第20話 いつもの空気
「いいのか?その格好で?」
そんなこと言われても……。
基本、私は寒いのが苦手。
寒い日に、アウトドアもできるような暖かい上着は持っていないので、用意できたのはフードつきのウールコートのみ。手袋はあったけど、ニット帽とか耳あてとかは持ってない。小物って、どうしてもなくしちゃうんだよね。
「上着、これが一番暖かいの。徹だって、寒そうじゃん」
「上着は車においてある。そういや、由夏は寒いと外出なかったな。まぁいいか」
呆れたような声に、急に誘ったくせにと苛立ちを感じながらも黙って一緒に外に出た。鍵をかけて振り向けば、当然のように徹は車に向かって歩いている。このまま、部屋に帰ってやろうかとも思うけど、いつも通りのその姿に気が緩む。
徹に投げてしまった言葉。なかったことになったみたいで、ホッとする。
そんなわけは、無いんだけどさ。投げた言葉は、消えたりしない。
暗い車内、側にある変わらない気配に少し緊張する。
こないだ私が言ったこと、徹はどう思ってるのかなぁ。
困った妹だと、思ってくれてるんだろうか。
「修と、立ち食い蕎麦食ったって?」
「ああ、聞いたの?偶然会ってね、会う場所が面白くて笑っちゃった」
やっぱり知ってたか……。
まぁ、いいんだけどさ。
「悪かったな」
「え?なんで?」
「アイツ、また武人の家に誘ったんだって?お前が嫌なら無理することねぇよ。修も正樹も悪いヤツじゃねぇし、お前の事気に入ってんだろうけど……。なんか言われたら、すぐ俺に連絡しろ、代わりに断ってやるから」
「……徹が、それ言う?」
今日こんなに強引に呼びだしたのは、誰だよ?
二人とも、徹よりずぅっと優しいよ?
言葉も選んでくれたし、困ってたら引いてくれたし。
思った事をそのまま告げれば、鼻で笑われた。
「俺は、いいんだよ」
ああ、そうですか。
相変わらず、徹様だ。
私の悩みは、いったいなんだったんだろう。
「兄貴だから?」
私の言葉に少し驚いて、眉間にシワを寄せた。
「同じ年だろ?」
兄貴だと、困った妹だと、思っているわけでもないのかなぁ?
遊園地の駐車場は、それなりに混んでいて、こんな時間なのにカップルがパラパラと歩いている。肩をすくめて歩く女の子の姿はとても寒そうなのに、つながれている手は暖かそうで、単純に羨ましい。これを、微笑ましいとか思う日がいつかくるんだろうか。
「さむそう……」
『彼氏』でもないイケメンといる私。当然手を繋ぐなんてことは考えられないし、暗いとは言え、ライトアップされた遊園地を徹と一緒に回るなんて、身体はもちろん、心も寒くて凍えそうだ。
「マフラーぐらい、無かったのか?」
「寒いときは、外に出ないことにしてるから」
「そういや、冬は通学以外に外には出なかったなぁ」
クツクツと笑われる。余計な事覚えてるんなら、こんな寒いところに誘わないでよ、なんて心の声は押し込める。
「これ、着れるか?」
渡された女性もののロングダウンは、着たら身動きが取れなくなりそうなぐらいにモコモコとしていて、高価なんだろうというのが伝わってきた。これ着たら、寒くはないんだろうけど、さぁ。
「これ、誰の?」
「以前のカノジョの置き土産。旅行に行った先が、あまりに寒くて急遽の防寒用に買ったモンだけど、帰ったらそうそう着る機会もないから、そのまま俺の家に置きっぱなしになっていた」
ううん。ううん。元カレの家に忘れていったコートを、別の女が着る、かぁ。
でも、外は寒そう。
負け……。
軽いため息をついてダウンを着込む。うん、『元カノ』だし、私は徹の彼女じゃないし、いいってことにしよう。うん、寒いより、ずっといい。
「思ったより、寒くないかも?」
「もうすぐ、春だからなぁ。そのダウン、カナダで買ったモンだしな」
「……」
行くぞ、と一声かけてさっさと先をいく背中。ああ、なんでこの人私を誘ったんだかなぁ。
閉鎖前、最後の土曜、こんな時間にも人がいた駐車場、予想はしていたけど、結構込んでいる。寒いのに来る人いるんだなぁ、なんて思ってたけど、園内にはいったら、『これは混むわな』なんて思った私は単純なんだろう。
「綺麗だねぇ」
山の中にある遊園地の、端っこに追いやられているメリーゴーランドが、ライトアップされて綺麗に闇に映えている。闇の中、光に包まれてクルクルと回る木馬と馬車が、小さい頃のウキウキとした気持ちを運んでくるみたい。
「そう言えば、由夏好きだったよなぁ。乗りたいか?」
「さすがに、乗りたくない。でも、見てるのは、今でも好き」
「そうか」
「徹は、ゴーカートだったよね?乗りたい?」
小学生の時、少しだけ私の方が先に大きくなった時期があった。その時、先にゴーカードの運転ができるようになった私を悔しそうに睨んでいたのを思い出す。あの時は、楽しかったなぁ。
「乗ってみてぇとは思うがな。今乗ったら、狭くて出れなくなるんじゃねぇかなぁ」
そう来たか。あ~あ、可愛くなくなっちゃってぇ。
そういや、最後にお互いの家族と一緒に来た時、狭くてうまくアクセル踏めないって言ってたなぁ。まだ、小学生だったくせに。
思い出すと笑いがこみ上げてくる。
「なんだよ?」
ちょっと不機嫌な声に安心する。
ああ、徹だなぁ。
頼りになる兄貴みたいで、ときどき天然。
投げてしまった言葉に、私がどれだけ悩んだのかなんて、全然気にしてないのかなぁ?
本当は、こんな風に一緒にいたかった。
女の子に人気のある徹、最初はちょっと誇らしかったんだよね。
私が一番仲いいんだ、なんて思ってた。
クラスの人気者だったアサミが、徹目当てに私に近づいてきたときも、ちょっと、優越感があった。
だから、アサミも私を嫌いになったのかな?
少し素直になった頭で、当時の事を思い出してみる。
徹の横で、私みたいなのが優越感持って立ってたら、嫌かもなぁ。
オドオド立ってたら、もっと嫌かも。
「どうか、したか?」
考え込んでた私を徹が覗きこむ。
「ううん、なんでもない。綺麗で、見とれてた」
メリーゴーランドを指せば、ああ、と納得してくれた。
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