鉄腕魔法少女マジ・カヨ

コーキー

第1章「鋼鉄の義体」

第1話「女神の居る街」

 【プロローグ】


 阿鼻叫喚の渦中の中に、少女は居た。


 外から聞こえる無数の悲鳴。

 家屋が燃え、倒壊する音。

 無慈悲な駆動音が一つ鳴るごとに、悲鳴と命が消えていく。


 自分を隠した押し入れを守るように、両親が鈍器を持って構えていたのが、最後に見た二人の姿だった。

 ガラスの破裂音と同時に響き渡る悲鳴、駆動音、叫び、肉の裂ける音。

 少女ができることは、人間がむくろへと変わっていく音に耳をふさぎ、金色の髪に包まれた頭を抱え、狭い空間で震えるだけだった。


 刹那、押し入れの扉を突き破って回転する刃が、それを纏う円盤ごと視界に入る。

 鮮血が目を覆い、感じたことのない激しい痛みが意識を遠くへと一瞬で吹き飛ばす。




 ────気がつけば、病室の中。


 窓の外には、昨日の朝まではのどかな町並みだった、廃墟と化した故郷の姿。

 そして虚無の感覚に目をやると、視界に入るのは血に染まって黒ずんだ金色の髪と、右肩に巻かれた赤く染みた包帯。

 その先に付いているはずの腕は、まるで初めから無かったかのように、消えてしまっていた。


 温かい家族も、親しかった友達も、優しかった隣人も、全てが一晩で右腕とともに消えてなくなったのだ。



 その時から、少女の心は2つの目標を目指していた。

 ひとつは、この惨劇を引き起こした何者かへの復讐。

 もうひとつは、失われたものを取り戻すための方法。



 力と希望を手に入れた少女は、その2つの目的を果たすために戦いに身を投じるようになった。



 魔法少女として────。



◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


    鉄腕魔法少女マジ・カヨ


    第1話「女神の居る街」


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 【1】


 上空から降り注ぐ暑い光線が、白亜の町並みと灰色の道路を照らす午前。

 喧騒から離れたのどかな街に似合わない、けたたましいエンジン音が広場に響き渡る。


「ヒャッハー! 頂きだぜぇ!!」


 バイクの後部座席に乗ったガラの悪い男が、大切なカバンを握りしめ離れていく。

 後を追おうと必死に足を動かすが、車両に対して人の足では、とてもではないが追い付けない。


「ま、待って……! お願い、返してぇ!」


 息を切らせながら放たれた少女の叫びが、町中に吸い込まれ、虚しく消えてゆく。

 あの中には、思い出の品が入っているのに。

 女の子は無力さに心折れ、その場に膝をついて涙を浮かべた。


 その時だった。


「ぐえっ……!?」


 男のうめき声とともに鳴る、メキリという鈍い音。

 逃げていったバイクの方へと目を向けると、ハンドルを握っていた男の顔面に、曲げられた細い膝が刺さっていた。

 あまりに突然のことに、まるで目の前の光景がスローモーション映像のようにゆっくりと目に入る。


 男に飛び膝蹴りを突き刺していたのは、11歳の自分よりも年上っぽい女の子。

 空の光を受けて輝き舞う、彼女の流れるような金髪ブロンドが、空中でこの世ならざる美しさを放っていた。


 男の顔を蹴りつけた金髪少女の左脚が離れ、素早く右脚とともに男の首を挟み込む。

 そして彼女の身体が宙で回転するのに合わせて、男の身体を持ち上げた。

 そのまま流れるように男の顔面を道路に叩きつけ、鈍い音がまたひとつ。

 プロレス技でいうと、フランケンシュタイナーとでも言えば良いのだろうか。


 ぐったりとした男から離れた金髪少女は、すぐさま操縦者を失ったバイクの方へと駆け出した。

 運転手を失い建物の壁に衝突し、転倒するバイク。

 後部座席から投げ出されるひったくり犯。

 地面に叩きつけられ痛がる犯人の背後から、金髪少女が男の腰からピストルのようなものを抜き取り、そして構える。


「ホールド・アップよ」


 ひったくり犯の後頭部に、少女が構える黒い銃身が突きつけられた。

 男はそれでも、胸に収めていた短刀へと手を伸ばそうとするが、一発の銃声がその手を止める。


 目つきが鋭くなる金髪少女。

 煙を吹く銃口。

 弾痕の空いた地面。

 ヒッ……という声を上げて、震え上がるひったくり犯。


「別にあたしは、あんたのその空っぽの脳みそを鉛玉でぶちけるのも面白いと思ってるのよね。でも……」


 チラリと、金髪少女のきれいな青い瞳がこちらを見つめる。


「あんたがその手に持つ、カバンの持ち主が見ているの。スプラッタシーンを子供に見せる趣味は、あたしには無いけれど。……それとも、あんたはあの子に飛び散った間抜けな脳髄のうずいを見せつけたい変態なの?」


 ふるふると、泣きそうな顔で必死に首を横に振るひったくり犯。

 金髪少女は「よろしい」とつぶやくと、拳銃の角で男の頭頂から鈍い音を鳴らした。

 その場に崩れ落ちるひったくり犯の腰に、少女が拳銃を戻す。

 

