第26話 嫁にする?
爆弾発言ってのいうのは、こういうことか。あっけにとられた私達のことなんてお構いなしで涼しい顔で料理に手を出している徹に、一瞬殺意がわいたことを最後に、その後しっかり30分は記憶が飛んだ。
あれ?そんなにお酒呑んだかなぁ?いや、呑んでないでしょう!脳内で一人突っ込みしていれば、アサミの冷たい視線で我に帰る。うわ、ちょっと、やばいのでは!?
視線から逃げようと徹から離れようと試みたが、やたらに私の後をついてくる徹。
やめて、怖いから。なんか、アサミ以外も見てるよ? 必死で訴えても、全く聞く耳なんてもっちゃいない。それどころか、やたらと私にふれ始めた。
ホントに、何を考えているんだろう。困り果てた私を見て、クスクスと笑うクミ。
「徹君、見事だなぁ。由夏の、勝ち!」
見事? 勝ち? なにが?
クミの視線をたどれば、アサミが悔しそうにこっちを見ている。私、勝ちたいなんて思ってなかったんだけど。
あっという間に時間は過ぎて、店員さんがテーブルを片付け始める。これって早く帰れって、ことだよね。今日の幹事、徹の横でアサミが会計係をやってる。
「やっぱり、たくましいねぇ。さすがと言うか、なんと言うか」
クミが悔しそうな声を出す。タケルは、苦笑い。
私はといえば。
「ホントに、徹が欲しいんだねぇ」
そう、さっきから見ていて思った。
アサミは、ずっと徹を見ている。徹の隣でオタオタする私のことも、羨むように見ている。自分の気持ちに真直ぐで、素直。きっと、昔からそうだったんだろう。欲しいものを欲しい、というのは勇気がいる。私には無い勇気を持っている、アサミ。
勝てないなぁ。嫌いなコだけど、怖いけど、羨ましい、と思っていたのも事実。
ベシ! 音と同時に頭に鈍い痛みが走る。ちょっと、クミ? と言おうとして振り返ると、クミじゃなかった。
「タケル? なにすんの?」
「アイツのあれは、徹じゃなくて、イケメンと仲良くしたいの!なんで男の俺にわかって、由夏にわかんない訳?ああいうの、俺は気持ち悪いと思うんだけど」
はっきり言いますねぇ。そういやコイツ、徹と長年友達だよなぁ。類は友を呼ぶって、ホントだ。隣では、クミがしきりに頷いている。
「嫁になるんでしょ?しっかりしなよ!」
いや、それは違います!きっぱり否定したけど、二人とも笑ってて聞いてくれない。
だぁかぁらぁ!
「何やってんだ?行くぞ?」
原因作った男が来た。二次会、決まったんですか。
あ、私ココの支払いしてない。財布を出せば、心底嫌そうな顔で無視された。
それを見て、タケルが笑う。
「幹事が徹なのに、受け取るわけねぇって。俺らも払ってねぇモン」
「急に決めたからなぁ。お前らは、来てくれただけありがてぇさ」
「急に?」
「そ、月曜にいきなり連絡来たの。『ちょっとしたクラス会やるぞ』ってね。
ビックリしたけど、さすがだよねぇ」
みんな、よくこれたな……。
でもまぁ、私はもっと急でしたよ? なにせここにきてから聞いたんですから。
言えないけど、さ。
「で、二次会の幹事もお前なわけ?」
「あ?いや、アサミがやるって言うんで任せた。人数確認してから店決めるとかで、まだ場所も決まらねぇみたいだけどな」
「二次会、かぁ」
クミとはもう少し話したいけど、これ以上アサミに関わったら死んでしまう気がする。行きたくないけど、帰らせてくれますかねぇ、徹さん。
「4人で呑もうと思って、もう断っちまったよ」
は? 4人って? なぜ勝手に? 言葉の出ない私とクミに、笑い転げるタケル。
「いいな、それ。どこに行く?」
タケルは、抵抗ないんだ。さすが、徹と友達やってただけあるなぁ。
店を出れば、まだみんな動けずにいるらしく、人だかりができていた。アサミがスマホを見ながらお店を探しているけど、金曜のこの時間に、この人数じゃ、厳しいだろうなぁ。少しずつ、少人数で呑もうか、なんていいながらぬけて行く人もいた。寒いのに、ちょっとかわいそうかも。
「タケル君、アサミまだお店探せないんだよねぇ。どこか、いい場所ないかなぁ?」
甘えた声を出すアサミの友達。
「さぁ、俺、店よく知らねぇから。この人数なら、カラオケとかの方がいいんじゃねぇか?」
ぶっきらぼうに答えるタケル。不機嫌なクミ。項垂れる女の子をみて、かわいそうとか思わないのかね?
「徹君達は、どこ行くの?」
アサミが徹を見つけた。ううん、目ざといってこういうことだね。私も学ばないと。
「居酒屋。残念だけど、ちいさい居酒屋だからそんな人数ではいけねぇなぁ」
そうだよねぇ、と項垂れる姿が、ちょっとかわいそう。チラッと徹を見れば、軽くため息をつきながら、携帯を取り出した。
「何人だ?」
「いま、11人」
最初より減ったなぁ、と笑いながらどこかに電話をかけた。
「5分ぐらい歩くぞ、ダイニングバー。途中まで一緒の道だから、連れてってやるよ」
行くぞ、と言いながら前を歩く。徹君さすがだねぇ、なんてアサミの声が後ろでした時、私の右手が徹にとられた。
え? え?
