘ?」
「ったく……このハサミ野郎っ!」
「ぐへぇっ!?」
怪人の胴体へと、華世の鋭いキックが突き刺さる。
おおよそ格闘に向いていないローファーでの蹴りではあるが、男一人を後退りさせるのには十分だった。
「ほうほう……ツクモ獣の攻撃を受けて微動だにしないとは。あなた、何者ですか?」
「さあね。誰だっていいでしょ?」
「そうですねぇ、念には念を入れますか」
老紳士が指をパチンと鳴らす。
すると、付近にあったゴミ捨て場から黒いゴミ袋や粗大ゴミが浮遊し、老人の周りを漂い始めた。
そして、それらはまるで人の形になるように集まり、2メートルほどのゴミ人形3体へと姿を変えた。
「「「ジャンクーールーーー」」」
低い唸り声を上げるゴミ人形たちに、さすがの華世も一歩後ずさる。
これで一見すると戦闘力のなさそうな老人を除いても、相手はよくわからない怪人が4人。
こちらは“武器”があるにせよ、守る相手をかばいながらの1人。
この状況を、いかにして打破するか。
頭の中でグルグルと、いろんな策を巡らせていた……その時だった。
(このままでは君はやられてしまうミュ。僕の力を貸してあげるミュ!)
「え……?」
脳の奥へと響く声。
老紳士はその声に気づいていないのか、ホッホと不気味な笑い声を浮かべている。
(誰よ、あんた?)
(君の後ろにいる……君が助けようとしてくれている存在だミュ。このままじゃ……君も僕も、奴ら“ツクモロズ”にやられてしまうミュ!)
(だから力を貸すって? 借りたらどうなるのよ?)
(説明している暇はないミュ。秘密の呪文を叫ぶんだミュ……!)
頭の中に伝えられる、鍵となる言葉。
その呪文も、ツクモロズという老紳士勢力を指しているであろう言葉も、なぜか華世には既視感があった。
そして、その呪文を唱えればこの状況を打開できると、謎の自信が湧いていた。
「ふふっ」
「ホッホッホ、何を笑っているのですか? このあまりに絶望的な状況で、おかしくなりましたか?」
「絶望的? これが? ……舐めんじゃないわよ」
「ホヒョ?」
「今からあんた全員、血祭りにあげてやるわ。覚悟しなさい、ドリーム・チェェェェンジッ!」
叫ぶやいなや、華世の全身がまばゆい光に包まれた。
輝きの中で、華世が身に着けていた制服が霧散するように消えていく。
そして次々と代わりに身につけられる、桃色を基調としたフリフリの衣装。
金色の美しい髪は赤いリボンで結われ、ツーサイドアップの髪型へと変化。
何よりの最大の変化は、華世の右腕を覆う人工皮膚が服と共に消え去ったことで
むき出しになったグレーの指先、その先端部をスライドさせて鉤爪状にし、華世は高らかに名乗りを上げた。
「魔法少女マジカル・カヨ! 逆らう奴は、八つ裂きよ!!」
【4】
「何いっ!? 変身したですとぉっ!?」
これまで余裕の表情を崩さなかった老紳士が、初めて狼狽する。
華世は自身の格好の変貌に驚きつつも、身体の内側から湧いてくる活力に、その身を震わせていた。
「アハハハ……勝てる! この力があれば、この力があれば!!」
「ええい、ジャンクルー! やってしまいなさい!」
「ジャンクーールーーー」
ジャンクルーと呼ばれたゴミ人形の一体が、タンスで作られた拳を振り上げて襲いかかる。
敵の攻撃を前にし、華世の脳内に再び声が響く。
(来るミュ! 君が左手に握っているステッキを使うミュ!)
