第8話「スクール・ラプソディ」

 学校で大事件が起こって、解決するヒーローになる。

 大なり小なり、そないな妄想したことある奴は少なないねんて。

 うちも若い頃にそないな目におうたことはあるんやけど、うちは主役ヒーローの器やあらへんかった。


 せやけど華世やったら、主役になれるんやろなぁ。


 ま、うちは知らんけどな……。


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


       鉄腕魔法少女マジ・カヨ


     第8話「スクール・ラプソディ」


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 【1】


「ふぁぁ~っ」


 ベッドからゆっくりと降りた華世は、眠気まなこを指でこすりながら、寝間着を脱ぎ捨てた。

 そして衣装棚の引き出しから取り出した白いブラジャーを、同級生の中では比較的大きめな胸へとかぶせ、身につける。

 ハンガーに掛かっている濃い藍色の上着、その下にあるワイシャツを取り出して腕を通し、学校指定の黄色いラインの入った純白のスカートを腰に回した。

 部屋の中の鏡を見ながら、くしを使ってボサボサの長い金髪をき、最低限の身だしなみをする。


「さて、と」


 制服の上着の代わりにエプロンを身に着け、リビングに足を踏み入れる。


 いつもならば脱ぎたてのパジャマを欲しがるはずのメイドロボが待ち構えているところなのだが。


「……ミイナ、ウィルの部屋の前で何してるの?」


 華世の目に映ったのは、遠くからでも聞こえる興奮した息遣いで扉の隙間からウィルの部屋を覗き見るミイナの姿。

 名前を呼ばれたことでビクッとしながらゆっくり振り向き、半開きだった扉を背にわたわたし始める彼女へと、華世は詰め寄った。


「いえ、あの。おはようございます華世お嬢様!」

「で、何しようとしてたの?」

「決してその、いつかお嬢様と結ばれるやもしれぬ殿方と仲を深め関係を構築すれば将来的に、間接的にお嬢様と繋がれるなんて思……ぎゃん!」


 華世は鋭い、右手のチョップをミイナの頭頂部へと振り下ろした。

 いくら柔らかい人工皮膚に包まれていようと、内側に鋼鉄の重量が秘められている手刀は半端なく強力である。

 それを喰らえば、人間よりは丈夫目に作られているアンドロイドヘッドでも、多少なりともダメージが通るはずだ。

 頭を抱えてその場でうずくまるミイナへと、華世は冷たい目で見下し睨む。


「くだらないこと考えてるヒマがあったら、洗濯を進めなさい洗濯を。次そんなこと企ててたら、チョップじゃ済まないわよ」

「はーーい……」


 ややしょんぼりといった感じで立ち去ろうとしたミイナに、華世はパジャマを投げ渡す。

 布地を顔に押し付けながら上機嫌で洗面所へと向かう変態メイドロボの背中を見送りながら、華世はエプロンを身に着けた。

 一度この異常性癖をメーカーに問い合わせたほうが良さそうだなと思いつつ、華世は朝食の支度を始める。


 まずは食パンをまな板に乗せ、パン耳を取って皿に半分にカット。

 ボウルに割り入れたタマゴを入れ、砂糖、牛乳にバニラエッセンスを加える。

 混ぜ合わせて作った卵液に先程切った食パンを浸し、電子レンジに入れてタイマーをセット。


「おはよう、華世」

「あらウィル、おはよう。あんたの部屋、鍵つけたほうが良いかもね」

「どうしてだい?」


 首をかしげるウィルをチラと見、電子レンジから取り出した食パンをひっくり返してまたレンジへと戻す。

 同時にフライパンへとバターを乗せ、弱火で温めを開始した。


「ミイナが忍び込もうとしてたわ。何考えてるかわからないし、襲われても知らないわよ」

「ええっ!? いや、まあ……あの子かわいいし、襲われるんだったら別にいいかな、なんて」

「冗談でも真に受けたら大変だからやめなさい。朝食ができるのもう少しかかるから、顔でも洗ってきなさいよ」

「あ、うん」


 華世はレンジから取り出した、卵液を吸いきった食パンをフライパンの中へと入れる。

 蓋をして蒸し焼きをし、両面に焦げ目がつくほど弱火で温め続ければフレンチトーストの出来上がりだ。


「君は、いつも自分で作ってるのかい? いつも食べてて思うけど、シェフにでもなれるんじゃないか?」

「まぁね。ただ、店の調理場に立つなんてゴメンよ」

「どうして?」

「どーーして、あたしがどこの馬の骨ともしれぬ連中のために、言いなりになって腕を振るわなきゃならないのよ。あたしが食べたいものを作る。ついでに同居人が喜ぶ! それでいいのよ、あたしの料理なんて。ヘイお待ちっと」


