第10話 あなたも敵、でしたか?

朝?

昼?


電話の音で目が覚めた。だれ? 徹? 

携帯に表示されたのは、お久しぶりの彼氏の名前。

最後に話したの、いつだっけ?


「おはよう」


「おはようって、もう昼近いぞ? まだ寝てた? 昨日飲んでたの?」


「うん、まぁ」


久々に電話してきたくせに、何言ってんだか。

いいじゃん、アンタこっちにいないんだから。私が何時まで寝てたって関係ないでしょう。

心の中で、ガッツリ悪態をつくあたり、私も可愛い彼女ではないんだろう。

でも、口に出さないだけ、いいよね?


「まぁいいや。あの、さ。悪いんだけど、今月ちょっときつくてさぁ。そっちに行けないんだよね」


「……そうなんだ」


先月も、先々月も同じこと言って、結局私が会いに行ったんだよなぁ。

飛行機で1時間とはいえ、往復したら3万はかかる。私だって、毎月はきついんですけど。

私より、稼いでるくせに……。


「なんか、付き合い多くて、さぁ。でも、由夏も毎月はきついだろ?来月は、絶対俺が行くから」


それ、来るなってこと?

来月は俺が行くって、先月も先々月も聞いたけど。


「……わかった」


電話を切って、しばらくぼんやりとしてみた。もうだいぶ太陽は高くまで登っているみたい。

ああ、休み一日損した気分。

そんな電話、日曜にしてこなくてもいいのに。

私と釣り合うぐらいの地味な彼氏。浮気の心配はないって思ってたけど、あるのかもしれない。


見る目、無いんだなぁ。

何より情けないのは、そこまで気にならないこと。

会えなくてショックとか、他の女が居たらどうしようとか、全然気にならない。

私、駄目だなぁ。


昨夜、結構飲んだと思ったのに、頭はさほど痛くない。

そうか、意外に酔って無かったのかもな?


うん、これなら買い物ぐらいは平気だな。

スーパーいって、たまには自炊してみよう。

先週、武人さんに教わったし、きっとなんか、美味しいものが作れる気がする!

美味しいものを、作って食べたら、気分がすっきりする気がする。


シャワーを浴びて、着替えてスーパーへ。

カートを押しながら食材を見て行く。

先週作ったのは、天婦羅、揚げびたし、メンチカツ。

一人暮らしの我が家には揚げ物用の鍋なんてない。

出来そうなのは、白菜のコールスロー、漬物。

なんか武人さん、竹輪と野菜を炒めてたなぁ。

味付け、なんか粉ふってたけど、あれなんの調味料だったんだろう?

ダメ、全然思いだせない。

そもそも、私、お手伝いくらいしかしなかったしなぁ。

う~~~~ん。

なんか、惣菜買っていこうかなぁ、なんて甘い誘惑が頭をめぐる。


惣菜の誘惑を何とか振り切って、レジをすませる。

白菜、ハム、マヨネーズ、竹輪にキュウリ、ささみ、バンバンジーのたれ。

精一杯考えて私に作れそうなものはこんなもの。

まぁ、作ろうと思っただけですっごい進歩だと思うんだけどさぁ。


部屋に戻ればテーブルに置きっぱなしの携帯がチカチカと光ってる。

着信?もしかして、徹?

ドキドキしながらチェックすれば、正樹さん。

あ、電話番号も知ってるのね。

どうしようかなぁ。実は、一番苦手かも。

考え込んでいればメールが来た。


『今日は餃子だよ!オレまで手伝わされるから早く来てよ』


ああ、正樹さんだなぁ。

でも、私行くなんて言ってないいし、いいよねこのままで。

愛衣もいるのかなぁ。

よし、携帯は部屋に忘れて出かけちゃおう!

私は嘘が下手な自覚がある。

部屋にいたのに、メールも着信も気づかなかったなんて絶対言えない自信がある。

でも、忘れて出かけた、ぐらいの嘘ならなんとか。

で、遅くに帰って来て、慌てた感じでごめんなさいメール送ればいいよね!

買った食材はもったいないけど、明日はきっと作るから、と言いわけしながら冷蔵庫にしまう。

よし、一人映画にでも行くか!


あまり街中まで行くと混んでいて落ち着かないから、3つ先の駅にある、マイナーな映画館。あんまり上映してる数は多くないんだけど、見たいのが上映されてればゆっくりできるから私はお気に入り。

何を見ようかなぁ~。気になってるのはいくつかあるんだけど、いくつかあるからこそ、迷う。

シリーズ物のSF,スパイ、アクション、アニメ。

う~ん、ゆっくりしていくんだから、一番時間がかかるのしよう。

上映している中で一番時間が遅く始まるのを選ぶ。

上映までは2時間近くある。軽く何か食べておきたい。コンビニで雑誌を買って、ファミレスへGO。

サンドイッチとコーヒーを頼んで雑誌をめくり、窓の外を眺めると、徹?

