第6話「彗星の煌めき」


「ふわぁ~っ」


 ベッドから起き上がり、うんと伸びをする華世。

 無人島から帰ってきて数日が経ったが、やはり快適な寝具に包まれての就寝は気持ちがいい。


 布団をめくりあげ、金属光沢を放つ義足を床につけ、立ち上がる。


「おはようございます、華世お嬢様……うわーん!」


 華世の起床を感知したのか、部屋に入ってきたミイナが床に手を付けて嘆き出す。

 遭難から帰ってからというもの、毎日がこの調子である。


「いい加減に慣れなさいよ、ミイナ」

「でもっ、でも……っ! お嬢様の美しい生脚がひとつ失われてしまったんですよ! これを嘆かずして何を嘆けと!!」

「今日やっと人工皮膚を貼りに行くんだから、ちょっとの辛抱よ」

「人工皮膚じゃダメなんですよ! 天然物じゃないと……! ああぁぁぁ……」


 嘆き悲しむミイナを差し置いて華世は寝間着を脱ぎ、ハンガーにかけていた白いワンピースに袖を通す。

 脱いだ衣服をミイナに向かって投げつけると、彼女はピタリと声を止めて飛びつき顔を擦り付け始めた。

 もしも彼女に尻尾が生えていたら、元気よく振られまくっていることだろう。


「それじゃあ、ちょっと支部まで行ってくるから。留守番よろしくね」

「はい、いってらっしゃいませ! スゥーッ……ぷはぁっ!!」


 吸引音を背中越しに聞きながら、華世は玄関から外へと飛び出した。



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     鉄腕魔法少女マジ・カヨ


     第6話「彗星の煌めき」


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 【1】


 液体に使った臓器や人体模型に見つめられる不気味な研究室。

 アーミィ支部の地下に位置するドクター・マッドの仕事場の椅子に、華世は結衣と共に腰掛ける。


「ドクター、来たわよー」

「ああわかった、今行く」


 カーテンの奥からゆっくりと現れるドクター・マッド。

 その手には、華世が着けているものとは別の義手義足が抱えられていた。

 それはさておき、ドクターが身につけている服装に華世は目を細くした。


「……なんで学生服を着てるの? しかもあたしたちが通う学校の」

「昨日、アー君から届いたんだ。さっきまで自撮りを送っていたのだが」

「あのスケベジジイ……」

「それよりもだ」


 ドクターは持ってきた2本の義体を、静かに机の上に置いた。

 それを見た結衣が、身を乗り出して目を輝かせる。


「あっ、円佳まどかさん例の物ができたんですね!」

「結衣、例の物って?」

「まあ、喉でも潤しながら話そうではないか。……飲み物は水しか無いが良いかな?」

「お気遣いなく」


 いったん場を離れるマッドの背中を見送ってから、華世は机の上の義手義足に目を向ける。

 先日の無人島遭難の際に、華世は左脚を失い右腕の義手も大破に近い損傷を受けた。

 そのため帰ってすぐに義足を用意してもらい、義手も予備のものに付け替えている。

 けれども目の前にある義体は、どちらも華世が今つけているものよりは少しばかりゴツい作りをしていた。


 顔をしかめる華世の前で、ドクロ模様の不気味なマグカップがコトンと音を立てる。

 見上げると、ドクター・マッドが無表情なまま口端だけを少しだけ上げていた。


「ストレージ・システムについては覚えているか?」

「魔法少女に変身した時、前に身に着けていた武器とかが呼び出される仕組みよね?」

「それを応用すれば戦闘時に、より戦闘に特化した義体へ換装ができると思ってな……用意したんだ。まず、これが義足だ」


 指し棒のような物を握ったドクターが、机の上の義足を指し示す。

 そこは靴に当たる部分であるが、足の裏に長方形の穴が空いており、爪先とかかとは穴とは別パーツとして別れているようだ。


「まず、義足のふくらはぎ部分の内部に2本のヒートナイフが仕込んでいる」

「ヒートナイフって、熱を与えることで硬い物質も溶断する事ができるナイフのことよね?」

「ああ。ナイフは義足の排熱を利用して加熱され、任意に飛び出させることが可能だ。蹴りの要領で勢いをつければ、射出することもできるだろう」

「へぇ……!」


 華世はその説明を聞いて胸が熱くなった。

 ヒートナイフは本来、キャリーフレーム用の武装の一つである。

 とはいえ構造は特殊金属で作られた刃を熱するだけなので、人間大サイズになってもその威力は変わらない。

 そういった火力を、手を使わずに発揮することができるのは戦略の幅が大きく広がることに等しい。


「そして、移動の補助になるように接地面には小型ローラーを仕込んである」

「ってことは、ローラーダッシュできるようになるのね」

「駆動については神経接続がうまくやってくれる。連動して動くローラーを右足の靴にも装着するから、あとで渡してくれ」

「はーい」

「そして、このすねを覆う厚めの装甲部分だが……」


「ほう? こいつに仕込まれているのはACFM-8型マイクロミサイルじゃないか。対キャリーフレーム用の人対機ミサイルとは渋いチョイスだねぇ!」


 背後から聞こえた聞き慣れない男性の声に、この場にいた三人が一斉に声のした方へと顔を向ける。

 そこに立っていたのは、アーミィの制服たるスーツを着崩して身につけた、一人の青年だった。


「……誰?」

「おっと失礼。僕は────」

「わかりますか!? 人対機ミサイルの良さがわかるんですね!?」


 男の自己紹介を潰すように、結衣が食い気味に前のめりになる。

 彼女の目は同好の士を得た事による喜びかキラキラに輝いており、気がつけば男の両手を包み込むように握っていた。


「人間でキャリーフレームと戦うのは無謀だが、ロマンの果てだからね。しかもよく見たらプラズマ粒子弾頭じゃないか」

「はい! 着弾点から直線的にピンポイントで破砕するから、貫通力も高いし二次被害も出にくいんですよ! それにプラズマ弾頭が炸裂したときの青白い爆炎が大好きで、私……!!」


