第4話「パーティ・ブレイク」

 魔法少女として、ツクモロズに勝利すれば、願いが叶えられる。

 それは、華世が初めて魔法少女になった夜に、ミュウから聞かされた言葉。


 勝利とは即ち、ツクモロズを束ねる存在の打倒。

 それが何者か、そして願いがどのように叶うかは、ミュウ本人も知らないという。

 けれども彼の発言に嘘偽りを感じなかった華世は、たった一つの希望をいだき、力を振るう。


 すべては魂の奥底に秘めた、願いを叶えるために。




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     鉄腕魔法少女マジ・カヨ


    第4話「パーティ・ブレイク」


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 【1】


 闇の中に、天井から降り注ぐ淡い光だけが照らす空間。

 暗い回廊の最奥に位置する、謁見の間といった大部屋に、音もなく二つの人影が現れる。


「帰ったよ、バトウ爺さん。ザナミはどこだい?」


 二つの影の一つ、少年の姿をした方があたりを見回しながら正面に立つ老紳士へと問いかける。

 老人は杖を握った手をワナワナと震わせながら、少年へと声を張り上げた。


「レスよ、ザナミ様をそのように軽薄に呼ぶことは許さんぞ!」

「別に、僕は君たちみたいに忠義で従ってるわけじゃないし。なあセキバク」


 少年──レスが、隣に立つ三度笠の男へと視線を向けた。

 呼ばれた三度笠の男、セキバクは数秒の思案の後、軽く息を吸ってから静かに口を開く。


秋彼岸あきひがん生命いのち得たりは、たれゆえに。いざないありては、道のしるべか」

「……ごめん、君に同意を求めるのは間違いだったね」


 真意のわからない短歌を耳にし、やれやれと両腕を広げて呆れるレス。

 舐め腐った態度に業を煮やしたのか、バトウという名の老紳士が杖で床を突き鳴らした。


「ザナミ様は今、アッシュの奴と地下で何か話し合うておる。それよりも、そちらの視察はなにか益はあったかの?」

「ああ、もう十分すぎるほどにね。君を打ち破った、あの……君が鉤爪の女と呼んだ娘。あれはなかなか良いね」

「獣の如き闘争本能と頑強さ。若くして修羅を極めしその気迫」

「あの娘がいれば、そこまで時間をかけずに目標を達成できそうだよ。あ、そうだった忘れてたよ」


 ふふん、と鼻を鳴らしながら自身の影にあった石像をバトウの前へとスライドさせた。

 それは心臓の部分に大きな穴が空いた、女神を象った彫像。

 鉤爪の女がコアを抜き取り仕留めた、マリアと呼ばれた女そっくりの像だった。


「我らの同志となるに足る、ツクモ獣の依代よりしろだ」

「コア入れ、爺さんよろしくね」

「レスよ。そなたはどこへ行くつもりじゃ?」


 立ち去ろうとするレスを、老紳士が呼び止める。

 しゃがれた声に反応するのも面倒くさいレスは、視線だけ後方に向けた。


「最近ツクモロズの発生が少ないからさぁ、ちょっとつつきに行くだけさ」


 そう言うと、レスは自らの影に潜り込むようにして姿を消した。

 



 【2】


「今夜、わたくしの屋敷でお誕生日パーティを行いますわ!!」


 コロニー「サマー」で起こった事件解決から一週間ほど経ったある日。

 朝のホームルームの終わり際にリン・クーロンが言い放った言葉に、クラスメイトたちは沸き立った。

 何故そんなに盛り上がっているのかわからない華世は、隣の席の結衣を指でツンツンと突く。


「えっ、喜んでる理由? そりゃあだってクーちゃんのお屋敷でご馳走が食べられるからだよ!」

「そんなに大々的なパーティをやるの?」

「華世ちゃんは去年は違うクラスだったから知らなかったね。ドレス姿のクーちゃん、かわいかったなぁ」


 華世は面倒くさいなと思いつつも、怠慢で不参加を決め込んではメンツに関わるな……とも考えていた。

 誘いを受けた祝いの席に出向かないようでは、書類上とはいえアーミィ大元帥の娘としての経歴に傷がつく。


「参加者は今から端末を回すから、表に自分の名前をお書きなさい! オ~ホッホッ!」


 何故か高笑いしながらタブレット端末を教室の端の列から回し始めるリン・クーロン。

 彼女は間違い入力が起こらないのを確認するためか、回っていく端末の横について回りニコニコしながら頷いていく。

 数分がたち、ようやく華世の元へと回って来た時、隣に立つリンが露骨に嫌な顔をして口を歪める。


「……何よその顔。ケンカ売ってるの?」

「違いますわよ! 別にぃ? わたくしぃ? あなたなんかに祝っていただかなくてもぉ? よろしくってよ?」

「はい参加しまーす、っと」

「うごぉぉっですわ」


 ノックアウトされたようにのけぞり、黒髪に包まれた頭を両腕で抱えるリン。

 後ろの席へとタブレット端末を回してから、華世は頬杖をついて流し目で、苦しむお嬢様を睨みつける。


「参加してほしくないなら直接そう言いなさいよ」

「違いますわ! あなたのような野蛮人が参加しようとも、わたくしのパーティには何の問題もござりませんもの!」

「おいコラてめぇ、今あたしを野蛮人って言ったわね?」

「何のことやら? あらあら端末が進んでますわ」


 その場から逃げ出すように、リン・クーロンは後ろの席の方へと駆けていった。

 彼女が離れていったのを確認してから、隣の席の結衣が身を乗り出して耳打ちする。


「華世ちゃん、クーちゃんと仲悪いよね」

「あのリン助が突っかかってくるだけよ。あたしとしちゃあ別に、向こうから何もしてこなきゃ眼中に無いって感じ」

「クールだねー」


 結衣の評を聞き流しながら、華世はフゥとため息を吐いた。



 【3】


「……なぁ。咲良、ひとつ聞いてええか?」

「は〜い、何ですか隊長?」


 もうすぐ正午の昼休み前と言ったところ。

 アーミィのオフィスで事務作業をこなしていた咲良のデスク。

 そこに訪れた内宮は、机の上に連なる箱をそっと指差した。


「……これは何や?」

「見てわかりませんか? 幕の内弁当ですよ〜」

「いや、それはわかるねん。せやけど、何で4つあるんや? うちらの分まで買っこうてくれたんか?」

「違いますよ! 全部私のです!」

「いぃっ!?」


 驚く内宮の前で咲良は立ち上がり、幕の内弁当の束を2個、1個、1個と並べていく。

 鼻息荒く興奮する咲良の迫力に、内宮は一歩だけ無意識に後ずさった。


「これは、お昼ごはんの分です」

「2個も喰うんかい!」

「これはおやつです」

「オヤツに弁当一個!?」

「これは夜食の分です」

「……晩飯ちゃうんか!?」

「晩御飯は、ほら……。今夜、領主の屋敷のパーティの警護があるじゃないですか。いちおう私たちも、警護兼参加者だから料理を食べていいと、支部長が言ってたじゃないですか!」