 ウィルと背中越しに会話しながら、蓋の中から蒸気とともに出てきた焦げ目顔。

 その鮮やかなきつね色をしたトーストを4つ並んだ皿に手際よく盛っていく華世。

 口内によだれを呼び覚ます、香ばしい香りがリビングへと広がっていく。

 今朝はなんだかフレンチトーストの気分だったからと作ったが、大正解だったようだ。


 匂いに誘われてか、ただでさえ細い目をより一層眠気で細めた内宮が、自室から上半身を揺らしつつ姿を表す。

 けれどもその細い目は、卓上に並べられた皿を見るなりカッと見開かれた。


「フ、フレンチトーストやぁーーっ!!」


 目を輝かせて、まるで年頃の少女のように身体を跳ねさせはしゃぐ内宮。

 その姿を見ただけで、キッチンに立った甲斐かいがあるものだと、華世は満足して頷いた。



 ※ ※ ※



「あ、そうだ」


 上機嫌な内宮がフレンチトーストにかぶり付く横で、華世は一枚の封筒を取り出し、ウィルへと手渡した。


「これは?」

「あんたの保護観察の終了書と、特別隊員用のIDカードと書類」

「お嬢様、それって前に話してた?」

「ええ。やっと茶番が終わったのよ」


 要領を得ないウィルへと、華世は簡潔に説明した。

 少なくとも不法滞在その他いろいろを重ねていたウィルを、無罪放免とすることは出来ない。

 そのため、収監から保護観察処分ということで華世の周りで自由を保証したのがコレまでの話。


 裏で華世は人間兵器の権限を使いアーミィと交渉を重ね、ウィルを特別隊員とする手続きを進めていた。

 彼の素行はすこぶる良好だったため手続きは難なく完了。

 保護観察も華世の根回しで大幅に短縮されたため、終了と相成った。


「それで華世……特別隊員って何なんだい?」

「早い話が有事の際にキャリーフレームを戦闘に用いていい権限ね。もちろんむやみに破壊を振りまいたら即剥奪だけど」


 ウィルの類まれなる機体操縦技能は、今の華世にとって求めてやまないものだった。

 無論、内宮や咲良を始めとしたアーミィの面々が信頼できないわけではない。

 けれども、激化するであろうツクモロズとの戦い。それからホノカのような敵が現れたことも有り、身近に戦力を置いておきたいという感情があったのだ。


「アーミィのアプリを携帯電話に落として、書類のID登録をすればあのキャリーフレームを上空から落とすやつ……」

「キャリーフレーム・フォールシステム。通称CFFSやな」

「それそれ。それが使えるようになるから、今日の放課後にでも運用テストしましょ」

「わかった。華世、ありがとう」


 屈託のない笑顔で感謝を述べるウィル。

 彼の真っ直ぐな感情を受けた華世は、少しむず痒くなって無意識に頭を掻いたのだった。




 【2】


 風に乗った雪が、吹きすさぶ白い原。

 純白に覆われた氷雪の上へと、ポタリポタリと真っ赤な血が滴り落ちる。


「ホノカちゃん、ごめん……。約束、守れそうにないや」


 力なく教会の壁にもたれかかり、鋭い氷の刃が突き刺さった腕を、機械篭手をはめた手で抑える青年。

 無力な少女は、身を挺して彼女たちを救った男へと駆け寄り、目に涙をいっぱいに浮かべながら座り込む。


「約束なんて、どうだっていいです! 助けが来るまで……諦めないでください!」

「ゲホッ……自分のことは、自分でよくわかるんだ。もう……あと少しで、死んでしまうって」

「そんなの、カッコつけです! 希望を捨てちゃダメと……言ったのは、あなたじゃないですか!」

「手厳しいね、君は……」


 血まみれになった震える手で、胸ポケットからタバコを取り出そうとする男。

 ホノカは、内心で彼が助からないとわかってしまい、彼がしたい事を手助けした。

 金属に覆われた指先に、ライターほどの細い炎が灯り、青年の口に加えられたタバコの先端を赤く染めた。

 叩きつけるような吹雪の中、赤熱した部分から登った煙はほんの僅かに白い模様を空中に描き、たちまち消えていく。


「……一服しながら、女の子に看取られる。悪くない……悪くない最期だなぁ……ありがとう」


 そう言って、男の身体が横へと倒れ、加えられていたタバコが雪原に投げ出される。

 ホノカは、その場で男の死に泣き叫んだ。

 けれども、吹雪の音は彼女の声を無残に掻き消し、静寂へと塗り替えていった。



 ※ ※ ※



 頬を伝う涙の感触に、ホノカの意識は夢から現実へと引き戻された。

 布の切れ目から入ってくる、人工太陽光の光が木漏れ日のように顔を照らす。

 機械篭手に覆われた指で雫を拭い、周囲の状況を確認。

 錆びついた金属パイプを支柱とし布をかぶせた、テントのような建物の中に、ホノカはいた。


「……私は、たしか下水道で」


 記憶が途切れる直前の光景を、朧気ながら思い出す。

 華世という魔法少女からの敗走。

 逃げ込んだ下水道で襲いかかってきた、謎の男と少年。

 彼らから逃れようと残っていたガスへと点火。

 爆発のあと、水に落ちる感覚。


「流されて……見つかった?」


 考えられる最悪の事態。

 アーミィへと連行されたのかと、最初は思った。

 けれど、ふと目を向けた先で、布壁の隙間から覗き込んだ少年と目が合い、その可能性な低いことに気がついた。


「じっちゃーーん! シスターさん、目ェ覚ましたぞー!」


 顔を見るなり、そう叫んで走り去った少年。

 彼が呼び寄せた「じっちゃん」というのがテントへと入ってきたのは、それから一分も経たずだった。

 白く長い髭を蓄えた色黒の老人。

 そのシワだらけの顔が、ホノカを見て柔らかく微笑んだ。


「……気分はいかがですか、シスター様」

「私は……」

「────女神様の祝福には」

「……! ……厳しい暑さと暖かき光がある」


 反射的に、老人の言葉に適切な語を返す。

 その返答に満足したのか、老人はゆっくりと大きく頷いた。


「やはり、あなたは我々の同志でしたか。お若いのに、女神様も喜ばれましょう」

「あなたは……」

「我々はあなたの味方です、シスター様。光のもとを追われてもなお、正しき女神様を信仰する……金星人ビューネシアンでございます」

金星人ビューネシアン……!」



 【3】


「──であるからして開拓初期から、金星ではヴィーナス教が広く信仰されています。今日の授業はここまで。日直は号令を」


「起立、礼!」

「「「ありがとうございました!」」」


 チャイムが鳴ってから数分オーバーしていた授業が、ようやく終わった。

 教室中が昼飯を食う時間を削った憎き歴史教師への、怨嗟の声で騒がしくなる。

 そんな中、適当なページを開いたままにしていた金星史の教科書を、華世はパタンと音を立てて閉じた。


 あくびをしながら昼食に何を食べるかを考えていると、跳ねるように結衣が近づいてきた。


「あれ? 華世ちゃんもうノートにヴィーナス教のこと書いてる?」

「最近、宗教がらみで色々な目にあったからね。何かヒントでもないか、あたしなりに調べてみたのよ」


 華世の脳裏に思い起こされるのは、コロニー・サマーを舞台にした女神像ツクモロズとの戦い。

 そして、先日の修道服姿の魔法少女との死闘。


「宗教としての歴史は80年前くらいから。過酷な金星開拓の中で、心の拠り所として女神像を崇拝する習わしができたんですって」

「すごーい、このノート後で写させて!」

「これはあたしが独自で調べたものだから、授業には使えないわよ。あんたは来週の授業を真面目に聞きなさい。またテスト前にヒーヒー言っても手伝わないからね」

「ぶーぶー。それより華世ちゃん、あれ……いいの?」


 あれ、と結衣が指差したのは教室の一角。

 女子生徒が数人固まっているなと思ったら、その輪の中心にいたのはウィルであった。


 そういえば、と華世はウィルと共に暮らし始めてからのことを思い返す。

 彼は運動神経バツグンで、顔も美形と言うには及ばないが中々良い。

 それでいて誠実で真面目な性格。おまけに素性はミステリアスとくれば、モテないはずはないだろう。

 現に、今こうして目の前で繰り広げられているように女子生徒からアプローチをかけられること多数。

 遠目から非モテ男子たちがハンカチを噛みながら悔しがっている様子をみるのも、もはや日常の一部となっていた。


 これでウィルが、女の子たちに囲まれてウヘヘと鼻の下を伸ばし喜ぶような男だったら楽ではある。

 けれども実際はそんな中でも、しきりに困り顔で華世へと助けを求めているのだからたちが悪い。

 今ここで渦中に入る面倒くささよりも、家で内宮やミイナの前で文句を言われる事のほうが面倒だなと考えながら、華世は椅子から立ち上がった。