「ストップ、ストーーーップ!! 結衣、あんた話が進まないから止めなさいよ! そこの人も困ってるわよ。で、あなた誰なの?」

「やっと名乗らせてくれるのか。僕は常磐ときわ楓真ふうま。地球圏から出向してきたキャリーフレームパイロットで、階級は少尉だ。よろしく、ドクター」


 いつの間にか頬杖をついてあくびをしていたドクター・マッドへと、楓真ふうまが軽い会釈をする。

 ドクターはドクターで、片手を上げて「よろしく」と言いながら気だるそうに立ち上がった。


「まあとりあえず少尉クン、意気投合したその娘っ子でも連れ出して、一緒にあいさつ回りして来なよ。ほれ散った散った」

「あーっ、ひどいです博士ぇ! その義体の基礎設計したの私なんですよぉ!」

「君の才能は認めるケドね。説明の邪魔をするなって言いたいだけ。少尉クンも、手足の一本でも取れたらまたおいで」


「……できればお世話にならないように頑張るよ。では」


 眉を引くつかせながらそう言った楓真ふうまは、後ろ手を振りながら去っていった。

 後ろ髪を引かれるように数度、振り返ってからポニーテールを揺らしながらその背中を追う結衣。

 ようやく静かになった研究室で、華世はへぇと一つ乾いたため息を吐いた。



 ※ ※ ※



「へぇ、義肢装具調整士か。若いのに立派だね」

「えへぇ~そうですか? まあまだ見習いなんですけどねー!」


 薄暗い廊下を歩きながら、結衣の心は身体ごと跳ね回っていた。

 この14年弱の人生の中、初めてかもしれない話の合う人間。

 それが若くて年上の青年ともなれば、思春期の少女にとっては運命を感じる出会いであった。


 ポチりとエレベーターの呼び出しボタンを押し、二人で足を止める。


常磐ときわさんって、地球から出向って言ってましたけど……」

「今度の作戦に僕の専門知識が必要みたいでね、わざわざ呼ばれたわけさ。地球出身者を見るのは初めてかい?」

「いえ、この基地にもひとりいるんですよ。華世ちゃんとコンビをよく組んでる────」


「ええっ~!? ど、どうして楓真ふうまくんがここにいるの~~~っ!?」


 開いた扉の先に現れたのは、レディーススーツに結った髪。

 エレベーターの中から、咲良が廊下中に響く絶叫を放った。



 【2】


「てなわけで、今回の作戦の説明を常磐ときわ少尉からしてもらうで。……どしたんや咲良曹長?」

「隊長、内宮隊長~っ! どうして、よりによって楓真ふうまくんなんですか~~?」


 ブリーフィングルームに集まった、内宮をリーダーとするハガル小隊と、作戦を支援してくれる艦艇クルーたち。

 咲良は壇上で大型スクリーンの上に立つ男を指差しながら、頬を膨らませて声を張り上げた。


「何でって……1にアーミィ隊員で、2に必要な専門知識持ってて、3に比較的金星に近いコロニー勤務やったから。それ以上に他意は無いで?」

「そんなにフィルター通してるのにど~して、私の高校時代の馴染みが来るんです~!? 偶然にしてはできすぎですよ!」

「ま、痴話喧嘩は仕事終わってからにしてな。ほな、説明よろしく!」


 段を降りて咲良の隣に座る内宮。

 靴の爪先でペタペタと音を立てていると、背後から小隊の男性陣、トニーとセドリックからヒソヒソ声が聞こえてきた。


「高校時代の馴染みだってさ……」

「青春かァ。若いって良いねェ……」


「そ~いう関係じゃありませんから~~!! あっ」

 

 不意に立ち上がって声を出してしまい、周囲から白い目で見られる咲良。

 部屋の端に座っているウルク・ラーゼ支部長に至ってはわざとらしい咳払いをする始末。

 咲良は顔を赤くしながら、縮こまって椅子に戻った。


「それじゃあ落ち着いたことだし、説明させてもらおうか。まずはこいつを見てくれ」


 楓真ふうまが手元のリモコンを押すと、スクリーンに1枚の写真が映し出された。

 そこに写るのは真っ暗な宇宙の星々と、その中に浮かぶ真っ白な宇宙ステーション。


「これは……?」

「ブラックホールテクノロジーの研究施設だよ」

「ブラックテクノロジー?」

「ブラックホール・テクノロジー……何でも吸い込む暗黒天体、ブラックホールくらい聞いたことあるだろう?」


 ブラックホールというのは、光さえ吸い込む高重力の塊である。

 その実態は寿命を終えた恒星こうせい────太陽のように光り輝く星の成れの果てではあるのだが。


「次代の技術として目されている分野なんだけど、これがなかなか厄介らしくてね。それでこのステーション、色々あって研究は中止になって廃棄されちゃったらしいんだ」

「ステーションひとつ捨てるなんて贅沢やなあ。んで、このステーションが何なんや?」

「それでこのステーション、解体するのも面倒だからと太陽に捨てようと軌道に乗せたはいいけど……なんでか、中の動力炉が暴走し始めちゃったみたいでね。このままだと……」


 スクリーンの画像が切り替わり、金星宙域の簡易星図が表示される。

 ステーションを表す記号から矢印が伸び、丸の中に9と書かれた記号の近くで弾けるアニメーションへと切り替わった。


「このコロニーの近くで爆発?」

「そういうこと。これだけの質量が弾け飛べば破片の大きさは小さく見積もっても十数メートル……時速は考えもつかない。とにかく、欠片でも当たればこのコロニーは、めでたく宇宙ゴミスペースデブリの仲間入りってわけさ」

「そんなに大変なら、今すぐにでもアーミィの全軍で攻撃でもすれば」

「さっき言っただろう、ブラックホール・テクノロジーの研究施設って。外から砲撃してふっとばして、中にブラックホールの残滓でも残されていたら最悪の場合ブラックホールが発生。そうなったらコロニーどころか地球……いや、太陽系ごとブラックホールに吸い込まれて人類滅亡だよ」


 ブリーフィングルームがしんと静まり返ったが、無理もない。

 突然、コロニーの危機に加えて地球人類の存亡の危機である。

 少し前まで、ツクモロズがどうので細かい小競り合いをやっていたのがウソのようだ。

「さしずめ、このステーションは人類を滅亡に導く悪魔の彗星ってところかな」

「洒落たこと言うてる場合か。そんで、どないするんや?」

「そこでステーション動力炉の制御知識を持った僕の登場さ。宇宙戦をもって速やかにステーションに乗り込み動力炉を停止。重力探知機でブラックホールの元があったら、それを回収して脱出するだけの簡単な任務に早変わりって寸法だ」

