第22話 簡単には変われない

「由夏ちゃんに足りないもの、ねぇ。もう少し、図々しくなったらいいのにと思うよ?徹に負けないくらい」


「は、あ……」


 そうできたら、悩んだりしませんよ。

 ホントに、このヒトは。

 でも、なぜだか憎めない。


 一週間で一番疲れる木曜日。

 人手不足は変わらないけど、仕事量に慣れてきたせいか、なんとなく定時近くに帰れるようになってきた。余裕ができると不思議なもので、今度は新人ちゃんが泣きながら総務に訴えた理由に少しだけ共感できるようになってしまった。

 誰かに聞くのが苦手だったんだろうな、聞きたくても、聞きにくい雰囲気だったのかもしれないな。なんて、あれだけ腹を立てていたのに、もう少し優しくフォローしてあげられたらよかったのかな、なんていい人ぶって反省して、愛衣と二人それはもうどっぷりと落ち込んだ。落ち込んだのが、悪かったんんだ。


 まとまらない頭を抱え、ため息を漏らしながらの帰り道は注意力が落ちる。

 お腹もすいたし、タイムセールだし、デパ地下総菜を買って帰ろう、なんて思って歩いていたら、向こう側から千夏さんと正樹さんが歩いてきた。

 

 目があった瞬間、逃げ出そうか、気づかないふりを決め込もうかと迷った私に、二人揃って元気よく手をふって駆け寄ってくる。

 そこまでされたら、逃げだすわけにもいかないですよね。そのまま一緒に夕ご飯。


 正樹さんのご希望の小さな居酒屋は、オリジナルメニューが豊富でどれもすごくおいしい。

 おいしい料理に気が緩み、正樹さんのペースでなんとなく話していて、なんとなく、徹と一緒にいった遊園地の話なんかがでて、いつのまにか、徹の不思議な発言にまで話が飛んでいる。


 正樹マジック、恐るべし。



「でも、手伝ってくれるって言ったんだったら、徹が教えられることだよねぇ?運転とか?」


 カラカラと笑う顔は憎めない。

 いや、さすがに運転は、ないでしょう。

 そう思いながらも返す言葉が思いつかずに、無言で運ばれてきた卵焼きをつついていると、千夏さんが、困ったように笑って助け舟を出してくれる。


「由夏ちゃん、さぁ。徹にはどんな女が似合うと思う?」


「どんな、と言われましても……」


 美人で、思ったことそのまま言えて、何言われても笑って返せる。

 堂々としてて、自信家の徹に負けないぐらいのヒト。


「千夏さんみたいな、感じ?」


 すごい、と思う。

 こうなりたい、と憧れる。


 そう言えば、照れる千夏さんと、盛大に笑いだした正樹さん。


「ちょっと、正樹?せっかく誉められてるのに、水ささないでくれる?」


「だって、千夏が自信持って、堂々と、って」


 お腹を抱えて、苦しそうにテーブルに突っ伏している。

 おお~い、正樹さぁん?


「なんか、ごめんね?せっかくお誉めいただいたのに。でも、背が高いから堂々としてるとか、しっかりしてそう、とか言われてるけど中身は全然なんだよね。スットボケてるからさぁ。憧れるのは、別の人にしておきなよ」


 笑う千夏さんは、やっぱり美人。

 う~ん、美人だと、中身がぬけてても天然ってことで素敵に見えるんだよなぁ。

 こんな、卑屈な意見、正樹さんの前では絶対口にはできないけど。


「つりあうコじゃなきゃ隣に並ばせられないなんて、徹は不便だねぇ~。かわいそう。徹が仲良くしたい、と思ってるならいいんじゃないの?だいたい、つりあうかどうかなんて誰が決めるのさ?」