 そして男の手からカバンを取り返した金髪少女が、こちらへとゆっくり歩み寄る。

 彼女は目の前でかがみ込み、年齢に見合わないような、恐ろしくも優しく、美しく大人っぽい笑みを浮かべた。


「はい、取り返したわよ。大切なものが入ってるなら、しっかり握ってなきゃダメよ?」

「え、えっと……ありがとう! あなたは……この街の人じゃないよね? せめて、名前だけでも……」

「あたしは、華世かよ


 金髪少女が、微笑みながら名乗った。


葉月はづき華世かよよ。よろしくね」



 【2】


「ひったくり犯の現行犯逮捕にご協力、ありがとうございました」


 初老の警官が、ゆっくりと一礼する。

 それに対し華世は、「いいのよ。これも善良……な、市民の勤めってやつ?」と返しながら、にこやかに微笑みを返す。


「13歳とは思えない勇敢さですね。ところで、犯人たちが深い怪我を負っていたのは……?」

「ああ。あたしに驚いて操作を誤ったのか派手にズッコケたみたいよ」


 駅前広場付近にある小さな警察署へと、華世は先程捕まえたひったくり犯ふたりの身柄を明け渡しに来ていた。

 なんでもこの辺りの街を騒がせていた連続ひったくり犯だったらしく、手練なのか捜査が難航していたのか、異常なまでに感謝をされた。


 初老の警官の後方では、警察官に連れられて建物奥の留置所へ連行される、哀れな犯罪者の背中がふたつ。


「天に恥じる行為を行ったものへ、女神様が罰をお与えになったのだろう。君はもしや、女神様が遣わした天の使いかもしれませんね。ハハハ」

「女神様、ねぇ……」


 ここに来るまでの途中にあった、広場の光景を思い出す。

 噴水を囲むように並べられた、天を仰ぐ白い石造りの女性像。

 丘の上の教会へと、祈りを捧げる通行人。

 華世は女神を崇める宗教のようなものがあることは知っていたが、どうやらこの辺りではその教えが深く信仰されているようだ。


「……ああそうだ。君は旅行者でしょう? 最近、子供の行方不明事件が多いんですよ」

「行方不明事件……って、あそこの掲示板にも貼ってあるやつ?」


 さっきから気になっていたものを指差す華世。

 それは、掲示板へと無数に貼られた、尋ね人の張り紙。

 そこに映る写真は年齢や性別に多少の差はあれど、すべて子供のものだった。


「学校帰りや習い事の帰りなど、夕方や夜に子供が姿を消すんです。君やリリアンくらいの年齢の子も被害にあっているんで、気をつけてくださいね」

「リリアン?」

「あなたがひったくり犯から救ってくれた子ですよ。領主様の娘さんなんです。ほら、あそこであなたを待ってますよ?」


 初老の警官が指差したほうを見ると、警察署の外からガラス戸越しに先程の少女──リリアンがこちらを覗き込んでいた。

 リリアンは華世と目が合うと、笑顔を浮かべて手を振り上げその場でピョンピョンと飛び跳ねる。


「あー……ご忠告どうも。気をつけておくわ、それじゃご苦労さま」


 華世は簡単に警官へと別れを告げ、警察署の外へ出た。

 上から照りつける眩しい光に目を押さえながら、勝手に手を握ってきたリリアンの方へと視線を向ける。


「華世お姉ちゃんってすごい! さっきの、まるで正義の味方と言うか……キューティプリンセスみたいだった!」

「キュー……プリ? が何だって?」

「キューティプリンセス! 見てないの? 魔法で変身して悪い人たちから人々を守る、かっこいい女の子たち!」


 華世は小さく「あー、あれか……」と呟いた。

 クラスメイトの誰かが、やけにマニアックな知識を披露していたテレビアニメーション。

 日曜の朝に放映されている、変身して戦う魔法少女たちの物語。


「私、いつか魔法少女になりたいの! そうすればキューティプリンセスみたいに、悪い人たちからみんなを守れるから!」

「……魔法少女なんて、そんなに良いものじゃないわよ」

「え……?」

「ああ、いや。ほら、あの話の娘達って学校と戦いを両立したりとか、秘密を守らなきゃとか大変じゃない? あなたにできるの?」

「うーん……そう言われてみれば大変そうだけど……。でも、なってみたいの!」

「あっ、そう……」


 夢見がちな少女のキラキラした瞳に見つめられ、華世は無意識に視線を反らした。

 目線の先に見えたのは、広場の噴水を囲む女神像たち。

 その光景を見ていると、華世の中に一つの疑問が浮かんだ。


「ねぇ、リリアン。あそこの石像、どうして1つだけ無いの?」


 噴水の周りには、まるで時計の文字盤のように12の台座が建てられている。

 間にベンチ代わりとなる石段を挟んだ台座ひとつひとつに、噴水の外側を見る角度で白い石造りの、綺麗な女神像が立っていた。

 しかし、そのうちの1つ。女神像があればちょうど教会を見ていたであろう位置の台座だけが、なぜか空っぽ。

 華世が指差したものが空っぽの台座だと気づいたであろうリリアンが、少し悲しそうな表情をした。


「あれはね、ママが言うにはドロボウさんが持って行っちゃったんだって」

「ドロボウ? さっきのひったくりといい……ここ、治安悪いのかしら」

「チアンっていうのが何かわからないけど……この街の人達は女神様を信じてるいい人達ばかりだよ!」

「でも、行方不明事件とか起こってるんでしょ?」

「うう~……」


 言葉に詰まるリリアン。

 まあ、彼女に責任があるわけでもないので詰問はここまでにし、華世は脳内で現状を整理し始めた。


 華世がこの常夏の街を訪れたのは、なにも旅行をしに来たわけではない。

 先に警察署で見た行方不明事件そのものが、この辺境の田舎町を来訪した最大の理由である。

 