「ソコまで簡単に行きますかねェ」

「まあ、侵入者撃退用の機械人形オートマトンでもあったら厄介度は跳ね上がるけど……ここには護衛に最適な人間兵器がいるんだろう? とびっきりの、マジカル・ガールがさ」

「マジカル・ガールって、もしかして……」



 【3】


「華世か。俺に……何の用かな」

「不満そうね、ウィル」


 アーミィ支部地下の薄暗い独房。

 鋼鉄の格子越しにうずくまっているウィルへと、華世は声をかけていた。


「俺は、君を助けたいと思ってたけど……君は、俺のことを犯罪者としか見ていなかったんだね」

「……言い訳はしないけれど、あたしもあんたへ恩返しをしたつもりよ」

「仇で返したんじゃないのか?」

「あんた、逃亡兵でしょ。どっかの」


 俯いていたウィルの顔が持ち上がり、ぽかんとした表情を見せた。

 その顔はすぐに不満そうになり、視線を横へと逸らす。


「……いつから、気づいたんだい?」

「クサイなと思ったのは、最初に握手した時……素人の筋トレじゃつかない筋肉のつき方してた。それから身のこなし、隠してたキャリーフレーム、操縦の腕前。これでズブの素人だったら逆に怖いわよ」

「君には隠し通せやしないか。僕は……」


 ウィルが意を決した表情で何かを言おうとしたところで、華世は格子を叩くことでストップを掛けた。

 驚くウィルの顔をまっすぐに見つめつつ、華世は彼へと微笑みを送る。


「そこまでよ。言いたくないこと、わからないこと。人間いっぱいあるものね。それを無理やり吐かせてもしょうがないわ。尋問にも黙秘ずーっと続けてたってことは、よっぽどの理由があるんでしょ?」