「ねえウィル君。私、お弁当作ったの!」

「食堂で美味しい裏メニューあるの知ってる? 教えてあげよっか!」

「屋上の鍵持ってるんだけど、一緒にいかない?」


「……おい」


 輪に近づいた華世が低い声をひとつ発する。

 そのやや強張った表情と威圧感を感じてか、ウィルを囲んでいた女子たちが、華世の顔を見ながら後ずさり。


「あいにく、先約はあたしが頂いてるの。行くわよ」


 華世は開けたスペースから手を伸ばし、ウィルの腕を引っ掴んで半ば強引に教室から引きずり出す。

 そのまま廊下を早足で抜け、階段を下って女達の視界から颯爽と立ち去った。


「あ、ありがとう華世……」

「まったく……嫌がるくらいなら、そろそろ一人で断りなさいよ」

「でも、あの娘たちだって悪気はないんだ。キッパリ断ると気を悪くしないかと」


 呆れた男である。

 変に気を持たせるよりはハッキリと断れば、女子たちも彼に執着する時間を無駄にしないで済むというのに。

 優しさが時に残酷さに繋がるのだと、説教の一つでもするべきかと華世は思案する。


「うーん……」

「あ、でもあんな抜け方したら、華世が俺に気があるなんて思われたりしないかな、なんて……」

「それもそうね……」


 ウィルの言うことも最もである。

 これでは外野から見れば、男を取られそうになって不機嫌になる女そのものではないか。

 華世としては中立であるというスタンスを崩したくなかったのだが、これを気に茶化されるのも面倒だ。


「ねえ、そんなに真剣に悩まれると傷つくんだけど……」


 なにか手を考えないと、と思っていたところで、どこからかドスンバタンという音が聞こえてきた。


「ン、今の音……どこから?」

「そこの女子トイレからじゃないかな?」


 ウィルが指差した先は、華世たちが立っている場所のすぐ近くのトイレの入口。

 男連れで入るわけにもいかないのでウィルを待たせ、華世は足音を立てずにこっそりと物音のしたトイレへと足を踏み入れた。



 【4】


 陰鬱な暗い空間に、スポットライトを当てられたかのように明かりがついた一角。

 呼び出しを受けたフェイク──女神像から生まれたツクモロズ──は、その空間に足を踏み入れた。

 もともと着ていた修道女服は着替えさせられ、黒いドレスのような衣装に身を包んだままその明かりの中心へと立つ。

 見上げると、壇上の仰々しい椅子に座った女が一人。

 彼女はフェイクを見下すような目を向けて口を開いた。


「フェイク。気分はどうだ?」

「最悪だね。わけのわからない小娘に殺られたかと思ったら、こんな場所に連れてこられ変な服まで着させられてさ」


「こりゃ! ザナミ様の御前ぞ!」


 ザナミの取り巻き、といった風の老人が喧しく叫ぶ。

 けれどもフェイクにとって、壇上の女──ザナミに敬意を表するには何もかも知らなさすぎる。


「良い、バトウ。見知らぬものにそう簡単に心は許せぬよ」

「話がわかるねぇあんた。で、私を蘇らせてどうしようっていうんだい?」

「フェイク、お前は……お前を死に至らしめたあの鉤爪の女が憎いか?」


 直球な質問。

 けれども、やや反射的に首を縦に振らざるを得ない。

 生活を破壊し、命まで奪ったあのふざけた格好の小娘への憎悪は、体の芯まで渦巻いている。


「気に食わないねえ。あんたいったい何なんだい? 私に何をさせようっていうんだい?」

「我々はお前に協力をする。今のお前では、あの鉤爪の女に勝つのは不可能だ。力を蓄える必要がある」

「チカラだって……?」

「モノエナジーを得れば、の者に立ち向かえる力となる。レス、居るか?」


「ここにいますよ、ザナミ様」


 声が聞こえたと思ったら、フェイクのすぐ隣にいつの間にか少年が立っていた。

 レスと呼ばれたその少年は、小生意気な顔をザナミへと向けながら、ニィと不敵な笑みを浮かべた。


「フェイクを手伝ってやれ」

「お安い御用だ」

「ちょ、私に聞かず何を勝手に……! 離せ! うわっ!?」


 レスに腕を掴まれたかと思うと、足元に広がっていた暗黒へと沈むように引きずり込まれる。

 そのまま何が起こっているかも理解できぬまま、フェイクはレスと共に影の穴へと吸い込まれてしまった。



 ※ ※ ※



「ここは……?」


 気がつくと、フェイクは白い床の上に居た。

 頭上に見えるのは薄っすらと反対側の街が見える、コロニー特有の青い空。

 ガヤガヤと子供の声が響き渡るのを見るに、どこかの学校の屋上のようだ。


「この学校の中に、非常に高いストレスを持つモノがいるね」

「ストレスを持つモノ?」

「ツクモ獣の適正を持つということさ。それが何かわかってから、詳しいことは説明するよ」


 未だ要領を得ないが、今は彼らの力を借りるしかない。

 内に燃え上がる復讐心を胸に、フェイクは拳を握りしめた。



 【5】


「痛っ!」


 突き飛ばされた少女はトイレの床に尻もちをつき、青タイルの壁に背をつけた。

 目の前には突き飛ばした張本人と、その取り巻きがクスクスとあざけり笑う。

 衝撃で手から離れたウサギのぬいぐるみに手を伸ばそうとしたが、主犯格の女子が少女より先にぬいぐるみを拾った。


「あ……」

望月もちづき、あんたキモいんだよねえ。学校にさ、こんな汚い人形持ってきちゃって。何歳だっての」

「か、返して……ミミを返して!」


 望月もちづき香澄かすみが、幼い頃からずっと一緒だった友達。

 色が落ち、洗っても落ちない汚れがいくらついても一度も手放さなかった心の支え。

 そのぬいぐるみ・ミミへと、取り巻きがハサミの刃を向けた。


「やめて……ミミにひどいことしないで!!」

「やめて、だって。笑える~! ほら、この汚い耳でも切り取っちゃおうよ」

「アッハハハ、賛成! ほーら、チョッキンしてやるから……」


 ピンと伸ばされたぬいぐるみの耳へと、振り上げられたハサミが迫る。

 少女にとってはあまりに残酷なシーンを前にし、ショックに声が出なくなった。

 心の中が絶望で満たされる、その瞬間だった。


「え……?」


 取り巻きの手からハサミが取り上げられ、彼女の頭上で拳の中へと消えた。

 そのまま投げ捨てられ、刃の部分がグニャグニャに曲がったハサミが音を立てながらトイレの床を滑る。

 主犯格と取り巻きが一斉に振り返り、ハサミを握りつぶした何者かへと向きを変えた。


「こんなところで、何やってんだか」


 輝くような金色の長髪をもった、少し背の高い一人の少女がそう言った。

 その声には妙に迫力があり、威圧感に押されてか女子たちが後ずさる。


「だ、誰よアンタ!?」

「あたしを誰だか知らないで、喧嘩を売ろうっての? なんならそのブサイクな顔面を、あのハサミみたいに握りつぶしても良いんだけど」

「う、く……」


 金髪の少女から放たれるプレッシャーが、この女子トイレの空間を支配していた。

 あまりの圧に耐えきれなくなったのか、主犯格がぬいぐるみを投げ捨て尻尾を巻いて逃げ出す。

 その背中を金髪少女は一瞥いちべつし、大事なぬいぐるみを拾い上げてくれた。



 ※ ※ ※



 弱者を虐げる現場を見て、ついつい乗り出してしまった華世。

 とりあえず、目の前でへたり込んだままの少女へと、彼女のものであろうぬいぐるみを差し出した。


「はいこれ、あんたのでしょ?」

「えっと、あの……ミミを助けてくれて、ありがとうございます」


 慌てて立ち上がり、華世の手からやや強引にぬいぐるみを取り返す望月もちづきと呼ばれていた少女。

 頬にソバカスが浮き出た地味めな顔立ちの彼女へと、華世は少し呆れた眼差しを向けた。

 大事そうにミミと呼ぶウサギのぬいぐるみを抱きしめながら、望月もちづきは俯いて声を震わせた。


「どうして、私は何もしてないのに酷いことをされなきゃいけないんでしょうか……」

「どうしてって……そりゃあ、あんたが目障りだったからでしょ」

「目ざっ……!?」


 救ってくれた人からそんな言葉が出てくるのが信じられない、というふうに涙目で華世を見つめる望月もちづき

 華世は後頭部をポリポリと掻きながら、なるべく言葉を選びつつ頭の論理を口から出してゆく。


「あいつらだって、悪いことしてやろうっていって、あんたを虐めてるわけじゃないでしょうよ」

「でも、あんなに酷いことを……」

「大人になればスルーするの一言で済むけど、どうしてもこの狭い学校っていうコミュニティだと、目に余るもんが無視できないものなのよ。ぬいぐるみを学校に持ち込むような……言ってしまえば妙な存在を、目障りだからあいつらの正義で排除しようとした。それがさっきの事の経緯でしょ」