「ステッキ……? こんなもん、いらないわ!!」
(えっ)
呆気にとられている脳内ボイスをガン無視し、いつの間にか左手に握らされていた、ハートの形をあしらったファンシーなデザインのステッキを後方へ投げ捨てる。
同時に、華世は右腕をまっすぐに向かってくる相手へ向け、握った手に力を込めた。
華世の義手の手の甲に空いている穴から、乾いた発砲音とともに放たれる数発の弾丸。
放たれた鉛玉がジャンクルーの胴体を貫き、衝撃で巨体を後方へと押し倒す。
「やっば……ノリと勢いで撃っちゃったけど、ここ住宅街だったわ」
冷や汗をかきながらそう思っていると、撃たれたジャンクルーがゴミ袋でできた身体を起こし、立ち上がった。
被弾し穴の空いた箇所からは袋の中に入っていたであろう生ゴミが漏れ出しており、濁った色の水がポタポタと地面に落ちて汚水の水たまりを形成する。
「効いてない、か」
(だからステッキを……)
「こいつらの心臓になっているコアを、ぶっ壊せばいいのよね。だったら!」
(えっ)
困惑する脳内少年を置いてけぼりにし、華世は別方向から襲いかかってきたジャンクルーに向き合う。
ゴミ人形が腕を伸ばし、先端を構成しているカラーボックスを発射。
それに対して華世が右腕を勢いよく振るうと、鉤爪が刃となって箱を切り裂き、その姿を一瞬にして木片へと変えた。
「心臓の位置……ここかっ!」
鋼鉄の指を真っ直ぐに伸ばし、二の腕の辺りから右腕を高速回転。
ドリルのように旋回する腕をそのまま、回転する手刀をジャンクルーの胴体へと一直線に差し込んだ。
グニャリとした生ゴミの柔らかさの中で、異彩を放つ硬い感触が人工神経を通じて指先から伝わってくる。
コアだと思われるその物体を引き抜き、力任せに握りつぶし、立ち尽くすゴミ人形を蹴り飛ばす。
ふっ飛ばされたジャンクルーはブロック塀にぶつかり、そのまま人の形を失ってゴミ袋の塊へとその姿を戻し、力なく崩れて消えた。
「うへぇ~汚っ! ……けれど、これで弱点の場所はわかった!」
義手についた汚い汁を払う華世の元へと、残った2体のジャンクルーが一斉に向かってくる。
しかし華世は冷静に、近い方のゴミ人形の頭部に向かって右腕を伸ばし、手首部分に力を込めた。
手首の先が腕と繋がるワイヤーを伸ばしながら射出され、ジャンクルーの頭である汚れたダンボール箱を引っつかむ。
そのままワイヤーが巻き取られ、前方向に引っ張られたゴミ人形が地面のアスファルトへと激突、そのまま華世の足元まで引きずられた。
倒れてもがくジャンクルーのコアの位置めがけ、真っ直ぐに鋼鉄の拳を叩き込む。
パキンといった硬いものが割れて砕ける音が、裏路地へと響き渡った。
「2つ!」
残った最後のジャンクルーがタンスの腕を振り上げ、今にも華世の頭を叩きつける瞬間。
華世が地面を踏み込み後方へ飛び退こうとすると、自分が思った以上に高く飛び上がったので、慌てて姿勢を制御してブロック塀の上に着地する。
変身した事による身体能力の向上を自覚し、華世は思わず口端を上げた。
ブロック塀の上に立つ華世へと、ジャンクルーがタンスを射出して攻撃をかける。
しかし華世はすばやく飛び退き、空中でタンスを踏みつけ足場にしながら相手へと飛び蹴りを食らわせた。
キックを受けて倒れるジャンクルーを踏みつけるように着地する華世。
そのまま心臓部を狙って、鉤爪を振るってコアごと敵を切り裂いた。
「これで3つ。あとはそこのハサミマンだけよね?」
「ぐぬぬぬっ! 行きなさい、ブッタギリー!!」
「キェァァァッ!!」
ギザギザの口から金切り声に似たような叫びを上げながら、ブッタギリーがまっすぐに突進する。
放たれた刃の一閃を、華世はその場で飛び上がって回避。
そのまま突っ込んでくる怪人の顔面へと、鋭い膝蹴りを炸裂させる。
不意に顔面に受けた一撃によって、仰向けに倒れるブッタギリー。
華世はその心臓部めがけ、思いっきり鉤爪を食い込ませ、乱暴にコアを引き抜いた。
