第5話「二度目の喪失」


「う……くっ……」


 全身を走る痛みに、華世は目を覚ました

 ぼやけた視界が徐々に輪郭を帯びていき、やがて天井……とは呼べない布張りの屋根が見えてくる。

 どうやら、素っ裸の状態で簡素な寝床に寝かされ、掛け布団代わりに布を被せられているようだった。

 周囲からはしきりに木々がざわめく音と、ときおり鳥か獣のような鳴き声がBGMのように耳に入る。


「ここは……うぐっ」


 右腕に力を入れようとして、持ち上がらないことに気付く華世。

 視線を義手の方へ移すと、ズタズタになった人工皮膚に包まれた、ネジ曲がった機械となった右腕がそこにはあった。


 とりあえず起き上がろうと、横になったまま右脚を曲げる。

 そのまま左脚を支えに上体を起こそうとして、バランスを取れずに横へと倒れてしまう。

 なぜか一切の感覚がない左脚。華世は自分の体を覆う布をめくりあげ、目を見開いた。


「ったく……冗談、キツいわね……」


 有るはずのところには何もなく、血に濡れて真っ赤になった包帯が、蓋をするように左太ももを覆う。

 

 ────華世の左脚は、太ももから先が完全に無くなっていた。



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     鉄腕魔法少女マジ・カヨ


     第5話「二度目の喪失」


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 【1】


 船内に鳴り響く警報音、時折光る窓の外。

 窓の外の暗黒空間を飛ぶキャリーフレームが、手に持つビームライフルから光を放った。

 彼らが戦っているのは、翼竜のような翼と頭部を持つ8メートル近い巨大な竜人。

 それは細い体躯を無重力下で巧みに動かし、飛来する光弾を素早く回避していた。


「まさか宇宙でツクモロズが出るなんてね……」


 窓越しに戦いを眺めながら、制服姿で半ば独り言のように華世は呟いた。


 第11番コロニーにツクモロズと見られる怪物出現の報を聞き、学校を午前で早退して咲良と共に出張に出た矢先のことだった。

 外で暴れまわるツクモロズは、報告にあった怪物の外見と一致するため、アレが討伐対象で間違いはないだろう。


「でも華世ちゃん。キャリーフレームは運び込んだ先だから私、戦えないよ〜!!」

「こうなるとわかってたら、アーミィの戦艦一隻でも回してもらったのに……うわっ!?」


 船体が激しく振動し、ただでさえうるさかった警告音がさらにやかましくなる。

 船内を飛び交う船員の会話を聞く限り、軽くはあるが左翼あたりに被弾したようだ。

 居ても立っても居られなくなり、華世はシートベルトを外して席を立つ。


「華世ちゃん!?」

「……このまま戦わずに、船ごとお陀仏はゴメンよ。変身すれば宇宙も平気だし、一発かましてくるわ」


 止めようとする咲良の手を振り切り、客席の間をすり抜けて船体後方を目指す。

 扉を一つくぐり抜けた先にあるのは、船外作業に出るための小型エアロック。

 船員が出払い無人となっていたそこで、華世は呪文を唱えて変身した。

 光に包まれた身体が、制服から魔法少女姿へと一瞬で変化する。


「えーと、宇宙服用の推進装置は……これね」


 ロッカーに入っていた、白く四角くて薄い直方体を手に取る華世。

 脳波入力用のリングを頭に被り、マニュアル操作用のスイッチを腰に巻く。

 そのまま、直方体の角から伸びるベルトに腕を通し、リュックサックのように背負い込む。

 

 魔法少女姿で宇宙服のランドセルを背負った格好にひとりで苦笑しながら、パネルを操作しハッチをオープン。

 華世は外へと流れ出る空気に乗って、暗黒の海原へと飛び出した。


 直後、激しい閃光と共に全方に炎が昇る。

 翼竜人型ツクモロズが吐いた熱線が、交戦しているキャリーフレームの腕を吹き飛ばした光だった。

 