クツクツと笑っているだろう背中。手を離そうと引っ張れば、倍の力で引き返される。
いや、視線が痛いんですけど。
「ねぇ、二人はいつから付き合ってるの?」
悔しそうなアサミの声。いや、だから違いますって。
「いつから、かねぇ?もうずっと前からだから、いつからか覚えてねぇなぁ。
中学の時も、もう付き合ってたかもなぁ」
いやいや、私は付き合ったことすら、記憶にありませんが? そんな事実、ありましたっけ? こんなの彼氏にばれたら……。
どうも、ならないかも。
「そうなんだぁ。聞いたことなかったから、びっくりしちゃった。ユウ、教えてくれたらよかったのに」
「お前が、怖かったんじゃねぇの?」
なんてこと言うんだ、コイツは!
私の後ろにいるから、見えないんですけど。絶対見えてないのに、視線を感じる。怖くて口の中がカラカラになるってこと、ホントにあるんだ。こっちを睨んでいるだろうアサミのこと、もう見れない。
「ここの、2階。俺の名前で予約してる。店長によろしくな」
「うん、ありがとねぇ。またクラス会しようね」
笑顔で手を振っている、元クラスメート。仲の良かった何人かも、そのまま二次会に行くらしい。クミが小さい声で『スパイ、たのんだよ』なんて言っているのを聞き逃さなかった。
いや、スパイって、古くないですかねぇ? 私達、そんな年?
「じゃぁな」
笑顔でわざわざアサミに話しかける徹。もちろん、手はつないだまま。いや、ホント、乾いた笑顔が怖いです。
「かんぱぁい!!!」
小さな居酒屋って言ってたけど、そんなの嘘で、お洒落なダイニングバー。さすがセンスいいよなぁ、なんてタケルはひたすら感心しているが、私は正直店の雰囲気なんてもうどうでもいい。
「面白かったねぇ!いや~、アサミの顔!徹君、さすがだねぇ」
「そうだよなぁ、いいもん見してもらったよ。由夏、お疲れ!」
「二人とも、人ごとだと思って」
ホントに、怖かったんだから。気がぬけてきちんと座れない私は、壁にべったりと寄り掛かっている。いつか、アサミと街でばったり、なんてことになったらどうしよう。
「でも、すっきりしたでしょ?」
すっきり、しましたよ。ちょっと、いや、かなり。でも、それを言っていいものか。
「俺はすっきりしたなぁ。アイツら、昔からうるさかったからなぁ」
ああ、そういやタケルもモテてたなぁ。手紙をもらうたびに苛立っていたのを思い出す。
「俺の妹分に嫌がらせしたんだ、まだ足りねぇぐらいだよ」
まだ足りないって、これ以上やられたら私が倒れます。兄貴としてやることって、これですか。
仲直り、失敗したかも。
アサミの目のない二次会は、楽しかった。
タケルもクミも、小学校から一緒だったから、懐かしい話がたくさんでた。時々、徹が私の面倒を見ていた、なんて思い出話もでてきて、今更ながら徹には世話になったんだなぁ、なんて自覚した。
もちろん、再会したら、今でも世話になっているけどね。
「で? 嫁にするっていうのは、いつの話だよ?」
タケルが面白そうに笑う。クミも、いいなぁ、なんて笑っている。
いや、だからね。言いたいことは山ほどあるけど、私が徹にかなうわけもないので、徹の言葉を待つ。
「そうさなぁ。そのうち、かねぇ。ハッキリしたら連絡するさ」
含みを持たせるように自信たっぷりに答えた。は? 何の話だ? 今まで笑って聞いていたタケルとクミまで固まってるじゃん。徹には、勝てないけど、ここはハッキリ否定しとかないと。
「いやいや。ナイナイ。同じ年だけど、私にとっては兄貴ですって。二人とも、知ってるでしょ?私、これでも結構長く付き合っている彼氏いるし。ちょっと徹? やめてよ、もうアサミいないし、そんな話、間違って彼氏に伝わったりしたら大変だから」
必死で否定する私に、二人とも吹き出した。
「大丈夫だよぉ。由夏が兄貴として見てるのは、知ってるから。残念だったね、徹君。この世で唯一、徹君からの告白受けないオンナなんだ、由夏は」
クミもタケルも、なんだか痛そう。
なんで?
ちょっと、アンタのせいで空気が微妙になったでしょ?文句の一つも行ってやろうと振り向くと、徹は乾いた笑いを浮かべていた。
あ、やばい。これ、怒ってるときの顔だ。
でも、なんで怒ってるんだ?私、なにかした?
いや、むしろ怒りたいのはこっちですけど?
ええと、でも……。
スミマセン。
声には出さなかったけど、怯えて見せて、謝ったことにしてしまった。満足そうに笑った徹に、空気が少し柔らかくなる。
携帯がなって、眉間に皺を寄せた徹が席をたつと、二人が怖い顔で私に詰め寄ってくる。
なんだ? なんだ?
「ちょっと、由夏。さすがに徹君、かわいそうじゃない?」
「は?」
なんで、徹がかわいそうなの? かわいそうなの、私でしょ? クミ、私の友達でしょ?え? え? とオタオタする私にタケルが深ぁい溜息をついた。
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