第27話 ごめん
「ダメだ、コイツ。いまだに気付いてねぇ」
「う~ん、そうだねぇ。由夏だから……」
だから、何が?
「いい、由夏?ちゃんと聞いてね?」
「はい」
「徹君、小学生の頃から、由夏が好きだったんだよ?」
「は?」
いや、ナイナイ。私のことが好きって、あんなイケメンが?あんなにモテてたのに?あり得ないでしょ?カラカラと笑う私に、タケルが怖い顔になる。
「まあ、徹だって、自覚したのかなり後だったしな。俺は、とっくに気付いてたけど」
「自覚?」
「そう、高校に行ってから。コロコロ彼女変えては、由夏と比べてたんだ。卒業するころかなぁ。自分が由夏を基準にしていること、やっと自覚したんだ。その時は、もう遅かったんだけどな」
高校の頃、モテモテの徹さんの噂は私の耳にも届いていた。フリーの時に告白したら付き合えるっていう、軽いオトコの噂。私の幼なじみって、そんな人だったんだなぁ、ってちょっとショックを受けたのを覚えている。
いやいや、嘘でしょう? ケタケタ笑ってみせた私に、二人揃って溜息をついた。
「ダメだ、コイツ」
いや、そんな面と向かってダメって、ちょっと傷つくんですけど?
本当に?徹が、私の事?
でも、昔の話って、ことだよね?
そんな心の声を出すこともできずにいれば、徹が戻ってきた。もうこの話は、おしまい。ちょっと、ほっとした。
その後は、昔話なんかしながら、ゆっくりと呑んだ。美味しいお酒と、おつまみと、旧友。
うん、私、今幸せかも。
「じゃぁ、またねぇ」
駅で二人と別れて、徹と一緒に電車に乗り込む。
あれ?徹沿線違うんじゃ?そう聞くと、呆れたように笑った。
「こんな時間に、一人じゃ危ねぇだろう? 送ってやるよ」
あ、そうですか。別に、平気だけど。まぁ、言うこと聞こう。最寄りの駅で下りると、さっさと私の家に向かって歩き出した。
「楽しかったか?」
ポツリ、と呟く小さな声。自信のなさそうな徹に、ちょっと新鮮さを感じた私は、我ながら性格悪いと思う。言葉を出さない私に、振り返った顔は、不安そう。慌てて言葉を探した。
「うん、楽しかった。久しぶりにクミともあったし、皆も大人になってて。また、昔みたいに皆で遊びたいね」
自然と出てきた『また遊びたい』の言葉に満足そうに微笑んだ徹。宿題を教えてくれた、得意げな小学生の頃の姿が重なった。一人ではわからなかった宿題。大人になったと思っていた今でも、私一人では自分の気持ちすらわからなかった。本当は、もっと自信をもって皆に会いたかったんだ。嫌な思い出ばかりなんかじゃなかったはずなのに、徹から離れた事が強すぎて中学時代に蓋をしていたんだ。みんな大人になっていたのに、私は大人になれていなかったんだな。
そのまま二人、黙って歩く。
「ちょっと、コンビニ寄ってく」
コンビニ、ここで? 嫌な予感は的中して、コンビニから出てきた徹の手には、大量のビール。アンタ、さっき散々呑んだでしょ?と思ったが、こないだ武人さんと一緒に呑んだときと比べたら、まだ呑み始め、なのかもなぁ。
でも、それ、どこで呑む気ですかね。徹の家まで持って帰ったら絶対ぬるくなるよね……。
マンションにつけば、当然のように、部屋の前まで私の先を行く。そして、鍵を開ければさっさと中に入って行った。あの、一応私、女子なんですけど。
「徹君、小学生の頃から、由夏が好きだったんだよ?」
クミの言葉が頭を回る。
そんなわけない。
徹と私じゃ、つりあわないよ。
隣になんて、並べない。
これまでなかった緊張感に、落ち着かずに台所をウロウロとつまみを探すふりをする。
「座れば?」
いや、家主は私です。
「ん」
呑むか? とビールの入った袋を差し出されれば、仕方ない。黙ってビールを開けて隣に座って気まずさを隠すようにとりあえずテレビをつけてみる。