 原理はわからないが呼吸は問題なし。

 斬機刀を鞘から抜き、背中の推進装置を作動させて前進。

 接近する存在に気付いたのか、ツクモロズの鋭い眼光が華世を捉える。

 巨大な翼を広げ、無重力下であることをガン無視するような軌道で距離を詰めてくるツクモロズ。


「来たわね……喰らえっ!」


 迫りくる敵の鋭い爪に対し、華世は斬機刀をタイミングよく振り抜ける。

 推進装置が脳波を読み取り、適切な噴射を行い刀剣のスイングをアシストする。

 そうやって放たれた斬撃が振りかぶったツクモロズの手首を切断した。


「うぐぅっ!?」


 突如、左足に走る激しい痛み。

 切断された手の、巨大な出刃包丁のような形状をした鋭い爪が、慣性に乗って華世の左太ももに突き刺さった。

 痛々しく傷口が開いてこそすれ、あまり激しい出血に至っていないのは魔法少女補正ゆえか。

 走る激痛に歯を食いしばりながら、華世はさきほどすれ違った相手へと視線を移す。

 そこには手首を失いながらも、口を大きく開きエネルギーを放出しようとするツクモロズの姿。

 反射的に身を捩って回避運動を取ろうとする華世へ、間髪入れずに放たれるエネルギー弾。

 いつもなら回避しきれたであろう光弾。

 しかし、普段は背負っていない推進装置の分、かわすのに必要な運動量が大きくなっていることに華世が気付いたのは、自身の背中が爆風で押された瞬間であった。


「あ、がぁっ!?」


 攻撃を受けて爆発した推進装置の暴走で、華世の身体は宇宙空間で回転しながらデタラメに加速してしまった。

 空気などのブレーキとなる物質が存在しない宇宙では、一度増加した速度を身一つで落とすすべなど存在しない。

 止まらない回転でブレる視界の中、華世が最後に目にしたのは、どこかのスペース・コロニーの外壁だった。


 ※ ※ ※


 ここまでの経緯を思い返し、我ながら間抜けだなと華世は自己嫌悪した。

 勇み足で不慣れな宇宙に飛び出し、それがもとで片足を喪失。

 あまりのバカバカしさに笑えてくる。


 けれども、笑えば解決する状況ではないのも確かである。

 反省タイムは程々に終え、華世は冷静に周囲の情報を集めることにした。



 【2】


「華世が……行方不明やて!?」


 昼休憩の前、咲良からかかってきた電話をとった内宮は、声を荒げた。

 今朝、華世が11番コロニー「オータム」へと出張に出たのは聞いていたが、まさかこんな結果になるとは。

 オータムの宇宙港から電話をかけているという咲良へと、内宮は叱咤をぶつける。


「そないなことにならんように、あんさんが付いとったんやろうが!」

「そう言われましても~……キャリーフレーム乗りが機体無しで何ができるっていうんですか~!」

「……せやな。とりあえずや、華世がのうなったのはどこらへんの宙域や?」

「ええと……10番コロニー・ネイチャー付近ですね」

「そらまた、厄介なところで……!」


 廊下で額を抑えながら、思案する内宮。

 電話口の先で、状況をよくわかっていない咲良が、何が厄介なんですかと問いかける。


「あのな、華世がのうなった区域含めて、10番コロニーは自然環境保護コロニーやねん」

「それって地球の亜熱帯環境を再現した、生態系の再現実験をするコロニーですよね?」

「そうなんやけど、自然環境保護コロニーて、コロニー法で部外者の接近・侵入を禁止してる癖に警備がガバガバなんや」

「……つまり?」

「通りがかった悪党の船なんかに回収されたら終いや。華世、怪我しとったんやろ?」

「はい。左脚を……」


 内宮の中で心配が募っていく。

 魔法少女の姿で、彼女が生物らしからぬ頑丈さになるのは知っている。

 しかし、それでも華世は子供なのだ。

 自分の子に等しい存在が、宇宙という広大な大海原で遭難していると思うと、助けに行きたい思いが強まるのは人の常である。

 自身も一度、漂流しかけて大変な目にあったことがあるから、なおさらだ。


 けれども、内宮はコロニー・アーミィという組織の一員である。

 半民間で正規の軍隊よりは緩いとはいえ、勝手は許されない。


「……午後イチで支部長に捜索の提案するわ。葵はとんぼ返りになるやろうけど、一度クーロンまで戻ってくれや」

「わかりました。……絶対に華世ちゃんを、見つけてあげましょうね」

「当たり前や」


 遭難した隊員の捜索は、確実に行われるだろう。

 それは人情とか道徳的な意味合いの他に、組織としての絆を深めるためでもある。

 もしも危機的状況に陥っても、仲間が助けてくれる。

 この絶対の信頼があってこそ、チームワークを発揮でき組織が潤滑に回っていくのだ。


「……くっ!」


 けれども、実行の許可が降りるまで何もできない内宮は、握りしめた拳を苛立ち紛れに廊下の壁へと叩きつけた。



 【3】


 華世は、寝床で横になったまま冷静に状況を確認していた。

 寝かされている建物は、小屋と言うには粗末な作りのあばら家。

 見た感じ、切り出した頑丈な丸太を柱に、大きな布で壁と天井を形成しているような家だった。

 しかし、天井のはりにぶら下がった電灯や、粗末な机の上にある小さなテレビ。

 丸太の壁で丈夫にこしらえられた一角にある小型冷蔵庫を見るに、家主は何かしらで電力を通し、文化的な生活を営んではいるらしい。


 布壁の隙間から見える風景や、周囲の音から察するに森のような環境下にある建物のようだ。

 パチパチと焚き火の燃える音がするため、火を燃やし獣避けをする必要がある場所かもしれない。


「……参ったわね」


 華世は今、実質的に積みの状態にハマっていた。

 左脚を失い、右腕の義手も大破して機能停止。

 髪留め型通信機も外され、衣服は全て脱がされており全裸。

 試しに変身の呪文を唱えてみても、義手ごと変身ステッキが破損しているのか反応なし。

 こんな状態で無事なのが片腕片足だけでは、いくら何でも身動きは取れない。


 欠損した左脚が手当て済みなのを見るに、家主に生かしておく意思はあるようだが、なにぶん相手が不在なのでその目的がわからない。

 身売りのためかもしれないし、人体実験の材料として流される可能性もゼロではない。