 咲良の話を聞いて、内宮は今日の午後の任務を思い出した。

 コロニーの領主たるクーロン家、その息女の誕生日を祝うパーティ。

 その警備に、内宮率いるハガル小隊は割り当てられたのだった。

 本来であれば、警備会社レベルの規模で片付く案件を受けざるを得ないのは、コロニー領主というものはコロニー・アーミィのパトロンであるのも理由の一つである。


「……そういや、今回の警備請け負いにうちの小隊を推したの咲良やったな。そないに料理食いたいんか?」

「それだけじゃないんですよ」

「ん?」

「ほら、今日のパーティって……華世ちゃんのクラスメイトのものでもあるじゃないですか。ということは華世ちゃんも参加すると思うんです」

「そりゃあな。去年もパーティにはクラスメイト全員が参加した言うてたしな」

「絶対に何かが起こるって思ってるわけじゃないんですけど……もし何かあったときに力になってあげたいんです」

「チカラ……なぁ」


 内宮はこれまで起こったツクモロズの事件を思い出す。

 アーミィが関わり始めた、人間兵器試験の時の戦いから今に至るまで、いつも矢面に立っていたのは華世である。

 キャリーフレームという鋼鉄の巨人を運用できるにも関わらず、一人の少女に頼り切って街を守っている現状は、アーミィの隊員としていい思いではない。

 それに、華世は内宮にとって血はつながっていなくとも家族同然である。

 彼女の力になりたい……いや、彼女の代わりに戦ってあげたいという咲良の思いは、内宮には痛いほどよくわかっている。


「……って、いうのが理由の1割なんですけどね」

「割合ひくっ!? あんさん、それでええんかい!?」

「あははっ! ほら隊長、もうご飯の時間ですよ! 今日は天気もいいし外で食べよっかな~」


 弁当二箱を抱えてオフィスを出ていく咲良。

 スキップで去っていくその背中から、何か後ろ暗いものを感じ取った内宮だったが、それが何かまでは読み取ることはできなかった。

 ……というのも、背後で怨嗟の感情が渦巻いているのを感じ取ってしまったからである。


「見てくださいヨォ、セドリック君! この色鮮やかな弁当! 僕の女房が作ってくれたんですけどネェ!」

「はいはいわかってるよトニー。毎日毎日、嫁の弁当自慢してよく飽きないねえ。俺の彼女も、いつかそういうの作ってくれるかな?」


 内宮の部下のトニー・リングルが、同じく部下のセドリック・ササールへと弁当を見せびらかす。

 その流れはいたっていつもの光景であるのだが、いつもなら外食に出かけるウルク・ラーゼ支部長が今日は珍しく弁当飯なのだ。


「おのれ……所詮、愛など粘膜が創り出す幻想に過ぎん! 我らのような力ある者が泥水をすすり、奴らのような連中が甘汁あまつゆ享受きょうじゅするなど、これは社会が生み出した不合理だ! そう思わないかね内宮クン!!」