 やっと笑いのおさまった正樹さんが、からかうように口を開いた。

 笑いながらだけど、結構きつい。言ってることは、わかりますよ? でも、さぁ。


 千夏さんが席を立った時、正樹さんが少しだけ怒ったような顔をしていた。


「由夏ちゃん、昔の千夏みたい。」


「は?」


「千夏も、最初は俺と歩くの嫌がってたんだ。俺のほうが背も低いし、年も下だし。千夏、背が高いから一緒に歩くと目立っててさぁ。ほら、俺の方が可愛い感じ?由夏ちゃんはカッコいいって言うけど、千夏は、背が高いのコンプレックスなんだよね。周りに見られるの嫌だからって、中々彼女にはなってくれなくて。でも、さぁ、俺はこれ以上伸びないし、千夏だって小さくはならない。これから何年たったって、千夏のほうが年上なのも変わんない。どうにもならないことは、仕方ないじゃん?」


「……」


「俺、由夏ちゃん可愛いと思うけどなぁ。美人、ってわけじゃないけどさ!」


 はい。正樹さんなりに、誉めてくれたんですよね?

 美人でないことは、知ってます。

 落としてんだか、上げてんだか。この絶妙さはやっぱり、正樹さんだなぁ。




「俺、本屋寄ってくるから、そこで待ってて?」


 居酒屋をでてから、駅前にある大きな本屋さんに入って行った正樹さん。

 私と千夏さんは駅のベンチに並んで座って正樹さんを待つ。


「今日は、ごめんねぇ。正樹、私がいないときに変なこと言わなかった?」


「いえ、なんか聞いてもらってすっきりしました。変なこと、というか」


 さっき正樹さんから聞いた話を千夏さんに話す。

 こんな美人の千夏さんでも、自分は正樹さんにつりあわない、と思ったことがあったんだろうか?どうして、『それでも、正樹がいいの』なんて言えるんだろう。

 私の話を聞いて千夏さんはカラカラと笑いだす。


「そ、私もずっと正樹の隣に並ぶの、嫌だったの。二人でいるのは好きなのに、我儘だよね。だから、ずっと正樹の気持ちには答えなかった。一年ぐらい、かな?」


「どうして、気持ちが切り替わったんですか?」


「長いこと、黙って待っててくれた正樹がね、もう待てない、って言ってきたの。『俺の事嫌いならそう言って。そしたらあきらめる。人の目気にしているならそう言って。デートとかしなくてもいいよ。見られるのが嫌なら、一緒に暮らそう。外では離れて歩くから、せめて家の中では俺の隣にいて。千夏の気持ちを、教えてくれたらそれでいい』って」

 あれは、感動したなぁ~と笑う千夏さん。

 きいてる私もなんか、感動。あの正樹さんが、そんなこと言ったんだ。千夏さんのこと、大好きなんだなぁ。


「その時、ね。正樹の隣にいるのに、正樹以外の人の目を気にするのは失礼だなって思った。でも、まぁ、しばらくは一緒に歩くの緊張したんだけどね」


「……」


「だから、さ。由夏ちゃんのこと、人ごとだと思えないんだよね、私達」


「徹も、由夏ちゃんが隣に並んでくれないと寂しいと思うんだ。徹のせいじゃ、ないでしょう?」


 一緒に頑張ろうよ、と笑ってくれた千夏さん。




『正樹の隣にいるのに正樹以外の人の目を気にするのは失礼だなって思った』

 千夏さんの言葉は、いつも心が痛くなる。

 羨ましくて、そうなりたくて、憧れる。


 一人の部屋に帰って携帯とにらめっこ。実は最近、これが趣味なんじゃないかと思うぐらい、毎日眺めている。眺めるだけで、何にもできないんだけど。

 千夏さんと一緒にいたときは、帰ったら徹に電話しよう、ちゃんと話そう、て思ってたのに。

 いざとなったら、やっぱり勇気が出ない。


 困ったなぁ。迷っていると、駄目な私がすぐに顔を出す。


 今日は眠いし、まぁ、いいか。 明日でも今日でも変わらないよね?

 そんなこと言っていると、来週になっちゃうよ。わかっているのに。


 そう簡単に、努力できる人になんて、なれないよ。

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