 ってでも脱出するか、それとも善人に助けられた可能性に賭けるかと考えていたところで、外から土を踏みしめる音が聞こえてきた。


「やあ、目を覚ましたみたいだね」


 そう言って顔を見せたのは、黒髪の少年。

 外見年齢は華世と同じかそれくらい。

 半袖の白いTシャツの上にサバイバルベストを着込んだ少年は、手に大きなポリタンクを握っていた。


「ビックリしたよ。浜辺を通りかかったら、大怪我した女の子が倒れていたからね」

「あんたが……助けてくれたの?」


 華世は、相手の顔をよく見ようと左手で支えながら上体を起こした。

 すると少年の顔が真っ赤になり、慌ててポリタンクを床に置いて顔を手で覆い始めた。


「……どうかした?」

「えっと、その……君、胸が……!」


 言われて、華世はいま自分が裸であることを思い出す。

 壁に寄りかかりながら、掛け布団代わりの布を掴み上手く身体を隠すと、落ち着いたのか少年がため息をついた。


「ごめん、えっと、何も見てないから。君の服、海水でベトベトだったから脱がして。でも、何も……俺、何もしてないからね!?」

「別に良いわよ。減るもんじゃないし……」

「あ、そうなの……? そうだ、お腹空いてるよね? 俺、向こうで食べるもの作ってくるよ!」


 再びポリタンクを掴み、家の奥へと入っていく少年。

 少なくとも、この少年が華世を色んな意味で取って食おうとする人間ではないことが分かりホッとする。

 先の初々しい反応を見るに、誠実な人柄でも有りそうだ。


 奥の部屋からトントンとまな板を包丁で叩くような音が聞こえてくる。

 しばらくして、いい匂いが漂ってきたところで、少年が顔を出した。


「君……脚、痛くないかい?」

「ズキズキするくらいで、耐えられないほどじゃないわ」

「浜辺に倒れてたとき、もうすでにその状態だったんだ。不思議と出血が激しくなかったから、消毒と包帯を巻くくらいで済ませたけど……良かった」

「まあ、ショックはそれほど大きくないわ。もう二回目だし」


 そう言いつつ、ボロボロになった右腕を見せる。

 少年は悲惨な状態の華世の姿に、一瞬引きつった顔をした。


「君は……いや、よそうか。話したくない事だってあるだろうし」

「……そうしてくれると助かるわ。ええっと」

「俺、ウィルっていうんだ。よろしく」

「あたしは華世。こんなナリだから、何もできないかもしれないけど、よろしく」


 華世は左手でウィルと握手を交わし、彼の指に違和感を感じた。

 それはキャリーフレーム操縦者の指にありがちな、指先のまめ。

 ウィルが何者かが気にはなったが、向こうが詮索しない以上、華世も気にしないことにした。



 【4】


「はい、どうぞ」

「ありがと」


 手渡されたお椀を左手で受け取り、中のスープを口に入れる。

 先程までウィルが作っていたスープでは有るのだが、なんとも微妙な味がした。


「……貰っておいてなんだけど、生臭いわねぇ」

「口に合わなかったかい? 今朝取れた魚を使ったんだけどな……」

「あんた、もしかして臭み取りやってないんじゃ?」

「クサミトリ……? なんだい、それは?」


 華世は首をかしげるウィルの態度に、このスープの味がいまいちな理由に察しがついた。

 生の魚を調理する場合、生臭さを取るためにはいくつか手順を踏む必要がある。

 それをせずに魚を煮込むと、汁側に臭みが流れ出てしまうのだ。


「鱗と内臓取りして下処理した魚は、いったんお湯にくぐらせるのよ」

「ふむふむ?」

「それで身が白くなってきたら、冷たい水で一気に冷やす。これだけでも臭みが結構おちるの。……何よ」

「いや……君、すごく料理の知識があるんだなって」

「意外? この腕さえどうにかできたら、料理してあげるくらいはできそうだけど……」


 肩をすくめ、壊れた義手が付きっぱなしの右腕を見せる。

 すると、ウィルが細くもガッシリした手で華世の義手を持ち上げ、顔を近づけて目を凝らし始めた。

 

「……どうしたの?」

「この義手、僕に預けてくれないかい? 完璧にとはいかないまでも、動くくらいには直せるかもしれない」

「あんた、技師か何か?」

「そこまでじゃないけど……機械いじりには自身があるんだ。嫌だったらいいけど」


 図々しかったなとでも思っているのか、俯いて目をそらすウィルの前で華世は右肩に左手を添えた。

 指でストッパーを外すボタンをグッと抑えながら肩の根元あたりに力を込める。

 バキンという音とともに取り外された義手を、華世はウィルへと差し出した。


「どうせ動かないなら付けてても重いだけだし、弄りたいならどうぞ?」

「あ、ありがとう!」


 ぱあっと、明るくなる少年の顔つき。

 料理の心得を教えてもらった恩が返せるとでも思っているのだろう。

 華世にとっては、助け出して治療もしてもらい、食事まで提供されているので、逆にどうやって恩返しをしたものかと頭を悩ませていた。


「え、えっと……」

「どうしたのよ? まだ何かある?」

「その……見え……」


 顔を赤らめるウィルに指さされ、また纏っていた布がはだけていることに気がついた。

 別に華世にしてみれば胸や局部を見られること自体は気にならないのだが、こうもいちいち意識されるのも不便だ。


「あたしの服、どれか乾いてないかしら? いつまでも裸だと目に毒っぽいし」

「あ、うん。ちょっとまってて!」


 小走りで小屋の外へと駆けていくウィル。

 恐らく燃やしっぱなしの焚き火の側で、濡れた服を乾かしてくれていたのだろう。

 ところが、ウィルが両手に抱えて持ち帰ってきた華世の制服は、見るも無残な状態になっていた。


「……義手の人工皮膚といい、何でこんなにボロボロになってるのかしら」


 まるで尖ったものに引っ掛けたようにビリビリに破けた上着、裂けきったスカート。

 かろうじて服として機能しそうなのは、袖が取れたワイシャツと白い下着くらいだった。


 とりあえず何も着ないよりはマシと、壁にもたれかかりながら投げ渡されたワイシャツを羽織る。

 そのまま頑張って脚を下着の穴に通し、なんとか身につける。

 あえてブラジャーを身に着けなかったのは、片手では装着に難があるのと、先の反応からウィルに着けさせるのは無理があると判断したからだ。

 