 正義とは、最も人が残酷になれるトリガーである。

 人はそれぞれの立場で正義を持ち、より良いと思う方向に行くために正義の名のもとに行動を起こす。

 それが良いか悪いかは時の勝者が決めることであり、行為の是非は立場によって異なるのが正義という概念だ。


 無力な者へと乱暴な行為を行った、先の女子たちが行ったことは客観的に見ればイジメという悪行だろう。

 けれども、彼女らとしても限られた時間をそれに費やさなければならないほど、耐えきれぬ感情があったであろう事は否定できない。

 弱者をいたぶり快感を得るのは、その行為に手を染めたあとのことであり、そうやって悪に身を投じ続けられる者は、よっぽど歪んだ育ち方をしているのだろう。


「学校にオモチャを、ぬいぐるみを持ち込んじゃいけないというルール。それを破っているあなたは100%否のない被害者とは言い難いわよ」

「でも……私はこの子が、ミミいないと」

「公私で言えば学校は公の場所よ。中学生になったんだから……そういう心の支えも家に置く覚悟は、持っておかないと」


 華世は、弱者を虐げるという行為が嫌いである。

 けれどもそれと同じくらい、弱者であることに甘える者も嫌いなのだ。

 かつて家族を、故郷を失った辛い過去から立ち上がったが故に、弱者の立場から立ち上がろうとしない人間へと嫌悪感を抱くのである。


 華世から厳しい言葉をかけられた望月もちづきは、目を腕で抑え隙間から涙をこぼす。

 そしてそのまま、泣き声を上げながらトイレの外へと駆けて行った。


「……ま、子供には難しい話か。ん?」


 トイレの外から聞こえた、何かが床にぶつかるような生々しい音と微弱な振動。

 急ぎ廊下へと飛び出すと、そこにはのびている一人の見知らぬ少年と、技をかけ終わったふうな格好のウィル。

 倒れているツンツン頭の少年は、これが漫画やアニメだったら頭上にヒヨコが回っているという表現が似合うほど、見事に気を失っている。


 何があったのか、と余韻に浸るウィルへと華世は問いただした。


「えっと……女子トイレから男の子が飛び出してきたから、ただ事じゃないと思って反射的に投げちゃったんだ」

「投げた?」

「こう、近接格闘戦フェアバーンシステムの要領で投げを……」


 行ったとされる投げ技の再現を空へと放つウィルをよそに、華世は気絶した少年が握っている携帯電話を手にとった。

 点きっぱなしになっていた画面には、華世がハサミを握りつぶす場面や、少女へと説教をしていた場面を入口側から写したとされる画像がいくつか。

 その他にも、いかにも隠し撮りといった写真が多数、端末の中に収められていた。


「華世、その写真……」

「少なくともこいつが、女子トイレの隠し撮りをしていた変態なのは確かね。連行しましょ」

「待ってよ、お昼ご飯……」

「行くわよ。昼飯はその後! キリキリ駆け足!」


 腹を鳴らすウィルを引き連れ、華世は気を失っている少年の脚をひっつかみ、生徒指導室へと直行した。



 【6】


「ではこれより、生徒会簡易裁判を執り行いますわ!」


 生徒指導室の窓際で、まるで裁判長のように木槌で机を叩くリン。

 華世はくだらない茶番だなと脳内で思いながらも立ち上がり、台本の書かれたカンペを見ながら適当に文章を読み上げた。


「えーと。被告、1年C組の秋山和樹かずきは本日12時42分、A棟一階女子トイレにて盗撮行為を実行。逃走中に取り押さえられた……間違いないわね?」

「取り押さえた本人が何を言ってるッスか。拓馬たくまも早く疑いを晴らしてくれッス!」


 部屋中央で椅子に縛り付けられているツンツン頭の和樹かずきが、ふくれっ面で華世を睨む。

 華世の対称にいる、彼から拓馬たくまと呼ばれた眼鏡の少年が、そんな被告へと言葉をかけた。


「カズ、僕に期待しないでくれよ。君がいくら新聞部とはいえ、女子トイレを撮影なんかして証拠まで抑えられちゃあ弁護のしようがない」

「裏切り者ォ! あれはやましい意図があったわけじゃなくて、いじられっ子へと更に追い打ちをかける悪逆非道の……」

「だぁれが、悪逆非道ですって?」


 華世が立ち上がり低い声で凄むと、迫力に推されたのか「何もナイッス……」とだけ言って和樹かずきが沈黙した。

 呆れた華世は椅子に座りなおし、あくびをするウィルの隣で弁護人もとい拓馬たくまの言葉を待つ。


「ええと。証拠として出された写真以外は、決して悪意ある盗撮行為に繋がるものではなかった。そして過去に同様の事例があるわけではないから、あくまでも事件を嗅ぎつけた彼の嗅覚が、たまたま女子トイレへと導いてしまった……と弁護すればいいかな?」

「ま、いいでしょ。賢い弁護のできる友達を持って良かったわね」


「え……もう終わりッスか?」

「え、もう終わりですの?」


 和樹かずきとリンの声が重なる。

 被告人はともかく、やけにノリが良かったリンに関しては退屈を紛らわす娯楽として裁判を開いたのが見え見えであった。

 そもそも生徒会裁判とは、本来であれば著しく校則を逸脱した生徒を、生徒同士の議論で決着をさせる裁判とは名ばかりの討論会なのだ。

 それをわざわざ被告のクラスメイトから弁護人代わりまで呼びつけて、本格的な裁判スタイルに仕立て上げたのはリン・クーロンの鶴の一声。

 その茶番に長々とつきあわされる気は、華世にはなかった。


 ロープでぐるぐる巻きにされた椅子へと近づき、義手の腕力を発揮して硬い結び目を一瞬でほどく。

 開放された被告人は、うーんと伸びをしてから自由を勝ち取った喜びを弁護人と分かち合っていた。


「えっと、拓馬たくまだっけ? 付き合わせて悪かったわね」

「構いませんよ、葉月先輩。そうだ、いつも姉さんがお世話になってます」

「姉さん?」

「僕の名前がしずか拓馬たくまである、といえばわかりますかね?」

「もしかしてあんた、結衣の弟?」


 冷静な顔でコクリと頷く拓馬たくま

 華世は結衣に弟がいたなど聞いたことがなかった。

 いや、もしかしたら話してたかもしれないが、今の今まで接点がなかったので忘れてたのかもしれない。


「結衣の弟だってのに、理知的なのね」

「まあ、いつも家ではいろいろと振り回されていますから。僕がしっかりしないと」

「できた弟だこと。あ、そうだ盗撮ボーイ」

「誰が盗撮ボーイッスか!!」


 腕にロープの食い込んだ跡のついたツンツン頭が、華世に向けて吠えた。

 けれども青い目でギロリとひと睨みすると、とんがった髪の毛が勢いをなくしシュンとなる。


「あんた、新聞部って言ってたわよね」

「へっ、オイラは新聞部なんていうしょっぱい名前は似合わねえっす。ジャーナリスト、いや諜報員エージェントって言葉で読んでもらいたいッスね」


 彼の言うことは、決して若さゆえの大言ではない。

 裁判の前に見た、携帯電話の中にあった資料や文章。

 それらはとても子供が作ったとは思えないほど、大小問わず事件の詳細や見解、そして大人でも中々たどり着かないであろう結論まで導いていた。

 その中には華世が魔法少女として戦った事件もいくつかあり、その全てが華世の記憶と資料が一致している。

 それから、彼にはハッキングの技能もあるらしく、前に結衣が言っていた楓真ふうまの家を一晩中見張っていた件。その情報源となった監視カメラの映像データを抜き出して結衣に伝えたのも彼だったらしい。


