第23話  やっと、謝れた

 週末。明日は休み。帰ったら、また携帯と睨めっこだなぁ。

 今日がすっごく忙しくて残業になっちゃったら、今日も電話はできないな。毎日毎日、自分への言い訳ばかり考えているのもどうかと思うんだけどさ。女々しい自分が、嫌になる。

 溜息つきながらも頭と身体はいつも通りに動いてくれて、自分の仕事は順調に終了、定時退社は確定されたようなもの。ああ、デキる自分が恨めしい……。


 終業時間間際に、愛衣から書類のチェックを頼まれた。

 『ごめんねぇ』と心底申し訳なさそうにする愛衣に、さすがに『助かった』とは言えなかったけど心の中ではガッツポーズ! 快く引き受けて、修正した書類を印刷して、最終チェックが終わったころには、終業時間はとっくに過ぎていた。

 これ、今日も電話できないんじゃない?


「忙しくなって改めて思うけど、由夏、仕事早よねぇ。正確だし。いつも助かるよ」


 愛衣の感心したような声に、少し心が痛む。


「そう?私書類の作成多いからね、慣れだよ」


 笑って見せれば、申し訳なさそうな顔が目の前に。


「え、と。そのうち慣れるんじゃないかなぁ?不安だったら、私がチェックするから大丈夫だよ。得意分野って人それぞれ違うからねぇ。愛衣は資料集めてまとめるの、得意じゃない? 私もの探すの苦手だから、すごいと思うよ?」


「……ありがとう」


「いや、なんで? 私が資料作るとき、愛衣手伝ってくれるじゃん」


 笑って見せたけど、ちょっと、心苦しい。正直言って、仕事が早いとは言えない愛衣。でも、一生懸命なのは知っているし、センスがある分、愛衣が作る資料は時間がかかったとしてもわかりやすい。得意分野はそれぞれって思うのは嘘なんかじゃない。


 ご飯食べて帰ろうよ、なんて誘われて素直にいつもの居酒屋に向かう。週末なのに、毎週私と一緒でいいのかな。


 「武人さん、元気にしてる?」


 「元気だよ!由夏のこと、気にしてたよ」


 やっぱり、続いてはいるよね。付き合ったりは、していないのかな?

 自分の事は棚にあげる、どころか棚の扉はしっかり閉めて、鍵もかけて、それでも愛衣の事はちょっと気になる。

 『もう徹とは会わないつもり』、そう言った私に、心配そうな瞳をして、『それでいいの?』と何度も何度も問いかけてくれた。その後、一度も徹の話はでない。徹とつながっている武人さんの話も出ない。武人さんとのメールのやり取り、あんなに楽しそうに教えてくれていたのに。愛衣の恋、ホントはいっぱい聞いて、いっぱい応援してあげたいのになぁ。


「武人さん、ね。由夏が徹さんと話す気になったら機会作ってあげるって言ってたよ。また皆で遊びたいねって!」


 そうか、そんな話をする仲に、なってるのね。愛衣は、聞かなくても、ちゃんと教えてくれるコなのに。私がこんなだから、きっと話せなかったんだろうなぁ。

 そう言えば、愛衣にはあれからなんにも言ってなかったなぁ。

 あの後、徹と遊園地に行ったこと、昨日正樹さんと千夏さんに会ったこと、言われたこと。        


 だまって聞いてくれてた愛衣が、一言。 


「由夏は、愛されてるねぇ」


「え?」


「みんな、由夏が徹さんと一緒にいれるようになったらいいのにって思ってる。

 徹さんの幼なじみだからってだけじゃなくて、由夏のことが好きだから。私も、由夏が自信持って徹さんと一緒にいれたらいいのにって思う。彼氏とは別に、あんな素敵な幼なじみがいたら、仲良くしたっていいんじゃないかな? 」


「……」


「徹さんも、由夏が大事なんだよ。家族みたいに思ってたのに、嫌われちゃったら、悲しいよ」


「うん」


 そうだよね、悲しいよね。

 私も、徹にそう思わせてるの、悲しい。


「あんな素敵な幼なじみがいるなんて、うらやましい」


 昔、アサミに言われたのと同じ言葉。

 今、愛衣に言われると、誇らしい。


 この誇りを、大事にしたいと素直に思えた。



 今夜を逃したら、もう勇気出せないかも?

 部屋に戻って、携帯を見つめるけど、やっぱり勇気がでない。電話よりはメールの方がハードルは低いかな?でも、文章考えるの、苦手だなぁ。記録残っちゃうし。 

 何より、大した話じゃないんだよね。結局こないだ一緒に遊園地に行った程度には仲良いいし、話もしてるし、改めて仲直りって感じではないよね。

 いきなり電話して、昔の事ごめんねっていうのも、どうかと思うよ。うん。

 よし、このままうやむやにして、なんとなく今後も仲良くしていくってことで。なんて考えている間に指が間違って発信ボタンを押してしまった。

 ああ、だから、タッチパネルは苦手。ええと、ええと、よし、10秒で出なかったら、切ろう。


 3コール目。


「由夏?どうした?」


 うわ、でた。

 どうしたって?