「これはこれで、マニアックな格好になっちゃったわね……」


 裸の上にワイシャツ一枚、下はパンツ一丁。

 目に毒という点ではあまり変わっていないように感じつつも、着替えが終わったとウィルを呼ぶ。

 そっと覗き込んで華世が服を身に着けたのを確認したのか、ウィルがそそくさと華世の前に戻った。


「これでやっと、落ち着いて作業ができるよ。まだちょっと格好がエッチだけど」

「ウィル、あんたがいちいち大げさなのよ。……作業って?」

「君のために、ちょっとね? ゆっくり横になって待ってて」


 言われた通り、横になってゆっくりする華世。

 焚き火の近くに座り込んだウィルの背中越しに、ギコギコとノコギリで木を加工するような音が聞こえてきた。


 作業音をBGM代わりに、天井を見上げてボーッと過ごす。

 毎日とはいわないが、ツクモロズとの戦いにアーミィの任務。

 家では家事こそミイナがやるが、朝食と夕食を作りは華世の担当。

 毎日を休み無く過ごしてた少女にとって、この退屈は久々の休息だった。



 ※ ※ ※



 空が夕暮れ色に染まり始めたところで、作業の音が止まった。

 時計がないのでわからないが、だいたい数時間くらい経っただろう。

 額に汗をにじませながらも良い笑顔で戻ってきたウィルが、手に持っているものを華世へと差し出した。

 それは太い木の枝を組んで作られた、松葉杖だった。


「これは……?」

「歩けないと不便だろうから、作ってみたんだ。試してみてよ」


 華世は言われるがままに、壁によりかかりつつも状態を起こす。

 そのまま左腕の腋に松葉杖の平坦な部分を挟み、支えにしながら立ち上がった。


「お、おお……? っとっとっと!?」


 バランスを崩し、寝床にズシンを座り込む。

 転けてはしまったが、一瞬でも立つことができた。


「あいたた……慣れれば、出歩けるようになれるかもしれないわね」

「僕も応援するから、ゆっくりと立ち上がれるようになろう!」


 朗らかな笑みを浮かべるウィルの、屈託のない言葉。

 傷つき、身動きが取れない華世にはその言葉は救いだった。



【5】


 華世が手製の松葉杖を受け取ってから、5度の夜明けを迎えた。

 この5日間で松葉杖の扱いに慣れた華世は、ようやく小屋の中を歩き回れる程度になった。


「ほら。言った通り予め塩を振ると、魚の身が崩れないでしょ?」

「本当だ。華世は料理の天才だね!」

「別に料理に精通してれば誰でも知れることよ。褒めても何も出ないわよ」


 台所で焼き上がった魚をウィルがテーブルまで運ぶ。

 華世も後を追うようにして椅子に座り、食事の準備が済むのを待った。

 皿に盛られた焼き魚は、美しい焼き目を表面に光らせながら香ばしい匂いを放っている。


「「いただきます」」


 箸でパクパク食べるウィルの前で、華世は利き腕ではない左手でスプーンを使い、焼き魚を口へと運ぶ。

 もっと設備や道具が整っていればもう少し美味しく調理できたが、最初の臭み全開のときに比べれば遥かに進化している。

 久々に食べたちゃんと調理された魚に舌鼓を打っていると、ウィルがトントンとテーブルを指でつついた。


「なに?」

「華世、だいぶ歩けるようになったよね? この後、一緒に外を歩かないかい?」

「外って……大丈夫なの?」

「この島には危険な獣も害虫も居ないからね。運動がてら、どうかと思ったんだけど……」


 ウィルの誘いを受け、しばし考える。

 彼との付き合いは合計して一週間ほどであるが、打算や騙りで動くような人間ではない。

 むしろこの数日間の間、身動きが取れない華世を献身的に支え続けてくれた。

 そんな善意の塊のような彼が、こうやって誘っている。

 そこには、華世にとってプラスになる何かがあると思っていいだろう。


「良いわよ。行きましょうか」

「やった! じゃあ早く食べ終わらないと……ゲホっ!?」

「慌てて食べなくてもあたしは逃げないから、落ち着いて食べなさいよ」


 やんわりと笑いながら、食事をすすめる。

 憩いのひとときを済ませ、片付けを終えた後。華世がついに小屋から出る時が来た。

 用意してあった華世の靴へと、素足のままの右足を入れる。

 無い左脚の代わりに松葉杖で大地を踏みしめ、一歩、また一歩と進んでいく。


「よっ……ほっ……」

「大丈夫かい、華世?」

「心配いらないわよ。おっとと……ほらね」

「本当かなあ。えっと、ゆっくりでいいから付いてきてね」


 森の方へと歩いていくウィルの背中を、華世はバランスを崩さないようにゆっくりと追いかける。

 時々はぐれてないか振り返ってウィルが確認する度に、華世はアゴで早く先にいけと催促。

 木々のざわめきの中に土を踏みしめる音がこだまする中、華世はどんどん前へと進んでいった。