 それほどの能力を持つ少年だからこそ、華世は手早く裁判を切り上げさせたのである。


「じゃあ諜報員エージェントくん。あたしが何かしらの調査をして、って言ったらんでくれる?」

「冗談キツイッス。オイラを動かしたいんだったら、それ相応の……」

「お金が欲しいの? じゃあ1依頼につき前金で30万。依頼達成で成功報酬を更に50万。移動や機材の費用はこっち持ちでどうかしら」

「さんじゅっ……!!?」


 正直、諜報を依頼するには安すぎるくらいである。

 けれどもこの額は中学生にとっては超大金に思えるだろう。

 とはいえ、華世にとっては1出撃で貰える報酬よりは軽い出費なのだが。

 金額に見開かれていた目がキリッとした表情に変わり、和樹かずきという少年がプロの顔つきとなった。


あねさん、とはいえ無茶は言いっこ無しッスよ。さすがにオイラも若い身ゆえ、戦地に潜入とかは無理なんで」

「優秀でも中学生にそんなことさせないわよ。とりあえず、この女の素性すじょうを洗ってくれないかしら」


 そう言って、華世は和樹かずきの携帯電話を操作し、そのまま手渡した。

 その画面に写っているのは、華世がこの間に交戦した魔法少女・ホノカの顔。

 あのとき彼もその場にいたらしく、望遠レンズ越しではあるがあの女の顔をしっかり写していたのだ。


「それくらいなら、お安い御用ッス。調査が終わったら連絡は……」

「あたしの携帯でいいわ。あとであんたにメッセージ飛ばすから」

「了解っす! では。拓馬たくま、行くッスよ」


「あ、ああ……」


 いつの間にか話に置いてけぼりになっていた結衣の弟、もとい拓馬たくまを連れて生徒指導室を飛び出す和樹かずき

 その背中を見送り、同じく置いてけぼりになったウィルの方へと華世は視線を移した。


「……何か言いたそうな顔ね?」

「いや、君が何を企んでいるんだろうって思って……」

秋姉あきねえに情報が流れない範囲に、手駒を固めておきたいだけよ。あんたにも期待してるからね」

「それは嬉しいけれど……」


「なーに、お二人でいい雰囲気になってるのですか!」


 この裁判を始めるきっかけとなったリンが、不満たっぷりといった顔で華世たちに声を張り上げた。

 全然いい雰囲気とは言えない状況ではあったが、どうせ言いがかりの一つでも付けたい気分なのだろう。


「ほらリン、さっさと昼飯にいかないと食べる時間なくなるわよ」

「おだまりなさい! せっかくわたくしが素晴らしい裁判長を演じるところでしたのに、これでは台無しですわ!」

「あんたの道楽なんて知ったこっちゃないわよ」

「ドウラクですって! あなたって人はわたくしのことを……あっ」


 華世に掴みかかろうとしたのか、一歩踏み出したリンの足は床に転がっていたロープに足を取られた。

 そのまま身体が前のめりに倒れ、バランスを取ろうとして軸がぶれたのか華世の隣に立つウィルへとダイブ。

 急に女の子に飛び込まれたらさすがのウィルも対応できず、そのまま彼女とともに床へと倒れ込んでしまった。


「「あっ……」」


 床の上で重なり合う二人の身体。

 偶然か必然か受け止めようとしたウィルの手は、リンの年齢の割には大きいが華世には負けるサイズの胸を押し付けられる形で揉んでいた。


 いわゆる、ラッキースケベというやつだ。


「あ、あなた……わた、わたわたくしの……む、む……!!!?」

「ご、ごめん! そんなつもりはなくて……!!」

「リン。今から、わいせつ事件として裁判する?」

「もうお嫁にいけませんわぁぁぁぁぁ!!」


 泣きながら立ち上がり、生徒指導室を飛び出していくリン・クーロン。

 遅れて身体を起こし、リンの胸を揉んだ手を眺めるウィルへと、華世は呆れた顔で問いかけた。


「どう? あのお嬢様のおっぱいを揉んだ感想は」

「華世の方が魅力的だと感じました」

「それ口説き文句のつもり?」


 校内最上級二大お嬢様の胸の揉み比べに対し、小学生並みの感想を述べたウィルへと、華世はため息を漏らした。



 【7】


 時計の短針がぴったり4の数字を指し、同時に最後の授業が終わる号令が鳴る。

 時間帯が放課後に移り変わり、部活に向かう者、下校するもの、居残るものとでクラスメイトが別れていく。

 静拓馬たくまは姉の結衣から送られてきた買い物メモに目を通し、椅子から立ち上がった。


「……カズ、何をやってるんだ?」


 授業中もずっと、しきりに隠れて携帯電話を操作していた和樹かずき

 姉の友人に金で何かを依頼されてから、やけにイキイキとしている。


「知り合いに連絡取って、協力の約束をしてるんスよ」

「約束って……」

「アーミィでも掴めない人物の捜索ッスよ。燃えないわけが無いじゃないッスか!」


 そう言って、再び携帯電話へと文章を叩き込む和樹かずき

 友人が危険なことに首を突っ込まないかと心配であるが、目の前で大口の契約を見せられては止めることも出来ない。


「無い……無い!」


 唐突に、背後から聞こえてきた女の子の声。

 振り向くと、クラスメイトの望月もちづきがカバンの中身をひっくり返して必死に何かを探していた。


望月もちづきさん、どうしたの?」

「私の大事な……ぬいぐるみが、ミミが無いの!」




 ※ ※ ※




「さーて、このぬいぐるみにようやく引導を渡せられるね」


 3階の渡り廊下の上で、煤けて薄汚れたウサギのぬいぐるみを持ち上げる女子生徒。

 取り巻きと一緒にクスクスと笑いながら、新しいハサミを手に握る。

 

「ズタズタにしたこいつを見せつければ、あいつは学校には来れなくなるでしょ」

「そうすれば、あのウザい顔も見なくて済む!」

「アハハハ!」

「キャハハハ!」


「なるほど、こいつがストレスの元かい」


 背後から聞こえてきた女の声に、女子生徒たちはとっさに振り向いた。

 そこに立っていたのは、学校という場に似つかわしくない、真っ黒なドレスを着た赤髪の女。


「誰よ、あんた」

「かわいそうに、人間に虐げられて……」


 女が手のひらを広げると、その上に輝く八面体が現れる。

 質問に答えず一歩ずつ歩いてくる女へと、女子生徒は恐怖して後ろへ下がってしまう。


「聞こえないの? 誰って言ってんのよ!」

「今、私が解放してあげる……!」


 女の手から、ひとりでに八面体が飛翔し、まっすぐに飛んできた。

 無意識に握っていたぬいぐるみを盾にしながら、逃げようとして転んでしまう。

 吸い込まれるようにして、ウサギの胸に消える八面体。

 ぬいぐるみがドクンドクンと脈打ち、反射的に床へと投げ捨てる。


「な、なんなの……!?」


 徐々に膨れ上がり、巨大化していくぬいぐるみ。

 重みで床にヒビが入り、渡り廊下がミシミシと音を立てていく。

 そして────。



 【8】


 振動する校舎、鳴り響く轟音。

 クラスメイトの悲鳴がこだまする教室を飛び出し、華世は窓から身を乗り出した。


「何あれー……」


 苦い顔でガラス越しに見える、珍妙な光景を眺める華世。

 2階、3階の渡り廊下と1階の屋根を貫いてそびえ立つ、巨大な二足歩行のウサギ。

 このような珍妙な現象に対し、華世は経験則から事態を理解する。


「とうとう学校にまで、ツクモロズが出たかー……」

「嫌そうだね、華世」

「ウィル、あたしは別に戦うのは嫌じゃないの。ただ単に……」


 背後でワーワーと騒ぐクラスメイト達を見る。

 その誰もが、華世の方へとキラキラとした期待の眼差しを向けていた。

 

