第43話 たまには二人で
千夏さんがいないので女子会をすることも無くなって、週末も平日となんら変わりがなくなった。
仕事が終わる時間も違うので、愛衣とはお昼に顔を合わせたきり、いつ帰ったのかもわからないなんてことも珍しくない。今日も、私の仕事が片付いた時には外はもう真っ暗、愛衣はとうに自席にはいなかった。
「お腹、すいたなぁ」
誰も居ない更衣室で一人呟いてみるが、当然ながら返事はない。以前なら、週末は愛衣が待っていてくれて、私も待たせているからバタバタと仕事を終わらせていたのに。
バックに放り込んでいた携帯電話が軽快な音を立てて着信を知らせる。電話って、珍しいな
「仕事終わったか?」
「徹?久しぶり」
「暇か?奢ってやるから出て来いよ。立ち食い蕎麦よりは旨いもん食わせてやるから」
なんで、帰りに寄ろうと思っていたことわかるんだろう……。
「久しぶり」
「ああ」
駅の改札で待ち合わせ。同じく待ち合わせをしているのだろう女性達からの視線が痛い。はい、この男が待っていた相手が私で、悪かったわね。だからあんまり目立つところ嫌だったんだよ、なんて事を口にすれば無言で睨まれた。わかってるんだけど、さぁ。
「何でもいいか?」
「決めてたわけじゃ、ないんだ」
「さっき思いついたからな。なんでもいいか?」
「……ガッツリ食べれる店」
鼻で笑われたけど、気にしない。スタスタと前を行く背中を小走りで追いかける。
「いらっしゃい」
連れて行かれたのは、以前正樹さんに騙されたお店。肉の焼ける匂いと煙で若干白くなっている店内は、確かにガッツリ食べれるお店。以前来た時よりも空いてはいるが、相変わらず忙しそうで、案内してくれるような店員はいないため勝手に席を探して店内に入る。
「カウンターとテーブル、どっちがいい?」
「……カウンター」
正面向きあうよりも、横並びの方がいい。カウンターに座り注文するのはビール3つ。もう慣れましたけどね。
運ばれてきたビールを一瞬で飲み干して、あれもこれもと注文をする徹の姿に、いつかの正樹さんを思い出す。正樹さん、強引なんだけどいい人なんだよね。私を歯がゆく思って背中を押してくれる人。私は彼に、なにもできないんだろうか。
「あ、お疲れ」
二杯目のビールを半分近くまで呑んでから、やっと気が付いたのか私の持っているジョッキと合わせて残りを一気に飲み干した。いいよ、今更。
「急にどうしたの?」
「仕事が早く終わったから」
そうですか。会話が続かなくて、気まずい。何だかいつかの観覧車を思い出すなぁ。
「正樹さん、元気?」
「今日は休んでたなぁ。昨日も、まぁ、元気は元気か」
思い出すように言葉を探す。こんな歯切れの悪い徹、珍しい。あれから千夏さんとは会っていない。なんといっていいかわからなくって、こちらから連絡を取ることも出来ずにいた。
「そっか。元気か」
「元気じゃない方がよかったか?」
心底不思議そうな顔をした徹。
「そんな風に、聞こえた?」
「ああ」
真直ぐに私を見る瞳。ああ、やっぱりテーブル席にしなくて良かったな、なんて思う私はきっと最低だ。千夏さんが悩んでいることを正樹さんにも一緒に悩んで欲しかった、元気でいるって聞いて少しがっかりした、なんて言ったら怒るかな?