 小川の横を通り抜け、少し背の高い草をかき分けた先に行くと、やがて広く視界がひらけた場所に出た。


「へぇ……!」

「ここが君を連れて行きたかった場所さ。いい景色だろ!」


 小高い丘から見下ろす、青い青い海。

 広大な水のキャンバスを、白い波が絶えず模様を描き続ける。

 空気の層で薄くなっているが、奥には地平線ではなく上へとせり上がるように上へと広がる海と、点々と存在する島々が見えた。


「……そういえば忘れそうになってたけれど、ここコロニーだったわね」


 恐らく遭難した位置から考えて、ここはビィナス・リング第10番コロニー「ネイチャー」だろう。

 話に聞いただけで一度も訪れたことはなかったが、自然環境保護コロニーというだけあって、人の手が入っていない自然に溢れた場所だとは知っていた。

 通常であれば近寄ることすら禁じられているコロニーの内部が、こんな美しい景色に包まれているとは。

 華世はらしくもなく、しばらく見晴らしのいい風景を眺めていた。


「君がどこから来て、何者なのかは知らないけれど……華世が来てから、僕は楽しいんだ」

「そうなの?」

「確かに二人分の食事の材料を採ってきたり、準備するのは大変だったけど……ずっと、長い間一人で居たからね。すごく、新鮮で楽しいんだ」


 ウィルが、華世がいることによって苦労していることは知っていた。

 朝早くに海へと出て、1日分の食料となる魚を二人ぶん確保。

 食事の後は義手を修理するためのパーツ探しに森へと出歩き。

 曰く、かつて廃品置き場として使われていたという一角があり、そこからまだ使える家電類や部品を探してきているらしい。

 戻ってくれば修理に励み、部品が足りないからとまた廃品置き場へ。

 日が暮れて眠りにつくまで、ウィルは華世のために働き続けていた。


 一方の華世は、身動きがとれないためずっと寝たきり。

 ときおり松葉杖を使って歩く練習をするが、一日のほとんどを横になって過ごしていた。

 一緒に過ごしているのに何の役にも立てない事実が、華世の中で不満という濁った感情としてふつふつと溜まっていた。


「明日には、君の義手の修理が終わるんだ」

「え?」

「それから、壊れているけどすぐ修理できそうな通信機も見つけたから……君を家に返してあげられるよ」

「……ありがとう」

「長い道を歩いて疲れちゃったかな? ……戻ろっか」

「そうね……」


 来た道を、少し重い足取りで帰る華世。

 決してこの無人島での生活を続けたいわけではない。

 一方的に尽くされたまま、別れて帰る……それは華世のプライドに反することだった。



【6】


「ねえ、ウィル。あの川の水って……きれいなのかしら」

「うん。地下の浄水設備を通って流れる水のはずだから……飲めるくらい綺麗なはずだよ」

「一週間も身体あらってないから、汗でベタついて気持ちが悪いの。水浴びさせてくれないかしら」


 腋で松葉杖を挟んだまま、左手でワイシャツのボタンを外す華世。

 ウィルが慌てて「そ、そこで待ってるよ!」とその場を離れようとする。


「行っちゃダメ」

「え……だって」

「あたし一人じゃ、身体を洗えないから……手伝って」

「でも」

「いいから!」


 渋々と、華世の方を見ないように視線をそむけながらウィルが華世へと近づく。

 彼の支えを受けながらワイシャツとパンツを脱ぎ捨て、一糸まとわぬ姿で浅い川の中へ座り込む。


 やさしく、ゆっくりとウィルは華世の背中に水をかけ、手で肌を撫でていく。

 背中を一通り流し終わったところで、ウィルの手が止まった。


「ねえ、華世。やっぱ……ダメだよ」

「……何が?」

「もし……僕が我慢できなくなって、君を……その、襲ったりしたらどうするんだい?」

「別に、かまわないわ」

「えっ……?」


 背後で驚いて固まるウィル。

 華世はうつむき、水面に薄っすらと映り込む自分の顔を見ながら、ゆっくりと口を開いた。


「あなたは、あたしのために頑張ってくれてる。一人だったら絶対、あたしは死んでた。けれども、腕も足も一本ずつしかないあたしは、何も返してあげられない」

「そんなこと無いよ。君は……」

「役たたずのあたしに、できることなんて……身体を差し出すくらいしか、ないから」

「俺は、そんなことのために君を助けたわけじゃないよ!」


 静かな水音の中に、ウィルの叫び声がこだました。

 風が草木を揺らす音が、響いた声に重なるようにこの場を包み込む。

 ウィルの細くも筋肉質な腕が、華世を背後から優しく抱きしめた。


「俺は……困っている君を助けたかったから、助けただけなんだ。君に、幸せになってほしいから……。だから、そんな自分の身体を無下むげにするようなことは……言わないで欲しい」