「でも!」

「あたしだって自分自身に、わからないこと沢山あるもの。知らないはずのないことを知ってたり、初めてなのに身体が覚えてるような錯覚をしたり」

「え……」


 それは、華世自身の中でも疑問にとして残っていること。

 初めて変身した時、なぜか知っていた敵の情報。

 特に激しい訓練をしたわけでもないのに、戦いへ順応する思考。

 それに対しての感情は、ありがたさ半分、不気味さ半分。

 自分自身への気味の悪さが、そのまま理解不能な相手への優しさに繋がっていた。


「それに魔法少女なんて変なコトしてる身だし。あんたがそのうち、打ち明けてもいいな……って思ったら話しなさい」

「でも……このままじゃ俺」

「安心して。裏で根回しして、監視付きにはなるだろうけど早く外に出せるようにしてあげてるから」


 そこまで言ったところで、華世は呆けてるウィルの頬が赤みがかっていることに気づいた。

 経験はないけれど知識はある、思春期の男が異性に抱く想い。

 面倒くさいことになったら困るなと、心のなかでため息をひとつ。


「君、もしかして俺に……」

「ああ、勘違いしちゃダメよ。あくまでもあたしは、助けてもらった恩義に対して、誠意を通してるだけだから。あたし、色恋沙汰とかサッパリなのよねー」


 セリフだけだったら、本当に惚れている相手へのツンデレ言葉にも思えるだろう。

 しかし、華世は恥ずかしがりも赤面もせず、ただただ半目で呆れづら。 

 そんな顔で放たれる言葉に、隠す照れなどあろうはずもない。


「でも────」

「でも?」

「万が一にでも、あたしに好意を持っているんだったら……頑張って惚れさせなさい。そばで見といてやるから、さ」


  ウィルに背を向け独房を後にする華世。

 かっこよく立ち去りたかったわけではなく、髪留め型の無線機が受信した呼び出しコールに早く返答しないとなという思いが頭にあった。

 髪留めに指を当て、不貞腐れながら念波を送る。


『なによ秋姉あきねえ。今あたし、話をしてたんだけど』

『堪忍な。明日、予定あったりせえへん?』

『別に何もないけど、どうして?』

『後で説明するんやけど、宇宙での作戦に華世の力が必要なんやて。こないだ脚を失って怖いかもしれへんけど、どうやろか?』



 【4】


「────というわけで、ドクター。今すぐに宇宙戦用の装備、どうにかならない?」


 内宮からの作戦参加への返答を先送りにし、トンボ返った先はドクターの研究室。

 コーヒーらしき液体を飲んでいた巫女服姿のドクター・マッドは、華世の発言を聞いて眉一つ動かさずにテーブルに趣味の悪いマグカップを置いた。

 華世はドクターの格好に対してツッコミの一つでも入れたかったが、今はそれどころではない。


「もちろんどうにかなる。戦闘用義手の説明もまだだったし、続きをしようか」

「おっ、話がわかるじゃない……って、何そのランドセル? リュック?」


 ドクターが机の下から取り出したのは背負う用の紐が付いたグレーの物体。

 蛇腹状になっているので背中の動きにフィットしそうな感はするものの、斜め下に左右へと突き出た細長く白い板上のものもあって、その正体は外見からは想像しづらい。


「これは新開発の大容量バッテリーパック、兼スラスターモジュールだ」

「スラスターってことは、宇宙での制動に使う推進装置よね? バッテリーは何のため?」

「それは……」


「そべば、義手の武器稼働のだべの……ひっく、電力確保ようなんですーー……」

「ゆ、結衣!?」


 背後からヌーっと現れた泣きべそをかく友人に、華世は背筋を凍らせた。

 涙と鼻水でズルズルになった自身の顔を、結衣はドクターから投げ渡されたタオルでぐしゃぐしゃに拭き取る。


「良いなと思った憧れの人に、お相手っぽい人がいた……。でも、私負けない! 恋愛は量より質、時間の長さより密度なの!」

「あのね、結衣。学生時代の恋愛なんて、進級や進学とともに人間関係がリセットされるから、長続きなんてしやしないわよ。ましてや、それが年上相手ならなおさらよ」

「夢がないなー華世ちゃんは! 幼少の頃より秘めたる想い、大人になっても変わらぬ気持ちで成長した自分を愛してもらう……! ああ、女の子のロマン、青春のほまれ!」

「冷静に考えて、仮にあの男が咲良と同年代として26でしょ? 結衣が社会人になる頃には30代後半よ彼」

「どうして華世ちゃんはそう現実的なのよー。で、バッテリーの使いみちだっけ?」


 急に話を元の路線に戻した結衣が、ドクターから手渡された戦闘義手を手にとって華世へと見せた。

 手首の辺りに存在する2門の銃口は、一見すると元の機関砲と変わらないようにも思える。

 しかし結衣は、そこを指差しながらフンすと鼻を鳴らした。


「これ、実はアステロイド・アームズ社のX-M1歩兵携行式ビーム・マシンガンの発振装置に換装してあるの!」

「歩兵携行式? ビーム兵器ってそんなに小型化が進んでたんだ」


「試験開発したものを回してもらったんだ。しかもそれだけじゃない」


 得意げ、と言ってもドクターは無表情なままだが、義手の銃口の辺りに指を引っ掛け、おもむろに引き抜いた。

 細長い直方体へと分離した物体を握り、ドクターがスイッチを入れる。

 すると、銃口だった場所から細長く輝く光の刃が伸び上がった。


「ビーム・セイバー?」

「大正解! これで相手が固くても大丈夫!」

「……ではあるが、バッテリー消費式ゆえに長期戦は不向きだ。斬機刀と併用して節約してくれ」


 義足と合わせて、盛りにもられた装備群。

 嬉しい気持ちもモチロンあるが、華世の中にはこれらを使いこなせるかどうかの不安もあった。

 しかし、やらねば殺られるのが戦いの常。

 ぶっつけ本番を強いられるくらいが、丁度いいかと華世は自己完結した。


「さて……他にも防弾プロテクターにガンベルト、肩パッドにすね当てもあるぞ?」

「え……別に、これ以上盛ったら動きに支障がでるから……」

「ねえ博士、使い捨てのエネルギーパックでビーム・キャノン化するのはどうかな!?」

「悪くない。斬機刀も二本、いや四本にし、背部にビーム・スラスターユニットを増設と……!!」


 両手にありったけの増設装備を抱えた二人が華世へと迫る。

 後ずさりしていた華世だったが、ついに部屋の角へと追い詰められてしまった。


「増設、増設、増設……!!」

「華世ちゃん……変身しようやぁ……!!」

「誰かーっ! 誰かこの狂人たちを止めてーっ!!」


 華世の悲鳴は、他に誰もいない研究室の中でこだまし、消えていった。



 【5】


 塩気にまみれた指で、まあるい包み紙を剥がす。

 内側から出てきた茶色いパンズを、大きく開けた口でかぶりつく。


「……なあ、支部長」

「なんだね内宮少尉」

「なんで……」


 テーブルの上を見渡す内宮。

 シンプルなハンバーガーとポテトと飲み物のセットを乗せたトレーが3つ。

 残り一つのトレーには、ハンバーガーの包み紙が10個以上も転がっている。


「なんで、作戦前日の親睦会がハンガーガー屋なんやねん!?」

「さすが、内宮隊長はツッコミが上手いねえ。関西人の昔とった杵柄きねづかってやつかい?」

常磐ときわはんも茶化さんでほしいわ。で支部長、なんでなんですか?」


 仮面を着けたままで食事をするため、周囲の客から奇異の目で見られているウルク・ラーゼ。

 彼は唇に挟んでいたポテトをモソモソと口に入れ終わってから、一息ついて口を開いた。


「わからぬかね? 常磐ときわ少尉とは1作戦だけのドライな関係だろう? だからこそ、そのドライさに準じてこちらもドライな親睦会というわけなのだよ」

「ドライというよりか~フライですけどね~。もぐもぐ」

「葵はんは毎回思うけど、よう食うなー……」


 トレー上に折りたたまれた包み紙をどんどん重ねていく咲良を見て、呆れ顔になる内宮。

 10個はあったハンバーガー群が、あっという間に半分以上も消化されている。


「君は変わらないねぇ、咲良。彼女、高校のときからこの食べっぷりでね。よく昼食代で小遣いが枯渇すると嘆いてたんだよ」

「はえ~、お二人さん学生時代から仲よかったんやなぁ」

「同じクラスで同じ部活をしていただけだよ。特に僕らは、そんな関係じゃあないんだよね」

「そうですよ~! 私たちは何ていうか、腐れ縁? まあそんな感じです~」

「ふーーーーーん」


 必死に男女関係を否定する二人であったが、内宮の目にはとてもただの腐れ縁には見えなかった。

 いうなれば、幼馴染だとかい気の合う相手だとか、少なくとも友達の域を超えた関係のようにしか見えない。


「ところで、僕と小隊の親睦会にしては少し人数が足りないみたいだけど?」

「気にする必要はない。突発的に考えた親睦会だからな。彼ら二人は愛妻弁当と彼女弁当を持参で……なぜ人類の夢を奴らが握っていて、我々はコストパフォーマンス重視のジャンクフードなのだ!!」

「また始まった……気にせんといてや。支部長はご覧の通り変な人なんや」


「まあとにかくですよ。私たちの関係はさておき、作戦のステーションって勝手に廃棄されてるんですよね。誰がそんなことをしたんでしょうかね~?」

「そりゃあモチロン、クレッセント社だよ」

「クレッセント社、なあ……」


 クレッセント社というのは、キャリーフレームの製造・販売で大きく成功し今や太陽系全域で活動をしている超巨大企業である。

 一口にクレッセント社と言っても、木星の本社の他に地球・火星・金星でそれぞれ独立した支社を持っている。

 これまでも様々な事業に出資・協力の姿勢を見せることは多々あったが、子会社として人間用の重火器販売を行うアステロイド・アームズ社を設立するなど、近年は事業の拡大を広げようとしている節がある。

 そんな企業が、新テクノロジーの開発に失敗し、研究施設たるステーションを丸ごと放棄している……ということらしい。


「もぐもぐ……私、クレッセント社についてよくわかってないんですが、そんなに悪いことする会社なんですか~?」

「あのなぁ。葵はんが乗っとる〈ジエル〉かて、クレッセント社製のキャリーフレームやで?」

「僕に言わせてもらえば、クレッセント社は善悪というより損得という軸で活動をしているんだよね。事実、武装勢力や傭兵、防衛隊や宇宙海賊なんかに新鋭機を譲渡じょうとして、データ取りとプロモーションを同時に展開するなんてことを20年以上も前から繰り返しているわけだし」

「タダで新型を配るなんて、そんなことして利益になるの~?」

「そりゃあもう。最新機を与えられた組織は他よりも戦力が上になるからね。その戦力差を埋めるために、他の勢力はクレッセントの同型機を購入するから儲けでウハウハ。シナリオとしてはだいたいそんな感じだね」