「ええい支部長、己の非モテの責任を社会のせいにして、主語のデカい恨みを吐きつけんで欲しいですわ!」

「君になら私の気持ちがわかるだろう! 数多の機会を得ようとすれども、歪められた運命によってその尽くが破砕されていくさまを経験した君ならば!」

「一緒にせんでください! そもそもそないな変な仮面かぶって、変な喋りをしてる30代後半のオッサンなんて合コンでモテるはずあらへんですわ!」

「まったく、人の業というものはつくづく度し難いな!」


 真っ暗な偏屈オーラ全開で、既婚者と彼女出来たての若者への僻みを撒き散らす仮面の支部長。

 内宮はその隣で額を抑えながら、昼食をどうするかを考え悩んでいた。



 【4】


 学校の近所にある薄暗い裏通り。

 人工太陽の日差しを避けるために集まったのだろう犬猫に囲まれた銀髪に、華世は片手を上げて挨拶をした。


「お待たせ、ドクター」

「……ふむ。軍用犬ならぬ軍用猫を開発するのに、どんな処置を施せばいいかという思考実験をしていたので暇はしてないぞ?」

「何よその実験」


 ツッコミを入れながら、華世は昼食代わりの栄養ゼリーを口に含む。

 その間に、ドクター・マッドは懐から一振りの剣を取り出した。


 それは、機械的な鞘に収められた斬機刀。

 先端には金属でできた装置が装着されており、そのものが鈍器になりそうな物々しさを醸し出している。


「君からの要求であった“対キャリーフレーム戦でも通用する遠距離攻撃”を場当たり的に実装してみた。連発はできないが、力になるだろう」

「結衣も絡んでるんだっけ?」

「あの娘の柔軟な発想力には時折驚かされることもあるな」

「後で本人に伝えとくわ。……ドリーム・チェンジ」


 呪文を唱え、全身を光で包み変身する華世。

 魔法少女姿になった状態で、義手の肩部接合ユニットの後ろ側に、斬機刀をマグネットで装着する。


「ドリーム・エンド」


 変身解除呪文を唱え、元の姿に戻る。

 その際に、肩部に装着した斬機刀も光に包まれ、魔法少女衣装とともに消滅した。


「……ドクターの予想通りだったわね」

「ああ。変身の際に消失する衣装および人工皮膚。それがどこへ行くのかの結論もこれで出た」


 ツクモロズが出現しなかった1週間ほどの期間、華世は変身システムと魔法少女という形態の解析をドクターとともに行っていた。

 そして、先程の実験で明確になった魔法少女変身システムの特徴。

 これまでも斬機刀の運搬に何となくで使っていたが、度重なる検証の結果ようやく本格的な実用化に踏み切れるのだ。


「仮に……そうだな、ストレージシステムとでも言おうか。変身した際に“肉体”と判断されるモノ以外が一時的にストレージと仮称する亜空間へと送られる」

「同時にストレージに収まっていた衣装が転送されて、あのフリフリの格好にされるわけね」

「そして、変身を解除した際に“衣装・装備”と判断されたものがストレージに送られ、変身時同様にもとの衣服が転送され直し、姿がもとに戻るというわけだな」


 つまりは変身中に身に着けたものは変身解除時に装備扱いされるため、戦う時──つまりは変身した時に自動で衣装とともに武器がセットで身につけられるのだ。

 これは、日頃から武器を持ち歩く必要がないのもあるが、応用をきかせれば色々と悪さ・・ができそうな仕様である。

 この仕組みをどう悪用しようかとほくそ笑んでいた華世であったが、不意に携帯電話が小刻みに震えた。


「どうした?」

秋姉あきねえからメッセージ。えーっと……“華世は今夜の領主パーティに参加するか”? たぶんリンの誕生日パーティよね?」

「私にも千秋から来てるな。ふむ、“外食せえへん? 今どこや”だとさ」


 同じ場所にいる二人が、同じ人物からほぼ同時にメッセージを受ける。

 なぜだかその現象が面白く感じてしまって、華世とドクター・マッドはクスクスと静かに笑った。



 【5】


「では皆さん、気をつけて帰りましょうね」


 担任の先生の締めの言葉によりホームルームが終了する。

 クラスメイト達が一斉に立ち上がってガヤガヤと騒ぎ始めたところで、華世は机の中の教材をカバンに仕舞い始めた。


「ねえ、華世ちゃんも一緒に向かうでしょ?」

「は? どこに?」


 唐突に結衣から放たれた質問に、首をかしげる華世。

 見れば他のクラスメイトも、仲のいいグルーブで固まってはいれど、誰一人として帰ろうとする様子がない。


「ねぇ結衣。何でみんな帰らないの?」

「あーっ、聞いてないんだーっ! クーちゃんのパーティに行く人は、迎えのバスを用意してくれるから、教室に居残ってって言ったじゃない!」

「あれ、そうだったっけ?」


 頭を掻きながら記憶をたどるも該当なし。

 聞き逃したのか、その時に場にいなかったのか。


「まあいいわ、あたしはバスに乗らないし。パーティは何時からだっけ?」

「6時からだけど……どうしてバスに乗らないの?」


 それだけ聞くと、華世はカバンを持って立ち上がった。

 あと1時間弱もあれば、往復で間に合うはずだ。


「いったん家で着替えてくるの。あんた達はいいかもしれないけど、あのあん畜生お嬢様の家に行くからね。大元帥の娘として、領主のお屋敷に制服姿で上がり込むわけには行かないの。じゃねっ」


 理解してないような顔つきの結衣を振り切るように、華世は廊下へと駆けていった。



 ※ ※ ※



「ちょ、ちょっと……華世! 僕がいるのに、そんないきなり脱ぐなんてミュ……」


 部屋に帰るやいなや華世が制服を脱ぎ散らし、と白いパンティ姿になったからか、ケージの中からミュウが苦言を飛ばしてきた。

 クローゼットの中から白っぽくも見える空色のドレスを取り出しつつ、ニヤケ顔で恥じらうハムスターを見る華世。


「何よハム助。あたしみたいな子供の下着姿に欲情してるの?」

「ハム助じゃなくてミュウだミュよ! 君って、恥ずかしいとかいう感情はないのかミュ?」

「あんたの存在を気にしてないだけよ。あれ、このドレスどうやって着るんだっけ」


 下着姿でドレスのあちこちを調べるが、わからない。

 仕方なく携帯電話からドレスのメーカーで検索をかけ、着かたを調べる。

 少なくとも扉の隙間越しに息を荒げている、あの変態メイドロボの手は借りたくない。


「……ねえ、華世」

「何よ、今忙しいの」

「昼間、変身したミュよね? どうして?」

「別に。ドクターといろいろ実験とかしてたのよ」


 ようやく着かたレクチャーのページを見つけた華世は、ドレスの背中のファスナーを下ろし、中へと足を通した。

 一方、返答が気に食わなかったのかカゴの扉を掴んでガタガタと音を出すミュウ。


「もっとこう……魔法少女らしく振る舞おうとかしてほしいミュ! ステッキも十分強力な武器になるのに使わないしミュ!」

「だってねえ。あのステッキがキャリーフレームの装甲を切り裂けるの? 魔法の弾がビーム兵器くらいの強さがあるの?」

「それは……わからないミュ」

「そういうところよ。あたしは戦場に身を置くいち戦士として、火力に信用のおけない武器を振るう趣味はないの」


 華世の正論に押し黙る青毛のハムスター。

 変身した事実がミュウに伝わることを頭の隅に置いておきつつ、鏡の前に立ちドレスを身に着ける手順を進める。

 最後に背中のファスナーを閉め、その場でくるりと回る。


「よし、着替え完了!」

「華世……!」

「何よ、まだ文句ある?」

「あ、いや……ミイナさんが」


「ああっ、もう我慢できません!」


 ミイナがそう叫びながら押し入るように扉を勢いよく開け、部屋に転がり込むと同時に携帯電話からシャッター音を鳴らしまくる。

 何十回か撮影して満足したのか、携帯電話の画面を見てうっとりし始めたミイナに、華世はため息を付いた。


「……満足した?」

「えっと、もう少しよろしいですか?」

「別に……って、何スカートの中にカメラ突っ込んでんのよ」


 華世に蹴り倒され、床を転がっていくメイドロボ。

 しかしその表情が幸せそうなのを見るに、シャッターは切られた模様。


「ああっ、華世お嬢様のドレス姿……外側だけじゃなく内側まで、なんてくまなく淫美いんびでしょうか。あっ、制服はそのまま脱ぎっぱなしで大丈夫ですからね。このあと私が堪能……じゃなくて、片付けておきますので」