「ウィル……」


 感動的なセリフとともに、華世の胸にやさしく食い込む細い感触。

 そう言いながらもウィルの手は、華世の年齢の割に大きめの乳房を、ゆっくりと揉みしだいていた。


「そう言いながら、この手は何なのかしら……?」

「あ、いや……ごめん、つい。柔らかいものがそこにあったから……」

「……はぁ。まあ、いいわよ。さっき身体差し出すって言った手前、これであんたが喜ぶんだったら……好きなだけ揉んでいきなさい」

「え……いいのかい?」

「あたしにできることなんて、それくらいしか無いからね」


 華世は静かに、なすがままとなった。

 けれどもウィルは華世の胸こそ触ったものの、ちゃんと前半身を洗ってくれたし、下半身には一切触ろうとしなかった。

 それは、彼なりの誠意なのかもしれない。

 背中を支えてもらいつつ自分で下半身をさすりながら、華世はウィルの不器用な誠意に心が暖かくなった。


 一通り身体を洗い終わり、清潔感が全身を包み込む。

 ウィルの手を借りながら、またワイシャツとパンツを身に着けた華世は、そのまま小屋へと帰り着いた。

 その日は久しぶりに長い距離を歩いた疲れもあり、ずっと横になっていた。

 ただ、いつもよりも頻繁に用を足しに行くウィルの姿に、寝転がりながらクスりと笑っていた。



 【7】


「どうかな、華世?」

「……うん、ちゃんと動くわね」


 身体を洗った翌日。

 華世は修理が終わったという義手を装着し、腕を動かしてみていた。

 修理が終わったと言っても変形した装甲は剥がされ、内部の駆動部分が丸見えの状態になっている。

 けれども関節の曲げ伸ばしや、指を動かすことに関しては動きこそ鈍いながらも可能となっていた。

 試しに寝床に義手の右手を置き、体重をかけてみる。

 ギシギシと金属の擦れ合う音はしたものの、負荷に対する耐久性も問題なしといったところだ。


「ありがとう。それにしても、よく修理できたわね」

「電装系は無事だったから、可動部分の部品交換で済んだんだ。代わりになる部品を見つけるのに手間取ったくらいだね。でも……」

「なに?」

「この義手、鉤爪にワイヤー、弾丸の発射機構までついていたんだ。とても、女の子が身につけるものとは思えない。君は……何と戦っていたんだい?」

「そうね……」


 ここまで世話になって、何も教えないというのも無理があるかもしれない。

 意を決して、身の上を打ち明けよう。


「あたしは、実は……」


 華世の言葉は、突然に降り注いだ熱線が起こした爆発にかき消された。

 小屋近くに着弾した光線は焚き火を吹き飛ばし、華世たちに凄まじい爆風を浴びせる。


「うわあっ!? な、何だ!?」

「あれは……!」


 燃え盛る木々の奥に見える、巨大な影。

 片腕の手首から先を失い、翼膜で覆われた巨大な翼で飛ぶ人型の怪物。

 華世をこの場所に漂流する原因を作った、忌まわしき存在がそこにいた。


「ツクモロズ……!」


 思えばこの一週間、敵が何もしてこなかったことが不思議だった。

 華世の存在を見失っていたのか、あるいはコロニー・アーミィに討たれたかと楽観していたのかもしれない。

 目の前に浮かぶ巨体を見るに、少なくとも後者ではなさそうだった。


「華世、ごめん!」

「えっ!? ちょっとウィル!?」


 華世をお姫様抱っこの要領で抱え、森の中を目指し走り出すウィル。

 背後から追ってくるツクモロズが奇声を発しながら迫りながらも、ウィルの脚は一つの方向へと迷いなく走り続けていた。


「どうするのよ! あいつを撃退するにしても、戦う方法が無いでしょ!?」

「心配はいらないよ、華世。君は……僕が守ってみせる!」


 頼りがいの有る言葉とともに、足を止めるウィル。

 華世はそこに巨大が何かがあることに気がついた。

 それは、開きっぱなしのコックピット部から無数のケーブルを外へと伸ばしている、1機のキャリーフレーム。

 頭部のデザインを見るに、高性能機として設計されるという、エルフィスタイプのようだった。


 そして伸びているケーブルには見覚えがあった。

 小屋へと電気を供給している、太く黒い電線。

 無人島暮らしにしては電力を贅沢に使えるなと思っていたが、キャリーフレームの動力から引っ張っていたようだ。


 ウィルは木の葉が積もったコックピットへと乗り込み、パイロットシート横の箱へと華世を降ろす。

 そのまま少年は外へと伸びるケーブルを強引に引き抜き、操縦レバーを力強く握りしめた。


「ウィル、あんた……」

「力を貸してくれ、エルフィス……ニルファ!」


 ガクンと機体が揺れ、開けたままのハッチ越しに景色が下へと下がっていく。

 老朽化か整備不良か、飛び上がった反動でコックピットハッチが音を立てて外れ落ち、風が狭い空間を激しく流れ始める。

 本来であれば外の景色を移すであろうモニターも、ほとんどが真っ黒のままで写っていても乱れた砂嵐。

 けれどもウィルは前のめりに外の景色を見ながら、ペダルを器用に操作していた。


 大きい揺れとともに景色が回転、正面に翼竜型ツクモロズを捉える。

 その敵が口を開き、口内に光を集め始めた。


「来るわよ、ウィル!」

「変形する! しっかり捕まってて!」

「へんけいぃっ!?」


 華世が言葉の意味を理解する前に、ウィルが手際よくコンソールを操作しペダルを踏みしめた。

 ひとつ大きな振動とともに、コックピットハッチの先に機首のような突起が現れる。

 さきほどの言い草から察するに、このキャリーフレーム〈エルフィスニルファ〉には戦闘機形態への変形機構でも有るのだろうか。

 華世はそう思いながら左手と、動くようになった義手の右手でパイロットシートを掴み振り落とされないように踏ん張っていた。


 そのまま加速して再び変形、正面に見えたツクモロズへと、〈エルフィスニルファ〉の手に持ったライフルから放たれたであろうビームが飛んでいく。

 コックピットむき出しでこのような無茶をしてもそこまで激しい振動が起こらないのは、キャリーフレームに搭載されているという慣性制御システムの為せる技か。


「当たれーッ!!」


 少年の叫びとともに放たれた渾身のビームが、正面の怪物を撃ち貫いた。

 胴体に大きな穴を開ける形で被弾したツクモロズ。

 その巨体は空中で分解するように細かく散って、海面で白い水しぶきとなった。


「やった……やったぞ!」

「やるじゃない、ウィル。……待って、何かレーダーに反応!?」

「ええっ、うわぁっ!?」


 爆発音とともに激しい振動。

 そして遠くに見える2体の翼竜型ツクモロズ。


「あいつ……一週間も姿をくらましていたのは、仲間を作るためだったの!?」

「今のはかすり傷だけど……あの敵、腕を狙っている!? ビーム・ライフルしかないのにこれ以上腕にダメージが重なったら……マズい!」


 ウィルが操縦レバーとペダルを器用に捌き、回避を交えつつ攻撃をする。

 しかし相手も素早い身のこなしで回避をしつつ、反撃とばかりに熱線を放射。

 運動性・攻撃能力共に同等な状況で、数で劣っているこちらが不利なのは、火を見るよりも明らかである。


 激しい回避戦の中、いよいよ状況が動いた。

 敵のうち一体が熱線を吐き、その攻撃中動きが鈍っているところにウィルがビーム・ライフルを叩き込む。