「ふっきれたか?」
ポツリ、と呟いた声がやけに大きく響く
「ふっきれた、と言うか……。まぁ、スッキリはしたかな?」
「充分だ。お前がいつまでも引きずっている必要なんて、ねぇだろう?」
「保護者、ですねぇ」
頼りっぱなしの自分が情けなくもあるけれど、守られていることが心地よくて、知らずにクスクスと笑い声が漏れていた。
あの頃も、そうだった。自分から離れていったくせに、黙って引いてくれた徹に守られている気がして、私を見る悔しそうな目に、少しだけ居心地の良さを覚えていた。今更気付いた自分のずるさ。これを徹が知ったら、呆れるだろうか。
「なぁ、由夏」
「ん?」
「俺を、男としては見れないか?」
「は?」
クミとタケルの言葉が頭を回る。真直ぐに向けられた視線には、責めるような色すら、浮かんでいる。今の徹も、私が困ったら引いてくれるんだろうか。
「男としては、見れないか?」
「見たこと、ない。今までも、きっとこれからも」
精一杯考えた私の言葉は、徹の胸にどんなふうに届いたのだろう。傷ついた徹の瞳は、もう妹にも戻れないという宣告。
「由夏。彼氏と別れろとまでは言わない。けど、一度だけ、抱いてもいいか?」
徹の言葉は、私の脳内では処理のできないものだった。
徹がどこまで本気で言っているのかわからず見つめれば、真直ぐに視線を返された。
ああ、やっぱり綺麗な顔、してるなぁ。切れ長の瞳に、目がそらせない。頬に、徹の手の感触。距離を取りたいのに、身体が動かない。
ダメだ、ここで流されたら、ダメだ。
流されちゃ、ダメ……。
必死で顔をそらすと、頬にあった徹の手が肩にまわり、私の身体は徹の胸におさまった。
徹の胸の音が聞こえる。せっかく、昔みたいになれると思ったのに。
どうしよう、どうしたら。
「嫌、か?なら、いい。嫌がる女に手を出すほど、不自由はしてねぇよ」
「……」
いつかと同じセリフ。軽い笑い声。私の頭がパニックを起こしている間、徹は黙って背中をたたく。小さい頃から私が泣くといつもそうしてくれた、暖かく、優しい手。
何も言えない私に、徹は困ったように笑う。
「悪かったな、怖い思いさせて」
痛そうな、声。背中を叩いていた手が、離れて行った。徹の胸に押し当てられていた頬が、冷たい空気にさらされる。
「ごめん」
やっと口をついたのは、そんな言葉。
違う、言いたいのは、ごめんじゃない。
「なんで、謝る?心配するな、お前がダメなら、他にいくらでもいるから」
クツクツと笑う声いながらも、漏れた息。ごめん、と心の中で繰り返した。
「季節が変わったら、また選んでやるよ」
来週一週間分の服を選んで、いつもと同じ笑顔で帰って行った。さっきの発言、夢だったんじゃないか、なんて思ったけど。徹の瞳の奥に宿った若干の憂いが、夢ではないことを教えてくれる。
どうして、私なんか。
徹なら、いくらでも素敵な人がいるのに。
やっと、隣に並べるようになったのに。
思ってもいなかった告白は、とっても残念な結果になった。
なにも答えられないまま、私は素敵な幼なじみ、頼れる兄貴を失ったんだ。
どう答えたら、良かったんだろう。
徹が出て行った部屋は、静かで、肌寒い。少し落ち着いた頭で、徹の言葉の意味を考える。
『抱いても、いいか』確かに、そういった。そう言った徹の瞳は真剣で、『オトコの顔』だった。突然の事で、固まった私を気遣ってか、すぐに『兄貴の顔』にもどってたけど、あれは、これまで私には見せなかった顔。本気、だったんだろうか。
徹が、私を、抱きたい? 本当に?
私は、どうしたいんだろう。
自分の気持ちが、わからない。
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