「あっ、そろそろ礼拝の時間だから帰らないと! そうだ、華世お姉ちゃんも一緒に礼拝しよ!」

「えっと……あたしはそのメガミサマとやらは信仰してないけど、いいのかしら?」

「うん! パパがいつも、女神さまの教えに加わる者には祝福をって言ってるから大丈夫!」


 おそらく、発言の真の意図からは外れているであろう。

 しかし、これはこの街の事情に詳しい領主とコンタクトを取る願ってもないチャンスである。

 この機会を逃すものかと、華世はやや激しめに大きく頷いた。



 【3】


 街を見下ろす小高い丘の上。

 リリアンに連れられて長い自動階段を昇った先にあったのは、大きな屋敷に併設された礼拝堂。

 白く輝く石灰岩が天の光を反射し、まばゆく輝くその建物に、思わず華世は目の上に手のひらを乗せる。


 リリアンに案内されるまま巨大な扉から中へ入ると、まず目を奪われるのは最奥の壁の見事なステンドグラス。

 女神像の美貌をガラス芸術でこれほどまでに再現できるのかと、無意識に息を呑む美しさである。

 礼拝をする人々を照らすのは、これまた美しく綺羅びやかなシャンデリア群。

 厳かな礼拝堂に合わせた淡く白い光を、無数のガラス装飾が拡散させることで広い屋内を照らし出していた。


「────では本日も、皆様に女神様の加護がありますように」


 最奥の壇上に立っている坊主頭の神父がそう言って頭を下げると、礼拝堂で祈りを捧げていた人々が一斉に立ち上がり、頭を下げ返す。

 出口へ向かう人達の列をかき分け、リリアンが華世の手を握ったまま父のもとへと引っ張って行った。


「パパ!」

「おや、リリアン。礼拝の時間に遅れるなんて、らしくありませんね。……その方は?」

「華世お姉ちゃんだよ! 新しい私の友達!」


 紹介されつつも(友達になった覚えはないけどね)と脳内で毒づく華世。

 しかしその感情を表に出さず、神父へと「初めまして」と形式張った挨拶を交わす。


「娘がお世話になったようですね。私はクランシー・ノルン、この街で領主の傍らで神父の真似事をさせて頂いております」

「パパは真似事じゃなくて、本当の神父さんだよ! あれ、ママは?」


「あらまぁ、リリアン。新しいお友達ができたの?」


 屋敷へと通じていると思われる廊下の方から、透き通るような声が通った。

 姿を表したのは、修道女衣装に身を包んだひとりの女性。

 その顔立ちを見て、華世は目を鋭くする。


「華世さん、こちらは私の家内のマリア・ノルンです。家内を見た者は、皆一度驚くんですよ」

「ええ、そうよね。だってそっくりだもの」


 リリアンの母で神父クランシーの妻、マリア・ノルン。

 その風貌は、まさに女神像の意匠そのものであった。


「世間では、私の妻をモデルに女神様の像を作られたともよく言われます。けれどもあくまで偶然……いや、女神様の生まれ変わりという説を私は推しています」

「ふふふ、あなたったらお上手なんですから」


 微笑ましく笑い合う夫婦の姿に、毒気を抜かれる華世。

 まったりとした空気に飲まれる前にと、華世は本題を切り出した。


「ええと、ノルン夫妻。突然だけれど……あなた達は、この街で起こっている子供の行方不明事件について、なにか知ってるかしら?」


 華世が訪ねた瞬間、和やかだった空気に緊張が走った。

 それはあまりにも短く、一瞬の緊張感であった。

 しかし華世の鋭い感性は、その違和感をしっかりと感じ取っていた。


「……恐ろしい事件ですわ。リリアンの友達も、何人か居なくなったとか」

「領主としても街の治安のために是非解決をと思っているのですが、警察の捜査も難航し、なんともうまく行かず……」


「……そう、ありがとう」


 礼を言う華世の腹が、不意にグゥと音を鳴らす。

 ポケットから取り出した携帯電話を見ると、時刻はすでに正午を回っていた。


「あらまあ、お腹が空いたのね」

「リリアン、せっかくですからこの街の料理店を紹介してあげてはどうかな?」

「うん! わかった!」


「ちょっと、あたしはまだ何も──」

「華世お姉ちゃん、行こっ!」


 リリアンに手を引っ張られる形で、華世は礼拝堂を後にした。



 【4】


 下りの自動階段に足を載せたリリアンが、鼻歌交じりに手すりにもたれかかる。

 年下の少女の無邪気な姿を呆れ顔で眺めながら、華世は自分の側頭部に身に着けた髪飾りに指を乗せた。


『華世お嬢様、そちらの調子はいかがですか?』


 骨伝導で聴覚へと直接入ってくる、柔らかい女性の声。

 それに対し華世は、声を発さずに念波マイクへと思念を送り返事をする。


『情報を得ようと思ったら、一発で大当たりって所。あとはどう仕掛けるか、ね』

『それはよかったですね。そういえば、さっき支部長から応援を出したと連絡がありましたよ』

『応援……?』