 最初のツクモロズを仕留めたときと違ったのは、敵がまだもう一体いることと、反撃をまともに食らってしまったこと。


「しまったっ!!」


 目の前の風景を縦に横切る、ビーム・ライフル。

 コンソールに映る警告表示と照らし合わせると、どうやら右腕に被弾し武器を落としてしまったようだ。


 華世は右腕の剥げた装甲越しに見える内蔵した変身ステッキをチラと見る。

 変身に失敗すれば力が足りないのは明白だが、これをやらねば敗北は必至だ。

 義手の手首を外し、伸ばしたワイヤーをパイロットシートの支柱へと、素早く巻きつける。

 驚くウィルが声を掛ける前に、華世はワイヤーを伸ばしつつコックピットから飛び降りた。


「ドリーム・チェェェェンジッ!」


 狙い通り、空中で華世の身体が光に包まれた。

 変身完了と同時に、失った左脚に身につけられるはずのソックスと靴が、風に流され宙を舞いどこかへと飛んでいく。

 けれども華世は真っ直ぐに落ちていくビーム・ライフルを目指し、やがて追いついた。


「こんのぉぉぉっ!!」


 空いた左腕と右脚を巻きつけるように、華世はビーム・ライフルのグリップへとしがみついた。

 同時にワイヤーの巻取りを始め、徐々にライフルごと身体をコックピットに向けて持ち上げていく。


「華世、無茶だよ!!」

「無茶は上等! 早く……ライフルを!」


 ミシミシと、巻き取られるワイヤーが悲鳴を上げていた。

 いかに頑強で引っ張りに強いカーボンナノチューブのワイヤーと言えど、紐くらいの細さでは人間よりも遥かに思いライフルを長時間支えるほどの強度はない。

 キャリーフレームの手が届く位置までライフルを引き上げると、巨大な手がグリップへと手をかけ華世ごと持ち上げた。


「華世、コックピットに!」

「こんのぉぉぉっ!」


 しがみついていたグリップから、ワイヤーを巻き取りつつコックピットへ飛び移る。

 同時にワイヤーが手首の方からブチッとちぎれ、特大の冷や汗を華世の頬を伝う。


「これで、ラストだっ!」


 華世が体を張って回収してきたライフルの銃口から放たれた光が、翼竜型ツクモロズを捉えた。

 空中で四散し、火の粉となって海面へと落ち行く敵だった残骸を見下ろし、華世はふうと大きなため息をつく。


「なんとか……なったわね」

「うん。だけど……華世、君のその格好は」

「ああ……どう説明しようかしら。話すと長くなるのよねえ……って、レーダーにまだ何か写ってるけど!?」

「えっ、まだいるのかアイツら!?」


 レーダーに点灯した3つの敵性反応。

 すでにズタボロの状態で先程よりも厄介な状態。

 しかし、ここに来て三度目の危機的状態は、直後にレーダーへと写り込んだ反応によって解消されることとなった。


「新しい反応……!? 識別、コロニー・アーミィ?」


 コックピットハッチ越しに見える空に、映り込む見慣れた機影。

 それは、内宮のものと思しき〈ザンドールエース〉と、咲良の〈ジエル〉だった。


 空域に突入した2機はまたたく間に的確な射撃をツクモロズへと浴びせ、あっという間に3匹の翼竜人をビームの光弾で消滅させた。


「あれって……華世を迎えに来たのかな」

「ええ、そうだと思う」


 思わぬ助けとなった仲間を視界に捉えながら、ウィルが操縦する〈エルフィスニルファ〉は二人が過ごした小屋のある島へと、高度を落として着陸した。



 【8】


 薄暗い研究室のような一角。

 液体に満たされたカプセルに沈んでいるのは、胸に風穴の空いた女の像。

 大きく空いた穴は徐々に修復され、その空洞の中心には八面体のコアが脈動していた。

 目覚めを待つ仲間を見ていた老紳士の背後に、影から伸びるようにして少年が姿を表す。


「レス、せめて入り口から入ってくれんかの」

「嫌だね。それはそうとバトウ、例の化石からできたツクモ獣……やられちゃったってよ」


 偵察から戻ってきたレスは、悪びれなく両腕を広げる。


「鉤爪の女が死にかけてたと聞いていたが、杞憂じゃったの」

「でもバトウ爺さん。あの娘、足がもげちゃったみたいだよ? まだまだ働いてもらわなきゃいけないってのに」

「腕を機械にするような女じゃ。足も機械にするじゃろうて。それよりも……まもなく、お前さんが連れてきた、この者が蘇るぞい」

「へぇ……」


 興味深そうに、石像が沈むカプセルを覗き込むレス。

 少年の目線に気づいたのか、中の石像の顔がわずかに動く。


「これで少しは楽になると良いけどね。こいつの名前、どうするんだい?」

「それならもう、ザナミ様が決定しておったぞよ。たしか────」



 ※ ※ ※



「フェイク、か。良い名だと思いますよ、ザナミ様」

「褒め言葉として受け取っておくぞ、アッシュ。偽りの母を名乗り、偽りの人生を過ごしたツクモ獣。かの者にこれ以上無い名だと自負している。ふふ……」


 壇上の椅子に腰掛けた、ザナミと呼ばれた女はほくそ笑む。

 一方でアッシュと呼ばれた男は、全身を覆うローブからはみ出た口元を、真一文字に結んだ。


「……どうした、アッシュ?」

「お言葉ですがザナミ様、私としてはそろそろ調査を開始した方が良いと思うんですがね。今回は過去の世代に比べ、イレギュラーな要素が多すぎます。それに……二人目のこともある」

「ほう、妙案が有るのか?」

「ええ。ちょいど良い機会がありますから、それを利用させていただこうかと思います」

「よかろう。ではその任についてはお前に一任する。抜かるなよ」

「仰せのままに」


 一礼し、音もなく姿を消すアッシュ。

 彼が居なくなったのを確認してから、ザナミは懐から金時計を取り出し、その蓋を開く。

 文字盤の代わりに収められている男が写った写真を見ながら、ザナミは眉を吊り上げた。


「いつか、貴方がなし得なかった悲願。それを成して見せましょう。……魔法少女の打倒という悲願を」




 【9】


 砂浜に降り立った、一隻の宇宙船。

 搭乗口から飛び降りた内宮が、涙を目尻に湛えながら華世へと抱きついた。


「華世ーーーっ! こんな可愛そうな姿なって……でも、生きててホンマ良かったわぁぁ!」

「ちょっと……秋姉あきねえ。痛いわよ……」

「せやかて……一週間やで。一週間も離れ離れやったんや。こっちも大変やったんやで!!」


 抱きしめたまま、内宮はこの一週間におこった出来事というのを話し始めた。


 華世が行方不明になったと聞いたあと、まず行われたのは戦闘地点の周辺宙域の捜索活動だったという。

 10番コロニー「ネイチャー」の周辺には様々な宇宙船が通る宇宙交路が制定されている。

 遭難した華世がどこかの船舶に拾われていないか、人手を使って聞いて回っていたらしい。


「けれど、最初の5日間くらいは何の情報も得られませんでしたのよ」

「リン、あなた……何でアーミィに同行してるのよ?」

「わ、わたくしは……あなたが居なくなったら張り合う相手が居なくなるから聞き込みの手伝いをしていただけですわ!」

「ふーん……」


「まあ、そんなわけで苦戦してたんやけど。つい昨日、このコロニーの外壁に人間大サイズの穴が空いているっちゅう情報を得たんや」

「あたしがふっ飛ばされた時、めちゃくちゃなスピードが出てたと思ったけど……まさか体当たりで外壁を貫いてたなんてね。あたしの足が千切れたのも、衝突の衝撃かしら……」