 以前、リンの誕生日パーティで変身し戦った華世。

 そのため彼女が魔法少女であることはクラスメイトには公然であり、再びこうやって危機が訪れたのならば応援するといった空気が蔓延しているのだ。


「生徒たちの避難はわたくしに任せて、戦ってらっしゃいませ!」

「リン、あんたねえ。楽な方に行くくせにえばるんじゃないわよ」

「そうは言っても、散弾銃を手にあの巨大怪獣とやりあえなどと、無茶は言えないでしょう?」

「ま、こういうのはあたしの役目だから……しゃーないか」


 騒然とした廊下へと立ち、華世は大きく息を吸った。


「ドリーム・チェェェェンジッ!」


 義手である右腕の根本が激しく発光し、まばゆい光が広がってゆく。

 輝きの中で、華世が身に着けていた制服が霧散するように消えていく。

 そして次々と代わりに身につけられる、桃色を基調としたフリフリの衣装。

 金色の美しい髪は赤いリボンで結われ、ツーサイドアップの髪型へと変化。

 華世の右腕と左脚を覆う人工皮膚が服と共に消え去り、同時に戦闘用の義手義足へと換装。

 顕になった鋼鉄の義体がくろがねの輝きを放つ。

 むき出しになったグレーの指先、その先端部をスライドさせて鉤爪状にし、華世は高らかに名乗りを上げた。


「魔法少女マジカル・カヨ! 逆らう奴は、八つ裂きよ!!」


 変身を終えるやいなや、渡り廊下の入り口へと駆け出す華世。

 しかし、その入口は突如床から飛び出した漆黒の鋭利な針によって格子のように塞がれ、行く手を阻まれた。


「せっかちだねえ、鉤爪さん。そう簡単に瞬殺されちゃあ、こっちも困るんだよね」


 廊下の奥から聞こえてきた生意気そうな子供の声。

 声のした方へと視線を移すと、そこに立っていたのは一人の白い短髪の少年だった。

 少年の足元から伸びる影は廊下を突っ切るように伸び、華世の行く手を阻んだトゲへとつながっている。


 華世は有無を言わさず、即座に向きを変え左脚でハイキックを放つ。

 スカートの中が見えるのもいとわず放たれた蹴りの勢いに乗って、足裏から射出される赤熱したナイフ。

 不意打ち気味に放たれた攻撃ではあったが、少年は涼しい顔で上体を横に傾けて回避した。


「問答無用で頭を狙うなんて、やっぱり君の戦闘意欲は凄まじいね」

「あたしの中の直感が、あんたがヤバい存在ってのをビンビンに感じてるのよ」


 ツクモロズ出現に合わせて邪魔をしてきたことから、この少年は敵と見て間違いはない。

 しかし現状2体の、しかもサイズ違いの敵を同時に相手にすることは難しい。

 巨大ウサギの方は五分もすれば、アーミィのキャリーフレーム隊がやってくる。

 そう考えると、華世が優先的に叩くべき相手は目の前の少年だ。


 斬機刀を鞘から抜き、振りかぶりつつ床を蹴る。

 跳躍を阻止せんと影から伸びるトゲが次々と華世に向かって伸びてくるが、空中で巧みに背部のスラスターを噴射して軌道制御。

 一気に少年へと肉薄し、勢いを乗せたスイングをお見舞いする。

 衝撃波で周囲のガラス窓が四散する中、少年の片腕が切断され宙を飛んだ。


「うわぁぁぁぁ……なんてねっ!!」

「……へぇ?」


 空中で霧散し消滅した腕が、少年の胴からすぐさま黒い塊として伸び、色づいて元の形状へと戻った。

 同時に華世の足元から鋭いトゲがアッパーカットのように襲いかかる。

 とっさに後方へとのけぞり、ギリギリのところで先端が額をかすめる。

 すぐさまバック宙で後退するが、額に開いた浅い傷口から垂れてきた血が、鼻の横を過ぎて口の中で鉄臭い味を出した。


「これまでの雑魚ツクモロズより、多少は骨があるみたいね」

「多少程度かぁ、心外だねえ。まあ、今からこの僕・レスの手強さをその身に刻んであげるとするよ!」



 【9】


 華世がレスと名乗った謎の少年と戦い始めた頃。

 ウィルは急いで階段を駆け下りていた。


(俺の見間違いじゃなきゃ……!!)


 窓越しに見えた巨大ウサギの手の中。

 確かに見えた、掴まれた女子生徒の姿。

 もがいているのが見えたから、まだ生きてはいるだろう。


 華世が気づいていないはずはないが、ウサギの方の優先度を落とした理由はわかっている。

 あの少年は廊下、つまりは直ぐ側に他の生徒達が居るところに出現したため、放っておくことは出来ない。

 そしてウサギに掴まれている女の子が、女子トイレで虐め行為を働いていた主犯格であることも優先度を下げる要因だろう。

 けれども、たとえ性格が悪い人間だとしても生命は生命。

 ウサギが暴れだして校舎が破壊されるリスクを考えても、放置することは出来なかった。


「ミミ、お願い! やめてぇっ!」


 階段を降りた先の1階。外へと通じる扉の縁に手をかけ叫ぶ一人の少女。

 たしか、昼休みに華世が助けた女の子だったか。

 突如、上方から聞こえてくる崩落音。

 ウィルは飛び込むようにして、崩れ落ちてきた渡り廊下の残骸から少女を救った。

 砂煙に包まれた廊下で、ケホケホと咳き込むウィルと少女。


「何をしているんだ、危険だぞ!」

「でも、私の大事なミミが……!」


 状況と言動から察して、あの巨大ウサギはこの女の子が関係しているようだ。

 華世から聞いたツクモロズという敵の性質を考えると、元となったモノの所有者なのだろう。

 ウィルは彼女を抑えようと両肩を掴み、階段横の比較的安全そうな場所まで移動させた。


「君の大事な存在が、人を傷つけようとしているんだ! 俺が止めに行く!」

「あなたが……どうやって!?」

「俺にだって、力はある!」

「魔法少女の?」


 目の前の女の子から言われた言葉に、ウィルは思わずズッコケた。

 確かに、奇をてらって男が魔法少女になる物語は無くもないらしいが、少なくとも自分たちはそういう存在ではない。

 ウィルはツッコミをするのも放棄し、携帯電話を片手に外へと飛び出した。

 その画面に映るのはコロニー・アーミィのロゴと「CFFSスタンバイ」の文字。


「来てくれ、〈エルフィスニルファ〉!」


 仰ぎ見た空が一瞬輝き、徐々に降下してくる黒い影が現れる。

 その影は大きさをぐんぐんと増していき、やがてくっきりとしたか配った輪郭を顕にする。

 そして校庭の一角に、地響きとともに着地する1機のキャリーフレーム。

 突然現れた巨大なロボットへと、ウサギツクモロズがゆっくりと振り返った。


 ウィルは急いで〈エルフィスニルファ〉へと駆け寄り、前に倒れ込んだコックピットハッチを駆け上がる。

 パイロットシートに身体を滑り込ませると、キャリーフレームのOSがひとりでに起動した。


《搭乗者確認。ようこそ、ウィル様》

「えっと、君は?」

《本日の運用テストのアシストとして出向しました、〈ジエル〉制御AIのELエルです。以後お見知り置きを》


 キャリーフレームの制御AIの存在は、ウィルも聞いたことがあった。

 一応、この〈エルフィスニルファ〉もAI搭載世代のキャリーフレームではある。

 しかしAIが搭載される前に運用を開始してしまったため、空っぽの状態であった。


「……とにかくよろしく。あのウサギの手に女の子が握られてるんだ」

《救出対象を確認。気を失っているようです》

「それは良かった。なんとか助けないと……」

《敵性存在より攻撃の兆候。回避してください》

「えっ、うわあっ!」


 巨大なウサギが、開いてる方の腕を持ち上げ、先端に生えた爪のような物体を射出した。

 慌ててペダルを踏み込んで、後方へと飛び退き攻撃を回避する。


「ウサギにあんな肉食獣みたいな爪は無いだろ!?」

《敵はあくまでもウサギを模しただけの存在です。意匠のモデルとなった生物との関係性は無いと言っていいでしょう》


 一時的な相棒となったAIの言葉を耳に挟みながら、相手をよく観察する。

 巨大ウサギのツクモロズは、右手で女子生徒を掴み、先程は右手の爪を放ってきた。

 その爪はいつの間にか再装填か再生したのか、発射前と同じ形状になっている。

 安全に女子生徒を救出するために、素早く左腕を切り落とすのが得策だろう。


「有効な武器は……ビーム・セイバーだと切っ先が触れてしまう恐れがあるし」

《ビーム・ダガー・ブーメランを推奨します》

「ビーム……なんだって?」


 ELエルへと聞き返すより先に、正面コンソールに武器の概要が表示された。

 ウィルにとっては聞き覚えのない武器名だったが、おそらくアーミィ支部で加えられたのだろう。


「とにかく、これだな!」


 操縦レバーを握りしめ、ブーメランを投げるイメージを神経越しに伝送する。

 そのイメージをトレースするように、〈エルフィスニルファ〉が腕を伸ばし、腰部に格納されたビーム・ダガー・ブーメランを掴み、前方へと投げつけた。

 回転しながら緩やかな弧を描き、敵へと迫りゆく輝くブーメラン。

 光の円盤のようにも見えるそれは、回避運動に入った巨大ウサギの行く先を読むかのように、狙った部位へと飛行し切り裂いた。

 同時にペダルを踏み込み、〈エルフィスニルファ〉の背部バーニアを吹かす。

 