 嫌な予感がしつつも、リリアンが通信している華世の態度に首を傾げていたので髪飾りから指を離し通信を切る。

 この髪飾り型の通信装置は、一切声を発することなく通話ができるすぐれものである。

 しかし、通信中は常に髪飾りを指で抑えて表情を変えるような感じになるので、事情を知らない相手に見られていると少し格好が不自然になってしまう。


 リリアンへは適当にはぐらかし、自動階段を降りて彼女がおすすめだという飲食店へと歩き始める。

 白亜の建物が並ぶ町並みを進み、たどり着いたのはイタリアンレストラン。

 店頭に貼られている「パスタ50人前5.0kg、20分以内で完食するとタダ!」というポスターが目を引く以外は、特に変哲のない店だった。


「この店が美味しいの?」

「うん! 私もパパと一緒によく来るの!」

「へぇ? それじゃ────」


「おおっと、チャレンジャーのフォークが止まった! これはもう限界かぁぁぁっ!?」


 入り口のドアを開けた途端、スピーカーから大音量で店長らしき男の声が響き渡った。

 その男が注目している座席には、空になった皿のタワーが幾つかと、パスタの盛られた皿が2つ。

 そして椅子に座り苦しそうな顔で突っ伏している女性は、華世の見知った顔だった。


「も、もう限界~……」

「タイムアーップ! チャレンジ失敗です!!」


 周りで盛り上がっていた客たちが落胆したような声でブーイングを響かせ解散する中、華世は騒ぎの渦中である座席へと足を運んだ。

 華世が来たことに気付いたのか、突っ伏していた女性が顔を上げる。


咲良さくら、あんた何やってんの?」

「ああ、華世ちゃんか……。これくらいの量なら行けると思ったのよ~~……」

「その細身のどこに48皿分のパスタが入ったのやら……」


 レディーススーツに身を包んだ咲良は、外見はかなり細いシルエットである。

 しかし大食らいなのにも関わらず、全く太ったり体型が変化したりが一切しないらしい。

 口から入った食べ物の重量が、どこに行ったのかは神のみぞ知るといったところか。


「華世お姉ちゃん、このお姉さんは知り合い?」


 背後のリリアンが頭に疑問符を浮かべていそうな顔で尋ねてくる。

 まあ、13歳の少女と20代半ばの女性の組み合わせの関係性は、なかなか想像できないだろう。


「まあ知り合いというか、仲間というか……」


 どう説明したものかと頭を悩ませていると、華世の腹が再び鳴いた。

 その音を聞いた咲良が、静かに華世の方へと手を付けていないパスタ皿をスライドさせる。


「……あんたの食べかけを、あたしが食えと?」

「えー、良いじゃな~い! それ、まだ口付けてないし!」

「しょーがないわねぇ……」


 華世は呆れ顔で咲良の向かいの席に座り、パスタを混ぜてスプーンの上でフォークを回転させる。

 そのまま口に運ぶと、確かに巷で言われているだけあって美味ではあった。

 けれども、特段コメントするほどでもないので華世は黙々と腹を満たしていく。

 隣でも、リリアンが美味しそうにパスタを口に掻き込んでいた。


「ふー、ごちそうさま。……で、咲良。あんた何しに来たのよ?」

「何しにってヒドくな~い? ……支部長から応援に行ってやれって言われて、飛んで来たってのに!」

「応援ねぇ……」

「要らないって言ったらダメだよ~? 私だって来たくて来たわけじゃないんだし~!」

「ふーん。ま、これからの流れにあんたが居るとスムーズそうだし、来たことを無駄にはさせないわよ」

「華世ちゃ~ん? いったい私に何をやらせる気なのかな~~……?」

「別に、ほら会計してきなさいよ」

「はいは~い!」


 席を立ち、トコトコと会計に向かう咲良。

 なんとなく彼女の背中を目で追っていると、レジの前で財布を取り出したところで咲良の手がピクリとも動かなくなった。

 さきほど明細を見たら、50皿に加えドリンク代も合わせて1万は超えていたので、もしかして払えないんじゃないかと華世はレジへと足を運ぶ。


「ねえ、咲良。あんたもしかして……」

「華世~~! この店、現金使えないって~~!」

「……あんたねえ、こんな田舎で現金使えるわけ無いでしょ。ほらどいて、あたしが立て替えてやるわよ」


 咲良の身体を押し退け、華世はレジ横の機械に携帯電話スマートフォンをかざす。

 響きの良い電子音が鳴り響き決済完了。

 まったく世話のかかる大人だと、華世はため息を漏らした。


「うう……子供に払ってもらうなんて、大人としてのプライドが~~」

「ほら、くだらないプライドでしょげてないで。さ、仕事するわよ」


 何を言っているのかわかっていないリリアンへと手招きしつつ、華世は店を飛び出した。




 【5】


 1時間ほどぶりに戻ってきた礼拝堂。

 その大きな扉を勢いよく華世は蹴り開けた。

 物々しい音に、奥から神父クランシーとその妻マリアが姿を表す。

 