「ああ、うん。ご勝手に」


 完全に諦めた華世はジト目で視線を贈りながら、荷物を移し替えたパーティ用のカバンを肩にかけた。



 【5】


 財団の邸宅ともなれば、その大きさを誇示するのは金持ちのステイタスらしい。

 一応、華世の家もアーミィ大元帥が提供してくれた家ではあるので貧相というわけではない。

 けれど、高級マンションのワンフロア占有が霞んで見えるほどに、リン・クーロンの住む屋敷は広大で壮大だった。


 正門をくぐり、学校の中庭より広い庭の先にある屋敷の入り口。

 そこに結衣をはじめとした華世のクラスメイトが制服姿のまま集合し、ガヤガヤと統一性のない話し声を放出していた。


 「あっ! 華世ちゃん! すごい、綺麗なドレスだーっ!」


 由衣の声で、クラスメイトたちが一斉に華世の方を向く。

 制服姿の群衆の前に登場したドレス姿におおー、という感嘆の声と同時に、ある者はヒソヒソ話。

 ある者は携帯電話のカメラを構えてパシャリ。

 正直、見世物になるために着替えてきたわけではないのでこういう扱いはやめてほしい。

 しかし立場の手前、片足を前に出したポーズを取り、被写体に甘んじるのが一番面倒ではない手でもあった。


 屋敷の一角の時計塔が午後の六時を指し、ボーンボーンと鐘の音を鳴らす。

 その音とほぼ同時に玄関の大扉が開き、赤いドレスで身を飾るリン・クーロンが姿を表した。


「はーい、皆さま。これよりパーティーを始めますわよ……って。何をしておりますのっ!」


 華世の撮影場と化している玄関前に気づいたリンが、驚きと怒りの混じった声を張り上げる。

 主役であり主催者である自分を差し置いて目立っているのが気に食わない……という幼稚な嫉妬心が面白い。

 華世はリンに見せつけるように、モデル気分で腰を曲げてポーズを変えた。


「あーら、お嬢サマ。ご覧の通り、あたしの美しいドレス姿の撮影会をしているのよ?」

「今日のメインはあなたではございませんのよっ! わたくしよりも美しく着飾るなんて生意気ですわ!」

「はんっ! 前に似たようなシチュエーションで着飾らなかった時に、品位がどーのって、ギャースカ喚いた口でそう言うっての?」


「まーまーまー! ふたりとも落ち着いて! ほら、みんなも困ってるよ!」


 結衣の言う通り、正装同士の口喧嘩に気圧されたのだろうか、周りのクラスメイトたちが無言で固まっていた。

 おほん、とリンが咳払いして指を鳴らすと執事風の男が彼らを先導し、屋敷の中へと迎え入れていく。

 ゾロゾロと大きな玄関に吸い込まれていく群衆の背中を、華世は口をへの字にして見送っていた。


「華世ちゃん、入らないの?」


 最後尾にいた結衣が振り返り、その場で微動だにしない華世へと声をかけた。


「あの口煩くちうるさいお嬢サマが行ったら入ろうと思ってたのよ。で、いつまでそこで仁王立ちしてるのよ」

「あーら、あなたのような野蛮人を野放しにしていたら、屋敷のどこを壊されるかわかったものではありませんからね」

「ケッ、親の威光を借りて威張ってるだけの上流階級は、言うことが違うわね」

「あら、言いますわね。あなたこそ……!」


 そこまでやり取りして、無人の玄関前で虚しくなって同時にため息をつく二人。

 このまま意地を張っても話が進まないので、しぶしぶ華世はリンと一緒に屋敷に入り、内側から玄関の大扉を閉めた。



 ※ ※ ※



 二階にあるパーティー会場へと続く吹き抜けのエントランス。

 階層の橋渡しとなる大階段の隣に立っているモノに、華世は眉をしかめた。


「野暮な疑問かもしれないけど……金持ちって何で甲冑かっちゅうを飾りたがるのかしら?」


 台座に立たされるように飾られた、金属でできた西洋鎧。

 美術品というわけでもなく実用のためでもなく、時代を無視して飾られている鎧兜にはクエスチョンマークが浮かばずにはいられない。


「たしか男子の無病息災を願って、端午の節句という時期に鎧兜を飾る風習があるんだっけ? あんた女だけど」

「それは日本という国の風習ですわ。名工と呼ばれる職人たちによって作られた高価な武具を飾ることは、上流階級のステイタスですのよ」

「ふーん。まあ良いわ、会場はあっちよね?」


 華世はパンプスで器用に階段を二段飛ばしで駆け上がり、リン・クーロンを追い抜く。

 慌てて急ごうとするお嬢様だったが、華世のマネをしようとして足を踏み外し、彼女の小さい体が宙に浮いた。


「あっ……」

「ったく、世話の焼ける!」


 一瞬で切り返し、タン……と床を踏み鳴らして階段を飛び降りる華世。

 そのまま階下へ落ちるリンの下に滑り込み、お姫様だっこの要領で抱えて1階に着地。

 ふわりと舞ったスカートが、しなやかに華世の足を隠して静止する。


「よし、と。怪我はないかしら?」

「え、ええ……。って、あなたに助けてもらうまでもなく!」

「一歩間違えたら死んでたのよ。感謝の言葉も言えないくらい、育ちが悪いわけじゃないでしょ?」

「……ありがとうございます。それよりも、早く降ろしてくださらない!? こんな姿を使用人にでも見られたら……」


「お嬢様、今の音は……!」


 ガヤガヤとパーティー会場とは逆の部屋から飛び出す屋敷の使用人たち。

 リンの顔がカーっと赤くなり、手足がわなわなと震い始める。


「何でもありませんわっっ!! ほらあなた、降ろしなさい! 降ろしなさいってば!」

「嫌よ。せーっかくの面白いシチュエーションだもの! このままパーティー会場へ突撃ぃっ!」

「こらーっ! ひゃぁ〜〜!!」


 リンを抱きながら階段を駆け上がる華世の表情は、これまでにないくらい笑顔であった。



 【6】


「……コホン。そ、それでは。わわ、わたくしの誕生日を祝うパーティを、ここ、ここで開催いたし……いたしますわっ!!」


 主催者による噛み噛みの挨拶によって、生徒たちが一斉にワーッと歓声をあげた。

 壇上のお嬢様が顔を真っ赤にしているのは、先程会場に華世に抱きかかえられる形で登場させられたせいであろう。


「……隊長はいひょう~。警備へいひ私達わはひはひが、パーティはーひぃ楽しんでてはほひんへへ……ゴクン、本当に良いんですかね~?」


 子どもたちが会場の中央で賑わっている中、咲良は口周りに食べかすをくっつけたまま、隣にいる内宮に問いかけた。


「食いながら話すなや。ちゃんとした警備は別におるし、うちらはキャリーフレーム持ち出す事件が起こった時用の特別枠や」

「そうなんですか~。はふっ、もぐもぐ……」


 今まで経験してきたアーミィの仕事とはかけ離れた状況に、料理を堪能しながらも困惑する咲良。

 一方、内宮はこの状況に慣れているのか手に持った皿に盛られたフライドポテトを口に放り込んだ。


「そう固くならず、一緒に楽しめばいいではないか?」

「おっ、この声はまどっち……? って、げぇっ!? なんやその格好は!」


 ふたりの死角から姿を表したドクターマッド、こと訓馬くんば円佳まどか

 内宮が驚愕した彼女の格好、それは頭には高く伸びるふたつの黒耳、首には蝶ネクタイ、腕にはカフス。

 そして、体のラインをぴっちり浮き出す黒いビスチェのようなボディスーツと尻には白く丸い尻尾、両足を包むのはセクシーな網タイツ。

 俗にバニースーツと呼ばれる服装に白衣の上着だけを羽織った格好を、ドクターマッドはしていた。


「はて、アー君からパーティに潜入するならこれがピッタリだと支給されたのだが」


 不自然なところが無いかと探すように、腰を捻るドクターマッド。

 普段は白衣の裏に隠されていたナイスバディがいかんなく表に出ているその格好は、目の深い隈さえなければ完璧な美しさだろう。

 咲良は負けじと自分もその格好になってみようかとも考えたが、中学生が楽しむパーティには合わない格好だろうと思い返し、その案はすぐに投げ捨てた。


「あのオヤジ……まどっちの無垢さにつけこんでなんちゅうものを」

「内宮隊長、アー君と呼ばれる人物って……どちら様ですか~?」

「……アーダルベルト・キルンベルガー大元帥閣下やで」

「ええっ!?」


 驚愕の事実に、咲良は思わず絶句した。

 華世の伯父にして金星アーミィのトップであるアーダルベルト大元帥。

 彼がまさか、若い女にコスプレ衣装を贈るような人間だったとは。


「千秋、私は気にしては居ないぞ? それに私も女だ、容姿を褒められれば嬉しくも感じる。ほら、見てみろ」


 ドクターが指差した先では、鼻の下を伸ばした男子生徒たちが携帯電話を向けて写真を撮っていた。

 そのうちの一人が直接ツーショットを依頼してきたので、内宮が生徒から受け取った携帯電話で代わりにパシャリ。

 一礼して去っていく男の子にマッドは無表情なまま手を振ってわかれた。

 一連の流れをネタに、ゲラゲラと笑う内宮。


「えっと~、隊長とドクターって仲がいいんですね?」

「まあな。アーミィ養成学校からの馴染みやねん。まどっちの爺さんから友達になってくれって紹介されて知り合ったクチや」

「へぇ~、長い付き合いなんですね。いいなぁ~……私もそういう友達がいたら、仕事の辛さも和らぎそうなんですが」

「ほーう? せやったら葵はんと同期のアイツでも呼んだろか?」


 内宮にそう言われ、フッと咲良の頭の中に一人の男の姿が浮かぶ。

 首と手をブンブンと振り、全力イメージを追い払う。


「いやいや、いや! どうしてアイツのことが出てくるんですか~! 結構です! けっこ~!」

「ハハハ、うちは誰とは名指ししてへんで?」

「あ~っ! もう! 隊長の意地悪~! 私もう一回料理取ってきます!」


 頭を抱えながら、咲良は料理の盛られたテーブルへと一直線に向かった。


「葵はん、歳はうちのひとつ下やのに反応が若いなぁ」

「千秋の方が老け込んでいるだけでは?」

「……せやろか?」


 咲良は背後から聞こえる会話を、聞こえないふりをしてトングを取った。



 ※ ※ ※



 誰も居なくなった屋敷の玄関。

 扉の下の隙間をくぐって、黒い影が中へと入り込んだ。

 そのまま床を音もなく滑らかに滑り移動し、盛り上がるようにして人の形へと形状を変化させる。


「大きな家にはモノが沢山。これだけあれば、依代にも困らないね」


 黒い影から現れた少年、レスはニヤリと口端を上げて鎧甲冑を白い手で撫でる。

 もう片方の手のひらを上に向けると、手の中に黒い粒子があつまり、やがて八面体の塊へとその姿を変える。

 その塊を甲冑へと押し当てると、吸い込まれるように中に入り込み、兜の内側に赤い光が灯った。


「さて、このツクモ獣だけだと心もとないね。そうだな、お仲間をいっぱい用意してやるか」


 レスはそうつぶやくと再び身体を影に沈め、その場から立ち去った。

 