「届けぇっ!!」


 切り裂かれて落下する腕からこぼれ落ちる女子生徒。

 その身体を受け止めるために、ウィルは機体の手を伸ばさせる。

 地面に落ちるまでの僅かな空間にマニピュレーターを滑り込ませ、落下に合わせて衝撃を殺すように手の上に軟着陸。

 そのままそっと校舎の中へと、気を失ったままの女子生徒を下ろし、近くに居た生徒へと介抱を任せる。


《敵ツクモロズ、攻撃態勢》

「くっ!」


 ELエルが放った警告に対し、半ば反射的にペダルとレバーを捜査するウィル。

 背後から伸びてきた白い腕をかわし掴み、機体の全身をひねらせて思いっきり空へと敵を投げた。

 その敵と接触した僅かな時間に、ノイズ混じりに通信越しに声が響き渡る。


『そうだ、僕を倒してくれ! 僕が居なくなれば、あの子は……香澄かすみは独り立ちできるんだ!』

「え……?」


 空中へと投げられた巨大ウサギが、地面を振動させ土煙を巻き上げながら校庭へと倒れ込む。

 ウィルはゆっくりと立ち上がる敵を見据えながら、聞こえてきた声へと困惑をしていた。



 【10】


 漆黒の針が弾丸のように飛び交う廊下。

 四方八方から容赦なく伸びてくる鋭利な影を必死に回避しながら、華世は攻めあぐねいていた。


 華世が現在使うことのできる武器は、義手のビーム・マシンガン及びビーム・セイバー。

 そして斬機刀と鞘のボルテック・ウェーブと、残りは鉤爪くらいである。

 このうち、ビーム兵器は屋内で使うには強力すぎる。

 斬機刀を使おうにもこう攻撃が激しくては接近することが困難な上、遠距離攻撃も真正面からは当たらないのは試し済みだ。


「こんなことなら実弾兵器の一つくらい携行しとくんだった……!」

「ほらほら、回避のペースが落ちてるよ!」


 余裕綽々といったふうに、相対する少年・レスが煽りの声を入れてくる。

 そんな言葉でカッとなるほど華世は冷静さを欠いていないが、回避しそこねて負った小さな傷の数々が生身の体を徐々に蝕んでいた。


(どうにかして突破口を開かないとね……)


 現状、華世は劣勢である。

 相手は射程無限の影で攻撃、こちらは近接戦以外は周辺被害を考えて不可。

 何も気にせずに破壊を振りまくだけであれば魔力を開放すれば良いが、引き換えに学校どころかコロニーが吹き飛ぶのでは割りに合わない。

 なにか手はないかと距離をとって考える。

 そこで華世の視界に、真っ赤な消火器が入った。


「こいつなら……!」


 廊下の壁から消火器を力ずくで引っ剥がし、放り投げて∨フィールドの力場で改めて掴む。

 空中で滞留する円柱状の真っ赤な金属を、華世は勢いよくレスへと向けて発射した。


「喰らいなさいっ!」

「ははっ、無駄無駄!」


 飛んできた消火器を、鋭い影の刃で難なく切り裂くレス。

 しかし直後、彼の余裕の表情は色んな意味で曇って消えた。


「こ、これは!?」


 破壊された消火器から溢れるように放出された消火剤。

 それは視界を塞ぐ霧のように廊下に充満し、一帯が完全に見えなくなる。

 狙い通りにことが運んだ華世は、すぐさま斬機刀を鞘に戻し、装置のスイッチをオンにする。


「あんたが見えなくても、こいつなら!」


 スパークを起こす鞘ごと、斬機刀で床をえぐるように斬り上げる。

 前方へと巻き上がった床の破片が鞘から電撃を受け取り、稲妻の弾丸として廊下を疾走する。

 これまで影の防御壁で阻まれた攻撃ではあるが、この視界ではジャストタイミングで防ぐことはできないだろう。


「ぐあああっ!?」


 白煙の向こうから聞こえる少年の悲鳴。

 華世はすぐさま霧の中へと突撃し、レスがいるであろう場所へと抜いた斬機刀で一閃した。

 肉体を切り裂く手応えとともに、剣圧で吹き飛ぶ消火剤の煙。

 後には、左胸部にパックリと大きな切れ込みが入り、苦悶の表情を浮かべるレスの姿があった。


「鉤爪の女、君は……想像以上にやるようだねぇ……!!」

「鉤爪なんて失礼ね。あたしを呼ぶなら……マジカル・カヨよ」

「カヨか、覚えさせてもらったよ……!!」


 そう言って、レスは床の影に吸い込まれるようにして姿を消した。

 華世としては仕留めるためにこれまでのツクモロズが核を持っていた心臓部を狙ったのだが、倒すには至らなかったかと残念だった。


「華世ちゃん、やったね!」

「結衣、あんたはやく避難しなさいよ。ウサギの方はどうなってる?」

「ウィル君がキャリーフレームで戦ってるけど……」


 ガラスの破れた窓から身を乗り出し、外の様子を観察する華世。

 遠目に見えたのは、校庭で向かい合う、ビーム・セイバーを構える〈エルフィスニルファ〉と片腕の落ちた巨大ウサギ。

 なぜか睨み合って動かない両者を確認してから、華世は廊下を駆け出した。



 【11】


「この声は……君は、そこにいるウサギなのかい?」

香澄かすみは僕にミミと名付けて、可愛がってくれた。けれど、僕の存在があの子のかせになってしまっているんだ』


 一応、戦闘の構えを保ち外面上はにらみ合いながら、ウィルは目の前の巨大ウサギ型ツクモロズと会話をしていた。

 通信越しなので外部にこの会話は聞かれてはいないものの、敵と会話をしているという奇妙な状態に、ウィルは戦意をそがれつつあった。


「君が、さっき女の子を掴んでいたのは、もしかして……」

香澄かすみを傷つけようとしていた女の子だったから、掴んでしまった。でも、君があの子を助けるのを見てハッとしたんだ。彼女を殺めたからといって香澄かすみの立場が良くなるわけじゃない』