「何の騒ぎかと思えば、華世さんでしたか。そちらの方は?」


 鋭い目つきをクランシーから向けられた咲良が、胸ポケットから手帳を取り出して開いて見せる。


「ちょっとよろしいですかね? 私はアーミィの者です。あなた達にすこしお話がありまして」

「……ふむ。リリアン、こちらに来なさい」

「パパ?」


 呼ばれたリリアンが華世たちの元を離れ、クランシーの側へと移動する。

 気づけば、彼らの背後からいかにも警備員といった風貌の男たちが銃を持って集まってきていた。


 そのとき突然、頭上からバキンと金属が壊れるような音が聞こえてくる。

 華世がその音の方へと顔を向けると、目の前には落下する巨大なシャンデリアが────。



 ※ ※ ※



 シャンデリアが床に落下した激しい音が、静かな礼拝堂へと響き渡った。

 飛び散ったガラス片が床を転がり、辺りに散らばってゆく。

 破片混じりの土埃でシャンデリアの堕ちた場所はよく見えないが、このような惨状で生きてはいないだろう。


「パ、パパ……!? 華世お姉ちゃんが……!!」


 目の前で友達がシャンデリアに押しつぶされたのを見たリリアンが、ショックで震えていた。


「ああ、リリアン。あの子達は女神様の怒りを買ってしまったのだ。だからこのような不幸に──」


「へぇ、どうやら女神様ってのは、随分と懐が広いみたいね。一度も祈っていないあたし達を生かしてくれるなんて」

「なっ……!!?」


 土煙が晴れ、その中から姿を表したのは頭を抱えて床に座り込むアーミィの女と、右腕をまっすぐ上へと突き上げた少女・華世。

 彼女の手のひらの上には破片が渦巻き、シャンデリアの本体が宙に浮かんでいた。


「いったい……馬鹿な……!?」

「よくも舐めたマネしてくれたわね、ハゲ狸。リリアンには悪いけど、少し仕置きが必要みたいね」


 シャンデリアの本体を投げ捨てるように壁へと放ち、右腕を前に突き出す華世。

 並々ならぬ迫力の少女を前にし、クランシーは一歩あとずさった。


「お前は……いったい!?」


「そんなに知りたきゃ覚えておきなさい! ドリーム・チェェェェンジッ!」


 叫ぶやいなや、まばゆい光に包まれる少女。

 数秒の輝きに視界を奪われ、思わず目を腕で覆い隠す。

 光が引き、そこに立っていたのは衣装が変わった少女の姿だった。


 桃色を基調としたフリフリの衣装。

 赤いリボンで結われ、ツーサイドアップの髪型となった頭部。

 そして何より目を引かれるのは、金属装甲がむき出しになった、くろがね色に輝く鋼鉄の右腕。


「魔法少女マジカル・カヨ、見参! 逆らう奴は、八つ裂きよ!!」


「マジ……」

「カヨ……?」


「略するなぁぁぁっ!」



 【6】


「魔法少女だと? フザケたことを! お前達、撃て、撃てぇっ!!」


 クランシーの命令を受け、警備員の男たちが一斉に自動小銃を華世たちへと向ける。

 けれども華世は冷静に、鋼鉄の右腕を前に突き出し、手のひらをいっぱいに広げた。

 手の甲の放熱板が展開し、同時に前方の空気が渦巻き、うねり始める。


 直後にズダダダ、と激しい銃声とともに発射される無数の鉛玉。

 華世へと向けられ放たれたその弾丸たちであったが、ひとつとして彼女へと到達することはなかった。


「な、に……!?」


 宙に浮くように、華世の手のひらで動きを止める鉛玉。

 そのまま渦巻く空気の流れ乗るように、それらがくるくると回転し始める。

 華世は呆気にとられた男たちの方へと意識を集中させ、右腕を勢いよく突き出した。


弾丸タマくれてありがとう。お返しするわ……ねッ!!」


 鉛玉の先端が、撃った人間の方向へと向き、放たれる。

 警備員たちは肩に次々と弾丸を受け、うめき声とともに倒れていった。


 残った一人の警備員が再び銃を向けるが、華世は義手の二の腕あたりを抑えながら素早く男へと右腕を向ける。

 そして華世の義手の手の甲に空いている穴から放たれる弾丸。

 宙を走った弾丸は警備員の手に吸い込まれるように当たり、血しぶきを上げながら持っていた銃を弾き飛ばした。


「致命傷は避けてあげたから感謝しなさい。殺すと色々とうるさく言われるからね。……さぁて!!」


 華世は背負っていた太刀へと手を伸ばし、鋼鉄の指で握り締める。

 そして素早く大地を蹴り、クランシー神父へと肉薄。

 凶器を持った少女に接近されたハゲ親父が、ひぃっという情けない悲鳴をあげて怯むが、華世はその目の前で跳躍した。


「あんたは後ッ! あたしの目標は……あんたよっ!」


 床に着地し、華世は素早く刀剣を振るい上げる。

 鋭い刃が空間を切り裂く音とともに、修道服の袖ごとマリアの片腕が宙を飛ぶ。

 切り落とされた女の腕が、音を立てて床に落ちた。


「ま、マリアっ!?」

「華世お姉ちゃん、どうしてママを!?」


「その落ちた腕、よく見てみなさい」


 驚く親子へと、床に転がった物体を指差す華世。

 ゆっくりと視線を動かしたふたりが、驚きの声を漏らすのに時間はかからなかった。

 切り下ろされたばかりだというのに、その腕からは一滴の血も流れていない。