「へ~」


「けどなぁ、せやかてうちもそのバラマキで恩恵得たことがあるさかい、悪う言いたないんよなぁ」


 学生時代に、内宮はクレッセント社から与えられた機体で危機を脱したことが少なからずある。

 そういう経験をしたものとしては世話になっている企業を貶めるような事はあまり言いたくないのが人情だ。


「内宮少尉。にもかくにも作戦を成功させなければクーロンは終わりだ。君たちが大きな十字架を背負うハメにならないことを、願っているよ」

「やな言い方ですなぁ、支部長」


 意味深だが、深い意味のない仮面の言葉を聞き流し、内宮は残っていたハンバーガーの欠片を口へと放り込んだ。



 【6】


 大昔の人が宇宙を行き交う乗り物を「船」と呼んだのは、広大な漆黒の空を海になぞらえたから……というのは定かではない。

 けれども水に浮かぶ艦船と同じルールで駆逐艦という艦種をあてられた、アリエス級3番艦〈コリデール〉。

 その艦首に魔法少女姿で仁王立ちしながら、華世は星の光が散りばめられた虚空を見つめていた。


『やっほ』


 そんな華世の眼前に、半透明な内宮の顔が浮かび上がる。

 驚いて口をパクパクし、宇宙では声が発せられないことを思い出した。

 そして耳につけたインカムを指で抑え、念波で通話を行う。

 

