第13話 自分の気持ちがわからない

2時間近く走って到着したのは、都心からはかなり離れたアウトレットモール。

出来たばかりころは、かなり色んな番組で特集してて、行ってみたいなぁ、と思ってたけど、車なかったら行けないじゃん!って場所にあるから一度も来たことはない。


「ここなら、会社の奴にはあわねぇだろ?」


それで、わざわざ?

なんで、私に? なんで、私を?



平日のアウトレットモールは空いていて、でも、ガラガラっていうわけでもなくてどこのお店もゆっくり見れた。

服も小物も季節を先取りしたものから、今の季節に合ったものまでそろっている。

と、いうか今の季節に合ったものは売れ残りらしく、ほとんど半額近い。

売れ残りでも可愛いし、明日からすぐに着られて、来年も着れる。

軽めのジャケットをいくつか選んで鏡の前に立てば、鏡越しに徹の背中が見えた。

店内の女性がチラチラと視線を送っている。


色の深いジーンズに、暗めの紫のTシャツ、グレイのパーカー。

シンプルなのに人目を引くのは、徹だから?

なんで、アイツは私の側にいるんだろう。


アサミと笑っていた姿が頭をよぎる。

土曜日、何してたの?たったそれだけのことが、聞けない。

私には、関係のない話しだし。




「お前、暗い色好きだなぁ。」


私の手にあるジャケットを見て、徹が呆れたように笑う。

ダークグレーに、カーキ、黒。デザインは可愛いのを選んだが、確かに暗い色ばかり。

明るい色は、苦手なんだよね。


「暗い色ばっかり着ていると、老けるぞ?」


これは?と言って徹が私にあわせたのは、柔らかいクリーム色のジャケットにブルーのカーディガン。

可愛いけど、私には似合わない。

そのまま伝えれば、そうかねぇ、と困ったように笑う。

なんでも似合う人はイイよね、と心の中で舌打ちをする。


「徹もどっか見てきたら? 私の後ついて歩いてもつまんないでしょ? 」


少し考えるようにしていたが、たまにはいいかねぇ、といって一人で納得している。

なにが、たまには、なんだか。


「あそこのオープンカフェ見えるか? 買い物終ったらそこにいるから」


そう言うと返事も待たずにさっさと店を出て行った。

徹の言うこと、逆らう人なんていないんだろうなぁ。



一人になった私は、適当にモールをウロウロ。

『暗い』といわれたダークグレーのジャケットはやめて、同じデザインでライトグレーのジャケットの写真を携帯に収める。

別の店でも、気に入った服を一つずつ写真に撮っていった。

いくつか集まったところでベンチに座って一人再検討。

お財布と相談して、ジャケットと春物のニットを数着購入。

少しずつ明るい色を選んだけれど、まだまだ『春らしい色』には届かない。

それでも、私にとっては大冒険。


がんばった感満載でカフェに向かえば、とっくに買い物を終えたらしい徹は本を読んでいる。

ページから見るに、相当待ってたのかも。


「ごめん、遅くなったね」


「いや、読みたい本があったからちょうどよかったさ。もう少しで区切りがつくから、待ってろ。」


はい。


紅茶を頼んで徹が本を置くのを待つ。

歩きまわったから正直ちょっと疲れた。

紅茶を呑みながらの休憩は、疲れを気持ちのいい物に変えてくれる。


徹の横には、私が買ったものの倍は軽くあるだろう紙袋が積み重なっている。

アウトレットとはいえ、すごい。私の倍以上買ったのに、時間はかなり余ってるって、即決ってことなのかな?判断力があるって、こと? それとも衝動買い派?


紅茶を呑みながら眺めていれば、本を閉じて徹が笑った。


「俺の買い物、気になるか?」


「あんまり乗り気じゃなかったみたいなのに、たくさん買ったんだなぁ、と思って」


「あんまり買い物行くことねぇからなぁ。めんどくせぇんだ。まとめて買った方が楽だろう?」


「そう、なんだぁ。まぁそうかもねぇ」


なんとなく、徹らしい。

買い物袋は、シンプルでセンスのいいブランドのものばかり。

こだわりがないわけじゃないんだろうに、おおざっぱにも適当にも見える買い方。

思わず頬が緩めば、徹が少しムッとしたように紅茶を飲む。

あれ?