そして鋼鉄の指に握られた八面体を放り投げ、空中で撃ち抜き四散させる。
心臓部を失ったブッタギリーは光となって霧散し、あとにはひとつの壊れた枝切り
「さて、爺さん。まだやる?」
パラパラと地面に落ちて消えるコアの欠片の向こうで固まる老紳士へと、華世はファイティングポーズを向ける。
怪人はやられ、この周辺にあったゴミはもうない。
他に打つ手がなければ、この老人は逃げるはずだ。
このまま老人を仕留めに行くのが最良であるが、現在それは難しそうだった。
というのも、2体目のジャンクルーを倒した辺りから、右腕の調子がおかしくなっていたからだ。
初めて行った戦闘機動による負荷で、義手が故障でもしたのかもしれない。
なので、ここは相手に引き上げてもらったほうが華世にとっては都合がいい。
「お、おのれ鉤爪の女……! 覚えていろっ!!」
老紳士はそう言い放つと、全身から煙を吹き出し始めた。
華世の視界が一気に白へと染まり、思わず腕で口元を塞ぐ。
白い煙に紛れて逃げたのか、目論見通り煙が晴れる頃には老人は姿を消えていた。
【5】
「鉤爪って、物騒な呼び方ね。まあ良いわ、もう大丈夫……よ?」
助ける対象がいた場所に視線を移し、ここで初めて少年が姿を消していることに気づいた。
辺りを見回しても人の気配は感じられず、かといって逃げ出したような痕跡も見られない。
「どこにいった? 人をこんな格好にしておいて無責任な奴ね」
「僕は逃げてなんかないミュ!」
「みゅ?」
声がした方へと視線を向けると、そこにはふわふわと宙に浮かぶ青い体毛のハムスター……のような小動物の姿。
華世が掴もうと手を伸ばすと羽を広げて飛び上がり、華世の目の前で滞空した。
「あんた……もしかしてさっきの?」
「助けてくれてありがとうだミュ。僕は妖精族のミュウだミュ。君に魔力を与えたことで、このような姿になってしまったんだミュ」
「妖精族ねぇ……」
急に飛び出したファンシーな単語だったが、なぜかすんなりと受け入れられた華世。
その態度を見てか、ミュウも流石に違和感を感じたようだ。
「華世……だっけ。君は一体なに者ミュか? 初めてにしてはなんというか……」
「手慣れすぎてる?」
「そうだミュ! 魔法は使わないし、右腕は変だし、ツクモ獣の弱点も知ってたし……」
それに関しては、華世にもわからないところだった。
記憶の奥底にこびりついたかのように、未知の敵勢力にもかかわらず、何となく
そんな事を考えていると、ミュウがハムスターの首で左右にキョロキョロ見回しながら
「それよりも、ココはどこの街ミュか? 見たところ日本の……東京都の郊外あたりだと思うんだミュけど?」
「にほん? とーきょー? 何それ」
聞き慣れない単語に華世がキョトンとしていると、ミュウが空中でポカンと小さな口を開けたまま高度を落とし始めた。
頭をポリポリと生身である左手で書きながら記憶をたどってみる。
そういえば、社会科の授業の時になにか聞いた覚えがある。
「ああ、思い出した。地球の地名のことね」
「地球の地名……と言われると、まるでここが地球では無いような言い方だミュけど……」
「地球じゃないわよ。だってここは──」
「そこの人物に告ぐ! 速やかに武器を捨て投降せよ! 我々はビィナス・リング防衛組織コロニー・アーミィである! 繰り返す、速やかに武器を捨て投降せよ!」
空からけたたましく響くスピーカー越しの声に、華世は諦めの表情を浮かべながら真上に顔を向けた。
雲越しに反対側の街が見える見慣れた空の景色に、上空から華世に銃を向けたまま飛行する人型機動兵器・キャリーフレームの1種〈ザンドール
「うっわ……ふつう人間相手にアーミィの
両腕をまっすぐ上げ、抵抗の意志がないことの示しとする華世。
ただひとり……というか一匹、状況の飲み込めていないのであろうハムスターだけが滞空しながら呆然としていた。