『驚かさないでよ、秋姉あきねえ

『いいかげん慣れーや。華世のために、この立体投影枠ホロウィンドウの送受信機を用意してもらったんやから』


 立体投影枠ホロウィンドウとは、スクリーンやモニター等の映像装置を介さず、空間に直接映像を映し出す最新の通信技術である。

 原理はわからないが、いま華世の耳につけているデバイスを介し、戦艦やコックピット内からの通信を映像付きで空中投影してくれる。

 とはいえ、前フリなしでいきなり映像が飛び出してくるため、慣れないうちは現れる度にビクッと驚いてしまう。


『で、何の用?』

『もうすぐしたら例のステーションが見えてくるはずやけど……本当に宇宙、大丈夫なんか?』

『そっちからは見えないかもしれないけど、ほら』


 軽くトンと艦首装甲をつま先で弾き、身体を宙に浮かせる華世。

 背負ったバックパックから小刻みに推進剤が噴射され、即座に華世の身体を船体に対して同じ速度になるように調整してくれた。


『こうやって相対速度を合わせてくれるし、スペック上は激しい宇宙戦も可能だって』

『けどなぁ。華世はこないだ宇宙で大怪我したばっかりやろ』

『トラウマになんかなってないわよ。腕を失ったときに比べたら、この程度』


 クロガネ色に輝く義足で静かに着地しながら、華世は得意顔をした。

 昨日ドクターと調整した通り、変身すれば魔法の衣装ストレージから戦闘用義手に換装される。

 曰くマジカルカヨ・第二形態と結衣は呼んでいたが、これが最終フォームであることを祈るばかりだ。


 バーニアの発光に視線を動かすと、宇宙駆逐艦〈コリデール〉の横を飛ぶ赤い塗装の〈レッドザンドール〉が、巨大な手のひらを頭部の前に出して挨拶をした。

 同時に、華世の斜め前にコックピットに座る楓真ふうまの顔が映し出される。


『よう、マジカル・ガール。生身で宇宙空間に出る気分ってどうなんだい?』

『あたしには華世って名前があるんだけど。別に変身中だと適温無風の屋内と感覚は変わらないわよ』

『そうかい。魔法の力ってすごいねえ。戦いが起こったらもっと派手な魔法の一つでも見せてもらえるのかな?』

『あたしは魔法を攻撃には使いたくないの。火力として信用が無いからね』

『そいつは残念だ。おっと、そろそろステーションが見えてくる頃合いだが……悪い予感があたったみたいだねえ。敵だよ!』

『敵ぃ?』


 華世の正面に点のように小さく見える、真っ白なステーション。

 その近くに動く6つの光点が見え、数秒の後に人型の輪郭を表してきた。


『なんで廃棄ステーションに護衛がいるの~!?』

『警備システムが生きているのは妙だねぇ。機体は無人型〈ビーライン〉か……隊長さん、命令よろしく!』

『言われんでもわかっとる! ハガル小隊、攻撃フォーメーション!』

『『了解ラーサ!』』


 内宮の〈ザンドールA〉を先頭に、2機の〈ザンドール〉がバーニアから光の緒を引きながら敵機へと向かっていく。

 一斉に発射されたビームライフルの光弾が、敵1機へと断続的に着弾し〈ビーライン〉を一瞬で花火へと変えた。


 攻撃を受けたのを察知したように、他の機体が散会。

 複数方向から接近してくる敵機を内宮率いるフォーメーションが各個にビームライフルで迎撃する。

 しかし放たれたビームの弾は、〈ビーライン〉の機体前面を覆う大型ビーム・シールドの光幕に防がれた。


『んにぃっ!?』

『でも、私のビーム・スラスターならっ!』


 咲良の乗った〈ジエル〉が艦の陰から飛び出し、前方に向けた2門の大型ビーム砲身が光を放つ。

 勢いよく放たれた細く鋭い光の螺旋は、ビームの障壁を貫き一瞬で人型マシーンを消し飛ばした。


『やっぱ惚れ惚れする威力~! 華世ちゃん、そっちにも行ったよ~!』

『はいはい。ようやく、あたしの出番ってね!』


 鋼鉄の足で艦首装甲を蹴り、正面に飛んでいくイメージを思い浮かべる。

 その思考を神経越しに読み取り、背中に背負ったスラスター・ウィングが展開。

 翼の各部から推進剤が噴射され、華世の身体を宇宙へと持ち上げた。


 そのまま加速し、視界内に敵キャリーフレームを捉える。

 放たれたビーム・マシンガンの弾に対し、Vフィールドを展開。

 展開された力場が飛来した光弾の進路を反らし、直撃を避けてくれた。


 そのまま接近し、新しい右腕の手首からビーム・セイバーを展開し一閃。

 人間大のビーム剣ゆえ胴体部分の装甲表面をえぐる程度の傷しかつけられなかったが、華世は冷静に一旦少しだけ距離をとる。

 そして義足の脛装甲が側面へとスライドし前面へと回転。

 正面に向けられた発射口から数発のマイクロミサイルが射出された。


 真っ直ぐに細い煙の尾を引き、さきほど華世がつけた装甲の傷へと向かっていくミサイル群。

 装甲に突き刺さった弾頭が炸裂し、青い炎が〈ビーライン〉を貫き背部から誘爆するようにして弾け飛んだ。


『やるねぇ、マジカル・ガール』

『せっかくあんたたちキャリーフレームいるんだから、あたしに投げないでよね』

『そりゃあそうだ。じゃあ僕も張り切らせてもらおうか!』


 やや先行する位置へと、〈レッドザンドール〉が前進。

 両肩のシールドに装備していた小さな筒状ユニットを分離させ、宙に浮かべた。


『ガンドローン、一斉攻撃!』


 楓真ふうまの声に呼応するように、ガンドローンと呼ばれた小型ビットが敵へと飛んでいった。

 数秒の後に彼方で光の線が無数に乱れ飛び、球状の爆炎が敵の数だけ発生。

 速やかに帰ってきたガンドローンが〈レッドザンドール〉の肩へと元あった場所に収まるように戻っていった。


 ガンドローンとは、無線誘導の独立した小型ビーム砲台である。

 このビーム砲で敵を囲み一斉発射をすることで、防御を許さないオールレンジ攻撃が可能になる。

 しかし的確な位置へのリアルタイムでの配置、攻撃指示を出すには高い並列思考能力が要求されるものである。

 そのため、使用するにはエクスジェネレーション能力、通称ExG能力という特殊な能力が必要になるという。

 この能力自体は宇宙に住む者には等しく発現するが、ガンドローンの使用に耐えうるまで成長するのは全体の3割ほどであるらしい。


『それあるなら、最初に使いなさいよ』


 一応、自身にもExG能力があることを知っている華世は通信で毒づいた。

 ExG能力は優れた並列思考に加え、少ない情報から状況を読む能力など、思考能力の向上を得ることができる。

 華世の並外れた感性や知覚も、この能力によるものだった。


『悪いねえ。君たちの戦闘能力を見たかったんだ』

『まあ、うちらの仕事なんてステーションまでのつゆ払いや。中入ったら戦うのは華世の役目やで』

『はいはい。あれが例の研究ステーションね』


 いつの間にか視認できる距離まで、近づいていたようだ。

 作戦前に写真で見せてもらったのと同じ真っ白なステーションの輪郭が、徐々に宇宙空間を背景に大きくなっていく。

 やがて数十メートル先にステーションの入り口が見えるところまで宇宙駆逐艦〈コリデール〉が接近。

 華世は楓真ふうまの〈レッドザンドール〉の後に続くように発着デッキへと降り立った。



 【7】


 コツン、コツンと足音を立てながら、清潔な白い通路を進む華世。

 その後ろには宇宙服姿で突撃銃を握りつつ歩く楓真ふうまの姿。


「いやあ、噂に聞く人間兵器嬢が護衛だなんて、こんなに安心できる降機作戦も中々ないね」

「そりゃあどうも。……って、あたしの存在って地球圏でも有名なの?」

「アーミィ限定だけど有名も有名さ。なにせ人間兵器が金星圏だけの制度だとしても、試験合格そのものが滅多に無い事例だからね。それが10代前半の女の子だったら、なおさらだ」

「ふーん? あれ、人間兵器って金星アーミィだけなの?」


 今まで金星圏から一度も出たことがない華世。

 そんな自分が地球圏という、いうなれば意識したことがない領域で名が売れているというのは妙な感覚だった。


「金星の連中がタフすぎるということはないけど……少なくとも僕が聞く限りだと、人間兵器制度があるのは金星圏だけだね」

「そうなのね。地球出身だったらあたしの立ち回りは無理かー……。にしても、なんかここ、気味が悪いわね」


 扉が開きっぱなしの部屋を幾つか横切りながら、華世は言いようのない不気味さを感じ取っていた。

 研究が失敗し、廃棄されたステーション。

 そのはずなのに清潔な内装、生きている空調と照明。

 まるで人が居たはずなのに、人間だけが姿を消したような状況は、下手な心霊スポットよりも背中をゾクゾクと刺激する。


「不気味か……そうだねえ。人間の遺体が転がっていない以上、事件性は感じられないが」


 仰々しい警告マークが多く描かれた扉を前に、華世と楓真ふうまは足を止める。

 予め手に入れていた構造図が正しければ、この先に動力炉があるはずだ。


「その謎も、この扉の先に答えがあればいいんだがな」

「さあて……乗り込むわよ」


 大きなハンドルに手をかけ、力任せに引っ張りながら右へと回す。

 ガコンという重々しい音がした後に、ゆっくりと大扉が左右へとスライドしていった。


「……こいつは驚いた。いやぁステーションごと攻撃なんかしなくてよかったねえ」


 機関室の中央にある装置を見た楓真ふうまが、感嘆の声を漏らした。

 中央の巨大な装置は、1メートル位の高さがある台座と、そこから縦に天井まで伸びる一本の太い半透明のチューブで構成されている。

 その透けた筒の中には、真っ黒な球体が宙に浮かぶように静止していた。


「この丸いの、もしかして……」

「そう、ブラックホールそのものさ。このステーションはブラックホール・テクノロジーの研究施設なんかじゃない。ブラックホールを使った動力炉、縮退炉の運用実験場だったんだね」


 装置のパネルに手をかけ、コンピューターを操作し始める楓真ふうま

 華世は彼の言葉を耳に入れながら、義手に左手を添えて周囲を警戒していた。


「人がいない理由は、起動実験で事故が起こった時の保険だろう。遠隔操作でスイッチをいれるのなら、ステーションが吹っ飛んでも安心だ」

「でも、この縮退炉……ちゃんと動いているんでしょ? だったらどうして廃棄されたのかしら?」

「動力源としては働いているけど、そもそも装置が耐えきれず臨界寸前だ。一応、動作データも保存しつつ安全に停止させよう。縮退炉と言えど、停止手順は共通のはずだからね」