「千夏も、元気だ」
「千夏さんも?良かった」
呆れたように溜息をつく徹に、ちょっと気まずいながらも良かった、と繰り替えす。
「千夏がお前になんて言ったか、お前がどう思っているかはなんとなく想像つくけどな。正樹は、お前らが思っている以上に千夏以外に興味ねぇぞ」
「……」
「まぁ、千夏がしっかり決めたら、お前にも連絡するだろ」
「……」
徹は私の言いたい事がわかったらしいが、私は徹の言っていることの意味がいまいちわからない。なんとなく伝わったのは、正樹さんを信頼しているって事。まぁ、しっかりした人だとは、思う。でも、強い人だからこそ、迷いを持っているときには冷たく感じることもある。
「千夏さんが決めたら、ね」
何もできない私は、今は千夏さんからの連絡を待つぐらいしかできない。
それから一度も、千夏さんの話も正樹さんの話も出なかった。週末女子会が無くなった代わりに、愛衣は金曜日から武人さんの家。日曜日早めに帰るようになったらしく、徹たちも金曜日に呑むことが無くなってしまったらしい。修さんは? と聞けば最近仲良くなった女の子と食事に行ったとか。いつの間に……。
「それで、最近会わないのか」
以前は多いとき週に2、3回は会っていた。牛丼だったり立ち食いそばだったりだからデートに使われるような店ではもちろんない。彼女候補がいるなら、それは、そんな店来ないよね。ちょっと寂しいな、なんて思っていれば徹が笑う。
「一人で暇だろうから、誘ってやっただろう?」
「それはそれは、お気遣いには感謝です。っていうか、徹も暇なんでしょ?一緒に呑む相手いなくなっちゃったんじゃない?」
「俺は、相手には不自由しねぇ」
ああそうですか。まぁそうでしょうねぇ。不貞腐れて見せればクツクツと喉の奥で笑われた。
「まぁ、たまには二人もいいだろう?」
「……そうだね」
一瞬見せた、不安そうな表情。こんな徹、見たことない。友達が離れていくかもしれない事の不安とか、一緒に仕事しているんだからこその、仕事上での不安とかもあるのかもしれない。正樹さんだって、悩めばそれなりに仕事に影響は出るよね。
緊張していた二人の呑みは楽しかった。子供の頃、近所の公園でよく会った犬の話やら、遠足の前に行った駄菓子屋の話。お互いの家族の話なんかもした。懐かしくて、楽しい思い出話。でも、中学以降の話は、しなかった。それが徹の気遣いだったのか、私が避けたのか、わからないぐらいには酔っぱらってきている。
「徹は、なんでもできるからって冷たいよね」
「冷たい?」
「うん。自分基準?徹みたいに何でもできる人ばっかりじゃないんだよ」
「……なんでもできる、ねぇ」
「知ってるよ、努力しているのは。でも、ね。努力出来る事も才能なのぉ。徹がすごい頑張っているのも知っている。でも、できない人もいるの」
記憶にあるのは、完全に行先を間違えた恨み言をいいながらカウンターでウトウトとする私。徹は困ったように笑っていたっけ。
「……ん」
目が覚めた時には、身体が熱い。喉、気持ち悪い。
ううん、これ、昨日呑み過ぎたのかもしれない。大人になったはずなのに、中々だなぁ。どうやって、帰ってきたんだろう。
あれ? いつものベッドの感触じゃない? これ……。
そっと、壁となっている方へ顔を向ける。規則正しい寝息は、間違いなく……。
「徹?」
ですよねぇ。さて、どうしよう。前もこんなことあったなぁ。今回は、叫ばなかっただけ偉いとしよう。
選択1 このまま、もう一回寝て、徹が起きてから目を覚まして、全ての判断を徹にゆだねる。
選択2 そぅっと起きだして、徹が目を覚ます前にこの部屋から出る。そのまま忘れてしまう。
選択3 ここで起きて、徹も起こして、ひたすら謝る。
今の状態で選択できるのは、この3つぐらいのもの。さて、今後の関係性を考えたらどれが一番無難かなぁ。
選択2、は無いな。以前も失敗したし、そもそも私が忘れたいからって、徹が放っておいてくれるはずはない。そうなれば、このまま寝たふりか、目を覚ますか。どっちでも、変わらない気もする。さて……。
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