「もうすぐ喋れなくなりそうだから行っておくけど、ここは金星中域のスペースコロニー群、ビィナス・リングのひとつであるコロニー“クーロン”よ。わかった?」
「金星……? スペ……?」
ミュウが聞き返そうとしたようだが、そのときにはすでに華世の身柄は屈強な制服の男たちによって取り押さえられていた。
【6】
かつての人類が、なぜ金星という惑星の周辺に
それは火星に続き、火星と同様の地球型惑星たる金星を
あるいは地球圏から木星圏にかけての、地球公転軌道外側の開発が終わったので今度は地球公転軌道の内側の開発に乗り出すためとか。
諸説あれど結局、金星は
そういった歴史の上で、金星をぐるっと取り囲むように無数のスペースコロニーを建造し、輪になるように接続してビィナス・リングという洒落た名をつけたのは、時の権力者がロマンチシズムに溢れていたのだろう。
そうして形成された金星を取り囲むスペースコロニーのひとつ、第九番コロニーが華世たちの住む円筒形居住コロニー、その名を「クーロン」という。
「いい加減に白状したまえ。君に逃げ場など無いのだよ」
窓のない尋問室の中で、華世の正面に座っていた仮面の男が低い声でゆっくりと言った。
顔の上半分を隠すような仮面を付けた男は、決して机を叩いて脅しつけるようなことはしないところから、誠意はある人間なのだろう。
けれどもその口から放たれる言葉、その語調は穏やかなれど、威圧感が声色からみてとれる。
が、その程度のプレッシャーでは華世の心を崩すには足りない。
「黙秘よ。何度も言ってるけど、あの人が来るまでは黙秘するわ。あたしにその権利はあるでしょう?」
「尋問官を変え、不利な発言を黙秘する権利はある。だが、君の求めている彼女は身内びいきで仕事の手を緩めるような人間ではないぞ?」
「も・く・ひ」
「肝の座ったコスプレ少女だ」
仮面の男は立ち上がり、華世へと背を向けて2,3歩ほど歩いた。
そして部屋の中心あたりで立ち止まり、顔だけ振り返り口を開く。
「このような幼子が生み出されてしまうことがコロニー社会、ひいてはこの宇宙時代の暗部であり凋落を示しているのかもしれんな」
「大げさな男……」
華世は尋問をする男に対し黙秘を貫きつつ
外の廊下から聞こえてくる靴音と共に来たる、救いの手を。
コンコンと、扉をノックする音が尋問室に響き渡る。
「喜びたまえ。君の待ち焦がれた人間が来たぞ。気の済むまで存分に弁明をするがいい」
部屋の隅の椅子に男が座り込み「入りたまえ」と声をかけると、扉が勢いよく開き、華世がよく見た細い目が顔を覗かせた。
それは、華世が住む家の家主。
今朝、スクランブルエッグを喜んで食べていた女性・内宮千秋その人である。
「華世、なんであんたが……って、何でウルク・ラーゼ支部長が尋問しとったんや?」
「ウルク・ラーゼ支部長? この仮面の男が?」
「このオッサンはコロニー・アーミィ・クーロン支部の支部長なんや。何でなん?」
「ええい内宮。私が担当している理由など、尋問担当官が午後勤務で未だ出勤しておらず、経験者が所内に私だけであったからに過ぎんよ。私など朝の8時から出向いているというのに……! 昼休憩も挟まぬ内からこのような凶行に出る、その少女こそが諸悪の根源なのだよ……!」
やや苛立ちを含めたような静かに強い語気で、仮面の男……ウルク・ラーゼが部屋の隅で天井に向けて吐き捨てた。
言葉遣いこそ大仰な悪の親玉と言った感じであるが、言っていることは中間管理職の
「とにかく、や」
華世の正面の椅子に座った内宮が、額を手で抑えながら華世を睨みつけた。
その瞳の奥から見えるのは、困惑と失望、そして焦り。
「……まさか、家でて数時間でまた再会することになるなんて、思いもよらんかったわ」
「あたしもよ。できれば、厄介にはなりたくなかったんだけどね」
「何をやらかしたんや? コロニー・ポリスやのうて、アーミィにとっ捕まっとるってことは喧嘩や済まないことやと思うんやけど……それに、その格好」
