第5話 妹のような存在

中学の頃、突然離れて行った幼なじみ。

同い年だけど手のかかる妹のようで、小さい頃は俺の後をついて回っていた。


困ったことがあれば、すぐに俺に泣きついて来ていた。だから、アイツが困った顔をした時も、そのうち泣きついてくるだろうと自分から手を貸す事はせずにしばらく見ていた。気が付かなかったわけじゃない。


それが、いつまでたっても相談にも来ない。それどころか、俺が側に行けば脅えたように周りを見るようになった由夏に、すぐに手を貸さなかったことを後悔した。


その時は、もうどうしていいかわからなかったんだ。決して、放り投げたつもりなんてない。離れることが、最善だと思った。


それから一度も、由夏の笑顔が俺に向けられたことはない。

ずっと、子供の頃のように、兄弟みたいな関係に戻れたらいいのに、なんて考えていた。

考えているうちに、お互い大人になって顔を見ることも無くなっていった。もう何処で何してるのかなんて事も、わからない。

後悔に近い思いがあったのに、自分から動くことはしなかった。由夏に対してだけは、俺もあの頃も臆病な子供のままなんだろう、このまま忘れてしまいたいと思っていたのに……。



金曜の夜、武人に呑みに行こうと誘われ、店につけば見たことのない女が4人。合コンだった。

さすが武人、と笑い飛ばした修に正樹。

ここまで来て怒っても仕方ねぇ、酒が飲めればまぁいいかと諦めていれば、目の前に座っていたのは、間違えるはずなんてない、困った顔をしている幼なじみ、由夏だ。

俺より早くに気付いただろう彼女は、相変わらず目も合わせない。でも、俺だって大人になっている。ここまで引きずったんだ。もう、いい加減にして欲しい。

兄弟みたいに育ったんだ。こんな関係で、いたくなんてない。



俺の視線に気づいた武人が、『二次会に参加すること』を条件に由夏の友達から番号を聞き出してくれた。

コイツ、こういうことには気がきくんだよなぁ。


次の日、断られることを覚悟して用事の無い事を祈りながらかけた電話で、なんとか由夏を連れ出す事に成功した。強引だったが一日中、由夏を連れまわし、少しだけ笑顔を見せてくれた由夏にホッとして、もう少しだけ一緒にいたい、なんて欲が出たのはホームシックのようなものだったのかもしれない。



人の少ない焼鳥屋に連れて行けば、一人でがばがばビールをのんで、カウンターでウトウトし始めた。

コイツは……。

俺の事を『苦手』なのか『嫌い』なのかはよくわからないが、少なくとも『警戒しなくちゃならない男』ではないようだ。

ホッとしたのか、がっかりしたのか、自分でも、知らないうちにため息がこぼれる。


「おい、由夏?歩けるか?」


「うん」


腕をつかめば反射的に立ち上がり、何とか店をでる。


「家まで送ってやるから、お前の家の鍵かせ」


「ん」


「だから、鍵」


「ん」


俺にもたれかかって目を閉じている。

ああ、相当眠いんだなぁ。

仕方ねぇ、よなぁ。


歩いて5分の俺の家までタクシーで帰り、そのまま俺の部屋へ。

意識が無いと重いってのは、ホントだなぁ。

とりあえずベッドに寝かしてやれば自分から布団の中にもぐりこむ。


覗きこめば聞こえてくる規則正しい寝息。

見えるのは、子供の頃と変わらない寝顔。

変わってねぇなぁ。


グシャグシャと頭を撫でてやれば、うるさい、とでもいうように布団の中にもぐって行った。

コイツ、寝てるとこ起こされるの嫌いだったよなぁ。

また笑いがこみ上げてくる。



シャワーを浴びてベッドをのぞきこんでも、相変わらず規則正しい寝息。

コイツは、俺のこと男としては見てねぇんだろうなぁ。

まぁ、いいさ。

とりあえず、俺の側で少し笑うようになった。

今は、それだけでいい。


ガキの頃から、手のかかるヤツだった。

同じ年なのに妹のようで、頼られるから、俺はどんどんしっかりしていった。

まるごと全部、支えてやるつもりでいたのに。

俺には、支えられなかった。

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