「穴自体は漏れ出た海水が凍って塞がったんやけど……せやから大事おおごとにもならんで見つけられへんかったわけや」


 水は真空に出た時に常温であっても沸騰し、発生した気化熱に温度を奪われやがて凍りつくという。

 それと同じことがコロニーの外壁に空いた穴で起こり、自動的に穴が塞がるのだ。

 この自然環境保護コロニーでは内側の面全てに海水が張り巡らされているため、こういった現象が発生する。


「んで、ようやく許可取れて中に入ったら、戦闘の炎が見えて見つけられたっちゅうわけなんや」


「本当に、華世ちゃんが無事でよかった~!」

「咲良も、心配かけてごめんなさいね」

「葵はんなんて、華世が行方不明なったんは自分のせいやって暗なっとったからな」

「心配しすぎて、一回の食事量が一人前になっちゃったくらいなの~」

「……全然、深刻に思えないんだけど」


「それはそうと、あなた。あそこに立っている殿方とキャリーフレームは何ですの?」


 リンが指差したのは、少し離れた場所で寂しそうな表情を見せるウィルの姿。

 華世は内宮からある物・・・を拝借してから、松葉杖を使って彼の元へと歩み寄った。


「良かったね華世。迎えが来たみたいで……」

「ありがとう、ウィル。アンタが居なかったらあたし……」

「こうやって君が元の生活に戻れる手助けをしただけだよ。困っている人を助けるのに、理由はいらないからね」

「どこまでもお人好しね。ねえ、両手を前に出して? 渡したいものがあるの」

「え、こうかい?」


 言われたとおりに両手を前に突き出し、手を広げて皿のようにするウィル。

 華世はウィルへと満面の笑顔を贈りながら────彼の手に手錠をかけた。


「ええっ!?」

「ここからは、コロニー・アーミィの一員としての仕事。自然環境保護コロニーへの不法侵入、及び不法滞在。保護区における生物の密猟。無許可で戦闘キャリーフレームの所持および無免許操縦。その他もろもろの罪状で、あなたを逮捕するわ」

「ちょっと待ってよ、華世! 僕は、君のために……!」

「それは、それ。これは、これ! とにかく、おとなしくしょっ引かれてもらうわよ!」

「そ、そんなぁぁぁぁぁっ!!」


 悲痛な叫び声を上げながら、内宮が連れてきたアーミィ隊員に連行されるウィル。

 その光景を、咲良たちはポカンとした表情で見つめ続けていた。


「さあ、みんな。帰りましょ!」

「華世……あんさん、恩人になんちゅう仕打ちを」

「助けてもらったのは事実だけど仕事柄、見過ごせはしないでしょ。それに……」

「それに?」

「こうした方が、多分……あいつのためだから」


 憂いを秘めた顔でうつむく華世。

 その表情の真意を知るものは、本人以外にはこの場に居なかった。



──────────────────────────────────────


登場戦士・マシン紹介No.5

【エルフィスニルファ】

全高:8.3メートル

重量:4.1トン


 ジエルを世に送り出したクレッセント社が、新世代の精鋭機として試験開発したキャリーフレーム。

 エルフィスとは、30年前に起こった星間戦争において、英雄的な活躍をしたキャリーフレームの名である。

 以降、クレッセント社が最新鋭機を建造する際、その活躍にあやかってエルフィスという名が与えられている。


 名前の由来は開発コード名である「ニルヴァーナ・アルファ」を略したもので、これまで他社に遅れを取っていた変形機構を、クレッセント社が盛り込んだエルフィスシリーズの試作型である。

 一機で戦場を支配するというコンセプトのもと、戦闘機形態への変形機能を持っている。

 変形時に飛行が可能なように、全体的に装甲は薄くされ軽量化が行われているものの、装甲材質に新素材のドルフィニウムγ(ガンマ)を採用していることで耐久性の低下を最小限にとどめている。



【プテラード】

全高:7.7メートル

重量:不明


 スペースコロニー「オータム」の博物館に展示されていた翼竜の化石から生まれたツクモ獣。

 頭部と翼は翼竜のそれだが、翼とは別に鋭い爪を持った腕を持ち、恐竜というよりは竜人と言える外見をしている。

 元が動物並みの知性しか無い恐竜由来のものだからか、人語を操るほどの知能はもっていない。

 けれどもそれ故か魔力を与えるだけで、石などの材料から同種の仲間を作り出すことができる。

 キャリーフレームに通用するほどの熱線を口から吐くことができるが、鋭い爪はさすがにキャリーフレームの装甲を貫くことはできない。

 翼竜にしては大型に思えるが、これは二足歩行の体勢をしているため背や足が長くなっていることから全高が増しているためである。


──────────────────────────────────────


 【次回予告】


 新たなる戦いの舞台は、放棄された宇宙ステーション。

 その中に眠るのは、人類滅亡の引き金になりかねない物騒なシロモノだった。

 存亡の危機を前にした戦いで、華世のてから初めての魔法が炸裂する。


 次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第6話「彗星のきらめき」


 ────その光は、宇宙を切り裂いた。

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