内宮が指差したのは、華世の服装。
桃色を基調としたフリフリの衣装、朝の番組で放映されている魔法少女番組のコスプレのような服装。
その服を着込み、軍たるアーミィに拘束されている理由など、常人には想像すらできないだろう。
「別に、あたしは市街地での発砲を
「発砲やて? 拳銃でも持っとったんか?」
「違うわ。これよ」
鋼鉄の義手、その甲にある銃口部分をコツコツと左手の爪でつつく。
「……その機構、護身用にやて付けてもろうたもんやろ? 市街地で発砲なんてただ事じゃあらへん。ああ……こないなことが大元帥に知られてしもうたら、うちはどうなってしま────」
「吾輩がどうかしたかね? 内宮千秋少尉」
「ゔっ」
廊下から聞こえてきた、威厳ある低い声。
冷や汗をダラダラ垂れ流しながらゆっくりと振り向いた視線の先にいたのは、大量の勲章を胸にぶら下げた軍服を身に着けた、初老の男性。
立派な白い口ひげを蓄えた男が部屋へと入ると、内宮だけでなく隅に座っていたウルク・ラーゼ支部長も立ち上がり、ビシッと同時に敬礼をした。
【7】
「これはこれは、アーダルベルト・キルンベルガー大元帥閣下ではありませんか。このような汚らしい尋問室においでとは、どういった気まぐれでありましょうか?」
「ウルク・ラーゼ大佐、気まぐれなどではない。視察に赴いたところで亡き妹の忘れ形見が逮捕されたと聞けば、話の一つでも聞かざるをえんだろう」
「亡き妹の忘れ形見? まさか、この娘が?」
軽い驚きを見せるウルク・ラーゼをよそに、華世のもとへと歩み寄るアーダルベルト。
アーダルベルト・キルンベルガー大元帥は、金星コロニー・アーミィの最高階級者にして、華世の伯父である。
亡き華世の母はドイツ系の金髪美人であったが、外見にその血を色濃く受け継いだ華世に日本的な名前をつけた理由は、日本人である華世の父とその故郷を尊敬したのが理由だと聞いている。
華世はそんな母の兄であるアーダルベルトを前に、机に肘を置いたまま、ひとつため息をついた。
「……久しぶりね、伯父さん。前に会ったのは、半年ほど前だったかしら?」
「普段であれば大元帥と呼べ、と躾けるところであるが、この場では伯父として問おう。なぜ市街地で発砲を行ったのか、そしてその魔法少女モノのような衣装の説明を、聞かせてもらえぬか?」
「ええ。信じられないかもしれないでしょうけど」
華世は裏路地で起こった出来事を、包み隠さずに説明した。
怪人を連れた老紳士。
襲われていた少年から受け取った力で行った変身。
そして戦いの過程と逮捕されるまでの流れ……その全てを。
話の最中、内宮やウルク・ラーゼなどは唖然としたり顔を歪めたり、はたまた何度か苦笑したりしていた。
しかし、アーダルベルト大元帥だけは何度も頷きながら、最後まで真剣に華世の話を聞いていた。
「……以上よ。これが、あたしが発砲に至った
「大元帥閣下、よもやこのような子供の世迷い言、信じるわけではありませんな?」
「ウルク・ラーゼ大佐、たとえ信じがたい出来事でも……いや、信じがたい出来事であればこそ多角的視野をもって公正に判断する必要がある。話に出ていた小動物はどうしている?」
「はっ。証拠のひとつとして隣室にて保管していますが」
「連れてきたまえ。それと、現場を映していた防犯カメラの映像データと……ファンタジックなステッキ状のような物もだ」
「はっ……
アーミィの最高階級者たる大元帥に命令され、早足で尋問室を出ていくウルク・ラーゼ。
椅子に座ったまま居心地悪そうに縮こまっていた内宮の肩へと、アーダルベルトが手を優しく置いた。
「内宮千秋少尉、家で不自由は無いかね?」
「え、ええ……
「それはよかった。私が多忙でなければ、自ら面倒を見るのが道理なのはわかっているのだが……君に華世を任せきりですまないな」
「そないなことありません! うちみたいなのに任せてくれはって、えらい光栄ですわ」
階級差と大人の忖度が入り交じるふたりの会話。