 手際よくパネルをタッチする音だけが響く中、黙々と楓真ふうまが縮退炉の停止手順を進めていく。

 その間も機関室は静寂に包まれており、華世は不気味な静けさに妙な緊張感さえ感じていた。


「……これでよし、と」


 楓真ふうまがコンピューターから手を離すと、チューブの中に浮いていた黒い球体が音もなく一瞬で消滅した。

 同時に照明が落ち、周囲が薄暗くなる。

 いちおう最悪の場合は地球人類の危機だっただけに、あまりにもあっけない幕切れに華世は脱力した。


「マイクロブラックホールの生成は、原始宇宙に似た高温・高圧の相を伴う一瞬の出来事だからね。基本的にブラックホールは生成から1ミリ秒と経たずに蒸発してしまうのさ。それを装置で状態保存をして……」

「原理はともかく、安全に止められたなら良いじゃない」

「それもそうだな。さあて、縮退炉の運用データという土産もできたことだし、さっさと撤退するか」

「ええ。こんな薄気味悪い所、早く立ち去り……」


 華世はそう言いかけて、物音のようなものを感じ上を見上げた。

 高い頭上は暗闇に染まり、天板はすっかり見えなくなっている。


「どうしたんだい?」

「音……いや、これは……声?」


『………テ…ケ』

『……デ…イ…』


 ささやくような声とともに、頭上に光る真っ赤な円。

 それは時間とともに徐々に増えていき、あっという間に天井を埋め尽くしていく。


『……デテイケ』

『……デテイケ』


 真っ赤に染まった天井を見上げながら、華世と楓真ふうまは後退りした。


「おいおいおい……」

「ったく、簡単すぎると思ったのよ……!」


『デテイケ!』

『デテイケ!』


『デテイケ!』『デテイケ!』『デテイケ!』


 天井から声を放ちながらボトボトと降下してくる立方体。

 1辺1メートルはあろう巨大なボディ一つ一つから蜘蛛のような機械足が次々と生え、立ち上がり、底面から機銃のようなものが顔を覗かせた。


「……走るわよッ!」

「言われなくてもっ!」



 【8】


 華世は両足を床につけ、義足へと前に進むイメージを送る。

 すると足の裏に付いていたローラーが回転を始め、火花を上げ駆動音を唸らせながら華世の身体ごと床を滑走し始めた。


「まったく、機械人形オートマトンの暴走かい!? そりゃあステーションに人がいないわけだ!」


 後を走る楓真ふうまは腰にぶら下げていた手榴弾を手に取り、ピンを抜いて後方へとぶん投げる。

 炸裂音と共に天井が崩れ、機関室へつながる通路が瓦礫に塞がった。


「これで後方は良いが……前からも続々とお客さんだね!」

「こっちは、あたしの仕事よっ!!」


 前方から進路を塞ぐように立ちはだかった機械人形オートマトンが、立方体のボディの底部から機関銃を唸らせる。

 華世はVフィールドを展開し飛来してきた実弾をキャッチ、投げ返して怯んだ所へ手首のビーム・マシンガンを叩き込んだ。

 赤熱した風穴を開けられた機械人形オートマトンは沈黙。

 壊れたボディを勢いよく蹴っ飛ばし、後方の別機体へと衝突させる。


 同型機とぶつかったことで互いの装甲が破損し、中身を露出させる機械人形オートマトン

 通路の端を通り残骸の横を通り抜ける華世であったが、その内部に見えた正八面体に目を疑った。


「……なぜツクモロズのコアが? もしかしてこいつら全部に?」

「どうしたんだい、スピードが落ちてるぞ!」

「なんでもないわ。……また来たっ!」


 通路脇の個室から現れた機械人形オートマトンへと、華世は鞘に入ったままの斬機刀を握りしめた。

 床をかすめるように高速で振り上げ、放たれた電撃波が正面の機械群を貫くように走っていく。

 電撃を受けた機械人形オートマトンたちは次々とスパークしながら地に伏し、華世と楓真ふうまはその脇を走り抜けていった。


「あとちょっとで出口よ!」

「こいつらも、さすがに宇宙までは追っては来れないだろう!」

「って、ああっ!?」


 格納庫を目前にして、正面に立ちはだかった機械人形オートマトン

 それが突然赤く輝きだし、大爆発。

 元から壊れていたのか自爆なのかは定かではないが、崩れてきた天井で通路は完全に塞がってしまった。


「出ていけって言う割に、逃さないように立ち回るんじゃないわよ!」

「……こりゃあ参ったねえ。僕ら、詰んだんじゃないかい?」


 ガシャガシャという足音に振り向くと、数え切れない数の機械人形オートマトンが通路を埋め尽くしていた。

 華世はとっさに楓真ふうまを守るように前へ飛び出し、Vフィールドを展開する。

 瓦礫を撤去しようと背を向ければ機銃で蜂の巣。このまま守りに徹すればエネルギー切れで打つ手なし。


「流石にこの瓦礫を手榴弾では吹っ飛ばせないだろうねえ。距離も取ろうにもこの状況だ」

「Vフィールドは……もってあと1分ってところかしら」

「どうする、マジカル・ガール? おとなしく白旗でも振るかい? 連中がそれで降伏を受け入れてくれるとは思えないけどね」

「どうすりゃいいのよ……考えろ、考えるのよ……」


 そう言いながらも、頭の中には一つだけ方法が浮かんでいた。

 問題はその方法はこれまで行ったことがなく、けれどもどのような結果になるかが予想がついていること。

 これまでも度々あった、知らなかったことを知っている状態だ。


 まもなくエネルギーが切れるという警告音が、義手から鳴り始める。

 そんな中であっても、機関銃を放ちながらも近づいてくる機械人形オートマトン

 