 【7】


「ハァイ、咲良」

「ふぁ、華世ふぁよふぁんふぁ~」


 見覚えのあるスーツ姿が皿に肉類を山にしている所を見つけ、声をかける華世。

 案の定、口からフライドチキンの骨を飛び出させた咲良が振り向き、慌てた様子で皿に骨を吐き出す。


「むぐむぐっ……華世ちゃん、パーティ楽しんでる~? あ、ドレスかわいい~」

「ありがと。まあ仕事の中だけどもリラックスして、疲れを癒やしなさい」

「そうしてま~す」


 ニコニコと輝くような笑顔で唐揚げを頬張る咲良。

 この場に並べられている料理は、お嬢様主催のパーティだけあってどれも絶品である。

 そんな高級料理の数々が食い放題となれば、食い意地が凄まじい咲良にとっては天国そのものだろう。

 華世が彼女の食いっぷりに乾いた笑いを返していると、カタカタとテーブルから音が聞こえてきた。


「何の音かな~?」

「なにって……揺れてる?」


 華世がそう言った瞬間に、ドォンという轟音が鳴り響き、窓の外が光った。

 爆発音のした方向へと顔を向けると、日暮れの明るさとなった空をバックに、時計塔から黒煙が昇る。

 音と光にクラスメイトがざわついている中、華世はバルコニーへと飛び出し、手すりから身を乗り出した。

 時計塔の上に見える人型の影。

 そして庭を徘徊する、数機のキャリーフレーム。


 華世の後を追うように、ドレス姿のリンが隣から同じように身を乗り出す。


「何事ですの!?」

「見てわからない? 襲撃よ」

「あれは……屋敷の防衛用のキャリーフレームですわ!? ですが、一体何者が……」

「どうせツクモロズでしょ……。こうなりゃ、あたしの出番よね」


 手すりによじ登り、その上に両足で立つ華世。

 庭までの高さは、およそ5メートルほど。

 飛び降りようとする華世を、リンがスカートの裾を掴むことで止めようとする。


「あなた、危ないですわよ!」

「うっさいわねえオジョー様。あたしとアーミィで片付けてくるから、あんたは部屋の隅で震えてなさい」


 そう言って、華世はバルコニーから飛び降りた。


「ドリーム・チェェェェンジッ!」


 空中で光に包まれる華世。

 そのまま落下し、着地とともに変身完了。

 鋼鉄の右腕を二の腕から一回転させて唸らせながら、華世は時計塔のてっぺんを睨みつけた。


「さあて、殺戮ショーの始まりよッ!」



 ※ ※ ※



「やっとステーキが焼き上がったのにぃぃぃ!!」

「ほれ行くで! 駆け足、駆け足や!」


 玄関の大階段を内宮と共に駆け下りる咲良。

 ようやく狙っていたメインディッシュが来るというところで騒ぎが始まったのに、食いそこねてしまったのだ。

 大扉を乱暴に蹴り開け、外へと飛び出す。

 華世が降り立ったであろう方向へと、キャリーフレーム〈ランパート〉がノシノシと歩いていく姿が見える。


「CFFS、降下位置設定や!」

「落着まで、あと15秒!」


「あなた達は、コロニー・アーミィですか!?」


 屋敷の中から慌てて出てきた執事風の男が、冷や汗をダラダラと垂らしながら咲良たちへと詰めかける。

 彼が慌てている理由は、おそらくキャリーフレームが無人で暴走しているコトだろう。


「私どもも管理していたのですが、アレらがどうして動いているかは……」

「別にワケなんて後から調べたるから、あんたらははようパーティ参加者を避難させぇ! うちらキャリーフレーム降ろすさかい、ちょっち下がっとれや!」

「キャリーフレームを降ろす!? 一体どこから……!?」


「ウエですよ、上」


 咲良が指差した方向。

 屋敷の真上に通るのは、スペース・コロニーの中央を芯の様に通る一本のシリンダー・ユニット。

 そこから黒い影がふたつ、視界の中で徐々に大きくなっていく。


 直後、ズシィン……と、地鳴りとともに膝をついて着地する2機のキャリーフレーム。

 1機は咲良の〈ジエル〉、もう1機は内宮の〈ザンドールエース〉。

 開いた機体のコックピットへと、咲良は急いで飛び込んだ。


《申し訳ありません、咲良。到着予定時刻に0.07秒遅れてしまいました》

「それくらい誤差よ~、ELエル。それにしても、中央ワイヤーからキャリーフレームを降下するなんて。金星のアーミィは進んでますね~」

「うちも最初はビックラこいたけどな。前準備さえしとったらどこにでも機体を降ろせるんは合理的や」


 キャリーフレーム・フォールシステム。通称CFFSはアーダルベルト大元帥が提案した機体運搬システムである。

 円筒形をしたコロニー内で、パイロットなしに迅速に目的地へとキャリーフレームを届ける方法は、それまではキャリアートラックを用いた運搬しか存在しなかった。

 しかしスペース・コロニーはその形状上、中央から降ろし・・・てしまえばどこへでも最短ルートで射出することができる。

 予め出撃が予想される時は、アーミィ基地裏手にある搬入口からシリンダー・ユニット内のリボルバー型射出口へとキャリーフレームを運び入れておくのだ。


「……ね~、隊長」

「なんや咲良」

「この騒動、すぐに終わったら……パーティ、再開されますかね~?」


 ELエルのシステムボイスを聞きつつ手際よく起動プロセスを実行しながら、咲良は内宮に問いかける。

 静かに低い声で言ったからか、内宮はすぐに返答した。


「お嬢様のめでたい席や。何も問題なく終わりよったら、でけへんことはないやろ」

《敵キャリーフレーム、当機を視認》

「……それを聞いて、安心しました」


『人間のキャリーフレームを発見シタ』


 キャリーフレームの起動を確認したのか、無人の〈ランパート〉がゴーグル状のカメラアイを咲良の方へと向ける。

 そしてすぐさま駆け出し、手に持ったビームセイバーを抜き、〈ジエル〉へと振り下ろす。

 しかし、その光の刃が降りる先にすでに巨体は無く、〈ランパート〉の背後から〈ジエル〉のビームセイバーがコックピット部を薙ぎ払い、焼き切っていた。


『ギギ……ガァッ……!?』

《ビーム・セイバー命中。敵機活動停止、撃墜を確認。お見事です》

「相手は無人機、動きも素人。しかも華世ちゃんのお守りも不要……であれば」


『オレたちを、戦わせロォ!!』