徹もこんな顔するんだぁ。

珍しくて、じろじろ見ていたら、睨まれた。


「なにか、おもしろいか?」


「別にぃ。徹も人間なんだなぁ、って思って」


思ったままを言えば、なんだそれ? と少し不満そうながらも笑ってくれた。

うん、やっぱり徹も人間なんだなぁ。

なんだか、完璧に見えていた徹が少し近くなった気がした。




「そろそろ、帰るか」


そうだね、と徹について立ち上がる。

私よりも多い荷物を持って先を歩く徹が、ちいさい頃の徹に重なった。

モタモタとしている私を振り返り、遅れないように待っててくれるのに、絶対荷物は持ってくれない。

こいつ、ほかの女の子にもそうなのかなぁ。


アサミ、には。



モールを出れば駐車場はガラガラ。

もう薄暗い。

今日は三日月。私の好きな、消えそうな月。

三日月、徹と似てるなぁ。

消えそうで、切なくて、でも強い光。

これから、満月になれる強さをもった光。



ぼんやりと月を眺めていれば、私の荷物は徹の手で後部座席に押し込まれた。

あれ?徹の荷物は?


「俺のはトランク。混ざっちまったら困るだろ?」


早く乗れよ、と促されて助手席に乗り込む。少し甘いバニラの香り。

ここに、アサミが乗ったんだろうか……。


私には、関係ない。

そう思うのに、アサミと一緒にいたときの徹の笑顔が頭から消えない。

私の横にいるとき、徹はどんな顔してるんだろう……。




「どうかしたか?」


暗くなる田舎道を走りながら、徹が問いかける。

さすがに、無言じゃ怪しいよね。

でも、なんて言っていいのかもわからない。


「別に、なにも?ちょっと、疲れたかなぁ」


このぐらいしか、思いつかない。

笑ってくれたけど、ホントはそうじゃないことぐらいはわかってるんだろうなぁ。



帰り道、ファミレスでご飯を食べて、家まで送ってもらう。

家の前で車を下りようとしたけど、聞きたいことが聞けなくて、聞きたくて、足がうまく動かない。


「どうか、したか?」


さっきと同じセリフ。

不思議そうな顔。

きっと、私が聞けば答えてくれるんだろうなぁ。

なんて、答えるんだろう。

私は、どんな答えを求めているんだろう。


「土曜日、ね」


「土曜日、ね。一人で、映画見に行ったんだ。」


「あ?」


「その時、女の子と一緒に歩いている徹、見かけた……」


「見かけたんなら、声かけりゃぁよかったじゃねぇか。」


「……そうだね。でも、私が声かけたら女の子嫌だと思ったんだ。こうして徹の車に乗るのも、きっとその子嫌だと思う」


「考えすぎなんだよ、お前は」


「そう、かな。そうかも?でも、考えちゃうんだ。私、徹の横に立つの、嫌だ。徹の横にいると、どんどん自分が嫌になっていく」


「ふぅん……」


肯定とも否定ともとれる返事。

それっきり、言葉は帰ってこない。

私は黙って荷物を持って車を下りる。

さっきまでうまく動かなかった足は、自然に動くようになっていた。

早く、徹の視界から消えなくちゃ。



部屋に入るまで、自分でも気付かずに息を止めていたみたい。

ドアを閉めた途端に大きく息を吐きだした。

聞きたかったことも、言いたかったことも、あんなんじゃなかった。

まともに顔も見れなかったから、徹がどんな表情で私の話を聞いていたのかもわからない。


『なんだってんだ?俺が何かしたのか?』


そう言った中学時代の徹の不機嫌な声を思い出した。

あの時も、徹の顔が見れなかった。

家族みたいに、親友みたいに、いてくれてたのに。


わかっている。

徹は、何一つ悪くない。

悪いのは、強くなれない私。

聞きたいこともきけない、私。


徹は、やさしい。

強いから、やさしい。

でも、傷つかないわけなんてない。

きっと、傷つけた。

ごめん。


どうしたら、強くなれるんだろう?

私は、何を知りたいんだろう?

私は、何をいってほしいんだろう?

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