なんで、こんな所に?徹の家からも会社からも遠いのに。


横には、細い可愛い女のコ。

私の目は徹の横の女の子に釘付けになっている。

私、このコ知ってる。


徹はこっちには気づいていないみたい。

気づいて、気づかないで、気づいて。

気づいて、こっちを見て、私に声をかけて。

気づかずにそのままどこかに行って、これ以上みじめにしないで。

目をそらしたい。

知らなかったことにしてしまいたいのに、できない。


視界から徹が消えるのを待って、ファミレスを出て映画館に逃げ込んだ。

見ようと思っていた映画ではなく、一番早く始まる映画のチケットを買って指定された席に着く。

一番後ろの列。

映画は人気が無いらしく、同じ列には誰もいない。

良かった。


内容なんて全然頭に入ってこなかった。

暗い室内でぼんやりとさっきの光景を思い出す。


あのコ、中学の時に徹を好きだと言っていたコ。

私が徹から離れたのは、あのコが徹を好きだと言ったから。

でも、可愛いコだったもんなぁ。

徹の横に並べば、それなりにお似合いなのかも知れない。

徹だって男なんだから、可愛いコ、好きだよね。

徹の彼女に、私が口出すこと無いよね。

たとえ、それが性格悪かったコでも、今は違うかも知れないし。

仕方ないなぁ、なんて言葉が頭に浮かぶ。


暗い室内で、少し落ち着いたのかさっきの激しい動揺は無くなった。

みじめな気持も、少し和らいだ。


ご飯、食べそびれちゃったなぁ。

映画のエンドロール、重たい身体を持ち上げて映画館を出たけど、

この近くで食事をする気にもなれなくて、お腹すいたなぁ、なんて思いながら電車に乗り込んだ。

駅の側のコンビニで、何か買おう。

ついでにビールも買っていこう。


コンビニでは、目につくものを片っ端から手に取った。

サラダ、パスタ、おにぎり、さっき食べそびれたサンドイッチ。

サキイカにサラミ、チーカマ、ビール、チューハイ、ワインのミニボトルまでカゴに放り込む。

絶対、今日これ全部なんて食べられない。

わかってるのに、手は目にとまったものを次々にカゴに入れる。


なんで私、こんなにショック受けてるんだろう。

彼氏に会えないよりも、ずっとショックを受けてる。

どうして?



部屋に戻れば案の定、携帯がチカチカと光っている。

正樹さんから何件かの着信にメール。愛衣からも、どうしたの?なんてメールが来ている。


徹からは、当然ない。


いいんだけどさ、無くても。

私が避けてたんだし。


「いいんだけどさ、徹が誰と歩いてても」


ビールをあけて、ひとり言。


「可愛いコが、いいと思うよ、誰だって」


「でも、だからってあのコは無いんじゃない?」


「中学から、ずっと続いてたのかなぁ?」


「私の事、二人で馬鹿にしてたのかなぁ?」


「徹って、そんなヤツだったっけ?」


「違う、と、思ってたんだけどなぁ」


「私、見る目、無いんだなぁ」


ひとり言を言いながらのお酒はとまらない。

あっという間に買い込んだお酒の半分が消えた。

後で、また買いに行かないとなぁ、なんて思っていれば携帯が光る。

着信相手は、徹。


出ない、絶対出ない!

でも、なんの用だろう?

気になる、けど、出ない、絶対!!



「……徹?」


私の手は、私の意思を無視して勝手に動いていた。


「まだ起きてたか。何やってんだ?」


電話の向こうでクツクツと笑う声。

起きてたか、って電話しといて言うセリフじゃないと思うんだけど。

やっぱり、徹だなぁ。

さっきのみじめな気持が少し、戻ってきた。

この徹は、ホントに私がずっと知ってる徹なんだろうか?


「今日は、武人の料理教室行かなかったのか?昨日、千夏と一緒だったんだろう?それでもまだ人見知りしてんのか?」


「私、毎週いくなんて言ってないし、今週もあるなんて、聞いてないよ?」


愛衣から聞いてないのか?と言われたけどそんな話は聞いてない。と、思う。

今週、ボゥっとしてたからなぁ。


「で、なに?」


「いや、何してるかと思ってな」


「部屋で、呑んでた」


一人でか?と電話の向こうで笑っている。

そうだよ、一人で呑んでました!原因は、アンタだよ!

とはいえずに黙って笑われていれば早めに寝ろよ、と言って電話は切れた。

なんだったんだ、一体。


もう1本、とあけたビールは美味しくない。

結局呑みきれなくて台所の流しの中へ。

あ~あ、もったいない。


ベッドに潜りこんだけど、眠れなくてごろごろと寝がえりを繰り返す。

なんで、惨めなんだろう。

恋だったわけじゃない、兄妹でもない、でも、とっても近い人。

強くて、正しくて、優しかった。

自分から離れたくせに、徹は私のこと裏切らない、なんて勝手に思い込んでた。

私に意地悪した人の事は、徹も嫌いになってくれるはず。

小さい頃みたいに、徹はずうっと私の味方。

絶対、敵にはならない。

そんな風に、思ってた。


そんなわけ、無いじゃんねぇ。

自分可愛さに、徹のコト傷つけたくせに。

家族みたいだったのに、何も言わずに突然離れて行ったのは、私。


あの頃の徹の顔を思い出すと、胸が痛んだ。

ごめんねぇ。


ちゃんと言ってたら、何か変わったかな?

あの時の徹なら、私の味方、してくれたかなぁ?


いつの間にか、涙があふれてきた。

悔しいのか、寂しいのか、悲しいのかもわからないけど、涙は止まりそうにない。

私は、どうしたいんだろう?


『俺らが、苦手?』

『お前、なんで突然俺から離れて行ったんだ?』


武人さんと徹の声が頭の中をぐるぐるまわる。

違う、違う!

苦手じゃない!

離れていきたかったわけじゃない!

ホントは、徹と一緒にいたかった。

お互い、他に好きな子ができても、からかったり、からかわれたりしながら一緒にいたかった。

ホントは、もっと自信持って隣で笑っていたかった!


あの時の私はどうしたら良かったんだろう。

あの時、もっと強くなることができたんだろうか?

戻れないけど、わかってるけど、『後悔』が頭から離れてくれない。

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