双方の意見に嘘偽りが無いのは主題となっている華世にとってわかっているのであるが、どうも内宮のこのかしこまり方には馴染めない。
会話が途切れたタイミングで、ウルク・ラーゼが虫かごのような物とメモリースティックを持って再び尋問室に入ってきた。
「大元帥閣下。これがその小動物の入ったカゴと、映像データ。それから玩具でございます」
「よろしい。そこのモニターで映像を流したまえ。その間にこの者から話を聞こう」
「
金星式の了承言葉を発し、壁際に置かれたコンピューターへと向かい始めるウルク・ラーゼ。
その間にアーダルベルトは虫かごの蓋を開け、中にはいっていた青毛のハムスター・ミュウを解放した。
華世はミュウを、鋭い目つきでギロリと睨みつける。
「ねえミュウ。そろそろ、この格好もこっ恥ずかしくなってきたのよね。戻り方教えなさいよ」
「わ、わかったミュ……」
「喋った!?」
テンプレートをなぞるかの様な百点満点の反応をする内宮を無視し、華世はミュウが話す変身の解除方法に耳を傾ける。
その方法はステッキを持って、呪文をひとつ唱えること。
「……これで変身解除して、裸になるなんてオチはないわよね?」
「大丈夫だミュ。もとの服装に戻るはずだミュよ」
「そう。じゃあ……“ドリーム・エンド”!」
ミュウから聞いた呪文を唱えると同時に、変身したときと同じように華世の身体が光に包まれた。
着ていたフリフリの衣装が輝きながら消えていき、代わりに元着ていた学生服が彼女の身を包んでいく。
ついでのように、むき出しになっていた義手の右腕にも人工皮膚が戻っていき、パッと見で義手とはわからない外見となった。
しかし、ブッタギリーと呼ばれていた怪人の初撃を受けたときの、人工皮膚の傷はそのまま痛々しく残っている。
「よし……と。これで、少しは信じてくれる気になった?」
「そらぁ……こないなモン見せられたらなぁ……」
「大元帥閣下、映像の準備が出来上がりました」
「よろしい。再生したまえ」
「はっ」
ウルク・ラーゼがコンピューターを操作すると、壁の大型モニターに映像が映し出された。
それはやや高いところから
光とともに華世が変身し、ゴミ人形と戦い、老紳士が居なくなるまでの過程を、大人三人が食い入るように見つめている。
「ウルク・ラーゼ大佐、この怪人の亡骸は?」
「ありませんでしたが、代わりに壊れた枝切り
「怪人の元となった道具はそれか。……確か、ツクモロズと言ったか?」
「ツクモロズは僕たち、妖精族の故郷を大昔に侵略した悪い奴らなんだミュ!」
青いハムスターことミュウが、大元帥へ向けて必死な顔で説明する。
それを聞いたアーダルベルトは、自身の顎を指で触りながら首を少しかしげた。
「失礼、妖精族というのは? なにぶんファンシーな話なもので、縁の薄い私には理解が追いつかなくてね」
「妖精族は僕たちのように……ってわからないかもだけどミュ、魔法力を持った人たちだと思ってくれていいミュよ!」
「なるほど?」
「僕たちはこの世界と別の世界で暮らしていたんだミュけど、その世界がツクモロズに侵略されちゃって。多くの人たちは捕まっちゃったミュけど、僕のように逃げられた人は、次元ゲートへと散り散りに逃げ込んだんだミュ」
「そのゲートっちゅうモンのひとつが、このコロニーに繋がっとった。ってことでええんか?」
「そうだミュ!」
ミュウは話を続けた。
ツクモロズの目的は、より多くの世界を領土にすること。
そして、妖精族が逃げ込んだ先で手頃な場所があれば、そこを侵略しようとすること。
それ即ち、このスペースコロニー“クーロン”、ひいては金星のコロニー群ビィナス・リング全てが奴らに狙われる可能性が高いこと。
「……わかった。新たな敵が現れる可能性については、こちら──コロニー・アーミィで対策を講じておこう」
「大元帥閣下、こないな話を鵜呑みにしはるんですか!?」