 そして肌色をしていた皮膚が、指先から徐々に白ずんでいき、やがて石のような表面を顕にする。


 その白色が何の色と同じなのか、リリアンはすぐにわかったようだった。


「この色……駅前の女神様の……!?」

「そうよ、この女は女神そっくりの女なんかじゃない。女神像そのものだったのよ!!」


「ううっ……おのれぇぇっ!」


 豹変したように目を吊り上げたマリアが、後方によろめきながら白い石柱にもたれかかった。

 彼女の手が触れたところから、まるでえぐり取られるように石柱の表面が吸い込まれていく。

 そして、袖を失った右肩から、生えるように右腕が再生された。


「おのれ、こうなったら……!!」


 踵を返したマリアが、廊下の奥へと走り消えていく。

 あとに残されたのは取り残されたクランシーとリリアン、そしてようやく立ち上がった咲良。

 華世はクランシーへと近づき、鋼鉄の右腕で彼の胸ぐらをつかんで持ち上げた。


「うぐっ!?」

「おいハゲ神父。あんた、あの女のこと知ってて、あたしたちに銃を向けたの?」

「違う、てっきり私は脱税のことを突き止められたからと……」

「だ・つ・ぜ・い?」

「……しまったっ! うがあっ!?」


 華世はクランシーを掴む手に力を込め、ギリギリと締め上げる。

 宙に浮いた足をばたつかせて苦しむハゲ神父を、華世は鋭い眼差しで睨みつけた。


「脱税に関しては後! この屋敷に、まだ警備は居るの?」

「あ、ああ……! まだ何人か……待機……させてる……!」

「あ、そう」


 ポイと咲良の方へとクランシーを投げ捨てる華世。

 リリアンが、仰向けに床に転がった父を心配しようと駆け寄ろうとする。

 しかし華世はその腕をひっつかみ、その動きを止めた。


「華世お姉ちゃん……!?」

「ちょーっと、あんたには働いてもらうわよ。咲良、その狸親父を逃げないようにふんじばってて。それからアレの準備も一応」

「待って華世ちゃん! その子、ど~するつもりなのかな!?」

「咲良、わからない? この子はね……人質よ!」

「「えっ」」



 【7】


「おらおらおらーー! この娘の頭がふっ飛ばされたくなけりゃ道を開けなさぁぁい!!」


 華世はそう叫びながら左脇に抱えたリリアンに義手の銃口を押し付け廊下を爆走する。

 当然、マリアの命令を受けたであろう警備員達が立ちはだかるように現れる。


「止ま──リリアンお嬢様っ!?」

「邪魔ァッ!!」

「ごふっ!?」


 人質を見て狼狽えた警備員の顔面に飛び蹴りを食らわせて排除する華世。

 抱えられたままのリリアンが、抗議をするようにポカポカと華世の体を叩く。


「離してよ華世お姉ちゃん! ママをどうしたの!?」

「勘の悪いお子様ねえ。あいつは、あんたの母親なんかじゃないの」

「どういうこと……!?」

「あいつはツクモロズっていう……バケモノなのよ」

「つくもろずって何!?」

「モノに意志を宿らせて生まれる存在……そして魔法少女の敵よ」

「魔法少女の敵……?」


 空想の産物だと思っていた魔法少女という存在が、実在したことに驚いているのだろうか。

 それとも、母だと思っていた存在が怪物にすり替わっていたということを聞かされ困惑しているのだろうか。

 心の奥底で少女の戸惑いを感じ取っている華世ではあったが、彼女を励ましている時間など無い。

 廊下の曲がり角を1,2個ほど曲がったところで正面に、銃を構えた警備員の列が現れた。


「リリアンお嬢様がいるが、どうする!?」

「マリア様の命令だ。気にせずに撃て!」


「しょうがない連中ねぇ……」


 今にも発砲しそうな連中を前に、華世は右腕の義手に目を向ける。

 さきほど銃弾を受け止めたV・フィールドは短時間に無理しすぎたのでエネルギー不足。

 であるならば、今とれる手段はひとつ。


「そおいっ!!」

「きゃああっ!?」

「お嬢様っ!?」


 警備員の集団に向けて、おもむろにリリアンを投擲とうてき

 彼女が宙を舞い、警備員達があっけにとられている僅かな隙に華世は右腕の義手の、手の部分を射出。

 放たれた鋼鉄の手は天井の電飾を掴み、手首と繋がったワイヤーを巻き取ることで華世の身体を飛翔させる。

 ミシリ、と天井が音を立てたところで手を離し、空中でリリアンを受け止め警備員達の後方へと着地。

 同時に天井が崩れ、男たちは悲鳴を上げながら瓦礫に埋もれていった。


「あー! お家壊した!」

「狙われてたのにそっち? 呑気ねぇ……」


 再びリリアンを抱えて走り出した華世は、窓越しに裏庭に立つマリアの姿を確認する。

 見た感じ、庭は周囲を高い塀で囲まれた行き止まり。

 仕留めるならここしか無い、と華世は走る足を早めた。



 【8】


 裏庭の入り口に差し掛かった華世は、廊下の床にリリアンを下ろす。

 何故降ろされたかわかってなさそうな彼女に、華世は屈んで目線を合わせてからまっすぐに顔を見つめた。


「今から、あたしはあんたの母親と……同じ姿をした敵を倒すわ。それは、あんたにとって親を殺されるような光景。見てはダメよ」

「あの人がママじゃないなら……私のママはどこにいるの?」

「……さあね。覚悟だけはしておきなさい」

「それって────」

 