 背後からもう1機、〈ランパート〉が叫び声を上げながら、咲良に向け突撃銃を構える。

 しかし、〈ジエル〉の背部スラスターが持ち上がると同時に火を吹き、コックピットのある胴体をビームで撃ち貫いた。


「余裕で楽勝……ですね、隊長!」



 【8】


 遠くでキャリーフレームが地に伏す音がこだまし、他の暴走キャリーフレームもその方へと向かっていく。

 その様子を見ていた華世の側面から、頭部を狙うように飛来する薄汚れたカラーボックス。

 華世は右手の鉤爪を振るい、飛んできた凶器をバラバラに打ち崩した。


「デカブツは咲良たちに任せるとなれば、あたしのやることは……!」


 背負っていた斬機刀を鞘から引き抜き、華世へとカラーボックスを飛ばしたジャンクルーへと飛びかかる。

 間延びした鳴き声を発させる暇もなく、一閃のもとに切り捨て。

 骸となったゴミ人形を踏みつけ、次の目標へ。


 植え込みの木に背を向けたジャンクルーの一体が、華世へと壊れた洗濯機を放出する。

 空中で斬機刀を二度振るい、残骸と化した洗濯機を押しのけ、勢いの乗った回転斬り。

 空気を切り裂く音とともに背後の樹木もろとも真っ二つになるゴミ人形。

 メキメキと倒れる木の音を背後に、屋敷の方を見上げる。


「……屋上に誘ってる? だったら、あえて乗ってやるわよ!」


 斬機刀を鞘に戻し、二階のバルコニーの屋根を支える柱へと右腕を向ける。

 手首に力を入れ、義腕の手を射出。

 華世から離れた鋼鉄の指が柱を掴み、手首へとつながるワイヤーがピンと張ったのを確認。

 思い切り石畳を蹴って跳躍するとともに、肩の力を抜いてワイヤーを巻き取る。

 掴んだ柱へと吸い寄せられるかのように、華世は空を走りバルコニーへと着地した。


 即座に反転して手すりによじ登り、柱に向かってジャンプ。

 空中で柱を蹴り、屋敷の壁に足を食い込ませ、天へと跳ぶ。

 あっという間に屋上へと到達した華世に、2体のジャンクルーが廃棄家具の洗礼を発射する。


 先に飛んできた家具へと、斬機刀の峰を向けてフルスイング。

 打ち返された形の家具がもう一つの家具と空中で衝突し、その場に残骸として崩れ落ちる。


 華世は再び右手で斬機刀を握り、腕全体を空を斬るように振るう。

 同時に手首を射出、伸びるワイヤーとともに、弧を描く斬機刀。

 鋼鉄の刃が生み出した奔流が離れた二体のジャンクルーを巻き込み、一瞬でバラバラに散らした。



 ※ ※ ※



「今、上に飛んでったの葉月だろ?」

「本当だったのね、華世さんが魔法少女になったのって!」

「俺、葉月さんがアーミィに入隊したってのも聞いたぞ!」

「すげぇ、まるで正義のヒーローじゃん!」


 地下シェルターに避難するための道すがら。

 華世が戦う庭園を見渡すことが出切る廊下の窓から見える光景に、クラスメイトたちが湧き上がる。

 一大事の真っ只中だというのに呑気に構えているのは、平和ボケか救世主たる華世への信頼か。


「クーちゃん、ほらみんな行っちゃうよ!」


 手を引こうとする結衣の前で、下唇を噛むリン・クーロン。

 対抗心と無力さが合わさって、もどかしい悔しさが心のなかに渦巻いていく。

 ぐるぐると頭の中を支配する嫉妬心の中で、リンの冷静な思考が華世の行動を思い返す。


「いけない、屋上には……!」

「え?」

「このままでは、華世が危ないのですわ!」


 結衣の手を振り払い、駆け出すリン。

 呼び止めようとするクラスメイトや使用人たちの声を振り払い、屋上へと続く階段を駆け上がる。


「お願い……間に合って!」


 願うように、走りながら呟いた。



 【9】


「さあて、雑魚は全滅させたわよ」


 首をゴキゴキ鳴らしながら、振り返る華世。

 そこに立っていたのは、突撃槍ランスを構えた西洋甲冑。


「あんた、玄関に立ってたヤツね」

「いかにも。我は15世紀に作られし鎧、プレートである。しかし銃器により防具の役目を追われ、飾りとしての地位を強いられたのだ」

「それが暴れてる理由? まあいいわ。敵だってんなら……潰すまでよ!」


 斬機刀を握りしめ、プレートと名乗った鎧へと飛びかかる。

 突進の勢いを交えた斬撃を放つも、突撃槍ランスの中腹・柄の部分で受け止められ刃が止まる。


「飾りだった割には……キャリーフレームの装甲より硬いじゃないの」

「この槍も我が肉体の一部も同然! 我が内に流る信念がその強さを決める!」


 斬機刀を受け止めたまま槍が華世へとスライド。

 刃と交差している場所から火花を散らせながら先端が迫って来たので、とっさに後方へと飛び退く。

 同時に右腕の機関砲を起動し、相手へと発射。

 しかし、対人の小型弾丸では装甲を貫けず、小気味よい音を鳴らしながら鎧の表面で跳ねるばかりだった。


「面妖な銃器を使うようだな」

「有るもん全部使ってこそ戦闘ってモンよ! 卑怯だとは言わせないわよ」

「そうだな。ではこちらも君の流儀に沿わせてもらおう」

「流儀……!?」


 華世がその発言の意図を理解しようとしたところで、後方から聞こえる謎の駆動音。

 その音に振り向いた時、眼前にあったのは巨大な弾頭だった。



 ※ ※ ※



 空を走り迫りくる鉛の弾丸。

 それを〈ザンドールエース〉の左腕に装備されたビーム・シールドで受け止め、その熱量で蒸発させる。

 同時にペダルを踏み込み、突撃銃を構えたままの〈ランパート〉へとビーム・アックスを投げつけた。


『ニンゲンごときガァァァっ!』


 激昂したシステムボイスと共に、焼き切られた銃で殴りかかろうとする敵機。

 その懐へと飛び込む内宮。


「その人間に、負けとるクセになぁっ!」


 土手っ腹にビームライフルの銃口を密着させ、引き金に力を込める。

 放たれた光の弾丸はコックピットを貫くようにして炸裂し、敵の急所だけを的確に抉り取った。


「葵はん、そっちはどうや?」


 キャリーフレームの残骸の山へと背を向けると、ちょうど咲良の方も最後の機体を仕留めたところだった。


「こちらも片付きましたよ、隊長。けれど、豪邸の屋上がやけに騒がしいみたいです」