「だから君は消えようというのか、俺に倒されることで!?」

『荒療治しか方法はないんだ! 香澄かすみが自立するために、僕という存在から解放されるためには!』


 そう言った巨大ウサギ──ミミは、残った腕の鋭い爪で自らの左胸部をゆっくりとえぐり開いた。

 毛のような布地に空いた空間から顔を出したのは、脈動する巨大な正八面体。

 ミミはツクモロズの生命であり弱点である、核を自らウィルへと見せていた。


『さあ、やってくれ! そうすれば、全部解決するんだ!』

《敵は棒立ちで無防備です。どうしますか?》

「待ってよ、それは本当に……香澄かすみという子が望んだことなのか! せっかく話ができるようになったのに、言葉もかわさずに別れるっていうのか!」

『僕はこれ以上、香澄かすみの立場を悪くしたくない。怪物になった僕と話せば、今以上にひどい目に会うかもしれない!』

「だけど……!!」


 目の前で倒すべきはずの敵が弱点を露出している。

 だというのにウィルが動けないのは、ひとえに目の前のミミに対して感情移入をしてしまっているからだ。

 愛する人を守るために散り、この世から消える。

 それだけしか解決する方法がないだなんて、悲しすぎる。


『早くするんだ! このままじゃ君も疑われる!』

「何か方法があるはずだよ! 君も無事で、あの子も救われる方法が!」

『僕はもう建物を壊し人を傷つけた怪獣になってしまったんだ! 引き返すことはでき────』


 ミミの言葉を遮るように、風切り音とともに空を走ったのは刃を赤熱させた一本のナイフ。

 それはツクモロズの核へと真っ直ぐに突き刺さり、直後にナイフめがけて飛んできた華世の鋭いキックが、ナイフを足裏で押し込み深く根本まで挿入する。


『あり────がとう───』


 ぐらり、とミミの身体が後ろへと傾き、やがて校庭へと土煙を上げながら倒れ込んだ。

 そしてその巨体は淡い光に包まれ縮んでいき、あとにはナイフが突き刺さったウサギのぬいぐるみが残された。

 そのぬいぐるみも、赤熱したナイフにより燃え上がり、一分にも満たない僅かな時間で灰へと消えた。


 どうして、とウィルは地面の上で膝をつく華世へと問い詰めようとした。

 しかし彼女の肌という肌に刻まれた真っ赤な傷口と、痛みを我慢している苦しそうな表情を見て何も言えなくなった。


「……ウィル、時間稼ぎありがとう。おかげで……ふぅ、被害を最小限にできたわ」

「もっと、いい方法は無かったのかな」


 マイクが拾った華世の声へと、ウィルは彼女に聞こえないのをわかってコックピットの中でつぶやいた。 

 その発言へと答えてくれるのは、一時的にAIとして働いてくれているELエルだけである。


《居住区へ出現した巨大な敵相手に死傷者ゼロ。建造物への被害も僅かですゆえ、これ以上の戦果は無いかと》

「敵、か……敵だったのかな」

《一度、破壊行為を行ってしまった以上は対話は不可と判断されます。ツクモロズへの対話が有効だった前例はありません》


 冷たい発言に、改めて置かれた状況を思い起こされる。

 あの発言がミミの本心だったかも、考えれば確実とは言えないかもしれない。

 油断を誘い隙を作ろうとしていた……とは、それでもウィルは考えたくなかった。



 【12】


 あのあと、キャリーフレームに乗って到着した内宮たちによって場は収められた。

 ウィルと傷だらけの華世、それからミミの所有者であった望月もちづき香澄かすみは事情聴取のためにアーミィ支部へと送られた。


 聴取や治療に時間がかかり、華世が帰る頃にはすっかり日も落ち、時刻は日付が変わる頃になっていた。

 望月もちづきは心のケアも考え、華世とは会わせられずに帰されたという。

 そして華世は、傷という傷に絆創膏を貼った不格好な状態で、受付時間を過ぎてガランとした薄暗い待合スペースでウィルと再会した。


「お待たせ。先に帰っても良かったのに」

「そういうわけにはいかないさ。華世……傷はどうだい?」

「痛くないといえば嘘になるけど、魔法少女状態で受けた傷なんて軽いものよ。数日もすれば治ってるだろうって、ドクターが」


 ウィルが座る長椅子の隣へと、華世はゆっくりと腰掛ける。

 実はこの言葉には強がりが混じっており、実際は鎮痛剤で痛みを抑え込んでいる状態である。

 だが、弱い部分を見せたくないというある種の意地が、華世に虚勢を張らせていた。


 華世が無事だと聞いたからか、ウィルの暗かった顔に少し笑顔が戻った。


「……あのツクモロズと、何か話してたの?」


 窓越しに暗い空から注がれる淡い光に照らされ、華世はウィルへと問いかけた。

 戦いの後から様子のおかしい彼の態度と、ツクモロズを倒す前の状態。

 ふたつの状況から出した推論は、的を得ていたようだった。


「あのツクモロズは、ミミは持ち主の女の子を守ろうとしていただけだった」

「ツクモロズ化したストレスは、あの望月もちづきって子の境遇だったのね」

「決して人を傷つけたいとか、暴れたいわけじゃなかったのに……結局は倒してしまったんだ、僕らは」

「……ウィル、とどめを刺したのはあたしよ。それにもしも情けをかけていたら、悪い方向に転がっていたかもしれなかった」


 華世は立ち上がり、月明かりを模した光を背にしてウィルへと真っ直ぐに眼差しを向ける。

 言いたいことが伝わったかのように、ウィルは絆創膏を貼られた華世の顔から目を背けた。


「あいつは少なくとも、レスとかいう別のツクモロズと同時に現れていた。可愛そうな境遇だったとしても、生かしていれば何が起こるかわからなかったわ」


 今となってはすべて想像に過ぎないが、和解の道をチラつかせてからの自爆や暴走。

 別のツクモロズによる不意打ちなど、取られたかもしれない手はいくらでも考えつく。

 敵味方で生命のやり取りを交わしている以上、うかつな情は味方を巻き込むこともあるのだ。


「速やかに事態を解決し、人の命を誰一人失うこと無く守った。あたしたちが得た結果として、これ以上はないのよ」


 自ら矢面に立ち、傷だらけで戦っていたからこその言葉。

 それに無傷のウィルが反論することは、できないだろう。


「……秋姉あきねえはまだ仕事残ってるし、遅いから帰りましょ。晩御飯は作る暇ないしカップ麺かな……」

「そうだね……」


 二人で立ち上がり、自動ドアをくぐり夜空の下へと出る。

 円筒形コロニーの中央芯が放つ擬似的な星の光に照らされながら、二人は一言も介さずに家へと歩いていった。



 ※ ※ ※



「いてて……いやあ、ひどい目にあったよ」


 レスに連れられ、本拠地へと帰ってきたフェイク。

 切り裂かれた腹をすでに修復し終え軽口を叩くレスへと、フェイクは横目で見ながら舌打ちを飛ばした。


「あれれ、不機嫌そうだね?」

「私たちは虐げられているモノを救うのが目的じゃないのかい? どうしてあのヌイグルミを見殺しにするようなマネを」

「救う? そんなこと一言も言ってないっての。勘違いされちゃあ困るなあ」

「勘違いだって?」


 ザナミが座る玉座の間。

 今は誰も座っていない豪華な椅子の後ろで、何やら青く細長い何かが淡い光を放っていた。


「あれは……?」

「モノエナジー、ツクモ獣から放出されたストレスエネルギーの塊さ」

「ストレスエネルギー……まさか、あれのために?」

「ビンゴ。ま、全てはザナミ様のためにってね。あー疲れた、おやすみー」


 フェイクが呼び止めるより早く、影の中へ入り姿を消すレス。

 誰も居なくなった空間で、フェイクはひとり前方で輝くモノエナジーを見ていた。


(一体、私は何をやらされているっていうんだい……? 嫌になるねえ……)


 疑惑と困惑で頭が混乱しながらも、生きるためにと自分を納得させる。

 どうせまた、しばらくすれば駆り出されるだろう。

 従い続けていれば、おのずと答えが出る。それだけを信じて、とりあえずは生き続けなければ。


 ────再びかつてのように幸せな、人のような生活を営むために。



 ※ ※ ※



「ただいまー……あれ?」


 家に帰り着いた華世は、真っ暗な廊下に首をひねった。

 いつもであれば帰りが遅くなったときは、ミイナがまっさきに飛び出して抱きついてくるのだが。


「ミイナさん、先に寝ちゃったのかな?」

「まさか? ミイナ、帰ったわ……よ?」


 リビングへの扉を開けた華世は、言葉を失った。

 そこには、床に横たわり動かないミイナの姿があったからだ。




 ──────────────────────────────────────


登場戦士・マシン紹介No.8

【ミミ】

全長:9.1メートル

重量:不明


 望月もちづき香澄かすみが大事にしていたウサギのぬいぐるみがツクモ獣化した存在。

 強いストレスに加えフェイクが高エネルギーのコアを直接入れたことで、キャリーフレームサイズの巨大な怪獣へと変化した。

 ウサギ型であるが二足歩行で立ち、両腕には発射可能な鋭い爪が生えている。

 これはツクモ獣はあくまでも依代としたモノに戦闘能力を与えているだけであり、モノのモチーフとなった動物が何かは考慮されていないためとされている。

 巨大ではあるが元がヌイグルミのため、全身がふわふわとした布地で覆われている。

 そのため、掴まれた女子生徒はショックで気絶こそすれ怪我はしなかった。


【エルフィスニルファ(アーミィ補修装備)】

全高:8.3メートル

重量:4.1トン


 ウィルが所持していたエルフィスニルファを、コロニー・アーミィで修理し装備を追加した状態。

 喪失したコックピットハッチを新しいものに付け替えているのと、武器としてビーム・ダガー・ブーメランが追加されているのが変更点。


 ビーム・ダガー・ブーメランは浮遊小型砲台ガンドローンの姿勢制御システムを応用した遠近両用武器である。

 対象へと狙いを定め投擲すると、空中で自動的に姿勢制御を行い狙った場所へ飛行、直撃の後に機体へと帰ってくるシステムとなっている。

 このとき、キャッチする前に自動的にビーム刃がオフになるため安全に受け止めることが可能。

 この武器はクーロンのアーミィ支部で試験開発されたものであり、運用テストも兼ねて当機へ装備された。



──────────────────────────────────────


 【次回予告】


 倒れたミイナを救うため、傷を押して無理を続ける華世。

 彼女の無茶は、病という形で肉体へと牙を向いた。

 魔法少女を欠いた状態で出現したツクモロズに、大人たちが立ち向かう。

 

 次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第9話「マジカル・カヨ戦闘不能」


 ────大人には、大人の意地がある。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る