 リリアンの言葉を最後まで聞かず、華世は裏庭へと足を踏み入れる。

 奥に屋敷の2階ほどの高さの巨大な戦士像がそびえ立つ、若草色の芝生に包まれた美しい庭園。

 その像の前で立ち尽くす敵へと、華世はゆっくりと歩を進めた。


「逃げ損なったか、諦めた? 素直に降伏すればサクッと楽にしてやるわよ?」

「諦めた、だって? 誘い出されたとも知らずにさぁ」

「へぇ? 何に誘われたのかしら?」


 不敵な笑みを浮かべるマリアが、石像の台座へと手をかざす。

 台座を通して、黒い稲光が戦士像を取り巻くように走り、バチバチと激しい音を唸らせた。

 地響きとともに動き出す戦士像。

 台座から巨大な片足を上げた巨像は、周囲を揺らしながら芝生の床を踏みしめた。


「私の力は石を操る能力! この巨体ならばさしものお前も対抗できないだろう!!」


 手に持った巨大な石の剣を振り上げる戦士像。

 その巨体が生み出す影を浴びながら、華世は髪飾りに指を当てて、そして叫んだ。


「……出番よ、咲良!」

「ガッテ~ンってねっ!!」


 裏庭の塀の奥から、突如姿を表す巨大な影。

 巨大な鋼鉄の指が外壁を掴み、ゴーグル状のカメラアイを備えた頭部がせり上がるようにして顔を出した。

 それは白を基調とした装甲に身を包んだ、人型機動兵器キャリーフレーム〈ジエル〉。

 スラスター炎を噴射しながら巨像の背後をとったそれは、手に持ったビーム・セイバーを横薙ぎに払い、戦士像を胴体から切り裂いた。


「なっ……!?」

「あからさま過ぎんのよ、あんた」


 切り裂かれ断面を赤熱させたた巨像の上体が、庭園の中央へと落下する。

 超重量の塊を受けた地面は振動し、周囲の大地を激しくたわませた。

 ぐらつきながら、下へと沈んでいく感覚に華世は冷や汗をかく。


「って……ちょっとヤバい?」


 大きな揺れとともに、崩れ落ちる裏庭の地面。

 その崩壊に華世とマリアも巻き込まれ、庭園の下に存在していた謎の空洞へと落下する。

 柔らかい土の上に尻餅をつき、自分の尻をさすりながら華世は立ち上がる。


「あいたた……ったく咲良のやつ、派手にやりすぎなのよ……」


 相棒への愚痴を言いながら、土埃で視界の悪い周囲を見渡す華世。

 徐々に晴れていくホコリの先に見えたのは、無機質な鉄格子の数々。

 その奥に見える小さい影を見て、華世はひとつの確信を持った。


「おのれ……おのれぇぇぇっ!!」


 マリアの恨み節と共に、石床を伝うように次々とトゲが華世へ向かって伸び襲いかかる。

 側面へ飛び退きながら攻撃を回避した華世は、トゲが伸びてきた方向へと義手の機関砲を数発発射。

 弾丸が飛ぶことで発生した風が、視界を塞ぐ砂煙に穴をあける。


「さらった子供たち、ここに捕らえていたのね。見る限り生命エネルギーでも吸っていたのかしら?」

「私が生き延びるためにはこうするしか無いんだ! 身動きの取れない台座に縛り付けらる石像の気持ちが、お前にわかるのか!?」

「わかりゃしないし、わかりたくもないわ」

「お前のような、お前のような正義の味方ヅラするような小娘なんかに……!」


 そう言いながら足元の石床から幾つか小石を拾い上げるマリア。

 その石をばらまくように宙に放ると、空中で鋭い針に形を変えて華世の方向へと光速で飛来した。


「私の自由を、奪わせはしないんだよぉっ!!」

「余計な抵抗をする!」


 華世は石の針を義手で弾き、同時に義手の手の指の鉤爪状パーツを先端へとスライドさせる。

 そして床を蹴って一気にマリアへと肉薄。

 彼女の眼前からせり上がるように床から石壁がそびえ立つが、華世はその壁を鉤爪で切り裂き突破。


 そして接近の勢いを乗せた、左手のパンチを相手の腹部へと放つ。

 ガハッ、といううめき声と共に一瞬怯んだマリアへと、華世は鉤爪を肘の根本から回転させ、まっすぐに突き出した。


 高速回転する凶器の手は、マリアの人間で言えば心臓の位置に突き刺さり、そのまま身体の反対側へと貫通。

 回転を止めたその手に、赤く染まった正八面体を握りしめ、華世はマリアの身体から鋼鉄の腕を引き抜く。


「あ、ああ……あ……」

「一つだけ言っておくわ。あたしは、正義の味方なんかじゃない……!」


 華世は手に思いっきり力を入れ、ツクモロズのコアである正八面体を握りつぶす。

 そして、核を失ったマリアが元の白い石像へと戻る光景に背を向けながら、華世は振り返った。


「あたしは、あたしと人類に歯向かう、全ての存在の……敵よ!」



 【9】


 庭園の地下に隠されていた牢獄の中に、行方不明となっていた子供は全員捕らえられていた。

 衰弱はしてたが幸いにも命に別状はなく、みんな病院へと運ばれていって事なきを得る。

 しかし最奥の独房にだけ存在した、腕を壁に吊られたままの白骨死体。

 その亡骸が身にまとっていた衣服を見たリリアンが、大粒のナミダをポロポロとこぼしながら両手を床につけた。


「そんな……ママ。ママが……!」

「おそらく、すり替わる過程で生命エネルギーを吸い尽くしたんでしょうね。それで確保したエネルギーが尽きかけたから、無力な子供をさらって食料代わりにしていたのよ」


「華世ちゃん」


 石像の台座裏の隠し階段を降りてきた咲良。

 牢獄の惨状を見てか複雑な表情をする彼女が、静かに華世へと報告する。


「クランシー神父、脱税で逮捕されたって」

「そう、まあ仕方がないわよね。犯罪だもの」


「う、うあああぁぁぁっ!!」


 叫び声を上げながら、背後から華世へと襲いかかるリリアン。

 その手には、偽マリアが華世へはなった鋭い石の針が握られていた。


「華世お姉ちゃんさえ、華世お姉ちゃんさえこなければ私たち家族みんな仲良しだったのに!!」


 針を振り下ろすその細腕を、華世は左手で掴み止める。


「……それを離しなさい、リリアン。でないと、あたしはあんたを始末しなきゃいけなくなるわ」

「うう、ううっ……!!」


 華世が強めに握ったからか、あるいは素直に聞き入れてくれたのか。

 針を手放したリリアンがその場でうずくまり、泣き崩れる。


「あたしが来なくても、いつかはこうなる運命だったのよ。子供の体力を喰らって生きる怪物と、脱税していた領主……長く隠し切れはしないでしょ」

「私は……私はどうすればいいの……? パパも、ママもいなくなって……私はどうすればいいの!?」


 華世の魔法少女装束のスカートを握りしめ、詰め寄るリリアン。

 背後でハラハラしていそうな表情で見守る咲良の前で、華世はリリアンの手を振り払った。


「知ったこっちゃないわ。あたしには……関係がないことだから」

「そんな……ひどい……!」

「甘えるんじゃないわよッ!!」


 華世が放った怒声に、ビクッと跳ねて怯える少女。

 