 咲良が〈ジエル〉の手で指差した方向にカメラを向けると、たしかに乾いた音とともに光っているのが見えた。

 屋上で華世が戦っているのだろうが、この位置からではよく見えない。


「……うちが飛んで見てくるわ」

「お願いします。こちらはちょっとエネルギー切れで」

「へいへい……っと!」


 ペダルを力いっぱい踏み、その場でスラスターのパワー任せに垂直に飛び上がる〈ザンドールエース〉。

 4階建ての屋敷の窓が次々と視界の下へと通り過ぎていき、やがて屋上が視認できる高度まで上昇した。


「あれは華世と……な、何や!?」


 屋上の四隅にある筒状の何かが、内宮の方へと一斉にぐるりと方向を向ける。

 直後に発射音とともに放たれる弾丸。

 とっさにビーム・シールドで防ごうとするも防御を交わした数発が右腕へと当たり、空中でバランスを崩してしまう。


「あがあっ!!」


 背中から庭園に落下し、コックピットの中で目を回す内宮。

 咲良が心配する声が、通信越しに聞こえてきた。


「隊長、何があったんですか?」

「なんで……。何で豪邸の屋上に……対空砲があるんねやっ!?」



 【10】


「今の……秋姉あきねえッ!? でもこの隙にっ!」


 絶え間ない対空砲の砲撃を受け身動きを封じられていた華世にとって、内宮が現れたことで発生した一瞬は願ってもないことだった。

 Vフィールドの力場で受け止めたありったけの砲弾を、離れた場所に突っ立っているプレートへと投げつける。


「さしものアンタもこの攻撃なら……えっ!?」


 弾丸が敵に当たる瞬間、横切るようにして何かが割り込んで盾となった。

 その物体に弾が届いた瞬間に発生する閃光。

 一瞬の眩しさが晴れた先にあったのは、宙に浮き半透明のバリア・フィールドを纏う対空砲の姿だった。


「自律式浮遊対空砲……と人間どもは呼んでいたな」

「どんだけデタラメを乗っけてるのよ、あのお嬢サマはあっ!!」


 再び対空砲による弾幕が華世へと放たれ始める。

 Vフィールドを展開し弾丸を受け止めつつ機会を伺う彼女であったが、右腕からオーバーヒート寸前を示す警告音が響き始めていた。

 もう少し下がれば、下階へ続く階段室に飛び込める位置になる。

 そうすれば、冷却時間確保のために一時撤退することができるのだが。


「もうちょっとくらい、持ちなさいよッ……!」

「限界みたいだな、鉤爪の女」


 後少し……といったところで、警告音より一層大きくなるとともに、手のひらから発生していた力場が消失した。

 運動力を失った弾丸が、コンクリートの床に落ちて金属音を鳴らす。

 正面に立っているプレートの周りに集まった対空砲が、一斉に砲身を華世へと向けた。


「サヨナラだ、人間。……む?」


 プレートが発射指示を出すも、なぜか撃たない対空砲。

 背後から聞こえた足音に、華世は振り向く。

 そこには息を切らしたリン・クーロンが、散弾銃のようなものを背負って階段室の入り口にもたれかかりながら立っていた。


「あんた……何考えてんのよっ! 死ぬ気!?」

「違いますわ……華世。わたくしを盾になさい!」

「えっ!?」

「あの対空砲は、わたくしたち屋敷の関係者を誤射しないようにプログラムされていますの! わたくしが盾になれば、撃てないはずですわっ!」


 確かに今、対空砲の射線の先にリンがいる。

 華世を狙って砲撃したとしても、貫通した弾丸や衝撃波で彼女が傷つく恐れがある。

 だからいま、対空砲は停止しているのだろう。


「……言っておくけど、ケガしても文句は言わせないわよ」

「わたくしだって、クーロン家の女ですわ! 我がいえの不始末くらい、自分でカタをつけます!」

「上等ッ……! 背中、飛びつきなさい!」

「はいっ!」


 華世の背中へと散弾銃を背負ったまま、おぶさるようにしがみつくリン。

 子供とはいえ人ひとり分の重量がのしかかるが、魔法少女補正で力が強くなっている華世にとっては、ただの誤差だった。

 対空砲の横槍を受ける心配がなくなった華世は、鞘に入れた斬機刀を握りしめプレートへ向けて駆け出す。


「砲が撃てずとも、障壁は使える!」


 プレートを守るように移動し、壁となる浮遊対空砲。

 バリア・フィールドが淡く輝き、華世の進行を止めようとする。


「甘いわね。喰らいなさい、ボルテック・ウェーブ!」


 斬機刀を下から上へ、地面をえぐるようにして振るう華世。

 地面から巻き上がった破片が鞘の先端から放射された荷電粒子を纏い、対空砲へと稲光を放ちながら飛んでいく。

 そしてその稲妻がバリアに当たり、激しい閃光と共にエネルギーの障壁を破壊する。

 華世はすかさず斬機刀を鞘から抜き、横薙ぎに一線。

 立ちはだかる対空砲を切り捨て、プレートへと肉薄した。


「やはり、ニンゲンの作ったものは信用できないか」

「あんたもそのひとつでしょうが!」

「けれど、貴様は学習がない。刀剣のリーチでは、槍には勝てぬッ!」


 振るった華世の斬撃を、プレートの持つ槍が受け止める。

 刃が滑り火花が走る中、華世はほくそ笑んだ。


「今よ、リン!」

「なっ……!?」

「これがわたくしが果たす、責任ですわッ!」


 華世の背中に体重を預けたリンが、背負った散弾銃を手に取りプレートへと発射した。

 放たれた弾丸はその幾つかを槍で火花を散らしながらも、真っ直ぐに対象へと宙を走ってゆく。

 そして、甲高い金属音とともにプレートの頭部、兜を跳ね飛ばした。

 兜の首部分が華世の方へと向き、その内側に見えたのは光を反射して輝く八面体。


「くたばれ、金持ちの道楽品ッ!」


 見えたツクモロズ核に向け、プレートが持っていた槍を掴み、投げつける華世。

 鋭い先端が核へと突き刺さり、そのまま屋上から落下する。

 同時に、糸が切れた人形のように鎧が床へと崩れ、バラバラになった。



 【11】


「うう~……まだ手がジンジンしますわ~……」

「そりゃあ、慣れない手であんな大きい散弾銃をぶっぱなせばそうなるわよ」


 コロニー・アーミィの隊員たちが戦闘の後片付けをしている中。

 華世とリンは屋上のベンチに座って夜空を眺めていた。


 戦いが終わり、1時間後。

 結果的にパーティは中止となり、参加していたクラスメイトたちは解散となった。