 華世は、決断をした。

 義手の右腕を前に突き出したまま、ステッキが収められている鋼鉄の二の腕へと左手をかざす。

 そこからひねり出されたように現れた白い球体を、左手で浅く握った。


「……何をするつもりだい?」

「あんたが見たがってた魔法を……使ってあげるわ!」


 Vフィールドで握っていた実弾を間近の機械人形オートマトンへと投げつける。

 同時に華世は、左手に握った魔法の球体を、やけくそ半分に床へと叩きつけた。


 瞬時に巻き起こる凄まじい閃光。

 エネルギーの本流が唸る轟音の中に、硬いものが砕ける音が絶え間なく鳴り続ける。

 十秒ほどの時間が経ち、光が収まった。


「こんなことになるから……あたしは、魔法を使いたくなかったのよね」


 機械人形オートマトンで埋め尽くされた通路だった場所。

 その方向に今見えるのは、星の光で埋め尽くされた真っ黒な宇宙。


 華世たちのいるステーションは、今立っている通路と後方の発着場を残し……えぐり取られたように跡形もなくなっていた。



 【9】


「──というわけで、僕らは無事にステーションを脱出した。というわけさ、チャンチャン」


 コロニー「クーロン」へと戻る帰り道。

 宇宙駆逐艦〈コリデール〉の一室で、華世と楓真ふうまは事の顛末てんまつを内宮たちに説明していた。


「これで危機が去ったんはええんやけど……なんやスッキリせえへんなぁ」

「ツクモロズだったんでしょうか~? その機械たちって」

「何とも言えないわ。状況的にステーションが廃棄された時からすでに暴走状態になってたっぽいし」


 これまで、ツクモロズの出現は金星圏でしか発生していなかった。

 けれどもステーションが放棄されたのは、どう考えても地球圏である。

 これまで地球からそういった怪物が現れたという報告はないため、この件は謎として残ることとなった。


「それにしても、さすがは人間兵器サマだ。わずか1アクションでステーションを消し飛ばすなんて、君は生きた大量破壊兵器だね」

「そう言われても仕方がないわ。助かったとは言え、あの力は過剰すぎるもの」

「でも、華世ちゃんが使おうと思わなければ大丈夫なんでしょ~?」

「そりゃあそうだけど……」

「だったら良いじゃない~。ビーム兵器だって、使いようによってはコロニーを壊しちゃう威力持ってるんだし~」


 気休め程度の言葉であったが、咲良の言うことは華世の心を軽くしてくれた。

 元から使うつもりではなかった力といえど、使えるからと邪険にされてはかなわない。


「優しいチームだね、この小隊は。ま、僕が帰った後もその仲でやって……おや?」


 話をまとめようとした楓真ふうまが、唐突に携帯電話を取り出し通話を始めた。

 電話越しに何らかの話を聞いているのか、時折フンフンと軽い頷きをする。

 そして最後に「わかったよ」と一言だけ言って、彼は通話を止めた。


「何やったんや、常磐ときわはん?」

「……どうやら、僕はもう少し君たちの世話になりそうだね」

「え~っ!? 楓真ふうまくん、何があったの!?」


 両手を広げてやれやれといったポーズをする楓真ふうま

 一呼吸置いてから、割と涼しい顔で彼は言った。


「僕が務めていたコロニーのアーミィ基地、潰されちゃったんだって」

「潰された!? いったい誰にや!?」

「灰被りの魔女っていう傭兵の仕業、だそうだよ」



 ※ ※ ※



 自らの手で灰燼に帰したコロニー・アーミィの基地を、丘の上から見下ろす少女。

 携帯電話の画面に映る傭兵ポータルサイトへと、任務完了の通知を送る。


「アーミィ潰しちゃったら治安が心配だけど……まあ、過剰に防衛税を取っていた悪徳支部長が実権握ってたトコだったし、放ってはおけないよね?」


 個人的な恨みがあったわけではない。

 高額の報酬が支払える何者かから、彼女が所属する傭兵ポータルサイトへと依頼があっただけである。

 あくまでも傭兵として、この少女は破壊行為を行ったのだ。


 しかし、決して殺しをやったわけではない。

 重軽傷者こそ出はしただろうが、巧みな技術で人死にを出さず、拠点の機能だけを的確に焼き払ったのだ。


「さーて、次の任務は……金星? 久しぶりに行くことになるなぁ……どれどれ」


 自分宛てへと送られた仕事へと、少女は目を通す。

 報酬は破格、期限も長め。

 そして仕事の内容は……。


「……特定人物の無力化。相手は……ああ、あの葉月華世って女の子かぁ。確かに、私向けの仕事よねー。だって……」


 首から下げたロザリオの、その中心に埋め込んだ赤い球体を、少女は優しく握りしめた。


「私も、魔法少女だもん」


 ──────────────────────────────────────


登場戦士・マシン紹介No.6

【マジカル・カヨ 第二形態】

身長:1.56メートル

体重:85キログラム


 左脚を失った華世が、新しく戦闘用の義手義足を身に着けた姿。

 義体にはキャリーフレームとの戦闘を想定した高火力武装が多数盛り込まれているため、総重量が第一形態よりも20キロ以上増量している。

 背中には動力源として薄い大容量バッテリーを背負っており、宇宙活動のためのスラスター・ウィングもバッテリーのカバーから伸びている。

 このバッテリーは背中の動きを阻害しないように蛇腹状になっており、色は服装に合わせて目立たないピンク色となっている。

 スラスター・ウィングは未展開時には斜め下に向いており、使用する際は一度斜め上へと向きを変えてからサブスラスターを斜め下へと伸ばす構造をしている。


 義手の大きな変更点として、機関砲が2門の多機能ビーム・マシンガンへと換装されている。

 これは射撃兵装としての使用のほか、ビーム刃を形成しての格闘戦をも可能としている武装であり、1門ずつ取り外して一本ずつのビーム剣としての運用も可能である。

 義足には足裏からヒートナイフを飛び出させる機構が装備されている。

 このヒートナイフは義足の排熱で加熱され、赤熱した刃はキャリーフレームの装甲ですら溶断することが可能である。

 また、脛には厚めのシールド装甲が付いており、この内側には人対機マイクロミサイルが内蔵されている。


 なお、非変身時には日常用の義手義足を身に着けており、右腕こそ第一形態と同じ武装義手であるが、義足に関しては非武装の




【ビーライン】

全高:7.9メートル

重量:6.9トン


 数年前にクレッセント社が開発した軍用量産キャリーフレーム。

 イビルアイという怪物から名前をとっただけあり、頭部のカメラアイが巨大な眼球のような形状をしている。

 装備の特徴としては全身の前面に展開可能な大型ビーム・シールドを左腕に装備している。

 基本携行装備は命中性を考慮しビーム・ライフルではなくビーム・マシンガン。

 従来どおりの有人操縦型と無人機型の二機種が生産されており、施設警備などの任務には無人型が有難がられている。


──────────────────────────────────────


 【次回予告】


 華世の前に、一人の少女が姿を表す。

 その少女は、灰被りの魔女という異名を持つ傭兵だった。

 深夜の町中で、変身の呪文が交差する。


 次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第7話「灰被りの魔女」


 ────少女の殺意が、困難を超える。




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