「この世の中、信じられないような出来事はいくらでも起こり得るものなのだ。事実、我々太陽系人類種は過去に2度、異星人による侵略戦争を経験している。特に君ならわかるであろう、常識を覆され得るような出来事が現実で起こり得るということが」
「……それを言われては、ハイとしか言いようがありゃしませんわ」
なにやら思いつめたような顔で頷く内宮。
華世は内宮との付き合い自体は2年前からしかないのでよく知らないが、過去に何かあったのだろうか。
そんなことを思っていると、アーダルベルトが屈んで華世の視線へと高さを合わせ、ゆっくりと口を開いた。
「華世。今回のことに関しては証拠もあるゆえ、正当防衛の
「ええ、わかったわ。ありがと、伯父さん」
「よろしい。ではウルク・ラーゼ大佐、君の執務室で手続きを行わせてもらおうか」
「私の部屋で、ですか?」
「不服かね?」
「いえ。滅相もありません。ご案内いたしましょう、大元帥閣下」
仮面の男ウルク・ラーゼと共に、華世へと後ろ手に手を振りながら尋問室を退出するアーダルベルト大元帥。
ふたりの背中が見えなくなってから、内宮は大きなため息を吐いて華世の人工皮膚の傷を撫でた。
「ホンマ良かったわ~華世が前科者にならんで」
「今朝注意されたばっかりなのに、迷惑かけちゃったわね。……ごめんなさい」
「ええんや。大元帥がああ言っとるのにこれ以上責めるんも野暮やし。それよりこの傷、痛ないんか?」
「別に、神経通ってるわけじゃないから。でも修繕しないとみっともないわよね」
「ならええんやけど……せや。華世、学校どないするん?」
「あっ」
言われてとっさに壁の掛け時計を見る。
すでに時刻は午前11時、午前中の授業が半分以上終わっている時間。
「……
「かまへんけど……このハムスターは?」
「後で面倒見るから、一旦ミイナに預けといて! あとステッキも!」
「ちょっと、置いていかないでミュ! 華世ーー!?」
ミュウの困惑した叫び声を背中に受けながら、華世は尋問室を飛び出した。
【8】
「────っていうのが、あたしが初めて変身した日の出来事よ」
天井から下がる電光掲示板に“8番コロニー・サマー発 9番コロニー・クーロン行き72便18時30分”と書かれた待合スペース。
そのベンチの隣に座ってクッキーを頬張る咲良への説明を、華世はようやく終えた。
電車の終点となる宇宙港駅で降りた華世たちは、クーロンへと帰るために今から宇宙定期船へと乗り換えるのである。
「ふーん。そんな事があったんだ~。でも、朝食を食べるくだりとか要る?」
「一日のことを包み隠さず言えって、あんたが要求したんじゃないの」
「魔法少女に関係する所を、って言ったつもりだったんだけどね~」
なんとも間延びした気の抜ける口調で喋りながら、咲良が二袋目のクッキーを開封する。
脚をぶらつかせてお菓子を咀嚼する彼女の横で、華世は携帯電話の時計を見て搭乗案内まであと数分だと確認する。
「……ってことは~華世の初変身って、私が来る前日のことだったんだ」
「そういうことになるわね……ていうか、あんたまだ食べるの?」
「オヤツは別腹~。……あれ、確か話の中で大元帥閣下が許可なく戦闘しちゃダメだよ~って言ってなかった? 記憶が正しければ、あの日一緒に戦ったよね~?」
「あー……その下り説明しないとダメか。やっと終わったと思ったのに」
「まあまあ、船に乗ったらまた1時間弱ヒマなんだし~、ゆっくり思い出の照らし合わせをしましょ?」
本来、宇宙空間では光速までとは行かなくても、宇宙船はかなりの速度で航行することができる。
しかし、隣り合ったコロニー間の移動でも1時間ほどかかるのは、コロニーの間隔が直線距離でも約2万キロメートルも離れているためだ。
ピンポンとチャイムが鳴り、アナウンスが華世たちの乗る便の搭乗手続きの開始を告げる。
華世と咲良は自分たちの荷物を持って立ち上がり、ポケットに入れていたチケットを改札口へと挿入する。
「そういえば咲良、あんたキャリーフレームはどうしたの?」
