第21話 努力

 夜の乗り物はスリルがあって、ライトアップも綺麗で、昼間来た時よりも子供のころに戻れる気がする。闇を走るジェットコースターは昼間よりもずっと迫力があるし、たいして怖くないはずのお化け屋敷も、夜っていうだけでなんだか怖い。


 暗いし、誰もお前のことなんて見ていないからと言われて、メリーゴーランドにも乗ってしまった。私は銀のユニコーン、隣の黒いユニコーンに乗った徹がちょっと楽しそうだったのは内緒にしてあげよう。

 ゴーカートにも、無理やり乗った。今はレースができるゴーカートがあるらしく、サイズも大人が楽しめるぐらいには大きかった。全然知らない人達で盛り上がっている男性陣。待たされている私や、ほかの出場者の彼女は苦笑しながら眺めてちょっと連帯感なんて持ってしまった。


 そして、やっぱり、観覧車……。

 ほら、遊園地なんて山の中だもん。

 夜の観覧車なんて、遊園地の外は真っ暗だから、眺めて綺麗なのって真下だけ、全然面白くないじゃない。

 話すこと、無い。

 二人、無言。

 空気、重い。



「前に、お前が見かけたっていう、俺と一緒にいた女」


「うん?」


 ああ、なんか、さらに空気が重くなって、私そろそろつぶされそう。こういう時にサラッと会話を変えれる技術が欲しい。


「俺と一緒にいた女、誰だかわかるか? 」


 わかりますよ。

 どれだけ時間がたっても、きっと一目見たらわかる。

 だって、アサミと徹が笑っているのを見たとき、私の心臓は凍りついたもの。なんだかもう、本能が嫌がるっていうのを感じたもの。


「アサミ、でしょう? 中学のとき、一緒のクラスだったコ」


 なんで、わざわざ聞くの? と不機嫌な顔を上げれば、目の前にある徹の顔も不機嫌だった。意味が、わからない。


「あの時、気付けなくて、悪かった」


「は?」


 いつもよくわからないヤツだけど、今日は一段とわからない。ええと、つまり、徹が彼女と一緒にいるときに、私に気付かなかったことで拗ねてると? 

 私、徹の中では一体どんな女なんだろう……。

 まぁ、徹がそう思っているなら、それでもいいや。面倒だし、聞かなかったことにしよう。


 悪い頭で考えているうちに、観覧車は地面に到着し、これ幸いと先に立って歩き出した。もう、アサミの話には触れずに行こう。


 暖かいココアを飲みながら、ライトアップされてくるくる回るメリーゴーランドを見つめていると、小さいときに、帰り際にあと一回、と駄々をこねたことを思い出す。困った顔で強く私の腕を取った母と、『いいじゃない、一回ぐらい』と笑ってくれた徹のお母さん。仕方ねぇなぁ、なんて言いながら一緒に乗ってくれた徹。


 楽しかったなぁ。


 思い出にどっぷり浸っていれば、閉園のアナウンスが流れた。ああ、夢の時間は、終わりかあ。


「帰るか」


 いつも通り、振り返らずに先を行く徹の後を黙ってついて歩く。これも、子供の頃のまま。


 ライトアップされていた遊園地は、闇の中にぼんやりと浮かぶ夢の国のよう。

 夢の国は、夢の国。ちゃんと、自分の世界に帰らないと、ね。


 帰りは、当然ながら暗い山道。対向車もほとんどいなくてライトの照らされていないところは闇一色。山道だから、カーブも多い。

 免許はあるけど、一度も車を持ったことのない私。

 たまに実家で運転することもあるけど、夜の運転は苦手で、夕方以降の運転はほとんどしたことがない。


「運転、怖くない?」


「あ? いや、別に?」


 何言ってんだ? と言わんばかりの徹。

 ああ、そうですよね、余計なお世話でしたよね。

 小さい頃から一緒にいるのに、一緒に育ったのに、ホントに、何もかも違うなぁ。私が怖いと思うこと、苦手だと思うこと、徹は全部平気な顔してこなしてしまう。


 できないことを無くすために、努力する。人にできるなら、自分にもできるはず、ってそれを当然のように言える徹。


 基本、他力本願。自分が居心地良く暮らせるための努力はできるけど、それ以上はできない私。『ムリ』って判断したものには、なるべく近づかなくて済むように、別の所で努力する。


 ちょっと、情けないかも。


「なに、落ち込んでんだ?」


「別に、落ち込んでないよ?徹、ちゃんと前見てよ?」


「前見ててもわかる。お前、ため息ついてたろ?」


あ、ため息漏れてました?


「で?」


ああ、負け、です。


「子供のころから、ずっと一緒にいたのに、違うなぁ、って思ってた。自分のダメっぷりに、ちょっと、かな?」


「なんだ、それ?」


クツクツと笑う徹。

なぜ、笑う?


「人が落ち込んでるってわかってて、笑う?」


「落ち込んでるなら、ダメじゃなくなるように、努力するんだな。お前、子供のころからできねぇことはやらねぇし、できることでも、ある程度までいけば満足しちまうからなぁ」


「……」


よく、おわかりで。


「落ち込むってことは、気付いたってことだろう?よかったじゃねぇか。お前が努力する気になったなら、手伝ってやるよ」


『キツイけど、ちゃんと考えてくれてんだ。徹だって、ホントにすごい努力するし』

修さんの言葉が頭をよぎる。知ってます、よ。ずっと、子供の頃から見てましたから。



あの頃の私は、徹につりあうように努力しようなんて、思えなかった。何よりそれが、情けない。


「由夏、着いたぞ」


「ん?」


すっかり、眠ってました。いつの間にか、マンションの前。

凹んでも反省しても、ぐっすり眠れるってこれはこれですごいよね。自分でも感心するわ。


「ごめん、すっかり寝てたね」


「いや。いきなりつきあわせて、悪かったな。疲れたか?」


 手渡してくれたのは、コンビニの袋。中には、サンドイッチと野菜ジュース。

 いつの間に?


「コンビニ、寄ったの?」


「よく寝てたからな。店に食いに行くより、いいだろ?」


「……ありがと」


 素直にコンビニ袋を受け取って、車を降りる。

 と、エンジンを止めて徹も降りてきた。

 なんだ?


「由夏」


「なに?」


「さっきの話だけど、な」


「うん? 」


さっき、なんの話ししたっけか?

寝ぼけた頭で必死に思い出すが、浮かばない。


「お前が努力する気になったなら、手伝ってやるから」


「……」



 そう言えば、そんな話、してたかも。

 でも、努力って?

 何を努力したらいい?

 ボウッとした頭であいまいに答えれば

 心底心配そうな徹の顔が目の前にある。


「だから」


「わかった、ありがとう。そんな気に、なったら、ね」


 まだ何か言いたそうな徹の言葉を遮って答えた。なんなんだ、こいつは、ほんとに。


「ん。時間が時間だからな、部屋の前まで送ってやるよ。一応、女だろ?」


 寒いから早く入れと促されて、マンションの集合玄関をくぐる

 部屋の電気をつけて、何もないことを確認すると、じゃぁな、と帰って行った。

 本当に、なんなんだ。


 あまりの寒さにシャワーで済ませる気にはならず、バスタブにお湯を張ってのんびりとつかって、少しはっきりとした頭で、さっきの言葉を思い出す。

 『努力する気になったら』かぁ。

 なんの努力をするのやら。

 徹は、私に足りないもの、わかってるのかなぁ。

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