 どうしたんだろう、私。

 なにか、用事。


「え、と、元気?」


「あ? ああ、まぁ、なぁ。お前は?」


「元気、かな?」


 なんで疑問形なんだよ、と笑われる。

 うん、なんでだろうね。


「え、とね、徹」


「ん?」


「ごめん、ね?」


「は?」


 は?って言われた。

 そりゃそうだよね。でも、始めちゃったし、出来れば聞いてもらってすっきりしたい。


「だから、今までごめん。中学の頃からずっと。徹は悪くない。わかってたのに、逃げた。それが、一番楽だったから。ごめん。私だけ、楽をしました。徹に、嫌な思いさせてるの知ってたのに」


「……」


「それだけ、ちゃんと言いたかったの。本当に、いきなりごめん。私も徹のコト、兄貴みたいに思ってた。今も」


「……」


「嫌な思いさせて、本当にごめんね。そして、いきなりでごめん。じゃぁ」


 続く沈黙に耐えられなくて、電話を切ろうとした。


「由夏。今どこだ?」


「へ?家」


まさか?


「待ってろ、すぐ行く」


 え?え?

 いや、来なくていいから、という言葉は言わせてもらえずに、電話は切れた。



 15分後。

 ピンポーン、軽快なチャイムがなる。

 ドアの外は、徹ですよね。いくら家族と思ってても、この時間に部屋に来るってどうなの?


「……はい」


「逃げなかったな」


 ニヤリ、と笑って私の頭をグシャグシャとなでる。逃げられませんよ、ここ、私の家だもん。仕方ないよね。


 私も、もっとちゃんと話したいし。


「上がって」


 って、言う前に靴脱いでるし!

 部屋の中に勝手に入っていくし!


 ほんと、徹様だよなぁ。鍵をかけて部屋に戻れば、ソファーに座って持参のビールを飲み始めてる。何なんだ、こいつは。


「徹、車じゃないの?」


「タクシー。この時間に、酒が入ってないと思うか?」


 ああ、そうですか。酔っ払ってて、話なんかできるのかな?


「まだ酔ってはいねぇから、心配すんな。」


 あ、顔に出てました?

 ん、と差し出されたのはビールとお茶の入ったコンビニ袋。ビール、大量過ぎてうちの冷蔵庫に入らない。


 まぁ、いいか。私も、一本もらおう。

 ビールの缶を開ければ、徹が笑った。

 そのまま無言で、呑み始める。

 ああ、空気重い。


「俺と離れて、楽だったか?」


 ポツリ、と痛みをこらえるような声。胸が締め付けられる。


「うん。あの時は、黙って徹から離れるのが一番楽だった。ごめん」


「いや、気付けなくて悪かった。アサミ、だろ?あの頃、俺が話しかけると、いつもアサミをみてたもんなぁお前が俺を見かけたっていう日、偶然会ったんだ。昔、お前に何をしたのか、その時聞いた。嫌な思いをさせて、悪かった」


「徹は、悪くないよ」


「なんであの頃、俺に言わなかった?」


「徹は、悪くないから」


 そう、わかってる。徹が悪いんじゃない。

 卑屈で、なにも言い返せない私が悪い。

 私がなんとかしなきゃいけなかったの。


「悪いのが誰か、じゃなくて。言ってくれたら、何か出来たかもしれねぇし、少なくとも、俺はお前が黙って離れて行って、嫌だった。何も言ってくれなかったのが、嫌だった」


 徹が目を伏せて話すのなんか、初めて見る。


 小学生のころからしっかりしていた徹。お互い親の帰りが遅くて、兄弟も居なくて、寂しくても、二人でなら待っていられた。冬になると日が暮れるのが早くて、一人で不安だと泣いた私に『わかった』といってくれた。親が帰る時間までウチに居てくれて、家の親が帰ってくる頃に、一人で帰って行った。

 毎日毎日、暗い中一人で帰っていく後ろ姿を思い出す。

 守ってもらってばかりの自分が少し情けなくて、でも、守ってもらえることが嬉しかった。


 ごめん、ごめん、ね。

 何度も繰り返す私に、徹はいつもの徹に戻った。


「謝ってるってことは、反省してるんだよな?」


クツクツと笑う。

失敗、したかも。


「俺は、悪くないんだろ?大事な兄貴、だもんなぁ。ちょっと、兄貴らしいことさせてもらうかな?」


 さぁて、どうするかなぁ。

 悪い顔で笑っている。

 徹、怒るとこわいんだよねぇ。

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