第3話 懐かしい時間

ピンポーン、と楽し気にチャイムがなる。相手が分かっているからこそ、出たくはない。


「おい、迎えにきたぞ。準備できてるのか?」


勝手に来ておいて、何なんだ、お前は。

そんなことを思いながらドアを開ければ、ジーンズにTシャツ、柔らかめのジャケットを羽織ったトオルが笑っていた。

シンプルな休日ファッションなのに、目を引くのは徹だからだろう。元のいいやつは、何着てもかっこいいなぁ……。


ため息交じりに出て行き、ドアに鍵をかけて振り向けば、徹はもう振り向きもせずに歩き出している。

本日2度目、なんなんだ、コイツは。


「乗れよ」


促されて渋々車に向かったが、徹の車はちょっと高級感のあるセダンで乗るのを躊躇った。

乗りなれている彼氏のコンパクトカーは、私も彼氏も見事なぐらいにアシとして使っている。かろうじて洗車はしているけど、車内にはごみ袋が落ちていたり、床には泥がついてたり。


徹の車は、綺麗に洗車されてて、大事にしてるのがわかる。

車内も綺麗だけど、これ、土禁じゃないよなぁ……。

ドアを開けたのに乗り込めなくて考え込んでいれば、クツクツと笑い声が聞こえてきた。


「お前が綺麗に乗れるなんて思ってねぇから、早く乗れよ」


ああ、そうですか。

なら、遠慮なく。

ドスっと音が出そうな勢いでシートに座りこんだ。

それを見て、楽しそうにクツクツと笑う姿が、なんだか腹立たしい。


「じゃ、行くか」


静かに車が動き出す。

ああ、運転するのもさまになってんなぁ。




「何処行くの?」


「遊園地。毎年行っていただろう?」


「は?」


チョット待て、いくつだ、私達?

なんで、遊園地になんか、と抗議するもむなしく、車を停める事も行先を変える事もなく車はどんどん田舎道を走っていく。こうなったら、徹は私の意見なんか聞かない。諦めて痛む頭を休めようと、少しだけ目を閉じていたら次の瞬間には遊園地の駐車場についていた。


毎年、家族と一緒にいっていた遊園地とは違うが、華やかな雰囲気と幸せな空気が溢れている。こんな私が出て行ってもいいのだろうか。


車をおりてなおも溜息をつく私に見向きもしないで、さっさとチケットを買いに行った徹。本当に、何がしたいのかわからない。




遊園地に入ってしまえば、意外に楽しくて、年なんて関係なくって。

せっかく来たんだから乗らなきゃ損、とばかりに色々乗った。

絶叫系は、さすがにチョットきつかったけど、がんばった。

お化け屋敷にも入った。

イベントで来てるサーカスも見た。

遊園地内を走るバスにまで乗った。


う~ん、楽しい。遊園地、楽しい。

彼氏とも、来たことないのに、楽しい……。



でも、やっぱり観覧車だけは乗りたくない。

二人で乗るぐらいなら、メリーゴーランドにでも乗った方がまし。

だってあれ、可愛らしいカップルが乗るモノでしょう?ひたすら見ないふりをして歩く私。

観覧車の前に来るたびに下を向く私に徹は笑う。

笑うってことは、嫌がってるのは気付いてるんだよね……。

すこし安心していれば、そこは徹さん。安心出来る人ではありませんでした。


「ほら、行くぞ。」


いきなり腕をとられて観覧車の前。

え、乗る気?徹と二人で観覧車?

しかも、大きいよ? 

所要時間20分って……。

長いから!!!


観覧車なんて人気無いから、ならぶことも無くって、あっという間に密室の中へ。

どうしよう……。

間がもたない……。


「昨日、あれからニ次会行ったの?」


「まぁなぁ。気になるか?」


ニヤリ、と笑われた。


「気になると言うか。遊園地に来たいなら私じゃなくて、昨日のコ、誘えば良かったんじゃない?」


我ながら、可愛くない。

でも、仕方ないじゃん、徹が悪いんだから。

今日だって、ここにいる間、周りの注目を集め続けていた徹。

隣の私は、まるで引き立て役。

引き立て役になるならまだマシで、中には『何であんなコが?』なんて強い視線も感じる。

ああ、いやだ。

中学時代から、なにも成長してないのを実感する。


目立つのが嫌で、見られるのが嫌で、外に出ることもあまり好きじゃない。


今の彼氏は、私と似てる。

面倒くさがり、出不精、イベントごとにも興味がない。

付き合ってて、楽しいかって言われたら微妙だけど、一人よりはまだいい。

彼氏がいるってだけで、安心する。

それはきっと、相手も同じ。

今日みたいに楽しいって思ったことなんて、いつ以来だろう。




「…ぁ。なぁ、おい!」


考え込んでいたら、急に徹の大きな声が耳に刺さった。何度か呼ばれていたのかな?


「あ、ごめん、なに?」


「お前、なんで突然俺から離れて行ったんだ?」


「……」


徹の言っている『あの時』は、私にとって思い出したくもない時間だ。

中学時代、クラスのリーダー格のコが徹を好きだと言って、いつも徹の隣にいる幼なじみの私に目をつけた。


最初の頃は、徹の情報集めるのに、私とも仲よしのふりなんてしてたけど。用がなくなったらあっさりと態度を変えた。


一緒に行動することは全く無くなり、私に聞こえるか聞こえないかで悪口を言いだす始末。

その悪口が、なんとも絶妙な距離感だった。

トイレの個室に居る時に、個室の外から聞こえたり、私の悪口を書いてあるメモがゴミ箱に入っていたり。

言われる内容はいつも同じ。


「由夏と並ぶと徹君がすっごいカッコよく見える、引き立て役?」

「全然つりあわないのに並んでて恥ずかしくないのかなぁ?」

「誰にも相手にされないから徹君が面倒みてるんんだよ

 徹君優しいからって、迷惑考えてないよねぇ」


要するに、私は徹の横に並ぶとそれだけでブスが3割増しになり、人から嫌われてしまうらしい。

そんな女子の意地悪に免疫の無かった私は、あっという間に打ちのめされ、悪い頭で考えた結果、徹から離れることを選んだ。


徹から離れれば、悪口を言われることもなくなって、それからは平和な学校生活、部活に行けば友達もいて、それなりに楽しかった。

ただ、時々私を見てる徹に心が痛んだけど。


黙っていれば、『変わってねぇんだなぁ』といいながら軽くため息をつかれる。

変わらないのはアンタもだよ、と思ったがどうしてか言葉にはできない。




「ほら、てっぺん着くぞ」


いつの間にか観覧車は頂上近く。

周りの森もホテルも、駐車場の車も、まるでおもちゃみたいに小さい。

息を呑んで見ていれば、観覧車は下り始めた。

ああ、この下っている感じが切なくって嫌なんだよなぁ。

気付かれないぐらいの小さなため息を漏らせば、徹がクツクツと笑いだす。


「また、連れて来てやるよ」


子供の頃と同じセリフ。

子供のころから、約束したら絶対だった徹。

変わってしまったのは私だけ。


観覧車から下りればあたりはうす暗い。


「そろそろ、帰るか?」


静かで穏やかな声。

すこし、残念な気もしたけど黙って頷いた。

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