「あんたは、ひとりじゃないでしょ? 捕まったけど父親は生きているし、親切な町の人達もいる。彼らに助けてもらえば……生きていけるわよ」

「でも……!」

「あんたは、まだ幸せ者なのよ。知り合いが大勢いて、みんな生きてあんたを気にかけてくれるんだから」

「え……?」


 石床に座り込むリリアンに視線を合わせるように、華世は片膝を立ててかがみ込み、そして尋ねる。


「“沈黙の春事件”って、知ってる?」

「うん……。何年か前に起こった、街の人が全員機械に殺されちゃったっていう事件だっけ……まさか!」

「あたしは、その事件のただひとりの生き残り。親も、友達も、知り合いも全部、この右腕とともに持っていかれたの」


 華世は、トントンと左手の指先で鋼鉄の右腕を叩いた。

 黒く光る細くも頑強な腕は、悲しみの末に手に入れた力。


「そんな……」

「でも、あんたは違うでしょ。母親のことは残念だけど……五体満足で、他はみんな生きている。あたしなんかより、遥かにマシよ」


 華世は立ち上がり、リリアンへと背を向ける。

 そして、ゆっくりと口を開いた。


「自分の手で、脚で、考えて……生きなさい。あんたは、まだ一人ぼっちじゃないんだから」


 大声で泣くリリアンを背後に、牢獄を立ち去る華世。

 彼女の鋼鉄の拳は、固く、固く握りしめられていた。



 【10】


 領主の屋敷の屋根の上に、戦いの一部始終を眺めていたふたつの人影があった。

 その二人のうち、三度笠さんどがさをかぶった男が、華世たちを見下ろしながら静かにつぶやく。


白魚しらうおの 雫堕ちたる 石のとこ くうに消えゆく 血潮の嘆きか……」

「君はいちいち一句詠んで、風情を出してくれるねえ。あのツクモ獣、どうだった?」


 その隣に立つ黒髪の快活な短髪少年が、屋根の斜面に足を投げ出して男へと顔を向ける。

 尋ねられた男は、口端を上げながら目を鋭く細めて口を開いた。


「人のごとく飽くなき生存意欲と狡猾こうかつさ。いくさ慣れすれば必ずしや我々の力となるであろう」

「決定ってことか、やった! これで仲間が増えるぅ!」

「あの鉤爪の女も我らが求むるに値する力を持つ戦士と見た」

「それじゃああるじの望みのため、あの子にはせいぜい働いてもらうとしますか!」


 そう言って、影に潜るようにして姿を消す少年。

 続いて、人ならざる跳躍力で屋根を離れ立ち去る男。

 その二人の存在を悟るものは、誰一人としていなかった。



 ※ ※ ※



「華世ちゃんってさ、ひどいよね~」


 ガタンゴトンと揺れる、列車の中。

 華世の正面に座って駅弁を食べていた咲良が、唐突に前のめりにして顔を近づけながら言った。


「……咲良、何が言いたいの?」

「リリアンって娘のこと。お母さんが死んだとわかってすぐなのに、あんなに突き放すことは無いんじゃないかな~?」

「あたしはね、弱者を虐げる連中も嫌いだけど……自立しようともしない弱者も嫌いなの」


 屋敷から離れる時に変身を解除したことで、元の人工皮膚に包まれた右腕を窓枠に乗せながら、華世は外の風景に目をやる。

 流れるように過ぎ去っていく田園風景が、いやに眩しい緑を放ちながら華世の目を刺激する。


「華世ちゃんは厳しいね~。それはそうと、今日の戦いでやっぱり魔法使ったの?」

「は? 言ってなかったっけ。あたしは魔法は使わないの」

「魔法少女やってるのに~? ほら、シャンデリア受け止めたり銃弾投げ返したりしたじゃん」

「あれは、義手の手のひらに内蔵されているV・フィールド発生装置の力。あたしは火力として信頼できない魔法を使うつもりはないの」

「ちぇっ、つまんないの~」


 ふてくされたような顔で頬をふくらませる咲良。

 しばらく華世と一緒に窓の外を見ていた彼女は、ふと思い出したかのように手のひらに拳をポンと置いた。


「そうだ、せっかく時間が有るし……華世ちゃんが魔法少女になったきっかけとか聞きたいな~」

「ええー……」

「だって私が来たときにはもう魔法少女だったでしょ? だからそれ以前のこと、相棒として知っておきたいかな~って」

「別に……いいけど。面白くないかもしれないわよ?」

「華世ちゃんの体験談だから面白いに決まってるでしょ。んでんで、魔法少女になった経緯は何かな~?」

「はいはい、仕方ないわねえ。どこから話そうかな……あれは2週間くらい前だったかしらね」


 緩やかに走っていく列車の中で、華世は少しずつ思い出をつづった。

 それは、始まりの物語。

 ひとりの少女が、力を得るまでのストーリー。



──────────────────────────────────────


登場戦士・マシン紹介No.1

【マジカル・カヨ】

身長:1.56メートル

体重:63キログラム


 葉月はづき華世かよが「ドリーム・チェンジ」の掛け声で魔法少女に変身した姿。

 変身の際に義手を覆う人工皮膚が衣服の一部という判定を受けるため、この姿だと鋼鉄の右腕が顕になる。

 義手は様々な機構や武器が搭載されているため非常に重く、体重の内10キロほどは義手の重量である。


 魔法少女に変身することで、恒常的に身体能力の強化、および耐久性の上昇を受けることができる。

 しかし華世はこの恩恵以外の魔法を使うことを拒んでおり、攻撃はすべて身体能力と義手を使ったものとなっている。


 義手の機能として、手首のあたりから切り離し、ワイヤーで繋がった手を発射する機構がある。

 これは離れた場所にある物を掴む他、相手を掴んで手繰り寄せたり、壁を掴んで移動することが可能である。

 また、手の指先にはスライドして鉤爪となるパーツが備え付けられており、肘のあたりの軸から高速回転する機能と合わせて凶悪な貫手ぬきてを行うことが可能。

 加えて、手首の付け根には殺傷力の低い極小口径の機関砲も存在するため、低火力であるが遠距離攻撃も可能である。


 防御兵装として、義手の手のひらにV・フィールド発生装置が取り付けられている。

 これは、装置正面に物体の運動ベクトルを操る渦状の力場であるヴォーテックス・フィールドを形成することで、銃弾や落下物などの運動エネルギーを消失させることが可能。

 また、逆にフィールド内に確保した物体に運動エネルギーを与え、任意の方向に射出することもできる。

 銃弾を投げ返すなど非常に強力な機構であるが、非常に多くの電力を消費するため連続稼働には向いていない。


 義手と生身の境目となる肩の辺りにはマグネットで「斬機刀」と呼ばれる太刀が備え付けられている。

 この刀はカイザ鋼という特殊金属によって作られており、戦闘兵器の装甲であっても豆腐のように切り裂くことが可能。


 様々なギミックを備えた鋼鉄の右腕を持つことから、「鉄腕魔法少女」という通り名を持つ。

 なお、「マジカル・カヨ」を略して「マジカヨ」と言われることを華世は非常に嫌っている。


──────────────────────────────────────


 【次回予告】


 それは運命の日の記憶。

 力を欲する少女と、少女を欲する力の出会い。

 たったひとつの願いのために、少女は戦いに身を投じる。


 次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第2話「誕生、鉄腕魔法少女」


 ────少女の狂気に、怪物はおののいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る