 この結果に一番悲しんでいたのは咲良であったが、残ったパーティ料理が持ち帰り可と聞いた瞬間に笑顔になったのは言うまでもない。


「でも、あんた無茶よね。対空砲があんなシステムだったから助かったとはいえ……下手したら死んでたわよ」

「けれども、わたくし……居ても立っても居られなかったのです」

「どうして?」

「どうしてって……」


 華世に問いかけられ、数秒うーんとうなりながら考え込んだリン。


「それは、クラスメイトがあなたのことを正義の味方って言ったからですわ!」

「……はぁ?」

「あなたのような野蛮な娘が正義の味方で、その前でわたくしがただ逃げているだけだと……権力者として、いけないと思ったのです」

「ノブレス・オブリージュってやつ?」


 それは、高貴な者には地位に見合った義務が生じる……という意味の言葉。

 古い貴族社会では、豊かな暮らしをするのと引き換えに高貴な者たちは率先して民を守るために戦ったという。

 この時代に、血筋だけの少女が持つには殊勝すぎる考え方だ。


「あなたは大元帥の娘として、人々を守るために戦っている。それが、わたくしには……羨ましかったのですわ」

「別に、あたしは……そんな生まれとか血筋とか考えて、戦ってるんじゃないわよ」

「え?」

「それにね……」


 華世は立ち上がり、うーんと背伸びをした。

 そして振り返り、じっとリンの顔を見下ろしながら、顔をしかめる。


「あたしは、自分を正義の味方だと……一度も思ったことはないのよね」

「では、なんだと言うのですか?」

「あたしは、あたしと人類に歯向かう、全ての存在の……敵よ」

てきの……かたき?」


 イマイチ理解していないのか、首をかしげる黒髪のお嬢様。

 華世は金髪の頭をポリポリと掻きながら、説明のための言葉を選ぶ。


「正義なんて、立場とか情勢、世論で変わる不安定なものよ。全人類に等しく絶対な正義なんて、存在しないわ」

「……そうですわね」

「だから、あたしはあくまでも自分中心。自分と自分の身の回りにとっての悪にしか、興味はないし相手にもしない」

「それが、正義の味方ではなく……てきかたき、だと?」

「そういうこと。あたしって、自分勝手なサイテー女でしょ?」

「でも────」


 そう言って突然立ち上がったリンに、華世は驚いて一歩後ずさる。

 真っ直ぐな茶色の瞳に見つめられ、思わず言葉を失ってしまった。


「あなたの勝手のおかげで、わたくしたちは助かりました。だから、わたくしたちにとって、あなたは正義の味方ですわ!」

「……勝手に思っておきなさい」


 そう言いつつ、その場から立ち去る華世。

 けれども、リンの言葉が決して嫌だったわけではなかった。

 救った人から感謝の言葉をもらう。

 そのことについては、華世はわずかではあるが喜びが感じられていた。


──────────────────────────────────────


登場戦士・マシン紹介No.4

【ジエル】

全高:8.0メートル

重量:7.8トン


 クレッセント社が開発した、初の第6世代型キャリーフレーム。

 ジエルという名称は天使を表す「エン“ジェル”」と「次のエルフィス→エル」をかけたもの。

 10年前に先行試作量産型が地球のコロニー・アーミィにて大元帥直轄部隊に配備されていたが、その後幾度も改良され地球限定では有るがアーミィの制式採用量産機となった。

 先行試作量産型と制式採用型の大きな違いはパイロットを補佐するAIの有無であり、これが第5世代と第6世代の違いそのものでもある。

 武装としては、高機動のスラスター兼、高火力のビーム砲となる背部のビーム・ブラスターが大きな特徴。

 その他の装備は基本的な携行装備となるが、操縦者の好みに合わせてカスタマイズすることができる。


【ランパート】

全高:8.3メートル

重量:9.4トン


 新興の機動兵器生産会社、九龍超機で開発されたキャリーフレーム。

 拠点防衛用として設計された機体であり、黄色地に黒のアクセントという特徴的なカラーリングをした分厚く頑強な装甲で全身を覆っている。

 この装甲の材質は表面こそドルフィニウム合金ではあるが、内側には金星の地表から採取された玄武岩が用いられている。

 これは頑丈さとコストダウンを両立するためのもので、そもそも並大抵の装甲ではビーム砲撃を防ぐことができず、ハナから対応を諦めているため可能な設計である。

 その代わりに両腕には強力な耐ビーム・コーティングが施されたシールドが備え付けられており、ビーム兵器による攻撃はこの盾で受け止める形式になっている。

 ツクモロズによってツクモ獣にされたが、この盾の運用法を機体自体が知らなかったため戦闘で活用されることはなかった。


【プレート】

全高:1.9メートル

重量:不明


 リン・クーロンの屋敷にインテリアとして置かれていたプレートメイルから生まれたツクモ獣。

 元は中世の時代に戦いのために生み出された鎧であったが、ちょうど戦いの主役が銃に置き換わる転換期だったため、手に持つ槍ともども一度も戦いに用いられたことがなかった。

 けれども宿っていた魂は武人のそれであり、その硬い信念を受けて身体を構成する金属が異常なまでの耐久力を持った。

 鎧のフルセットを一つの身体として動いていたため、激しい一撃を受けると直接繋がれていない部分が取れてしまう。

 そのため、鎧の装甲には傷一つつけられなかったが、飛ばされた頭部の中にあるコアを直接攻撃され敗北した。


──────────────────────────────────────


 【次回予告】


 迂闊な行動に伴う敗北が、華世を新たな試練へと導く。

 戦いの果てに流れ着いたのは、ひとつの無人島。

 その試練は、少女にとって大きな喪失から始まった。


 次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第5話「二度目の喪失」


 ────折れなければ、失うほどに、人は強くなる。

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