「キャリーフレームは無人運搬船で移送済みよ~。なんで人間は運んでくれないんだろ?」
「さあねぇ」
長い搭乗橋を進み、その先に繋がった宇宙船へと足を踏み入れる。
窓の外には暗黒の宇宙と大きな金星が見え、船の周囲には護衛の宇宙戦用キャリーフレームが数機浮かんでいた。
宇宙は危険な空間なので、護衛もなしに飛行するのは無謀である。
チケットに書いてあった席を見つけた華世は、咲良に窓際の席を譲ってから通路側の椅子へと腰を下ろす。
「えーっと、それじゃ次は試験の日のことを話せばいいのかしら?」
「せっかくだし~、私が金星についた時の事も合わせて思い出の整理をしようよ」
「はいはい。じゃあさっき話した日の翌日、学校についてからのことから話し始めましょうか」
「朝食からでもいいのよ~?」
「朝はほとんど変わらないからね。ミイナが吸って、あたしが飯作って……」
「ま~た吸われたんだ……」
「とにかく、あの日。あたしが学校に着いたらね────」
のんびりと、華世は思い出しながらその日のことを話しだした。
初めて華世と咲良が出会った日。
そして、華世が“人間兵器”となった、あの日のことを。
──────────────────────────────────────
登場戦士・マシン紹介No.2
【ザンドール
全高:8.4メートル
重量:10.8トン
金星コロニー・アーミィで制式採用されているJIO社製の軍用キャリーフレーム。
10年前の機体であるザンドールをベースに、アーミィでの幅広い任務に対応可能なように細かなカスタマイズが施された機体。
名前のAはもともとアーミィのAだったが、様々な事情により
標準装備としてビーム・ライフルとビーム・アックスを装備しているが、コロニー内戦闘用に実弾装填のアサルトライフルも装備している。
ザンドール自体が旧世代機となっており、カスタム機である本機もスペック的には型落ち気味。
制式採用機体が未だに新世代機にアップデートされないのは予算の問題もあるが、金星では地球から離れているため様々勢力で使われている機体の世代更新が、地球に比べると緩やかであるのも一つの理由である。
【ジャンクルー】
全高:2.0メートル
重量:不明
老紳士が魔力を与えることで、ゴミから生みだされたツクモ獣。
ゴミ袋を数珠のように繋ぎ合わせることで胴体・手足とし、家電などの固くて大型の粗大ごみを手足の先端部とする構成を基本とする。
戦闘力はゴミ由来なので低いが、ジャンク品を振り回したり、発射することで生身の人間に対しては驚異となる戦闘能力を持つ。
知能は低く、「ジャンクル~」という鳴き声のような言葉以外はしゃべることができない。
ツクモ獣はすべて、人間で言うと胸部にあたる部分に正八面体の形状をしたコアをもち、これが失われると形状を維持できずに自壊する。
【ブッタギリー】
全高:2.4メートル
重量:不明
枝切り
元となったハサミはガーデニングが趣味だった人間に使われていた道具だったが、飽きられたことで捨てられていた。
両手の先が一本ずつの刃物となっており、両手を合わせると大きなハサミとなる。
しかし、あくまでも枝切りの役割を果たせるほどしか切れ味がなく、鋼鉄の装甲を纏った華世の義手に対しては、柔らかい人工皮膚を切り裂く程度で刃が止まってしまった。
──────────────────────────────────────
【次回予告】
人の出会いは一期一会。
導かれるように出会った二人の戦士は、年齢の差を超えてバディとなる。
そんな二人の出会いの話が、思い出として想起された。
次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第3話「地球から来た女」
────少女の振るう刃が、金属の巨人を切り裂いた。
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